※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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sSR【ルカルカナイトフィーバー!】斑鳩ルカ

 

 朝の事務所リビング。

 黛冬優子が入室する。

 

「……誰もいないわね。──はー、つっかれた……」

 

 黛冬優子はソファに座る。その背後から顔を出すいろはちゃん。裏側の背もたれから登ってきた。

 それに気づかない黛冬優子はスマホをいじる。それを斜め後ろから見下ろすいろはちゃんは、遅ればせながら突として答えた。

 

「いるよ!」

「ひっ?!」

 

 ホラー展開ここに極まれり。誰もいないと思っていたら、耳元に大声で叫ばれた。左胸の奥がキュッと引き締まってドキドキが高まる。ぜえぜえと息を吐いて、ハッとして振り返った。

 

「っ────! ……い、いろはちゃ~ん? いたんだ~?」

「いたよー?」

 

 急いで笑顔を作った黛冬優子は一旦深呼吸。今度は本当の“ふゆの笑顔”で挨拶する。

 

「気づかなくてごめんね~? 改めて、おはよっ♡」

「はー、つっかれたー」

「っ……?!」

「さっきのがいーいー! みんなえがおばっか~。たまにはかっこいいひとがすき~」

「……! ……………………」

 

 そんなことを言われても本気で困ってしまう。

 

「なまえなんだっけ?」

「! ……黛冬優子だよ~。『ふゆ』って呼んでくれると、とっ~ても、うれしいな♡」

「じゃあねー。あのねー」

 

 恒例のアレが始まる。

 

「まゆげぼくじゅー」

「!?!??」

「す(・)み(・)っこでくらすま(・)ゆ(・)げ」

「??!?!?」

「ふゆちゃん」

「!」黛冬優子は祈るようにこくこくとうなずく。後生だからそれにしてくれと。

「ゆっこ」

「……」(それはふゆにとってダサすぎる……ふゆは『ゆっこ』って名前が似合う顔じゃないでしょ……)

「どれがいーい?」

「“ふゆ”って呼んで♪」

「ふゆゆ」

「! ……────」

 

 その時、廊下側の扉が開かれた。

 

「おっはようございまーす! 三峰参上~」

「わぁ……結華ちゃん! おはよ~♪」

「ふゆゆも、今日もとびっきりの笑顔ありがと~! 朝から元気が湧いてくるなぁ~」

 

 その時、いろはちゃんと三峰結華の目と目が合う。

 

「よっ!」いろはちゃんは手を挙げて挨拶。

「よっ!」三峰結華も挙手して笑顔の挨拶。

「どちらさま?」

「三峰結華で~す!」

「じゃあねー? あのねー?」

「お? うわさに聞く、恒例のあだ名決めタイムが始まりますかな~?」

「みつばち」

「ぶんぶーん! 三峰ハチになっちゃった~♪ でも、もうちょっとかわいいのが嬉しいかなぁ~?」

「みっちゃん」

「かわいー☆ いいよいいよ~!」

「ばっちゃ」

「むっ! 三峰まだそんな年齢じゃありませーん!」

「? ゆいちゃん」

「いいね~! すごくいいよー!」

「どれがいーい?」

「悩むなぁ……じゃあ『みっちゃん』か『ゆいちゃん』のどちらかでおねがいしまーす!」

「かーちゃん」

「なにぃ!? 君を産んだ覚えはないぞぉ~?」

「いかちゃん?」

「三峰の手足は何本かな~?」

「みつとゆいで……みつゆぎょうしゃ」

「へっへっへっ……! 悪いものを密輸してやるぜ……!」

「ゆっこ! みっちゃんたのしいよ!」

 

 どうやらいろはちゃんは三峰結華のことが気に入ったようす。なぜなら全てのアクションに対して盛り上げ上手の反応を返してくれる。きちんと嫌なことは嫌と言いつつ面白くしてくれて、好きなことは好きと言ってくれる。線引きがしっかりしている上にコミュニケーションが上手い。この両立ができている人間はなかなかお目にかかれないものだ。

 

