※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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 ※2025年3月に学マスを始めて────ハマりました。

 ※注意※
 本編・本話から、『学園アイドルマスター』の世界観が混ざり始めます。

 学マスの一部アイドルと、オリ主たる「ちょいワル男子」の恋愛模様も始まります。

 新ヒロイン群の登場によって、部分的に正ヒロイン・小宮果穂の影は薄くなりますが、本作は『カホワル』なので、あくまで主人公群は「小宮果穂とちょいワル男子」です。
 このスタンスはなるべく守りつつ、さりとて好きなものを描いていきます。

 それでもよろしければ、本編どうぞ。

※自分用メモ※
情報収集兼プロット構築期間:3月下旬一杯 本編執筆時期:4月中旬~5月7日



カホワル+学マス編! ※クロスオーバー:学園アイドルマスター
pSSR【渡る世間は聖人ばかり】天道唯我


 

 夜の小宮宅。リビングのソファでは小宮兄と、その妹たる果穂がくつろいでいた。

 

「なぁ果穂~」

「なに? お兄ちゃん!」

「あの人とは最近うまくいってんのか~?」

「……あの人?」

「アルファさんのことだよ」

「! うん! いつも仲良くしてるよ! ……昨日もね~!」

 

 嬉しそうに身をひねる小宮果穂は、楽しそうに思い出話を語る。

 

 アルファさんのおうちで、アルファさんとたくさんお話したこと。ヒーローごっこしたこと。テレビゲームをしたこと。一緒に料理をしたこと。ご飯を作ってあげたくなること。

 アルファさんと外で、公園で遊ぶこと。公園でヒーローの修行(体力作りのための体操や筋トレ)をすること。ショッピングモールを回ること。たまに喫茶店(カフェ)や飲食店(ファミレス)に誘ってもらえること。

 アイドルのお仕事で顔を合わせる機会もあること。その時は仲が良すぎて恋人だと誤解されないように、アルファさんとプロデューサーさんの三人でスゴく気をつけていること。ただし偶然そこに芹沢あさひも居ると、結局アルファさんとあさひさんとの三人ではしゃいじゃうこと。

 

「────…………へ~。結構いい感じなんだな~。つか、なんかスッゲェ甘酸っぱい話を聞かされた……」

「?」

「あー……じゃあさ。その……なんか、困り事とか、ない?」

「こまりごと?」

「や、まぁ、何も無いならいいんだよ。ただ兄として何か、お前らのためにできることはないかなー? とか、ちょっと気にしちゃったりしてるわけ」

「……」

 

 困り事は、特にない。

 アルファさんが女好きであることは承知済み。

 アルファさんがえっち好きであることも承知済み。

 たまに病んじゃって自分の様子がおかしくなることも承知済み。

 それら全てを許容済みであるため、あまり困り事はないかのように思える。

 

 小宮果穂は恋するあまり盲目となって気づかない。

 それら全てが、れっきとした困り事であることに。

 

 それはそれとして、ふしぎに思う。

 ────“兄として何かしたい”とは、どういう気持ちの表れなのだろうか?

 

「う~ん……」

 

 首をひねる小宮果穂は腕を組んで考え込む。

 兄のため、何か困り事はないか見つけ出さなければ。

 

「おいおい。別に、無理やり困り事を見つける必要はないんだからな……?」

「でも……」

 

 そこで小宮果穂は発想を転換。

 自分の困り事はないが、アルファの困り事はどうだろうか。

 

 事故で両親とお腹の中の弟妹を喪い、自分だけが生き残った強烈な罪悪感。

 罪悪感からくるスゴい行動力。四人分以上は働きたいという血が滲むような激情。

 それなのに中学生という理由でバイトができない。仕事ができない。大学に飛び級もできない。

 

「…………あのね、お兄ちゃん」

「ん?」

 

 突として小宮果穂は落ち込んだ表情を浮かべる。

 指先をもじもじと突き合わせて、無意識の上目遣い。

 

「アルファさんの、ことなんだけど……」

「……────」

 

 小宮兄は思う。

 

 妹は家族に対し、あまりアルファのことを話さない。

 否、先ほどのように他愛もないことなら、たくさん話してくれる。しかしアルファのために突飛な行動を起こした時ほど、具体的な説明を避けがちである。その点について、母親はきちっと叱る時がある。それは娘を心配してのことだ。

 親に心配させてしまっていることは、すべからく小宮果穂も理解している。だがそれでも我(が)を突き通すことが多い。つまり秘密が多くなったのだ。

 

 それは、かつて自分にもあった、年頃によくある思春期というものなのだろうか。

 ともあれ小宮兄は、自分の親が過干渉とは決して思わないものの、兄として親よりは干渉しない方針で見守っていた。すると小宮果穂は、どうやら兄(・)に(・)対(・)し(・)て(・)は、少(・)し(・)だ(・)け(・)気(・)を(・)許(・)し(・)た(・)ようす。

 

「……大学に飛び級できなくて、困ってるんだって……」

「……へ? 飛び級? 大学に? ……マジ?」

「うん……」

「…………え、えぇ~……それって、つまり、あれか? アルファさんって、実はめちゃくちゃ頭いいのか!?」

「うん! 独学で……『もう大学を卒業できるくらいの学力はある』って言ってたよ。でも、それは『本当に大学に通ってみないと分からない』から、試してみたいんだって!」

「……へぇ~! アルファさんって、まだ中一だろ? スゲェなぁ……でも、じゃあ、なんで飛び級できないんだ?」

「わかんない。でも、たぶん……『ダメ』って言われたんだって。ま(・)だ(・)中(・)学(・)生(・)だ(・)か(・)ら(・)って……」

「…………」

 

 小宮兄は後頭部を掻く。逡巡。いくつか候補を閃く。博打だが可能性はゼロではない。

 

