※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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sSR【神無月に初まゐる】杜野凛世〔ホラー回〕

 

 元旦のプチパレス。朝方の食堂。

 そこには年始を迎えた面々が揃っていた。……まだ自室で眠っている大崎甜花以外は────と言いたいところだが、大崎甘奈の訪問によって起こされた甜花は、寝ぼけ眼で食堂に集う。

 

 そして、恒例の挨拶。

 

『明けまして、おめでとうございます────!!!!』

 

 入居者の────アルファ、小宮果穂、マメ丸、いろはちゃん、有栖川夏葉、カトレア、篠澤広、藤田ことね、花海咲季、花海佑芽、郁田はるき、大崎甜花、幽谷霧子、櫻木真乃、風野灯織、八宮めぐる、緋田美琴、根緒亜紗里。

 客人の────大崎甘奈、倉本千奈、月村手毬、葛城リーリヤ、芹沢あさひ。

 

 一堂に会しての年始挨拶。

 同時に、除夜の鐘で飲みきれなかったパーティー用のジュースを乾杯で飲み干し、一同は解散する。

 

『今年も、よろしくお願いしまーす────!!!!』

 

 和気あいあいと活気づく食堂。

 アルファは食卓に着いて朝食を取る。その両隣に小宮果穂と芹沢あさひが駆けつけた。

 

「アルファさんっ! 初詣に行きましょうっ!!」

「行こうよハナワカ! みんなで行ったら楽しいよ!」

「はいぃ~? 俺は初詣なんかにゃ行きませんよ~」

 

 アルファは至極興味なさそうに視線を外して食事に戻る。

 対する小宮果穂と芹沢あさひは、まさかの行かない発言に目と口を開けて放心していた。

 

「えっ……ど、どうしてですかぁ!?」

「なんで行かないの? 人が多いから?」

「まぁ確かに人が多いのは面倒っすね。風邪でもうつされたら困る。でもそんな理由じゃないっすよ」

 

 すると篠澤広と葛城リーリヤが、聞き捨てならないと寄ってきた。

 花海姉妹や藤田ことね、ちゃっかり月村手毬と倉本千奈も集まってきている。

 

「アルファ。その話、詳しく聞きたい」

「センパイ……みんなで初詣、行かないんですか……?」

「だーもうなんすか! 俺は初詣どころか神社には行かないって決めてんすよ! はい! これでこの話は終わり!」

 

 その大声が聞こえてきた風野灯織は首をひねる。

 

「神社には行かない……? どういう意味だろう……何か宗教的な理由でもあるのかな……」

 

 その小声をバッチリと耳にしていたアルファは訂正する。

 

「ちなみに俺は無宗教者ですからね。まぁ『いただきます』は言いますし、アニミズムも信じてますけど……あと無神論者かどうかは神の定義によって逆転します。一般の定義においては無神論者で、俺なりの定義においては神はいます。はい終わり」

 

 終わり終わりと言いつつ、神に関する話題には一家言あるようで、事あるごとに誤解なきよう付け加えてくる。あるいは言わずにはいられないのかもしれない。誤解を与えたままでは呪われると思っているのかもしれない。そのため語らざるを得ない側面があるのかもしれない。

 そんなアルファの奇行を目にした一同は、まだまだ彼には隠された何かがあるのかもしれないと勘ぐった。

 

「青のプロデューサー! うだうだ言ってないで行くわよ!」花海咲季が指差して命じる。

「神無月(かんなづき)なら、どこの神社にだって行きますよ~」

 

 ────神無月。

 新たなキーワードが投下された。どういう意味だろうか。一同は一斉に考察に入る。

 

 それについてアルファが苦言を呈した。

 

「どんだけ俺を説得したいんすか……いいからみなさんで行けばよろしいでしょう。──で、どうしても俺と神社に行きたかったり初詣に行きたかったら、山系水系龍系以外の神社か、十月ごろにしましょうネ!」

