【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
日曜日の早朝。
プチパレスのレクリエーションルーム。数ある窓からは、朝ぼらけの白む空が望める。
巨大な液晶テレビと様々なゲーム関連の周辺機器が置かれている手前には、朝までゲーム三昧だった大崎甜花が毛布にくるまって熟睡している。
そこへ二名の入室者。起床後、顔を洗ったばかりの花海佑芽といろはちゃんが猛ダッシュで入ってきた。さっそく佑芽はテレビのリモコンを操作して、DVD機器を起動する。
すると、ポップなデザインの黄色いメニュー画面が表示された。画面中央に花海佑芽が映っており、今にも駆け出すポーズをしている。タイトル名は『つよつよ最強エクササイズ‐朝のアイドルたいそう版!!』
「それじゃあいくよーいろはちゃん! 佑芽お姉ちゃんといっしょにおどろー!」
「おー!」
花海佑芽は再生ボタンをポチッとな。
プチパレスにとっての、朝のラジオ体操が始まる。
♪~つよつよ最強エクササイズ~♪
光り輝く画面を前に、全力でエクササイズする女子高生と三歳児。その横で眠る女子高生は、この状況に慣れているのかイヤーマフを掛けて毛布を深くかぶり、図太く二度寝していた。
§
上階からドッタンバッタン。
花海佑芽といろはちゃんが誰よりも早く起きて、日課のエクササイズを始めたらしい。
それが合図となり、男湯に入っていた五名も極楽浄土から目を覚ます。三日三晩に渡る運動は終了済み。青年も浴槽の掃除は済ませていた。一同は速やかに体を洗い流して更衣室に急ぎ、手早く体を拭いて素早く衣服を着て、特に女性陣はおそるおそる廊下側を確認する。誰もいない。
一方の青年はバスローブ姿。濡れた髪をタオルで拭きつつ、鼻歌を歌いながら何を気にすることもなく、堂々と男湯から出ていき廊下を歩いていった。
女性陣は絶叫顔で大慌て。誰かに見られる前に駆け出す。バスタオル姿で廊下を歩く青年の横を颯爽と抜き去った。その時、筋肉質の少女は(今ここで一緒に歩いてるの見られたらバレるでしょうが!)と言いたげに、青年の脇腹を肘で小突く。かなり強く小突いた。
そうやって、わざと無神経に振る舞って愉快そうに「ふはっ!」と笑う意地悪な青年は、さっさと捨て置き。
かくて女性陣は、そそくさと──ぼのぼの汗を流しつつ、大きく脚を動かすと股下がジンジンと痛みながら──自分の部屋へ帰宅した。
§
朝食後のレクリエーションルーム。
「……むぅ……」
眉をひそめる小宮果穂は、パチスロの前で佇んでいた。ひたすら真っ黒な画面を凝視。
そこへ有栖川夏葉が声をかける。
「果穂。そんなにパチスロを見てどうしたの?」
「あ、夏葉さん……! えっと────」
小宮果穂は、端的に理由を説明する。
「なるほどね。果穂の大好きなジャスティスⅤが……」
アルファは数人の弁護士に相談。すると意見が分かれたそうな。
「弁護士でも意見が分かれるほどのグレーゾーン、ということかしら?」
「はい……だからアルファさんから『とりあえずやるな』って言われてて……」
「それでも諦めきれず、でも出来ないから……ずっとそこに立っていたのね?」
「はいぃ……」
「ふふっ」
小宮果穂は両肩を下げて、しゅんと落ち込む。
一方の有栖川夏葉は微笑んでおり、ふいにキリっとした不敵な笑みで仁王立ちをかました。
「果穂。私から
「……提案?」
「よく聞いてね。私は────
「────…………、……っ!!?」
はたち。それはオトナの年れい。子どもじゃない。
つまり────パチスロで遊ぶことができる年れい!!
