※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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sSSR【わっちゃわちゃ!】初星学園〔100×283〕

 

 第九週・一日目。とどのつまり六月一日。

 早朝の体育館。全校生徒は大集合。

 

 学園長や教師陣から、本日より283プロダクションのアイドル達が初星学園に入寮する旨を説明される。

 そして283プロからは、代表して櫻木真乃・園田智代子・浅倉透の三名が全校生徒に挨拶した。

 

「つ、283プロダクションの、ユニット・イルミネーションスターズで……センターの、櫻木真乃です……」

『イェエエエエエエエ────!!!』

『ウォオオオオオオオオオ────!!』

「ほ、ほわっ……! あ、ありがとう、ございます……! 初星学園のみなさん。一ヶ月間、よろしくお願いします……!」

 

「おはようございまーす! 放課後クライマックスガールズの園田智代子です! アイドル科の皆さんとの交流が多くなるかと思いますが、普通科の生徒さんとも仲良くしたいと思っております! 一ヶ月間よろしくねー!」

 

 歓声が上がる。園田智代子の名を呼ぶ女子生徒が多数。

 初星学園の教師陣は歓声を上げないよう注意するが、生徒達の熱狂は収まりそうにない。

 

「あわわ……私のせいで皆さんが叱られちゃうのも悲しいので、挨拶はこのくらいで! また後でたくさんお話しましょうね! ──はい、次は透ちゃんだよ!」

 

「おー。……おーっす。初星学園のみんなー。ノクチルの浅倉透でーす。いえー」

 

 マイク片手にピース。

 それだけで『いぇえええええ────!!』というダブルピースと歓声が返ってくる。園田智代子が熱狂ぶりを回避したというのに、浅倉透はむしろ盛り上げてしまった。

 

「……そんじゃ、挨拶も済ませたので、歌いまーす」

『────……ええええええええええ!!?』

 

 園田智代子は「30秒ほどお待ちをー!」と叫んで、櫻木真乃・浅倉透とともに舞台袖に走り去る。

 ざわめく体育館。きっかり三十秒後。早着替えを済ませた三人がアイドル衣装で出てきた。

 

     ♪~星の声~♪

 

 音楽が流れ出す。三人の熱唱と華麗なダンス。一瞬にしてステージと化した体育館。

 全校生徒は大盛り上がり。制服の上着をペンライト替わりに振り回し、最初の交流は大成功のうちに終わった。

 

          §

 

 昼下がりの168事務所。

 午前の授業を終えたアイドル達は事務所に訪れていた。

 

 客間に座る花海咲季・月村手毬・藤田ことねの三人は、今朝の283の即興ライブについて感想を言い合う。

 

「あれがプ(・)ロ(・)の(・)ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)……とても勉強になったわね……」

「あの三人は全員、別々のユニットなんだ。それなのに息がピッタリだった……」

「プロのアイドルでもメンバーが入れ替わるだけでごたつくって聞くのに、そういうのがないのってマジやべぇよなぁ……」

「283とのコラボが決まったのは二か月前の話なのよね?」

「つまり二ヶ月で仕上げたってこと?」

「いやいや。メンバー選出や楽曲選出で時間は取ったろうし、まるっと二ヶ月ってのはないでしょうよ。たぶん一ヶ月くらいじゃね? しかも学業しながら。放(・)課(・)後(・)や(・)休(・)日(・)の(・)レ(・)ッ(・)ス(・)ン(・)だ(・)け(・)で」

「それが本当だとしたら、いったいどうやって仕上げてるのか、そのノウハウを知りたいわね……直接聞きに行こうかしら」

「283の連中は女子寮の空き部屋に泊まるんだって。咲季、一緒にカチコミする?」『コワイカラ コトネモ キテイイヨ!』

「いやいやカチコミはやめろ~? それとあたし、今日は日帰りって聞いたけど? だから聞くなら今度の休日かな~。まぁ教えてくれるわけないと思うけど……そもそも直接聞きに行く精神がやべえよ……」

 

 それは感想会というより考察会だった。

 ほかのクラスでは、いかに可愛かったか、楽しかったか、すごかったか、興奮したか、という話題で持ちきりの中。

 

 プロのアイドルになるためなら命を懸けるほど真剣な三人は、体育館ライブにおけるボーカルパートや振り付けの妙、狭い壇上での立ち回りの工夫、小さなミスが積もり積もって大失敗につながらないよう自他がミスった際のフォローやリカバリーが凄かったことについて、各々意見を交換する。

 

 その様子を、葛城リーリヤが見守っていた。

 

(三人とも、熱意がスゴい……! 1組に戻ってからずっと、授業合間の休憩時間になったら自然と集まって話し合ってる……そ(・)の(・)熱(・)意(・)が(・)持(・)続(・)し(・)て(・)る(・)の(・)が(・)ス(・)ゴ(・)い(・)……特に花海さんと月村さんは、いつも喧嘩が絶えないのに……おかげで今日は、物足りないくらい静かだったなぁ……)

 

 葛城リーリヤもアイドルになる熱意なら負けないが、アイドルに対する知識だと少し遅れている。さらに控えめな性格もあって、激しい口論にも発展しそうな考察会に気後れしてしまう。そのため傾聴することで学びを得ようとしていた。

 

 その時、長机に着いていた篠澤広が口を開く。

 

「わたし、聞いたよ?」

『────っ!!??』

「鳩の人・チョコの人・ぼーっとしてる人。三人に声をかけた。真乃は『ほわっ。特別なことは、何もしてないよ……! 三人で、一生懸命レッスン、頑張ったんだ……』って。智代子は『息を合わせるためバランサーを務めたつもりですが、透ちゃんのパフォーマンスに追いつくのに必死だったのは内緒です』って。透は『あー。うん。なんか、ね? いい感じだったから、うまくいけたの、かも』って」

『…………』

 

 篠澤広の気後れしないコミュニケーション能力は賞賛に値する。

 それはそれとして有益な情報は、園田智代子の発言程度しか得られていない。

 

「ちなみに早着替えについて聞いたら、智代子は『あれには実はタネも仕掛けもございません……とにかく練習あるのみでしたっ!』だって」

 

 それについて倉本千奈と花海佑芽が驚く。

 

「つまり本当のアイドルは、マジックもできないといけませんの~!?」

「早着替え……あたしがやったら、衣装とか破っちゃいそうだなぁ……」

 

 そこで花海咲季が問いかける。

 

「青のプロデューサー。ずっとあなたに聞きたいことがあったの」

「なんでしょうか」

「あなたから見て、わたしたちアイドル候補生と、プロのアイドルの違いは……なに?」

 

 一同は息を呑む。

 

「そうですねぇ……特に変わりませんよ?」

「え?」『……!』

「アイドルにプロもアマチュアもないでしょう。歌って踊って魅せれば、それはもうアイドルです。……無論、そういうことを聞きたいわけではないことは承知しています。──強いて言うなら、オーラが違いますね」

「オーラ……やっぱりそうよね……彼女たちは、バ(・)リ(・)バ(・)リ(・)の(・)ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)オ(・)ー(・)ラ(・)が出ていたわ!」

「ええ。より具体的に言えば、彼女たち────見(・)て(・)て(・)普(・)通(・)だったでしょう?」

「……えっ?」

「普(・)通(・)に(・)可(・)愛(・)い(・)。それが自然体(オーラ)。生まれついてのアイドル」

『…………』

「顔だけの話ではありませんよ。無意識の仕草。人に対する振る舞い。コミュニケーション。気質。人格。性格。その全てに、こちらは自然と魅入られている。それが天然由来の人もいれば、人工で造り出した人もいる。きっと彼女たちの日常生活は、すべてが普通で、ところどころ特別なんでしょうね」

 

 そんなことを口にした青髪のプロデューサーは、ふと椅子を回して事務所を見渡す。ひとりひとりのアイドル候補生の表情を見やり、愉快そうに微笑んだ。

 

「たとえば────篠澤さんの普通なところは、乙女心が満載なところでしょうか」

「っ!?」

「そして特別なところは、やはり神秘的な外見と、意外とノリの良い行動力」

「っ……」

「どちらも輝いている。普通の女の子としても、特別な女の子としても、輝いている子はそりゃ強い。バリバリのオーラがあるでしょうね」

「……────プロデューサーは、わたしを褒め殺そうとしてる……」

 

 篠澤広は真っ赤になって、しおらしい声を発する。

 

「月村さんは────」

「えっ!?」『マサカ ゼンインニ ヤルノ…!?』

「普通なところは、不器用なところでしょうか。特別なところは、純粋さを保っているところでしょうか。──ええ、すみません。綺麗事を言いました。あなたは言動が終わっていますので、日常生活(ふつうのところ)においてはアイドルオーラが消失しています」

「っ!!?」『ビェ…』

「もちろんそこが可愛くて世話を焼きたくなるのですが、それは赤子が人気である理由と近い。庇護欲というやつでしょうか。偶像(アイドル)が人気である理由とは、また異なる。まぁ同一視しても構いませんがね。赤子だって人類のアイドルなわけですし? そして、あなたの特別なところは、やはり鍛え上げられたパフォーマンス能力。ライブの上だけでしか輝けないところ、でしょうか」

「…………」

 

 月村手毬は涙目となる。さすがにこれは怒るべきだが、正直自覚はあるため何も言えなくなる。今すぐ青髪のプロデューサーに泣きつきたい。しかし衆目もあるため我慢する。

 

「倉本さんは────」

「お、お待ちくださいませー! わ、わたくしは、ご、ごご、ご堪忍をぉおおおーーーー!! 褒められてしまうのか落とされてしまうのか分からず、とてもじゃありませんが心臓が持ちませんわぁあああーーーーーーー!!」

「では藤田さんは────」

「あ……あたしも! タンマぁあああああーーーーー!!」

「おや? 珍しいですね。褒められるのは好きなのでは?」

「そう、なん、ですけどぉ……! 今! ここで! 女の子としてもアイドルとしても評価されたら……もうっ! なんか、色々と耐えられなくなっちゃいますぅーーーーーーっ!!」

 

 それに関しては葛城リーリヤも首を縦にブンブンと振っていた。

 赤面する花海佑芽も胸を押さえてドキドキを抑えており、自分もパスしますと言いたげに首を横に振っている。

 

「そうですか。では花海咲季さんは────」

「っ!?」

「普通に可愛いところは、背がちっちゃいくせに腹筋バキバキでチャレンジャーなところでしょうか」

「……!」

「特別に可愛いところは、姉の矜持を貫いており、絶対に諦めない不屈の精神があるところでしょうか」

「────」

 

 普段の花海咲季であれば、褒められたことが嬉しくて、ちょろい反応を見せてくる。

 しかし今は傷心中のためか見かけの反応は薄い。だが内心では疾うに陥落していた。

 

 一方、青髪のプロデューサーは腹(・)筋(・)バ(・)キ(・)バ(・)キ(・)という、自分の性癖をしれっと混ぜ込んでいたが、誰にも気づかれていないようす。

 

「さて、ここまで言いましたが……普通と特別の違いとは何か、気になりませんか? ぶっちゃけ私は“自己統計的に希少かどうか”で区別しています。つまり人によって変わります。となると要するに、極論どっちも同じなんですよ。だから私は“個性(オーラ)が特別で普通に可愛い”という言葉を用いた」

 

 かくして、いたずらを完了した青髪のプロデューサーは、最後に爽やかに笑ってパソコン画面に向き直る。

 

 静寂の教室。

 

 皆、アイドルとして褒められたことがうれしはずかしで鼓動が高まり、普通に振る舞えない。

 賞賛を拒否したアイドルたちでさえ、青髪のプロデューサーがどういう評価を下してくるのかは容易に想像できるため、つい想像の中で言われるであろうセリフを受けてドギマギしてしまう。

 

 倉本千奈は愛嬌があるところと資金力があるところ、だろうか。

 藤田ことねは自信なさげなところと世界一可愛いところ、だろうか。

 葛城リーリヤは笑顔が可愛いところと日本において外国人であるところ、だろうか。

 花海佑芽はノロマだけど身体能力があるところと才能の塊であるところ、だろうか。

 

 それらは普段から、青髪のプロデューサーが口にしていたことだった。

 ただそれを改まって口にしただけなのだが、アイドル達は気恥ずかしいのか、しばらくもじもじとしていた。

 

 

 

          §

 

 

 

 第九週・中頃。

 休日の朝方。芹沢あさひと放クラは、初星学園に遊びに来ていた。

 

