※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

51 / 125
pSSSR【新・ダメダメ三人組選抜`】篠澤広・月村手毬・倉本千奈〔親密度♡1~5〕

 

 第一週・一日目。

 

 昼前。初星学園・中庭。

 そこには学年最下位を争う仲良し三人組の花海佑芽(はなみうめ)・倉本千奈(くらもとちな)・篠澤広(しのさわひろ)が集い、先刻ダメダメだったボイス・ダンス・ビジュアルのレッスンの反省会を開いていた。しかし反省点が多すぎるため、とにかく頑張るしかない。例えるなら彼女たちは、1足す1の問題を答える前に、まず数字の概念を覚える必要がある。そのくらいレッスンを受けるための前(・)提(・)が成り立っていない。

 

 そのため今日も今日とて、自信を失いかける自らを鼓舞するしかなく……しかし、そもそも最下位なのだから自信(プライド)もクソもないと開き直り、締めとして自分たちを鼓舞する掛け声を上げる。要するに中身のない反省会だった。

 

「えいえいおーっ!」

「えいえい、おー!」

「おー。」

 

 そこへ、青髪のプロデューサーが姿を現す。

 

「すみません。少々お時間よろしいでしょうか?」

「? はい! いま休憩中ですっ!」

「はわわっ……!?」(めちゃくちゃなイケメンが来ましたわぁ~!? ──でも髪色や髪型が奇抜すぎますわぁー!?)

「どちらさま?」

 

 青髪のプロデューサーことアルファは、なるべく折り目正しく挨拶する。

 

(そんなに奇抜かな……?)「私は────と申します。が、専(もっぱ)らアルファと呼ばれております。プロデューサー科の一年生です。以後お見知りおきください」

「はーい! あたしは花海佑芽でーす!」

「わたくしは倉本千奈と申します! とても丁寧なご挨拶をいただき、恐縮ですわ……!」

「わたしは篠澤広。なんの用?」

 

 アルファは、篠澤広の幻想的な瞳を見つめる。柳のようにたくましい眉。美しい尊顔。心理の読みにくい真顔。流麗な薄い銀ベージュの長髪。瑞々しいが今にも手折れてしまいそうな枯れ枝のごとき肢体。着るべき衣装を着せれば妖精や女神のようにもなれる華奢な見た目。

 改めて面と向かうと、さすがのアルファも息を呑む。浅倉透や鈴木羽那、黛冬優子や大崎姉妹などと顔を合わせた際の不思議な魅力を感じる。

 

 その美は、彼女にとって唯(・)一(・)の────

 そしてアイドルにとって最強の武器となりえるだろう。

 

 逆を言えば、そ(・)れ(・)し(・)か(・)な(・)い(・)のだが。

 

「────篠澤広さん。あなたをスカウトします。私にプロデュースさせてください」

 

 花海佑芽と倉本千奈は、大口を開けて愕然とした表情を見せる。

 一方の篠澤広は相変わらず真顔のまま、しかし不思議そうに首をかしげた。

 

「……それは、うれしい。……でも、どうして?」

 

 篠澤広は前のめりになって耳を向ける。

 

「数ある優(・)れ(・)た(・)アイドルの中から、あなたを選んだ理由は一点に尽きる。それはあなたが────」

 

 ごくり、と生ツバを呑む花海佑芽と倉本千奈。

 篠澤広は相変わらず無表情だが、実は内心では、ほんのりドキドキしながら次の言葉を待っていた。

 

「────最(・)も(・)ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)の(・)才(・)能(・)が(・)な(・)い(・)からです」

『……!!?』

 

 花海佑芽と倉本千奈は、目玉が飛び出そうなほど目を見開く。

 一方の篠澤広も、これには目を見張って口をあんぐりと開けていた。

 

 すかさず倉本千奈がツッコミせざるを得ない。

 

「ちょ……ちょーっと待ってくださいなー!? ──ぷ、プロデューサーとは……才(・)能(・)を(・)見(・)出(・)し(・)た(・)ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)を、熱烈にスカウトするもののはずでは……!? だというのに……! わたくしのお友達を、そのようなひどい理由でスカウトしないでくださいましー!!」

「そ……そうだそうだぁあああ! 広ちゃんはねぇえええ!! 学年で三位なんだぞぉおおお! ──下から数えてっ!」

「花海さん!? それはフォローになっておりませんわぁ!」

「あ、いや、ちがくて! あたしが言いたいのはぁ……! 下(・)に(・)は(・)下(・)が(・)い(・)る(・)ってことだぁあああああー!!」

「──はっ! ……そ、そうですわ! 何を隠さずともわたくしは、正真正銘の学年二位なのですわ! ──下から数えて!」

「そしてあたしは学年一位! なんとあたしもびっくりの補(・)欠(・)入(・)学(・)だぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 入学試験すら受かってないんだぞぉー!? どうだぁ! 参ったかぁー! えっへん! ……だ、だから、広ちゃんはぁ────!!」

 

 倉本千奈の声量をかき消すレベルで、花海佑芽ともども絶叫する。

 友のために雄叫びを上げる。

 

『あたし(わたくし)たちより、アイドルの才能があるんだぁ(ありますわ)ー!!』

 

 友達の渾身の叫び。

 それをかたわらにて聞き届けた篠澤広は、意外と涙脆いのか、目元を指の関節で拭う。

 

「……千奈、佑芽……ありがとう……これが、友達……」

 

 一転、篠澤広は自信満々に胸を張る。

 

「でも────ふたりとも、心配しないで。この人はきっと、わたしと同類。だから、大丈夫」

「えぇっ!? そそ、それはどういう意味ですのぉ!?」

「意味しだいでは、ドM(変な)コンビになっちゃうよぉー!」

 

 篠澤広は、青髪のプロデューサーに振り返る。

 

「プロデューサー。いくつか質問がある」

「なんなりと」

「佑芽と千奈の言う通り、わたしは学年三位。下には下がいた。これについては?」

「筆記試験や実技試験の点数が、直接アイドルの才能に繋がるわけではないと、私は考えております。また、あくまで私の基準において、篠澤広にアイドルの才能はなく、一方で花海佑芽と倉本千奈は才能の塊という判断を下した。故に、あなたをスカウトした。以上です」

 

 青髪のプロデューサーにとって、花海佑芽と倉本千奈は才(・)能(・)の(・)塊(・)……?

 

「ふぇ……? あ、あたし……才能、あるんですか……? しかもかたまり、なんですか……!?」

「わ、わたくしも……? 花海さんの超人的な身体能力のような、何かしらの才能が眠っているということなのですか……!?」

「はい。そのような意味合いで発言したつもりですが」

 

 それはつまり。青髪のプロデューサーにとって、篠澤広は才(・)能(・)皆(・)無(・)ということで。

 あんまりにあんまりな事実を言われた篠澤広は、なぜか恍惚(こうこつ)とした笑みを浮かべて喜悦(きえつ)する。

 

「ふ……ふふ……どうしよう……わたし……今までにないほど、うれしい、かも……」

「篠澤さん!? ひどいこと言われたのに喜ばないでくださいましー!? ────あああ……アイドルにとって憧れであるはずの一幕(スカウト)が……なんだか、とんでもない一幕(スカウト)になっていますわぁ……!」

「え、えへへ~……そっかぁ……! あたし、そんなに褒められたの、はじめてかも~!」

「──ダメだよ佑芽。このプロデューサーは、もうわたしのプロデューサーだから」

「どうしてこの状況で独占欲を発揮できますのぉー!?」

「と、取らないよー! ……あの、でも、ひとつだけ聞かせてください、プロデューサーさん! あたしたちのことは、どうしてスカウトしてくれないんですかー? 才能の塊なら、あたしたちのこともスカウトしてくれていいじゃないですかー!」

 

 青髪のプロデューサーは腰に手を当て、姿勢を崩し、やけにニヤけながら返答する。

 

「トップ級アイドルになれると分かっているアイドルを育成(プロデュース)するほど退屈なものはない。私はプロデューサーという職に就いた以上、ヒーローのように誰(・)か(・)の(・)夢(・)を(・)救(・)う(・)お(・)手(・)伝(・)い(・)がしたいのです。この場合は正義の味方というより、アイドル(夢と希望と可愛い)の味方……でしょうか?」

「それって、佑芽と千奈ならトップアイドルになれるってこと?」

「はい。なれますよ。少なくともトップ層まで登り詰めることは確定だと断言して構いません。──強いて言うなら、ゲームの難易度で例えた場合……花海佑芽さんはイージーモードで、倉本千奈さんはノーマルモードで、篠澤広さんはハードコアモードで、トップを狙うことになります。……もし私の見解に誤りがあった場合、木の下に埋めてもらって結構です。これでも人(・)を(・)見(・)る(・)目(・)は鍛えられているのでね!」

 

 花海佑芽と倉本千奈は赤面していた。称賛の嵐に耐え切れず、ほっぺが溶け落ちてしまいそうになる。

 入学してからずっとダメダメトリオだったのに、恐ろしいほどの高評価をいただいた。

 これは危険だ。浮ついてしまう。

 

「え……うぇへへ……え~? えぇぇ~? いいなー! いいなー! 広ちゃん! こんなに褒めてくれるプロデューサーさんにスカウトされて~!」

「う、羨ましいですの……同じ落ちこぼれ仲間と思っておりましたのに~……────って、花海さん!? 篠澤さんだけは褒められておりませんわー! 褒められすぎて嬉しいのは同じ気持ちですが、しっかりしてくださいましー!」

 

 花海佑芽と倉本千奈の漫才が続く。これでは話が一向に進まない。

 その空気を読んでか、篠澤広が向き直る。

 

「プロデューサー、ごめん。あっち行こうか」

「はい。──すみません、しばらくお友達をお借りしますね」

「ああ! 篠澤さん……!」

「ふ、ふたりで校舎裏に……!? えぇ~……えぇぇ~~~~~~っ!!? どどど、どうしようどうしよう、千奈ちゃん! あたし、すっごくドキドキしてきたぁー!」

 

 てんやわんやのふたりを置いて、篠澤広と青髪のプロデューサーは人気の少ない木陰に移動する。

 

「プロデューサー。質問の続き。……わたしにはアイドルの才能がない。自覚がある。でも、ほんとにわたしでいいの? 本当にわたしを、トップアイドルに育てるつもりなの?」

「はい。何か不服でも?」

 

 篠澤広は首を横に振る。

 じっと青髪のプロデューサーを見上げて、見据えて、やや頬が赤らんだ。

 

「──うわ……ほんとなんだ……わたしを選んでくれたのに、本当にわたしを著しく低く評価している……しかもわたしのことを見下げ果てている視線が永遠に注がれている……」

「見下げ果てるとまでは思っておりません。あと露骨に恍惚しないでください。──ただ、ええ。私は嘘だけは吐(つ)かない信条なもので」

「──じゃあ、もしわたしがトップアイドルになれなかったら……?」

「そんなことはありえません。あなたが本気でトップアイドルを目指しているなら、必ずやトップアイドルになってもらいます。もちろん私の大学評価のためにも、トップ級アイドルにはなってもらいます。これは確定事項ですよ」

 

 しかしアルファは一連(ここまで)の流れで、篠(・)澤(・)広(・)の(・)性(・)格(・)を(・)看(・)破(・)していた。

 

「……ただし、もしあなたが諦めたり……、──弱(・)音(・)を(・)こ(・)ぼ(・)す(・)のは構いませんが──そ(・)れ(・)で少しでも気が緩んだら……即座に見捨てます」

「……────あなたは、や(・)さ(・)し(・)い(・)、ね。初対面で、ここまで、わたしのことを理解してくれているのに……それでも、弱(・)音(・)を(・)こ(・)ぼ(・)し(・)た(・)ら(・)見(・)限(・)る(・)とは、言わないんだ」

「──……」(あれ? この人もしや、本当に俺の同類(エスパー)なのか?)「必要なコミニュケーションを交わしただけですよ」

「そうだね。補(・)足(・)は大事」

 

 弱音をこぼしてはならない関係性は、いずれ破綻をきたす。そのため誤解を避けるために、一言多くても補足する。言(・)葉(・)を(・)尽(・)く(・)す(・)。その点を篠澤広は、やさしい、と評価した。

 むしろ優しすぎるきらいがあるかもしれない。あるいは、傷つけることへの恐れがあるのかもしれない。そのため、真の優しさとは程遠いのかもしれない。

 

 アルファは、篠澤広の“性格”を利用して、もっと辛辣な言葉を浴びせても良かったのだ。見捨てるを見限るに言い換えても良かったのだ。内心が伴っているのなら、いかなる辛辣な言葉でも、そのすべてに篠澤広は歓喜悦楽するであろう。興奮してやる気を出し、やりがいを見出し、底力を発揮するであろう。

 しかしアルファは、たとえ篠澤広の喜びとやる気を削減することになったとしても、あまり強(・)す(・)ぎ(・)る(・)言(・)葉(・)は(・)使(・)い(・)た(・)が(・)ら(・)な(・)い(・)ように見受けられた。その一方で、つ(・)い(・)言(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)よ(・)う(・)な(・)ち(・)ょ(・)い(・)ワ(・)ル(・)さ(・)があるようにも見受けられる。

 

「……似てる」

「はい?」

「なんでもない」

 

 とある青いわんころを思い浮かべた篠澤広は首を横に振り、改めて自己紹介(あいさつ)する。

 

「わたしは篠澤広。ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)を(・)目(・)指(・)し(・)た(・)い(・)。これからよろしく、ね。わたしのプロデューサー」

「はい。よろしくお願いします」

 

 青髪のプロデューサーは会釈する。

 

「つきましては、あなたの意向をうかがいたい」

「意向?」

「どのような活躍(プロデュース)がお望みか。なんでもありか、それともこ(・)れ(・)だ(・)け(・)は(・)ダ(・)メ(・)か……何かご要望がありましたら、必ず自らの理想を語り聞かせてください。さもなくば私は、ありとあらゆる手段を尽くして、あなたをトップアイドルにしてしまいます」

「……なんだか悪魔の契約みたい」

「間違いないかと」

「ふふ……じゃあ、わたしの経歴は、使わないでほしい」

「承知しました」

「……理由は聞かない、の?」

「詳細は後ほど。そろそろ休み時間が終わります」

「あ……ほんとだ。じゃあ、またね。プロデューサー」

 

          §

 

 青髪のプロデューサーたるアルファは、タブレットの“プロデュース・レポート”に、篠澤広に関する情報を更新する。

 

(篠澤広は、おそらく“逆境を臨(のぞ)む性格”であり、それが趣味か性癖かは知らないが、間違ってもドMではない。ただし、それはそれとして無自覚にSMの気質はある模様。つまりSっけのあるMである。注意点はトップアイドルと口にしても反応が薄かったこと。“アイドルを目指す”と言っていたが、それと何か関係があるのだろうか……? 当たり前だが、これからもっと仲良くなって、担当アイドルに対する理解を深めるべきだ)

 

 ゼロから十までの段階評価にて、先輩手製の五項目レーダーチャートを六項目に書き換える。

 

 歌唱力:1 ダンス力:1 表現力:1

 親密度:1 運動能力:0 アイドルへの興味?:2

 

 ほかにもアルファは、赤ペンでメモを残す。

 

『14歳で大学を卒業した天才少女、という経歴は使わない=あくまで素手で勝負するということか?』

『エスパー? ノリに乗ると掛け合いのテンポが良くなる。つまり思考が読まれている=観察がうまい』

『まずは貧弱・虚弱・脆弱の三拍子が揃った皮のような肉体の改善が急務=あすにも足首を挫いただけで死ぬのでは?』

 

『あだ名:スペランカー、HERO(ヒーロー)・SINOSAWA、風が吹けば脊椎が折れる人=無脊椎動物ヒロウミウシと類似(北海道以南に生息=出身地:秋田k…)』

 

 共同編集者コメント:『プロデューサーくん? 人の名前で遊ぶのはお行儀が悪いですよ!』

『え? このレポート、あさり先生も読むんですか? そうっすかぁ……』

 

『最(・)初(・)か(・)ら(・)風が吹けば桶屋が儲かる人だったらスカウトしなかっただろう』

 

『156cm・41kg=BMI:16.85〔低体重・痩せ〕……戦災孤児かな?』

『筋肉の質:軽くて薄くて硬い=超回復は見込めない。まさかの良いところ一切なし=むしろ才能がないことに才能があるタイプ。特別コース必須。※筋肉の軽さは桑山千雪氏と同程度か……?』

 

『学生は勉強が本分。ただし大卒なら不要だろう。速やかに“プロデューサー制度”を活用して座学免除を要求。空いた時間に体力作り・スパルタレッスン・他アイドルとの競争等(とう)を組み込む』

『何がとは言わないが〔72:54:76〕=身長体重合わせて杜野凛世氏と酷似(※-3kg)。ダンス・振り付けの参考程度に』

『歌唱力次第では“ボーカル特化・ダンス少々・ビジュアル全捨て”の育成方針。つーかそれしかねえ!』

『目指せ、天然水の歌姫! さもなくば歌って踊れぬグラビア系アイドルの誕生だ! 反吐が出るぜ!』

 

(ふむ……承知していたことだが、やはり厳しいものがある。それでも面(・)白(・)い(・)方(・)を優先してしまうのが、俺の悪い癖。なんせ地獄続きの人生だったんだ。少しくらいは遊園地の人生も楽しみたいだろ。さながら今は絶叫系に乗り込んだところか? 富士山が綺麗に拝めればいいんだが。頼むから噴火は無しだぜ。地獄絵図は御免こうむる)

