【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
時はさかのぼり。それはアルファが大学に入寮する前夜の出来事。
夜の街。居酒屋の奥座敷。長机の食卓に焼き鳥の皿が並ぶ。畳の上であぐらをかくアルファと283プロデューサーは、いつものようにオレンジジュースとお酒で乾杯していた。
他愛もない雑談。プロデューサーにとっては月に一回あるかないかの休憩時間。
いつもならアルファは、ワーカーホリック気味のプロデューサーを休ませるため仕事の話は出さないのだが。
今回ばかりは、尊敬する先達を相手に相談したいことがあった。
アルファは居住まいを正して「相談よろしいですか」と質問。プロデューサーは突然改まったことに目を丸くして、「もちろん」と応える。
「
「…………────」
プロデューサーはグラスを置く。
食卓の木目を見つめて、しばし熟考。
なぜそんなことを聞いてくるのかは問わない。きっとアルファくんのことだから深い事情があるのだろう。ならば自分は大人として、プロデューサーとして、何を恥ずかしがることもない、本心からの言葉を告げるまで。
「──……俺の場合は、
「その心は」
「アイドルとは偶像。偶像とはイメージ。イメージを育て上げるプロデューサーが、イメージを傷つけることをしていては……プロデューサー失格だ」
「なるほど完璧っすね。まさしく理想……それを体現できるから、そういうところが普通に最高にカッコいい」
「やめてくれ……ちょっと恥ずかしい……────俺だって、……揺れそうになる時はあるんだ……」
プロデューサーは酔っているのか。頬を赤らめて視線を逸らした。
「はは! これまた素直で! そういうところも好きですよ! ────子供は大人の背中を真似るものです。その信念、ありがたく見習わせていただきます。ご教授ありがとうございます……!」
アルファは正座。膝の上に手を置いて、深々と頭を下げ切った。
「……いったいどうしたんだ? そんなに改まって……」
「いや~! 実は大学に飛び級することが決まりまして~!」
破顔するアルファは後頭部を掻きながら報告する。
対するプロデューサーは目を見開いて我が事のように驚き喜んだ。
「え……! それは良かった……! どこの大学に……?」
「や~……ちょっと気恥ずかしいので、こちらの名刺をどうぞ! 先走って作っちゃったんすよ~!」
アルファは封筒を差し出す。その中に名刺が入っている。なぜ封筒の中に名刺を入れたのか。それはすぐに中身を見られないようにするためである。つまり時間稼ぎ。アルファはそそくさと席を立つ。
「じゃ、俺は会計を済ませてきまーす! 今晩は俺の奢りにしてくださーい!」
「えっ……!? ちょ、待って……うわわ……!」
追いかけようとしたプロデューサーは立ち上がろうとするなり、千鳥足で横によろめく。畳に手をついて倒れることは避けられた。
「結構酔ってますね~? 気をつけてくださーい!」
「あ……アルファくん……?」
アルファはレジで会計を済ませる。店員に会釈。玄関の戸の取っ手を引くと────眼前に人影。
「……おや」
「おっ、天井社長!」
天井努が入店する。ふたりは店内の端に移動して会話。
「もう帰るのか。遅れてすまない」
「いえいえ。こちらこそ忙しいのに誘ってしまって」
「……もしこれに懲りていないのであれば、また誘ってくれると嬉しい」
「はい! あ、それとプロデューサーさん、酔って転びそうになってたんで、ちょっと見てやってください!」
「……まったく、あいつは……承知した。任せてくれ」
「それでは、俺はこれで!」
アルファは会釈して店を出る。
何やら急ぎ足で退店したアルファの背中を見届けた天井努は、プロデューサーが待つ奥座敷に到着。
「プロデューサー」
「……! 社長!」
「だらしがないぞ。彼と何を話していたんだ?」
「えっ、そ、それは……す、すみません……! 男同士の、秘密にさせてください……」
「ほう? ……なるほど。彼も気恥ずかしそうにしていたな。つまり、その手の話か」
「し、社長……!?」
まさかバレているのか。
プロデューサーは戦々恐々とする。
「まぁ……気にはなるが、無粋なことはしない。心配するな。──ただし年長者として、これだけは確認させろ。お前たちに限って、まさかとは思うが……念のためだ。────もしや飲酒でもしたのか、とは思ってな……」
「そんな! 誓ってやっていませんよ!」
「そうだな。愚問だった。……ただし、匂いで酔う場合もあるだろう。ここは居酒屋だからな。酒気が充満している」
「……! たしかに……それは、配慮が足りていませんでした……」
「責めているわけではない。この居酒屋を指定したのは彼だろう。それに彼とお前とはづきで居酒屋をハシゴするのは、これで何度目かのことだ。つまり私が言いたいことは……酒の気に当てられるような子でもないのに、どうにもテンションが高かったな、と……」
それについては、プロデューサーから報告することがある。
封筒の中にある名刺を取り出して確認したのだ。
「あ……それはおそらく……この名刺が関係しているのでは、と……!」
「む。名刺……?」
「アルファくんから渡されたんです」
アルファの名刺。
そこには『初星学園 専門大学プロデューサー科 一年生』という肩書きに続き、本名が記されていた。
「……ほう……つまり、大学に飛び級できたのか……それは良かったな。しかし、なんとも数奇な運命だ……」
「はい!」
「つまり彼もまた、私やお前のような……、────ふっ……」
「……社長?」
「彼は、お前のことを高く買っている。故に、
「っ……!」
「おっと。私も酔ったようだ。詮索しないと言ったばかりなのに、な」
「…………プロデューサーとしての全てを伝えられたわけではありませんが……なんともアルファくんらしい質問が飛び出ましたよ」
「……そうか……だいたい察しがつく。────ああ、君、注文を頼みたいのだが」
天井努は、近くを通りかかったウェイトレスに酒瓶と焼き鳥を注文する。どれも渋い大人のチョイスだった。そして品を待つあいだ、物憂げにアルファを評価する。
「彼の精神は熟達している。が、それでも多感な時期であることに変わりはない。これから多くの欲望に直面するだろう。だが何があっても、健全で、身を持ち崩すことがない将来を願う」
「はい……俺も、同じ気持ちです」
§
それはアルファが第二の試験を合格した後日の出来事。
放課後の283
プロデューサーは28人の担当アイドルを招集して、今夏の大型
「みんな。資料の1ページ目を見てくれ。──今年の夏に283は、アイドル養成校の初星学園とコラボすることに決まった。いわゆる“対バン”だ。俺たちは初星学園を盛り上げるため、アイドル科の生徒と
『……!!』
「他校のイベントに参加する企画は、イルミネや放クラが経験豊富だろう。だが今回は、他校のアイドルとの共演だ。しかも
『────はいっ!!』
「さて、もうひとつ面白そうな話があるんだが……学園長の十王邦夫氏の提案で、夏のイベントが終わるまでの間、283のアイドルが
────いつでも遊びに来てネ! きっとお互い、良い刺激になるはずじゃ!
「────という、学園長の御好意として受け取ってくれ。もちろん学業や仕事で忙しく、せっかくの休日に初星学園へ足を運ぶというのも、なかなか難しいかもしれないが……先方との親睦を深めるためにも、最低一回は足を運んでくれると……何を隠そう、
『了解────!!』
「はは。みんな頼もしいな! さっそく各自のリスケ表を配ろう。修正や相談などがあれば、すぐに俺やはづきさんに報告してくれ。──それじゃあみんな、夏前の『ICF』……『アイドル・コラボ・フェスティバル』に向けて、いっしょに頑張ろう……!!」
『────オー!!』
283のアイドル達はリスケ表と資料を読み込む。見比べてスケジュールを調整。報告と相談。
その中でアイドル達は、資料末端の『注意事項』に記されていた、とある文言を見つけて訝しむ。
それは────『初星学園でアルファくんを見かけても、天道唯我であることは秘密にすること』というものだった。
なぜ初星学園の企画書で、アルファの名前が出てくるのか?
それについてプロデューサーが説明する。
「ああ……実はアルファくん、初星学園に通っているんだ」
『────!?』
「果穂は……たぶんこのこと、知ってたよな?」
「はいっ! でも……あたしたち283が、その初星学園とコラボすることになったのは全然知らなかったです……! びっくりですーっ!!」
「はは! 俺もだよ! ……というのもこの大型企画は、アルファくんが
『────??!?!!?!?!?!?』
「でも、男性トップアイドルの天道唯我が、女性アイドル科の学園に
『────!!!』
色々と聞きたいことは山ほどあるが。すべきことは承知した。
諸々のことは、あとで小宮果穂かプロデューサーに訊けばいい。
最後にプロデューサーは微笑んで、心底嬉しそうにつぶやいた。
「初星学園の
§
それは青髪のプロデューサーが、篠澤広・月村手毬と倉本千奈をスカウトした翌日以降。
すなわち第一週・中頃の出来事。
初星学園の1年2組では、花海佑芽・篠澤広・倉本千奈の三人組が談笑していた。
やがて話題は、プロデューサーに関する話に切り替わる。
「えー! ふたりとも、プロデューサーさんできたのー!? ぐぬぬぅ……あたしだけ遅れてる……ぐぅーやーじぃーいー!!」
「うん。仕方ない。わたしたちが先を行った」
「ですが安心してはいられませんわ……来週末にオーディションがあるのですけど、その結果次第では契約解除されてしまう恐れがありますの……」
「えぇぇぇ!? スカウトされたのに……?」
「そうみたい」
「ですが……わたくしを契約解除してしまうと、お祖父さまによって、あのお方はプロデューサーをクビになるどころか、初星学園からの退学も考えられますわ……」
「え、そうなの!? なんか大変なことになってない!?」
「でもプロデューサーは、退学なんて気にしてなさそう、だね」
「そうなんですの! 豪傑というか、恐れ知らずというか、なんと言いますか……いかに巨大な権力を前にしても、自分の信念は絶対に曲げない気骨のあるお方だと拝見しましたわ……よって、わたくしのことも余裕で切り捨てる可能性があり……内心、戦々恐々としていますの……」
「わぁ……なんかスゴそうな人なんだねぇ……普通なら退学されたくないから、断れなさそうだけど……」
「わたしのプロデューサーは、ロックンローラー。もし倉本グループになにかされたら、そのままベースギターを千奈のおじいちゃんの頭に振り下ろすタイプ。その上で目的を達成する、バケットホイールエクスカベーターみたいなひと。だからクビとかは気にしなくて大丈夫」
「全然大丈夫じゃありませんのよー!? それはどう考えても
「本当にスゴそうなプロデューサーさんなんだね……ところで広ちゃん。なんとかベーターってなに?」
「世界一大きな重機。この学園が駐車場になるくらい大きい」
「それは本当に大きすぎますわ!? この学園に収まらない殿方という意味であれば、納得のたとえですの……」
「そんなにスゴいプロデューサーさんなの!? いいなぁ、いいなぁ! あたしは絶対お姉ちゃんに勝たなきゃいけないから……ふたりのことを担当するなら、あたしのこともプロデュースしてほしいよぉ~!!」
それについて篠澤広が首を否と振る。
「たぶん佑芽はスカウトされない。才能があるから」
「なんでよー! やっぱりおかしいよ、ふたりのプロデューサーさんはぁー! なんで才能があるとスカウトしてくれないのさー!」
「で、ですが……篠澤さん。才能のある子はスカウトしないというのであれば、月村さんをスカウトされていたのは、どういう……?」
倉本千奈は当然の疑問を口にする。
篠澤広は、なぜか自信満々に答えた。
「それは、プロデューサーとしての評価を上げるためだと思う。手毬をプロデュースすれば実績を積むことができる。つまり、わたしのことは、遊び、だね……」
「うぇぇええええええ!?」
「そ、そんなことは……! い、いえ……あるかも、しれませんわ……なぜなら道理が通っていますもの……!」
「ふふ……プロデューサーにとって、わたしは、遊びの女……二番目、補欠、イロモノ、ペット……」
「だから、なんでそれで喜んでるのー!?」
「わたくし、まだまだ篠澤さんのことが、よく分からない時がありますわぁ……」
ドン引きする花海佑芽と倉本千奈。
対する篠澤広は、ふと真顔に戻ってアドバイスする。
「でも、佑芽。プロデューサーはスカウトしないけど、プロデュースしないとは言ってない」
「……えっ!? そ、それって、つまり……」
「アタックすれば……もしかしたら、いけるかも……?」
「ほ、ほんとぉ!?」
「たぶん。プロデューサーは優しい。押しにも弱い。困ってる人は放っておけないタイプ」
「……────で、でも! いいの? 広ちゃんと千奈ちゃんのプロデューサーを取る気はないけど……もしあたしが入ると、そのぶんプロデューサーさんが大変になっちゃって、ふたりの交流とかが減っちゃうんじゃ……」
「それは佑芽が気にすることじゃない。文句があればプロデューサーに言えばいいだけ。担当アイドルの幸福度を保つのがプロデューサーの仕事だって、プロデューサー、言ってたから」
「そ、そうなんだ……つまり、アイドルはわがままでいいってこと? よ、よーし! それならやっちゃうぞー! アタックしちゃうからねー!?」
「佑芽、頑張って。プロデューサーは、強敵だよ?」
§
一方その頃。
初星学園・中庭。
青髪のプロデューサーは、木陰のベンチで涼みながらタブレットを操作して調べ物をしていた。
そこへ、ひとりの少女がズンズンと近づき、ベンチに座る男の目の前で仁王立ちをかまし、指さした。
「?」
「ようやく見つけた……あなたね! わたしの完璧な、トップアイドル養成ご飯を改良した不届き者は────!」
「……もしや、
「そうよ! 妹から聞いたの! 佑芽の友達からの又聞きだけど、あたしの完璧なトップアイドル養成ご飯を味変したって!」
「ええ。そうですが────」
アルファは、資料に載っていた事柄を実践する。
それは、褒めちぎることだ。
「────お会いできて光栄です。あの完璧で素晴らしいお弁当の製作者を、こうしてお目にかかれるとは……感激です」
「へっ!? な、なによもう! 急にそんな~……」
「やはりちょろい。そこも可愛すぎて素晴らしい」
「ちょ、やめなさいよぉ……! も、もう~!」
(頭おかしいのでは?)
