【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
第五週・一日目。
朝方。
初星学園の女子寮。
藤田ことねは朝食を取るため共用スペースに訪れる。
ふと黄色い声。なんとも騒がしい。
(……ん? なんか、あそこ騒がしいな……)
視線の先には女子の群れ。
それに取り囲まれているのは、少し困った顔をする青髪のプロデューサー。
(あっ……あの男の人、この前の中間試験で話題になった……。──つーか、みんなイケメンだからってキャーキャー騒ぎすぎだろ……キャーキャー言われる側のアイドルが、ただのイケメンプロデューサーにキャーキャーしちゃってどうすんのさ……ハァ……まったく……)
呆れかえる藤田ことねはあくびをする。彼女は知らない。のちにその内心がブーメランとなることに。
ふと彼女の横を通過した月村手毬が、鋭い声色で呼びかける。
「
「! 月村さん……」
「何か用ですか? アイドルより目立って恥ずかしくないの?」
「いやー、はは……これは私も想定外と言いますか……」
藤田ことねは蚊帳の外に避難しつつ、さりとて盗み聞きする。
(この学園のアイドルより目立っちゃうのは、そりゃあそうでしょうよ……誰もが落ちこぼれと思っていた学年最下位のコンビを、たった一ヶ月で鍛え上げて中間試験を一位通過……そのうちのひとりは、中等部でトップユニットを張っていた
藤田ことねは熱く語りながら、しゅんと落ち込む。
(ハァ~あぁ~……あたしも落第生で落ちこぼれみたいなもんなんだし、スカウトしてくれないかな~……でも一ヶ月も音沙汰なしなら、そういうことだよねぇ……この前も
藤田ことねは考えることをやめる。こういう時はお金の話だ。バイトにバイト。レッスンにバイト。実家に仕送り。バイトに選抜試験。レッスンを積み重ねて勉学もバイトも同じくらい積み重ねる。休みなんてあろうはずもない。
そこへ篠澤広と花海佑芽が現れる。
「あ。プロデューサーだ。今日はどうしたの?」
「! プロデューサーさーん! もしかして、あたしのことをスカウトする気になりましたかー!? まぁダイヤモンドシーズンの
(プライドねー奴いたぁあああああ!?)
藤田ことねは、あごが外れるほど青ざめてドン引きする。
(っ……──でも、それくらいなりふり構わないと……成り上がるなんてのは夢のまた夢、ってことなのかぁ……っ?)
藤田ことねは頭を抱えて身を揺すり天を仰いで葛藤する。
愛嬌を振り撒くのは大の得意だが、今この場この時はまずい。衆人環視の中、青髪のプロデューサーにスカウトしてほしいなぁ~♡ と打診すれば、おそらく周囲の女がすべて! 敵に回る……!! TPOは弁えねば即、死に繋がる……ここは機会を待とう。などと藤田ことねは思い、見送ることにした。
「──……いえ、また出直してきます」
青髪のプロデューサーは立ち去る。いったい何用があったのか。
ともあれ女子寮は、元の静けさを取り戻す。
(…………────今か?)
藤田ことねは抜き足差し足忍び足。そそくさと共用スペースを抜け出して後を追う。
しかし先達がいた。女子の群れの最後尾で佇んでいたクラスメイトの白髪少女も同じことを考えていたようす。
「あっ────あのっ!」
「?」青髪のプロデューサーは振り返る。
とっさに藤田ことねは柱の陰に隠れた。
「あの、センパイ! わたしのことも……プロデュース、してくれませんか……!?」
「……」
「と、友達が、スカウトされて……ダイヤモンド
「……────でしたら、今日から事務所に遊びに来てください」
「っ!? え、それって……」
「柱と生垣の裏に隠れているおふたりも。──何かを極めたくても教えてもらえないのであれば、
『────っっッ!!?』
青髪のプロデューサーは、今度こそ足早に立ち去る。
柱の陰では、神妙な面持ちをする藤田ことねがうつむいており、
生垣の裏では、アホ毛に葉っぱを載せる花海佑芽がうずくまっていた。
(……や、でも、あたしなんて……行ったところでさぁ……)
藤田ことねは自信なさげにスマホを取り出すと、いつも通りバイトを探し始めた。
§
昼下がりの168事務所。
篠澤広・倉本千奈・花海佑芽の三人組が、憩いの教室にやってくる。
「おはよう」
「おはようございます、先生!」
「おっはようございまーっす!」
続けて月村手毬が入ってきた。
「プロデューサー、おはようございます」
「はい。おはようございます。全員揃いましたね。──花海佑芽さんは自由にくつろいでください。ただし事務所内で見聞きしたことは部外秘ですよ。破ればスリーパーホールドで罰を与えたあと、今後一切、立ち入り禁止とします」
「は、はいっ!」(──す、スリーパーホールドって……容赦ないなぁ、この人は……それって一番やられるのが嫌な技じゃん……あれでお姉ちゃんに眠らされたの、今でも地味にトラウマだよぉ……! き、気をつけよう……っ!)
花海佑芽はソファに落ち着く。
しかしじっとしていられず、色々と見て回る。ちらちらと三人の背後から覗き込む。
「三人とも。4月末は、しっかりと休養できましたか?」
「うん。よく寝た」
「でも……試験が終わってから一度もレッスンをしていませんわ……」
「あれでしょ。超回復ってやつ。次のスパルタレッスンのために体を休ませてるんだ。そのほうが効率いいから」
「そういうことです」
青髪のプロデューサーはうなずくが、ここで一つ補足しておく。
「といっても、一番の目的は精神修養でした。私のマッサージによって、常に体調が万全となっていても……毎日スパルタレッスン続きでは精神が参ってしまいます。陰陽のバランスが取れてこそ、完璧なパフォーマンスを維持できる。そのための休養でした」
「なるほど」
「それで『好きなことをするように』、とのお達しでしたのね……! 納得ですわ! たしかに試験が終わってすぐにスパルタレッスンが続くようなら、一位を取れて嬉しくても、さすがに気が滅入りますもの……」
「…………」(どうしよう……ちょっと我慢できなくて、走り込みやレッスンをしちゃった……で、でも、プロデューサーの言うように、好きなことたくさんしたし……いっぱい食べたから……イーブンだよね……!)
「月村さんは、どうやら言うことを聞かなかったようなので……あとでスリーパーホールドで一休みしてもらいますね」
月村手毬は「ひぃっ!?」『ナンデワカルノォ!? コレダカラ エスパーハ ダイッキライィイイイイイッ!!』と怯えきって青ざめる。青髪のプロデューサーが言う“スリーパーホールド”というものがなんなのかは分からないが、おそらく想像を絶する恐怖を植え付けられるに違いない。月村手毬は頭を抱えながらヤダヤダとかぶりを振る。
「さて、今月の課題を提出します。ひとりずつ説明するため、篠澤さん以外は席で待機していてください」
月村手毬と倉本千奈は中央の机で待機。
いつものデスクに就く青髪のプロデューサーは、足元に並べられた三色の手提げ紙袋から、水色と黄色の縞模様の紙袋を持ち上げて膝の上に置き────CDケースを取り出した。
「篠澤広さん。あなたのソロ曲が完成しました。お受け取りください」
「……え……」
『────!!?』
篠澤広は真顔でおどろく。
周囲のアイドル候補生もびっくりしていた。
「ダイヤモンドシーズンの講堂では『初』を歌ってもらいますが、その後すぐ別の、ソロ曲を歌うためのミニライブを予定しています。それまでに歌えるようになってください。つまり練習期間は、今月の最終試験直前まで、となりますね」
「…………プロデューサー」
「皆まで言わずとも心得ております。まったく……ハァ────」
青髪のプロデューサーは椅子の肘置きに肩肘を突き、目元を覆ってため息をつく。
しかしその口角は糸を引いており、苦笑でもあるのだが、どこか楽しそうだった。
「
────あなた、篠澤広のことが好き過ぎでは……? というか、変態では……?
「ふふ……ここにいるプロデューサーは、ちがうんだ……?」
「特に好悪はありません。かなり面倒に思っている程度です。しかしまぁ……やりがいはありました。私の
「……──こちらこそ」
篠澤広はCDケースを受け取る。
「……わたしだけの、曲……ねえ、プロデューサー……なんだか、うれしい、ね……」
「そうですか。それはなによりです。天国と地獄を反復横跳びした甲斐がありましたね」
さっそく青髪のプロデューサーは、新曲も踏まえて課題を出す。
「こちらは、今月のレッスンメニューと、現行のスケジュール表です。ダイヤモンド最終試験に向けた錬成内容は、その横にダイヤのマークがあります。新曲初披露のミニライブに向けた錬成内容は、その横に植物のマークがあります。分かりやすいですか?」
「うん」
「であれば、達成できた課題項目は、こちらの雑貨タイプのスタンプから、お好きなものを選んで押してください」
「……サンドイッチ、トランペット、スニーカー、首長竜のぬいぐるみ、バタートースト、シックなドレス……ほかにもいっぱい……ふふ、かわいいスタンプ、たくさんある、ね?」
「以前おでかけしてウィンドウショッピングした際、よくこの手のものに意識が向いていたので、趣味趣向は把握していました。やる気になれたのなら幸いです」
「……プロデューサー。そういうのは、ほかの子だと怖がると思うから……わたし以外には、やめたほうがいいと思う、よ?」
「ええ。ですからやったのですが、あなたに効果がないとは予想外でした。残念です」
青髪のプロデューサーと篠澤広は同時に微笑む。
「加えて、お仕事があります」
「……うわぁ。重労働……プロデューサーは、わたしを過労死させたい……?」
「ギリギリ過労死しない安全圏を見極めてプロデュースしていますので、ご安心を」
「それで? どんなお仕事?」
「週一のライブ配信です。私が見守る中、五分から十五分程度の配信を予定しています」
「……わたし、無名だよ? 観に来る人、いるのかな……」
「少なくとも、27万1892人は、居ますよ」
「────え?」
「そして今の数字は、
篠澤広は、いよいよ驚きの連続で硬直する。
すでに心はグルグルしているため、そろそろ目を回しそうだ。
「実は篠澤広の公式ツイスタや公式ファンクラブのサイトを設営していました。レッスン時や休憩時間、授業風景やお昼寝している時の顔、中間試験で投稿許可をいただいた写真・無音動画などを投稿していたのですが……これが、なかなかどうして、思いのほか……とにもかくにもまぁ、バズりまして────」
「バズったんだ」
「はい。なんなんすかねこれ? 本人は一切発言していないんですよ? なんでバズるんすかね?」
「わたしに訊かれても知らない……」
「そうですよね。大変失礼いたしました」
青髪のプロデューサーも動揺している。
「おかしいなぁ……才能皆無と判断したからスカウトしたのになぁ……俺の目は腐ってんのかなぁ……?」
「本当に悔しがってる……プロデューサーとしてあるまじき言動の連続……ふふ……──ままならない?」
「ええ。何かと。ままなりません。今後の予定が全て崩れました。配信で少しずつファンを獲得して、才能皆無のアイドルが羽ばたいていく王道ストーリー展開が……なぜこうも時期尚早に……、……────ええ、まぁ、はい。別にいいんじゃないでしょうか? 人気がある分には。──ははっ」
「急に投げやりになった……乾いた笑いも聴いててゾクゾクする……ふふ……わたしのために、苦しんでるプロデューサーの顔も、とてもいい、ね?」
類は友を呼ぶ。どうやら変態には変態が寄りつくらしい。否、ここは変わり者と呼ぶべきだろうか。現に非公式のファンサイトでは“篠澤広と変わり者の集まり”といったものが複数、設けられている。やはりネットの海は制御するものではない。ただひたすら押しては引く波の上を、どうにかなれー! と思いながら漕ぐ場所である。
「ふぅ……以上です。レッスンに生配信にと、効率的に頑張ってください」
「うん。がんばる」
篠澤広は、しっかりとうなずく。
「では、月村さん────」
青髪のプロデューサーは、群青色の紙袋を持ち上げる。
月村手毬が席を立つ。
篠澤広は交代しようと振り返った。
「ああ、すみません。篠澤さんも聞いててください」
「?」
青髪のプロデューサーの前に月村手毬が仁王立つ。その横に篠澤広が戻ってくる。
「月村手毬さん。あなたのソロ曲です。お納めください」
「……! ……私のも、あるんだ……」
「当然です。なお中等部時代のご活躍から、
「……そ、そうなんだ……まぁ、私くらいの実力なら当然だよね」『ウ……ウレシィイイイイイイイイイイッ!!』
月村手毬は胸を張ってドヤ顔する。
しかし内心では、無邪気な幼女が水たまりの上で飛び跳ねるように、
「ただ少し気になったのは……製作陣のほとんどが子持ちだったことですかね。しかもお子さんの年齢が軒並み幼稚園児なんですよ。また、思春期の中高生の子供を持つママパパさんも多い印象を受けました」
「……ふーん……つまり、親子に人気があるんだ。私ってクールなアイドルだから意外だね。朝の番組とか出ちゃうのかな」
「いいえ。それは地球が爆砕しても有り得ませんね。有り得たら死んであげてもいいですよ」
「なんでそんなに断゛言゛するのぉ!?」
月村手毬は涙目で訴える。
そこに容赦ない追撃が飛んだ。
「その上、人気があるのは親御さんだけです」
「……え?」
「なぜなら彼らは次のように仰っていました。──『自分の子供には絶対に、てまちゃんの活動は見せない』と」
「なんでぇ────!?」
おそらく強気な言動が災いして、怖がった子供が泣いてしまうからだろう。口が悪いところも教育に悪い。また、内心では違うことを思っているかもしれないと伝えても、まだ幼い子供であれば、そんなことは難しくて分かりにくい。
「さて、ようやくこの話ができます」
『……?』
「決して交わらぬプリズムユニット『
『────』
すかさず篠澤広が警鐘を鳴らす。
「プロデューサーは、鬼。わたし、三曲の振り付けを覚えるのなんて、むり」
「できます」
「根拠の提示を求む」
「すでにあなたの性格が提示されているようですが」
「……────それは、そう。でも、プロデューサーは……わたしのこと、高く買いすぎ……かも?」
篠澤広は小首をかしげて、やや不安そうに胸を抑える。
たしかに篠澤広は艱難辛苦を望んでいる。ただし無理難題は────
「先日の中間試験は、無理難題では無かったと?」
「……!」
篠澤広は目を見張る。
(そうだ……もしもスカウトされた時に、中間試験で一位を取ることを、今みたいに言われていたら……たぶん、わたしは、むりって、断言していた。でも、試験の一週間前に、突然言われた時は……ふしぎと、
「言語化してください」
「……今は、むり。でも……再来週あたりには、できる。って、思ってる、かも」
「月村さんは?」
問われた月村手毬は、腕を組んで睨みつける。
「────当然、できます。二つの新曲の振り付けを覚える程度、プロなら簡単にこなせます」
「あ……期限、は?」
「早くてエメラルドシーズンの講堂にて。遅くとも夏の直前にある
そして青髪のプロデューサーは、月村手毬に今月のレッスンメニューとソロ曲用のレッスンメニューを配り、
ちなみに月村手毬の各種レッスンメニューに付属する雑貨用スタンプは、ラーメンのどんぶりやとんかつの衣など、どれも食べ物関係だった。一応、申し訳程度の小動物スタンプは用意されているが、明らかに食欲を誘いに来ている。
「ソロ曲とユニット曲の振り付けがごっちゃにならないように、ソロ曲の課題を達成してから、ユニット曲の課題を始めてください」
「……それだとユニット曲は、
「それは仕方ない。でも……プロデューサーは、エメラルドシーズンまでには、やってほしい?」
「いいえ。こちらの予想を超えるペースで成長した場合に備えてのエメラルドシーズンです。あくまで対策であって理想ではない。現に、元から『ICF』に向けて調整する予定でした。それはスケジュール表からも読み取れるでしょう」