 

          §

 

 昼間。プロデューサー科の教室。

 青髪のプロデューサーが戸を開けて入室すると、そこには先輩たる学園プロデューサーとあさり先生がお弁当を食べながら会話していた。

 

「──……というわけで姫崎莉波さんのスカウトに成功しました。そして担当アイドルを得たプロデューサーは“プロデューサー制度”を活用して、様々な恩恵を受けられるのでしたよね。ならば事務所とレッスン室の貸与を希望します」

「はーい! いきなりの懇切丁寧な説明口調、ありがとうございます♡ 学園プロデューサーくん!」

「はいはい! 俺も篠澤広さんをスカウトしました! 先輩と同じ条件に加えて、座学免除もお願いしまーす!」

「……────なんて? あの……例の子を?」

「はーい! 承りました~!」

 

 お弁当を食べるあさり先生は快活に答える。

 一方、学園プロデューサーは困惑中。あの資料を見ておいて、なぜその子を選んだのか理解が及ばないようす。

 

「いやー。物好きな性格でしてー! あ、ところで先輩は、月村手毬(つきむらてまり)さんのスカウト予定はありますか? まぁ、あっても俺が明日にはスカウトしますけどね!」

「──……」

「……えっと、アルファくん? お昼、ご一緒しますか?」

「いえ、また今度三人で! 今は女子寮に向かおうと思いまして! その前に報告と確認を!」

 

 報告は既に済ませた。次は確認を取る。

 

「女子寮に入るのに、何か許可証的なものは要りますか?」

「常駐している管理人さんに許可を取る必要がありますね。また、プロデューサー科の生徒であれば緊急時等、担当アイドルに会うためであれば、ある程度はスムーズに入れるようになります。それ以外にも寮長への確認あるいは受付にある名簿に名前と時刻を記入する必要がありますので、しっかり規則は守ってくださいね!」

「承知しました! それなら大丈夫そうですね! ではまたー!」

「あ、廊下は走っちゃダメですよー!」

 

          §

 

 昼間の初星学園・女子寮の食堂。

 青髪のプロデューサーが訪れたことで、女子生徒からの衆目を集める。

 

 篠澤広の姿を発見。ちょうど昼食を取ろうとしていたようす。彼女のテーブルには、なぞのペースト料理が置かれていた。あのような料理は、事前調査で調べていた食堂のメニュー表には無かったはずだが、はて。

 

 青髪のプロデューサーは、面と向かい合う席に落ち着く。

 

「さっきぶりですね、篠澤さん」

「……ここで、ご飯食べるの?」

「可能なら。しかし私は昼食より、やるべきことがあります」

「やるべきこと?」

「あなたの絶望的な肉体をなんとかするべく、体力作りの一環として食事習慣の改善を計画しています」

 

 篠澤広は合点がいく。

 ならばと、今から食べようとしていたモノを見せて説明する。

 

「それなら問題は解決している」

「よもやそのペーストが?」

「トップアイドル養成ご飯。佑芽のお姉ちゃんが作った、らしい」

「仕様書は?」

「これ」

「試食しても?」

「どうぞ」

 

 アルファは近くの割り箸を手に取り、各色を一口ぱくりと食べてみる。

 

「────」

「味は美味しいはず。でも食感は────」

「絶(・)品(・)の(・)消(・)し(・)ゴ(・)ム(・)を食べているかのようだ……味はいいのにパサッパサで見苦しく切なくなる、なんともふしぎな料理だ……」

「それは、いい喩(たと)え。おっしゃるとおり」篠澤広はこくりとうなずく。

「ストレスは溜まりませんか?」

「……特に溜まってないと思う。むしろ、ゾクゾクする……」篠澤広は恍惚とした笑みを浮かべる。

「好きな味は?」

「強いて言えば、辛(から)いのが好き」篠澤広は真顔に戻って考えたあと、再び微笑んで答えた。

「よろしい。提案です。私がこのペースト料理の味と食感を改善します」

「できるの?」篠澤広は前のめりに首を突き出して耳を貸す。

「やりたいのです。仕様書を読むからに栄養満点・滋養強壮と疲労回復が行き届いた素晴らしい栄養食であることは、死ぬほど感激して理解できます。これは雪山で遭難した際に食べるひとかけらのチョコのように、少量でも人の命を救うことができる素晴らしい食べ物だ。しかし子供にとっては、口に入れた時の快感が命(すべて)……ぜひ我が社で採用して改良を加えたい」

「我が社?」

「こほん、取り乱しました。要するに、このゲテモノ絶品栄養食を、美(・)味(・)の(・)ま(・)ま(・)栄(・)養(・)バ(・)ラ(・)ン(・)ス(・)を(・)崩(・)さ(・)ず(・)激(・)辛(・)の(・)味(・)付(・)け(・)ペ(・)ー(・)ス(・)ト(・)にします。それが、これからあなたが毎日食べるべきものとなります。よろしいですね?」

「……本当にそんなことができるなら、うん。ちょっと食べてみたい。そして、もしそうなったら……もっと苦しくなる、ね……」

 

 篠澤広は、絶品の消しゴムならぬ絶(・)品(・)の(・)た(・)わ(・)し(・)を毎日、口の中に入れる想像を膨らませて恍惚と耽る。

 

「それであなたのやる気が上がるなら、必ずや改良してみせますよ。──あ、ちなみに特許は花海佑芽さんのお姉さんにあると、伝える機会があれば伝えてください。もちろん私からも伝える予定ですが」

「わかった。いってらっしゃい。楽しみにしてる、ね」

 

 さっそくアルファは、知り合いの教授が実験室を貸してくれる栄養大学と工科大学に足を運ぶことにした。

 そのついでに月村手毬に関する事柄を調査する。あすのスカウトに備えて、過去の経歴やライブ映像などを調べ尽くして考察、育成(プロデュース)プランを立案した。

 

 

 

 

 

          §

 

 

 

 

 

 翌日。すなわち第一週・二日目。

 

 朝方。

 初星学園・女子寮の食堂。

 

 ガヤガヤと喧騒が響く。その過半数は、壁に腰掛ける青髪のプロデューサーに向けたヒソヒソ話である。といっても悪い噂は立っていない。謎のイケメンだとか、最下位の子をスカウトした物好きだとか、スカウトされないかどうかだとか、憶測と噂と期待が飛び交っている。

 

 そこへ、ひとりの少女が訪れた。

 

(……? なんだろう、騒がしいな……)

 

 ふいに青髪のプロデューサーは壁から背を離す。一直線に少女へ向かって声をかけた。

 

「あの、すみません、月村手毬さんですね?」

「ひゃぁっ!? っ────」

 

 特に驚く要素は無かったはずだが、可愛い悲鳴を上げた少女は、すぐさま目つきをキリッと言わせて表情を固くして腕を組んで足のつま先をそっぽ向けて体もそっぽ向けてフンと鼻を鳴らして、あからさまな態度を取った割に、ちらりと相手の目をしっかりと見やる。

 

「は? なんですか? 不審者ですか? 通報しますよ」(きゃあああ!? び……びっくり、したぁ……な、なんで女子寮に、男の人がいるのぉ!? やだやだ怖い助けてぇ! 美鈴ぅ燐羽ぁ……ひぃい! 神経、逆なでしちゃったかもぉ……)

「────────ぶふっ?!」

 

 次の瞬間、アルファはむ(・)せ(・)た(・)。

 あまりにも事(・)情(・)と(・)報(・)告(・)が(・)掛(・)け(・)離(・)れ(・)た(・)情(・)報(・)の(・)濁(・)流(・)に晒されて、脳と心、なにより喉が詰まってしまった。

 

「へっ(ふぇっ)!? な、なに!? ほ、ほんとに通報しますよ? とっとと立ち去ってください」(なになに!? 急に咳き込んだぁ……! だ、だいじょうぶ、かな……?)

「っ……?! …………??! ……────??!?」

 

 いきなり吹き出した青髪の変態に、怯えたようすの少女は目を丸くする。

 対するアルファは限界まで目を見開き、じっとりとした冷や汗を垂らした。動揺、愕然(がくぜん)、驚愕、放心……眼前の少女より激しく困惑しており、眼前の少女を見つめるばかりで、しばらく現実を受け止めきれないでいた。

 

 というのもアルファは、人生で初めて────

 

(こ……ここまでっ……ッッ!! ここまで内(・)心(・)と(・)言(・)動(・)が(・)乖(・)離(・)し(・)て(・)い(・)る(・)人(・)間(・)は、見たことがない……ッッッ!!!)

 

 ────初めて、おかしな生き物と遭遇した。

 否、発見した、と言ったほうが正しいか。

 

 アルファは珍獣を見るかのように、頭のてっぺんから靴のつま先まで舐め回すように見つめる。

 

(ひっ……! な、なんか、めっちゃ見てくるぅ……! お、怒ってるのかなぁ……? もしかして、私が必要以上に驚いちゃったから、傷ついちゃったのかな……それなら、謝ったほうがいいよね……わ、私に、用事があって声をかけてきたみたいなんだし……?)

 

 そう思った月村手毬は、さっそく謝罪する。

 

「なんですか? ジロジロと見て。変態ですか? 特に用がないなら、大声で叫んで寮長を呼びますけど」(お、怒ってる~~~~! 絶対これ怒ってるぅ~~~! だって仕方ないじゃん! 朝っぱらからいきなり女子寮の食堂に男の人がいるなんて聞いてないしっ!)

 

「────……ワオ。こいつは……参ったぜぇ……」(バケモンかよコイツ……生育環境はどうなってたんだ……何がどうなったらこんな感じに育つんだ……? パッチワークにもほどがあんだろ……オイよぉ……)

 

「はぁ? なんです? もう知りません。付いてこないでください。変態!」(ど、どうしよう……そ、そんなに驚いてたのかなぁ? 驚きすぎたのかなぁ……い、いやでも、私は悪くないしっ! 向こうが悪いんだしっ! そうに決まってるもん! ────……に、逃げよっと……過ぎたことになれば許してくれるよね……)

 

 アルファは思い知った。

 昨日、例のダメダメ三人組は下(・)に(・)は(・)下(・)が(・)い(・)る(・)と言っていた。ま(・)さ(・)に(・)そ(・)の(・)通(・)り(・)で(・)あ(・)る(・)。

 

 世界は広い!

 なぜならアルファ以下の人間が、今ここに居たのだから────!!

 不幸自慢大会で優勝したいわけではないが、アルファは今、人生史上最大、最高到達点の絶句的衝撃を更新中であった……!!!

 

「あ、プロデューサーだ。おはよう」

 

 ひょっこりと篠澤広が現れる。

 

「……? スゴい。プロデューサーが直立不動。石像みたい。いったいどれほどの衝撃が加わったら、ここまで硬直するのか興味深い。視線の先には……あ、てまりだ」

 

 篠澤広は、触れる者みな傷つける悲しき獣に、とたとた駆け寄って平然と声をかける。

 

「てまりてまり。なに食べるの?」

「……あなたには関係ないでしょ」(あぁ~~~~~! またキツい言い方をしちゃったぁあああああああ!! 私のバカバカぁあああ~~~~!!)

 

 どうやら篠澤広は、月村手毬の本性を見抜いている気配(フシ)がある。

 もちろん月村手毬が、内心ではどのように思っているのかまでは分からないようだが……よくよく観察すれば、本心ではどのように感じているのかは、ある程度読み取れる。

 

 なぜなら月村手毬は会話する時、きちんと相手の目を見て話している。つまり礼儀は備わっているのだ。本当に嫌っているなら、それ相応の無視を決め込むだろう。

 しかし礼儀が備わっているならば、なぜあのようなバ(・)グ(・)り(・)散(・)ら(・)か(・)し(・)た(・)言(・)語(・)出(・)力(・)になるのだろうか?

 

 意味不明。摩訶(まか)不思議。南無阿弥陀仏。諸行無常之響有。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)ではないが、そうと誤解されても致し方のない悲しき獣(ハリネズミ)。

 

 石化したアルファは、なんとか正気を取り戻すため思索する。

 

(お、おお……落ち着けぇ……いや落ち着けと思っている時点で落ち着けてない証拠だぁ……別のことを考えよう……────いや別のことって、そんなのひとつしかないだろ────)

 

 アルファは、思わず口に出してつぶやいた。

 

「──こなくそみてぇにおっもしれぇおんなだなぁ……」

 

 失笑。徒歩。月村手毬の斜めの席に着く。

 

「……あの、本当になんですか? ぶっ飛ばされたいんですか?」(うわぁ来ちゃったぁああああ……! どうしようどうしようどうしよう……! ぶっ飛ばされるぅううううう!)

「プロデューサー。落ち着いた?」

「ええ。久しぶりに味わいましたよ……世界の広さってやつを……」

「え……プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)……?」(あ、そうか。プロデューサー科の生徒か! なんだぁもう……びっくりしちゃったぁ……ということは、私以外の誰かをスカウトしに来たってことかなぁ……まさか、こいつのプロデューサーってわけでもないだろうし……)

「それで、わたしの激辛トップアイドル養成ご飯は?」

「できましたよ。担(・)当(・)ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)の幸福度を管理するのもプロデューサーの務めですからね」

「────えっ」(────えっ。うそ。いま、篠澤広(こいつ)のこと、担当アイドルって……)

 

 プロデューサーは手提げ袋からお弁当を取り出して渡す。

 篠澤広はフタをパカっと開けると、真っ赤なペースト料理が目に飛び込んできて一瞬面食らった。次いで瞳がキラキラと輝く。知的好奇心が湧いたのかキュピーンと目つきが閃く。

 

「おぉ……! ふ、ふふ……真っ赤だ、ね……?」

「ええ。真っ赤っかです。激辛度は高めに設定しましたが、なにぶん安全第一で、胃腸などに支障が出ない程度に抑えています。安心して毎日食事を摂ってください。心身ともに鍛えられますよ」

「プロデューサーは、ひどいね……わたしを、灼熱地獄に突き落として楽しんでいる……」

 

 篠澤広は両頬を両手で覆いながら恍惚とする。

 セリフと表情が合っていない。

 

「おや。この程度で地獄ですか」

「……? まだ、あるの?」

 

 篠澤広は問いかける。

 一方の月村手毬は、阿吽の呼吸で交差する、なんかちょっと頭のいい人同士の会話に、多少イラッときながら目を見開いて動揺していた。

 そしてアルファは、ようやく告げる。

 

「月村手毬さん。あなたをプロデュースさせてください」

 

          §

 

「お断りします」

 

 アルファは即答で断られた。

 一方の篠澤広は、石化したように硬直する。

 

「────……お、おおお……今度は、わたしの感情が、追いつかない……プロデューサー? もしかして、もう、わたしのこと、見限った……?」

 

 頬を抑えて恍惚とする篠澤広。だがそれは嬉しい感情より混乱と動揺と心配と不安が勝っている。

 一方の青髪のプロデューサーは答えない。月村手毬の表情の変化を微粒子レベルで余さず見逃さぬため、頑なに見つめている。

 

「……拒否の理由を、お聞かせ願えますでしょうか?」

「そんなの、わたしのことを────」

「知っていますよ」

「! ……っ!?」

「あなたの経歴は調査済みです。──ええ、たしかに今あなたの性格には絶句しましたが、プロデュースの予定に変更はありません。──はい、あなたの問題も承知済みです。──どうぞ、一考の価値はあるかと存じます」

「え……、っっ────」

 

 今度は月村手毬が絶句した。

 

(な、なに……? 私が言おうとしたこと、全部、前もって遮られてるような……? き、気持ち悪い! なんか変な感じがする……!! ────で、でも……もう、期待はしないでおこうって決めたけど……制度の恩恵を受けることは、確実に利益になるし……今の私を受け入れてくれる人なんて、きっとこの物好きな変態(ひと)以外に居ないし……だから────)

 

 月村手毬は、粛々と受け入れた。

 

「いいでしょう。私をプロデュースさせてあげます」

「……あげます?」

「っ……!? な、何か文句でもあるんですか? それならこの話はこれで打ち切りですねっ!」

「そうですか。それは残念です」

「────────ぇっ……ぅ……?」

 

 青髪のプロデューサーは目を伏せて押し黙る。

 月村手毬の表情はどんどんと青ざめていく。

 そこで篠澤広が注意した。

 

「プロデューサー。あまり手毬をいじめないで」

「っ!? い、いじめられてないしぃっ!?」

「篠澤さん。無自覚ないじめほどキツいものはありませんよ」

「……? どういうこと?」

「ねえ聞いてる!? 私、いじめられてないからぁ!」

「篠澤さんが“いじめないで”と言うから、そっちのほうがダメージでかかったんですよ」

「あ、そうなんだ。ごめんね? てまり」

「だからぁっ! いじめられてないしーっ! 全然、ダメージなんか、受けてないし……っ!!」

「それは受けてる人の抑揚(セリフ)だと思うの」

「うん。それはそう」

「なっ────なんなの!? あなたたち……!?」

 

 月村手毬は驚愕する。

 篠澤広が恐れ知らずであることは不思議に思いつつも先刻承知だが、まさか青髪のプロデューサーまで恐れ知らずにもいじってくるとは思わなんだ。

 

(わ……私のこと……怖く、ないのかな……?)

