【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
休日の午前中。
プチパレス近辺の商店街。
扮装して駅前で待ち合わせたアルファと葛城リーリヤは、完全個室タイプの
ほの
なんとも高級感を漂わせる内装。一番奥の個室に入ると、二通りの空間が設けられていた。前方の細い床の右手には食卓と二人分のソファ。左手には二人分の、
「注文の際は、そちらのタブレットからお願いします。それではお客様。どうぞごゆっくり、おくつろぎくださいませ」
店員は引き戸を閉める。遮音性が高いようで、廊下に流れていたBGMが完全に途切れた。
「どっちに座ります?」
「……! じ、じゃあ……畳みが、珍しいので……」
女の子座りで腰を下ろした葛城リーリヤは、指先を這わせて畳のザラザラとした感触を実感する。
対するアルファは、横向きでソファに座り、背もたれに肘をかけて姿勢を崩す。食卓には蝋燭型の洒落たテーブルランクが淡い光を放っていた。室内照明はそれだけなので、映画館のような暗さである。
もちろん天井照明は存在しており、ふたりはそれに気づいている。が、なんとも暗い雰囲気が似合う個室のため、そのまま過ごすことにした。
「葛城さん」
名を呼んで懐から取り出したるは、アニメ『シルヴェスタ』のDVDパッケージ。
「! それは……! ──で、でも、こんなところで取り出しても……」
「後ろをごらんあれ」
「え?」
振り返ると、壁の中に埋め込まれる形でパソコンが設置されていた。付近にはレコーダーなどの電子機器が設けられている。
「わぁ……! もも、もしかして、ここ……! ネカフェっていうところですか……!?」
「全然違いますね」
「!?」
「この店の売り文句はテレワークカフェ。略してテレカフェ。いわゆる喫茶店で仕事をしたい人のためのカフェ。もちろん設備上ネカフェのような利用も可能ですけれどネ!」
「お仕事の……でも、そんなところで、のんびりとアニメを見てていいんでしょうか……?」
「電話で確認してOKもらえたので大丈夫ですよ。店としては客が長く居座る分、多くの金を支払うシステムになっていますので、利用目的はそこまで限定していないのでしょう。なので気兼ねなく遊び呆ければいいと思いますよ。現にほら、そこにカラオケのマイクがある」
「! ほ、ホントだ……」
「そしてなぜか、そこにシーツもある」
「……? なんででしょう……お昼寝のため、とか……?」
「さて? なんにせよ長居させる気マンマンですね。であれば店の目論見通り、のんびりくつろぐとしましょう」
「……はい!」
アルファは渡してリーリヤは受け取る。レコーダーにDVDを入れてメニュー画面へ。
「センパイは何話を観たいですか?」
「九話で」
「……!」
九話を選択。視聴開始。
いきなりのメロドラマが始まる。どうやら九話は恋愛回のようす。惚れた腫れたで大ゲンカの殴り合い。主人公たちはロボットを駆り出してまで我を通し、なんともふざけた戦闘に発展する。最後は互いの主義主張を理解して、それでも受け入れることはできないものの、男同士の熱く堅い友情を結んでエンディング。前半のふざけたバトルから一転、終盤は落涙ものの感動回になっていた。
葛城リーリヤはポロポロとこぼれる涙をハンカチで拭く。
「うぅぅ……ロイぃ、マルクぅ……最後に分かり合えて、本当に良かったねぇ……」
「泣くほどですか……では語り合う前に注文しましょうか」
アルファはタブレットで飲み物を選択。葛城リーリヤも洋菓子を指定。注文する。
「センパイ! どうして九話を見ようと思ったんですか?」
「ふざけた恋愛喜劇がなんとも愉快で滑稽で」
葛城リーリヤは迫真の表情で身を乗り出す。