「……そうなんだ」
「じゃあ、なんで?」
「中間試験において成績上位になることは想定済みでしたが……実際の出来が、私の予想を上回っていたからです」
『……!』
月村手毬と篠澤広は、褒められたことで少し赤らむ。
「歌・踊り・表現。その全てにおいて、おふたりは本番の土壇場でのみ真価を発揮するタイプでした。それが分かったことは収穫です。なので、あえてギリギリのスケジュールを入れました。逆境であればあるほど燃え上がるのですから。そのような特性を有しているのであれば、習得状況が万全でなくとも、ひょっとすれば────という博打です」
しかし青髪のプロデューサーは忠告する。
「ただし博打は博打。私は分の悪い賭けに
ふたりはうなずく。文句はない。
要するに、細かいことはプロデューサーが考える。
アイドルは無心で全力で、課題をこなせば良いのだ。
「……ところで、プロデューサー……」
月村手毬が問いかける。
「私のファンクラブとかは、ないの……?」
「もちろんありますよ。ただし、それがどこにあるとか、何がしたいとかは、一切教えませんし、受け付けませんが」
「なんでぇ!?」
疑問を吠える月村手毬を無視して、青髪のプロデューサーは次を呼ぶ。
「では、話は以上です。────倉本さん」
「くっ……!」『プロデューサーノ バカァッ!』
青髪のプロデューサーは、橙色の紙袋を持ち上げる。
ネバミクのふたりは席に戻った。入れ替わりに、ずっとそわそわしていた倉本千奈が小走りしてくる。
「はい! 先生!」
「お待たせしました。こちら、倉本千奈さんのソロ曲です」
「~~~~っ……! これが……わたくしの……!」
「はい。あなたの持ち歌です。ダイヤモンドシーズンの講堂で初披露する予定ですから、それまでに習得してください」
「────へ?」
倉本千奈は目をパチパチと鳴らす。何を言われたのか理解しがたい。月村手毬と篠澤広は、次のシーズンで新曲を初披露する予定との話だった。しかし自分だけ、なぜ今回のシーズンで初披露なのか。ふたりは練習期間が二ヶ月はあるのに、自分はもう一ヶ月もない。あと二十数日で、二曲の歌詞と振り付けを覚えろと言うのか。
「一曲目は『初』です。歌い終わったら五分ほどトークを挟み、
「──トークもあるんですの……?」
「二曲目にソロ曲でフィニッシュ。天蓋の関係でライブの日程は天候に左右されますが、必ず日本晴れにしてみせます」
「天蓋……? なぜそこまで大掛かりな……?」
「では、そのつもりで一位合格を目指してください。こちら各種レッスンメニューです。様々な花弁のスタンプを用意しました。頑張ってください」
「あ、あの……先生────」
「さもなくば倉本の翁によって、私のクビが飛ぶだけです」
それを言われてしまっては、もはや何も言えない。やるしかない。やるしかないのである。
「……も、もぉおおおお……! 先生は、先生はっ……! 本当に鬼教官ですわぁ……!!」
「ワンミスも許されない期限付きの突っ走りですからね。それはもう限界を煮詰めますよ」
倉本千奈は頬をぷっくり膨らませて、青髪のプロデューサーは心から笑う。
「もちろん……わたくしも、それくらい特訓しなければ、アイドルとして羽ばたくことはできないと、承知していますが……────こほん。ところで、先生? わたくしのファンクラブなどは……」
「当然、設営済みです。ファン数は少ないですが、根強い人気を獲得しており、深みにハマったファンが着実に増え続けていますよ。近々グッズ展開も予定しておりまして、それについての相談も後日改めて」
「まぁ……! はい! ぜひ! わたくしのファン……いったいどのような方達なのでしょうかぁ……! 楽しみですわぁ! もしかして、握手会などもあるのかしら……!」
「そのあたりも含めて、倉本さんがやりたいことを煮詰めていきましょう」
最後に青髪のプロデューサーは発破を掛ける。
「さて、さっそくレッスン開始です。まずはメニュー通り、専用レッスン室で、柔軟体操・ストレッチ・筋トレ・マッサージ・歌唱練習・振り付け練習・河川敷────の順でこなしてくださいね。なおマッサージに関しては、初星学園が誇るマッサージトレーナーを雇いましたので、私が居なくても大丈夫でしょう。普通、異性同士のプロデューサーがアイドルの体を触るものではありませんからね。しかし実績を積まねば雇えなかったので、ようやくです」
これで三人の面倒をいっぺんに見続ける気苦労から解き放たれる。
青髪のプロデューサーはそう言いたげに、深々とため息をついた。
「……そうなんだ。プロデューサーのマッサージ、とても気持ち良かったのに……ちょっと、いやかなり、残念」
「……私もです。もう、してくれないんですか……?」『ヤダァアアア! サビシイヨォオオオオッ!』
「あ、あの……わたくしも、たまにならで、良いので……」
青髪のプロデューサーは眉間にシワを寄せる。
「思ったより高評価ですね……しかし誰がやってもあまり変わりませんよ。私が見つけた各々の
「……むぅ」
(そういうことじゃ、ないんだけど……)
「…………」(ど、どうしましょう、この気持ち……なんとか語弊が生まれぬよう、どうやって言葉に変えて伝えたものか……)
一同の不満そうな表情。
それを目にした青髪のプロデューサーは、全身がピクリと反応する。瞬発思考。
(────え? 嘘でしょ? もしかして……ほんのちょっとだけ無意識に、
思えば、肉体関係のない女性や、恋愛に発展しそうにない女性にマッサージを施したのは、記憶の限り、ほぼ初めてだろうか。全身
(そんなに気持ち良かったのか……? 知り合いの自衛官に叩き込まれたから、マッサージは野郎同士でしか試したこと無かったんだよな……恋人にマッサージしても高評価なのは、そりゃあ好きな男にマッサージされたら喜ぶのは普通だろって思ってたからだし────となると、ヤベェな。これもしかして、また好感度調整ミスってるか?)
今までマッサージをした分だけ、好感度や親密度が上昇しているかもしれない。
灯台下暗しとはこのことか。考えてみれば当たり前のことである。
(単純接触効果……は、厳密にはちと違うが……そりゃあ野郎に体を許しておきながら何もされなかったら、そのぶん信頼は積み上がっていくわな……クソッ。マッサージ中は煩悩滅却に忙しくて、そこんところが抜け落ちてたぜ……)
青髪のプロデューサーは好感度調整の一環として、何かを言おうと視線を上げた瞬間。
突として花海佑芽が声を上げる。
「プロデューサーさん! マッサージが得意なんですか? あたしもマッサージには自信があるんですよ! あとで勝負しませんか!?」
「……あー。時間がありましたらね? ──さ、早くレッスン室へ。私はやることがありますので。……花海佑芽さんもレッスン室を見学していいですよ。あまり収穫はないと思いますが」
ふと篠澤広が問いかける。
「やること?」
「色々ですよ」
続いて月村手毬が問いを投げる。
「待って。少し質問があります。ソロ曲用のレッスンメニューを半分こなした箇所に『プレゼント』という補足が……」
「あ、それはわたくしも気になっておりましたわ……!」
青髪のプロデューサーは廊下側の引き戸を開けながら、わざとらしく答えた。
「おっと。プレゼントの件、すっかり忘れていました。あとで隣室を見に行くといい。まだ試作段階ですが、
『……っッ!!!』
「気になりすぎてレッスンどころではなくなりましたか? だから黙っていたんですよ。キャッキャしたいなら今日のタスクを終わらせてからにしてくださいね? 乙女達!」
§
翌日。第五週・二日目。
朝方の初星学園・女子寮の正門前。
快晴の歩道。
青髪のプロデューサーは悩ましげな面持ちで、腰に手を当てながら姿勢を崩して佇立する。
(さて、どうしたものか……中に入れば人気者。外で待てば不審者。これではスカウトもままならない……昨日は校舎で見つけてスカウトしようと思ったが、どちらもバイトに寮長と忙しそうで行動範囲が絞りきれず、おかげでキャンパス内で迷子になっちまった……ふむ。先輩はどうやってスカウトする気だったんだろう? まさかストーカーしてバイト先を特定する? ここで突っ立って不審者扱いを覚悟する? 冗談だろ。そりゃ確実な方法だけどさ……)
青髪のプロデューサーは不平を洩らす。
(ハァ……まったくやりづらい……プロデューサー科の生徒といえどプライバシー保護の観点から、アイドル科の生徒の個人情報を調べ上げることは容易ではない……住所なんて以ての外だ。まぁ当たり前なんだけど……そのため、さすがの先輩も住所を調べることまではできていなかった。おそらくスカウトしたあと、さりげない会話の中で特定するなどして、なんとか親御さんへ挨拶に向かったんだろう。──プロデューサーとして、担当アイドルの保護者に面通し願うのは、礼儀として当然なのに……それを学園側がやらせてくれないのは、俺もちょっと不満なんだよなぁ……まぁ学生同士の関係だから、というのは至極道理なワケですが……むしろきっちりしてて好感は持てますよ? きっちりしすぎてて融通が利かないところに不満を持っているだけでして!)
青髪のプロデューサーは、内心で愚痴を垂れながら暇を潰す。
(もちろん学園を通せば数日の審査の上、あさり先生に頼めばすぐになんとかしてくれるんだろうけど……前者は手間ひま掛かるし、あさり先生だっていつもヒマなわけじゃあないからなぁ……好きな時に好きに動けないのは地味にイライラするぜ……ほんと、アイドル候補生を守るためのセキュリティとしてはバッチリだが、プロデュースの面ではデメリットしかない校則だ……。────あれ? もしかして俺、試されてる? これについて指摘したら、たとえば学園長から『担当アイドルをストーカーするレベルの情熱なくして何がプロデューサーじゃ!』とか説教されない?)
ありえないことを考えた青髪のプロデューサーは失笑、あくびをする。
(あ~……暇だァ……ひなたぼっこだぁ……無駄な時間だァ……これもう聞き込みしてストーカーして突撃するか? いやでもなぁ……さすがにストーカーはイヤだなぁ……! たぶん先輩なら悩むまでもなく
ふいに寮内から視線を感じる。疑惑の目付き。どうやら不審者扱いをされたようだ。誰かが近づいてくる。かなりの気迫である。
しかし話せば分かるはず。一応、先日の試験で注目は集めている。青髪のプロデューサーについて知っている人なら話は早い。知らなくても会話可能なら説得は容易だ。
(────おや?)
そんなところへ渡りに船。まっすぐと向かってくる人物は、青髪のプロデューサーがスカウトするため出待ちしていた人物だった。さっそく大手を振って挨拶する。
「あのー! すみませーん! 有村麻央さん、ですよねー?」
有村麻央。アイドル科の三年生。女子寮の寮長を任されている真面目な御仁。この三年間、鳴かず飛ばずのアイドル候補生である。おそらく後がなくて困っているはず。ならば相手の意向に沿った上で、適切なプロデュースで羽ばたかせるまで。
「……────」
しかし返答がない。
それどころか、相手の様子が、どこかおかしい。
断固とした
義憤に燃える愚直な戦闘意志。
激しい思い込みからくる蔑視。
善悪の決めつけが如実に現れた睨みつけ。
(おっと……)
おそらくそうなるまでに、何かしらのトラウマが存在したのだろう。
推測する。同情する。理解する。納得する。
だがしかし受容できるかどうかは別問題だ。
「あの~……聞く耳は持たない感じ……っすかぁ……?」
恐怖によって震える声色。
幼き日の
会話の通じない人間は危険だと、心臓がひときわ萎縮して高鳴る。
「────あなた、ここで何をしているんです?」
(────! 会話できるじゃん! って────)
アルファは落ち込む。これはさすがにしゅんとしてしまう。それも無理もない。
なぜなら有村麻央の会話姿勢は、
アルファは自罰する。不審者の振る舞いを見せた自分が悪い。相手は何も悪くない。だが少しくらい話を聞いてくれてもいいではないか、とも思う。無論、長身の男と小柄の女。格闘技を身につけていることは足運びから分かるものの、純粋なフィジカルでは女性側が圧倒的に不利。それは生物として歴然とした確固たる事実。そのため対等な話し合いに持ち込むため、背後を取って締め上げる算段に移行することは道理かもしれない。だが、その道理をわきまえた上で────どうしてもアルファには、我慢ならない
幼少期に経験した“あらゆる地獄”を想起する。
「……私はプロデューサーです。座席番号は168────」
眼前から有村麻央の姿が消える。うまく身長差を活かして瞬時に屈み、死角に滑り込みながら背後に回る。卓越した歩法である。それを察していながらアルファは敢えて見逃した。次の瞬間、アルファの手首がひねられて締め上げられる。
「抵抗は無駄ですよ。とりあえず警察に通報を────っ!?」
有村麻央は動揺する。
(え、
「有村さん────」
有村麻央は二の句を告げさせずに捕縛攻撃。
対するアルファは最短距離で振り返る。それだけで防御と回避を同時にこなす。たぐいまれなる歩法である。
女は反撃を警戒して先手必勝。正拳突きを繰り出す。
男は平手打ちで拳を打ち落とす。一切反撃はしない。
女のローキックと見せかけたハイキック。それは
男は半歩、身をズラすだけで紙一重の躱しを魅せる。それは一動作でローキックもハイキックも躱す先々を見越した事前回避。
互いにすり足。
「────あなたをスカウトしに来ました」
「問答無用!」
どうやら不審者を捕まえられないことで熱くなっているようす。
かといって捕まるわけにもいかない。無駄な通報をさせてしまう。おまわりさんに迷惑が掛かる。
しかし相手は強敵かつアイドル。下手な反撃は怪我の恐れ。
男は瞬発思考する。ある意味いつもの対応である。ここは全ての攻撃を躱しつつ、隙あらば確実な抑え込みの機会を待ち構え、あわよくば周囲の人間が止めに入ることを祈るしかない。
有村麻央の猛攻とアルファの回避。
超至近距離の鬼ごっこは一向に決着が付かない。
(くっ……! このボクが、遊ばれている……!?)
「なぜ遊ぶのか考えを及ばせてください」
「────っ!?」
「本当に不審者なら、もう逃げているはずでは? それと周りをよく見たほうがいい」
「────……ッ!!?」
そこは女子寮の中庭だった。
正門前で始まった戦闘は、いつの間にか舞台を移していた。
「あなたの負けですよ。外に追い出すはずが、中に追い込んでしまった。寮長として失格ですね」
「……っ!!」
「その思い込みの強さは、なるべく早く解決してください。……俺の心臓に、悪いですから」
アルファは青ざめている。心なしか顔色が悪い。今にも吐きそうな顔をしている。
「怪しい行動を取っていた自分に責任があります。誠に申し訳ございませんでした」
アルファは一礼。だが、いつもなら九十五度のお辞儀となるところ、今回は四十五度の一礼だった。どうやら腹に据えかねているようす。会釈したアルファは足早に立ち去った。
「ッ!? ま、まて……! 君を逃がすわけには────」
有村麻央のそばを通過するアルファの横顔。
それを目にした彼女は、言い知れぬ
「……!! ……────」
§
十数分後。
初星学園。川に架かる橋の上。
『────ツー、ツー。おかけになった電話番号は、電源が入っていないか、電波の届かない────』
通話を切る。
「あ゛~……何してんだ俺? 今は授業中なんだから出るわけないだろ……! 放課後あたりに心配されて折り返しの電話が来ちゃうなぁ…………ハァ~~~~……──意外と参ってんなぁ……割と重症だぁこりゃ……」
アルファは頭髪をかきむしる。そんなことをすればウィッグがズレる……ことは意識している。だがワックスで固めた頭髪が乱れることまでは意識できていなかった。青い髪の毛は、普段より
「あ゛ぁ゛~~~~! やばいっ! 気分・機嫌が、治らない……っ!!
