【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
第五週・中頃。
168事務所の客間には、青髪のプロデューサーと有村麻央が座って向かい合っていた。
「────先日のご無礼。どうか謝らせてください。不審者と勘違いして……本当に申し訳ない……」
「いえ。現に不審な動きをしていた私も浅はかでした」
「しかしボクは、あなたの話に耳を傾けるべきだった……」
「もういいでしょう。正式な謝罪があっただけ気持ちが救われます。御足労ありがとうございました」
青髪のプロデューサーは深々と会釈。
折り目正しい有村麻央はいざなわれて起立、会釈して出口に向かう。
しかし有村麻央は、これで許してもらおうとは考えていなかった。
振り返り、胸に手を当てて宣誓する。
「プロデューサー。今のボクは、いかなる贖罪も受ける
「……私はもう気にして────」
「本当に身勝手ながら、
「……何か、笑顔にでもさせてくれるんです? 特に、そういうのは期待していないのですが……」
「なんでもいいんです! ボクと一緒にいるだけでも気分は悪いかもしれませんが……あなたに笑顔を取り戻させたい……腐ってもボクは、アイドルだから!」
有村麻央は、何か手伝えることはないだろうか、という瞳で見上げてくる。
その凛々しくも可愛らしい上目遣いを受けた青髪のプロデューサーは、視線を逸らして腕を組む。喉を唸らせる。
(これ、何か注文つけないと帰ってくれないパターンだな……適当なことを言って追い払いたいが、真面目な人だから適当なことも真に受けて、あさっての方向に走り出すかもしれない……面倒だ。分かってはいたことだけど……)
最初はプロデュースする予定だった。性格も調査済みだった。
しかし
(正直なところ今でもめっちゃビビってて意固地になっている自分もいる……だが仕事で業績を挙げたいなら公私は切り分けるべき。その上で態度に出てしまう甘さが、俺にはあるが……それでも構わないと言ってくれるのであれば、まぁ……)
ビジネスライク。
今まで苦手な人はなるべく遠ざけてきた。
しかし仕事上、どうしても苦手な人を身近に置く必要性も生じてくる。
(その予行演習とでも思えばいいか……人間たまには適切なストレスを受けないと腕がなまっちまうし……)
青髪のプロデューサーは意を決した。
「分かりました。それでは改めて────あなたをプロデュースさせてください。有村麻央さん」
「……────ええっ!?」
有村麻央は困惑した。
スカウトしに来た相手を、思い込みの決めつけで捕らえようとしたのに。もはや悪印象は避けられず、再びスカウトされる可能性も絶望的。それも自分への罰だと受け入れて、粛々とお詫びをしに参った。そのつもりだったのに。
「なんでもするのですよね。ならば贖罪。していただきますよ?」
「っ……────!」
§
夜遅く。点灯された168専用レッスン室。
そこでは葛城リーリヤが、限界を超えて過剰な自主練を積んでいた。
扉が開く。青髪のプロデューサーが入ってきた。集中する葛城リーリヤは気づいておらず、壁に腰掛けて様子を見守る男の影に気づかない。
「はっ、はっ……!」
葛城リーリヤは、鬼門となる最後のステップに挑戦する。
しかし体力は限界。直前のターンでもふらついていた。
「あっ────」
体が流されて足元がおぼつかない。転倒する────
「おっと」
────逞しい腕に抱き支えられた。
転倒に怯えて目をつむっていた葛城リーリヤは、すぐ助けられたことに気づいて目をぱちくりとさせ、思わず見上げる。そこには青髪のプロデューサーの赤眼が鋭く光り、困ったように眉を下げていた。
「ぷ、プロデューサーさん……!」
「葛城さん。困ったものですね。なぜメニュー外のレッスンを? 自主練をしたい場合は報告してください、とメニューに書いていたはずですが」
「っ……そ、それは……」
ふいに葛城リーリヤは抱き上げられる。背中と両脚を持ち上げられて、いわゆるお姫様抱っこ。
「ひゃぇ!?」
「なるほど。つまり私のプロデュース方針を
「っ?!」
「そういう解釈は、したくないのですが?」
青髪のプロデューサーは半信半疑といった感じで、いたずらっぽく微笑む。
それは相手の罪悪感を誘う、悪魔のような
「ち────ちがいます! 信用、してます! ……ただ、あの……っ」
「なんです?」
「…………すみません……ちゃんと、休み、ます……」
青髪のプロデューサーはお姫様抱っこしながらしゃがみ、葛城リーリヤの荷物を手に提げると、レッスン室を出て鍵を閉める。そのまま女子寮へお持ち帰り。
深夜のキャンパス。
誰も居ない広間と通り。
連立する街灯に導かれて帰路に就く。
途中、青髪のプロデューサーは、お姫様をベンチに下ろす。となりの自販機でスポドリを購入。お姫様に手渡す。
「あ、ありがとうございます……」
「何が不安だったんです?」
葛城リーリヤのとなりに、どかっと座った青髪のプロデューサー。その所作は乱暴で、やや威圧感を放っているように見えなくもない。葛城リーリヤは、もしかしたら裸絞めされちゃうかも? と思った瞬間「恐怖政治は好まない」とつぶやかれた。
「っ……────その、もっと練習しないと、ダメかなって……」
「既に実力は充分あります。……それでも、と。納得できないんですね?」
葛城リーリヤはスポドリをちびっと飲み、控えめそうに、しかし力強く、こくんとうなずく。
「まさにそれです」
「……?」
「あなたには自信が足りない。それを埋めるために実力以上の実力をつけて安心を得ようとしている。だから鬼練する。……その習性は調査済みでしたので、オーバーワークギリギリの練習量を与えていました。つまり、明日は体を少し壊していますよ」
「……!!」
「そのため明日は休んでもらいます。おや……実力を付けるため練習していたのに、間違った努力をしたせいで、明日練習ができない。皮肉ですね」
「────……」
うつむく葛城リーリヤは唇を噛む。ペットボトルを握りつぶす。
それは彼女の心の発露だった。青髪のプロデューサーの煽りで引き出した、隠れていた熱い芯の部分。
「まさにそれです」
「──え?」
「あとは心の問題なんですよ。それを解決しない限り、どれだけ体を動かしたところで、あなたは今度の試験で落ちます」
「!!」
「ヒントを教えましょう。──鏡です」
それだけ伝えた青髪のプロデューサーは、ベンチを飛び立って帰路に就いた。
夜の学園のベンチに取り残された葛城リーリヤは、しばらくうつむいてヒントの意味を考える。
(自信……心の問題……鏡────どうしよう……わかってるけど……わかんないよ……)
やがて葛城リーリヤは、名残惜しそうにレッスン室の方向を見つめてから、帰路に就く。
きちんと女子寮に帰宅するところまで、青髪のプロデューサーは遠くから見守っていた。
§
深夜。点灯している168専用レッスン室。
青髪のプロデューサーは鍵を回して入室する。
聴こえてくる音楽。力強く爽やかで柔和な歌声。メリハリのついた美しいダンス。歌詞に合わせ、ファンに向けた、視線や表情が完璧な所作。
音楽が終わる。息切れの少ない呼吸。
青髪のプロデューサーは手放しで拍手した。
「さすがです、根緒さん。私が教えることは何もありませんね」
「────! プロデューサーくん、見てたんですか……ありがとうございます。でも、苗字呼びはやめてくださいっ」
「担当アイドルは基本的に苗字呼びなんですよ。あなたも私が担当する
「……なら、私だけ特別に、お願いします」
「分かりました。あさり先生」
もはや警備員しか居ない時間帯。
人の目を盗んでレッスンしていたアイドルは、なんとあさり先生だった。
「しかし、あさり先生。あなたは本当に何者なんです? ミュージカルの経験でも
「さあ? 秘密です! それと、アイドルについて調べるのも、プロデューサーの仕事ですよ?」
「そうでした。では長い時間をかけてじっくりと、いつか
「……────っ!! も、もうっ……! なんでそう、歯が浮くようなセリフが、すらすらと出てくるんですかぁ……!? 君、本当に中学生、なんですよね……!?」
「世の中の中二病は、割とこんなものでは?」
「おそらくあなただけです!」(──いえ、でも……最近の子って色々早いって言うし……もしかしたら、本当にそんなものなの……!? じゃあまさか本当に、これが新時代の厨二病……!!?)
あさり先生は絶句する。
一方、青髪のプロデューサーは考察していた。
(すでに
ならばと青髪のプロデューサーは、まだ煮詰めていなかった話を始める。
「あさり先生。その調子で“週一レッスン”をお願いします。仕事にレッスンと二足のわらじで大変でしょうが、週に一回は必ず、今このように調整を欠かさないでください」
「はいっ!」
「そして、あさり先生の初ライブは────あなたの意思を尊重したい。エメラルド
「…………そうですねぇ……先生は────みんなと楽しく歌って踊ってみたいので、お祭り感のある『ICF』のほうが、うれしいです!」
「そうですか。しかしその心は?」
「うっ……本当は、一度だけ……アイドル科の生徒と、ガチってみたい気持ちも、あります……」
つまり選抜試験を受けてみたい。
しかし教師が選抜試験を受けることは不可能である。そのため本音を言ってみただけで、現実では叶わないことは承知の上。
「分かりました。学園長と交渉してきます」
「────うええっ!?」
「となると、さすがに教師の特別参加で、本来講堂に出られるはずだったアイドルが一名減るのは問題ですね。そのため一枠余分に設けてもらいましょう。かといって最初に出ても最後に出ても、あさり先生のアイドル姿のインパクトが強くて……その後、
「っ……!? わ、わたし、そんなにスゴいアイドルじゃないですよ……!」
「いいえ。あさり先生はアイドル力が抜群にあります」
「……!! ……────」
あさり先生は目を見開いて赤らむ。
青髪のプロデューサーは真剣に考え込む表情で、思考を口に出し、意見を求める。
「日付をズラすか?
「……?」
「逆に考えてみました。──あさり先生が講堂に出ても、
「……!」
つまり、あさり先生は二回のライブを予定することになる。
エメラルドライブと、夏直前のアイドルコラボフェスティバルにて────
§
その日の深夜。
青髪のプロデューサーの自室。
(さて、レポートをまとめ直そう)
〔葛城リーリヤのレーダーチャート〕
歌唱力:2→6 ダンス力:2→6 表現力:2→6
親密度:1→3 体力:1→7 度胸:0→3
〔有村麻央のレーダーチャート〕
歌唱力:6 ダンス力:6 表現力:6
親密度:5 光と闇の力:4 カッコかわいい度:9
〔根緒亜紗里のレーダーチャート〕
歌唱力:10 ダンス力:10 表現力:10
親密度:9 歌劇力:10 ???:‐
『葛城リーリヤの筋肉の質:細く軟弱だが免疫力は高めの構造。オーバーワークに耐えやすい。故に注意。一度ケガした時の故障具合は“修復不能と錯覚”してしまうほど、深刻なものになりやすい。ある意味、親友の紫雲清夏さんと似て非なる体内構造と言える。引き続きオーバーワークに注意』
『有村麻央の筋肉の質:不明。ビビって視界に入れていなかったため不明のまま。ただしスゴく柔らかそうな感じはした』
『根緒亜紗里の筋肉の質:保持性・均衡的。可もなく不可もなくバランスの極み。控え目に言って完璧に近い。鍛えすぎでもなければ衰えすぎというわけでもない。あと最重要事項にして余談ですが、とても素晴らしい匂いがしました』
共同編集者:『プロデューサーくん!! セクハラで訴えますよ……!!?』
§
第六週・中頃。
初星学園の専門大学では、青髪のプロデューサーについての悪評が流れていた。
それが流れに流れて、高等部では噂として流れ始める。
────彼は当該アイドルをプロデュースしているのに、正式な担当登録の手続きを済ませていない。それはプロデューサーとして最も無責任な行いではないか。
────現在確認されている当該アイドルとは、葛城リーリヤ・花海佑芽の両名である。また、ほかにも四名以上は彼にプロデュースされている
その噂を吹き込まれた葛城リーリヤと花海佑芽は、さっそく事務所に駆け込んだ。
正午の廊下。
走る葛城リーリヤを追い越して、花海佑芽が168事務所の引き戸をこじ開ける。
「ぷ────プロデューサーさーん!」
「はい。おはようございます。どうしたんですか?」
「……! あ、あの……っ」
噂は噂。ただの悪い噂であってほしい。
青髪のプロデューサーのことは信頼している。
ぜえぜえと息を切らして入ってきた葛城リーリヤも含めて、ふたりはそのような視線を送る。
しかし青髪のプロデューサーは、デスクから立ち上がりながら失笑した。
「なるほど。昨日から大学で──先輩以外の──熟練プロデューサー諸兄から色々と物申されましたが。ええ。おそらく葛城さんと花海佑芽さんが耳にした噂は、すべて事実ですよ」
『……っッ!!?』
葛城リーリヤと花海佑芽は目を丸くして困惑する。
青髪のプロデューサーは台所に向かい背中を見せながら、洗ったグラスに水を入れる。
「あ、あたしたち、プロデューサーさんの担当アイドルじゃ、なかったんですかぁ……!?」
「むしろこちらから伺いますが。私が『あなたをプロデュースさせてください』と、一言でも言いましたか?」
『────!!』
そこで葛城リーリヤが反論する。
青髪のプロデューサーは振り返り、水を一杯飲み干す。
「で、でも! あの日は『合格だ』って……!」
「ええ。ユニット結成に最適な人材を見つけたので、合格です。担当として『スカウトする』とは、まったく関係のない、別の話だ」
「っ……?! そ、そんな……」