「ま、まぁでも、それくらい、あるけどね~? えへへぇ~!」
花海咲季は褒められることに慣れていないのか、あっという間に陥落した。
「しかしお言葉ですが、特許を取ったほうがよろしいかと。こちらで手配しますか? そうすれば学園で販売して普及できますよ」
「え~? でも販売はしないわ。無料でいいの」
「そうですか。しかしこれはお金を払う価値がある。あなたには元を取ってもらい、もっと普及に努めてもらわねば。故にこちらから特許料を支払います。さ、この契約書にサインを。かようなお弁当を作ることができる最強で可愛いあなたならば、もっと自信を持ってトップアイドル養成ご飯を押し出すべきです」
「そ、そんなに褒めても何も出ないわよー! えっと、これに名前を書けばいいのね? ……で、これなんの契約書なの?」
「書いたあとにそれを訊くのはやめたほうがよろしいかと……。──こちら、我が社の名刺です。三年後に海外で起業する予定でして、世界中の子供の福祉を整える仕事を進めています。そこで花海咲季さんのお弁当が、飢餓を救うひと品になると確信しまして。というわけで世界中の子供達に広めてやりましょう。花海咲季というヒーローのお弁当を」
花海咲季は名刺をもらい、目をぱちくりとさせる。
青髪のプロデューサーの表情は真剣そのもの。冗談を言っている気配はない。
「あなた、そんなにスゴいことをしてるのね……尊敬するわ。もちろん応援するわよ!」
「ありがとうございます。そこで、応援してくださるなら、どうか……」
「ええ。妹は『おいしい』って言ってくれるんだけどね……なぜか周囲には不評で……たしかに子供にとって味や食べやすさは大切よ……だから、許可するわ! 世界中の子供達を救うために、わたしのトップアイドル養成ご飯が必要なら────どんどん味変しなさい! 気兼ねなく改良してもよし! それに……」
花海咲季はもじもじとする。
「実は、あなたの改良型トップアイドル養成ご飯……わたしも味見させてもらったのよね……悔しいけど、めっちゃ激辛で、そして私が作るより、とても美味しくなってたわ……」
「それは元の素材が良かったからです。あなたなくして改良はなかった。改めて感謝します。かような素晴らしいお弁当を作ってくださり、誠にありがとうございます。この出会いは運命と言っても決して過言ではない」
「ちょ、そろそろ頭を上げなさいよ~! そんなに褒めても、これ以上は何も出ないんだからね~? それに契約書を書いたから、これからビジネスパートナーとやらになるんでしょ? それなら気楽に行きましょうよ!」
「あなたが、それを望むのであれば」
アルファは頭を上げる。青髪のプロデューサーとしての態度に戻る。
すると花海咲季は居住まいを正し、再びポーズを決めて指さした。
「こほん。さて、それとは別にわたし、あなたに宣戦布告しに来たのよね」
「……というと?」
「わたしのプロデューサーと妹から聞いたわ。どうやらあなたとはライバルになりそうね!」
「はい? それはどういう────」
「ライバルに情報は与えないわ! 知りたいなら自分で調べなさい! プロデューサー!」
花海咲季は肩に風を切って立ち去る。
(去ってしまった……ふむ。もしかして────)
青髪のプロデューサーは考察する。
もしや
§
正午。
初星学園・共用食堂。
青髪のプロデューサーは、基本的に学食を使わない。常に節約のため自炊している。そのため今日も昼食のお弁当を持ってきていた。
しかし食堂には多くの人が集う。男女関係や企業的な意味でも、運命的な出会いがあるかもしれない。一生徒として他生徒との交流のためにも、食堂に訪れる意義はある。
(……おや?)
青髪のプロデューサーは、壁に貼られたチラシを発見する。それはロボットアニメ『シルヴェスタ』のメイン機が描かれた
(かなり熱心に見つめてるな……お仲間かな?)
青髪のプロデューサーは、陽気に声をかける。
「あの、すみません。あなたも好きなんですか? シルヴェスタ」
「────ふぇ?」
白髪の少女は『シルヴェスタ』という単語に耳をピクリと反応させて横を向く。
そこには長身の男性。目と目が合う。頭の中は真っ白。やがて事態に気づく。
「……──っ!? え……えぇぇっ!?」
「おや。違いましたか?」
「っ! い、いえ……! あああ、は、はい! あ、えっと、あなたも……!?」
「はい。ヒーロー系の次ですが、メカ系やロボ系も好きでして」
「~~~~っ! あのっ! す、少し……お時間、ありますでしょうかぁ!?」
「おやおや。ちょうど休憩を取ろうとしていたので、時間が来るまで語り明かしましょうか。お行儀は悪くなりますが、お昼を食べながらでもよろしいです?」
「はい! その、わたしも、ちょうどお昼、なので……こちらこそ、すみません!」
「いえいえ。ところで、おすすめの昼食はありますか?」
「あ、それなら────」
青髪のプロデューサーは、白髪の少女が頼んだ品物と同じものを注文した。それは親睦を深めるためのミラーリング技術である。
それからふたりは────
登場人物のカッコよさ。ロボのカッコよさ。
超機甲戦士シルヴェスタの良さについて、大いに語り合う。
自然と笑みがこぼれる談笑。
気づけば時間は過ぎていき、昼休み終了の予鈴が鳴る。
「────はっ! もう授業が……!」
「おっと。俺としたことが夢中に。申し訳ございません」
「い、いえ……! わたしが、ちゃんと時計を見ていなかったから……! それに、走れば間に合いますし……そ、そちらは、大丈夫ですか!?」
「ええ。余裕を持って行動しておりますので、特に問題は」
「!」(大人だぁ……)「あの、それでは最後に! 何者か、お聞きしても……!?」
「プロデューサー科の────と申します。あだ名をアルファ。どうぞ気軽にアルファと呼んでください」
「……! あ、わ、わたしは……
「はい。つまり友達ですね? もちろんですとも。学校で趣味の友達ができるのは非常にありがたい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「っ~~! あ、ありがとうございます────!」
「さ、お互い、先を急ぎましょう」
「あ、はい! そうですね……! ではまた!」
「はい、また会いましょう」
§
一方その頃。ほんの少し時は遡り。
昼休みの168事務所。
早めの昼食を済ませた花海佑芽は、倉本千奈と篠澤広に案内されて事務所にお邪魔していた。目的は二つある。ひとつは青髪のプロデューサーを捜してアタックするため。もうひとつは事務所というものをひと目見ておきたかった好奇心から。
「おっじゃまっしまーす!」
「か、勝手にお客を迎えても良かったのでしょうか……?」
「大丈夫。このくらいなら許してくれる、はず」
「えー! もし許されなかったらどうしよう……?」
「い、一緒に謝りましょう……!」
「きゅるんとすれば、許される」
なぞの自信を持つ篠澤広。
事務所にあるものを一つずつ紹介していく倉本千奈。
紹介されながら探索する花海佑芽は、教室奥のデスクを見つけてあっと驚く。
そこは青髪のプロデューサーの机周り。ただの教室机が改造されて、快適な仕事環境を構築している。教室椅子の着座面も硬い木の板ではなく、柔らかいクッションマットを敷いていた。
「おぉ! なんか今すぐ座りたいものがそこにある!」
「そこは、プロデューサーがDIYで進化させた仕事場所。いつもそこに座ってパソコンをカタカタ言わせてる」
「わたくしたちのために、ソファも作ってくれる予定なんですのよ! いつも棚の中にお茶菓子を入れてくれていますし、至れり尽くせりですわぁ……!」
「え゛ぇ゛ー! いいなぁ~……! ──……あ、あたしも……たまに遊びに来て、いい……?」
「もちろん。佑芽は友達だから」
「で、ですが、一応ここは仕事場所ですわ!? 公私は切り分けませんと……」
「うっ……そうかぁ……そうだよねぇ……じゃあ、より一層、プロデューサーさんへのアタックを成功させる必要が出てきたね! だってあたし、広ちゃんと千奈ちゃんと、この事務所でゆっくりくつろぎたいもん!」
「うん」
「わ、わたくしだって、同じ気持ちですわ! プロデューサーへの説得は、わたくしたちも協力しますのよ!」
ふと花海佑芽は、デスク横のコルクボードに貼られた小さなカレンダーを目にする。各日付にはびっしりと『赤文字のA』と『青文字のP』という色付きアルファベットが記されていた。
「? なんだろう、これ……?」
「それは、わたしも気になってた。訊いてもはぐらかされる」
「ふ、ふたりとも! 人の予定帳を、そんなまじまじと覗き見するものではありませんわー!?」
「でもこれみよがしに貼ってあるよ?」
「これは見ろと言っているようなもの」
「だ、だとしても、だからって……!」
「千奈ちゃんは気にならない? 赤文字のA……青文字のP……う~ん……」
「なぞとき? わたしもやってみよう。…………────────」
「篠澤さん、スゴい集中力ですの……!! 花海さんも考え込んでしまって……わ、わたくしだけ仲間はずれにしないでくださいましーっ!!」
三人は頭を悩ませる。
倉本千奈は、ちんぷんかんぷん。
篠澤広は、Aとは
(プロデューサーには……四つの顔がある……?
