【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
第八周・一日目。
ダイヤモンドシーズンの最終試験とエメラルドシーズンの中間試験、同時開催の当日。
各アイドルの控え室にて、青髪のプロデューサーは激励の言葉を送る。
「────『初』という同じ楽曲だからこそ、観客は比較します。あの子より歌が下手、あの子よりダンスが下手、あの子のほうが可愛い」
『っ……!!』
「観客は残酷に、正直に、あなたのすべてを評価します」
『……』
「あなたは決して、世界一の歌姫にはなれない。世界一のダンサーにもなれない。……でも、ただひとつだけ、世界一になれることがあります。それは────
『────』
「ほかの何が、どれほど劣っていても欠けていても。それだけは誰にも、相対的に負けることはありえないのです。──裏を返せば、それで勝てなければ負け以前の問題です。たとえ世界一の歌声を持っていても、世界一のパフォーマーであっても……自らの可愛さで戦えない人は、アイドルとして失格なのです」
『……──』
「自信を胸に貼って。度胸の脚を伸ばして。世界でただひとりだけが持つ、無敵で無限のカワイイを、精一杯ぶちかましてやりましょう。
『ッ……!』
「さあ、行って来なさい。世界で一番かわいらしい、
『────はいっ!!』
§
白ブロックが終了する。
雪ブロック。篠澤広と秦谷美鈴の激戦。
月ブロック。月村手毬と花海咲季の激戦。
白鷺ブロック。倉本千奈と姫崎莉波の激戦。
あっという間に終了した最終試験。
順位発表。
『白ブロック優勝者は────…………!』
『雪ブロック優勝者は────篠澤広!』
『月ブロック優勝者は────月村手毬!』
『白鷺ブロック優勝者は────倉本千奈!』
青髪のプロデューサーの担当アイドルがほぼ独占した。彼は小さく拳を握り締める。
『以上4名、講堂ライブ決定、おめでとうございます……!』
拍手喝采。多くの泣き声は、それに掻き消えた。
会場の流れは早い。
喜んでいられるのは今のうちだ。
負けたアイドルも悲しんではいられない。
小一時間の休憩時間。中にはそれを反省会に当てている者もいるだろう。
その後すぐに、次の戦いが始まる。
§
控え室が立ち並ぶ廊下。
ダイヤモンド最終試験が終わったというのに、あと一時間でエメラルド中間試験が始まる。なんとも鬼スケジュールだが、これはアイドルの
そんな
168事務所の専用控え室にて。
篠澤広は地面の上にうつ伏せている。微動だにしていない。一応呼吸は確認できている。椅子に座って寝てほしいが、どうやら座る体力も無いとのこと。これではエメラルド中間試験・予選落ちは確定かもしれない。せめて六位以内に入れば、最終試験に繋げられるのだが……青髪のプロデューサーは不安になる。
一方、倉本千奈は椅子に座って、可能な限り体を休めていた。小一時間では疲れが取れなさそうだが、ここで上位入賞者できなければ講堂で大失敗してしまうのは確定事項と言える。そのため踏ん張りどころである。
そして月村手毬は、大きく肩を上げ下げして過呼吸に陥っていたが、以前と比べれば大幅に
一方、出番待ちの藤田ことね・葛城リーリヤは、自分のことで精一杯のため、椅子の上でじっとしている。集中。雑念を自信と度胸でなんとか打ち払い、精神を統一している。今はそっとしておくべき。
(あれ。花海佑芽さんの姿が……)
青髪のプロデューサーは、そっと控え室を出る。自販機のあるところに向かうと、花海佑芽を見つけた。その近くには────滝のような汗を流す
「お姉ちゃん!」
「! 佑芽……」
「……」
「……」
姉妹は、しばし見つめ合う。
ダイヤモンド最終試験において、花海咲季は、月村手毬に負けた。つまり、最速で講堂に出場する権利を失った。
「……佑芽。まさかとは思うけど……お姉ちゃんを励ましに来てくれたの?」
「! ……そうだけど……」
「なら心配無用よ。わたしは────エメラルド中間試験に出る。あなたと同じブロックでね」
「っ……!!」
「今、最高潮なの……負けたのに、不思議よね……ベストコンディションで、潜在能力も100%出し切っている……それでも月村手毬のほうが、今は上だっただけ……わたしのプロデューサーは最高よ? この程度の疲労なんて、デメリットのうちにも入らない────」
それは誇張表現ではなかった。花海咲季の
青髪のプロデューサーは内心賞賛した。その眼光を目にしたとたん、武者震いさえ起きたのだから。
さすがは先輩たる学園プロデューサーである。事前調査では、幼馴染たる姫崎莉波に心を奪われて入れ込んでいると思いきや、花海咲季の
「────そんなこと言ったら、あたしのプロデューサーさんだってスゴいよ! あたし、今度こそ絶対に、お姉ちゃんに負けないから……っ!!」
「そう……いつもスロースターターなあなたが?」
「うん! いっつも、よーいドンでこけちゃうけど────今度は、違うよ!」
「!! ……っ……」
花海佑芽も
────今度は逃がさない。
そう言いたげな肉食獣の闘志が、全身からはち切れんばかりに
(その啖呵、気に入った)
青髪のプロデューサーは確信する。花海姉妹の事情に首を突っ込む気はなかったが、あそこまで勝利を確信させられると物申したくなる。心理戦を仕掛けるのも一興だろう。無論花海咲季は、今から言う心理攻撃でデバフが掛かるような精神性はしていない。その上で、青髪のプロデューサーは
「花海佑芽さん」
「! あれ、(青髪の)プロデューサーさん……?」
「見るに、二対一のようでしたので。私も啖呵を切ってよろしいですか? あなたのプロデューサーではありませんが、
青髪のプロデューサーと学園プロデューサーの視線が火花を散らす。
「ご同輩……。……どうぞ、ただし五分だけです。これから反省会がありますので」
「すぐ終わりますよ。──さて、花海咲季さん。今から私は、あなたに事実という名のひどいことを言います」
「……?」
青髪のプロデューサーと花海咲季は見つめ合う。
「────あなたは、妹さんから逃げている」
花海咲季は動揺しない。否、その心中では絶句していた。思考が真っ白になる。暴かれる恐怖が火山の噴火のように勃発する。
「────────」
「え……プロデューサーさん?」
「ご同輩? 何を……?」
「超早熟型と大器晩成型。──花海姉妹の各競技における勝負期間を調べるに、花海咲季は勝負が決まったあと、妹さんがあなたを追い抜く前に、別の競技に移っている記録ばかりでした」
「────…………」
花海咲季は両腕を組んで立ち尽くす。真っ正面から青髪のプロデューサーと対峙する。
その気迫は、殺し合うような対決。思わず花海佑芽と学園プロデューサーは息を呑む。異論があっても口を挟めない。もし口を挟めば、花海咲季のほうが激怒してくるように感じられたからだ。
「無論、期間以内に勝てなければ意味がない。勝負とはそういうもの。もしもの話など意味がない。──もし、もしも、あと少しだけ、ほんの少しだけ、同じ競技を続けていれば……
「──…………」
「しかし今回に限っては意味が有る。負けに慣れてしまった敗北のプロフェッショナルである花海佑芽さんの覚醒を促すためには、ここで煽り────もとい、啖呵を切らねばなりません。私は、
学園プロデューサーは(嫌な予感がする……)と思い、
「咲季さん、そろそろ五分────」
「ごめんプロデューサー、黙ってて」
「────…………」
青髪のプロデューサーと花海咲季は睨み合いをやめない。
これは、今ここで決着を付けるべき会話なのだ。
「いいわ……聞いてあげる」
「では、佑芽さん。前もって用意していたセリフを、今こそ」
花海佑芽は「えっ?」と首をかしげる。そんなセリフは用意していただろうか?
すると青髪のプロデューサーが耳元で囁く。
「さっき心の中で思っていたことを、口に出してください……」
「……! わ、分かりました……!」
花海姉妹は睨み合う。一触即発の雰囲気。
「お姉ちゃん!」
「……」
「────今度は、逃がさない!!」
§
一分後。花海咲季と学園プロデューサーが控え室に戻る。
「……ねえ。プロデューサー。わたし……」
「咲季さん。気にする必要はないと思います」
「……え?」
「咲季さんは逃げていません。それは、あの場にいた全員が理解していることです」
「っ……」
「それに我がライバルは、意地悪な言い方を好みます。それだけのことです。困ったものですね」
「それ、あなたが言えること? 意地悪な言い回しなら、あなただって負けてないわよ」
花海咲季は笑みが洩れる。
しかし精神的ダメージは計り知れない。
────お姉ちゃん。今度は、逃がさない。
心の背中が
すぐ背後に迫る暗殺者が、真紅の眼を
「────さん? ──咲季さん!」
「っ!! ……なに? プロデューサー……」
「……」
「……、……大丈夫。分かってるわよ。あれは、佑芽を奮い立たせるための売り言葉だって。それでも……否定、できないの……」
「……咲季さん。わざわざ悪い解釈を許容する必要は────」
「いいえ! あれは必要な指摘だったの!」
「!?」
「……ごめんなさい。あとで、あなたにも、きちんと話すわ……」
「…………分かりました。しかし今は、目の前のことに集中してください」
「ええ。────必ず勝つわ。打倒佑芽! と、あの憎たらしい青のプロデューサー! ふたりとも、首を洗って待ってなさーい! この花海咲季と、わたしのことを一番よーく分かってくれているプロデューサーが! 全身全霊を懸けて、徹底的にぶちのめしてやるわー!!」
§
一方その頃。
廊下。自販機そばの休憩所にて。青髪のプロデューサーと花海佑芽は、ベンチに座っていた。
「佑芽さん。お姉さんを悪く言って申し訳ございません」
「……! っ……あの、あたし! 途中、プロデューサーさんに、『お姉ちゃんをいじめるなー!』って、文句を言ってやろうと思ってたんですけど……すぐ怒りそうなお姉ちゃんが、あんなに真剣に耳を傾けるなんて、初めてだったから……『ふしぎだなぁ』って思って……そしたら、なんか、よくわからなくなってきて……」
花海佑芽は、膝の間に両腕を挟み、手に持つスポドリを提げて、ボーッとうつむく。
「それは……『妹から逃げている』という話は、お姉さんが一番──主観的に──自覚していた事だからだと思います」
「────え?」
「いいですか。あなただけが理解していないのです。もしも一つの競技を長く続けていれば、あなたは必ず姉に勝てる。だから私は才能の塊だと言っているのです。そのことは咲季さんも先輩も、よくご存知のはずです」
「……お姉ちゃんも、お姉ちゃんのプロデューサーさんも……?」
「はい。その上で、私は厳しく指導します。──自分の才能さえ分からず、自分の才能さえ信じられない人が、自分の才能を活かしきれると思いますか?」
「……!!」
「お姉さんは、あなたを高く買っている。だというのに、あなただけなんです。──
「……────」
「まだ信じられませんか? 俺に対する信頼度が足りないようですね。ならばそれでいい。あなたは三十分後、
「っ……!!」
青髪のプロデューサーは、二台の携帯ゲーム機を取り出す。
「こちらをどうぞ。一回の対戦で三十分ほど掛かります。時間がない。早く」
「え? え? ゲーム……?」
「信じてもらえるように証明します」
「で、でも……あたし、このゲーム、はじめてやるから……」
「あなたもアイドルは、これから
「!」
「四の五の言ってないで、早く」
「……────」
対戦開始。ピコピコとボタンを押して操作方法を確認。戦いながらルールを確かめていく。
そのゲームについて知っている青髪のプロデューサーは、当然のように立ち止まることなく進んでいく。
そのゲームについて何も知らない花海佑芽は、当然のように混乱してたびたび立ち止まる。
「私は今、花海佑芽さんと似た晩成型のキャラを使っています。逆にあなたは今、お姉さんと似た早熟型のキャラを使っています。私は晩成タイプのキャラを佑芽さんと思って育てていきます。あなたは早熟タイプのキャラを自分自身だと思ってプレイしてください」
「……っ……」
序盤は圧倒的に青髪のプロデューサーが優勢。
中盤でもさらに大差をつけていく。
そこで青髪のプロデューサーは、1Pの権限で、花海佑芽だけに助っ人キャラの使用を許可する。
「あれ? なんか仲間が増えた……?」
「あなたのそばには、常にお姉さんがいました。つまりその助っ人キャラは、姉その人だと思ってください。お姉さんは、今までずっと、あなたのプロデューサーだったのですから」
「…………」
終盤。現実的に考えて、ありえない上にとんでもない巻き返しが発生し、ふたりは大接戦となる。
しかしギリギリのところで、青髪のプロデューサーが勝利した。
「ぐっ! 負けたー! いや、負けてない……!!」
「ふぅ……本当は大差をつけて圧勝したかったのですが、やはり終盤の爆発力が恐ろしいですね……冷や汗をかきましたよ」(ここで負けたらカッコ悪すぎた……)
花海佑芽はうつむいたまま。チラリと尻目。青髪のプロデューサーの横顔を見やる。
「……でも、これがどうしたんですか?」
「言ったでしょう? あなたはお姉さんのプロデュースがあっても、期間以内に勝つことはできない。今のように」
「っ……」
「しかし私がプロデュースする
「……、────!!」
「さて。私がプレイしているキャラは、いったい誰のつもりでやっていたでしょう?」
青髪のプロデュースは笑いかける。
花海佑芽は、なんだか告白まがいのことをされた気持ちになり、鼻を赤らめた。
「っ……そ、それは────!!」
「これは
「……っ!!」
青髪のプロデューサーは、最後の精神調整としてたたみかける。
「加えて言いますが、お姉さんは、ああ言われて弱体化する、よわよわメンタルなアイドルだと思います?」
「ううん! 絶対にやり返すために、見返すために、ギッタンギッタンにするために! もっと、もーーーーっと強くなって、立ちはだかってくるよ!」
「そんな姉を、完膚なきまで叩き潰す」
「!!!」
「完璧に勝つ、というのは、そういうことです。……そろそろ認識が、現実味を帯びてきましたか?」
花海佑芽は、こくりとうなずく。
その瞳には、赤く滾る闘志を燃やしていた。
「もっと強くなったお姉ちゃんを、あたしたちが倒す……あたしたちで、倒す……!!」
花海佑芽はベンチを蹴り立つ。
そして大声で叫んだ。
「────いま! あたしの中で、ゴングが鳴った気がします……!」
「はい?」
「────追いかけて、追いついて、追い抜かして……! ぶっちぎりで、勝ってやるぅううううううう!!」
廊下に大反響するブルドーザーの雄叫び。
青髪のプロデューサーは手を叩いて笑い、すぐに澄まし顔に戻って同意した。
