※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

67 / 124
※クロス有り:かてきょー



pSSR【プチパレス見学ツアー!】小宮果穂 ※クロス有り:かてきょー

 

 ある日の放課後。

 茜色に染まる空と木造風建築(アパート)には、大勢のアイドルが見学に訪れていた。

 

「みなさん! 今日はようこそお越しくださいましたっ! 管理人の代理人の小宮果穂が! みなさんをご案内しますっ!」

『よろしくお願いしま~す!』

 

 小宮果穂は見学客のガイドを始める。アルファと篠澤広はその補助に回っていた。

 見学客の顔ぶれは────有栖川夏葉とカトレア。芹沢あさひ。郁田はるき、大崎甜花、幽谷霧子、櫻木真乃。風野灯織と八宮めぐる。浅倉透、樋口円香、福丸小糸、市川雛菜。緋田美琴。花海咲季と花海佑芽。

 

 芹沢あさひは興味津々に首を振り回してあちこちを観察。それと同じくらい観察眼を光らせる郁田はるきは、黒電話の下に取り揃えられた古文書を発見。あまりの古本具合にびっくりする。下手に読むと古くなったページが破けてしまいそうだ。

 大崎甜花は意想外に居心地の良さそうな木造風の内装に見とれており、床のピッカピカの木目を眺めている。幽谷霧子は廊下の額縁に飾られた明治時代の絵画『龍虎図』や『落葉』などを観賞して息を呑む。

 

 そこでアルファがたずねる。

 

「ところで、なぜイルミネが?」

「ほわ……天道さん……じ、実は、灯織ちゃんとめぐるちゃんに、アパートの見学に行くって話をしたら……」

「いつか三人でシェアハウスとかできたら楽しそうだね……って話を思い出して……」

「ちょっと見てみたくなっちゃったんだ~!」

「なるほど。まぁ家賃は管理費含めて格安ですし、引っ越しで持ってくる家具はま(・)ず(・)存(・)在(・)し(・)な(・)い(・)でしょうから──なんせ部屋が狭いのでね──引っ越し代も掛からない。そうなれば別荘としての扱いも視野に入れるのは断然有りでしょう」

「べ、別荘……!」

「なんか……秘密基地みたいだね……」

「わぁ~! 別荘に秘密基地……! で、でもでも、ほかに住みたい人のためにも、あまりそういう使い方はしないほうがいいのかなぁ……?」

「この辺に住もうという人は、十中八九となりの住宅街に住みます。プチパレスの良いところは駅チカなところですが、都心へのアクセスが最悪なので、わざわざ駅チカに居を構えようと思う方は少ない。──加えていわくつき、というと語弊がありますが……以前の管理人が『一般人お断り』の人だったので、いまさら入ってこようと思う外様はいないでしょうね……仮に居たとしても俺が断りますよ。なんせ既に『アイドルの入居だけで話を進めろ』と、天井社長や十王学園長から言い渡されていますので」

「ほわっ……社長が……!」

「それなら、よそ様のことはあまり気にしなくても良さそうだね……?」

「じゃあじゃあ! ほんとに秘密基地、やっちゃってもいいのかなぁ~!?」

 

 ちょっと期待に胸をふくらませてきたイルミネーションスターズ。

 

 その時、浅倉透と市川雛菜が、アルファの背中をちょんちょんと小突く。

 

「……なんです?」

「いえーい。目をそらすなー」

「無視されたら傷つくよ~?」

 

 樋口円香は澄まし顔で会釈。福丸小糸もどもりながら会釈する。

 

「どうも遊びに来ました。つまらなさそうなのですぐ帰ります」

「ぴぇ……お、お邪魔して、ごめんなさい……! みんな、住む気が無いって、言ってるのに……」

「……まぁいつものことですから」

 

 それよりアルファは気になることがある。

 

「あのう……緋田さん。あなたは……?」

「……うん。プロデューサーに言われて」

「────プロデューサーさんから?」

「この前『美琴の生活力や対人能力が心配だから』って言われて……ここの居住を勧められたの。……──私、そんなに心配されてたんだね……」

 

 緋田美琴は流し目で片腕を抱える。

 対するアルファは(プロデューサーさん、かなりぶっちゃけたなぁ……! それほど信頼を積み上げたと確信していたから、そんなことを言ったんだろうけど……)と考察。

 

「あー……」そしてプロデューサーの言うことは尤もなので一瞬で理解・納得してしまったアルファは、とにかく気まずい空気になる前になんでもいいから言葉を発した「──や、まぁ……プロデューサーさんも心配性ですからね~? そんな気にすることもなくはないと思いますよ~?」

「……」

「──……おそらく生活力は『寮生活で身に付けろ』……対人能力は『同居する他のアイドルとの交流で身に付けろ』……そんな感じなのでは?」

「……天道さんは、プロデューサーが求めていることが分かるの?」

「はい。要するに客観的視野を持て、という話ですよ。たとえばレ(・)ッ(・)ス(・)ン(・)だ(・)け(・)積(・)ん(・)で(・)も(・)歌(・)や(・)ダ(・)ン(・)ス(・)が(・)上(・)手(・)く(・)な(・)る(・)だ(・)け(・)でしょう? でもアイドルはそれだけじゃない。だから何事も経験なんです。知(・)恵(・)を(・)使(・)え(・)ってことだと思いますよ? 知りませんけど」

「……知恵……」

「あと情緒」

「情緒? 気持ちの強さ……ってこと?」

「それはアイドルに対する熱量です。それって突き詰めれば自(・)分(・)に(・)対(・)す(・)る(・)気(・)持(・)ち(・)でしょう? プロデューサーさんは『対人能力の育成に役立つかも』と思ったから送り出したんです。そこを忘れないで。──ならば、そこはやはり『他者への共感』すなわち相(・)手(・)に(・)対(・)す(・)る(・)気(・)持(・)ち(・)なのでは?」

「……相手……相手って、誰だろう? ファン……?」

「さぁ? ──あぁでもほら、ずいぶん前に八雲なみのリサイタルをやったじゃないですか! あの時の美琴さんのパフォーマンスを見て、俺、感動したんですよ!」

「────え?」

「伝説のアイドル・八雲なみについて考えに考え抜いたから、調べに調べ上げたから、あのパフォーマンスが生み出された。そのように考察しているのですが……違いましたか? まぁいずれにせよ、あれは緋田美琴の知恵の成果でしょう。もしかしたらプロデューサーさんは、またああいう展開を期待しているのかもしれませんネ! 緋(・)田(・)美(・)琴(・)だ(・)け(・)が(・)作(・)り(・)出(・)せ(・)る(・)光(・)と(・)空(・)の(・)色(・)……とでも言いましょうか?」

 

 神妙な話が長くなった。

 アルファは早々に話を打ち切って本題を勧める。

 

「色々言いましたが、みんなで住むのはワイワイして楽しいと思いますよ? それは決して、無駄なアイドルロードではない。男性アイドルのトップランカーとして保証しますよ。──ささ、既にみなさんあちらに向かわれてしまいました。もしよろしければ合流をば」

「…………うん。ありがとね? 天道さん────」

 

 緋田美琴は集団に合流する。

 一方のアルファは、花海姉妹に声をかけた。

 

「咲季さん。佑芽さん。プチパレスはどうですか?」

「屋内屋外ともに問題はないわ。惜しむらくはスポーツジムが近くにないのが気がかりだけど、それは初星学園でも同じことね。天川駅近辺まで行けばジムはたくさんあるし……」