「篠澤さん。ビビってる相手にビビることってあります?」

「よくわからない。でも怯えている人に怯えてしまうことはあると、聞いたことがある」

(え、なに……!? まさか、このふたり……私の思考を読んでる……!? ももも、もしかして、エスパー!? こわっ……!)

「話は変わりますが、空腹です」

「初星カレーがおすすめ。お好みで、甘口・中辛・辛口・激辛がある」

(……!?)

「では担当アイドルを少しでも深く理解するため、激辛にしましょうか。ところで月村さんのソレは?」

「初星定食だね。雑穀米を使用したヘルシーな料理。わたしが食べると体重が減りすぎて命の危機……だから、食べない」

「なるほど。では月村さんには、私が改良したトップアイドル養成ご飯で減量をおこなってもらいます。食感は改善されているため毎日食べられますよ。またお好みで、普通・ジューシー・甘味・渋味・苦味・酸味・辛味・激辛などがあります。今日の昼食からは、こちらを食べてください。間食した場合、レッスンは倍ですよ。ちなみに味付けの変更は毎日受け付けておりますので、飽きたらじゃんじゃん変更してください」

「え……え? えっ? えぇっ!?」(なになに!? 話がトントン拍子すぎて追いつけないよぉ……! 誰か助けてぇ……!)

 

 篠澤広は首をひねる。

 

「減量……? てまり、太ってる?」

「太ってないしぃいいいいいっっ!?」

「それでは午前の座学とレッスンが終了しだい、ふたりは私の事務所に来てください。場所はここです」

 

 アルファは地図を記したメモを差し出す。席を立って食堂を後にする。

 

「えぇっ!? なんでもう帰ろうとするのぉ!?」

 

 当然、スカウトを断られたからである。

 

 月村手毬は後手に回り続けていた。

 そこで重要な事実に気がつく。

 

(────まった。あのムカつくプロデューサーは、篠澤広(こいつ)を既にスカウトしている……? その上で私をスカウトした。私だけのプロデューサーになってくれないってこと? どうしてぇ~! なんでこんなダメダメな奴と……! でも、問題は、そこだけどそこだけじゃない……! もしかして、私……こいつとユニットを組まされるかもしれない……!?)

 

 月村手毬は慌てて立ち上がる。

 

「あ、あのっ! プロデューサー! ちょっとまって! とても大事なお話が────!」

「それなら改めて事務所でうかがいます。申し訳ございませんが、今はスピードが命取りとなるほど忙しいので」

 

 青髪のプロデューサーは立ち去った。

 

(に────逃げられたぁあああああ!)

 

          §

 

 青髪のプロデューサーは“レポート”を更新する。

 

(はぁ~~~~~~……ビビったぁ……今年一のホラー展開だったかもしれない。一人目はプロデュースの難易度が最高峰の面白い奴。二人目は評価を上げるためにプロデュースの難易度が簡単な奴。と、思っていたのに……どうやらふたりとも面白い奴のようだ。そして簡単ではなさそうだ……もしや類は友を呼ぶってのはこのことか? ふはは!)

 

 月村手毬のレーダーチャート。

 歌唱力:3 ダンス力:2 表現力:2

 親密度:1 スタミナ:2 トラウマ克服度:0

 

『コミュ狂。噂に聞く、かつての風野灯織味を感じる。や、あれと比べるのは失礼かもしれない……風野さんに』

『ともあれスタミナを付けるべし。レッスン傾向は篠澤広と変わりなし』

 

『筋肉の質:やや厚め=ハードレッスンに耐えやすい筋肉=太るとケガの危険率:高。なお体重が増えても筋肉の質的に“痩せぎみ”の可能性有り=体重が重くても体脂肪率が低いタイプと思われる=悪健康の恐れ(体調不良・冷え性・髪や皮膚のツヤの低下etc)に注意! ※今度必ず、冷え性などに悩まされていないか質問すること!!』

 

『育成方針は“ボーカル特化・ダンス特化・ビジュアル全捨て”だ。誰彼構わず威嚇する小型狩猟犬が愛嬌を振り撒けるはずもなし。元々の顔が可愛すぎるためそれだけで必要十分。つーかそれだけで勝負するしかねえ! 歌と踊りは好きにすればいい。作戦は“のびのびがんばれ”だ』

 

『もうアレがびっくりすぎてメモする内容を忘れてしまった。頭の中には入っているからいいけど、もうやだぁ……』

 

 共同編集者コメント:『何かあったんですか? プロデューサーくん? 相談なら乗りますよ!』

『井の中の蛙、大海でひなたぼっこするミジンコ(てまてま)を見つけました』

 

『ともあれ一週間後にダンス対決だ。精神年齢が幼稚園児のため、極めて優しく分からせねば……え? 手加減むずくない? 予定が狂ったんですけど! もし心を折ってしまった場合は……仕方ない。口説くしかないか……いやマジで嫌だなぁ。内心と言動が乖離しすぎてる奴は生理的に受け付けないんだよなぁ……これも仕事だから我慢するけどさぁ!』

 

          §

 

 午前中。プロデューサー科の教室。

 教壇にはあさり先生が立っており、数ある机の中でふたりの生徒が講義を聞いていた。それは学園プロデューサーと青髪のプロデューサーである。

 

 ────プロデューサーたるもの、アイドルの前では完璧超人であるべし。

 そのような教えを受けつつ、経営学や交渉術、数学や古典なども学んでいく。

 

 授業終了。アルファは荷物を整理する。

 そこで学園プロデューサーは、アルファを呼び止めた。

 

「ご同輩」

「はい?」

「少し講釈があります。聞いていただけますか?」

「はい!」

「……即答ですね。知的好奇心が旺盛なようで何よりです。──さて、まずプロデューサー科の評価は、どのようにして決められているのか、ご存知ですか」

「アイドルの実績がイコール、という程度です!」

「なるほど。ではもう少し掘り下げていきましょう」

 

 授業外における、プロデューサー同士の交流。

 それが嬉しいのか、教壇で書類を整理していたあさり先生はにこにこと微笑んで様子を見守る。本当は他愛もない雑談などをしてほしいのだが、ここで堅苦しい講釈を選ぶのも、学園プロデューサーらしいと苦笑いする。

 

「まず評価は、加算式の評価と、平均式の評価の、二通りが存在します」

「……足し算だけの評価と、評定平均(GPA)?」

「そのような認識でも間違いではありません。──さて、今シーズンのプロデューサー科の生徒は、アイドル科の生徒と異なり、平均評価に比重が置かれます。そのため複数のアイドルをプロデュースすることはリスクが高く、スカウトの成功率が低くなる傾向にあります」

「それはなぜですか?」

「例えばの話ですが……複数のアイドルを担当するプロデューサーがいたとします。彼は当然、全てのアイドルが活躍しなければ、プロデューサーとしての評価に傷がつく。そこで結果を挙げられないアイドルとの契約を解除することで、いわゆる損切りをします。しかしそんなことをすれば当然、未契約の他のアイドルは、損切りで契約解除されることを恐れて、今後、彼のスカウトを断る確率が跳ね上がる。……これはあくまで、ここ数年の統計の話です」

「ほーん。なら全員を平均以上まで活躍させればいいんすよ」

「……話を聞いていましたか? それができたら苦労はしない、という話です」

「つまり苦労したくないなら、担当は一名のみ? しかも即戦力となる逸材が望ましい」

「それが定(・)石(・)とされています。……プロデューサーは“一発勝負”と言いたいわけではありませんが、最初の実績が後々に大きく響いてくる。そのため最初は堅実に、一人のアイドルをプロデュースするのが────」

「こ(・)の(・)学(・)園(・)の(・)生(・)き(・)残(・)り(・)方(・)だと」

「…………そうなります」

 

 アルファは、なるほどとうなずく。

 

「俺の肌には合いませんね。アイドルとして活躍したい。そう強く願う人がいるなら、それを手伝うのがプ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)の仕事なんでしょう? 大学の評価なんて犬の糞よりどうでもいいっすね」

「────……だから、最も才能のないアイドルを?」

「先輩だって、立場が逆なら同(・)じ(・)こ(・)と(・)を(・)す(・)る(・)でしょうに。だからこうして、定石から外れた行動をしている新米後輩に、忠告してくれているわけですし」

「……考えすぎですよ。ただし忠告というのなら、もうひとつだけ。──優しさで接しても、自らの首を絞めることになり、厳しくなるだけですよ」

「覚悟してます。上等ですよ」

「ならば、私から言うことはこれ以上ありません。健闘を祈ります」

「そちらも、才能のないアイドルに追い抜かれたら担当さんが傷ついちゃうかもしれないので、メンタルケアは忘れずに!」

「……言われずとも。──しかしあなたは、ああ言えばこう言いますね」

「煽りと皮肉が好きなもので! 育った環境が悪くて申し訳ございませんネ!」

 

 アルファは、ペカーっとしたはにかみで笑いかける。

 学園プロデューサーは、呆れ気味にため息をついて失笑した。

 

「あ、学園プロデューサーくんが笑いました!」

 

 あさり先生が嬉しそうに指摘する。

 

「え? ……ただの苦笑いですよ」

『え~?』

 

 学園プロデューサーの照れ隠し。

 それに対して、あさり先生とアルファが同時に首をかしげて微笑みあった。

 

          §

 

 昼前。

 校内放送で学園長に呼び出された青髪のプロデューサーは、学園長室に到着する。

 

「失礼しまーす!」

「うむ。よくぞ来た、才ある若人よ! ではさっそく、むちゃぶりをしちゃうぞぉ~?」

 

 学園長室のソファには、ひとりの少女が座っていた。

 なぜ自分が呼ばれたのか分かっていない様子で、何か仕出かしてしまったのではないかとビクビク震えている。青髪のプロデューサーは、その後ろ姿に覚えがあった。

 

「おや? 倉本千奈さん」

「……! ──あら? あなたは篠澤さんのプロデューサーさん……! どうしてここに……?」

 

 それについて学園長が説明する。

 

「役者は揃った。プロデューサーよ。お主の腕を見込んで、倉本家の御息女のプロデュースを命じる!」

「承知しました」

「訳が分からないうちに即諾ですのぉー!?」

「わしも快諾すぎてびっくりぃー!!」

「それでは倉本さん。私の事務所に案内します」

「え────えぇぇぇぇっ……!? わ、わたくし、本当にスカウトされましたのぉ!? というか、なんでスカウトされましたのぉ!? いいえ、これはそもそもスカウトではなく、何かのコネの気配がいたしますわぁ……!! いったい全体、どういうことですのぉ────!?」

「そうじゃそうじゃ! 説明も聞かずに言ってしまうのか、プロデューサーよ!」

「どうせ退屈な話なんでしょう? 詳しい話はあとで倉本さんに聞きます。ところで学園長、本当にプロデュースするだけでよろしいのですか? かの倉本グループのことですから、ほかに何か言いつけは?」

 

 目を丸くする学園長は、姿勢を正して咳払い。

 

「わしの古い友人……倉本家の翁(おきな)から命令じゃ。可愛い可愛い孫娘を、今(・)年(・)の(・)春(・)が(・)終(・)わ(・)る(・)ま(・)で(・)に(・)トップアイドルに育てるように。さもなくば退学じゃ、と……」

「承知しました。それでは失礼いたします」

「お、お祖父(じい)さまのとんでもない要求を、さらっと呑み込んで退出する、頭のおかしな殿方がおりますわぁー!?」

 

          §

 

 正午。

 学内の食堂で昼食を済ませた青髪のプロデューサーと倉本千奈は、さっそくプロデューサー科の生徒(プロデューサー)と担当アイドルに貸し与えられた空き教室、すなわち事務所に当たる場所へ向かうため、長い廊下を歩く。

 

(俺の事務所かぁ……これからは“アルファの事務所”って呼ぼうかなぁ……? なんか秘密基地感があって楽しみだなぁ……! 色々と改造してみようかなぁ……?)

 

 のんきにそんなことを考える青髪のプロデューサー。

 その後ろをついて歩く倉本千奈は、大きな背広を見上げていた。

 

(こ、このお方……進退極まっているはずですのに、なぜだかあっけらかんとしておりますわ……! ど、堂に入っておりますの……まるで、いくたあまたの地獄を生き抜いてきたかのような貫禄が、凄まじく、まぶしい……! これは、ただものじゃないとお見受けしましたわ……! だって普通、あのような無理難題を強いられたら……わたくしのように、泣いて怯えているはずですものぉ……!)

 

 倉本千奈はどんよりと落ち込む。

 

(ああ……どんどんわたくしが憧れていた理想のアイドル像から遠ざかっていきますわぁ……完全にコネ入学! 続いて完全なるコネスカウト! こんなの……こんなのぉおおおぅ……っ)

 

 しかし倉本千奈は、首を横に振って意気込む。

 

(で、ですが! わたくしのことを高く評価してくれたこのお方にプロデュースされるなら……────い、いえっ! 嘘をおっしゃっているとは思いませんが……やはりあれは、お世辞だった可能性もありますわ……だってわたくしは、自他ともに認める正真正銘の落ちこぼれ組……でも、だから────わたくしは実力でアイドルになりたい。実力でスカウトされたい……!)

 

 倉本千奈は決心する。

 

(もしもこのお方が、わたくしをお情けでスカウトされたのであれば……もしもあの時の賛辞がお世辞だと分かれば……その際はハッキリと、わたくしからお断り申し上げますわ……!)

 

「あ、そうだ。倉本さん」

「は、はい……!?」

 

 ふと足を止めた青髪のプロデューサーは振り返る。

 

(? 何を覚悟してたんだ? まぁいっか)「あなたには、これから私が何をするのか、前もって伝えておきますね」

「……と、言いますと?」

「約一週間後、改めてオ(・)ー(・)デ(・)ィ(・)シ(・)ョ(・)ン(・)を始めます。既に私は二名のアイドルをスカウトしておりますが、もしもオーディションでダメダメなら……最悪の場合、全員の契約を解除するつもりです」

「──へっ……?」

 

 倉本千奈は動揺する。

 

「つ、つまり、それは……スカウトしたのに、すぐ契約解除することもある、と……?」

「はい」

「……そ、そんなことをされたら……わ、わたくしの評判が、すでに地の底にあるものですから、地の底を貫いてしまいますわぁああああああ────!!?」

「はい。劣等生の中の落第生となりますね。評判は最悪となります。おそらく学園史上初の底辺値を叩き出しますね。そうなったらば、別のプロデューサーにスカウトされる可能性は、極めてゼロに近しくなるでしょう」

「ひぃいっ!?」

「ですので頑張ってください。人生はいつも一発勝負。二度目の挑戦に恵まれる機会は奇跡に等しい。だからこそ全力を尽くして。──私は、あなたがたの全(・)力(・)に期待しています」

 

 全力を超えた全身全霊。底力を振り絞った出鱈目で無茶苦茶な死に物狂い。

 その力を発揮した時こそ、ひとというものは虹に負けぬほど光り輝く。

 極限の烈光。太陽を超えていく灼熱の翼。偶像とはかくあるべし。

 

 ────不意に着信音が鳴る。

 青髪のプロデューサーは懐からスマホを取り出した。着信相手の名前を確認。

 

「すみません、倉本さん。仕事の電話です。少々お待ちを」

「あ……はいぃ……」

 

 青髪のプロデューサーは席を外す。しかしここは廊下。少し離れても声は響き渡る。そのため窓を開けて乗り越えて中庭に出た。

 

「!?」

 

 背後から倉本千奈が息を呑む音。

 会話が聞こえないように窓を閉める。周囲を確認。人の気配はない。なるべく声が響かないよう木立に腰掛ける。周囲は生垣があるため音の反射は少ない。

 

「────もしもし? 俺(・)の(・)プロデューサーさん。簡潔に一言で。────ほう。ミュージカル? それはまた面白そうな大(おお)仕事ですね。構いませんよ、学業に差し支えなければ。……歌って踊りながら芝居して、アイドルより思考体力とスタミナを使う。……はい? 成功すれば世界ツアー? あまり時間を取られるのはちょっと……胸算用ですが、夏休みといった長期休暇における、ほんの一週間程度なら、世界ツアー程度やってみせますよ。超過密スケジュールとなりますが! あ、場合によっては好きな人との海外旅行(デート)のつ(・)い(・)で(・)ツ(・)ア(・)ー(・)となりますが。はは! ……はい、当然受けますよ。だってめっさ面白そうなんですもの」

 

 青髪のプロデューサーは、アルファではなく、ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)の(・)天(・)道(・)唯(・)我(・)として話している。

 

「──え? 社長とアイドルと大学とプロデューサーの四足のわらじを履いて大変ではないかと? ええそれはもう! まったく本気で死ぬほど忙しいですね! 多忙過労忙殺必死の極みでございますとも! ふはははははっ! だがそれがいい! どうせなら、あとひとつは仕事が欲しいくらいですよ! たとえばミュージカル俳優(アイドル)とか?」

 

 破顔する天道唯我は返答を待たず通話を切る。

 窓を乗り越える際に靴の汚れを落として廊下に降り立つ。両手でスーツの襟をビシッと正した。

 

「お待たせしました。さ、行きましょう」

 

          §

 

 正午過ぎ。

 よく陽の当たる縦長の教室。右側の壁には黒板やホワイトボード。右奥にはプロデューサー用のデスクワーク机がある。左側の壁には棚が並ぶ。左奥には隣室に続く扉。隣室は倉庫となっているようす。衣装の保管や雑多な物置きのほかにも更衣室として使えるだろう。

 

 教室の中には篠澤広と月村手毬が待機していた。

 

「あれ? 千奈……? どうして、わたしのプロデューサーと一緒にいるの?」

「し、篠澤さん……! これには、深いようで浅いワケが……っ!」

「……ハァ。プロデューサー。まさか彼女もスカウトしたんですか? ほんっとうに物好きですね。それともロリコンなんですか?」

「否定はできません。期せずして此処(ここ)には、可愛い系が二名おりますので」

「千奈と手毬のことだね?」

「はわわ……!?」

「なんで私なワケ!?」(か、かわいい……そんなこと言われたの、ひさしぶりかも……}

 

 状況が混沌としてきた。

 篠澤広は泰然自若としているが、月村手毬は今にも教室を飛び出していきそうな感情具合。この三人組でユニットを組まされるかもしれないと怯えている。そのため青髪のプロデューサーは、さっそく本題に入った。

 

「今日と来週末に分けて、二回のオーディションを行います」

『……!!』

「来週末のオーディションでは、私の前で、初星学園のアイドル曲である『初』を歌ってもらいます。それまで専用レッスン室で、最低限の歌詞・振り付けを身につけてください。結果いかんによって一軍や二軍を決定しますが、最悪の場合は契約解除もありえます。あなたたちの現在の実力を見せてください」

『…………っ!!?』

「まず篠澤広さん。来週末のオーディションに向けたアドバイスを送ります」

 

 全員が絶句して動揺して反論が間に合わない中、青髪のプロデューサーは的確な助言を送る。

 

「篠澤さんはレッスン禁止です」

「……え?」

 

 オーディションのためにレッスンをしろと言われたのに、レッスン禁止と言われた。これはどういうことか。

 

「その代わり参考となる動画を用意しました。お得意の観察力を活かして歌詞と抑揚、振り付け、愛嬌の撒き方などを、その頭脳へ克明に記憶してください」

「……つまり、イメージトレーニング? それは合理的。とてもいいと思う」

「ちなみに動画は部外秘なので、決して漏洩しないように」

「漏洩したら?」

「私とあなたで、ある場所に菓子折りを持って謝罪しに行くことになります」

 

 赤眼の焦点が月村手毬に注がれる。

 

「次に月村手毬さん。あなたは好きにしてください」

「……えっ……?」(な、なんでぇ……? わたしには、なんで何も言ってくれないのぉ……?)

