※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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共同住宅プチパレス編〔平穏ライフ編①〕



共同住宅プチパレス編〔平穏ライフ編①〕
pSSR【アルファさんのお引っ越し!?】小宮果穂


 

 秋から冬に変わる季節。

 今朝はいつもより肌寒く、時期尚早の初雪が降る。

 

「────ねぇねぇ、あそこ見て」

「ん? 噴水がどうしたの?」

「ちがうー! ──噴水の手前に立ってる人、なんかカッコよくない?」

「……あ、ホントだ~。足ほっそ~!」

「うちらみたいに、誰かと待ち合わせかな?」

「かもね~」

 

 時計台の手前に立って友人を待つ女子高生ふたりは談笑中。

 一方、噂されている当人は噴水の前でぼんやりと佇んでおり、スマホをいじって待ち人を待つ。彼は────否、彼女は篠澤広。今日の変装は、カジュアルでも通じるDJ(でぃーじぇー)風味なボーイッシュ系ファッションで外出していた。

 

 コーディネートは、大雑把に次の通り。つば帽子。メッシュ。ヘアピン。赤茶けたサングラス。ネックレス。ピアス。クール系ロゴTシャツ。短パン。クルーソックス。スニーカー。ポーチ。

 黒色と赤色の相性が映えるマニッシュなファッションだ。

 

「────広さ~ん!」

 

 そこへ、ひとりの活発な少女が駆けつける。彼女は小宮果穂。

 コーディネートは────ガイド付きニット帽(柴犬顔デザイン)。丸メガネ。水色系パーカー。ポップ系ロゴTシャツ。黄色系ショーパン。ハイソックス。スニーカー。

 水色と黄色の相性が映えるガーリーなファッションだ。

 

 そのファッションは実を言うと先々月、日曜日のお出かけで園田智代子にコーディネート(サンデーチョコデート♥)してもらった時の服装である。ただし『今日は寒いから』と小宮母に言われて、つばなし帽子からあったかいニット帽に急遽チェンジしていた。

 

「かほ。五分前行動できてえらい、ね」

「えへへー!」

「よしよし」

 

 159cmのボーイッシュゴッデスが、163cmのガーリードッグな頭を撫でる。

 その光景は、女神と天使からなる兄妹のように見えた。

 

「アルファさんはまだなんですか?」

「うん。珍しい、ね」

「はいっ。いつもはこっちがどれだけ早く来ちゃっても、なぜか先に来ているのに……」

「それはたぶん……」

 

 そこへ金髪碧眼の男性が歩み寄る。

 

「ヘイヨー(Hey Yo)! そこのお姉ちゃん達。ちょっとオレっちと話さない?」

 

 コーディネートは────バッジ付きキャップ帽。金髪ウィッグ。碧眼カラコン。黒サングラス。ネックレス。英字Tシャツ。結び目の隠れた腰巻パーカー。クラッシュジーンズ。ソックス。スニーカー。気分的には肩にラジカセを背負っている心持ち。

 白と黒の相性が映えるスポーティーなファッションだ。DJ風味も漂っている。ストリート系とも言えた。

 

「はっ! そ、その声は……!」

「ふふ……またすごい変装をしてきた……」

「おや一瞬でバレたか。どうもアルファです。遅れた言い訳とか聞きたいです? ──俺のことを待ち望んでくれている可愛い女の子が数名。和気あいあいとする光景を遠巻きに見守りながら合流するのが、これまた乙なものでして……!」

 

 身長173cmのスポーティーヒーローが、一回り小さい女の子の肩に手を回し、文字通り両手に花束で噴水広場を出ていく。

 その様子を見ていた女子高生ふたりはささやきあう。

 

「……ねぇねぇ。あの金髪の人、さっき私たちをナンパしてきた人だよね……?」

「あ、ホントだ。で、あそこの人たち、なんかお持ち帰りされちゃったね~」

「しかも行き先は駅前……ま、まさか……ホテル……!?」

「その手前に総合病院あるよね~?」

「そこ行く!? あんなコーデして普通行く!?」

「行くんじゃなーい? 好きな人の前ではオシャレしたいでしょ~」

 

          §

 

 駅チカの総合病院・手前。

 小宮果穂と篠澤広は、白い建物を眺めて唖然と佇む。

 

「……病院……?」

「どこに連れて行くのかと思ったらまさかの。……あ。プロデューサー、プロデューサー。あそこ行かない?」

「ホテル(あそこ)に行ってしまったら、おふたりのアイドル生命が終わってしまいますので……」

「あのっ。アルファさん! もしかして、どこか悪いんですか……!?」

「そうなの?」

「いや、そういうわけじゃない。ちょっと面会したい人がいて。──ちなみにひとりで会うのが怖いとかそういうんじゃあるんだからな?」

「──……! あ(・)る(・)んですね……!」(……面会したい人……だれだろう?)

「私事で連れ回されるのは想定外だった。プロデューサーはいつも予想の斜め上を行くね……そういうところも好き」

「なんでも好きになるじゃないっすか……」

 

 病院に立ち入る。待合室の広間。受付を済ませて面会部屋に向かう。

 

「失礼します」

 

 個人用の病室。寝台の上には、ひとりの老婆が座っていた。

 

「おや。悪童かい」

「お久しぶりです。──紹介します。こちら、俺の友達の小宮果穂と、篠澤広です」

「こんにちはっ!」

「こんにちは、おばあちゃん」

「ご丁寧にどうも。──アンタら、アルファ(こいつ)の小指(コレ)かい?」

 

 老婆は小指を立てて微笑む。

 小宮果穂は「?」と首をかしげ、篠澤広はやや頬を染めながら答える。

 

「いずれそうなるかも?」

「かか! そうか。──じゃ、小僧。俺から餞別(せんべつ)さね。黙って受け取れ」

 

 一人称が“俺”の老婆は、なんとも勇ましい貫禄を漂わせている。アルファをアゴで使い、なんらかの鍵束を手渡した。

 

「譲るよ。最期の遺産だ」

「これまたなんで」

「黙れっつったろ」

「血も繋がらん教え子に……まぁ受け取りますが……ですので────安心して逝ってください。師匠」

 

 アルファは病室を出ていく。

 

「えっ?」

「……」

 

 取り残された小宮果穂と篠澤広は、それぞれ困惑と考察。

 さっそく篠澤広は振り返り、老婆に問いかける。

 

「アルファとはどういう関係?」

「赤の他人だよ。去年路地裏で格闘してるところを見つけてね。筋がイイからアパートに招いた。それからの付き合いさ」

「格闘?」

「俺は元軍人だ。戦争に勝つため若人を鍛えるのが生業(なりわい)でね。その道100年のベテランさ」

「教官だったんだ」

「ああ。だが先日、年波が来たのか骨をやった。寿命も悟った。潮時さね。すると不思議なもんで。出来損ないの弟子の将来を案ずる……いわば老婆心が湧いてきた。故の是(これ)さ。最期くらいは初孫の顔を見たい、とも思えてきてね……──まさか今際の際に、こんなクソみてぇな湿っぽい姆(女と母)になるたぁ思わなんだ」

「だからわたしたちを連れてきたんだ」

「まぁ浮気性な奴のことだ。甲斐性はあっても、決まりきった女は持たない性分だろう。それでも一緒に居る間は、何かと頼んだよ」

「わかった。まかせて。わたしも逃がす気はない」

「そっちは?」

 

 老婆の炯眼が赤毛の少女に向く。

 特に睨まれたわけでもない、慈しみのある優しい瞳なのだが……どことなく強く迫る大鷲(オオワシ)のような威圧感があった。

 

(す、スゴい……! なんだか、とてもカッコいいおばあさんだ……!)