「果穂ちゃん! 凛世ちゃん! みんな! ハナワカを捜そうっすー!」

「ええ!? で、でも、あさひさん! それは『ゴクヒジコウ』で……!」

「見つけるだけだよ! 誰にも話さないから大丈夫!」

「……そ、それなら……?」

 

 小宮果穂は、仲間のお姉さんがたを見やる。

 

「私は……大丈夫だと思うけど? 果穂によると変装してるみたいだし、捜すだけでも楽しそうだよね!」

「アタシも同感。たーだーし、初星学園に来た目的は────」

「────アイドル科の皆様との交流……故に」

「それをおろそかにしてはダメよ? 生徒達と交流しつつ、そのついでに捜す程度なら、私もいいと思うわ!」

 

 芹沢あさひは腕を組んで考え事。やがて納得したのか、うなずいた。

 

「むぅ……分かったっす! じゃあハナワカを見つけやすいところで、生徒と遊ぶっすよー!」

「それじゃあ、まずどこに行きましょう!? パンフレットを見たんですけど、すごく広くって……!」

「私は、あとで食堂に……!」

「食い意地張ってんなー! アタシは……体育館やグラウンドに行ってみたいな~」

「凛世は……皆様が赴くところに……」

「私はアイドル科の授業を覗いてみたいわね。アイドル候補生たちはどういうものを学んでいるのか、とっても気になるわ!」

 

 しかし今日は休日。授業はない。そのため一行は、さっそくグラウンドに向かう。

 そこではドッチボールをしている集団がいた。西城樹里が興味を示す。

 

「おっ。やってんなぁ~」

「わたしたちも混ぜてもらうっすよ! おーい!」

 

 一行は走って近寄る。

 ドッジボールは、AコートとBコートに分かれて競い、遊んでいるようす。

 

 ふいにAコートから雄叫びと戦闘音。

 

「どぉおりゃあああああああああ!! 喰らえお姉ちゃあああああん!! プロデューサーさん直伝のぉ゛! 取れない魔球ぅうううぉおおおおおお゛!!」

「っ────来なさい! ッ゛ッ゛……!!?」

 

 音の衝撃波(ソニックブーム)を思わせる轟音を一回はらんだ剛速球。

 花海咲季は激突の刹那、瞬間後退(バックステップ)と共にボールを抱え込んで抱擁(ほうよう)、威力を相殺、するが────突として高速螺旋回転するボールが腕の中から弾かれて宙を舞う。ボールは地面をバウンドした。

 

「ヅッ……?!」

「や……やったぁあああああ! 初めてお姉ちゃんに二連勝できたぁああああ!! これで三回勝負は、あたしの勝ちだね!」

「────三回勝負? 何を言っているのかしら、佑芽? 最(・)後(・)に(・)勝(・)て(・)ば(・)勝(・)ち(・)なのよ。先に二回勝利したほうが勝ちだなんてルール、最初から設けてないわ!」

「どえ゛ぇっ!? そ、そんなはずは────! ぷ、プロデューサーさぁん!!」

 

 姉妹対決を見守っていた青髪のプロデューサーは、花海佑芽に問われて物申す。

 

「はい。私は『最後に根を上げたほうが負け』と言っただけで、『三回勝負』とは一言も言った覚えはありません」

「ガーン! でもたしかに、そういえばそうだった……! むぅ……──じゃあお姉ちゃん! どっちかがぶっ倒れるまで勝負だぁああああああ!!」

「ええ! 受けて立つわ! わたしは、もう────何度負けたって、折れたって、逃げてなんかやらないんだから!」

 

 それでこそ“お姉ちゃん”だと、花海佑芽は瞳を輝かせる。複雑な心境でもあるが、やはり理想の姉で居てくれることは嬉しい。それはそれとして重責を背負わせてしまっている。だが、それでも。大好きな姉と競い合うことは、遊ぶことは、とても楽しいのだ。

 

 一方、Bコートでは────なぜか死屍累々。月村側の篠澤広と倉本千奈は、コートの上で目をぐるぐると回して青ざめながらダウン中。対決は、藤田ことね&葛城リーリヤvs月村手毬&インコくんの構図になっていた。実質2対1である。

 

「くっ……私のチーム、雑魚ばかり……!」

「ジャンケンで決めたんだから仕方ねーじゃん? オラ喰らえ手毬ぃ! 引導を渡してやらぁ!」

「こ、ことねちゃん……!?」

 

 いつもの愛嬌全開はどこへやら。意外とイイ性格をしている藤田ことねは勝ち誇った顔で全力投擲(とうてき)。月村手毬は飛び躱し、壁にぶつかって跳ね返ってきたボールをキャッチ。振り返って疾走、藤田ことねに投げ返す。同時に葛城リーリヤが前進、バレーボールの要領で、素早いボールを打ち上げる(トス)。そのまま落下すれば葛城リーリヤは退場してしまう。そのため藤田ことねは全力疾走からの大ジャンプ。抜群のダンス力からくる運動神経を活かして、ボールをキャッチしながら落下ざまにフェイント一発。

 

「っ!?」

 

 落下ざまに投げてくると判断して咄嗟に横っ飛びした月村手毬は失態を演じる。藤田ことねは着地ざまに回転を利かせたアンダースロー。カーブするボールは月村手毬の脚に当たって────ボールは地面にバウンドした。

 

「いえーい! リーリヤ、ナイス度胸ぉ……!」

「ことねちゃんも……! ナイス、です……!」

「くっ……!」『クヤシイ! モッカイ! モッカイシヨ!! マダマケテナイカラッ!!』

 

 一方、Aコートから爆撃音。

 勝利の絶叫がブチ上がった。

 

「ハァ、ハァッ……!! わ────わたしの、勝ちィイイイイイイイイッッ!!」

「ヌッッッッッぐぬ゛ぬぬぬッッぅ゛おおおおお゛おお゛お!! ぐぅうやぁああじいぃ゛いいい゛いいい゛ッ!!」

 

 青髪のプロデューサーは思わず拍手する。

 

「休日に羽を伸ばしてもらいつつ、共に遊んで団結していただく予定のはずが……なぜかとんでもなく白熱した勝負を魅せられました。みなさんお疲れ様です。一旦休憩にしましょう。こちら、はちみつレモンです」

『……!!』

 

 皆、食欲をそそられて集まってくる。

 そこで葛城リーリヤは、内心少し興奮していた。

 

(これが日本のアニメで見た、部活終わりに出てくる伝説のはちみつレモン……! 青春の味……! ど、どんな味なんだろう……? 一度食べてみたかったんだよね……!)

 

 もぐもぐと食べるアイドル達。

 そして青髪のプロデューサーは、コートの外に見覚えのある顔ぶれが揃っていることに気づいていた。網越しに近づいて会釈、扉を開けながら挨拶する。

 

「おはようございます。283さんですね?」

「はいっす! スゴい勝負してたっすね! わたしたちも混ざっていいっすか?」

 

 どうやら芹沢あさひは、青髪のプロデューサーの正体に気づいていないようす。

 唯一その正体を知る小宮果穂はドキドキ。目を見張ってオロオロ。見上げると、青髪のプロデューサーと目と目が合う。しかし青髪のプロデューサーは他人行儀に笑いかけて会釈するのみ。完璧に他(・)人(・)の(・)ふ(・)り(・)を演じていた。

 

「もちろんです。どうぞ中へ。……ただ、私の担当アイドルたちが、粗相(そそう)をしなければよいのですが……」

『……??』

 

 放クラのお姉さん組は思う。

 粗相とは、これまた心配症な。むしろこちらこそ粗相がないよう勤めなければならない。

 

「みなさん。283さんが遊びに来てくれましたよ。仲良くしてくださいね。──特に月村さん」

『──……??』

 

 はちみつレモンを食べることに夢中だったアイドル候補生たちは、283の面々を見てあっと驚く。

 

「あ、智代子だ。おはよう」

「おはようございます! 智代子さん! また初星学園に来てくださって嬉しいですわぁ!」

「おはよう! 広ちゃん! 千奈ちゃん! 今日はユニットのみんなで来たんだ!」

 

 その掛け合いを見た西城樹里は、驚きつつ微笑んで感心する。

 

「チョコ。さっそく友達できてんのか……さすがだなぁ!」

「えぇっ!? 急にどうしたの樹里ちゃん……?!」

 

 園田智代子は友達作りの達人。そういうところが尊敬して大好き。

 そのようなことを小宮果穂・杜野凛世・有栖川夏葉が揃って言う。

 

 恥ずかしがる園田智代子は、ともあれ自己紹介と他己紹介の幹事役を進んで努める。

 本来なら客人である283のほうが先に自己紹介するべきなのだろうが、その前に初星学園のアイドル候補生たちが自ら進んで名乗り出た。その瞳には闘志を燃やしている者が少なくない。

 

「わたしは花海咲季! 未来のトップアイドルよ! 283の先輩がたには、胸を借りるつもりで挑ませてもらうわ!」

「私は月村手毬。──弱いアイドルには用無いから」『キンパツ コワイヨォ…! フリョウナノカナァ…?』

「はいはーい! 藤田ことねでぇ~す! ちょっと感じ悪い人いますけど、気にしないでくださいね♪ それとぉ……放クラのみなさんのことは、テレビや雑誌など様々な媒体で拝見させております! よ……よろしくお願いしまっす!」

「わたしは篠澤広。よろしくね」

「わたくしは倉本千奈ですわ! 気軽に千奈と呼んでくださると嬉しいです!」

「あたしは花海佑芽! 花海咲季の妹でーすっ! この人数でドッジボールしたら、もっと楽しくなりそうだよね……!」

「わたしは、か……葛城リーリヤ、です! よろしく、お願いします……!」

 

 一度に七人の自己紹介。名前を覚えるために、小宮果穂は指に文字を書いて覚えようとする。

 

「えっと……咲季さん! 手毬さん! ことねさん! 広さん! 千奈さん! 佑芽さん! リーリヤさん! ……ですよね!? ──みなさん、自己紹介、ありがとうございますっ! そしてぇ……あたしは、放課後クライマックスガールズの、レッド! 小宮果穂ですっ!! よろしくお願いしますっ!!」

 

 天真爛漫な笑顔。その純粋さには誰もが目を奪われる。

 ────それはそれとして。168事務所のアイドル達は、小宮果穂と顔を合わせるのはこ(・)れ(・)で(・)二(・)度(・)目(・)である。

 藤田ことねが叫んだ。

 

「や……やっぱりぃっ!! プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)の(・)妹(・)って、放(・)ク(・)ラ(・)の(・)果(・)穂(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)だったんだー!!?」

『──……っッ!!?』

 

 青髪のプロデューサーは何事かと眉をしかめる。

 彼は風(・)邪(・)を(・)引(・)い(・)て(・)寝(・)込(・)ん(・)で(・)い(・)た(・)日(・)の(・)こ(・)と(・)を、あ(・)ま(・)り(・)良(・)く(・)覚(・)え(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。

 

「っ……! あ、あのっ……そ、それは……?!」

 

 一方の小宮果穂は、やはり嘘をつくことに慣れていない。

 そういえばそうだったと思い出して、どうしようどうしようとあわてふためく。

 

 放クラは、青髪のプロデューサーと小宮果穂を見比べて、頭の中が疑問符で埋め尽くされていた。

 

「い、妹……?」

「……????」

「果穂、さん……?」

「…………??」

「あ、えっと……! ────ほ、放クラ! 緊急集合ですぅうううううう!! り、リーダー命令、ですぅうう!」

 

 小宮果穂は、初めてリーダー権限を濫用した。

 それほど追い詰められているのだろう。小宮果穂はコートの端っこに移動。訳が分からないなりに走って付いていく放クラのお姉さん組。芹沢あさひは放クラではないので、ひとりぽつんと残ることにした。

 

 一方、篠澤広は、青髪のプロデューサーに対して率直な疑問を投げかける。

 

「でも、プロデューサーの本名は────のはず。果穂とは苗字が異なる。これはどういうこと?」

「…………」(────やっべ。なんの話なのか一向に分からん……ただまぁ、たぶん俺が風邪を引いた日に何かあったんだよな……? あのあと果穂とこいつらが何を話したのか聞くの、すっかり忘れてたぜ……しくった……ふっつーに失態を晒した……)

「……プロデューサー?」

「……」(しっかし、妹ぉ……? まさか俺との関係を“妹”と話したのか? 嘘だろおい。来月『ICF』があるんだから、そんな嘘は速攻でバレる。つーか、色々と話題(うわさ)になる危険もあるだろうに……慣れない嘘なんてつくから……ったく誰の入れ知恵だ? まぁたぶん283のプロデューサーさんだよなぁ……まぁ一期一会ならその嘘もいいが、次また会う機会がある人につく嘘じゃねぇっての。嘘はTPOが大事なんだぜ果穂……?)

