【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
放課後の初星学園・教室事務所。
篠澤広はスマホを見つめてチェインを打っていた。
『遊園地デート、楽しかったね。
今度はどこに行こうか?』13:17
『単に食事とかどうです?』13:17
『いいね。まってるから』13:18
『あ、俺が誘うんですか……』13:18
篠澤広は知らず知らず微笑。
すると横に座っていた月村手毬が呆けた声を出す。
「────えっ。広、デートしたの?」
「……?」
篠澤広は横を向く。
目と目が合う。
ハッとした月村手毬は慌てて弁解した。申し訳ないとうつむく。
「あ、ごめん……声かけようとしたら、ちょうど見えちゃって……」
「……てまりのえっち」
「なんでぇ!?」
その時、教室のほうぼうに散っていた女子高生アイドル一同が────ソファや椅子から跳び上がり────駆けつけて集合した。
『ででで────デートぉ……っ!!?』
「うわぁ!? み、みんな、急に何……!」
「うん。誰だと思う?」
驚く月村手毬。至極泰然としている篠澤広。
対するアイドル集団──花海咲季・藤田ことね・花海佑芽・倉本千奈・葛城リーリヤ・紫雲清夏・姫崎莉波・十王星南・有村麻央──は赤い顔で興味津々。秦谷美鈴はソファに座ったままうつらうつらと眠っており、賀陽燐羽は事務所に来ておらず、学園プロデューサーはデスクワークを中断して状況を見守っていた。
「だ、誰と、って……」
(い、行ったのかぁ……! 絶対プロデューサーのことだよなぁ! ぐおおお……! わ、分かってはいたけどさぁ……やっぱ、自分以外の女とデートに行くの、イヤだなぁ……!?)
「誰と!? ねえ誰と!」
「あわわわ……篠澤さん、いつの間にそんな良い人がぁ……?!」
「く、詳しく聞きたい、な……!」
「恋バナは乙女の大好物だもんね~!」
「わ、私も……!」(弟くんとの、何かの参考になるかも知れないし……!)
「アイドルがデートなんて褒められたことではないけれど……まぁ、そのあたりは先輩に任せましょうか……」
「広。それで……?」
篠澤広に衆目が集まる。
「……プロデューサーは、誰だと思う?」
「なぜこっちに振るんですか? あなたもご存知の通り、私は既に知っていますが……」
「それでも。ふぁいなるあんさー」
「……まぁ、どう考えても“彼”でしょう」
「ふふ。正解」
周囲には分からないアイコンタクトの会話。
それにやきもきした花海咲季と姫崎莉波が吠えた。
「ちょっと広! 分かるように言いなさいよ!」
「ひ、広ちゃん……焦らしちゃうのは、どうかと思うな!?」
「ごめんごめん。──前のプロデューサーと、だよ?」
『────……!!!?』
藤田ことねは呆れ気味に言う。
「はいはい。遊園地に行ったんでしょ~?」
「あとおうちデートもした」
「え」(────う、うそだろぉ!? あたしもまだなのにぃ……! オイどういうことだプロデューサーぁ……?! いやまぁあたしも帰りに誘われたけどぉ! そこは普通順序ってもんがってことでひよって断っちゃったけどぉ……! うおあぁあ゛あ゛あ゛あ゛……! あたしのばかぁ……!!)