「あなたは内心『こんな雑魚どもに負けるわけがない』とタカをくくっていますね」

「っ!?」(だ、だからぁ……! なんで分かるのぉ!? 一言一句……! ──いやでも、私がこいつらに勝てるのは当然だよね……)「当たり前です。タカをくくるまでもない」

「ならば予言しましょう。あなたは来週末のオーディションで、篠(・)澤(・)広(・)に(・)負(・)け(・)る(・)」

「────」

「そして賭けをしましょう。もしも私の先見の明が正しければ、以降、私の指示には絶対服従です」

「……ねえ。プロデューサー」

「はい?」

 

 月村手毬は、全力で威嚇する。睨みつけ、蔑み、怒髪衝天。

 近くに立つ倉本千奈は、それを見て心の底から恐怖し、ガクブルと震え上がった。

 

「これ以上、私を舐め過ぎると……痛い目を見ますよ?」

「いくら言葉を強くしても、アイドルとしては強くなれませんよ」

「っ……!! 減らず口を……! 勝てばいいんでしょう!? 勝つわよ! 絶対に!! こいつらに負けるなんて、地球がひっくり返ったってありえないから……!」(うわぁああああん! なんでそんなこと言うのぉおお~~~~!? 美鈴にチクってやるぅううううう……っ!! ──ぐすっ……ひぐっ……)

「そちらの要求は?」

「っ……?! そ、それじゃあ…………私が勝ったら、当然! プロデューサーのほうが、私に絶対服従!! それでいいね!?」

「よろしいですよ。どちらもあまり変わらないように思えますが」

「っ────?」(どういうことぉ……! もうこの人わからないぃ~! ムカつくぅううう~!!)

 

 心の中で地団駄を踏む月村手毬は、現実でも地団駄を踏んでいた。

 笑いをこらえる青髪のプロデューサーは、倉本千奈に目を向ける。

 

「最後に倉本千奈さん。私は、あ(・)な(・)た(・)を(・)ス(・)カ(・)ウ(・)ト(・)し(・)た(・)覚(・)え(・)は(・)な(・)い(・)ため、特に言うことはありません」

「────へっ……?」

「加えて私は、あなたについて調査不足です。不確定な助言はできない。ご了承ください」

「…………」

「ただしオーディションを受ける権利はあります。来週末のオーディション、期待していますよ」

 

 そう言って青髪のプロデューサーは、なんだかんだ言いつつ助言を惜しまない。

 

「まぁ基礎となる体力が成っていないため、篠澤さんのようにレッスンを禁止して、体力作りに励まないことには……合格の芽はないように思いますが」

「……────!」

 

 そこで篠澤広が問いかけた。

 

「それで? 今(・)日(・)の(・)オ(・)ー(・)デ(・)ィ(・)シ(・)ョ(・)ン(・)は、何するの?」

『……!!』

 

 月村手毬と倉本千奈は、来週末のオーディションに気を取られて、すっかり頭の中から抜け落ちていた。

 青髪のプロデューサーは窓側の椅子を引いて、どかっと座る。足を組んで尊大に振舞う。

 

「みなさん、廊下側に整列してください。これより面(・)接(・)を執り行います」

『……!』

「各自、アイドルになろうとした理由やアイドルに対する熱量などを、私に可能な限り説明してください。その後は自己PRもお願いします。自分の自認性格や客観性格、特技や趣味、何かしらの強みを複数……ほか、アイドルとしてやりたいこと、やりたくないこと……などなど。これからのアイドル活動に必要なことは、すべて事細かに説明してください」

 

 三人のアイドルが整列する。

 そこで、きちんと腕を組んで整列していた月村手毬が問いかけた。

 

「あの……今の話、ぜんぶ覚えられなかったので、メモを取りたいです」

 

 アイドルになろうとした理由と熱量は覚えている。

 自己PRは、ジニーなんとか性格、客観なんとか云々だとか、よくわからないものがあった。そのためもう一度聞きたい。

 

「私は、同じことを二度は言いません。覚えきれなかったのであれば諦めてください。つまり今この瞬間から、あなたがたは地頭の良さも試されています」

『……っッ!?』

 

 月村手毬と倉本千奈はドン引き。驚きのあまり、思わず一歩後退する。

 椅子の上でふんぞり返る青髪のプロデューサーは、なんだか偉そうにしているが、実際、偉い。威圧感をひしひしと感じる。なんだか緊張してきた。

 

「わたしは覚えられた」

「うぅ……篠澤さんに教えてもらうのは……ダメですわよね……ああ、なんだか胃が痛くなってまいりました……」

「……それなら帰れば? 私も本当は覚えていたしっ。あくまで確認のために聞いただけだから」(私も胃が痛いよぉ……助けてぇ……美鈴ぅ、燐羽ぁ……何を答えればいいんだっけ……全部なんか覚えてないよぉ! プロデューサーのいじわるぅ……! 鬼ぃ……!)

 

 青髪のプロデューサーはポーカーフェイスを気取る。決して笑ってはいけない面接が始まった。

 

「それでは篠澤広さん。どうぞ」

「はい」

 

 篠澤広は一歩進み出る。

 

「わたしは、アイドルになりたい。それは一番わたしに向いてなさそうだから。何もかもうまくいく、飽きるほど退屈な毎日を、変えてくれるかもしれない仕事だと、思ったから」

「生粋のチャレンジャーですね」

「そうなの、かな? ……アイドルへの熱量は、よくわからない。なぜならわたしは、アイドルのことはよく分からない。だから、たぶん、熱量は、ほかの人と比べて、無い。でも、強いて言うなら……趣(・)味(・)くらいには、好き。だって、ままならないことをしている今は、すごく、とっても、楽しいから」

 

 ふいにアルファは、ぴくりと反応する。

 

(────急に、特大の好意を向けられた。おそらく今の話をすることは、彼女にとって好(・)き(・)な(・)人(・)に(・)自(・)分(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)ほ(・)し(・)い(・)という行動に当たるんだろう。その上で、プロデューサーという職に就く俺に対し、そ(・)ん(・)な(・)自(・)分(・)で(・)良(・)い(・)の(・)か(・)という、不安と心配と恐怖の表れが……無意識に隠されている)

 

 ならばとアルファは、好感度調整を行うと決めた。

 ここで何かを断言すれば、おそらく親密度が青天井を突き抜ける。それを避けるべく曖昧に濁す。

 なぜなら煮え切らない態度は、乙女にとって──最高に最悪で最低の──苛立つことなれば。

 

「そうですか。続けてください」

「…………うん。性格は……わ(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)。客観評価は──……わ(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)」

「わからない、が多いですね」

「うん。本当に分からないから。強いて挙げることもできるけど、あまりしっくりこないから、今ここでは挙げないでおく」

 

 その時、仏頂面で腕を組んでいた月村手毬が噛みつく。

 

「自分のことをよく知りもせず、よくアイドルになろうと思えたね。あなた、アイドルの才能ないよ」(そんな感じで本当に大丈夫? ちゃんと自分のことは知っておいたほうがいいと思うな……じゃないとアイドルの才能がないと思う。……って、最後のは言いすぎたぁ……! で、でも……最後のは、本心だし……)

(本心だからってキツい言い方を正当化するな……)「月村さん。オーディション中に私語は謹んでください。減点ですよ」

「……っ!? ……ふ、ふんっ!」(ご、ごめん、なさい……えっと、いま謝るのは……ダメか……私語になっちゃうもん……)

 

 篠澤広は自己PRを続ける。

 

「わたしは、わからないがいっぱい。つまり、わたしはミステリアス?」

「それは、かなりイイ解釈ですね」

「ふふん……褒められた……。強みは……頭の良さ? 特技は学業全般、物理、数学、パズルとか。でもこれを武器にする気はない。趣味は苦手分野に挑戦すること。あと観葉植物を育てることも、好き」

「資料通りですね」

「ダメだった?」

「続きをどうぞ」

「……アイドルとしてやりたいことは、まだわからない。強いて言うなら、ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)を(・)目(・)指(・)し(・)て(・)い(・)き(・)た(・)い(・)。アイドルとしてやりたくないことは、前に言った通り。最後に、これからのアイドル活動に必要なことは……まだよくわからない。でも、まずはプロデューサーに言われた通り、来週末のオーディションを頑張る」

「そうしてください。ありがとうございました。下がっていいですよ。──次の方。月村手毬さん」

 

 篠澤広は会釈して下がる。

 腕を組んだままの月村手毬が歩いて出てくる。顔はそっぽを向いており、不信感を漂わせる威嚇を続けていた。

 

「月村手毬。トップアイドルを目指しています。性格はクール。あとは資料に載っているからそれで充分でしょ」

 

 青髪のプロデューサーは目元を覆う。心中では頭を抱えている。

 

(なるほど……全ての質問に答えられた篠澤広の後から出てきても、思(・)い(・)出(・)せ(・)な(・)い(・)上(・)に(・)覚(・)え(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)と……なぜかといえば、ずっとユニットを組まされるかもしれないことに怯え続けて、それ以外のことが頭に入らないからだな……ある意味、トラウマの再発を防ぐため必死こいてるってわけだ……なら仕方ない。やはり園児のように優しく愛そうか……)

 

 しかしアルファは正気に戻る。

 

(いや、まてよ。あのさぁ……────なんで中学生が、年上の高校生相手に、まるで赤ちゃんをあやすかのごとく、神経をすり減らしてまで付き合わなきゃならんのだ……?)

 

 それはそう。おっしゃる通り。

 きっと篠澤広ならそう言ってくれるだろうと、アルファは無意識に助けを求める。

 

「アイドルとしてやりたいことは、当然トップに立つこと。やりたくないことは、足を引っ張られること」

「それは“やられたくないこと”では?」

「……っ! そ、そのくらい分かってますっ! ……わ、私が……アイドルとして、やりたくないことは……────ユニットを組む(あなたの担当アイドルになる)こと」

「なるほど。続きをどうぞ」

「……これからのアイドル活動に必要なことは、邪魔者が消えてくれている環境」

 

 月村手毬は振り返り、篠澤広と倉本千奈(じゃまもの)を見据える。

 

「……」

「ひっ」(やっぱり、この人、怖いですわぁ……!)

「ありがとうございました。も(・)う(・)下がっていいですよ。──次の方。倉本千奈さん」

 

 月村手毬は引き下がる。それはそれとして(も(・)う(・)って何!? なんで私にだけそんな邪険な態度なの!?)などと思っており、心の中で涙目になっていた。

 

 倉本千奈は折り目正しく会釈して前に進み出る。再び会釈。

 

「わ、わたくしは、アイドルに憧れていますの……! ……でも、初星学園に来たことで、思い知りましたわ……歌って踊ることさえなく、ただの走り込みでさえ、この体たらく……毎日の過酷を極めるレッスンで倒れることも数知れず……正直、わたくしの第一の居場所が教室だとするなら、第二の居場所は保健室ですわ……毎日篠澤さんといっしょにぶっ倒れておりますの……」

「それは大変ですね。折れることはないんですか?」

「……無いといえば、嘘になります……それでもわたくしは、アイドルになりたいのですっ!」

「ほう」(言葉だけじゃないな。強い意志は本物か……)

「……わたくしの性格は、とても甘やかされて育った自信がありますので、甘ちゃんですわね!」

「ネガティブなことを自信満々に言ってのけますね」

「そうでもしなければやっていられませんわー! うぅ……客観的な性格は、正直……よくわかりませんの。クラスの皆さんにどう思われているのか……よく、思われていたら良いのですけど……」

 

 そこで篠澤広がフォローする。

 

「大丈夫。千奈はクラスの人気者」

「篠澤さん。私語は謹んでください。減点です」

「プロデューサー。安心して。減点されても、これはわたしにとって減点じゃない」

 

 倉本千奈は衝撃を受ける。死ぬほど感激した。

 

「し、篠澤さん……っ!!」(これが、真の友情なのですね……っ!! ならば、わたくしも落ち込んでばかりはいられませんわ……篠澤さんの減点(ぎせい)は、決して無駄にはしませんの……!)

 

 倉本千奈は、青髪のプロデューサーに向き直る。

 

「────わたくしの名は倉本千奈! アイドルとしてやりたいことは、まずレッスンを最後までやりきることですの……! そして……アイドルとして、決してやりたくないことは────」

 

 倉本千奈は意を決する。

 

「────コネを使うことですわ!」

「それは凄まじい武器であるのに?」

「うっ……!」

「しかも制御できない武器を抑制できるでしょうか?」

「ふぐっ……!? く、クリティカルヒット、ですの……っっ」

 

 倉本千奈は青ざめた表情で片膝をつく。

 

 たしかに倉本千奈の祖父は、孫娘のためならありとあらゆる手段を尽くすだろう。倉本千奈の一存では、なかなか止められない。

 現に止められておらず、入学試験では──おそらく最(・)下(・)位(・)よ(・)り(・)下(・)だったろうに──ギリギリ合格で入学できた。つまり自分のあずかり知らぬところで、コネによる入学を果たした可能性がある。まだ怖くて確認できていないが、それは否定しきれない可能性だ。

 加えて、学園長と祖父が旧知の仲であるため、現にこうして青髪のプロデューサーに自(・)分(・)と(・)い(・)う(・)令(・)嬢(・)が(・)押(・)し(・)付(・)け(・)ら(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。

 

「たしかに……わたくしの意思に反して、わたくしの実力にも反して、わたくしは……登ってしまうのかもしれません……」

「望まぬ鯉(こい)の滝登り。登った先で鯉は、正真正銘の躍進を果たして龍に化けるのか────はたまた、龍の衣装を着飾った偽物の鯉(りゅう)のままなのか……」

「……文学的ですわね……そのような物語ならば、わたくしは当然、龍になりたいですわ……」

「────……ありがとうございました。下がっていいですよ」

 

 青髪のプロデューサーは脚を直して席を立つ。

 

「面接は終了です。皆様の意気込みは了解しました。ひとまず面接落ちは避けられたようですね」

『……!!』

 

 月村手毬と倉本千奈は安堵(ホっと)する。

 しかし篠澤広は、ずっと疑問に感じていたことがあった。

 

「さて、来週末のオーディションの戦いは、すでに始まっていますよ。月村さんと倉本さんは、さっそくレッスン室を借りてきたらどうですか? 場所を記したメモを渡しますね。篠澤さんは動画データを渡すので、まだ事務所に残っていてください」

「わかった」

 

 月村手毬と倉本千奈は会釈して退出する。

 青髪のプロデューサーと篠澤広だけが教室に残った。ふたりは連絡先を交換。動画データを共有する。

 

 ふいに篠澤広がつぶやいた。

 

「…………プロデューサー、意味ないことしてる」

「はい?」

「もしもわたしたちの競争心に火を点けたいなら、もっと厳しく設定したほうが良かった。オーディションの合格と契約解除の間に扱(・)い(・)の(・)差(・)が(・)な(・)い(・)なら、わざわざ一軍・二軍と表現する必要がない」

「それは……まるで俺が、ハ(・)ナ(・)か(・)ら(・)契(・)約(・)解(・)除(・)を(・)す(・)る(・)気(・)が(・)な(・)い(・)かのような推理ですね」