「みんな。どうしよう。プロデューサーが固まっちゃった……」

「──」(──さて、どうすっか。嘘を上塗りしても、果穂のメンタル面がキツいだろう。罪悪感がモロに顔に出てたし……どうせ嘘に虚実を織り交ぜてもすぐバレる。──となると正直に? そうすると色々とバラすことになるから、恋愛的な話題に発展するよな。プロデューサーとアイドルの禁断の恋? 天道唯我とバラしたら、男性アイドルと女性アイドルの禁断の恋? おいおい月村さんが口滑らせてこの噂広めて色々と終わるだろコレ。────あー、もう詰みじゃねこれ?)

 

 青髪のプロデューサーは真顔(ポーカーフェイス)で瞬発思考。超高速の逡巡を繰り返す。

 次の一言で、小宮果穂と天道唯我のアイドル生命が終わるかもしれない土壇場の瀬戸際。天道唯我が終わるのは構わないが、小宮果穂に対しては迷惑をかけられない。

 

 やがて青髪のプロデューサーは、月村手毬の背後に回って裸絞め(スリーパーホールド)を極(き)めた。

 月村手毬は急激に命の危険を感じて何度もタップするが────

 

「へっ? ちょ、なにプロデュ────グフッ!? ──スヤァ……」『ナ、ナンデ…─』

 

 ────白目を剥いて意識を剥奪された。

 

『……っッ?!?!』

「さて、みなさん。命が惜しくば、耳をかっぽじってよぉくお聞きください。──来月(しちがつ)の初旬が終わる頃には全てを説明いたします。──というのも、実はそんなに重要な件ではなく。『ICF』に向けた、非常に大掛かりなドッキリ企画が進行中なので、今の話は聞かなかったことにしてください、ということです。……分かりました、ネ?」

 

 青髪のプロデューサーは真紅の炯眼(けいがん)を以て睨みつける。

 まるで人を殺すような目つきだ。現に今この場で一人を眠らせてしまった。

 

「……分かった。約束する。プロデューサーを困らせるようなことは、したくない」

「本当にありがとうございます篠澤さん」

「それはそれとして、わたしにだけは、教えてくれる?」

「マジいい加減にしてください篠澤さん」

 

 最後に青髪のプロデューサーは、芹沢あさひを見つめる。

 

「あなたもです。芹沢あさひさん」

「……なんで?」

「どうか後輩を助けると思って、カッコいい先輩風を吹かしてください」

「……?? わたしは、先輩じゃないっすよ?」

「いいえ。あなたは私の先輩です。なぜなら合言葉は────『ハナワカ』ですから」

「────、──……」

 

 芹沢あさひは目を見開いてのけぞる。

 大口を開けて、伸ばした指先を口の前に覆う。

 

 一方その頃。

 放クラ緊急会議では。

 

「────ということなんですぅ……!」

「そ、そういう、ことだったのかぁ……! ──っていうか、あの青い髪の人、ほんとにアルファくんなのぉ~!? いやでも言われて見ればたしかに面影が……!? 変装技術が高すぎる……!!」

「なるほど……風邪の見舞いに行った先で、アルファさんの“妹”って名乗っちまったのかぁ……」

「委細、承知しました……」

「でも、なんで果穂はア(・)ル(・)フ(・)ァ(・)さ(・)ん(・)の(・)妹(・)だ(・)ってウソをついてしまったの?」

「っ……! そ、それは……っ!」

「な、夏葉ちゃん! それはね……? えっとね……!」

「あー……そういう関係だって、バレないためだろ?」

「然様かと……少女漫画では、よく見受けられる展開です……」

「あら、そうなの……? 理屈はよくわからないけど……ともあれバレてしまうとややこしいことになるのは分かりきってるわね。なら具体策を立てましょう。誰か考えはある? 私はまだ無いわ!」

「あ、あたしは……誰にも迷惑をかけないためには、どうすれば……って……────うぅ……それならウソなんてつかないほうがよかったっていうのは、そうなんですけどっ……!」

「う~ん……仮に、正直に『ウソですごめんなさい!』って謝ったら『じゃあなんでそんなウソついたのか?』って掘り下げられて、もっと大変なことになるかもしれないし……」

「かといって隠し通せるか……?」

「……掘り下げに対して、適当な言い訳をこまねいたとしても……少々、怪しいかと……」

「なら嘘は嘘として張り通す? その場合、果穂のお兄さんにも協力してもらう必要が出てくるかもしれないけど……」

 

 円陣を組んでヒソヒソ話する放クラ。

 そこへ青髪のプロデューサーもといアルファが、果穂と智代子の脇の下を通って入ってくる。

 

「それには及びません」

『……!?』

「既にこちらで対処しました。どのみち来月上旬には身元を明かすつもりでしたので、それまで『兄妹関係の話題は禁止』だと、担当アイドル達に言い含めてきました。仮に妙な噂が流れても、こちらできっちり対処します。とりあえず今は────何(・)事(・)も(・)無(・)か(・)っ(・)た(・)か(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)振(・)る(・)舞(・)っ(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)。かつ、兄妹関係の話題は全スルーでお願いします」

『……!!』

 

 彼ほどの人がそう言うのであれば、それに従うのが得策であろう。

 青髪のプロデューサーと放クラは、知らぬ存ぜぬを通して戻ってくる。

 

 ふいに芹沢あさひは腰に拳を当てて胸を張り、小宮果穂に宣言する。

 

「果穂ちゃん! 任せて! 何が起きてるのかは分からないけど……わたし、果穂ちゃんとハナワカのことは、絶対に守るから!」

「……っ!! あさひさん……!」

 

 よくわからないが、場は収まりそうな気配。

 アイドル候補生たちは未だに困惑しているが、青髪のプロデューサーは間髪を入れず話を進める。

 

「それではドッジボールをしましょう。未だ納得が行っていないようすの藤田さん・佑芽さん・葛城さん・篠澤さんの三人は、この勝負で負けたら、きっちり期限(しちがつ)まで追(・)求(・)を(・)諦(・)め(・)る(・)ということで」

「っ!? や、あたしはぁ~……別にぃ……?」

「……分かりました! あたし、絶対勝ちますね……!」

「わ、わたしは、そのっ……!」

「……分かった。負ける気しかしないけど、やろう」

 

 一方の花海咲季・倉本千奈は、いったい何が何やらという気分だが……妹と友達が挑むというのであれば、姉として、友として、助力は惜しまない。

 

「青のプロデューサーには、何やら秘密がある、ねぇ……なら佑芽。わたしも手伝うわよ!」

「お、お姉ちゃん……! ありがとぉ~~~~!! あたし、プロデューサーさんのこと、もっと知りたいんだ! だから内緒事なんて、勝って暴いてやるぅうう!」

「篠澤さん! わたくしもご助力いたしますわ! 先生の味方もしてあげたいのですけれど……友達の味方のほうが、わたくしとしては優先してしまいますの……!」

「……ありがとう、千奈……全然期待してないけど、一緒に頑張ろう……」

 

 たしかに自分では全然戦力にならないであろうが、そこはせめて期待してほしいと、倉本千奈はツッこむ。

 やがてAコートの右と左に、自然とチームが分かれた。

 

 西は────青髪のプロデューサー、小宮果穂、園田智代子、西城樹里、杜野凛世、有栖川夏葉。

 東は────芹沢あさひ、花海咲季、花海佑芽、藤田ことね、葛城リーリヤ、篠澤広、倉本千奈。

 ベンチには────睡眠中の月村手毬とインコくん。

 

 すかさず青髪のプロデューサーが突っ込んだ。

 

「ちょ。なんで芹沢さんが、そちらに……?」

「ごめん! それはそれとして、ハナワカとは戦いたい!」

「なるほど……これだから戦闘民族は……」

「……? わたしは地球人だよ?」

 

 芹沢あさひは、なに食わぬ顔で敵陣に仁王立つ。

 怪物級天才と天才姉妹の天才三名が揃ってしまった。これは非常にまずい。

 

「──是非もなし。放クラのみなさん。私を司令塔として、指示を聞いてくれますでしょうか……?」

『……! ────!!』

「ありがとうございます。では──まず要注意人物は、花海姉妹です。ふたりはプロアスリートの血を引く天才児。これに真っ向から相対できる猛者は、私と杜野さんしかおりません。西城さんも競技経験を活かせば喰らいつけますが、それも一回が限度です。二回目の攻防では確実に敗北する。そこで蹂躙を避けるため作戦があります。──西城さんをキーマンとして、小宮さん・園田さん・有栖川さんの四名体制で陣形を組んでください。かつ攻防役を分けます。攻撃は私と杜野さんの二名。攻撃補助は西城さん一名。捕獲は西城さん・小宮さん・園田さん・有栖川さんの四名。ちなみに捕獲役は回(・)避(・)行(・)動(・)禁(・)止(・)の縛りを設けます」

『……っ!!?』

 

 とんでもない指令である。

 しかし、そうしなければ音速突破のごとしボールに太刀打ちできないということなのだろう。

 

 さっそく西城樹里と有栖川夏葉が叫ぶ。

 

「チョコ! アタシの後ろに付け! アタシが吹っ飛ばされないよう支えるんだ!」

「……っ!」(そ、そういうことか────!)「了解だよっ!」

 

「果穂! あなたも私の背後に! 身長差が近いほうが支えやすいはずよ!」

「! わかりましたぁっ……!!」

 

 放クラは、明らかに覚悟を決めた布陣を敷く。

 対する花海咲季は、あまりにも早すぎる圧倒的な団結力と連携力を目にして息を呑む。

 

「……佑芽。あの人たち、アイドルだからって侮れないわよ……」

「えっ? で、でも、球技でお姉ちゃんは無敵なんだよね……?」

「もちろんよ! ただし絶対に油断しないで……これが県大会・決勝のつもりで挑みなさい……!」

「っ……!」(そ、そこまでレベルが高いってこと……!? ……)「わ、わかった……!!」

 

 

 

 北

西 東

 南     扉

────────────

      |

 果夏   | あ  広

    α |    千

      | 咲

 智樹   | 佑 リ

    凛 |   こ

      |   

────────────

     ベンチ 手

 

 

 

 試合開始。

 ボールはアルファが持っている。

 

「最初はそっちボールでいいですよ。かかってきなさい、最弱チーム」

『っ……!?』

 

 アルファはボールを相手陣営に投げ渡した。

 転がってきたボールを花海佑芽が受け取る。

 

「────どぉおおりゃあああああっ!!」

 

 勝負事に遠慮はなし。空を切り裂く剛速球。狙いは有栖川夏葉。

 

(っ────来た……!!)

 

 有栖川夏葉は超回転するボールを胸部に迎え入れる。意想外の衝撃力。後ろで有栖川夏葉の背中を支える小宮果穂の両手にも重苦しい衝撃が伝播した。直後、あまりの回転に抱擁が弾かれた。北に向かって宙を舞うボールの回転はやまない。落ちればアウトだ。

 

「しまっ────!」

「夏葉さ────!」

 

 ボールの回転方向から北に弾かれると判断していたアルファは既にそこへ疾走済み。壁に跳ね返ってさらに軌道が読めなくなった回転ボールが床に落ちる間際────バレーボールの要領でトス。自陣中央に大きく打ち上げた。

 

『……!!』

 

 位置関係的に杜野凛世は南側で待機中のため距離が遠い。最も距離が近い西城樹里が走り出す。跳躍。捕獲。最も距離の近い花海咲季と花海佑芽にターゲットを絞る。

 

(っ!! 隙がない……!?)