藤田ことねは、ひとり勝手に脳破壊。
ほかのアイドル達は目を見開いて唖然としていた。ふと花海佑芽が叫ぶ。
「ひ、広ちゃんが……えっちだぁあああああああああ!!」
その発言には、さすがの篠澤広も頬を染める。
「佑芽……すぐそうやって紐付けるのはよろしくない……ちょっと、はずかしい……」
『~~~~~~ッッッ!!?』
乙女の熱いかんばせ。
それを目にした方が熱くなってしまう。
そこで学園プロデューサーが忠告した。もし外部に漏れたら大変な情報は先んじて封じなければいけない。
「篠澤さん。佑芽さんも。誤解を招くような発言は控えてください。
『……は?』
「うん。わたしはそう報告したし、きっと(
それはどういうことか。
つまりそういうことだ。
すかさず花海咲季がツッコむ。
「ちょ、プロデューサー!? それはどうかと思うわよ?! 担当アイドルの恋愛事情さえ把握してるとか、それ完全にストーカーじゃない!!」
「ストーカーではありません。合意の上での情報収集です。それに不要な炎上を避けるためにも必要な共有でした。咲季さんも誤解を招くような発言は控えてください」
「そういうこと言ってるんじゃないわよっ! あなた人の心を失ったの!?」
「機械的なことを言っているのであれば、咲季さんも似たようなものでは? 逆の立場ならしなかったとでも?」
「ぐっ……! ぬぬぬぬぬぅ……!!」
両腕を下に伸ばして震える花海咲季は、どうやら逆の立場なら似たようなことをしたようす。まったく反論できないのか歯ぎしりが激しい。
それに若干ドン引きする十王星南と紫雲清夏と姫崎莉波の三人は苦笑いしながら青ざめていた。以前から思っていたことではあるが、やはりこのふたりは似た者同士である。
「……広は、あれから付き合ったの?」
月村手毬が問いかける。
「ううん。まだ友達だ、よ?」
首を横に振った篠澤広は、大胆不敵にも微笑んだ。
「くっ……広って、結構ドSだよね……」
「そうなの?」
(そうだよ!)と危うく賛同しかけた藤田ことねは、ぐっとこらえて(がまんがまん……)と心頭滅却
「広……わたしも青のプロデューサーの家に連れて行きなさい!」
────となりのセリフに対し、爆発するように吹き出した。
というのも花海咲季はキメ顔で指をさす。急にどうしたのか。
篠澤広は相手の表情を確認したあと、すぐ理解して首を縦に振った。
「……いいよ。案内する。また会いたいもん、ね?」
「っ……! そ、そんなんじゃないわよ! ただちょっと……意見交換をしに行くだけだから!」
すると学園プロデューサーが鼻で笑う。
「おや。俺にはできなくて彼にはできる
「! っ~~~~……ほんと、うちのプロデューサーはぁ~~~~……!」
今のはどういうやり取りか。
篠澤広は観察して推察する。
「……咲季の相談事で学園プロデューサーが知らないことはない。だから今の発言は……ウソ?」
「は、はぁ!?」
「えー! お姉ちゃん、ほんとは何しに行くのぉ……!? やっぱりプロデューサーさんに会いたいんでしょ~? だってあたしもだもーん! というわけで広ちゃん! あたしも連れてって~!」
「わ、わたくしも、ひさしぶりに先生に会いたいですわぁ……!」
「わ、わたしも……! おうちにメカのゲームがあるって、聞いたから……!」
「え~? リーリヤ、それも咲季っちと同じ
紫雲清夏は可愛いものを見る目でいじる。花海咲季と葛城リーリヤは目を見開いて振り向き、そのいじりに反論できない。かたや歯を食いしばって赤らみ、かたや口をつぐんで赤らむ。
「……わかった。大所帯になる、ね? でも大丈夫だと思う。プロデューサーには前もって言っておく」
「やった~!」
ならばと花海佑芽は、さっそくスケジュール調整のため学園プロデューサーに話しかけに行く。それを追いかける移籍組。三年生組と紫雲清夏は、それを微笑ましく見守る。
「ふふ。みんな楽しそう……本当に前のプロデューサーさんが大好きなんだね!」
「そうね。彼の人となりは、あまり知らないのだけれど……麻央は、非公式で彼のプロデュースを受けていたのよね? まだ詳しくは聞いていなかったけど……どんな感じだったのかしら?」
「そうだね……本当に色々と尽くしてくれたよ。無邪気すぎるところや口が悪いのが玉に瑕だけど、根は素直な好青年だ。まず人を不幸な目に遭わせるような人ではないよ」
「へぇ~。まおっち先輩がそう言うんなら、だいじょぶそうだね!」
一方、多くのアイドルのリスケを担当する学園プロデューサーは、最後に忠告した。
