【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
pSSR【剣道キャプテンベータ】天道唯我〔シリアス〕
基本的に人は信じていない。人間は醜い生き物だ。
小さい頃「たすけて」と懇願しても、ボロクソに言われてボコボコに殴られたトラウマが九回ある。たらい回し。
同じ血を引いているとは思えなかった。呪われた狭量の血族。呪われた狭量の土地。呪われた孤児の自分。衣食住さえ分けてくれなかった、あの九つの家の人達を呪わずには居られなかった。しかし復讐心が一時的で、あまり長く
だから自分の力だけでなんとかする。
薄暗いリビング。ベッドに変形できるカッコいいソファの上。テレビの明かりだけが眩しい中。悔しみで泣きながら、やってやるぞ、と拳を作った。
ただし孤独の力なぞたかがしれてる。人はひとりでは生きていけない。最初はその格言に反抗したが、実際その通りだったことを痛感した。なので、その反抗は潔くキッパリと諦めた。
金さえあれば生きていけたのだが、金が無かったのだから仕様がないし、どうしようもない。
だから多くの人を篭絡して、自分の善行に利用する。
君に「
ただし善行するなら、その意味を深く知るべきだ。なので、善き人間とは何か? を考えた。それは人を助けることか。では助けるとはどういうことか。
自殺未遂の人間を二回、助けたことがある。かたや泣き顔で「ありがとう」と礼を言われ、かたや怒り顔で「なぜ助けた」と恨まれた。そして、どちらも近いうちに、また自殺を決行するだろうと判断した。その場で死ぬのを助けるだけでは、真の救済にはならないと思い至り、ずっと寄り添い続けた。かたや生きる意志を持ってくれて、真の笑顔で「本当にありがとう」と言われた。かたや死ぬ決意が堅く、死にたがる理由にも納得しか無かったため、自殺を見届けた。すると自殺直前、真の笑顔で「ありがとう」と言われた。
真の救済とは何か。それは
しかし自分も、最初は未熟な善人だった。唾棄すべき子供だった。善悪二元論に囚われた井の中の蛙だった。
火事の現場に遭遇したことがある。断末魔のように「私の子供を助けてくださいッ!!」と悲痛な声が絶叫する。猛火は人が手に負える代物ではなく、消防隊員は突入救助を断念していた。自分はホースの前に飛び込んで放水を浴び、燃え盛る住居に突撃。既に焼け死んでいた赤ん坊を見つけて持ち帰った。その後、色々あったが、とある消防隊員から自己犠牲について厳重注意を受けた。「君が死んだら悲しむ人がいるだろう。もうあんな無茶はやめなさい」
たしかにそうだ。申し訳ない。しかし悲しまない人もいる。かつてのトラウマを思い出す。あの時の自分は死にそうだったのに、アイツ等はボロクソに言ってボコボコにしてきた。今みたく心配して注意してくれた消防隊員だって、アイツ等と同じことをする可能性を秘めている。人間は追い込まれれば鬼にもなる。勇者や聖人だって、何かが狂えば悪人や悪魔にもなる。否、総じて人間は当然のように、魔王さえ恐れる
それはそれとして、人を悲しませることは悪いことだ。ならば生きる為に生きよう。生きていれば悲しませることはない。だが人はいずれ死ぬものだ。自分もいつかは無茶をしてあっさりと死ぬだろう。その時、悲しんでくれる人々に謝りたいが、きっと許してはくれないだろう。もとより許されるつもりもない。
だから自分の死は、自分が背負うべき
無論、その理屈すら吐き捨てる。
生きることが善人の証────なら、あのとき真の笑顔を見せて自殺した人は? 善人ではなかったとでも? ふざけるな。
矛盾。二律背反。あちらを立てればこちらが立たず。少しばかり悩んで(あ、これどうにもならないやつだ)と思い至る。だから即座に吐き捨てたのだ。そして真理と呼ぶには陳腐で、思い上がりも甚だしい表現だが、ある程度の
初めて国語辞典を引いた時のことを思い出す。覚悟とは“諦めること”という意味が含まれている。それを知った時は衝撃だった。しかし心のどこかで納得する気持ちもあった。だがうまいこと言語化できなかった。しかし今この思索と自己犠牲の経験を経たことで、ようやく得心した。
物事は、なるようにしかならない。だからって確実ではないが、まくとぅそーけ、なんくるないさ。
無論、その理屈すらも吐き捨てる。
人間不信。他者利用。万人救済。
なぜ吐き捨てるのか。信念へと昇華しようとした理屈を、覚悟になるかもしれなかった理屈を、決意表明の証左たる理屈を、なぜ? ────決まっている。
人は理屈を擬人化した生き物だ。なぜそう思うか。自分という人間が理屈屋だからだ。だから自分も信じていない。理屈の上では道理だろう? 無論、それもまた醜い理屈だ。厭うべき理屈だ。しかし人は理屈から逃げられない。自分がそうであるように。
だから結局、自分のやりたいようにやるのが一番。
そもそも善悪は他人が決めつけること。他人を信じない自分に、その決めつけは効果がない。信頼しない相手からの評価なんて気にもならない。どうでもいい。無関心だ。ただ一応、人のふり見て我がふり直せ、ということわざがあるように、何かの参考になるかもしれないので、耳を傾け、ひと晩かけて考えることはする。だがしかしそれでもなお。
結局、自分のやりたいように、やりたいことをやるのが一番。
では善行の証明は、どのようにおこなう?