 

 西城樹里は瞬発思考────このまま投げれば受け止められて反撃され即落ち。フェイントを仕掛けても微動だにしない。

 

「凛世!!」

 

 突としてアルファが叫ぶ。西城樹里の右視界端に杜野凛世が駆け込んでいた。着地前に首の返し(スナップ)を利かせて南側へ大きくパス。しかしギリギリ間に合わない。杜野凛世はドッジボール未経験。勝手が分からないなりに飛び出したはいいものの、かなり出遅れていた。手を伸ばすもボールまで届かない。

 

「蹴り飛ばせ!」

「────!!」

 

 手が届かないならば足で。アルファの叫びに従い、瞬時に両手を後ろに振りかぶり、着物であるというのに、蹴鞠(けまり)の要領でボールを蹴り飛ばす。動揺した藤田ことねは受け止めきれず、怪我を回避するため身を守ることを優先。肩口に当たるはずのところを右二の腕で受け止めて跳ね飛び、となりに立っていた葛城リーリヤが捕獲せんとしてアウトを防ごうとするも、無回転シュートからのバウンドは一切の軌道が読めず、手首に当たって落としてしまう。ダブルアウト。

 

 そこで花海咲季が指を差して叫んだ。

 速やかにアルファが反論する。

 

「ちょっと! 足はルール違反よっ!!」

「おやぁ? これはあくまでお遊びですよ? 競技のように厳格なルールは敷かれていない。あくまで『ボールが体に当たって地面に落ちればアウト』という単純なルールで行われています。それ以外は無法地帯だ。それともなんです? まさか負け犬の遠吠えで?」

「な────なんですってぇええええええっ!? いいわよ認めてやろうじゃない!! その代わり次からはこっちも蹴るわよ! どうせ遊びなんだから!」

「どうぞどうぞ。もっと吠えてください」

「ムッキィイイイイイイイ────!!」

 

 煽られた花海咲季は、両腕を機関車のようにぶん回しながら地団駄を踏む。それはともかく、彼女はドッジボールの無法化を言いくるめられて、キック有りを認めてしまった。

 そのことでアルファは内心、勝利を確信する。

 

(よしっ! ルール有りならこっちの完敗だが、なんでも有りならこっちが完勝できる! まったく、そのチョロさが敗因だぜ? 花海咲季……!)

 

 一方、西城樹里は呆れつつ苦笑い。

 園田智代子は青ざめて戦慄(ゾッと)していた。

 

(ったく……アルファのやつ、大人げねーんだから……)

(えっ。ちょっとまって? け、蹴りの威力で……ドッジボールが飛んでくる……? それって、もはやサッカーではぁ……!? ひぇえええ……!!)

 

 しかし園田智代子以外の放クラメンバーは、密かに闘志を燃やしていた。杜野凛世と有栖川夏葉はドッジボール未経験ゆえ良く分かっていないが、小宮果穂と西城樹里はキック有りという特殊ルールに、ちょっとワクワクしている模様。

 

 試合再開。

 花海佑芽がボールを回収していた。

 

「うぉ゛おおお゛おお! リーリヤちゃんと゛ことねちゃんの゛かたきだぁ゛あああ゛ああああーーーーー!!」

「────来なさい!」

 

 花海佑芽と有栖川夏葉の対決。

 迫り来る剛速球。今度こそ受け止める。両手両腕胸部の中で激しく回転して肌が擦り切れていく中、有栖川夏葉は痛みをこらえて歯を食いしばって────ボールの回転を止め切った。

 

「っ!? 佑芽のボールを、止めたですってぇ……!!」

「そ、そんな……!!」

 

 その代わり有栖川夏葉は、大いなる代償を支払っていた。

 手と腕の感覚がない。ボールを抱える力が残っていない。ポトンと抱擁をすり抜けて地面をバウンドするボール。有栖川夏葉は片膝を就く。

 

「くっ……!」

「な、夏葉さん……!!」

「ありがとう、果穂が支えてくれた……そのおかげで、今(・)度(・)は(・)完(・)璧(・)に(・)止(・)め(・)ら(・)れ(・)た(・)わ(・)……!!」

 

 有栖川夏葉はアウトになっているというのに、とても嬉しそうな表情で眼光鋭く勝ち誇る。

 それに面食らった花海佑芽は、悔しがって指さした。

 

「っ──!! ぐぬぬぬぬぬぅ……! でも、落としちゃってるから、あたしの勝ちだよっ!!」

「ええ! だから果穂……このボール、あなたに託すわ!」

「……! 夏葉さん────は゛い゛っ゛!! 仲間の思い、受け取りましたぁ!!」

 

 小宮果穂はボールを手に取る。

 前方に立つアルファの横顔を見やる。視線が合う。

 

「……────えいっ!」

 

 小宮果穂はアイコンタクトでパスした。アルファはしっかりと想いを受け取る。すぐさま男の体格(フィジカル)を活かして豪速球。花海咲季はフィジカル勝負による捕獲を断念して一歩後退回避。否、もとより壁に向けて放っていた。爆音を立ててボールが跳ね返り、天高く宙を舞って白線の中央に落ちてくる。

 

『……!!』

 

 花海佑芽と杜野凛世の間に落ちてくる。

 両者駆け出す。先にボールを獲ったほうが勝つ。跳躍。限界まで手を伸ばす。肩と背中がぶつかり合う。どちらも体幹がブレない。花海佑芽の指先が届いた。手招いてボールを捕獲。空中で投擲。杜野凛世は横に一回転して振り返り捕獲。

 

「っ!?」

 

 投げ返す。花海佑芽は受け止めて瞬時に投げ返す。杜野凛世も受け止めて華麗に投げ返す。受け止めた花海佑芽は着地ざまに膝狙いの回転アンダースロー。杜野凛世は膝を折り敷いて受け止め、回転して左腕と左腰の間に抜けていくボールをあえて遊ばせて背中に回し右腕と右腰の間にボールを手繰り寄せて投げ返す。

 

 ────ゼロ距離の投擲合戦。

 優等生の天才と落第生の天才が極限の集中下で激突、瞬間瞬間の応酬を果てしなく繰り返す。

 しかし体力(スタミナ)に関しては花海佑芽に圧倒的な軍配が上がる。疲弊した杜野凛世は集中力が途絶えてボールが肩口に当たり地面にバウンド、転がるボールを────西城樹里が拾い上げた。

 

「っ!」

「おらぁ!!」

 

 花海佑芽の肩口にヒット。仇(かたき)は取った。

 転がるボールを────すかさず花海咲季が拾い上げる。

 

「妹の仇は、お姉ちゃんが取るッ!!」

 

 圧倒的なパワーと技巧を凝らしたカーブストライク。西城樹里は受け取り損ねて腕の中からボールが弾かれる。慌てて西城樹里を追いかけていた園田智代子の眼前に迫るボール。慌ててボールを取ろうとするも、超回転が掛かったボールは園田智代子の両手を弾き飛ばした。頭上を飛び越えてすぐ背後にボールがバウンド。そこへ駆け込む長身の影。

 

「────っ!?」

 

 園田智代子の背後に駆け込んでいたアルファは既にボールを拾い上げており、横っ飛びの姿勢からカーブシュート。ありえない体勢からの投擲は速度(パワー)半減。

 

(これなら取れるッ!!)

 

 花海咲季は捕獲の構え。

 アルファは勝利を叫んだ。

 

「たわけ! 灯台下暗しだ!」

「────」

 

 口撃(精神攻撃)は完全(ガン)無視。否、本当にそれで良いのか? 眼前に映るはボールのみ。否、アウトになって悔しがり歯噛みする西城樹里が起(・)き(・)上(・)が(・)ろ(・)う(・)と(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。彼女は背後から迫る豪速球に気づかない。そのままでは頭部に命中する。まさか────

 

「あいだっ!?」

 

 ────西城樹里の頭部に命中したボールは、軌(・)道(・)を(・)変(・)化(・)。

 

「ッッ────!!?」

 

 予想着弾地点を見誤った花海咲季は受け取り損ねる。ちからづくでボールを抱こうとするも回転が掛かっているため弾かれて逃げられてしまい、頭上を飛び越えたボールを追って掴もうとするも回転が指先を弾いて手繰り寄せることができない。

 

 ボールが地面をバウンドする。

 

「すんません西城さん! でも────しゃあっ!!」アルファはガッツポーズ。

「うえぇっ!? じゅ、樹里ちゃん!! 頭、だいじょうぶ……っ!?」

「ってて……や、びっくりしただけで、あんま痛くないな……つーか、アルファ────アンタなぁ……!」

「ごめんなさいっ!」

 

 アルファは起立して礼。爆速でお辞儀する。

 西城樹里は目くじらを立てるが、同時に感心もしていた。その手の戦術なら許容範囲内である。それよりも気になることがあるため、疑問を口にした。

 

「でも……アタシはもうアウトになってた。アタシに当たってから咲季に当たったのなら、もうアウトになってるアタシが当てたことになる。ってことは、今の咲季のアウトは無効じゃないのか?」

 

 西城樹里の言う通りである。

 しかし花海咲季の表情は、そうは言っていない。

 

「その理屈が通るかどうかは、そこの敗(・)北(・)者(・)の(・)顔(・)を見てみれば、分かるんじゃないっすかね?」

「っ……!!」

 

 震える花海咲季は、何も言わずコートから立ち去った。

 自分は青のプロデューサーとの真剣勝負に負けた、と認めたのだ。試合では無効試合だが、勝負では完敗した。それゆえの辞退。誰よりも真摯で潔い挑戦者は、すぐさま青のプロデューサーを強敵と認めて、いつかリベンジしてやろうと、次の勝負の場と作戦を練り始める。

 

 試合再開。

 残る者は、アルファと小宮果穂vs芹沢あさひと篠澤広と倉本千奈のみ。3対2である。実質1対1でもある。

 

「ハナワカ……ようやく勝負できるね」

「そうですね。今回ばかりは逃げられない。よって、当然のように勝たせていただきます」

 

 芹沢あさひがボールを拾う。境界線まで前進しながら技も何もない全力投擲。アルファはキャッチ。同じく前進しながら即投げ返す。受け取って投げ返す、受け取って投げ返す、捕獲投擲、捕獲反撃────やがてアルファと芹沢あさひは、杜野凛世と花海佑芽のように────ゼロ距離での投擲合戦を始めていた。

 

 肩・手・腕・肘・胸・腹・膝・脚・足。あらゆる部位を狙ってフェイント交えてギリギリの応酬を繰り返す。

 

 不意にアルファは受け止めたボールを斜め後ろに投擲(スナップパス)。

 

「──っ!?」

「攻撃!」

 

 小走りして受け取った小宮果穂は、アルファの叫びを受け、芹沢あさひ目がけて「とりゃああ!」と投げる。それは芹沢あさひならば難なく取れる威力。ただしボールの軌道上には、アルファの手が容易く届く。芹沢あさひは目をかっぴらいて眼光鋭く瞬発考察。

 アルファは肘を伸ばす。自らの肩のそばを通って芹沢あさひの体を狙うボールに手を伸ばす。

 

 触れれば軌道変化。触れなければ直進軌道。

 刹那の読み合い。芹沢あさひは前者と判断。

 表情を読むアルファは瀬戸際の際まで待機。

 芹沢あさひは読心を見越して後者を再選択。

 回答時間到来。アルファは────触(・)れ(・)た(・)。

 

 手のひらでボールを覆ってつま先めがけてダンクシュートのように叩きつける。咄嗟につま先を引いていた芹沢あさひは全力サッカーシュート。アルファの腹部に激突すると同時、あらかじめ跳躍していたアルファは威力相殺、両の逆手で受け止めていたボールを前方に突き飛ばす。

 

「!!」

 

 芹沢あさひの膝にボールが当たって宙を舞う。慌てて背後に跳んで取ろうとするが遠くて間に合わない。すると倉本千奈がこけながらも駆け出した。天高く舞うボールを取ろうとするが────

 

「いたっ!?」

 

 ────キャッチできず、自分の頭にボールがぶつかって地面に落下。ダブルアウトである。

 

「っ────うぅ~! くやしいぃいいいいい~~~~!!」

 

 ゆっくりと転がるボールは────篠澤広のつま先にぶつかって止まった。つま先に激痛。篠澤広はボールを拾い上げる。ゆっくりと前進。境界線ギリギリで仁王立ち、アルファと見つめ合う。

 

「……えいっ」

 

 それは攻撃だったのだろうか。まるでアルファに手渡ししたのかと思うほど弱々しい投擲。手渡しされたかのように受け取ったアルファは「ふぅ……」とため息。後方の小宮果穂にパスする。

 

「えっ? あ、アルファさん……?」

「自分の不始末は、自分で掃除しろ」

 

 アウトになっていないはずのアルファは、なぜかコートを立ち去る。

 小宮果穂vs篠澤広。

 

「ふふ……ままならない、ね? ──女同士の勝負だ」

「────っ!!?」

 

 篠澤広は不敵に微笑む。

 小宮果穂は目を見開いて激しく動揺。

 

(も、もしかして、この人……あたしのウソに、気づいて……?)