 

 アルファは朝食のおぼんを持つと席を立ち、すたこらさっさと食堂を後にした。

 自室に逃げるつもりだ。すかさず花海佑芽が回り込む。

 

「プロデューサーさん!」

「俺はもうプロデューサーじゃねぇ」

「うるさいです! 行きましょう!」

「そんな海賊王みたいに言われても……俺ァもう泥船はゴメンっすよ……」

「あぁ、そんなぁ……!」

 

 花海佑芽の横をするりと抜けたアルファの前方に、藤田ことねが回り込んだ!

 

「プ~ロデュ~サぁ~♥」

「恋占いのおみくじなら勝手に俺の分も引いてきてください」

「なんでまだ何も言ってねーのに見抜けるんだぁーーーー!?」

 

 驚愕する藤田ことねの横を抜けて、アルファは自室の扉をバタンと閉める。

 さらに非情にも施錠の音。

 

『あっ……』

 

 見事に逃げられてしまった。

 そこで月村手毬が文句を言う。それに倉本千奈はドン引きした。

 

「みんな雑魚すぎない? せっかくプロデューサーと年始を過ごせると思ったのに……」『プロデューサート ハツモウデ イキタカッタァアアアアアア!!』

(完全に出遅れて、逃げる先生に何もできなかった月村さんが何か言ってますわぁ……)

 

 一方、その様子を見守っていた有栖川夏葉はくすりと微笑む。

 そのとなりには緋田美琴と根緒亜紗里がいた。

 

「ふふっ! アルファさんはモテモテね!」

「……じゃあ、私も初詣には行かないから」

「えぇっ!? 緋田さん、またレッスン漬けですか……? 今日くらいはゆっくりしません?」

「そうよ美琴。レッスンなら帰ってからもできるでしょう?」

「……そうだけど……」

「ふふ。嫌じゃなければ、ぜひご一緒しましょう?」

 

 かくて緋田美琴は確保完了。

 イルミネも大崎姉妹、幽谷霧子、郁田はるきを交えて初詣に行く予定。

 

「ねーね! はつもーで! なにー?」

 

 そこでいろはちゃんが、両手両腕をぐっと天高く伸ばしながらたずねた。

 小宮果穂が屈んで答える。

 

「えっと……年の初めに行く場所? 神様へのお参り!」 

「かみさま? なにさま? ほとけさま? ぼさつのかみのけぼっさぼさ~。あふろのかみさんぴっかぴか~。かみさんおこりゃ~いなずますくすく! かみなきズッキーニおと~りよ~!」

 

 それは何かの歌だろうか。明らかにズッキーニ(つきに)は替え歌だと分かる。

 それからいろはちゃんはリズムに合わせて盆踊りのような手拍子とダンスを始めた。

 

「えっと……いろはちゃんも行こっか?」

「おそとさむさむ~。──ななつまえはかみのうち~! しちごさんはきちゃだめよ~!」

「じゃあ……羊さんの着ぐるみは?」

「あー……なら、いいよ~? いっぴきーでー、ねちゃうけどね~? ──あ、おみやげ!」

「そうだね! 帰りに何か買って帰ろっか?」

 

 その時、アルファの自室から解錠音。

 ドタドタと焦ったように、アルファが走り戻ってきた。

 

「おい果穂!! 昔の俺はどこにいる!?」

「え、アルファさん!?」

 

 慌てた様子のアルファは、いろはちゃんを発見。

 ホッと胸をなでおろしたアルファは、いろはちゃんの前に座り込む。視線の高さを合わせて声をかける。

 

「あっっっぶねぇ……そうだよ、お前は俺だったな……ならお前も神社はダメだ」

「んー?」

「俺とお留守番ってこと。しかもお前、あの歌……ハァ……俺の知るやつとはだいぶ違うが、ここは一応、俺の世界だ。お前の世界は安全だとしても、俺の世界に来た以上はまた目を付けられても困る。もし目を付けられたら俺が身代わりになってやるから、とにかく俺の部屋でおとなしくしてろ」