 

 小宮果穂は生唾を呑む。

 

「あ、あたしも……! アルファさんのこと、大好きなので……! 心配しないでくださいっ!」

「ほう……俺の眼を見て怯えないガキは初めてだ。根が純粋なのか、愚鈍なのか、堅忍なのか。──そろそろ帰れ。俺はガキが嫌いだ。……そら、疾(と)く去(い)ね」

「かほ。外に出よう」

「! あ、はい……! し、失礼しますっ!」

 

 病室を後にする。

 扉を出てすぐの壁際にはアルファが立っていた。盗み聞きしていたようす。

 

「んじゃ、行きますか!」

 

          §

 

 総合病院を後にして商店街を抜け、閑散とした住宅街を歩く。

 

 五分とかからず到着。

 アルファが立ち止まった視線の先には、数階建てのアパートが建っていた。

 

──────────────┐

 ┌──┬──┬──┐   │

ド│        │ 太樹 │

ッ│        ┤   │

グ├        │   │

ラ│        │   │

ン│        ┤   │

 ├        │   │

 ┃        │   │

 ├        ┴┐  〒

家│         ┃

庭│         ┃

菜┃        ┬┘

園│        │   │

 ├        ┤   │

 │            │

プ│        ┤ 洗濯 │

ー├        │物干し│

ル│        ┃   │

 │        │   │

 └─┴─┴─┴──┘   │

──────────────┘

 

 大正や昭和の名残を残しつつ、現代的に大規模改修(リノベーション)された、清潔感漂う共同住宅(アパートメント)。

 元は由緒ある長屋だったようで、明治時代にアパートメントへと姿を変え、大正・昭和・平成と年号が変わるたびに──大震災・戦災・再びの震災等を経て──新たな装いを繰り返し、今の姿に至るのだとか。

 その様子を、老婆はずっと見守り続けてきた。ここで生まれ、ここで育ち、ここで余生を過ごして死ぬはずだった。

 

「まったく……重いわ、クソババア」

『……!』

 

 口は悪いが、伏せた目と糸引く唇は柔和そのもの。

 慈愛のこもった息吹を以て、青年は敷地に足を踏み入れる。

 

 鍵束を一本ずつ試し、ようやく正解を見つけて────正面玄関の引き戸を開く。

 広めの玄関。上がり框の右側はバリアフリーのスロープと手すりが設けられており、左側には踏み台の御影石(みかげいし)が置かれている。黒系の綺麗な岩模様であり、形状は楕円形に近く、フチが波打っていた。

 

「この岩……なんだろう? スゴく高い和風のお店に行った時とかに、よくあるけど……」

「武家屋敷や料亭とかにあるやつだ」

「あ、はい! 料亭とかです!」

 

 アルファが答える。

 

「沓脱石(くつぬぎいし)って言うんだ。岩の上で靴を脱いで家に上がるんだよ」

『へ~!』

「縁側とかにもあるだろ? あれも同じさ。単に階段の役割と思えばいい」

「岩が階段……! あたし、踏んじゃダメなのかと思ってました……!」

「キレイだもんね。これを踏むのは少し気後れする。色合いも真っ黒で光ってて……すごいおしゃれ。天然石だ」

 

 上がり框を越えてすぐの壁に小棚が置かれており、一番上に黒電話、引き出しの中に電話帳やらタウンワークやら、ほかにも何かと珍しい古本がしまわれている。そのうちの数冊を篠澤広が手に取った。

 

「おお……昭和の文体だ……」

「広さん。読めるんですか……!?」

「うん。タイトルは『夫婦和合家運繁栄の秘訣二百十ヶ条』で、昭和十年発行と書いてある。西暦なら1935年の書物だね」

「そんなに昔の……! でも……夫婦? どういう本なんですか?」

「たぶんだけど恋愛指南書」

「恋愛……! 指南書……!」

「ほかには……おお、明治時代の文体……タイトルは『源氏物語湖月抄(こげつしょう)』……明治九年発行だから1876年……」

「呪文みたいな漢字がたくさん書いてあります! 習字みたいですー……!」

 

 篠澤広と小宮果穂が古本を見て盛り上がっている間、アルファは一階の間取りを一通り確認して戻ってくる。

 

──────────────┐

 ┌──┬──┬──┐   │

ド│101.┃   階段│ 太樹 │

ッ│管理│  ├──┤   │

グ├──┤  ┃102.│   │

ラ│103.┃  │  │   │

ン│  │  ├──┤   │

 ├──┘  ┃104.│   │

 ┃廊下   │  │   │

 ├── ┐ └─┬┴┐  〒

家│台所 ┝   ~玄┃

庭│F  │   ∥関┃

菜┃ 食卓│ ┌─┴┬┘

園│大食卓│ ┃E │   │

 ├─┬─┤ ├──┤   │

 │男┃更│ ┃LL    │

プ│湯│衣┃ ├──┤ 洗濯 │

ー├─┼─┤ │CC│物干し│

ル│女│更┃ ┃  ┃   │

 │湯┃衣│ │倉庫│   │

 └─┴─┴─┴──┘   │

──────────────┘

 

「101号室は管理人室だな。ばっちゃの匂いがスゲェした。ほかの部屋は生活臭が一切ない。長年ひとり暮らしだったんだな。で、エレベーター(E)は動く。宅配ロッカー(L)と洗濯機・乾燥機(コインランドリーのC)も動く。倉庫は半分ほど空っぽ。台所は共用。風呂場は銭湯みたいに男女別。──アクセスは知らんが駅チカだし、まぁまぁイイ物件なんじゃないか?」

 

 リノベーション時に建物は耐震構造へと変わったが、内装は木造系の見た目のまま。

 現代の建築基準を満たし、現代的な利便性も備えつつ、古き良さを残した良好物件。

 

