【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
第四週・中頃。
夜の八時半。
初星学園は男子寮。青髪のプロデューサーの自室。
アルファはパソコンで仕事をしながら、通話画面に映る小宮果穂と会話する。
「それで────果穂。わりぃな。ちょっと忙しすぎて週末は帰れそうにない。たぶん来月もそうだ。月末は仕事に忙殺されて帰れそうにないなーこりゃあ……」
「! そうですか……いえ! 無理しないでくださいっ! あたしは平気、ですっ!」
「……」
明らかに寂しがっている。
アルファもそろそろ問題児達から解放されて安らぎを得たい。
「休日……俺のところに、遊びに来るか?」
「──!」
「────や、ダメだ。今のは無し。リスクが高い。……フリじゃないからな?」
「……」
小宮果穂は一瞬迷った。
初星学園への入場許可。男子寮への入場許可。どういう関係か訊かれるだろう。アルファが人気アイドルであることがバレたら大学生活がままならなくなる。邪魔だけはしたくない。何をしてでも会いたい気持ちをぐっと抑える。
「……はい!」
「……あー。それで、果穂……ひとつ報告があるんだけど……」
「?」
「……────今度、ひとりの女性を口説くつもりだ」
「!!?」
「プロデューサーとして、アイドルをスカウトするために」
「……!!」
小宮果穂は目つき鋭く頬を膨らませる。
「────もうっ! アルファさんは、いじわるですっ!」
「はは!」
てっきり、また恋人を作るのかと勘違いしそうになった。
相変わらず、いたずらが好きな少年である。困ったものだ。
「……でも、その人のこと……きれいだなーって思ったから、スカウトするんですよね……?」
「ああ。……そうだけど?」
もやっ。もやもや。
曇ってじめったとした気持ち。まるで雨の日のよう。
そして頭に浮かぶ、どうしようもないのだけれど、わくわくする質問。
「……もし、あたしが普通の女の子だったら……アルファさんは、あたしのこと────」
「スカウトしない」
「! っ!?」
「なんせ
「ッ────!」
ほわっ。もじもじ。
湧いて出てきてくすぐったい気持ち。まるで夜の晴れ模様。あるいは朝の雨上がり。雀がチュンチュンと泣いている。
「あ……アルファさんは、えっちですーっ!」
「ん? そうか? ふつうに、告白の意味だったんだけどなー?」
「……!?」
「果穂は、何を考えてたんだ?」
「っ~~……も、もうっ……! もぉ~~~~~~っ……!!」
からかい好きのちょいワル男子は、膝を叩いて笑い転げる。
いつか絶対に弄り返す。未だ幼きヒーローのつぼみは、魔王を倒すべく日々の修行を積むのであった。
「次は、絶対! あたしがアルファさんを恥ずかしがらせますからねっ!」
§
第四週・最終日。
深夜の街中。五月の足音が近づく頃。
ビル街の合間にひっそりと存在する地下への階段。その奥に、昼は喫茶店だが夜はバーとなる、名実ともに隠れた名店が佇んでいた。
謙虚な閑古鳥を鳴らす店内のカウンターでは、青髪の好青年と可愛い美女が席に並んでグラスをあおぐ。
最初は数人ほどいた客達も、徐々に立ち去っていく。
やがてバーテンダーを除けば、ふたりっきりの飲み会となった。
「168プロデューサーくん。担当アイドル全員の中間突破、おめでとうございます」
「ありがとうございます、あさり先生」
あさり先生がグラスを覆うように持ち上げる。青髪のプロデューサーも同じようにグラスを持ち上げて、カランと乾杯、氷の音を鳴り交わす。跳ねる果汁とアルコール。