「はい。完璧な勝利を得る。あなたには、それを成すだけのとびっきりの才能がある。それを成し得るだけの正しい努力も積み重ねてきた。ここに超最強の味方もいる。これで負けることは、世界がひっくり返る程度でなければありえない。──しかも最後に、必殺技まで伝授しちゃいます」
「えぇっ!?」
「──楽しんできてください。……それさえできれば、文句なしの大勝利です」
「────! ……はいっ! あたしの全力の全部! 見ててくださいねっ? プロデューサーさんっ!!」
§
一方その頃。
168専用控え室では、各々が準備を始めていた。ふと月村手毬が立ち上がり、床に倒れている篠澤広を抱き上げて立ち上がらせる。
「ちょっと、ソロ予選のあとにユニット予選もあるんだから……そんな状態で、本当にあと二曲、踊れるの?」
「ふふ……むり……」
「ハァ……まぁ、別にそれでもいいけどね」
「なんで?」
篠澤広が問いかける。
やれやれと首を振っていた月村手毬は、ふと今までにない眼光で噛み付いた。
「私、ユニットとか認めていないから」
「…………」
篠澤広は思い返す。
かつて青髪のプロデューサーから、ユニット結成について月村手毬から反感を買った場合。
ただし心にも思っていないことは言いたくないため、自分の言葉に直した上で発言する。
「────それで、いいと思う」
「……。……そ、そうなんだ……あなたも、私なんかとはユニット、組みたくないの……?」
急に月村手毬はしおらしくなる。
篠澤広は「?」と首をかしげながら、言いたいことを言っていく。
「ううん。てまりとユニットを組みたい。でも、てまりが嫌なら仕方がない。それだけ」
「……どうして? そう思う根拠を聞かせて」
「わたしは……迷惑を掛けられるのは嬉しい。でも掛けるのは嫌だ。だから……
「っ……!? は、ハァ!? め、迷惑かけるのは、絶対そっちのほうでしょ!」
「それは嫌だから、絶対かけないようにする」
「っ……死にかけのくせに、よくもそんな……」
「ふふ……その言葉、そのまま返す、ね?」
「ッッ……!!」
月村手毬は「ふん!」とそっぽを向き、一足先に会場へ向かった。
篠澤広も歩き出す。ゾンビのようにフラフラと、倉本千奈が開けてくれた扉を通って、長い長い廊下の踏破を始める。まさかの会場に着くまでが試練だった。
「ふふ……ままならない、ね……?」
§
数分後。
ようやく中庭が見えてきた篠澤広のもとに、秦谷美鈴が現れる。
「広ちゃん」
「あ、美鈴だ……」
「もう……捜しましたよ。会場まで、引っ張っていきましょうか?」
「……うーん。自分の足で行きたいけど……もう遅刻する?」
「そのペースなら、ギリギリかと」
「じゃあ、ギリギリまで、手は借りない」
「……そうですか。わかりました」
顔面蒼白の篠澤広と、うつむいている秦谷美鈴は、共に歩いていく。
「……広ちゃん」
「ぜえ、はあ……な、なに……?」
「まりちゃんのこと……よろしく、お願いします……」
「……ふふ……よく、わからないけど……認めて、くれた……?」
「……だって、完璧に負けましたから」
「……そっか……わかった……でも、期待は、しないほうがいい……わたしは、見ての通り。てまりも、見ての通り。わたしたちは、決して互いを助け合うことはできない。だって、どっちも……────ふぅ────」
「……あの……途中で、話すことに疲れないでください……」
篠澤広は話し疲れた。体力は温存するべきだ。
「……あ、あとで、ね……? ぜえ、はあ……」
「……──はい。また、あとで……いっしょに、お昼寝でもしながら……」
§
秦谷美鈴は嘘をついていた。篠澤広は思いっきり遅刻している。おかげで中間試験がなかなか始まらない。不戦敗のタイムリミットが迫る。どうやら秦谷美鈴の思考回路によれば、タイムリミット以内に到着すれば遅刻ではない、ということらしい。
思わぬ時間の延長。
藤田ことねは緊張が増していく。なぜならブロックの参加者が発表されて、同ブロックに憧れの十王星南が入っていたのだから。彼女は昨年の
「藤田さん」
「ひゃい!?」
弱気になってきたアイドルに向けて、青髪のプロデューサーは助言する。
「十王星南は、中堅と上位の中間に位置する実力です。藤田ことねがエメラルド最終試験で戦うには、ちょうど良い対戦相手だ」
「────は?」
藤田ことねは半ばキレる。
憧れのトップアイドルが中堅と上位? やはりこのプロデューサーは目が腐っているのか? などと内心で暴言を吐く。
「私の目が腐っているなら、十王星南の目も腐っていますよ」
「……っ?」
「今の話は十王星南ご自身が自覚しているはず。さもなくば、ただのバカだ。私に反論するということは、憧れの人をバカにすることになりますよ。──さて、伸びしろに関する話なら、十王星南と比べた場合、花海佑芽は遥か上を行き、月村手毬と藤田ことねは少し上を行き、倉本千奈は同程度の才能と言えて、葛城リーリヤはかなり下の方、篠澤広は論外と言ったところでしょうか」
「────」
「無論、伸びしろだけで勝敗は決まらない。経験・技量・ベストコンディション・
十王星南は三歳の頃からアイドルを始めているエリート中のエリートである。既にトップアイドルの実績があり、経験と技量は完璧。コンディションの維持もプロ級。現状判明している潜在能力は既に出し尽くしている。
「しかしそれは結果の話。記録は更新されるもの。昨年の優勝者が今年の中堅なんてのは競争の世界では然程おかしな話ではない。
青髪のプロデューサーは
「藤田ことねは、十王星南より才能がある。なのでサクッと
「っ……!」
「まぁ? もし私が星南さんをプロデュースすれば、すぐに隠れ能力値を発掘して、まだまだ化けさせてやりますけどね。それでも藤田さんのほうが、まだまだ遥か上を行く。これは、そういう話ですよ。自信、付きましたか?」
「……どっちかといえば、むかっとしました……」
「はは! それでも構いません。怯んでさえいなければ、私の目的は達成です」
「このぅ……ほんっと、身も心もいじめてくる、スパルタプロデューサーなんだからぁ……!」
藤田ことねは頭を抱えてギャーギャー言い始める。
やがて篠澤広が到着した。タイムリミットギリギリである。危うく不戦敗になるところだった。
かくして、さっそく、いよいよ────連戦のエメラルドが幕を上げる。
§
エメラルドシーズン・中間試験が始まった。
メンバーの入れ替わりが激しくなる三月の卒業式と四月の入学式が過ぎ去って久しく、ひと月が経過したため────五月からはブロックの系統が増える。それは
別系統のブロックは、同時に参加することができる。
ソロブロックに参加しつつ、ユニットブロックにも参加することができるのだ。
さらに今回のシーズン中のみ『2位入賞者も講堂出場可能』という特別ルールが設けられた。
エメラルドシーズン・
『 緑ブロック』『レギュレーション:
『浅葱ブロック』『レギュレーション:
『常盤ブロック』『レギュレーション:
『翡翠ブロック』『レギュレーション:
エメラルドシーズン・
『若葉ブロック』『レギュレーション:
『 蒼ブロック』『レギュレーション:
『 柳ブロック』『レギュレーション:
まさかのあさり先生の出場に、生徒一同は天地がひっくり返る心地で驚いたのは、また別のおはなし。
動揺する暇もなく、さっそく各ブロックの審査が始まり、あっという間に終了する。
そして恐ろしく早く迫る、結果発表の時間。
『それでは、
『緑ブロックの上位入賞者は────1位・十王星南! 2位・藤田ことね! ────5位・倉本千奈! 6位・篠澤広!』
『浅葱ブロックの上位入賞者は────1位・根緒亜紗里! 2位・秦谷美鈴! 3位・姫崎莉波! 4位・月村手毬!』
『常盤ブロックの上位入賞者は────1位・花海佑芽! 2位・花海咲季!』
『翡翠ブロックの上位入賞者は────1位・有村麻央! 2位・紫雲清夏! 3位・葛城リーリヤ!』
『続いて、
『若葉ブロックの上位入賞チームは────2位『鵲EXceed』! ────4位『爆射塔BANG a`Lore』! ────6位『neverMIX』!」
§
……灰色の控え室。
敗者はこうべを垂れて座り込む。
「────負けた」
「……咲季さん……」
ぎりぎりと歯噛み。心胆から震え上がる。喉奥からこみあげる。
「敵から塩を送られて、負けた」
「────」
────あなたは、妹さんから逃げている。
あれは花海咲季のメンタルに不調を招くため発せられた────
むしろ花海咲季は、そんなこと誰よりも自分が一番よく分かっているからこそ、もう逃げない、負けられないと奮起する。それは学園プロデューサーも理解していたからこそ何も言い返さなかった。火に油を注いでもらうぶんにはありがたい。そう思っていたはずだ。現に、控え室に戻ってきたばかりの花海咲季はどこか様子がおかしかったものの、エメラルド中間試験が始まる頃には闘志を倍加させていた。
その上で負けた。
つまり、あの発言はおそらく────
プロデューサーとして、
妹は、姉に勝ちたい。そう思っていたはずだ。
完璧に勝ちたい気持ち。それを叶えてみせた。
へし折られた。すべてが。粉々に。
これを完敗と言わず、なんという。
「……姫崎先輩。清夏。ちょっとだけ……プロデューサーを、借りても、いいかしら……」
「──……うん」
「もちろん……」
花海咲季は幽鬼のごとく席を立つ。
妹が駆けつけてくる前に、控え室から出ていく。
気づけば校舎裏の中庭に辿り着く。灰色の広場。灰色の木立。
振り返ると、きちんと呼んでもいないのに、学園プロデューサーが付いてきてくれていた。
「……咲季さん」
「ねえ。プロデューサー……わたしは、ね……卑怯者、なのよ……」
「……『逃げていた』という、話ですか……?」
「ええ……あれ、本当のことなの。……失望したでしょ?」
「まさか」
「わたしは偽物の天才。妹は本物の天才。姉の威厳を守るため、絶対に負けたくなかった。わたしは超早熟型。妹は大器晩成型。いつも私が一番早く、てっぺんの
「待ってください! その解釈は、あまりにも
「同じなのよっ!! 結果は同じでしょう!? わたしは一番になれない! 妹は一番になれる! だけど佑芽にだけは負けたくない! わたしは、佑芽にとって完璧なお姉ちゃんで在りたい! だから! ずっと勝ち逃げしていたの……っ!」
「……────」
「赤の他人にも見抜かれていた! あなたも薄々は勘づいていたんでしょう!? だってこのわたしが一番わかっているんだもの! 客観的に見ても分かるに決まってる!! 気づいていないのは、いつもコツを覚えるのが遅くて、物覚えが最悪な、佑芽だけ……っ!」
「────咲季さん」
涙ながらに花海咲季がぶちまけるなら。
学園プロデューサーも、全身を震わせてぶちまける。
「うっ……っ……今度こそ、見損なった、でしょ……?」
「なら、
「っ……!!」
「俺は、あなたを無敵のトップアイドルにしてみせる。そうなるよう導き、育てる。それが俺の
「……っ!」
「一度だって負けたくない相手に勝負で負けた。心が折れた。魂が砕けた。姉としての誇りなんて
「っ……ええ、そうよ! 本当なら、もう何もかも、投げ捨てて……」
「それでも、あなたは俺の前に立っている」
「っ!」
「花海咲季には、まだ体が残っている」
「────!!」
灰色の景色の手前に、黒い男が立っている。
彼の周りに吹く風は彩りを
「っ……ごめん、プロデューサー……そこまで、信じてもらっているのに……それでもわたし、逃げたい。逃げたいけど逃げたくない。負けると思ってるけど負けたくない。勝てるわけないけど勝ちたい……」
「なら、挑みましょう」
「いどんで……どうするの……? もう、わたしは……佑芽に、勝てないのに……」
姉は成長限界に達した。もう伸びしろが存在しない。翼は折れた。
妹の成長限界は存在しない。青天井だ。どこまでも飛んでいける。
「その認識は間違っている。あなたは日々着実に成長している。本当の限界に辿り着いた時、
「……それまで、妹に負け続けろって、言いたいの……? 今までの、逆、みたいに……?」
「……っ……魅せるんです。勝っても負けても、挑み続ける。つまり、あなたが今まで
「────プロ、デューサー……」
思わず、吹き出した。
なんて、幼稚なことを言うのだろう。
だけど、今はその気休めが────何よりも、体にしみた。
「それを俺は、卑怯とは思わない。あなたの魅力は諦めないことだ! 負けると分かっていても逃げずに立ち向かった! なら次にすることは、いつか勝てると確信して、逃げずに立ち向かうことだ……!!」
「──……っ!!」
それは、想像だに恐ろしい、地獄の片道切符。
一度だって負けたくないのに。これから負け続けて、負け続けて、負け続けて、負け続けて、何度でも負け続けて……最後の最後に、たった一勝を勝ち取れば、それが本当の────勝利だと、言いたいの?
「あなたが、自分は
「っ────!」
「俺は、それに付き合います。いいえ、むしろ俺が、そこまで引っ張っていきます! だって
「っ~~~~────!! ……そんなの、ずるいわよ……ぷろでゅうさぁ……っっ!」
花海咲季は顔を覆って膝から崩れ落ちる。片膝を突くが、両膝は突かない。告白まがいのセリフに驚いて腰が抜けた。ただそれだけのことだ。
確認する。体は、まだ────
泣いて熱い。悔しくて熱い。負けて熱い。勝ちたくて熱い。死ぬほど熱い。
なら、まだいけると五体が叫ぶ。
この熱さがある限り、花海咲季の体は死んだって倒れない。
心が死んでも、魂が焼け落ちても。
なぜか体は、爆熱の鼓動を打ち鳴らして、今も
「プロデューサー」
「はい」
「わたし……妹にだけは、失望されたくないの……」
「……」
「負けても、負けても、喰らいつく。いつか勝つまで、逃げずに走りきる」
「俺もです」
「でも、その途中で、もし、佑芽が────わたしなんて、相手にならないと、思ったら……? その時は、今度こそ、わたし────」
「そんな結末はありえません。なぜなら俺が、あなたの体をブン投げてでも、無理やり追いつかせてみせますから」
「────ほんと。今どき根性論なんて……臭いこと言えるようになったじゃない」
花海咲季は、お返しする。
「わたしの。生涯唯一無二の、
§
あたしのお姉ちゃんは完璧
最強で、無敵で、完璧で────とにかくカッコよくて。
あたしが誰かに負けた時は、その相手がどんなに強くても、本当に勝ってみせて。あたしの代わりにリベンジを成し遂げてくれる、スゴいお姉ちゃんで。
ノロマな妹は、そんなお姉ちゃんに
もちろん、そんなことは叶いっこなくて。
あらゆる競技を共にして。一緒に挑んで。一位を競い合って。
お姉ちゃんが一位で。あたしがドべで。
つまり。
あたしがお姉ちゃんに負けて。負けて。負けて。負けて。負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて負けて、負け続けて────それでも夢は、叶えたいから。絶対に、叶えたいから!