「だってそうだから。プロデューサーは会(・)話(・)し(・)な(・)が(・)ら(・)考(・)え(・)て(・)い(・)る(・)。来週末のオーディションの話をしたあとに、面接のオーディションを始めたのは、順序が逆。面接をしたあとにオーディションの話をすれば良かった。ではなぜ順序が逆になったのか。それは────オ(・)ー(・)デ(・)ィ(・)シ(・)ョ(・)ン(・)の(・)話(・)を(・)し(・)て(・)い(・)る(・)最(・)中(・)に(・)、(・)面(・)接(・)を(・)し(・)よ(・)う(・)と(・)閃(・)い(・)た(・)か(・)ら(・)。……ちがう?」

「…………」

「沈黙は答えだ、ね。そうなると、なんでいきなりそんなことをしたのか気になった。もしかして、千(・)奈(・)が(・)予(・)定(・)外(・)だったから? 千奈はコネで入学したかもしれないことを気にしている。そして今日の昼ごろ、プロデューサーは学園長室に呼ばれた。そこで千奈をプロデュースするように言われた? そうなると千奈は落ち込んじゃう、ね……」

「……────」

「つまり今朝の食堂の時点では、オ(・)ー(・)デ(・)ィ(・)シ(・)ョ(・)ン(・)の(・)予(・)定(・)は(・)無(・)か(・)っ(・)た(・)。ただし、わたしと手毬を競わせて、手(・)毬(・)に(・)何(・)か(・)を(・)教(・)え(・)る(・)予定ではあった。しかし正午、急に千奈が入ってきた。千奈が苦しんでいるのを見て取ったプロデューサーは、たぶんだけど、こんなふうに考えた」

 

 ────来週末の篠澤広と月村手毬のた(・)だ(・)の(・)競(・)争(・)を、実はオーディションという形にしよう。そこで改めて正規採用(スカウト)すれば、倉本千奈はコネスカウトではなくなる。

 

「考えすぎですよ」

「根拠はまだある。オーディションについて話し始めたのはいいけど、それだと面(・)接(・)が(・)な(・)い(・)の(・)は(・)お(・)か(・)し(・)い(・)と気づいた。だから急遽、面接を始めた。さも最初から、その予定だったかのように」

「その理屈はおかしい。私は教室に入ってすぐ、こう言ったはずですよ」

 

 ────今(・)日(・)と(・)来週末に分けて、二(・)回(・)の(・)オーディションを行います。

 

「つまり最初から予定していました」

「それは布石を置いただけ。今日のオーディションを何にするかは、その時点から会話しながら考え中だったはず」

「……」

「ふふ。また沈黙は答えだ、ね。わたしのほうが思考回転力は早いみたい」

「……────思考瞬発力は?」

「断然、プロデューサーのほうが上。すごい。わたしには真似できない。どうやってるの?」

「そうしなければ生き残れない環境に身を置いていたから、ですかね……既にご存知の通り、言いくるめは得意ですよ」

 

 篠澤広は確信を得られて納得。満足した。

 

「やっぱりプロデューサーはやさしい、ね」

「……言っておきますが、予定に変更はありませんでした。既定路線ですよ」

「つまり予(・)定(・)の(・)変(・)更(・)が(・)あ(・)る(・)こ(・)と(・)も(・)予(・)定(・)に(・)入(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)?」

「予(・)想(・)外(・)を(・)予(・)想(・)し(・)ろ(・)。それは仕事の基本では?」

「それはそう。おっしゃる通り」

 

 うなずいた篠澤広は、さっそく教室を出ようとする。

 しかし一回だけ振り返り、見返り美人の構図で言った。

 

「プロデューサー、行ってきます」

「はい。いってらっしゃい」

 

          §

 

 青髪のプロデューサーは“レポート”を書く。

 

 倉本千奈のレーダーチャート。

 歌唱力:1 ダンス力:1 表現力:1

 親密度:1 愛嬌人望:5  家柄:10

 

『この子のプロデュースは簡単だ。成功する未来しか見えない』

『ただし……成功した時は、おそらく俺は泣いてしまうかもしれない。ガッツポーズを取るかもしれない』 

『そういう意味では、確約された勝利ではあるものの……彼女の成長が楽しみだ』

 

『育成方針は“書くまでもない”……最初は方向性に不安と不信を抱くだろう。しかしファーストライブという名の、本当のスタートを切る際、ダッシュにトリプルブーストが掛かることは確約できる。そのあとは俺が居なくても平気だ。ひとりでどこまでも羽ばたいていける。この俺が太鼓判を押すんだ。そのためにも、その時が来るまでに信頼を積み上げておかねば……』

 

『※トリプルブースト=ファン&アンチファン&フィクサーファンの応援』

『※スタートダッシュ=倉本千奈が“アイドルになった”瞬間からの喝采』

 

          §

 

 放課後。

 プロデューサー科の教室には、あさり先生が仕事中。そこに青髪のプロデューサーが訪問する。

 

「あーさーりせーんせー!」

「はーいー?」

「デートしませんか?」

「は────ふぇえ!?」

 

 思わず“はい”と答えそうになったあさり先生は赤面して口をつぐむ。

 

「はは! 半分冗談ですよ! 本当はプロデューサーとして勉強するべく、ある古い映画を観に行きたいんです!」

 

 冗談ならば、先生をからかわないでください! と叱るところだったが────

 流れるような早口。反論を許さぬ舌鋒。それに押し流されてしまい、あさり先生はタジタジとなる。

 半分冗談、という言葉の選び方もズルい。ならばもう半分は本気なのか? と逡巡して、説教する空気感や気持ち、すなわち説教の機会を逃してしまった。

 

「……ひ、ひとりでは……観に行かないんですか……?」

「あさり先生の批評が欲しいんですよ! 一緒に討論しましょう! ただの感想会になってもいいですけどね! そのためにも映画館終わりに、雰囲気最高のカフェテラスでお茶しません?」

「……で、では……どのような映画を……?」

「こちらを見れば一目瞭然!」

 

 青髪のプロデューサーもといアルファは一枚のチケットを手渡す。

 

「────! こ、この映画は……! 『グレイテスト・』────」

 

 ふいにアルファは胸裏のポケットから、もう一枚のチケットを取りだした。

 

「と言いつつ……実のところ手(・)が(・)滑(・)っ(・)て(・)チケットを二枚も買ってしまいまして! それが全てです」

「……! ふふ……まあ? 手が滑ったのなら、仕方ないですねぇ! チケットが無駄になるのはもったいないですし、なにより新人プロデューサーくんの学びのためですから……先生も観に行きますよ!」

 

 あさり先生は片付けを始める。

 そこで問いかけた。

 

「あ、ちなみに……どのアイドルのための映画鑑賞なんですか?」

「それはもう────」

 

 プロデュースする予定は無かったが、プロデュースすると決めたからには。

 全力で育て上げ(プロデュースす)るのが、プロデューサーの務めである。

 

「────倉本千奈さん(俺)のためですよ」

 

          §

 

 日没間近。映画を楽しんだあとのカフェテラス。

 一服し終えて門限の時間。アルファは別れ際、あさり先生に報告する。

 

「あ、そうだ! あさり先生ー! 今シーズンの選抜試験(セレクション)、担(・)当(・)全(・)員(・)分(・)の(・)登(・)録(・)を、よろしくお願いしまーす!」

 

 

 

 

 

          §

 

 

 

 

 

 数日後。すなわち第二週・一日目。

 

 昼下がりの教室。

 アルファの事務所の更衣室で、運動用のジャージ姿に着替えた三人のアイドル科の生徒は、いざアルファのレッスン室に移動する。

 

 今日は、例のオーディションの日だ。

 さっそく月村手毬が噛み付く。

 

「ねえ。あなたたち」

「なに?」

「ひっ」

(え……? なんでそんなに怖がるの……? そんなに怖い顔してたかな……)「私の足を引っ張らないで。ポンコツコンビのせいで、私の評価まで落ちる可能性がある。……今の私には、絶対にプロデューサーが必要なの」

「わかった。でも、あんなにプロデューサーのこと嫌ってたのに、必要なの?」

「そ、そうですわ……このレッスン室を使い始めた時からずっと、いかにあのお方(プロデューサー)のことが気に食わないか、わたくしたちに同意を求めんばかりに熱弁しておりましたのに……」

「っ……! べ、別に同意は求めてない……! 私が嫌いってだけ……! だって、なんか、その……」

「なに? ハッキリ言うといい」

「し、篠澤さん……!」(どうして篠澤さんは、こんな怖い人にグングン行けるのですの……!?)

「……あなたと似てるから、嫌い」

「そっか……わたしとプロデューサー、似てるんだ……やっぱり手毬は、親切だね……」

「どうして嫌いと言われて嬉しそうなんですのー!?」

 

 レッスン室の扉が開く。

 青髪のプロデューサーが入ってきた。

 

「そろそろ漫才の時間は終わりですよ」

『……っッ!?』

「プロデューサー、おはよう」

「おはようございます。さっそくオーディションを始めましょう。篠澤広・月村手毬・倉本千奈の順番で始めてください」

 

 青髪のプロデューサーは佇立。

 篠澤広はCDプレイヤーを点けて、さっそく『初』を歌って踊り始めた。

 

          §

 

 曲が終了する。

 青髪のプロデューサーの前方には、今にも死に絶えそうなほど息切れしている篠澤広が、ゾンビのような顔色と挙動でふらついていた。

 

「ぜえ……ぜえ……ふ、ふふ……全然、うまく、でき、なか、った……────きゅ~……」

 

 篠澤広が倒れる瞬間、青髪のプロデューサーはその体を抱きかかえて受け止める。

 そして、こうなることを見越して注文しておいた“花海咲季特製スーパースタミナドリンク”を取り出す。

 

「こちらを飲んでください。あなたの好物たるSSD(スーパースタミナドリンク)です」

「……────あ、あり、が、と……プロ、デュー、サー、は……理解(わか)、てる……ね……」

 

 乳児に哺乳瓶を飲ませるように、青髪のプロデューサーは哺(・)乳(・)瓶(・)型(・)の(・)S(・)S(・)D(・)を篠澤広に飲ませる。ある程度飲んだ篠澤広は「────がくっ……」と気絶した。しかし栄養満点・滋養強壮・体力回復に効果テキメンのSSDを飲んだのであれば何も問題はない。篠澤広を隅に寝かせてタオルを掛ける。

 

「さて、次は月村さんですね。おてなみ拝見と行きましょう」

「……やっぱり、プロデューサーは鬼畜ですね」(気絶しちゃったのに、保健室に連れて行かないのぉ……!? や、やっぱり、私、この人……怖いし、嫌いだぁあああああ~!!)「──でもプロデューサー、分かってるよね?」

「ンンッ」

「?」

 

 危うく青髪のプロデューサーは失笑するところだった。

 月村手毬は目を丸くする。

 

 月村手毬は、あまりにも心の声と口の声が異なりすぎる。

 アルファはそれが面白すぎるあまり、会話どころの騒ぎではないのだ。

 

「……ええ。分かっていますよ。どうぞ、勝(・)ち(・)に(・)行(・)っ(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)」

「……いい覚悟じゃん。それじゃあ、もし私が勝ったら、プロデューサーには私だけをプロデュースしてもらうから」

 

 倉本千奈は「えぇぇっ!?」と驚く。

 あれだけ嫌っていたのに、どういう心境の変化だろうか。あるいは、嫌悪と必要は両立する、ということだろうか。

 

「だって私が勝ったら、プロデューサーは私の命令に絶対服従ってことだから────」

「胸算用は無駄な時間です。さっさと結果を見せてください」

「────…………」

 

 月村手毬は、あごを高く上げて睨め上げる。

 

「…………いい度胸ね。目にもの見せてあげる」(そんなにすごむことないじゃん! ちょっとくらい私にも言わせたっていいじゃん! ズルいぃ……ズルいぃぃぃぃ~~~~~~!! プロデューサーなんか、だいっきらいだぁあああ~~~~!!)

 

 月村手毬は深呼吸する。

 気持ちを落ち着けて────いざ、CDプレイヤーを起動。歌って踊り始めた。

 

          §

 

 曲が終わる終盤。

 

「っ────っっ……ッッッ…、…!!」

 

 全力を超えた全身全霊のパフォーマンスは、さながら粉骨砕身のごとし。破竹の勢いで点数を稼いでいった月村手毬は────曲(・)が(・)終(・)わ(・)り(・)か(・)け(・)る(・)頃(・)に(・)力(・)尽(・)き(・)た(・)。

 

 残り三十秒(3ターン)。何も行動できない。

 

「ッ…、…!!」

 

 歌えない。踊れない。

 

「カハッ……ッッ」

 

 笑顔が消える。ツライ表情。

 

「────ッハ……」

 

 曲が終了した。月村手毬は満身創痍の姿で膝を折る。女の子座り。うなだれる。

 

『…………』

 

 静寂。

 青髪のプロデューサーは佇んで見守る。

 篠澤広は目を覚ましており、視線は天井のシミに固定されているものの、月村手毬の状態は把握していた。

 倉本千奈は絶句する。最初は全力のパフォーマンスを観て聴いて、やはり月村手毬はスゴいと感心した。内部進学組は伊達ではない。中等部はユニットを組んで大人気だったという噂も聞いた。自分と違い、三年間も努力してきたのだ。当然、歌唱力もダンスも抜群。なのに────終盤、いったいどうしたのか鬼気迫るパフォーマンスとなっていき、声も出ず、千鳥足、最(・)後(・)ま(・)で(・)歌(・)え(・)き(・)れ(・)ず(・)ダ(・)ウ(・)ン(・)し(・)た(・)……。

 

 青い蓬髪に隠れて、少女の顔は見えない。

 青髪のプロデューサーは目を伏せる。ピカピカに磨かれた床は、反(・)射(・)が(・)強(・)い(・)。

 

 青ざめていた。絶望していた。

 一粒の涙を流していた。屈辱だった。

 

「次は倉本千奈さんですね。準備してください」

「……ッッ!!」顔面蒼白の月村手毬は目を見開く。

「──ふぇっ!?」倉本千奈は、くずおれた少女に声かけもせず進行を指示した青髪のプロデューサーの鬼畜メガネぶりにうろたえる。

「評価は全員が終わってからです。でなければ一軍か二軍かの採(・)点(・)が(・)で(・)き(・)な(・)い(・)」

「────ッ……」

「……わ、わかり、ましたわ……」

 

 月村手毬は歩く体力すら尽きている。否、本当は立ち上がれる。しかし立ち上がる気力が尽きている。四つん這いでハイハイ。篠澤広の近くに体育座り。壁を背にして膝の中に顔をうずめる。完全に拗ねてしまった。

 

 曲が始まる。倉本千奈は踊り始めた。

 

          §

 

 曲が終わる。倉本千奈は最後のポーズを取る体力がなく、思いっきりズッコケた。

 

「きゃあああー!?」

 

 さすがに青髪のプロデューサーも間に合わない。そのためタオルを床に滑らせるように投げ込んだ。颯爽と床を滑ってきたタオルの上に頭を打つ。なんとか顔面を守ることはできた。その代わり腕や胴体が“ビターンッ!”と音を立てる。

 

「う、ううぅ……でも、踊り、きれ、ました、わぁ……! こ、声は……もう、出ません、けどぉ……!」

「出てますけどね。過呼吸ですが」

 

 青髪のプロデューサーがツッコミを入れる。

 

 ともあれ過呼吸だとしても、踊(・)り(・)き(・)っ(・)た(・)。

 その感想について、篠澤広が意見(コメント)する。

 

「つまり、わたしと千奈は、てまりに勝った」

「────」

「ひぇっ!? あ、あわわわわわわわぁ……ええええええええっと、そそそそそのぅ……!」

「プロデューサー。採点をお願いする」

 

 篠澤広は話を進める。

 青髪のプロデューサーは、うなずいた。

 

「ハァ……まったく。────全(・)員(・)、論(・)外(・)で(・)す(・)」

『……!!』月村手毬と倉本千奈は愕然とする。

「一軍? 二軍? 笑わせないでください。三軍どころの騒ぎですらありません。万年補欠が関の山。まったく……これだからイ(・)ロ(・)モ(・)ノ(・)は(・)面(・)白(・)い(・)。だ(・)か(・)ら(・)プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)ス(・)し(・)よ(・)う(・)と(・)思(・)っ(・)た(・)のです」

『……!?』

「こうなれば是非もなし。どうやら1(・)ど(・)こ(・)ろ(・)か(・)0(・)か(・)ら(・)鍛(・)え(・)る(・)必(・)要(・)があるようですね」

『────……っッ!!?』

 

 月村手毬は面を上げる。瞳に光が戻る。

 倉本千奈は目を丸くしていた。理解が追いついていない。

 そこで篠澤広が告げる。

 

「あのね? ふたりとも。実はプロデューサー、契約解除する気は無かったんだと思う」

「────は?」

「え……篠澤さん!? それはどういうことですのぉ!?」

「千奈、考えてみて。わたしたちは試(・)す(・)ま(・)で(・)も(・)な(・)い(・)落(・)ち(・)こ(・)ぼ(・)れ(・)組(・)だよ? 契約解除するかどうかの土俵にすら立てていない。だからプロデューサーには、きっと別の狙いがあったはず」

「…………」

「はわわ……! 言われてみればそうですわぁ……! ──で、でも……それは、いったい……?」

 