「みなさん。彼も人気アイドルです。その彼の家に遊びに行くという危険性は言うまでもないでしょう。そこで提案です。篠澤さんはご同輩と遊びに行く際、それはそれは完璧な変装をしたそうです。私も送られてきた写真で服装を拝見しましたが、
「ふふ。ありがとう。可愛かっ……た?」
「…………つまり、みなさんにも変装をしていただきたい。篠澤さんのセンスなら、まぁ全員分の変装も可能でしょう」
「うわ……無視された上に、とんでもない労働を押し付けられた……でも、そういうところがイイ……好き……」
「あなたはご同輩が狙い目なのでは?」
「
それを聞いた姫崎莉波は「!?」と目を見開いて大口開けてのけぞり、激しく動揺する。それは粉をかける、という意味合いか。
これには花海佑芽も「浮気はダメだよ広ちゃーん!?」と仰天するほかない。
「…………本当に
「咲季とプロデューサーほどじゃない。あと眉をしかめた顔もイイね……」
§
数日後。
休日の朝方。よく晴れたアルファ邸リビングに呼び鈴が鳴り響く。
「は~い! 開いてま~す!」
食卓でノートパソコンを打っていたアルファは、大声で答えながら画面を閉じる。
すると玄関扉の開く音。バタバタと数人の足音。
(……さて、騒がしくなってきたな……)
廊下に響く足音と息遣い。扉を開いて入ってきたのは、花海姉妹と篠澤広だった。
「青のプロデューサー! ひさしぶりね! お邪魔するわよ!」
「プロデューサーさ~ん! 会いたかったでーす!」
「やっほ。ほかのみんなはお仕事だから来られなかった」
「そうですか。お久しぶりです花海咲季さん。花海佑芽さん」
「……毎回フルネームで呼んで面倒じゃない?」
「! そうですよ~! 距離が遠く感じちゃいます! 呼び捨てでいいですよ~!」
「わたしのことも、広、って呼んで」
「では花海と篠澤で」
「それだとどっちを呼んでるのか分からないじゃない?!」
篠澤広は腕を組んで不服そう。
花海佑芽は、プライベートだと意外と気難しい人なのかも? と距離感を見極める。
「ふむ。しかし約三ヶ月のクセというものは、なかなか抜けないものでして……まぁおいおいと。そのうちに。ところで今日は何用で?」
アルファは相手の意向を受け入れたような反応を見せておき、巧みに話をそらす。
そうはさせないと篠澤広が回り込んだ。
「プロデューサーは果穂が相手だと年相応のタメ口になるのに」
「え! そうなの広ちゃん!?」
「……いよいよ見逃せなくなってきたわね」
「それだけ長い付き合いだということです」
「会った時から口が悪かったって聞いてる」
篠澤広は、ことごとく逃げ道を塞いでくる。
アルファは思う。小宮果穂はいったいどこまで話したのか。加えて、ここまで的確に回り込めるということは、それが用件であることを明示しているようなものだった。
「……まさか、本当に今日は
「さすがエスパーね……そうよ! ────青のプロデューサー! わたしはあなたに勝負を申し込むわ! わたしが勝ったら、あなたには呼び捨てで呼んでもらうわよ! あなたが勝ったら好きにしなさい!」
「お姉ちゃんはこう言っていますけど、あたしは普通に仲良くなりに来ました~!」
「わたしは見学。ふたりの勝負、楽しみにしてる、ね?」
§
そう言いつつ、篠澤広と花海佑芽は家内探索に出かけてしまった。いくつも積み上げられた段ボール箱の迷宮に迷い込んだり、ヒーロー部屋に行ったりして、なにやら話し込んでいる。
一方、食卓では腕まくりをして真剣に見合う男女。肘を置いて、がっつりと握手。
「行くわよ!」
「まさかの腕相撲……」
「よーい……ドン!」
瞬間、張り詰める筋肉。特にルールは敷いていないため、花海咲季は食卓の端を掴んで力を込めやすくし、全力で勝ちに行く。対するアルファは特に何もせずとも拮抗状態を保つ。フィジカルでは明らかにアルファが上なのだ。その上で、なぜ腕相撲を挑んできたのか。その理由を考察している。
「ぐぅぅぅぅ~~~~……!」
「……………………────佑芽さんのことで、何かありましたか?」
「っ……!? ……ッ────!!」
そうだ、と言いたげに歯を食いしばり、泣きそうな心で全身全霊を振り絞る。
なおも動かぬ男らしい右腕。よく鍛え抜かれた逞しい筋肉だ。堅く素早く柔軟性がある。血管が浮き出ると血色がよくなり、ハリのある輝きさえ放つかのよう。
「────っ……」
アルファは食卓のへりを掴む。いよいよ耐え切れなくなってきた。拮抗が崩れる。このままでは体力勝負で負けてしまうため、そろそろ決着を付けに行く。
「っ~~~……────いつもの佑芽なら、佑芽なら────!」
