【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
pSR【やっほ】篠澤広
七月中旬。
休日の朝方。
電車に揺られてバスに揺られて、オフィス街の中心で下車。
スマホの地図アプリとにらめっこして、女子寮を出てから小一時間とかからず目的地に到着。
改めて、合鍵と共に握り込められたメモを見やる。
『〒xxx‐xxx XX市 xxx番地 501号室』
『来る時は連絡してください』
連絡はしていない。
アポなし突撃である。理由は色々。一つは驚かせてみたい。一つはほかの女がいるなら見てみたい。
篠澤広は、高層マンションを見上げる。
「ここが
エントランスに入る。合鍵でゲートを開けてロビーに入る。セキュリティゲートを通って廊下を渡り、エレベーターに乗って五階に到着。501号室の玄関前で、胸に手を当て深呼吸。鍵穴に合鍵を差し込んで回す。解錠。重い扉を開けることに手間取る。体力の五割を消費。なんとか重い扉を開けて入室。
「おじゃまします」
上がり框の手前を確認。靴は一足しか存在しない。
赤く活発でガーリーな靴だ。もしや小宮果穂の靴だろうか。
鍵を閉める。靴を脱いで上がり框を越える。薄暗い廊下を歩く。家の中は全て消灯されている。もし折り悪く、明かりがない中でよろしくやっているとするなら、かなり気まずい。脳と心が掻き混ぜられて、泣いてしまうかもしれない。
リビングに続く扉を開けると、カーテンのないベランダの窓から朝日の名残りが入ってくる。
次の瞬間、大きなソファから人影が飛び上がった。
「アルファさん! おかえりなさ────」
元気に笑顔で登場したのは、小宮果穂である。
篠澤広は真顔で佇み、申し訳ないと会釈する。
「プロデューサーじゃなくてごめんね。わたしだよ」
「────え、広さんっ!? なな、なんでぇ……?!」
小宮果穂は大混乱。
初めてアルファ邸で友達と遭遇したかもしれない。
「おじゃまだった?」
「っ……!! い、いえっ……! ……? あ、えっと、その……」
「……ふふっ。ごめんね。今のは意地悪な質問。邪魔なのは当然」
「──! っ……」
あの純粋無垢で天真爛漫な赤毛の少女が、これといって否定しない。
彼女も乙女だ。きちんと勘づいているのだろう。篠澤広が
「プロデューサーは?」
「……お、お買い物に……行ってます……────そ、それより、広さん! ここに来たってことは、まさか……っ!」
「うん」
篠澤広は合鍵を見せびらかす。
「はっ! そ、それは……!!」
「この前もらった」
「っ!!? と、ということは……広さんは、アルファさんの、こ、こ……
小宮果穂はドキドキしながら問いかける。
対する篠澤広も、相手の赤面を受けて共感したのか、余裕ありげな顔を維持できなくなってきた。
「ううん。わたしはアイドルだから恋愛できない」
「……!」
「でも────恋人にはなれなくても、
「!!」
小宮果穂は思う。
アイドルだから恋愛できない、というのは、本当にそうだろうか? かつてその手の話題で悩んだことがある。明確な回答は用意できていないが、ファンとの絆を大事にしていれば特に問題はない、という結論に着地した覚えがある。
無論、その手の話題に関する回答は人それぞれ。篠澤広は、いわゆる旧態依然とした一般論を重視しているようす。
一方、篠澤広は思う。
アルファは、アイドルは恋愛できない、というポピュラーな考えを持っているわけではなさそうだ。それは本人の
「わたしのプロデューサーは、肩書きに囚われないことに囚われている。過去に何があったのかは分からないけれど、それは重要ではない。
「……?? アイドルと……?」
「プロデューサーは皮肉と詭弁が好き。つまり彼は“恋人”とか“夫婦”とか、そういう口約束や法律上の契約にうんざりしている。そして──アイドルは恋人を作ってはいけない。そういう文化がある──と、わたしは聞いている。だから、ね?」
