【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
sSR【春想うディティール】芹沢あさひ
休日の雪降る街。疾うに聖夜は過ぎ去り、大掃除の大晦日が近づく頃。
身軽な服装をはためかせる芹沢あさひは、今日も今日とて散策する。
町から町へ歩いていると、たまたまプチパレスの近くまで来ていたことに気づいた。ついでに寄ろうとする。きっと果穂ちゃんと会えるはずだ。
住宅街からプチパレスの途中にある閑散とした商店街を渡る。
すると、見覚えのある後輩の背中を見つけた。
「おっ。あれはハナワカかも!」
歩幅は大きくなり、歩速も速くなる。歩調はホップを刻んでもステップを刻むほどではない。歩の勢いに至っては、知り合いを見かけて走り寄る程度。
たたたっと駆け寄って追い越す。くるんと振り返って顔を確認。ハナワカは目をぱちくりとしていた。
「やっぱり! ハナワカだった! おはよ!」
「……おはようございます、あさひ先輩。今日も
「そうかな? それより何してたの?」
「買い物です」
ハナワカは手に提げていたエコバッグを軽く持ち上げる。
「なに買ったの? お菓子?」
「つまらないものですよ。それより、そちらは何を?」
「何もしてないよ?」
「……そうですか。では俺はこれで」
ハナワカは帰路に就く。芹沢あさひは併行して付いて行く。
「プチパレスに果穂ちゃんいる?」
「今の時間帯はマメ丸と散歩してると思いますよ。おそらく有栖川さんとカトレアといろはちゃんも同行してますね」
「そうなんだー。いつ帰るの?」
「はて。豆柴とレトリバーの散歩時間でも検索してみたらいかがです?」
「じゃあわたしがハナワカ
「俺
ハナワカは心底イヤそうに言う。ただし冗談っぽく笑っているため、本心ではそこまで嫌がっていないことが分かる。けれど面倒がっているのは本心かもしれない。
「…………今は忙しかったりする?」
「いいえ、特には。……ま、世間話程度なら付き合いますよ」
「わたし、特にハナワカと話すことはないよ?」
「先輩って割とずんばらりんな時ありますよね」
雑談しつつ商店街を抜ける。芹沢あさひは途中で公園を見かけて、いくつかの雪だるまが出来上がっている場所を発見。遊具周りを雪かきしている人もいる。
「雪だるま……ハナワカ!」
「遊びませんよ」
「まだ何も言ってない!」
「俺はまっすぐ帰りますので。ただエコバッグ置いてきたら、また
「…………」
芹沢あさひは考える。相手の言葉の意味に悩み、思う。
話の分かる後輩のことだ。もしかしたら何か気を遣ってくれているのかもしれない。
それはダメだ。
「ハナワカの好きにしていいよ!」
「……? はい。そうさせていただきます」
微笑んだ芹沢あさひは、スンと真顔となり、公園に入って雪だるまの観察に向かう。しゃがみこんで雪の手触りを確認。さらさらしてる。雪を握り始めて雪団子を作り始めた。
公園の中央で佇むハナワカは、その様子を遠巻きに観察しながら、灰色の曇天を見上げて考察にふける。
先ほど彼女は『
現に『ハナワカの好きにしていいよ!』と口にした際、声色は元気だったが、表情は淡々としていた。微笑みは年下の子に向けるものだったが、表情は無意識に自分の感情を表に出していた。可愛いものである。さらに可愛い点といえば、彼女は言外に『君は帰っていいよ』と促しつつ、今こうして────
「ハナワカ!」
────雪団子を投げてきた。
ハナワカは雪の上で滑らないよう、ひょいっと躱す。
「やっぱり当たらないか~」
「雪合戦ですか。それは面白そうですね。では一度だけ。狙撃合戦と行きましょう」
「え、ほんと!?」
「ただし、お互いの後ろに人がいないか確認してから投げましょうね」
「! …………」
ハナワカに続いて芹沢あさひも屈み込み、一個だけの雪団子を作る。
青年は立ち上がると少女も勘づいて立ち上がる。互いに射程と間合いを推測してジリジリとにじり寄る。
ふいにハナワカが動いた。横滑り。ザザッと地面の積雪が跳ねる音。
芹沢あさひの体がピクリと反応するが、きちんとフェイントであると見抜いていたので焦ることはない。
ハナワカの腕に残像が走る。
一拍遅れた芹沢あさひはしかし眼光鋭く、標的を射抜くべく手首のスナップを利かせる。
「わっぷ!」
「どわっは冷たっ!」