「へ、へぇ~そうなんだ~よかったね~?」(だから“ゆっこ”はやめなさいよ……っ!!)「……結華ちゃんも、子供の相手、得意なんだね……!」

「そう見える~? 三峰としましては、あまり子供と絡んだことないから探り探りなんだけどね~?」

 

 そこへ新たな入室者が現れる。

 

「おっはよー☆ なんだか賑やかだねー!」

「おはよう、甘奈ちゃん!」

「聞いてくださいなーちゃん。今いろはちゃんが、三峰のあだ名を決めてくれていたのです!」

「きめてたよ!」

「わぁ! ほんと~? じゃあいろはちゃんは、甘奈のことなんて呼んでくれるかな~?」

 

 いろはちゃんは首をひねる。

 大崎甘奈の顔を、じーーーーーーっと見つめる。

 

「……? ……??」

「? どうしたの? いろはちゃん?」

「……────」

 

 いろはちゃんは、突然歌いだした。リズムに合わせて両手を叩いて、最後に盆踊りのポーズのように両手と右足を前に出す。

 

「てんてん、ててんか、てんちゃてんてん」

「──……??」

「ちがう?」

 

 いろはちゃんは首をひねる。

 その様子を見守っていた三峰結華は閃いた。

 

「きゅぴーん! 三峰わかっちゃったかも……もしやいろはちゃん、双子を見るのは初めてかな~?」

「! あ、そういうことか~! 甘奈はねぇ~? 甜花ちゃんの双子の妹なんだ~!」

「! いもうと! そうかー。あー……じゃあねー? ……なまえなんだっけ?」

「甘奈~!」

「あまなっとう」

「!?」

「ふっ。まるひをにがすとは……このあまちゃんがー!」

「?!」

「あーちゃん、まーちゃん、なーちゃん」

「!」

「まなちゃん」

「……」

「どっちがいーい?」

 

 大崎甘奈は、唇の下に指を当てて悩み込む。

 

「う~ん……そのまま『あまな』じゃあ……ダメかな? それか『なーちゃん』でもいいよ☆」

「たぶんね!」

「え~?」

「なっちーはなっとうしょうかんできる?」

「……!? え、えぇ~……できないよ~!」

 

 大崎甘奈は笑顔で相対しているが、ところどころぼのぼの汗を流す。

 自由奔放で言動が読めない、そんないろはちゃんに振り回されている。

 

 そこへ新たなアイドルが現れた。

 

「おっはよ~! お、みんな揃ってる~!」

「どちらさまー!」

「和泉愛依さまー! って、おぉ~!? いろはちゃんだ~! かっわいい~っ!! ちょ、マジでかわいすぎるんだけど……だ、抱っことかしていいかな……?」

「いいよー?」

 

 なぜ人々は自分を抱っこしたくなるのだろうか。毎度ふしぎに思ういろはちゃんは、特に断る理由もないため全身を許す。

 

「ひゃ~もちもち~! 下の子がまだ赤ちゃんだった時のこと思い出すな~!」

「お~……めいめいが子供を抱くと様になるねぇ~。写真とか撮ってい~い?」

「えぇ~?! どゆ意味~? や、いいけどぉ……!」

「では取り出したるは一眼レフ……!」

「用意がいい!」

「はーい、いろはちゃんこっち向いてー! ハイ、チーズ!」

 

 ────パシャリ。

 

 なんとも見栄えのいい一枚が撮れた。

 そこでいろはちゃんが、和泉愛依の顔を見上げて声をかける。

 

「ねーねー」

「ん~? どした~?」

「きんのおの」

「……?」

「めいちゃーねいど。D(でぃー)!」

「……??」

「めいっこ」

「……────」

「どっちがいーい?」

「……ん……ちょっとまって。なんのはなし~? う~ん……」

 

 和泉愛依は頭を抱えて考え込む。

 三峰結華は苦笑して、代わりに答えた。

 

「あ~。今ちょうどあだ名決め大会やってたからね~! たぶんめいめいのあだ名を決めようとしてくれてるのかも?」

「! そ、そーゆーこと~!? ってなると……えぇ~?! ちょいちょい、いろはちゃん! その、いっしょけんめい考えてくれたとは、思うんだけどぉ……も~ちょっと、かわいいのがいいかな~? なんて! ごめんねっ!」