かたや
かたや
「わたしは理解した。
「!」
「この国の法律に反していても、人としての道徳に反しているわけではない。……うん。改めてこう口にすると、わたしのプロデューサーは実に破天荒。相対的な価値観に縛られず、絶対的な価値観を通している。社会の枠に収まらない人物。……たぶんそれで色々と、苦労しているだろうね。アウトロー……とまでは、行かないだろうけど」
「…………」
「そしてプロデューサーに
「……!」
無論、実質恋人やら事実婚など、ありとあらゆる概念が存在する。ほかにも挙げ出せばキリがない。
そのため詭弁方便のたぐいであることは先刻承知。ファンの人達には悪いが、それでも走り出すこの恋情は止められない。
「これがわたしの答え。……果穂は、どういう考えでプロデューサーの
「────…………い、いっしょにいたいから、ですっ!」
「……うん。そうだね。わたしも色々と語ったけど、それは難しく考え過ぎているだけ。友達と一緒にいることに理由は要らない。
「!! ────はいっ! そうなんですーっ! 大好きなことは、大好きー! って! 言えばいいんですっ!」
「────うん!」
小宮果穂と篠澤広は、満面の笑みで喜び、うなずく。
その時、玄関の扉がガチャガチャと開けられた。
「ただいま~──って、この靴は……」
廊下側から足音。リビングに通じる扉を開いて、アルファが帰宅してきた。
「アルファさん! おかえりなさーい!」
「やっほ。来ちゃった。お邪魔してる、よ?」
「……──ただいま。そしてお久しぶりです篠澤さん。お茶入れましょうか?」
「! それなら、あたしが入れます!」
「ありがとう。でも水がいい。すでに体力の六割を消費している……どこかに座って休みたい……」
「ならばそちらのソファへどうぞ。倒してベッドにすることもできますよ。──果穂、スポドリを渡してやってくれ」
篠澤広はソファに落ち着く。小宮果穂はスポドリをプレゼント。アルファは買ってきたものをそそくさと隠す。客人には見せられないゴム製品だ。
篠澤広は水分補給して少し休むと、すっくと立ち上がって歩き回り、部屋の物色を始めた。
「この段ボール箱の山は何? 奥にも積まれてる。ちょっとした迷路みたい」
「はい! ぜんぶ特撮ヒーローやロボット物のDVDなんですーっ!」
「プロデューサーの趣味ってニチアサ系だったんだ。初知り。リーリヤとメカ談議をしてるところはたまに見かけたけど……うん。いいね。プロデューサーのこと、もっと知りたい」
「それならヒーロー部屋に案内しますっ!!」
小宮果穂と篠澤広は、アルファ邸の案内と探索を始めた。
ソファでくつろぐアルファは、ふたりを放置する。どちらも自分と仲は深いが、果穂と広の関係はまだ浅い。ここで女同士の親睦を深めてもらうべく、邪魔立てしないように立ち回るようだ。
(リメイク版) アルファ邸・間取り。
┌────────────────┐
│ ベランダ │
├━━━━━━━━━━━━━━━━┤
│ 段箱 段箱 │
│TV 座 ソファ 段箱 段箱 │
│台 卓 ベッド 段箱 段箱 │
│ │
├─┰──━━┓ ┌○○○○┬──┘
│押┃ ┃ 台所│
│入┃ 和室 │ │棚 IH│
│れ┃ 仏壇 │ │棚 冷│
├─┸────┤ ├───┬┘
│ │ ┃ 便所│
│ ┃ ├───┤
│ ヒーロー ┌─┤ │洗濯洗│
│ 部屋 ┃クロ│ ┃ 面│
│ ┃ー│ ├─━─┤
│ ┃ゼ┃ │ 風呂 │
│ ┃ット┃ │大浴槽│
└─窓窓─┴─┴━┴─窓─┘
小宮果穂と篠澤広は、和室の仏壇から風呂場の大浴槽まで、隅々を探索する。
小一時間ほどでリビングのソファベッドに帰ってきた。
「ふぅ……まんぞく」
「えへへ! よかったですっ!」
「ふたりとも楽しそうで何よりですが、男の家を物色して満足する変態性についてはノーコメントとしておきましょう」