 

 それはそれとして。

 ひとりの男を巡る対決というのであれば、負けていられない。

 

「────はい! では、いきますっ! とぉおりゃあああああああっ!!」

 

 小宮果穂は渾身の一撃を投擲。

 無論、相手のかよわさを考えて、威力は抑え目にした。……かなり抑え目に、したのだが。

 

「ぐふっ────!?」

 

 弱く柔らかいボールが胸元に当たった篠澤広は、なんと一撃で昏倒。

 衝撃と激痛に青ざめた直後、意識を刈り取られて背中から倒れる。

 

「え────えぇええええええっ!? だだ、大丈夫ですかぁあああああ……!!?」

 

 かくして仁義なきドッジボール対決は、アルファ側の勝利で決着がついた。

 

          §

 

 数分後。

 まぶたをパチっと開いた月村手毬は起き上がる。

 

 篠澤広を介抱する小宮果穂と倉本千奈。

 お互いの健闘を称え合う花海姉妹と西城樹里・有栖川夏葉。超高速回転ボールなどを受け止めたことで両手を擦りむいた樹里と夏葉の手に、花海姉妹は適切な処置を施している。

 園田智代子は、葛城リーリヤや藤田ことねと談笑中。

 杜野凛世は、芹沢あさひが語る敗北の悔しさについて、延々と話に耳を傾けてうなずいていた。

 一方、全員にはちみつレモンを配っている青髪のプロデューサー。

 

(……なんか、私が知らないうちに、みんな仲良しになってる……)

 

 月村手毬は、なぜ眠っていたのか思い出せない。

 藤田ことねと葛城リーリヤにドッジボールで負けて、放クラの方々と挨拶して────そこから記憶が存在しない。藤田ことねが小宮果穂と青髪のプロデューサーを見比べて、何かを言い出そうとしたところから、記憶が曖昧だ。

 

 ともあれ月村手毬は、やりたいことをやり始める。

 起床。放クラの面々の前に立ちはだかる。

 

『……??』

 

 姿勢は面と向かわず、斜めを向いて上から見下すように。

 目つき鋭く腕を組んで、とにかく舐められないよう大仰に振る舞う。

 

「単刀直入に聞きますけど。放クラの皆さんって、誰が一番、人(・)気(・)が(・)無(・)い(・)ん(・)で(・)す(・)か(・)?」『コウガクノタメニ キイテオコウ!』

 

 ────これまた何を思ったのか、ヤツはぶっこみやがった!

 

 藤田ことねは背筋に悪寒が凍(はし)って顔面硬直。青ざめるを通り越して顔面蒼白。死人の形相と化した。もはや擁護できん。助け舟も造船所で破壊された。

 

 放クラの面々は、互いの顔を見やる。

 

『う~ん……』

 

 皆一様に腕を組んで空を仰ぎ、真剣に悩み出す。

 そこで西城樹里が苦笑しつつ言った。

 

「まぁ……やっぱアタシじゃねーか? ファン層とか? そういうのは、アタシのほうがちょっと狭いだろうし……」

「そ゛んなこ゛とはありませ゛んっ!!」

「そうだよ樹里ちゃん!!」

「はい……たとえ、そうであったとしても……凛世は……樹里さんの大ファンでございます……」

「そうよ樹里! もっと自信を持ちなさい! ファン層という論点から詰めるなら、私も似たようなものよ! だからたくさんの仕事を受けて、多くの人に知ってもらおうと努めているんじゃない!」

「だぁー! 分かってるよ夏葉……今のは、その……な? 分かれって……」

 

 凍りついた場を和ますために、自ら汚れ役を買っただけである。

 優しい西城樹里はベンチから立ち上がる。月村手毬を見据える。

 

「……!」『ヒィッ…! オ、オコッテル、カナ…? オコッテル、ヨネ…』

「……それで? 手毬(アンタ)はそれを聞いて、どうしたいんだ?」

「…………いえ、もう答えは聞かせてもらいました。ファン数が少ないなら、仕事をたくさん受ける。ま、言われてみれば当たり前の基本(こと)ですけど……それで何か、成果はありましたか?」

「まぁ、ぼちぼち?」

 

 藤田ことねは迷う。今この場で月村手毬のドたまを引っぱたいて逃げ出せばなんとかなるだろうか。否、なんともならない。助けを請うように青髪のプロデューサーを見やる。

 しかし彼は腕を組んで姿勢を崩し、面白い場面を見るように静観していた。

 

(ぷ……プロデューサーぁああああ! なに見守ってんだぁ! 止めろよぉおお!? あいつの暴走を止められるのは、あんたしかいないでしょうがぁあああああーーーーーーーーー!!?)

 

「ふーん……ぼちぼちってことは、あまり成果、出てないんだね」

(ほらぁあああああああああ!!)

「じゃあさ。いい考えがある。──私と勝負してよ。西城樹里」

 

 一同は目を見張ってのけぞる。

 西城樹里は拍子抜けしたように、鋭かった目を丸くした。

 

「……え?」

 

          §

 

 突として月村手毬のSNS(ツイスタ)より緊急発表された『西城樹里と月村手毬の対バンライブ』から、一時間後。

 

 対バンする場所は、初星学園キャンパス内の野外ステージ。

 観客は初星学園の生徒のみだが、中等部から高等部まで、大勢の生徒が集まってくる。

 

 野外ステージの舞台裏では、青髪のプロデューサーの差配によって、西城樹里と月村手毬が準備を整えていた。

 衣装は無い。有るのはマイクと持ち歌のみ。スマホをアンプに繋いで楽曲を流せば、大音量の即興ライブが可能である。

 

「……西城さん。本当に申し訳ございません……うちの担当アイドルは喧嘩っぱやいもので────それと言い訳がましいことですが……ああ見えて内心では、また違っているんです。そのへんも観察していただければ……」

 

 青髪のプロデューサーは折り目正しく謝罪する。本当に押し付けがましいが、年長者の振る舞いを頼み込む。

 すると西城樹里は笑いかけた。ガッツポーズも取る。

 

「……! はは……っ! アタシは気にしてないからさ、そうしょげんなって! ──それと、こっちも仲良くしたいのは本音だからさ。アンタがそう言うんなら、アタシも余計なこと考えて色眼鏡で見ちまうのは、もうやめにする!」

「────……本当に、ありがとうございます……!」

 

 そこで放クラメンバーと芹沢あさひが応援する。

 

「じ、樹里ちゃん……! がんばってください……っ!!」

「ぶっちゃけ、かなりアウェーだけど……それでも、やるんだね……!」

「ならば……ファイトで、ございます……」

「負けるんじゃないわよ! 樹里!」

「どんとぶちかますっすよ! 樹里ちゃん!」

「おう! 見とけ! アタシのライブを────!」

 

 一方、月村手毬といえば────

 藤田ことねから、小一時間にもわたるお説教を受けていた。

 

「おっまえ! まっじで……! なにしてくれとんじゃああああああ……!?」

「なに? そろそろ静かにしてくれない? もうお説教は聞き飽きたんだけど」

「ぐぬぉおおおおおおお……!? お前マジで西城さんと放クラのみなさんがめちゃくちゃ優しかったことに感謝しろよぉ……!? ほかだったらふっつーに殺されてっからなぁ……!? いやほんとマジでぇ……!!」

「っ……だ、だから、反省してるって言ってるじゃん……!」

「お前の『反省してる』は『二度とやらない』の意味が含まれてないんじゃボケぇえええええっーーーーーー!!!」

「そ、そんなことないしっ! ……ま(・)ぁ(・)過(・)ぎ(・)た(・)こ(・)と(・)は(・)い(・)い(・)よ(・)。そろそろライブ始まるから、ほんと、ひとりにさせて」

「────」(カッチーン……)

 

 藤田ことねは激憤を通り越して放心。限界まで見開いた光彩。同じ人間とは思えない大馬鹿者にメンチを切りながら、こめかみに怒りの筋が浮かび上がる。今にも殺しかねない形相だ。

 対する月村手毬はインコくんを預けた。

 

「広」

「うん」

 

 篠澤広は、自分の肩にインコくんを乗せる。

 やがて月村手毬は押し黙って集中。するとインコくんが翻訳を始めた。

 

『ワタシハ ステージノ ウエダケノ アイドル…ニチジョウセイカツデハ、タダノ イヤナ ヤツ…! ダカラコソ ライブダケハ…ダレニモ マケラレナイ…!!』

『……っ!!!』

 

 そのようなことを思っていたのか。だからケンカを吹っかけたのか。

 かといって背水の陣を好みすぎだ。プロのアイドルに対して勝負を挑むなぞ、自殺行為にもほどがある。

 

 藤田ことねは、惑星の重力より重いため息をついた。

 

「ッ────ハァァァァァァァァァァァ……………………────手毬。煽ったからには、勝ってこい。じゃなきゃ、お前マジで恥ずかしい奴だぞ」

「────分かってる。ありがとう、ことね────」

 

 藤田ことねは、月村手毬の背中を“バシンッ!”と叩いて送り出した。

 

          ♪~Luna say mayb~♪

 

 一番手は月村手毬。ステージに上がった瞬間、大歓声の大熱狂。中等部にてトップに君臨したアイドルの圧倒的パフォーマンスは見る者を魅了し尽くす。

 

 あっという間に終了する4分23秒。

 

「ありがとうございました!」

 

 拍手喝采。

 立ち去る月村手毬と入れ替わりに、西城樹里がステージに駆け登る。

 

          ♪~過純性ブリーチ~♪

 

 二番手は西城樹里。大歓声が上がる。正直パフォーマンス勝負では完敗済み。しかし戦い方はほかにいくらでもある。盛り上げ上手の放課後クライマックスガールズ・イエローの西城樹里は、大盛り上がりのファンサービスを繰り返して、全ての観客を笑顔にしてみせた。

 

 あっという間に終了する3分33秒。

 

「ありがとうございましたー! みんな! 楽しんでくれたかー?」

『OOOOOOOOOOoooooooooo────!!!!!』

「ははっ! それなら良かった! みんな、またなー! ありがとぉー!!」

『UuOOOOOoooooooo────!!!!!』

 

 拍手喝采と大声援。

 西城樹里は最後まで手を振りながら舞台裏に降りる。

 

 速やかに青髪のプロデューサーは、SNSにて『ライブは終了しました。大盛況のうちに終われたのは観客のみなさんのおかげです。誠にありがとうございました』と告知した。

 

          §

 

 舞台裏。

 西城樹里と月村手毬が顔を合わせる。

 

「!」

「……」

「……あー。どうだった?」

「パフォーマンスは……私の勝ちだね」

「まぁ、そうだな。アタシの完敗だ。スゴいよ、アンタは。めっちゃ輝いてた」

「…………でも、観客の盛り上がり方は、私の時の比じゃなかった……私と比べて勝負時間は一分も少なかったのに……どうしてあんなに、ファンと一体になって、楽しむことができたの?」

「それは……アタシの方が、ちょっとだけライブに慣れてたから……それだけだって。……参考になったか?」

「うん。とても。……ありがとう。いい勝負だった」

「! ……こちらこそ。それに手毬、アタシの知名度を上げようとしてくれたんだろ?」

「……別に、そんなんじゃないけど……私があなたの知名度を利用しただけ」

「────っ、あはは! はいはい……そういうことにしといてやるよ」

「っ!?」

 

 西城樹里は呆れ半分の苦笑い。

 月村手毬は指と指を突き合わせてもじもじとする。

 

 そこに小宮果穂が、おずおずと出てきた。

 

「あ、あのっ……」

『……?』

「──仲直り……できましたか?」

『……!』

 

 どうやら剣呑な雰囲気を感じて、小宮果穂は喧嘩だと思っていた様子。

 あながち間違いではないのだが、これはどちらかといえばスポーツの世界で言うところの、あまり行儀のよろしくない挨拶のようなもの。

 ふいに篠澤広は、月村手毬の肩にインコくんを戻す。

 西城樹里は一点の曇りもない爽やかな笑顔で返した。

 

「ああ。心配すんな、果穂。実はそもそもケンカしてないんだけど……ほら、『昨日の敵は今日の友』って言うだろ?」

「! はいっ! ジャスティスⅤでも、レッドが言ってましたー! ……はっ! つまり、そういう……!?」

「……ゆ、許して、くれるの……?」『ホントニ? ナグラナイ? コワクナイ?』

 

 急に弱気になる月村手毬。

 西城樹里は、たしかにアルファの言う通り、見かけだけの奴ではないのだと判断する。

 

「や、許すっつーか……手毬は元々、そういう感じで友達作るタイプなんだろ? もしそうなら、アタシらはもうとっくにダチだろ?」

「……!!」『ワタシ コンナコトシチャッタノニ ユルシテクレルナンテ…! コノヒト スゴク イイヒトダ…!』

 

 おしゃべりなインコくん。

 さすがに西城樹里は気になってきた。

 