お互いの顔面にクリーンヒット。勝負は引き分けに終わった。
そこへ雪かきのおばさんが挨拶がてら通りかかる。
「あはは。今のイイ勝負だったねぇ~。おばさん思わず魅入っちゃったよ~」
「! おはようございます……すみません。雪合戦、ダメだったでしょうか?」
「なに言うんだい。そんなことないよ! ……人に当てないように気をつけようっていう、お兄さんの声は聴こえてたからねぇ。随分と誠実な兄妹だと感心したもんだ!」
「はは。そうですか。ありがとうございます!」
そこで芹沢あさひがピクリと反応する。
それとも
雪かきのおばちゃんは、ハナワカのことを『お兄さん』と口にしたが、それは単なる呼び名かもしれない。
すかさず問いかける。そして相手の反応を確認する。
「……わたしのほうがお姉ちゃんっすよ」
「あら、そうだったのかい? ごめんねぇ……そうなると、あんさん随分と背が高いねぇ」
「はい。これでも中学生なんすよ。よく大人と間違われますけど。あ、こちら、私の先輩です」
ハナワカは、妹と間違われた少女の顔色の機微を見逃さなかった。
そのためなるべくフォローするが、それも度が過ぎれば気に障るだろう。ほどほどにするほかない。
すると芹沢あさひは目を閉じて俯いたあと、何を思うたか視線を横向けて立ち去る。
「じゃあ……またね、ハナワカ。次は勝つから」
「──……はい。また遊びましょうね」
芹沢あさひは駆け出した。
それを見送るハナワカは、しまったという顔をしていたおばちゃんの横顔を見つける。
「…………、……今のお嬢ちゃんには、随分と悪いことしちゃったかねぇ……」
「いえいえ。初見で間違えるのは無理ないですよ。あまりお気になさらず。それに元々あちらこちらに意識が向く人ですから」
「そうかい……?」
「はい。実はそうなんです。──では俺はこれで。雪かきのお掃除ありがとうございます。……もしや毎日やられているので?」
「いんやぁ。町内会の当番制だよ。ま、いい運動になると思ってね?」
しばらく談笑したあと、おばちゃんの落ち込みが取れたと判断したハナワカは丁寧に会釈して、颯爽と帰路に就いた。
§
正午前の283事務所。
曇り空は相変わらずで、粉雪が降り始めた。
「う~ん……」
暖かい居間。その中央で立ち尽くす芹沢あさひは、とにかく唸る。
L字型のソファに座る黛冬優子は特に気にせず──内心では気になってはいるが──スマホで黙々とエゴサしており、和泉愛依は──本当はすぐに「どしたん?」と声をかけたいが──今はまつげのメイクがズレてしまっており、それを直すのに手鏡と向き合ってあたふた、ちょっと大変である。
一方、デスクワーク中のプロデューサーもまた、少女の唸り声が気になっていた。
(今日のあさひ、なんだかちょっと元気がないような……? 聞いてみるか。でもそれで余計に落ち込ませたら……いや、ここは踏み込んでみよう!)
「……あさひ、どうした?」
「ん~……」
「あ……あさひ?」
「…………プロデューサーさん。わたし、いま困ってるっす~」
「え……困るって、どうしたんだ?!」
プロデューサーは仕事の手を止めて、まっすぐと芹沢あさひのタレ目を見据える。
すると彼女は、L字型ソファに座る仲間にも呼びかけた。
「冬優子ちゃんも手伝ってほしいっす~。愛依ちゃんも~」
甘えるような声色だ。それに黛冬優子は溜め息ひとつ。和泉愛依はちょうどまつげが直って痛みも無くなった。涙目の目尻をティッシュで優しく拭ってから急いで立ち上がる。
「はぁ……なに? さっきから『うんうん』とうるさいのよ」
「よしオッケー! どしたんあさひちゃん? お悩み相談なら、うちと冬優子ちゃんとプロデューサーがどしどし聞いちゃうよ~!」
ならばと芹沢あさひは相談を持ちかけた。
「わたし、そんなにお姉ちゃんっぽくないっすか?」
「────は?」
「ん? えっとぉ……それは、どーゆー話だったりする~?」
「今日ハナワカと会ったんすよ。朝の六時頃だったっす。公園で雪合戦したんすけど、雪かきのおばちゃんに兄妹と間違われたんすよ。わたしのほうがお姉ちゃんなのに」
「…………」
「あ~。天道さん背が高いからね~! 知らない人から見たら、そりゃあさひちゃんが妹────」
ふと黛冬優子は肘で小突く。
和泉愛依は「あいたっ」と腰をよじると、小突かれた理由を考えて失言に気づく。