「────……よし! それなら俺が、仲のいい先生に掛け合ってみるよ!」

「……ふぇ?」

「大好きなアルファさんを助けたいんだろ? うちの妹がめちゃくちゃ世話になってるらしいからな。俺も何かお返しをしたいって思ってたんだ」

「────っ……!! お兄ちゃん……! ありがとー!!」

「うわぁいきなり飛びつくなっての! 言っとくけど、あんま期待すんなよ!? 俺のできることなんて、マジ、仲のいい大学の教授に、今の話をすることくらいなんだからな! つーわけでアルファさんにも、今の話は内緒! わかったか!」

「わかったぁー!!」

 

 小宮果穂は、まるで我が事のように喜び勇んで、雀のように小踊りする。

 

「ワフ? ワンワン!!」

 

 そこにマメ丸も参戦。小宮果穂がハイテンションになったことで自分も嬉し楽しくなってきたのか、小宮果穂とリビングを駆け回り始めた。

 

「お、おい……! 落ち着けって……! お前とマメ丸が暴れた時に怒られるのは俺なんだからな……!」

「はーい!」

「ワンッ!!」

 

          §

 

 翌日。平日の放課後。

 小宮宅・玄関口。上がり框の手前では、佇立する小宮果穂がそわそわとしており、そのとなりにおすわりするマメ丸も果穂を見上げながら果穂に釣られてそわそわと身を揺する。

 

 ────足音。

 

「ワンッ!」

「!?」

 

 小宮果穂には聴こえなかったが、マメ丸が気配を察知して吠える。

 

 ────鍵を開ける音。

 

「!!」

「ヘッヘッ」

 

 ────扉が開く音。

 

「ただい────」

「おかえり、お兄ちゃん!!」

「ワンッ!」

「っ……!? びっ……くりしたぁ……────」

 

 小宮果穂は瞳をしいたけのような形にしてキラキラと光り輝かせて期待に胸を膨らませている。

 一方のマメ丸は、小宮果穂の興奮ぶりを見て何かを勘違いしているのかヨダレを垂らしていた。まさか土産物を買ってきたとでも思っているのか。

 

 それはそれとして、小宮兄は思う。

 なぜ可愛い妹と健気なペットが、玄関前で自分を待ち構えているのか。

 その理由がひとつしかないことに勘づいた小宮兄は、ただ冷や汗を流した。

 

「えっと……」

 

 その時、リビングの台所から小宮母が出てくる。

 皿洗いで濡れた手をタオルで拭きながら、帰宅した息子を出迎えた。

 

「おかえり。あのね? 果穂ったら『お兄ちゃんが大学から帰るまで玄関で待つ!』って言って聞かないのよ……。いったい何があったの? お母さんには教えてくれないのよねぇ……」

「あ~……それは、まぁ……兄妹の、ひみつってやつ?」

「あら。ふふっ。……悪い秘密じゃあないでしょうね?」

「大丈夫大丈夫! そう心配しなくていいって!」

「お兄ちゃんは、ちょっと気持ち軽めだからねぇ……」

「へいへーい。俺は軽い男ですよぉ~っと」

 

 おちゃらける小宮兄は洗面所に向かう。背後から妹とマメ丸がぴったりと付いてきて、とにかく熱い視線を感じながら、手荒いうがい洗顔を済ませる。階段を上がって自室に入り、荷物を置いて振り返ると、扉の隙間から妹の片目とマメ丸の鼻が覗き込んできていた。

 

「っ……ははっ! ったく……はいはい。中に入ってきていいぜ。実は渡すものがあるんだよなぁ~?」

「──……っッ!! わ、渡すもの!? それって……なにっ!?」

「ワフッ!?」

 

 小宮兄は、カバンから一枚の封筒を取り出す。

 

「ほい。学園案内のパンフレット」

「……!! も、もしかして、アルファさん……この学校に行けるの!?」

「はい焦りすぎ~。ちょっと落ち着いて深呼吸~」

「……っ! ……────すぅ……はぁ……────……お、お兄ちゃん! 詳しく話して!!」

「あのなぁ。昨日の今日で、いきなり許可なんて取ってこられるわけないんだわ」

「……ッ!!? あ……そ、そうだよねっ? …………」

 

 小宮果穂は、しゅんとして落ち込む。となりのマメ丸も、なんだお土産じゃないのかと落胆する。

 対する小宮兄は、うちの妹とペットがいちいち一喜一憂して困ったものだと苦笑しつつ、今日の進捗を説明した。

 

「いいか、果穂。落ち込むのはまだ早いぞ?」

「……!」

「まず仲のいい教授に、昨日の話をしたんだ。『俺の知り合いに飛び級したい中一がいるんですけど』って。そしたら教授は『知り合いに相談してみる』って言ってくれてさ。で、その知り合いはどちら様なのか聞いたら、なんと。この学園案内パンフレットに載ってる学園長なんだと」

「……!! そ、それで……?」

「その学園長さんは言いました。『条件付きでOK』だと」

「────!! そ────その条件ってっ!?」

 

 小宮兄は、興奮気味の妹を落ち着かせながら、懇切丁寧に説明する。興奮している時の妹は、勢い余って早とちりしてしまい、何かを聞き間違える恐れがある。そのため順を追っての説明は欠かせない。

 

「ひとつめに『この専門学校でいいのか?』という確認。

 ふたつめに『入学試験で合格する』こと。

 みっつめに『飛び級できるほどの天才なら、その腕を見込んでむちゃぶりするかもしれない』という確認。

 ────以上の三点を満たせば、学園長は『入学を認める』そうだ」

 

 小宮果穂は息を呑む。なぜか瞳が潤んできた。

 お兄ちゃんはスゴい。カッコいい。本当に助けてくれた。

 

「────っ~~~~!!」

 

 妹の歓喜爆発、一秒前。

 目を閉じる小宮兄は呆れ顔で両耳を塞ぎ、前方1メートルの至近距離爆発に備えた。

 