小宮果穂は額面通り受け取ってあわてふためくが、篠澤広は蔑みの視線を受けて恍惚と微笑む。
「ご、ごめんなさい! アルファさん!!」
「ふふ……果穂、心配いらない。今のはプロデューサーの照れ隠し」
「え、そうなんですかぁ……?」
「いじわる。性悪。いたずら好き。悪魔、鬼教官、スパルタの擬人化。全てが果穂と正反対。でも、そういうところが好き……」
「ありがとうございます」
「っ!? アルファさん……ひどいこと、たくさん言われたのに……お、お礼を、言っちゃうんですか……!?」
「ふふ……果穂もそういうところ、すごいかわいい……」
「わかります」
「えぇっ!? えぇ……?」
小宮果穂は訳が分からずドン引きする。同時に、なんだか悔しくなってきた。アルファと篠澤広の間だけで分かり合うような、大人の雰囲気を感じる。
「むぅ~! ……あたしも大人になったら、おふたりが何を分かり合っているのか、分かるようになるんでしょうか!?」
「果穂。悪いがそれは……大人になる、というよりも……」
「……よごれる?」
「よごれるっ!? ど、どういう意味ですかぁ……?!」
「家に帰ったら『性癖』について調べるといい。直接的な答えにはならないけど」
「うわぁ……プロデューサー、小学生にそういうこと教えるんだ……」
「『セイヘキ』……わかりました! 広さんがそういう反応をするってことは、きっとえっちな言葉なんですねっ! お母さんには内緒で調べますっ!!」
「大丈夫ですよ、篠澤さん。果穂は何も分からず帰ってきますので」
「そういう問題じゃないと思う……」
「っ! た、たしかに調べても、よくわからないことは多いですけど……いつか、わかるようになりますっ!」
色々とズレた会話の応酬。
アルファは一笑に付して、篠澤広は少年にドン引きしつつ少女の将来を心配し、小宮果穂はやる気満々の姿勢。
「ところでプロデューサー」
「はい。なんでしょうか?」
「一応わたしは、アイドルとして元プロデューサーに助言をもらいにやって来た……という
「なるほど」
「わたしがアイドルになれる確率を知りたい」
「篠澤さんは既にアイドルですよ。極論、名乗ればそれになれます。さらに歌って踊れば、それだけでアイドルです」
「そうだけど、その上で数値化してみたい。どう?」
ならばとアルファは考える。
「……約3.5%」
「その
「283プロを参考にしました」
────問題。とある少数プロダクションに28人のアイドルがいます。そのうち1名は『なんもできない人』です。『なんもできない人』は『篠澤広』にとても近しいアイドルと言えます。さて、篠澤広がアイドルになれる確率は?
────数式。『1人÷28人×100分率=3.57~』=『3.5%』
「という感じでしょうか」
「なるほど。わたしが遠回しに『なんもできない人』にされているのは、事実だから言及は避ける。それはそれとして、プロデューサーは283のことをよく知っているから、それは信頼できる数値だと思う」
篠澤広は「3.5%か……」と独りごつ。すると「ふふ。ままならない、ね?」と微笑んだ。
いつも通りのチャレンジャースマイルである。
「ありがとう、プロデューサー。納得した」
「それは良かった。なんなら283プロデューサーと学園プロデューサーの才能も数値化して比較しましょうか?」
「……それは、いい。わたしは今のプロデューサーを信じている。わたしの『趣味』には困っているみたいだけど、理解は示してくれた。ありがたい趣味仲間」
「それは何より。篠澤広は、おそらく月村手毬に次いで、二番目にプロデュースが難しいアイドルですからね。あなたの資料を多めに残しておいて正解だった」
「そうだったの? ふふ……わたしのプロデューサーは、心配性……」
一方の小宮果穂は、
(う~~~~~~ん……そんな人は、いないと思うんだけど……?)