篠澤広の所感は近い。答えは“アルファの顔”“プロデューサーの顔”“天道唯我の顔”“社長の顔”である。
一方、花海佑芽は────とんでもない考察をしていた。
(A……Aといえば……────こ、“恋のABC”……っ!? ハッ────! ま、まさか、じゃあ……! Pは────“プレイ”の、Pぃ……っ!? そそそ、そんなことぉ……!! い、いや! だって、広ちゃんたちのプロデューサーさんは、大学生だしっ!! 大学生の休日って、なんかすごく優雅そうだしっ!? それに青髪のプロデューサーさんはイケメンさんだから、恋人のひとりやふたりくらいはいるのかも……! は、はわわ……!! み、
花海佑芽は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「広ちゃんと千奈ちゃんのプロデューサーさん! えっちすぎるよぉおおおおおおおお────っ!!」
「──……??」
「はい……っ!? は、花海さん、いきなり何を……っ!?」
「ハッ……! ご、ごめん! なんでもない……!! い、今のは忘れてぇ……!!」
「……ダメ。忘れない。佑芽、いま考えていたことを詳しく説明してほしい」
「し、篠澤さんが、急に積極的ですのぉ……!?」
「うぅ……! 広ちゃんが意地悪だよぉ……!」
「時に奇想天外な発想が真実に近い時もある。わたしは杓子定規的な考え方が多い。別の視野を得るためにも、佑芽の自由な発想を参考にしたい。だから、話して」
その時、事務所に入るかどうか迷っていた青髪のプロデューサーが、意を決して戸をガラガラと開く。
(頭の中、真っピンクかよ……)「風評被害はそこまでにしていただきましょう」
「うひゃあ!? ぷ、プロデューサーさん……!! ごごごごご、ごめんなさーい……!」
「見つかっちゃった。勝手に佑芽を連れてきたこと、怒る?」
「あ、あの! お叱りなら、わたくしにも……! しかし訳がありまして……花海さんの、プロデュースを、その……!」
「……そう怖がらずともよろしいです。特になんとも思っていませんよ。強いて言えば多少なりとも呆れていますが、女子高生の戯れと考えれば可愛いものです。そして花海佑芽さん。もしよろしければ、ゆっくりしてください。と言っても今は、もう昼休みが終わります。そろそろ教室に行かないと遅刻しますよ」
「えっ! あ、もうこんな時間……!」
「謎解きに夢中になってた、ね?」
「で、では! また改めてぇ~!」
三人組は会釈すると、ドタドタと事務所を後にした。
「……さて、担当アイドルの居心地を良くするためにも、DIYの続きをするか……客が来るなら、そろそろ倉庫の中のものを全部出して片付けて、どこかに客室を設けないとな……やっぱ理想は283事務所みたいなアットホーム感だよな。ふぅ! やることがたくさんで楽しいぜ!」
青髪のプロデューサーは、掃除用具一式と工具箱、裁縫道具や
§
それはアルファが初星学園で一週間を過ごした後の休日。すなわち第一週・週末の出来事。
未明早朝。電車に揺られて数十分。
道中で
「ただいま~」
すると眼前に────
「お……おかえりなさい、アルファさんっ……!」
────エプロン姿の小宮果穂が
「──……果穂……出迎えてくれたのか?」
「はいっ!」
「……そうか。ありがとよ。……ただいま」
アルファは目を伏せて
そのことをよくよく心得ている小宮果穂は、せっかく出迎えたのに寂しげな顔をされても、変な方向に誤解しない。正直者で、恥ずかしがり屋で、幸福に慣れていない、ありのままのアルファを受け入れる。
「はい! それで、アルファさん……! ──おかえりのぉ……ハグですっ!」
§
アルファ邸リビング。廊下側から歩いてきたアルファは、抱きついてくる小宮果穂の足が地面に着かなくなるまで抱き上げてソファベッドまで持っていく。
「わぁぁ……!」
「さーて……腹がぺこぺこで朝飯を食べたいんだが、
「っ……!?」
アルファは、小宮果穂の服の上から、豊満な部分にかぶりつこうとする刹那────重大な矛盾に気がついた。
(────っッ!!?)
「……? アルファさん……?」
アルファは硬直する。我ながら面倒な人間だと思い悩む。
プロデューサーになるにあたり、尊敬する283プロデューサーを見習った
「果穂……お前さ、
「え? はい、そうですけど……?」
「…………」
「……?」
「……────よし、決めた。俺、あと一年で大学卒業する」
「!?」
いきなり何を言い出すのか。
小宮果穂は混乱する。
「正直、大学一年の教科は簡単すぎた。二年の単位取得も楽勝だ。三年からちと難易度は上がるがそれでもイージー。四年の教科はノーマルモード。単位の取得数も、プロデュース業を除けば……」
────アルファの脳内で、カシャンカシャンとレジスターのような音が鳴る。
概算完了。
「……よし、いける。あと一年で
「────??」
小宮果穂は首をひねる。
いったいなんの話をしているのか。単位とは、たまに兄がボヤいている大学関連の単語だろうか。
「フゥ……それまで生殺しかぁ……ある意味、地獄だな……」
「……あの、アルファさん……?」
「果穂。実はな────?」
アルファは、先週の居酒屋でプロデューサーと話したことを説明する。
要するにプロデューサーは、アイドルに手を出してはならない。そのような信条を貫きたい。
「────というわけなんだ。これは誰にも話しちゃダメだぞ。お前にだから話すんだからな」
「──……! プロデューサーさんは、やっぱりカッコいいですーっ! それって『信念』を貫いてるってことですよねっ!?」
「ああ。ほんとになー。プロデューサーさんのことを好きなアイドルがいたとしたら、そういうところがアレかもしれないけど、そういうところが好きだと思うんだ」
「はい! それじゃあ、アルファさんも……カッコいいプロデューサーさんみたいに……!?」
「そうなるなぁ……抱けないんだよなぁ……キスもできない。ハグは……さっきしちまったけど、普通にアウトか……嗚呼、生殺しだ、地獄だ……性欲旺盛たる俺からしたら、生ぬるい地獄だぁ……」
もうだめだ、おしまいだ。
そのようにアルファは顔を覆ってうなだれる。
一方の小宮果穂は、それについては可哀想に思うものの……それはそれとして思うところもあった。
そこまでプラトニックというわけでもないのだが、アルファは会うたびエッチなことをしてくるため、その反動で
「ぐうう……」
「……でも、あたしも……しばらくアルファさんと、ハグもキスできないのは……いやです……」
アルファと小宮果穂はソファに並んで座り、しゅんとする。
「……だからこそ、速攻で飛び級で卒業してくる……ぶっちゃけ期待してた勉強に関しては、やることの九割が単位を埋めるだけの作業だった。つまり全部簡単すぎたんだ。それが少しばかり不満だが、まぁ残り一割が勉強できるなら大学に通った意味もある。──それに思わぬ収穫として篠澤さんがいるし、海外の大学はレベルが高いはずだ。薬学系の勉強さえ教えてもらえば、初星学園に通った甲斐もあるというもの」
「────しのさわ、さん?」
小宮果穂が爆速で反応する。
しっとりとした妬み嫉みの感情を受け取ったアルファは、冷や汗を流して呆れ笑い。
「俺の担当アイドルだよ。月村さんと組ませてユニットを発足させる。ほかにも倉本さんという人を担当することになってな。……聞きたくないなら、俺の仕事に関して、これ以上は話さない」
「…………」
小宮果穂はうつむいてもじもじとする。
「……その人たちは、かわいい、ですか?」
「そりゃあな。アイドルを志すくらいだ。外見には自信あるだろ」
「…………あ、あたし────より?」
小宮果穂は無意識に、小首をかしげて上目遣い。
それは偶然にも、女の子が一番可愛く見える画角だった。
「──美の基準は人それぞれだが、少なくとも俺は────果穂の全部が、最っ高に可愛く見えるし、悶えるくらいに可愛いと思ってる」
「っ……」
久しぶりにアルファから、まっすぐと瞳を見据えられて真剣に褒められた。
思わず小宮果穂は、ほにゃっとほっぺが落ちかけて視線を逸らしてしまい、頬を赤らめる。膝の間に挟んだ両手の指先を合わせて、今の心境のようにこんがらがる。自分の膝同士をこすり合わせて羞恥をこらえる。押し倒してしまいそうになる心地を抑える。そんなことをしてしまったら、すぐに反撃されて襲われてしまう。
「はは! ……しっかし、夏までアイドルを抱くのは我慢か……我慢できるかな? 我ながら、たぶん我慢できねえと思うんだけど……」
「っ! が────がまん、してくださいっ!!」
「善処したくないけど善処します」
「むぅ……! それ、たぶん、しないやつですーっ!」
小宮果穂は頬をぷっくりと膨らませてカンカンに怒る。
それはそれとして、アルファは
「なぁ果穂。ご禁制を敷いた俺だが、それを解禁した夜の俺は……たぶん、ハチャメチャにスゴいぞ?」
「……? ────っ……?」
最初はどういう意味かよく分からなかった小宮果穂は、まさかと思い、アホ毛がピンと
「な、なんだか、あたし……
「天国と地獄の反復横跳びだな! 果穂ひとりじゃ受け止めきれねえよ。せめて果穂含めて九人くらいは居ないと、俺は満足できないと思う」
「っ……!!? あ、あたしだけで、全部……受け止めてみせますっ!」
「短くて三日三晩ぶっ通し、長くて
「っっ……そ、それでも、それでもですっ!! ほかの女の人となんて、いやです……っ!!」
「はは。さてどうかな? 精根尽き果てて、ほかの女に押し付ける未来が見える見える。……ま、いずれにせよ、溜まってる時にヤルことがあったら────
小宮果穂は眉をしかめて目を見張り、口をあんぐりと開けてドン引きする。
「いつも……
「ああ。とにかく壊さないように、大切にやさしく……めっちゃくちゃに頑張ってたんだぜ? 知らなかっただろうけどな」
「…………」
ソファベッドの上で、食卓のとなりで、壁の前で、リビングの真ん中で、廊下の途中で、玄関口で、洗面台の鏡の前で、お風呂の中でシャワー浴びながら、浴槽に浸かりながら、水中で溺れそうになりながら……トイレは唯一の駆け込み休憩場所で、台所とヒーロー部屋と和室は汚くなるため入ってはいけない。
股間を
お尻を
激しく
巨根で
なおも何かに
限界まで
嫌になるくらい
自分でもわけがわからなくなるくらいメロメロになって
(あ、あれが……やさしい、ほうだった、の……?)