「解釈違いだけど分かります! お互い譲れないものがあって、それはヒロインを奪い合う気持ちだけじゃなくて……むしろライバルに生きてほしいから、勝ってほしいから……いつ戦いで死ぬか分からない戦場の過酷さ……ヒロインを悲しませないようにお前だけは死ぬなという漢気……それを実はお互い
「ええ、そうですね……だからこそヒロインは、この回で一切セリフを発しなかった……」
「っッ……!!!! センパイも気づいていたんですね……! さすがですっ!! ──
「わかります。はい」
アルファは淡泊に返す。思いのほか饒舌に語ってくるので口を挟む間隙がない。
ふいに────ピンポーンと呼び鈴が鳴る。
「え?! チャイム……?」
「いきなり入って何か困らせることがないように呼び鈴が設置されてるんですよ。──はーい!」
アルファは引き戸を開ける。ウェイトレスが会釈して入室。食卓に注文品を置く。
「お客様。少々お時間よろしいでしょうか?」
「? はい……」
葛城リーリヤは首をひねる。ウェイトレスはメニュー表を取り出した。
「こちら、様々なコースの割引がございまして……カップル限定のコース割引がございます」
「……!?」
「……」
葛城リーリヤは面食らう。アルファは寡黙に徹する。
「それで、つかぬことをお伺いするのですが……お客様はカップルでしょうか?」
「っ……い、いえ……わたしと、センパイは……」
葛城リーリヤは横の男を見やる。
アルファは視線に気づきつつも一瞥することはなく、淡白に調子を合わせた。
「そうですね。彼女の言う通りです」
「そうでしたか。不躾なことたずねて大変失礼いたしました……それではこちら、フレンド限定のコース割引です。ほかにもコースがございますので、よろしければ気兼ねなくご注文ください」
「ありがとうございます」
ウェイトレスは深々と会釈して引き戸を閉める。
葛城リーリヤは胸元を抑えてため息をついた。深呼吸を繰り返す。
(び、びっくりしたぁ……! ──……わたしは、日本のアイドルだから……つい、否定、しちゃったけど……)
ふたりは飲み物を飲んで一息つく。
「……あの、センパイ。日本では、アイドルは恋愛禁止、なんですよね……なのでわたし、さっきはああ言いましたけど……別に、センパイのことが嫌いというわけでは、ありませんから……!」
「わかっていますよ」
「……ほ、本当、ですか……?」
「はい。葛城さんは、俺に“信頼”を寄せている。それは大変うれしいものです」
(……ほっ)「……なら、良かったです……」
葛城リーリヤは安堵する。
しかし違和感に思い至る。
「……────あのっ。センパイは……わたしに対しては、どんなふうに思っているんですか……?」
「そうですね……まさにそれを話したくて、今回は
「────え……」(そ、それって……どういう……!?)
葛城リーリヤは紅潮。ぼのぼの汗を流してぐるぐる目。てんやわんやの乙女回路。
対するアルファは、それが面白いのかくつくつと笑っていた。
「答えは“安心”……ですかね」
「……ふぇ?」
「今からちょっと嫌なことを言います。覚悟してください」
「……っ!?」
アルファは語る。
それは信頼に値する相手に少々、重めの弱音と愚痴を吐くような心境だった。
「
「──……?!」
「たとえば葛城さんは日本文化を嗜んだ際、日本の恋愛観について何か驚かれたことはありますか?」
「…………────それは……もしかしたら……“告白”……ですか?」
「はい。スウェーデンには、いわゆる
「……告白の文化がない国といえば、スペインとかもそうですよね」
「はい。要するに私は、日本の
「……────」