花海佑芽は唇を丸める。目つき鋭く反論を考えるが、困ったことに何も思いつかない。こういうのはじっくり考えてから反論するタイプだ。あまりにも急な話すぎて、理解するのに精一杯。スロースターターに準備なしのディスカッションはツラいものがある。
そこで青髪のプロデューサーは、花海佑芽が言いたいことを見て察した。
「無責任? 大いに結構。あなたがたがどうなろうと私の知ったことではない。私は『才能のある子を育てる気はない』と、初めから伝えていた。その上で教えてほしいなら『見て盗め』とも語った。現にあなたがたは事務所に訪れるようになった。そして私が無責任にも押し付けたレッスンメニューを忠実にこなして、日々成果を上げている。ならそれで良いではないですか。嫌なら今からレッスンメニューを捨てて、どうぞ効率の悪い自主練を始めるなり、ほかのプロデューサーにスカウトされるなり、してください」
『…………────』
青髪のプロデューサーは目を閉じて腕を組み、我関せずの構え。
それはそれとして、文句があるなら好きなようにかかってこい、と言いたげ。挑戦的な微笑と立ち姿である。
「っ……」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぅ……! ギギギギギギギギギぎぃ……!! ぎ、逆に聞きますけどぉ! なんでここまでしてくれるのに、スカウトはしてくれないんですかぁ!? そんなに担当を増やしたくない理由は、なんなんですかぁー!!」
「社外秘なので話せません」
なぜ正式に採用しないのか。それは
だが非担当であるのにプロデュースすることで、いざ何か問題が起きれば、
(ならプロデュースしなければいい? それはそう。おっしゃる通りすぎる。一方、それを言うならアイドル側の自己責任でもある。こんな簡単に騙されてお可愛いこと。この真実を知ってどのように処理するのか。
青髪のプロデューサーは悪魔だった。
ちなみに倉本千奈は書類上、学園長によって無理やり
「……なら、出来る範囲で、話してください……センパイ……」
「! リーリヤちゃん……」
葛城リーリヤの気迫が飛ぶ。さすがの花海佑芽もたじろぐほど。優しい子は怒らせると怖いというのは、このことか。しかし今にも泣きそうである。
その上で青髪のプロデューサーは、適当なセリフを投げかけた。
「スカウト後の責任が取れません。それ以上でもそれ以下でもありません。ほかに強いて言うなら……そうですね。篠澤広にはアイドルの才能がないと
「ぐぬぉおおおおおおおお────!! あ、あたしたちの足元を見やがってぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」
「ええ。見ています。先ほどから私は俯いておりますので」
「ムッきゃああああああああああああ────!! プロデューサーさん! 大っきらいですぅうううう────!!」
「はは! 論理的な文句なら後から湯水のように湧いてきますよ。それまではレッスンメニューに従ってください」
今日のメニューは“休暇”である。
花海佑芽は、青髪のプロデューサーの狸寝入り顔を睨みながら歯ぎしり。
葛城リーリヤは、ひたすらうつむいていた。
「ふん! リーリヤちゃん! 行こっ!」
「あ……────う、うん……」
事務所を出ていく葛城リーリヤは、最後に振り返り────青髪のプロデューサーの寝顔を見つめて、去っていった。
§
一秒後の168事務所。
実は教室の中央にある長机に着いていた篠澤広は、両者の言い合いに挟まれている状態だった。その緊迫感から解放された少女は胸に手を当て、ふぅと吐いてすぅとさらに吐き出す。
「……突然の修羅場。困惑を禁じ得ない……」
「それは失礼しました」
「……プロデューサーは控え目に言って、鬼?」
「強めに言われても、鬼畜や悪魔、時に魔王など。カッコいい称号には事欠きません」
§
プンスカとほっぺを膨らませて廊下を歩く花海佑芽と、うつむいたまま歩く葛城リーリヤ。
その前方に、20代前半と見えるプロデューサー科の生徒が現れた。
「あの、葛城リーリヤさんですね?」
「──……え?」
「自分、こういうものです」
名刺を手渡される。
「……プロデューサー……」
「あなたをスカウトするつもりで来ました。これから自分と、トップアイドルを目指しませんか?」
「……────」
葛城リーリヤは、相手の目を見やる。
そのとなりでは花海佑芽が目を見開いて口元を覆い(ね……NTR展開だぁああああああああああああ────!?)と心中穏やかでなく、ただひとり赤らんでいた。
「……あの、お気持ちは、うれしいのですが……」
「! そう言わず……どうか……!」
「…………でしたら、わたしの
「……! ……分かりました。まず自分は────」
まずはプロデューサー科制度を利用した資金面の改善。レッスン室の貸与。そのメリットを提示した上で、初星学園を通して入ってくる仕事の依頼をこなして着実に知名度を上げていく。無論、仕事内容は本人の性格に合わせた方針だが、今ここであえて挙げるならファンを取り込みやすいグラビア撮影を優先したい。もちろん無理にとは言わない。
「──
「……! ……失礼ながら、今の実力では中間試験突破も難しいかと。そのため────」
しばらく選抜試験は受けない。アイドルとしての名を上げる方法は、何も選抜試験に限らない。講堂でライブできるのはひと握りの選ばれしアイドルのみ。そこに到達するためには三年間じっくりとレッスンを積んで行く必要がある。三年生になる頃には選抜試験の一位入賞も夢じゃない。才能は普通だが、三年もあれば優勝は見込める。自分がそこまでプロデュースしてみせる。
「それに、想像してみてください。三年かけて集めた、あなただけを見てくれるファンたちが、講堂の観客席を埋め尽くしてくれるんですよ!」
「……三年……」
葛城リーリヤは眉をしかめてまぶたを落とす。
(そうだ……わたしに才能なんてものはない。本当なら少しずつ、着実に進歩していくのが“正しい”んだろう……それがふつうの、いわゆる“当たり前の努力の仕方”なんだろう……でも、どれだけ頑張っても、頑張っても……本当に進歩しているのか、ぜんぜんわからなくなる……折れそうに、なる……)
────でも、それは 。
(この人も分かってる。わたしには才能がない。
────
「ごめんなさい」
『……!!』
「わたしには、すでにプロデューサーがいますから」
「! け、けど……彼は、その……なんというか……」
「はい。正式なプロデューサーでは、ありません」
「!」
「だから、スカウトしに来たんですよね?」
「……」
「最後に、聞きたいです。なんで、スカウトして、くれたんですか?」
「…………────あなたとなら、羽ばたけると思ったからです」
葛城リーリヤはうつむく。
(そうか。それは悪いことをした。とても。申し訳ない気持ちでいっぱいにはならないけど、後ろ髪を引かれる気分ではある。でも────この人、答えるまで
無茶だと分かっても
なぜなら、そのためにアイドルになったのだから。
「ありがとうございます。それでは、さようなら」
「あっ……!」
葛城リーリヤはきびすを返す。歩みが加速していく。
花海佑芽は、その後ろを黙って付いていく。
事務所の扉。引き戸を、叩き開ける。
『!?』
前方の篠澤広と、後方の花海佑芽が、勢いに驚いてたじろぐ。
「センパイ!」
「──はい。なんでしょう?」
「この前、ヒントを、くれましたよね……!」
「ええ。答えは、見つかりましたか?」
「────む……
鏡。家に帰って、じーっと見てみた。
自分の姿が映った。葛城リーリヤ。普通の女の子。アイドルを目指すクラスの中で可愛さを競うなら、当然のように下位に入るような女の子。
だから顔なんて自信がない。
そう思った時に落ち込んでうつむくと、いつも自分の胸が目に入る。
なぜかはあまり考えたくないけど、あまり胸が目立たない服を着るようになった。
胸が大きいのは、女の子として恵まれている証だとは思うけど……それが自慢になるかどうかは、やっぱり分からない。
なぜなら、顔の可愛さで負けてるからって、胸なら勝ってるなんて言い訳、したくなかったからなのかも。
そんな漠然とした後付けの理由を、鏡を見ながら考えている自分にも腹が立った。
才能がない。可愛さは下位。自信がない。度胸がない。
それは全て前提。
本当に才能がないのか、本当に可愛くないのか、本当に自信がないのか、本当に度胸がないのか。
その全てを諦める理由にはならない。
「センパイは、わたしに才能があると言います! それは、もしかして……む、むっ────胸が! あるから────」
胸だと言うのなら。受け入れよう。
センパイは、わたしに才能があると言ってくれた。その理由は、まだ分からない。鏡を見れば分かるようだけど、結局わからなかった。でもセンパイなら、信じられる。もし、さっきスカウトしてくれたプロデューサーと、同じようなことを言われても────センパイの言葉なら、信じられる。信じられるだけの交友を、積んできたから。
「いいえ、まったく違います」
「っッ!?」
しかし葛城リーリヤは、途端にハシゴを外された。
「ハァ……少し、こじらせましたね……」
「!? ……?!」
しかも心の底から呆れ果てるような、とんでもなく重いため息をつかれた。
今のは明らかに失望された。なぜなら篠澤広から、羨ましい、と言いたげな視線を感じる。
「────
「……え?」
「あなたの笑顔は、最高に可愛い」
「────っ!?」
「なのに、あなたは自信がないせいで、度胸がないせいで、いつもうつむいて、怯えた顔ばかり。表情は固く、無理した笑顔はぎこちない。しかし、そこを突破さえすれば、あなたは才能の塊なんですよ。なぜかって? ──女の子は笑ってなんぼ。笑顔でいる時が最高に可愛い。少なくとも俺はそう思います。それがアイドルともなれば尚更です。カッコよさもパフォーマンスさもないのに、笑顔さえないライブのどこが面白いので? そんな当たり前のことに気づけない時点で、たしかにアイドルになる才能はないかもしれませんネ!」
「……! …………」
「あ、もちろん何度でも言いますが、胸は強力な武器ですよ? ただし雪の妖精のようなイメージで押すなら、やはり笑顔でしょう。胸を武器としたいなら、アイドルではなくグラビアアイドルにでもなればいい。それで知名度を得て、少しずつステップアップなされては?」
「────」
「しかしそれはあくまで、
「あ、えと……いえ、それは……またの機会が、あれば……で……」
「そうですか。──では、これからは鏡を見て、笑顔の練習をしてください」
「…………はいっ────」
「ちなみに念押しでもっと言い含めておきますが。笑顔と比べれば胸なんて、割とどうでもいい事柄ですからホント。これ以上、俺好みの
「──はいっ……!」
「いえ、
「……いえ、はぃ……」
肩を上げ下げして返事する。
葛城リーリヤは、うつむいていた。
虚空を見つめている。胸なんて目に入らない。
叱られてしまった。
見当違いな答えを出して恥ずかしかった。
彼の一人称が“私”から“俺”に変わるほどの失望をされてしまった。
それだけではない。
────あなたの笑顔は、最高に可愛い。
その一言が、やはりズルくて。とてもズルすぎて。胸がいっぱいになって。目元を拭って。
その真っ赤な笑顔は、たしかに。素朴だけど、特別な。
見た者が“最高に可愛い”と絶賛するほどの、普通の女の子の笑顔だった。
§
数分後。中庭のベンチにて。
花海佑芽と葛城リーリヤは休暇を満喫していた。事務所には、少し気まずいので今日は入り浸らない。理由は、葛城リーリヤとしてはセンパイと顔を合わせるのが気恥ずかしいからで、花海佑芽としては青髪のプロデューサーと喧嘩中のつもりだからである。
「────あの、すみません。花海佑芽さんと葛城リーリヤさん、ですよね?」
「? はい!」
「……なんでしょう?」
黒いスーツを着た20代後半程度の男性が話しかけてきた。
花海佑芽は元気に立ち上がり挨拶。葛城リーリヤは、もしかしたら、と思う。
「俺はこういうものです。おふたりをスカウトしに来ました。未来のトップアイドルをプロデュースさせてください。お互いの夢を叶えるためにも」
「お断りしますっ!」
『!?』
名刺を貰うまでもなく即答。
葛城リーリヤは動揺し、相手のプロデューサーも驚いていた。
「な、なぜですか!?」
「うーん……あたし、見ればビビッ! ときて分かるんですよね……あたしのことを完璧に育て上げてくれる人のことが! でも、あなたはビビッ! と来なかったので、ごめんなさい!」
とてもいい返事。とてもいい笑顔で、花海佑芽は深々と頭を下げた。にこっと微笑んで小首をかたむける。
「……そ、そう、ですか……」
「あの! それで、ひとつ聞きたいんですけど……」
花海佑芽は純粋な瞳で問いかける。
「あたしが
「……!」
「──う、佑芽ちゃん……!」
「アイドルとしての芽が出てきたから? どうなんですか?」
「…………ええ、そう、ですね……」
「そういうことなら、やっぱりあたしの目利きは間違いなかったね!
「────」
「う、佑芽ちゃん……!?」
「というわけで、ごめんなさい!」
花海佑芽は丁寧にお辞儀する。
相手のプロデューサーは会釈して、すごすごと立ち去った。
花海佑芽は軽く手を振って視線を外し、ベンチに座り直す。
となりの葛城リーリヤは戦々恐々としていた。
「……う、佑芽ちゃん……今のは、さすがに……そのぅ……」
「えー? だってリーリヤちゃん。自信なさげで、プロデューサーさんから
「……!? ど、度胸と失礼は、ちがうよぉ……!」
「あれ? そっか! 悪いことしちゃった……それはそれとして、
「!?」
「度胸って、こういうことじゃないの? 言いたいことはきちんと言う! 的な?」
「……もし、そうだとしたら────」(わたしには、刺激が強すぎるよぉ……!)