その流れを目にしていた芹沢あさひは、そんなことは百も承知の上で訊いている。
「どうしたらわたしがお姉ちゃんになるっすかね?」
「……………………」黛冬優子は腕を組んで熟考する。ジト目である。
「ん~……つまりあさひちゃんは、天道さんの……なんて言うか、ほかの人から見てお姉ちゃんに思われたいってこと?」
「そうっす! 冬優子ちゃ~ん」
何やら面倒そうな悩み事を持っている。
「ふゆはパス。あんたに投げる」
「え、俺か……!?」
芹沢あさひの困ったような視線と、和泉愛依の真剣な視線が、プロデューサーの顔に集まる。ついでに黛冬優子も、おてなみ拝見、と言いたげにジト目で、しかしすぐに小悪魔のような笑みを浮かべて見守っていた。
「え、えっと……」
プロデューサーは頭を回す。三つある選択肢の中から直感で選び取る。
「……──こういうのは、本人に聞いてみるのも一つの手じゃないか……?」
「うわっ。あんた中学生に丸投げするのねぇ……」
「ふ、冬優子……!」
ならば仕方ない。黛冬優子は、プロデューサーのフォローに回る。
「そもそもあさひ。あんたは天道唯我にお姉ちゃんぶりたいんでしょ?」
「? 違うっすよ。お姉ちゃんぶりたいなんて思ってないっす。わたしはハナワカの先輩っすよ?」
「……、…………────」
黛冬優子は何とも言えない声を発し、眉間にシワを寄せて腕を組む。頭を痛めていた。
(……ったくもう。そもそも無自覚の前提だったのね……まぁいいわ)「あのねぇ。あんたがどう思ってるかはこの際どうでもいいの。で、まず一般的に見て背の高いほうが年上と思われるのは当然。これは分かってるわね?」
「もちろん分かってるっす」
「なら小宮果穂のことはどうなのよ。背丈的によく間違えられるんじゃない?」
「……よく間違えられるっすよ」
「じゃあ小宮果穂にお姉ちゃんぶりたいとは思わないわけ?」
「? ……なんの話っすか?」
「分かった聞き方を変える。──小宮果穂には悩まなかったことで、なんで天道唯我には悩んでるわけ?」
「────、……!!」
芹沢あさひは目からウロコが出た、と言いたげに驚く。
それは和泉愛依も同様だった。なんなら芹沢あさひより騒ぎ始める。
「あ、ホントだ~! なんでなんで!? あさひちゃん、なんでぇ!?」
芹沢あさひは視線を落として腕を組む。熟考。
「──……よく分かんないっす……」
「あっそ。なら、そのよく分かんない部分が分かるようになれば、そのうち解決手段が見つかるんじゃない? それも分からないままの状態で、一般的な物の見方をひっくり返そうとするなんて……ふゆからすれば労力の無駄よ。無駄。それが芹沢あさひのやることとなれば、あんたのことだから色々と空回りするのが目に見えているわ。つまり、まずは問題の根本を理解してから解決に取り組みなさい」
最後に黛冬優子は(設計図もなしで飛行機を作るようなものよ)という比喩を思い浮かべる。実際には口にしない。額面通りに受け取った芹沢あさひが別のことに気を取られて全力疾走するのが目に見えているため、今は目の前のことに集中させるべく気を散らすような言葉は控える。
「おぉ~。さすが冬優子ちゃん! なんかそれっぽい感じ!」
「それっぽいって何よ。愛依のことだから悪い意味じゃないでしょうけど……ま、プロデューサーよりはマシなアドバイスができたんじゃない?」
「ぐっ……」
「いやいや、でもプロデューサーのアドバイスもめっちゃイイと思うよ!」
「まぁね。分からないならいっそのこと誰かに聞くのはアリよ。ただし今回は聞く相手が違うかも」
芹沢あさひはピクリと反応する。
「聞く相手……? どういうことっすか?」
「今のあさひの疑問を天道唯我に聞いても、あの子も困るでしょ。それより小宮果穂に聞いてみたら? 放クラの面々の話を聞くに、小宮果穂は天道唯我をライバル視してるって話だし……割と、あんたと似たような悩み事を持ってるかもしれないわよ」
「……果穂ちゃんが? ハナワカに……?」
そうだろうか。果穂ちゃんはハナワカの年下だ。似たような悩みを持っているとは思いにくい。
しかし冬優子ちゃんがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
「はいはい! うちからもアドバイス!」