「あ゛り゛が゛と゛う゛゛お゛兄゛ち゛ゃ゛ん゛゛────゛!゛!゛」

「だぁー! うるせぇー! 静かにしろぉおおお────!」

 

 小宮果穂は両手を挙げてジャンプを繰り返す。それに合わせてマメ丸も大はしゃぎ。部屋中を駆け回る。

 

「というわけで、果穂。よく聞けよ。俺の信用を担保にした、この一枚きりの封筒。きっちりアルファさんに届けること! そういう任務を言いつける!」

「……っ!!? 任務……ッ!!」

 

 突として小宮果穂は居住まいを正す。

 キリッとした目つき。気をつけの姿勢。ヒーローの余裕を表す、ニヤリとした不敵な笑顔も忘れない。

 

「わかったっ……! あたし、絶対に、この大事な大事な封筒を……アルファさんに渡してくるねっ!」

 

          §

 

 翌日の放課後。

 アルファ邸リビングのベッドソファ。そこに座った小宮果穂は、食卓でパソコンとにらめっこして作業するアルファを待ちかねる。ひと区切りついたのか休憩する頃合を見計らい、ちょっといいですかと呼び招く。そして一昨日(おととい)から始まっていた、兄との出来事を語り聞かせた。

 

「────というわけなんですっ! だから、これ! もしよろしければ、受け取ってください!」

 

 しばしの沈黙。

 目を丸くする青年は、事態を理解することに時間をかけていた。

 

「────────…………え……マジ?」

「はい! マジですっ! おおマジです……っ!!」

 

 アルファは封筒を受け取る。何も書いていない百均の封筒だ。おそらく学園案内パンフレットをホームページから印刷して、それを適当な入れ物にしまおうと探していたら近くにあった封筒なのだろう。

 信じられないと言いたげに封筒を観察するアルファとは対照的に、小宮果穂は早く中身を見たくて仕方がないようす。アルファの片腕に豊満な胸が当たっていることなど気にもせず、アルファの肩に手を置いて倒れそうになるほど前のめり。なるべくアルファと同じ視線で封筒の中身を見ようとしている。

 

「アルファさん! 早く開けてくださいっ!」

「──……! あ、ああ……や、その前に……」

「?」

 

 アルファは感無量の念を込めて、赤毛の少女とその兄に感謝する。

 

「────ありがとう────」

 

 聖人級の兄妹に万感の思いを抱く。

 

 五歳の時に家族を喪ってから、ロクな人間と出逢わなかった。八つの親戚をたらい回しにされる中、小さな殺生を強要され、小さな窃盗を強要され、強姦を強要され、飲酒を強要され、虚言妄言を吐(つ)かれ強いられ、非道徳を説かれて強いられ、いとこの強姦を強要され、あまりにもあんまりな責め苦に耐え切れず……育て親(ろくでなし)の殺害に踏み切ろうとしたことさえあった。

 まさしく生き地獄を味わった。しかし全ての人間が醜い悪だった、というわけではない。助けてくれる人達もいた。もはや人間不信となっていた少年は、内心では疑いつつも、その人達なら信じられると思う時期があった。が、実物は変わらぬ世界である。助けてくれた人達は全員、少年を利用する腹積もりしかなかった。誰も彼もが真っ黒な裏の顔を秘めており……結果としては、全ての人達に裏切られた。

 

 そんな呪われた土地から逃げおおせて、聖人級弁護士と出逢ってから、少年の運命は変わった。

 人間不信ここに極まれり。という状況下で、聖人級弁護士は人生を投げ打ってでも、ひとりの子供を助けてくれた。真の意味で救ってくれた。彼こそ正(・)し(・)い(・)義(・)理(・)人(・)情(・)の(・)味(・)方(・)である。正義の理すなわち人情。八つの地獄から親権を勝ち取り、ひとりの子供の自由なる世界を譲(まも)ってくれた。全てを敵に回してでも少年(じぶん)ひとりに味方して、希望を授けてくれた。

 

 地獄から一転、天国へ。

 暗黒時代から一転、黄金時代へ。

 中学に上がってから、それは顕著(けんちょ)となった。

 

 数少ない友人を得た。

 数多くの仲間を得た。

 八大地獄の経験から処世術には長けており、疑心暗鬼の経験から読心術にも長けており、それらを駆使して大量の女性を侍らせたものの、たったひとつの真実の(しんじられる)愛には餓(う)えるばかり。

 

 ある日、小宮果穂と出逢った。同好の士を得た。同じ夢を目指す瞳の輝きに脳を焼かれた。

 疑いを知らぬ無垢な光は天使の羽。世界に汚される前の姿は昔の自分と被って仕方がない。

 ひょんなことにラブレターを受け取った。両想いとなった。どう接していいか分からない。

 友なのか。仲間なのか。親友なのか。恋人でいいのか。愛人でいいのか。夫婦でいいのか。

 

 そ(・)れ(・)で(・)も(・)ま(・)だ(・)信(・)じ(・)ら(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 なんとか関係性に理屈を見つけて安心を得ようとする。

 そ(・)ん(・)な(・)自(・)分(・)に(・)嫌(・)気(・)が(・)差(・)し(・)て(・)吐(・)き(・)気(・)が(・)す(・)る(・)。

 この子だけは、もう汚れている自分に近づけてはいけない。汚れに触れれば汚れてしまうのは至極当然のこと。故にそれとなく突き放して、遠ざけて、逃げて────それでも彼女は喰らいついてくる。同じ夢を抱く理想の先輩にして理想の好敵手(ライバル)とでも思われているのか、全力で追いかけてくる。決して汚してはならぬ少女が、汚れなんて気にしないと叫びを上げて、恐れ知らずにも突っ込んでくる。