追い続けてきた。
それだけじゃない。
負けるたび、怖かった。
負けるたび、悔しい涙とは別に────今度こそ
それを拾い集めて。隠して。頑張って隠して。
でもお姉ちゃんは完璧だから、あたしの隠している気持ちに、気づいているかもしれなくて。
だからこそ表向きだけでも、弱いところは見せられなくて。強がって、負けても挑み続けて、死んでも諦めないように踏ん張って。
────今日、ついに勝ちました。
物心ついた時からの夢が、とうとう叶いました。
いつもお姉ちゃんは、勝った相手にわざわざ勝利宣言をしに行きます。すると相手は当然、めちゃくちゃ悔しがります。正直、意地が悪いと思います。でも、それはきっと、本当に心の底から勝ちたかったわけで。だから。
あたしも、お姉ちゃんに勝利宣言をしたかった。
初めての勝利宣言をして、夢が叶ったことを伝えて、隠していた気持ちも打ち明けて────姉妹の気持ちを、確かめ合いたかった。
だから、捜しました。
控え室に居なかった。莉波先輩や清夏ちゃんに、お姉ちゃんを捜すことを引き止められたけど、我慢できなくて無視した。
廊下に居なかった。
学園中を走った。
中庭、広場、野外ステージ、レッスン室、1組の教室。
校舎裏。緑色の樹木。
ようやくお姉ちゃんの後ろ姿を見つけて、飛ぶように走って抱き着こうとしたら────
「わたしは、佑芽にとって完璧なお姉ちゃんで在りたい! だから! ずっと勝ち逃げしていたの……っ!」
今まで、
鬼気迫る表情。号泣? そんななまやさしいものじゃない。
なんだか怖くて、つい木陰に隠れて。盗み聞きしちゃって。
「一度だって負けたくない相手に勝負で負けた。心が折れた。魂が砕けた。姉としての誇りなんて
どうしよう。
「っ……ええ、
そうなんだ。
どうしよう。
そんなふうに思っていたなんて、ぜんぜん……知らなくて。
「わたし……妹にだけは、失望されたくないの……」
それは、あたしもおんなじだったよ! って。
今すぐ飛び出して、言いたかった。けど……。
「もし、佑芽が────わたしなんて、相手にならないと、思ったら……? その時は、今度こそ、わたし────」
バカでノロマな妹は、完璧じゃなくて。
だから、完璧なお姉ちゃんの気持ちなんか、全然わかってあげられなくて。
「さ、早く戻りましょう。花海咲季は、妹の前では
「底意地が悪いとは何よ! ただ勝ったことを負けた奴に報告してるだけじゃない!」
「……」
「でも、プロデューサーの言う通りね。こんな情けない姿、佑芽には絶対に見せられない、から──……?」
あれ。おかしいな。
あたし、もしかして────大好きなお姉ちゃんを、ずっと、知らないうちに、傷つけてた……?
「ねえ……今、すすり泣くような声、しなかった……?」
「はい? ……────!!」
抜き足差し足忍び足で、逃げようとした。
お姉ちゃんのプライドを守るために。
けれど、やっぱりあたしはノロマで。大バカで。
お姉ちゃんのプロデューサーさんと、目が合っちゃって。
気づいたら、逃げていた。
§
涙を拭く。プロデューサーの手を取る。
吐き出すものを吐き出したら、ふしぎとスッキリした。否、
それをバネにして、妹に食らいつこう。
姉を超えてしまった妹に、失望されないように。
────妹のすすり泣く声を感知。
わたしは完璧なお姉ちゃんだもの。
妹のピンチは、すぐに察して駆けつける。でも動揺した。今この場に妹が居る事実。その事実を否定したかった。
「ねえ……今、すすり泣くような声、しなかった……?」
「はい? ……────!!」
プロデューサーが目を見張る。
ああ。終わった。居るのだろう。わたしの背後に。
心がチリも残らず砕け散る。
それでも体は、叫び声を上げて────
気づいたら、体が追いかけていた。
「佑芽ぇえええええ────ッ!!」
時速37kmの徒競走。障害物アリ。パルクール。
代わる代わる足場。レンガに石畳。草地に砂利。コンクリートに鉄板。
段差を飛び越えて、垣根を飛び越えて、曲がり角は最短ルートを取捨選択して、車止め柵を飛び越えて、それでも妹の背中はどんどんと離れていって。
「おねがいっ!! おねがいだからまってっ!! 佑芽ぇえええええ────!!」
佑芽との徒競走なんていつ以来だろう。挑めば負ける。分かってても体が走る。必ず追いつく。失望されたっていい。泣いていた。妹が泣いていた。きっとバカなことを考えていたに違いない。話し合えばすぐ仲直りできる。なのに。
なのに。
「なんで追いつかないのよぉおおおお!! わたしのバカぁああああああああ!! わたしは、わたしはお姉ちゃんでしょうが……っ!! 佑芽に追いつかないと、ダメなのにッ……!!」
必死になって走っても差は開くばかり。今まで逃げていたツケが回ってきたらしい。逃げられたら、もう追いつけないんだ。汗水たらして、鼻水もたれて、情けない。傷つけてしまった。完璧なお姉ちゃんではなくなってしまった。完璧なお姉ちゃんではいられなくなってしまった。全部バレた。
ねえ。佑芽? 今あなたは何を思ってるの?
完璧じゃなくなったお姉ちゃんは、そんなことも分からなくなってしまいました。
それでも体は熱を叫ぶ。
「まてって……言ってんでしょ……!! 佑芽────ッッ!!」
正門を潜る。障害物があるたび距離を離されることは回避していた。なんとか死に物狂いで食らいついて距離を縮めていた。それでも学園の外は障害物が一切ない一本道。どう足掻いても追いつけない。追いつけないどころか爆速で突き放されていく。妹の背中がどんどん小さく……見えなくなるほど、遠くに、離れていって────
「そんなの嫌だ!! 佑芽ぇええええ!! 佑芽ぇ────!! 嫌よ……! うめ……」
砕け散る精神とは対照的に、肉体はどんどん加速していく。最適な走り方を極めていく。
それでも妹の成長速度に追いつけない。だけど妹の体の癖は熟知している。正直な走り方、目的地への体の傾き方。登山するつもりだ。こうして姉を突き放して、一気にてっぺんまで登っていく。
プロデューサーの言う通りだ。行き先さえ分かっていれば、いつかは追いつける。止まってくれるわけないけど、ずっと走り続けられる奴なんていない。
それに初めて佑芽の気持ちが分かった。追われる恐怖は恐ろしかった。でも、こうして、突き放されていく恐怖は、もう────心身がグラグラに崩れそうになるくらい、とんでもなく恐ろしくて……もし、ずっとこんな気持ちだとしたら、わたしだって、別に勝負事なんだから謝らないけど、言うべきことはちゃんとあって────!!
「佑芽ぇえええええええええ!!」
────不意に、青い影が通り過ぎた。
「っ!!?」
振り返る余裕はない。けれど振り返った。
そこには、わたしのプロデューサーが、スマホを耳に当てていて────
「ご同輩! あとは────頼みました……ッ!!」
────今わたしを追い抜いていった青い男はスマホをポケットにしまい、さらに加速していく。目を見張って驚くほかない。あっという間に、あれだけの長身の背中が、小人のように小さくなっていく。上には上があるとは言うけど、普通に感心してしまった。
わたしの完璧なプロデューサーが、助けを求めるほどの人物。
ならば、託すしかない。もちろん姉としての役目は、当然これからこなす。
だけど今は、大好きな妹をつなぎとめておくために────
「おねがい……! 佑芽を────! 妹を、頼んだぁあああああ────!!」
「応ッ!! 友よ!」
やまびこのように、遠雷のような雄叫びが返ってきた。
§
自分のまいた種は自分で刈り取る。
青髪のプロデューサーは、山頂の公園に到着した。
緑の山々の絶景を背後に、揺れないブランコがぽつりとある。
そのとなりに落ち着いた。ため息ひとつ。切れた息を整える。
『…………』
青髪のプロデューサーは、話の順序を考察する。
まずは寄り添う。でないと耳を貸さない。が、寄り添っても耳を貸そうとしない気配を感じ取る。ならば無理やり耳の穴をこじ開けるまで。その後、あることを訂正するべきだ。無論、相手の心情が変化した場合、その都度アドリブを利かせて最適な言葉を選択するが────そもそもの話、相手の心情を自分の欲しいままに誘導できれば、それだけで物事はスムーズに解決する。故に、理想はそれだ。
青髪のプロデューサーは、お得意の心理誘導説法を始める。
「別に、失望なんかしていない。自分に絶望しただけで」
「────っ────」
「合わせる顔がなかった。完璧なお姉ちゃんに、今までずっと甘えていた自分が、とにかく許せなかった」
「……っ……」
「それはそれとして。
「──……っ?」
「たとえば『勝ち逃げ』の話に関しましては、咲季さん側も卑屈な点がありますので」
うつろな瞳をした花海佑芽は、初めて疑問符を浮かべて耳を貸した。
青髪のプロデューサーは、すかさず訂正を始める。
「花海咲季。彼女には夢がある。
「────」
「超早熟型という才能はですね……
「……!」
「だからこそ、
「……っ!!」
夢を掴むために、向かない競技を辞めて、向いている競技を探すため、あらゆる競技を試す。
妹から逃げていたというのは結果論でしかない。あくまで一側面の事実であり、それが全体像の真実ではない。
「そこだけは履き違えないで、あげてください。本人は結果論として勝ち逃げを認めていますが……それは私からすれば、せせこましい言い訳です。単に、
「……」
「なんなら試してみますか? もし本当に『花海咲季は花海佑芽に勝ち逃げするため競技を転々としていた』なんてことを、
「…………────」
「というわけで、『勝ち逃げの話』は、あなたの責任ではない。もしそれに関して何か誤解をしていたら、咲季さんと先輩に殴られ……はしませんけど、それはもう鬼の首を取ったように、ドチャクソ叱られますよぉ~? という、ただの注意喚起でしたっ」
「……、────」
花海佑芽は、どこか安堵したのか、溜め込んでいた吐息を鼻から吹き出し、口元が緩む。それは微笑みに近い、一瞬の安息。
青髪のプロデューサーが、どこかふざけた調子で
気づけば、姉を苦しめていた事実から自らを責め苛み、罪悪感から閉じこもろうとしていた心が……花が咲くように開いていた。怖くて怖くて耳を塞ごうとしてたはずなのに、するすると彼の言葉が心の奥底に届いて響いて染み渡っていた。
「佑芽さん。あなたは夢を叶えました」
「────!」
「言わずとも知れています。見ていれば分かる。人生最大の願いが叶ったような……そう、さながら人生をやりきった顔をしている。ですが、あなたの挑戦はこれからまだまだ続きます。──いいですか? あなたはね。ようやくお姉さんと同じスタートラインに立てたばかりの、赤ちゃんなんですよ」
「……!」
「
青髪のプロデューサーは、こてんと首をかしげて問いかける。
花海佑芽は目を見開いたまま、焦点は微動だにしないまま、何かにハッとしたような、大粒の涙を流していた。
袖でゴシゴシと拭い取る。すぐに袖が濡れきってしまい、大粒の涙が膝を濡らしていく。脚にたれてつたい、ブランコの影を濡らしていく。それがなぜか悔しくてたまらなくて、
「あなたも、楽しみとは思いませんか?」
「っ……?」
「姉は広大な空を見ていた。妹は姉の背中を見ていた。それがこれからは、姉はあなたの背中
「ッ……!!」
思わずあごが上がって、しゃくり上げるように号泣。
山頂の空気は澄んでいる。大きな泣き声は山中に響いていく。こだまする。やまびことして返ってきても、もっと大きな泣き声でかき消してしまう。まるで赤子のような泣きじゃくり。普通なら眉をしかめて耳を塞ぐが、青髪のプロデューサーは愛らしいものを愛でるように微笑んでいた。
「あとは姉妹そろって、広大な空で羽ばたき合うだけ。そこになんの傷心が? そこになんの未練が? そこになんの後悔が。──これからなんですよ。さっさと巣立ってください。互角の勝負でもいい。圧倒的な差でもいい。何があっても、競い続ける限り、花海姉妹の仲は不滅ですよ。きっと、ね?」
青髪のプロデューサーは指さす。
「────っ……?」