小宮果穂は頬を染めて震え上がる。アルファをライバルとするからには負けるわけにいかないが、やはり戦々恐々。
(……果穂のやつ、なかなかエロいこと考えるようになったな……)
一方、少女の赤面からその思考を読んでいたアルファは、なんとも気まずい心地となっていた。
沈黙。静寂。
気まずい雰囲気。
えっちな空気になると困る。小宮果穂は話題を変えた。
「あ、あの! ところで、あたし、夏休みに────」
「ああ。初星学園とのコラボだろ? 果穂のリスケを聞かせてくれ。調整したい」
「はい! ちゃんとメモを取ってきたんですよ! それを見て説明しますねっ! えーっとぉ、まずはぁ────」
§
それは青髪のプロデューサーが、二回目のオーディションを済ませて三人の担当アイドルを得た翌日以降。
すなわち第二週・中頃の出来事。
放課後の168事務所。青髪のプロデューサーによって整理整頓された内装は次の通り。
┌──窓┬─窓─~~─窓─┐
│倉庫 │TV 台所冷蔵庫 机│
│倉庫 ┃ │
│倉庫 │ソ 席机席 段│
│倉庫 │フ 席机席 箱│
│倉庫 │ァ 席机席 段│
│ベッド │棚 箱│
│ │棚 │
│衣装室│棚 ソファ │
│更衣室│棚 座卓 WB│
│仕切り│棚 ソファ │
└─━─┴──────━━┘
教室に入ってすぐの
隣室の倉庫に入らず並べ置かれた段ボール箱。その上には黒板がある。各アイドルが書いたと思しき標語や落書きなどが散見される中、明らかに青髪のプロデューサーが書いたと思しき『
教室に入って左側にある座卓とソファは客間となる空間で、アイドルが談笑する場所でもある。
天井まで届く大きな棚の羅列。まだ左端の棚しか満タンになっていないが、これから仕事していくことで、どんどん中身が充実していくことが期待される。それは活躍の証拠である。
教室奥のテレビ台と大画面テレビと観葉植物。となりには、水道工事をして増築した台所と電子レンジ。たくさん入る大型冷蔵庫もあり、下部は冷凍庫となっている。たまに青髪のプロデューサーが、そこで調理をしている場面が目撃できる。ちなみに安全面のためガスは未使用であり、高性能IHのみが設置されている。また、窓から陽射しが入ると電子レンジや冷蔵庫が故障する恐れがあるため、中央の窓は白いレースのカーテンで閉め切られていた。
隣室は完全な倉庫となっているが、申し訳程度の仮眠室も設けられている。誰が使うのかと思えば、レッスン後の篠澤広と倉本千奈が、ジャージから私服に着替える前にぶっ倒れる場所として使われていた。
衣装室は、まだ空っぽ。これから持ち歌や習得する曲数と共に増えていくのだろう。
更衣室は仕切りに囲まれているため、安心して着替えることができる。
教室中央の長机とパイプ椅子は、大きな企画書やポスターを広げて、主に
かくして168事務所の教室は、とても居心地の良いアットホーム感のある職場となっていた。
『──~~……』
ソファで談笑する篠澤広と倉本千奈。
やがて月村手毬が事務所に入ってくる。腕を組んでおり、見るからに威嚇五秒前。何やら不機嫌そうだ。
「──ねえ。ちょっと聞いてよ。プロデューサー。ほかの奴も」
『……?』
青髪のプロデューサーは回転椅子を蹴り回し、デスクから出入り口に体を向ける。
「さて、今日はどうしたんですか?」
「同じクラスの咲季って奴に聞いたの。
「うん」
「私、バカじゃないから分かるの。いま私の肩に乗ってる、この“てまりインコ”……
月村手毬はじろりと見やる。
見つめられた青髪のプロデューサーは席を立った。スタスタと月村手毬に近づいていく。
「っ……!!?」(な、なに!? なんで無言で近づいてくるの……?! や、やっぱり、私の考えてた通りなんだ! 図星突かれて怒ってるんだ! みんなで私を騙して……!! この“てまりインコ”は、やっぱりプロデューサーが話して────)
怯える月村手毬の横をスっと通り抜けた青髪のプロデューサーは事務所を出ていく。
「────へ?」
混乱。
すかさず篠澤広がうなずいた。
「なるほど。プロデューサーが居ないところで喋れば疑いは晴れる」
「……! だ、だからって……私、まだ何も言ってないんだけど……?!」
「プロデューサーは判断が早い。思考瞬発力が高いから。あと、手毬をびっくりさせたかったのもある、と思う」
「っ……! こ、こけにして……!!」『セガタカイカラッテ コワガルトオモッテンノカ! ジッサイ コワイヨ!!』「きゃああ! し、しゃべった……!?」
月村手毬は目を見張って硬直。
篠澤広が理由を考察する。
「この前、インコくんはシャイだって言ったはず。きっとまだ恥ずかしくて、
「……!」(え……そういう、ことだったんだ……)
「それに、わたしは見てた。この前てまり、更衣室にインコくんを連れ込んでた。たぶん一回や二回じゃない。だから親密度が上がらなかったんだと思う。このままだと、インコくんに嫌われちゃう、よ?」
「は? たかが機械に嫌われたからってなんなの? 機械に感情とかないから。あなた頭良いんだから、もっと常識的に物を言ったらどうなの?」(え! やだ! きらわれたくない~……!!)『キライニナラナイデェエエエエエ!!』
「────っ……」
その時、つい倉本千奈が、こらえきれず吹き出した。
「!!?」
月村手毬は、わかりやすくショックを受けて愕然と佇む。
倉本千奈は、慌てて取り繕った。
「あ、えっと……! ご、ごめんなさいですの……! 月村さん、怖い方だと思い込んでいたのですが……お可愛いところもあるのだと、改めて好印象を抱きまして……!」
「っ────か、かわいくないしっ! 私、クールだから。どっちかっていうとカッコいいが正解なんじゃないの?」『ンナワケネェダロ! ゴルァ!!』「ひいぃ……!? い、インコくん、急にどうしたの……!?」
すぐさま篠澤広が補足する。
「インコくんにも自我がある。だから言いたいことができたら容赦なく言うこともある」
「な、なんで容赦がないわけ……!? 私はインコくんのご主人様なんだけど!?」
「主従関係は設定していないはず……それと容赦がないのは、たぶん……────飼い主は、ペットに似るから?」
「──っ?!?」
インコくんの辛口を直したいなら、
しかし篠澤広は、この場にいない青髪のプロデューサーに代わり、伝言する。
「でもプロデューサー。手毬のそういうところは、そのままでいいって言ってた」
「っ……!! ど、どうして……?」(だって、私のこれのせいで……傷つく人もいるかもなのに……)
「なぜなら、面白いから」
「!?」
篠澤広はサムズアップ。
月村手毬はプルプルと震えて叫んだ。
「か────からかわないで! 人を笑いものにして……! 残酷な奴ら!!」『デモ ワタシノタメニ コンナ カワイイコヲ ツクッテクレテ アリガトネ!!』「っ……!! じゃ、もう私、帰るから!
「またね」
月村手毬は事務所を去る。
しばらくすると、入れ替わりに青髪のプロデューサーが戻ってきた。
「ただいまー」
「まあ……プロデューサーさん。いったいどこへ……?」
「お手洗いです。それはそれとして、月村さんは?」
「それなら先ほど、怒って帰ってしまわれましたわ……」
§
翌日。
放課後の168事務所。
「──プロデューサーぁ……助けてぇ~! インコくんがぁ……! ぐすっ……」
情けない悲鳴とともに、月村手毬が事務所に飛び込んでくる。
青髪のプロデューサーはデスクに向かって、ずっと作業していた。
「昨日の今日でなんですか?」
「インコくんが……インコくんが壊れちゃったぁ……!」
「まず何があったのか説明してください」
「うん……」
…
数分前。廊下の曲がり角を曲がった月村手毬は、廊下の先に秦谷美鈴を発見。「!!」慌てて駆け戻って隠れようとした際、勢い余って肩に乗るインコくんが転げ落ちてしまった。「あっ……!」床に落っこちて跳ねるインコくん。(い、インコくん落としちゃった!)すぐさま拾おうとするが────
『────イタカッタゾ……』
「……へ?」
『────イマノハ……イタカッタゾオオオオ────!!』
「ひっ────!? ご……ごめんなさぁあああああいっ────ッッ!!」
…
「ひぐっ……あ、あ゛んなに、怒ることな゛いじゃん……ちょっと、落としちゃっただけなのに゛ぃ……ねぇ、プロデューサーぁ! プロデューサーもそう思うでしょ゛!?
(幼稚園児同士のケンカかな?)
涙目の月村手毬は嗚咽する。インコくんは手のひらの上で押し黙っていた。
青髪のプロデューサーは、さながら幼稚園児を相手するかのように、慈愛と慈悲を持って接する。
「月村さん。たしかにびっくりしましたね。あとで落ち着いたら、落としてしまったことをもう一度謝りましょう。きっと許してくれますよ。そして次から、もう落とすことがないように気をつけましょうね。──インコくん。とてもとても痛かったですね。あとで落ち着いたら、もう怒ってないことを伝えてあげましょう。きっと喜んでくれますよ。そして次から、怒りすぎて怖がらせることがないように気をつけましょうね。──さあ、これで仲直りができますね? 先生を失望させないでください。ところで、もうレッスンの時間ですよ。篠澤さんたちは先に行きました。さっさと合流してください」
§
数分後。168専用レッスン室。
ジャージに着替えた月村手毬が入室する。先に来ていた篠澤広と倉本千奈はちょうどストレッチが終わったところで、篠澤広はダウンしており、倉本千奈はその後の地獄の走り込みに備えるため小休憩を挟んでいた。
「……遅くなってごめん。体操とストレッチが終わったら河川敷だよね。今日こそ100周、行くよ」
「うぅ……あれ? てまり、泣いた?」
起き上がった篠澤広は、月村手毬のやや赤く腫れた目元を見て首をかしげる。
「あら、ほんとですわ……」
「っ……! 泣いてないしっ。ちょっと目にゴミが入っただけ」『インコクントカ カンケイナイシ! ダッテ ワタシハ ココウノアイドルダカラ!』
「……?」
倉本千奈は首をひねる。
月村手毬は肩に乗せたインコくんをそっとそ~~~~~~~っと優しく部屋の隅に置いて「……ちょっと待っててね」と微笑んで立ち上がる。振り返るなりキリっとした目つき。体操を始める。
「……あ、あのっ! 月村さん……!」
「?」
「わ、わたくしも……インコさんと、お話してみたいですわ……!」
「……!」
「よろしいでしょうか……?」
倉本千奈は、以前からてまりインコのことが気になっていた。自我があるというなら会話も可能だろう。月村手毬と仲良くなるチャンスでもある。そのため勇気を出して話しかけてみた。
「……だめっ」
「────えぇ……!?」
「インコくんは、私のだから……」
思わぬところで独占欲を出してきた月村手毬。
篠澤広は見守る。
倉本千奈は次に出す言葉に迷っていた。月村手毬は本当に優しいのか、ひどいお方でもあるのか、毎日よく分からなくなると、内心困惑している。
「……ま、まぁでも……ちょっとだけなら、いいよ……ほんとに、ちょっとだけね……」
「……! まぁ、まぁ……! ありがとうですわ! 月村さん!」
さっそく倉本千奈は、インコくんに話しかける。
「インコさん! わたくしとお友達になってくださいな!」
『────イイヨ! イイヨ!』
「まぁ……! ありがとうございます……!」
その時、レッスン室に青髪のプロデューサーが静かに入室する。
(さて、篠澤さんはストレッチが終わってダウンしている頃か……差し入れと合わせてマッサージだな。倉本さんと月村さんの順でマッサージして体をほぐしてもらって、篠澤さんは昼寝を挟んで俺とのマンツーマンのストレッチ再開。残るふたりは河川敷……今日は合わせて50周くらい行けるだろ。比率は9:1かな)
月村手毬は45周、倉本千奈は5週の予想。
そこで倉本千奈とインコくんの会話が聞こえてくる。
「あの……月村さんは、普段インコくんと何をしていらっしゃいますの……?」
『オシャベリ! ケヅクロイ! ソイネ! ナドナド!』
「まぁ……! 大切にされているのですね……!」
『デモ! グチキキガカリ! オオイヨ! ナンカ ヘンナコトバヲ オボエサセテクル! ノモ オオイヨ! マッタク ヤレヤレダゼ! カワイイネ!』
「まぁ! ふふ……! ですが、インコさん? 人のプライバシーを、あまり打ち明けるものではありませんわ?」
『ソレハソウ! オッシャルトオリ! デモ
月村手毬はレッスンに集中して、今の会話が聞こえていない。倉本千奈とインコくんが何を話しているのか気にはなっているが、それよりレッスンが大事だとストイックに集中して取り組んでいる。
一方の青髪のプロデューサーは、インコくんの使う大規模言語モデルの会話法を聞いて、やや眉間にシワを寄せていた。
「──……え?」(なんで俺が腹話術や
「うん。プログラム、頑張った、よ?」
「……そう、ですか……それは、スゴいですね……?」(この人もマジで大概だな……何者なんだ? いや飛び級大卒の女子高生か……あさひ先輩みたいな天才的化物だな……)
篠澤広は、いったい何を頑張ったのか。
青髪のプロデューサーは、何に驚いているのか。
謎に包まれた“てまりインコ”の正体とは!?