「! なんすか愛依ちゃん! なんでもいいから聞きたいっす! たくさんヒントが欲しいっすー!」
和泉愛依は、自分も芹沢あさひの役に立ちたいと立候補する。
「うちは冬優子ちゃんほど頭良くないからさ~。こんなのしか思い付かなかったんだけど……」
「あら。意外と愛依くらいシンプルなアイデアのほうが突破口になるものよ」
黛冬優子からの援護射撃。
ならばと和泉愛依も勇気を出して提案してみる。
「じゃあ……あさひちゃん。そもそも天道さんに────『お姉ちゃんって呼ばせてみる』ってのは、どうかな!?」
『────っ!!!』
§
夕暮れのプチパレス。一階の食堂。
そこではハナワカと、小宮果穂といろはちゃん、有栖川夏葉と篠澤広、イルミネと藤田ことねがお菓子を分け合ってくつろいでいた。
ふと玄関の引き戸がガラガラと開け放たれる音。元気な挨拶は聞き馴染みのある声だ。入居者ではないが、時たま遊びに来るため慣れたもの。廊下をドタドタを走る足音は食堂に一直線。白髪の少女が飛び込んできた。
「ハナワカ! 今日から、わたしのこと『お姉ちゃん』って呼んで!」
芹沢あさひは開口一番、そんなことをお願いした。
「────、……、…………」
対するハナワカといえば、なんとも言えない表情を作る。珍しくコロコロ顔色を変えたのだ。
まず驚いたように目を見開く。放心したかのように小さく開いたままの口。揺れ動く瞳。
次に哀愁漂う伏し目。何かを思い出して切り捨てたように、口角を引いて苦笑い。
終いに目を閉じて失笑。流れるように目を開いて芹沢あさひの顔を見やる。
「────お断りします」
「なんで!」
静寂。
長い静寂。
とても長い静寂が続く。
「……? アルファ、さん……?」
「……プロデューサー?」
小宮果穂は違和感を抱く。
それは篠澤広も同様である。
なぜならハナワカは
それは実に珍しい姿と言える。
いつもなら売り言葉に買い言葉、減らず口の軽口を叩く男が、この時ばかりは黙りこくっていた。
「…………」
ハナワカは席を立つ。なぜだかとても疲れた様子だ。肩に力が入っていない。腰も丸く気力が抜けている。
芹沢あさひの横を通り過ぎる際、少女の肩をポンポンと力なくたたいた。
「? ハナワカ? ……付いてこいってこと?」
芹沢あさひは小走り。ハナワカは階段を上がった。誰も居ない三階まで上がり廊下を渡る。
廊下中央には二階同様、憩いの場の空間がある。窓辺にソファとカーペット。
・3階
┌──┬──┬──┐
│301.┃ 階段│
│ │ ├──┤
├──┤ ┃302.│
│303.┃ │ │
│ │ ├──┤
├──┤ ┃304.│
│305.┃ │ │
│ │ └─┬┴┐
├──┤ 憩 出│
│306.┃ 場 窓│
│ │ ┌─┴┬┘
├──┤ ┃E │
│ └━━┴──┤
│ 花壇│
│ │
│ バルコニー │
│ │
│ │
└────────┘
そこに腰を落ち着けたハナワカは「ハァ……フゥ……」などと、とても重々しい溜め息、ともつかぬ深呼吸を繰り返していた。
顔色は非常に悪い。青ざめている。
「? どうしたの?」
「……………………いえ。…………」
「?? ハナワカ、ちょっとおかしいよ? 大丈夫?」
「…………そう、ですね。ちょっと、頭がゴチャゴチャして、しまいまして。単なるフラッシュバックなので、お構いなく」
「……フラッシュバック?」
「目の前に、過去が現実のものとして再生されている、と言いますか……記憶と会話している、と言いますか……なんでもいいから、助けてください……」
ろれつもあやしい。これは本当にどうしたことか。
芹沢あさひはソファに座る。ハナワカとは人ひとり分を空けた位置に座って寄り添う。
「本当に大丈夫? お腹痛いの? 誰か呼んでこようか?」
「いえ…………。…………なんか、俺の意識を引き戻してください」
「え? ……じゃあ────」
ならばと芹沢あさひは両手を開き、突然の猫だましを喰らわせた。
しかし驚いたことに、ハナワカはまばたきすらしなかった。が、意識は戻ってきたらしく、ゆっくりと俯いていく。
「……────さて、ちょっと悩んでます」
「何を?」
「誰かに話したくて。でも誰かに話すには、ちょっと重たすぎること」
「……。……もしかして、悩み事? それならわたしが聞くよ!」
芹沢あさひは自信満々に胸をたたく。お姉さんを頼れと言いたげだ。