 嗚呼……《世界の汚さを教えれば逃げてくれるかもしれない》。

 そう、きっとあれは試し行動として襲ったんだ。きっと自分はそんなひどい奴なんだ。……自分と似たような不幸をこうむる子供達を少しでも減らすべく努力していたのに、自分は醜い悪の連中と同じことをしたんだ。ヒーローにあるまじき奴なんだ。だから嫌いになれ。お願いだから汚(・)れ(・)き(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)男(・)を好きにならないでくれ。……などと、後(・)付(・)け(・)の(・)理(・)由(・)で自己嫌悪しようとする自分自身に自己憎(・)悪(・)が無限湧き。自分自身の《情けない逃げ道探し》に際限のない殺意が湧く。

 

 自己嫌悪を凌駕する自己殺意。

 二度と他人を信じられない表の心と、本当は他人を信じたがっている裏の心。

 明滅(スパーク)する自壊心理(ネクローシス)。

 心の境界線が悲鳴を上げ続ける毎日だった。

 

 それも最近、ひび割れて薄れつつある。

 誰のせいだ?

 

「……はい! どういたしまして!」

 

 世界の汚れを知っても。男の官能を味わっても。

 なおも汚れを知らぬかのように燦然(さんぜん)と輝く折(・)れ(・)ぬ(・)無垢。

 

 聖人級弁護士と出逢うまで、人との巡り合わせが悪すぎた。

 それは今も継続している。

 小宮果穂と出逢ってから、人との巡り合わせが悪(よ)すぎたのだろう。

 相も変わらず赤毛の少女は、地獄の業火すら生易しい無垢の温度(ひかり)で、熾天使(してんし)のごとく脳を灼(や)いてくる。

 

 青年は今、心に負った輝きの烙印(やけど)の照れ隠しを誤魔化すべく、ニヒルな皮肉を吐息する。

 

「何かの記念日でもないのに、贈り物か?」

「何かの記念日じゃなくても、プレゼントする時はあるんですよ!」

「……────そうなのか。知らなかったよ」

 

 またひとつ、経験のない普(・)通(・)の(・)幸(・)せ(・)とやらを学ばせてもらった。

 勇気をひねり出す。この封筒の中身からは、蛇も鬼も出てこないはずだ。

 

 封を切る。

 表紙の白背景には、カラフルな単調図形のデザイン。学園名は────

 

『────初星(はつぼし)学園……?』

 

          §

 

 初星学園の校訓。

 ────夢を抱いて、個性を磨き、健やかに成長するべし。

 

 それに対する現・生徒会長の解釈とは。

 ────学業を修め、心身を鍛え、己を磨き、より良い人間となるべく日々を歩め。

 

 中高大一貫校。

 二十数年の歴史を経て、普通科のある高等部にアイドル科を設立。中等部にアイドルコースを併設。専門大学にプロデューサー科を創設。

 数々の難関を突破したプロデューサー科の生徒は、アイドル科のアイドルをプロデュースすることが可能。

 

「え? なにこれ。こんな学校あんの?」

「……?」

「つまりプロデューサーとアイドルを育てる学校ってことだ」

「えっ!? そ、そんな学校があるんですか……! なんだかスゴそうですっ! 何をするんでしょうかぁ!?」

「いや、まぁ……283プロとそう変わらないだろ、知らんけど。たとえば果穂が勉強している教室に、プロデューサーさんが普通に入ってくるようなもんだ。勉強も見てくれるかもな」

「プロデューサーさんが、あたしの学校に……!? しかも勉強を……! なんだか面白そうな学園ですーっ!!」

「しかも寮があるから、いちいち家に帰らなくて済みそうだな」

「学校の中に、事務所があるってことなんですもんねっ!」

 

 ふとアルファは天井を見上げる。腕を組んで唸る。

 

(まず芸能界入りを希望しないと入学しようとは思わない学園……専門大学に普通科があるのかは知らんが、専門というからには無さそうだ。それでもプロデュース業を学ぶということは、経営を学ぶということ。経営には統計学といった数学が必須だ。つまり経営学から派生分岐する学問を学べる……そりゃ著名な諸大学と比べれば科目の質などは落ちるだろうが、これから海外で起業を考えている俺にとって、経営を学べる点は非常にありがたい……無論、学ぶことが人員操作学(プロデュース)に比重が置かれるものの、もとよりそれは俺の得意分野。短所を克服する学び舎ではなく長所を伸ばす学び舎として割り切るか……つーか複数の大学へ同時に入学してもいいわけだし? これから別の──通信制といった──大学にも飛び級で入る可能性は無きにしも非ず。とりま入学しない選択肢は無いわな! 得にならんと判断したら損切り退学すればいいだけだし)

 

 スマホを取り出したアルファは、パンフレットの末尾に載るインフォメーションのQRコードから公式ウェブサイトに飛ぶ。その他の記事も閲覧して調査。

 

(…………おおかた予想通りだな。やはり経営について学ぶならプロデューサー科を専攻するしかない……だが実際に《アイドル科の生徒(アイドル)をプロデュースするためには狭き門をクリアする必要がある上、大学一年生でプロデューサーになれる者は滅多に存在しない》、か……まぁ俺なら行けるだろ。世の中の試練という試練(もの)は、もう大体全部突破してきてんだよ。文(・)字(・)通(・)り(・)地(・)獄(・)を(・)見(・)る(・)ほ(・)ど(・)なぁ~……)

 

 アルファは辟易するようにため息をつく。

 

「果穂。決めたぞ。俺はプロデューサーになる」

「……!!」

「卒業のために四年必要だが、俺は三年後に海外へ飛ぶつもりだ。ぶっちゃけ卒業証書(キャリア)は必要ないから自主退学してもいいんだが、どうにも示しが付かない場合は大(・)学(・)の(・)飛(・)び(・)級(・)卒(・)業(・)を認めさせてやる」

 

 次いでアルファは、寂しそうな表情を隠しもせず、小宮果穂に宣告する。

 

「果穂。よく聞け」

「……? はい!」

「俺は効率を考えて寮に住む。もうこの家で顔を突き合わせることはなくなる。つまり遠距離恋愛となる」

「────ぇ……」

 

 寮に住む。

 つまりアルファの家で会えなくなる?