急いで橋を渡り、草地の斜面を下って靴を脱ぎ靴下を脱ぎ、ズボンの裾を巻いて川に入る。袖をまくって水浴び。バシャバシャと顔に水をかけて洗顔。爽やかな河川の水流で心身を
「……?」
そこへ篠澤広が通りかかる。最近日課になってきた散歩である。というのも青髪のプロデューサーのおかげで、毎日の登下校が苦痛だった肉体も、今では五分程度の散歩なら苦痛に感じない肉体になっていた。特に足裏が痛くない。これは篠澤広にとって革命的だった。
「……プロデューサー? 何してるの?」
「────あ?」
水浴びする青髪のプロデューサーの背中に声をかけた。
振り返ってきたその顔は、明らかに不機嫌そうだった。
「……!」
それだけなら、どうしたのだろう、と思うだけ。
八つ当たりを避けたいなら、距離を置いてあげよう、と離れるだけ。
しかし目を奪われた。
いつもと違う不機嫌そうなギャップのせいだろうか。
低い声色。鋭い目つき。
逞しい手でかきあげた青髪は荒れており、水も滴るなんとやら。
青髪のプロデューサーは、大きな胸に手を当てて深呼吸をする。
「──……すぅ……ふぅ……────すみませんね。いま思いっきり八つ当たりをぶちかましましたね。面目ない。しばらく独りにしてください。ちょっと嫌なことがありまして。すぐ落ち着きますのでご心配なさらず」
「…………」
青髪のプロデューサーは死んだ魚のような目で、まったく申し訳なく思っていなさそうな声色で謝罪した。あらかじめ用意していたセリフを矢継ぎ早に口にしている。それは余裕のなさの表れであり、それゆえの対処法でもあった。
篠澤広は思う。
青髪のプロデューサーは、余裕がない時の対応の仕方を熟知して準備していた。そのため一応の謝罪と現状の心理状況の説明は口にできる。だが心は
つまり、まったく申し訳なく思っていない声色の理由は、別に謝りたくないわけではなく……八つ当たりしたことを謝りたくても、別のことに意識が固執してしまっている精神状態と言えた。
篠澤広は草地に体育座り。
青髪のプロデューサーは、やはり意識がほかのことに囚われているのか、すぐに篠澤広の存在を忘れて水浴びを繰り返す。
そして奇行に走った。
上着を脱ぐ。その中に財布やスマホといった貴重品・壊れ物を収める。袖を結んで丸める。ブンブン振り回して草地の上に放り投げた。向こう岸の草地に、団子となった黒スーツが転がる。
ざっぷーん。
ワイシャツのボタンは外しているが、途中で面倒になったのか。服を着たまま川に飛び込んで遊泳開始。雄叫びを上げながら全力水泳。傍から見たら奇人変人のたぐいである。これは初星学園の末代まで語り継がれる妖怪伝説になるかもしれない。
「ふふ……」
篠澤広は興味深そうにあごをさすり、それを語り継ぐ気しかない満々の笑みで、青髪のプロデューサーの奇行を見守った。
§
昼前。
初星学園・高等部校舎の廊下。
学園プロデューサーは、とある黄色髪の少女を捜していた。
(────! ようやく見つけた……!)
壁に腰掛けてスマホを操作する藤田ことね。おそらく新しいバイトでも検索しているのだろう。
「藤田ことねさんですね?」
「? あ、はい。そですけど……あなたは?」
「こういうものです」
学園プロデューサーは名刺を手渡す。
すると藤田ことねの背後から、青髪のプロデューサーもぬるっと姿を現してさらっと名刺を差し出した。
「私もご挨拶よろしいでしょうか?」
『!?』
学園プロデューサーは驚く。まさか青髪のプロデューサーも彼女を狙っているのだろうか。
藤田ことねは目を見張る。ついでに嗅覚が刺激的に反応する。
(うひゃあびっくりしたぁー!? なんか前より髪型がワイルドぉおおお! あとなんか知らねーけど大自然の匂いがするぅ……!! もしかして、ついさっきまで川で泳いでましたぁ!? そしてシャワー浴びたばっかですかぁー!? 風呂上がりのいい匂いがするし、毛先もちょっと濡れてるし……これ、水も滴る……ってやつなんじゃあああああ!? 初めてイケメンの風呂上がりを生で見ちゃあああ!)
藤田ことねのアイドルセンサーが反応する。この青髪の好青年は、おそらくアイドルになったほうが良いくらいの
「先輩。横槍失礼。女の子を尾行するのは性に合わないので、先輩を尾行することにしたんです!」
「……なるほど」
「え? どゆ話です?」
「スカウトは早い者勝ちという話ですよ! 先輩からのありがたい教えなのでね! 当然実行します」
「……では、ご同輩。あとは分かりますね? ……
「え? え?」
状況が掴めない藤田ことねは、二枚の名刺を見やる。
どちらもプロデューサー科1年1組と書いてある。つまり────
『あなたをプロデュースさせてください』
それは藤田ことね史上、前代未聞の、
(え────ええぇーーーーーーーっ……!!?)「うええーっ!?」
藤田ことねは内心絶叫しているところ、なんとか抑えて可愛らしい驚き方に変えようとしたが……驚きすぎて奇声を発した。
頭の中は大混乱。なんとか冷静さを取り戻そうとするも……イケメンふたりに挟まれたことで、乙女心も大渦を巻き始める。
「あばばばばばばば……! ────あ、あのあの、それって! おふたりは、あたしのことを、その────す……スカウトしたいって、コトォ!? ですよねぇ……!?」
『はい』
ふたりのプロデューサーは即答でうなずく。
賑やかな廊下がざわついてくる。
(は? ハァ~~~~? なにこれ!! どーゆー状況だぁー!? ふ、ふたりのイケメンから、同時にスカウトぉ……!? いやいやまてまてあたし! これはきっと夢かも……! 目覚めるなら今だぞぉ……! ベッドの上で絶望するなら今のほうが軽傷だぞぉ……!!)
頭を抱える藤田ことねは、ぐるぐると目を回しながら天を仰ぐ。
「な、なら……なんで、あたしなんですかぁ!?」
「それは────」
「自他ともに認める劣等生」青髪のプロデューサーが、学園プロデューサーのセリフを奪う。
「……!!」
「────しかし我々は、あなたの資料を拝見して“才能が有る”と認めた」
「とまぁ、このようにスカウト理由は
青髪のプロデューサーは提案する。
「先輩。ここは
「……そうですね。ご同輩の思考瞬発力は侮れない。常に私の発言の先手を打たれては、言いたいことを言う前に全て言われてしまう。……しかし良いのですか? 同じ土俵に上がってきて」
「むしろ、この土俵じゃないと先輩に勝てないんですよ!」
「ほう……?」
「私は理屈屋で皮肉屋なのでね。ストレートに言ったつもりでも、どこか軽薄に映る。しかし先輩は理屈屋で正直者だ。あなたの火の玉ストレートな褒め言葉は、一瞬で彼女を陥落させてしまう。まずはそれを防がせていただきます」
「……それを聞いて、私が抜け駆けしないと?」
「もう、
青髪のプロデューサーと学園プロデューサーの視線が交差、火花を散らす。互いに互いの思惑を読み合う。
(な……なんかバトッてんですけどぉーーーーーー!? や、そりゃバトるか……ふたりとも自分の成績が掛かってんだし……いやでも、あたしでバトるかぁフツー!? えええ~~~~!?)
学園プロデューサーは意を決する。ここで抜け駆けすれば、瞬時に青髪のプロデューサーはお得意のエスパーじみた瞬発力で先回りし、確定で藤田ことねを陥落させる。ならばお互い
「……藤田ことねさん」
(よしきた────!)青髪のプロデューサーは内心ガッツポーズを取る。
「は、はい!」
「あなたはバイト熱心ですね。しかし、そのせいでアイドル活動に全力を注げていない」
「自覚はありますか?」
「そ、それは……はいぃ……でも、事情がぁ……」
「そこでこちらをどうぞ」
「私からもありますよ!」
藤田ことねは、二枚の紙を受け取る。
「これは……奨学金の申請書……?」
「プロデューサー科制度を利用すると、担当アイドルは奨学金や支援金を受け取る条件を緩和することができます」
「だがこれだけでは全てのバイトを辞めるわけにはいかない。アイドル活動に全力を投じてもらうためには……?」
(────)
「当然。今までのバイトと同額以上を稼げて、かつ、あなたの糧になる仕事を持ってきます」
「私たちは先日の中間試験で高成績を得ましたので、知名度を利用した人脈作りも完璧です」
「──……た、たとえば……? お、お仕事って……」
「ショーの参加、ミニライブ、ライブ配信」
「ラジオ収録、トークイベント、雑誌撮影」
「え……マジのアイドルの仕事、じゃん……」
頭のツボを押しながら抱え込む藤田ことねは、かぶりを振って大いに悩み込む。ふたりのプロデューサーは最後の仕事内容以外、まったく同じ
(ショーとかめっちゃ面白そう……! ミニライブもできるのアイドルみたいでありがてぇー! ライブ配信も、聞く所によればがっぽがっぽ投げ銭もらえるってー話じゃーん!? うまくやれば一攫千金!! 一方、ラジオ収録やトークイベントは、堅実そうだけど、ちょっとなぁ……あたしの話なんか聴いても面白いかぁ……? や、それはライブ配信でも同じことなんだけど……でも、雑誌にあたしの写真が載るのはチョ~~~~~~うれしい! ぐううううう……! ごごごごごごごご……!?)
悩める藤田ことね。
それを見つめる学園プロデューサーは、ライバルに提示された育成方針ではなく、素早く自らの戦い方に切り替えて勝負を挑む。
「どうやら
「そうっすね。私も先輩の育成方針を
(えええーーーーっ!? そ、そんなことされたら、もっと差異がなくなるじゃん!! マジでどっちを選べばいいんだぁあああああーーーーっ!?)
「────先日の
「といっても、おひとり様でしょう? 私は皆様が知っての通り、落ちこぼれ組がおふたり様でーす!」
(十王星南・篠澤広・花海咲季・倉本千奈の四人だろぉ!? 知ってるよぉ~~~~! 女子寮でもあんたら、新人敏腕プロデューサーとして、めっちゃうわさになってんだからなぁーーーーっ!?)
そこで藤田ことねは、初めて我に返る。
(────あれ? 待てよ? そんなすごいプロデューサーさんがふたりも、同時に、あたしを、
『藤田ことねさん』
「ひゃ、ひゃい!? あ、あの────ちょ、ちょ~~~っと、場所を変え────」
「適切なプロデュースプランをご用意しています」
「完璧なプロデュースプランをご用意しています」
「~~っ────!!」
『どちらを選びますか? どうか私を選んでください』
「まっ────」
大口を開けて大赤面する藤田ことねは、とにかく小さく暴れまくった。頭は縦に、体は横に。大いに揺さぶって感情の混乱を表現し尽くして、胸の奥が破裂しそうになる。否、大爆発しそうになる。……否、もはや感情の爆発は避けられない。
「まったまったまったまった、まったぁああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!! ちょっとたんまぁ~~~~~~!」
「!?」
「ふはは!」
学園プロデューサーは目を見開いて驚き、青髪のプロデューサーは愉快そうに笑い転げる。
(なんなんだよこれぇ!? イケメンふたりが、いやちがう────敏腕プロデューサーが、あたしをマジのマジ本気で取り合ってるとか……お────お姫様かよぉーーーーーー! 物語のっ……お姫様かよぉおおおおおおおおおっ!! や、やばい……興奮しすぎて……は、鼻血────)
藤田ことねは、心臓の中心で乙女心を絶叫した。
(鼻血、出りゅううううううううう────!!)
発熱。高熱。赤熱。沸騰。
理性蒸発。千鳥足。
(くっ……かなり悩んでるな……ご同輩とは、プロデューサーとしての実力も近い……なら、これ以上どうすれば……! ──いや、現状はご同輩のほうが、プロデューサーとしての実力は────くっ……!)
「おや。プロデューサーとして同程度の実力と認めてくれたので? 先輩に認められてとても嬉しい。誇らしい。だが譲る気はない。早い者勝ちという先輩の教えを、破るわけにはいきませんのでね。──あ、そうだ!」
何かを閃いた青髪のプロデューサーは、(暗黒の)笑顔を浮かべ、面白がって追い討ちをかける。
「先輩! そういうことなら、これから藤田ことねさんの
「────!」
(ちょぉおおおおおおおおお?! こいつ、あたしを褒め殺す気かぁああ!? いいぞぉもっとやれぇええええええええ!!)
藤田ことねは心臓の中心で、両手ともガッツポーズを取った。
「……藤田ことねは────最高に可愛い! 愛すべき可愛さだ!」
「世界一かわいい! 超好みのタイプ! みんなに愛される逸材!」
「とてもダンスが上手だ!」
「歌が下手でも顔がいい!」
「自撮りが上手い!」
「コミュ力の達人!」
ふたりのプロデューサーから大絶賛の嵐。中盤で一度歌唱力に関して落とされたがすぐに上げてきた。寒暖差が激しくて風邪を引いてしまう。寒暖差のギャップで、さらに理性が吹っ飛びそうになる。
「ふ……ふわぁ~~~~~~~~~~……♡♡」
藤田ことねは眼球が回る。おめめぐるぐるというレベルではない。
「ああ……あぁあぁ……ぷわぁ~~~~……♡♡」
眼球が裏返り、白目をむいて昏倒した。
ばたりと床に倒れ伏す。
「っ!? ふ、藤田さん……!?」
「まずい。ショック死ですねこれは!」
「勝手に殺さないでください! と、とにかく保健室へ……」
「俺が運びましょうか? 道案内お願いします」
「こちらです。足元に気をつけて」
§
数分後。
保健室の寝台。アルコールの匂いを嗅いだ藤田ことねは、突として意識を取り戻す。
(────はっ……!?)
白い天井。保健室特有の匂い。
もしやバイトにレッスンと過労で倒れたか。
(ああ……そうだよね……ふっ。なんて我ながら幼稚な夢を……とても儚い、キャッキャウフフのワクワクドリームだった……ぜ)
「夢じゃありませんよ」
「うひゃあああああ!?」
突然、右隣から青髪のプロデューサーの声が貫く。その手には果物ナイフと、皮むき中の赤りんご。
「おや。目を覚ましましたか」
「ぴぎゃあああああああー!?」
突然、左隣から学園プロデューサーの声が届く。その手には取り替えたばかりのおしぼり。
「うおをおをおをおをおえを!? ゆゆゆ、夢じゃなかったぁあああああ!? よかったぁあああああ! うれしぃいいい! でもまてぇえええ!? あ────あたしのどこが、そんなにいいのさぁ!? も、もしかして、ふたり揃ってからかってるとか……!」
「そんな最悪な冗談はしませんよ!」
「そうです。本心から褒めています」
(ほ、本心……! あれが、ぜんぶ、本っ心っ……!! ────う、うふふふわぁ~~~……♡)
藤田ことねは歓喜した。
(きゃあーーーーーーーー! きゃあああーーーーーーー!! うぅれぇしぃいーーーーー! このふたり……もしかして、あたしのこと好きすぎなんじゃねぇのぉ……?! 仮にそうじゃなくても、あたし……! このふたりのこと、しゅきぃいいいいい~~~~~~♡ だいしゅき~~~~~~♡♡ おおおお落ち着けあたしぃ……マジで、あたし……
学園プロデューサーは「?」と首をひねっており、様子のおかしい藤田ことねを見守っている。
対する青髪のプロデューサーは、腕を組み天井を見上げて、吹き出さないようにこらえていた。
「ど、どっ……どうしようっかなぁ……? あたしぃ、迷っちゃうなぁ……? 同物件すぎて、決めきれないなぁ……!」(つーか、ほんとに迷うんですけどぉ!? どっちに就いてもお得な予感しかしないぃ! ならせめて、一銭でも儲かるほうを……!! 確実に成り上がれるほうを……!)