「共同住宅『プチパレス』……おそらく近くの地名から取ったんだな。アパート名のプチパレスを漢字に直せば、不思議な縁も感じてくるぜ……」

「……?」

 

 アルファは小(・)宮(・)果穂を見ながら苦笑する。

 

「プロデューサー。まだ良物件かは分からない。個室を見ないと」

「それもそうだ」

 

 三人は103号室に入る。

 

┌─────┐

│棚  F台│

│     ┃

│     │

├━━┬─━┤

│押入│WC│

└──┴──┘

 

「入って右にIH付きの台所と冷蔵庫(F)……奥に申し訳程度の小棚、不要なら倉庫に移せばいい。左はトイレ(WC)と押し入れ。ふたり分の布団がしまってあるな。主に寝室として使う感じなんだろう。一昔前の大学生の寮みたいな感じだな」

「狭い部屋だけど……寝る以外は外で活動するような人に向けた部屋だね。たしかに寮っぽい。銭湯みたいなお風呂場もあるし、元々はそういう使われ方を想定してた?」

「男子更衣室の梁(はり)にバンカラ男子やハイカラ女子のモノクロ写真が飾ってあったんで、そういう使われ方をしていた時期もあったんでしょうねぇ。──……ちなみに、なぜか徳川家康の『しかみ像(脱糞絵)』が飾ってありました。あれはたぶん、ばっちゃの教育方針を表した掛け軸ですね……」

「しかみ像? なにそれ。気になる」

「徳川家康! 知ってます! 学校の授業で習いましたー!」

 

 こればかりは、あまり知らなくても良いと思われる。かの将軍も脱糞した姿は見られたくないかもしれない。そのようにアルファは思う。

 

「次は二階ですね」

 

 階段を登って踊り場を周り、段差を踏み締めるたびミシミシと音が鳴って、木の佳い香りが匂い立つ。

 

┌──┬──┬──┐

│201.┃   階段│

│  │  ├──┤

├──┤  ┃202.│

│203.┃  │  │

│  │  ├──┤

├──┤  ┃204.│

│205.┃  │  │

│  │  └─┬┴┐

├──┤   憩 出│

│206.┃   場 窓│

│  │  ┌─┴┬┘

├──┤  ┃E │

│207.┃  ├──┤

│  │  │RR│

├──┤  ┃  │

│208.│  │  │

│  ┃  ├──┤

│  │  ┃WC│

└──┴──┴──┘

 

 出窓の手前には大きなソファ。そのサイズは大人が体を広げて寝ることもできそうだ。憩いの場として使われていたのか、両側の壁際には夏用の扇風機や冬用の暖房器具、給湯ポットやティーパック、数個のマグカップが用意されている。床はフローリングの上に絨毯が敷かれており、様々なサイズ違いの炬燵(コタツ)を置いた足跡が散見される。

 

 三人は故障中のエレベーターを通り過ぎて、隣室の大部屋に入る。

 

「うおっ……」

「おお……」

「わぁ……」

 

 そこは、なんとも豪勢なレクリエーションルーム(RR)だった。

 

 テレビ台があり、あらゆる年代の据え置き型ゲーム機が取り揃えられている。各種ボードゲームの卓も設置されており、いわゆる雀卓(じゃんたく)が最も使い古されていた。なお平成期のゲームセンターで見られるような筐体(きょうたい)も置かれており、実質無料のパチスロやアーケードのダンスゲームが異彩を放つ。映画鑑賞用のプロジェクターやカラオケ用の設備も置いてあった。ひと通りの楽器も取り揃えられており、演奏技術のあるメンバーが揃えば即席の演奏会(バンド/オーケストラ)を始められそうな舞台があつらえられている。

 極めつけはバーカウンター。ひと通りの酒瓶やワイン瓶が取り揃えられている。どうやら、たまに老婆の弟子達が集まって飲み会でもするようで、冷蔵庫には梅酒やらハイボールやら何やらが惜しげもなく敷き詰められていた。

 

「なんだァ? この夢のようなアパートは……あのクソババア見かけによらず好き放題してんじゃねぇか……もっと堅物だと思ってたぜ……」

 

 加えて、稽古場でもあったのか。ところどころ壁には、人体が激突したような痕跡が散見される。おそらく弟子達が酒に酔って何か粗相をしでかすたび、老婆はお得意の柔道や合気道の古武術で折檻(せっかん)してきたのだろう。

 その光景が目に浮かぶアルファは、ひたすら青ざめて口の端が引きつる。

 

 一方、篠澤広はダンスゲームの足場に乗ると、大型ディスプレイが起動。デジタルな足場がカラフルな明滅を繰り返してBGMが流れ出す。

 

「あ、動いた」

「ひ、広さん! 何を踊るんですかぁ!?」

「……いま踊ったら力尽きて帰れなくなる……」

「はっ! それもそうでした……!」

「……これ、好きな曲をインストールしてノーツも好きに設定できるみたい。ダンスの練習に使えるかも」

「そうなんですか!? すごいですーっ!」

 

 アルファはパチスロの席に座る。すると『魔女っ子アイドルミラクル♡ミラージュ』のテーマ曲が流れ出した。

 

「────ってオイ!? これぜってー魔改造したやつだろ! 深夜アニメの魔法少女ものなら分かるが、ミラージュのパチスロはこの世に存在しねーはずだろーが! 誰だコレ作ったの天才だなァ?!」

 

 しばらくパチスロを回していると確変に突入。突として『ジャスティスⅤ』のマイナーな挿入曲が流れ出す。直後、ドドドドドドッ! と走り込んでくる足音。キキーッ! と滑り込んで、光り輝く瞳と笑顔が、パチスロ画面の反射に映り込む。

 

「ジャスティスⅤの番外編挿入歌が! 聴こえてきた気がしますぅうううううーーーーーーっっっ!!!!!」

「あ~……うん。果穂……あのな? これは世間にバレると色々と問題のある作品だ……よって俺たちだけの秘密にしとこう……じゃないと警察に押収されちまう……」

「っ!? ど、どういうことですかぁ……?!」

「私的利用の範囲内でもドス黒いグレーゾーンってわけだ……いわゆる二次創作だな、うん……これ作った奴は神域の天才だぜ……そしてとんでもねー特オタ兼アニオタ兼パチカスと見た……」

 

 アルファの背後で小宮果穂はワクワクとしている。なにやらイケない作品というのは、今しがたアルファに教えられたが、それはそれとしてジャスティスⅤのゲ(・)ー(・)ム(・)を遊んでみたい模様。

 

(いやいや小学生にパチスロさせるのはなぁ……! 今ここで触るべきじゃあ無かったなぁ……! でもメダルは出てこないみたいだし……映像を見るためだけにスロットをガシャガシャするだけってなら……いやダメだ! きちんとパチンコ・パチスロについて説明して! ほかのパチンコ・パチスロは絶対にやっちゃダメってことも説明して! そしてこの筐体は、俺よりちょいワルな奴が作った、悪の研究成果ということも説明して! その上でやりたいならどうぞ、という感じにしとかないと……果穂の将来がヤバイかもしれない……!!)