 青髪のプロデューサーは少し困る。そもそも契約解除する気が無かったことがバレてしまうと、せっかくの倉本千奈を改めてスカウトする計画が失敗に終わる。篠澤広はそれを分かった上で、あえて計画を邪魔してきた。その理由はなぜか。無論、この一連の流れには、とある理屈の落とし穴があったからだろう。それは今しがた篠澤広が述べた通りである。

 そのため青髪のプロデューサーは、さっそく虚実を織り交ぜた、尤もらしい説明を始めた。

 

「────篠澤さんは勘がいい。隠し事はできませんね。それでは種明かしも兼ねて、三人の評価、すなわち今後のプロデュース方針を語りましょう」

『……!!』

「今ここで歌って踊ってもらったのは、ほかでもない。現状の実力と問題点を把握するためです。これはプロデューサーならば誰もが取る行動ですよ。当たり前です」

『……!』

「そして評価ですが────」

 

 青髪のプロデューサーは、篠澤広に栄養ドリンクを差し出す。

 

「篠澤広さんには、終盤の爆発力があることが見て取れた。徹頭徹尾ゾンビのようにフラフラしていたのに、本(・)当(・)に(・)見(・)限(・)ら(・)れ(・)る(・)こ(・)と(・)を(・)心(・)配(・)し(・)て(・)全力を絞り出し、最後はかなりののぼり調子で踊りきれましたね。やる気(ガッツ)があります。より具体的に言えば、イメトレによる自己体力管理とペース配分が完璧だったため、最後までな(・)け(・)な(・)し(・)の(・)底力(スタミナ)を温存することができ、ガッツの分だけ実力を発破して、踊りきれたということです。……まぁ、声は中盤から一切出せておりませんでしたが」

「……照れる。……でも声は仕方がない。踊りきるだけで大変だった」

「なぜ歌いきることよりダンスを優先したのですか?」

「……手毬がオーバーワーク気味なのは、見てれば分かる」

「素晴らしい。持ち前の観察眼を、アイドルとしての戦術眼に昇華させましたね」

「プロデューサーは、わたしが手毬に勝てると断言した。だから、それを信じた。きっとわたしには、手毬に勝てる材料が揃っているはず……でも、本当に勝てるとは思ってなかった。────ふぅ……」

 

(急にモチベを失ったな……やはり、やり甲斐(がい)を重視するタイプか……しかし勝利したこと自体は嬉しいみたいだ。──いや? 表情を見るに……どちらかといえば負けることを少し憂慮していた側面が強いか……? もしや果穂みたいに負けず嫌いなのか……────まったく、新発見ばかりだ。この人もこの人で、見かけの印象(がいけん)と心象風景(なかみ)が一致していない……)

 

 青髪のプロデューサーは、月村手毬の足元にミネラルウォーターとカップラーメンを差し出す。

 

「月村手毬さん」

「……っ!!」(い、いやだ……聞きたくない……っ!! みんなで私をバカにするんだぁ……! あんなに大見得切ったのに、落ちこぼれ組と同レベルだって笑いものにされるんだぁぁ……!)

 

 同レベルどころか、今回の勝負を見る限り、それ以下なのだが。

 そうツッコミを入れれば、今度こそ月村手毬は号泣必至。そのため青髪のプロデューサーは口をつぐむ。慎重に言葉を選ぶ。

 

 すると月村手毬は心の耳を塞ごうとする。

 その直前、青髪のプロデューサーの吐息が、閉じかける耳に、爽やかな声を滑り込ませた。

 

「そう怯えなくとも結構です。私があなたを見捨てることは決してありません」

「────ふぇ……?」

「あなたは圧倒的なパフォーマンス能力を有していますが、それと反比例するかのように、圧倒的に体力(スタミナ)が足りない。そのため、こちらのレッスンメニューをこなすことで、圧倒的なスタミナを身につけてください」

 

 月村手毬はレッスンメニューを受け取る。目を通す。青ざめて絶句する。

 そこには、日々、学(・)内(・)の(・)誰(・)よ(・)り(・)も(・)ハードなレッスンをこなす月村手毬でさえ驚愕する、人間離れした体力作りのコースが用意されていた。

 それだけではない。食事メニューまで用意されている。その内容もまた人間離れしている。一言で要約するなら、九(・)回(・)死(・)ぬ(・)レ(・)ベ(・)ル(・)で(・)走(・)っ(・)た(・)分(・)だ(・)け(・)九(・)回(・)死(・)ぬ(・)レ(・)ベ(・)ル(・)で(・)食(・)べ(・)ろ(・)、と言われているも同然の内容だった。

 

「────ぷ、プロデューサー……」

「はい?」

「プロデューサーは……私を、巨人に改造したいんですか……?」

「! ふはっ……! ──ええ、まあ……比喩表現としては? そうかもしれないですね!」

 

 レッスンメニューの一部を抜粋する。

 

『長期体力レッスン:一日、河川敷100週=消費カロリーと同等の食事摂取』

『短期体力レッスン:楽曲の再生時間と同等の時間、一切速度を落とさず全力全開でやりきる。終了後、五分間の休憩を挟み、すぐ同じ工程を再開する。これを最低十回は繰り返せるようになること=消費カロリーと同等の食事摂取』

 

『消費カロリーを知りたい場合は、私が自作したアプリをインストールして、そちらから確認してください』

『アドバイス:どう考えても消費カロリーと同等の食事摂取は、人間の胃袋の大きさ的に不可能です。そのためエネルギー効率の良い“改良型の味変トップアイドル養成ご飯”と“花海咲季特製スーパースタミナドリンク”を摂取すれば、むしろ過剰摂取となりますので、そのぶん太ります。なので、太らないようにさ(・)ら(・)に(・)走(・)っ(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)』

 

 月村手毬は顔面蒼白を通り越して白化粧となった。

 なんなのだこれは。ふざけているのか。まさか花海佑芽のような超人になれとでも言っているのか。

 

「ちなみに見本が欲しい場合は付き合いますよ」

「……へ?」

「私は、あなたに渡したレッスンメニューを完(・)璧(・)に(・)こ(・)な(・)す(・)こ(・)と(・)が(・)で(・)き(・)ま(・)す(・)」

「…………────」

 

 月村手毬は、とうとう理解が追いつかなくなってしまった。思考が停止する。夢の中で、かつての仲間と幸せな会話。脳内がお花畑となってしまった。しばらくすれば現実に戻ってくるだろう。園児にはお昼寝の時間が必要だ。横に寝かせてあげて毛布を掛ける。

 

 次いで青髪のプロデューサーは、倉本千奈にミネラルウォーターを差し出した。

 

「倉本千奈さんは、決して折れない精神力がありますね。それが肉体にも作用する時がある。逆境の中、諦めそうになるたび、鋼のようなやる気(ガッツ)を発揮する。そして何かに打ち込もうとするたび、ガッツに比例した爆発力を発揮する。それも一曲の中で二回程度が限界のようですが……それでも強力な武器です。その不屈の姿勢、ご友人と共に切磋琢磨して、より一層、鍛え上げていってください」

「……っ! つ、つまり、わたくしは……篠澤さんと、同じタイプの能力を持っている、ということですの……!?」

「あくまで私の持論ではそうなりますね。私はゲーム的な比喩を好みますので。篠澤さんと倉本さんは持ち前のガッツを活かしてロジカルに育成すれば、大きく羽ばたけると想定しております。──ちなみに爆発力は篠澤さんと比べて、倉本さんの方が10%ほど高いでしょうか」

 

 篠澤広の目つきがキュピーンと光る。どうやら“10%”という数学的な単語を聞いたことで、それがどのような基準から算出された値なのか、知的好奇心が湧いてきたようだ。

 

「さすが千奈。わたしの友達だけある。スゴい、ね」

「……っ! し、篠澤さん……! あ、ありがとうですわぁ……!」

「ところでプロデューサー。わたしは、なんで千奈と比べて爆発力が10%も低いの?」

 

 青髪のプロデューサーは即答する。

 

「おそらく、元々の虚弱体質が原因かと」

「なるほど。それはそうかも。──プロデューサーが、わたしのほうが才能がないって言った理由、分かった気がする」

「まだ納得はしていないと?」

「……? ……そうでもない」

 

 篠澤広は首をかしげてから否と振る。

 どうやら自分自身の負けず嫌いな性格は、未だ無自覚のようだ。

 

「さて、そんなおふたりにもレッスンメニューです。しっかりと遵守するように。さもなくばトップアイドルにはなれませんよ」

 

 篠澤広と倉本千奈はレッスンメニューを配られる。

 それを読んだふたりは、思わず気になった部分を一部抜粋して朗読する。

 

「よく食べ、よく動き、よく学び、よく遊び、よく休み、よく寝ろ……? 休むと寝るの違いが分からない……むむむ……それはそれとして筋トレ内容が、高齢者用の“理学療法リハビリ”と“パワーリハビリ”ばかりなのは……これ、本当に筋トレと言える、の?」

「篠澤さんの場合は、十二分に過(・)酷(・)な(・)筋(・)ト(・)レ(・)と言えるでしょうね」

 

「ひぇっ……毎日校庭十週……毎日十分間全力疾走……多すぎるストレッチに、プロデューサーのマッサージ……?」

「スパルタを覚悟してくださいね。私は倉本家のことなぞ至極どうでもいい。あなたをトップアイドルに育てるため、手加減なしでビシバシ鍛えますよ。──最弱の鯉が滝を登りきって最高の龍となり天を衝く。そんなスペクタクル感動巨編を、共に紡いでまいりましょう」

 

 倉本千奈は若干青ざめる。とてもカッコいい言い回しで語(あお)られたが、青髪のプロデューサーの目は笑っていなかったのだ。地獄のレッスンを完遂しなければ龍にはなれないぞ、と言いたげに。

 そこで篠澤広が手招きする。

 

「プロデューサー、プロデューサー。わたしには?」

「キツめのはないのかと? 寝言をほざく暇があるならさっさとメニューをこなしてください。おそらく期待しているキツさが得られますよ」

「そうなんだ……ふふ、わたし……まだレッスンもできないなんて……ほんとにダメダメだ、ね……?」

 

 篠澤広は恍惚とした表情を浮かべる。

 艱難辛苦こそ歓喜悦楽。やりがい上等の逆境好きは、さながら戦闘民族のよう。

 

 かくして青髪のプロデューサーは、最後に伝えるべきことを伝える。

 

「────さて、みなさん。それでもよろしいのであれば、私の担当アイドルになってください」

『……!!!』

「返事は、事務所でお待ちしております」

 

 最後の最後に、選択権は相手に託す。

 それは善くも悪くも、相手を尊重する意思を示さんとする、アルファの習性(クセ)であった。

 

 青髪のプロデューサーは、足早にレッスン室から立ち去る。

 その後ろ姿を見届けた三人は、それぞれの行動を開始した。

 

          §

 

 夕方近くの事務所。

 ガラガラと戸が開く。篠澤広、倉本千奈、月村手毬の三人が入ってきた。

 

 青髪のプロデューサーは、わざとらしく驚いた顔で出迎える。

 

「おや。物好きですね。それではこれから、よろしくお願いします」

「うん。よろしく」

「こ、こちらこそ! よろしくお願い申し上げますわ……!」

「……じゃあ、改めてよろしく、プロデューサー。でも、これだけは言っておく。────私を失望させないで」

 

 月村手毬の狂言が飛び出た瞬間。

 どこからともなく、インコのような鳴き声が聴こえた。

 

『ヨロシク オネガイシマス! ワ(・)タ(・)シ(・)ノ(・)プロデューサー…(シメッポイ ゲキオモカンジョウ!)。デモコレダケハ シッテイテホシイ! ──ワタシヲ ミステナイデネ!』

 

「────……っッ!!? ひ……ひぃい……!?」(なになに!? こわいこわいこわいこわいこわいぃぃ~~~~!!)

 

 月村手毬は心臓がキュッと引き締まるほど青ざめる。

 今、甲高い声を発する何者かに、自(・)分(・)の(・)内(・)心(・)を(・)丸(・)ご(・)と(・)言(・)い(・)当(・)て(・)ら(・)れ(・)た(・)。

 

「あ、“てまりインコ”だ」

「……はぁっ!?」

 

 何か知っていそうな篠澤広が反応する。

 

「おっと。さっそく月村手毬の心を読み取りましたか……さて、落ちこぼれ組のふたりに負けて傷心中の月村さんに、プレゼントです。こちら、私がデザインを務め、篠澤さんにプログラミングを依頼し、三日かけて作製した────」

「────“てまりインコ”だよ。受け取ってほしい、な」

 

 青髪のプロデューサーは、白い箱に赤いリボンを結んだ、小さなプレゼントボックスを差し出す。

 それを受け取った月村手毬は、内心ビビりつつ、その手は勇敢にも包装紙をビリビリに破いて開封。

 

「────! ──……って、べ、別に、傷心してないから! 全然、落ち込んでないしっ!」

 

 とても可愛らしい肩(・)乗(・)り(・)サ(・)イ(・)ズ(・)のインコ。黄金と翡翠が折り重ねられた美しい羽毛は、ふさふさで質感ばっちり。

 

(えっ……な、なにこれぇ……! か……かわい~い~……! うそ……これ、ほんとにプロデューサーが、わたしのために作ってくれたの……? 本当にプレゼントしてくれるのぉ……!? 篠澤広(この子)も作製に協力したみたいだけど……ってことは────わ、悪い子じゃあ、ないのかな……?)

 

 月村手毬はお礼を言う。

 

「なんですかこれ。ふざけてるんですか? これからのアイドル活動には不要のものだと思うんですけど」

「ンンッ……いいえ。かなりの必須アイテムですよ。篠澤さん、仕様説明をお願いします」

「承った。──てまり、よく聞いたほうがいい。それは月村手毬の心の声を通訳してくれる画期的なメカ。プログラムを打ったのはわたしだけど、アイデアから設計、読心機能から通訳機能まで、何もかもがプロデューサー無しでは成り立たなかった、スーパーアイテム」

「……へ、へぇ~……」(え? なんでそこまでしてくれるの? たしかに、私は思ったことと違うことを言っちゃう時がたまにあるけど……そ、それをプロデューサーは、見抜いていたんだ……! ────って、それってやっぱり、エスパーってことぉ!? じゃあ今の私の声も読まれているってこと……!? やだやだ! キモい! 変態! やっぱり嫌い! ちょっと好きになりかけたけど、好きになってやるもんか! やっぱり信じない! 大っ嫌いぃ~!!)

 

 青髪のプロデューサーは笑いをこらえる。

 真顔を維持して泰然と振舞う。

 

「なお電池が切れたら、すぐに単三電池と交換してください。速やかに電池を交換しないと故障する恐れがあります。また、そのインコはオスです。且つ、音声を聞き取る機能を有しておりますので、月村手毬さんがお手洗いや着替えをする時、お風呂に入る時やプライベートな女子会などをする際は、なるべく遠くに置いてください。オスのインコは恥ずかしがり屋なので、月村さんのそういう場面に出くわすと、恥ずかしがって拗ねてしまう恐れがあります。拗ねるというのは、そのまま故障するという意味です」

「そう。おっしゃるとおり」

「えっ……!」(そ、そうなんだ……! じゃあ大切にしないと……。でも、ふふ……ちょっとシャイな男の子なんだぁ……ふーん? かわいいとこあるじゃん……)「────まぁ、もらえるものはもらっておきますが。……ありがとうございます」

「どういたしまして」

「気に入ってくれたなら良かった」

 

 月村手毬は、さっそくインコを左肩に乗せる。ついつい微笑みが洩れていた。

 一方の倉本千奈は訝しむ。さすがに人の心を読む機械というのはありえないだろう、と。きっと何かカラクリがあるに違いない。しかし倉本千奈の頭脳では、青髪のプロデューサーの唇(・)が(・)微(・)か(・)に(・)動(・)い(・)て(・)い(・)る(・)腹話術(カラクリ)を見抜くまでには至らなかった。

 

「さて、閑話休題。先ほどは錬成課題(レッスンメニュー)を提出しましたが、それとは別にモチベ維持のため週間課題(ウィークリーミッション)を提出します」

『……!』

「まず篠澤さん。先週より血色が良くなりましたね。1%は健康的になったようで何よりです。あとは錬成を続け、来週までには“立ち続ける筋肉”を得てください。たかが数分立ち尽くしているだけで疲れ切ってしまうのは論外中の論外です。その状態では通常のレッスンすら始められませんよ」

「わかった」篠澤広はこくんとうなずく。

「次に月村さん。あなたには篠澤さんとユニットを組んでもらいます。ユニット名は『neverMIX(ネバーミクス)』……この事実を来週までに受け入れてください」

「────────は?」『ハァ? ショス? ショス? ショシチャウ?』

「最後に倉本さん。さっそくテレビのお仕事を取ってきました。普通に旅行気分で楽しんできてください」

「────へ?」倉本千奈は目を点にして呆然とする。

「週課提示は以上です。ではさっそく錬成を開始してください。私は手のかかる篠澤さんをみっちりしごきます。月村さんと倉本さんは校庭100週。ただし音を上げたい場合、ふたり合わせて50周を達成できれば、帰宅して構いませんよ。破ったら明日のペースト料理は激辛味にします」

『…………』

 

 放心する月村手毬と倉本千奈。

 一方の篠澤広は、片耳を突き出すように前のめり。自分に罰ゲームはないのか問いかけた。

 

「わたしは?」

「……今日中に週課を達成できなければ、あすの激辛味は、あなたの目の前で俺が食べてしまいます」

「……ふ、ふふふ……プロデューサーの、そういうところが……────好(・)き(・)」

 

 徐々に現実を理解し始めて青ざめていく月村手毬と倉本千奈。

 一方の篠澤広は両手を頬に当てて恍惚とはにかみつつ、直球の好意を示していた。

 

          §

 

 夜遅くの河川敷。

 月村手毬は限界ギリギリを攻めてランニングを続ける。

 倉本千奈は周回遅れ真っ只中。へとへとになりながら走っては止まり、ほぼ歩く速度で走っては止まり、また走っては止まってしまうことを繰り返している。

 

「その疲れ具合だと、まだ30周程度でしょうか」

「っ……!? ぷ、プロデューサー……っ!!」

 

 神出鬼没な青髪のプロデューサーが現れて、月村手毬と併走する。

 

「敵意むき出しですね」

「ッ……そりゃ、そう、でしょ……!! ユニット、の件……私は、ぜったい、認め、ないから……っ!」『ミトメナイ! ミトメテヤルモンカ!』

「なぜですか?」

「……ッ……」『ズルイ! ホントウハエスパーデ! モウゼンブシッテルクセニ……!!』

「自分の口で言ってください」

「────」『……』「……えっ!? な、なんで、インコくん、急に、喋らなく……!?」(まさか、故障した……!? 不良品……!!)