花海咲季は、力の入らない小さな声色で、すべてを筋肉に回していた酸素の一部を吐き出す。
「
「……!」
「あれから他人の勝負事に興味を示さなくなった……! 佑芽自身、無自覚でしょうけど……!」
「────」
「勘違いしないでよ、ね……! あなたのせいじゃない、わ……! わたしのせいでもない! でもやっぱりわたしのせい……! わたしが負けたから……! わたしが、
「
「っ!? だ、黙って聞きなさい……! ──勝負自体は、まだ好きなのよ、きっと……! 売られた喧嘩は絶対に買うし、自分から売ることもある。実際は何も、あまり変わってない……! でも今はちょっとスランプ気味なの……! なんでかわかる!?」
「……おそらく、
「っ……そう、よね……!! このぉ……ッ!!」
以前から危惧していたこと。
────
それは勝ってから考える。そう言っていた。現に考えている。考えに考えて、ひとまずアイドルは続けようと思っているようだが、特に目指すべき目標がない。
「そういうのは、もうわたしのプロデューサーの仕事……! あなたに言うのは筋違いだってのは分かってる……! 佑芽だって、『NIA』や『HIF』に備えて動き始めてる……! けど、あなただって……嵐のように来ては去って、無責任とは思わない……!?」
「ええ、まったく」
「それ、どっちの意味よぉ……!」
「両方ですね」
「このう……!」
鍛え抜かれた細い腕が、徐々に。
小さな手の甲が、徐々に徐々に倒れていき────
「まぁ、特に問題はないと思いますよ?」
「!」
「アイドルを続けるなら、先輩がなんとかするでしょうし。万が一アイドルを辞めるなら、俺がなんとかしますし」
「なんとかって、具体的には……!」
「俺が貰います」
「────っ?!」
────決着が着いた。
「っ!! ちょ、今のは反則よ……!」
「戦闘中に話しかけてきたのはどちらです? なら精神攻撃も有りでしょう」
「ぬぅ……!」
ちょうど花海佑芽と篠澤広が戻ってくる。
「あ、終わってる! どっちが勝ったの!? 負けた方のリベンジをあたしがするよ!」
そう言いながら花海佑芽は、当たり前のようにアルファの横に来る。
お姉ちゃんが勝利した、と確信しているようだ。
「残念ながら私が勝ちました」
「……────えぇえええええええええええっ!?」
「……」
花海咲季は悔しがる素振りを見せない。妹が戻ってきた時には、苦しむ姿を隠し、毅然とした姉らしい姿に変わっていた。いつでもどこでも完璧なお姉ちゃんとして振る舞う姿は、常に輝いて見える。
一方の佑芽は、そんな姉の──既にメッキと知っている──姿を見て、やはり理想のお姉ちゃんだと思い直す。やっぱり憧れのお姉ちゃんだと改めて思う。ならば、そんな大好きなお姉ちゃんをいじめる人にはお仕置きが必要だ。
「なら、
「……────」
花海佑芽は姉の仇を取るべく奮起するが、なにげにその一言に一番傷ついていたのは目を伏せる花海咲季だった。
なんとも歯がゆい関係性。さすがのアルファも腕を組んで首をひねる。
「難儀なものですね……」
そうして花海咲季は、
「……お姉ちゃん? どうしたの?」
「佑芽。ちょっと話があるわ。お説教よ」
「──……えぇ!?」
途端、花海咲季はアスリートの顔を出した。姉としての顔ではない。
「わたしはリベンジしてほしいなんて言ってないわ。相手に負けたとも思ってない」
「! ……!!」
「だから、勝手にリベンジすると言われても困るわ。これはわたしの勝負なんだもの。横から取らないでくれる?」
「────! そ、そうだった……ごめん、お姉ちゃん……」
「いいえ。わたしのために熱くなってくれたんでしょう? それはすごく嬉しいわ! さっすがわたしの佑芽! どう? 青のプロデューサー? わたしの佑芽は最っ高にカッコイイでしょう!?」
花海咲季は満面の笑みで、妹の頼もしさを褒め称える。そこに虚飾は一切存在しない。心からの溺愛と尊敬がある。
「……素敵なものですね」
「でっしょう!」
そこで篠澤広が突っ込む。
「まった。今のは皮肉の可能性がある」
「────……なぁんですってぇえええーーーーーー!?」
「ふはっ! 本音を言えば、たしかにそれもありましたネ!」
§
花海咲季は歯を食いしばって睨みつける。それもすぐに気の抜けた顔になった。
「では
「────!」
「既にプロデューサーは辞めているんです。いつまでも同じ呼び方では、それこそ
「──この……自分のこと棚に上げちゃって……!」
「それなら勝てばよかろうに~」
「っっ!! ええ勝つわよ! 次こそ覚えてなさい!