「う~~~~~~ん……あたしは悩み中かなぁ……? だって朝早く起きてバスに乗らないと遅刻確定なんですよ~? バス一本逃すだけで授業が一つずつ潰れていく……」

「なるほど。“朝に弱い”と“交通の利便性が低い”が組み合わさると、学生にとっては致命的ですね」

「それなら佑芽。寮とアパート、どっちにも住むというのはどうかしら?」

「えぇ!? なに言ってるのお姉ちゃん! 寮費に加えて家賃とか……いくら家賃が格安でも……それにもしそうなったら、あたし帰り道がめんどくさくて寮の方に帰っちゃうよ~!」

「そうなってしまうのは、ここに住む理由が明確ではないからですね。ぶっちゃけなんで来たんです?」

 

 アルファに痛いところを突かれる。

 花海佑芽は「うぐっ……!」とうろたえると、指先をもじもじとし始めた。

 

「だ、だってぇ……アルファさんは────プ(・)ロ(・)デ(・)ュ(・)ー(・)サ(・)ー(・)さ(・)ん(・)は! あたしをお姉ちゃんに勝たせてくれた“恩師”なんですよぉっ!? これからもあたしがお姉ちゃんに勝ち続けるためには、ぜぇーーーーーーーーーーったいに! 逃がすことができない“相棒”なんですからぁっ!」

「うふふ! 青のプロデューサー、諦めなさい? 佑芽はこうなると、本当に逃がさないわよ?」

「…………」

 

 アルファは眉をひそめて腕を組む。熟考。

 

 ひとりの男としては、魅力的な肉体美を持つ乙女として一度は抱きたいと思っており、是が非でも口説き落としたい相手である。しかし────

 ひとりの恩師(プロデューサー)として付き合っていく気はあんまりない。理由は、シンプルに面倒くさい。

 

「私は役割を被せられるのが好きではありません。あなたがどうしたいかはあなたの勝手ですが、私は私のやりたいようにやっていきますよ」

「……? えっと……それはどういう……?」

「……」花海咲季は引き気味に苦笑しつつ助言する「佑芽……あなた今フラレたのよ……」

「異性交遊なら歓迎ですが、競技交流は興味ないのでね。申し訳ございません」

「ガーン!! そ、そんなぁ……! ────で、でもでも! あたしと一緒に戦ったら、絶対に楽しいですよー!! バンバン勝ちまくっちゃいますからねー!」

「……」

「──ハァ……実を言うと、私は競争事が苦手なのです。なぜならそこには必ず、比較や嫉妬が混在する。むしろそれがない競技などあろうはずがない。故に────そこらへんの相性は致命的に合わないと思っていただきたい。私がプロデューサー業を勉めていたのは、あくまで大学を卒業するためです。好(・)き(・)で(・)や(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)わ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)。その前提を認識しておくように」

「────っ!」

「そうだったの? 意外だったわ……」

「宝の持ち腐れ、という慣用句を御存知で? 欲しくない才能とも言いますね。競争で勝利するのは得意ですが、競争すると苦手な感情を浴びて心を病む。つまり才能(たから)を使えば損をする。才能(タカラ)を使えば心(・)が(・)腐(・)る(・)と言い換えてもいい。ならば使わない方が精神衛生上マシ。人の心の動き方としては──現実逃避だとか根性が足りないだとか心無い言葉をおっしゃっていただいても結構ですが──道理でしょう? 苦味はなるだけ減らしたい。人生の料理において酸いは少なく甘さは多く。それが俺の理想でネ!」

 

 今まで、あまりにも苦渋や酸味が多すぎた。泥水だって文字通り啜って、ギリギリの淵をなんとか生き延びてきた。

 ならば、今しばらくは甘味だけを味わっていたいもの。明日本気出す……と言ってしまうと怠惰だと誤解されてしまうためどちらかといえば、明日楽をするため今苦労をすることを少し休憩している、という認識でいてほしい。

 

 そのような万感の思いを込めて、アルファは自らの主張を赤裸々に明かした。

 

(……──なんか、最近この姉妹には自分語りしてばっかりだな……それだけ俺のトラウマを刺激する存在ということか? 魅力的な女性ではあるが、ひとりの人間としては……もしかしたらそ(・)の(・)生(・)き(・)様(・)に(・)同(・)族(・)嫌(・)悪(・)をしているのかもしれない……、いや困ったなぁ……!)

 

 花海咲季には尊敬と苦手意識を。

 花海佑芽には尊敬と同族嫌悪を。

 

(かたや“お姉ちゃん”で……かたや“あふれんばかりの才能を持った愚鈍な子”か……プロデューサーをやっていた時は気づかなかったけど……今にして思えば、花海姉妹と距離を取りたがってしまう材料は揃っていたわけだ……)

 

 アルファは、ただ静かに過去へ思いを馳せた。

 

          §

 

 一時間後。

 日没間近の食堂。ひと通りの見学を済ませた一同は食堂に集まり、水分補給して小休憩を取っていた。そこで有栖川夏葉が興奮気味に宣言する。

 

「果穂! アルファさん! 私、ここに住むわ!」

「ワン!」

「夏葉さん……! やったー!」

「……水を差すようで悪いですけど、一応アクセスの件についても────」

「それなら果穂から聞かされているから大丈夫よ! だから駐車場も借りたいのだけれど……」

 

 そういうことなら問題はない。

 アルファは契約書と万年筆を手渡す。

 

「では、ガチで住まわれる方は、こちらの書類にサインを~。希望する部屋番号があれば記入を忘れずに~」

 

 有栖川夏葉は万年筆を受け取り、契約書に達筆なサインを記した。

 

「まったく……奇特な方もいたものだ。行動力がありすぎる」

「うふふ! だって私たちは放クラよ? いつだって全力だもの! ね? 果穂!」

「はいっ! あたしたちは、いつだって全力のぉ……クライマックスですーっ!!」

 

 その様子を見守るイルミネは困惑していた。

 

「ほわ……夏葉さん……サインしちゃったね……!」

「う、うん……ま、真乃は、どうする……?」

「ほわっ……! そ、そういう、灯織ちゃんは……?」

「えぇっ……?!」

 

 その様子を、両手で頬杖をつきながらにこやかに見守っていた八宮めぐるは、あんまりにあんまりな掛け合いに耐え切れず割って入る。

 

「も~ふたりとも~? いま話し合うべきは、自分がどうしたいか、だよ~?」

「わ、わたし、は……────三人で、住んでみたい、な……」

「わ、私も……親の説得は、上手く行くか分からないけど……」

「えへへ~! わたしもー! 三人でおんなじだねー? やったぁ~! ────じゃあいいよね? ほんとにいいよね!?」

「う、うん……! めぐるちゃん……!」

「お、オッケー……! だよ……っ!?」

「よーし! 天道さーん! ガチの三名様、おはいりの予定でーす!」

 

「はいは~い。希望する部屋番号は、208号室でよろしいですね~? そこはしばらくキープしておきまーす。なるべく早く親御さんを説得してくださいね~」

 

「了解でーす! ──あ、えっと、この場合は……? 承知しましたー!」

「む、むん……っ! わたし、両親の説得、がんばるね……!」

「私も……たぶんプロデューサーも協力してくれるから、大丈夫だとは思うけど……」

 

 ふいに緋田美琴が席を立ち、アルファのそばに近寄る。

 

「天道さん。私もサインしていい?」

「もちろんですよ~」

 

 緋田美琴はサラっとサインを書いて、元いた席に戻ろうとする。

 そこで有栖川夏葉が目を輝かせながら呼び止めた。

 

「あら、美琴! あなたもプチパレスに住むのね!!」

「うん。よろしくね、夏葉さん」

「ええ! よろしく! うふふ……! 人が増えると嬉しいものね……!」

 