 

 小宮果穂は予想だにしていなかった宣告を受けて、気の抜けた声を発していた。

 

「……っ! は、初星学園は、どこにあるんですかっ……ッ!?」

「都内だ。簡単に電車で行ける」

「っ────なら……!」

「だが電車通学はゴメンだ。金の問題ではない。時間の無駄を懸念している」

「ッ……、……ほ、ほんとに……もう、会えなく、なっちゃうん、ですか……?」

「お互いに会おうと思えば会える距離だ。会える時に会おう。それに果穂は、定期的に放クラでミーティングしてんだろ? なら俺たちも夜、寝る前は絶対、パソコン画面を通して必ず会話しよう」

「────っ……」

「……果穂? ……────」

 

 瞳を潤ませる赤毛の少女は、相手の顔を見上げて凝視。忘れぬよう目に焼きつけるが、その行動自体がすでに。──覚悟を震わせる体が、いきなり立ち上がる。ソファを駆け下りて廊下を突っ走る。靴を履く音は聞こえない。アルファの自室たるヒーロー部屋に逃げたようす。

 

(…………《あたしが大学を紹介しなければ》って、一(・)瞬(・)で(・)も(・)思(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)……そんな自分を恥じているのか。それを俺に読まれまいと……いや、そんなことを考える余裕も無かったようだな……)

 

 アルファは、もしかしたら聞こえるかもしれない声量でつぶやく。

 

「苦しい展開だな。だが俺は妥協しないぜ。会う人すべてを救うヒーローになるって、もう決めてんだからな。そのための努力は惜しまない。好きな奴と救済責任、どちらが大事かと訊かれたら、俺は断然────両方だね」

 

          §

 

 後日。すなわち第一週・一日目。

 

 早朝。

 春風薫(かお)る山麓(さんろく)。岩魚(いわな)を撫(な)でる川の流れ。緑の自然にまぎれて桜が咲き誇る。

 都内某所。初星学園の野外ステージ近辺。そこは今日だけ、飛び級による入学希望者の試験会場となっていた。

 

 学内の生徒は、誰もそのことを知らない。

 学園長と教師陣、そのほか一部のスタッフのみが知る。

 

 試験会場には、特別に学園長が来ていた。となりには試験官の教師も立っている。

 学園長は、たくわえたヒゲをさすりながら、期待の新人を待ち望んでいた。

 

 ふとそこへ青(・)髪(・)赤(・)眼(・)の青年が姿を現す。身長170cm程度。話では中学一年生と聞き及んでいるが、明らかに成人に見える体格。だがよくよく見れば童顔に見えなくもない。髪型は狼のようであり、ヘアワックスでやや後ろに流すように固めている。全身は、新品だが着こなし慣れた無地の黒スーツに身を包んでおり、テンプル(こめかみ)に朱槍のようなラインが入った青い眼(・)鏡(・)がキランと光っていた。

 

「おはようございます! 本名を────と申します! このたびはご多忙の中、貴重なお時間を割いていただいた上、かような機会を設けていただきまして、誠にありがとうございますっ!」

 

 礼儀はバッチリ。

 かような挨拶をされては、学園長も折り目正しく返さねばならぬ。

 

「うむ! 元気でよろしい! 奇抜な髪色も気に入った! わしは十王邦夫(じゅうおうくにお)! 初星学園の学園長じゃ!」

「お(・)久(・)し(・)ぶ(・)り(・)で(・)す(・)ね(・)、プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)くん! 改めて、私は今回の試験官を務める、根緒亜沙里(ねおあさり)です。今度こそ、気軽に“あさり先生”って呼んでくださいね? 苗字呼びはちょっと寂しいですよ~?」

 

 青年は会釈する。

 実のところ青年は、この学園に来たのは今回で二度目である。既に──あさり先生が採点する──入学試験の筆記試験と実技試験は、どちらも満点で通過済み。つい先日、そのような合格発表のメールを受け取ったばかりである。中学校からの転入手続きも──学園長の鶴の一声で──済ませており、今日が正式な初登校。ただしメールには、学園長から直々に『第二の試験を執り行う! 難関ゆえ覚悟して登校するように!』との文章が添えられていた。

 

「これよりお主には、プロデューサー科の生徒が受ける、プロデューサーになるための試験に挑んでもらう!」

「本来は、本人の希望がない限り強制はしないんですけど……学園長がどうしてもとおっしゃるので……」

「構いません。あらかじめ『無茶を強いることもある』という旨は承知しておりましたので」

「うむ! 良い覚悟じゃ! それでは、あさり先生! よろしく頼むぞぉ!」

「はい! それでは────プロデューサー科の超(・)難(・)関(・)試(・)験(・)、始めます!」

 

 どうやら第二の試験は今ここで、いきなり始まるようだ。

 あさり先生はステージの段差を駆け下りて、青年の背後に回ってくる。

 

「まずは『アイドルが暴漢に襲われたら、どのように対処するか』を見せてもらいます!」

「はい! ……はい?」

「というわけで────すぅ~────きゃあ~! なんか怖い人が襲ってきたぁ! たすけてぇ~! プロデューサーくぅ~ん!」

 

 あさり先生が可愛らしい悲鳴を上げると、サングラスに黒スーツを着た三人組がステージから降りてくる。

 すでに採点は始まっているかもしれない。青年は警告を出す。

 

「あさり先生。少し後ろに離れて。走る準備をしてください。──お前ら、そこで止まれ。止まらなければ実力行使に出る」

 

 三人組の男は止まらない。先陣を切るひとりの男は駆け出して、いきなり拳を振るってきた。

 青年は、確実に捌ける距離感を保って攻撃を捌く。

 

(ほう。ガチで顔面に当てに来た。ということは、これマジで殴っていいわけだな?)