 

 アルファは今までにないほど思い悩む。風営法として18歳未満のパチンコ・パチスロ店の入(・)店(・)は禁止だが、はたしてアパートの中にある魔改造パチスロもどきの筐体を未成年が遊(・)ぶ(・)のは非合法的だろうか? 合法的だろうか?

 

(この手の法律はあんま詳しくないんだよな……知り合いの弁護士に相談しよう……スマホの連絡帳から『斉天大聖恩師・天道輝さん』にメールっと……)

 

「あの! アルファさん! あたし……それ、遊んでみたくて……!」

「わりぃ果穂。しばらく禁止だ。もしOKなら遊ばせてやるから……」

「えー!」

 

 ふと篠澤広が覗き込んでくる。

 

「ふたりが好きな特撮のパチスロ? 大丈夫だと思うけど……」

「一応ね? 一応の確認は大事ですから……」

「それはそう。ふふ……アルファは几帳面だ、ね」

 

 スロットを回さなくてもボーナスタイムの演出に入る映像。

 番外編はクライマックスに突入した。小宮果穂は我慢ならず声をかける。

 

「あの! アルファさん! なんであたしは遊んじゃダメなんですかー!?」

「あのね、かほ。未成年はパチスロしたら捕まっちゃうの」

「えっ! そうなんですかぁ!? ────でも……パ(・)チ(・)ス(・)ロ(・)っ(・)て(・)な(・)ん(・)で(・)す(・)か(・)?(・)」

 

          §

 

 三人は208号室にお邪魔する。

 

┌─────┐

│棚  F台│

│     ┃

│     │

│     │

│     │

├━━┬─━┤

│押入│WC│

└──┴──┘

 

「おっ。広いな。二倍くらいか」

「四人くらいなら相部屋も可能」

「天井に十字の何かがあります!」

「あれは……間仕切(まじき)りだな。折り畳みの引き戸みたいなパーテーションを付けるなり、布をかけてカーテンみたいにするなり……ともかく個々人のスペースを作るためのやつだ」

「アルファは家のことに詳しいね」

「はい! なんでそんなに詳しいんですかぁ?」

「小五の頃、アパレル系のほかにもインテリア系の仕事をしてたんでね」

「……??」

「そうだったんですね! アルファさんは色々なことをしててスゴいですーっ!」

 

 三人は一階に戻り、まだ見ていなかった食堂に入る。

 

┌──── ┐

│大台所F │

│     ┝

│洗   食│

│い   器│

│場   棚│

┃     │

│ テーブル │

│ テーブル │

│ テーブル │

└─────┘

 

 一度に数人が調理できる大きな台所。二連式の巨大冷蔵庫。裏庭の家庭菜園で採れた野菜や食器を洗う洗い場。三つの戸棚が並ぶ場所には、食器棚や複数の電子レンジ、大小それぞれの給湯ポットなどが設けられている。

 奥の横長テーブルは、欧米等の学食でよく見受けられる椅子付きの横長テーブル。平行棒のような椅子がダイニングテーブルと連結しており、一つの椅子で八人程度が着座可能。一台のテーブルには二つの椅子があるため、最大16人が座って食べることができる。

 

「三つのテーブル……要は48人分の業務用ファストフードテーブルか……まぁ足りるな」

「懐かしい。大学に行ってた頃を思い出す」

「手前のテーブルだけ机と椅子が繋がってません! 丸椅子が置かれてます……なんででしょう?」

「おそらくバリアフリーのためだろう。玄関にもスロープがあったし、車椅子の人とかな。この手の食卓はいちいち足上げて椅子乗り越えて座らなきゃならん。足腰衰えた年寄りや体の不自由な方にはちと厳しいだろ」

 

 小宮果穂は「なるほど……!」と知見を得る。

 

「よし、そんじゃあ少し休憩しよう。台所に浄水器が付いてる。水出してやるから適当な椅子に座っとけ」

 

 ならばと女子ふたりは、連結椅子に横並びで座る。篠澤広からすれば懐かしい座り心地で、小宮果穂からすれば新鮮な座り心地らしい。アルファは洗剤でよく洗ったグラスに浄水を注いでお盆で運び、ゆるりと差し出す。三人は水分補給を済ませて一息ついた。

 

 さっそく篠澤広が問いかける。

 

「それでプロデューサー。このアパートはいったい?」

「もらった」

 

 アルファは鍵束を指で回しながら一言で片付ける。

 貰った、とはどういうことか。

 

「……もらった!? このアパートを……ですかぁ!?」

「既に相続人の手続きも済ませちまってる。まったく強引だよなぁ……相続税がべらぼうに掛かるから要らんっちゅーに……まぁ要らんなら売って路銀にしろっつーことなんだろうが……相変わらず分かりにくいんだよあのクソババア……ツンデレかよ」

「……!」

 

 篠澤広は片眉を下げる。

 

「プロデューサー。なんでクソババアって呼ぶの?」

「蔑称ではなく敬称だからですよ。本人の前でクソババア呼びしたら、いわゆる『稽古を付けてください』と同義でね。普通に『稽古付けてください』っつっても本人無視するんで。なんでもナ(・)マ(・)云(・)う(・)ガ(・)キ(・)を(・)屠(・)る(・)の(・)が(・)趣(・)味(・)だ(・)か(・)ら(・)だそうで。そっちで呼ばれたほうが稽古のやる気が出るらしいんすよ。愉快な御仁ですよネ!」

「稽古……」

「古流の活殺術と殺人術……いわゆる格闘術の稽古です。俺、実はやたらめっぽう強いんすよ? で、あの老婆は自衛官の中でも伝説として語られる女傑なんです。何度もやったガチの死合(しあい)で、俺が勝ちを収めたのは一度きり……まったく齢100超えても最強で居続けるってーのは、もはや妖怪かなんかですね……文字通りの英雄ですよ」

「…………」

 

 呆れ果てるアルファは苦笑の溜め息。

 一方、小宮果穂は瞳をキラキラとさせていた。

 

「つまり……あのおばあちゃんは、アルファさんのお師匠さんなんですね!? ヒーローの師匠キャラは、大体おじいちゃんかおばあちゃんなんです……!」

「はは! まぁそんな認識で……何も間違ってねぇな!」

 

 アルファは豪快に笑う。

 篠澤広は納得した。

 