笑顔だ。欺瞞も諦念もない、真実の笑顔。
────俺は、その笑顔さえ見ることができるなら、
されど。
────
────
代償行為とは、Aという目的が達成できなかった場合、Aを達成した時に近い満足感を覚えるため、Bという目的を達成する行動のことである。
この場合のAとは、自分の真の笑顔。Bとは、他人の真の笑顔。
しかし、そのような理由による善行は、なんとなく動機が不純ではないか? たしかに不純だろう。だが動機がどうであれ、その善行で多くの人を真に救えるのなら、それ自体は良いことだ。
あとは自分の心の問題。
結局、自分のやりたいように、やりたいことをやるのが一番だから。
§
「だからキャプテンは嫌いだ」
夕暮れのアルファ邸ベッドソファ。
ヒーロー番組を見るアルファは、剣道キャプテンベータに同族嫌悪を抱く。
同族嫌悪が生じる理由は、いくつか存在する。そのうちのひとつが、相手が持つ
つまりアルファは、他人の真の笑顔を見るたび、代償行為の虚しさをひしひしと実感している。人を助ければ助けるほど、彼の空虚な心は広がっていく。
そうやって寛大になる代わり、心には
廃人となるか。隠居するか。────首肯。
悪事を働くか。狂暴するか。────失笑。
あるいは────。…………────虚無。
一方、アルファの隣に座る小宮果穂は、突然の『嫌い』発言に驚いて動揺していた。
「え……ど、どうして、嫌いなんですか……?」
「ただの同族嫌悪だ。気にするな。俺にとってはキャプテンも、見習うべきヒーローのひとりだよ」
軽いフォローを入れたアルファは立ち上がり、逃げるように台所へ向かう。浴びるようにオレンジジュースを飲み干す。
「──……ふぅ。ところで、そのキャプテンが主役の劇場版DVD。どうやって見つけた」
「えっと……お掃除をしていたら、テレビの後ろに落ちてて……ほこりをかぶっていたので、きれいにして……」
「そうか。見つけてくれてありがとよ」
「はい……でも、その、なんか、ふしぎで……」
小宮果穂はさとい子だ。
「アルファさんのおうちって、いつもキレイなのに……テレビ台の後ろだけ、スッゴくホコリが溜まっていて……」
「そうか。そこだけ掃除を忘れていたんだろう」
何年も? 何年分ものホコリが溜まっていた。あえてそこだけ掃除しないかのように溜まっていた。
「…………。……──そ、それに! アルファさんが、大好きなヒーローもののDVDを、その……」
あんなところに置き忘れるものだろうか。
「まぁこんだけのコレクションがあるんだ。ひとつくらい無くなってても気づかないだろう」
「……! で、ですよね……っ!」
そう信じたい。そんな感情が隠し切れない声色だった。
沈黙。夕暮れが黒雲に陰る。ほのぐらい闇がリビングを覆う。
小宮果穂は膝の上で指をもじもじとしている。遠雷。雨雲が近い。
「そろそろ帰れ。傘持ってきてないだろ。びしょ濡れになるぞ」
「っ……は、はい……」
今朝は母親から『傘を持って行きなさい』と言われて持参している。それは今日遊びに来たとき、まっさきにアルファに伝えたことだ。そのことを忘れているのか。それとも暗に『帰れ』と言っているのか。いずれにせよ小宮果穂は、なんとなく返事してしまった。本当は帰る気はない。そして言動は一致せず、小宮果穂はソファの上でうつむいている。
「──ハァ……」
「! わ、わぁ……!?」
台所から戻ってきたアルファは、突としてソファに倒れ込んだ。小宮果穂を巻き込んで押し倒す。えっちなことをするのかと思いきや、青年は静かに伏したまま動かない。まるで屍のようだ。
小宮果穂は不安に思って心配する。谷間に顔をうずめるアルファの表情を確認しようと視線を動かすが、完全に埋もれているため確認しようがない。
「──……お、重いぃ~……」
そしてアルファは完全に脱力している。小宮果穂は人工呼吸の体験実習で、気絶した人間はとんでもなく重い、と聞いたことがある。だがまさかここまで重いとは思わなかった。胸や腹が息苦しくなる。かといってアルファは気を失っているわけではない。何かの意地悪だろうか。なんとなくだが、少し怒らせてしまったように感じる。あるいは、ちょっとだけ不機嫌な感じ。
「……──あたしが……DVD……見つけちゃったから、ですか……?」
そのため様子がおかしいのか。
アルファは答えない。何も言わず狸寝入り。あるいは、死んだふり。
「お前、俺のこと好きか」
ふとしたアルファの問いかけ。体温に反して、恐ろしいほど冷たい声色だった。
小宮果穂は、抱擁で応える。
「だからって俺が、あまり良い人間ではないことは承知しておけよ」
恋人や愛人たちは無論、小宮果穂にだって────
きっと、これからもないだろう。
雀百まで、疑い忘れず。
§