花海佑芽は机を叩く勢いで立ち上がり、腕を組んでふんと鼻を鳴らしそっぽを向く。
一方の佑芽は、呼び方が変わって仲良くなったように見える花海咲季とアルファを見比べて嬉しくなったのか。笑顔で手を挙げて身を乗り出した。
「はいはーい! お姉ちゃんのリベンジはしないけど、あたしもプロデューサーさんと競争したいでーす!」
「わたしは暗算勝負で行く」
「篠澤さんは勝つ気マンマンじゃないですか……」
「あたしは腕相撲でー!」
「先を越されちゃったから早く縮めないと、ね?」
§
三十秒後。
「勝ったぁあああああああああ!!」
「────…………」(手首が
「ふっふーん! 澄まし顔ですけど、悔しがってるのは分かっちゃいますよ~?」
「追い打ちを掛けないでいただきたい」
「へへーん! ごめんなさ~い! それではこれからプロデューサーさんは、あたしのこと
「分かりました。佑芽さん」
「っ……! お、おう……な、なんか照れちゃうな~! ──あ、でも! ちゃっかり“さん付け”にしてるのは見逃しませんよ! 一回だけでいいので。呼び捨てにしてみてください!」
ならばとアルファは、計画を前倒しにする。
すっくと席を立つ長身の男。妙になまめかしい片方の手つきを食卓に這わせて、スタスタぐるりと回ってくる。
「……ぷ、プロデューサーさん……?」
何やら危険な香りを感じ取った花海佑芽は、もしやはしゃぎすぎて怒らせてしまったのかと思う。いやしかしこの程度のことで怒るような人だろうか?
ぐぐいっと身を屈めてきたアルファは、食卓から持ち上げた手の指先で佑芽のあごをクイッと持ち上げ、かしげた顔で微笑み、囁きかけた。
「────佑芽」
「────────」
佑芽の頭上から機関車の汽笛のような音が鳴り、蒸気が噴出する。真っ赤に燃え上がった表情でうつむき、もじもじ。うんともすんとも言わなくなってしまった。
するとアルファはコロンビアのポーズ。ゴリラのように胸を張って、両拳を高々と頭上に掲げた。
一方、色男の口説き方を目にした花海咲季はやや鼻先を赤らめており、篠澤広は面白くなさそうに腕を組んでいた。
「せ、性格悪いわね……」
「……プロデューサー、プロデューサー。今の、わたしにもしていい、よ?」
「これは勝者の特権なのでね。そうやすやすと披露しませんよ」
「……えっ。もしかしてわたしが勝ってたら、今のをわたしにもやるつもりだったの……?」
「よし……まずは小手調べ。三桁の暗算で速さ比べをしよう」
「俺は電卓ではないんですよ?」
さっそく篠澤広は勝負を始める。
「咲季。佑芽。それぞれ三つの数字を言って。ふたりが言い終わったら暗算開始」
「……164」
「249!」
────164×249=?????