それはまた、別のお話。
§
翌日。168事務所。正午。
机の前でデスクワークしていた青髪のプロデューサーのもとに、戸がガラガラと開いて篠澤広が現れる。
「プロデューサー、こんにちは」
「はい。こんにちは」
「……あの、さ」
「……────」
篠澤広は両手の指を絡めて、頬を染めながら視線を逸らす。
その表情を見て察した青髪のプロデューサーは、速やかに返答を考えた。
「……わたし、行きたいところがある」
「いいですよ」
「……まだ、場所、言ってない」
「正午ですから、お昼に誘ってくれたのでは?」
「……むぅ。……行く?」
「はい。ご一緒しましょう」
青髪のプロデューサーと篠澤広はおでかけをする。初星学園の正門を後にして、長い赤レンガの歩道と河川敷を渡り、近郊・天川駅周辺の都市にやってくる。近場の飲食店に入り、対面着席、メニューを開き、適当なものを注文。
ふいに篠澤広が問いかける。
「ねえ。プロデューサー」
「はい。なんでしょうか」
「プロデューサーは、なんのためにアイドル科の生徒をスカウトしているの?」
問われたのは、青髪のプロデューサーの動機。
「……と、いうと?」
「佑芽が言ってた。佑芽のお姉ちゃんのプロデューサーさんは、トップアイドルを育てることが夢みたい。だから、わたしのプロデューサーも、そうなのかなって」
「私の場合は、単位取得と面白半分が理由ですね。特にプロデューサーとしての夢といった情熱は、持ち合わせておりません」
青髪のプロデューサーは何を隠すことも恥じることもなく、さっぱりと遠慮なく、単なる仕事としてプロデューサー業を務めていることを明かす。なんともざっくばらんな男である。
「ふふ……プロデューサーとして、あるまじき発言」
「ならば篠澤さんも、どうしてアイドルに? それなりの情熱が、あるのでは?」
「……プロデューサーは、急に意地悪になる……もしかしたら、知ってるくせに」
「ええ。何かと察しております」
「……察するだけ? 訊かないの?」
「理由は人それぞれ。中身がなんであれ、アイドルとしての輝きに影響はありません」
「……むぅ……」
篠澤広は腕を組んで眉をひそめる。
目の前に座る青髪のプロデューサーの顔を、よくよく観察して理解を深めようとしていた。
「……さっきプロデューサーは、単位取得が目的と言った。そしてプロデューサー科の生徒は、スカウトしたアイドル科の生徒の活躍が、そのまま単位や評価に直結する」
「おや。調べたんですか。あさり先生に聞きましたか?」
「うん。で……そうなると、わたしはアイドルに向かないから……プロデューサーは最悪、留年することになる」
「そうですね」
「
「……」
「即戦力となるアイドルをスカウトして活躍してもらい、プロデューサー科の生徒として実績を積み上げて、大学からの評価を上げまくるために」
「はい。おっしゃる通りです」
ならばと篠澤広は、とても重要なことを問いかける。
「つまり、わたしは────遊びだけの、女……?」
「そうですね。月村手毬が単位取得に必要なアイドルなら、篠澤広は面白半分に必要なアイドルです。──それはそれとして、うっとりとした顔で問いただすシチュエーションではないと思うのですが」
「だって、ゾクゾクする……」
頬に手を当てて赤らむ篠澤広は、興奮している理由を説明する。
「わたしは、アイドルに向いていない。だからこそプロデューサーは、わたしをアイドルに育て上げようと思った。なぜならわたしもあなたも、
「ふむ……
「今のところ、プロデューサーの育成は完璧。なぜなら、たった半月で……わたしは登校する程度なら、歩いても足の裏が痛く無くなってきた。片足立ち十秒も、できるようになってきた。全部プロデューサーの、ウルトラストレッチのおかげ」
「それは良かった」
「ううん……大問題。このままだと、わたしは……アイドルになれちゃうかも」
「ほう。それの何が問題で?」
「……やっぱり、プロデューサーは、いじわる、だね?」
篠澤広は微笑む。
青髪のプロデューサーは口の端を引きながらうつむく。
互いに牽制。腹の読み合い。
それは、
篠澤広は思う。もしや青髪のプロデューサーは、自分がアイドルになろうと思った
青髪のプロデューサーは思う。もしや篠澤広は、自分が
「わたし、もし完璧なプロデューサーの
篠澤広は、不安と心配と興奮と悦楽に苛まれつつ問いかける。
青髪のプロデューサーは、相手のモチベーション管理も含めて、適切な言葉を選ぼうと努力した。
「ノーコメント」(まぁ夏に卒業と考えると、捨てるというより
「
篠澤広は目を見開いてのけぞる。全身がプルプルと震えて片腕を抑え、鼓動が激しくなり鳥肌が立つ。そして洩れる笑みが止まらなくなってしまった。なぜなら眼前のプロデューサーは、詳細こそ不明だが、明らかに
────すなわち、
「ふ、ふふっ……わたしの、プロデューサーは────」
(あ、やべっ。
「────わたしのこと、すごく理解してくれてる……そういうところが、
感嘆に微笑む篠澤広は、今にも泣きそうなほど震えた声で、惜しむことなく喜びと好意を伝え切った。
それはそれとして捨てられるのはいやなので、とにかく頑張るしかないとも思うのであった。
§
食後。満腹。残ったジュースを少しずつ飲みながら小休憩。
「プロデューサー。おいしかった、ね。……お金、どうする?」
「経費で落としますよ」
「おお……そんなこと、できるんだ……じゃあ、ごちそうさま」
篠澤広は、ちらちらと青髪のプロデューサーを見やる。
「なんですか?」
「……今のうちに、聞こうと思った。──プロデューサーは、なんでわたしをスカウトしたの?」
「才能がないからです。最初にそうお伝えしたはずですが?」
「そうだけど、あまり納得してない。ほかにも理由が、あるんじゃないかと思った」
「なるほど。では────」
篠澤広は高い観察力を有する。嘘はその場で見抜かれる。よって本心からの言葉を使いつつ、上げた好感度を下げる調整をおこなう必要がある。
────プロデューサーはアイドルと仲良くなりすぎてはいけない。
それはプロデューサー科の教え。
ならばと青髪のプロデューサーは、三つほど候補を立案。
ひとつめは『不可能を可能にできる男だと証明するため』……すなわち自分のためであり、篠澤広は自分の実力を試すための道具でしかない。
ふたつめは『成功させて順風満帆となり辞めさせるため』……スカウト理由ではないため、いわゆる“論点ずらし”だとすぐにバレる。だが次に“なぜ辞めさせたいのか”と訊かれれば、アイドルとPの関係性では無くなるため抱くことができる、という最高にキモくて最悪にキショい理由を告げるかどうかとなる。しかし、これはさすがに攻撃力が高すぎると逡巡・懸念。
であれば『──────────』……こちらは純度100%の真実である。ざっくばらんに
瞬発思考で解を導いたアルファは、口説き上手であるが故の確信を以て即答した。
「────あなたの体に恋をした」
「────ぇ……」
篠澤広はのけぞった。固まる。赤らむ。赤いケチャップの跡が残る食器を見下ろし続ける、鋭い赤眼に釘付けとなる。恥ずかしさが頂点に達する。目がグルグルと回る。頭がふわふわして倒れそうになる。胸の中心が一度だけドクンと高鳴ってのどが詰まる。息が止まる。なんとか息を吸おうとすると、思わず甲高くて掠れた鳴き声が洩れた。
「ぇえ────ぇ……っ…………」
「さ、そろそろお会計を済ませしょうか」(なんでこれで──かなり下がった後
§
一時間ほど、しばらく会話もなく街中を散歩する。
ふいに篠澤広は「のどが渇いた」と言って自販機を利用。天然水を購入。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
篠澤広は、ペットボトルのフタを開けることに悪戦苦闘していた。
「……プロデューサー、開けて?」
「ご自身で挑戦しないのですか?」
「したい。すごく。けど、いま脱水症状で死ぬわけにはいかない」
「今すぐ開けさせていただきます」
青髪のプロデューサーは超早口でペットボトルを奪うと“キュッ!”と音を立てて素早く手渡す。
篠澤広はフタをコロコロと回して開けることに成功。ごくごくと飲み干す。そんなに喉が渇いていたのだろうか。
「ん、ん、ん……ぷはぁ……ふぅ。ありがとう、助かった。……プロデューサーも、飲む?」
さも当たり前かのように、飲みかけのペットボトルを差し出してくる。
「いえ。自分の水筒がありますので」
「ふふ……バレちゃった」
間接キスのシチュエーションを実行したかった。
「それはそれとして脱水症状の気配が事実だったのはいかんともしがたいところです。今までどうやって生きてこられたので?」
「それはわたしもふしぎ。……幸運?」
「…………」
「ふふ……その呆れを通り越した目……面倒な女だなって思ってそうな眉間のシワ……とてもいい、ね?」
青髪のプロデューサーは遊ばれている。
先刻の赤ら顔と戸惑いは何処へやら。素直でクールな篠澤広は、いつもまっすぐと気持ちを告げる。
「また、おでかけしよう、ね?」
§
翌日。
正午の168事務所。月村手毬が入室する。
「プロデューサー、なに? まさかアイドルにデートの約束を取り付けるなんてね」
「いきなり何を言い出すんです?」
「チェインで誘ってくれたじゃん……『お昼ご飯、ごいっしょにどうですか?』って……」
「はい。なので行きましょう」
青髪のプロデューサーと月村手毬はおでかけする。
天川駅の近くにある、ちょっぴりダークな雰囲気が漂う飲食店に入店。対面着席。
「月村さん。今日は好きなだけ食べていいですよ」
「……えっ!?」
突然の言葉に月村手毬は硬直する。
「なぜかといえば、毎日努力していますから。河川敷50周を達成できたので、そのぶん、ご褒美です。もちろん食べた分は走ってもらいますよ。課題達成まで、あともう半分ですね。またあした、頑張ってください」
「……っ!」(ぷ、プロデューサー……もしかして、本当はすごく、やさしいのかな……?)