「ところで、さ……そのインコ、なんなんだ? 最初はぬいぐるみかと思ってたけど、喋ってるのを見るに、もしかしてロボットか……?」

 

 篠澤広が解説する。

 

「これは通称『てまりインコ』……正式名称は『手毬翻訳機』……手毬は語気が強くて誤解されがち。だから第一印象の誤解を解きつつ、円滑な意思疎通(こみゅにけーしょん)のために、プロデューサーが開発したお助けロボット」

「そ、そうなのか……?」(スゲェ便利な機械もあるんだなぁ……)「でも……アタシは、手毬の声を聞くよ」

「っ……!!」

「……てまりインコは、使わないの?」

「や、使えるなら使ったほうが、すれ違いとか避けられるし、イイと思うけど……手毬は、どうなんだ? アタシは手毬が望んでることに応えたい」

「────」

 

 月村手毬は赤面する。

 もしや西城樹里という少女は、髪を金色に染めている不良のくせに、実はめちゃくちゃ人の心を慮る聖人なのでは? などと思い直す月村手毬は────意を決した。

 

「す、好きにすれば? ……あと。あの、ね────」

「ん?」

「────私も……樹(・)里(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)って、呼んでもいい……?」

「──……えっ!?」

 

 まさかの要求。呼び方なんて好きにすればいいと思うが、突然の急接近に大混乱。

 西城樹里は、月村手毬という少女の性格が、またよく分からなくなってくる。

 

「や、まぁ……別に、いいけど……?」

「ほんと!? じゃあ私のことも『手毬ちゃん』って呼んでいいけど!?」

「えぇ?! お、おい……ちょっと落ち着けって……!」

 

 どうやら月村手毬は、ほんの少し触れ合っただけにも関わらず、何か──母性的なものを──感じ取る部分でもあったのか。西城樹里という人物は、自分でも大っ嫌いな性悪な素の月村手毬(じぶん)を肯定した上で、自分を好き(友)だと言ってくれる……いわゆる甘(・)え(・)ら(・)れ(・)る(・)相(・)手(・)だと判断したようす。

 

「あ、でも、勘違いしないほうがいいよ? 顔の可愛さは、私のほうが上だから! ファン数も、絶対に私のほうが上だし!」

「────……あ~。うん……そうだな!」

 

 西城樹里は色々と引っ込(あきら)めた。

 この子と付き合うのは、なかなか骨が折れそうである。ただそれだけが懸念事項だった。

 

          §

 

 一同は、野外ステージの舞台裏から出てくる。

 すると────

 

『キャアアアアアアアア!!』

『……!?』

 

 ────待機していたファン達と黄色い声援に出待ちされた。

 

「樹里ちゃん! わたしファンです! サインください!」

「私も! ライブすっごく楽しかったです……!! もう感激で……!!」

「樹里ちゃん! 私を見てぇええ! ──きゃあああああ!!」

 

 青髪のプロデューサーは、速やかに対処に当たる。

 

「西城さん。どうしますか? もしサイン会などしたいのであれば、私も交通整理など手伝いますが……」

「えっと……じゃあ、ちょっとだけ……? わりぃ、みんな。もしあれなら、先に行っててくれ……!」

 

 放クラのメンバーはうなずく。今この場のメインは西城樹里だ。ならば譲ろう。立ち去る。

 すると西城樹里ファン以外のファン達もいるのか、しきりに小宮果穂・園田智代子・杜野凛世・有栖川夏葉・芹沢あさひの名を叫び続ける。それに手を振って笑顔で応えると、再び黄色い声と歓声が上がった。

 

「……ふ、ふーん……ねえ、この月村手毬も、サイン会をしてあげるけど?」

 

 月村手毬は対抗して前に進み出る。しかし同じ学園のアイドルは、あまり珍しくないのか。圧倒的に西城樹里ファンが多数のようで、月村手毬は西城樹里ファンの波に呑み込まれそうになる。

 

「っっ……!?」

 

 ショックを受けて青ざめる月村手毬。

 そこを花海咲季と藤田ことねが救出。さっさとその場を離れた。

 

「樹里ちゃん!」「樹里さまー!」「大好きだよー! 樹里ちゃーーん!」

「わ……分かったから……! アタシも……ファンのみんなが、大好きだぁーっ!!」

『きゃああああああ!!』『ワァアアアアアア!!』

 

 青髪のプロデューサーは、西城樹里ファンに一列に並んでもらい、とりあえず制限時間は二十分だと伝える。

 西城樹里は慣れた手つきで色紙を受け取るとササッとサインを書いてニコッと微笑みかけた。止まない歓声。

 

 その様子を遠巻きに見守る藤田ことねたちは、ひたすら驚愕していた。

 

「こ、これが……本物のアイドル……! 全然動じてねえ……!! 百人規模の大行列をパパッと捌いている……!!」

 

 結果的に三十分後。

 西城樹里がファンの思いに応えるため『もうちょっとだけ……』と言うので十分ほど延長したが、さすがにそろそろ顔色に疲れが出始めたため、青髪のプロデューサーは切り上げる。

 

「制限時間です! サイン会はおしまいです! みなさん、ありがとうございました! ──それでは西城さん。そろそろ……」

「え? あ、あぁ……わりぃな。ほんと。──みんなー! 応援してくれて本当にありがとなー! これからも283や放クラのこと、よろしくおねがいしまーす!」

『キャアアアアア────!!』

 

 青髪のプロデューサーは人ごみを掻き分けて、西城樹里を連れ出す。

 

「樹里ちゃん、自分のことより仲間の応援をおねがいしてるぅうう!」

「そういうところが大好きィいいいいい!」

「でもわたしはぁ樹里ちゃんだけのファンだからぁあああ!」

 

          §

 

 初星学園・校舎裏。

 ひと目を避けた青髪のプロデューサーは手洗いを推奨。次いで殺菌用アルコールスプレーを手渡して、握手会の弊害を除去する。

 

「お。用意いいな……?」

「それはもう。これでもプロデューサーですので」

「あー。そういやそうだったな……つーか、アンタがプロデューサーねぇ……? うまくやってるのか?」

「ええ、まあ。先月末、勝ち抜いた四名のアイドルしか出られない講堂(ライブ)の登竜門で、三名もの担当アイドルを出場させましたよ?」

「マジかよ……! ほんとアンタ、何やらせてもできるんだなぁ……」

「恐縮です」

「……でも、その喋り方は、なんか……どうにかなんない? いつもなら『いやいやそれほどでもありますよ』とか抜かしてくるだろ……いつもと違いすぎて、すっげえムズムズするんだけど……」

「こればかりは、来月まで我慢していただくしか」

 

 なにやら親しそうな青髪のプロデューサーと西城樹里の会話。

 二人に付いてきていたアイドル候補生たちは、やはり青髪のプロデューサーは283と深い繋がりがあるのだと思い知る。しかしドッジボールの真剣勝負で約束して負けた以上、それについては『来月まで質問禁止』である。

 そこで篠澤広が進み出た。

 

「プロデューサー。283の人と知り合いなの?」

『……!!?』アイドル候補生たちは目を見開く。

「ええまあ。これでも業界では顔の広いほうですので。俺のことを知らない業界人は居ないと思いますよ?」

「そうなんだ。少し納得かも。これだけ完璧超人な敏腕プロデューサーが、裏方とはいえ埋もれているわけがない……」

 

 青髪のプロデューサーは、嘘はついていない。

 そのため篠澤広は勝手に誤解して納得する。

 

 それ以外のアイドル候補生たちは、ある気づきを得ていた。『質問禁止』であるのは、あくまで『小宮果穂との兄妹関係』についてのみ。ならば、それ以外の質問はしてもいいということ。

 さっそく藤田ことねが手を挙げて問いただす。

 

「はいはーい! プロデューサーはぁ? どうやって283さんとお知り合いになられたんですかぁ~?」

「それはもう、仕事で、としか」

 

 そこへ放クラのメンバーと芹沢あさひが合流する。

 青髪のプロデューサーが、前もってチェインで居場所を知らせていたのだ。青髪のプロデューサーに対する質問攻めが自然と切り上げられてしまう。

 

「樹里ちゃーん! お疲れ様でーす!」

「あれれ~? 自分はファンが少ない、なんて言ってたくせに、私たちより人気者なアイドルがここにいますねぇ~?」

「ふふ……」

「お疲れ、樹里。これスポドリよ」

「手毬ちゃん。スゴいパフォーマンスだったっすねー。でも樹里ちゃんも盛り上げ上手だったっすー!」

「お、サンキュー夏葉。果穂もあさひもありがとな。……つーかチョコ、あんまからかうなよ……!」

 

 園田智代子にちょっかいをかけてくすぐった西城樹里は、ひとしきりイチャイチャして笑ってからスポドリをごくごくと飲み干す。

 対する有栖川夏葉は、月村手毬にもスポドリを届けた。

 

「はい。あなたもどうぞ?」

「っ……! あ、ありがとう、ございます……」

 

 月村手毬も受け取り、ちらりと見やった西城樹里に負けじと、ごくごくとスポドリを飲み干す。

 

「いやガキか! お腹壊すからやめろぉ!」

 

 すかさず藤田ことねが逆平手打ちで突っ込んだ。

 

「うふふ……! それで、私たち、そろそろお昼だから食堂に行こうと思うんだけど……もしよろしければ、ご一緒するというのはどうかしら?」

「……いいですね。樹(・)里(・)。行こうよ。案内する」

「え? お、おう……?」

 

 月村手毬は呼び捨てにした。樹(・)里(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)呼(・)び(・)はどこへやら。どうやら自分よりチヤホヤされたことで、再びアイドルとしての対抗心が出てきた模様。ちょっと拗ねているとも言う。

 

 そのことを察した有栖川夏葉は微笑み、藤田ことねはゾッとした。

 

「うふふ……月村手毬、可愛い子ね!」

「っ……!! ほ、ほんと、うちのクラスメイトが失礼すぎて、すんません……!!」

「え? あら、別にいいのよ? ああして仲良くしているのだもの。終わりよければすべてよし、と言うでしょう?」

「うぅっ……! お、オトナだァ~~~~~!! ほ、本当に! ありがとうございますぅ……!!」

 

 初星学園の世間体を落とすわけにはいかない。

 そのため藤田ことねは初星学園を代表して礼儀を尽くし、謝罪した。それもこれも次から次へと月村手毬がぶっ壊していくが、誰かがやらねばならぬ社交辞令である。

 

(くっそぉ……あとで覚えておけよ、手毬ぃ……!!)

 

          §

 

 昼間。大広間の食堂。

 長机に一同は着席。西城樹里と小宮果穂の間に、自然と月村手毬が座っている。

 

「ところで、あなた。果穂ちゃん……だっけ? たしか、小学六年生の」

「はい!」

「そして、私のプロデューサーの妹なんだよね? なら、私のこと……お────お義姉(ねえ)ちゃんって、呼んでもいいよ?」

「……??」

 

『────ぶふっ……!!?!?!?!!?!』

 

 思わず水を吹き出しかけて咳き込む西城樹里と園田智代子。藤田ことねと葛城リーリヤも食べ物をのどに詰まらせて咳き込んでいた。

 花海咲季と倉本千奈は青ざめてドン引き。花海佑芽は赤面。篠澤広はムスっとする。杜野凛世と有栖川夏葉と芹沢あさひは、小宮果穂同様、頭にも表情にも疑問符を浮かべていた。

 

 当の青髪のプロデューサーといえば、極めて困惑した表情を見せており、眉間がピクピクと痙攣(けいれん)。さながら宇宙人を見つけたかのような辟易(へきえき)放心の視線を、ひたすら月村手毬の横顔に送っていた。

 

「……なに? みんな一斉にのど詰まらせて。バカなの? 行儀悪いよ。アイドルなんだから、もっと人目とか気にしたら? やれやれ……」

 

 藤田ことねは内心、噴火一秒前の心境を抑えて、怒号の視線を発する。

 

(こっちのセリフじゃボケぇええええええーーーーーっ!! 食堂っつー人の耳がべらぼうにあるところで、なにとんでもねー発言ぶちかましてんだ、この精神年齢女児(アマ)はぁあああああああーーーーーーー!!!?)