葛城リーリヤは内心で頭を抱える。
一方の花海佑芽は、そういえばと思い出したように首をひねった。
「ところで、さっきの人。リーリヤちゃんもスカウトするつもりみたいだったのに、あたしに断られたくらいで帰っちゃったね? 夢があるならなりふり構ってなんかいられないのに……────度胸ないのかな?」
「……。つ、追撃はやめてあげようよぉ……!」
「あ! 今ちょっと間があった! リーリヤちゃんも思ってたんでしょ! 同じこと!」
「っ……!」
花海佑芽は意見が一致したことが嬉しいのか、よく微笑む。
葛城リーリヤは大量の冷や汗を流しており、相手の名誉のため、何も口に出せなかった。
§
翌朝の168事務所。
藤田ことねと葛城リーリヤは、テレビの前に椅子を用意して、ペンライトを握り締めていた。
時間通りに始まる、生放送の音楽番組。
ふたりが尊敬する先輩の姿が、画面の中央に堂々と映り込む。
『新進気鋭の闇王子系アイドル!』
『カッコよさとカワイさを兼ね備えた闇の光が、観客を眩しく魅了する!』
『ダークプリンス・有村麻央! 新衣装と持ち歌を引っ提げて、堂々のライブを初披露だー!』
♪~初宵`Fluorite Prequel:Dark Prince×Lightning Peach.Ver~♪
白と黒の激しいスポットライト。その中で激しく踊るキメ顔の王子。
光と闇が合わさって最強に見える有村麻央は、見た目が小さいのに言動がカッコいい。言動が可愛いのに立ち居振る舞いがスーパーダーリン。でもちょっと間が抜けてるため、可愛いとカッコいいの対比は7:3の比率。という具合の好印象を観客と視聴者に与えつつ、時に女性アイドルのような艶かしいダンスを、時に男性アイドルのような厳ついダンスを────激しい二面性の
狭い教室に、ふたり分の歓声。
「うおおおおお! めっちゃ可愛いのに、凛々しそうなカッコよさも兼ね備えるとか最強かよぉ! 麻央ちゃん先輩さいこぉおおおおお!」
「麻央センパイ……! カッコいい……!」
ライブが終了する。
すぐにインタビューが始まった。インタビュアーが駆けつけてマイクを口元に差し出す。
『素晴らしいライブをありがとうございます! 今回は新衣装で持ち歌を披露しましたが、それについてコメントをお願いします!』
『ハァ、ハァ……そう、ですね────今まで、男性アイドルの振り付けで挑んできましたが……今回だけ、は……女性アイドルの振り付けを取り入れて、衣装にもそんな感じのを取り入れて……もし、これが、ファンの方にとって、良さそうなら……ボクのカッコよさと、ボクのカワイさを……思う存分、魅せていこうと、思っています……!』
有村麻央は一瞬、苦しそうな顔をする。
しかし、すぐに
『────みんな! どうだったかな!? ボクは、この結果次第では────!!』
『あ、えっと────CM、はいりまーす!』
有村麻央が何かを言おうとしたところで、インタビュアーは咄嗟にカメラに手を振り、CMに入ってしまった。
よくわからないが、有村麻央もテンションがブチ上がっていることは事実な様子。ならばファンとしては一緒に盛り上がらずにはいられない。
「ねえ見たリーリヤ!? 麻央ちゃん先輩の新衣装!」
「うん! 見た……! 体の半分ずつで、王子様らしい衣装と、お姫様らしい衣装が、くっきり分かれてて……!」
「そう! 田中摩美々ちゃんの『ブライクブラン』にピンクのお姫様の光の翼とパープルの王子様の闇の翼を合わせたみたいな感じでさァ~! ちょっと前までは、凛々しい姫騎士みたいなカッコいい系の衣装だったのにね~!」
「しかも、だよ……! か、髪型が……!」
「そうそれぇ~~~~~~! いつもの髪型がさァ~!」
「激しいダンスと流れる汗に合わせて、どんどん垂れてきて……!」
「めっちゃキノコ!」
「────っ!?」
葛城リーリヤは吹き出す。さすがにその表現はどうなんだ。ボブカットと言ってほしい。あるいは日本人らしく、おかっぱ、などと。
「ええ!? 急にどしたぁリーリヤ!?」
「こ、ことねちゃん……その表現は、ちょっと……」
「えぇ!? や、でもたしかにそうか……興奮しすぎて言葉を選べてなかったわ……」
「で、でも……キノコだとしても、すごく可愛いよね……!」
「うん! あと、いつもフィニッシュはカッコいい系なのに、今回は可愛い系でフィニッシュ決めたのも新鮮だったよね! いや~麻央ちゃん先輩は、やっぱり可愛いからさァ~! そっちの路線で売ると、必然こうなってくるわけですよぉ~……!」
ならばと葛城リーリヤはSNSを確認。有村麻央の生放送ライブがバズり始めている。
カッコいい系でも少しは売れていたのに、カワイイ系が思わぬ
さらに些か天然系であることもバレてきているのか『これ絶対CM入り邪魔したことで今ごろ謝罪してるだろ!』『あとで謝罪コメントを発信するかも? そういうところが真面目で素敵だし、なによりカワイイんだよねぇ!』などと友好的に解釈されている様子。
その時、ガラガラと引き戸が開かれて青髪のプロデューサーが入ってきた。
「──ふたりとも、少し声を静かに」
「あっ……すみませんでした! プロデューサー!」
「ご、ごめんなさい……センパイ……!」
「まぁ隣接する教室は無人なので、少しくらいは騒いでもいいのですが……かなり廊下に響き渡っていたのでね」
「えっ。そんなにですぅ!?」
「あわわ……!」
「ま、大丈夫ですよ。あちらこちらから似たような歓声と悲鳴が上がっていましたので。今日の女子寮は、ちょっとしたパーティーになりそうですね。クラッカーでも用意したらどうです?」
「あ、それ名案ですぅ! プロデューサぁ~!」
「たしか購買部で売ってたよね……! すぐ買いに行かないと……!」
「その前に。これはプロデューサーだからこそ知り得た裏話なのですが。──有村麻央さん、今回の出来が良ければ、これからカワイイ系の路線で売っていくことも視野に入れているようですよ」
「え、それマジですかぁ!? やったー!」
「麻央センパイ……もうカッコいい系は、やらないんですか……?」
「さあ? それは本人の意思次第なので。俺は
そこで藤田ことねが推理する。
「麻央ちゃん先輩、プロデューサーが付いてるんです? あんま聞いたことないんですけど……」
「私もです。聞いたことはありませんね。それが何か?」
「いや……なんか、ちょっと……既視感があると言いますか……」
「と、言うと?」
「えっと……もし麻央ちゃん先輩にプロデューサーがいるなら、その人、トップ級アイドルのアンティーカとか天道唯我とか、好きなのかなぁ~? なんてっ。──なんでって、衣装とか、ゴシック系だし……や、ゴシック系アイドルなんていくらでもいるんですけどね!? でも天道唯我のダンスと似通う部分もあって……や、それだってプロ級のダンサーなら誰でもやってる振り付けなんですけどぉ! それに……だからって麻央ちゃん先輩にオリジナリティがないって話じゃないですよぉ!? あの可愛さは麻央ちゃん先輩だから振りまけるものなんです! そして可愛いのにカッコいいがイケる子もそう多くはない! 存在自体が有村麻央限定の魅力なんです! なぜなら世界に有村麻央はひとりしかいないんですから! ……ただ、ところどころ、なーんか既視感があるといいますか……?」
青髪のプロデューサーは深刻に自戒する。どうやら意識的にも無意識的にも、王子様系アイドル・白瀬咲耶を参考にし過ぎていたようだ。やはり衣装も振り付けも、全て自分だけで作って用意するものではない。第三者の意見が必須である。これでパクリだなんだと騒がれたらたまったものではない。担当ではないアイドルのプロデュースは経費で落ちないため、デザイナーや振り付け師を雇えないのがアダとなった。しかし今なら有村麻央もバズり初めて大きく稼げているため、その費用で人材を雇うことができる。それに青髪のプロデューサーも馬鹿ではない。元より無償で自主制作をする以上、こういったデメリットが発生しやすいことは把握していた。故に、パクリだなんだと騒がれそうになった時のための布石は、すでに打ってある。
「なるほど。もしかしたら近々『ICF』があるので、それを匂わせているのかもしれませんね」
加えて、泥をかぶるのは青髪のプロデューサーだけでいい。移籍の件も含めて、必要があれば有村麻央をスカウトし、夏前の『ICF』で全ての火種を
「あー……その有力仮説、やけに広まってたんでSNSでも見ましたけどぉ……別プロのアイドル同士でコラボするアレですよねぇ? それってつまり、
「そんなことはありませんよ。才能やファン数など、283と比べても勝っているアイドルはそれなりにいます」
「うぅ……でもその
「ふははっ!」(うわぁ~……俺だって言いてぇ~! でも種明かしは、俺が卒業してからだな! 楽しみだ!)
青髪のプロデューサーは手を叩いて笑う。
「何度でも言いますが、そんなことはありませんよ。藤田さんも葛城さんも十二分に通用します」
「っ!?」
「……!」
「もし、おふたりに、その自信が欠落しているようなら……『ICF』までには、否応なしに付けさせていただきますよ! 自他ともに認めるほかない、ご自身たちの実力で、283の方々に勝るとも劣らない、という絶対の自信をね!」
§
正午の168事務所。付けっぱなしのテレビ。
長机で昼食を取る篠澤広・月村手毬・倉本千奈は、それぞれ激辛味・ジューシー味・普通味のペースト飯を食べていた。加えて、新鮮な生野菜もたっぷり。バクバクと食べる三人は────不意に青髪のプロデューサーの
『天道唯我さん! 近々ミュージカルのワールドツアーを予定しているそうですが、ご自信のほどは?』
『それはもう! ファンのあなたも、見知らぬあなたも! 楽しませる気満々ですよ!』
三人はぴくりと反応して頭を上げて振り向く。
そこにはテレビしかない。画面には男性アイドルが映っている。
「……?」
「……プロデューサーの声かと思った」
「! 月村さん! わたくしもですわ! 篠澤さんもですの?」
「うん。でも知らない人だった」
「は? あなたアイドルのこと本当に何も知らないんだね。彼、男性アイドル界ではトップ層を走ってるスゴい人だよ」
「あら、そうなんですの? お名前は……?」
「そういえばテレビとかで、よく見る気がする」
月村手毬は呆れて、やれやれと手のひらを上げる。
「天道唯我、だよ。あの若さでコレなんだから、ほんと麒麟児だよね。ちょっと嫉妬する」
「……若い? 麒麟児? 20代くらいに見えますが……」
「手毬が、嫉妬……?」
「あの貫禄で、まだ中学一年生なんだって。次元が違うよ。神童だ」
篠澤広と倉本千奈は目を見張って驚く。
もう一度テレビ画面に振り向くが、すでに番組は終わっていた。
「スゴい。わたしは、こんなに細くて貧弱なのに……」
「と、突然変異ですわぁ……!」
「千奈。そうでもない。あれくらいの年齢で背が高い子は、いるにはいる」
「あら……篠澤さん。そうなんですの……?」
「うん。珍しいことには変わりない、と思うけど」
その時、青髪のプロデューサーが入室する。
「あ、プロデューサーだ」
「おかえりなさいませ!」
「……ねえ、プロデューサー。今、プロデューサーの声と似てる人、見つけたよ」
「はい?」
「てんどうゆいが」
「わたくしたち全員、テレビからその人の声を聞いて先生だと思い、振り返ってしまったんですの!」
「我ながら滑稽だよね。もしかしてプロデューサーって、天道唯我なんじゃないか、なんてありえない疑念がよぎっちゃったよ。ま、それくらい似てたってだけ」
「──そうですか。どう反応してよろしいやら。まぁ世界には似た顔が三人はいる、と聞きますし。声もそのくらいの確率なのでは? ──ところで明日は、みんなで食事に行きましょう」
「おでかけ?」
「まぁ……楽しみですわぁ!」
「──なに食べるの!?」
月村手毬は瞳を輝かせて食い気味に聞く。
(よし。話を逸らせたかな……篠澤さんの観察眼にも注意して、と……)「未定です。今しがた閃きましたので。これでもプライドがありますのでね。ほかの男に声を間違えられるのもシャクです。ここは、より交流を深めて、あなたがたのプロデューサーの声を覚えてもらおうかと」
「……?」
「まぁ! ふふ……それなら明日は、たくさんおしゃべりしませんとね!」
「ふっ。プロデューサーも変な対抗心を燃やすね。でもそんな気にしなくていいよ。次は間違えないから」
「そうしてください」(間違えるに決まってんだよなぁ……あと的確に篠澤さんが詰めてくる……なんで観察眼に注意し始めたことを見抜くんだよ……怖いよこの人……なんなんだよ……あさひ先輩の次に苦手だわ……)
青髪のプロデューサーは指示を出す。
「ま、その代わり────今日は全員で、河川敷を走りますけどネ!」
『────!!?』
§
昼下がりの学園周辺。川沿いのランニングコース。
そこでは168事務所のアイドル達が息も絶え絶えに走っていた。
青髪のプロデューサーも共に走り、ひとりひとり様子を見守っていく。
ちなみに各アイドルに求められる周回数は────
篠澤広:2周
月村手毬:200周
倉本千奈:100周
藤田ことね:100周
葛城リーリヤ:150周
花海佑芽:200,000周
────これで各アイドルの
それすなわち、全員が求められた周回数が終わるタイミングも
カメのような鈍い走りで篠澤広が河川敷2周を達成すると同時、ウサギのような捷い走りで花海佑芽が河川敷20万周を達成する。一拍遅れて月村手毬と葛城リーリヤ、倉本千奈と藤田ことねがゴールした。
「よーし! おめでとうございます! 今夜はペースト飯で我慢してください。明日はご馳走ですよ!」
「ぜえ、はあ……ぷ、ぷろ、でゅー、さぁ……ま、まっさー、じ……────きゅ~」
篠澤広がダウンする。
花海佑芽は倒れはしないが、膝に手をついて息切れ。しばらく話せない上、動けそうにもない。ふくらはぎがパンパンだ。乳酸が溜まりまくっている。
「では専用レッスン室へ。そろそろマッサージトレーナーさんが待機している頃です。先に着いた人からマッサージを始めますね。はい、よーいドン!」
『────ッッッ!!!?』
青髪のプロデューサーは駆け出す。
先に追いかけたのは花海佑芽だった。続いて月村手毬が必死の形相で追いすがる。その後ろに藤田ことね・倉本千奈・葛城リーリヤが続いた。そして篠澤広は、まだ倒れていた。立ち上がるまで数分かかる。
「ふ────ふふ……わたし、だけ……ビリっけつ、確定、だ────ね……」
冷たいアスファルトに打ち捨てられた少女は、誰からも忘れられてひとりぼっち。この凄まじい敗北感と羞恥心がないまぜとなる放置プレイに歓喜悦楽の念を禁じ得ない。平たく言えば、恍惚とした表情が満面と浮かび上がる。
やがて背中に一羽の雀が舞い降りた。ただの台としか思っていないのか、
§
翌日。
休日の昼前。天川駅・手前の広場に168事務所のメンバーが待ち合わせ。全員揃えばさっそく歩き出す。青髪のプロデューサーの案内で、貸切の大食い点に到着。そこは複合型の施設でもあり、豪華な食事に室内温泉とサウナ、エステまで体験できる極楽施設だった。
「えっ────うぇえええええええーーーーーっ!?」
藤田ことねが絶叫する。
倉本千奈は、少し安めの施設だがそれなりに良いところであると見抜いて嬉しそうに中へ入った。
女将さんに案内された先は、和室の中部屋。窓の向こうに人工の川が流れている。
当たり前のように出てくる懐石料理。注文すればカニやお寿司、なんとピザや牛丼まで出てくる。もはやなんでもありかと、藤田ことねは内心叫んだ。
「あああ、あのののプロデューサぁああ!? こここ、これ、経費で落ちるやつなんですかぁ……!?」
「はい」(三割は)「ちなみに、ここの全員が講堂に行けたら、祝勝会としてまた来る予定なので、みなさん張り切ってくださいね」
「まっ……マジかぁああああーーーーーー!?」
藤田ことねはおそるおそる料理に手を伸ばす。
対する月村手毬と花海佑芽は、瞳をしいたけのように輝かせて、今まで食べたことがない高級食材と料理を、わけがわからないまま口の中に突っ込んでリスのように頬張る。
倉本千奈と葛城リーリヤは、折り目正しくマナーを意識して舌鼓を打つ。
一方の篠澤広は、静かにもぐもぐと頬張っている。みんながあまりにも大量に食べるため、自分もやらねばと思ったのか、いつもより食欲旺盛となる。
そして青髪のプロデューサーは、懸念していた事態に遭遇。
やはり食べる暇がない。アイドル達の面倒を見ることで忙しくなってきた。
「──月村さん。食べるペースを落としてください。また吐きますよ。ちゃんと噛んで。長居するので急がなくていいです。食べ物は逃げませんから。聞いてますか!? ──花海佑芽さんもですよ。……無言でうなずかれても手が止まらないと意味がないんです。会話通じますか? ──篠澤さん。調味料を全掛けするのは行儀が悪いのでやめてください。あなたわざと俺を困らせてますよね? ──藤田さん。さっさといっぱい食べてください。果物ばかり食べてないで。たとえばステーキ頼みますね。いいえダメです。ちゃんと食べないと経費で落とさず借金扱いにしますからね。──ああもう、みなさん! 倉本さんと葛城さんを見習ってください! こんなにも行儀よく、バランスよく食べて……────月村ァ! 大量にカニとうなぎ食ったあとに特盛フルーツとスイカを食べないでください! 食い合わせ最悪じゃないですか風邪引きますよ! せめて時間を置いて! あの、すみません……みなさんそれぞれ注文するの禁止します! 私に一言断ってから注文してください! ──おい篠澤・佑芽。私の食べ物に手を出さないでください。──あの、みなさん。テンションが上がっていることは理解しますが、言うこと聞かない人はしばらく
§
翌日。
夕焼けに燃える168専用レッスン室。
そこでは各アイドルが、自らの課題達成に勤しんでいた。
その中で花海佑芽は、今日の課題動画のクリアに難儀する。
そこで青髪のプロデューサーに手助けを求めた。
「────というわけで、このダンスの振り付けが、いったいどうしてこうなれるのか全然わかりませんっ! 教えてください、プロデューサーさん!」
「ふむ。……そもそもですね? 花海佑芽に何かを教えるということは、たとえるなら柴犬に日本語の喋り方を教えるようなものです」
「それって不可能って言いたいってことですかぁあああーーー!?」
「そうとも言えますが、割とそうでもない。目的が会話であれば、日本語ではなくジェスチャーを仕込めばいい」
「!」
「やりようはある、ということです。なので少し時間をください。花海佑芽さん用の教導言語化は骨が折れますので」
青髪のプロデューサーはあごに手を当てて伏し目がち。真剣な表情で熟考している。
「……いえ、様々な言語化で理解できるまで試せばいいところを、こうして長考している時点で、言語化は不可能だと自ら答えを出しているようなもの。言葉で難しいなら、身体で分からせるまで」
「──えっ?」
「失礼。背後を取りますよ」
青髪のプロデューサーは、花海佑芽の両肩を押してくるりと回転させる。彼女の背中に覆いかぶさるようにピタリとくっついて、その両手の甲に大きな手を被せる。
「っ!? あ、あの────っ!!」
「嫌なら言ってください」
「っ~~……」(い、イヤじゃないけど……なんか、恥ずかしい~~~~~っ!)
