【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
正午のプチパレス。
レクリエーションルームでは、緋田美琴による見事なピアノ楽曲が奏でられていた。
「お~!」
「……!」
それを背後から見物していた藤田ことねが、曲の終わりに拍手する。
驚いた緋田美琴は、すぐに席を立って、なぜか謝る。
「……ごめん。使いたかった?」
「え? いえ、ただ上手いなぁって……」
「……ありがとう。でも、全然うまくないよ」
「え~? いやいやめちゃくちゃうまいですよ! 素人だからって騙されませんからね~?」
「……」
「…………その、もしよければ~? あたしにピアノとか、教えてくれちゃったりぃ~?」
「……ピアノ、うまくなりたいの?」
「まぁ……色々できたほうが、アイドルとしては有利だし……?」
「……そうなの?」
緋田美琴は訝しむ。納得が行っていない表情。
対する藤田ことねは椅子に座り、鍵盤を見渡す。
「えーっと、どれが“ド”だったっけ……いちおう音楽の授業でやってたんだけどなぁ……ちらっ?」
「……ここだよ。……なに弾きたい?」
藤田ことねの催促に釣られて、緋田美琴の指導が始まる。
ボーカルの才能がないため、それに引きずられて音感の才能もないのか、どうなのか。いびつな指運びで不協和音が奏でられる。それも緋田美琴の的確な指導によって少しずつ修正されていき、それなりに人に聴かせられる音になっていく。
「──……えっと。こういうのはすごく失礼だけど……あなた、すごいヘタだね……」
「ぐぅ……っ! もしかして歌の才能のなさが足を引っ張ってるのかも……いや別にたぶん普通には弾けるんですけど、今は自分の才能の無さが自信喪失に繋がっちゃってて、演奏の足を引っ張ってる可能性がなきにしもあらずんばドレミファソ……」
「……歌、苦手なの?」
「はい~……ふたりのプロデューサーからも『才能なし!』って断言されててぇ……ひどすぎません? や、自覚はありますけどぉ……」
「……それなのに、なんでアイドルやってるの?」
「────は?」
緋田美琴は無情に問う。
藤田ことねは眉をひそめて振り返り、つい睨みつけるが……相手の顔を見て悪気がないらしいことを把握。
「……なんでもなにも。アイドルになりたいからでしょう。それともなんです? 歌の才能が無いだけでアイドルになっちゃいけないんです~?」
「……えっと、ごめんなさい。そういう意味で言ったんじゃ、なくて……」
藤田ことねは訝しむ。
(ならどういう意味で言ったんだっつーの! この人、ほんと何考えてんのか分っかんないなぁ……)
とりあえず283の人達と交友を深めて人脈を広げよう。そう思って声をかけたのだが、危うく一触即発になりかけた。藤田ことねはぐぐっとこらえる。
「……その、ちょっと気になって」
「はい~?」(まだこの話続けんのかよ……)
「アイドルに……ピアノは必要?」
「────え?」
予想外の質問。
それも当然か、と思う反面、若干の違和感を抱きつつも藤田ことねは答える。
「そりゃー、なんでもできたほうがいいと、あたしは思いますけど~?」
「……そうなんだ」
「や、こっちも驚きで……こんなに演奏が上手いのに、なんでそっちでも売り出さないんです?」
「私はアイドルになりたいから。ピアニストになりたいわけじゃない」
「……? や、なんつーかその、そういうことじゃなくて……たとえば、あたしの前のプロデューサーなら────ぜってーステージにグランドピアノを持ち込んでくると思うんですよねぇ……」
「……え?」
「そんで『ミュージカルみたいにしろー』とか言いそうで……まぁそれも面白そうだし? 歌って弾いて踊ったら、ファンのみんなもチョー楽しんでくれそうだし、普段と違うことするからスッゲー盛り上がってくれそうだし! そういうの考えると、なんだか楽しくなってきません?」
「…………────たしかに、賑やかそうではある、けど……」
「えー! 絶対やったほうが面白いですってー! 自分が楽しんでやらなきゃファンも楽しめませんよ~! それに~? 美琴さんの新たな一面を見て、ファンのみんなもときめいちゃう~♡ 的なぁ♪」
藤田ことねはキャピキャピと振る舞って提案する。彼女の音楽の才能を披露しないのはもったいない。そう思っての助言である。
「──あ、でも……なんか楽器を弾くのが嫌いだって言うなら……別に……はい……」
「……………………、……………………」
緋田美琴は押し黙る。うつむいたまま何かを考え込んでいる。
藤田ことねだけが若干気まずい雰囲気。
(な、なんだ? この反応……もしかして今度は、あたしのほうが地雷踏んだか……?)