「めいちゃ!」

「おっ! それいいね~! じゃあそれでよろしく~!」

 

 そこへ新たなアイドルが飛び込んでくる。

 

「おはよっすー! ──あ、いろはちゃん!」

「よっ! ……なまえなんだっけ?」

「忘れちゃったの? 芹沢あさひだよ!」

 

 ならばといろはちゃんは熟考。

 和泉愛依が見守る中、芹沢あさひは「?」と首をかしげる。

 

「────せりがはじまる」

「な、なんのぉ?!」和泉愛依が突っ込む。

「かつおのたたきうり」

「うぇ~!?」

「あさちゃん」

「!」

「あだなーどれがいーい?」

 

 和泉愛依はぼのぼの汗を流す。

 対する芹沢あさひは真顔で答えた。

 

「? 『あさひ』でいいよ?」

「せーらーさわーのあさっしん!」

「?」

「あさきゆめみしるきもせすん」

「??」

「あさいやつめ」

「……」

「さひーりんでんぼるげん」

「!?」

「んー……むずかしいねー?」

「……そうなの? まぁ好きに呼べばいいよ!」

 

 かくしてストレイライトが揃った。

 黛冬優子は席を立ってレッスン室に向かう。

 

「それじゃあみんな、ふゆたちレッスン室を借りるね♪」

「ばいば~い! いろはちゃんも抱っこさせてくれてありがと~!」

「えーもう行くんすか~? もっといろはちゃんと遊びたいっす~!」

 

          §

 

 昼前の事務所リビング。

 三峰結華と大崎甘奈はいろはちゃんの面倒を見ていたが、そろそろ仕事に向かわなければならない。そこへ、ちょうどシーズの面々がやってきた。ふたりはシーズに子守を任せて、いろはちゃんに別れを告げる。すると入れ違いにストレイライトが戻ってきた。しかしレッスン室の鍵を戻しに来ただけで、またすぐ外出の予定があるのだとか。

 

 七草にちかは困惑する。

 

「えっ……そうなると、この子はどうすれば……」

「レッスン室に連れて行けばいいっすよ」

「う~ん……はづきさんも居ないようだし……そうなっちゃうかな~?」

「ほんとごめんね! うちが映画館のチケット、あと一枚多く取っとけば……!」

 

 緋田美琴が指摘する。

 

「それは難しいんじゃない? あなたのせいじゃないよ。子どもを預かるのも急な話だったし……大丈夫。こっちでなんとかするから。映画、みんなで楽しんできてね」

「美琴さ~んっ! ありがと~!! じゃ、いろはちゃんのこと、よろしくお願いします!」

「うん。いってらっしゃい」

 

 ストレイは事務所を後にする。

 七草にちかと緋田美琴は互いに目を合わせて、次にいろはちゃんに視線をやった。

 

「? おでかけ……?」

 

          §

 

 七草にちかは青ざめた顔で歩道を歩く。

 

「はぁ、はぁ……重いぃ~」

「……やっぱり、交代しようか?」

「! い、いえっ! 美琴さんにこんなことさせられないです、から……!」

 

 七草にちかは、いろはちゃんを抱っこしながら歩いていた。小さすぎるため手をつなぐことが難しい。無理して手をつなごうとすると腰をかがめることになるため、その状態で歩くと腰を痛めてしまう。そこで緋田美琴が抱っこをしようとしたが、やや抱っこの仕方が危なっかしく、慌てて七草にちかが止めに入った。その流れで代わりに抱っこすることになり────現状、ほかに方法がなかったとはいえ、やや後悔している。

 

(うぅ~……レッスン室までの道のりって、こんなに長かったっけ……? ハァ……もういや……貧血でぶっ倒れるぅ……)

 

 やがてレッスン室に到着。

 ぜえぜえと息を吐く七草にちかは、既にレッスン終わりのような疲れ具合。

 床に下ろされたいろはちゃんは、そんな七草にちかを見上げて首をかしげる。

 