 はしゃぐ有栖川夏葉。それを目にした小宮果穂は、机に両手をつきながら嬉しそうに飛び跳ねる。カトレアは静かに躾よく座っているが、夏葉の興奮に共感して尻尾をブンブンと振っていた。

 

 一方その頃。

 食堂を出てすぐの廊下では、郁田はるきが電話していた。廊下を進んで行き止まりの場所で言い合っている。

 

「たしかにいきなりすぎるけどぉ~。この前話したじゃん~。え? お姉ちゃんのおうちに居候するのは続けるよ! うん。じゃあなんでって? ……雰囲気がいいから、アトリエに使おうかな~? って……だって家賃がコレだよ~? ……明らかに訳有り? それはぁ……友達割引って、天道さん言ってたけどぉ……──ねぇ、いいでしょ~? おねがい~!」

 

 どうやら家族を説得しているようす。

 なかなか難航しているようだが、おそらく彼女を止められる家族は存在しない。仮に断固反対された場合、家出をしてでも自分の好きなように生きていく力強さを、郁田はるきは秘めている。

 

 その後ろ姿を眺める少女がふたりいた。

 食堂の出入り口から廊下側に顔を出す大崎甜花と幽谷霧子である。

 

「…………真乃ちゃんも、郁田さんも……このアパート、住みたいんだね……?」

「……うん…………甜花ちゃんは……?」

「えっ……て、甜花、は……レアモン、しに来ただけ、だから……」

 

 そんなふたりの背後に長身の影が掛かる。

 ナンパ男の登場だ。

 

「おや? 甜花さん、霧子さん。おふたりは住まないので?」

「っ……!?」

「う……うん……」

「では少し口説いてみましょう。──甜花さん。自立の意思はございますか?」

 

 自立。

 その一言で多大なダメージを負った大崎甜花は「ひぃん……!」と鳴く。

 

「あぅ……それ、ひとりぐらし、できるのか……ってこと……?」

「それの良い練習にはなると思いますよ?」

「で、でも……やっぱやだ……おうちの中に、なーちゃんいないの……甜花、やだ……」

「では大崎甘奈さんも誘われては?」

「……い、いいの……? ……でも……ママとパパと離れ離れも、甜花、やだ……」

「ではこのままでよろしいので?」

「ひぃん……天道さん……なんか、今日は、いじわる……?」

 

 アルファに一言なにかを告げられるたび、大崎甜花は塩をかぶったナメクジのように縮んでいく。もはや幼稚園児のような体格──そのように感じられるほどの覇気のなさ──になってしまった大崎甜花に対して、なおもアルファは慈悲を込めつつ追撃をやめない。

 

「申し訳ございません。今日はちょっとだけ辛辣モードです」

「な、なんで……? やさしく、して……?」

「レクリエーションルーム、見ましたか? あそこで引きこもっていたら楽しそうじゃありませんこと?」

 

 アルファは悪魔の囁きを始めた。

 

「あうぅ……! 考えないように、してたのに……!」

 

 ならばとアルファは天使の囁きを始めた。

 

「今日こそひとりでやる。今日こそなーちゃんの手を借りずひとりでする。そう思い続けて幾星霜。気づけば何も変わっていない。成長することのない永遠不変の嬰児(みどりご)。──されど一歩の勇気を踏み出して! いざプチパレスに住まいを移せば! 起床・着替え・歯磨き・洗顔・朝食・身支度・登校・下校・ゲーム三昧・夕食作り・ゲーム三昧・風呂・着替え・ゲーム三昧・就寝────その全てを自(・)分(・)ひ(・)と(・)り(・)で(・)や(・)る(・)ことを強いられる……!」

「ひぃん……! むりぃ……っ!」

「しかしそ(・)こ(・)が勘違い!」

「────ふぇ?」

「いきなり甜花さんが一人暮らしをするのは荷が重い。それを無理強いするのは間違った教育に近づいてしまう。なので段階を刻みましょう」

「……段階……? 刻む……って?」

「あなたはなーちゃんに生活のほとんどを介護してもらっている! それをいきなりやめるのではなく────まずは、なーちゃんへの依存を断ち切る!」

「……!」

「それが段階を刻む、ということです! これこそが正しい努力の仕方、というものです! かくして大崎甜花は、仮にプチパレスに住み始めたら────次のようになるでしょう。この予言は確定だと思ってください」

「…………」

「多くの同居人の世話になるでしょう。朝っぱらから誰かにたたき起こされて、もぞもぞと着替えて、歯磨きするために共用洗面所に向かうとみんな既に歯磨きが終わっていて洗顔を始めていて、あなたが洗顔を始めようとする時にはみんなもう終わっていて、見かねた誰かが気まぐれにバシャバシャと手伝ってくれるかもしれませんが完璧ではないので、そこで諦めるかどうかはあなたの精神力に委ねられています。そして以前から『作って?』と誰かに頼んで作ってもらっていた朝食を食べて、自室に戻りもぞもぞと寝ぼけ眼で身支度し、みんなバスに乗ったのにあなただけ乗り遅れて、次のバスで登校して最初のうちは遅刻が多いもののそのうちきっと遅刻しなくなるようになるかもしれなくて──いや無理だな、誰かに無理やり手を引っ張ってもらってバスに飛び乗ってください、じゃないと一生遅刻し続けますよ──下校してからはゲーム三昧! 夕飯作りもたまーにチャレンジしてみるもよし、めんどくさがって一生しなくてもよし! みんなとお風呂に入ってのんびりだらだらくっちゃべって、みんなで夜のコンビニへお散歩して青春の風情を楽しむもよし! そしておねむになったら自室に戻って布団に潜り込んでよし、友人の部屋で布団が余っていればそこで眠ってしまうもよし、そうすれば次の日の朝は確実にその友人が起こしてくれる!」

「……!」

「いかがですか? 辛かったらいつでも退去して構いません。それでも二週間はお試しチャレンジコースを推奨します。期間限定の自立経験とでも思ってみてください。──何事も経験ですよ。あとは勇気を出すかどうか。困った時は知恵を振り絞ればいい。それでも解決できなかったら情緒……あなたの場合は天性の愛嬌で助けてもらえばいい。ひとつだけ知っておいてほしいことは、何事もい(・)き(・)な(・)り(・)一(・)人(・)で(・)全(・)部(・)や(・)る(・)必(・)要(・)は(・)な(・)い(・)のです!」

 

 最後にアルファは、トドメを刺す。

 

「それともあなたは、アイドルになるにあたって……自分ひとりで出来たことがおありで?」

「……! ううん……プロデューサーさんがいなかったら……甜花、なんもできなかった……」

「それはひとり暮らしでも同じことなんですよ。少なくともこのアパートはシェアハウス系です。つまりみ(・)ん(・)な(・)暮(・)ら(・)し(・)だ。そのため、なーちゃん一人に助けられるより、もっと大勢の人に助けられるかもしれないので……むしろ甜花さんの自立には全然役立たないかもしれませんネ!」

「えっ……!?」

「それでもよろしいのであれば、みんな暮らし……やってみませんか?」

 

 ひとり暮らしという認識から、みんな暮らしという認識にすり替える。

 あらゆる言葉は、ただこの着地点に違和感を抱かせないための口八丁。

 情報の濁流で混乱させ、判断力を鈍らせる。詐欺師の常套手段である。

 

「……………………」

「……甜花ちゃん……?」

 

 こう見えて大崎甜花は意志が固い。それは強情さというより、やりたい事とやりたくない事を明確に分けているため、そのときどきの判断に迷わない泰(・)然(・)さ(・)から来ている。