「それでね? 私がパチスロで遊んでいるところを『横から果穂が見ている』の! これなら傍から見ていてもセーフじゃないかしら?」
「な、夏葉さん……!! ──で、でも、もし、ダメだったら……!」
「その時はふたりで、ジャスティスⅤのヒーローたちの裁きを受けましょう……!」
「!!」
有栖川夏葉は『覚悟』を決めている。
ならばと小宮果穂も、ちょいワル成分が発揮されて『覚悟』を決めた。
§
朝食を済ませて小休憩を取っていた藤田ことねは、スマホを懐にしまってレクリエーションルームに移動する。
(よっし……お腹も落ち着いてきたし、ダンスゲームでレッスンしますかー!)
学園プロデューサーからは、新曲の振り付けを習得するように言われている。そこで魔改造型アーケード式ダンスゲームの筐体に音源や振り付けのビデオを入れて、あとはAIがノーツをイイ感じに自動生成してくれる。部分的にミスっているノーツは手作業で編集し、足元のパネルのタッチ位置も調整すれば────完璧なダンス練習ゲームの完成である。
今日も今日とて、お気に入りの筐体で効率的なダンスを習得し、ライバル達より一歩先に進もうとする藤田ことねは────
「おっはよーございまーす♪」
────ぶりっ子で入室。
次の瞬間、熱狂するような絶叫が返ってきた。
『うぉおおおおおおおお────っっ!!』
「っ……!?」(な、なんだぁーーーーーっ?!)
パチスロ台から、ジャスティスⅤのナレーター──の声を真似た──音声が叫ばれる。
『確変突入! 777か999を出せば、魔女っ子アイドルミラクル♥ミラージュとジャスティスⅤの超戦士たちの、合体必殺技が発動するぞ! 君の天運を見せてみろ! さぁ声を合わせて! クロスオーバー!!』
『クロスオーバーぁああああああ!!』
画面には『7』『7』が続けて表記されて、最後のスロットがフルスロットルで回転を続ける。
ごくり……生ツバを呑む、ふたりの少女。
最後のスロットルが『7』を越えて『6』で止まりそうな瞬間────
『あぁあぁあぁあぁ~~~~!』
────突としてスロットルが巻き戻り、、、『7』で確定した。
『うわぁあああああああああああああ────っっ!!??』
『行くわよ!/行くぞっ!! ミラクル~!/ジャスティーン────ビーム!/ソード!』
『ぐわぁあああああ! 我ら二大魔王が手を組んだのに、やられるなんてぇえええええ!!』
パチスロの画面上で魔女っ子アイドルとジャスティスⅤがビーム兵器を使用。両作品のラスボスを打ち倒した。画面の前でジャラジャラと降り注ぐ無数のメダル。しかし、それはメダル台に排出されることはなく、永久機関のように筐体の中で循環していく。
『やった(わ)ぁあああああああああ────っっ!!』
パチスロ台の前で大熱狂する大学生アイドルと小学生アイドルは笑顔でハイタッチ。なおも大人はスロットをガチャガチャと回しており、子供は画面に映るMADを横からガン見している。
それを
(朝っぱらから大学生と小学生のアイドルがパチスロやってスリーセブン出して大興奮してやがる……こんなの傍から見たらヤバイ奴じゃん……近寄らんとこ……)
§
昼下がりのプチパレス。
良い汗をかいた藤田ことねは女湯に入って汗を流し、ポカポカの体で食堂に向かう。牛乳をごくごくと飲んで、ぷはぁ! と生き返る心地。
(くぅ~~~~喉がキンキンとくるぅ……!! ……あぁ……なんかこうしてると実家を思い出すなぁ……ちびども元気にしてっかなー……)
和風の木造建築。銭湯みたいな風呂場。風呂上がりの牛乳。古臭い台所。
さながら下町の風情に感じ入るものがあるらしい藤田ことねは、ぽかぽか気分で家族の顔を思い出す。
「おや。藤田さん。おはようございます」
「きゃーん♥ おはようございますぅ! プ~ロデュぅサぁ~♪」
食堂にアルファが入ってきた。いつもの愛嬌を割増させて接する。
それはそれとして、おとといの金曜日から気になっていたことを問いかけた。
「あの、プロデューサー? 金曜日にリーリヤが遊びに来てから、あまり部屋から出てきてませんでしたけど……な、な、なにを……してたんですぅ~……?」
「ご想像におまかせしますよ」
藤田ことねは想像に身を任せた結果、脳内から心臓にかけて多大なダメージを負った。
(ぐぅぅ……!! そんなん……絶対にイチャイチャしてんじゃんっ!! こ、この、ナンパやろぉ~~~~~~!!)