学園プロデューサーは次の手を考える。
そこで青髪のプロデューサーが提案した。
「では藤田ことねさんの性格を踏まえて、最も
「!?」
「え~っ! ほんとですかぁ!? プロデゅ~サぁ~♡」
「私は夏までに飛び卒する予定です。その際は
「
「へ? ん? どゆ話です?」
「もちろん、いきなり全ての担当を移籍することは難しいでしょう。──まぁ私はそう思っていませんが。先輩の能力なら余裕で可能です。しかし今この場はこう言いましょう──
青髪のプロデューサーは契約書を取り出す。
「藤田ことね氏の移籍契約に違反した場合、私と先輩は経費では落ちないほどの高額罰金を支払い、その全てが藤田ことね氏の懐に入る契約書を持ってきました。知り合いの弁護士にも見てもらい、契約内容に違法性がないことは確認済みです」
「……ご同輩、何を……」
「先輩、こちらにハンコをお願いします。──先輩にとっても、悪い話ではないと思いますが?」
「……────」
藤田ことねは契約書をチラ見する。違約金の額を見て目ん玉が飛び出す。
(────ハァ!? ゼロがいくつ並んでんだよ!? これのどこに違法性がないんだ!? マジでぇ!?)「あ、あのあのぅ……でも、どういうことですぅ? そちらのプロデューサーさんは、夏に卒業しちゃうですかぁ?」(だとしたら、色々とごたついて面倒だろぉ! なら最初っから、こっちのプロデューサーさんに────)
そこで青髪のプロデューサーは切り札を繰り出した。
「ところで、先輩の『藤田ことね
「────」
「?」
「おそらく
「…………」
「……来年……?」
青髪のプロデューサーは考察する。
「先輩の担当アイドルは姫崎莉波・
「その情報はどこから……──いえ、検討はつきました。まったく、末恐ろしい後輩ですね? 我が唯一の
「それはこちらのセリフでもあります。どうして、
ふたりのプロデューサーは、
酒で酔わせて口を滑らせた、などとは……お互いの名誉を守るため口にすることはない。
「……ふぅ。ええ、そうです。私は、残る花海咲季さんに、あと二名のアイドルを組ませて、できれば今年中、無理でも来年の夏のHIFには、出場させる腹積もりでした」
「しかし私が
「君は先輩の言うことをよく聞く、とても素晴らしい後輩です」
「皮肉たっぷりの褒め言葉をどうも!」
目が笑っていない男ふたりは鼻で笑う。
藤田ことねは困惑した。
(な、なに……!? 何が起きてんだぁ!? またバトり始めたんですけどぉー!? しかも今度は、なんかちょっと怖い……マジで男同士の“静かなケンカ”って感じがする……っ!! つか、あたし完全においてけぼりなんですけどぉ!? ちょっとぉ~~~! さっきまであたしを巡って争ってたのに、急に男同士の世界に入るなぁ~~~~~~っ!)
「つまり先輩は、あと一名、花海咲季・藤田ことねに続くアイドルをスカウトできなければ……今年の夏のHIF出場は絶望的となりますので、来年まで華々しいデビューを見送ることになる」
「いいえ。アイドルを輝かせる場所はHIFだけではない。それなりに別のプランも考えています。HIFだけにこだわる理由は、ありません」
「だ、そうですが────」
「────どうしますか?」
『藤田ことねさん』
(っ……!?)
藤田ことねは、必死に浮かれる自分の心を抑えて、至極冷静に分析を開始。今の話を要約する。
(えーっと、えぇーっと……つまり、どういうことだぁ!? ああもうダブルでイケメンがスカウトのプロデューサーで大金持ちの予感がするせいで頭が混乱して何も考えられねえ~~~~っ! どうしてくれんだよぉ……!!)
そこで学園プロデューサーは追撃を仕掛ける。
「しかし、ご同輩。夏のHIFに向けて三人組が揃っていないのは、そちらも同条け────いえ、今のは忘れてください」
「はい! 私は
「……────」
「さぁどうだ!」
青髪のプロデューサーは勝利を確信する。
一方の藤田ことねも、ようやく合点がいった。
(はっ! そ、そういう、ことかぁ……!! ……あっ!! こっちのプロデューサー、万年筆を取り出して────!)
学園プロデューサーは、契約書にサインした。
「……交渉事では、君の勝ちですね」
「ありがとうございます」
「フゥ……しかし、本当に移籍を? そのせいで頭が混乱して……ハァ────
「客を相手に情報量で圧倒するのは、契約する際の定石ですからね! 詐欺師の常套手段ではありますが!」
「……学ばせていただきました」
「恐悦至極でございます……!」
ふたりのプロデューサーは、折り目正しく頭を下げ合う。
(……わ、わけわかんねぇ……さっきまであんなバチバチしてたのに、急に爽やかなスポーツマンみたいになって……このふたり、実はスゴく仲がいいのかな……?)
しかし藤田ことねは疑問を口にする。
「あのう……でもでも、
「いえ。これは私なりの
「──覚悟……?」
「私は、あなたが欲しい」
「────────!?!?!?!?!?!?!!?!??!?!!?!?!?」
青髪のプロデューサーは手を叩き天に笑う。今のは語弊がありすぎる言葉の選び方だ。
藤田ことねは(どどどどどど、どーゆー意味だぁあ~~~~!?)と顔が真っ赤になる。
「なっ────だ、だとしてもですよぉ!? こんな、バカみたいな違約金……! サインしちゃうなんて、ほんとにバカみたいじゃないですかぁ……!」
「いいえ。むしろ賢い選択かと」
「なんですとぉ!?」
「もし、もしもの話ですが……これだけの違約金を支払うことになれば、あなたがバイトに忙殺される必要はしばらく消えてなくなる」
「……!」
「つまりサインすれば、結果がどちらに転ぼうとも……あなたがアイドル活動に全力投球できる将来が二通り確定することになる。であれば、あなたにバイトを辞めさせてプロデュースしたい我らからすれば、この契約書に
「っ────?!」
そこで青髪のプロデューサーが補足する。
「つまり、お金に替えられないくらい、学園プロデューサーは藤田ことねにゾッコンってことですね!」
「……ご同輩。その言い方は少々語弊がありますね……」
「はは。いまさら何を! ────?」
藤田ことねの様子がおかしい。
青髪のプロデューサーは、何かの地雷を踏みかけたことを察する。しかし怒る気配はない。ただし忠告してくる。
「……だったら、青髪のプロデューサーさん!」
「はい」
「絶対、契約は破っちゃダメですからね……!」
「はい! 当然ですとも! 貸し借りは無し! それが俺のモットーですから!」
「ならばよーし!」
藤田ことねは布団を跳ね上げる。寝台の上で仁王立ち。両腰に拳を当てて胸を張る。
「アイドル科1年1組・藤田ことね! 青髪のプロデューサーさんの担当アイドルにぃ……なりま~す♡! そしてぇ……うわさに聞く、
ゲロるほどのスパルタレッスン。おそらく月村手毬の不祥事に尾ひれが付いたのだろう。腕組みする青髪のプロデューサーは目を閉じて窓の外に広がる青空を仰ぐ。
対する藤田ことねは大興奮の真っ只中。
「うっひゃあ~~~~~~! どっちに転んでもシンデレラストーリーとか、これマジで夢じゃないですよねぇ!? あ、あたしのこと……本当にしっかり、プロデュースしてくれるんですよね……!?」
「ええ。お約束しますよ」
「はい。将来的に必ずや」
「っ~~~~~~!! さ、さては、ふたりともぉ……! あたしのこと、チョー好きなのではぁ~~~~?」
「特に好悪はありません」
「意味が分かりませんね」
「なんでそこは息ピッタリなんですかぁ~!? もぅ~……照れなくてもいいんですよ~?」
そこで学園プロデューサーが問いかける。
「しかし、ご同輩が育成したアイドルを……私が……────本当によろしいので?」
「おや。最初から強い駒が入ることに、何か負い目でも?」
「……いえ。即戦力が入るというのは、なかなか心強いです」
「それはそれとして、自分の手で一から育てたかった?」
「…………」
「はは。それは申し訳ございませんでした!」
「ちょ、無視すんなしぃ~! またふたりだけでお話して~! あたしも仲間に入れてくださいよ~!」
§
正午。
青髪のプロデューサーと藤田ことねは、168事務所の戸を開けて入室する。
ガラガラと開かれる引き戸。その音に反応して振り返った月村手毬と倉本千奈が駆けつける。
「プロデューサー!」
「先生!」
体が貧弱な篠澤広は、一見のんびりと、体に無理のないペースで、ゆっくりと歩み寄る。
「プロデューサー。お客様だよ」
篠澤広は客間に視線をやる。
そこには、いつもの花海佑芽と────葛城リーリヤの姿があった。座卓には紅茶のカップが置かれている。それは誰が淹れたものか。倉本千奈は家事ができないはず。月村手毬と花海佑芽はいれ方を知らないはず。篠澤広はカップを持つ握力がない。ならばまさか
「おじゃましてまーす! プロデューサー!」
「センパイ、おはようございます……! その、紅茶の葉っぱ、篠澤さんに勧められたので……ありがたく、頂戴しています……!」
「はい。おはようございます。ゆっくりおくつろぎを。──さて、みなさんに紹介したい人物がいます」
青髪のプロデューサーは、背後に立つ藤田ことねを招き入れた。
「どーも~! 新しく、こちらのプロデューサーの担当アイドルとなった、藤田ことねでーす♪」
『……!!!』
篠澤広・月村手毬・倉本千奈の三人は、目を見開いて仰天する。
「おお……わたしのプロデューサーは……本当に、容赦がない、ね……」
「……同じクラスの藤田ことね……内部進学組の劣等生が、なぜここに? ここは一位の集まりなの。落第生は帰ってくれる?」(プロデューサー……私というものがありながら、ほかのアイドルに目移りするなんて……!)『プロデューサーノ ウワキモノォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「まあ……つまり、新しいお仲間なのですね! よろしくですわ、藤田さん! わたくし、倉本千奈と申しますの!」
藤田ことねは困惑する。
(ひとりはアイドルがしちゃいけないうっとりメス顔で……もうひとりは肩に乗せたインコが絶叫してるヤベエ奴……最後は、人当たりのいいめっちゃ気の良さそうな人……よし! 仲良くなるならこっちしかねえ!)「千奈ちゃん! よろしくね♪」
「はい!」
その時、青髪のプロデューサーは二回手拍子。注目が集まる。
「自己紹介も済んだところで、篠澤さんと月村さんは、私の前方に整列してください。左から篠澤さんです」
『……?』
篠澤広と月村手毬が横並びで立つ。
「アイドルとして、好きなポーズを取って構いませんよ」
篠澤広は(ポーズ……)と考えて、胸の前に手を置くポーズを取る。
月村手毬は、腰に手を当てて片脚を伸ばす、クール系の姿勢を取った。
青髪のプロデューサーは、まじまじと見つめる。なんとも注意深い観察だ。なぜか後方で立つ倉本千奈・藤田ことね・葛城リーリヤ・花海佑芽の四人も見渡す。
(篠澤広をイエローとして、月村手毬をブルーとした場合。青い領域に含まれない唯一の混合色たるイエロー。実力差の明確なブルーに呑み込まれない孤高のイエロー。それが決して交わらぬプリズムユニット。数分で適当に考えたユニット・neverMIX────そのコンセプトを守るなら、余計な色は増やせない。だが同じ色なら増やせる)
「イエロー側は篠澤広・倉本千奈・藤田ことね。ブルー側は月村手毬……さて、あと二枠をどうするか」
(秦谷美鈴と賀陽燐羽? 賀陽燐羽はマゼンタっぽいが、そんなこと言ったら倉本千奈は橙っぽくて篠澤広もシアンっぽい。ブルーに近いイメージがあれば誰でもいい。さてイエロー側はこの場合、再結成した伝説のユニット『SyngUp!』に見劣りせず、切磋琢磨できるほどの勢力図となれるのか)
「葛城さん。ふたりの間に立ってみてください」
「! あ……はい……っ!」
篠澤広・葛城リーリヤ・月村手毬が並び立つ。
葛城リーリヤは緊張しているのか、凝り固まった起立のポーズを取る。
そこで篠澤広が問いかけた。
「交わらないんじゃ、なかった、の?」
「そうなんすよねー」
どうやら篠澤広は『neverMIX』の由来を推し量っていたようす。
加法混色の場合、白色は全ての色が混ざった光の色だ。
(──『Re:neverMIX』……いっそのことひっくり返した減法混色で『
「ありがとうございます。次、倉本千奈・藤田ことね・花海佑芽の順番でお願いします」
倉本千奈は姿勢よく佇み、藤田ことねはきゃぴっとしたポーズを取り、花海佑芽はOKの手話を頬に当ててウインク。
すると青髪のプロデューサーの視線は是非もなしと言いたげに、発育の良い肉体に吸い込まれていった。その視線を感じ取った花海佑芽は、もしかしてと思い、やや赤らんだ顔をする。
「閃きました!」
『っ!?』
「ユニット名は『
『……!!?』
「0.2秒で考えました。由来はお察しください。橙と黄色と赤色の活発トリオで邁進しましょう。──というわけで、葛城リーリヤさん、花海佑芽さん、合格です。これからよろしくお願いしますね」
一同が呆ける中、青髪のプロデューサーはデスクの下から黄色い紙袋・白い紙袋・赤い紙袋を取り出して、藤田ことね・葛城リーリヤ・花海佑芽に手渡す。
「こちらレッスンメニューと各種スタンプです。書いてあることを忠実にこなしていけば、今月のエメラルド
「わかった」
「お任せください!」
「ねえ! なんで私には任せないわけ!?」『ワタシジャ タヨリニナラナイッテ イウノ!?』
泣き吠える月村手毬を置いて、青髪のプロデューサーは──やや足元がふらつきながら──足早に事務所を出て行った。
§
翌日。第五週・三日目。
昼下がりの168事務所に、藤田ことねが入室する。
「おはようございま~す♡」
すると一番乗りだったらしい月村手毬が振り返った。
藤田ことねは残念そうに問いかける。
「げぇ。なんだ手毬かぁ……プロデューサーはいないの?」
「っ……ふん! 私で悪かったね」『ナンデソンナ ハンノウスルノォオオオオオ!?』
「……あのさぁ。前から気になってたんだけどぉ……そのインコ……なに?」
「……あなたに教える必要、ある?」『アッカンベー!』
インコに煽られた藤田ことねは、月村手毬に煽られるよりイラッとくる。
「本物のインコじゃないことは分かってんだけどさぁ……妙に口悪い時もあれば、スゴく赤ちゃんみたいなこと喋る時あるよねぇ……変な性格してるわぁ……」
「っ……! あ────あなたにインコくんの何が分かるの!?」『ビェエエエエエエエエエン!!』
「ええっ!? い、いやぁ……その、ごめん……そんなに泣くなよぉ、インコくん……悪かったって……」(つか、オスなんだ……)
変な性格。
月村手毬の軽地雷を的確に踏んでしまった藤田ことねは、そんなことはつゆ知らず。座卓のソファに座って、昨日のレッスンを振り返る。
「それにしてもさぁ……昨日、あたしだけ夜までマッサージ漬けだったんですけど……普通アイドルってレッスンするもんでしょ? 明日もそのまた明日も、極楽浄土かってくらいマッサージに栄養たっぷりの料理や果物ばっか……こんなんで本当にエメラルドシーズンをクリアできるのかねぇ……」
「……あなた、プロデューサーのこと信用してないの?」
「や、敏腕だってことは信じてるけどさぁ……みんな全然やること違うから、本当にあたしはこれでいいのかって、ちょっと不安になっただけというか……」
藤田ことねは、昨日の昼から夜までの個人レッスンを思い出す。
篠澤広といえば、昼からマッサージのあとにボイスレッスン。マッサージを挟んでダンスレッスンを少々。放課後になれば、間食とマッサージ。アイドル科のビジュアルレッスンに参加。終われば戻ってきてマッサージ。筋トレ少々。すぐバテてマッサージ。帰宅。
月村手毬といえば、昼からボイスレッスン、続けて休みなしのウルトラハードなダンスレッスン。イヤホンを付けて楽曲習得のレッスン。マッサージ。放課後になれば、河川敷で地獄の100周を達成。しかし本当は200周らしく、門限が来る頃には120周ほどで終わったらしい。バテたあとはマッサージ。帰宅。