 マイペースを崩したくない、という秘めた想いは自覚的であれ無自覚であれ、なかなか覆すことができない意志の固さである。ならば、その願いを叶えつつ誘導すればいい。

 

「……天道さん……甜花……おうち、帰ったら……ママとパパに、相談……してみる……?」

「正直あなたの御両親の性格を存じ上げませんので、どうなるかは分かりませんが……まず間違いなく無(・)理(・)と思われるのは請け合いだと予想しています」

「うん……甜花も、そう思う……甜花自身も、甜花がアパートで暮らすのは無理だなって、思う……でも、甜花……どうしても……ひ(・)と(・)り(・)で(・)や(・)っ(・)て(・)み(・)た(・)い(・)、から……!」

 

 どうやら大崎甜花はプチパレスに住むことを、自立への一歩として大きなチャンスと思ったようす。

 であれば大崎甜花は、必ず我(・)を(・)通(・)す(・)。無論、一人では通せない。仲間が一人以上は必要だ。

 

「ではその気概をプロデューサーさんに伝えてみてください。きっと甜花さんのや(・)り(・)た(・)い(・)こ(・)と(・)を、いつも通り応援してくれますよ」

「──うん……!」

 

 大崎甜花は、へにゃっとした花咲く笑みを放つ。

 どうやらプロデューサーを巻き込むと、どこか自信が湧いてくるようす。それは信頼からくるものか。二人三脚でやってきた成功体験からくるものか。あるいは、その両方か。

 

 アルファの矛先が変わる。

 

「幽谷霧子さんはどうします?」

「……!」

「あなたの浮かない顔を見ていると、おそらく家からも学校からも事務所からも遠くなるのだろうと推測します。つまり、ここに住むメリットは皆無に等しい」

「……うん……」

「では、なぜ浮かない顔をしていたのか? ……俺が言うまでもありませんね。故にどちらに転んでも、それは正しい選択だと、俺は思いますよ!」

 

 幽谷霧子は現実的だ。基本的に合理を取る。

 仲のいい友達が多く住むからといって、わざわざ自分の負担を増やすような選択肢は取らない。

 

「ハナワカ。ねぇハナワカ」

 

 ちょんっちょん、とアルファの背中をつっついた芹沢あさひは純朴に問いかける。

 

「プロデューサーさんに頼れば、ここに住むことができるの?」

「──……そうですね。アイドルのお仕事のため、という大義名分ができるので」

「大義名分……それがあれば、自分の親を説得できるの?」

「可能性は上がりますね。無論、ただ遊ぶためだけに入りたいとか抜かす奴は、いくらプロデューサーさんでも手伝えませんよ。あくまでアイドルの仕事の延長線上ならば説得を手伝うだろう、というだけです」

「たとえば?」

「甜花さんは自立のためですが、それがアイドルとしてうんたらは説得力が薄いですね。ただし地方ロケで単身宿泊等ができるようになると考えれば、アイドルとしての利点は多い。その線で攻めれば説得力は増してきます」

「なるほど……」

「……あさひ先輩は、プチパレスに入る気があるんですか?」

「ないよ。でもたまに遊びに来ていい?」

「もちろんです」

 

          §

 

 プチパレスから見学者が立ち去っていく。

 283のアイドルは東の都会へ。初星学園のアイドルは西の山岳へ。それぞれバスで家路に就く。

 

『…………』

 

 バスに揺られる花海姉妹。

 咲季は終始無言で考え事をしており、佑芽はスマホをいじって時間を潰していた。

 

「……ねぇ佑芽。結局あそこに住むの?」

「う~ん……たくさん考えたけど……知恵熱が出ちゃってぇ……やっぱいいかなぁ? って……」

「……そう……」

 

 花海咲季は視線を前に戻す。再びうつむいて考え事。

 

「……じゃあ青のプロデューサーのことは、もういいのね?」

「良くない! けどぉ……『俺と佑芽は相性が悪い』って言われちゃったから……無理強いするのも良くないかなって……」

「たかがその程度で諦めるの? 佑芽にしてはらしくないわね……」

「だ、だって……!」(き、嫌われたく、ないから……)

 

 花海佑芽はしおらしく胸を抑える。

 

(……今(・)、かしら……)

 

 花海佑芽には気(・)が(・)か(・)り(・)な(・)こ(・)と(・)がある。

 それを問うべき機会が訪れたようだ。

 

「……佑芽。この際だからハッキリ聞くわ。──あなた、彼のことどう思ってるの?」

「ふぇ?」

「ふぇ? じゃないわよ。青のプロデューサーのことよ……どうなの?」

「えっ……! ど、どうって……す、好きだけど? ──ふ、ふつうの、意味で……!」

「そう。……分かったわ」

「……?」(なんだったんだろう……)

 

 花海咲季は目を閉じて背もたれに身を預けた。バスが着くまで眠りにつくらしい。

 対する佑芽は、最近お姉ちゃんが何を考えているのか分からなくて寂しがっていた。

 

(むぅ……それもこれもプロデューサーさんのせい……お姉ちゃんに勝たせてくれた恩師なんだけど、同時に姉妹の仲をグチャグチャにした憎い人でもある……! ……──こういうの、愛憎入り乱れる、って言うんだっけ……?)

 

          §

 

 後日。

 放課後の初星学園。教室事務所。

 

 遠方から重機の迫る音が轟く。

 

「は! 篠澤さん! この音は……もしや……!」

「うん。千奈。この足音は……間違いなく────」

「あたしだぁあああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーっ!!」

 

 引き戸にヒビが入るほど開け放たれる。もし指を挟んだらその指が消し飛ぶほどの開閉力だった。

 すかさず学園プロデューサーが注意する。

 

「佑芽さん。廊下を走ってはいけません。それとモノは大事に扱ってください。そして声はお静かに」

「ごめんなさい! でも今それどころじゃないんです! お姉ちゃんはいますかー!?」

「ここにいるわよ」

 

 花海咲季は客間に座っていた。

 佑芽は対面する位置に移動して、座卓を両手で叩く。

 

「お姉ちゃん! なんでいつの間に部屋の半分が空っぽになってるのー!!」

「引っ越したからよ」

「っ!? し、知らないそんなのぉー!」

「そりゃそうよ。言ってないんだもの」

「ど、どこに引っ越したのー!? あたしのお姉ちゃんを取った奴はだれだー! 誰の相部屋だー!」

「女子寮の別室に引っ越したと思ってるの? ちがうわ。プチパレスよ」

「────えっ……えぇえええええええええええええ!?」

 

 佑芽は目を剥いてひっくり返る。ソファに尻餅をついた。

 対する咲季は目をつむっており、全く動じず抹茶をすする。

 

「……な……なんで……? だってお姉ちゃん、全然興味なさそうだったじゃん!」

「そうね。でも今のわたしには必要だと判断したの」

「っ……!」

 

 佑芽は直感する。

 既にお姉ちゃんのやり方は知っている。

 

「────そ……そうやって! いつもお姉ちゃんは! あたしより先に動いて! あたしより早くはじめて! 抜け駆けしてー!」

 

 佑芽(いもうと)のために対戦環境を整えて。

 佑芽に完璧なコーチングを施して。

 

「やっと分かったよ! ついに見えてきた! お姉ちゃんのやり口が! 昨日バスの中で変なことを聞いてきたのも、そうやって先回りするためだったんだー! ずっとそうやって、あたしより先に行こうとしてたんだー!」

「ええ、そうよ。幻滅したでしょう……」

「するわけないよっ!!」

「っ────」

「勝つために先手を取るのは当たり前のことだもん! それに今の今まで気づけなかったあたしが、バカでノロマだったってことで……! うぅ……! でも今は落ち込んでる場合じゃない! お姉ちゃん! プチパレスに住んで何するつもりなのー!?」

「それをライバルに教えると思う?」

「ぐぅぅぅ……!!」

 

 花海姉妹は内心思い煩う。

 

(まったく……わたしのやり方に気づくのが遅すぎるわ、佑芽……まぁ、本当は気づかれたくなかったんだけど……でも一度メッキが剥がれた場面を見られちゃった以上は、このやり方を知られるのも時間の問題だった。だからもう堂々と言う。──わたしはこうでもしないとあなたに勝てない。卑怯とでもなんとでも言いなさい! ……って、言うつもりだったのに……)

 

 ────するわけないよっ!!