頭を抱えて涙目となり、ぐるぐると目が回って右往左往。
「なんなら混ざれば良かったのに」
「っ?!」
「昨日は果穂と広さんだけでなく、咲季さんも消えてましたよね? それに気づかないあなたではないでしょう」
「────」
「やはり
藤田ことねは憤怒した。かの邪智暴虐な元プロデューサーをなんとかすべく、何をすればいいのかよくわからんが、なんかもう色々とわけわからんままに、とにかく堪忍袋の緒が切れた。
「今のプロデューサーには莉波先輩がいますしっ!! 元プロデューサーはたくさん愛人囲ってマンガみてーなハーレムを
「だから?」
「~~~~っ……うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「いま背中を見せたら刺されそうなので、しばらくあなただけを見ていますね」
「────そーゆーところだぞぉおおおおおお?! このクソやろうがぁああああああああああ!!」
イイ性格をしている上、やや口が悪い。
その割に
「もー我慢の限界だぁー! 明らかにヤっただろぉー?! 三日三晩、部屋から出てこないとか、ふつーに考えてありえねーからぁ! 下駄箱に靴入れっぱなしだったから外に出てるわけでもねーしサァ! 飯はどうしたんだぁあああっ?!」
「あらかじめ冷蔵庫をパンパンにしておきました。おかげでみなさんの下腹部も三日三晩パンパンでしたよ」
「────────────────カッチーン…………」
下ネタが苦手なアルファから、思わぬ発言が飛び出てきた。
黄金の乙女は、限界まで
「わたしのこと、遊びなんすか?」
「そりゃそうでしょ。
完璧な反論が返ってきてしまった。
事実、アルファと藤田ことねは恋人でもなんでもない。関係性で言えば、遊園地で一回か二回デートした程度の仲間。だというのに、ほかの女とヤったかどうかについて
一方、藤田ことねからすれば、この男は乙女の純情をもてあそぶ悪魔に相違ない。
しかし落ち着くのだ藤田ことね。この悪魔の言う通り、ここで激昂しては────
(いや好きだけど……!
(明らかに恋慕を向けてきているのに、いまさら何を────と思ったが……もしや『アイドルは恋愛禁止』という文化的思考様式を自分に刷り込ませることで『マインドセット』してるのか……? 不要な炎上を避けるために……)
「野生のプロアイドルですね」
「いきなり何ぃ……!? 下手に褒めたって許さないんですからねぇ……!!」
「引退した時が楽しみです」
「──? ……──っ!!?」
どんどん紅潮していく藤田ことねは目をギュッとつむり腕をブンブンと回して地団駄を踏み、
「にゅっ……うぅ~~~~~~~~っ! そういう、ところがぁ…………ほんっと、ズルいんですよぉおおおーーーーっ!!」
「責任感や義務感の強い人は苦労しますねぇ……」
「まったくですねっ! ……で?! ほんとに、
「むしろ待たないと思います? この俺ですよ? 可愛い子はじゃんじゃん来てほしいですネ!」
「っの……浮気者ぉおおおおおーーーーーーーーーーっ!!」
§
藤田ことねの大声が食堂を超えて、プチパレス中に響き渡る。
そこへ芹沢あさひが顔を出してきた。
「ケンかっすか?」
「ケンカっすね」
「っ!?!? け……ケンカじゃないしぃっ?!」
「でもみんな食堂に入れてないっすよ。甜花ちゃんとイルミネがすぐそこで覗いてたっす」
「それは知っていました。誠に申し訳ないっすね。まぁこれも共同生活の醍醐味っすよ!」
「……っ!? えっ……────あ、ちょぉ……!?」
藤田ことねは大慌てで廊下に飛び出す。すると四人のアイドルと鉢合わせた。
「ひぃん……!」
「ほわっ……!」
「あっ、えっ、あの……っ!!」
「!」
刹那、藤田ことねは爆速で土下座した。