その心配は杞憂に終わる。
ふいに緋田美琴は口を開いた。
「…………そういうのも、あるんだね」
「! はい! でも、なんか……ナマ言ってたら、すんません!!」
「ううん。ちょっと、驚いて……私には無かった発想だから……参考になった、かも。お礼に何か……」
「あ、なら練習、もっと付き合ってくれます?」
「……私なんかの技術で、いいのなら」
「やり~! あ、ちなみにほかの楽器とか弾けたりしますか~?」
「…………ヴァイオリン、とか?」
§
別の日。
緋田美琴がレクリエーションルームに訪れると、ベースの音が響いてきた。入室。静かに扉を閉める。
大部屋の奥では、郁田はるきと小宮果穂がベースを弾いており、前者が後者に弾き方を教えているようだった。
緋田美琴は観客として聴きに行く。小宮果穂は聴衆ができたことに目を見張り、ちょっと緊張して指が固くなるが、すぐに郁田はるきが「大丈夫だよ~」とフォローして音の調子を合わせる。
やがて一曲を完走。
「……うん。うまいね」
「! ほんとですかぁ……!?」
「うん! うまくなったねぇ~果穂ちゃん~。日頃の練習の成果だ~!」
「前から事務所で、はるきちゃんに教えてもらっていたもんね」
「はいっ! でも、たまーに、で……もっと練習したかったんですけど、はるきさんも忙しいので、なかなかできなくて……でも! はるきさんがプチパレスに住んでくれたので、一緒にいる時間が増えて……! おかげでたくさん練習できましたー!」
「わたしも果穂ちゃんに教える時間が無かったの気にしてたから、これで心残りが減ったよ~! プチパレス、住んでよかった~」
住んで良かった。
その一言を聞いた小宮果穂は瞳を輝かせ、何よりも嬉しくて飛び跳ねる。
「えへへっ……! ありがとうございますーっ……!!」
§
別の日。
深夜のプチパレス。週一で無料になるコインランドリーでは、白い泡だらけになった緋田美琴と大崎甜花が立ち尽くしていた。小宮果穂は就寝しているため、代わりにアルファがモップを使って清掃しており、洗剤だらけになった体を洗うため風呂を勧める。
それから日を跨いで────
未明のプチパレス。食堂の台所では、フライパンの中に暗黒物質を生成し、黒煙を室内に充満させた緋田美琴と大崎甜花が立ち尽くしていた。
火災警報器の作動を検知して飛び起きたアルファは駆けつけて事態を瞬間理解。住人を起こさないため本格的な火災警報器がプチパレスを轟かせる前に装置を切り、さっさと食堂の窓を全開にして、ダメになったIHやフライパンを処理する。
「さて……なぜ俺は、美琴さんや甜花さんのお世話係みたいなことを?」
「ごめん。よくできなくて……」
「あぅ……お、怒らないでぇ……!」
「責めてはいません。今のはノリツッコミみたいなもので。……それで、何がしたかったんです?」
「自炊……やってみようと思って」
「甜花が……美琴さん誘って……」
「そうですか。初心者だけでやると大惨事になるため、風野さんか藤田さんあたりを誘っておくべきでしたね」
「でも……朝早いし、起こすのは忍びなくて……」
「作るの、時間かかるから……早く始めたほうが、列、作らないかな? って……」
「その気遣いは良いのですがね。初心者は気を遣うと大惨事になりがちですので、せめて相談程度はしておきましょうね」
「うん……次からはそうする」
「ひゃい……」
「で、焦げた原因は?」
「甜花ちゃんとレシピを読み込んでたら……」
「なんもしてないのに……モクモクって……」
「明らかに電源を付けっぱなしにしてましたよねそれ。IHで良かったですよホントに……」
アルファは平行思考。対策とメンタルケアを考える。
(これは使い方ガイドを作って、あらゆる機器に貼っておく必要があるな……)
「……さて、自責の念に駆られている暇があるなら、俺の特別講習を受けてもらいます」
『……?』
「自炊ができるようになりたいんでしょう? まずは炊飯器の使い方。次はIHとフライパンとさいばしの使い方。最後に電子レンジの活用術。ほかの技術はまだ早い。さ、やる気があるならさっさと始めましょう」
『……!』
「希望の料理とかあります?」
「……おにぎり?」
「甘い卵焼き……?」
「なるほど。ではレッスン開始です!」
§
早朝の食堂。
三人は手を合わせて朝食を共にする。
『いただきまーす!』
茶碗によそったピカピカの白米と、海苔を巻いたおにぎり。
漆染めの椀に注いだ、しめじのお味噌汁。
甘い卵焼きと、甘さ控えめの卵焼き。
茹でたブロッコリーにタコさんウインナー。
「うん。いい感じ。……やっぱり買ったほうが、美味しいけど」
「甜花は、大・満・足……! これで千雪さんに、自慢できる……!」
「良かったですね。──まぁ自炊なんてものは必要に迫られた時だけすればいいんですよ。迫られた時にまったくできないのが問題であって」
「それもそうだね……丁寧に教えてくれてありがとう、天道さん」
「天道さん! 甜花、次……プリンに挑戦したい……!」
「おや。初級をクリアして中級に行くかと思いきや上級に飛びましたね。イージーからノーマル挟まなくてハード、行けます?」
甜花は様々なゲームの難易度を思い出して、厳しい顔をする。
「あぅ……たぶん、いける……! 天道さんなら、やれる……!」
「実際にやるのはあなたなんですけどねぇ……」
そこでアルファは問いかける。
「ところで美琴さん。プチパレスに引っ越した件について、にちかさんやルカさんに報告などは?」
「したよ。それがどうしたの?」
「反応は?」
「……すごく、びっくりしてた」
「でしょうね」
「それで今度、様子を見に来るんだって。……いいかな?」
「もちろんです。ほかの住人の迷惑にならない程度の騒音であれば、誰が来ようと問題ないですよ」
「わかった。静かにしてるね」
「騒ぎたいならレクリエーションルームがあるので、ぜひそちらへ。きっと飽きないですよ」
「うん。……本当に、色々とありがとね。管理人さん」
§