花海佑芽の視線は、指の先を追っていく。
「────佑芽ぇえええええええええええ!!」
「────ッ……!!」
半べそのお姉ちゃんが砂埃を上げながら爆走してくる。
人に見せられない顔をしている妹はブランコを蹴り飛ばして駆け出す。
「お゛お゛ね゛え゛え゛ち゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛────!゛!゛!゛!゛」
妹によるブルドーザーのごとし猛突撃。
姉は横綱のごとし
流星のような速度。お姉ちゃんが妹を抱きとめる。
ただそれだけのことで、交通事故のような轟音と爆発音が上がった。
本来なら吹き飛ばされて星となっているはずの姉は、しかし
さすがは姉である。それが姉としての
「バカ佑芽! なに逃げてんのよ……!!」
「だってぇえええええええええええ!! おねえちゃんがぁ! おねえちゃんがぁああああああ!!」
「……もうっ。完璧じゃないお姉ちゃんを見て、びっくりしちゃったのね? お姉ちゃんが誰かに負けて泣いたところなんて、見せたことないから……────でも安心なさい! いつものお姉ちゃんがここにいるわよ! だからもう泣かないのっ! はい、鼻チーンってしてっ」
鼻をかむだけで、ブルドーザーのエンジンが掛かるような爆音が上がる。
青髪のプロデューサーは微笑み半分の呆れ半分で困り顔。感動的なシチュエーションなのだが、どうにも超人的なものを見せつけられており、そのたび現実に引き戻されてしまう。
ふいにブランコの音が鳴る。
学園プロデューサーが息せき切って、青髪のプロデューサーのとなりに座ってきた。
「……先輩。お疲れ様です。あと申し訳ございませんでした」
「ハァ、ハァ……まったく……自分のケツは自分で拭いたようなので、特に何も言いませんよ……むしろ感謝しています。私の不始末を片付けてくれて……ハァ、まさか咲季さんの背後の木立に隠れていたとは……私としたことが見逃してしまいました……」
「いえいえ。元はと言えば俺が煽ったせいなので。……まぁ、そう言ってくださるのなら、お互い様ということで?」
「そうしてください。フゥ……見るに、最悪な展開は避けられたようで、なによりです……」
「まぁ俺や先輩が何もしなくても、花海咲季さんのお姉ちゃん
「それも、そうですね……」
しかし学園プロデューサーは、気になっていたことがある。
「ご同輩……あなた、いつから私と咲季さんの話を、盗み聞きしていたのですか……?」
「そっちこそ、なんでその質問が出てくるんでしょうねぇ? 俺がブランコに座ったあたりで、実は近くで盗み聞きしていないと出てこない質問ですねぇ……」
「……それもまた、おあいこですか……」
「そうしてください。ごめんなさい」
「いえいえ……────となると、私が電話した必要性は……?」
「なかったっすね!」
「……そうですか……」
ふたりのプロデューサーは、あやす姉と泣きつく妹、いつもの仲睦まじい姉妹を見守る。
「おねえちゃん!」
「!」
「あたし……失望なんてしないよ!」
「!!」
「だから、お姉ちゃんも……あたしのこと、見捨てないよね……?」
「────」
同じだったのだ。
姉妹なのに、根底の部分で分かり合えていなかった。お互いがお互いを諦めるはずがないと信じていても、心のどこかで底知れない不安があった。姉妹だけあり、その点は同じだったのだ。
「────もちろんよ」
「っ……! あたしも!! だから、あたし────つぎも、おねえちゃんに、勝つよぉっ!!」
「……!」
「おねえちゃんはぁ!?」
「……ええ。最後はお姉ちゃんが全部をひっくり返すんだから。いつか佑芽に
「っ……!! じゃあ、アイドル……つづける、の……?」
「……それは……」
もし別の世界があるなら。
しかし今は、お互い無名の駆け出しアイドル候補生。多少のファンは付いているものの、
それは、いくら超早熟型でも極めたとは言えない。
それに、もう
「……わたしは、勝負する場所を決めたわ」
「……!!」
「そもそも、だからこの学園に入ったわけだし」
「……」
「それで、佑芽は?」
「…………────わ、
花海咲季と学園プロデューサーは、思わぬ返答にガクッと姿勢が崩れる。
「わ、分からないですってぇ……!?」
「だってぇ! あたしの夢、叶っちゃったんだもぉん……!」
「……──そう。じゃあ、これから決めていけばいいわ。……お姉ちゃんと違って、あなたの将来の可能性は無限大なんだから!」
「っ────!! お、おねえちゃん……ッッ」
なんでそんなことを言うんだ。と佑芽は怒りたかった。
しかしお姉ちゃんの複雑そうな表情を見れば、さすがに察することも覚えてくる。
「あたし、もう……ノロマでバカじゃない、からね……! 物覚えだって、良くなるんだからね……!」
「それはどうかしら? アイドルは色々なことをするのよ? そのたび苦労するのが目に見えているわ」
「でも……あたし、お姉ちゃんのこと、もっとよく知れたもん……! だから、アイドルやって、良かったもん……!!」
「…………なんの理由にもなってないわよ、もう……混乱しすぎ。いいから、泣き止むまでお姉ちゃんの胸の中にいなさい……」
どうやら花海佑芽が泣き止むまで時間が掛かりそうだ。そのうち泣き疲れて眠ってしまうのだろう。それをお姉ちゃんがおぶって下山。女子寮まで帰宅するのだ。
そんな未来が目に見えて浮かぶ青髪のプロデューサーは、安堵のため息一つ。
この場は先輩に任せて、一足先に帰宅した。
§
第八周・二日目。
昼間。晴天のダイヤモンド講堂。
客席は満員御礼。
カラフルなペンライトが、各アイドルのカラーリングに合わせて小気味よく光っている。
♪~初心`光景~♪
舞台袖で待機する篠澤広は瞳を輝かせて、一番手のアイドルのライブを見守っていた。
「……プロデューサー。すごい、ね?」
「そうですね。緊張していますか?」
「ううん。でも……ドキドキしてる」
「ワクワクですか」
「うん!」
音楽が終了する。大歓声が上がった。
一番手が舞台袖に去る。余韻。
二番手の篠澤広の出番が来る。ファン達は固唾を呑んで待っている。
「……プロデューサー」
「はい。楽しんできてください」
「うん。……ファンも、プロデューサーも、みんなで……楽しもう、ね?」
趣味でアイドル。それでも良いとファンは言う。
初めてのライブだが、色々と考えることができた。
最初は自分が楽しむためだった。
しかし今は、大勢の人が待ってくれている。
現に『篠澤広コール』が始まった。
熱狂的なファン達である。少し困りもの。
だからこそ、みんなを楽しませたいという気持ちが生まれてきた。
配信でファンと少しずつ交流して、アイドルに対する考え方が変わってきた。
「いってきます」
大歓声。
篠澤広は、神秘的なパフォーマンスで『初』と『光景』を歌い、踊り尽くした。
§
「────ふぅううううう……」
「おや。なんですか、それは?」
「…………なんだと、思う?」
「複雑ですね。また上手く事が運んでしまったぞという退屈感と、また上手く出来たぞという達成感が、ないまぜになっている」
「ふふ……まぁまぁ正解……」
篠澤広は掠れた声で会話する。これ以上、会話を続けると喉を痛めそうだ。早く控え室に戻って休んでもらう必要がある。現に篠澤広は控え室に戻った途端、椅子に座って深い眠りに就いてしまった。床に倒れないだけマシである。
そして青髪のプロデューサーは、月村手毬に目を向ける。
「──さて、月村さん。出番ですよ。こちらのイヤホンを付けてください」
「…………」
月村手毬は腕を組んで苦虫を噛み潰すような表情を作る。しかしライブの成功には必要不可欠と判断したのか、彼女は大きな手のひらに転がる特別製のイヤホンをひったくり、自分の耳に装着した。
「……本当にプロデューサーは鬼畜ですね」『キチクゲドウ! メガネ!』
「はいはい。否定しませんがね、そろそろ
「っ!? し、してるし! もう着替え終わってるし!」『ホメテ!』『目が節穴なんですか?』『モットワタシヲ チャントミテ! ナンデリンハトミズスミタイナコトスルノ!?』
「あ、でも最後にひとつだけ。とても大事なアドバイスがあります」
「! ……」『ムシシナイデヨ…インコクンノコエ キコエテルクセニィ…!』
青髪のプロデューサーは、決まり文句を告げる。
「楽しんできてください」
「────っ……」『ムジュン!』
月村手毬は不機嫌そうな顔で内心は落ち込んでいる。
自由にライブがしたい。誰にも邪魔されず、のびのびと歌って踊りたい。それをプロデューサーは約束してくれた。しかし今はどうだ。イヤホンであれこれ指図されるらしい。これでは中等部の頃と変わらない。青髪のプロデューサーに対する不信感が募っていく。
(でも……今までプロデューサーは、何も間違わなかった……これに従わないと、せっかくのライブが大失敗して、ファンのみんなを落ち込ませちゃう……それだけは、ダメ……!)
「…………」
月村手毬は純粋である。
だからこそ、青髪のプロデューサーは殻を破る時を促す。
舞台袖。インコくんは控え室に置いてきた。
月村手毬はライブに慣れている。それでも中等部でユニットを解散してからは一度も講堂に出れていない。久しぶりのライブだ。
「月村さん。念の為に、もう一度だけ言いますよ」
「……なに?」
「────あなたが楽しまないと、ファンの人達も楽しんではくれません」
「…………」
時間が来た。手毬コールが始まる。
月村手毬はステージに上がった。
♪~初声`Luna say mayb~♪
大歓声が上がる。
脚光。月光のような青いスポットライトを浴びて────また伝説が始まる。
まずは神がかったパフォーマンスで『初』を歌い尽くす。踊る間、青髪のプロデューサーはセーブを掛けるため『70%』『100%』『50%』『30%』『70%』と、いちいちペース配分を伝えてくる。
「っ……!!」
嫌気が差してくる。
(プロデューサーが、ふたりと同じことしてる……! こんなの……こんなの────!!)
それでも月村手毬は圧倒的なパフォーマンスで『初』を踊りきった。
爆発的な大歓声が上がる。スタミナも温存できている。これで二曲目に行ける。
ファンは満足そうだ。
しかし月村手毬は────満足できていない。
「ハァ、ハァ……────、っ?」
否、ファンは本当に満足しているのか?
最前席でペンライトを振るファンの子は、どこか心配するように見上げてくる。そんな顔をさせたくてライブをやったんじゃない。もっと目を輝かせてほしい。もっと楽しんでほしい。もっと笑顔になってほしい。かつてアイドルに憧れた自分のように。アイドルはすごいものなんだって、みんなに伝えたい。
『────イヤホン、投げてもいいですよ』
(……っ!?)
『私に従えば、あなたはトップアイドルになれます。その代わり、今のように楽しいライブができなくなる』
(────)
『どちらを選んでも構いません。私はどちらを選ぶのか知りたい。あなたの選択を見せてください。トップを取るか、楽しさを取るか』
「────っ!!」
二曲目の『Luna say mayb』が流れた瞬間。
────月村手毬は、
地面にぶつかったそれは思いのほか弾けとんだ。
観客はパフォーマンスのひとつと思い、殻を破ったような月村手毬を目撃して白熱する。
月光の笑顔。講堂全体に大反響するほどの熱唱。
最前席のファンがパァっと笑顔を取り戻す。神がかったパフォーマンスに大興奮する。
死力を尽くす歌唱。圧倒的なダンスの技。
ドーム中は大歓声の大動乱。
(私は……私は────!!)
月村手毬はトップアイドルになりたい。それなら従うべきだったのだろう。それでもファンの不安そうな顔を見た瞬間、気づいた。うまく言語化はできない。でも、これではダメだと思ったのだ。
それに青髪のプロデューサーは『楽しめ』と命令してきた。故に、そちらのほうに従ったまで。あとで叱られるのが怖いけど、今はこの瞬間を楽しもう。
(プロデューサーは間違ってる! 私が苦しそうな顔をしてたら、みんなを楽しませられない……!!)