「インコくんも空気を読むんですよ。あなたがインコくんに頼りすぎると、通訳をやめるプログラムにしましたから」

「────……ほ、ほんっと……プロデューサーは……鬼ぃっ!」

「最近よく言われます」

 

 月村手毬は速度を引き上げる。

 すると三秒とかからず青髪のプロデューサーが息切れ一つせず併走してくる。

 

「答えたくないなら答えずともよろしいですよ。私はただ走っているだけですので」

「……っ……はぁ、はぁ────っ……!」

 

 月村手毬は、さらに速度を引き上げた。

 青髪のプロデューサーは相変わらず肩を並べてのんびりと走る。

 

「────なんで、止めない、の……!!」

「止めてほしいんですか?」

「っ……はぁ、はぁ、ハァ……!! くっ……!」

 

 月村手毬は、もっと速度を引き上げた。

 青髪のプロデューサーは、やはり顔を並べて併走する。

 

「────ね、ねえ……プロ、デュうサー……」

「……」

「ほんとは、しって、るん、でしょ……ぜん、ぶぅ……!」

「……」

 

 月村手毬は、息を切らしながら語り始める。

 

 中等部の頃、月村手毬が所属していたユニットのこと。すぐ体力切れを起こすこと。仲間の足を引っ張っていたこと。仲間に追いつくため頑張ろうとするたび、自分のことを思って、仲間が休憩を勧めて(じゃまして)くること。ライブで気持ちよく(スタミナが切れやすいことを忘れて)歌おうとするたび、自分のことを思って、仲間がアドリブを入れて(じゃまして)くること。そうやってずっと助けられていたこと。助けられていたから、仲間に追いつけなかったこと。だからユニットを抜けたこと。そのせいでユニットが崩壊したこと。

 

「……それが?」

「っ────!? や、ぱり、し、てた……んだ……!!」

「……」

「だから……だからぁ……! ────たいりょくゼロの、あいつと組ませて……! そんなヤツより、さきにちからつきた、私を見て、笑ってたんだ……っ!!」

「笑ってはいません。面白い逸材とは思っていましたが」

「────!?」

「で? 話はそれだけですか?」

「……っ!? ……っぃ……ぷろでゅうさあは、鬼だ……! 悪魔……!! 鬼! 悪魔! 鬼ぃ……!」

「何度か同じ意味の罵倒が繰り返されましたね」

「ご、ごいりょく、ないって、いいたい、わけ……!?」

「た(・)い(・)り(・)ょ(・)く(・)もありませんがね」

「────────」『ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアン!! プロデューサーガイジメテクルゥウウウウウウウウウウ!!!!』

 

 月村手毬は、さらなる加速を始める。怒り泣く気持ちをエネルギーに変えて走り出した。

 一方、青髪のプロデューサーは、なんと『初』の鼻歌を歌いながら追いついて併走する。

 

「~~~♪」

「……っっ!!?」

 

 月村手毬はしばらく走り続けて、やや減速を始める。元のペースに戻ってきた。否、そこからさらに減速を続ける。どうやら力が尽きたようす。しばらく低スペースで走り、わずかに体力を回復してから元のペースに戻すつもりだろう。

 

「────……」

 

 月村手毬は、ちらちらと横を見やる。

 夜空の星を見上げて鼻歌を歌う青髪のプロデューサーの横顔を、じーっと見つめる。

 

「……その────あり、がとう……」

「おや? この流れからは想像できない言葉が唐突に」

「茶化さないで、よ……」

 

 急にしおらしくなった。どうやら信頼度を積めてきたらしい。

 

「……私、足、引っ張ってるよね……」

「そうですね。なので早く体力をつけてほしいです。それが直接、堅固な実力に繋がりますので」

「……あのさ。プロデューサーって、エスパーなの? これから私のプロデューサーになるなら、気持ち悪いから金輪際、心を読むのやめてね」

「分かりました。心を読み続けますね」

「ねぇなんでぇ……!? なんで分かるのぉ……!? こわいよぉ……!」(は? 耳が聞こえないんですか? 耳鼻科をおすすめしますよ)

「混乱して内外逆転してますよ」

「へ? ……────っ!?」

 

 月村手毬は俯いて赤らむ。

 

「私はエスパーではありません。話は逆で、むしろ月村さんが割と分かりやすい部類なのです」

「……は? そんなことあるわけ……」

「あなたの悪癖は、よくよく観察していれば、割と誰でも気づくことができる範囲です。たとえるなら、ひっかけ問題に近い。最初はそれに誰もが、必ずと言っていいほど引っかかります。しかし一度でも引っかかって、やがて答えが分かってしまえば……もはやそれは問(・)題(・)で(・)は(・)な(・)く(・)な(・)る(・)」

「────!」

 

 月村手毬は衝撃を受けたのか、徐々に走るのをやめていく。両ひざに手をついてぜえぜえと息切れ。いきなり止まると体がキツくなる。それでも止まったのはなぜか。

 

「……あなたは、まるで赤子ですね。自分の体力ゲージをまるで把握していない。もう残電池が10%を切っているのに、なおも駆け回り、遊び続け────帰りの座席に乗った直後、健やかな眠りに就く。それを電(・)源(・)が(・)切(・)れ(・)た(・)か(・)の(・)よ(・)う(・)と、世の中の親御さんは、よく表現します」

「……っ……」『ダカラナニヨ!』

「月村さん。正直に申し上げますと、ペース配分は考えなくていいんです」

「……!?」

「考えられるようになったら、考えればいい。考えられないなら、仲間に任せればいい。仲間に頼るのが悔しいなら、限界を超えて鼻を明かせばいい。あなたはいつだって、そういう喧嘩腰(プレイスタイル)だったのでは?」

「っ!」

「初心を思い出して。一番楽しかった頃を。そのあと辛くて幸せな思い出があったとしても、その時と同じ結果にはなりません。なぜなら誰もあなたを止めようとはしない。邪魔なんて以ての外です。むしろ競い合います。なにより私はプロデューサーですからね。担当アイドルが、のびのびと、安全に、健康に、好きなだけぶっ倒れるまで────でも危険なぶっ倒れ方はしないように、止めるのではなく、しっかりと鍛え上げる。……なんせ、それが仕事ですから」

「……────」

「好きなだけ、アイドルを楽しんでください。思う存分、気持ちよく歌ってください。アイドルのつらそうな顔なんて、ファンは見たくないのですから」

 

 青髪のプロデューサーは駆け出す。周回遅れの倉本千奈の背中を追いかけて、追いついて、併走。

 どんどん遠ざかる。

 

「ハァ、ハァ……ッ…………っ────、……」

 

 月村手毬は、もう動けない。声も出せない。

 歯噛みする。まだまだスタミナが足りない。

 悔しい。屈辱だ。全てが見透かされている。

 彼のセリフの全部がイラついてムカついて。

 心とちがうことを言う自分の口も大嫌いで。

 

(──……でも、もしかしたら、あの人は……私のことを、本当に、分かってくれるのかもしれない……)

 

 追いつこう。追い抜かしてやる。

 そして笑うのだ。私の勝ちだと。

 月村手毬は死に物狂いの全力で。

 雄叫びを上げて叫んで喚き続け。

 夜の闇を裂くように駆け出した。

 

 その後、月村手毬は電源が切れたようにぶっ倒れて膝小僧を擦りむき、冷たい歩道の上で爆睡。

 青髪のプロデューサーに傷の手当てをされた後、お姫様抱っこで女子寮まで運ばれたことは、月村手毬の記憶にない、また別のお話だった。

 

          §

 

 翌日の正午。

 活気賑わう街中。

 

 倉本千奈は、初星学園を代表するゲストとして。

 今回抜擢された“売れない芸人コンビ”が街案内を務める、食レポ撮影に参加していた。

 

「どーもー! ウレウレでーす!」

「ナイナイでーす!」

「はい本日は、初星学園のアイドル候補生をゲストに迎えて~?」

「街のうまい名所を案内紹介しちゃうぞ~! というわけで自己紹介どうぞー!」

 

 芸人コンビに促された倉本千奈は、ガチガチの表情でカメラの前に歩き出す。右手と右足を同時に出して、明らかに緊張したまま挨拶する。

 

「おおお、おはようございます、ですわぁ……!」

「ちょ! これ放送されるのお昼だからぁ!」

「もう可愛いなぁ! そんな緊張しないで~!」

「……?! もも、申し訳ございません……! みなさん、こんにちはですわ! わ、わたしは倉本千奈と────」

 

 その時、カメラマンがカメラを下げる。

 

「カットです。撮り直しましょう」

「あ、はーい!」

「だいじょうぶだいじょうぶ! 千奈ちゃん、深呼吸深呼吸~!」

「っ……! ご、ごめんなさい、ですわぁ……!」

 

 リハーサルなしのぶっつけ本番。最初はこんなものだろう、と撮影陣は思う。そのうち慣れてくる。元々あまり有名ではない番組だ。カットするとは言ったが、エンドロールで流すNG集は割と評判。そのため今のシーンは使い物になるっちゃなる。

 しかしそんなことは露ほども知らない倉本千奈は、失敗してしまったことで萎縮する。そして撮影陣の奥で腕を組み見守る青髪のプロデューサーを見つめた。それは助けを求めるような瞳ではあったが、すぐに自ら奮起して撮影に望む。

 

「すぅ────ふぅ────」

 

 深呼吸。その直後、突として倉本千奈は、自分のほっぺをひっぱたいた。

 

「ひゃあ!? い、痛いですわぁ────!!」

「えぇえええ!? 自分で叩いたのにぃ!?」

「はははははは! いい音が鳴ったねぇ!」

 

 そのシーン。カメラマンはバッチリ映していた。またNG集が増えていく。そろそろ本番を撮りたいものだ。すると青髪のプロデューサーが、カメラのすぐ横で手招きする。

 

(? プロデューサー……?)

 

 倉本千奈は駆け寄る。その耳元に、青髪のプロデューサーはささやいた。

 

(倉本さん。カメラ止まってませんよ。バンバンNG集が抜かれてます。なので生放送のつもりでやってください)

(……────!?!!?!?!?!?!)

 

 そんなことは打ち合わせの時に聞かせられていない。これは文句の一つでも言うべきでは? だがそれもすっぱ抜かれてしまう。もうどうしようもない。

 

 だとするなら、もう失態を見せることはできない。

 倉本家の看板に泥を塗るようなことはできない。

 

 倉本千奈の目つきが変わる。否、生来のものなのか表情は相変わらず緩いままだ。

 しかし明らかに、心の中では覚悟が決まったようす。

 

 青髪のプロデューサーは、内心で感嘆の口笛を吹く。

 

(やはり芯は強いな……繊細なくせに図太い人がいる(さながら大崎甜花の)ように……倉本千奈の場合は、折れやすいくせに折れないんだ。まったくふしぎな性格してるぜ……)

 

「────みなさま! わたくし、心を入れ替えましたわ! 改めて、よろしくお願いします……!」

『……!!』

 

 倉本千奈の決意表明。

 それに驚いた芸人コンビと撮影陣は、それから何か流れが変わる────

 

 

 

 ────ことはなかった。

 あれから三つほど店を回り、買い食い中の通行人に三回ほど話しかけたが、一向に取れ高が存在しない。

 退屈でグダグダで、健気でバタバタで、お遊戯のような撮影が続く。

 

 このままでは売れない芸人コンビともども、倉本千奈の仕事は大失敗。

 そうならないよう青髪のプロデューサーは、いくつか策を講じてきた。が、今すぐそれを使う気はない。彼は確かめるつもりなのだ。倉本千奈というアイドル候補生が持つ“天運”というものを。

 

(……!)

 

 しかして青髪のプロデューサーは、天運の到来を予見した。

 

 ひとりの大男が芸人コンビと倉本千奈を見つけて近づいてくる。三人は店の人にアポを取るため半ば入店しており、撮影陣は少し離れた位置にいるため、大男は現在、撮影中だとは気づいていないのだろう。

 

 大男は暗い服装も相まって、やや怖い印象を受ける。

 しかし内心では、何かに困っているようす。

 

 大男が三人に接近する。ふと撮影陣のひとりが“不審者の接近”に気づいて対応に出ようとする。同時に、倉本家のメイドも撮影陣に同行しており、お嬢様たる倉本千奈を守るため即座に飛び出そうとした。そのふたりの肩を掴んで、アルファは様子見を促す。

 

 大男は臆病なのか、男性の芸人コンビより、どちらかといえば女子の倉本千奈に助けを求めるように声をかけた。

 

「あ、あの────すみません……○○屋って────」

「はい? ──っ!? き、きゃあああああ────!?」

 

 倉本千奈よりふた回りも大きい、顔に傷のついた男性。胴間声ということもあり、明らかに不審者である。そうとしか映らない。

 

「えっ……!? あ、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「ごごご、ごめんなさいごめんなさい! わたくし、お財布は持っていませんのよぉおおおお! そこのメイドに持たせておりますのよぉおおお!」

「え? え……?」

「え? ふぇ……?」

 

 大男と倉本千奈はお互いに見つめ合い、ぼのぼの汗を流して困惑する。

 これにはさすがに、青髪のプロデューサーは手を叩いて笑い声を上げてしまった。その声が集音器に入る。すかさず売れないコンビが対応に出た。

 

「ぶわはははは!」

「あのぅ、○○屋は、すぐそこに……」

 

           §

 

 数分後。

 アポを取れたスイーツ店の中にて。

 

「誠に! 誠にぃ……! 申し訳ございませんのォオオおお! お詫びにおすすめのケーキを奢らせてほしいのですわぁあああ────!!」

「い、いえいえ……! こちらこそ、怖がらせてしまって申し訳ない……! お詫びに、僕のほうがケーキをおごりますよ……!」

 

 なぜか倉本千奈と大男は、撮影現場に同行することになっていた。というのも大男は、単に道を探していただけであった。特定の屋台を目印にしていただけであるため、そこに用があるわけではない。そこで倉本千奈は、困っていた人がいたのに悲鳴を上げてしまった謝罪とお詫びも兼ねて、今こうして店の中に連れ込んで取(・)れ(・)高(・)を(・)作(・)ろ(・)う(・)と(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。ちなみに大男は押しに弱いのか、あっさり倉本千奈にたらし込まれており、放送の際には顔にモザイクをかけてほしいと希望していた。

 

 そしてこの状況に、売れない芸人コンビは困惑中。撮影陣もやや困惑している。

 しかし一番困惑しているのは倉本千奈である。だからこそ失態に対しては汚名返上するべく、名誉挽回の機会を決して逃さない胆力を発揮していた。

 

「まったく! だれですの……!? こんな素敵なお方に叫び声をあげたおばかさんは……! わ(・)た(・)く(・)し(・)で(・)す(・)わ(・)ぁ(・)~(・)あ(・)あ(・)あ(・)あ(・)あ(・)あ(・)あ(・)あ(・)!!」

『……!! あははは……!』

 

 あまりにも唐突で勢いの良すぎるノリツッコミに対し、大男と芸人コンビが大笑いする。

 一方、青髪のプロデューサーは天を仰いで思った。今のセリフはテロップ付きだな、と。

 

 

 

          §

 

 

 

 一週間後。すなわち第三週・一日目。

 

 昼下がりのアルファ事務所。そこには元から大きなテレビが置いてあり、手前には青髪のプロデューサーと倉本千奈、篠澤広と月村手毬が椅子に座って、先日撮影した食レポ番組を視聴していた。

 

『まぁ! ぱくりと一口! 豪快な食べっぷりですわね! よーし、わたくしも挑戦いたしますわぁ……!』

『あはは! お口にクリームが付いていますよ、千奈さん!』

 

『え!? 千奈さんはアイドルなの!?』

『は、はい! い、いえ! ま、まだ、アイドル候補生と言いますか……!』

『え、どういうこと……?』

『その、わたくし、アイドルを目指して修行中ですの! ですのでわたくしは、まだまだアイドルじゃないのですわ……! 初星学園では、順位だって下の方で────』

 

『お次はあの店に行きますのよ! みなさま、この倉本千奈に付いてきてくださいませ!』

 

『いやー。おじさん、食べ歩きがこんなに楽しいとは思わなかったよ~!』

『それはきっと、大勢で食べているからだと思いますわ! ほら、カメラマンさんも遠慮せず、スタッフの皆様も! お代はわたくしが支払いますので問題ありませんわ! だってこんなに美味しい食べ物なんですもの! わたくし初めて食べましたわ! ですので、この美味しさをみなさまと共有したいのです!』

 

 その時、月村手毬はやれやれと首を振って呆れながら、忌憚(きたん)無き意見を口にした。

 

「なにこれ。食レポはどこいったの? ただ世間知らずの令嬢と知らないおっさんたちが微笑んでモノ食ってるだけじゃん。あの面白くない芸人コンビもほとんどカメラから消えてるし。本当に何これ。のほほんテレビ?」『ザコガ!』

「ふぐぅ……!」

 

 倉本千奈は気恥ずかしさのあまり縮こまる。

 すると篠澤広が、まさかの追撃を仕掛けた。

 

「わたしも、何が面白いのかまったくわからない」

「ふぐぉぉぉ……!?」

「でも……楽しそう。千奈の良さが、よく出ていると思う」

 

 篠澤広は微笑む。

 最後に青髪のプロデューサーも批評する。

 

「テレビとしては0点。タレントとしても0点。ただし人当たりの良さは60点。──よって平均点は甘く見積もっても30点と言ったところか」(つかこれ、よく放送できたな……やけに倉本さんだけ画面に映るし……倉本グループ、なんかやったか……?)