「んー……じゃ、あそぼ!」

「いいぜ。今までろくに相手しなかったからな。今日くらいは無礼講だ! 肩車好きだろ?」

「すきー!」

「でも今日は神の話題を出しちまったから、かくれんぼは禁止だぜ? 鬼ごっこもな。また神隠しされても困る」

「んー? んー……たぶんね!」

「ピザとオレンジジュースで手を打とう」

「!!!!!」

 

 いろはちゃんは瞳をしいたけのように輝かせて、ぱぁっと笑顔になる。

 

「────ぜったいねっ!」

「よしっ。よく言った。男同士の約束だぞ?」(まぁすぐ忘れるだろうから目は離せないけど……)

「うんっ!!」

 

 自分自身のため趣味趣向が分かるのか、またたく間にいろはちゃんを手懐けたアルファは三歳児を肩車。すたこらさっさと自室に舞い戻る。

 

「そういうことだ、果穂。俺同様、コイツも神社は禁止だ。分かったな? んじゃ預かるぞ~」

「え……あ、はい……、……???」

 

 小宮果穂は首をかしげるが、ほかの一同はもっと首をひねっていた。

 先ほどのアルファといろはちゃんの掛け合いが意味不明なのだ。ふたりが同(・)一(・)人(・)物(・)の(・)別(・)人(・)と知る小宮果穂以外、より謎は深まるばかり。

 

          §

 

 三が日も過ぎた頃。早朝のプチパレス。

 ずっと建物の中にこもっていたアルファといろはちゃんは、ようやく庭先に外出して日の目を見た。

 

 ふたりは背筋をうんと伸ばして、全身に朝日を浴びる。

 

「あ~! やっぱ正月は家の中でぐーたらするに限るな~!」

「かぎりゅな~! ──かんでないよっ!!」

 

 その時、敷地内に着物美人が入ってきた。

 思わずアルファは臨戦態勢を取る。が、着物美人の正体に気づいて警戒を解いた。どうにも昔のくせで体が反応してしまう。

 

「あ! ぜっちゃん!」

 

 いろはちゃんは駆け寄る。杜野凛世の訪問である。

 

「いろはさん……アルファさんも……新年、あけましておめでとうございます……」

「あけおめっす。今年もよろしくお願いしまっす!」

「あけまして? ってなーにー?」

「ふふ……新年の、挨拶でございます……」

「そんじゃ、いろは。今日で俺の役目も終わりだ。あとは好きにどこへでも行け」

「! じゃー、ぜっちゃんー!」

「……はい……なんでしょう……? ふふ……」

 

 杜野凛世は、いろはちゃんを抱っこする。アルファに会釈して正面玄関の呼び鈴を鳴らすと、小宮果穂と芹沢あさひが出迎えた。

 

「凛世さん! あけおめですー!」

「凛世ちゃん! あけおめっす~!」

「ふふ……おふたりとは、これで二回目の、おけおめでございます……」

 

 既に三が日の時に邂逅していた。

 杜野凛世はプチパレスにお邪魔する。

 

 小宮果穂は飲み物の準備をして、芹沢あさひは席まで案内する。

 席の隣には篠澤広が座っていた。

 

「凛世、あけおめ」

「広さん……あけおめで、ございます……」

 

 杜野凛世は席に着く。いろはちゃんは膝の上に乗ったまま。

 小宮果穂と芹沢あさひが周囲に集まる。そこで篠澤広が単刀直入に問いかけた。

 

「じゃあ、さっそく教えてくれる? 『七五三』と『七つ前は神の内』……そして『神無月』について繋がりがあれば、詳しく」

「はい……」

「基本的なことはネットや書籍で調べたけど、こういうのは人の口から聞いたほうが新たに分かることもあると思って」

「……では……」

 