花海姉妹もやってみたくて暗算開始。
アルファと篠澤広は思考を瞬発させて大回転。
九秒経過。
「よんぜろはちさんろ、く────です。たぶん……」
「──よんまんはっぴゃくさんじゅうろく」
「ぬっ……ふたりとも早いわね……しかも答えが同じ……」
「あたし、そもそもお姉ちゃんが言った数字を覚えてなくて、計算すらできなかったよ~……」
花海咲季はスマホを取り出して電卓を使用。
答えは────『40,836』だった。
「ふたりとも正解よ! すごいじゃない! でもアルファの方がちょっとだけ早かったから、勝負は彼の勝ちね!」
「むぅ……プロデューサーの思考瞬発力は侮れない……」
「フゥ……ドッと脳が疲れた……糖分が欲しい……」
負けた篠澤広は悔しがるが、同時に悦んでもいる。
「それじゃあプロデューサー。勝者の特権を使ってもいい、よ?」
「どっちに転んでも嬉しそうなの無敵ですよねホント……」
これはさすがに悔しい。
なのでアルファは、ままならなく、無くなるようにした。
「────
「……っ!」
「これでいいんですよね?」
「…………ふ、ふふ……どうしよう……達成感と敗北感と、満足感と屈辱な思いがないまぜになって……フゥ……ってなって、とても複雑な気持ち……」
「嫌そうな顔が見れて結構です」
「鬼……的確にイヤなことしてくる……だから喜ぶこともないはずなのに……嬉しい……ねえ、もう一度呼んでみて?」
「広」
「
「急にやめてください心臓に悪い……見かけによらず負けず嫌いなところもアレですよねホント……」
「ふふん。いじめてきたお返し」
篠澤広は胸を張って勝ち誇る。
花海咲季はあごに手の甲を当てて、苦笑いで青ざめた。
「いきなり目の前で甘すぎるイチャイチャを見せつけてくるの、やめたほうがいいわよ……?」
「こ、これが……ツーカーの仲ってことなんだね……!?」
花海佑芽は「はわわ……!」と赤らんで恥ずかしがる。見てるこっちが恥ずかしいとはこのことか。まるでカップルのような掛け合いである。
§
数分後。
ソファを展開した寝台の上で、三人のアイドルはうつぶせになっていた。ソファベッドの上で花海佑芽は爆睡しており、花海咲季は気持ち良さそうに寝息を立て始め、篠澤広は待ち遠しそうに目をつむって待機中。
「まったく……」
アルファは不満そうに手を動かし、ひたすらマッサージに勤しんでいた。
篠澤広が問いかける。
「プロデューサー。何が不満なの? 三人の女の子の体を好き放題いじれるのに」
「いかがわしい言い方をやめてください。──それもそうでしょう。俺は女性を口説くのが本分ですよ? おさわりしているのに抱けないとか拷問に等しい」
「なるほど。それは由々しき事態だね?」
「由々しき事態ですよ。これは何かの罰ですか?」
「佑芽がしてほしいって言い出したからしょうがない。咲季もわたしも、事務所のみんなは、プロ……アルファの、マッサージが好き……だから……」
「急にあだ名呼びを思い出した上に恥ずかしがるのやめてください」
「注文が多い……こっちは待ってるだけなのに……」
「そろそろ三分経つので行きますよ」
§
数分後。
玄関扉がガチャリと音を立てて開け放たれる。扉と鍵を閉める音。靴を脱ぐ音。駆け足の音。
「アルファさーん! おじゃましま────」
小宮果穂が遊びに来た。リビングに突撃した少女は、食卓に着くアルファと、そのとなりにあるソファベッドでうつ伏せのままぐったりとしている三人の女の子を見て────
「ア゛ルファ゛さんが゛エ゛ッ゛チ゛な゛こと゛してます゛ぅ゛う゛ううう゛うう゛……!!」
────どうしようもない人に向ける思いの丈を絶叫した。
「……仕方ないだろ。マッサージしてほしいって言われたんだから」
「じゃあ、あたしにもしてくださいっ!」
「…………」(我慢できるかなぁ……)
アルファは席を立つ。
ほっぺを膨らませる小宮果穂は、熟睡中の篠澤広のとなりに寝そべり、ぷんすかと不機嫌そうな顔。
「……」
服の上からでも分かる健康的な背中。指圧して肩甲骨や背骨の位置を確認。最適な箇所に指圧してツボを押す。
「んっ……」
(────……)
これは全員に言えることだが。喘ぎ声みたいな声を出すのをやめてほしい。
そのようにアルファは内心不平を漏らす。
「……っ? あ、あの、アルファさ────ん……」
背中から滑り落ちた手のひらが脇腹を揉み始める。
膝立ちで屈んでいた男の体は、覆いかぶさるように倒れていく。
「っ……ぁ……」
脇腹と胸の中間の位置まで這い上がってくる両手。
それが豊満な輪郭を捉えた次の瞬間。
「ん~! よく寝た~!」
えびぞりになって起き上がった花海佑芽とほぼ同時、アルファはすっくと立ち上がって緊急離脱。廊下に出てトイレの中に入ってしまった。
(っ…………!!)