「うううぅ……プロデューサー……どうして、ど新米ど素人のわたくしを、いきなりあのような戦場に放り込んだのですか……? わたくし、わたくしぃ……もう、お外を出歩けませんわぁああああああ────!!」

 

 月村手毬は、倉本千奈を慰める。

 

「あのさ。迷惑なんだよね。あなたのせいでプロデューサーの評価が落ちれば、私たちの評価も落ちるわけだし」『ダカラハヤク セイチョウシロヨ! ザコガ!』「雑(・)魚(・)が(・)は思ってないしぃ!?」『ドウシヨウ! イイスギチャッタァアアアアアアア!!』

 

 しかし、評(・)価(・)が(・)落(・)ち(・)る(・)……それはどうだろうか。

 篠澤広はスマホをいじる。

 

「でも千奈。この番組は一切話題になってないから、大丈夫」

「それはそれであんまりですのよぉおおおおお────!?」

「でも、千奈が紹介したお店の人からは、圧倒的に好意的な意見が多い」

「────へっ!?」

 

 それについては、すでに青髪のプロデューサーが調査済みである。

 

「倉本千奈さんには、人に好かれる才能がある。そのため、あの撮影で出会った人達、全員からの評価は高い。──仕事の出来は別として」

「プロデューサーはわたくしを上げたいのか落としたいのか、どちらなのですのぉー!?」

 

 月村手毬も急いで調べる。

 スマホ画面をスワイプして、それなりに暖かいコメントが寄せられている箇所を発見。

 

「……ふ、ふーん……でも、実力が伴ってないのに評価されて恥ずかしくないの?」『ジツリョクヲ ヒョウカシテ ホシイノニ イエノナデウレテ オチコンデナイ? ダイジョウブ?』

「……へ? 家の名で売れて……?」

「……あなた、調べてないの? 私は今、調べて知ってたよ」『ムフン!』

 

 なぜか月村手毬はドヤ顔で言う。

 いま調べたのであれば、さほど情弱であることは変わらないであろうに。

 

「だってほら、結構アンチコメントがある」

「……っ!?」

「でも金持ちに対するひがみ、やっかみとか、そういうのばっか。気にするだけ無駄」『ヤレヤレ! イツノヨモ ツマラナイニンゲンガイルヨネ! ミンナ ワタシミタイニ スナオニイキテイケバイイノニ!』

 

 青髪のプロデューサーは笑いをこらえながら告げる。

 

「倉本さん。この仕事でご一緒した芸人コンビのツイスタを確認してください」

「……!」

 

 倉本千奈は、速やかにスマホを取り出す。

 しかし、ツイスタとは……?

 

 青髪のプロデューサーは「マジですか……」と箱入り娘ぶりに呆れつつ、アプリのインストールはしなくていいと伝え、ツイスタの確認方法を伝授。

 

「あ、見れましたわ! えっとぉ……」

 

 『この前お仕事でご一緒した倉本千奈さん! めっちゃ可愛くて、めっちゃ善人だった! マジ光属性ウェーイ! これはもうファンになっちゃうぜー!』

 『自分たちの影が薄くて落ち込むべきなんだけど、なぜか元気が出ました。それもこれも倉本千奈さんと一緒にいると楽しかったせいだ! 倉本千奈、最高!』

 

「────……!」

「加えて、倉本千奈用のツイスタを作成済みなのですが……ある意味では恐ろしいことに、あなたが面と向かって話した人達と店達が、軒並みフォローしてるようなんですよね……」

「えっ……そ、それは、とても嬉しいことですわぁ……! ──ででで、でも! プロデューサー!? どうしてわたくしのツイスタ? を、勝手に作っておりますのー!?」

「単に、担当アイドルの知名度を上げるための策ですよ」

 

「スゴい、千奈……もうファンができたんだね」篠澤広は我が事のように喜ぶ。

「……あの、プロデューサー────」月村手毬が何かを言おうとした瞬間。

 

「月村さんはSNSを始めないでください。もし始めたら、かなり怒ります。さらに怒りが収まらないと思うので、激痛マッサージでお仕置きします」

「……………………」『マダナニモイッテナイジャン! アタッテルケドォ! オコラナイデェ! ゲキツウハ イヤァ!』

 

 約二十分程度の番組が終了する。

 青髪のプロデューサーは、まとめに入った。

 

「まず今回、評価できる点は────中盤から緊張が解けたこと。倉本家の看板を守るために覚悟を決めたところ。何も狙っていない自然体のノリツッコミ。出会う人すべてに好印象を与える魔性の女ぶり」

「ま、魔性の女……!? そそそ、そんなこと言われたのは初めてですわぁ……! でもでも、なんだかあまり言われたくない称号でもありますのよぉ……!?」

「そして悪い点は────最初に緊張しすぎ。人を見た目で判断して炎上しかけたこと。ほとんどのトークが面白くない。食レポは可もなく不可もなく」

「うぅ……課題ですわね……」

「さらに追加課題を出します。これから自虐ネタを増やしていきましょう」

「……え?」

 

 青髪のプロデューサーは理由を説明する。

 

「放送された番組では、ほとんどカットされていましたが……あなたは自分がアイドル候補生であることを明かすたび、自らの才能のなさを素直に打ち明けていました。それが結果的に、徐々に自信喪失へと繋がり、自らを下に置くネタとして機能させ、無意識に笑いを取ろうとしていました」

「……────」

 

 それを、あえて勧めろと?

 倉本千奈の心には、ほんのりとしたもやもやが生じる。しかし最下位であることは事実。それにプロデューサーがそのように言うのであれば、きっとそうした方が良いのだろうと、盲目的に信じていた。

 

(本当は自虐ネタはやめさせたいんだけどな……ま(・)だ(・)そ(・)の(・)時(・)で(・)は(・)な(・)い(・)……もっと自信をつけさせてからだ。それに爆弾の導火線は、ギリギリで消したほうが盛り上がる)

 

 最後に青髪のプロデューサーは、とても大事なことを質問した。

 

「倉本さん。────楽しかったですか?」

「……! ────はいっ! みなさん、本当に良い人ばかりで……! またお仕事、ご一緒したいですわ!」

 

 その後、倉本千奈はトーク番組に出演するたび──アルファに勧められたからというわけではないが──ついつい、たびたび、自分がいかにダメダメなアイドル候補生であることかを自信満々に自虐するようになったのは、また別のお話。そして青髪のプロデューサーは、そのたび陰で倉本家の翁から怒りを買っていた。が、現在進行形でアンチを増やしている倉本千奈と比べれば、たかがひとりの翁に怒られる程度、どうということはない。一個人の批判より、世界の批判のほうが遥かに怖い。それに耐え抜く倉本千奈は────その心の強さ故に、悪意の嵐の数倍ものファンを着実に獲得していくだろう。それもまた、これからのおはなし。

 

          §

 

 夕方近くのアルファ専用レッスン室。

 青髪のプロデューサーが指導する中、篠澤広と倉本千奈は長座位の前屈運動(ストレッチ)で硬すぎる関節をほぐし、月村手毬はダンスレッスンに精を出す。

 

「────いだだだだだだだだだ……! ぷ、プロデューサー……も、もっと……もっと押して……っ!」

「し、篠澤さん……! あ、あまり、いかがわしい声は、出さないでほしいのですわぁ……! いだだ!」

 

 青髪のプロデューサーは、篠澤広の背中を緩急つけて押しては引いてを繰り返す。

 

(こいつら関節が硬すぎる……岩石かよ……だがこれでも大分マシにはなってんだよなぁ……そろそろ形だけでもレッスン始めるか……?)

 

 青髪のプロデューサーは、わざとらしくつぶやく。

 

「そういえば、あと一週間ですね」

「っ────……? な、なにが……?」

「なにが、ですのぉ……?」

「……?」

 

 三人は気になって問いかける。

 

「来週の中間試験のことですよ。既に登録済みですから、張り切って挑んでくださいね」

『…………────────』

「あいだだだだだだだ……!」

 

 倉本千奈と月村手毬は後頭部がのけぞり、目を点にして硬直する。

 一方、相も変わらず篠澤広は激痛に声を発しつつ、なぜか驚く様子もなく、新情報を前にして恍惚とした苦痛の笑みを浮かべていた。

 

「ぷ、プロデューサー……わたし、選抜試験(セレクション)なんて、出られない、よ……?」

「なぜですか?」

「……だって、まだ、歌って、踊れない、から……」

「そうですか。なら歌って踊れるようになってください」

「……ふ、ふふ……ス(・)パ(・)ル(・)タ(・)、すぎて……わたし、死んじゃう、かも……」

「ク(・)ス(・)、と笑ってほしいですか? 私はどちらでも構いませんよ」

「スリーハンドレッドか……浪曼(ローマ)の敵か……どっちも、最後は、劇的に死んだ、ね……? ──きゅ~……」

 

 ぐるぐると目を回す篠澤広は気を失った。

 

「きゃあああ!? し、篠澤さぁあああああん!」

「よし、篠澤さんは休憩ですね。さぁほら、倉本さんはうろ覚えの歌詞と振り付けを覚える段階に入らないと。月村さんはパフォーマンスを磨くより、スタミナ作りを優先してください」

 

 しかし来週に中間試験とは、青髪のプロデューサーも無茶を言う。

 さすがにこれは月村手毬と倉本千奈もビビり散らかしていた。

 

「でも……プロデューサー……いいね。ちょっと見直したよ」『ドウシヨウゥウウウウウウ! ワタシマダスタミナ ツケレテナイトオモウゥゥゥゥゥゥ!』

「ややや、やっぱりムリですわぁ! わたくし、通常レッスンすらまともに受けられないのですのよぉ……!? う、受けた日には、次の日は筋肉痛でベッドから一度も起き上がれなくなるのです……! あれは、とても惨めな気持ちになりますのぉ……!」

「なに? いまさら弱音? うちのプロデューサーが意地悪で性悪で鬼畜で変態でスパルタで悪魔で鬼なのは、最初から分かっていたことでしょ。それともなに? 逃げるの?」

「っ……! に、逃げませんわぁ……! わたくしは、アイドルになるって、決めたんですもの……!」

「じゃあ早く実力つけろ。それでもできなかったらさっさとやめろ」『イッショニガンバロウネ! デモ アシヒッパッタラコロス! サビシクテ ナクヨ!』

「ひぃい……! 月村さんは、心の声もあまり変わらない時があるのですわぁ……!!」

 

 ふたりが漫才(かけあい)をしている間、青髪のプロデューサーは篠澤広の背中をマッサージしており、その心地よさとツボ押しによる疲労回復効果を受けた篠澤広は、突として覚醒する。

 

「────はっ……! 起きた……起こされた……いつもなら一時間は眠っているのに……プロデューサーが、わたしの熱いところをグリグリ押してくるから……すぐ、起こされちゃう……おかげで、すぐ、地獄の特訓が始まる……ふ、ふふ……」

「うっとりとした顔で、いかがわしい言い回しをしないでください」

「わたしも、したくてしているわけじゃない……プロデューサーが強引すぎるから、こういう表現しか思い浮かばない……責任、取ってほしい……」

「なんの責任ですか……」

 

 あからさまな好意に呆れかえることであしらう青髪のプロデューサーは、さっそくCDプレイヤーをかけて、自ら『初』を歌って踊る。それを参考にして、三人は歌って踊ってみる。やがて篠澤広がダウン、続いて倉本千奈がダウン。最後に生き残った月村手毬も、曲が終わる頃にはダウン。すると青髪のプロデューサーは、それぞれの問題点を指摘。課題を用意。そして自ら手とり足とり、腹式呼吸による発声練習、振り付けの指導、画角理解やファンサの仕方など、ありとあらゆる技術を的確に叩き込んでいく。さらに、それを効率よく吸収できるよう、三人を寝かせてマッサージ。心地よい睡眠を取らせて記憶定着を促す。やがて足裏マッサージの激痛でたたき起こし、ペースト料理で消費したカロリー分、栄養を摂らせて、肉体の小休憩、消化が進むマッサージをおこない、それも終われば脳休憩の雑談。やがて厳しいレッスンを再開した。つまり先ほどの繰り返しである。

 

          §

 

 夜遅くの女子寮に、満身創痍の篠澤広が帰宅する。

 篠澤広の帰りが遅いことに心配して、共用スペースで待っていた花海佑芽は、ボロボロの友人を見て何事かと驚いた。もしかしたら新しいプロデューサーにいじめられているのかもしれない! すぐに話を聞く。

 

 そして篠澤広は、毎日続くスパルタレッスンについて、次のように語っていた。

 

「あれは、そう……まるで地獄(レッスン)と天国(マッサージ)を反復横跳びするような、苦痛と快感……なにかイケナイモノに目覚めてしまいそうな……変な扉を開きそうな……時間だった……よ────きゅ~……」

「うぇ゛え゛え゛え゛え゛!? ひ、広ちゃんが倒れたー! 広ちゃん、起きてぇー! そんな……! 広ちゃああああああああああああああん!」

「────佑芽。部屋まで、連れてって、くれる……? もう、限界、何度超えたか、わからない……ふふ……」

「はっ! 生きてた! そしてニヤケ顔がちょっとえっち!! ──うん! お安い御用だよ!」

 

          §

 

 夜中。専門大学・敷地内。プロデューサー科寮。

 オープン型の1LDK。ひとり暮らしには十分な広さを誇る室内。

 アルファは食卓にてレポートをまとめる。

 

〔篠澤広のレーダーチャート〕

 歌唱力:1→2 ダンス力:1→2 表現力:1→4

 親密度:1→4.5 運動能力:0→2 アイドルへの興味:2→3

 

〔月村手毬のレーダーチャート〕

 歌唱力:3→5 ダンス力:2→5 表現力:2→4

 親密度:1→4.5 スタミナ:2→5 トラウマ克服度:0→1

 

〔倉本千奈のレーダーチャート〕

 歌唱力:1→1.5 ダンス力:1→3 表現力:1→1.5

 親密度:1→4 愛嬌人望:5→6  家柄:10

 

『篠澤広の筋肉の質:軽薄硬乏(けいはくこうぼう)=やはり超回復は見込めず。特別錬成で年単位の緩やかな成長曲線を想定中。薬剤を使えば急速成長も可能だが健康的にNO=命が懸かっているわけでもなし、そこまで焦る必要は皆無。そのため現在の身体能力で二曲披露できる程度のペース配分をイメトレで身につけてもらう=消費体力抑制技術の獲得・向上』

 

『月村手毬の筋肉の質:やや厚め=ハードレッスンどころかオーバートレーニングにも耐える逸材と判明。そんな才能は要らん。大怪我の素になるため錬成期間は絶対厳守してもらう。今まで回復期間にオバトレして大怪我しなかったのは賀陽燐羽と秦谷美鈴のおかげだろう。これからは超回復期間に限りウルトラハードレッスンを積んでもらう。言うこと聞かなかったら安全のため頚動脈締め(スリーパーホールド)必須。泣かせてでも回復期間のオバトレは止める。これらの理解を得てもらうためにも、あらゆるトレーニングに関する理論〔錬成前・錬成中・回復期・超回復期の違い〕〔回復期の錬成は必ず失敗する(オーバートレーニング)〕〔たとえ耐性があってもオバトレはやめろ極低確率でアイドル生命終わるぞ〕〔超回復期の錬成は必ず大成功する(スーパートレーニング)〕といった理論を解説する必要があるだろう』

 

『倉本千奈の筋肉の質:柔軟・持続的=ある日の筋トレや通常レッスンでは筋肉痛が二日ほど続いたが、ある日の朝の柔軟体操では“当日の午前中から翌日の就寝時まで”筋肉のリラックス状態が続いていた。前者は運動不足からくる筋肉痛のため普遍的だが、後者のリラックス状態は非常に珍しく稀少的な才能と言える。もしかしたら超回復の期間も長い可能性がある=成長性抜群(Aランク)。おそらく細胞に秘密があると見た。解剖して実験したい』

 

          §

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。