「食堂を塞いで……うるさくして……本っ当に、ごめんなさいぃいいいいいいい────っ!!!!」
「あ、えと……えと……! 天道、さんと……仲直り、できたなら……甜花的には、おーけー……だから……!!」
「ほわっ……わ、わたしも、盗み聞きして、ごめんね……っ!」
「それについては私も……あのっ。この件は、何も聞かなかったことにしますので……!! 記憶から消去します!! 約束しますっ……!」
「わ、わ……頭を上げて、ことねちゃん……! わたしたち、ぜんぜん気にしてないよぉ……!」
「はっはっはっ!」
アルファは高笑いを上げている。
即座に立ち上がった藤田ことねは爆走。アルファの頭をわしづかんで「お前も頭を下げろぉ!」と説教する。
「食堂が詰まってたのに、なんで無視したんだぁ!?」
「いやー、いつ気づくかな~? と! 向こうも、いつ止めに入るのかな~? と!」
「発想が悪ガキすぎんだろぉおおおおおおお!? ほら謝って! 半分はあんたのせいでもあるんだからなァ!?」
笑顔のアルファは土下座する。
「誠にっ!! 申し訳ございませんでしたァ……!! 二度と再発することがないようにすることは色恋沙汰的におそらくできませんが、何卒、何卒……!」
「謝る気あんのかァーーーーーーッ!!?」
藤田ことねは弟妹達を叱る時のように叱咤する。
一方の芹沢あさひは冷静に分析していた。
「おぉ……叱り方は冬優子ちゃんみたいっすけど、なんだか愛依ちゃんみたいな雰囲気も感じるっす~!」
やがてアルファは頭を上げた。
「ささ、みなさん。藤田さんが怖くて怖くて仕方がないのでしょうが、そろそろ慣れて食堂に入ってきてくださいな。割とこれが俺たちの
「なるかァーーーーーーーーッ!!」(なってたまるかぁあああああ……?!)
§
数分後の食堂。
ツッコミに疲れた藤田ことねは食卓の上でダウン。その近くに座る芹沢あさひとアルファは対面しながらオレンジジュースを飲みつつ談話。イルミネは朝食を調理中。大崎甜花は、自分の分の朝食を作るようイルミネに頼んでおり、アルファのとなりに座ってスマホゲームに興じていた。
「ハナワカ~。果穂ちゃんが部屋から出てこないんだよ~。何してると思う~?」
「まだ寝ているのではないでしょうか? きっと
「そっか~。なにして遊んだの?」
「恥ずかしがったら負けゲーム?」
「……恥ずかしがったら……? 気になる! どんな内容なの?」
「まず恥ずかしいことを五つほど決めて、それをレベル分けします。レベルが高いほどスゴく恥ずかしいことです。先攻後攻はじゃんけん等で決定。お互いに恥ずかしいことをして、もし自分が恥ずかしがったら自己申告して負けを認める。そしたら今度は勝者側が、一段階強いレベルの恥ずかしいことを始める。そういうゲームっすね」
「……自己申告……それじゃあ相手が嘘をついたら?」
「その時点で成り立ちませんね」
「えー……ルールに難有り! それに勝ったほうが、先に恥ずかしいことをするの?」
「意図が理解できないですか? それもそうでしょう。これは勝ち負けを競うゲームではなく、ただひたすらイチャイチャするためのゲームなので」
「イチャイチャ」
「仲良くする、という意味ですよ」
「……どんな恥ずかしいことをしたの?」
「さぁ? それは
近くで話を聞いていた藤田ことねは(うぼばああああああああああああ!?)と脳が破壊されている。どうやら“恥ずかしい事とは何か”を想像してしまい、頭を抱えて目を回し、色々と自爆したようす。
§
ふいにチャイムが鳴る。
「わたしが出るー!」
「プチパレスの住人じゃないのに勝手に出ないでくださーい」
玄関口に急ぐ芹沢あさひ。急いでアルファが追いかける。
いったい誰が来たのかと気になっている芹沢あさひは上がり框の手前で立ち止まる。一方、二階からドタドタと足音。アルファは引き戸を開けた。