それは青髪のプロデューサーとて同じこと。
しかし、この程度の簡単な振り付けくらい覚えてもらわねば、試験突破は絶望的である。
「私の動きに付いてきてください。最初は引っ張りますが、回数をこなすごとに少しずつ離れていきますので」
「──は、はいっ……!」
青髪のプロデューサーは、背後から花海佑芽を抱きしめるように、手とり足とりリードして踊り始める。その動きを繰り返して花海佑芽の体に教え込み、徐々に数センチずつ距離を離して、同じように繰り返す。
ふと花海佑芽はバランスを崩して、大きな体に背中を預けてしまう。
「あっ……」
「先ほどからここでつまずきますね。足は四十五度を意識」
そう言いながら青髪のプロデューサーは、体幹ばっちりの片足立ち。もう片足のつま先で花海佑芽のかかとを持ち上げて押し上げ、適切な位置に矯正する。
「わ、かりました……」
そのうち花海佑芽は、青髪のプロデューサーの体とぶつからず、離れすぎず……付かず離れずの距離で、完璧なミラーリングができた。それすなわち、振り付け通りに完璧な動きができたということ。
青髪のプロデューサーは距離を取って、あとはひとりで実践するように伝える。
「今のです! 今の動きを覚えてください。あと十回は繰り返して!」
「はい!」
「いいですよ。よくできています。──多少のミスは目をつむって止まらずに! ミスと理解できているだけ上等です。──はい、よくできました! あと九回!」
「はいっ!」
「……ふむ。いいですよ。かなり見違えています! おぉ、まさかのノーミスとは。その調子で、あと八回!」
「はい……!!」
§
放課後の168専用レッスン室。
厳しいレッスンと極楽のマッサージを受けたアイドル達は、プロデューサーや専属トレーナー達に締めの挨拶をする。
『ありがとうございましたー!』
あとは解散の流れ。自由時間だ。
次々とレッスン室を立ち去る。花海佑芽は疲れたようす。藤田ことねが声をかける。
「お疲れ、佑芽~」
「ことねちゃん! お疲れさま!」
「にしし……佑芽、さっきさぁ~? プロデューサーとめっちゃ距離が近かったじゃーん?」
「! あ、あれは……! もう、ことねちゃん! からかわないでよぉ~!」
「えっへへ~。ごっめーん!」
花海佑芽は赤面する。
それが可愛くてちょっかいを掛けたくなったのか、藤田ことねは無邪気に笑う。
「……でもさぁ、ことねちゃん……プロデューサーさんって、もう存在自体がえっちだよね?!」
「──ん? なんて……?」
「え? そ、そう思わない? あたしだけ、かな……? あはは……」
花海佑芽はあごを引いて肩を縮め、指先をもじもじと突き合わせて身をよじる。
「まぁ、言わんとするところはなんとなく分かるけど……隠しきれない色気があるっつーか、なんつーか……」
「で、でしょ!? やっぱりそうなんだ!」
その話が耳に入った月村手毬が接近する。
「そう? 色気って、
「んー。そこまでじゃないとは思うけど……?」
「ようえん……なんか、いかがわしそうな言葉だね……!」
そこに篠澤広も参加する。
「おそらくプロデューサーは、自分の色気を抑え込んでいる。でも佑芽の鼻は、それを嗅ぎつけたみたい」
「広ちゃん……! それって……どういうこと?」
「プロデューサーは……おめかしすると化けるかも」
それに藤田ことねが興奮気味に賛同する。
「それそれ! あたしも思ってんだよね~! 素材はいいんだからさ? あんな奇抜な髪色と黒スーツだけじゃなくて、もっと別の衣装を着たら……もっとめ~っちゃイケメンになると思うんだけど……手毬、どう思う?」
「私に振るの? まぁ、半分同意かな」
「え~? 残り半分は~?」
「興味ない」
「またまた~!」
ならばと篠澤広は提案する。
「今度のおでかけ。プロデューサーの試着大会」
『っッ……!!?』
「する?」
『……、……────』
生唾を呑む花海佑芽と月村手毬。ファッション魂に火が付き始めた藤田ことね。
その時、噂をすれば影が差した。夕日を受けて長く伸びる影が四人の足元を通過する。
「おや、まだこんなところにいたんですか」
『っ……!?』
「……? 何をそんなに驚いて────」
すかさず藤田ことねが話題を転換。
「あのー? プロデューサぁ~? あたしって最近、レッスンよりお仕事が多いですよね~?」
「……──それが良かったのでは? お金は以前より稼げているでしょう」
「そうなんですけどぉ。もっとレッスンやらないと、試験が……」
「あなたは既に一線級の実力がある。歌詞も振り付けも一日で覚えた。体力作りはスタミナ維持。レッスンは調整程度で構いません」
「えぇ~? そんな褒められてもぉ?」(やっぱこのプロデューサー、あたしのこと高く買いすぎだろぉ~……)
「あなたの自己評価が低いんですよ」
「!! ちょ、マジで、なんでこっちの心を的確に当ててくるんですかぁ!?」
「安心してください。最終試験では今のままでは勝てない。中間試験が終われば、どのみちレッスンが増えますよ」
「! じゃあ、今からでも────」
「焦りは禁物。物事には順序が。今レッスンを積んでも、その後に予定していたレッスンが減るわけではない。諸々の調整の塩梅に不安がる気持ちは分かりますが、これに慣れていただくのもレッスンの一つです」
「これも、レッスン……? めっちゃ走って、マッサージ受けて、食べて寝て……歌って踊ることはたまにしかない、これが……レッスン~?」
「あなたはコンディション管理をおろそかにしがちです。なので今の状態がベストコンディションに近いことを自覚してもらう必要がある。でなければ今後、苦労しますよ。いつか過労死するかもしれません」
怖いことを言われる。
「わ、わかりましたよぉ~……体調管理はアイドルの基本! もう嫌ってほど叩き込まれましたからぁ……」
「頭では分かっても体で分かっていなければ意味がない。まぁ中間試験をクリアすれば、そこらへんも体で理解できるようになるでしょう」
その時、遠くから学園プロデューサーが呼びかける。
「────ご同輩!」
「お。はーい! いま行きまーす! ──では、私はこれよりプロデューサー同士の会議がありますので、また後日」
「あ、はい。いってらっしゃーい……」
青髪のプロデューサーは立ち去る。学園プロデューサーと合流して、大学校舎に消えていく。
「──……ふぅ。なんとかバレずに済んだぁ……」
「隠す必要あった?」
「そりゃ手毬。あるに決まってんでしょーが! あの堅物そうなプロデューサーに『これからアイドル達の着せ替え人形になってください♡』なんて言ったって、絶対拒否られるに決まってんじゃんかー!」
「……仮に騙して服屋に連れて行ったとして、そこで断られたらどうするの?」
「ぐぬぅ……そこなんだよねぇ~?」
試着大会の実行は確定と言わんばかりに煮詰め始める月村手毬と藤田ことね。
花海佑芽はドキドキしてきた。篠澤広は提案する。
「たまには遊ぶことも大事。着せ替え大会をやれば、試験のやる気が上がる」
「お、それいいね~篠澤さん! 実際マジでやる気が湧いてきちゃうし~?」
「つまりコーディネート対決ってこと? 負けないよ」
「あ、あたし、ファッションとか全然知らないんだけど……でも、勝負事なら勉強してくるよ! あたしもプロデューサーさんのこと、もっともっと────えっちな格好にしてやる~!」
「佑芽。それは危険かも?」
「そ、そだね~……そこはフツーに、カッコいい系で行かない……?」
「…………私は、いいと思うけど。……ちょっとえっちなぷろでゅーさー……」
まさかの性欲の発露を見せてきた月村手毬と花海佑芽。
乙女心として、単にイケメンの仕上がりが見たいだけの篠澤広と藤田ことねとは、相反する動機である。
その上で四人は結託した。あとは倉本千奈と葛城リーリヤにも声を掛けよう。
いざ、青髪のプロデューサーの恥ずかしい写真を、スマホのフォルダへ収めるために!
結果────
休日、アイドル達から誘われた青髪のプロデューサーはその魂胆を見抜きつつ、着せ替え人形となる身に甘んじたのだとか。そして月村手毬たちに大量の写真を撮られ、後日、あさり先生に呼び出しを喰らうのは、また別の話。
§
第七週・中頃。
放課後の168事務所。
教室中央の長机には、一台のノートパソコンが設置されている。
カメラ良好。マイク感度良好。────配信準備完了。
青髪のプロデューサーは、改めて重要事項を説明する。
「みなさん準備を。ひとりにつき5分から15分の配信となります。トーク内容は、挨拶・自己紹介・ファンとの対話の三種類。アドリブに自信があるなら、ほかにもご自由にどうぞ。NGワードは『アイドル以外の名前』です。ほかにも返答に迷えば私を見てください。ハンドサインで指示を出します。──順番は篠澤広・倉本千奈・藤田ことね・葛城リーリヤ・花海佑芽」
そこで月村手毬が、至極不満そうに噛み付いた。
「納得できません。なんで私だけ配信をやらせてくれないんですか!? プロデューサー!!」
「月村さんのお口には、チャックどころかガムテープを貼ります」
「むぐっ……!?」
青髪のプロデューサーはガムテープをちぎると、本当に月村手毬の口に押し当てた。力づくで口を封じる。
「月村さんは『おしゃべり禁止』です。ただしブタのように『フガフガ』唸るのはアリです。ぶっちゃけカメラに映りこんでも構いません。その場合は私以外のアイドルに追い出してもらいますが」
「フガッ……」『ビエエエエエン! ナンデワタシダケェエエ?! ワタシモ ファンノ ミンナト オハナシ シタイィイイイイイ!!』
「安心してください。カメラに映りこんでバズった場合、急遽『緊急追加配信』として、月村手毬の出番があるかもしれません」
「フゴッ!!」
「ないかもしれません」
「……」
月村手毬はジッと睨みつける。なぜ青髪のプロデューサーが月村手毬の配信を認めないのかは知らないが、ガムテープを貼られたまま他人の配信に写りこんで良いということは、つまり何かしらのお笑いを期待しているということだ。バラドルになる気はないが、ファンとお話するためには、率先してカメラに映り込む必要があるだろう。
「そろそろ配信開始時間ですね。みなさん位置に就いてください。私は口をつぐみます。アイドルの自力が試される時ですね。頑張ってください。…………────」
青髪のプロデューサーは口を閉ざした。
篠澤広が椅子に座る。機材を確認。深呼吸。真っ黒な画面を注視。ほんの少し乱れていた前髪を直す。
配信開始。
「──あ……」
一気にコメントが流れ始める。
『前髪直してた!』
『篠澤広さまぁああああああ!』
『我が女神!今日もお綺麗です!』
「……──みんな、こんにちは。篠澤広、だよ?
『────尊死』
『恐悦至極』
『おうつくしい……』
『ゴッデス・ヒロ グリュース・ゴット!』
「……やっぱり、みんな、変わり者……」
爆速で流れるコメント欄。
篠澤広は、ほんのり赤くなって、引き気味に小首をかしげる。
「えっと……自己紹介、するね? わたしのこと、みんなに、正しく知って、ほしい、から」
すると『シノサワポス十五柱』『秋の女神』『田んぼの女神』『AB型』『いて座の女神』『知恵の女神(パズル)』『観葉植物(豊穣の女神)』『挑戦の女神』などというコメントが
「わぁ……みんな、わたしのプロフィール、そんなに知ってるの……? うれしい、けど……ふふ。話すこと、なくなっちゃった、ね?」
篠澤広はコメントを読んでいく。
すると質問コメントが増え始めた。ところどころ拾っていく。
「──『色素が薄い』……秋田だから、かも?」
「──『体重が心配』……? ふふん、わたしも……」
「──『今にも折れてしまいそう』……うん。わたしも、そう思う」
「──『パズルの何が好き?』……うぅん。……むずかしいほど、面白い」
配信は順調に進んでいく。
「──『初星学園でお友達はできた?』……うん。えっと、佑芽と千奈……わたしの、初めての、大切な友達……このあと、ふたりも配信するから……みんな、観てね?」
『観ます!』
『ヒロ様の啓示とあらば!』
配信開始から五分経過。
青髪のプロデューサーはハンドサインで『そろそろ終わり』という指示を出す。
「あ……もう終わり、だって」
『そんなぁああああああああああ!』
『おーまっごっですぅううううう!』
『もっと見ていたいですわぁ!』
『さびしいよぉおおおおおお!』
「……? 千奈と佑芽も、コメントしてる……? ふふ、大丈夫。みんなとは、また会える、よ?」
『広さまぁあああああああああああ!』
『我々はずっとお待ちしております!』
『お元気でぇええええヒロ様ぁああ!』
『お体に気をつけてぇええええええ!』
「──うん。ばいばい。またね。……篠澤広、でした」
篠澤広は細い腕を上げて、細い手を弱々しく振る。
青髪のプロデューサーは、遠隔端末を使って配信を切った。
篠澤広は席を立ち、隣室近くのソファに落ち着いた。続いて客間のソファで待機していた倉本千奈がスマホをしまい、起立、深呼吸、振り返って長机に小走り。先ほどまで篠澤広が座っていた席に折り目正しく就く。青髪のプロデューサーを見やる。アイコンタクト。お互い準備OKと言いたげにうなずき合う。
青髪のプロデューサーは、遠隔端末を操作して配信の予定時刻を設定。一分後に始まる。
一方、教室の端っこで腕を組みながら佇立していた月村手毬がキョロキョロと辺りを見渡して、何やら動き出しそうな気配。
配信開始。
「──! こ、こんにちは……! 初星学園、アイドル科の一年二組……く、倉本千奈、ですわぁ!」
『千奈ちゃん!』
『ヒロ様の
『緊張しないで!』
『落ち着いて!』
『深呼吸!』
「……! ふぅ……すぅ……ふぅ……──ええ! ありがとうございます! もう大丈夫ですわ!」
『よかった』
『強い子』
『切り替え早くてえらい!』
『姿勢が良すぎる……』
『いちいち動きがきれいだぁ……』
「──『姿勢が良い』、ですか? うれしいですわ……!」
倉本千奈がコメントを拾ったことで、コメント欄の流れが倍加する。
「あわわ……! 文章の流れが、す、凄まじいですわぁ……!」
『テレビで見たよ!』
『ちっちゃくてかわいい!』
『すぐ焦っちゃうのかわいい!』
「テレビ……ファンの皆様は、わたくしのことを、なにで知ってくださったのですか? テレビであれば、様々なロケをいたしましたが……」
『私はテーマパーク!』
『ヘタクソ食レポ珍道中!』
『水族館の紹介コーナー!』
『朝のニュースの漫才コーナーのアレ!』
『ホビーテレビのゲストで来てたの見たよ!』
『タレント格付けのお絵描き勝負!』
「まぁ……! みなさん、様々な番組から、わたくしのことを知ってくださっているのですね! うれしいですわぁ……! ありがとうございます!」
それから倉本千奈は笑顔が尽きず、ファンとの交流を楽しむ。
「──『アイドルになったきっかけは』……ですか。わたくし、あこがれのアイドルがおりますの! そのお方は、とても立派で……わたくしも、立派なアイドルのようになれるのを夢見て、アイドルを志したのですわ!」
「──『アイドル科の成績は?』……ぐっ。痛いところを突かれましたわぁ……! 何を隠そう、テレビをご覧の方は既に知っての通り、なんとわたくしは学年でナンバーワン! なのですわぁ! ────せーのっ『下から数えて』……!」
『下から数えて!!』
『下から数えて!!』
『へーすごっ……って、ええ!?』
『下から数えて────!!』
『下からかい!!』
『ってことは最下位じゃあないか!?』
「うふふ……! それでもわたくし、諦めませんわ! 勉強が苦手でも、運動が苦手でも、夢を諦める理由にはなりませんもの! みなさま! どうかわたくしのこと、これからも応援してくださいまし!」
『応援する!!!!!』
『いいこと言った!!』
『なんか勇気もらえる』
『頑張ってー!!』
『いつかライブ見せてくれー!』
「ら、ライブ……ですか!? それは……精進いたしますわ! アイドルとしての晴れ舞台……いつになるかは分かりませんが、皆様の応援に応えるためにも……ええ! 不肖、倉本千奈、ファンの皆様から、より一層の元気とやる気を、もらいました! 倉本千奈の武勇伝、しかと見届けてくださいまし!」
『見届けるよー!』
『ダイヤモンド最終試験がんばってー!』
『講堂に行く用意は既に出来ております!』
青髪のプロデューサーはハンドサインで『そろそろ』と合図する。
「あ、そ、そろそろ終わりだそうですわ……名残惜しいですが、次の方が出番を待っておりますので……!」
その時、配信画面の隅っこに────口元をガムテープで覆われた月村手毬が映り込んだ。
「っ!? つ、月村さん……!!」
『千奈ちゃーん! 大好きだよー!』
『また配信してね!』
『!?』
『なんだ!?』
『テレビいつも見てるよー!』
『月村手毬だー!!』
『ガムテ!?』
『監禁?!』
『またねー!!!!!!』
『次は藤田ことねでは……?』
『え、やだなにこわい。心霊配信!?』
「あ、心霊現象ではありませんわー! こちらの方は……つ、次の方に説明をお願いしますわー! ──で、では! みなさま! ──またね、ですわ!」
倉本千奈は丁寧なお辞儀。最後にニコッと微笑みかける。
青髪のプロデューサーは遠隔端末で配信を切った。
すかさず倉本千奈は席を立ち、背後の月村手毬に問いかける。
「つ、月村さん……! 本当に映り込むなんて……!?」
「フガフガ」『チナナラ ユルシテクレルカナ? ッテ』
「そ、それは……! うう……でも、最後らへんだったので許しますわ……だって月村さんも、配信したいのですものね?」
「フガン」『ウン!』
そこで藤田ことねが文句を言いに来る。
「ちょっと、千奈! なにあたしにぶん投げてんのさぁ!」
「ご、ごめんなさいですわー! 藤田さん……!」
「あたしは説明しないかんねー。五分しかないんだし、ファンとの貴重な交流を無駄にできるかっての!」
しかし藤田ことねは、どことなく自信なさげに青髪のプロデューサーを見やる。
「でも……プロデューサー? あたし、まだ全然露出とかしてないんで、ファンなんて居ないと思うんですけど……」
その話は、今日配信をすることを報告した段階で、既に話し合っていたことだ。
青髪のプロデューサーは、二度同じことは言わない。ハンドサインで『いいから、やれ』と合図する。
「うぅ……分かりましたよぉ! ゼロからファンを獲得しろっていう、いつものむちゃぶりでしょう!? やってやりますよ! 藤田ことねは可愛いってこと、あたしのことを知らない人らに、見せつけて魅了してやりますぅー!」
藤田ことねはスカウト時、全てのバイトを辞める代わり、様々なアイドルとしてのお仕事をもらえる、という話に乗って、青髪のプロデューサーに付いてきた。かくして最初に始めたことは、ただひたすらの休暇。休暇。休暇。次に始めたことといえば、ただひたすらの河川敷周回。精のつく料理店とエステサロン。
もちろん仕事は、雑誌撮影やヒーローショーのお姫様役など、少ない数だがこなしてきた。どうやら本格的な露出はエメラルド中間試験の後らしく、それまでは静養に努めろというのが、青髪のプロデューサーのお達しである。
(べっつに、病気とかでもないのに……静養に努めろって言われてもねぇ……でも配信活動だって仕事のうちだから、きっちりやりますよーっと……──それに、
篠澤広と倉本千奈は、謎のバズりとテレビの露出の多さで、多くのファンを獲得している。
そんなふたりが配信をした後に、立て続けに無名のアイドル・藤田ことねの自己紹介配信である。どれだけの人が残ってくれるだろうか。
(うわぁ……緊張で吐き気がしてきたぁ……もしみんな『誰こいつ? シーラね』とかしてきたら堪えるぅ……!! でもでも、広と千奈が繋いでくれたバトンを、あたしが繋げてやらないと……そのあとに残るリーリヤと佑芽が、もっと不利になる……! これは、間違いなくあたしの戦いだけど……絶対に、あたしだけの戦いじゃないんだ……!!)