倉本千奈といえば、実は月村手毬とそう変わらない。レッスンの過酷さがハードモードな程度。放課後になれば、月村手毬とともに地獄の河川敷100周。門限までには50周を達成していた。今にも死に絶えそうなほど息を切らしてバテたあとは極楽気分のマッサージ。帰宅。
(ぶっちゃけ千奈って、あたしより
葛城リーリヤといえば、メニューとにらめっこしながら難しい顔をして、どこかへ買い物に出かけたっきり。今朝、女子寮で顔を合わせた時は、ちょっと挙動不審だったのが気になった。
花海佑芽といえば、青髪のプロデューサーが懇切丁寧に作製したらしい、歌唱法・踊り方・表現法の見本動画を見続けていた。それを見本にして歌って踊って魅せてみるが、たびたびミスって首をかしげていた。しかし放課後になる頃には、一日の課題を達成できたらしく、飛び跳ねて喜んでいた場面を目撃している。
ちなみに見本動画とは、約五分の動画だった。内容は、ボイス・ダンス・ビジュアルの三系統・全九問で構成されている。基礎中の基礎といえる内容を解説しており、常人ならそれを十分と掛からず理解して達成できるのだが……なんと花海佑芽は数時間かけて達成していた。
(あの分だと、スロースターターすぎてエメラルドシーズンまでには間に合わないでしょ……)
そこで月村手毬が忠告する。
「プロデューサーは……悔しいけど、完璧。ミスしたところを見たことがない。歌は私の方が遥かに上手いけど、ダンスはプロデューサーの方がかなり上手い……魅せ方も、つい目を奪われるくらいには……上手い」
「あーわかるー。佑芽の見本動画をチラ見したんだけどさー。あたしよりダンスが上手くて、ちょっと自信なくしちゃったよねぇ……いやなにもんだよあの人!? 完璧超人かっての!」
「そうだよ。完璧超人」
「……へ?」
「だから、プロデューサーのことは信じたほうがいい。そうすれば必ずうまくいく。変に今までの習慣とかを続けようとすると、それが間違ってた場合、首を絞められて殺されるよ」
「……へぇ~」(こいつ、そんな冗談とか言うんだ……)「なになに? もしかして新人をビビらせようとしてます~?」
「……私は、忠告したからねっ……」『アトデ ビビンナヨ! キノウ レッスンシツカラ ナンドモ ヌケダソウトシタノ シッテンダカラネッ!』
月村手毬はそっぽを向いて中央の長机に着く。レッスンの時間が来るまでスマホをいじる。イヤホンをしてリズムを取っているため、おそらく持ち歌を聴いているのだろう。
藤田ことねもスマホを操作。昨日は寮の門限まで、マッサージトレーナーが逃がしてくれなかったため、バイトをキャンセルせざるを得なかった。そして恐ろしいことに、レッスンメニューの前提条件には『バイト禁止』の項目があったのだ。最初はそこにスタンプを押さなければならないのだが────藤田ことねは、
(割高な仕事をしつつバイトも掛け持ちすれば、そのぶん儲かる! さらに敏腕プロデューサーのレッスンも受けられるんだから……こんなの
廊下側から足音。引き戸が開く。
補修組と葛城リーリヤが入ってきた。
「……?」篠澤広は怪訝な表情。
「おはようですわ!」
「おっはよー!」
「お、おはよう、ございます……!」
月村手毬はすっくと立ち上がり、藤田ことねはソファに寝そべって手を振る。
「……おはよう。そろそろレッスン室が開く時間だね。そろそろジャージに着替えようか」
「おはよ~」(……手毬、もしかしてみんなと一緒にジャージを着替えるために待ってたのかぁ……? みんなが来るなり、スマホとかすぐにしまったし……なんかそういうところ、ちょっとかわいいじゃん……)「よっこいせ……」
一同は隣室へ移動する。
そこで篠澤広が言った。
「……千奈。佑芽。なにか、おかしい」
「篠澤さん……?」
「何がおかしいの?」
「こういう時、プロデューサーは必ず事務所に居るはず」
『…………』
月村手毬はあごに手を当てて考える。倉本千奈はぽわーんとした表情で佇む。そこで花海佑芽が首をかしげた。
「そうなの?」
「そう。新しいアイドルを迎えたなら、色々と教えることがあるはず。昨日の時点で、メニューだけ渡してすぐ帰ったのも気になってた」
「……たしかに広の言う通り、昨日のプロデューサーは……どこかおかしかった」
「……あ! わたくし、分かりましたわ! 昨日の先生は、とても髪がワイルドでしたの!」
「あ、なるほど! なんか雰囲気ちがうなーって思ってたら!」
「それは、川で泳いでたから」
「は?」
「そんなことをしていらっしゃったので!?」
「川って……学園の中に流れてる川? それとも通学路のそばの?」
すかさず藤田ことねが突っ込んだ。
「はいはい話が逸れてるよ~。……えと、篠澤さん。気にしすぎとかじゃ~、ないの?」
「わからない。直感だから。でも……わたし……プロデューサーのところ、行ってくる」
『……!?』
そう言って篠澤広は、きびすを返した。
月村手毬と倉本千奈は付いていく。ならばと花海佑芽も同行する。
「なら私も行くよ。プロデューサー、何かあったのかもしれない……」
「わたくしもですわ! ……でも、先生はどこにいらっしゃるのでしょう?」
「広ちゃん、わかるの?」
「とりあえず、男子寮に行ってみようと思う」
廊下に出た篠澤広は立ち止まり、振り返る。
「だから、リーリヤ、ことね。付いてきてほしい」
「……え?」
「や、なんであたしたちが……?」
「もしプロデューサーに何かあったとしたら、わたしたち四人は何の役にも立たない自信がある……ふふん」
「え……」
「ちょ……そんな自信満々に情けないことを言われても……」
葛城リーリヤは困惑。藤田ことねは青ざめて呆れかえる。
「おねがい。責任はわたしが持つ。もしレッスンに遅刻しても、怒られるのはわたしだけにする」
「……わ、わかりました! 私も、センパイの様子が気になるから……」
「えっ……じゃあ、その前にさ……プロデューサーに電話の一本でも入れてみたら……?」
「あ。それはそう。おっしゃる通り」
篠澤広は心配のあまり、完全に頭から抜け落ちていたのか、すぐさまスマホを取り出して電話をかける。
しばらく掛けても繋がらない。
「……むぅ」
「私のチェインも既読がつかない」『ナンデッ!?』
「もも、もしや本当に、先生の身に何かあったのでは……!?」
倉本千奈は慌てふためく。それを落ち着かせるために藤田ことねが言った。
「ちょいちょい! そんなに深刻そうにならなくても! え、プロデューサーって、毎日ここにいるの?」
「そうでもない。割といない。いつも学園の外にいるみたい」
「でも必要な時には必ずいる。気持ち悪いくらいの高確率で」
「ええ! いつもどこで何をしていらっしゃるのかは分かりませんが、連絡が欲しい時には必ずくれるのが、先生クオリティですわ!」
どうやら三人は、かなり青髪のプロデューサーを信頼しており、その行動も把握しているようす。
ならばと藤田ことねも、この止まらない奴らを放ってはおけず、意を決した。
「あぁ~……もう、わかりましたぁ! 行けばいいんでしょ~? 行きますよぉ……!」
§
初星学園・男子寮。
篠澤広一行は正門前を通る。
「初めて男子寮に訪れた。ちょっと緊張する、ね?」
「ひ、広ちゃん……大胆だね……」
花海佑芽は、いまさら大胆な行動をしていることを実感してきたのか、倉本千奈の背後に隠れて戦々恐々とする。
「は、花海さん! わたくしを盾にしないでくださいまし……!?」
「だ、だってぇ~……手毬ちゃんだって、千奈ちゃんのそばから離れないし……!」
「は? 私は千奈を守ってるだけだけど」『コワイヨォ! コワイオトコノヒトガデテキタラドウシヨウ! タスケテプロデューサーァアアアア!』
篠澤広は、男子寮の管理人に事情を説明。青髪のプロデューサーが寮に戻ってきた記録は、昨日の深夜零時頃。いったいそんな時間帯までどこで何をしていたのか。ともあれ寮を出ていなければ家の中にいるはずだ。突撃する。
五階のとある一室。青髪のプロデューサーの部屋番号を発見。呼び鈴を鳴らす。数秒経過。もう一度鳴らす。十数秒経過。反応はない。藤田ことねが安心させるようになだめる。
「……やっぱり居ないんじゃないの? 大丈夫だって。敏腕プロデューサーなんでしょ? なんかあったら報告してくるだろうし────」
篠澤広は取手を引いてみる。しかし握力がない。
「手毬。わたしには重い……」
「……嘘でしょ。もう少し鍛えたら?」
「え────ちょ、ふたりとも……」
藤田ことねが止める前に、月村手毬が取っ手を引いた。鍵をかけていないのか、ガチャリと扉が開いた。藤田ことねはドン引きする。
『!?』
「うっわウソでしょ!? ちょっとちょっと、無用心すぎない……?」
「……なんか、ドキドキしてきた、ね。よし、入ってみよう……!」
「そして
瞳が輝く篠澤広は「おじゃまします」と言って突撃。その後ろに月村手毬と倉本千奈と花海佑芽が隠れながらコソコソと入室。葛城リーリヤは戸惑っており、藤田ことねはやれやれとドン引きしたあと、観念したのか後に続く。
薄暗い廊下を抜ける。玄関を閉めると真っ暗すぎるため電気をつける。
とても静かなリビング。カーテンが閉め切られて薄暗い。隙間から日光が漏れている。
「やっぱ誰もいないってぇ……ねぇもう帰ろうよぉ……なんかちょっと、あたしまで怖くなってきたし……」
「ことね。勇気を出そう。プロデューサーの部屋を探索するチャンスだよ?」
「そんなチャンス要らねーんですけどー!?」
その時、くぐもった少年の声が咳き込んだ。
『うひゃあ!?』
篠澤広以外が肩を飛び上がらせて叫ぶ。しかし冷静に考えてみれば、今のは明らかに青髪のプロデューサーの声色だった。
篠澤広は声のした方向にずんずんと進む。そこは簡単な仕切りで区切られた隣室。白いレースのカーテンを開けると、そこにはベッドがあった。寝室である。そしてベッドの上には、顔の火照った青髪のプロデューサーが熟睡していた。
「……予想的中。ことね、リーリヤ、出番が来た、よ」
『……へ?』
§
────……ー。
────……ー、ー。
────……デューサー……
青髪のプロデューサーの意識が浅くなる。
────……プロデューサー?
青髪のプロデューサーは、ゆっくりとまぶたを開く。視界が霞む。覗き込んでくる人数が多い。視覚情報がやかましくなり、すぐ目を閉じる。一瞬見えたものは、森の妖精か女神のような美貌のひと。丸い美貌のひと。いたいけな美貌のひと。ほかには────
「──かほ……?」
『────…………』
小宮果穂に似ているようで全然似ていない、可愛い美貌のひと。白い雪の妖精のような美貌のひと。世界一かわいい美貌のひと。
見覚えがある。夢か。否、とろんとした瞬発的でははない思考で状況を即理解。
「……────おまえら、なに、やってんだ……」
「それはこっちのセリフ。風邪を引いてるとは、正直思ってた」
「いや思ってたんかい!」藤田ことねが手をビシッと張って突っ込む。
「…………」
「無理に喋らなくていい、よ? これから、わたしたちが看病する、ね」
「や、人数が多すぎるから……ひとりかふたりで十分だし……つーわけで、出てった出てった。出たくないならそこのテレビの近くで待機してな」
そこへ葛城リーリヤが駆けつける。
「藤田さん。医療キット、ありました……!」
「おー! でかしたリーリヤ! そいじゃま、買いだしに出かける必要もなさそうだね~。まずは温度計と熱さまシートが安牌で……」
「わたし、お水持ってきますね!」
「うんうん! 風邪薬ね! おねが~い」
藤田ことねは慣れた手つきでテキパキと看病をこなす。
「うおっ高いな。三十八度五分……プロデューサーって、体温高めの人ですかー?」
青髪のプロデューサーは首を否と振る。
「じゃあ低めの人ー?」
もちろん否である。
「じゃあ普通か。予防接種は?」
うなずいた。
「なるほど。ちょっと高めなのが気になるけど……」
青髪のプロデューサーは口を開く。
「しんいんせいの、かぜなので……おかまい、なく……」
「え? なんて?」
篠澤広が聞き取れたので通訳した。
「心因性の風邪、だって」
「? ってことは……解熱剤とか効かない? いやでも素人判断じゃな~。なにか覚えでもあるんです?」
青髪のプロデューサーは力尽きたのか、答える力を持たない。
そこで篠澤広が昨日の様子を語った。
「昨日、プロデューサーは川で泳いでた」
「え。あ、そういやそんなこと言ってたね……それにバッチリ川の匂いしたし……じゃあそれで風邪引いたんじゃん?」
「そのあと男子寮に戻って、シャワー浴びてた。校舎ですれ違った時、お風呂の匂いがした」
「あー……そういやたしかに?」
「プロデューサーのことだから、川で泳いで風邪を引くようなミスは、犯さないと思う」
「その高い評価はどこから来るのか気になるけど……まぁ完璧超人だし? 隙があるとしたら精神的なものってこと?」
「うん。そもそも川で泳いでたのは、すごく嫌なことあったから、むしゃくしゃしてやったみたい」
「いったい何があったんだ……」
藤田ことねはドン引きする。いくらムシャクシャしていても川は泳がないだろ、とツッコミを入れたい。もしや168事務所は奇人変人ばかりの集団なのでは? などと不安げに思う。
「わたしが声をかけた時、プロデューサーはとても不機嫌そうに、わたしのことを睨みつけてきた……」
「えっ。そりゃ災難────」
でしたね、と言おうとして振り返った先には、頬に手を添えて恍惚に耽る篠澤広が赤らんでいた。
(なんで興奮してんだー!? やっぱこの人おかしいって……!)
「ふふ……完全なる八つ当たりだった……でもすぐにそれを後悔して、気を鎮めるために川へ飛び込んだ……わたしはそれをずっと見てた……」
「あ、さいですか……」
篠澤広の話を聞きながら、熱さまシートを貼ってタオルで汗を拭く。
葛城リーリヤが戻ってきた。お水と市販の風邪薬を持っている。
「センパイ。飲めますか……?」
それから藤田ことねは台所に行って、冷蔵庫の中に果物を発見。風邪に良さそうなものを見繕って皮むきを始める。
一方、葛城リーリヤの手厚い看病を見守る篠澤広と、少し遠巻きに見守る月村手毬と倉本千奈と花海佑芽。
「…………」『プロデューサー…マサカ シンジャッタリ シナイヨネ……』
「!? つ、月村さん! 縁起でもないことは言わないでくださいまし……?!」
「うーん……あたしもお手伝いしたいけど……リーリヤちゃんとことねちゃんの看病が完璧すぎて、特にお手伝いできることないなぁ……ただソワソワしてるだけなのは、結構つらいよぉ……」
「……じゃあ、プロデューサーの部屋を探索しよう」『モウミテラレナイ! ベツノコトヲシテ キヲマギラワス!』
「なんでそうなりますの!? ……と、言いたいところですが……わたくしも、じっとしていられませんわ……」
「じゃあテレビとか見る? 近くにゲーム機とかあったよ!」
月村手毬・倉本千奈・花海佑芽の三人はテレビ台を探索する。
「……このパケ、見覚えがある。よく広告で『いま中学生に大人気のロボットゲーム!』って流れてたやつだ……ふーん……案外プロデューサーも、子供みたいなところあるんだ……」
「あら!? 急にテレビが点きましたわ……!? わわ、わたくし、なにか押してしまったのでしょうか……!?」
「コントローラーに触ったからじゃない? あ! これお姉ちゃんと勝負して負けた時のゲームだー! ぐぅ……悔しさを思い出して、もっとつらくなっちゃったよぉ……」
「……千奈、遊ぶ?」
「えぇ!? つ、月村さん、それは……────う、受けて立ちますわ!」
「えー!? ならあたしもやりたいっ! あのねー、これはモードごとにミニゲームを変えると、もっと面白くなってねー……」
三人はゲームで遊び始める。
静かなリビングが何かと騒がしくなった。
藤田ことねは、なんだなんだと様子を見に来る。
そこには、レースゲームでヒートアップする月村手毬と倉本千奈、花海佑芽と篠澤広、葛城リーリヤがいた。
(いやあたし以外の全員がゲームに夢中じゃねぇかぁああーーーーーー!? なんでリーリヤまで?! まともなのはあたしだけかぁーーーーーー!?)