「はーい」
誰かの頭部が目下にあり、前方にリムジンが見える。
「はっ! 先生ーっ!!」
「おや倉本さん。おはようございます。どうぞいらっしゃい」
「はい! おじゃまします!」
花海佑芽がドタドタと階段を駆け下りてくる。玄関前で急ブレーキ。
「千奈ちゃん! おはよっ! 広ちゃん部屋で倒れてるんだ! 早く行こっ!」
「はいっ! ──……えぇっ?! なな、なぜ倒れているんですのぉ!?」
「なんか寝不足みたい? あとなんかちょっと変な臭いがしてた! なんの臭いだろう?」
「臭い……? よくわかりませんが、また論文を読むか作って、夜ふかしでもしたんでしょうか?」
倉本千奈はお辞儀して入る。礼儀正しくスリッパに履き替えた。ふと芹沢あさひと目が合う。丁寧に挨拶。花海佑芽も芹沢あさひの存在に気づいて元気に挨拶した。芹沢あさひは「おはようっす!」と返す。
一方、アルファはいつの間にか退散して姿を消していた。花海佑芽の驚異的な嗅覚で、においの真相に気づかれないようにするためだろうか。
§
昼下がりのプチパレス。
自室で話し込んでいたイルミネと補習組は、少し遅めの昼食を取るため食堂に向かうと、お互いばったりと出くわす。倉本千奈の挨拶から、自然と賑やかな交流が始まった。風野灯織と櫻木真乃は最初緊張していたが、倉本千奈の人柄が功を奏し、徐々に会話に参加するようになる。会話の内容は、もっぱら前回の『ICF』に関するものだった。
やがて夕暮れ。イルミネは大部屋でお菓子パーティーをする予定だったが、せっかくなら全員でしないかと八宮めぐるが提案。ちょうど病院から帰宅した幽谷霧子やお昼寝を終えた大崎甜花を誘い、大部屋で乾杯。
しばらくするとアルファが扉をノックする。扉越しに夕飯は何にするか問いかけた。今日の夕飯当番はアルファである。
「もし倉本さんが夕飯をご一緒する場合、葛城さんやあさひ先輩も合わせると人数が多くなるんで、作りやすい鍋物にしようかと思ってるんですが。いかがです?」
それは良い提案だ。倉本千奈は、このような形で友人と鍋を囲むのは初めてのことだと嬉しがる。そして冬の鍋物といえばコタツと連想した。
「あ、倉庫にコタツありますよ。せっかくなんでそろそろ引っ張り出して、二階の廊下でつっつきます?」
それは素晴らしい提案だと盛り上がる。というのも二階の廊下中央には憩いの場が存在する。座り心地の良いあったか絨毯。触り心地の良い凹型ビッグソファ。コタツ以外の暖房器具もある。あったかい飲み物にも困らない。夜は雪が降る予報のため、出窓の外は吹雪いてくるだろう。そろそろクリスマスも近い。イルミネーションでも飾れば、憩いの場はさらなる進化を遂げるはず。
さっそく一同は倉庫へと移動。コタツ運びの力仕事はアルファが率先して働き、エレベーターで二階に運ぶ。
女性陣は倉庫から『催事』と記されたプラスチック製のボックスを発見。途中、小さな虫が出てきて大騒ぎしたが、組み立て式のクリスマスツリーや
そこへ小宮果穂とマメ丸、芹沢あさひといろはちゃんが合流。
事情を聞くとテンションが上がり、さっそく鍋パーティーの準備に協力する。
やがて駐車場にポルシェが止まった。有栖川夏葉の帰宅である。車の音を聞いたカトレアは104号室から出て玄関口に待機。主人を出迎える。彼女たちは一階に人の気配がないため、みんなはどこにいるのだろうと思案。食堂に立っていたアルファに問いかける。二階に赴くと、廊下の奥からでもわかるきらびやかとした憩いの場が出来上がっていた。鍋パーティーをすると知って、誰よりも瞳を輝かせながらはしゃぎ出す。