「こうして、あさり先生とデートするのも何度目でしょうか」
「──ぶふっ……!?」
危うく吹きこぼすところだったあさり先生は、鼻を隠して口元を隠す。
「なっ……いきなり、なんですか……?!」
「おや。デートだと思っていたのは俺だけで?」
「っ!? せ、先生は……っ! あくまで、生徒の勉強に付き合い、その活躍と苦労をねぎらうために……」
「それなら先輩や他の上級生皆様の時のように……教室で反省会という名のお弁当会でも開けばよろしかったでしょう。わざわざ俺とふたりきりで夜のバーに来る必要って、ありますぅ~?」
「そ、それは……! あなたが誘ってくるから……!」
「ははは」
「むっ……先生をからかいましたねー?」
青髪のプロデューサーは、イケオジのバーテンダーに「おすすめを」と注文。
ジントニックにジンジャエールが加えられたカクテルが差し出される。
「あら? プロデューサーくん。お酒はダメですよ……?」
「言われるまでもない」
青髪のプロデューサーは机を二度たたく。
するとバーテンダーが解説を始めた。
「こちら“ロンドンバック”と申します。意味は“正しき心”────」
「あら」
「あさり先生に贈る感謝の逸品です。どうかこれからも、我が心の正しき道しるべとなってください」
この店で差し出されるカクテルは、すべて一口で飲み干せてしまう。
量より質を重視する酒の割り方。選り取りみどりのお高い品ばかり。
それゆえか、客は気づかず、少量のお酒を大量に飲みすぎてしまう。
あさり先生はグラスを呷る。
すぐさま青髪のプロデューサーは机を二度たたく。
バーテンダーは新たなカクテルを作り始めた。
「あさり先生」
「……はい?」
カラン、とグラスが置かれる音。
次いで、逞しい声色が一瞬響く。
「好きです。あさり先生」
「────ふぇ……? …………え……えぇ……っ!?」
酒に酔った赤い鼻が、耳まで染まって恋の色に赤面する。
「ちょ……オトナを……! 先生をからかうのはよしなさい……!」
「根緒亜紗里さん。真面目なお話です」
「っ……!!?」
バーテンダーが二杯のカクテルを差し出す。
「こちら、“カンパリソーダ”。意味は“一夜限りのドライな関係”────」
「……!」
「そして、“
「……────」
バーテンダーは解説する。
「スクリュードライバーは黄色い見た目の通り、ウォッカとオレンジジュースを組み合わせたカクテルです。一方、カンパリソーダは情熱的な朱色の見た目の通り、イタリアンハーブを炭酸水で割ったカクテルです。──前者は華やかに甘く、後者は
あさり先生は、ぽわぽわした脳内で必死に思案する。
二杯のカクテル。そこには意味があるはずだ。間違いは許されない。
(一夜限りの……ドライな関係……教師と生徒として、そんなのは絶対に────)
あさり先生は、すぐさま“女殺し”に手を伸ばす。
刹那、その手の甲にアルファの逞しい手が覆いかぶさった。
あさり先生の選ぼうとする手を、みじめにも止めに入った。
美女の視線は冷たく叱るように、となりの少年を突き刺す。
「……手を、どけてください」
「いいえ、先生。あなたは今、致命的な
「……?」
「本当に感心しませんね。俺は今さっき“正しき心の道しるべ”となるよう、お願いしたというのに……であれば、そのカクテルは選ぶべきではない。恩師たるあなたに、選択肢を間違えさせるわけにはいかない」
「……!?」
あさり先生は混乱する。まさか“女殺し”が間違いだというのか。なぜ?