しかしハナワカは首を否と、ゆっくりとだが強かに振る。
「……なんで……?」
「話したところで俺が楽になる保証がない。加えて、おそらく先輩では相談にすら乗れない。ただ話を聞いて、聞くだけで終わる。あさひ先輩なら泣きはしませんでしょう。けれど確実に何も言えず、無力感だけを覚えて帰ることになります」
「……そん……」
そんなことはない。どうしてそんなことが分かるのか。
そう反論しようと思ったが、あまりにも険しすぎるハナワカの顔色を見て、言葉が詰まった。
「果穂にも話してないことだ。それほどの出来事がありました。……それでも聞く覚悟はありますか? ────……なんて、おいおい……我に返ったら、とんでもなく面倒なことを訊いてましたね。マジですみませんでした……」
ハナワカは頭が痛いのか歯ぎしりする。
激痛がするのか、なんとうめき声を上げ始めた。
「え! だ、大丈夫!?」
「っ……あーもう嫌だな……客観的に見たら闇深すぎてヤバイ奴じゃん……本当にごめんなさい。思いっきりPTSDが出て上の空でした。……ただ、あの……そうっすね。もう大丈夫です。とりま、今の私の気持ちを端的に説明しますと────」
ハナワカは深呼吸する。
「────俺の姉は、あの人達だけです」
決意堅く、立ち上がった。
「……あの人達って? わたしの知ってる人? 283のみんなとか……」
「いいえ。知りませんよ。これから知ることもないでしょう」
「なんで?」
「それはもう────俺の来歴を知れば明らかでは?」
最後にハナワカは、いつも通りのあっけらかんとした
しかし最後の最後に、ぽつりとつぶやく。
「
§
翌日の283事務所。
「おはようっす~!」
昨日とは打って変わり、元気な芹沢あさひがやってきた。
プロデューサーは嬉しそうに挨拶する。
「おはよう、あさひ! 今日は元気そうだな!」
「はいっす! でもいつも通りっすよ?」
「はは、そうか。……あ、となると、昨日レッスン終わりにさっそくプチパレスに向かったんだよな? ならもしかして、アルファくんから『お姉ちゃん』って呼んでもらえるようになったのか?」
「失敗したっす」
ひょんな一言。
プロデューサーは目を丸くする。
「え……し、失敗した、って……」
「ハナワカはなんかあるんすよ。とても苦しそうだったっす……なんとかしたいけど、わたしじゃ無理そう。だからみんなに頼ることにしたっす~!」
「……っ!? ど、どういうことだ……?!」
「今日は果穂ちゃんも事務所に来るっすよね?」
「……!? あ、ああ……来る予定だけど……」
「なら果穂ちゃんに聞いてみるっす! ハナワカに何があったのか……それをなんとかすれば、わたしも先輩としてカッコいいところを見せられるっすよね、プロデューサーさん!」
「……!!?」
§
283事務所の倉庫。緊急作戦会議室。
芹沢あさひは、レッスン終わりの小宮果穂を呼びつけて、いきなり話し始める。
「果穂ちゃん! わたし、ハナワカの来歴が知りたい!」
「──……えっ!? ……えっと、あさひさん……それはどうして、ですか……?」
小宮果穂はおそるおそる問いかける。
まさかの恋敵の登場? などと危機感を募らせる。
「実は────」
芹沢あさひは昨日の件を説明する。
ハナワカに『姉と呼ばせたい』という件は伏せて──食堂で『姉と呼べ』と宣言した時点で隠せるものでもないのだが──その後のハナワカの様子がおかしかったことを説明する。
「……アルファさんに、お姉ちゃんがいた……?」
「果穂ちゃん、何か知ってる?」
小宮果穂は首を横に振る。
アルファさんに両親がいて、母親のお腹の中に赤ちゃんがいたことは知っている。
しかしアルファさんに上の子がいるというのは聞いたことがない。
「果穂ちゃんにも話してないことって言ってたから、やっぱりそうなんだ……」
「えっ……」
「でもハナワカが『自分の来歴を知れば分かる』って言ってた! だから果穂ちゃんなら知ってるかな? って。果穂ちゃんハナワカと仲いいから!」
「…………」
小宮果穂は考える。
この場合の『来歴』とは何か。
流れとしては、まず間違いなく『家族が交通事故で亡くなった』という件だろう。
しかしそれを話して良いものか……他人の過去を、そう言いふらして良いものか。
「……でも、アルファさんがそう言ったってことは、たぶんこうなることも予想してたはずだから……」