 

 その一言で完封されてしまった。花海咲季は歯噛みする。

 一方の花海佑芽は全身を力ませて唸りを上げていた。

 

(ぐぬぬぬぅ……ぐやじぃぃ……! 昨日の変な質問の時点で気づくべきだったんだぁー! うぅ……またスタートダッシュを間違えてこけちゃった……でも過ぎたことはしょうがない! こうなったら速攻で追い越す! だから────何をすればいいんだろう? どうやって追い越せばいいんだろう? ぬっ……ぬぬぬぬぬぬぅ……!!)

 

「咲季お姉さまが歯噛みをしておられますわ……でもあれでは、唇の皮が剥がれてしまって……! あわわわ……!」

「佑芽のほうも、赤ちゃんでも産みそうなくらい力んでる。もしかして姉妹喧嘩? 面白そうだから観察に専念しよう」

「篠澤さん!? たまに血も涙もないことを言うのはやめてくださいましーっ!!」

 

 その時、佑芽が振り返った。視線の先はデスク。矛先が学園プロデューサーに向いた。

 

「あのっ! プロデューサーさん! お姉ちゃんは何をするつもりだと思いますかぁっ!? 教えてください!」

「……それが、私にも分からないのです……」

「──えっ?! お姉ちゃんの、最高の相棒なのに……!?」

「……お恥ずかしながら」

 

 花海佑芽の何気ない発言で、学園プロデューサーのハートが九割削れた。

 

「佑芽はナチュラルに煽る、ね」

「花海さんは競争ごとさえ絡めば、気遣い力が格段に向上するのですが……」

 

 ふいに佑芽はスマホを取り出した。──プルルルル……と誰かに電話をかける。

 

「────あ、もしもし!? あ(・)た(・)し(・)の(・)プロデューサーさん!?」

『その呼び方は近くに先輩が居る場合メンタルがガリガリに削れるので本当にやめてくださいだから嫌なんだよ競争ごとはよぉこれじゃNTR(ねとる)みてーじゃねーか俺死ぬほどそれが嫌いなんだよ糞がよぉ……』

「だって役に立たないんですもん! あと口悪いですよ!」

『あなたが悪くさせたんですよ。それでなんですか?』

「お姉ちゃんがプチパレスに引っ越したって本当ですか!? なんでだと思います!?」

『……答えたくありません』

「なんでぇ!? あたしのプロデューサーさんなのに、お姉ちゃんの味方をするんですかぁ!?」

『まずあなたは俺の担当ではありませんでしたよね?』

「あ、そっか! ……でも一緒に戦った仲間じゃん!」

『では仲間として助言しますが────やはり俺の指導を受けるためでは?』

「NTR(ねとられ)だぁああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 花海咲季と学園プロデューサーはその叫びを聞いて、ガクッと椅子から滑り落ちる。

 いったい何を話しているのか。ふたりとも冷や汗が止まらない。

 

『────というのは冗談でして』

「えっ!?」

『引っ越した本当の理由は、競(・)争(・)で(・)あ(・)っ(・)て(・)競(・)技(・)で(・)は(・)な(・)い(・)事(・)柄(・)、ですね』

「────?? 競争であって……競技ではない、事柄……?」

『その点、先輩のティア表は的中していましたよ。──そのように伝えてください』

 

 ────ブツッ。ツー、ツー。

 

「切れちゃった……あの、プロデューサーさん……さっきは熱くなっちゃって、あんなこと言ってごめんなさい……」

「……構いません。事実でしたので」

「ありがとうございます! 本当にごめんなさい! ……それで、その……あたしの元プロデューサーさんによると、『プロデューサーさんのティアワン表? が当たってた』って、言ってました!」

「────…………っッ??!」

 

 学園プロデューサーは激しく動揺する。

 思わずデスクから立ち上がり、花海咲季の背中を見つめた。

 

「さ、咲季さん……!」

「……何かしら? ティアワン表ってなに?」

「い、いえ……それは忘れてください……取るに足りない話です……」

「ふぅん? わたしとあなたの付き合いで、わたしに隠し事とかあるんだ~?」

「そ、それを言うなら……! あなただって、なぜそ(・)の(・)こ(・)と(・)を……!」

「だ、だって……さすがにアイドルの心恋(うらごい)事情の報告を催促するのは、どうかと思うわよ?」

 

 学園プロデューサーと花海咲季で、何やら通じ合っている会話。

 取り残されそうになった佑芽は、すぐさま篠澤広に問いかける。

 

「ねぇ広ちゃん。ウラゴイってなに?」

「…………」

「? 広ちゃん……?」

 

 腕を組む篠澤広は面白くなさそうな表情で、学園プロデューサーと言い合う花海咲季の横顔を見据える。

 

「それは完璧なプロデュースに必要な情報です! それにプライバシーは尊重していますし、無理強いもしていません!」

「ええ分かっているわ。でもちょっと言いたくなかったの。ごめんなさい……」

「いえ、別に怒っているわけでは……」

 

 双方うつむいて視線を逸らす学園プロデューサーと花海咲季の間に、なにやら湿った雰囲気が漂う。

 

「千奈。今は梅雨の時期?」

「いいえ! 真冬ですわよ、篠澤さん!」

「ならプロデューサー……聞いて」

 

「っ……?」

 

 篠澤広は真顔で助言する。真剣そのものだ。

 さらに胸に指を当てて発声(のど)の通りを良くする。

 

「湿った関係はまだいい。次の季節は夏だから燃え上がる前兆。でも真冬はいけない。次の季節は春だから新たな風が吹く。それは二通りの解釈が可能。それは咲季との新たな関係性の始まりかもしれない……けど、もしかしたら別人との関係性が始まるのかもしれない」

「っ……!」

「関係を続けたいなら勇気を出して飛び込んで。悩んだままでいい季節は秋だけ。今は真冬だから旬は過ぎてる。懊悩にも賞味期限はある、よ?」

 

 それを聞いた学園プロデューサーは決意した。かの最強女神の花海咲季を逃がしてなるものかと奮起した。今まで騙し隠してきた本心を起爆させて、みなぎる思いを力に換える。

 

 花海咲季はたじろいた。高身の男が研ぎ澄ました逞しいかんばせをぎらつかせて歩みを進める。ずんずんと立ち向かってくる。相棒と感じていた相手は速やかに男性であると感じて女体がすくみ、次は巨躯と感じて怯え、ひたすら影を仰ぐ。気づけば後退していた足は狭い部屋の中でいつまでも逃げることはできない。背中が壁に触れたと感じた時は万感の畏敬が脳裏をよぎっては胸裡に渦巻いた。

 

 呑(どん)。という耳朶(じだ)に掠った音におどろいて生唾をのどごしに通す。吸気を忘れた戦乙女は、眼前の益荒男の呼気を浴びる。

 