小宮果穂は左胸を抑えてドキドキを鎮めようとする。
(い、いまの、あぶなかった……! みんないるからダメなのに、また……ダメだよって、ぜんぜん言えなくて……っ)
どうしても好きな人に攻められると、そのまま許してしまうところがある。
これはどうにかならないものか。もしやこれが、ヒーローのヒロインがヒーローの説得に失敗するたびよく言う“惚れた弱み”というやつなのか。
赤毛の少女は、横向きになって胎児のように丸くなり目をギュッとつむっても、一向にドキドキが止まらない。
「お姉ちゃん起きてー! 広ちゃんもー! ……あれ? いつの間に果穂ちゃんがいるー!」
「っ……! お、おはようございます……!!」
「おはよう! でも今はもうお昼だよ~? ──あ、ちがう! これが業界用語かぁ……!」
花海咲季はあぐらをかいて大きく背伸び。ヨガのポーズで柔軟体操を始める。
篠澤広はパッチリと目を覚まして、となりで起き上がった少女を見やる。
「……」
「……!」
目を丸くする小宮果穂と真顔の篠澤広は、しばらく見つめ合う。
(……ま、まさかっ……! あたしたちが横でしてたこと、バレて……?!)
(……果穂、来てたんだ……全然気づかなかった……)
その時、廊下の扉が開いてアルファが戻ってくる。精神集中を終えたようだ。
するとその目が、不意に花海咲季へ吸い込まれる。何かを感じ取ったようす。
「……────」
花海咲季は目を閉じたまま瞑想を続けている。
すかさずアルファは、驚くべきスピードで鮮やかな土下座を披露した。
「誠に申し訳ございませんでしたァッ!」
『!!?』
「……──いきなり何? わたしは何も見ていないし、あまり聴いていないわ。まどろんでたから気配程度だし……窓からの影が変な方向に掛かってきたから、まさかなって思っちゃった程度だし……だから、あなたがそうやって謝らなかったら、疑惑程度で済んだのよ? ちょっと生真面目すぎない?」
「疑惑でもモヤモヤすると思われたので……」
『……??』
篠澤広と花海佑芽は困惑。
小宮果穂は羞恥心が極まって変な動きを始める。両手を穴に見立てているのか頭の上にかぶせて何度もかぶりを縦に振り、笑顔なのか苦笑しているのか掴めない表情で真っ赤に染まり、首をかしげた斜めの姿勢で徐々に床へ落ちていく。まさしく穴があったら入りたい。……人、これを
それは花海咲季も同じ気持ちだった。
「ねぇ広……アルファって本当にプレイボーイなのね? この調子でことねともデートに行ったってホント?」
「ホント。この前ことねとどの乗り物に乗ったか競ったら全部同じだった。その公平性が好きだけど気に入らない」
「なるほどね……つまり
目を細める花海咲季は、いじるような笑みを浮かべて呆れるような冷めたような蔑むような視線をくれてやる。
「……誠に無礼も承知ですが、マッサージをやらせてくるそっちもそっちだと健全な中学生は思うのです」
「急に年齢を武器にしてくるじゃない……それが言い訳になってないの、明らかに分かってて言ってるわよね?」
そこで佑芽が、アホ毛をへにゃらせながら問いかけた。
「お姉ちゃん。さっきからアルファさんとなんの話をしてるの?」
「わたしも知りたい」
「ふたりは知らなくていいことよ。可愛い可愛い年下の男の子が粗相をしただけだから」
「完全に弱みを握られた……あと────果穂もごめん……」
「い、いえっ……! あたしも、ぜんぜん、、、っったのでっ……っ!!」
『────なんて?』
恥ずかしくて言葉にもできない。小宮果穂の顔は羞恥の赤に染まって、とにかくもじもじとしていた。