「……?」
「……あの、あさひさん。アルファさんは、実は────て、『テンガイコドク』、なんです……!!」
小宮果穂は皆まで言う必要はないと悟り、ほのめかす言い方を使った。
成長の瞬間である。
§
後日。
黛邸。冬優子の自室には、ストレイライトのメンバーが揃っていた。
「────って訳なんすよ。それで冬優子ちゃん。『テンガイコドク』って、つまりどういうことっすか?」
「……その前に聞いていい? なんでふゆの部屋に居座らせてまで、あんたの
「アハハ~。そう言わずにさ~冬優子ちゃ~ん。それに気分じゃなくて、本当に姉貴分になりたいから、あさひちゃんもこうして正座してるわけだしさ~」
「今日は休みの日だから冬優子ちゃんの家に集まろうって約束だったっす!」
「休みの日だからこそゆっくりしたかったのよ……あんたがいる時点でそうできないのは承知していたけど……」
そこで和泉愛依が、黛冬優子に耳打ちする。
(でもさ、冬優子ちゃん。あさひちゃんの相談に乗ってあげたほうが、おしゃべりが多くなって騒がしくならないと思うよ?)
(…………それもそうね。ガキの喧騒より、女子会の姦しさのほうがはるかにマシね)
黛冬優子は咳払い。
それは真面目モードへの転換だと知っているため、芹沢あさひは「!」と反応して期待する。
「ま────
『……っ!!』
しかし確信が欲しかった。それも黛冬優子の反応を見れば当たっていたのだと悟る。
「じゃあ……ハナワカって、家族、いないんだ……」
「あ……あさひちゃん……ご、ごめんね!! うちのせいでぇ……!!?」
「愛依ちゃんは悪くないっすよ」
芹沢あさひはうつむく。一方の和泉愛依は、ハナワカの寂しさを思う芹沢あさひの心配に共感して寄り添おうとする。
が、白髪少女は心配をそこそこに切り上げて、さっさと続きを話す。
「でも果穂ちゃんによると、ハナワカにお姉ちゃんの家族は居ないみたいっす。これはどういうことなんすかね?」
「別に亡くした人が血縁者である必要もないでしょ。親戚筋の姉……つまり、いとことか、はとことか。なんなら赤の他人でもおかしな話じゃない。──人を亡くすってのは、割とどこにでもある話よ」
芹沢あさひは腕を組んで唸る。
「ハナワカは……そのお姉ちゃんたち以外に、お姉ちゃんを認めたくないみたいだったっす」
「それだけ特別な人達ってことだったんでしょ。しかも複数人? 仮にその全員が亡くなられたとしたら……傷は相当に深いでしょうね……というわけだから、大人しく諦めたほうが賢明ね。もしこれ以上あの子に無理強いしたら本気で悲しませちゃうわよ。あんたそれでもいいわけ?」
「ふ、冬優子ちゃん……!」
あえて黛冬優子は突き放すようなことを言った。
和泉愛依は喧嘩にならないか心配する。
「……分かったっす。でもハナワカ、話したそうにしてた。だから……話くらいは聞いてあげたいっす」
「でもあんたじゃ力不足って言われたんでしょ? それもあんたを思ってのことよ」
「でも……」
「それが年上として気に食わないってんなら、それこそ目下の感想でしょ。本当に姉貴ぶりたいなら、そっとしときなさい」
「…………それが正しいんすか?」
「────あのね。これは正誤の問題じゃないの。あんたに後始末ができるか。人の傷口抉る責任が取れるのか。それができるなら好きにすればいいじゃない。それができそうにないならお互いに傷つくだけだからやめとけって言ってんの。──ふゆが究極的に言いたいのはそれだけよ」
「……そっすか……」
芹沢あさひは得心が行く。たしかに冬優子ちゃんの言う通りである。
年上としての務めを果たしたいなら、きちんと全部をこなさなきゃいけないのだ。
「冬優子ちゃん! ありがとうっすー!!」
「……! ……別に、ふゆは……」
「あはは~。冬優子ちゃん照れてる~! 今のあさひちゃんの笑顔、太陽みたいにまっすぐだったからね~!」
「? そうなんすか?」
「愛依、あんた黙ってなさい……」
「え~?」
黛冬優子は歯噛みして、和泉愛依は微笑ましそうにピンク色のクッションを抱く。
一方の芹沢あさひは、これでやることは決まった。あとはお姉ちゃんとしての責任を果たせるかどうかである。
「でもねあさひ。あんま人のこと、こうやって言いふらさないの」
「ハナワカから許可もらってきたっすよ?