 杜野凛世は解説を始める。

 

「────古くより申しますは、七つ前より神の内……すなわち、数え年で七つに満たぬ子は、まだ人の世に根を下ろす前の姿であり……神々の許しによって、ひととき現世に預けられた幼き命……それは、いつまた天へと帰るやも知れぬ、儚くも尊き光の御子……故に、七つ八つ以上の人こそは、幼き子の多少の非礼を咎めることなく、ただあるがままの成長を祈り、無事を見守るのでございます……」

 

 杜野凛世は一拍置く。

 

「────しかして、七五三の祝いとは……三つで髪を伸ばし始める『髪置き(かみおき)』……五つで袴を着す『袴着(はかまぎ)』……七つで帯を結ぶ『帯解(おびとき)』が、節目ごとにございます……それを経ることができれば、ようやく現世の命として迎え入れることができる、感謝と安堵の儀式でございました……これは、平安の昔より、宮中にも民草の暮らしにも息づく、古来の祈りの伝統なので、ございます……」

 

 杜野凛世はひと呼吸置く。

 

「────して、神無月(かんなづき)との縁にございますが……出雲を除く国々では、この旧月において……八百万(やおよろず)の神々が、出雲の国へと集い……人々のもとを離れると申します……」

 

 そこで杜野凛世は、私見を述べる。

 

「────なれど。七つ前の子らは、未だ『神の内』なれば……神々が旅立つ折も、その魂はなお……天と地との間(あわい)に抱かれ、見捨てられることはない────そう、信じられていたやもしれませぬ……あるいは、神無月の静けさの中で、子らの成長を祈る声は……より澄んで、天へと届いたことでしょう……故に、凛世もまた……神無月の折には……どうか、七つ前の命の輝きが、無事に現世へと根を下ろせますように、と────そっと、祈りを捧げるのでございます……」

 

 杜野凛世は語り終える。

 その時、食堂に橙色の髪が颯爽とたなびいた。

 

「────日本の民俗学ね!」

「……! 夏葉さん……ふふ、あけおめ、でございます……」

「ええ! あけおめ、凛世! 寝起きの顔で悪いわね……すぐ顔を洗うわ! そして面白そうな話題に参加させてちょうだい!」

 

 有栖川夏葉は洗顔を済ませると、ごくごくと水を飲んで机に着く。

 

「要するに神無月は、日本中の神様が出雲という国に集まるから、そこ以外に神様は居なくなる、と考えて良いわ! あくまで一説に過ぎないけどね。さらに全ての神様が居なくなるわけでもないって説もあって、それが────」

「────産土(うぶすな)の神と、氏(うじ)の神で、ございます……」

「ええ! 要は、子供を見守る神様や先祖の神様は里に残るってこと。──そして神無月は秋が深まる季節。稲がたくさん収穫できる季節だから、命あふれる豊穣を意味する。それにあやかって、儚い命たる子供の健やかな成長を願っていたのかもしれないわ!」

「はい……特に昔は、飢えや病にて、幼き命が儚く散ることも多く……しかし、七つ八つとなれば、頑丈と思われたのか……それまでは、親御の胸中にて、常に別れの影が寄り添っていたと、偲ばれております……」

 

 篠澤広たちは得心する。

 

「じゃあ、それの神道的な解釈を教えて」

「……広さん……?」

 

 小宮果穂は首をかしげる。

 杜野凛世は、さっそく答えた。

 

「神道……凛世は、それほど多くは存じ上げませんが……たとえば『七つ前は神の内』において、命は産霊(むすひ)というものより生まれ、やがて神に帰ると考えられております……して、七つまでは、まだ俗世に属さず、穢れることのない、清浄な存在とされており────『七五三』においては、産土神(うぶすながみ)や氏神(うじがみ)に、子の魂の成長を報告することで、氏子(うじこ)……すなわち里の一員として正式に迎える、という意味合いがあると、聞き及びます────そして『神無月』においては、神々が集う理由は『神議(かみはかり)』であり……すなわち、万物万象の縁を結ぶための神事を司る。たとえば、そう……作戦会議のようなもの、とされております……」