ほかのアイドルはライバルである。
しかしそれはそれとして、同じ学園・同じ事務所に所属する仲間でもある。それに恩を売っておくのは悪いことではない。むしろ足の引っ張り合いを避けることができる。とても良いことだ。
藤田ことねは席に着く。「すぅ……」と深呼吸。
すると青髪のプロデューサーは容赦なく、遠隔操作で(ポチッとな)と────
配信を開始した。
「ふぅ……────って、あれ? え? あれ!? これ、もう始まってますぅ!?」
『始まってるよー』
『ガチガチだねー』
『深呼吸してた?』
「っ~~~~~~!!?」(や、やりやがったな……プロデューサぁあああああーーーーーー!?)
『草』
『めっちゃびっくりしてるじゃん!』
『落ち着いて!』
『まずは深呼吸!』
『あの、さっきのガムテはいったい……?』
(うわぁみんなめっちゃ優しい……! 同接の桁数は……やっぱ数桁減ってる……でも残ってくれる人を捕まえとくためにも、全力でぇえええええ!)
藤田ことねは、最強に可愛い愛嬌を振り撒いた。
「ッ────あたし、アイドルの藤田ことねでーすっ♪ もぉ~いきなり配信が始まるからびっくりしちゃったぁ~! ふぅ……すぅ……よしっ! 深呼吸完了☆ みんなのアドバイスのおかげで調子出てきた~!」
『よかったよかった』
『めっちゃ猫かぶるじゃん』
『可愛い!』
『あの、ガムテまりは……』
「ガムテまりぃ? 知らない子ですねぇ……それより、あたしのことを知ってくださ~い♪ 誕生日は4月29日! 年齢は15歳! 高校一年生! 星座はモーモー鳴いちゃうおうし座だよ☆ 血液型はO型でっす! 身長は156cm、体重は────ひ・み・つ♪ スリーサイズは────おおっと危ない! もー、なに聞き出そうとしてるのぉ?」
『勝手に話し始めたのはそっちだろうがwwww』
『誕生日もう過ぎちゃった!』
『モーモー!』
『可愛くて面白そう!』
「また来年お祝いしてね♪ そして今日の『可愛い』をいただきましたぁ! 世界一可愛いことねちゃんをよっろしく~☆ ──特技はダンス! 結構自信ありますよぉ? ほかはぁ、人の顔と名前を覚えること! そんなことねちゃんはアイドルを目指して猛頑張り! 応援してくれると、うれしいなぁ~?」
『えーどうしよっかなー』
『可愛いから応援する!』
『ダンス見てみたい』
『確かにめっちゃ可愛いけど、世界一……?』
『なんかどっかで見たことある』
「あ、もしかして、あたしのこと雑誌か何かで見てくれた人がいるのかなぁ? もしそうなら嬉しいなっ! 今は細々とだけどぉ……そのうちドカンと! みんなに、最高に可愛いことねちゃんのスゴいところを魅せちゃいますよぉ? お見逃しなく!」
『めっちゃハードル上げてくじゃん』
『いちおう期待してる』
『早く見せて!』
『たしかにダンス上手だね』
「──ん? なんで、あたしがダンス上手って分かるの?」
『?』
『載ってるの?』
『初星学園のサイトに載ってるよ?』
『リンク貼った』
藤田ことねは、リンクを踏んでよいか、青髪のプロデューサーを見やる。
当然『ダメ』という反応が返ってきた。
「……へ、へぇ、そうなんだ……な、なんか恥ずかしいなぁ……!」
その時、画面端に“ガムテまり”が映り込む。
「っ!? ちょ────」
『キタァアアアアアアアアアアア!』
『ガムてまり!』
『正直これを待ってた自分がいる』
『なんでガムテしてんの!?』
『ガムてまりてwwwww』
「手毬! なんで映り込むのさ!」
『フガフガ フゴッフ』『シラナイノ? ヤレヤレ…セワガヤケル ホラコレ ミナヨ』
「え……? ────っ!?」
月村手毬はスマホをかざす。画面には、ダンスレッスン中の藤田ことねの背後が映っていた。いつの間に撮られていたのやら。否、青髪のプロデューサーが時折撮影していたことは知っている。その利用許可を求められたこともある。てっきり振り付けの確認に使うのかと思って、適当に
「どひゃあ!? なにこれ! あたし知らないんですけどぉ!? プ────が、が、学園長ぉおおお!?」
藤田ことねは、NGワードである『プロデューサー』を言いかけた瞬間、即座に学園長の名前に叫び替えた。
(学園長はアイドルだった……?)
青髪のプロデューサーは訝しむ。という冗談はさておき。
甲高い声色による腹話術を用いて、インコくんに喋らせる。
『シノサワヒロ ト クラモトチナ ノ ファンサイト カラ リンクデ トベルヨ! シットケ ザコ! ジョウジャク!』「フガーッ!?」『ザコハ イッテナイヨ!!』
『肩に乗ってるインコなにそれ!?』
『シャベッタァアアアアアアアアアアア!!!!』
『カオスすぎるwwwwww』
『なんだこれぇ!?(笑)』
『草草の草』
『ホントだリンク踏める』
『後ろ姿だけなのにめっちゃ可愛いしダンス上手じゃん!』
『ダンススゲェ!』
『これで練習ってマ? なら本番はどうなんの!?』
「っ……! そ、そんなダンス、うまい……?」
『上手い!』
『まぁかなり上手』
『結構上手い』
『それなり以上の抜群に上手い』
「────!! も、もぉ~! みんな、あたしのこと褒めすぎでしょ~! つかなんだよその褒め方は~! 素直に褒めろよ~!」
藤田ことねは、ほっぺたを抑えて全身を左右に揺さぶる。金髪のおさげがふりふりと揺れて、ダボダボの衣服もほどよく揺れる。
『は?』
『かわいい……』
『照れ顔かわいい!』
『は? 上手くないし? 可愛いんだが?』
『世界一上手くはない。でも世界一可愛い』
「っ~~~~!」
藤田ことねの顔面が緩む。目は泳ぎ、目元は緩み、頬は夕焼けよりも染まり、口は糸を引きもにょもにょとする。
『かわいい! かわいい!』
『ことねちゃんかわいい!』
『安心して!最高に可愛いよ!』
『世界一可愛い!』
『もっと照れ顔見せろオラァ!かわいいぞぉおおおおお!』
『ことねちゃんはぁあああ!世界一かわいいでぇええええええす!』
『宇宙一可愛い!』
「~~っ────や、やめろぉ! は、恥ずか死ぬんだがぁ!? で、でもぉ……う~れ~し~い~♡ もっとみんな、あたしのこと褒めて褒めて~?」
するとコメント欄が『可愛い!』の嵐に包まれる。
あまりにも爆速で流れるコメント欄。滝のような『可愛い』の連射砲撃を面食らった藤田ことねは、目をぐるぐると回して赤面した。
「っ……! っっ~~~~!! も、もうやめ! おわりっ! ありがとう! ほんとにありがとうだから~! もうっやめろってば、もう~! や────やめろって言ってんだろォオオ!? き、気づいたら、もう十分も経ってるし……次の人が控えているから、そろそろ配信終了しまっす! ──いいですよねっ!?」
藤田ことねは赤くなって口の端が緩みながら、青髪のプロデューサーを睨みつけて問いただす。
青髪のプロデューサーはこくりとうなずいた。
『私、ことねちゃんのファンになりました!』
『ファンサイト登録した!』
『ことねちゃん可愛い!』
「はいはい! あたしが可愛いことなんて、そんなの知ってますぅ! ……でも、そんなに言うんだったら……また今度の配信とか、もしライブやる時があったらとか……そんとき、絶対来いよ!」
『いく!』
『約束!』
『可愛い!』
「っ────い、以上! 藤田ことね、でしたぁ! みんな、またね……! 本当に、ありがとう……! っ……ありがとう、ございましたぁ!」
藤田ことねは視線を逸らして指先をもじもじ。
最後にしっかり画面と向き合って、緩む顔を引き締めながらお辞儀した。
『またねー!』
『お世辞抜きで可愛い件』
『真面目かよ!』
『こんなんギャップ萌えだわ可愛すぎる』
青髪のプロデューサーは配信を切った。
「ハッ────フゥ……」
藤田ことねは胸に手を当てて深呼吸。ちょっと動機が止まらない。しかしすぐにキリッと目つきを尖らせて、起立、青髪のプロデューサーに直談判しに行く。
「ぷ~ろでゅ~さぁ~!? これはいったい、どういうことなんですかぁーーーーー!?」
どうも何も。藤田ことねの知名度を爆上げする計画を完遂しただけに過ぎない。
青髪のプロデューサーは無視。ハンドサインで『次』と合図する。
「ちょ、無視すんなぁー!?」
「────か、葛城リーリヤ、行きますっ……!!」
「フガッ」『ガンバッテネ! リーリヤチャン!』
右手と右足を同時に前に出す葛城リーリヤは着席。
何度も深呼吸。それでも両肩はガチガチ。全然笑顔を意識できていない。
それでも青髪のプロデューサーは、配信開始のボタンを押した。
「────ッ!!」
同接は、藤田ことねと比べれば桁数がさらに落ちている。だがそれは分かりきっていたこと。ショックを受けている暇はない。誰にも知られていないのだから当然だ。だからこそ自分を知ってもらう必要がある。
『始まった!』
『外国人さん?』
『無言? ミュート? どっち?』
「あ……か、葛城、リーリヤ、です! 出身地は、スウェーデンで……その……」
『ガチガチじゃん』
『なんか怖い』
『りょ。スウェーデンってどこらへん?』
「……ほ、北欧、です……」
『ヨーロッパの上?』
『雪国?』
「あ、はい……」
『なんかしゃべって』
『自己紹介は?』
『りょ。あがり症?』
「──。──……そう、ですね……ちょっと、人前は、苦手で……」
『えー! アイドルになるのに?』
『大丈夫? 顔青いよ?』
『前にあるのは画面』
『↑でも画面の向こうは人だろ』
『りょ。ムリめじゃない? アイドル諦めれば?』
「──やめないよ。あがり症なのは、前提だから……それが、アイドルになりたい気持ちを、諦める理由にはならない────」
『なんかいきなりカッコいい顔になった』
『シルヴェスタみたいなこと言ってる』
『急にイケメン』
『突然豹変するじゃん』
『私は応援するよ!』
『イイネ!漢気がある!』
『もっとリーリヤちゃんのこと教えて!』
『ウザイ人いるけど気にしないで!』
(……“ウザイ人”……もしかして、清夏ちゃん────たぶん、コメントの前に『りょ』って付けて、話題を誘導して、わたしを助けてくれた人は────)「あ、えっと……誕生日は、7月24日……しし座……15歳ですっ。血液型はB型で……右利き。特技と趣味は、お菓子作りで……」
『お菓子作り!』
『何作るの?』
「クッキー……とか? ──え……『料理配信』……? それは……まだ分からないけど……もし、みんなといっしょにやれたら、すごく楽しそうだね……!」
『笑顔!』
『やっと笑った』
『かわいい』
「えっ……!? あ……ありがとう、ございます……可愛いって、言われるの、嬉しいけど……照れちゃうね……?」
『そんなところも可愛いんだよー!』
『そんなところが可愛いのさ!』
『恥じらいは可愛さの原液と言うとか言わないとか』
『もっと笑顔になってほしいな!』
「ど、努力、します……! ──こ、こんな、感じ、ですか……?」
葛城リーリヤは笑顔を作る。
するとコメント欄が爆走した。
『ちょwwwwww』
『草』
『それやめてwwwwww』
『笑い殺す気か!?』
「えぇっ!? な、なんでみんな、そんなに笑って……?」
『無自覚かよ!』
『笑わせに来たんじゃないの!?』
『もう一生それでいいよwwwww』
『今までの配信で一番笑ったわw』
『笑ってるって分かるの?』
葛城リーリヤは困ったように眉を下げて、青髪のプロデューサーを見やる。
当然、送るハンドサインは『もっと笑顔』である。
「え、えっと……葛城リーリヤ、笑顔、いきます……!」
『だからやめろってwwww』
『wwwwwwwwww』
『なんでこの流れでやろうと思った!?』
『それ変顔だからー!気づいてー!』
「え……えぇ!? 変顔……!? ど、どうして……」
『どwwwうwwwしwwwてwwww』
『これは面白枠で好きになる予感』
『私は普通に好き』
『不器用ながら頑張ってるんだね……』
『おいたわしや……』
「おいたわしや!? わ、わたしの笑顔、そんなにダメでしたか……?」
『あー落ち込んじゃった』
『ダメでしょ落ち込ませちゃ!』
『だってよぉwww』
『これは笑うなというほうが無理』
『大丈夫! 自然な笑顔はピカイチだよ!』
「あ……それは、セ────」(あれ? でもNGワードは『プロデューサー』だから、“センパイ”でも、いいんだよね……?)「────センパイに言われたことが、あります……笑顔が一番の武器だ、って……」
『セッ?』
『イイことを言う』
『素晴らしい先輩だね!』
『真理』
『実際笑顔が一番いい』
『リーリヤの“自然な”笑顔をまた見るためにファンになります!』
「わぁ……! あ、ありがとう、ございます……! わたし、自然な笑顔ができるように、がんばりますね……!」
『でも変顔は持ちネタにしてほしい気持ちもある』
『わかるー。心が二つあるー』
『今後の葛城リーリヤに期待』
青髪のプロデューサーはハンドサインで『そろそろ』と合図。
「あ、もう終わりだそうです……」
『えー!』
『もう七分か。早いな……』