月村手毬はメニューを見やる。
焼肉、ギョーザ、唐揚げ、とんかつ、ラーメン、牛丼、手羽先、プルコギ、などなど。
「……月村さん」
「──ふぇ?」
「よだれ、出てますよ」
「────っ!」
「ちょ……慌てたからって袖で拭こうとしないでください。そちらの紙ナプキンで……ああもう、私がやります」
青髪のプロデューサーは、垂れて膝につきそうだったヨダレを手早く
拭われているあいだの月村手毬は目をギュッとつむって上向いており、されるがまま。
「ぷ、プロデューサー……ほんとに今日は、
「はい。しっかり食べてください。全部食べたあとのおかわりも構いませんよ」
「……!? …………」
「遠慮する必要はありません。体重を気にする必要もない。それとも私の育成方針が信用なりませんか?」
「そ、そんなことない……! ──っ!? あ、いや、プロデューサーのことは、まったく信じていませんけど……! でも……あれから全然、体重が増えなくなったし……割と食べてるのに、バカみたいな走り込みのせいなのか、どんどん健康的になっていくし……」
「でしたら、ここで大量に食べても特に問題はありません。むしろ今までもそうだったのでしょう?」
月村手毬は“割と食べている”と形容したが、それは“かなり食べている”の間違いである。
ただし問題は量ではない。月村手毬は厳密に言えば“かなり食べないように我慢しているが、それでも我慢が利かずかなり食べてしまっている”のである。そのたび自己嫌悪に陥り、ストレスの蓄積で消化が滞り、ストレス太りをしてしまっている。
「たとえ量が同じでも、我慢して食べるのと、我慢せず食べるのは、大きく違います。なので今日はとにかく、
「……!!」
ならばと月村手毬はさっそくウェイトレスを呼んで、メニューに載っている食べ物を片っ端から注文した。
「ねぇ見たァ? プロデューサーァ! さっきのウェイトレス、目を丸くしてたァ!」
「そうですね。全部食べきったらどうなるんでしょう?」
「そんなの、目玉が飛び出すんじゃな~い?」
なぜか悪役顔で微笑む月村手毬は、とにかくハイテンションになっている。右手に自分のフォーク、左手に青髪のプロデューサーのフォーク。なぜ奪ったのか。
ともあれ青髪のプロデューサーは、ウーロン茶を嗜んで様子を見る。
やがて大量の料理が運ばれてきた。月村手毬はがっつく。ガツガツムシャムシャと、こってり系の食べ物を味わい、心ゆくまで脂身を堪能する。新しい食べ物を口に入れるたび、目を閉じたまま大きく深呼吸して脂を舌でなめらかに転がし、顔が天井を仰いで有頂天。
青髪のプロデューサーは焼肉を焼いてあげて、月村手毬の小皿に移す。
月村手毬は小皿に盛られた端からタレをかけて口に運ぶ。また青髪のプロデューサーが焼いてくれている間、餃子の半分をぱくりと一口。断面からにじみ出る肉汁を、キラキラとしたしいたけのような瞳で見つめて「あーん♡」と頬張る。夢心地の笑顔。うっとりとした表情は、すぐさま次の獲物を標的にする。唐揚げをぱくり。とんかつのひと切れをぱくり。こってりラーメンのスープを、ずずず、と啜る。口の奥に残留していた肉類の切れ端を押し込むようにスープをごっくごっくと飲み下すことで、のどごしこってり鈍重爽やか。大満足の極楽気分。牛丼をばくばく。白飯が旨い。牛肉の汁が掛かった茶色い飯も旨すぎる。食卓の端に置かれている手羽先くんを忘れるわけにもいかない。がぎぎ、と骨を噛みながら肉を搾り取るように剥ぎ取る。プルコギという焼肉と糸唐辛子のハーモニーは相性抜群。付け加えられた焼きナスと共にもにょもにょはぐはぐ、ごっくんちょ。小皿に盛られた焼肉を噛み切り、スープ欲しさにラーメンをもう一杯を注文する。
「──……プロデューサー……私、プロデューサーの担当アイドルになって、よかったぁ……」
「そうですか。この程度の食事会で最大の賛辞を受けるのは、少々複雑ですが……ストレスフリーな食事ができているようなら、何よりです」
§
「────ごちそうさまでした」
月村手毬は合掌する。
しかし、今になって心配事が増えてきた。
「……あの、さ……プロデューサー……割と食べちゃったけど……お金とか、大丈夫なの……?」
「全て経費で落としますよ。それより課題を出しますね」
「────へ?」
青髪のプロデューサーは告げる。
「これから毎日お昼には、今回のような食事をして構いません。その代わり、今回のような食事をした翌日の河川敷の走り込みは
「────────」
「切り上げる周回数も変更です。今までは倉本さんと合わせて50周に到達すれば音を上げても構いませんでしたが、この場合は月村さん個人で100周を達成できなければ
「────────────────」
月村手毬は放心している。理解さえ放棄しており青ざめることもない。ただひたすら現実から逃げている。
「安心してください。いたいけな女児を深夜未明まで河川敷で走らせるのは危ない。そのため門限の時間となったら、専用レッスン室で短期体力レッスンを繰り返してください」
「……よふかしは、びようのたいてき……」
「過食・我慢・暴食の三重苦を繰り返すよりマシです。──安心してください。月村さんの運動能力であれば、来週までには河川敷100周が当たり前になっています。であれば何も問題は無いでしょう? 好きに食べ、必死に走る。ストレスを溜めるのは食事ではなく運動だけで充分です」
「────ぷろでゅ────」
「そも食事というものは、誰にも邪魔されず自由で、救いのある休み時間でなければ効率的ではないのです。孤高で、静寂の中、実りある豊穣を全身で受け入れる……それでこそ、トップアイドルの下地となる肉体は形作られるのです」
「……………………」
「ところで今日は超回復の期間ですので、今日の放課後こそ、河川敷100周到達、頑張ってくださいね!」
青髪のプロデューサーは、天使のような笑顔で、悪魔みたいなことを言ってのけた。
§
それは倉本千奈が、初のテレビ撮影をこなした翌日以降の出来事。
すなわち第三週・中頃。
正午の天川駅。
今日も今日とて倉本千奈は、ゲストとしてテレビ番組に出演していた。
青髪のプロデューサーが持ってきた仕事は、とあるテーマパークの紹介。
共演するタレントは、芸能界で“魔女”と呼ばれて恐れられる──設定の──大物。
「うふふ……魔女の辛口評価はキツいわよ……? 今日はアイドルのおちびちゃんがゲストとして参加するみたいですけど……そちらの批評もいたしましょうか……?」
「ひぃっ……!? お、お手柔らかにお願いしたいところですが、やはりここはきっちりとぶっちゃけてほしいですわぁ!」
「……!」
「というわけで、わたくしは初星学園の落ちこぼれ! 倉本千奈と申します! 今日は恐ろしい魔女さまとご一緒して、みなさまにテーマパークの面白さを紹介いたしますわぁ! さぁ魔女さま! さっそく行きましょう! わたくし、あの遊具がとても気になっておりますのぉ……!」
「え、ええ……」
撮影は進行する。
観覧車に乗るだけで特に面白いことはなく取れ高が皆無だったり、魔女さまが好む絶叫系アトラクションに乗って変顔写真が取られて取れ高ができたり、メリーゴーランドやコーヒーカップに乗って回るだけで特に面白くなかったり、おばけ屋敷に入ってただならぬ絶叫をふたりで上げて取れ高が取れたり、なんとも波のある撮影となった。そして各地のスタンプラリーを進めて完成。景品としてキーホールダーをもらい、おみくじや相性占いに挑戦。
「そんな……!! あれだけ仲良くなったのに、わたくしと魔女さま、相性が良くないですわ……!」(こ、これは、どのように解釈すれば……!)
「ふふ……まだまだ私の領域に来るのは早かった、ということかしら……?」
「────! そ、そういうことなのですのぉ!? ならばわたくし、早く魔女さまのとなりに並び立てるよう精進いたしますわぁ……!」
「……!」
最後にカンペを読んで、テーマパークの紹介を済ませる。
撮影終了。その場で解散。
青髪のプロデューサーと倉本千奈は、撮影陣に挨拶を済ませたあと、テーマパークの各スタッフに挨拶回りをする。それも終わり、倉本千奈は歩き疲れてベンチに座る。青髪のプロデューサーは小休憩と水分補給のため、ひとり自販機に向かった。その折、倉本千奈は視線の先に魔女さまを発見して、最後の気力を振り絞り駆け寄る。
「はぁ、はぁ……魔女さま~!」
「……! ……あなた、まだいたの?」
「はい! 魔女さまも?」
「ええ。ちょっと挨拶回りをね」
「まあ! それはわたくしたちもでしたのよ!」
「……あらそう。奇遇ね」
「?」
魔女はバツが悪そうにうつむく。
その理由がわからない倉本千奈は、ともあれ魔女の評価を改めた。
「……魔女さまは、なぜか“魔女”と呼ばれておりますが……わたくしにとっては、とても素晴らしお方でしたわ!」
「……!」
「だって、わたくしが迷ったり、失敗したり、言い淀んだりすると、すぐに助けてくださるのですもの!」
「…………だからって、どれも気分のいいものではなかったでしょう。迷えば叱って笑いを取る。失敗すれば笑いものにする。言い淀めば暗い気持ちがあるのでは? とからかう……」
「それは……でも……そういう演技なのでしょう? テレビなのですもの、見てくださる方に楽しんでいただくのが大切だということは、ぶっちぎりのど素人のわたくしでも知っていることですわ!」
「────! ……ふ、ふふ……!」
「あら? わたくし……魔女さまがそうやって笑ったの、初めて見た気がしますわ! だっていつも、とても悪い笑みを浮かべていらっしゃるのですもの……! 演技だと分かっていても、怖いものは怖いですわぁ……!」
正直な倉本千奈。
魔女さまは大いに腹を抱えて笑う。
「────……倉本さん。いいえ、千奈ちゃん」
「!」(わ、わたくしの名前を……! 撮影中は、ずっと『おちびちゃん』と呼んでおりましたのに……!)
「わたしね……実は、魔女と呼ばれるのが好きじゃないの」
「……えぇぇっ!? あああ、でもそれは当然かもしれないですわ!? てっきりわたくし、自称で、好んで使っていたのかと……! 申し訳ございません! 失礼ぶちかましましたわぁ……!」
「うふふ……! やめてくれない? その言い回し……? ──でもね、自称で合っているのよ」
「へ?」
「だから売れているの。わたしがわたしであるイメージを壊したくないの。あなたもアイドルなら、わかるでしょう?」
「…………」
倉本千奈は思う。
────どうしよう、全然わかりませんわ~! と。
「でも、誰かには……魔女じゃない私を知ってほしかった。だから……ありがとね、千奈ちゃん?」
「えっ!? あ、頭をお上げくださいな! わたくし、何もしていませんわぁ~……!?」
「そんなに自分を卑下しないのっ。あなたのことが好きな人に失礼だと思わない?」
「……!!」
「ふふ。なんて、偉そうなこと言っちゃったわね。あー恥ずかしい。忘れてちょうだい」
魔女さまは足早に立ち去る。
その背中を見届ける倉本千奈は、大声で叫んだ。
「いえー! 大変お勉強になりましたわ! ──おばさまー!」
「おばっ……!?」
魔女さまはきびすを返し、ズンズンと倉本千奈に近寄り、そのほっぺたをつねって引っ張る。
「あのねぇ! そこはお姉様とお呼びなさいな! これでもまだ美魔女なのよー?」
「ふわわわわぁ~! ほ、ほっぺはをひっはらはいへふははいましぃ~! ほへんなはいへすわぁ~!!」
「……ぷっ」
倉本千奈のほっぺたが伸びきった顔。
それを見て満足したのか、魔女さまは優雅に帰路に就く。
「決めた。わたし、あなたのファンになるわ」
「え────ふぇえ……!?」
「それじゃあね~。あなたのライブ、必ず見に行くから~」
「……っ!! そ、それはとても、嬉しいのですの! ……い、いつになるか、分かりませんが……必ずやアイドルになって、ライブをやってみせますわー! お姉さま~!」
その様子を遠巻きに見守っていた青髪のプロデューサーは二本のペットボトルを提げており、自分のあずかり知らぬところでちゃっかり
(さっそくフィクサーのファンを獲得か……これだから倉本千奈には光るものがある。俺が居なくても大成するんだよなぁ……選抜試験だって、たとえプロデューサーが居なくても結構いい順位を残せるはずだ)
それでも自らの担当アイドルになった以上、目指すは一位。講堂で感動のライブ。そのシナリオを描くためにも、倉本千奈からは目が離せない。
ふと倉本千奈が、青髪のプロデューサーを見つける。ファンが増えた嬉しさで疲れを忘れているのか、元気にホップステップジャンプで駆け寄ってきた。
「プロデューサー! わたくし、さっそく目に見えるファンを獲得しましたわぁ……! とても……とっても……嬉しいですのぉ……!」
§
翌日。
昼下がりの初星学園。
青髪のプロデューサーは中庭の木陰に腰掛けてくつろいでいると、校庭のグラウンドから爆速で爆走してくる花海佑芽を目撃した。
「み────見つけたぁ! ようやく再会できましたねっ! プロデューサーさん!」
「……花海佑芽さん。どうしたんですか?」
花海佑芽は、笑顔で小首をかしげる。自然体の愛くるしい振る舞いは無邪気で活発で、スタイルの良さも合わさり、どことなく小宮果穂を想起させた。