「たいりょくないねー?」

「……」

「いっぱいたべたら?」

「……──そういうの、余計なお世話だからっ!」

 

 七草にちかはスポドリを飲む。

 一方の緋田美琴は、いろはちゃんをレッスン室の隅っこに誘導する。

 

「いろはちゃん。ここにいて?」

「んー……? なんでー?」

「えっと……これからね。練習するの。何もなくてつまらないだろうけど──ああ、何か持ってくれば良かったかな。おもちゃとか──その、ごめんね?」

「……?」

「…………」

 

 緋田美琴は背中を見せて、鏡の前に立つ。

 七草にちかも横に並び、振り付けの確認を始めた。

 

 するといろはちゃんは、そろーりそろーりとハイハイして、外に出るための扉に向かう。

 レッスン室の鏡は全面に張られている。いかにゆっくり動いたところで、ふたりの視界に入ってしまう。バレバレだ。しかしいろはちゃんの背丈では取っ手に届かない。脱出は不可能だ。

 

 するとパイプイスを発見。音を立てながらそれを引きずって扉の前に持ってくる。なんとか上に登ったところで、七草にちかは苛立ちながら言った。

 

「いろはちゃーん。バレてるよー。鏡で見えてるんだからねー!」

 

 だからなんだというのか。いろはちゃんは取っ手をひねって扉を開けた。

 

「────えっ」

 

 すかさずパイプ椅子から飛び降りる。

 

「────っ!?」

 

 七草にちか、振り返って全力疾走。

 いろはちゃんがレッスン室から脱走する瀬戸際。ビーチフラッグを取るように飛び込む。なんとかいろはちゃんの両脇腹を抱えて引き寄せ、脱走を阻止した。

 

「ちょーい!? なにしてんのっ!」

「んー! はなせー!」

「も……もー! これじゃあ練習になんないー!」

 

 七草にちかは焦燥する。

 完全に抱っこされたいろはちゃんは一旦諦めて体力温存。

 緋田美琴が歩いてくる。

 

「果穂ちゃんから『脱走に気をつけて』って言われてたけど……ほんとに脱走するんだね」

「え……まぁ……わんぱくな子なら、そりゃあするんじゃないですかね……」

「困ったね。どうしようか」

「! すみません、美琴さん……! もっと私がしっかりしてれば……!」

「ううん。おもちゃとか、買ってくれば良かったね。そこまで頭が回らなかった」

「でも今お買いものに行ったら、完全にレッスンの時間が潰れちゃいますよー! ……もー、なんでこういう時に限って、事務所に誰もいないかなー。というか、いきなり子供のお守りとか意味分かんなくないですー? こんなのアイドルのお仕事じゃないですよー!」

「……そうだね」

 

 その時、いろはちゃんが不安そうに言った。

 

「いろは、じゃま?」

『────!!』

 

 七草にちかは、しまった、という顔で歯を食い縛る。自己嫌悪。

 緋田美琴は目をそらして狼狽。

 

「……そういうんじゃないよ。私が馬鹿だったってだけー。いろはちゃんは何も……」

「…………」

「……。じゃーねー。なんか面白いことしてー!」

「っ……こっちはレッスンがあるんですけどー? 遊んでる暇はないんですー」

「…………────」

 

 緋田美琴は考える。

 子供。

 よく、わからない存在。

 でも、アイドルなら。きっと。

 

「……ねぇ、いろはちゃん。ダンスって、知ってる?」

「だんす? おどりー!」

「そう。正解。……これから私、踊るから。見ていてくれる? それはきっと、つまらないものじゃないって約束するから」

 

 七草にちかは目を見開く。

 

「え────美琴さん、何を……」

「ごめんね、勝手に。でも……パフォーマンスで子供を魅了できないようじゃ、私が望むアイドルにはなれない。そう思って」

「……!」

「だから、今からやるのはレッスンというより────」

 

 ぶっつけ本番。観客がひとりだけの本気のダンス。

 しかも観客は三歳児。アイドルの魅力なんて分かろうはずもない。途中で飽きて、歌って踊ってる最中に脱走を企てることもあるだろう。それでも緋田美琴は、釘付けにしてみせる、と豪語する。