「じゃあどうするの? 住む? 売る?」

「それなんすよね~。ぶっちゃけ、あの人が死ぬまでは保存しておくつもりですけど……正直使わないから……あのパチスロ台だけは家に持って帰りますかね。世界でひとつだけのジャスティスⅤパチスロ台が、泥棒に盗まれたら溜まったもんじゃない……」

「アルファさん! アルファさんも未成年なんですから、パチスロはダメですよ……!」

「知った上でやってるから、その注意は無意味かも」

「当たり~」

「むぅ……! やっぱりアルファさんは、ちょいワルですーっ!!」

 

 ちょいワルどころか犯罪行為なのだが。

 それはともあれ、篠澤広は問いかける。

 

「相続税や土地代とか大丈夫?」

「まぁ貯金がありますので。クソお世話になった人の思い出の場所を、一瞬で売り飛ばすほど薄情者でもないんでね。それに将来的に役立つ時が来るかもですし……売却自体は割と慎重なんですよ。なので長い目で見ています。ご心配なさらず」

 

 長い目で見ているということは、それ前提のプランを立てている、ということ。

 いきなりの話で戸惑って計画性のない事をしているわけではない、ということ。

 その裏を了解した篠澤広は、ならば何も言うことはないと心得る。

 

「……つまり、このアパートはずっと誰もいない……ってことですか?」

「たまたまこの街の近くにいて、俺のマンションに帰るのが面倒だったら、ここに来ることもあるかもだけど……あと連れ込み宿的な? つーわけで基本的には無人かな~? ──あ、月一で掃除しないと虫が湧いてきそうだから、ヘルパーさんに高給払ってここの掃除も任せるかぁ……」

 

 小宮果穂はそわそわしている。

 

『……?』

 

 アルファと篠澤広は観察を開始。いったいどうしたというのか。

 やがて小宮果穂は、色々と考えていたことを打ち明け始めた。

 

「あのっ……もし、誰かがここに住みたいって言ったら……どうしますか?」

「断る」

「っ!」

「なぜなら俺が管理人として、ここに住まなきゃいけないから」

「……! そ、そうか……! うぅ……じゃあ、ダメか……」

 

 小宮果穂はしゅんとうつむく。

 アルファと篠澤広は目を合わせる。

 

「……果穂。なんか考えてたことがあるんだろ?」

「言ってみて。わたし聞いてみたい」

「……! …………えっと、その、じゃあ……この話は『ナイミツ』にお願いします……!」

 

 小宮果穂は訳を語る。

 

「実はこの前、夏葉さんと話してたら、寮の話題になって────」

 

 ────果穂、私ね? ちょっとだけ、寮に憧れてるの。

 ────リョウに……?

 ────だって楽しいじゃない? みんなでご飯を食べて、お風呂に入って、寝る前は一緒にお喋りして……

 ────わぁ……! にぎやかですー! スッゴくスッゴく楽しそうですー!!

 ────うふふ! でしょう?

 ────はっ! それなら夏葉さんも、リョウに入れば……!

 ────いいえ、果穂。それはダメよ……

 ────え……なんでですか……?

 ────私が寮に入る『理由』がないもの……公私混同はいけないわ。寮に入っている人たちは、みんな家や職場が遠かったりして、学業やアイドル業のために『入らざるを得ない理由』があるの。それなのに私だけ特別扱いを許してほしい、なんて……そんなの『我儘』よ。

 ────……!

 

 小宮果穂は、指先をすりあわせてもじもじとする。

 

「────ということが、あって……夏葉さん、スゴくさみしそうな顔してたから……」

「……なるほど」

「果穂らしい悩みだった。とても優しい、ね」

「……アルファさん!」

 

 小宮果穂は、潤んだ瞳で訴えかけてくる。

 それは小宮兄に何かを懇願する時のような甘え方で────それよりもっと妹感……否、少女感がある、なんとも反則的な願いだった。

 

「……んあー……」

 

 アルファは腕を組んで、シミだらけの天井を見上げる。しばし熟慮。様々な方向性から計画を練る。

 

「正味、俺が管理人をやるのは、スゴくめんどくさい」

「!」

「だから果穂。お前が『管理人の代理人になる』っつーのは、どうだ?」

「……!?」

 

 すかさず篠澤広が興味津々で食いつく。

 

「つまり果穂がここに引っ越して、夏葉と暮らす?」

「もちろん俺も暮らしますよ。俺の生活サイクル的に、ほとんど帰ってこないでしょうけど。──広さんもどうです? そうなったらなんか楽しそうじゃないっすか? 藤田さんとかも勧誘してみたら面白そうだ」

「知り合いにだけ声をかける?」

「いくら個室があって風呂場は男女別とはいえ、実質的にひとつ屋根の下ですよ? 女子寮みたいな感じにしないと、色々とダメなのは当然でしょう」

「それはそう。おっしゃるとおり」

「となれば天井社長と学園長の後ろ盾が必要か……まぁそこは俺が交渉すればいいとして。果穂、どうする?」

 

 アルファは意地悪い笑みを浮かべて問いかける。

 

「っ……! …………その、代理人って、いったい何を……?」

「あくまで代理人だからなー。正式な金回りや小難しい手続きは、誰も住まなくても俺がやるしかないからいいとして……たとえるなら『留守番』や『お手伝いさん』みたいなもんだ。イメージが難しいなら『メイドさん』でもいい。もっぱらやることは『住人の間で起きた問題ごとの解消』だな」

「ほかには庭の掃き掃除や銭湯の清掃とか? かなり大変だね……」

「掃除……!」

「かといって掃除系は住人に押し付けてもいいわけで。たとえば代理人の権限で新ルールを追加して『庭掃除と風呂掃除は週一で2名ずつ交代制』にするとかな! 要するに“黒板消し係”とか、そういうのを分担させればいいのさ」

「つまり果穂は住人達の教師になるようなもの」

「え……! あたしが……教師……!?」

「住人の見本って意味なら、あながち間違いでもないか? 集団(クラス)をまとめる力が求められるのも一緒か。取締役でもあるとはいえ、そういう社長系の仕事は代理人ではなく管理人すなわち理事長や校長の役目だし……それで言うなら、たしかに一般教諭が近いか~」

「どちらかといえば非常勤講師。生徒会長や学級委員長でもいい」

「あ、あたし……ちゃんと代理人、できるでしょうか……?」

「なら試してみよう」

 

 アルファは席を立つ。

 

「今から第一住人のアルファと第二住人の篠澤広が揉め事を起こします。解決してください」

「────えっ」

 

 篠澤広は席を立つ。

 