「どうしたもこうしたもないですよ! あのっ! 広ちゃんと千奈ちゃん、あれからすっごく上達して活躍してるじゃないですか! 広ちゃんは歩けるようになって立てるようになったって言ってたし、千奈ちゃんはテレビのお仕事が増えてきたみたいで! あたしも追いつきたいんですっ!」
「……だから?」
「あたしをプロデュースしてくださいっ!」
「お断りします」
「即答ぉぅっ!?」
青髪のプロデューサーは、夏までに卒業して初星学園とおさばらするつもりである。そのため半端な計画で担当アイドルを増やすわけにはいかない。
「せ、せめて理由を聞かせてくださいぃい!」
「ひとつめ、プロデューサー要らずの才能がある。ふたつめ、三人の問題児を見るだけで手に余るため、これ以上心労を増やしたくない」
「あ、あたしは問題児じゃないですよぉー! そりゃあちょっと、いやかなりポンコツかもしれないですけどぉー!」
篠澤広は論外。月村手毬は良好と思いきや幼児。倉本千奈は問題ないが、倉本家の翁が問題。下手に逆らえば首が飛ぶため、準備が整うまでは従うしかない。
「うううぅ……仕方ない。お話しても分かってもらえないなら……最後はこの手段しかありません! 覚悟してください、プロデューサーさん!」
「何をですか?」
「それはぁ……あたしと勝負して、あたしが勝ったら……あたしのプロデューサーになってくださーい!」
「はい。構いませんよ」
「ですよねぇ~? 勝負を受ける理由がな────って、えぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛……!?」
花海佑芽は、ひとりで姦しい大声を上げてびっくり仰天。
対する青髪のプロデューサーは、木陰から離れてグラウンドに向かっていた。それに花海佑芽はついていく。
「い、いいんですかぁ!? だだだ、だって、あたし、絶対に勝っちゃいますよぉ?」
「おや。それはつまり、あなたの得意分野で勝負を挑むつもりだった、ということで?」
「あ、はい……でも、あたしは勝たなくちゃならないんですっ! なぜなら絶対に負けたくない人がいるから! どうしても勝たなきゃならない人がいるから……!」
「それではさっそく勝負して白黒つけましょう。グラウンドでは何をやるんですか?」
グラウンドに到着。
会話に夢中だった花海佑芽は、いつのまにか木陰からグラウンドに景色が変わっていることに気づき首をひねる。
「あれ? あたし、勝負の内容、言いましたっけ? なんでグラウンドで短距離走をやるって分かったんですか?」
「アイドル科の生徒は全員調査済みです。元プロアスリートの娘にして、学園内で上位1%に入る超人的な身体能力の持ち主……ぜひお手合せをお願いしたく」
「……! プロデューサーさん……なかなかのチャレンジャーですねぇ……? よーし! 絶対に勝ーつ! でも走る距離は、このグラウンド一週ですっ! いきますよぉ~……よーい────」
ジャージ姿の花海佑芽と、スーツ姿の青髪のプロデューサー。
いざクラウチングスタートを取って、真剣勝負の火ぶたが切って落とされる。
「────ドンッ!」
§
数十秒後。
熱い息を上げる青髪のプロデューサーは、元の場所に戻ってくる。僅差で遅れて花海佑芽が追いついた。
「ぜえ、はあ……ぐっ……ぐぐぐぅぅぅぅ……! ま、負けられない戦いに、まぁけぇぇたぁああああ……!! ぐぅぅやぁぁぁじぃぃぃぃいぃぃぃーーーー……!」
花海佑芽は息切れもそこそこに両腕を回して地団駄を踏む。
一方、青髪のプロデューサーは、完全に息が上がっていた。
(────ふぅ……マジで負けるかと思った……接戦ってレベルじゃねぇぞ……最初にアホみたいなポカミスで──クラウチングスタートの瞬間に
青髪のプロデューサーは片膝を突く。それは肉体の疲弊より、精神の摩耗が著しいためだった。
「足は車輪。背中に翼。頭は兎。心は熾天……」
「……はい?」
「ワンミスしなくても即死、向こうがワンミスすれば一命を取り留める……そんな絶望からの奇跡的勝利は、嬉しさよりも恐怖からの解放のほうが激しく勝る……ええ、まさしく──
「……えっと……長いですっ! それって、褒めてるんですかぁ……?」
「褒めても貶してもいません。ただビビり散らかしてるだけですよ……」
「むぅ……変な人! あたしのほうが負けちゃったのにぃ……あたしより悔しがってるなんてっ……じゃあ、この悔しさはどうすればいいんですかぁああああああ!?」
花海佑芽、渾身の叫び。
青髪のプロデューサーは、屈託なく失笑する。
「はは……! ふぅ──分かりました。完敗です。今月末の中間試験が一段落して、余裕があれば、という話で……」
「!!」
「その時、あなたという才能の化身が、まだスカウトされていないのであれば……また懲りずにアタックしてきてください。仮に、こちらに余裕がなくとも……毒にも薬にもならないアドバイス程度なら、してあげますよ」
「……! っ~~~~~~! やっっっっ────たぁ~~~~~~! やったぁ! ありがとうございます! プロデューサーさんっ!!」
花海佑芽は飛び跳ねて大喜びする。
「……毒にも薬にもならない、と申し上げたはずですが?」
「それでも嬉しいんですー! だって、周りの子はどんどんスカウトされていくのに……あたしだけ、なんだか売れ残るみたいで……ちょっとだけ、自信、無くしちゃいそうになってて……」
「……そう、ですか。見る目がありませんね。先輩なら、スカウトすると思うんですが……」
「……先輩? ──あっ! もしかして、お姉ちゃんのプロデューサーさんのことですか!? それはイヤです! 絶対にダメです! あたし、お姉ちゃんに勝ちたいので! だからお姉ちゃんとは、別のプロデューサーさんがいいんですー!」
「…………なるほど」
青髪のプロデューサーは、ようやく立ち上がる。腰に手を当てて大きなため息。久しぶりに死に物狂いで、限界の限界を超えて走りきったため、これは二日ほど筋肉痛が続きそうである。
§
翌日。
昼下がりの168事務所。
うたたねする篠澤広と倉本千奈はソファでひなたぼっこ。
そこへ泣き叫ぶ月村手毬が飛び込んでくる。
「千奈~! 広~! 聞いてよォ~!」
「うひゃあ!? ……?!」
「ん……」
「さっき、プロデューサーがサァ! 私のこと、
「……? えっと……具体的に、何がありましたの……?」
「……おやすみ……」
「寝るなァ!」
…
三十分前の168事務所。
うたたねする篠澤広と倉本千奈に毛布をかけた青髪のプロデューサーは、いつもの定位置であるデスクワークに戻ろうとしていた。その時、あさり先生の声色で
『────168プロデューサーくん。至急、女子寮の保健室まで来てください』
青髪のプロデューサーは音を立てず退出。廊下を走ってはいけないので窓から外出して全力ダッシュ。五分と掛からず女子寮に到着。管理人に確認を取って保健室に駆け込んだ。
「おrrrrrrrrrrrr────」
青髪のプロデューサーは凄惨な現場を見て青ざめる。月村手毬がボウルに
「──わぁ! プロデューサーくん!? は、早いですね……近くにいたんですか?」
「えっと……あさり先生。これは……?」
「それが……ちょっと、席を外しましょうか?」
青髪のプロデューサーは、月村手毬の尊厳を守るべく、なるべく臭気を吸わずに息を止めて退出。
あさり先生と隣室に移動。着席。説明を待つ。
「まず、この学園には、いくつかの食堂と購買部があることは、プロデューサーくんもご存知ですね?」
青髪のプロデューサーはうなずく。
校舎近くの別棟にある、体育館のような食堂は、初星学園が誇る大食堂である。全面ガラス張りの空間は、太陽の光がよく射し込んでくるため、人がいなければ荘厳な雰囲気を感じられる。
ほかに食堂といえば、小規模だが男子寮と女子寮に存在する。主に朝食や夕飯を取る場所であり、わざわざ学園の大食堂まで戻る手間を減らしてくれる。
購買部は、校舎内と各寮に設けられている。校舎の購買部の品揃えは食べ物のみだが、各寮の品揃えはコンビニ替わりになるほど大量な種類が取り揃えられている万能店だ。
「して、それが?」
「……実は、今日の昼休憩から、全ての食堂と購買部で────月村さんの目撃情報が入っているんです」
「……ほほう。──彼女は知名度が高いですからね。そのような奇行を始めれば当然すぐさま噂が広がる」
「前提条件の理解が早くて助かります。──で、彼女の行動についてですが……まず大食堂で山盛りの肉を食べ、購買部でカップラーメンを買い、温めている三分の間に男子寮へ向かったらしく、君に会うという名目で入場を許可され、そこの食堂でラーメンをすすりながら山盛りの肉類を食べ、去り際に購買部でこってりラーメンを買い、温めている三分の間に女子寮へ来て、ここの食堂でもやはりラーメンを食べながら山盛りの肉類を食べ、そして────」
あさり先生は目を閉じている。眉間にぐぐぐっと力が入っている。現状を受け入れがたいのであろう。
それは青髪のプロデューサーも同じ気持ちである。
「────先ほど、そちらの共用スペースで
「なるほど。つまり食べ過ぎ、だと?」
「はい。保険室の担当医によると、胃に食べ物が入りきらなかったのかもしれない、と……」
(満腹中枢が未発達の乳幼児かな?)
食べ過ぎ。過食。満腹中枢を刺激するためには、よく噛む必要がある。つまりそういうことだろう。
(まったく……大食いキャラでもないのに、そういうことするから……)
「プロデューサーくん。今回の出来事に、何か覚えはありませんか?」
「難しい問題です。私の責任であることは確定事項なのですが、ひとつだけ言い訳したい気持ちもある。──たしかに体力作りのため、好きなだけ食べていい、ダイエットのために我慢する必要性は皆無である、と口にしました。しかし……
青髪のプロデューサーは、中学生になって初めて頭を抱えたかもしれない。口は笑っているが、顔は笑っていなく、心は呆れを通り越している。天を仰いでうつろな瞳。遠い目で鼻を鳴らした。苦々しい失笑である。
「私の管理不足です。こういうのは監督不行き届きと言うのでしょうか……? まさか親子でもあるまいに、満腹感の管理もしなければならないとは……アイドルのプロデュース業、正直なところ、かなり舐め腐っていました……」
「いえ……同情を禁じえません……とにかく、事情は分かりました! 何か先生にお手伝いできることはありますか……?」
「大丈夫です。ありがとうございます。彼女も
「まぁ……さすがプロデューサーくん! スリーパーホールドはどうかと思いますが、瞬時に対策を立てるとは! たしかにそのほうが良いかもしれませんね? 誰かが監視するのは、とても大切なことです!」
青髪のプロデューサーは、あさり先生と共に保健室へ戻る。改めて、あさり先生と保険医に感謝と会釈。
一方の月村手毬は、顔と手を洗ってきたはいいものの、保健室の中に青髪のプロデューサーを見つけてたじろぐ。扉の隙間から、おそるおそる中の様子を覗き込む。
その気配を察知していた青髪のプロデューサーは「怖がらないで、出ておいで」と優しく語りかけた。
しゅんとする月村手毬が入室。ズーンと落ち込んでおり、叱られることに怯えて青ざめている。カチコチに固まる
青髪のプロデューサーは膝を折り、目線の高さを合わせて、ゆっくりと会話する。その立ち居振る舞いは、しっかりとした父性を感じさせた。
たとえば「大事にならなくて良かった」「まだ気持ち悪いところはありますか?」「次からいっしょに気をつけていきましょうね」「いっしょに事務所で、おいしい料理でも作りましょう」「
その優しい言葉の数々にほだされていった月村手毬は、最後に内心ビビり散らかしながら問いかけた。
「……お、怒って、ない……?」
指先同士をもじもじ。丸顔の可愛らしい上目遣い。
立ち上がり、それを
「フッ」
────鼻で笑い、一笑に付した。
…
「プロデューサーに吐いてるところ見られたァ……!!」
倉本千奈は絶句していた。内心では(ぶっちぎりでクレイジーですわぁ!)と叫んでいる。
篠澤広はすやすやと眠る。脳内では、月村手毬が極彩色の銀河団を嘔吐する夢を見ていた。
「うわぁあああん! プロデューサーは、これからずっと私のこと見下し続けるんだァ……! ずっとネタにしてくるぅ……女の子の弱味を握って恥ずかしくないわけぇ……!?」
「ぷ、プロデューサーさんは、そんなこといたしませんわぁ……!」
「するもん! 私ならするもん! だからプロデューサーもするんだもんっ!」
「どどど、どういう理屈ですのぉ!?」
むくりと篠澤広が起き上がる。目を覚ましたようだ。
「てまりてまり」
「……な、なに……?」『キヤスクヨビカケンナヨ! ウレシイッ!』
「大丈夫。プロデューサーは基本的に、私たちのこと全員を見下している」
『────っッ!!?』
「わたしは、そういうところが、好き……」
篠澤広は、なぜか照れる。
倉本千奈は、なにゆえそう思うのか問いただす。
「ななな、なぜそう思うのですのぉ……!?」
「あの心底ひとを信用していない瞳……ひとに期待なんて微塵もしていなくて、幻想なんて一切合切抱いていなくて、理想論なんて払い捨てて、ただ実在する真実のみを頼りにして、わたしたちを育てきるつもり……それは、すごく合理的で、ひどく現実的で、悲しいほどに冷たい信念」