『最初不安だったけど、後半良かったね!』
『慣れてきた?』
「は、はい……みなさんのおかげで、少しずつですけど、配信に慣れてきた気がします……それでは、さようなら。また次の配信があれば、ぜひ会いましょうね……!」
『ばいばい!』
『またねー!』
『また変顔ゲフンゲフン笑顔見せてね!』
青髪のプロデューサーは配信を切る。
葛城リーリヤは起立。胸に手を当てて深呼吸。客間のソファに向かう。ねぎらう藤田ことねにお茶を差し出されて一服。一息ついて落ち着く。
「よーしっ! 次は、あたしの番だぁああああああああ!!」
花海佑芽は駆け足。着席。ワクワク。青髪のプロデューサーをチラチラと見やる。
ならばすぐに配信ボタンを押してやろう。ハンドサインで『3.2.1.GO!』と送る。
配信開始。
「みんなー! こーんにちはぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
『鼓膜壊れた』
『うるっせぇえええ!』
『近くでブルドーザーが工事でもしてる?』
「? あたしの周りは静かですよ! それじゃあ挨拶も済んだことですし、次は自己紹介ですね! あたしの名前は、花海佑芽と言いますっ!! 今までたっっっっっっっっっっっっっっっっっ────っっっくさんの競技をやってきたけど、今はアイドルを目指していまっす!!」
『めっちゃ溜めるやん』
『そんなにやっていたの?』
『超中学生級アスリートの娘さんでしょ?』
『その界隈では有名な人やん』
『なんか聞いたことあるような……うちの部活の大会に出てました?』
「あたしと年が近くて、部活の大会とかで全国まで行った人は、もしかしたら戦ったことがあるかもしれないねっ!」
『マジかー』
『え、そんなスゴい人なの?』
『俺男だけど知ってる。男女混合大会でボロ負けした』
『調べたらマジでスゴい人じゃん』
『プロアスリートの娘さんなんだ!』
『スゴいね!』
「むっ……お父さんとお母さんはたしかにスゴいけど、一番スゴいのはあたしになる予定なんだからねっ!」
『お姉ちゃんいるよね?』
「うん! いるよ! 大好き! あたしはアイドルで、今度こそお姉ちゃんに勝つために初星学園に入ったんだー!」
『そうなんだ』
『アイドルは好きじゃないの?』
「えっと……アイドルについては、まだよくわかんないから……好きか嫌いかも答えられないや。でも、やるからにはトップアイドルになるからね! じゃないとお姉ちゃんに勝てないから!」
『そんな楽なもんじゃないと思うけど』
『アイドル舐めてないよね?』
「そんなことないよ! 逆に聞くけど、なめてたらどんなことでも最強にはなれないよ!」
『むう。説得力がありすぎる……』
『経歴と自信が合わさったら最強に聴こえる……』
『おいおい。調べたらマジで超人だった件!』
『これは期待。別の意味で』
「ありがとっ! 何か言いたい人も、まずはあたしの活躍を見てからねっ! 実力で黙らせちゃうよー!」
『むしろひねり潰されたい』
『よく見たらすごいからだ』
『可愛い上に強いとか最強かよ惚れたわ』
「ええっ!? ほ、惚れたって……あ、あまりえっちなこと言っちゃダメだよー!」
『はあ?』
『今どこかにえっちな要素ひとつでもありました?』
『えっちなのはお前だろ』
『その発想はえっちな子にしかできないんよ……』
「あ、あたしはえっちじゃないもん……! もー! 話題変えるよー! えっと……でも、自己紹介も終わったから……やっぱり、みんなとおはなしするー!」
『なんだそれ』
『普通に可愛い』
『これで俺より筋力強いってマ?』
『腕ずもうどれくらい強い?』
「すっごく強いよ! でもお姉ちゃんはもっと強いんだー!」
『まさかの姉の方が化け物?』
『お姉ちゃんの話になるとテンション上がるね』
『笑顔いいね。姉が好きなのが伝わってくる』
「えぇ~? そ、そんなにかなぁ~?」
『恥じらうとこ、そこなの?』
『あのさぁ。動くたびにさぁ。ぽよんぽよんとさぁ』
『↑黙れ。見守るのだ』
『事あるごとに体が動くの可愛いね』
「……! こ、こんなに可愛いって言われたの、初めてかも……えへへー。みんなも照れてたけど、やっぱりあたしも、ちょっと照れちゃったっ!」
『かわいい』
『てれちゃったの』
『私の妹にならない?』
「わ、私はお姉ちゃんの妹だよ! お姉ちゃん以外の妹には死んでもならないからねっ!」
『想定より愛が重かった』
『あれ?割と本気でキレてる気がするのは俺だけ?』
『ごめんて』
『姉の話は地雷なのかも?』
「えー! そんなことないよ……! でも、ごめん……だって、お姉ちゃんの妹は、あたしだけなんだもん……」
『かわいい』
『独占欲発揮』
『ヤンデレセンサーが起動しました』
『応援するね』
「ほんと!? ありがとっ!!」
『笑顔がペカーッ!』
『コロコロ表情変わるね』
『なんだこいつ楽しいかよ』
『期待』
その時、青髪のプロデューサーがハンドサインで『そろそろ』と合図。
「え!? ……あ、もう五分だ! もう終わりかぁ~」
『早いな』
『もっとうめちゃんのこと知りたかった』
『はなみうめ(変換できない)』
『辞書登録しろ』
『またね~』
『とっっっっっっても楽しかったわ! 次の配信も楽しみにしているわね!』
「早いよねー。またねー! 楽しみにしてくれてありがとー!」
青髪のプロデューサーは配信を切る。
二度確認で配信が終了していることを確かめる。それでも念のため、ハンドサインで『片づけ』という合図を出す。
花海佑芽がノートパソコンを閉じようとする。
そこへ月村手毬が割り込んだ。
「むっ……」
「……」『トジナイデ!』
花海佑芽はぐっと力を入れてパソコンを閉じようとするが、月村手毬は両手でパソコンを開こうとする。ミシミシと音を立てるノートパソコンの関節部分。このままでは折れてしまう。徐々に力押しで負けていく月村手毬は、キーボードの上に頭を突っ込み、物理的にフタが閉じないようにして、パソコンの片付けを全力で阻止した。
「ええっ!? そこまでするー!?」
「フ……フガッ……!」『ヤダヤダ! ワタシモ ハイシン シタイー! ファンノ ミンナト オハナシ シタイー!!』
月村手毬の顔面がキーボードに当たって、様々なシステムの誤爆が連鎖する。このまま配信開始になると困る。青髪のプロデューサーは速やかにハンドサインで『例のアレを』と合図。倉本千奈が立ち上がる。
「月村さん! 先生から伝言がありますわ!」
「──!」
「今回の配信リレーで、もしもファンの皆さんが『月村手毬の配信を期待』していたら……月村さんの配信を認めるそうですの!」
「……!!」
「そのためにも、みなさん、ご自身のSNSを確認してください。月村さんの配信を期待しているか
藤田ことねと葛城リーリヤは互いの顔を見合わせる。藤田ことねは明らかに不安げな青ざめ顔。
篠澤広は、さっそくスマホを操作していた。
「……わたしのファンは、全然期待してない。てまりの名前すら挙がってない」
「フガー!」『ナラ ハッシン シテヨォオオオ!!』
藤田ことねは心の底から困り果てたように、とにかく渋る。
「でもなー。手毬、なにしでかすかわからないからな~……」
「フガ!?」『ワタシノコト ナンダト オモッテルワケ!?』
「疫病神だよ! コミュニケーション能力に関してはなァ!」
「!? ッ……!!」『ソンナコトワカッテルモン! ソレデモガンバリタインダモン! ナニ!? ソレデモダメナノ!?』
「……ハァ~…………わーったよぉ……聞くだけだかんな~?」
「フガ……!!」『コトネ…!』
すでに発信していた倉本千奈は、ファンからの反応を報告する。
「わたくしのファンの方々は……半々ですわね……『やめたほうがいい派』と『お好きにどうぞ派
「フガッ!?」『テイカンッテ ドウイウイミ!?』
「ちなみに月村さんのファンの方々も集まってきているらしく……やはりこちらも、同じ内容で半々ですわね……」
「フガァー!?」『ナンデェ!?』
青髪のプロデューサーはツイスタを確認。
倉本千奈と藤田ことねの配信に映りこんだ“ガムテまり”が、そこそこバズっている。急上昇ワードにも載った。ならばその瞬間を逃す手はない。すぐさま月村手毬の公式アカウントから『緊急報告! あの月村手毬が配信するかも……?』という一文を送信。次いで倉本千奈に対し、ハンドサインで『プランB』の合図を送る。
「了解しましたわ、先生!」
すると倉本千奈は、なんとロッカーから“
それは座禅中に、眠気や怠け心を打ち払うために使う、割と痛い法具である。
「月村さん! 先生から第二の伝言ですわ!」
「……!!」
「ひとつ! 配信をお認めになるそうです! ふたつ! 月村さんには三つのNGワードがあります! それが何かは常識的に考えれば分かるものだそうです! みっつ! 月村さんがNGワードを言った瞬間、わたくしは容赦なく月村さんの肩を、この警策でぶったたきますわぁー! よっつ! 今こそ、月村さんのお口を封じるそのガムテープを、剥ぎ取るべき時ですわぁあああーーーーーーー!!」
「────ッッ!! 千奈ぁ……!
月村手毬は、ビリビリと音を立ててガムテープを取り外した。口の周りがヒリヒリとしつつ、同士・倉本千奈の名を呼ぶ。ほんのりと赤く腫れた口周り。涙目。しかしヒリヒリした痛みに負けてはいられない。さっそく着席。パソコン画面を開く。
青髪のプロデューサーはハンドサインを送る。それを目にした藤田ことねは、ため息をつきながら起立、パソコンを操作して配信準備を済ませた。キーボードを乱打したせいで変なことになっている部分を全て除去。最終確認を済ませる。
「オッケーでーす。手毬、がんばー」
「ありがとう、ことね。ありがとう、プロデューサー。ありがとう、みんな……! 私の配信で、本当の配信っていう見本を見せてあげるよ!」
「はいはい上から上から~」
月村手毬の背後に倉本千奈が仁王立ち。
肩の上に警策を載せており、いつでもぶったたく準備を完了している。
「わたくしも準備完了ですわ! NGワードを言う前にぶったたく用意はできております!」
ならば配信開始。
溜まりに溜まったコメント欄が、焦ったように流れ出す。
『月村手毬の緊急配信と聞いて!』
『信じて待っててよかったー!』
『おいおいマジで露出するの!? 大丈夫!?』
『ガムテまりー!』
『もう炎上しそう』
『口周り真っ赤なんだがwwwwwwwwww』
『唐辛子食べたあとみたいな口してるww』
『いま博打(パチンコ)見てるんだけど、もしかして炎上確定演出入りました?』
「────みんな。待たせたね。月村手毬だよ」
『キャー!』
『おいおい(たぶん)終わったわ……』
『まって。後ろに誰か立ってない?』
『千奈ちゃん!?』
『警策……!?』
『なになにどういう状況!?』
「そうだね。まずは説明しようか。実はプロ────」
────バッスィーン!
倉本千奈は、力の限り警策を振り抜いた。
「きゃぁっ!! い、痛ぃ……ぐすん……ちょ────千奈……なんで……?」
『草』
『wwwwww』
『なんで叩いた?wwww』
『めっちゃイイ音鳴ったww』
『今までで一番カオスすぎるwww』
『あーあー泣いちゃったwwww』
『千奈ちゃん割と容赦ないの草』
月村手毬は唇を丸めて涙をこらえる。
するとインコくんが『ナイテナイモン!』と叫んだ。
『だからそのインコはなに??ww』
『もう腹筋が限界なんだがwww??』
「……あのさ、千奈。私のファンに説明しないといけないんだけど……?」
「でしたらNGワードを発さないでほしいですわ……」
「……?」(あ、そっか。“プロデューサー”って単語は言っちゃダメなんだったっけ……)
月村手毬は咳払いする。
「コホン。そうだったね。ちょっと忘れてたよ。えっと……みんな。実は、私には三つのNGワードがあって……それを言っちゃうと千奈に叩かれちゃうの。ひどいよね? 人の心ないのかな……」
────バッスィーン!
「きゃあ!! っ……なん、で……!?」
『あ、俺、NGワード分かったかも……』
『私もわかった予感……』
「え……? みんな、分かるの……? 教えて……?」
『おしえなーいwww』
『もっと叩かれたほうがいいのでは?w』
『申し訳ないけど残当なのよね……』
『ちょっと可愛そうなんだけど仕方ない気持ちもある。心が二つあるー』
『いやこれは可愛そうやろ(いいぞもっとやれ)』
「っ……!? ちょ、それでもあなたたち、私のファンなの!? もっと庇ってよ! もっと優しくしてよ!」
『それならまずこちらに優しくするべきでは……?』
『それなら“人の心無いのかな?”なんてこと言わないのっ!』
「っ……! …………」
『あ……だまっちゃった……』
『だから正論は良くないんだって!(ボソッ)』
『どうしよう……』
『ご、ごめんね……?』
『悪かった』
『すまんて』
『ごめんて』
『どうせマダンテ』
『泣いた?』
「────は? 泣いてないけど? 私のファンが人でなしなことに────」
────バッスィーン!