「咲季さん!!」

「っ!?」

「あなたの担当は────俺以外認めない!!」

「、────」

「俺が咲季さんをトップアイドルにします! だから……ですから……」

 

 倉本千奈と花海佑芽は、口元を手で覆って目を見張り頬を染めていた。恋愛ドラマの一幕でも見ているような気分である。

 篠澤広は腕を組んでドヤ顔していた。もしかしたら自分は恋愛をプロデュースする才能が有るのかもしれない、などとたわごとを考える。

 

 花海咲季はそっと片手をかざして、学園プロデューサーを押しのけるでもなく、心臓の鼓動を感じられる位置に置いた。

 

「────……もうっ。わたしのプロデューサーって、わたしのこと好きすぎじゃな~い?」

「はい。プロデューサーとして心を奪われています。アイドルの咲季さんを敬愛しています」

「っ……ち、躊躇なく告白してくるじゃない……あのねぇ? そんなことは初めっから知ってるのよ!」

「では、あいつに指導を受けに行くわけではない、ということを……信頼してもいいんですね?」

「ええ、約束するわ」

「アドバイスされるのも禁止ですよ」

「独占欲がすごいわね!?」

「いえ……やはり指導もアドバイスも有益であれば、構いません。ただし言われたことは一言一句、全て俺に報告してください。その代わり、そ(・)の(・)他(・)の(・)報(・)告(・)は不要です」

「……そう。そこまで信頼してくれてありがとう。わがままも聞いてくれちゃって、ごめんなさいね……」

 

 最後に花海咲季は、照れ隠しなのかいたずらっぽい笑みを浮かべて、学園プロデューサーの揚げ足を取る。

 

「あなたの担当は俺以外認めない……そんなこと言っちゃって、ねえ? いつかのわたしを青のプロデューサーに移籍させた(売り飛ばした)のは、どこのプロデューサーだったかしら~?」

「────っッ……!!? あ、あれは……!」

「うふふ! わかってるわよ。あれは必要なことだった。実際あのおかげで、わたしは佑芽との三度目の勝負に勝てた……アイドルとしてだけじゃなくて、じゃんけんやドッジボールでも……ほかの勝負事でも、最初は必ず負けちゃうけど、三度目の正直でなんとかギリギリの死線を、あなたと掻い潜ってこられた……」

「……咲季さん……」

「でも、あたしをそういうふうに育てた(プロデュースした)のは、何を隠そうふたりのプロデューサーなのよ?」

「……はい。おっしゃるとおりです。だから俺には、独占欲を出す資格がない────」

「そういうことを言ってるんじゃないの!」

 

 花海咲季は片手から人差し指を立てて、鼓動の最も強い位置を突っつきながら叱咤する。

 

「見てなさい! わたしは勝利も相棒も……欲しいと思ったものは、ぜーったいに手に入れてやるんだから!」

 

 魔王のようなことを言っておいて、そのかんばせは花開いた乙女のように純情で可憐だった。

 

          §

 

「ふふ。千奈。わたし、イイ女だった?」

「はい! それはもう! カッコいいイケメンな篠澤さんの叱咤激励で、先生が咲季さんに壁ドンをした時は、もう……! 心臓が破裂しそうなくらい、ドキドキでしたわぁ~~~~~~!!」

「これからわたしのことは『恋愛プロデューサー』って呼んでもいい、よ?」

「それはいくらなんでも言いすぎだと思いますわぁ~~~~~~!」

「むぅ……もっと実績を積む必要がある。千奈、好きな人とかいる? わたしがアドバイスする、よ」

「い、いえ……! わたくしはアイドルですので……! す、好きな人など……! …………ぽっ……」

「アルファ?」

「ちち、ちがいますわぁ……!」

 

 そのような掛け合いを続ける篠澤広と倉本千奈は、初星学園の駐車場に立っていた。ほかにもアイドルの姿がある。

 やがて軽トラと自家用車が走ってきて目の前で停車した。運転席の窓から学園プロデューサーとあさり先生が顔を出す。

 

「指定された荷物は軽トラの荷台に乗せました。確認をよろしくお願いします」

「プチパレスに行く人は、先生の車に乗ってくださいね~」

 

 篠澤広・藤田ことね・花海咲季が乗車する。

 倉本千奈と花海佑芽は見送りだ。

 

「ぬぐぅ……! やっぱりあたしも乗る~!」

「えぇっ!? 花海さん……!?」

「家具なんか無くても大丈夫だよ千奈ちゃん! そんなに使わないし! お姉ちゃんの借りればいいし! あとで買えばいいし! いいよね?! お姉ちゃん!!」

 

 花海咲季は嬉しそうに答える。

 

「ええ! それでこそ佑芽よ! 早く掛かってこないか待ち望んでいたのよ! お望みなら、真っ正面からぶっ倒してあげるわ!」

「言ってろぉー! うおおおおおおっ! お姉ちゃんには負けないんだからぁあああああ!」

「それはもうこっちのセリフよ、佑芽! こればっかりは……なにがなんでも負けてあげないんだから!」

 

          §

 

 一方その頃。

 プチパレスの玄関前では、居住予定の283アイドル達が待機していた。櫻木真乃、風野灯織、八宮めぐる、幽谷霧子、小宮果穂とマメ丸、有栖川夏葉とカトレア、大崎甜花、緋田美琴、郁田はるきの九名と二匹である。加えて、ほぼ常連の芹沢あさひの姿もあった。

 

 やがて一台の軽トラが入ってきて駐車場に入る。運転席からは、なんと天井社長が降りてきた。

 

『え────社長!?』

「……ふむ。────佳(・)い(・)。実に風情のある建物だ」

 

 プロデューサーと七草はづきは仕事で忙しい。それより忙しいのが社長のはずだが、偶然この日は空いていたのか、アイドルの各家を回って荷物を受け取り、プチパレスに届ける引っ越し業務を引き受けていた。

 そこで芹沢あさひが問いかける。

 

「社長が……? あの、従業員を増やしたらどうっすか?」

「…………検討しよう」

 

 天井社長は検討する気がない顔色で言った。

 

「これから荷物を運ぶのだが……よろしいかね?」

「ほわ、はい……!」

「あ、あの! 手伝います……!」

「わ、わたしも……!」

「いや、万が一ケガがあるといけない。全て私が執り行わせてもらう。……ところでアルファくんは?」

 

「ここにいますよ~」

 

 屋根の上を清掃していたアルファは、ひと区切りつけて飛び降りる。

 

「!? アルファさん!?」小宮果穂が叫んだ。

 

 アルファは五点着地、無傷で起立。三角飛びで荷台に飛び移り、大量のカバンを背負って両手に提げて「えっさ、ほいさっ」とアパートの中に運んでいく。

 

「ハナワカ! なんで無事なの!?」

「魔法です。あさひ先輩は絶対に真似できないので真似しないでくださいね」

「普通に下りてくることはできないのかね……」

「そうだよ危ないよ!」

「もう階段を昇り降りするのは億劫でした……」

 

 壁を伝っていけば早いのにわざわざ階段を使う。飛び降りれば早いのにわざわざ階段を使う。特殊な訓練を受けているアルファからすれば、階段の昇り降りは非常に気が滅入る単純不要作業であった。

 苦言を呈した天井社長も、そんなアルファの奇行に慣れているのか、それ以上は何も言わず淡々と荷物を運んでいく。

 

 やがて外から、また別の軽トラと自家用車が入ってきた。

 学園プロデューサーとあさり先生は一同に挨拶。ふたりは天井社長と名刺交換。さっそく荷台の荷物を運んでいく。

 