「……つまり?」『モットカンタンニイッテヨォ!』
「どういうことですの……?」
「プロデューサーは、わたしたちのことをよく見ている。でも期待も信用も信頼も執着もないから、邪険に扱うことができる。でもそれはいけないことだと分かってるから、なんとか優しくしようと試みている。つまり手毬みたいな人」
「はぁ!? 私とプロデューサーが似てるって言うの!?」『エ? デモソレッテ? ワタシトプロデューサーノアイショウガイイッテ…コトォ!?』
「……」
「うん。すごく似てる。強いて違いを挙げるなら、手毬は親切。プロデューサーは寛容。そんな感じ」
篠澤広の、よく分かるようで分からない、人間観察の評論が飛び出たところで────
「言い得て妙ですね」
『……!!』
────顔色の悪い、青髪のプロデューサーが事務所に戻ってきた。
「月村さん。最後の最後にこらえきれず、吹き出してしまったことを謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした」
「っ……!! ゆ……許さないからねっ! アイドルが吐いたのに、笑うなんて!」
「その話は金輪際やめてください。また笑ってしまいます」
「っっ……!?」
「正直、これからどう対応したものか掴みかねています。幼稚園児のように接するべきか、女子高生として接するべきか……」
「女子高生としてに決まってるでしょう!?」
「では世間体と実情のあいだを取って、ふたりきりでは園児のように、衆人環視の場では女子のように?」
「ど……! どっちも女子としてでぇっ……!!」
月村手毬は腕をブンブンと振り回して抗議する。
青髪のプロデューサーは疲れ切ったようすでソファに寝転び仰向けた。おそらくほうぼうに駆けて謝罪と感謝をしに回ったのだろう。実は財布も薄くなっている。外の店で感謝の高級品を購入して、関係者に渡して回ったのである。極めて迅速な行動であった。
「っ……プロデューサー、もしかして疲れてるの……?」
「ええ。誰かさんのおかげでね……」
「ッ……!! ……────ご、ごめん、なさい……」
「ええ。次からは、お互い気をつけましょう……おやすみなさい……。あ、月村さんは今日のレッスンを控えてくださいね。吐いたばかりですし、また気持ち悪くなると危ないので。ついでにうがいは今すぐ、今日はこまめに」
「! わ、わかった……」
「そして篠澤さん、倉本さん……ダメなプロデューサーで申し訳ございませんが、私が寝ている間、月村さんのお世話をお願いします……」
「!? お……お世話ってなにっ!? 言い方が気に食わないんだけどぉっ!! やっぱりプロデューサーは私のこと見下し────……あっ……」
青髪のプロデューサーは泥のように眠りに就いて、健やかな寝息を立てていた。
月村手毬はしゅんとする。辺りを見渡し、毛布を見つけて、彼の体に掛けてあげた。
『カゼヒカナイデネ! ヒイタラナクヨ!』
その一部始終を見守っていた倉本千奈は、くすりと微笑み、小声で隣の友人に話しかける。
「篠澤さん」
「なに?」
「篠澤さんのおっしゃる通り、月村さんはとても親切な方で……プロデューサーは、とても寛大な方ですわね……!」
「うん。ほんとに、ね」
篠澤広はうなずいて、微笑みながら体を傾けた。
§
翌日。
昼下がりの168事務所。
初星学園アイドル科の生徒も、アイドルであるとともに生徒でもある。
故に座学は大事。今日は勉強の時間である。だが今回は自習だと言い渡された。そのため事務所で勉強会。
「みんなでお勉強会ですわぁ! わたくし、こういうのに憧れておりましたの……!」
「でもわたし、午後の座学は免除だから……ひま。手毬、勉強教えようか?」
「は? 誰があなたなんかの教えなんか……」
月村手毬はそっぷを向く。
「そう。残念」
(あっ……ココとココとこのあたりの問題、全部教えてほしかったのに……)『ワタシノバカァアアアア!』
教室中央の長机に集うは四人。
窓側の席に篠澤広が座り、黒板側の席に倉本千奈と青髪のプロデューサーが並んで座り、隣室側の席に月村手毬が座っている。
「それでは、私は倉本さんの勉強を教えましょう」
「はい! プロデューサー! よろしくお願いいたしますわ!」
§
数時間後。夕陽射し込む狐色の教室。
「よ……ようやく終わりましたわぁー! プロデューサーのおかげですのー! でも、まだ追加の補習が残っているのですわぁあああー!! ううう……プロデューサー……!」
「はいはい。教えますよ。ただし十分ほど休憩を挟んでくださいね」
倉本千奈は冷蔵庫を開けて、キンキンに冷えたウーロン茶を飲み干し、ぷはぁ! と一息つく。
そこで無聊を極めていた篠澤広が「じゃあ雑談しよう」と言い出した。
「ひま過ぎたから、アイドルの動画を見ながら論文を作成した。あとで見てほしい、プロデューサー」
「分かりました。では何を話しましょうか」
「プロデューサー。教えるの、上手だね? わたしは、千奈がなぜ分からないのかが、分からない……」
「私は問題でつまずいた経験が多いので、そのぶん教えられるだけですよ」
「そうなんだ。わたしはつまずいたことがないから、そのぶん教えられない?」
「全てがそうというわけではありませんが、人は経験したことしかできませんからね」
「どうしたらプロデューサーみたいに、教えるのが上手くなれる? 佑芽と千奈に実践してみたい」
「そうですね……それは言語化が難しい。フィーリングで話すことになりますが、よろしいですか?」
「うん。感覚的な話を理解するのは、いつも使わない脳を使うから楽しい」
「では、たとえばの話ですが」
トントン拍子で進む掛け合いのテンポ。
青髪のプロデューサーは頬杖を突いて視線を下げる。
「一を聞いて十を知り、三歩歩いて一つも忘れぬ
「ゼロ。二まで知って、ダメダメでも頑張って三も知ったはずなのに、退化しちゃった。何も学べていない。あるいは学ばせてもらえなかった? まるで座学をしている時の佑芽や千奈みたい。わたしやその教師は、教えるのが下手?」
「下手ではありませんが、生徒の特性を理解していませんでしたね。その人の歩き方と忘却補正を知らなければ、その人に合った走り方を教えるのは難しい。ここで重要なのは、教師は特に走り方を教えているつもりはなかったところにあります」
「うわぁ……悲しいすれ違いだね?」
「ウサギがカメに、ウサギの歩き方を教えているようなものですね。カメからすれば、それは無理難題すぎる走り方です」
「ぴょんぴょんとハイハイの違い……言われてみれば、そうかも。……ならプロデューサーは、ウサギのように走れるようになったカメさん?」
「ある人達の言葉を借りれば、
「それはすごい突然変異。
「そういえば悪魔の化身は
「Q.E.D.」
オチがつく。
そこで月村手毬が不機嫌そうに言った。
「ねえ、あのさ……人が勉強してる時に、目の前でいちゃつかないでくれる? うるさいんだけど。集中できないから黙ってて」
「おや。ごめんなさい。まだ終わっていなかったとは」
「ごめん。午後の座学は免除だからヒマだった。つい」
「くっ……!」(じゃあ私にも勉強教えてよぉ! プロデューサーとばかりお話してズルい! 私もプロデューサーのこと独り占めしたい……!! 誰でもいいからお勉強教えてっ! ここわかんないのぉ~~~~!!)
篠澤広は立ち上がる。
「わかった。わたしが教える。今のプロデューサーの話を踏まえて、今回は犬種の中で足が遅いパグのような歩みで教える」
「もっと早く教えてもいいんだけど!? たとえばドーベルマンみたいに!」
「手毬は、ドーベルマンじゃないと思う。……小さいのに攻撃的な、チワワ?」
「どういう意味!?」
「そのままの意味」
§
数時間後。窓の外が暗い、照明が明るい教室。そろそろ夕飯の時間帯。
「よし。手毬はいい感じ。千奈はどう?」
「バッチリですわ! 会心の出来ですのぉ! プロデューサーのこと、これから先生とお呼びしてもよろしいかしら!?」
「構いませんよ。少々くすぐったいですが。──しかし私のこと、プロデューサーとしてより、家庭教師として尊敬されてます……?」
そんなことはないが、まだ信頼が積み上げられていないのも事実である。ただ訳が分からないレベルのスパルタをアイドルに強いるだけで、まだ何も実績を上げられていないのだ。そのため近日開催される中間試験の結果次第で、プロデューサーとしての評価が確定する。
そこで篠澤広が問いかけた。
「プロデューサーは? わたしが勉強を見るまでも無さそうだけど……正直プロデューサーの学力なら、もう大学院に行ったほうがいいと思う」
「しかし研究に時間を取られるわけには行かなくてですね。──では篠澤さんの大学で習った科目の講義をお願いします」
「なにがいい?」
「薬学系だと嬉しいですね。次点で農耕や医療等の関係に繋がりそうな工学系・物理系などなど。最後は篠澤さんが専攻していたモノを全て吸収したいです」
「わかった。お安い御用。……プロデューサーのためなら、頑張って教える、ね」
§
数時間後。深夜の168事務所。
月村手毬と倉本千奈は、既に帰宅している。
青髪のプロデューサーと篠澤広は、静かに白熱する講義を続けていた。
ホワイトボードには、大学の教授達を唸らせるほどの難解な数式がビッシリと書き込まれている。
パイプ椅子に座る青髪のプロデューサーは手と足を組んで傾聴しており、たまにタブレットにメモ書きを残す程度。
篠澤広は一度も発言に詰まることなく、立て板に水のごとく
「────ということです」
「ありがとうございました」
「……プロデューサーは、すごい、ね」
「…………」
「佑芽が、よーいドンで転んじゃう最速のうさぎさんなら……プロデューサーは、よーいドンで背中に積んだジェットパックで飛んでいくカメさん……」
「なるほど。用意周到という意味ですか。ま、そうでなければ誰よりも速いうさぎさんに勝てるはずがないですからね」
「佑芽から聞いた、よ。徒競走で勝ったのに負けてあげて、プロデュース、試験次第では引き受けるんだって、ね?」
「可能性の話です」
青髪のプロデューサーは席を立つ。すると篠澤広が屈んで歩いてきた。美顔の微笑。上目遣い。無意識なのか意識的なのか、一直線に接近してくる。
「プロデューサー」
「なんでしょう?」
袖すり合う距離。身長差。
見上げて、見下ろす、間柄。
「……プロデューサーは、わたしをレッスンで鍛える時……いつも、冷めた目で
「見下してはいません。
「ふふ……わたしも、プロデューサーのこと、見下ろしてみたい」
「……はい?」
青髪のプロデューサーは困惑する。
本人も無自覚な気持ちは、少々読みづらい。だが小宮果穂との交流のおかげで、なんとなく分かる。おそらく負けず嫌いの兆候が励起した。このままでは篠澤広より大学の成績が良くなることに、何かしら思うところができたのかもしれない。
「…………どうぞ、ご自由に。ひざまずけばよろしいので?」
「ううん。わたしが、机の上に立つ」
「さて、登れるかどうか……」
数分後。
「ぜえ、はあ……ぜえ、はあ……っ────よ、よし……登れ、た……」
「……よもや椅子に足を置いて机に手を突き体を持ち上げるだけで三分も掛かる人は、小児以外で初めて見ました」
「ふふん……おかしい……見上げられているのに、見下げられている……もう、見下げ果てちゃった……?」
「愛想は尽かしていません。尽かしているのは、あなたへの期待だけです」
「ふつうにひどい……」
篠澤広は机の上で佇む。
すると青髪のプロデューサーは、心底
「こちらからも、ひとつ質問が」
「なに?」
「あなたはよく、私の心理を読み取ってきます」
「うん」
「その際、本当は私がどう思っているのか察しているのに、わざわざネガティブな解釈をしてきます。それはなぜですか?」
「たとえば?」
「……」
「ふふ……プロデューサー……すごく、面倒臭がっている……」
「そりゃあそうでしょう。ここまで遊ばれたのは久しぶりですよ。まさか
つまり篠澤広は、青髪のプロデューサーの態度に────
ならば青髪のプロデューサーは、手強い篠澤広に────
「仕返し?」
「ご褒美?」
「正解」(わたしにとっては)
「不正解」(俺にとっては)
「意見、合わない、ね」
「趣味も合いませんね」
「以心伝心。わたしとプロデューサーは、相性いいのかも」
「こんな以心伝心はごめんこうむります。吐き気がします」
「わたしは、好きだよ?」
「…………」
ド直球の好意をぶつけられた青髪のプロデューサーは、この乙女心満載の少女をいかにして躱すか瞬発思考。
「いい加減にしてください」
「……!!」
突然の低い声。男らしい胴間声。声変わりのような裏返った声も混じっていた。それが気になる篠澤広だが、それよりも。事務所を出ていこうとする青髪のプロデューサーの背中を呼び止める。
「どこ行くの?」
「帰ります。────あなたも来ますか?」
「──ぇ……」
「……フッ」
篠澤広は目を見開き、赤らんで硬直する。
微笑んだ青髪のプロデューサーは、その隙を突いて帰路に就いた。
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