ふとレクリエーションルームから緋田美琴と藤田ことねが出てくる。今までダンスゲームでレッスンをしていたらしい。どっちの踊りが上手いかバトルもしていたのだとか。勝利数は、だいぶ緋田美琴に傾いていたようす。それでも大変勉強になったと、藤田ことねは深々とお辞儀して礼を尽くした。
一階から漂う鍋物の匂い。
そろそろ出来上がりつつあるようだ。
花海咲季と葛城リーリヤの起床。匂いにつられて食堂に足を運び、アルファから事情を聞かされる。ならば配膳を手伝うと宣言。人数分の食器や匙を運ぶ。
鍋物が完成したアルファはスマホを取り出して根緒亜紗里に電話。一度目は繋がらなかったが、一分後に折り返しの電話が掛かってくる。通話すると、今まさに帰路に就くのだとか。アルファはあらかじめ『客人が来たためプチパレスで鍋パーティーをすることになりました。急なことで大変申し訳ございませんが、いつごろ帰られますでしょうか』と連絡を入れていたが、多忙ゆえかなかなか返信が来なかった。そして今の電話である。やはり少々間に合いそうにない。
アルファは花海咲季と葛城リーリヤに伝言を任せる。二階で食器を配るふたりは、他のアイドルに伝言を伝えた。
「あさり先生、あと40分で帰ってくるようなの」
「それまで待てるか? って、センパイが……」
一同は当然だと答える。
その回答を聞く前から、アルファは既に小物料理に取り掛かっていた。味を楽しんで暇を潰しながら、多少の食欲促進を期待できる豆腐料理を作り、花海咲季と葛城リーリヤに持って行かせる。
そうこうして時計の針が半周した頃。
外の雪が強くなってきた。櫻木真乃が言う。
「あれ、あさりさん……傘、持っていったっけ……?」
冬用コートを着てマフラーも巻いていたが、もしかしたら頭と肩に雪を乗せて帰ってくるかもしれない。道中はバスのためそこまでひどくはならないだろうが、一同は念のため、根緒亜紗里がぽかぽかと安らげる専用の空間を用意。
噂をすればなんとやら。玄関口がガラガラと開かれる。エレベーターがチンと鳴る音。中からは、素手をさすりながら鼻を赤くして帰ってきたコート姿の根緒亜紗里と、大きくて重そうな鍋を軽々と運んできたアルファが現れた。
根緒亜紗里は専用スペースに案内されて、少女たちの優しさにおどろく。コタツの中の暖かさ、冷えた背中の芯をときほぐすストーブの温暖。ちょっと感動して涙目になる。
さらに小宮果穂からは「お仕事お疲れ様ですっ!」という天使の笑顔と労いの言葉をもらった。純粋な善意に、ほろりと胸の奥がとろけてしまう。思わず童心に返りそうだ。
そこへ、さらなるサプライズが持ち込まれる。自室に戻っていた有栖川夏葉が高級ワインを持ってきたのだ。なんでも今日の仕事先でいただいたものなのだとか。成人組でグラスを乾杯しよう、という話に。
「その銘柄だと少し冷やせば……あの、追加でキムチ鍋でも作りましょうか?」
アルファのひょんな一言。なぜこの子はワインと合う鍋物を知っているのだろうか? ともあれ有栖川夏葉と根緒亜紗里はヨダレを隠しきれない。一方の緋田美琴は「そのワイン、キムチ鍋と合うの?」と首をひねっており、よく分からないようす。アルファは「俺もわかりません」と返した。当然である。まだ未成年なのだから、赤ワインとキムチ鍋のマリアージュなど味わったこともない。
「どのみち人数的に一回の鍋では不足する見積りだったので、あと一回は鍋物を追加できますよ。何にします?」
一同は深く思い悩む。
するとアルファは笑い、組んだ腕をほどいて腰に手を当てた。
「鍋物のシメと言えば、
まったく日本的で素晴らしい。
一同が秒でうなずこうとしたところ、アルファは悪魔的な第二の提案を告げた。
「あーでも
なんとも悩ましい展開になってきた。
その時、早く鍋を食べたい芹沢あさひが早口で言った。
「どっちも食べればいいよー!」