それはつまり、スウェーデン人に安心するのであって、葛城リーリヤに安心しているわけではない、ということでもある。嫌なことを言う、とはこれのことか。であれば人種ではなく個人を見てほしい。
そのためにも葛城リーリヤは、きちんと自分のことで安心してもらうため、意を決して口を開く。自分の意思をまっすぐに告げる。
「……わたしは、そういうの、あまり考えたことがなかったので……まだよくわからないんですけど……たぶん、半々、だと思います……告白して始まる恋愛は、素敵だなって思うし……! 自然と恋人になっていく恋愛も、素敵だなって思うので……!」
「ええ。どちらも素敵な文化です。──して、あなたはほかの人と比べれば、告白文化が半分ほど希釈されている。それは私からすればありがたい話です」
人間は国が違っても種として本質は同じ。たとえスウェーデンに告白の文化がなくとも、すべからく人の心があるのなら嫉妬心は存在する。それでもアルファの苦手なものが半分は消えるのであれば、そちらを選びたくなるのが人情というもの。
「現に(ボランティア関係で)スウェーデンに行った際は、なんともロマンチックな恋愛を多々経験しましてね。人の精神性はどこに行っても似たり寄ったりですが、ああいう恋愛は大歓迎です」
「! ……あの、何か……恋愛で、イヤなことでも……?」
アルファは「愚痴を垂れても構いませんか?」と間に挟む。
葛城リーリヤは目つきが変わり、真剣な表情でうなずいた。
「軽薄な言葉は不要。態度で示せ」
「────!」
「恋人だから浮気するな。結婚したから不倫するな。道義上は至極当然の
「────」
「自分たちは家族だよな。自分たちは友達だよな。自分たちは仲間だよな。……そう言っておいて、いざという時には裏切り、トカゲのしっぽ切りをする。それを自覚してやっているのなら、私は心が読めますので避けるだけです。ただし、それを無自覚にやる人間が少なくない。そういった手合いは、さすがの俺でも避けられない。
アルファはオレンジジュースを飲み干した。
「……申し訳ございません。飲み物がまずくなりましたね」
「い、いえ! わたしが、聞きたいなって思ったので……! ……そ、その……────センパイは、人との巡り合わせが、あまり良くなかったんですね……」
「そのせいでこうして、
「っ……!?」
「はは! おかげで
アルファは苦笑する。
葛城リーリヤは考える。
(……いつも完璧だったセンパイが、こんな話をするなんて……しかも、わたしに……なんでだろう? どうして……もしかして、わたしのこと……少しは頼ってくれるようになったって、ことなのかな……?)
「少しどころではありませんよ」
「っ!? せ、センパイ……! 本当に心が読めるんですかぁ!? は、反則です……! ニュータイプは封印してください……!」
「はは! まさか当たっているとは! いえ、何が当たっていたのかまでは分からないんですけどね! なにやら
「っ……!」
であれば、信頼してくれて嬉しい、という感情までは読み取られていない、ということか。
否、それもまた信頼の表情と嬉しそうな表情を見て読み取っているに違いない。アルファというエスパーは、凡人では見抜けない繊細な表情の読み取りに長けた神童である。
(それも……色々な人に裏切られてきたから身に付いた特技……なのかな……)
アルファは目を伏せている。いま感情を読む気はない、という意思表示だろうか。
(あ、目を閉じてると童顔っぽい……そういえば、センパイはまだ中学生なんだよね……いつも忘れちゃうんだけど……だって言動が大人っぽいんだもん……。──そうだよ。きっと良くも悪くも色々な経験をしてきたから、こんな理屈っぽくてひねくれて、でもスゴい人になったんだ……!)