 

 とっさに青髪のプロデューサーは周囲の表情を確認。不審な思考や動きをしている人物は見当たらない。深々と安堵。どうやら賑わう喧騒のおかげで会話は掻き消えていたようだ。生きた心地がしなかった。

 

 すると藤田ことねが耳打ちしてくる。

 

「ちょいちょいプロデューサー! あれ、放っといて大丈夫なんですぅ!?」

「月村さんは『よし』は聞いても『まて』は聞きません。なので彼女の口封じは諦めています」

「っ~~~! まぁ……それもそうなんですけどぉ……!」

「仮に何かあれば、全て月村手毬の自滅として処理します。私にもみなさんにもご迷惑はおかけしませんよ」

「なにその火のないところに煙は立たないの逆みたいな……どうせ手毬のことだから、手毬が変なこと言ってもいつもの事として、みんな流してくれるとぉ~? それはちょ~~っと楽観的すぎるんじゃありません……?」

「言ったでしょう。もはや諦めているだけだと。対処法があるとすれば、永眠させる以外に選択肢が思いつかない……」

 

 

 

          §

 

 

 

 第十週・中頃。

 昼下がりの初星学園・講堂前の川沿い付近。

 

 ノクチル──浅倉透・樋口円香・福丸小糸・市川雛菜──は、ひたすら路頭に迷っていた。

 

「あー……」

「広いね。完全に迷った。まぁ行きたいところもないんだけど」

「ぴぇっ!? い、行き先、なかったの……!? てっきりわたし、購買部とか寄ってたから……っ!!」

「あは~! たまに円香先輩って、透先輩みたいに無軌道な時ありますよね~?」

「あ~……」

「なに? 悪い?」

「え、えと……透ちゃんは、さっきから何してるの……? 遠くを見てるけど……」

「別に~?」

「あー……ギタリストさがし」

「は?」

「ぴぇ……?」

「あは~! 透先輩と気持ちが同じ~! 実は雛菜も、ずっとギタリスト捜ししてた~!」

「見つけた?」

「……まさか」

「て、てんど────あ、あの人の、こと……?」

「ううん~。まだ~!」

「そっか。──うん。果穂ちゃんは、アルファって、呼んでたっけ」

「芹沢はハナワカって呼んでたけど」

「ど、どっちでもいいよ……! それより、透ちゃんも雛菜ちゃんも、あまりアルファさんに絡むの、やめてあげなよ……! いつも困ってる顔してる、じゃん……!」

「え~? だって雛菜たちのこと、すごく苦手そうにするから、からかうと面白いんだも~ん!」

「ふふ。わかる。弟みたい」

「弟いないでしょ」

「い、いつも、透ちゃんと円香ちゃんを見たら『げっ』って言うのに……?」

「雛菜には『うわぁ鉄の王女……』だもんね~? 意味わかんなくて生意気~! というかぁ~。あの子ってぇ、小糸ちゃんにしか優しくしないよね~?」

「小糸ちゃんは、可愛いから」

「うん。小糸以外面倒じゃないし」

「ぴ、ぴぇ……!?」

「あは~! 雛菜もそう思う~! というか円香先輩、自分が面倒って自覚あったんだ~?」

「……──?」

「は?」

「ぴ、ぴぇ……! や、やめ────ふた────」

「え~?」

 

「こんにちは」

 

「──……こんちは~」

「──?」

「ピェ…」

「……?」

「わたしは篠澤広。アイドル科の1年2組」

「しのさわひろ……私は、ノクチルの浅倉透です」

「樋口円香です」

「ふ……福丸、小糸、です……」

「市川雛菜だよ~!」

「いま散歩中だったんだけど、ア(・)ル(・)フ(・)ァ(・)って名前が聞こえてきた。それは私のプロデューサーのあだ名」

「……?? プロデューサー……??」

「浅倉、忘れたの? 極秘事項のアレ」

「……! ぴ、ぴぇ……」

「あ~!」

「極秘事項? そのあたり詳しく」

「あ~……えっと、極秘事項だから……ごめん」

「そういうことなので、詳しくは話せません」

「ピェ……」

「ごめんね~?」

「ううん。ダメ元だったから構わない。それより、私のプロデューサーと会ってみたい?」

「あ~……」

「どうする?」

「ぴぇ……な、なるべく、会わないほうが、いいんじゃ……?」

「雛菜は見てみたい~! だってぇ~……変そ────あ、これ言っちゃダメなやつ~!」

「編組(へんそ)?」

「ひみつでーす」

「……じゃあ、せっかくだから」

「ぴぇ!? ま、円香ちゃん……!?」

「あは~! やっぱり円香先輩も見てみたかったんだ~! あの人、どうやって過ごしてるんだろうねぇ~?」

「…………」

「? どうやってって……普通にじゃないの?」

「浅倉。アルファさんが初星学園にいたら……ほら。普通は……」

「ぴぇ……そ、それ以上は……!」

「ね~?」

「……とにかく、付いてくる?」

「? あ~。じゃあ、おねがいしまーす」

「ちょうど迷ってたんです。助かりました」

「ぴ、ぴぇ……ア、アリガトウ、ゴザイマス……」

「案内、よろしくおねがいしますね~?」

「任せて。しっかり引率する」

 

          §

 

 昼下がりの168事務所。

 

「というわけで、ノクチルを連れてきたよ。プロデューサー」

 

 青髪のプロデューサーは仏頂面。

 対するノクチルも真顔・仏頂面・怯え顔・笑顔。

 

「……お久しぶりですね。浅倉さん。樋口さん。福丸さん。市川さん」

「え……だれ? この人?」

「……かなりイメチェンしましたね」

「ぴぇ……!? だ、ダメだよ、透ちゃん……!! 円香ちゃん……!!」

「あは~! 思ったより髪も顔も真っ青~! でも目は真っ赤っか~! 奇抜でおもしろ~い!」

「それ以上はやめてください。冒険しすぎたと思ってます」

「……?? あの、どちら様ですか……?」

「そういうことにしておきます」

「ぴ、ぴぇ……!? と、透ちゃん……っ!! この人が、アルファさんだよ……!!」

「雛菜もそういうことにしておく~! でも果穂ちゃんと選んだって聞いてますけど~?」

「ノーコメント」

「え……小糸ちゃん、マジ?」

「浅倉……うそでしょ……」

「ぴぇっ……」

「え~? 透先輩、意外とこういうの受け入れられないんですね~? ほら、たとえば目元とか、鼻とか~!」

「やめてください市川さん」

「…………、…………──!? あ~……ふふっ。ようやく分かったわ。理解理解。あの、あれ。なんか……アハ体験みたい」

「は……?」

「アハ体験……?」

「あは~! 今度雛菜も同じことやって、透先輩を驚かせてみよ~!」

「それは面白そうですね」

「ふふ。やめて。気づかない。絶対」

「……でも浅倉。人の顔を覚えるのは得意だって」

「あ、たしかに……?」

「そういえば~!」

「おやぁ?」

「ふふ……消さないよ。特技欄」

 

 あまりにもテンポの良すぎる掛け合い。

 篠澤広は介入できず、聴くだけにつとめる。

 

「それではお帰りは後ろの扉です」

「え~……」

「せっかく遊びに来たのだから、お茶菓子のひとつくらい出すべきでは?」

「ぴぇ……か、帰ろうよ、みんな……!」

「雛菜、プリンとかあったら嬉しいな~?」

「ならばどうぞ、そちらの客間でご自由に。篠澤さん、藤田さん。接客をお願いします」

「あ、逃げるな~。なんか面白いことしろ~」

「あの人に見せたいので写真を一枚」

「ぴぇ……た、たしかに、プロデューサーさんも、びっくりしそう、だね……!」

「え~? いけずぅ~」

「浅倉さんは私のこと芸人か何かだと?」

 

 質問を投げっぱなしにした青髪のプロデューサーは退出。逃げられてしまった。

 どうやら会話の相性は良くても、居心地の相性は別な模様。

 

「ノクチルは、わたしのプロデューサーと、どういう関係?」

 

 篠澤広はストレートに質問する。

 

「んあー……ライバル?」

「ジャンルちがくない?」

「ぴぇ……! そ、そう聞かれると……たしかに、弟みたいなもの、かも……?」

「雛菜たちのこと恩人に思ってるはずの、雛菜のおもちゃ~!」

 

 どうやら独特な関係のようす。

 

「弟……プロデューサーのほうが、歳上なのに?」

「……? ……あっ」

「はい。そうですね」

「ピェッ……」

「あは~! そうかもですね~?」

 

 浅倉透と福丸小糸は、やっちまった、と言いたげな顔をしている。

 一方の樋口円香と市川雛菜は見事なポーカーフェイスで乗り切ろうとしていた。

 

「ふむ……わたしのプロデューサーのなぞは、深まるばかり……」

「いいじゃん。ミステリアスで」

「かくいう私たちも、彼のことはあまり知りませんから」

「ぴぇ……」

「雛菜も~! それはホントだよ~?」

「うん。信じる。協力ありがとう。非常にタメになった」

「どういたしまして~」

「それは何よりです。謎解き頑張ってください」

「た、タメになっちゃ、ダメなんじゃ……!?」

「あは~! 極秘事項がどんどん漏れてく~!」

 

          §

 

 翌日。

 昼前。初星学園・キャンパス内の橋の上にて。

 

 チーム・ピーちゃん──大崎甜花・幽谷霧子・櫻木真乃・郁田はるき──は、ひなたぼっこにお散歩がてら、レアモンゲットに勤しんでいた。

 

「あ! レアモン、ゲット……!」

「よかったね、甜花ちゃん……!」

「ほわっ……おめでとう……!」

「やったね~! さすが甜花ちゃん~!」

「にへへ……ありがと……!」

 

 ほのぼのとして、ほんわかとした、ふわふわ雰囲気の四人組。

 その横を、なに食わぬ顔で通り過ぎる青髪のプロデューサー。

 

「……ん? いま────」

 

 郁田はるきは、立ち去る黒スーツの背中を目にして訝しむ。

 すると大崎甜花が問いかけた。

 

「? どうしたの? 郁田さん……」

「あ、えっとね、甜花ちゃん……今、てんど────アルファさんがっ! 居た気がしたんだけど……」

「ほわっ……」

「もしかして、リアルな、レアモン……?」

「えぇ!? アルファさんはレアでも、モンスターじゃないよぉ霧子ちゃん……!」

「でも……どこにもいない、よ……?」

「あ、それはね。青い髪の人で……きっと変装してるだろうから……」

「青い髪……もしかして、あの人……?」

「背丈は……同じくらい、かな……?」

「追いかけてみる? 極秘事項だから、顔だけ見る感じで……!」

「……うんっ! リアルなレアモン・てん────アルファさん……! さがしてみよう……!」

 

 さっそくチームピーちゃんは動き出す。

 中庭を通り過ぎて体育館の裏手に移動。青髪のプロデューサーは突として走り出す。

 

『……!?』

 

 まさか尾行に気づかれたのか。

 郁田はるきは追いかける。健脚の櫻木真乃と幽谷霧子は走れるが、大崎甜花はすぐに息切れして立ち止まる。

 

「あ、甜花ちゃん……!」

「ぜえ、はあ……て、甜花、もう、むり……!」

「ほわ……校舎のほうに、行っちゃった……」

「ふふ……てんど────アルファさんは、照れ屋さん……?」

「そうかもね~。もちろん、極秘事項だからってのも、あると思うんだけど~……」

 

 リアルなレアモンは逃がしてしまった。

 チーム・ピーちゃんは気を取り直して、本来の目的である初星学園のアイドル候補生との交流を始めんとする。

 

          §

 

 放課後の168事務所。

 なにやら疲れ切ったようすの藤田ことねが駆け込んでくる。それを花海咲季と藤田ことねが出迎えた。

 

「ハァ~~~~~~……」

「……どうしたの、ことね? そんな深いため息ついて……」

「こっちまで疲れてくるから、ため息つくなら外でやってくれない?」『イヤナコトデモアッタノカナ…』

「いやーちょっとさっきさぁ……本(・)物(・)の(・)ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)と出くわしちまってさぁ……」

「本物?」

「283のこと? 今日も誰か来てるんだってね」

「そうなんだけど……そうじゃないっていうか……アレは話すより見たほうが早いか……まだ廊下にいるから、気になるなら見てくれば? アレはマジで……敗北感を覚えるぞ?」

「はぁ? それほどのアイドルだって言うの? いいじゃない。がぜん興味が湧いてきたわ! 行きましょう! 手毬!」

「いいよ。どれほどのものか見せてもらおうじゃん」

「手毬はやめとけ……お前、アレとは対極だから……」

 

 三人は静かな廊下に出る。すると大勢の野次馬が出来上がっていた。どうやら遠巻きに本(・)物(・)の(・)ア(・)イ(・)ド(・)ル(・)を見守る生徒やファンが多いようす。

 