 

 そこで小宮果穂が反応する。

 

「神様たちの、作戦会議……!! なんだかスゴそうですーっ!!」

 

 やがて杜野凛世と有栖川夏葉が問いかけた。

 

「して、広さんたちは……なにゆえ、これを知りたく思い……?」

「そうね。何か気になることであったのかしら?」

「ある。──アルファは神社に行きたくないんだって。おかげで好きな人と初詣ができなかった」

「……それは……」

「……たしかに、あれはちょっと気になるわね……」

「それで、これ関係で詳しい人なら何か思いつくかなって。正直これを聞くために凛世を呼んだようなもの。凛世、なんでか分かる? ちなみにアルファは何も教えてくれない。ケチだね」

 

 杜野凛世は視線を斜め下に落として思慮する。

 

「……………………申し訳、ございません……凛世には、とんと……」

「そっか。謝ることない。もしかしたらアルファのことだから、神様に喧嘩を売るようなことでもしたのかも。それで怖がってるとか?」

 

 その時、なんの話をしているのかまったく分からないいろはちゃんは、暇を持て余して歌いだした。

 

「おかみさまは~どうしょくぶつ~。いっちゅういっぴきいちわいっと~。このまれたらば~おやしろまいり~。おこられたらば~だいふんか~。どろどろどろどろヒルドラがみ~。びしょうねんは~だいすきよ~。かみかくしを~ふせぐために~。あかいとりいにおくなかれ~。いしおいたらば~けがれだまり~。まえんはじゅんだいはんじょ~」

「……待って。いろはちゃん。それなんの歌?」

「ひろっち! やまがみのうた! りゅうじんのうた! みずがみのうた! ほかにもいっぱい! なまえいろいろ~もりだくさん~?」

 

 篠澤広が問いかけると、いろはちゃんは会話に混ざれて嬉しいのか元気に両手を挙げて答える。

 そこで杜野凛世は、歌の意味に察しが付いたのか動揺していた。

 

「──っ……!! ……それは……なんと、おそろしくも、おぞましい……」

 

 赤い鳥居は荒御魂の封神を意味する。その通過門となる場所に、『塞ぎ』を意味する岩石を置いたとすれば、すべからく瘴気・穢れが蓄積する。換気口の役割を果たせなくなった鳥居。その奥地に広がる神社あるいは集落の空気は次第に腐っていき、土着の産土神や氏神、その他の神もろとも腐り落ちていく。それに引きずられて人心は乱れていき、さながら蠱毒の壺のように、その腐敗地域はやがて地獄絵図と化すだろう。

 

「いろはさん……あなたのお住まいは、どちらで……?」

「? しらーん!」

「……そうですか。知らないのですか……」

「? しってる!」

「……え?」

「だから、しらーん! とおくのー、とーののー! あのー、ない! なまえないのがあるー? あれ?」

「……無名の里、ということでしょうか……?」

「しらーん! っていう! みんな! しらーん! おかしいね~?」

「…………いろはさんは、都会に住んでますか……?」

「うん! いろはいなかきらいになれって~。おかあさいなかきらいだから~。にげてきた! おとうさいったこと!」

「……そう、ですか……」

「でもねー。いなかきらいになるとねー。ゆめでねー。へびとかねー。たくさんきてねー。いろはにつれてこーとするからねー」

 

 その時、食堂に音が鳴った。なんの音かは分からない。

 

『……!!』

 

 一同は振り返る。

 そこは廊下に続く出入り口。だが何もない。音の出処は不明のまま。

 

「……おはよ! いっちゃん!」

『……え?』

 