否、一曲目は指示に従っていなければ、二曲目では疲労困憊でライブは散々な結果となっていた。未だにペース配分はできない。課題だ。でもどうすればいいのか分からない。何をどうすればいいのかも分からない。
それでも。
と思ったのだ。
やがて月村手毬は全力でやりきった。
二ヶ月間、鍛えに鍛え上げたスタミナを使い果たし、歌い尽くし踊り終わり、決めポーズをぶちかます。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO────────────────!!!!!!!!!!』
元トップアイドルの本領発揮。
ライブは超成功の模様。
(────やり、きれた────)
圧倒的な大歓声がぶち上がる。
月村手毬は会釈。
「ハァ……ハァ……ハァッ────、……っ!!」
戻った先では、青髪のプロデューサーが待っていた。
「っ……」
「よくやりました。控え室に戻りましょう」
ふたりで廊下をトボトボと歩く。
月村手毬は青髪のプロデューサーの背中に付いていき、控え室に入る。まだ篠澤広は眠っていた。
「……あ、あの……プロデューサー……私、イヤホン、その……」
「及第点です」
「……え?」
「一曲目は完全無欠に完璧でした。しかし辛そうな顔のせいで、途中から退屈になりました。しかし二曲目からは、それを吹き飛ばすほど爽やかでスッキリする、とても楽しいライブでした。よく頑張りましたね」
「……!」
「完璧と楽しい。両立したければ、私の指示が要らなくなるくらい、完璧なスタミナ管理をしてください」
月村手毬は困惑している。
「……イヤホン、投げたの……怒って、ないの……?」
「私から勧めたのです。なぜ怒る必要があるので?」
「だ、だって……私、自分からトップアイドルになる方法を、捨てちゃって……」
月村手毬は腕を押さえてしゅんとする。
青髪のプロデューサーはため息をついた。月村手毬はビクッと反応する。
「怒っていません。むしろイヤホンを投げていなかったら怒っていました」
「えっ! ど、どういうこと!?」
「あそこでファンの笑顔より、自分がトップアイドルになることを優先していたら……きちんと丁寧に叱っていた。ということです」
「──っッ!!!」
「トップアイドルになりたいなら、ファンをおろそかにしてはいけない。完璧に囚われて、楽しむ心を忘れてはいけない。その基本中の基本を見失っていないなら、あなたはこれからもきっと大丈夫。というわけで、さっさと次のステップに進みましょう。たとえばゲーセンで音ゲーを連続でやって、ペース配分を掴むという特訓はどうです?」
「────…………」
月村手毬は呆然とする。
つまりはどういうことか? 思考の末、解答をたたき出す。腕を組んで噛み付いた。
「は? 私を試していたってことですか?」『ナンデソンナコトスルノ? モットヤサシクシテヨォ! プロデューサーノイジワルゥウ!! モウヤダヤダァ! キライ! ダイキライィ!』
「そうです。過去ばかり囚われて、初心を忘れているようでしたので」
「……っ!」『ソレ…ハ…』
「はたしてスタミナ切れの原因は、ストレス太りによるものだけなのか? もしや
「え……そうなの……?」
「嘘です」
「!?」
「というのが嘘です」
「!?!?!???」
「まぁ、このように。割とあなたは……ね? 騙されやすいというか、影響を受けやすいというか、精神年齢が幼いというか……本当に純粋なので……そのため、もう少しご自身の実力を信じてあげてください。すでに月村手毬の実力は、賀陽燐羽と秦谷美鈴に届いているのですから」
「────」
「話は以上です。歌やダンスなど具体的な反省会はのちほど」
青髪のプロデューサーは、きちんと月村手毬のことを見ていた。性格は最悪なので、なぜか時たま雑に扱ってくるが、基本的に裏切ってくることはない。
(……やっぱり私、このプロデューサーのこと、好きになれない……スパルタだし、全然やさしくないし、嫌いだし、死んでほしいと思ってるし……でも────)
月村手毬はもじもじとする。
一方、青髪のプロデューサーは振り返り、舞台裏で待機している倉本千奈のもとに向かおうとしていた。するとその背後から、ちょんと裾を引っ張られる。
「? なんです月村さん」
「その……プロデューサー。一度しか、言わないから……」『スキ』
「──! ……────」
「────ありがとう……」『デモ シネェエエエエエエエエ!!』
青髪のプロデューサーは吹き出した。
月村手毬はストイックである。レッスン内容がスパルタであることに不満はない。それはそれとしてひとりの人間として、ひとりの
「……それは高く買いすぎですよ。──ところでイヤホン作戦は続けますか? かなぐり捨てるのも良いパフォーマンスになると、今回のライブで分かりました。そこで追加案です。もしまた私の指示を無視した場合、大声で『体力管理もできない雑魚がぁあああ!』と叫ぶのはどうでしょう?」
「それはやめて!?」
そんなことを耳元で叫ばれたら、今度こそ泣いてしまう。
「うぅ……プロデューサーの、ばかぁ……!」『ヤレバイインデショウヤレバ!? ペースハイブンクライカンタンデスカラ! ナメナイデクダサイ!!』
「本心と本心が逆になってますよ……」
これだから月村手毬は面白い。
青髪のプロデューサーは意地悪そうに失笑すると、ダダをこね始めた担当アイドルを無視して、次の担当アイドルのもとへ向かった。
§
舞台裏。
青髪のプロデューサーは、倉本千奈の視界に入ってから声をかける。
「! 先生!」
「おや。緊張しているかと思いきや、意外と平気そうで」
「はい! 今はワクワクしておりますわ……!」
観客席からは倉本千奈コールが鳴り止まない。
しかし機材トラブルのため、今は少し待機時間が長引いている様子。
「うう……色々と予算をかけて、エフェクトを豪華にしたせいで……」
「まぁ、あと一分長引くようなら、このままスタートするように伝えてありますから」
「ほんとですか!? では、使えないエフェクトのぶん、わたくしが盛り上げて行きますわぁー!」
倉本千奈は、実家の潤沢な資金を用い、ライブのクオリティを盛りに盛っていた。
しかしそのせいで点検すべき箇所が多くなり、過去一のエフェクトの数にスタッフはてんてこ舞いの様子。
やがて時間が来た。
倉本千奈は打って出る。
♪~初盛`Wonder Scale~♪
流れる音楽。大歓声。握り締めるマイク。
倉本千奈は『初』を歌って踊りきった。
ダイヤモンドの輝きが振りまかれる大盛り上がりの講堂。
一曲目と二曲目の静まりは、ステージの装いを切り替えるため暗くなる。しかし講堂中心の円形ステージは明るくスポットライトが当たったまま。そこへ倉本千奈が現れる。曲と曲のあいだは──青髪のプロデューサーの意向によって──トークタイムが設けられていた。
「みなさまー! 今日のライブは、楽しんでおられますかー?」
『OOOOOOoooooo────!!!!!!』
「うふふ! それはよかったですのぉー!」
倉本千奈はマイクを握って大手を振り、講堂中の観客に笑顔で挨拶する。
そして青髪のプロデューサーと計画した通り、自らの“アイドルなるまでの歩み”を語り始めた。
「みなさま、聞いてくださいな。わたくしは学園で最下位でした。自他ともに認めるダメダメなアイドル候補生でした。いえ、アイドル未満でしたの。それを自覚しているため、今まで卑下してきましたわ……しかし今のわたくしは、こうしてひと握りのアイドルが出られる講堂に、こうして立っております!」
『UOOOOOOOoooooo────!!!!!!』
「なのでわたくしは、もう! 自分をダメダメだとは────やはり思いますが!」
『おもうんかーい!!!???』
会場中から総ツッコミが入る。ところどころ笑いも上がる。
「それでも、もう口に出して卑下することはありませんと、約束いたしますわ! 心の中では、すぐにみなさまのことを思い出して、勇気をもらっていますもの! なぜならこんなにも、わたくしを思って応援して下さる方々がいる! それなのに、自分はアイドルではないなんて言ってしまっては、みなさまに失礼ですもの────!」
『────────────────!!!!!!!!!!』
「わたくし、倉本千奈は! このファーストライブで、ようやくアイドルに────なれました! あこがれで、夢で、なりたかった、アイドルに! みなさまのおかげで! ……ですので、どうか────これからも応援してくださいましー!」
『────UUOOOOOOoooooooo────!!!!!!!!!!』
ファン達は雄叫びを上げながら、様々な言葉を涙ながらに送り届ける。
「こんなの泣くってー!」
「応援するよー!」
『やっとレベル1になったぞぉおおお!! オメデトー!!!!!』
「レベル100になるの! 見届けるからー!!」
「大好きだー!」
「面白くて礼儀正しいのが最高だー!」
「千奈ちゃーん!」
「ありがとー!!」
「千奈ちゃんのおかげで、俺たち頑張れてきたからぁあああ!」
「千奈ちゃんのおかげで、私は救われたのよー!」
ふいに倉本千奈は、今までお仕事でご一緒した顔を見つけていく。
「まぁ……!」
ウレナイ芸人さん。
魔女さん。
ほかにも様々な方がいる。
見知った方も、見知らぬ方も。皆一様に涙を流して応援してくれている。
「っ……か、感極まって泣いてしまいますわ! う、歌え、なく、なってしまいますの! ですので────さあ! 二曲目、行きますわよぉー! みなさま、ぶっちぎりで盛り上げますので、最後の楽曲をお聞きください!」
倉本千奈は深呼吸。
最高に可愛いキメ顔で、眼前に指さし、天を指さす。
「────『Wonder Scale』────!」
突として講堂の天井が、機械じかけの音を発して開いていく。
暗いドームが青空によって明るくなり、無数のエフェクトが続発する。
『UOOOOOOOoooooo────!!!?!!?!?!?!?!?!!?』
燦然としたステージの上。
太陽より晴れやかな笑顔を振りまくオレンジ色の少女が熱唱する。
ダイヤモンド講堂、最後のライブを────めいっぱい盛り上げた。
§
ライブの全工程が終了する。お辞儀。倉本千奈はステージを去る。
舞台袖には、青髪のプロデューサー。
「先生!」
「最高のライブでした。……
「~~~っ!!」
倉本千奈は目元を拭う。
「正直、予想外でした。あなたは自慢の教え子ですよ」
「っ……もう! うそばっかり! どうせ予想していて、すでに自慢の教え子だったのですよね?」
「おやおや。バレてしまいましたか」
「うふふ! 先生は、本当に意地悪ですから!」
倉本千奈と青髪のプロデューサーはにこやかに笑い合う。
「────倉本千奈さん」
「! はいっ!」
「あなたのアイドルとしての戦いは、まさしくここからが始まりです。頑張ってくださいね」
「────はいっ! 先生! ここまでお導きいただき、本当に感謝しています! これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますね!」
ふたりは舞台裏を去って廊下を渡る。
すると前方から、なんと大号泣している倉本の翁が歩いてきた。関係者以外は立ち入り禁止のはずだが、いったい何をしているのか。どうやら特等席でライブを鑑賞していたらしく、感極まって降りてきたらしい。
「────え? えぇ!? お、おじいさまぁ……!?」
「うぉおおおん……! うぉおお────!! ち、千奈ぁああああ……!!」
「これには翁も大号泣ってか。というわけで、あとは任せました」
「ええ!? せ、先生ぃー!?」
青髪のプロデューサーは面倒事を避けてきびすを返す。
一方の倉本千奈は、泣いて喜ぶ翁と笑い合い、ひたすら夢が叶ったことを喜び合っていた。
§
第八周・三日目。
講堂が終わって丸一日が経過した。
昼下がりの168事務所。青髪のプロデューサーはデスクに着いて多忙を極めている。担当アイドルも非担当アイドルも含めて、なかなか声を掛ける機会がない。
今日は試験とライブの疲れを取るため休養するように伝えられていたが、試験とライブの反省会と感想を交わすため、皆、気づけばいつもの事務所に足を運んでいたのだ。
「いやぁ……あたし、ほんと一組で良かったわぁ……もし二組だったら、メンタルボッコボコだったしぃ? だって落ちこぼれ組のふたりが、最速で講堂だよ? メンツ丸つぶれだっての……」
「それほどでもない」
「うふふ! そんなに褒められて、素直に嬉しいですわ! でも藤田さんも中間試験を突破したんですもの! わたくしたちが講堂に行けるなら、必ず藤田さんも花海さんも講堂に出られますわ!」
藤田ことねは複雑な表情を浮かべる。なぜかといえばエメラルド中間試験では、講堂に出場した篠澤広と倉本千奈と同ブロックだったのだ。一応順位としては藤田ことねの方が上だったが、最終試験で巻き返される恐れもある。さらに昨年のトップアイドルである十王星南まで参加している。
(も、もうだめだァ~……おしまいだァ……!)
頭を抱えて青ざめた顔。
一方の葛城リーリヤは、少し自信がついていた。
「わたしは……清夏ちゃんに負けたけど、ポイントは僅差だった……次はわたしが勝つ……それにことねちゃんだって、生徒会長とは点差が近かったんだから……最終試験では、きっと勝てるよ!」
「ぐう……リーリヤが着実に自信つけてるところ悪いけど……あたしは、だってさぁ……内部進学組なのに、ずっとくすぶってて……三年間だぜ? ぽっと出のみんなに『あっ』と言う暇さえなく取り残されていく感が……あばばばばばば……!」
そこで月村手毬が叱咤激励を送る。
「そんな弱気になるなんて、勝負する前から負けてるようなもんだよね。負け犬は負け犬らしくそうやって惨めに吠えてるのがとても似合うよ。藤田ことね」『アナタハ ワタシヨリ ダンスガウマインダカラ ショウブスルトコロヲ シボレバイイ ジャナキャ カテルショウブニモ カテナイヨ ヤレヤレ…』
「ンなもん言われなくても分かってるよインコくん! でも……ありがと。相変わらずひどいこと言ってくる手毬とは違って、インコくんはきちんと褒め伸びをさせてくれるよねぇ? そういうところ、だいしゅき~♡」
「は? キモ」『キモッ!』
「なんでぇ!?」
いきなりインコくんに裏切られた藤田ことねはガックリと落ち込む。彼女は、インコくんが月村手毬翻訳装置であることをまだ知らない。
これについて教えるべきか否か。篠澤広は面白そうなので黙っている。一方の倉本千奈はそのポンコツさ故か、インコくんがどういう存在であるのか忘れてしまったようで、インコくんはインコくんとして認識するようになっていた。
それも無理はない。時折インコくんは、月村手毬の制御を離れて会話する時がある。その原理を知っている篠澤広は混乱しないが、それを知らない倉本千奈は『月村手毬とインコくんは別の存在でもある』と誤解してしまうのは仕方ないと言えた。否、ある意味ではその認識こそ正しいのだが。
ふと花海佑芽がバタバタと騒ぎ始めた。
「うぅ~~~~~~! あたし、もう我慢できない゛~~~~~~!!!!」
『……??』
「休まなきゃいけないのは分かってるけど! そろそろ来月のレッスンメニューが知りたいよぉ! ねえ、プロデューサーさぁーん……!」
花海佑芽は我慢ならず呼びかける。
すると青髪のプロデューサーは────無視。キーボードを高速で打ち続けている。先ほどから時折、様々な業者と電話しており、何かを煮詰めてもいる。いったい何をしているのか。
「プロデューサーさぁああああああん!」
「佑芽。プロデューサーの邪魔しちゃダメ」
「広ちゃん……だってぇ! みんな気にならないの!? プロデューサーさんの机の下にさぁ! ──
『────っッ……!』
花海佑芽の言う通りである。
青髪のプロデューサーの足元には、水色・青色・橙色・黄色・白色・梅色のストライプが入った紙袋が置かれている。その中には、明らかに────六月分のレッスンメニューと、きっとサプライズの品が入っているに違いない……!
「それは……そう。わたしも気になってる。だから朝から事務所に来るんじゃなかった。おかげでお手洗い以外の理由で教室から出られない」
「ほんと変態だよね。アイドルを生殺しにするところを尻目に見て楽しんでるんだ」『キモイ! ヘンタイ! オニ! アクマ! ジゴクニオチロ! カミブクロニハ イッタイ ナニガ ハイッテルノォオ?! キニナッテ レッスンモ デキナイィイイイイイ!!』
「わたくしも同感ですわぁ……! でも、すぐ見せられないということは、まだ調整中だと思うのですわ! たくさんの電話をしていらっしゃるのも、きっとそういうことで……」
「まぁ……あたしらは、本来今日、家でゆっくりしてる予定だったからねぇ……」
「休養は、事務所の中でもできますから……でも、それがアダになっちゃいましたね……」
「あんなの見たら、見せてもらうまで家に帰れないよぉ~! プロデューサーさんのいじわるぅうううう!!」
青髪のプロデューサーからすれば、むしろうるさいので、ここは我慢して早く家に帰ってもらいたい話である。倉本千奈の言う通り、まだ未調整のため見せられないのだ。そこを汲んでくれているのなら、できれば静かにしてほしいものである。
(なるほど。これも事務所を憩いの場にしすぎた弊害か……日当たりの良いソファに台所、冷蔵庫に長机の食卓。寮でひとり静かにするのも乙だが、ライブの興奮冷めやらぬ中、みんなで和気あいあいとするのも一興と考えて、自室の次に落ち着く空間に集まるのは至極当然……)
冷静に分析した青髪のプロデューサーはため息をつく。
(283さんのところは、みなさんとても静かに過ごしていて、283プロデューサーも仕事に集中できていたけど……ここは、場所が場所で人も人。
さらに青髪のプロデューサーは、もうひとつの負担が増えたことを知っている。
「────おじゃまします! 入るわよ!」
ガラガラと開かれる引き戸。
『……?』
なぞの訪問者。
その声に聞き覚えのある一同の中から、先んじて花海佑芽が叫んだ。
「お────お姉ちゃん!?」
「ええ! みんなのお姉ちゃん・花海咲季よ! 今日から
「え────えぇ゛えええええええええええ────!!?」
§
時は遡り。つい昨日のこと。
夕暮れ。
とある教室を借りた事務所。プロデューサーデスクの壁には『信頼』『てっぺん』『輝き』といった紙が張り出されている。そこには学園プロデューサーと担当アイドルが三名おり、そのうちプロデューサーと一名のアイドルが大ゲンカに発展していた。
「────なんですって? ねえ、プロデューサー……わたしの聞き間違いかしら……? 今、あなたは────
「そんなことは言っていません。被害妄想も大概にしてください。
「それって、つまりそういうことでしょう!? あなた、それでもわたしのプロデューサーなの!?」
花海咲季は鼻息を荒く意気軒昂。怒髪衝天の勢い。今にも涙を流して崩れ落ちそうな小さな体。
対する学園プロデューサーは至極冷静を取り繕い、花海咲季が夢を叶えるプランを熱くなりかけながら説明する。
「はい。ですから、力強く送り出すんです」
「最初から最後まで、わたしの担当でいなさいよ……!!