 

 青年は叫ぶ。

 

「正当防衛成立ぅ!」

「──っ!?」

 

 刹那、男の眼前から青年の姿が消え去る。

 次の瞬間、男の懐に潜り込んでいた青年の肩打が炸裂した。猛虎の体当たりを受けたかのように男は吹き飛ばされる。次いで青年は疾走。跳躍して宙返り、半身ひねりながら、二人目の男の鼻っ柱を蹴り飛ばす。着地。三人目の男を見据える。敵はナイフを取り出した。

 

(ほう。おもちゃのナイフだが、当たれば当然減点だな)「来いよ。格の違いを見せてやる」

 

 青年は、敵とあさり先生の対角線に立ち回り、常にアイドルを庇いながら敵と対峙する。

 男は疾走。ナイフを振り抜く。青年は半歩すり足で斬撃の軌道が体に当たらぬよう調整しつつ、敵の振りかぶった手首へ拳打。動きが止まった一瞬を突いて刃物を奪い、ナイフを逆手持ちのまま正拳突き。敵の正中線を打ち抜いて昏倒を強いる。

 

「な────なんとぉ!?」

「え、すご……──」

 

 学園長は愕然とし、あさり先生はドン引きする。

 対する青年は、自己アピールを欠かさない。

 

「相手が極道だろうが軍隊の小隊だろうが、軽くひねって蹴散らしてやりますよ。割と誇張抜きで」

「なんか恐ろしいことを平然と言ってるぅ! うそじゃよね? ……え? うそじゃないのぉ!?」

「──っ……こ、こほん! プロデューサーくん、よくできました! 『アイドルを守る試験』は文句なしの合格ですね! それでは次の試験に移りましょう! 次は『アイドルを導くために歌唱・ダンス・表現力を教えられるか』です!」

 

 あさり先生はスマホを取り出す。そこには楽曲と振り付けの動画が入っていた。おそらく暴漢から庇うことができなければ、そのスマホを暴漢に奪われて試験失敗だったのだろう。

 

「私がアイドル役をやりますので、プロデューサーくんはアイドルに、歌やダンス、メイクやアピールの方法などを、知っている分だけ教えてあげてください!」

「はい。分かりました。おそらく日が暮れますが、それでもよろしいのであれば」

「……はい?」

 

        §

 

 一時間後。

 青年は真顔で腕を組んで佇んでおり、対するあさり先生は息を切らして今にも倒れそうだった。

 

「ぜえ、ぜえ……う、歌、とても、上手ですね……ダンスも、完璧で……あれだけ踊ったのに、全然、疲れてないし……メイクや、自然な笑顔の出させ方も、完璧……って、もう! なんなんですかぁ……! あなたは完璧超人さんですか……!? 先生の出番が無いじゃないですかぁ……! もっとアドバイスしたかったぁ……!」

「知りませんよそんなの」

「10点減点しますよ!?」

「申し訳ございません! あさり先生は俺にとって、なくてはならない必要な存在ですっ!! はいっ!」

 

 一方、十王邦夫は驚愕していた。

 

「な、なんということじゃ……! お主、プロデューサーよりアイドルにならんか?」

「ほう。そこまで言いますか!」(ゆーて、すでにアイドルはやらせてもらっているのですが)

 

 実のところ青年は、前歴を隠した状態で入学試験を受けていた。

 

 ここはアイドル養成学校の初星学園である。つまりアイドルについての情報は、他校と比べて全校生徒が周知の事実。そのため現在、アイドル界のトップ層を爆走中の超人気アイドル・天道唯我(てんどうゆいが)が、初星学園に入学したと知られれば大変なことになる。まず間違いなく、普通の大学生活を送るわけには行かなくなるであろう。

 

 そのため芸名・天道唯我。もとい渾名(あだな)・ア(・)ル(・)フ(・)ァ(・)は────変(・)装(・)を(・)し(・)て(・)き(・)た(・)。

 青髪は地毛の色を隠すウィッグである。赤いカラーコンタクトも、イカした眼鏡も、天道唯我としての顔の印象を誤魔化すためのもの。これら小道具は小宮果穂と共に選んだものだ。最後のデート……ではないが、直近のデートとして、ショッピングモールを見て回って購入した品々である。小宮果穂によれば『まったくの別人に見えます! スゴいですーっ!』とのことなので、おそらく変装の具合はバッチリなのであろう。現にバレていない。

 

「ぬぬぅ……これは十年に一度の逸材やもしれぬ……! あさり先生、次の試験を出すのじゃ!」

「は、はい! それではプロデューサーくん! 次は『悩めるアイドルに適切な言葉をかけられるか』です! 私をアイドルだと思って、私の心を言(・)い(・)当(・)て(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)! たーだーし、質問は十回までです! なお一回質問するたびに、1点減点されますからご注意を!」

(つまり水平思考クイズ(ウミガメとスープ)か)

 

 アルファは即答する。

 

「────本(・)当(・)は(・)言(・)い(・)当(・)て(・)て(・)ほ(・)し(・)く(・)な(・)い(・)、ですね」

 

 ふいにアルファは、そんなことを言った。

 学園長は唖然と口を開く。あさり先生は目をぱちくりとさせる。

 

「おや? 違いましたか、あさり先生? どうかぜひご採点を!」

「…………────せ、正解、です…………」

 

 次の瞬間、学園長は高笑いを上げた。

 

「ふっふふふ……はっはははは……はーっはっはっはっはーっ! ──いやまて、まさかの質問ゼロだとぉ!?」

「学園長! 正直に申し上げてよろしいですか?! 私、この子、怖いですっ!!」

「おや。美人に嫌われるのは心苦しい……どうにか好感度を取り戻さねば……」

「ぬぬぬぅ……! それでは最終試験じゃ! なんでもいい、今すぐ仕事を取ってこーい!」

 