 

 それに七草にちかは思う。

 自分だってこのくらいの時には──あと一個か二個は年上だったと思うけど──アイドルに憧れていた。きっと八雲なみなら、こんなクソガキの目すら奪ってしまうのだろう。ならば、負けてはいられない。

 

「────やるんですね。今、ここで。本番のつもりで……」

「うん。まだ歌詞も振り付けも完璧じゃないから、変なクセが付いちゃうかもしれないけど……」

「……大丈夫です。このままじゃレッスンもできませんし」

「……曲が流れたら、ミスしても止まらないよ」

「承知の上です。美琴さんがやる気なら、私もやるだけです!」

 

 ならばとシーズは、鏡の前に並んで立つ。

 ただし鏡は見ていない。体は観客のほうを向いている。

 これはレッスンではないのだから。本番が来てしまったのなら、どんなに未熟でも、最後までやり通す。

 

 曲が流れ出す。

 初っ端から足取りをミスっても止まらない。止められない。瞬間瞬間を全力で。どんな逆境でも輝くために魅せていく。

 

「お~!」

 

 いろはちゃんはリズムに乗って体が揺れ始める。七草にちかと緋田美琴の動きを交互に観察している。

 飛び散る汗。かなりの熱量。旋律と音響、歌唱と躍動を浴びたいろはちゃんは、踊りきったふたりに拍手を送る。

 

「お~。ぱちぱち~。すごいねー?」

「ほんと……? すごかった? アイドル」

「あいどる?」

「知らない? アイドル……」

 

 七草にちかは「やっぱり……」とひとりごつ。

 

「まだ赤ちゃんだから、何も知らないんですよ」

「いろはもうあかちゃんじゃないもーん!」

 

 七草にちかといろはちゃんは『ふん!』とそっぽを向き合う。

 

「……でも、ずっと観ててくれたね。ありがとう、いろはちゃん」

「いいよー?」

 

 そこで七草にちかが言う。

 

「でも今の踊り、どのくらいの出来だったんでしょう……」

「……やっぱり鏡を見ないと、出来が分からないよね……」

 

 踊り。鏡。

 いろはちゃんは閃く。

 

「かがみをみておどりたいのー? じゃーねー」

 

 いろはちゃんはハイハイして、ふたりの間を通り過ぎ、全面鏡の前に座る。

 振り返り、鏡を背にした。あぐらをかいて、今まで自分が座っていたところを指す。

 

「むこうでおどればー?」

『……!』

「あと、ろくがすればー?」

『!!』

「……おもいつかないの?」

 

 いろはちゃんは怪訝そうに首をひねる。

 こんな初歩的なことを思い付かなかったのか、と。思考が淀み過ぎではないだろうか。

 

「っ……! 今日は、いつもと状況が違ったから……頭からすっぽ抜けてただけで……!」

「……じゃあ、そうしようか」

 

 さっそく緋田美琴は位置に着く。慌てて七草にちかも配置に着く。

 

「また同じ曲ね。もちろん本番さながらで行こう」

「え────えぇ!? ば、バテちゃいますよ……!」

「そう。バテるくらい。────やろう」

「……っ!?」

 

          §

 

 一時間後。一曲につき四分前後だとして。最低何曲やったのか。もう数えるのも馬鹿らしい。

 

「し……死ぬ────っ!!」

 

 七草にちか、ダウン。

 緋田美琴も、さすがに疲弊している。

 対するいろはちゃんは大興奮。それはそれとして。

 

「もらしていい?」

『……────!?』

 

 ずっとトイレに行かせてもらえていなかった。

 七草にちかは、ここでおもらしされては困ると大慌て。急いでトイレに連れていく。

 

「もー! なんでもっと早く言わなかったのー!」

「いこうとしたらとめられた~」

「!? あれ脱走のつもりじゃなかったの?!」

「? だっそうだよ?」

「っ……?! ぐっ……これだから、子供はー……!!」

 