「いひゃい! な、なんでよぉ……! 何がNGワードなわけぇ……!?」
『あーあー……肩が腫れちゃうよぉ……』
『これでNGワード分からないのはもうダメだってばさ……』
『もう配信終わりにしない? 可愛そうだからさ……』
『千奈ちゃん、もっとお手柔らかにできない……?』
「あら? そうですの? 分かりましたわ。実は少し腕が疲れてきてしまいまして……──いえ! やはりダメですわ! これは先生から仰せつかった大事な任務ですもの! 手は抜けませんわぁー!」
『うん。真面目だ……』
『いいことだね?うん』
『なら仕方ないかもだね?』
『手毬ちゃん、がんばって……』
『私は手毬ちゃんのこと応援してるよ……うん』
『配信続けるなら、覚悟、しておこうか……』
『まりちゃんがひどい目に……倉本千奈、覚えましたよ……』
月村手毬は混乱する。
NGワード一つ目は『プロデューサー』のはずだ。ならば二つ目と三つ目はなんなのか。
「っ……ぐすっ……じゃあ、自己紹介、する……」
『うん。それが無難だね』
『頭良い!』
『えらい!』
『がんばって!』
『手毬ちゃんのこともっと知りたい!』
「私は────クール系アイドルの月村手毬……」
『は?』
『は?』
『うん……』
『そうだね……』
『知ってたよ(過去形)』
『暴力系アイドルの噂は本当ですか?』
「は? だれがそんなこと言ったの? 教えてよ。ひとつ物申してくるから」
『あー……』
『今のはセーフだね!』
『ギリギリだった』
『叩かれなくてよかった!』
『まって。なんかみんな、別の楽しみ方してない?』
『これが正しい配信だろ。月村手毬の』
『正解かもしれないけどさぁwwこんな配信は普通にマジで嫌だよwwwww!』
「……? ねえ、そろそろNGワード教えてくれない? じゃないと迂闊に喋れないんだけど」
『暴言』
『汚い言葉じゃない?』
『語気が強い言葉?』
『少なくとも単語じゃないよね。かなり広いワードが対象な気がする』
『待って、みんな賢くない?』
「────“暴言”……“語気が強い”……千奈、そうなの?」
「はい。正解ですわ! 月村さんのファンの方々は、月村さんのことをとても良く理解していらっしゃるのですね! 尊敬しますわ!」
『いやーそれほどでも……///』
『中等部からのファンですから……///』
『倉本お嬢には負けますわ……』
『うちの手間ちゃんがご手間おかけしています……!』
「は? なんで私がペットみたいなこと言われなくちゃいけないの?」
『だって……』
『ねえ?』
『ペットじゃなかった、の……!?』
『ちょまてってお前ら連携取れすぎだろwww?!』
『※月村手毬の古参ファンは特殊な訓練を受けています』
「……なんか全然納得いかないけど、古参も新参もファンが揃ってるのはうれしいね。この調子で私の活躍を目に焼き付けておきなよ。今度のダイヤモンド講堂で、圧倒的なライブを見せてあげるから」
『よっしゃーーーーー!!』
『待ってるぅうううう!!』
『手毬ちゃんカッコいいーー!!』
『絶対ライブ観に行くからねー!』
『一位取れないとライブできないんだよね?』
「そうだよ。ダイヤモンド最終試験でね。もちろん周りの連中なんて雑魚ばかりだから────」
────バッスィーン!
「いひゃい……! なんでたたくのぉ!? 千奈ぁ……!」
『wwwwww』
『これwwwはwww』
『あのさぁ……もうさぁ……w』
『南無』
『あのすみません。この人って大口を叩かないと死ぬ病でも患って……?』
『気合を入れてるだけだとは思うんだけど、ね……』
「いたいぃ……肩が、いたいよぉ……」
『ナデナデ』
『泣かないで……』
『もっと泣け』
『痛いの痛いの飛んで行け』
『なんでみんな幼児を相手にするかのように……?』
『新参の私は混乱しっぱなしで何もかもがカオス』
『覚えておけ、これが月村手毬だ』
『月下の村に手毬唄を吟じる狼少女が独り……野蛮人にお仕置きを 姉さん惨状 耳にタコ 矢のような舌にぶったまたげ 説破ちゃらちゃら雑魚の本棚 非情必聴通り過ぎ 夜半超えれば
『↑手毬詠唱を開始するな』
『ほんとこの詠唱考えた人ひどすぎて草』
「……なんか、よくわかんないけど……みんな、楽しそうだね。……
『あっ……』
『えっと……』
『いるだけで、楽しいから!』
『拗ねちゃった?』
「は? 拗ねてないし……みんなだけで盛り上がってて、いいなって、思ってないし……」
『かわいい』
『顔はいいんだ……顔は……』
『性格だって可愛いだろいい加減にしろ!』
『でも新参はみんな“怖い”って言って去るじゃん……』
『頼む……みんな手毬ちゃんのことをもっと好きになってくれ……』
『新参ですけど訳がわかりません。誰か説明してください』
『甘えるな。感じろ』
『大丈夫。私も最初は困惑してた新米だから』
『ライブで魅了されてこい。話はそれからだ』
『人間性には期待するな。話はそこに尽きる』
『ええ……?(ドン引き)』
青髪のプロデューサーがハンドサインで『そろそろ』と合図を送る。
「あ……え、もう?」
『終わり?』
『いいんじゃない?』
『す、すげえ……炎上しなかった、だと……!?』
『千奈ちゃんのおかげで炎上しなかった!ありがとう!!!!!本当にありがとう!!』
『今のうちに終わっておこう』
『綺麗なうちに終わったほうがいいよ!』
『またね! 今度はライブでね!』
「うん……また配信、しようね?」
『え?』
『うーん、こんどのライブでね!』
『またね! ライブがんばって!』
『配信は……うん。そうだね! ライブ楽しみにしてるよ!』
「……? そんなにライブが楽しみなの? わかった……まってて。絶対一位、獲ってくるから……!」
『オーキードーキー』
『がんばえ~』
『本気で応援してるよ!!』
『まぁ、てまちゃんなら余裕で勝てるでしょ』
『よし、講堂の日、空けておくか……』
青髪のプロデューサーは配信を切る。
月村手毬は胸を張って立ち上がった。
「────どう? プロデューサー。私のファン、イイ人たちばかりでしょ?」
「…………」(古参は理解あるようすだが、新参との割合を考えると、理解者は三割しかいないんだよなぁ……)
つまり過激な発言をすれば、残り七割が大反応して騒ぎ出す。
仮に青髪のプロデューサーが火消しに走れば、残り三割が大協力してくれる。
(そういうアンバランスさで、月村手毬はアイドル生命を保っている……)
三割の理解者は命綱であり、七割の新参者は綱渡りの綱そのものだ。このことを理解していなさそうな月村手毬は、少なくないファンの優しさに助けられていることを、実は少しだけ理解している。その上で、残り七割と大ゲンカする炎上は避けられない。それが月村手毬というアイドルの生態なのだ。
青髪のプロデューサーは、ノートパソコンの電源を落として片付けを完了。
SNSを調べる。どうやら配信リレーは、大成功のうちに終わったようす。
「──みなさん、よくやりました。これで知名度はうなぎのぼりです。配信は週一程度の頻度で、定期的にやっていきます。何かやりたいことがあれば相談してください。──あとは
§
翌日。
朝方の168事務所。
藤田ことねが焦った様子で突入してくる。
デスクに着く青髪のプロデューサーは、片肘をデスクにつけながら、椅子を回して半身を相手に振り向けた。
「ぷ、プロデューサー!」
「どうしました?」
「どうもこうもなーい! あ、あたし……」(あわわわ……つか、言えるかこんなもーん!)
藤田ことねは目を回す。いったいどうしたというのか。
一旦深呼吸。やがて意を決したようすで、入ってきた引き戸をガラガラと閉める。
「その……わ、笑わないでくださいね? それと、こうなったのはプロデューサーのせいなんですから、プロデューサーが責任、取ってください!」
「なんのことやらですが、承知しました」
「ぐっ……もしかして、ほんとはもう分かってるんじゃ……ぐぬぬ……」
藤田ことねは胸に手を当てて息を整えた。
「────た、体重、が…………極めて、増えました……」
「それはようござんした。具体的な数値は?」
「言えるわけないでしょーがぁーーーーーー!!」
「私のレッスンメニューを忠実にこなしているなら、適性体重までは増えたと思いますが」
「やっぱ分かってんじゃーーーーーん!!」
「しかし
「っ!! そ、そうなんですよ! 魔法みたいなことが起きて、めっちゃびっくりしてて……!」
「それにしては気づくのが遅かったですね」
「だ、だってぇ! スカウトされる前は、バイトに次ぐバイトで忙しくて……しばらく鏡でしか確認してなくて……それで今朝、『そういえば最近、体重計に乗ってないなー。やべーなー』って思いながら乗ったら────ひぃいい!? ってなって!」
「ははは」
「笑うなぁーっ!!」
「あ、そういえばそうでした。すみません」
「もぉー! もぅ~~~~~~!! ……さ……最初は、体重計が壊れたと思ったんですからねぇ!? おかげで新品の体重計を購買部で買っちゃいましたよ! ちなみに古い方と、まったく同じ数字が出ましたぁー!」
「そうですか。もしよろしければ、余った体重計は事務所に置いていってくれるとありがたいです」
藤田ことねは、ぜえはあ、と肩で息せき切る。
そして指先をもじもじ。膝先をもじもじ。身を揺すって上目遣い。ふしぎそうに問いかける。
「古い方はお気になので、新品なほうを持ってきます……それはそれとして────あのぅ……これ、どういう現象なんですぅ?」
「隠れ脂肪が落ちて、適切な脂肪と筋肉がついた。つまり体の中の見えない悪い部分が全て無くなり、良い部分がたくさん出来上がった。それだけのことですよ。これが本当のダイエットです」
「────ふ、ふしぎなことも、あるもんですねぇ……」
「そうですねぇ」
青髪のプロデューサーからすれば、現状一般に浸透しているダイエット論のほうが、はるかに不可解で非合理的なのだとか。おそらく同じことを思っているのは花海姉妹程度だろう。
その時、葛城リーリヤが教室に突撃してきた。
「せ、センパーイ……!!」
「うおわぁ!? どど、どうしたリーリヤ!? そんなに目に涙をたたえて……まさか、誰かにいじめられたか!?」
「うう……せ、センパイ、が……」
「なにぃ!? ちょ、プロデューサー! リーリヤになにしたんですかぁ!?」
「おそらく藤田さんと同じことしかしてないはずですが」
「センパイ……報告が、あります……わたし、その────た、体重が、あの……」
「────っ!! ま、まさかリーリヤ……お前もかぁ!?」
青髪のプロデューサーは、真顔で問いかける。
「おふたりとも、ちょっと腹筋を見せていただけませんか?」
『絶対にイヤですっ……!!』
「でも体型は変わっていないのですよね……?」
『そういう問題じゃないんです……っ!!』
青髪のプロデューサーは失笑を抑えてため息をつく。
「承知しました。ではおふたりとも、今の体重から数キロほどサバを読んで、プロフィールの体重を更新しますね。表記上は増加しますが、かえって健康的な肢体になっているため、むしろファンは喜んで────」
『だぁ!? ダメです……!! 下げてくださいっ!!』
「……──今のプロフィールの体重値より下げたら、サバを読み過ぎだと、確実に思われますよ? もはや死に等しい体重となります」
『それでも上げるのはナシなんですぅううううう!!』
「乙女心的に?」
『はいっ!!』
「理解しました。……では今のプロフィールから、五キロほど上げますね」
『ッ゛ッ゛……!?』
藤田ことねと葛城リーリヤは青ざめる。
「ぷ、プロデューサーの────」
「せ、センパイの────」
『鬼ぃいいいいい!!』
そしてふたりは駆け出した。
青髪のプロデューサーのデスクに割って入り、羽交い締めにしてでも止めに入る。
「ダメですお願いしますそのままにしてくださいプロデューサぁあああああ!! 体重は女の子の生命線なんですよぉ!?」
「み、見た目、ぜんぜん、変わってないから……! 大丈夫だと、思いまっす……!! だから……だからぁぁぁ……!!」
「────……ハァ……分かりました。その代わり腹筋と二の腕を見せてください」
「せ、セクハラで訴えますよぉ!?」
「い、いくらセンパイでも、恥ずかしいです……」
「健康に必要な観察なのですが……」
「っ……む、むりっす……さーせん……」
「っっ……ご、ごめん、なさい……センパイ……」
ふたりは申し訳なさそうにうつむく。
しかし青髪のプロデューサーは、実を言うとプロフィールを更新する気はさらさらなかった。普通に『肌を見せろ』と言えば、このように断ってくる。そのため、まずは
が、それも今、失敗に終わってしまった。
やはり乙女心というものは、堅牢で難儀する代物である。
「そうですか。では、これだけはメモってください」
青髪のプロデューサーは次善の策を打つ。
「もし二の腕が太くなっている場合、それはセルライトや脂肪が原因ではなく、単なる筋肉のつけすぎと思われるため、筋力トレーニングは半減して構いません。そのぶん消費カロリーを保つため、河川敷の周回数を増やしてください。なお食事の質と量は決して変えないように。そうすればエストロゲンという、とても良いものが増えます。皮下脂肪がつきやすくなるデメリットは存在しますが、そのぶん月ごとの体調が良くなり、肌つやが良くなります」
『……!!』
「本当は
「……あ、ありがとうございます、プロデューサー……」
「わ、わがままを言ってしまって、本当にすみませんっ……!」
「いえいえ。……その代わり、女子寮の保健室で診察を予約していますので、今すぐそちらへどうぞ。急な体重増加は危険信号の表れでもありますからね。乙女心を重んじた結果、何かの病気でも見落としたら、それこそプロデューサー失格ですので」
「……わかりましたぁ。いってきま~す」
「なんだか、ドキドキしてきました……」
藤田ことねと葛城リーリヤは、わがままを言ってしまったぶん反省して、素直に保険室へ向かった。
それを見送る青髪のプロデューサーは、内心でいたずらごころを発揮する。
(まあ……保健室で採取したデータは、プロデューサーの権限で全部こっちに回してもらうんだけど……さすがに、これは内緒だな! ははっ!)
§
次の瞬間。
篠澤広が入ってくる。
「おはよう、プロデューサー」
「おや。おはようございます。篠澤さん」
藤田ことね・葛城リーリヤのふたりと入れ違いに入ってきた篠澤広は、どうやら廊下側である程度の会話を盗み聞きしていた模様。
「ねえ、プロデューサー」
「なんですか?」
「わたしは、なんで体重が増えないの?」
「それは私が一番聞きたいですねぇ……」
篠澤広は、青髪のプロデューサーのとなりに近寄る。微笑んで小首をかしげた。
「ふふ……どれだけ効率的なカロリーを摂取しても、栄養に還元されない体質……」
「とんだ体質です……虚弱貧弱というレベルではない……もはやあなたは目の上のたんこぶですよ……」
「たんこぶになるくらい、膨らめばよかったのに、ね?」
「たんこぶくらいの脆弱な豆粒さ、と言いたいのですよ」
「わたしのプロデューサーが、すごく辛辣……」
ショックを受けつつ赤らむ篠澤広は、頬を抱えて恍惚に耽る。
それが本音であれば、褒め言葉でも貶し言葉でも興奮する性格。そのような無敵のコミュニケーション適性を有する篠澤広は、何者にも億さず、何事にも踏み込んでいく。
「ね。プロデューサー」
「なんです?」
「プロデューサーは、太い子が好き?」
「…………」
「ふふ。反応に困ってる」
「ここで答えたら全てがセクハラでしょう」
「わたしはそうは思わない、よ?」
「だから何を語ってもいいと? ──それより朝っぱらからなんですか」
「むぅ……ただプロデューサーとおはなしをしに来た……ダメ?」
「ダメではありませんが……」
「じゃあおはなし、しよ?」
「仕事中です」
「プロデューサーならアイドルのご機嫌取りもお仕事」
腕を組んだ篠澤広は自信満々に論破する。
そのドヤ顔にムカッ腹が立ちつつも、青髪のプロデューサーは内心満更でもない気持ちを自覚していた。
「あなたは物好きですね」
「それ、あなたが言う?」
「私は、可愛い子なら誰でも好きですよ」
「うわぁ……わたしのプロデューサーがプレイボーイすぎる……」
ならばと篠澤広は詰問する。
「なら強いて言えば?」(細いと太い、どっちが好き?)