「────それつまり、このふゆに面倒事を押し付けたってことよね?」
「そうなんすか?」
「……もういいわ」(あの天道唯我がふゆのこと完全に舐め腐ってるのは、あの中華料理屋の時から分かってたし……)
§
ある日の283事務所。
「凛世ちゃん。凛世ちゃんは弟と妹がいるんすよね? つまりお姉ちゃんなんすよね? お姉ちゃんって何すればいいっすか?」
「……! あさひさん……」
「教えてほしいっす!」
「……凛世は……ただ凛世が、できることをしてまいりました……故に、それほど語れるようなことは……」
「えー! 愛依ちゃんと似たようなことを言うっす~!」
「ふふ……そうですか……。……ですが……ひとつ、世話を焼くという意味で語るとすれば────」
「! なにっすか!?」
杜野凛世は、実家の弟妹を思い出す。
「────見守ること。いつ助け舟を出し、いつまで見守るか……その塩梅を見極めることは、とても難しかった記憶がございます……」
「……見守る。どういうことっすか? すぐ助けないんすか?」
「なんでもかんでも助けてしまえば……気概が失せてしまいますので……凛世も、よく兄様姉様から世話を焼かれましたが……そのたび反発しておりました……あさひさんも、自分でやりたいことを、横から手を出されるのは、あまり気持ちの良いものでは、なかったことは、ございませんか……?」
「あるっす。言われてみればたしかにそうっすね。……なんかちょっと分かってきたっす! ありがとう凛世ちゃん!」
「ふふ……何かの参考になれば、幸いです……」
これで準備は万端のはず。
さっそく芹沢あさひは駆け出した。
§
早朝のプチパレス。
芹沢あさひは遊びに来ると、ちょうど小宮果穂とマメ丸は散歩に出かけた。
入れ違いにお邪魔する。静かな廊下。食堂に顔を出したがハナワカの姿はない。彼の部屋の扉を叩いたが応答はない。どこにいるのかと探すため二階に上がる。廊下の先まで誰もいない。ならば三階に上がって廊下を覗き込む。すると────
「……ハナワカ? 寝てるの……?」
────憩いの場のソファにもたれかかるハナワカがいた。
声をかけると、うたた寝していたのか、ゆっくりと目を開ける。
「……おや。こんな朝っぱらからどうしましたか? 先輩」
「…………」
芹沢あさひは、人ひとり分の空間を空けてソファに座る。
単刀直入に問いかけるべきだろうか。しばし考えて口を開く。
「────ハナワカ、いい?」
「……──」
「ハナワカなら、分かるよね?」
エスパーみたいに心が読めることを聞いているのか。
あの時あの場所と同じ状況。焼き直しという意味なら直感できる。
「おそらく無様な姿を見せることになるとは思いますが」
「……たとえば?」
「年甲斐もなく泣いたり?」
「……ハナワカも泣くんだ」
「そりゃそうっすよ。これでもまだ
ハナワカは深呼吸を繰り返す。
「あー……まぁ好きにすればいいんじゃないっすか。隙を見せた俺が悪いんすから」
「……じゃあ、お姉ちゃんって何人いるの?」
「時間帯ごとに居ましたよ」
「──……?」
よく分からないワードが出てきた。
興味津々で質問しそうになった芹沢あさひは、しかし何かを思い直して
「朝の姉。昼の姉。夕の姉。夜の姉。……深夜の姉。────未明の姉は、一番イヤだったっすね……」
「……嫌ってことは、なにかされたの?」
「記憶が正しければ、殺されそうになりました」
芹沢あさひは一拍置いて、全身が飛び起きるように跳ねる。
「────えっ……?」
「なぜ守ろうとし、なぜ殺そうとしてきたのか」
「……────」
「まだ幼かった俺には、何もかもが分からないまま、全てが終わってしまった」
語るたびに、少年の瞳が潤んでいく。
姉は、ただそれを横から見守ることしかできない。
「だから、それを知るために読心術を学んだのかもしれませんね。──なんて、そういうのは後付けの理由ですけど。結局は自分が生き残るために身につけた技術。でも、たしかに少しは、そういう思いもあった。だって……もう訳が分からないまま目の前で死なれまくるのは────もう、ほんとに……ごめんっすから……」