§
大人な花海咲季は話題を転換する。
「ところで、みんなから頼まれていた質問があったのよね」
『……?』
「あなたたちの関係性よ。アルファの妹が果穂って話。あなたが天道唯我だってことを知ってから、それが嘘だってのは分かったけど……じゃあどういう関係なの? って。特にことねや手毬が訊け訊けってうるさかったのよね……お別れ会で聞くつもりが、気づいたら逃げられてたから今度こそ逃がすな~! って……」
『…………』
アルファと小宮果穂は目を合わせる。
アルファの答えは明白だ。しかし小宮果穂はどう答えるのか。
「う、うそついちゃって、ごめんなさい……えっと、アルファさんとは……“スッゴくスッゴく、仲のイイ友達”……ですっ……!」
「そう。……まぁそういうことにしておくわ。アイドルは恋愛禁止なんだものね」
そこで篠澤広が言った。
「咲季。咲季。たぶん思ってることちがう。ふたりは本当に友達」
「……え?」
「ちなみにわたしも“すっごくすっごく仲が良すぎて逆にあやしい友達”だよ?」
「……??」
花海咲季は混乱する。
そこで篠澤広が興奮気味に頬を持ち上げて付け加え、すかさずアルファが突っ込んだ。
「つまりわたしと果穂は遊びだけの女……」
「そりゃそうでしょう。友達なんですから」
すると佑芽が何かに勘づいたようすで叫ぶ。
「そ、その意味深な言い方は、つまり……!
「ちょっとちがうけど部分的にそう」
「まぁ全てを許し合う関係と思っていただければ。たとえ相方に別の恋人ができても婚姻しても殺人しても殺されても全てを赦しますよ。大体そんな感じの関係です」
そこまで重たい意味だったのか……などと思った小宮果穂と篠澤広は、思ってもみなかった衝撃のセリフにうつむき、“友達”の意味や“セフレ”の定義について、ちょっと考え直した。
§
「つまりアルファさんは、果穂ちゃんや広ちゃんのことを
『……!!』
時に花海佑芽は、野性の直感で推理を挟まず核心を突く。
小宮果穂と篠澤広は驚いた様子で赤面。するとアルファは真顔で、それが前提であるかのように、当たり前のことだと呼気を吐く。
「はい」
『……っッ!!』
なんて淡白な二つ返事だろうか。一瞬のうなずきと二文字しかないセリフ。
花海咲季は呆れかえる。
「なんか直感なんだけど……あなたってその調子で『全人類を愛しています』とか言いそうよね……」
「さすがに個人としての好き嫌いはありますよ」
「……NOとは言わないのね……?」
「や、もちろんNOですよ? だって
『……!』
「あーはいはい。おかしいんですよね。よく驚かれるので分かっていますよ。もうそういうふうに育ってしまった田舎者なんでね。もはや刷り込みのようなものだと思っていただければ」
おかしいとは思わない。博愛であること自体はとても素晴らしいことだと思う。が、あまりにも潔癖なことを真顔で言うので、どういう純粋な育ち方をしたのだろうか、と疑問が生じただけである。明らかに闇属性のくせに、光り輝く精神も持っていそうなのは、いったいどういうバグなのか。
「やっぱりアルファさんは、テレビに出てくるヒーローそのものみたいですーっ!」
「そうかい。いつもなら皮肉として受け取るが、果穂がそう言うなら褒め言葉だな!」
にこやかに笑い合う小宮果穂とアルファ。
篠澤広は当然の疑問を口にする。
「プロデューサーの過去が気になる……」
その言葉が来ると分かっていたのか、アルファは立ち上がっていた。腰に手を当てて軽薄に振舞う。
「さて、そろそろお帰りになられては?
§