 アルファはスマホを取り出して操作、誰かに電話をかけて、スマホ画面を耳に当てた。

 

「────もしもし、283プロダクションで間違いないでしょうか? アルファと申します。あ~、はづきさん! ご無沙汰しております~! はい、いえ。実は今回はお仕事の依頼でして……はい。えー、そうですねー……いえ、私の仕事ではなく、よそさまの仕事の仲介のようなものでして……はい。えー、283さんに初星学園とのコラボ企画などを打診したいのですが……はい、はい────はい! では追って相談ということで! はい。あ、プロデューサーさんは今、外回り中なんですか! はい、はい、はい……ありがとうございます! それではまた~」

 

 アルファは通話を切った。

 

「学園長。とりあえず仕事は取れそうです。じきに283のプロデューサーさんから折り返し電話が来ると思います。また、これが最終試験とのことですが……私の試験を設けていただいた際の残り時間を、283さんとの企画相談に割いていただければ、何かと効率的かと。もちろん私を挟んで、双方に有益な取引を提案しますので、ご心配なさらず」

「……うそぉん……マジで? ──しかも、あの283から?」

「はい。かの283から」

「よろしい! 合格じゃ! それでは次の話に移る……前に、ひとつだけ聞かせてくれ! ──君はいったい、何者なんじゃ!?」

「ほう。何者か、と。……我ながら、なんともふしぎな人生を送ってきましたが────」

 

 正体を問われたアルファは、神妙な面持ちで即答した。

 

「赤(・)の他人との縁が結んで繋いでくれた、ただの幸運野郎ですよ」

 

 さながら蠱毒(こどく)の壺(つぼ)から唯一生還した羽虫のように。

 地獄の釜で百鬼夜行(ひゃっきやこう)の骨を鍛造(たんぞう)した利刀(りとう)のごとく。

 業火の自然で鍛えられた童子が、斯様(かよう)な神童に育つのは……ある意味、至極必然と言えた。

 

          §

 

 昼休み。プロデューサー科・一年一組の教室。

 そこには一年生で第(・)二(・)の(・)試(・)験(・)をクリアした最(・)優(・)秀(・)の(・)プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)が座っていた。教室の戸がガラガラと開いて、あさり先生が入ってくる。

 

「あ、プロデューサーくん! 急ぎの報告があります! 念願の後輩ができますよ~?」

「……はい? あさり先生、どういう意味ですか? 私はまだ一年ですが……それに念願でもありませんし……」

 

 ────私に後輩が入るとすれば、それは私が二年に進級した時でしょう。

 そのように続けようとしたプロデューサーは、あさり先生の次に入ってきた青髪の青年を見て目を丸くする。

 

「こんにちは! 先(・)輩(・)! 自分、今日から飛び級で転入してきた────と申します! あだ名では、よくアルファって呼ばれます! 同じ一年ですが、そちらが早く入学したので、どうか先輩と呼ばせてください!」

「ということです! 同じ一年生のプロデューサーは、君たちふたりだけなので、仲良くしてくださいね!」

 

 プロデューサーは目をぱちくりとさせる。

 

「…………はあ……これはどうも、ご丁寧に……。こちらこそ、よろしくお願いします。ご同輩。──……で、あさり先生。これはいったいどういうことでしょうか? まさかこの時期に転入生ですか?」

「さっすが、察しがいいですね! プロデューサーくん! それについては、(青髪の)プロデューサーくんを交えて、(先輩の)プロデューサーくんに説明しますね~!」

 

 なんともややこしい呼び方になってきた。

 すかさずアルファは提案する。

 

「あの……みんなプロデューサーって、ちょっと……いやかなり、ややこしいっすよね? こうなったらば、283さんのプロデューサーは“283(ツバサ)プロデューサー”と呼ぶように、先輩のことは“学園プロデューサー”と呼ぶのはいかがでしょう?」

「それで言うなら、あなたも学(・)園(・)プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)ですよ。ご同輩」

「たしかに! なら出席番号はどうです? 自分は168番なので“168(いろは)プロデューサー”とか! ……あれ、おかしいな……なんか運命的なものを感じますねぇ……」

「それなら、私は100番なので……」

「100(じゅうおう)プロデューサー?」

「やめてください。余計ややこしくなりました。それにま(・)だ(・)恐れ多いです。私のことは本名の────で構いませんし、なんなら学園プロデューサーでも構いませんよ」

「じゃあ俺は先(・)輩(・)って呼びますね!」

「どうぞご自由に、ア(・)ル(・)フ(・)ァ(・)く(・)ん(・)。あるいは、ご(・)同(・)輩(・)」

 

 自己紹介と呼び方決めは済んだ。

 さっそくあさり先生は、学園プロデューサーに課題を出す。

 

「それでは学園プロデューサーくん。君には“後輩の教育”という課題を提出します!」

「……はい?」

「遅れて入学して間もない新人(168)プロデューサーくんに、プロデュースのい(・)ろ(・)は(・)を教えてあげてください! ……なんちゃってっ」

 

 あさり先生は舌を出して愛嬌を振りまく。

 それを無視した学園プロデューサーは、新人プロデューサーのアルファを見やる。

 

「……なるほど。右も左も分からないのであれば学校案内から始めますが……私もそろそろ忙しくなってくる頃です。手っ取り早く済ませたい。そこで質問です。あなたは右と左は分かりますか?」

「はい! 分かります!」

「利口ですね。ならば無駄な学園案内を省いてくれた感謝とお詫びを兼ねて、私の資料を提供しましょう。それを読むだけで、プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)と(・)し(・)て(・)何(・)を(・)す(・)る(・)べ(・)き(・)か(・)、ある程度は見えてくるはずです」