ならばと葛城リーリヤは宣言する。
「────センパイ。目を開けてください」
「はい?」呼ばれたアルファは相手を見据える。
「わたしが、センパイを安心させてみせます!」
「……そういうふうに私が誘導したことを踏まえたうえで、ですか?」
「──……え? ……えぇっ!? そ、そうなんですか……?!」
「はは! 葛城さんは本当に純粋ですね! ペテン師に騙されないよう気をつけてください!」
「ぇ……そ、そんなこと言われても……、────」
葛城リーリヤは自覚する。またこうしてアルファの言動に驚き、一喜一憂してもてあそばれている。以前もそうだった。ようやく公的な担当プロデューサーになってくれたかと思いきや、実は非公式の担当プロデューサーだった。
ひねくれているから意地悪が大好きで、まっすぐだから助けてくれる。
まったく困った
「もう……! センパイ! さっきフィーカって言いましたよね……!」
「はい」
「……わ、わたし……その……で、で、……っ~~~~────」
デートのつもりだったんですけど。
葛城リーリヤは赤面して自滅した。
でもそれでよかった、と思い直す。
「────言葉ではなく、態度で示せ……でしたよね?」
「はい。かといって言葉は大切なものです。むしろ言葉は多ければ多いほど良い。現に私は口数が多い。それは避けられたはずの誤解やすれ違いを防ぐためです。つまり私が嫌っているものは、あくまで
「……では、言わせていただきます!」
葛城リーリヤは意を決して────空いているソファに座った。
二人分の席。実際は1.5人分の席。肩と肩が触れ合う、どころの騒ぎではない。密着に近い。アルファの逞しい堅い肘が脇腹に当たっている。ぞわっと武者震いした葛城リーリヤは赤面。発熱した額上部から湯気が昇る。うつむき、肩幅を狭めるため太ももの間に両手を突っ込んで身を細め、もじもじ。
対するアルファは平然とメニュー表を手に取り、ふたりの間に置く。
各種コースは『家族割引』『夫婦割引』『恋人割引』『親友割引』『友達割引』のほか、面白枠なのか『友達以上恋人未満割引』『親友以上恋人未満割引』『ここにはない関係割引』などもあった。なおコース料理の内容としては、実はどれもあまり変わらない。
さっそくアルファは面白枠を指さす。
首をかしげて相手の横顔を見つめる。
「っ──! ……~~~~~~……!!」
声にならない掠れ声を発した葛城リーリヤは、目をぐるぐると回しながら震える手を掲げ、メニュー表に人差し指をカクカクと言わせながら伸ばし────同じコースを指さした。
§
親友以上恋人未満割引は地雷である。ノーマルコミュニケーションだ。紫雲清夏の座は譲れない/譲れないはず。
友達以上恋人未満割引は普通である。グッドコミュニケーションだ。お互いに解釈一致のはず。
ここにはない関係割引は最適である。元プロデューサーと非担当アイドル。センパイとコウハイ。中学生と高校生。友人と友人……?
「この
「っ~……それは言わないでください!」
同じことを考えていた。
「わたし……このコースをウェイトレスさんに頼むの、ちょっと恥ずかしかったです……」
「どう思われたんでしょうね?」
「か、考えたくないです……!」
「兄妹と思われたのでは?」
「! そ、そうでしょうか……?」
「兄のことをセンパイと呼ぶ妹がいれば、の話ですが」
「!! も……もうっ! センパイ!? そんな妹、いるわけないじゃないですかぁ……!」
振り回されてばっかり。
ここはなんとかしてイイところを見せたい。
「あの! センパイが安心するために、わたしにできることはありますか!?」
「添い寝してもらっても?」
「は────ぃって言うところだったぁあああーーーーっ!! い、いきなり、なんてこと! 言うんですか……?!」
てっきり当たり障りのないことを言われると思って即承諾のテイでいた葛城リーリヤは、まさにその心理を読まれてイタズラを仕掛けられた。アルファは無邪気に手を叩いて笑っている。小悪魔である。
「むぅ……わたしのほうが、本当は年上なのにぃ……」
「おや。姉っぽいことをしたいんですか?」
「そういうわけでも、ないんですけど……なんだか悔しいんです」
さすがにやられすぎている。一度くらいは、あっと言わせたい。
「センパイ……目を、つむってください……」
「────」
アルファは箸を置いて背筋を伸ばし、目をつむる。
それを確認した葛城リーリヤは────
「では、そのままでいてください!」
「マジですか」
────食事に戻った。