「いいえ。それだけでは勝てないという事実を告げているんです。俺もあなたも、花海佑芽に一生勝つことなく、ボロ負けし続けて、短い夢を儚く終えます」
「でも……っ!」
「負けるのは大嫌いで、絶対に嫌ではなかったのですか?」
「そう、だけど……っ!!」
「負け続けても、最後に一勝する。それも完勝すればいい。確実な勝ち逃げの遂行。そのためには────」
「────理屈こねてないで、わたしのこと見捨てるって言えばいいじゃない!!」
花海咲季の心理的ダメージは根深い。
昨日の今日で担当を降りるような話をすれば、当然こうなることも予想できる。しかし回復を待っている時間はないのだ。その間にも佑芽は、遥か彼方まで駆け続けていく。青天井まで。あの青いプロデューサーのプロデュースによって。どこまでも。故に、ここで遅れをとれば一生追いつけない。それは花海咲季も理解しているはずだ。
「それは違う! あなたも分かっているでしょう!」
「何が違うのよ! わたしだって分かってる! 莉波先輩にも、清夏にも、わたしは負けてる……! 競争心を煽るために複数プロデュースをしてるんでしょうけど、ご覧の通り、わたしだけ勝負にすらなってない! 私だけが弱い……!! このままじゃ妹に負け続けるっ! 最後の最後に完勝するのなんて夢のまた夢! だからお払い箱! ちがう!?」
「俺は絶対に担当を見捨てません」
「じゃあ……! なんで……なんでぇ……! わたしのこと、ずっと担当してくれないのよぉ……!!」
花海咲季は全身を震わせて、嗚咽するように絶叫した。か細い叫びは教室の中ですら響かない。
背後の姫崎莉波は涙目で唇を丸め、紫雲清夏は視線を下げつつ見守っている。
「あなたを勝たせるためです」
「っ!」
「俺はプロデューサーだ。自分の手でトップアイドルを育てる夢がある。だから俺の手で送り出すんです。あなたが弱いように、俺も弱い! ──悔しいですよ! このままでは、天才の後輩にボロ負けする! それだけは……俺が俺を許さない……ッ!!」
「……ッッ」
「だから、嵐に揉まれてきてください。必ず、強くなって帰ってきてください。でなければ困る。俺は俺の未熟さ故に、担当アイドルに逃げられた……鞍替えされた……そんな不名誉極まりない称号を得ることになる……。──だから、夢の共犯者であるのなら……!!」
「っ────」
§
さらに時は遡り。
プロデューサー科1年1組の教室に、青髪のプロデューサーが呼ばれて訪れる。
「──先輩! 大切なお話があるとのことなので、早々に切り上げてきましたー!」
「……そうですか。そう急がなくとも良かったのですが……私との時間を優先してくれて、ありがとうございます」
「それで、用件は?」
「────」
学園プロデューサーはうつむいている。
青髪のプロデューサーは、彼の中で渦巻く隠しきれない激情に気づいて目を見張った。
静寂。ふたりは席に着く。
互いに黒板に向かって話し合う。
「────突然のことで、あまりにも礼を失していることは自覚しています。しかしなりふり構ってはいられない。……ご同輩。どうか、お試しで
「──え……」
「無論、タダでとは申しません。多忙の中でさらに負担をかけるようなことは論外。というのも、君は有村麻央さんと相性が悪いという話を聞きました」
「あ~……それを交換条件に?」
「はい。話が早くて助かります。不仲になるくらいなら、人間関係で彼女の成長を妨げないために、有村麻央のプロデュースを私に任せてほしい。つまり────
「そうは言いますが、彼女は俺の担当ではないのでね」
「実質的に担当のようなものでしょう。君が助言すれば、彼女は必ずそれに応える間柄。非公式なだけで、あなたがたは不思議な絆で結ばれている。あなたが有村麻央に頼めば、私のスカウトも受け入れてくれるでしょう」
「一回断られたんですか?」
「保留されました」
「なるほど」
「──それにお互い、花海咲季と有村麻央は育て上げているので、突然の
青髪のプロデューサーは即答した。
「すみません! 断らせてくださいッ!!」
「ッッ!? な、なぜです……!?」
「あの、俺、マジでほんとに、
「?!!?」
「そちらが、その……はちゃめちゃに激アツってレベルじゃない、かなり熱い激論で涙と夢を交わすことになるだろう展開は、察するにあまりあるんすけど……そのぅ、なんと言いますか……別の男の女を取るのは、なんか……自分もされたら嫌だし、だから自分もやりたくないって言うか……」
刹那、学園プロデューサーは──
「──へ?」
「ご同輩の懸念は当然です。私は有村麻央さんをプロデュースすることで、ご同輩のプロデュース技術を学び取ろうとしている。まさしくハイエナ。寝取るとはそういう意味なのでしょう。あさり先生を口説いたあなたらしい表現です」
「いやちょそれはちが────割とそのままの意味なん────」
「さらに私は一ヶ月間、花海咲季をあなたにプロデュースさせることで、私が有村麻央さんをプロデュースして得られた実績と比較検証し、私の何が不足しているのか研究しようとしている。つまりこの交渉は、私に一挙両得のメリットがあり、ご同輩には負担というデメリットしか与えていない、無理難題の相談……しかしっ! それは承知の上でっ! 私はお願いしたい……!!」
「っ……!?」
青髪のプロデューサーは気迫に押されていく。即座に直感。
彼が次に何をしようとしているのか察して、全力で止めに入る。
「ちょ、せんぱ────!?」
「土下座でもなんでもします! お願いです! 私を助けるつもりではなく、どうか! どうか……ッ!! 咲季さんを助けるつもりで────!!」
「やめてくださいわかりましたよッ!! いやだからやめてっ!? なんで席から立つ!? だから分かったって──── なんッちょッやめろ床に座るなァ!!? やめろって言ってんだアンタ花海咲季に惚れすぎだろォ!?」
「私が惚れている相手は“莉波お姉ちゃん”ですッッッ!!! そこだけは絶対に勘違いしないでいただきたいッッッ!!!!!」
「土下座しかけながら急に別のことでキレないでくださいよォオオオオオ!!? あとアンタ年下の女子高生相手に“お姉ちゃん”呼びってどういうことォオオオオオオオ!!??」
青髪のプロデューサーと学園プロデューサーはガッツリ相撲を組む。
かたや土下座なんてさせてたまるものかと相手の体を持ち上げて、かたや土下座しなければいけないと自分の体を床にぶつけようとしている。互いにガニ股で黒スーツの背広やズボンの腰を掴み合い、腰を揺さぶり体を揺さぶり、やたらめったら相手に揺さぶりをかけて土下座を阻止/達成せんと、頭突きしてでも激突する。
「ぐぬうううううう! ご同輩ぃいいいいいいい!」
「だああああああああ!! こちらこそプロデュース、引き受けさせていただきますぅううううう! めちゃくちゃ強くしてお返ししますのでェエエ! 約束しますよ! だからその、超迫真の覚悟ガン決まりした心やめてっ!! ふつうにめっちゃ怖い!! 怖いから! 意外と俺ビビりなんですからやめて!! 心理的な強迫は怖くて苦手なんすよォオオオオ!! ──あと! そんなに悔しいなら土下座なんてしないでくださいっ!! 真っ正面から『俺をぶっ倒したい』って宣戦布告すればいいじゃないっすかぁあああああっ!!」
「────…………ご同輩」
言質は取った。学園プロデューサーは、死ぬほど嫌だった土下座を辞めて、シワだらけになった襟元を正す。
「……なんすか……」
「咲季さんのこと、よろしくお願いします」
「いやっす」
学園プロデューサーは膝から崩れ落ちて、光の速さで土下座の構え。
すかさず青髪のプロデューサーは下から突き上げるように先輩の体を上げ支える。
「条件があるってことですよぉおおおおお! 土下座やめろぉおおおお!!」
「!! 条件……? ──それはなんでしょうか。私は咲季さんのためならなんでもします。遠慮なく申し付けてください」
学園プロデューサーは立ち上がり、再び襟を正す。だがもはやスーツはボロボロだった。シワだらけというレベルではない。互いの爪が食い込んで破れかけている。
「ゼェ、ハァ……チクショウ……」
対する青髪のプロデューサーは息切れしていた。ちからづくで土下座を阻止するのに疲労したのもそうだが、学園プロデューサーの灼熱のような激情を、間近で総身に浴びて精神的に摩耗したことが一番の原因である。
「────フゥ……先輩。移籍の件、覚えてますか……?」
「もちろんです」
「今この場に契約書はありませんが、約束してください。今から俺が挙げていくアイドルの名前を、全員────プロデュースすると。移籍させて、スカウトすると。……あなたの夢に誓って」
「────承りました」
ならばと青髪のプロデューサーは、ひとりずつ名を挙げていく。
篠澤広、月村手毬、倉本千奈。藤田ことねは既に契約済みだが、一応改めて名を挙げ、さらに────葛城リーリヤ、花海佑芽。そして有村麻央は交換留学と言っていたが、ぶっちゃけ帰してこなくて結構だと伝える。
「ほかは、────さんと、────さんと……まあ、それ以外に手を出していた非担当アイドルはおりますが……そちらはどうぞお好きになさって……」
「……意外と多いですね。それだけの人数を、裏でプロデュースしていたのですか?」
「いやー。困っている人を見ると放っておけない性分でして……」
「……──そうですか。──ご同輩。あなたには、人を教え導く才能がある。それでも、この道は選ばないのですか?」
「はい。プロデューサーとかガラじゃないですし、ほかにもっとやりたいことがあるんで!
「……では、止めることはできませんね」
「むしろライバルが減って良かったのでは?」
「強力なライバルがいないと、急成長できないでしょう?」
「たしかに。好敵手がいないと、レベリングが面倒ですもんね」
青髪のプロデューサーは手を差し出す。
「! ……ありがとうございます」
学園プロデューサーは、その手を取って握手した。交渉成立である。
「担当アイドルがいない場所でぇ~? こんな重要な決断を~?」
「それは……君も同じでしょう……」
青髪のプロデューサーは笑って立ち去る。
ひとり残された学園プロデューサーは、それを見送った。
ふと人の気配。ガラガラと引き戸が開かれて、なんとあさり先生が入ってきた。
「……プロデューサーくん……」
「! あさり先生……もしかして、見ていたんですか……?」
「はい。あれだけ騒いでいれば、さすがに先生も様子を見に来ます」
「……お騒がせしました……」
学園プロデューサーはお辞儀する。
しかしあさり先生は怒っているわけではない。むしろ心配している。
「本当に、それでいいんですか?」
「! ……あさり先生。私の夢は、この手でトップアイドルを育てることです。最初から最後まで担当できないのは残念で……悔しいですが────私には、自分の夢よりも大切なものがある。それに気づいたんです」
「……それが何か、お聞きしても?」
学園プロデューサーは握りこぶしを作る。
その中に込めた夢よりも、見据える先があると言いたげに、あさり先生を射抜いた。
「────担当アイドルの夢です」
「!!」
「咲季さんは、絶対に妹さんに勝ちたいと言った。ならば私はプロデューサーとして、咲季さんの夢を叶えるために、ありとあらゆる手段を尽くします。そのためなら邪魔なプライドなんて捨てて、大事にしたい誇りだけで動きますよ」
「……そうですか。──さすがです、プロデューサーくん。それでこそプロデューサーくんです! でも……とても、つらい決断でしたでしょう……」
「合理的に判断したまでです」
「……咲季さんには、まだこのことを話していないのですよね? かなり、荒れると思いますが……」
「百も承知です。しかし必ず分かってくれます。なぜなら────」
学園プロデューサーは断言した。
「私たちは同じ夢を目指す、一蓮托生の相棒ですから」
§
時は戻り、大ゲンカの事務所内。
花海咲季は歪みきった泣き顔を抑えて抑えて────抑えきれず、決壊しながらも、涙を拭い、弱々しくうなずいた。
「わか、った……」
「!」
「取り乱した、わね……わたしは、花海咲季……未来のトップアイドルが認めたプロデューサーに、そんな不名誉なあだ名を名づけるわけにはいかない! だから、必ず戻ってくる。そして、あなたの夢を果たして見せる! たとえ妹に勝てなくても……トップアイドルになる!」
「……佑芽さんに勝てなければ、トップアイドルにはなれませんよ」
「そんなのわかってるってば……! でも、もう勝てないって心が言ってるの……! 魂が決めつけてくるの……! もうわたしは、
花海咲季は、負け続けて一勝すらできないと、断言する。
「でも────」
「……!」
「プロデューサーを、信じるわ……わたしが
「……咲季さん……」
もはや、妹に対する競争心は、プロデューサーに預けている。
それは薄氷の脆さ。危うい心理状態。
それでも花海咲季の体は動く。
たとえ昨日から
病は気から。精神の不調は肉体に打撃を与える。それが自然の摂理。必然の心身相互作用。
それでも体は闘い続ける。
それでも
「わたしは謝らない」
「?」
「あなたの夢を
「!!」
「だから、もう折れない。わたしだけは絶対に、折れてやるもんか……」
「……」
「あなたがわたしのために折れてくれたぶん、花海咲季は────最っ強で最っ高のスーパーアイドルになって、まっすぐ戻ってくるわ! わたしの活躍、目に焼きつけておきなさい! そしてあなたも、さっさとあの青二才に勝てるプロデューサーに成長してなさい!」
「────はい。確信して待っています」
「うふふ! ほんとうに────」
花海咲季は慈愛の目つきで、不意にしおらしく恥じらう。
「ありがとう。わたしの、大大大好きなプロデューサー……────」
§
現在。168事務所。
花海咲季が突撃してきてから、五分ほど経過しただろうか。
「────ということがあったのよ! どう? かなりドラマチックじゃない?」
「お……お姉ちゃんから、なんか凄いノロケ話を聞かされたぁあああああああ!?」
なぜか得意げな花海咲季は、鼻をふんすと鳴らす。
花海佑芽は振り返り、青髪のプロデューサーに怒りの視線を注ぐ。
「ぷ……プロデューサーさぁん! あ、あたしというものがありながら、お姉ちゃんに浮気したんですかぁあああ!?」
「ちょっと佑芽……別にプロデューサーとアイドルは恋愛関係じゃないのよ? 浮気も何もないじゃない。それに複数のアイドルを担当することは、割と当たり前なのよ?」(まぁ、わたしも最初は佑芽とまったく同じことを、プロデューサーに言っちゃったんだけど……)
「そんなのわかってるぅー! それよりぃ! お姉ちゃんも同じ事務所に入っちゃうと、勝負できないじゃーん!」
「あら。そんなことないわよ? たとえばエメラルド中間試験では、広と千奈とことねが対決していたじゃない」
「あ、そういえばそうだった!」
「つまり、同じプロデューサーを持つ仲間でも、わたしたちは同時にライバルでもあるのよ! これで理解した?」
「うん! わかった!」
花海佑芽は笑顔で答える。
そこで一同は思った。(この妹、お姉ちゃんに言いくるめられるのが早すぎる……)と。
しかし花海佑芽も成長している。
すぐにひとつの疑問に行き着いた。
「あれ? で、でも……! それじゃあ、あたしが勝てなくなっちゃう~!」
「え? どうしてそう思うの?」
「だって! あたしのプロデューサーさんがお姉ちゃんをビシバシ鍛えたら……あたし、すぐに巻き返されちゃうよ~!」
「……………………そうね。むしろわたしはそれを期待して来たのだから、当然の話じゃない?」
「ぬぐぅ……! お姉ちゃんは、そういうことして悔しくないのぉ!?」
「そりゃあ悔しいわ。でもね? お姉ちゃんもなりふり構わない時があるの。──……
「っ! …………」
花海佑芽は唇を丸めてうつむき、黙り込む。
そのスキに花海咲季は、青髪のプロデューサーに声をかけた。
「青のプロデューサー! あたしのプロデューサーから伝言があるわ! 月末の調整で忙しそうな時に申し訳ないけど、お仕事の片手間で構わないから、片耳だけ貸しなさい!」
「……なんでしょうか?」
花海咲季は、学園プロデューサーの夢を守りたい。
そのため啖呵を切る。彼が自分のために折れてくれたのなら、自分も彼のために折れてみせる。
「──ご同輩が
「……──承知しました。こちらは
「! ……ええ。一言一句違わず、そう伝えておくわ」
勝ち逃げ。
それは青髪のプロデューサーが、夏前に大学を卒業し、プロデュース業を辞めることについて言っているのだろう。その前に決着をつけるという宣戦布告である。
花海咲季は思う。
学園プロデューサーにとって、一番入れ込んでいるアイドルは姫崎莉波。
青髪のプロデューサーにとって、一番入れ込んでいるアイドルは篠澤広。
故におそらく夏前の『ICF』にて、ふたりの決着は付くのかもしれない。
そう、自分ではないのだ。
学園プロデューサーは、花海咲季に対して
「…………」
(……俺の真横で嫉妬を醸し出すのは、ちょっとやめてほしいんだけどなぁ……!?)