「アルファ。この前、女子更衣室をいやらしい目で見てたよね……」

「それは誤解です。そんなこと言うなら広さんは以前、共用トイレで貧血起こしてぶっ倒れてたじゃないですか。毎回倒れられるのもイイ迷惑なんですよね」

「わたしは何も悪くない。わたしというものがありながらほかの女にうつつを抜かしているそっちが大問題」

「せめて体力作りをしてくれれば大目に見るのに、それを怠けている上に、自分は悪くない……? ただ嫉妬していちゃもんつけたい感が透けて見えますよ」

「話を逸らさないで」

「そっちこそ」

 

 むむむ、と篠澤広とアルファは睨み合う。

 小宮果穂はぼのぼの汗を流しながら慌てて立ち上がり、ふたりの間に割って入った。

 

「え、えっと……! その……! …………っ!!? ……────お……おふたりとも! なにかお困りでしょうか!?」

「うん。困ってる」

「はい。困ってます」

「な、なら……まずはひとりずつ、あたしにお話を聞かせてください……!」

 

 そこでアルファは一旦演技を中断する。

 

「じゃあ今の情報量だけで裁決してもらって」

「うん。それがいい。長くなるのもつかれる」

「えっ……えぇ……!?」

 

 小宮果穂は頭を抱える。

 

「っ……それでは、アルファさん! 女子更衣室をいやらしい目で見てたのは……本当ですか!?」

「誓って見ていません」

「では……信じます! そして篠澤さん……! 体力作りをしていないのは、事実ですか!?」

「……ちょっとだけ事実です」

「ち、ちょっとだけ、ですか……!? そ、それはダメです! もうちょっとだけ頑張ってください! あたしもお手伝いしますから……!」

 

 最後に小宮果穂は、おそらく一番の問題と思われる部分を突っ込む。

 

「それと……おふたりは、お付き合いしているんですか……?」

「してません」

「してる」

「えぇぇっ!? ……え、えっと……じゃあ、アルファさんは、篠澤さんのことが、好きですか……?」

「いいえ」

「は?」

「っ……! ひ、広さん! そんなに怒らないで……! 落ち着いてください……! つ、次はあなたに質問します……! ……広さん! あなたは、アルファさんのことが、好きですか……?」

「はい」

「ハァ?」

「あ、アルファさん! そんなに睨みつけないであげてください……! ──と、とにかく……! その……恋愛は、いいんですけど……そのせいで、プチパレスに住んでいる人たちが迷惑するかもしれないので……あまり、みなさんを困らせないようにしてください……そのためにも、何かあれば、代理人のあたしに相談してください……! いいですねっ!?」

「はい。申し訳ございませんでした……」

「代理人、ごめんなさい……」

「────……ほっ……おふたりとも、謝ってくれて、ありがとうございます! お話すれば問題は解決すると思うので、これからも気軽に、小宮代理人に相談してくださいねっ!」

 

 かくして即興劇は幕を閉じる。

 すかさずアルファが問いかけた。

 

「とりあえず一件落着ぅ! ──ちなみに、いやらしい目で見てた設定はマジで? 俺としてはマジだったら果穂の教育的に嬉しいんすけど」

「マジだった」

「──えぇ!?」

「あっちゃ~! 果穂は信じちゃったなぁ~!」

「大丈夫。次また同じ意見がほかの人から出たら信ぴょう性が高まる。その時に全住人と相談して監視カメラを設置するなどの対処をすればいい」

「な、なるほど……! 勉強になります……!」

「ただし相手を陥れるための方便として友人に意見させることもある。この場合は倉本千奈や花海佑芽が意見してきたら要注意っすね。無関係の相手が意見したなら信ぴょう性こそ確実にはなりかけますが、賄賂の可能性も捨てがたい。性別にかかわらず、意見した人の懐事情も気にした方が良さそうですね」

「そうだね」

「……っ?!?」

 

 どうやら考えることが多すぎるようだ。管理人の代理人は難しい……。

 

「はは! ここまで考えるのは俺の能力が高いからこそだ。果穂は果穂の能力で頑張ればいいさ」

「っ……でもそれは……! ア(・)ル(・)フ(・)ァ(・)さ(・)ん(・)よ(・)り(・)出(・)来(・)て(・)い(・)な(・)い(・)ってことで……っ!」

「果穂はアルファに勝ちたいんだもんね。そのためにもわたしに頼るといい。きっと頼りになるはず」

「ノーコメント」

「広さん……! ありがとうございますっー!」

 

 アルファは対抗心(しっと)を燃やされるのが苦手なのかそっぽを向いた。

 

          §

 

 即興の芝居で篠澤広が疲れたため小休憩。

 その間にアルファは席を立っており、黒電話の下にある引き出しから『プチパレスの生活原則』というノートを見つけ出す。中身は達筆な絵筆で様々な家訓が記されていた。それを小宮果穂の前に差し出す。

 

「住人に対する条項があったぞ~。代理人としては、これをきちんと住人に守らせるのが仕事ってわけだ」

「わぁ……! ありがとうございます! ──って、も、文字が読めません……!?」

「達筆すぎるね。わたしが要約して読むから聞いて。第一ヶ条────」

 

 篠澤広は様々な条項(ルール)を読み上げる。

 内容は、時代の移り変わりに伴って様々な添削が施されており、百年以上経営してきたが故の、それはそれは淀みのない完璧なルール構築で仕上がっていた。

 

「────銭湯での異性交遊禁止。致したら完璧に掃除しろ。さもなくば痕跡を見つけ次第、両成敗で殺処分とする」

「管理人権限発動ォ! 最後の条文は男(・)湯(・)に(・)限(・)っ(・)て(・)削(・)除(・)させていただきマース!」

「わたしの好きな人がえっちすぎる……。──でもこのぶんなら果穂でも問題なく働けると思う、よ?」

 

「は、はい……! なんか……当たり前? のことしか、書いてなくて……」

「昔は放蕩(ほうとう)な奴が多かった証拠だわな~」

「うん。このノートは生き証人じみてる。まさか、未成年者飲酒禁止法が大正11年つまり西暦1922年にできたことを、このノートで知ることになるとは思わなかった。つまり明治時代は子供もお酒飲み放題?」

「えぇっ!? む、昔の子供は、スゴいですね……っ!!」

 

          §

 

 玄関口にて、小宮果穂と篠澤広は靴を履く。

 アルファはスマホで帰り道を検索。そこで絶望的な事実に気がついた。

 

「うっわマジかよ……ふたりとも聞いてくれ。ここ、誰も住もうとしないかもしれない……」

『……?!』

「というのもアクセスが最悪なんだ。たとえばプチパレス(このアパート)から283の事務所方面に向かうと、電車で一時間は掛かる……」

「えっ! あたし、おうちの近くのバス停から、20分くらいで公園に来たんですけど……?」

「田舎の不便なところ出ちゃった?」

「出ちゃいました。四回も乗り換える必要があるそうです。ひいてはつまり、これは都心への直通路線が無いことを意味します。バスで下ってから直通路線の駅で電車に乗らないと都心まで行けませんね。面倒すぎる……」