藤田ことねの側頭部に怒りの筋が浮かび上がる。
テレビのリモコンを手に取って────電源ボタンをポチッとな。
『ああ!?』
「おい……お前ら……」
『────っッ!!?』
背後から殺気。
一同は、おそるおそる振り返る。そこには、血の気の引いた藤田ことねが仁王立ちをかましていた。
「風邪を引いた人の家に来て……何を、やってんだ……?」
『…………!!!!!』
葛城リーリヤはあたふたする。ついさっきまでは看病していたのだ。しかし知っているゲームで盛り上がっていたため、ついついそっちに目が行き続けた結果、少し夢中になってしまっただけで────
月村手毬と倉本千奈は涙目になる。
花海佑芽はしゅんとして正座。
篠澤広は真顔で言った。
「ヒマだから遊んでた」
「開き直ってんのかぁー!?」
「テレビの音量は低め」
「そういう問題じゃねーんだよ゛ぉ……」
藤田ことねはドスの効いた声色で眉間が痙攣する。
その時、青髪のプロデューサーが寝返りを打った。
『……!!』
「────……かまわん。すきにしろ……どうせ、いってもきかない、れんちゅうだ……とにかく、うつるなよ……あとしずかにしろ……ったく……ここぁ、ようちえんかよ……せんせいは、おれと、ことねりーりや、だけか……」
最後まで皮肉を忘れなかった青髪のプロデューサーは、苦しそうに咳き込んで再び寝返りを打つ。背中を向けて寝てしまった。
篠澤広は、目つきをキランと言わせる。
「さすがプロデューサー。弱っても皮肉は相変わらず」
「どこで感心してんだ……まったく。プロデューサーが言うように、静かにしてろよ園児どもぉ……じゃなきゃ、強・制・的・に! あたしがテメェら全員を
篠澤広たちは、こくこくとうなずく。
しかし月村手毬が、態度悪く噛み付いた。腕を組んで睨みつけるように疑問をぶつける。
「あなたが? できるの?」
「おお? やんのか? 今すぐ格闘技経験のある寮長を呼び出して、ぶっ飛ばしてやろうか……?」
「ひっ……!」『チョットカクニンシタダケジャン! ナンデソンナニオドカスノォ! ウワァアアアン!』
藤田ことねは一同を一瞥する。それも済めばため息。台所に戻って調理の続き。
やがて月村手毬と倉本千奈は、二台しかないコントローラーを交代。篠澤広と花海佑芽が遊び始める。
「……あれ。ボタン押したのに動かなかった」
「やったー! あたしの勝ちだねー!」
「わたくし、見てしまいましたわ……篠澤さん、ボタンを押したつもりが、全然押せていなかったことに……」
「広って、指圧力もよわよわなんだね」月村手毬が真顔で心配する。
「そんな……」
篠澤広はガーンとショックを受けた。それを目にした月村手毬は、思ったよりショックを受けていたことにショックを受けており、すぐに(よわよわって言いすぎたかなぁ……?)『ゴメンネ! デモソノクライデオチコムナヨ! ザコガ!』と反省していた。
その間、藤田ことねは小さく切ったフルーツの盛り合わせを持ってくる。
「は~い♡ プロデューサ~? あ~ん♡ ってしてくださいね~♡」
『……!!』
青髪のプロデューサーに果物を食べさせる藤田ことね。
そこへ月村手毬と篠澤広が近寄る。
「……? ちょ……なに……近いよ……」
「私もやりたい」
「わたしも」
「ええ……? あんま近づくとうつるかもしんないから、あっち行ってたほうがいいって……プロデューサーもそう行ってたじゃん……」
「私は大丈夫。プロデューサーと違って、風邪を引くようなヘマはしない」
「たしかに、わたしは風邪をうつされたら死ぬかもしれない。けど、そのリスクを冒してでも挑みたい」
「いやなんでだよ!? どう見てもリスクとリターンが合ってねぇからぁ!?」
「それを決めるのはあなたじゃないんだけど?」
「うん。久しぶりに手毬と意見が合った」
(……あれ? もしかしてこいつら……)「……あー、はいはい……お好きにしたらどうですかぁ? あなたたちの大好きなプロデューサーさんに、あーん♡ ってしてみたいんですよねぇ~?」
「────は? 勘違いしないで。そういう恥ずかしい思い違いはやめて」『ホ、ホントニ ソウイウンジャ ナインダカラネッ!』
「わたしは、そういうの一度、やってみたかった」
(かぁ~! 篠澤さんは素直だねぇ~!! それにつけて手毬はさぁ……! 素直じゃねーんだからもう……! まぁインコくんが言ってるように、なんとなく内心ではそう思ってる感じは読み取れるけどさぁ……)
藤田ことねは席を譲る。
月村手毬と篠澤広が、交互に青髪のプロデューサーへ果物を分け与えてみる。
そうしてりんご等を食べさせられる青髪のプロデューサーは、目を開くたび篠澤広と月村手毬が交代してる光景を見て、頭の中は疑問符だらけとなった。
(なにやってんだ……こいつら……? さっきまでいた藤田さんは……どこへ……?)
その思考も体力が持たず、すぐに寝入ってしまう。
「あ、寝た」
「…………」『プロデューサー! ハヤク ゲンキニナッテヨォ! サビシイヨォ! マタ オハナシ シヨウヨォ! マッサージシテヨォ! イッショニレッスンシテヨォ! デモユックリ ネテネェッ! チャントマッテルカラァ! ワタシヒトリデオルスバンデキルカラァ…!』
一方、テレビのそばでは、ある程度の看病を終えて暇になった藤田ことねと葛城リーリヤがレースゲームに興じていた。
「うおっ! リーリヤ速っ! めちゃ強じゃん!」
「……っ! ちょ、ちょっとやったこと、あるだけだから……!」
「いやいや今のコーナリングはプロの所業でしょ~! ──あ、やべっ。静かにしねえと……」
「はっ! そ、そうですね……!」
そこで月村手毬が噛み付いた。
「ほんとだよ。プロデューサー、いま寝たから静かにしてくれる?」
「くっ……!」(コイツはホントマジで……棚上げの天才かよ……まぁマジでプロデューサーのこと心配してるのは伝わってくるけどさぁ……なんたって、ずっと涙目だし……指摘したら面倒なことになるだろうから、誰も突っ込んでないけど……)
「ご、ごめんね……月村さん……! ──涙目になるくらい、心配してるんだもんね……」
『……!?』
藤田ことねと月村手毬は愕然と目を見開く。
(リーリヤ……! お前、まさか天然かぁ……!? いや、それとも業を煮やして、ついにぶっこみ入れたかぁ……?!)
「は────ハァ!? 私が、なんでプロデューサーなんかのために、目を潤ませなきゃならないの……!!?」
「え? えっ? ……えっと……?」
(あぁ~! これ天然だったかぁーーーーー!)
「──葛城リーリヤ、だったっけ? あなた、名前覚えたから」
「……それは、どうも……です……?」
「────ぶふっ!」
藤田ことねは吹き出す。
葛城リーリヤは困惑。
立ち上がった月村手毬は歯噛みしたあと、プルプルと全身を震わせながら目つきをキリッと言わせた。
「てまり。ステイ」
「止めないで……私は……今、どれだけ……! プロデューサーのことを……!」『コノママシンジャウノカナッテ コワクテコワクテタマラナイカラ カンガエナイヨウニシテイルノカヲォオオオオオ────!!』
インコくんが叫ぶ。
次の瞬間、石のように重たい一声が空間を軋ませた。
「──うるせぇだまれおまえら」
『────────、…………』
静寂。
次の瞬間、流れるように────月村手毬は、
「こ────ことねとリーリヤのせいで……プロデューサーに、怒られたぁああああ!」『ウワァアアアアアアアン!!』
「は、はぁ……!?」(え、ちょま……おまえ、そんなかんしゃくを起こす奴だったのかぁ!? 手毬ぃ……!?)
「っ……!?」
「てまり。すてい。くわいえっと」
先ほどから篠澤広が手綱を握ろうとするが、さすがに地団駄を踏み始めた月村手毬を止める術は持ち得ない。
「プロデューサーがぁ……! プロデューサーがぁ……!! 静かにしてって言ってんじゃん……!」
「……や、だから────お前が静かにしろよ……手毬……!?」
「……つ、月村さん……! その、ごめっ────」
「そうだよぉ! だってそうだもぉん! 私がうるさいから怒られちゃったんだぁ! 病人のために静かにできねえのか雑魚がって、どうせ思ってんでしょう!?」
「そこまでは思ってないけど……いや、あの、マジで落ち着こ……?」
「…………!!」
「リーリヤがぁ! ヤバイ人を見たみたいな目で見てくるぅ……!」
「いや実際そうだよ!? 自覚あるならやめろよなぁ……!!」
「……────」
「むぅりぃ~~~~!! だって、だってぇ……」『ワタシハ ワタシダカラァ!』
むくりと青髪のプロデューサーが起き上がる。
『……!?』
「おうふ……てまり、これが最後のすてい」
否、時すでに遅し。
泣いて目を閉じている月村手毬だけが気づいていない。その首に伸びる魔の手を。
刹那、月村手毬の肩が押し出されて体が反転する。青髪のプロデューサーに背後を取られた月村手毬は、首の血管が圧迫されて、脳が警鐘を鳴らしながら急速減圧。脳に血液が行き渡らなくなり、昏倒。青髪のプロデューサーは、すぐに首から腕を放す。そして月村手毬の健やかな寝顔を、そっと床に寝かせ置いた。
青髪のプロデューサーは何も言わず、布団をかぶり直して再就寝。
『────…………!! …………ッ!!?』
一同は目を見張る。何が起きたのか分からない。あまりにも一瞬の出来事だった。
すかさず花海佑芽が興奮気味に、小声で実況解説する。
「で……出たぁあああ! なんてっ! 鮮やかなスリーパーホールド……!! 受け手に気づかれないほどの、恐怖を与えない早業で……! 手毬ちゃんが一瞬で『スヤァ……』と眠りに落とされたぁあああああ!! ──あ、ちなみにスリーパーホールドっていうのはね? 首を絞めることで脳に血液を回らなくさせて、気絶を強いる危険技なんだよっ?」
しかも急減圧の際は、本能的にとんでもない恐怖が襲ってくるという。
花海佑芽は明るい笑顔で人差し指を立て、とんでもない豆知識を教えてくれた。
藤田ことねは青ざめた顔でドン引きする。
(ま……マジだった……! つーか、マジでアイドルに実力行使するとか……あ、ありえねぇ……! 怖すぎる……!! このプロデューサーには、マジで逆らわんとこ……)
むくりと青髪のプロデューサーが起き上がる。
『??!?!?!?!』
と思いきや、単なる寝返りだった。
『────……』
一同はホッと安堵する。
それもつかの間。
青髪のプロデューサーは、とろんとしたまぶたを開けた。
「りーりや。……昨日は、ちゃんと食べたか?」
「……──っッ!!?」
「…………OK。あとでおまえもすりーぱーな……」
「!? ひ、ひぇ────あ、あのっ……! ちがっ……わ、わたし……っ! なんでわか……い、いえ、だって……! ダイエットに気をつけなくてもいいとか、書いてあって……いちおう、メニューに書いてあるものは買って、自分で料理して……食べようとは、思ったんですけど……その……やっぱり全部食べたちゃったら、太っちゃうかなって思って……あのっ……────半分しか、食べません、でした……ごめん、なさい……!」
「ことね。……おまえ、ばいと、ちゃんと、やめたか? ぜんぶ」
「……────イエス。プロデューサー」
「よし……おまえもあとでほーるどな……」
「!? や────まっ……えっ!? いやいやそれはないってプロデュ~サぁ~? あたし、マジでもう行きませんから~♡ 昨日はメニュー通りに行動しましたよぉ~?」
篠澤広が忠告する。
「プロデューサーに嘘は通じないから、諦めたほうがいいと思う」
「────……え? ……それ、マジで言ってる?」
「うん。わたしから見ても、ことねは分かりやすい。だから、プロデューサーからしたら、もってのほか」
「…………」
葛城リーリヤと藤田ことねは青ざめる。
もしかしたら自分たちは、恐ろしすぎる人にプロデュースを託してしまったのかもしれない。そう思わざるを得なかった。
§
青髪のプロデューサーの自室・間取り。
────────
┃ ベランダ ┃
├──────┤
│寝 ¦机 │
│台 ¦ TV│
│ │
│台所 │
└┬───┐ │
│便所 ┃ │
├───┤廊│
│洗面所│下│
│ ┃ │
├──━┤ │
│ │ │
│風呂場│ │
└───┴━┘
玄関
※記号解説
「¦=カーテン」「┃=扉」
§
そろそろ夕日が昇る頃。
青髪のプロデューサーの自室。
藤田ことねは倉本千奈に問いかける。
「ちなみに、さ……今まで“アレ”をやられたのって……だれ? 何回?」
「月村さんだけですわ。それも数回」
「なんかミスったら、それだけでやられる感じ?」
「いいえ。自分の意思で、明らかに間違った方向に舵を切り、その上で反省しなかった場合のみ……ですわ」
「あ~……それは、手毬しかやられないパターンだねぇ……」
ピコピコ。ギューン。ドッカーン。
レースゲームの音が鳴る。
「ところで、あたしらいつまでここにいんの?」
「それは……」
篠澤広が答えた。それに花海佑芽が続く。
「手毬が起きるまで」
「でもぐっすりだよ? あたしがおんぶしようか?」
ふいに呼び鈴が鳴る。
誰だろうと篠澤広と藤田ことねが応接に向かった。玄関扉を開ける。そこには────
「あさり先生だ」
「え、せんせー!? なんでまたここに~?」
かくいうあさり先生も目を丸くしている。
「あら……あなたたちも、プロデューサーくんのお見舞いに?」
「? あさり先生は……プロデューサーが風邪を引いたこと、知ってた?」
「はい。今朝メールがあって、『何か問題が起きたら対応をお願いします』と……──それについて、先生から説教があります。マッサージトレーナーさん、レッスン室で待ちぼうけを食らって困ってましたよ~?」
「あ、忘れてた」
「まぁ、トレーナーさんもプロデューサーくんが風邪を引いたことは御存知だったので、きっと担当アイドルもレッスンをほっぽってお見舞いに行ったのだろうと思っていたらしく、それほど怒ってはいませんでしたが」
それはそれとして、あさり先生は疑問に思う。
なぜマッサージトレーナーさんは、このアイドルたちがレッスンを放棄することを見越していたのか。まさかそれをする可能性が高いと、以前から予想していたのか。よく問題児の集まりであるとは聞き及んでいるが、さすがにトレーナーさんの予想的中率が高すぎて困惑する。
「……むぅ。なんで、わたしたちだけ連絡がない……?」
「? どういうことですか?」
篠澤広は説明する。プロデューサーが行方不明であったこと。男子寮に突撃し、無用心にも鍵が開いており、中に入って風邪を引いたプロデューサーを見つけ、藤田ことねと葛城リーリヤが看病したこと。その間ずっと心配かつヒマだったので、ゲームに興じて暇を潰していたこと。
「……その、ツッコミどころが多すぎるのですが……」
「その点はちょっと目をつぶってもらって。……入る?」
「いえ……つまり、中は大所帯なんですよね? 病人の部屋に大人数で押しかけるものではありませんよ」
「それはそう。でもみんな引かなかった」
すかさず藤田ことねが突っ込む。
「一番引かなかったのは篠澤さんなんですけどねぇ……」
「……それで、プロデューサーくんは?」
「あ、ぐっすり寝てますよ~♪ アイドル達の手厚い看病を受けて、それはもう熟睡でーす!」
ならばよし、とあさり先生はうなずく。
「こちら、お見舞いのフルーツバスケットです。食べきれないと思うので、アイドル科のみなさんもどうぞ」
「えぇ~! マジっすか~! ありがたくいただきまーす♪」
「では、私は帰りますけど……みなさんも、放課後には帰るように!」
「は~い♪」
§
夕暮れ。そろそろ放課後のチャイムが寮まで鳴り渡る頃。
青髪のプロデューサーは、寝台の上で背中を起こしていた。ダルそうに両肩を落としており、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて目を開くことがないものの、それは具合が悪いことでそう見えている。
一方のアイドル候補生たちは、メロンにバナナ、リンゴにイチゴと、種々様々な果物を食べて満足げにしていた。
「ふぅ……おいしかった。プロデューサーは?」
「コホッ……ええ、まあ。
「それは良かった、ね」
「何もよくありません」
「はい。口あけて」
「……」
「あーん。って言うまで、食べさせない」
篠澤広は爪楊枝を刺したメロンひと切れを、青髪のプロデューサーの口元まで持っていく。
しかし開いた口の中に入れることはない。彼の『あーん』発言を微笑んで待ち受けている。
「……」
「あ、閉じちゃった。……ところで、なんで連絡なかった、の?」
「? ……してませんでした? 風邪引いたので、今日は出られませんと」
「聞いてない」
篠澤広は首を振る。
青髪のプロデューサーはスマホを開く。すると送信一歩手前の画面が出てきた。
「……どうやら一斉送信用のメールを書き終わったところで寝落ちしたみたいですね……昨日は、撮影が終わってから頭がどうにも回らなくて……」
「────撮影?」
「え? ……あ、いえ、なんでもありません」(えーっと……頭がぼーっとしてる……なんか忘れてるような……ついでに頭が痛くなってきた……心因性ではあるが免疫は低下しているはず……明日から肉体的な風邪を引く可能性が高い……すると風邪をこじらせたと思われて面倒だ……どうすっかな……いやもうどうでもいいや……頭使いたくねえ……)
そこで青髪のプロデューサーは疑問を呈する。
「ところで、なんで家に? 鍵は?」
「開けっ放しだった、よ」
「マジっすか……」(もう昨日今日はダメダメだなぁ……)
青髪のプロデューサーは重く長いため息をつく。眉間をつまんで苦しそう。
「────……いや待て、ちがう。鍵は開けておいたんだ……」
「──? そうなの? どうして?」
「見舞いに来る時、いちいち玄関まで行くの面倒って……思って────」
そこで青髪のプロデューサーは思い出す。
噂をすればなんとやら。呼び鈴もなく、玄関扉がガチャリと開かれた────
§
赤毛の少女は急いでいた。走っていた。心配だった。
放課後になれば即帰宅。スマホで地図アプリを開き、ルート検索、お小遣いと相談してバス運賃を計算、最短ルートを決定。身支度を済ませて外出。バスに揺られて駅前に到着。地元の駅から電車でガタンゴトン、天川駅で降りて、駅前のバス停に駆けつけ、初星学園行きのバスに乗って、正門前に到着。
許可なく学園の敷地内に入ることはできないため、外回りで男子寮に到着。管理人に挨拶。話はアルファが既に通してある。入場許可証を貰い、首から提げてエレベーターに搭乗。メールに書いてあった通り、五階に到着。部屋番号をひとつひとつ確認。見つけた。鍵は掛けていないとのことなので、いざ────風邪を引いたアルファを助けるべく、ヒーローアイドルの出動だ!