「んじゃ、そうしますか! 果穂、米を炊くの手伝ってくれ。俺はキムチ鍋を作る」
「──! はいっ!!」
管理人とその代理人の仕事は、住人の幸福を促すことである。
まるでヒーローみたいだ。小宮果穂は腕まくりをして舌なめずり。うんと気合を入れる。
そうしてふたりは食堂の台所に並び立ち、笑いあった。
「果穂。今日は最高の鍋パーティーにしような」
「……! はいっ! あたしたちが組めば、最強の鍋パーティーにできます! きっとですっ!!」
総勢、16人と2匹(※ピーちゃんは部屋でお休み中)の住人に加えて、3人の客人。
コタツは一側面で2名まで入れるため、全席満員で8名まで。
ソファは一側面で4名まで座れるため、全席満員で12名まで。
余った絨毯の上は、あと数人が座れる程度。
│ │
│ └─────┐
│ △カ夏美亜□棚├─┐
│ 灯真 霧マ¦ │
│ めコタツ は い¦出│
┃ □ 千 コタツ甜 果¦窓│
│ 佑広 αあ¦ │
│ △ 咲こリ□棚├─┘
│ ┌─────┘
│ │
│ ┃E
※記号解説
「□=ストーブ」「△=クリスマスツリー」「E=エレベーター」
「棚=炊飯器・給湯ポット・種々様々の
ぎゅうぎゅう詰めのおしくらまんじゅう。
狭いけど、ふしぎと狭いとは感じない。むしろ居心地の良い距離感。とても心地の
芹沢あさひは棚の上の炊飯器から無断で白米をよそおうとし、何か下手を打たないようアルファが指導する。小宮果穂がスプーンに乗った具材をふーふーしていろはちゃんに食べさせている間、幽谷霧子は横に目をやって視線が合ったマメ丸の頭を撫でて微笑む。大崎甜花は舌をやけどしながらふーふーと急いで食べて、「お鍋は逃げないよ~」と微笑む郁田はるきに見守られる。藤田ことねは「ぶっちゃけ今まで何してたの?」と右隣の人に問いかけ、葛城リーリヤの顔が真っ赤に茹で上がったことで大体の事情を察知。ふいに篠澤広がコタツの温度に当てられて──実際は今の質問が聞こえていたことで──藤田ことねの足元に倒れた。慌てて周囲が看病。咲季は率先して鍋を取り分ける係を買って出て、各々に必要そうな栄養バランスの具材を差し出す。花海佑芽と倉本千奈はコタツの中の足指を突っ付き合って、くすくすと微笑み合う。すると花海佑芽がコタツの裏に膝を打ってしまい「痛っ!?」と叫んだ。跳ね上がるコタツ。斜めに打ち上がった鍋。一瞬の戦慄。斜めに落ちてなんとかこぼれずに済んだ鍋。ちょっと液体が跳ねただけでセーフだった。すかさず咲季が叱る。ぼのぼの汗を流して謝る佑芽と千奈。笑って許す一同。八宮めぐるは倉本千奈と談笑。風野灯織と櫻木真乃は後ろに座る大人組のために、自ら取り分けた鍋の具材を差し出す。礼を言う大人組。有栖川夏葉はワインを開けてグラスに注ぎ、緋田美琴・根緒亜紗里と乾杯。同時にカトレアが鳴いた。
鍋の具材が減ってきた頃、アルファがキムチ鍋を持ってくる。
鍋パーティーもいよいよ折り返しだ。一同は腹三分目を六分目まで満たしていく。
最後は、多数決で決めた昆布つゆ鍋うどんとキムチ鍋
満腹感と多幸感に満ちた憩いの場。大人組はほろ酔い気分でリラックス。少し前からアルファがヒーリングミュージックを掛けていたことで、大人組や大崎甜花、倉本千奈は眠ってしまう。一同は余った毛布を手渡して、風野灯織や櫻木真乃、郁田はるきや花海咲季が毛布を掛けてあげる。起こしてあげるのは片付ける時で良いだろう。そしてこの分だと、客人はそれぞれの友人の部屋に宿泊することになりそうである。
葛城リーリヤはアルファの部屋に。芹沢あさひは小宮果穂の部屋に。倉本千奈は篠澤広の部屋に。
かくして、ヒーロー代理人・小宮果穂の予言通り。
共同住宅プチパレスの夜も更けてきた鍋パーティーは、たいへん賑やかであたたかな宴会で幕を締めた。
めでたし。めでたし。
§