「思い出してください。俺の
「……────」
なんとしたことか。それだけはイケナイ。
あさり先生は赤面する。
アルファは、確実にお持ち帰りするため落とし穴こそ用意したが、尊敬すべき師に恩を仇で返すような振る舞いはしない。つまり、
「……ね? まさしく
「────────」
もしもアルファが止めなければ、あさり先生は選択を誤り────
度数の高いウォッカのせいで、酔った勢いでお持ち帰りされていた。
その後は、逞しく激しい
「────では……“カンパリソーダ”とは……? 感心しませんね。どちらも“YES”しか用意しないのは……であれば先生は、もう何も飲みませんっ」
「おやおや。であれば、最後まで聴いてください。俺の
「っ……?」
アルファは机を二度たたく。
するとバーテンダーが口を開く。
「カンパリソーダは、さっぱりとしたひと夏の味わい」
すかさずアルファは告白する。
「あさり先生。あなたは、私が今まで出会った女性の中で、一番かわいい大人の女性です」
「……!」
「このまま酔わせて旅の宿に連れ帰りたいのは本心ですが、そうであれば“女殺し”を止めなければ良かった。ええ、そうです。俺は中学生だ。たったひと晩でも交際すれば条例に反する。俺のせいで、あさり先生を罪な女にすることはできない」
「……」
「しかし俺も、恋した女を手放したくはない。そこまで潔くはない。そこで閃きました! 怪盗のごとく、あなたの心を“正しく”奪い去る方法を。ええ────我ながら名案です!」
もったいつける青髪のプロデューサーは、今もまだ覆っているあさり先生の手の甲を取って、席を降りる。片ひざを立たせてじっと見上げる。さながらプロポーズのよう。
「あさり先生。────あなたをプロデュースさせてください」
教師は、否。
美女は、息を呑む。
「ひと晩の過ちは犯せない」
視線のやり場に困る。酔ったせいか視界が霞む。
まっすぐと見つめてくる、吸血鬼のように
「ならば
息が詰まる。何を言えばいいのか。
この子は、何をしようとしているのか。
「最後の桜のひとひらが散るまで。まだ猶予がある。それまでに私の恋は実らずとも、あなたの恋は輝かせてみせます。そうして俺は、独り勝手に満足する」
先日、彼から相談された。
今年の夏までには“飛び級で卒業したい”と。
不可能ではない。彼の学力は、学年トップの“大卒者”篠澤広と“超高校級”花海咲季の中間程度。申し分のない知力と、ただならぬ実行力があるため、ほんの数ヶ月で大学四年分の全単位を先取りすることは理論上、可能だろう。
故に根緒亜紗里は約束した。未来ある生徒のために全力を尽くす。それが教師の務め。
よくできた可愛い教え子が次のステージに上がりたいのであれば、そうしてあげたいのが
「もう俺たちは、長く一緒には居られない。薄い長旅より、濃い一期一会を。我が片恋を羽ばたかせ、あなたにプロデューサーとしての愛を捧げます」
「────……わ、わたし、は……」
アルファもとい青髪のプロデューサーは返答を待たず、柔らかい手の甲を解放する。
席に戻る。バーテンダーと目配せ。気づけば店内BGMが鳴りやんでいた。そして。
♪~the other side~♪
ジャンジャンとかき鳴らす前奏の音色。
ふたりは悠然とカウンターに向き直る。
「プラシーボ効果って知ってます? 二重の罠を仕掛けていました。酔わずに酔わせるのはお手の物でね!」
根緒亜紗里は“ただのカンパリ”を。
アルファは“ただのオレンジジュース”を。
グラスを持ち上げて、飲まなかった。
ソーダやウォッカなんて入っていない。
ほんとうに? もう何もかもが信じられない。
「教師と
アルファは机を三度たたく。
バーテンダーが酒瓶を滑らせる。
受け取った男は
それは
「あくまで表向きはイベントの範疇です。あさり先生がアイドルになるのも夢がある!」
男は笑う。楽しそうに夢を語る。
「みんなの目を釘付けにしましょう。まだ見ぬ桜の景色を、俺と共に観てみませんか?」
男は、遅咲きの春への道しるべを指し示す。
「さぁ教師を取るか、アイドルも取るか!」
男は晩酌する。黄色い果汁にウォッカを注ぐ。
すかさず女は、
「お断りします。あなたの突拍子もないイタズラには付き合いきれません」
すると男は去りゆく腕を強引に掴み取り、女の逆鱗に触れ込んだ。