勢いよく玄関扉を開ける。アルファの靴を発見。大学に行く前、一緒に選んで買った靴である。ひと目で相当使い込んでいることが分かる。あっちこっち歩いて走った結果である。どうやら大学生活を頑張っているみたいだ。
廊下を小走り。扉を開けてリビングに飛び込む。
そこには────
「アルファさーん! ────っっ……ッ!!?」
────ぱっと見、六人の美少女が集まっていた。
全員、突然の訪問者に驚いている。
しかし驚きたいのはこちらのほうだ。赤毛の少女────小宮果穂は、腹から大声を出す。
「お────女の人が……! い゛っ゛ぱ゛い゛い゛ま゛す゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛────!!」
これはもう泣けてくる。
しかし泣いてはいられない。
まったくどうしてこうもアルファさんはモテるのか。
そして節操がないのか。再びヤンデレ期の波が押し寄せてきそうである。ちょっと涙目になってしまった。
一方のアルファは、小宮果穂の到来に驚くこともなく、ただただ疲れ切ったように背中から倒れた。就寝。
(あ~そうだったぁ……もういいや……果穂がどう振る舞おうが、俺の知ったこっちゃねえや……)「おやすみなさい……」
思考放棄する男。
一方の女性陣は、高速思考で状況を掴もうとしていた。藤田ことねが問いかける。
「えっと……すみませんが、どちら様で……? あたしらは、その……こちらのプロデューサーさんの、担当アイドルでございましてぇ……」
「────! え、えっと……!」
小宮果穂は意を決する。
今こそ! かつて283のプロデューサーと取り決めた、炎上回避の演技を実行する時!
「……い────
『……!!?』
なぜ疑問形なのか訝しんだ篠澤広はよくよく観察する。月村手毬はすやすやと熟睡中。倉本千奈と花海佑芽は、ぱぁっと明るい笑顔になる。藤田ことねはどこかで見覚えがある顔に訝しみ、葛城リーリヤは深々とお辞儀した。
そして藤田ことねが粛々と挨拶する。
「それはそれは……! あたしども、毎度お兄さんのお世話になっております……! ──あ、ちなみに高校何年で?」
「いえっ……小学六年生です……!」
「ええっ!? すごっ……背が高いしスタイルもいいし……」(羨ましい! こんなの将来が楽しみなやつじゃん!)「……お兄さんと、似てるね!」
「……!? ……あ、ありがとう、ございます……!」
「ではでは、あたしらもう引き上げますんで……!」
「え? あ────」
藤田ことねは振り返り、手を叩いて呼びかける。
「ほらお前ら帰るぞ~! 家族水入らずの時間を邪魔すんなぁ! 手毬は……ごめんけど、佑芽がおぶってくれる?」
全員ゲームを片付け、帰り支度を済ませる。
すると青髪のプロデューサーが口を開いた。
「藤田さん。葛城さん」
『……!?』
「今回は、まぁ……看病してくれたので、裸絞めは免じてあげましょう」
「……!」(た、助かったぁあああーーーーーー!!)
「あ、ありがとう、ございます……!」(ホッ……)
「ただし、次はありませんよ」
「もっっっっちろんで~す♡」
「は、はい……! がんばって、たくさん食べて……河川敷150周、目指します……!」
今まで青ざめていた顔から一転、やる気になった──厳密には、やらねば裸絞めされるため、やる気にならざるを得なくなった──藤田ことねと葛城リーリヤは、体育会系のお辞儀をかましてささっと帰路に就く。
「先生! 回復したら、また事務所で!」
「あたしたち、いつでも元気に待ってるよぉ~!」
手を振り別れを告げて次々と去っていくアイドル候補生たち。
最後に篠澤広が振り返り。見返り美人の構図で小さく手を振る。
「またね、プロデューサー」
「ええ。二度と来ないでください」
かくして一同は、青髪のプロデューサーの家から退散した。
§
放課後のチャイムが鳴り渡る中、アイドル候補生たちは男子寮を出て女子寮に向かう。
その中で藤田ことねは両肩を落とし、どんよりとボヤいた。
「はぁ~……まったく……つっかれたぁ……」
「ありがとう。ことね」
「え? あー……まぁ、その、どういたしまして? つか、篠澤さんが気づかなかったら、あたしもふっつーにレッスンしてバイトして……プロデューサーのこと看病できなかったし、後日、裸絞め喰らってたろうし……ある意味、恩人的な? だから、こっちこそありがと~ってことで!」
「うん!」
篠澤広は笑顔でうなずく。
その美貌と(恋する乙女の)可愛さに胸打たれた藤田ことねは、もしや彼女とも仲良くできるのではないかと思い、適当な話題を選出した。
「ところでさぁ……みんな、最初のほう覚えてる? プロデューサーったら、うわごとでさぁ……! あたしたちを見るなり、しらねー
藤田ことねは恋バナ感覚のつもりで投げたけた。
『…………』
しかし想定より、はるかに重い空気が流れ始める。
篠澤広は真顔で考察中。月村手毬はちらりと見れば目を覚ましており、虚空を見つめて考え事。
一方、倉本千奈と花海佑芽は何を思ったのか赤らんでキャーキャーしており、葛城リーリヤは一見普通そうに見えるが挙動不審。かくいう藤田ことねは────軽地雷回避のため、すかさず話題を変更した。
「な、なーんてねぇ~? あはは~……」(あれ? おっかしいな……なんか知んないけど、あたしもちょ~っと、考えたくないかも……なんて……?)「そ、それよりさぁ────」
ふいに倉本千奈と花海佑芽は、お互いうなずきあって話題を広げた。
「それはもう、先生は大学生なんですもの!」
「絶対絶対絶対、恋人の名前だってぇ~!」
「っ!? い、いやいやそれはないってぇ! ほら、もしかしたらさ、さっきの妹さんの名前かもしんないじゃん~?」
篠澤広がうなずく。
「それはそう。さっきの子は、佑芽と雰囲気が似てた。プロデューサーは『かほ』という名前を出した時、佑芽のほうを見てたから。きっと夢現で見間違えたんだと思う」
「え? そうなの?」
「でしたら、我々が期待していた恋バナである可能性は、低いのですね……」
「佑芽と千奈は、プロデューサーに恋人がいること、期待してた、の?」
「へ? え~っとぉ……」
「そそ、それは……なんと言いましょうか、また別の話になってくると思いますわぁ~!?」
その時、花海佑芽の背中の上で、月村手毬が吠えた。
「あんな鬼畜のプロデューサーに、恋人とかいるわけないじゃん」『セイゼイオンナノコヲナカセテ ニゲラレルノガオチダヨネッ!』
「お~? 初めて手毬とインコくんの息がぴったりなところを見たなぁ……?」
にやける藤田ことねが茶化す。再び噛み付く月村手毬。
やがて女子寮に到着。自宅通学の倉本千奈とは、そこでお別れした。
§
一方その頃。
青髪のプロデューサーの自室。
手洗いうがいを済ませた小宮果穂は、寝台のそばに椅子を持ってきて落ち着く。
「アルファさん、風邪、どうですか?」
「だいぶ良くなってきた。明日には元通りだ。来てくれてありがとな。遠かったろ」
「……! ──いえ! 意外と近かったですーっ!」
感謝されて嬉しがる小宮果穂は、ウキウキの声色と笑顔で答える。
「でも、ここに来るまでは“冒険や探検”みたいで……! スッゴくドキドキしましたぁ……!」
「はは。ひとりで来たのか? そりゃたしかに冒険だな。でもクリアしたから、またいつでも来られるようになった」
「! はいっ! ……あの、今日こんなことがあったよって、家族や放クラのみなさんにお話しても、いいですか……?」
「ああ。特に問題はないけど?」
小宮果穂は白い歯を見せてはにかむ。
それも一転、夕日の茜が窓から射す中、少女は横顔を向けて上目遣い。
「アルファさん……さっきの人たちは?」
「……俺の担当アイドルだよ」
「さっきの人たちが……! ……あの、喋り方がいつもと違って、なんだかオトナっぽかったです!」
「人前ではいつもあんな感じだろ。家ではこんな感じだけどさ。敬語とタメ口ってやつ」
「はい!」
元気に答えた次の瞬間から、小宮果穂はしおらしくなる。
もじもじとしており、なにか聞きたいことがあるようだ。
「大学生活、楽しめてますかっ?」
「ああ。……前も通話で話したろ?」
「面と向かってお話したいです……!」
「そうかい。わかった。でも俺は……ひさしぶりに、お前の話が聞きたいな?」
「──っ!」
小宮果穂は身をよじる。右に左にとアホ毛が揺れて、しだいに相手の正面を捉える。
そして顔から、太陽のような眩しさを放って微笑んだ。
「じゃ~あ~……この前学校で、図工の授業があったんですけど────!」
§
翌朝。休日の早朝。第五週・四日目。
168事務所に青髪のプロデューサーの姿有り。担当アイドルも揃っていた。
レッスン室が開くまでの間、各々は好きに過ごす。
そこで藤田ことねが声をかけた。
「もぉ~プロデューサぁ~! アイドルをスカウトした翌日に風邪を引いて寝込むとか、担当アイドルとしては
「面目ない」
「……え」(ガチの平謝りじゃん……これ、皮肉として受け取るべき? どうなんだ? まだよくわっかんないなぁ、この人……)「も、もぉ~! 冗談ですよぉ~? ──大事がなくてなによりですぅ~っ!」
「
「っ!? ──……そ、それはみんなにも言ってあげてくださいね~。心配しすぎで、誰も帰りたがらなかったんですもん……あたしだけ帰ろうにも、何をしでかすか分からない連中が多くて多くて……おかげで入り浸っちゃって、あさり先生にも怒られちゃうしさぁ~?」
「苦労かけました」
「まったくです!」
青髪のプロデューサーと藤田ことねの良識ある会話。
そこに月村手毬が噛み付いてくる。
「そうです。自己管理もできない低辺プロデューサーは不要です。もっときちんと私たちに感謝、してください。たとえば私は昨日、プロデューサーにメロンを食べさせてあげました」『モウニドトシンパイサセナイデヨネ! コノバカッ! バカプロデューサー!!』
「はいはいありがとうございます」
「……っ!?」
雑にあしらわれた月村手毬は青ざめてショックを受ける。
藤田ことねは思わず吹き出してしまった。
「ちょ……! めっちゃ雑に流されてんですけどぉ~?」
「っ……! あなた、事務所の先輩に向かってその態度は無いんじゃない? 改めたほうがいいよ」『コイツニダケハ ナメラレタクナイ…!』
「昨日いの一番に病人の家でゲームおっ始めた奴に言われたくねぇえええーー!? しかもお前が食べさせたメロン、切ったの全部あたしだかんなぁーーーー!?」
「だ……だってあれは、プロデューサーの風邪が治るまで、ヒマだったから……!」
「えぇ~……」(風邪はそんなすぐ治るもんじゃねえっての……つーか、こういうこと言うってことは、コイツ、あたしが居なかったらずっとプロデューサーの家の中に入り浸るつもりだったんじゃねぇのぉ~?)