 

 駅からは近いが、近辺に学校は存在しない。また、閑散とした住宅街は安い空き家も多く、このあたりに住もうと思ったならばシェアハウスのようなアパートより、機密性の高い普通のアパートに住む若者が多いだろう。

 今まで入居者が居なかった謎が、ひとつ解かれた気がする。

 

「天川駅までは?」

「電車で5分、一本です」

「それだけ聞くと初星学園の生徒は有利に感じるね。といってもそこからバスに乗って20分以上は揺られなきゃいけないんだけど。しかも帰りはバスの待ち時間が20分以上……そう聞くと、ちょっと億劫だね……」

「おや。御目が低い……」

 

 アルファは、そんなことはない、と言いたげに──不動産業をやっていた頃を思い出したのか──アクセスに関するメリットを滔々(とうとう)と語り始める。

 

「篠澤さんはもはや売れっ子アイドルです。ならばこれからは初星学園よりも天川駅へのアクセスの方が大事になってくるのでは? なぜなら毎日が仕事ばかりとなり、そのたび女子寮と天川駅をバスで往復2時間以上とかばっかばかしい!」

「でも仕事は毎日じゃない。初星学園の授業は毎日ある」

「あなた座学は免除では?」

「そうだった……でも午前の授業はある」

「朝方から出勤ラッシュの電車で5分ほど耐えるだけでも十分な体力作りとなります。疲れた体を片道20分のバスで癒し……このほうが良い運動になるのでは?」

「……」

「そして休日はアパートから五分で天川駅へ! 平日の放課後は学園からバスで揺られて、天川駅で仕事完了してから五分で帰宅! それと今の暮らしを比較してみなさい!」

「……!」

「休日は女子寮から二十分以上かけて天川駅へ! 仕事が終わればまた二十分以上かけて女子寮へ! 平日の放課後も同じです! 行きも帰りも20分! こんな七面倒臭いことがあっていいものか!? いや良くない! 現在の仕事の状況を優先して、物件を選ばれるのもある意味お得ですよ? 賃貸は安いため再びのお引っ越しも財布に優しい。引っ越しで持ってくる家財もあまり多くは存在しないはずだ! つまり引っ越し代は実質無料! なんなら俺が手配して少量の荷物なら運びますよ!」

「なかなかに魅力的なプロデュース。でもあともうひと押し足りない。行きも帰りも20分以上……待ち時間を含めるなら40分は余裕でかかるけど、その間に今のプロデューサーと雑談するのも乙なものだ、よ?」

「──最近、プロデューサーが篠澤広の仕事に同伴する時間……極めて減っていませんか?」

「っ……!!」

 

 篠澤広は目を見開く。愕然として動揺する。かなり痛いところを突かれた。

 

「あなたのプロデューサーは……既に十数名ものアイドルを擁する大忙しのプロデューサーなれば……ひとりひとりに割ける時間など皆無に等しくなっているはず。それはあなたも分かっているでしょうに……見て見ぬふりをしてはいけませんよ? 今は篠澤広が新しく入ってきた新人だから、仕事に同伴しているだけで……仕事にも慣れてきて軌道に乗ってくれば、バスに揺られるのは────もはや篠澤広、ただひとり……」

「……っ」

「しかしこのアパートに住めば! 少なくとも私とイチャイチャできます!」

「買った」

「お買い上げありがとうございまーす! さらにもってけ泥棒! 大事な仕事の時は、プロデューサーがあなたの家に訪ねてくることもあるかもネー!?」

「それが本当ならもう買うしかなくなった。迎えに来てくれるのは素直に嬉しい……」

「確定お買い上げありがとうございマース!!」

 

 このふたりは何をやっているのか。

 アルファのセールストークに流された篠澤広は二つ返事で入居を決意した。

 

「な、なんだかスゴかったです……っ! 広さん、本当に住んでくれるんですか……?」

「うん。でも実は最初からそのつもりだった」

「知ってました」

「じゃあ今のはなんだったんですかぁー!?」

 

 単なる高度なイチャつきである。

 感性の幼気(いたいけ)な小宮果穂には、まだ理解できない応酬(イチャイチャ)だろう。

 

          §

 

 帰宅後。小宮家のリビング。

 果穂は物々しい雰囲気を漂わせながら、対面に座る母親に語りかける。

 

「お母さん……ご相談があります……」

「はい」

「あたし……アパートに住みたいです……」

「……とりあえず続けなさい」

「アルファさんがアパートの管理人になったんだけど……あたしが283の寮みたいに、夏葉さんたちみんなが住めるようにしたら面白いなって話をしたら……あたしが管理人の代理人になればいいよってアルファさんが言ってくれて……だから、あたし、代理人になるために、アパートに住みたいんです……」

「…………なるほど」

「場所は……プチパレスっていうアパートで……」

「…………」

「……お、お母さん…………────ダメ?」

 

 同棲の次は独り暮らし。否、話を聞く限りはシェアハウスに近いアパートの管理人代行。

 この娘は背丈もそうだが、変わらぬ童心に反して急成長が著しい。

 それもこれもアルファという青年と出会ってからである。

 男子三日会わざれば刮目せよ、とは言うが……恋する乙女だって命が短く感じられるほど色々な面で短縮してくる。

 そうして、すくすく育つ分には良いのだが……もうちょっと、のびのび育ってもいいのよ? と言いたいのは子供よりワガママな親心。親の心子知らずの娘は、ぐんぐん先走って、周囲に驚く暇すら与えず、前だけ見て駆け抜けていく。

 ならば親が言うべきことは、横(・)か(・)ら(・)の(・)交(・)通(・)事(・)故(・)に(・)気(・)を(・)つ(・)け(・)な(・)さ(・)い(・)、くらいなもの。

 

 なので、それを言うことにした。

 

「……既にアルファさんから詳しい話は聞いてるわ」

「!」

「ひとつだけ約束してくれたら、許可します。もちろんあとで細かい相談はするけどね」

「約束……それって!?」

「────き(・)っ(・)ち(・)り(・)や(・)っ(・)て(・)きなさい」

「────っ!! ……うんっ! ありがとう! お母さん……! あたし、本気できっちりやるよ……っ!! だから……見ててねっ!」

 

          §

 

 その後、小宮果穂は録画したヒーロー番組を視聴していた。ソファに座ってクッションを抱いて、となりではマメ丸が丸くなってお昼寝している。

 

『────何(・)事(・)も(・)経(・)験(・)ですって? は、笑える』

『なんだと!』

『あんたが憧れるゆか先輩を、本気で追い越したいと思うなら……当然、あんたはゆか先輩より多くの経験を積む必要がある。でも、ただ経験(や)るだけじゃあ絶対に追いつけないわ』