 生意気で嫌なのだと。男子トイレにぶち込んでため息をついた。

 

          §

 

 シーズは事務所に帰還する。

 その道中、緋田美琴が抱っこするいろはちゃんが問いかける。ちなみに抱っこの仕方は、レッスン終了後、七草にちかに教えを乞うて習得した。

 

「ねーねー。おなまえはー?」

「……えぇ? あ、そうか。まだ名乗ってなかったっけ……」

「私は、緋田美琴」

「じゃーねー?」

 

 いろはちゃんは考えながら発言する。

 

「かっこいいちゆちゃん」

「……?」

「あかいろのまどちゃん」

「……?」

「みこちゃん」

「……」

「ことちゃん」

「……」

「どっちがいーい?」

「…………────もしかして、あだ名ってこと……?」

 

 緋田美琴は答える。

 

「私、昔はよく『みーちゃん』って呼ばれてたの」

「じゃー、みーちゃん!」

 

 いろはちゃんと緋田美琴の視線が、七草にちかに向く。

 

「っ……!?」(えぇ……これ、私もあだ名決められる流れ……? へ、変なの付けないでよもう~!)「……七草にちか……」

「ななちゃん!」

「……」

「なくさ?」

「はぁ?」

「くさちゃん」

「それはやめて」(なんか臭そう……)

「サニー!」

「……?」

「にち……にじ……レインボ~」

「ふざけてるなら怒るよ?」

「ちかっち」

「…………」

「にっちゃん!」

「! ……」

「にちか」

「……」(呼び捨て……)

「どれがいーい?」

「────『にっちゃん』で」

「たぶんね!」

「……はい?」

 

 その時、緋田美琴が微笑んだ。

 

「ふふ。私と似てるね」

「っ……!? ぁ……い、イヤでしたか?! な、なら────別の────!!」

「? ううん。いいと思う。かわいいよ」

「────~~~~っ!」

 

 七草にちかは赤らんで恥じらった。

 

          §

 

 夕方間近の事務所リビング。

 斑鳩ルカは、レッスン室から帰ってきたシーズを見るなり、少し驚いていた。

 

「……スゲェ汗だく……」

 

 七草にちかは台所に行って、二本のスポドリを持ってくる。一本を緋田美琴に手渡して、ふたりしてゴクゴクと飲み干す。レッスン室に持参した水筒は、激しい本番レッスンによって、とうの昔に底をついていた。

 

「────ぷはぁ! い、生き返ったぁ……!」

「……ふぅ……。……どうしよう。私、ちょっと眠い……ルカ、事務所に残る人は、ほかにいないの?」

「……誰もいないよ。うちらもレッスン室に行くから、美琴たちが帰らないなら……」

 

 斑鳩ルカは、いろはちゃんを見やる。

 この疲れきったシーズで、子供の面倒を見れるだろうか。

 

「……しゃあない。私が預かる」

「え。悪いよ……」

「脱走するんでしょ? ゆっくり寝なよ」

「…………ありがとう、ルカ。迷惑かけてごめんね……」

「迷惑なんかじゃないって。分かってるでしょ」

「……うん」

 

 斑鳩ルカは微笑む。緋田美琴も微笑む。

 蚊帳の外の七草にちかは固まっていた。

 

          §

 

 夕方のレッスン室。

 斑鳩ルカは、抱っこしていたいろはちゃんを鏡の近くに下ろす。

 

「……なァ」

「?」

「美琴のパフォーマンスは……どうだった」

「みーちゃんの? すごかったー!」

「へっ。そうかよ……なら、もっとスゲェの見せてやる」

 

 斑鳩ルカは配置に着く。その両側に揃った鈴木羽那と郁田はるきは、どういうことかと首をひねった。

 

「ルカちゃん?」

「見せるって……?」

「……シーズは、尋常じゃない汗の量を流していた。あれはたぶん、レッスンなんてもんじゃねぇ。本番さながらにやりやがった」

『……!』

「負けてられねぇ……お前らも、そう思うだろ?」

 

 鈴木羽那と斑鳩ルカは、ただ強い眼差しでうなずく。

 