「…………────」
「ふふ。すごく悩んでる……おはなし面白い、ね?」
「──……太い子ならそれに合った。細い子ならそれに合った。それぞれの愛で方がありますから」(ベッドの上的に)
「……? ……ごめん。なんの話……?」
「さあ? これが分からないということは、篠澤さんには、まだちょっと早い話だったようで」
篠澤広は、急に青髪のプロデューサーの思考が読めなくなった。
今の発言は、いったいどのような意味合いが含まれているのか。
「むぅ……わたしに分からないこと……気になる。教えて?」
「完全なるセクハラなので教えられません」
「え……」
篠澤広は赤らむ。
まさかとは思うが、かなり際どい話題を出してきたのか。
「…………」
ふと挙動不審に陥る篠澤広は、高速思考で色々なことを考慮する。
プレイボーイ。大学一年生。恋愛経験は豊富なのかもしれない。それは少し困る。上を取りたい。尻に敷きたい。ならばどうするか。視線を彷徨わせた先に長机がある。
「──プロデューサー」
「はい?」
「どうやらプロデューサーは、すでに高いところにいるみたい。だから、わたしも高みにのぼる」
「……はい?」
篠澤広は長机と向かい合う。
「今からわたしは、この机の上に登る。見てて」
「……」
篠澤広は登山を開始した。それはエベレストに挑むような過酷を極める道のりだ。まずは山麓に辿り着く必要がある。椅子の前に到着。椅子に足をかける。机に手を置いて、手首と肘に力を入れて腰と尻を持ち上げられない。椅子の上に登れない。椅子の上に立つことができない。すでに過呼吸。何度も試す。ふんぬ、ふんす、と力を入れて────ようやく椅子の上に膝を置く。膝立ちの状態から起立。椅子の背もたれを掴んでバランスを取る。机に両手を置く。へっぴり腰だ。そのまま机の上に膝を置く。すると大きく開脚することになる。スカートの中が見えてしまう。
「……いやん。プロデューサーの、えっち……」
「……」
「途轍もない冷めた視線……!」
篠澤広はゾクゾクして言う。
青髪のプロデューサーは腕を組んで見守っていた。
「椅子の上に登るだけで三分も費やした人を目の当たりにすれば、呆れを通り越して絶望するのは当然でしょう……」
「ふふ……あまりにも弱すぎて……見限る? ……イロモノにも、限度があったり、する……?」
「そうですね。そんな未来もあるかもしれません」
「────!」
青髪のプロデューサーは──相手が表情を読んでくることを見越して、あえて──移籍の件を想起した。篠澤広をよそ様に預けるのも良いだろう、と考える。
その表情を読み取った篠澤広は、移籍の件については全く知らないため全容は掴めないが、離別の雰囲気は感じ取った。
────胸にチクリと刺さる痛み。
嬉しいはずなのに、寂しくて悲しくて、とても参った。
「────っ……よいっ……しょっ……とっ……!」
途端、真剣な表情に変わった篠澤広は、死力を尽くして登頂する。
「ぜえ、はあ、ぜえ……はあ……」
「おー。おめでとうございます。机の上に五分かけて登るとは、幼稚園児レベルですね」
篠澤広は、長机の上に立ち上がる。既にフラフラ。満身創痍。両手を、折りたたんだ鳥の翼のように下へ広げてバランスを取り、自慢げなポーズ。
「ふぅぅぅぅ……今度は、プロデューサーの、番……」
「なんで私が……」
「いいから。いっしょに、高みを目指そう?」
まったくどういう意味かは不明だが、青髪のプロデューサーはひとっ飛びで机の上に立ち上がる。
「わお。飛んできた……」
「行儀が悪い遊びですね」
「じゃあ、次は……降りようか」
いったい何がしたいのか。ふらつく篠澤広は落ちないようにゆっくりと気をつけながら椅子の上に降りて、次は床の上に二本の足で立つことに成功する。偉業である。
それから篠澤広は、長机の上に立つ、高身長の青年を見上げた。高い机と高い背丈が合わさって、とても高い。
「プロデューサー」
「はい?」
「あの、ね?」
受け止められるだろうか。
「い、今なら……わたしに……
「────────」
恥じらいながらも、好意を青い天井に豪速球。
無敵のコミュニケーション適性を有する篠澤広は、いかなる時も有利地形での戦法を忘れない。
篠澤広は両手を広げた。受け入れる準備は万端である。
青髪のプロデューサーは逡巡。速やかに、篠澤広とは別の場所に降り立つ。
「あっ」
「私を受け止められるわけないでしょう。アリのように踏み潰してしまいますよ」
「それはそう。でもプロデューサーになら、潰されてもいい、よ? だって、興奮する……」
「その興奮には二重の意味がありそうですね……」
抱擁する行為の興奮。
乙女とドMの一挙両得。これが二律背反とならないところが、篠澤広の無敵たる所以であろうか。
「それと篠澤さん」
「?」
「わたしとあなたはプロデューサーとアイドルの関係です。金輪際、誤解を生むようなことはしないように」
「……うん。ごめんなさい。ちょっと……焦っちゃった」
「焦った?」
「うん。プロデューサーに、今度こそ捨てられちゃうのかな? って……」
篠澤広は素直である。
思ったことは、相手に迷惑をかけない範囲でなら、ズバッと口にする。
それは青髪のプロデューサーにとって好ましい性格である。
空気を読んだ上で、何事にも素直であることは、大人の証明だと思っているが故に。
「……──心配ご無用」
「?」
「すでに落ちていますよ」
「!」
「なぜなら、可愛いのですから」
篠澤広は目を見開く。絶句していた。頬を染めてのけぞっている。
「そろそろ朝の授業が始まるのでは?」
「────…………、……プロデューサーは、本当に……」
篠澤広は、両手を後ろに結び、嬉しそうに微笑んだ。
「プレイボーイ。わたしのことで、遊んでる……悪魔、鬼畜……今日は、わたしが遊ぶはずだったのに……」
「聞き捨てならない言葉が聞こえてきましたね。──まぁ、いつも負けてばかりでは、いられませんので」
「ふふ……引き分け?」
「いいえ。今日は私の勝ちです」
「むぅ……でもわたしのところに落ちてこなかった。負けるの嫌で、逃げた?」
「躱したと言ってください。むしろ落ちてこなかったのだから、あなたが負け組では?」
「ふふ……それは言えてるかも……」
「残酷な事実を告げるようですが、それ以外に無いんですよ」
「でもプロデューサー、忘れてる、よ?」
「?」
「さっき、『すでに落ちてる』って言って、くれた。だからその理屈だと、やっぱり……わたしの勝ち」
「────」
「瞬発思考がアダになった、ね? プロデューサー
「…………これに懲りず、また勝負を仕掛けてください。今度は論破しますよ」
「むり。たぶんできない」
「できます」
「強情」
「どっちが。私が
「言い訳がましい」
「それはそうですね。七月あたりにクビを洗って待っててください。その時は心身ともに殺しますよ」
「ふふ……その挑戦、受けて立ーつ」
────予鈴のチャイムが鳴り響く。
「あ、授業の時間だ。じゃあ、またね? プロデューサー」
篠澤広は手を振って、スタスタと立ち去る。
ガララ、と閉められる引き戸。教室に独り取り残された青髪のプロデューサーは、ひどくつまらないと言いたげな顔で、しかし内心は動揺していた。
「…………」(うそだろ……この俺が口説き勝負で、勝ち逃げされた……だと……?)
§
翌日。
夕暮れの168事務所。
テレビ台の前では、青髪のプロデューサーと葛城リーリヤが、据え置き型のゲームに興じていた。
ジャンルは、オールスターロボット格闘ゲーム。
勝敗は、当然のように青髪のプロデューサーがフルボッコにされていた。
「あの……葛城さん。e‐スポーツの大会に出場するアイドルという路線はどうでしょうか?」
「っ!? え、あの……そ、それは、やめてほしい、です……」
「そうですか……かなりのファン層を取り入れられると思うのですが……弱気に見えてドチャクソゲームが強いとか、老若男女問わず惚れますって……」
「ほ、惚れ……!? センパイ、言いすぎですよ……!」
「単に事実を述べているだけなのですが……」
「それでも老若男女は、言いすぎです……!」
「それに関しては多少一理あるかもしれません」
そこで葛城リーリヤは問いかける。
「ところで……なんで、急に、わたしとゲームがしたい、と……?」
「いけませんか? 単なる趣味の時間なのですが」
「い、いえ……! センパイと、好きなゲームができて、とても楽しいです……! 誘ってくれた時は、すごく嬉しくて……」
しかし何かが引っかかる。ほかの人も誘うのかと思えば、自分とだけゲームしているのだ。これは少し勘ぐってしまう。
「というのもですね」
「……!」
「これは葛城さんに『自信』をつけてもらう一環のつもりなんですよ」
「……わたしに、自信を……?」
「はい。口で説明してもピンと来ないなら、相手が理解しやすい題材で伝えようと思いまして」
青髪のプロデューサーは対戦を中断。1Pなのでゲーム画面のメニューを好きに操作できる。やがて、とあるロボットのステータス画面が表示された。
「ゲーム風に例えるなら。葛城さんは、このステータスにある『度胸』のパラメーター次第で、レベルキャップが解放されていきます」
「……」
「このゲームのレベルキャップが1から100まである場合。この機体のように、葛城さんの初期レベル上限は10となります」
「……とても低い、ですね……」
「ある意味では、主人公機体と言えます。そして主人公はゲーム開始時点で『度胸レベル』が『0レベル』ですが、ヒロインを守るために覚醒し、『度胸レベル』が『1レベル』となることで機体に乗ることができました。そして最初のボスを倒すことで『度胸レベル』が『2レベル』に上がります。すると主人公のレベル上限は20となりました。新米パイロットから駆け出しパイロットに昇格です」
「…………」
「これと同じ現象が、葛城さんにも起こり得るのです」
「っ!? で、でも、これはフィクションのお話で……!」
「
「……じゃあ、もしもですけど……わたしが『度胸レベル』を上げていけば……本当に、スゴいアイドルに、なれますか……?」
青髪のプロデューサーは否と首を振る。
「いいえ。現実はそう甘くない。葛城さんは『度胸レベル』が『1レベル』上がるたび、歌唱力・ダンス力・表現力の三種能力のうち、いずれかのレベルが10ほど上がります。ちなみに『度胸レベル上限』は『最大10まで』ですね」
仮に葛城リーリヤの『度胸レベル』が『10レベル』であれば。
歌唱力を伸ばすビルドの場合────
歌唱力:100レベル、ダンス力:0レベル、表現力:0レベルとなる。
バランスよく伸ばすビルドの場合────
歌唱力:40レベル、ダンス力:30レベル、表現力:30レベルとなる。
「──……でも、それって、かなり低い、ですよね……? 一芸特化で育てても、ほか二つのレベルが低すぎて……」
「その通りです。仮に最終試験で一位を取りたい場合、
「……っ────」
葛城リーリヤは青ざめる。
それは一人前のアイドルになることは、ゲームシステム的に不可能だ、と言われているようなもの。
歌唱力・ダンス力・表現力を30~40レベルまで上げることはできても。
それ以上の
「そう不安にならずとも結構です。今の話は、あくまで現状の理解を深めるための例え話。『度胸レベル』で足りないなら、それ以外の
「それ以外の……?」
「何か分かりますか?」
「えっと……も、もしかして、ですけど────?」
葛城リーリヤは、今まで青髪のプロデューサーから口を酸っぱくして言われていたことを復唱する。
「────
「正解です」
青髪のプロデューサーは安堵する。ようやく自称できるほど、自分の笑顔に自信が付いてきた模様。彼女にとっての武器は『笑顔』しかない。ならば、その笑顔を引き出すために『度胸』を付けてもらう必要がある。それが青髪のプロデューサーの
「
「……っ!! そ、それって────!」
仮に葛城リーリヤの『度胸レベル』と『笑顔レベル』が、どちらも『10レベル』であれば。
効率よく育てるビルドの場合────
歌唱力:50レベル、ダンス力:50レベル、表現力:100レベルとなる。
最終試験で合格するためには、“全能力値を70レベルにする”こと────故に、足りない。
歌唱力とダンス力が、
「ふざけたことを抜かさないでください」
「!?」
「勝利条件とは言いましたが、それは客観的意見です。クリエイターの
「……!!」
「あなたには、それができるでしょう? アイドルとゲーム。分野は違えど……攻略法は、必ずあるのですから」
とどのつまり、ボイスとダンスのレッスンあるのみ、ということか。
そしてそれは、度胸と笑顔の存在が────
「勝ち筋……見えてきましたか?」
「────っ……正直、まだまだ不安、なんですけど……わたし、やりますっ! 度胸と笑顔と、
「はい。応援しています。期待しています。エメラルド講堂で、いっしょに大番狂わせをしてみせましょう」
「ッ……はいっ! ありがとうございます! センパイ……!!」
葛城リーリヤは覚悟を決めた表情で意気込む。
対する青髪のプロデューサーは、ふと微笑んで言った。
「ふっ……『度胸レベル』が、また『1レベル』、上がりましたね」
「っ……!」
「おかげで『笑顔レベル』も、自動的に『1レベル』上がったことになります。……試しに笑顔、見せてくれますか? 昨日より可愛くなっていることを保証しますよ」
「っ~~……!!」
葛城リーリヤは、みるみると赤面していく。褒められすぎて縮こまり、プシュ~と蒸気を上げてうつむいてしまった。もじもじとする。
「はは。その恥じらいも最高ですね。おそらくパッシブスキル『恥じらい』の効果は、『ファン数の獲得量を大アップ』に違いない!」
「っ~~~~! も、もう! センパイ! からかわないでください……っ!」
「からかう? 単なる事実をお伝えしているだけなのですが……」
「ひゃうぅ……!!」
青髪のプロデューサーは意地悪く笑う。
葛城リーリヤは赤ら顔。それもすぐに、ムッとした目つきで頬をぷっくり。コントローラーを握り締めた。
「センパイ。格ゲーの続きを、しましょう!」
「おやおや。タコ殴りにされる未来しか見えませんねぇ……」
「それはっ、センパイが、悪いんですからね……っ!!」
§
第七週・最終日。
深夜の男子寮。
青髪のプロデューサーの自室。彼はレポートをまとめる。
〔篠澤広のレーダーチャート〕
歌唱力:2→3 ダンス力:2→3 表現力:4→7
親密度:4.5→6 運動能力:2→3 アイドルへの興味:3→4
〔月村手毬のレーダーチャート〕
歌唱力:5→7 ダンス力:5→6 表現力:4→6
親密度:4.5→6 スタミナ:5→7 トラウマ克服度:1→3
〔倉本千奈のレーダーチャート〕
歌唱力:1.5→3 ダンス力:3→5 表現力:1.5→3
親密度:4→5 愛嬌人望:6→8 家柄:10
〔藤田ことねのレーダーチャート〕
歌唱力:3 ダンス力:7 表現力:7
親密度:5.7 体力:6 自信:2
〔葛城リーリヤのレーダーチャート〕
歌唱力:6 ダンス力:6 表現力:6
親密度:3→5 体力:7 度胸:3→6
(明日から、いよいよダイヤモンド最終試験と講堂を挟み、エメラルド中間試験が始まる。正念場だな……)
§