ハナワカは拳を作る。視線は拳の先にある虚空を見つめていた。心ここにあらず、といった様子だ。
それも拳を開けば、今にも人を殺しかねない鋭い目つきから解放されて、いつもの柔らかい目つきに戻る。
「──……ま、今の話は色々とぼかしましたので。さすがに本質を口にする気はない」
「……なんで?」
「悲劇は
「……わたしじゃあ、ハナワカの助けになれない?」
ハナワカは首を否と振る。
「いいえ。俺より怒ったり悲しんだり、悩んだり苦しんだり……そういうことされると、非常に迷惑で困るからです。これは俺だけの思い出にしときたい。──ただ、少しは寄りかかる背もたれが欲しかった……そういう意味では、座り心地は良くないけど、もたれかかる分には悪くない椅子でした。つまり、話を聞いてくれてありがとうございます」
芹沢あさひはうつむく。
「……わたしはまだ、ちゃんと話、聞けてないよ……? それでもいいの?」
「先輩はちゃんと聞いてくれましたよ。なぜなら作り話として済まさなかった。その感性はありがたいっすね。ほんと俺、信じられない環境に居たんすからね? 紛争地域の戦災孤児も真っ青の世界っすよ! なんで当たり前に生首が転がってる環境で育たないといけないんすかね?」
「……そんな場所、本当にあるの?」
「あるところには、ありますよ。因習が深い村なら、それはもう!」
「……そんな場所、まだあるの?」
「いいえ。俺の知ってる場所はもう全部、火砕流で沈みましたよ」
最後にハナワカは頼み込む。
「この話は、果穂には秘密でお願いします。なんせ刺激が強すぎる。先輩だからこそ話したんです」
「……わかった。じゃあ、わたしとハナワカの、ふたりだけの秘密だね!」
アルファは八つの
しかし姉の話は別だった。八大地獄と関係こそあるが、しかしまったくの別問題でもある姉達の話は、無念のうちに終わった事であるため、誰かに打ち明けておきたかった。ほかにも悲劇的な話題には事欠かず、それら全てが八大地獄と比べてマシな話と言える。
故に、誰かに打ち明けて、それだけで救われたい心があった。
しかしその代わり、相手には呪いを受け継がせてしまうだろう。
「……嫌な思いをさせましたよね。ごめんなさい」
「! ううん。わたしが聞きたいなって思ったから! ……だから、話してくれてありがとね。ハナワカ!」
芹沢あさひは飛び立つ。ソファから飛び降りて立ち去ろうとする。
ハナワカは、その背中を呼び止めた。
「先輩」
「? なに?」
「先輩は……なんで俺に目を掛けてくれるんですか?」
「……? 話の分かる、後輩だから?」
「……そうですか。それはどうもです」
ハナワカは深々とお辞儀する。
彼女が抱く背伸びの友情は、とてもありがたいものであると。
「また何か話したくなったら言ってね! わたし、ハナワカの先輩だから!」
「学校は別ですけどね」
「それでもわたしが年上だよ!」
「はいはい。そんなの分かってますよ。先輩の
「……っ?」
なんだか、からかわれている感。
それに気づかない芹沢あさひは、手のかかる後輩の用も済んだことだしと、世話焼きを切り上げて遊びに向かう。
「ハナワカ! あとで果穂ちゃんと遊ぶ約束したんだ!」
「そうっすか。行けたら行きますね~」
「うん!」
最後に芹沢あさひは、きちんと仕事を果たした達成感を隠さない、とびっきりの笑顔でうなずいた。
§
駆け去る間際、背後から────
「────先輩」
「ん?」
振り返る前に。
声が届いて、目を見張る。
「死なないでくださいね」
縁起でもないことを言われた。物騒なセリフだ。
驚いた芹沢あさひは呼吸を思い出し、真顔で考え……目をやり、こくこくと二回うなずく。
今度こそ駆け去る。……べきかどうか悩んだが。
後ろ髪を引かれる思いで、
「……踊り場まで降りてきちゃった」
あの場に留まり続けていたら、きっと泣き顔を見ることになっていた。
そう、なんとなく思っていたから、駆け去った。
「……すすり泣きとかは、ないか」
理由は分からないけど。
たぶん、見られたくないだろうから。
§