藤田ことねは呆れ返る。一周回って可愛い生物に見えてこなくもない。
「っ……なに? その視線……私、なにかした……?」
「は? 今さっき思いっきり噛み付いてこられたんですけど……?」
やはり可愛くない。無自覚なコミュ
そこで青髪のプロデューサーが指示を出す。
「そろそろ時間ですね。みなさん隣室でジャージに着替えてください。レッスン室に行きますよ。おそらく藤田ことねさんは、すでに能力が元の値まで回復していると思われます」
「……へ? あたしですか?」
§
専用レッスン室に移動。マッサージトレーナーと挨拶。アイドル候補生たちは『昨日ドタキャンして申し訳ございませんでしたー!!』と謝罪。しかし青髪のプロデューサーから事前に連絡は入っており、あさり先生の介入もあって、事情も事情ということで、特に問題はないとお許しをもらえた。
レッスン開始。各々のメニューをこなす。
篠澤広は倉本千奈と柔軟体操。ストレッチ。それだけで篠澤広はダウンする。トレーナーからマッサージを受けている間、倉本千奈は持ち歌の練習に入る。
月村手毬は相変わらずハードなダンスレッスンを続けている。それと同じくらい葛城リーリヤもハードなダンスレッスンを繰り返し、それも過剰になってフラつけば休憩の合図。自覚できなければ裸絞め。葛城リーリヤは青ざめて、なんとか自制心を働かせながら小休憩に入る。そして篠澤広のマッサージを終えたトレーナーから、とても気持ちの良いマッサージを受ける。
花海佑芽は見本動画とにらめっこ。さっそく五分動画を二本見終わったため、すなわち二日分の課題を一気に達成したことになる。初級課題を完了。次は中級課題に突入。約十分の動画を見るなり何かにつまずいたらしく、常人なら短時間でクリアする工程を、長時間も費やしそうだった。
藤田ことねはダンスレッスン。足に羽が生えたかのように体が軽い。あっという間にダンス系の課題を軒並み達成。レッスンメニューに可愛いスタンプを押していく。お次は苦手とするボイスレッスンだが、その前にマッサージを受けなければいけない。メニューにも、レッスンとレッスンの合間には必ずマッサージを挟むように書いてある。破ればどうなるか分からない。もしかしなくても裸絞めだろう。
それらを見守る青髪のプロデューサーに、ぴょこぴょこと藤田ことねが顔を出す。
「プぅ~ロデューサー? あたし、もうダンス系の課題を達成しちゃいました~! 褒めてくださーい! あ、メニューに書いてある通り、証拠の動画も撮ってありますよ~? プロデューサーって疑り深いんですね~?」
「おめでとうございます。きちんと見ていましたよ。やはり藤田さんはダンスが上手ですね」
「え、えぇ~? そ、それほどでもぉ~……ありますけどぉ~?」
藤田ことねは褒められることに慣れていないのか、頬がとろけ落ちそうなほどにやけてしまい、感情が耐え切れず身を揺さぶる。そのたび、ふわりとしたレッスン着がゆらゆらと揺れて、三つ編みの揺れと合わせて可愛く映る。
「……心理系の課題は確認しましたか?」
「うっ……『自己評価が低い』ってやつですよね……? 正直あたしは、そんなことないと思うんですけどぉ……?」
「では実際に比較してみましょう」
「────へ? なんて?」
「みなさん! 少し注目を! 藤田さんのダンスを見ていた方は、正直な感想を伝えてください!」
「えっ……ちょ、ま────」
一同はレッスンを中止。
かなり集中していた月村手毬は、極めて不機嫌そうに目つき鋭く、イヤホンを外す。
そこで篠澤広が先に褒めた。
「ことねは、手毬より、ダンスが上手い」
「えっ!? し、篠澤さん……」
「……そうだね。悔しいけど……プロデューサー。現時点のダンスに関しては、藤田ことねのほうが一段上です。まぁすぐに追い越しますが」
「っ!?」(はぁ!? うそだろぉ!! 中等部トップの月村手毬が、あたしのダンスを認めた、だとぉ……!?)
「はい! わたくしは素人ですが、ダンスの練習を初めてみたからこそ、分かることもあります! 藤田さんは振り付けの覚えが早く、振り付け通りにダンスができて、とてもお上手ですの!」
「……っ!! いや、ちょ……ほ、褒めすぎだってぇ~? ……もしかしてみんな、あたしを褒め殺しするために、前もって話し合ってたんじゃねぇのぉ~?」
「え~! そんなことしないよぉ! あたしもことねちゃんのダンス、とても上手だと思うなっ!」
「っ……!! わ、分かった分かった。もういいでしょ?」
「わたしも藤田さんとは最近、よくクラスの班分けのダンスレッスンでご一緒します……だからこそ分かります。藤田さんは、とてもダンスがお上手でした……! だから、わたしも参考にしてて……いえ、うますぎるから、素人のわたしでは全然参考にならないんですけど……でも、目標にはしていますっ!」
「り、リーリヤ────ちょ、や……やめろってぇ~♡」
最後に青髪のプロデューサーが褒め伸ばす。
「これで確定しましたね。藤田ことねはダンスが上手い! ──……まぁ、歌は下手ですが」
「カハッ!? ぶ、ぶち上げておいて……!! フツー、そこで落としますかぁーーーーーーーー!? プロデューサーの、鬼ぃいいいい~~~~~~~~~~っ!!」
月村手毬は鼻で笑う。
「ふっ。たしかに一昨日はボイスレッスンをしてたけど……びっくりするくらい、下手の横好き、だったね」
「ぐぬぬぅ……っ!!」
藤田ことねは悔恨に身を打ち震わせるが、すぐに脱力して観念する。
「そうだよぉ……だから、
「は? そんなわけないじゃん」『コノコ…チョットバカナノカナ…? シッカリセンパイトシテ ワタシガメンドウミナイト…!』
「っ?!」
「あんたより歌もダンスもファンサもへったくそ。そのくせ、この前の中間試験で……
月村手毬は腕を組んで睨みつける。
そこには、マッサージを受けてなお、ぐったりと横向きに倒れている篠澤広が震えていた。
「ふふ……おとといの柔軟体操とストレッチの筋肉痛が、ずっと続いている……これはとてもつらい、ね……」
その割には悦んでいるように見受けられる。
藤田ことねは、そのドMぶりに青ざめてドン引きするが……すぐに月村手毬へ向き直った。
「……だから? 何が言いたいわけぇ? そんな篠澤さんより、あたしのアイドルの才能は無いってこと? そんなのわか────」
「ことねは母親のように面倒見が良くて、いつも一所懸命に物事に打ち込んでる」
「──……っ?!」
「歌が下手なことにビビってるけど練習は欠かさない。真面目だよね。いつも必死。健気でダメダメな子犬系って感じ。──フッ」
あごの下に手の甲を当てる月村手毬は首をもたげて、かなり上から目線で嘲笑する。
藤田ことねのこめかみに怒筋が浮かび上がる。しかしすぐに深呼吸。今は話を聞いてみる。
「でもダンスになると楽しそう。好きでやってるのも伝わってくる。あとファンサも得意だよね。
『……???????』
最後の自己評価は大いに首をかしげるところだが、ひとまず月村手毬の言いたいことは────
「そういうところを魅せればいいのに」『アイドルナンダカラ アタリマエダロ! ボケガ!』「
「……つまり? そういうところって……どういうことだよぉ……?」
「は? 今ので分からないの? ならホントにアイドルの才能ないかもね」
月村手毬は、やれやれと首を横に振る。
耳にイヤホンを戻してレッスン再開。すぐさま集中してハードレッスンに戻った。
「みなさん、ありがとうございます。レッスンに戻ってください。──藤田さん」
「あ、はい……」
「要するに、月村さんの言いたかったことを分かりやすく要約すると────」
藤田ことねは息を呑む。
「────あなたの全てでぶつかればいい。そういうことです」
「…………」(でも……)
「おや。本当は分かっていたみたいですね? なら別の表現をしましょうか」
青髪のプロデューサーは言葉を選ぶ。
「あなたはプロのダンサーではない。アイドルです」
「……!」
「プロのシンガーでもなければ、プロのモデルでもない。ならば、アイドルとして勝負してください」
「……」(だからって、下手なままじゃ……)
「たしかに何事も上手いほうがいい。だがその理屈なら、観客は全員、それぞれのプロフェッショナルを観に行きます。歌も踊りも表現も、
「っ……!」(それは────
「となるとアイドルの観客は、いったい何を観に来るのでしょうか? 自信のない下手くそな歌? それに伴う上手いだけのダンス? それが尾を引く可愛いだけの立ち居振る舞い? ──言語化してください」
すでに藤田ことねは答えを持っていた。
青髪のプロデューサーは退屈そうに待ち構える。もしも、まだ劣等感の意地を張るようなら、それを乗り越えるために長い時間をかけて褒め伸ばすしかないだろう。
(あるいは……“お前が信じる俺を信じろ理論”で、段階的に乗り越えさせてもいいが……それは俺に対する好感度がべらぼうに高くなるからダメだ。別の事務所に移籍する際、一気に自信を喪って著しく能力が落ち、最悪ステージの上に立てなくなる恐れがある……故に、ここで意固地な劣等感は、せめて柔軟な劣等感に変えてみせる────)
藤田ことねは、最初は弱々しく口を開けては閉じようとしていたが、歯噛みするなり振り切った。
「あ゛ぁ゛~! もう、分かりましたよぉ~!! 上手かろうが下手かろうが、アイドルなんだから……
「そうですね。私見では、あなたの
すでに私見で詮無いことを述べた上で、青髪のプロデューサーはそう言った。減らず口の男である。
「藤田さん」
「……っ?」
「今から言うことは、ひねくれ者の持論ですが。──何事も、一見正しそうに楽しんでいる人が、注目と脚光を浴びるんですよ。なぜなら見ているほうも
「…………? その持論は、ちょっとよく分かりませんね……や、反論とかではなく、まず意味が掴めないと言いますか……」
「はは。それでいいですよ。そこまで小難しく考えることではありませんから。──それとも藤田さんは、考えすぎることでメンタルにダメージとか入ります? なら深く考えることは推奨しない。単純明快に、楽しめば勝ちなんですよ。その実例が、すでにあそこでくたばってる」
青髪のプロデューサーと藤田ことねは、くたばり損ないのアイドル候補生を見やる。
「まだ……くたばってはない、よ?」
月村手毬と藤田ことねのダンスに触発されたのか、ちょっと振り付けの開始三秒をやってみた篠澤広は、すぐに転倒。それだけで息が上がってしまい、レッスン室の隅っこで、息も絶え絶えに死にかけていた。
「……なんか、篠澤さんを見てたら……あたしも、下手でもいいんじゃね? って気持ちになってきました……でも、こんな納得の仕方でいいのかぁ……?! って気持ちもありますぅ~!! プロデューサー、あたし、どうすればぁ~!?」
「ふはは! そこはまぁ……ご自身の気持ちに正直になられて! なぜならあなたたちアイドルは、何をしても最高に可愛いんですから! そこでくたばってても、たとえ歌が下手でも……ね!」
§
正午。一旦レッスン室を出て事務所に戻る。廊下を歩いていると、良い匂いが漂ってくる。
『ただいま戻りました~!』
台所では青髪のプロデューサーが立っていた。彼が手作りした栄養満点の料理が長机に並べられている。お腹を空かせたアイドル候補生たちは、いただきますと合掌。
滋養強壮の美味に舌鼓を打ち、満腹を感じながら小休憩を取れば、その後すぐレッスン室組と河川敷組に分かれる予定。河川敷組に配属されている藤田ことねは、甘えた声で青髪のプロデューサーに懇願した。
「あのぅ、プロデューサぁ~? ひとつだけ、お願いがあるんですけどぉ~?」
「はい?」
「その~……さっきみんなと話した時に、なんかプロデューサーのマッサージがスッゲェ気持ちい~って話を聞いてぇ……あたしも、ちょっとやってみせてほしいなぁ~? なんて♪」
「…………」
「……あれ? だ、ダメですか……?」
「……いえ。その……まぁ、はい。トレーナーさんとは、変わらないはずなんですけどね」
「え? でもみんな、全然違うって言ってましたけど? いえ、もちろんトレーナーさんのマッサージも、スッゲェ極楽でしたが……ああ、いま思い出しても気持ちよすぎるぅ~」
ならば、あとは
「そちらのソファにどうぞ」
「おっ! やったぁ~♪」
すると葛城リーリヤと花海佑芽も立候補した。
「あ、あの、センパイ……!」
「あたしもー! あたしもやりたーい! ついでに勝負したーい! ことねちゃんとリーリヤちゃんのマッサージで、どっちが上手か勝負しませんかー!?」
「では、まず何を以て勝利と敗北を?」
客間のソファは二つある。それぞれに藤田ことねと葛城リーリヤがうつ伏せで寝そべり、青髪のプロデューサーと花海佑芽が腕まくり。
一方の倉本千奈と篠澤広は青ざめた顔で、葛城リーリヤを戦々恐々と見守っている。止めようとは思ったのだが、トントン拍子で話が進むため間に割って入れなかった。
「じゃあ交互に試したあと、どっちのマッサージが気持ち良かったか、どれだけ体が良くなったかで!」
「分かりました。では────」
マッサージ勝負、開始。
次の瞬間、葛城リーリヤの悲鳴が────学園中に響き渡ったそうな。
§
五分後。
藤田ことねは、背中や足裏、両肩や太腿に受ける極楽浄土の快感に身を
「いっ────ッ……!? ぐすっ……いだだだだだぃ……!! ぐふっ……!! ぎにゅッッ……ンカハッ……!?」
「あれ!? 今の痛かった? ごめんね!」
(あぁ~~~~~~マジ気持ちよすぎぃ~~~~これヤバいわぁ~~~~~……となりから聴こえる苦悶の声さえなければ完璧だわぁ~~~~~~……つ~か~、お互いぃ……アイドルが出しちゃいけない声を~、出してるんだがぁ~……?)
マッサージ終了。
藤田ことねが極楽にあえぐ中、葛城リーリヤは泣いていた。花海佑芽はショックを受けながら両手を合わせて深々と頭を下げる。
「ご、ごめん……リーリヤちゃん……まさか泣くなんて……」
「う、ううんっ……! その、とても、体が、軽くなってて……! 花海さん、マッサージ、とてもお上手なんですね……」
「り、リーリヤちゃん……! ありがとう……!」
現に全身はほぐれた。苦痛にさえ目を瞑れば完璧である。
「よーし! 次はことねちゃんだー!」
「お断りします」
「なんでぇ~!?」
「あんな悲鳴と苦悶を聴かされて、誰がやってほしいと思うかぁーーーーっ!!」
「そ、そんなぁ~! お願い! ちょっとだけだからぁ! ほんとにちょっとだけぇ~!」
「嫌だよ! プロデューサーのマッサージは全然痛くなかったもん! 痛くないほうがいいに決まってんじゃん!?」
「で、でも! あたしのほうがマッサージ上手かもしれないじゃん!」
ならばと青髪のプロデューサーは、震える葛城リーリヤをソファに寝かせて、マッサージを開始する。
「ぁ────きもちぃ~…………んっ────ふわわ……────しょうじき、はなみちゃんのより、きもちいぃ、です……」
「ガーン!!」
「……どんまい、佑芽……」(ふぅ……助かったぁ……!)
藤田ことねは安堵する。
それもつかの間、花海佑芽は、彼女の背中を陣取った。馬乗りである。
「────はい?」
「ごめん、ことねちゃん。ちょっとだけ、ね?」
「……いやいや────それはないってぇ……」
「お、お姉ちゃん、言ってたもん! 体が硬い人だと、ちょっと痛いかもしれないって! でもことねちゃん、プロデューサーさんにしてもらったばかりでしょ? つまり体は柔らかくなってるんだよ! だからぁ~」
「う、佑芽……考え直すんだ……そんな、すぐに人の体は柔くなら────にぎゃああああああああああいだだだだだだだだだー!? ──アッ……がっくし────」
「うぇえええええええ!? そ、そんな叫ばなくてもいいじゃんー!! ──って……うわぁああああん! 広ちゃん! 千奈ちゃん! ことねちゃんが気絶しちゃったぁああああ!」
花海佑芽は泣いて友達に縋る。
篠澤広は頭を撫でて、倉本千奈は寄り添いつつも青ざめて震え上がった。
「よしよし。佑芽のマッサージ、わたしは好きだから、ね?」
「うぅ……藤田さん……背中をタンクローリーのような衝撃で貫かれて意識を……おいたわしやですわぁ……」
「貫いてないもん! やさし~く揉んだだけだもん……!! しかもタンクローリーじゃなくてぬいぐるみのおててだもん……!!」
三人組が漫才をしている間に五分経過。
葛城リーリヤは生まれ変わった心地でうんと背筋を伸ばし、フットワークを軽くする。
「す、すごいです、センパイ……! わたし、このまま河川敷、走りきれそうです……!」
「それはなにより」
その時、今まで遠巻きに様子を見守っていた月村手毬が、ぐぐいっと身を乗り出して青髪のプロデューサーの前に来る。ちらっちらっと上目遣い。何も言わず、片腕を抑えて、ちらっ? と見つめる。すると月村手毬の後ろに篠澤広が並び、その後ろに倉本千奈と花海佑芽が並んだ。
「……はいはい。ひとりずつ三分だけやりますから、終わった端からレッスンを始めてくださいね」
§
深夜。
青髪のプロデューサーの自室。
(そろそろレポートを更新しよう)
〔藤田ことねのレーダーチャート〕
歌唱力:2→3 ダンス力:1→7 表現力:3→7
親密度:1→5.7 体力:1→6 自信:1→2
『藤田ことねの筋肉の質:普通。ただし現状、圧倒的に栄養不足。あの篠澤広より軽い体重から考えるに、食費すら削って仕送りに当てている疑惑が濃厚。よく食べよく寝てよく動くルーチンの大切さを思い出してもらうためにも、全ての障害を排除するべし』
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