「初星学園のみなさん!」

「やっほ。283のみんな。来たよ。アパート暮らし楽しみだね」

 

 アイドル達は談笑する。

 やがて荷物運びを終えたアルファたちが戻ってきた。

 

「ふい~。お疲れ様でーす。社長、バーでカクテルとかタピオカジュースとか出しますけど、どうします?」

「これから行くところがあるのでね」(BAR(バー)……?)「私は先に失礼させてもらおう。と、その前に────初星学園のプロデューサー。十王学園長から話は聞いている。283(こちら)のプロデューサーと協働しての管理徹底。改めてお願いする」

「恐縮です。承りました。本日は引っ越し業務のお手伝い誠にありがとうございます。お疲れ様でした」

「たまには遊びに来てくださいね~」

「私が来ても、彼女たちが困るだけだろう……」

 

 天井社長は軽トラに乗って帰路に就く。

 学園プロデューサーもアイドル達に別れを告げて帰路に就く。

 

 手を振るアイドル達。その中には、なんとあさり先生の姿もあった。軽トラに乗り込もうとした学園プロデューサーは、なぜあさり先生が自家用車に乗り込もうとしないのか疑問に思い、その答えに行きついて硬直する。

 

「──えっ? あさり先生。まさか……」

「は~い。実は私もアルファくんに誘われまして……お試しで住んでみようかな~? と……」

「……大変では?」

「そうですねぇ~……社宅から学園の距離と比べれば、移動時間的に遥かに損……でも先生、一度は別(・)荘(・)を持ってみたかったんですっ!」

「……な、なるほど。では、私はこれで……」

「プロデューサーくんも、いつでも遊びに来ていいですからね~?」

「……私が来て何をするというのですか……」

 

「麻雀とか!」アルファが満面の笑みで言う。

 

「……前向きに検討します。では、私はこれで」

「それ検討しない顔じゃーん! ちょっと先輩ぃ~!?」

 

 学園プロデューサーは軽トラに乗って駆け去る。

 かくして引っ越しは完了した。アルファが音頭を取る。

 

「さーて、これから楽しい楽しい共同生活が始まることを祝して……食堂で乾杯しましょうか!」

 

 そうしてプチパレスの住人たちの、新生活が始まった。

 

          §

 

 食堂での乾杯後。インターホンが鳴る。

 さっそくアルファと小宮果穂が応接に向かうと、そこには見覚えのある人物達が立っていた。ひとりは首にオレンジ色のマフラーを巻いて青ざめている少年で、もうひとりはツルツルの肌を光らせる黒スーツのUFO人間。

 

「ど、どうも~……」

「こんにちは! ボンゴレファミリーです!」

「光の速さでおかえりください」

「……! えっと……沢田綱吉さんと、ジャンニーニさん! でしたよね!?」

「うん……ひさしぶり……その、ほんと、なんかごめんね……ジャンニーニが言うこと聞かなくてさ……」

「まずはお引っ越しおめでとうございます! こちら引っ越し祝いのおそばでございます! どうかお受け取りを!」

「なんで俺たちが引っ越したことを知ってるんすかねぇ……?」

「は! たしかに……!」

「そ、それは、リボーンが……九代目(おじいちゃん)に頼んだみたいで……ほかのファミリーから君たちを守るために、ずっと見張りをつけていたとかなんとか……」

 

 小宮果穂はおそばを受け取ろうとする。

 それをアルファが制した。どうせ受け取るなら自分が受け取る。

 

「このおそば……玉手箱かなんかじゃあないっすよね?」

「それよりすごいものですよ! 中を見てください!」

 

 アルファは箱を開ける。そこには生麦のおそば────の上に、緑色の手榴弾が海苔(ノリ)の代わりに乗っかっていた。

 すかさず沢田綱吉が絶叫する。

 

「ちょー!? なんでおそばの上に手榴弾が乗ってんのぉおおおおおー!? しかも茹でる前のそばじゃなくて茹でたあとのそばじゃんこれ! ホカホカと湯気が立ちのぼってるじゃん!」

「出来たての方が美味しいかと思いまして!」

「そういう問題!? 聞いたことねーよ引っ越しそばに茹でたてのそばを持ってくのなんてー!」

「それより、これぞ新開発の『十年前グレネード』です! こちらは前回の十年前バズーカを改良したもので────」

「やめろー!! またアルファくんたちに迷惑かける気かよー!? これはオレが没収ぅううううう!」

「そんなぁ十代目ぇ! なぜですかぁ!? 前回のお詫びも兼ねた珠玉の品なのにぃいいい!」

「お詫びの品ならもっとほかのがあるでしょーに!! とにかくこれはダメ! 絶対にダメだからな! アルファくんや果穂ちゃん、それにいろはちゃんたちが、どんだけ苦労したと思ってんのーっ!!」

「そ、それは、大変申し訳ないのですが……! だからこそ、今度はきちんとした十年前バズーカを……! いえ、十年前グレネードを……!」

「だからって元凶のアイテムを渡すのはおかしいでしょーよ!!」

 

 仏頂面のアルファはガラガラと引き戸を閉めていく。小宮果穂は「あっ」と何かを言おうとするが引き戸に遮られてしまった。

 ふいに──ガコン──と音が鳴り、引き戸が閉め切らない。足元を見やると、ジャンニーニがつま先を差し込んで戸締りを阻止していた。アルファの側頭部に小さな怒りの筋が浮かび上がる。

 

「ちょ、ちょっとお待ちをぉ! アルファさま! でしたらこちらはいかがでしょう!? 生麦が気に入らないのであれば、ざるそばで!」

「中身は?」

「ピンク色の十年前グレネードが入っています! ──あだだだだ痛い痛いですつま先が挟まってますぅー!!」

 

 アルファは腕の血管が膨れ上がるほどの膂力で無理やり引き戸を閉めようとする。

 ジャンニーニはつま先が挟まれている激痛に涙をちょちょ切らせていると────その手からざるそばの箱を落としてしまった。

 

『────あっ』

 

 落下中に箱が開いて、地面にべちゃっ……と台無しになったざるそばと────コロコロ転がるピンク塗装のグレネード。落ちた衝撃で──安全ピンがポーンと抜けて──小宮果穂の足元に転がる。

 

 刹那、アルファはグレネードを拾い上げて引き戸を蹴破り、疾走。瞬発思考。十年前グレネードであれば自分が十年前の自分と入れ替わるだけだが、もしもジャンニーニのミスで本物のグレネードだった場合、非常にまずい。破片をばらまくタイプの場合、空中に放り投げると周囲に被害が及ぶ。付近に通行人がいれば即死も有り得る。最悪、最善手を打つとすれば、グレネードに全身を覆いかぶせることだ。が、周囲に人の気配はない。まだ最終手段を取る必要は無さそうだ。最も被害の少ない位置に投擲するとすれば────庭の中にそびえ立つ樹木と石塀の中間。投擲モーションに入った瞬間、グレネードは閃光を発した。

 

 爆発。爆風が庭をなぎ払う。

 

「ギャアアアアアアアアアアーーーーーー! 間に合わなかったァアアアアアーーーー! アルファくぅぅぅぅぅうん……!!」

 

 グレネードは起爆してしまった。すると謎めいた白煙が立ち込める。

 

「いいえ十代目! 今度こそ成功です! 十年前グレネードが作動しました!」

「それはそれでダメじゃん! アルファくんはどうなるんだよォオオオオオ!?」

「ア────アルファさん……!!」

 

 内心、小宮果穂はどこか期待していた。

 もしかしたら、また会えるのではないのか、と────しかしそれは、アルファさんとのしばらくのお別れにもなるわけで────

 