青髪のプロデューサーは呆れ笑い。誰も悪くはないのだが、無性に居心地が悪くなる。やはり嫉妬の感情は苦手であるようだ。
────コンコン。ガラガラ。
ノックのあと引き戸が開かれる。あさり先生が入ってきた。その手には
「プロデューサーくん! 荷物が届きましたよ!」
「! わざわざ届けてくれたんですか! ありがとうございます!」
青髪のプロデューサーは赤い紙袋を受け取る。あさり先生は小声で「頑張ってくださいね?」とウインクして立ち去った。
一方、花海咲季以外のアイドルたちは(その紙袋はまさか……!)と察していた。
「? みんな、どうしたの? あの紙袋に何かあるの?」
「──さて、ようやくこの時間が来ました。順番に行きます。最初の方、どうぞ」
「────よしっ」
青髪のプロデューサーは仕事を切り上げて、水色の紙袋を持ち上げる。
篠澤広は気合を入れて、前に進み出た。
「こちら六月のレッスンメニューです。さらに『ICF』に向けたユニット曲も完成しました。歌詞と振り付けを覚えて、全体レッスンで完成を目指してください。期限は来月初頭までです」
「ふふ……当たり前のように、悪魔みたいな地獄の鬼スケジュール……でも、そういうところが好き……」
「はい次」
「しかも雑に扱ってくる……ますますわたし好みのプロデューサーになっていく、ね……?」
「別にあなたの好みに合わせているわけではありません。徐々にあなたへの呆れが増しているだけです」
「つまり、わたしとプロデューサーの相性はばっちり……?」
「はい次。早く」
月村手毬が前に出る。
「同じく、六月のレッスンメニューとユニット曲です」
「……へぇ。ユニット曲って『campus mode!!』のことだったんだ……」
「月村手毬さんは、すでに習得済みですね。初星学園の伝統曲ですから」
「うん。中等部の頃に…………」
「では内部進学組のアイドルは、先輩として新米アイドルへの指導をお願いします」
「それはいいけど……この
「中古の音ゲー台を購入し、専用レッスン室に置きました。篠澤さんに協力してもらい『campus mode!!』のノーツをささっと作ってもらいましたので、メニューにある通り『休みなし20回を全力』で踊りあかしてください。それで息切れしなかったら課題
「────」
「はい次」
月村手毬は、さらっと告げられたハードすぎるレッスンに青ざめる。河川敷の次はこれか。しかも河川敷の周回数もちょっと増えてる。
一方、倉本千奈は覚悟して進み出た。
「同じく、六月のレッスンメニューとユニット曲です」
「あら? 体力作りやレッスンより、仕事が多く……」
「倉本さんの身体能力は既に平均以上です。これ以上スタミナを伸ばしても大した効果は期待できない。つまり肉体はアイドルとして一人前になりました。あとは人の目に触れることを意識して、どんどん躍進していきましょう」
「まぁ……! 分かりましたわぁー! これからどんな仕事をするのでしょう……!」
「無人島生活とかどうです?」
「いきなりアイドルとは程遠い仕事が提案されましたわぁー!?」
「はい次」
倉本千奈は無人島にひとつだけ持って行くなら何が良いだろう、と考えながらきびすを返す。
一方、藤田ことねは不満ありげに進み出た。
「あの、プロデューサー」
「なんです?」
「今まで忙しそうだったので言う機会がなかったんですけどぉ……あたし、二日前の中間試験で星南会長に負けました」
「そうですね」
「
「おや。勝つ自信はあったので?」
「っ!? そ、そりゃあ……そんなの……」
「藤田さんは、普段から自信がありませんけど、本番になると自信が付きますよね。なぜだと思います?」
「……プロデューサーは、分かるんですか?」
「藤田ことねは中等部時代くすぶっており、圧倒的にライブ経験が少ない。というより、無いに等しい。故に、学生気分でいる時は、中等部時代にくすぶっていたトラウマから自信がありませんが……試験やライブといった、あまり恵まれない本番に立ち会うと────語弊はありますが、ワクワクが勝る傾向にある」
「……!」
「それを確認したかった。まぁそれならミニライブのひとつでも経験させれば良かったんですが」
「! じゃあ、なんで……やっぱり休んでばっかりだったから、会長に負けちゃったんじゃ……」
「ほう?
「っ!?」
「やはり自覚があるようですね。
────あれ? 会長って、結構こんなもんだったんだ?
「って」
「っ────そんなことないっ! 現に会長、ぶっちぎりで圧勝だったじゃないですか!」
「ええ。三位相手にトリプルスコア。しかし
「っ……!」
「それに
「っっ────だぁー! もう耳にタコができるほど言われたから分かりますぅうううう!!」
藤田ことねは覚悟を決めた。
「────“自信”ですよね!? 分かってんですけどぉ! たしかに土壇場で余計なこと考えて気後れしましたァ! だって試験とはいえ、いつもより規模がでかくて……あさり先生がめっちゃ可愛くて! あたしなんかって……ちょっと思いかけちゃいましたぁ! 可愛さは絶対的なものだって、自分の
「そうですね。そうなんですよねぇ……わかりますよ。トラウマというものはなかなか簡単に拭いきれるものではない。しかし今のあなたは、それを確実に乗り越えつつある。──最終試験が本番ですよ。あこがれの会長相手にダブルスコア以上の差を付けて、絶対的な
「っ!? こ、このぉ~~~~~~!! プロデューサーの、鬼ぃ! 悪魔ぁ……!!」(あの移籍契約書の時点で解除することはないって分かってるけど、なんかこの人マジで解除してきそうで怖いんですけどぉ!? ぐぅおおおおおおお……! やればいいんだろぉ! やればぁあああ!? やってやるよぉおおおおおお!! だって、四年間ずっと芽の出なかったあたしが、実は会長に迫る勢いで成長してたとか、そりゃ信じられるわけないだろ! でも成長してたんだよ! 信じられないけど、ついこの前知っちゃったんだよぉ! ならやるしかないだろぉ!!? 最終試験がラストチャンスだ!
「ふははっ。──はい次」
青髪のプロデューサーは黄色い紙袋を押し付ける。すでに藤田ことねは手のかからないアイドルだ。そこまで自己分析ができているなら、懇切丁寧にメニュー表を取り出して説明する必要もない。心の問題は、さっさと自力で解決してもらうに限る。
そして葛城リーリヤが、おずおずと前に進み出た。
「その点、葛城さんは“度胸”も“自信”も付いたようですね」
「はい! 度胸はセンパイから……! 自信は清夏ちゃんに僅差で負けた時から……! わたし、次は勝てます!! そして、講堂に出て────アイドルに、なりますっ!!」
「よく言いました! その言葉を待っていた! あなたも藤田さんと同じく、手のかからないアイドルになりましたね。あとは講堂に出るだけです。楽しみにしていますよ」
「はいっ!」
青髪のプロデューサーは白い紙袋を手渡す。
受け取った葛城リーリヤは立ち去り、入れ替わりに花海佑芽が飛び込んできた。
「さあプロデューサーさん! あたしをハチャメチャに鍛えてください!」
「ではこちらをどうぞ」
「ふむふむ……先月とあまり変わらないレッスンメニューですね! ──って、なんでぇ!?」
「あなたは既に能力値がカンストしています。肉体面はこのまま持続すれば完璧。あとはその他の
「ざ、ザガク……!!」
花海佑芽は戦々恐々としながら座学メニューを渋々と受け取り、嫌そうに目つきを細めて見やる。
「……? 『ライブを観に行く』『ミュージカルを観に行く』『映画を観に行く』『ヒーローショーを観に行く』『子供向け着ぐるみショーを観に行く』……『博物館』『水族館』『展示館』『遊園地』『陶芸体験』『独創的料理体験』……ほ、ほかにもたっくさん! な、なんですかこれぇ!? ほぼ遊びに行く内容しか無いんですけど!」
「極端なメニューの切り替えとなって申し訳ございませんが、今月が肉体強化期間だとすれば、来月はアイデア強化期間と言えます。花海佑芽というアイドルの今後の活躍の幅を広げるためにも、様々な芸術を鑑賞し、もっと面白いライブができるよう努めてください」
「────分かりましたっ!」
「ちなみに、お友達と遊びに行くのも良いですね」
「! いいんですか?」
「はい。意見を交換し合うのも、大切なインプットになりますから」
さっそく花海佑芽は、篠澤広や倉本千奈に座学メニューを見せに行く。
入れ替わりに花海咲季が登場。腕を組んで品定めするように、ジト目で見下ろしてくる。
「……」
「花海咲季さん。こちら六月のレッスンメニューです」
「!?」
花海咲季は目を見張る。
というのも青髪のプロデューサーが用意するレッスンメニューといえば、基本的に各アイドルのイメージカラーに合わせた素朴なデザインが秀逸である。
普通なら白い紙に、黒い枠線と文字列だ。が、たとえば篠澤広なら、白い紙に黒い枠線と黒い文字列、その中で重要な枠線は水色が多く、ところどころやる気が湧くようにポップな花柄デザインやワンポイントの植物デザインが刻印されている。それは見ていてカラフルで楽しい上に、本題の読みやすさを損なわない
それだけではない。課題達成時には、指定の円にスタンプまで押す設計。まるで児童のやる気を上げるための、ひと工夫が散見される。ひとりひとりの性格を考慮して作られたクリップボード。付属された鉛筆の外塗装まで凝られている。
どうやら青髪のプロデューサーは、形から入るタイプのようだ。加えて、どうにも挑戦心や子供心をくすぐることが上手い人のようである。教師経験が豊富なのだろうか。──それも当然。青髪のプロデューサーことアルファは、各国の紛争地域や貧民村落を練り歩き、飢えに苦しむ子供達を助け、勉強を授けてきた実績がある。が、それは別の話。
花海咲季が驚いた点は、趣向の凝らされたクリップボードではない。驚いたのは、自分に配られたクリップボードの圧倒的な分厚さである。ほかの人でA4用紙が数枚のところ、花海咲季のA4用紙は数十枚あった。
「なにこれ……ほかの人と比べて、十倍以上の密度があるじゃない……」
「はい。ですので大きいクリップボードを百均で探すの、意外と苦労しました」
「────しかも、ちょっと待って。なんで昨日の今日で、わたしのプロデューサーが使っているフォーマットと同じ書き方で……さらに、わたしのプロデューサーのレッスンメニューの一部を受け継いでいるわけ……?」
「当然、先輩と情報共有をしたからです。隣室の倉庫には、先輩が『花海咲季の資料です」と言って持ってきた段ボール箱10個が並んで置いてありますよ。それを一夜で読破、フォーマットを参照、急な変化で交換留学生に余計な負担をかけないよう、なるべく以前と同じ感覚でレッスンができるよう配慮に努めました。まだ問題点があるようなら意見をください。即座に改善します」
「い、いえ……完璧よ……ありがとう……」
花海咲季は青ざめてドン引きする。自分のプロデューサーも大概だが、この青いプロデューサーもひどく大概である。もしやプロデューサーという生き物は、皆このように完璧超人の集まりなのだろうか? などと花海咲季は訝しむ。
「嬉し半分・怖さ半分のところ追撃を仕掛けるようで恐縮ですが、こちら仕事メニューと座学メニューです」
「あら。座学メニューは……佑芽と似たようなものね。でも、この仕事メニューって……?」
青髪のプロデューサーは、花海姉妹の問題点を語る。
ちなみにそれは、篠澤広にも言えることだった。しかし篠澤広は趣味でアイドルをやっている。真剣にトップを取りたいわけではないなら、彼女に仕事メニューは必要ない。
「基本的に初星学園アイドル科に入ろうとする生徒は、アイドルを志して入学します。つまり歌やダンスについてはド素人でも、一度はアイドルのライブを見たりして感動を味わい、ある程度はアイドルに関する知識が存在します」
「……だから、その知識を仕事で身につけてこいって? なら心配不要よ。佑芽はどうか知らないけど、あたしは事前に先回りして────」
「はい。一通り調べたんですよね。しかし素人が陥りやすい失敗談として、
「!」
「花海咲季さん。あなた、昨年
「……なんですって?」
「私からしたら、今そうやって驚いている人は、
「……」
「──私の言いたいことを瞬時に理解なされたようで何よりです。それに自覚もあったみたいですね。そう、十王星南は先進的に取り組んでいるのに対し、あなたは古い情報のままだ。そこで花海咲季の古い審美眼を