「やめてください!! お遊びじゃないんですよ!? わたしは先生で! 君は生徒です! それだけでいいじゃありませんかっ!! 桜の景色と言ってましたけど、花見はひとりでも観れるんです! 私はあそこの教壇から応援してます! それに私は……ドームの上に立つべき人では────!!」
だからこそ、男は吼えた。
「
「っッ!?」
「だからこそのプロデューサーだ!」
女は狼狽。おそるおそる問いただす。
「本当に……私で、いいんですか? だって私は先生なんですよっ!? おかしいですよ! それにそれに……あなたの評価には、ならないんですよ……?」
だからどうした。面白さを求めないで何が人生。何が評価だ。
「あなたは平穏と、苦楽ある日常。どちらがお好みですか?」
場が静まり返る。
やがて女は、どうしてもはにかんでしまって────赤らみ、視線を逸らしながら問いかけた。
「どうやって……プロデュースする気なんですか?」
男はバーテンダーと目配せ。
よしきたと机を二度たたく。
「先生をラスボスにします。7月のライブにイベントを開催するんです!」
バーテンダーは二つのグラスにウォッカとオレンジジュースを注ぐ。
「私は初心者ですよ? たった二ヶ月で?」
「必ず成功しますよ。私がプロデュースするんですから」
「本当に?」
「ええ」
「ほんとの?」
「ほんとです」
ならばと、女は観念した。
バーテンダーが二個のグラスを置く。
それぞれ
「……わかりました。プロデューサーくんには10点をあげちゃいます」
しかし女はため息をついた。
「プロデューサーくん。君は前例のないことをしようとしていますね?」
「フッ……ええまあ。それが俺の日常なんでネ!」
ちょいワル男子は二個のグラスを持ち上げて、大人の味をあさり先生に手渡す。
乾杯。一気に呷って『ぷはぁ!』と一息。
男は手を差し出す。女はその手を取った。
「やるからには、全校生徒に勝ちたいですっ!」
「なんだ。やる気満々じゃないっすか!」
男は腰に手を回す。
女は天井を仰いだ。
ふたりはくるくると回り、勢いのまま店外に飛び出す。
涼しい夜の街。夜の帳が降りた眠れる街。
人っ子ひとりも通らない、閑静な裏通り。
踊りきった女は全体重を預けて海老反りとなる。
華奢で可憐な肢体を受け止めた男は、ぐいっと顔を近づけて────
沈黙。
見つめ合う。
あさり先生は赤らんで瞳を逸らす。
「……さて、このまま旅の宿に連れて行ってもバレないかな?」
「っ! こら! アイドルに手を出したらダメですよ……っ!」
「ええ。ですから、花見が終わる時までは────」
ぐぐいっと近づく。鼻先同士がキスをした。
「────」
「本番は、お預けです!」
「っ~~~~! そ、そういうの……どこで覚えてくるんですか……っ!?」
まさか中学生相手に、こんなにドキドキすることになるとは思わなかった。色々と恐ろしい上に、満更でもない自分にも恐ろしさを感じてしまう。
卓越した口説き文句の
────好ましく、思えてきている。
ただの師弟関係のそれから、男女のそれへと。
「……それにしても、プロデューサーくん。あのバーテンダーさんは、一体何者で……?」
「フラッシュモブですよ」
あさり先生は、目をぱちくりとさせる。
人生で初めてフラッシュモブを受けた。
「実は今日は閉店なんです。だから店に入っていた客達も含めて、
「……っ!?」
「誰にも迷惑を掛けない、独りよがりではない、相手に恥を掻かせることもない、あなたを喜ばせるためだけの、親愛なる配慮のサプライズ────素敵に思われたのでしたら幸いです。お楽しみいただけましたでしょうか?」
この子は、なんとも末恐ろしい。
人が、女の子が、喜ぶツボを心得ている。
「────はいっ……とっても素敵な夜でした……!」
「ではラブホへ」
「はぃっ────っっじゃないですぅぅぅっ!!? ちょっとぉ! いい雰囲気だったのにぃ!! ちゃっかりどさくさに紛れて、なんの承諾を得ようとしてるんですかぁ……っ!?」
「あははっ! 素直な気持ちを口にし続けているだけですよ! このように俺は暴れ馬なので、どうか気を抜くことのないように! ちょっとでも油断すると……ぱくっと食べられちゃいますよ?」
「っ────」
♪~Shape of You~♪
ズルい目つき。
妖艶なキメ顔。
無邪気な笑顔。
あでやかさと。
さわやかさが。
相反する──。
紅顔の美青年。
嗚呼、たしかに。
これは油断すると────
§