『……っ! じゃあ……どうすればいいんだよ! それでも俺は、ゆか先輩に追いつきたくて……!』

『簡単な話よ。──そ(・)の(・)人(・)よ(・)り(・)多(・)く(・)の(・)こ(・)と(・)を(・)経(・)験(・)し(・)て(・)吸(・)収(・)す(・)る(・)。ただそれだけよ』

『! そうか! じゃあそうすればいい! 今からそうするよ!』

『やっぱりあんたバカね』

『なにぃ!』

『吸収(それ)がとっても難しいって、ちょっと考えれば分かるじゃない』

『ちょっとって……どういう感じにちょっと考えればいいんだよ!!』

『ハァ……たとえば、筋肉をつけるために筋トレをする。それは当たり前ね。それだけじゃあ絶対に先駆者には勝てないわ。格上に追いつけもしない。何事も経験とか言って、ただそれだけをやってる人じゃあダメ。全然ダメダメよ。知恵も度胸も向上心も自覚も何もかもが足りないボンクラな人になるわ』

『ぼんくら……』

『じゃあ筋トレだけじゃなくて知恵も使いましょう。知恵だけじゃなくて勇気も使いましょう。そうすれば、ただ筋トレしてるだけの人より、少なくとも三倍は早く成長できるわ。それが効(・)率(・)の(・)い(・)い(・)力(・)の(・)付(・)け(・)方(・)というものよ』

『……!』

『つまり、本気であの人を超えたいと思うなら────き(・)っ(・)ち(・)り(・)や(・)る(・)必要があるのよ』

 

(────────)

 

 そのような発破をかけられたヒーローは、さっそく寝食を惜しんで常人の三倍の努力を始めた。何を始めればいいのか考えて、それを始めたら達成した時どうなるのか考えて、実際に始めたことによる思わぬ副作用にも対処して、ひたすら修行を繰り返した。

 

 一方の小宮果穂は、目は画面を見ているが、思考と心は記憶の引き出しを開けていた。

 今の展開は期せずして、さっきの親子の会話に、どことなく似ているものがあったから。そして今のセリフを、まるで母親から言われたようにも感じていた。

 

(…………────っ!)

 

 小宮果穂はテレビを消すと、ソファから飛び立って、自室へと駆け出す。

 

「ワフ?」

「果穂ー?」

 

 マメ丸と小宮母は突然の事に驚いて、ただ首をかしげていた。

 

          §

 

 果穂の自室。

 

 小宮果穂は、アクセスの大事さを学んだ。

 小宮果穂は、きっちり経験することの大切さを学んだ。

 さらに尻まで叩かれた。母親は理解してくれて、ついに応援までしてくれて、しかもヒーローからアドバイスも受けた。

 

 そのためヒーローアイドルのタマゴは殻を破り、さっそく地図アプリを開いて、プチパレスと多方面のアクセスを調べ上げることにした。

 

「えっと……プチパレスから283プロダクションの事務所までは……徒歩2時間……自転車で40分……自動車やバスで20分……電車は1時間……、────??? なんで電車だとこんなにかかるんだろう……?」

 

 それはプチパレスの最寄駅から電車に乗ると、東にある事務所の最寄駅に向かうために、一旦電車は北上してしまう。そして北上先の中央駅で乗り換える必要があり、そこからやっと東に進み始める。ただし東に進みながら、あと三回は路線を乗り換える必要がある。

 

「わぁ……大変だぁ! これがアルファさんの言ってた『アクセスが最悪』ってやつ……! メモに書かないと……! えっと……『電車のご利用はおすすめしません』……『バスのご利用をおすすめします』……っと! でも夏葉さんは自分の車があるから、20分で事務所に着ける! 夏葉さんの家から行くより、たぶん早い! だから……きっとアクセスが楽になるはず! だから大丈夫……なはず! えへへ……!」

 

 プチパレスの庭には駐車場がある。アルファによれば樹齢百年を優に超す太樹。そのそばに自動車を停めるためのブロックがあった。洗濯物干しの綱が二階から石塀に掛けて結ばれてぶら下がっている部分にも、同じようなブロックがあった。そのため洗濯物干しの綱をどかせば、四台以上は駐車できるはずだ。

 

「今は乾燥機があるから、洗濯物干しのヒモはほとんど使う必要がないから取り外してもいいって、アルファさんも言ってたし……もし必要そうなら、取り外そう!」

 

 小宮果穂は調査を続ける。

 

「プチパレスから初星学園までは……徒歩2時間……自転車で40分……自動車やバスで20分……電車は、ない……! 初星学園の最寄駅(天川駅以外)なら30分で着くけど……そこからバスに乗り換えると、また30分近くかかる……これなら天川駅からバスに乗っても、あまり変わらない……? いや、むしろ遠い……!? あ、そっか! この最寄駅からだと山道が多くて移動距離が長くなるんだ……! 直線距離だけで計算したらダメなんだぁ……気をつけよう!」

 

 小宮果穂はメモ帳に地図を書く。

 

 

 

『場所の地図』

 学園=初星学園 最寄駅=初星学園の最寄駅

 283=283プロ事務所 プチ=プチパレス!

────────────────────

 学園 山 最寄駅

   遊園地

           プチ

                  283

        天川駅

              遊園地

────────────────────

 

『路線の地図』

 ●=各駅 ◎=プチパレスの最寄駅 ○=天川駅 線=線路

────────────────────

 学園 山  ●━╋━━━\

   遊園地    \   ━━━●

           ◎ /

           ┃/     283

      /━━○/━

   /━━    \   遊園地

────────────────────

 

 

 

「あ、そうだ! あたしはよくわかんないんだけど……もしかしたら聞かれるかもしれないし、路線の名前も書いておこう……! …………、──あっ! こうして見ると、プチパレスのアパートって、ちょうど283プロと初星学園の真ん中らへんにあるんだぁ……! えへへ……!」

 

 何を思ったか小宮果穂は『どっちとも仲がいい場所!』と考えて微笑む。距離が近くてどっちともすぐ会いに行けると思った様子。

 

 事前調査は整った。あとはアルファを真似てセールストークがうまくできるか。それもまた調べ上げておく。さらにヒーローが修行でやるようなイメージトレーニングも済ませておく。さて、ほかに足りないものはないだろうか?

 

「知恵は、調べ物でよーし! 勇気は、イメトレでよーし! 力は、力はぁ……? 先にお兄ちゃんとマメ丸を勧誘してみることで、よーし!」

 

 かくしてアルファ管理人の代理人・小宮果穂は、いざ有栖川夏葉を勧誘(スカウト)しに────

 

「レッツぅ…………────ゴーっ!」

 

          §

 

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