「この“仕事”をこなしてこいってわけね。了解したわ」
仕事メニューの内容は、『篠澤広に神秘性で勝利する』『月村手毬にスタミナと可愛さで同時に勝利する』『藤田ことねに愛嬌で勝利する』『倉本千奈に資金力で勝利する』『葛城リーリヤに笑顔の可愛さで勝利する』『花海佑芽に
それはもはや“挑戦メニュー”と銘打ったほうが適切だったが、それでも“仕事メニュー”と称するだけの理由がメニューの後半にあった。
────各アイドルに勝利できなかった場合。
『あなたのファンが思う神秘的なショーの一日係員となる』『発想の転換をしなさい:おやつ抜き我慢比べorドッキリ企画で驚いた数の多い方が負けetc』『配信活動中にあなたのファンが好む愛嬌について研究する』などといった記載がある。
「…………」
「なんとも婉曲的なやり方ですみませんね。しかし今のあなたは妹への勝利にこだわりすぎている」
「……!!」
「先輩も懸念していました。花海咲季は“何を以て勝ちとしているのか”……アイドルとしてトップを取ること? アイドルとして妹に勝つこと? ご自身の夢と誇りを天秤にかけて、片方だけ取るのか、両方をも取るのか。今一度お考えを。この仕事メニューは、そのための“精神修養期間”でもありますので」
「────……」
「そして、あなたはセルフプロデュースに長けている。自らのレベルアップのために必要な仕事があると感じたら、すぐに教えてください。あなたが欲しがる仕事を24時間以内に取ってきます」
「……随分といたれりつくせりね」
「あなただけに尽くしているわけではありませんよ? 私は目に映る人を、その人が望むところまで導く仕事を果たしているだけですので。──そして一応煽っておきますが。むしろひとりだけクリップボードが分厚いということは、それだけあなたが手のかかるアイドル。クリアすべき課題が多すぎる未熟者ということです」
「……────」
普段と違って何も言い返さない花海咲季は腕を組み、伏し目がちに
「おや。心は折れて反論する気力もないのに、なぜか徐々に燃えてきましたね?」
「ええ……おかげさまでね……」
「では、さっそく全員、メニューを見比べてリスケしてください」
最後に青髪のプロデューサーは意地悪く、スケジュール管理を始めたアイドル達の集中力を削ぐようなことを口にした。
「あ、ところで言い忘れておりましたが────隣室に、人数分の新衣装が届いています。あとでご確認ついでに、試着会でもしてキャッキャウフフと楽しんでください」
『……っ!!?』
そこへ、さらなる追撃が飛ぶ。否、ある意味では地雷である。格ゲーで言うところの
『……????』
藤田ことね・葛城リーリヤ・花海佑芽・花海咲季は、自分の紙袋から
「────え……これ……うそ……」
「っ……! せ、センパイ! これって……!」
「あ゛た゛しの持ち歌のレッスンメニューだぁ゛ああああああああ────!!」
「……っ! ──まったく、わたしのプロデューサーったら……こんなサプライズを……」
花海咲季の持ち歌に関しては、学園プロデューサーが仕込んでおいたものである。どうやら青髪のプロデューサーと共謀して、男子高校生のようないたずらごころで仕掛けた模様。
「うおお! リスケなんてできねええええ! 隣室に突撃だァアアアア! 行くぞ、リーリヤ! 佑芽! 咲季ぃ! あと誰かCDプレイヤー持ってこーい!」
「は、はい! わたしも、今すぐ見に行きたいですっ……!」
「あったしもぉおおおおー! ねえねえ広ちゃんと千奈ちゃんも来てよー! あたしが新衣装を着た姿、見てほしいんだー! お姉ちゃんもっ! それにあたしもお姉ちゃんの衣装を着た姿、見てみたいなっ!!」
「……もうっ。仕方ないわねぇ……」
一転して騒がしくなった事務所内。一同はリスケ作業を中断して隣室に駆け込む。一方、誰からも誘われなかった月村手毬はひとりぼっちになるのを嫌がり、やれやれとため息をつきながらCDプレイヤーを持って一同を追いかけた。
そして隣室から、藤田ことねの興奮声が叫ばれる。
「ひゃあああ! やっぱりぃー! キャンパスモードの衣装とは別に、あ、あたしらの新衣装がぁああああ……!! くっそプロデューサーのやつ『新衣装』って言うから、なんか
「そんなに興奮すると鼻血出るよ? ……まぁ、いいんじゃない? でも衣装なら、私のほうが可愛いけどねっ」『スゴイカワイイ…デ、デモ、ワタシノホウガ カワイインダカラネ!』
和気あいあいとする隣室。
たくさんの黄色い声を背中に受けつつ、青髪のプロデューサーは知らず知らず微笑みながらデスクワークを続けていた。
§
第八周・最終日。
男子寮。青髪のプロデューサーの自室。
(さて、レポートをまとめるか……)
〔篠澤広のレーダーチャート〕
歌唱力:3 ダンス力:3 表現力:7→9
親密度:6 運動能力:3 アイドルへの興味:4→5
〔月村手毬のレーダーチャート〕
歌唱力:7 ダンス力:6 表現力:6
親密度:6 スタミナ:7 トラウマ克服度:3→8
〔倉本千奈のレーダーチャート〕
歌唱力:3 ダンス力:5 表現力:3→5
親密度:5 愛嬌人望:8→10 家柄:10
〔藤田ことねのレーダーチャート〕
歌唱力:3 ダンス力:7 表現力:7
親密度:5.7 体力:6 自信:2→3
〔葛城リーリヤのレーダーチャート〕
歌唱力:6 ダンス力:6 表現力:6
親密度:5→6 体力:7 度胸:6→8
〔花海佑芽のレーダーチャート〕
歌唱力:1→10 ダンス力:1→10 表現力:1→10
親密度:1→10 運動能力:10 アイドル力:1→2
〔花海咲季のレーダーチャート〕
歌唱力:7 ダンス力:7 表現力:7
親密度:0→1 不死身:10 アイドル力:7
『花海佑芽の筋肉の質:何もかもが最高峰。ほかに特筆すべきことなし』
『花海咲季の筋肉の質:良。だが素材は関係ない。彼女は魂で勝負する』
青髪のプロデューサーはレポートをまとめ終わると、しかめっ面で頭髪を掻く。
(──……さて、
・押し花にして有終の美を飾る。それは本人の意向に沿わないため
・
・一輪の花を大輪とするため魔改造する。これは邪道だろうか。
・上記の複数を同時にこなす。という案もある。
(成長途中にあるものは、なぜか
青髪のプロデューサーは、好きなゲームのジャンルで
邪道すなわち奇をてらうということは、勇者が魔王になることである。
王道とは、勇者が魔王を倒すことである。
邪道を王道に帰結させることが、
であれば、元勇者の魔王が別の魔王を
勇敢に挑む姉。妹や周りの人に勇気とヒントを分け与えてきたお姉ちゃんは、誰よりも勇者の称号が似合う御人。
闘いが好きで勝つことが楽しく、誰にも絶対に負けないため、効率を極めた修行をしてきた、合理性の戦闘民族。
それが魔王になれば、どうなるのか?
結果論の勝ち逃げを開き直り、最終的に一番となればよかろうなのだァアアアアッは確かに魔王のメンタリティ。
だがそれは学園プロデューサーの吹聴。本人はあくまで妹に勝つことにご執心。動機の不一致でひと悶着あるか。
では別の魔王は、いかにして用意するか?
誰かを当て馬にはしたくない。故に相互確証破壊を参考にする。つまり花海佑芽も、元勇者の魔王にしてみる。
果敢に挑む妹。何度負けても夢を叶えるため姉にぶつかってきた姿は、誰よりも敗北の勇者の称号が似合う御仁。
では夢が叶った先に何を見る。もはや倒すべき魔王は存在せず、新天地にも強敵は存在しない。迷走で闇堕ちか。
アイドルに執着する意識も希薄。真っ白に燃え尽きた元勇者。最悪、競技そのものから離れて一般人もありえる。
無論、姉に勝ち続けたい思いがあるなら話は別だ。さておき、およそ魔王になりえる素質は現状、見当たらない。
(……俺が、やるか……?)
自分自身ならば、当て馬になることもやぶさかではない。
アイドルとは輝くことだ。そこに男女の差は存在しない。
(……まぁこれがプランBとして。プランCを考えてみよう……)
勝ち続ける奴の特徴は、実力のつけ方を知っている所にある。
実力のつけ方とは、結果のつくり方。
結果のつくり方とは、登山の仕方。
登山の仕方とは、一歩を刻むこと。
一歩の刻み方とは、次に何をすればいいのか理解していること。
理解に関して────
花海咲季は、序盤こそ几帳面タイプだが、中盤から大雑把タイプ。つまり最初は
花海佑芽は、序盤こそ大雑把タイプだが、中盤から几帳面タイプ。つまり最初は
(つまり花海咲季の
全てを極めた者が、一つを極めた者に負ける道理なし。
花海咲季はセンスとロジカルをマスターしている。
花海佑芽はセンスもロジカルもアノマリーもマスターしている。
圧倒的に手数が足りない。手札の少なさは戦術性の低下に直結する。
(花海咲季────どう育てるか……)
究極の全。覇王の火。花海咲季。
旬などなく、世を咲かせる常世の花。
しぼむことを知らず、届くことを諦めず。
夢の消費期限を知らず、さりとて諦観は心得。
嵐の夜に光り輝く一番星を睨みつけて走り続ける。
────SPEEDSTAR`花海咲季────
(完熟しやすい才能。偽物の天才と自称。限界を極めてしまった、成長の見込みがないアイドルと噂に聞く。そんな奴をどう育てろと? 技能の横伸ばしくらいしか思いつかない。そもそも成長の見込みがないというのは事実ではない。着実に少しずつ成長している。花海佑芽の急成長ぶりと比べれば止まっているように見えるだけ。故に先輩は、最後の勝ち逃げを推奨した。お互い極限の到達点で勝負すれば、花海咲季に軍配が挙がる可能性があるからだ。その一点に全賭けしている。花海佑芽の上限レベルが200だとしても、花海咲季の上限レベルは201かもしれないから────)
しかし青髪のプロデューサーは、そんな遥か
今、花海咲季に勝利をもたらすなら? ということに一意専心する。なぜなら来月には卒業しているからだ。
かといって花海佑芽を負けさせるようなことはしない。花海佑芽の才能を余すところなく発揮させるよう、ぐんぐんと成長させた上で────花海咲季が勝利する方法を模索している。
(来月のエメラルド最終試験で姉妹対決の最終決戦・一時決着。花海咲季の実力はそこで証明するとして、精神面もそれまでに解決するとして、どうプロデュースするか……)
青髪のプロデューサーは、花海佑芽に近いデータを引っ張り出して比較検討するため、参照元に芹沢あさひを思い出す。
芹沢あさひは天才だ。才能の塊。何をやらせても一線級。
成長曲線は問題にならない。なぜなら“初見で極めているに近い状態”という怪物なればこそ。
そんな芹沢あさひでも、さすがに経験者にはかなわない。花海姉妹が経験した競技で、花海姉妹と真剣勝負した場合、芹沢あさひは互角の勝負をしたあと普通に負けるだろう。経験による差で僅差の敗北を喫する。大差の敗北は少ないだろう。それでも勝ち筋は存在する。一戦目は負けても、それが二回勝負なら二戦目には圧勝してしまう。
そこが芹沢あさひの恐ろしいところだ。
本当に怖くて、理不尽だと思うところ。
しかし三回勝負であれば?
しかも三回目は、二回目の勝負と比べて、互いに研究期間を設けた際の勝負であれば?
三回目の勝負は、おそらく────
花海咲季であれば、一度目に負けて癖を読み、二度目に負けて自己分析し、三度目にギリッギリの勝ちを拾う。見かけ上は完勝であるが、それは見栄っ張りでしかない。ハリボテの度胸。姉たらんとする城塞の誇り。
(勝負において、自らの有利地形に持ち込んで戦うのは鉄則だ。ならばこの場合の定石とは────)
背もたれに腰掛け、白い天井を見上げ、苦笑い。
「あー……ほんと、
すでに“仕事メニュー”は渡してしまっている。
さすがにこれは合理を極めすぎて人の心を捨てている。
故に、厳しいまま優しくもある別の方法は無いものかと、いまさらながらに考えていた。
────不死鳥`花海咲季────
学園プロデューサーは、相棒たる花海咲季を次のように称した。
魂が砕かれても、心が折れて逃げたいと叫んでも、誇りが粉みじんに消し飛んでも……
その評価を、全面的に信頼するなら。
「
仏の顔も三度まで。しかしアルファも花海咲季も
神仏に愛された妹の才能を打ち砕くためには、三度目の正直で
永年咲き誇る不死鳥の
決着は来月末。
既に種はまいた。あとは新たなる
§