「果穂が不服そう」
「私も名誉のために実名を挙げるのは避けますね。まぁ本人がこの場にいれば、間違いなく自分だと名乗り出て、凄まじく落ち込むのでしょうけど」
やがて篠澤広は振り向き、アルファの横顔をジッと見つめる。
「ありがとう。これでノルマ達成」
「ではどうぞお帰りください」
「……プロデューサー。嘘つくのはダメ。全然帰ってほしそうな顔してない」
「ならばそちらも、ノルマ以外の目的もさっさと達成してください」
「っ……! …………やっぱり、プロデューサーは、いじわる……」
篠澤広は赤面する。もじもじ、もじもじ。なかなか勇気が出てこない。
小宮果穂は訝しんだ。これは明らかに
「……プロデューサーは……わたしのこと、好き?」(好きなら、どこが……? とは、まだ聞けない……)
「容姿も性格も
「! うれしい……相思相愛?」
「しかしまだお互いのことをよく知りませんからねぇ……まずは同棲でも始めて、色々な相性を見定めたい」
「そういうことなら、ご褒美としてではなく、友達として……そろそろ
「!?」小宮果穂は目を丸くする。事態についていけない。
「場所は決めてある」
「どこへだろうと付いていきますよ」
「変装は、ひとつ名案がある。プロデューサーも変装するとして、さらに
「それは無茶すぎます」
「だからこそ、面白い」
「“面白い”で炎上のリスクを高めないでください」
「近くにブティックとかある?」
「行きつけの場所があります。──たしか果穂もこの前行ったよな? ほら、黒いパーカーのやつ」
「! あ、はい……で、でもあれは……」
「ふたりとも洋服屋さんデートしたんだ」
「いえ。あれは離別一歩手前のケンカかと……」
「っ……!?」(あ、アルファさん! それ、言っちゃうんですかぁ……!?)
「なるほど。さすがに果穂も耐え切れない時があるんだ」
「篠澤さんは耐え切れなくなったら、俺に何すると思います?」
「わからない。こんな気持ち初めてだから。でも背中から刺すようなマネはしないから安心して」
「仮に刺してきても撃退できるので、そのへんも安心してください」
アルファは死んだ魚のような目で微笑む。
篠澤広はむすっとして腕を組んだ。
「本当に誰も信じていない、ね?」
「失望しましたか?」
「うーん……むずかしいところ。あなたからの信頼は、今まで確かに感じていた……だからこそ、矛盾する。あなたは他人を
「それは単純なことですネ。おそらくは、
「……──続けて」
アルファは語る。
「基本的に他者は信じて用います。それはそれとして裏切ってきた時のために保険はかけておきます。ただし保険の存在がバレて『アルファは自分のこと信じていない!』などと指摘され、お互いの信頼関係が崩れそうなら……保険なんてものは用意しません。最後まで信じて頼ります」
アルファは背もたれに寄りかかる。自重で沈む背もたれの傾きに引っ張られて、両側に座る小宮果穂と篠澤広の体が少しだけ引き寄せられる。
「やがて本当に裏切ってきたら、当たり前のようにボコします。そして裏切り者が反省すれば、再び信じて用います。そして『こいつは一度裏切った』という前科を利用することで、バレても信頼関係が崩壊しない保険を仕掛けます。────話はそれだけ。あとは、それの繰り返しです」
「…………なるほど。つまり
篠澤広は呆れたように溜め息をついた。
「
「秩序から中立を経て混沌まで。善性から中庸を経て悪性まで。人の形をした獣どもが星を見上げながら泥の海に沈む光景まで。天に祀られる神仏から、地に
自分の過去を話す時のアルファは、ひどく道化を演じる傾向にある。
苦しそうな顔を隠すために笑顔を作り、今にも吐き出しそうな辛さを隠すために滑稽を歌う。
「……ちょっと闇がある年下系プロデューサーは、
『……!』
「この前は泣いちゃったけど……あれは突然の情報の濁流に、ちょっとびっくりしただけ。もう落ち着いた。そして考えた。わたしはプロデューサーの価値観とうまく付き合えるのかどうか……それはまだよくわからない。だからこそ、
『────!』
「わたしはプロデューサーのことを知っているようで何も知らない。たった三ヶ月の付き合いなんだから当たり前だけど、それを改めて思い知った。だから、これからも、もっと深く知っていきたい。……いいよ、ね?」
篠澤広は問いかける。
いちいち語尾に読点を付けて小首をかしげるのは、もしや自分の可愛さを発揮するためだろうか。そのあたりもまた、アルファはまだまだよく分からない。だからこそ、深く知っていくために、人として付き合い続けていこう。
「ありがたいことです」
「畏まる必要はない。わたしも千奈と佑芽が友達なのかどうか、しばらく考えていた時期がある。それと比べれば、あなたのそれは根深いけど、でも似たようなもの。わたしは気にしない。小難しく考えるのは、割と似た者同士だから」
「類は友を呼ぶって? そうでなくとも、やはり嬉しいものですね。ツーカーの仲というものは」
アルファはソファから立ち上がる。
「それでは果穂、篠澤さん。行きましょうか。私行きつけのブティックへ」
『……!』「はい!」「うん!」
§