 

 それについて、あさり先生は心底おどろいたように目を見張る。

 

「え……えぇっ!? 学園プロデューサーくん! 本当にいいんですか? だってそれは、君が一生懸命調べ上げた、大切な武器(データ)で……」

「はい。ご同輩の実力は不明ですが、私のデータを共有すれば、手強いライバルを自ら増やすことになるでしょう。しかし早くも可愛い後輩ができたのです。このくらいは出血サービスしますよ。それに私の武器は、データだけではないので」

「君がそれでいいのなら、先生は何も言えませんけど……」

「さて、アルファくん。学園から支給されたタブレットは持っていますか? 相互フォローを交わしましょう。ついでに名刺交換のやり方も教えます。そして資料を送信しますので、あとは勝手にしてください。もちろん、資料の共有は今回だけです。私が資料を更新しても、ライバルである君には教えませんよ」

 

 アルファは感激する。この学園プロデューサーは、とても良い人だ。

 すぐにタブレットを取り出して、お互いのプロデューサーIDをフォローし合い、名刺交換。資料の共有も済ませる。

 

「先輩! 本当にありがとうございますっ!!」

「どういたしまして。ほかに何か不足はありませんか?」

「えっと……ざっと資料を斜め読みしたんですが、もしやこれ……アイドル科の全生徒を調べ上げてます?」

「はい。そうですが?」

 

 しれっとうなずいているが、とんでもない調査量である。ストーカーしなければ手に入らない情報さえ書き込まれていた。しかし情報こそ最強の武器なれば。事前調査は必勝の秘訣だ。それを承知している学園プロデューサーとは仲良くなれそうだと、アルファは好感を抱く。

 

「次に資料の配置が気になったんですけど、十数名ほど名簿順の並び(ソート)から外れている生徒がいますね。もしや、このアイドル達が狙い目で?」

「…………君は本当に目の付け所がいい。なかなか優秀みたいですね。しかし私は優しくありませんので、これ以上のヒントは出しませんよ」

「つまり、ス(・)カ(・)ウ(・)ト(・)は(・)早(・)い(・)者(・)勝(・)ち(・)?」

「! …………よろしい。ならば、競争です」

 

 学園プロデューサーは席を立つ。さっさと教室を出て行ってしまった。

 

「あ、学園プロデューサーくん! もう……ごめんなさいね? 彼、あまり友達がいないみたいで……」

「いえいえ! いきなりスタートダッシュを切れる、超貴重な情報をたっくさんもらいました! これで一週間分の時間的節約が見込めます! 先輩は人が良すぎですよ……!! この多大な恩義は、必ず何かで返さねば……! さっそく資料を読み込みたいのですが、よろしいですか?」

「あ、はい! もちろんです! 私は近くで仕事するので、何か困ったことがあったらすぐに呼んでくださいね!」

「はい! ありがとうございます!」

 

 アルファは適当な椅子に座ってタブレットを操作。ひとまず学園プロデューサーが目を付けていた、十数名のアイドルの資料を読み込む。それから育成(プロデュース)計画を複数立案。数十分で胸算用を済ませた。

 

「────よし。あとは足だな」(足を使って不足情報を確定させる。現場百回ってな!)「あさり先生! 俺、さっそくアイドルをスカウトしてきます!」

「はーい! いってらっしゃ────って……えぇ~~~っ!? い、いきなりですかぁ!?」

「はい! なんせ先輩によれば、ス(・)カ(・)ウ(・)ト(・)は(・)早(・)い(・)者(・)勝(・)ち(・)らしいので! ま、それもそうっすよね!」

 

 プロデューサー科の生徒は、スカウトしたアイドルの実績が、そのまま評価に反映される。

 つまりトップアイドルの素養を持つアイドルは即戦力となるため、すぐにスカウトされて品切れとなる。強いコマは早めに手に入れておくのが吉だ。そのため学園プロデューサーは、上級生のプロデューサーにアイドル科の新入生を取られまいと、一足先に行動を始めたのだろう。先手必勝である。

 

「あ、待って! プロデューサーくん!」

「──アルファでいいっすよ!」

 

 すでに教室を飛び出していたアルファはたたらを踏み、首だけ戻して戸の出入り口に笑顔を出しながらそう言った。

 

「……じゃあ、アルファくん! 今は学園長、283のプロデューサーさんと電話で会議中だけど……あとあと学園長からお声がかかると思うから、忘れずにね!」

「はい。たぶん『むちゃぶり』の件っすよね? 大丈夫です。何が来ても対処しますよ! それより俺、経営や数学の授業が楽しみなので、そのあたり、よろしくお願いしますね! 俺(・)の(・)担(・)任(・)!」

「……! ええ! 私は君たちの担任なので、勉強だって当然、言われずともちゃーんと見ますよ! さ、いってらっしゃい!」

「はーい!」

 

 年相応にはしゃぐアルファは、いい返事を返して教室を出ていく。

 あさり先生は、その様子を見て思わず微笑んだ。

 

「ふふっ。本当に楽しそう……完璧超人かと思いきや、年相応に可愛いところもあるんですねぇ~。──……たしか、飛び級したくてもできなかったって話だから……今までは、本当に退屈な毎日だったのかも……」

 

 次いで、あさり先生は独りごつ。

 

「そういえば学園プロデューサーくん。アルファくんが実(・)は(・)中(・)学(・)生(・)だってこと、ぜんぜん気づいていなかったわね……ま、仕方ないか。あんなに背が高いんだもの。──それにしても、本当にスゴい子が飛び級で入ってきちゃったわ! なんだか面白そうだから、実はかなりの年下だってことは、しばらくみんなには内緒にしておきましょう!」

 

 いたずらごころを発揮するあさり先生は、鼻歌を歌いながら赤ペンを回し、プロデューサー科の生徒が提出したテストの採点を再開した。

 

          §

 

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