「今回は激しくなる……変なクセも付くかもしれねぇ。それでもやりたいなら、付いてこい」

「うん! あたし、やりたい……!」

「もしクセが付いちゃっても、ルカちゃんが直してくれるもんね~」

「チッ……いいから、さっさと始めるぞ」

 

 そこでいろはちゃんが手を挙げる。

 

「うたもうたってたよー!」

「ああ。知ってたよ。──お前ら、ぶっつけ本番だ。ミスっても曲は止まらねぇ。観客はガキが一名。だからって手を抜くなよ。アイドルなら、本気でやって魅了しろ」

『────うんっ!』

「……いい覚悟だ。それが本物かどうか、見せてもらう」

 

 音楽が流れ出す。レッスン室の雰囲気は一瞬にして、本物のステージへと様変わりした。

 

          §

 

 一時間後。いろはちゃんはキャッキャと楽しんで喜んでいた。

 

「みんなすごいねー!」

 

 斑鳩ルカは喘鳴しつつも、最後の決めポーズを決めている。

 鈴木羽那は、もうボロボロで四つん這い。

 郁田はるきもダウンしており、片膝をつく。

 

「はっ……ガキの語彙力なんて、そんなもんか……」

「? がんばったねー!」

「……別に褒めてほしいわけじゃねぇよ……」

「? じゃあねー。あのねー。……きらきらしてたー!」

「──! …………ハッ」

 

 それから斑鳩ルカは、なぜか高笑いを上げた。

 

「うわぁさだこのわらい」

「なんてこと言うのいろはちゃん!?」

 

 すかさず郁田はるきがツッコミを入れて注意。ホラー映画に出てくる女性キャラのヒステリックな笑い声とでも言いたいのか。

 すると、またまたいろはちゃんはぶち込んでくる。

 

「ところでさー」

「あ?」

「もらしていい?」

「…………」

 

 斑鳩ルカは歩き出す。

 

「もうへばっちまった。抱っこはできねぇ。ひとりで歩けるか」

「ぎりぎりね!」

「もう少し我慢してくれよ。こっちだ。付いてこい」

「ありがとー! でもねー。場所わかるよー? にっちゃんがねー!」

 

 斑鳩ルカといろはちゃんは、お話しながらトイレに向かう。

 それを見送った鈴木羽那と郁田はるきは、スポドリをごくごくと飲んで倒れ伏す。

 

「はぁ~……もうむり~! あしたは筋肉痛だ~!」

「あはは……わたしも~! なんならもう脚がジンジンするよ~」

「ねえねえ、はるきちゃん」

「なーに? はなちゃん!」

「さっきのルカちゃんといろはちゃん。なんかお姉さんと弟みたいだったねー?」

「あ、わかる~! いろはちゃん、ルカちゃんとは初対面のはずなのに、すぐ懐いてたよね~」

「初対面……あぁ!」

「ん?! な、なに~……?」

「まだルカちゃんとはるきちゃんは、いろはちゃんの洗礼を受けてないな~?」

「え……洗礼……? ──あ、もしかして……」

 

 斑鳩ルカといろはちゃんが戻ってくる。

 

「ちゃんと手を拭けって言ったろ……」

「ふいたよ!」

「これは拭いてるうちに入らねーよ……」

「はんかちがねー。ちいさいからねー」

「……んなら大きいの買ってもらえ」

「おぼえてたらね!」

「……いつも忘れてんのか?」

 

 斑鳩ルカにハンカチで手を拭いてもらったいろはちゃん。

 そこへ鈴木羽那が声をかける。

 

「いろはちゃ~ん。あだ名決め大会、やらない?」

「! わすれてた! ……なまえなに?」

「…………アァ? あぁ……そういや名乗ってなかったか。……斑鳩ルカ」

 

 ならばといろはちゃんは腕を組んで考える。

 

「くろいじゅりちゃん」

「……あ?」

「イルカ!」

「……」

「カンガルー!」

「……」

「がるる?」

「人の名前で遊ぶな。行儀悪いぞ」

「るっちゃん?」

「…………」

「るかるかないとふぃーばー」

「!?」

「どれがいーい?」

「…………────くだらねぇ」

「るからねぇ? るからおねえちゃん!」

 

 いろはちゃんは「ルッカラルッカラ~」と歌って踊り出す。

 そこで郁田はるきが問いかけた。

 

「いろはちゃん。わたしは~?」

「おなまえは!」

「郁田はるき~!」

「いくたあまた」

「?! ……む、難しい言葉を知ってるねぇ~?」

「いくたんっいくたんっ」

「──!?」(か、かわい~!! あだ名も可愛いけど、なんかカスタネット打ってるみたいな動きがかわい~!!)