 モクモクと立ち込める白煙の上部が晴れていく。そこには────顔面蒼白のアルファが立ち尽くしていた。

 

「────…………オイぃ……今のはマジで心胆が冷え上がって死を覚悟したぞォ……そろそろ殴っても正当防衛だよなァ……?」

「ひぃいいいい! ごめんなさいごめんなさい! うちのジャンニーニが本当にごめんなさいぃいいいいい!!」

「お、おやぁ……? おかしいですねぇ……十年前グレネードは、たしかに作動したはずで……」

「アルファさん! よかった……」

 

 小宮果穂は心の底から安堵する。

 しかし内心は複雑そう。それをたやすく見抜いたアルファは、未だ白煙に覆われている自分の足元を見やる。

 

「安心しろ、果穂。これはとんだ大(・)失(・)敗(・)の(・)成(・)功(・)作(・)だよ」

『……???』

 

 白煙の下部が風にさらわれる。そこには────こてんと尻餅を搗くいろはちゃんが目を見張っていた。

 

「い────いろはちゃん……!?」

「? ?? ……!! おー! かほー!」

 

 よたよたと立ち上がったいろはちゃんは、満面の笑みから徐々に涙目になって、両手を伸ばしながら小宮果穂のもとに走り出す。対する小宮果穂も目端に涙を湛えながら駆け出し、胸の中にいろはちゃんを受け入れて抱き上げてクルクルと回る。

 

「いろはちゃん! ひさしぶりーっ!」

「おひさー! ……ゆめじゃない?」

「夢じゃないよ!」

「やったー!」

 

 感動の再会を果たした小宮果穂といろはちゃん。

 その横でジャンニーニは青ざめていた。

 

「ま、まずいです! 現代のアルファさんと十年前のアルファさんが出会うことで、タイムパラドックスが……!」

「いや。それはない」

 

 アルファが推理する。

 

「俺が飛ばされた過去は、ほんのちょっぴり歴史が異なっていた。つまり多世界解釈で構わない」

「! では……十年前の人物は、パラレルワールドの来訪者だと……!?」

「さもなくば今この時点で矛盾が起きて何かが起きてるだろ」

「た、たしかに……その仮説は十二分にありえますね……! 大変参考になりました! 発明のヒントになりそうです! 本当にありがとうございました! それでは私はこれで失礼します! では十代目、お先に帰りますね!」

 

 ジャンニーニはUFOを操作して一足先に逃げ帰る。アルファの制裁を恐れてのことである。

 

「え、ちょ、おい! ジャンニーニぃ!?」(ガーン! あいつ好きなだけ暴れて帰って行きやがったーっ!!)

 

 さすがのアルファも同情する。

 

「沢田さんもお疲れ様です。お茶でも飲みます?」

「い、いやぁ……! えんりょするよ! 本当にごめんね! ──あ、でも、いろはちゃんって……五分で帰れるのかなぁ……?」

 

 その時、上空から拡声器を使ってジャンニーニが解説する。

 

『十年前グレネードは範囲型として改良したので、おそらくいろはちゃんはそのアパートと紐付けられています! なので、たとえばアルファさんがそのアパートから引っ越すなどして、プ(・)チ(・)パ(・)レ(・)ス(・)と(・)の(・)縁(・)が(・)切(・)れ(・)た(・)瞬(・)間(・)! いろはちゃんは元の世界に帰ることができるはずです……!』

 

「そうなのー!? 時間制限とかじゃないんだ……つか、ジャンニーニ降りて来ーい! ちゃんと謝れよおまえー!」

 

『ご、ごめんなさいぃいいいいい! 良かれと思ってのことだったんですー! でもアルファさんが怖いので降りられません……! 獄寺さんのメンチ切りより顔面が怖すぎて……! ああ恐ろしや恐ろしや、くわばらくわばら……!!』

 

 ジャンニーニは両手を高速でさすり合わせる。

 

「沢田さん。ロケランとかあります?」

「撃ち落とす気ですかぁー!?」

 

『ひぇええええ! 本当に申し訳ございませーん!』

 

 謝罪を叫ぶジャンニーニは並盛町に飛び去っていく。

 取り残されたアルファは仏頂面で腕を組み、沢田綱吉はドン引きで青ざめていた。

 

「……オレンジジュースくらいは出しますよ?」

「いや、ほんとに……お構いなく……うちの連中がたびたびご迷惑をおかけしました……もう二度とこんなことがないように気をつけますので……」(たぶん、むりだけど……!)

 

 沢田綱吉はトボトボと帰路に就く。

 アルファは深々と溜め息。振り返ると、そこにはほっぺとほっぺをくっつけて微笑み合う小宮果穂といろはちゃんがいた。とても幸せで楽しそうである。それを見守るアルファは腕を組んで姿勢を崩し、思わず微笑を浮かべる。

 

「……まぁいっか……」

「────あの、アルファさん! アルファさんの十年前は、こんなに可愛いのに……どうして今のアルファさんは、そんなちょいワルになっちゃったんですかぁ!?」

「知らねーよ。つか十年前の俺がそんなんだったのかも不明瞭だよ。なんせ三歳児だぞ? ホントにそいつ俺なのか? 一応名前は同じだけど……面影もなくはないけど……────なら俺か……そうか……え? 三歳の頃の俺ってマジそんな顔してたの? や、写真とかで顔は見せてもらってたけどさぁ……」

 

 アルファはまじまじと観察。

 いろはちゃんのぷにぷにほっぺたを持ち上げてガン見。

 

「……? おまえだれ!」

「口の悪さは俺だなぁ! ──俺の名前はアルファ。まぁなんだ……自分自身の未熟な頃と接するなんて、どうすりゃいいのか分かんねぇが……とりま、好きに生きろや。──たぶんお前さんは、俺とは違う未来を歩むんだろう。それがいい。それが一番幸せだろう」

「?? アル! ルファ! どっちがいーい?」

「────コイツ俺だわ。なんか断片的なふわふわ記憶が蘇ってくるなぁ……! まぁどうせ何を言っても好きに呼んでくるから回答しない。ただまぁ本気で嫌がれば考え直してはくれるから────そうさな。俺のことは普通にアルファと呼べ」

「じゃあ、あるふぁー!」

 

 アルファは苦笑い。家の中に戻っていく。

 

「あ、あの! アルファさん! この場合、その、いろはちゃんって……!」

「きっちり二ヶ月間、果穂が面倒を見てきたんだろ? なら一任したい。俺の知り合いの子だと聞いているって感じで、みんなには説明すればいいさ。──で、悪いが俺はあんまそいつと関わりたくない。古い鏡は、ちと精神衛生上キツいんでな」

「……! そ、そうですか……」

 

 アルファは内心、あまり歓迎はしてないようす。

 それでも小宮果穂といろはちゃんが喜ぶならと、折れてくれたらしい。

 

「……それじゃあ、いろはちゃん。また、あたしたちと一緒に……暮らす?」

「いいよー!」

「あ、でも……! いろはちゃんの親が心配するよね……っ」

「? しないなーい? おかあさんはねー。まえかえったら『なれた』っていった! おとうさんは『しってた』っていった! だからだいじょぶじゃな~い?」

「そ、そうなんだ……! …………いろはちゃんって、二ヶ月くらい脱走するの……当たり前だったりするの……?」

 

 小宮果穂は引き気味に問いかける。

 

 

 

 かくて、いきなり新たな住人を迎えて────プチパレスの共同生活は、グレネードの爆音というの名のファンファーレを爆ぜ鳴らした。

 

          §

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。