「な、なにこれ!? こんなに人がいるのに、全然騒がしくない……!」

「本当に本(・)物(・)なの? スゴいアイドルなら、もっとキャーキャー騒ぐものじゃ……」

「いいから見てこいって……」

 

 藤田ことねは青ざめる。

 三人は人ごみを掻き分けて奥へ。やがて野次馬の先頭列に到達。その先には────

 

「にへへ……!」

「ほわっ……」

「ふふ……♪」

「わぁ~……」

 

 ────温暖な山肌に咲き誇るような、色とりどりの花畑が展開されていた。

 

「なっ……!? なにこの、究極の癒し空間は……!!」

「っ────?!」

「だから言ったじゃん! 完全に領域を展開してるだろぉ!? 何(・)も(・)せ(・)ず(・)微(・)笑(・)み(・)合(・)っ(・)て(・)る(・)だ(・)け(・)であの威力だ! 恐ろしいったりゃないよ!」

 

 そこで一般生徒が注意する。

 

「そこの三人。うるさいから静かに」

「あ……ごめんなさい……」

「……」『ワタシナニモイッテナイノニ! リフジン!』

「ご、ごめんなさい……」

 

 三人は小声で会議する。

 

「彼女たちは何者なの?」

「大崎甜花・櫻木真乃・幽谷霧子……最後は知らない。新人かも」

「郁田はるきだってさ。幽谷霧子は露出が少ないから知らなくてもしゃーないけど、あのアンティーカの一員だよ。それより人気は数段劣るけど、イルミネの櫻木真乃は正統派系アイドル。アルストの大崎甜花は癒し系アイドル。郁田はるきはアーティスト系アイドル。前までは三人組でチーム組んで、ああやって癒しばら撒いてたけど……今やそれが四人組になって最強だ……」

「ことね。前から思ってたけど、あなたやけに詳しいわね……」

「内部進学組なら知ってて当然だよ」

「ほかのアイドルを研究する授業とかあるからね~」

「ふーん。で、パフォーマンスは?」

「正直私たちの敵じゃないよ。でも彼女たちの強さは別のところにある」

「完全に可愛さ特化だもんなぁ……でも大崎甜花以外は、ああ見えて激しいダンスもいけるし……櫻木真乃は美声だし……いくはるはなんでもできるし……」

「大崎甜花は?」

「……」『カワイイ…』

「……えっと、ゲーム配信が割と楽しいから! それになんだかんだ、あのチームの中心だぜ? 裏番長的な感じかもしれない……」

「なるほど……数値では測れない魅力を秘めているってわけね……アイドル、奥が深いわ……このわたしも気圧されるほどの癒し領域……生まれついてのアイドルっていうのは、ああいうのを言うのかもしれないわね……」

「……」『ウラバン!? モシソウナラ…コワイ…!』

「ぐぅう……あたしも可愛さには自信あるけどさぁ……アレ見せられると、別世界感があって、ちょっと引き返せなくなりそうな……」

 

 藤田ことねは何を言っているのか。それはすぐに判明する。

 ふいに郁田はるきは、金髪のアイドルを発見。チーム・ピーちゃんはたたっと駆け寄ってくる。

 

「あ、ことねちゃんだぁ~。また会ったね~!」

「! 藤田さん……! さっき甜花、レアモンゲットできた、よ……!」

「改めて、道案内してくれてありがとう……!」

「ふふ……♪ ことねちゃんも、一緒に来る……?」

 

 再び声を掛けられた藤田ことねは、突として豹変。

 

「え~♡ いいんですかぁ~♪ でもごめんなさぁい……あたし、そろそろ事務所に戻らなくちゃいけなくってぇ……」

「そっかぁ~……ざんねん~……また今度ね~!」

「また、遊ぼう、ね……!」

「ほわ……引き止めちゃったかな……?」

「またね……♪」

「うんっ♡ だいじょうぶだよ真乃ちゃん♪ みんなまたね~! ばいば~い♪」

 

 身振り手振りを交えた究極のぶりっ子を完遂した藤田ことねは、愛嬌満載の笑顔を振りまきながら速やかにその場を離脱。花海咲季と月村手毬も付いていき、事務所に駆け戻る。

 

「────ぶはっ! ぜえ……ぜえ……お前ら、今ので分かったか!? あたしは、たしかに愛嬌を振りまく才能がある……だけど! 今のはあ(・)た(・)し(・)の(・)意(・)思(・)で(・)振(・)り(・)ま(・)い(・)た(・)わ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)あ(・)な(・)い(・)んだ! 信じてくれ……! 気づいたらぶりっ子のあたしが引(・)き(・)出(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)た(・)……っ!! あの癒し空間を壊してはいけない……あの雰囲気を守らなければならない……あの四人には優しくしなければいけない……あの四人を怒らせてはならない……!! 知らず知らずそんな使命感に襲われて……あ、あたしは、本当の自分を見失いそうだった……!! あのままあの場に居続けたら、あたしはぶ(・)り(・)っ(・)子(・)が(・)常(・)態(・)化(・)す(・)る(・)ところだったんだ……っ! あの四人のことは、そ、尊敬すると同時に、畏怖の念を抱く……アレは世(・)界(・)一(・)可(・)愛(・)い(・)とか、そういう次元じゃあない……もっと別の何か……よくわからんフワフワ攻撃でも受けているような心地だった……ッ!!」

 

 藤田ことねは迫真の表情で語る。

 その鬼気迫る焦り具合に、月村手毬は青ざめて怯え始め、花海咲季は目を丸くする。

 

「い……いくらなんでも、言いすぎでしょ……?」『ヒィ! コトネガココマデビビルナンテ…! ヤッパリ ホンモノノアイドルッテ スゴインダ…!』

「そ、そう……大変だったのね……まぁ、ああいうアイドルもいるってことは理解できたわ。教えてくれてありがとね」

「────ふっ……笑うなら笑えよ……本物の可愛さを前に、気後れしちまったって……」

「……ことね、本当に大丈夫? 口調とかが、なんか……」

「たしかにいつものことねじゃないわね……それだけ毒されたってことかしら?」

「薬は毒にもなる、か……言い得て妙だな……あたし、仮眠室でちょっと休んでくるわ……」

 

 藤田ことねは体がふらつきながら隣室に入っていく。

 すると引き戸が開かれて、葛城リーリヤが入ってきた。

 

「あ、花海さん、月村さん、こんにちは。……あの、廊下の外に、283さんのアイドルたちが……」

「リーリヤ! 行っちゃダメ!」

「手毬? 別にリーリヤは大丈夫でしょ……わたしの目が確かなら、リーリヤは同(・)類(・)枠(・)よ」

「え? え?」

「っ……! リーリヤも……あの領域に呑み込まれたの……? じゃあ、ことねみたいに洗脳されて……!?」

「手毬あなた落ち着きなさい。──それでリーリヤ、どうだった?」

「あ……えっと、普通にお話して……とても楽しかった、です……!」

 

 花咲く笑顔。

 どうやら葛城リーリヤは、チーム・ピーちゃんに混じっても遜色ない領域を展開していたようす。

 

 それについて月村手毬は内心ビビり散らかす。

 彼女にとってアイドルというのは、ステージ上で光り輝く存在である。日常生活でさえ光り輝いているアイドルはあまり多く知らないため、藤田ことね同様、少々気後れしているのかもしれない。

 

 一方の花海咲季は、アイドルに対する先入観や余計な予備知識がないため、チーム・ピーちゃんというアイドルのカテゴライズをすんなりと済ませていた。

 世の中には、歌と踊りでナンバーワンになれずとも、ただあるがままの雰囲気(オーラ)で天辺を取りかねない猛者もいるのだと。しかし自分は、可愛さに自信はあるものの、あそこまでの雰囲気は作り出せない。そのため別方向から魅了する必要がある。それは花海咲季にとって、やはり歌とダンスだった。無論、彼女たちに負けないため、表現力を磨くことも忘れない。なんだかワクワクしてきた。やはり強敵が増えると楽しい。倒しがいがあるというもの。

 

「くうぅ~~~! 本当に『ICF』が楽しみになってきたわねっ!! たしかにアレを魅せられたんじゃ、居ても立っても居られないわ! わたし、専用レッスン室に行ってくる!」

「────それはやめてください」

 

 再び引き戸が開かれると、青髪のプロデューサーが入ってくる。

 

「あら、青のプロデューサー……どうして止めるの?」

「理由はあなたが一番ご存知のはずですが。今日は休日です。先輩の資料によれば、休日は完全休養期間として、まるで植物のように過ごしていると聞き及んでいます」

「…………」

「妹さんに勝つため焦っているのですか? 焦燥を感じるのは勝手ですが、それでは二人三脚が崩れますよ。今すぐ仮眠室へどうぞ」

「……今はことねが使っているわ」

「人数が増えたので寝台を増設しています。篠澤さんの存在で、寝台は一つ、確定で確保されますので」

「……そう。分かったわ。ちゃんと休むから……」(ちゃんと休められるかは、分からないけど……)

 

 花海咲季は睡眠不足である。妹に負けたあの日から、満足に寝られた日がない。

 ならばと青髪のプロデューサーは提案する。

 

「……では私がマッサージします。それでごゆっくりくつろぐというのは?」

「! たしかに、あなたのマッサージは好評の通り、わたしと同じくらい上手だけど……」

「気を許して寝るのは、ちょっと?」

「いえ……別に、そういう意味じゃないけど……ちゃんと信頼はしてるわ」

 

 花海咲季は片腕を抑えて視線を逸らす。

 どうやら、まだまだ信頼度が足りないようす。

 

「振られちゃったね、プロデューサー。なら私が受けてあげてもいいですけど」

「あ、あの……センパイ! わ、わたしも……できること、なら……!」

「なぜそんなに私のマッサージを求めるので? ……ならもうみなさんで仮眠室に行くというのは? それなら花海咲季さんも安心できるでしょう」

 

 花海咲季は思う。

 青髪のプロデューサーの指示は完璧だ。レッスンも仕事もマッサージも、あらゆることに文句はない。

 ただそれでも、強いて不満を挙げるとするなら────

 

「ねえ、青のプロデューサー……わたしのことは名前で呼びなさい。いちいちフルネームで呼ぶのは面倒でしょ」

「そうですか? 語感の良い姓名ですので、気に入っている呼び方なのですが」

 

 ────このように、心を開かないことである。

 明らかに用意しておいたような台詞。同じ合理主義者だからこそ見抜ける悪癖。

 

「あなた、特に意味のない友達、いないでしょ」

「なぜ急にブーメランを? ドMなんですか?」

 

 妹を急成長させて、姉の誇りを打ち砕いたくせに。

 姉妹の運命を狂わせた宿命のライバルのくせに。

 まったく深入りしようとしてこない。

 

『……??』

 

 月村手毬と葛城リーリヤは、目の前で激発している親睦会(バトル)に気づかない。

 

「……あなたも、いま外にいるアイドルを見習ったら?」

「おや。なかなかパンチの効いた……なぜお分かりで?」

「分かるわよ。だって同(・)類(・)だもの。わたしもあなたも──たぶん、だけど──ボタンがひとつでもかけちがえば、あの手の雰囲気を持つ人間になっていた……」

「……」

「それでもわたしはこの道を選んだ。あなたも同じような道を選んだ。対人関係でも勉強でも、あらゆる努力に対して、なにひとつ無駄なことはしてこなかった。──ただ、ひとつだけ恐ろしいのは……あなたがわたしよりも合理に寄りすぎているところかしら? だから佑芽を、あそこまで成長させることができたのね……」

「……とても複雑そうなところ恐縮ですが、妹(・)さ(・)ん(・)を(・)奪(・)い(・)取(・)っ(・)た(・)り(・)な(・)ん(・)か(・)し(・)ま(・)せ(・)ん(・)よ?」

「っ!?」

 

 なかなか青髪のプロデューサーに気を許したくない、その理由(こころ)をあっさりと読まれた。

 

 自分と同類かつ自分以上の存在。

 己(あね)より年長者をしている男性。

 危機感を抱かぬはずもなく。

 だがそれは不要な勘違い。

 

「どちらかといえば────わたしは、花海咲季さんのほうがタイプなのですが」

『────っッ!!?』

「あ、もちろん。そ(・)う(・)い(・)う(・)意(・)味(・)で(・)す(・)が」

『──っ……?!?!?!?!?!!?』

「ははっ!」

 

 思わぬ攻撃を受けて赤面する花海咲季。

 対する青髪のプロデューサーは、自らの真相を探ってきた軽率者にやり返して気が済んだのか、大いに笑い飛ばした。

 

          §

 

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