「はるちゃん!」

「あ、それいいかも~!」

「こいよる(・)ー(・)き(・)ー(・)。かくのちがいをみせてやりゅー」

「えぇ~? なんのアニメのセリフだろ~? ドラマかな~?」

「どれがいーい?」

「ん~。『いくはる』も捨てがたいけど……せっかく考えてくれたから、はるちゃんで~!」

「おー……たぶんね!」

「えぇ~? どど、どういうこと~?」

 

          §

 

 夜も更ける頃。

 事務所リビングのソファでは、郁田はるきといろはちゃんが並んで眠っており、その寝顔を鈴木羽那がパシャリと撮っていた。ちなみに斑鳩ルカは、いろはちゃんが眠ったことを確認して、郁田はるきと一緒に寝落ちしてしまった鈴木羽那が先に目を覚ましたあと、後を任せて帰宅した。

 

 そこへ、地方出張中だったアイドルとプロデューサーが帰ってくる。

 

「ただいまですー!」

「ただいま戻りました────っと、果穂。静かに……」

「はっ! すみません……! はるきさんといろはちゃん、お休み中でした……っ!」

 

 小宮果穂は慌てて口を塞ぐ。

 鈴木羽那が小声で出迎えた。

 

「おかえり~果穂ちゃん! プロデューサーさんも、おかえりっ! いろはちゃんの面倒、ちゃんと見れたよ~!」

「羽那さん、ありがとうございます!」

「本当にありがとな。大変だったろ?」

 

 微笑む鈴木羽那は首を横に振る。

 

「詳しくは聞かないけど、困ってたんでしょ? なら仲間として助けるのは当然だよ~」

 

 その時、いろはちゃんが目を覚ます。

 

「んー?」

「あ、起こしちゃったかな……?」

 

 周りをキョロキョロと見回すいろはちゃんは、小宮果穂の顔を見つけて驚いたように口を開く。

 

「おー! かほー!」

「いろはちゃん、ただいま……!」

 

 ソファから降りてとたとたと小走り。小宮果穂の足元に駆けつけて抱き上げられる。

 その振動で、郁田はるきが目を覚ました。

 

「ん……寝ちゃった~……あ、果穂ちゃん~、プロデューサーさん~、おかえりなさ~い」

 

 小宮果穂は、いろはちゃんの世話を焼いてくれたことを感謝する。この感謝はいずれ283全員に改めてしなければ。

 一方のいろはちゃんは、小宮果穂の顔をじーっと見つめていた。

 

「……? いろはちゃん、どうしたの?」

「そういえばまだだった」

「……??」

 

 いろはちゃんは考える。

 

「果穂はね~────こみいったこ」

『!?』

「みゃーちゃん!」

『……!』

「ほかほかほ」

『?』

「かほちゃん! どれがいいー?」

 

 小宮果穂のあだ名決め。

 赤毛の少女は悩ましい表情。

 

「んん~~~~っ……『かほちゃん』で!」

「たぶんねー!」

 

 どうやら、いつも通り『かほ』と呼び捨てにするようす。あとは気分次第といったところか。

 そこでプロデューサーが言う。

 

「それじゃあ果穂。いろはちゃんも拾ったし、このまま家まで送るよ」

「! はいっ! いろはちゃん、おうちに帰ろっ!」

「まめはー?」

「拾ってくよ!」

「ひろうー?」

 

 一旦、小宮家を経由してマメ丸を車に乗せて、アルファ邸に向かうのだ。

 

          §

 

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