アルファは暗中模索で箸を探す。その手を上からかぶせて止めたリーリヤは「あーん」と言った。
「……」
「…………」
「……──開くとお思いで? これ実質闇鍋では?」
「……」
「……………………」
アルファは冷や汗を流す。
やがて葛城リーリヤは、大体の事情を察した。
「やっぱり……人間不信なんですね」
「────! いえ、その……葛城さんのことは、信じていますよ?」
「あーん」
「……、…………、……………………」
眉をひそめて葛藤中。
かなり苦しんでいる。
信じて口を開くべきとは思っているようだが、それがひどく怖いのか本能的に体が逆らっている。現に、口を開こうとしているのに、けいれんするように口が閉じてしまう。おかげで頬の筋肉が行ったり来たり。見ててちょっとかわいそうになってくる。
ちなみに口の端は開いており歯茎が見えているのだが、口の中央は固くつぐんだまま。おかげですごい変顔になっている。かわいそうなのに、ちょっと面白い。
「────ふ、ふふ……!」
「っ?」
「あっ! ご、ごめんなさい……!」
年下なのにセンパイ。その認識が今、センパイだけど年下。そのように思えてきた。
本来ありえない属性の複合によって、今まで頭と心が混乱していたが────
「これでプラマイゼロです」
「……?」
────結局は対等なのだ。
それが勘違いでも、今だけは対等になれた気がする。
「わたし、ちょっとだけわかります……きっとセンパイは、
「よくわかりましたね。私は自由感と責任感を愛します」
「だから、軽薄な意味しかない
「はい。おっしゃる通りです」
「……やっぱり、ちょっとわかります。なんでもかんでも単語で決めつけるんじゃなくて、心身で通じ合いたい……そういうこと、ですもんね?」
「ご勝手に」
好きに考えろ、ということだろうか。
ならばそうしよう。葛城リーリヤは好きなものに置き換えて語る。
「たとえば……キャラとキャラの関係性は言葉では語りきれないほど尊いんです……それを一つや二つの属性で括るのはもった゛いな゛い……!! たとえ100の属性があったとしても、それは言葉にした時点で数という概念に縛られてしまう……! 尊さは無限なんです……! 限られた言葉に集約して、素人が分かった気になられても、困る……!」
「────ふはっ! あー……どうやら私の
「──え……えぇ……っ!? こ、ここ、これは……面倒、なんでしょうか……?」
「さぁ? そう思う人もいるし、そう思わない人もいる。──思う人は……なんでもかんでも少ない言葉で片付けることができるので、そのぶん小難しく考える人のことを『なんかわざわざ面倒なことしてんなー。もっと楽な考え方があるのによ~』と思っているのではないでしょうか?」
「……センパイは、どっちなんですか?」
「ジャンルによりますよ。それが真理では?」
「! ……たしかに、そうかもしれないです……!」
誰しも
得意なことは答えを知っているため少ない言葉で済む。一つの言葉で本質を捉える。
不得意なことは答えを知らないため多くの言葉を使う。多くの言葉で本質を捉える。
「ところで目を開けても?」
「……まだ、そのままで! センパイにはしばらく、苦手なことに耐えてもらいます!」
「なんでぇ……」
「大丈夫です! わたしがいるので安心してください! センパイ♪」
§
葛城リーリヤは後悔していた。
(ど、どうしよう……)
食事が終わり、デザートを注文すると、
(センパイが……! わたしの肩に、もたれかかってぇ……!)
────眠ってしまった。
腕を組みながら健やかな寝息を立てている。満腹で多幸感を味わっている中、長く目をつむっていれば眠くなるのは道理というもの。最初は眠らないよう、かくんかくんと揺れていた首から上も、背もたれに預けてから少しずつ倒れていき……今では葛城リーリヤの頭の上にもたれかかっている。
(う、動けない……お手洗いに、行きたいんだけど……ど、どうしよう……動いたら、起こしちゃうし……なんとか、そっと……あ、でも行ってる間にデザートが来たらチャイムで起きちゃうか……ならこのままで、ってなると、この場面をウェイトレスさんに見られるってことで……! あわわわわわ……っ?!)
呼び鈴が鳴るならその時点で起きるだろう。引き戸を開けるためには立ち上がらなくてはならない。見られるとしたらソファに寝そべっているアルファか、寝ぼけ眼で目をこするアルファだ。……などと、普段ツッコミを入れる者は眠っている。
(なによりぃ……顔! 顔がぁ……! 近いっ……!)
もし右に振り向けば────ほっぺとほっぺがキスをするだろう。
(しかもイイ匂いがするぅ……! あと体がゴツゴツしててぇ……! 男の人ってこんななんだあ……!)
やがて体力が尽きてくる。
(あ、まずい……重くて、押しつぶされそう……! ダメダメ……! そ、そんなことになったら……! まるで押し倒されたみたいな感じになっちゃうぅ……!!)
なんとか力を入れて押し返そうとする。葛城リーリヤは右腕を動かして体重を逃がそうとする。すると逃がし先を間違えて、右腕と体重がズルリと滑った。
「あっ────」
右手と右肘が、相手の体と背もたれの間に突っ込む。少女は落ちてくる頭部を躱すため思わずのけぞった。
一方、頭部が落ちたアルファは「?!」全身がビクッと反応して受け身を取ろうとするが、間に合わない。
少女は見下ろす、自らの胸元に落ちていく頭髪を。
少年は
「ぷはぁ!」
酸素を吸って目を開く。血液が循環して瞳孔が開く。視界に映る光景は、ほの暗いモノクロから色鮮やかな明瞭に。見覚えのある冬服。前から見るとそうでもないが横から見ると豊満だったそれの部分。直感。瞬発思考するまでもない。血の気が引く。おそるおそる視線を上げる────そこには、羞恥心が限界突破して気絶しかかっている白髪の少女が、ぐるぐると目を回していた。
「ふぇぇ────ふわぁぁ~~~~~~────」
「っ!? ご、めんなさ……い?」
葛城リーリヤは後ろに倒れかける。そこはソファの外側。上半身だけ床に落ちて後頭部を床に激突してしまう。とっさにアルファは腰や腕を捕まえて抱き寄せた。呼び鈴が鳴る。
「っ……!? は、はーい! ちょっとお待ちを~!」
真っ赤に茹で上がった葛城リーリヤをソファに寝かせながら、アルファは食卓の下に潜り「あいてっ!」食卓の裏に頭をぶつけつつ、狭い空間を脱出。衣服を整えて引き戸を開ける。デザートを受け取って会釈。引き戸が閉まる。
「…………葛城さん。デザートが来ましたけど……」
返事はない。ただのゆでエビのようだ。羞恥に沈んだ乙女の屍でもある。数分もすれば蘇生するだろう。
「…………」
ついでに起き上がるとき、茹でエビの左ふとももを、ガシッ! グイッ! と思いっきり揉んでしまった。痛くはなかっただろうか。
アルファは右の手のひらを見下ろす。鷲掴みした肉厚な感触が脳裏によぎる。思い出される肢体の輪郭。飢える鼓動。襲撃欲動。すぐに手の甲で口元を覆い隠し、畳の方へ視線を逸らす。精神統一。心頭滅却。なおも顔は火照り、背中の汗がじんわりとにじむ。シーツが目に入り、慌てて目を閉じる。
かくして薄暗い完全個室には、ひとつだけだったテーブルランプが三つに増えていた。
§
数分後。
「────……はっ!」
葛城リーリヤは目を覚ます。先ほどの失態を思い出して赤面。慌ててソファから起き上がる。
「せ、センパイ……!?」
「はい。なんでしょうか」
アルファは畳の上に寝転がっていた。仏頂面である。
「……!! あ、あのっ、さっきは、そのっ────ご、ごめんなさいぃ……!」
「いえいえ。こちらこそ申し訳ございません。不快な思いをさせたでしょう」
「え! そ、そんなことは……! ────っ!? い、いえ、だからって、その、良かった、って、意味では、ない、ですからね……!?」
「ははは」
「っ……?! せ、センパイ……!?」
アルファは乾いた笑いでいじる。
いじられた葛城リーリヤは悔しがりながらぼのぼの汗を流した。
§