 いろはちゃんは突然、音のした方向に挨拶した。

 有栖川夏葉はなんとなく嫌な予感がして青ざめる。心霊現象的なものはごめんこうむる。

 一方、芹沢あさひと小宮果穂は瞳を輝かせていた。

 

「なんすか! なんか変なことが起こるっすか! 不思議なことが起きるっすか!?」

「ほんとですかぁ!?」

「……!! あ、あの……あさひさん、果穂さん……落ち着かれて……!」

 

 篠澤広は若干青ざめながら周囲を注意深く観察する。

 

「……いろはちゃん。いま挨拶した人? は……どういう人?」

「? あのねー。──……? うん! あのねー。いっちゃんがうたえって! だから~。いっちゃん! うたうね!」

「……え?」

 

 急にいろはちゃんの声色が変わる。

 三歳児の声色から、どことなく妙齢の美女のような声色に変わる。

 

 一同は凍りついた。

 

「いっちゃんは~、アルファのおよめ~。でもアルファ~、いっちゃんきらい~。まおうぼさつ~、いっちゃんおむこ~。まおうぼさつ~、おこりんぼ~。いっちゃんと~、けっこんしろ~! さもないと~、ころすぞ~! まおうぼさつ、にいにのやりで~。ずんばらりんちょ~、ころされて~。いっちゃんいっぱいごめんなさい~、したけどねえちゃ、ころしたから~。たくさんたくさん、ころしたから~。アルファおこってけんかちゅ~!」

『…………』

 

 ふと、いろはちゃんは正気に戻る。声色も元に戻った。

 

「あれ? ……いろは、なにうたった~?」

 

 一同は身の毛がよだつ。

 既に有栖川夏葉は気絶寸前だった。口から魂が出かかっている。

 

 廊下側から足音。

 

『……!!』

 

 それは食堂に向かってきている。

 

「……あー。いろは、にげる!」

 

 突然いろはちゃんは、杜野凛世の膝の上から降りようとする。着物を掴んでズルズルと降りて行き、食堂から裏庭に続く勝手口に走る。

 

「あ、いろはちゃ────!」

 

 何か嫌な予感がする。

 小宮果穂が追いかけようとすると、食堂に足音の正体────アルファが入ってきた。

 

「いろはァッ!! 止まれッ!!」

「!?」

 

 突として怒鳴られたいろはちゃんは、なんで怒られたのか分からず涙目となって萎縮する。

 アルファはずんずんと食堂を横断。いろはちゃんを抱き上げると、眉間にシワが寄る。そして何百何千何万キロというダンベルを持ち上げるかのごとく、両腕の筋肉がはち切れんばかりの筋力を込めて、なんとかいろはちゃんを力尽くで持ち上げて勝手口から遠ざけた。

 

「クッソ重いな……! おい果穂、杜野さん……っ! こいつを、とっ捕まえといてください……っ!!」

「……! は、はい……っ!」

「……アルファさん、あなたさまは、いったい何を……」

「ま、ちょっとした蛇退治っすよ」

 

 アルファは勝手口に進む。何を迷うことなく扉を開けた。

 裏庭に出た瞬間、風も吹いてないのに、扉が轟音を立てて力強く締まる。おかげでプチパレスの建物全体が揺れに揺れた。

 

『ッ……!?!?』

 

 その轟音で有栖川夏葉は気絶した。篠澤広は放心している。

 ふと芹沢あさひが駆け出した。杜野凛世が叫ぶ。

 

「! あさひさん……!!」

 

 芹沢あさひが勝手口に到着する直前、裏庭の方から勝手口の扉が開けられた。アルファが戻ってくる。

 

 その手には、生きた白い蛇が握られていた。

 アルファは、蛇が噛み付いてこないように、鼻と顎を指先で押さえつけている。

 

「わっ! 蛇だ!」

「はいはいどいてくださいね先輩。──まぁあれです。今回はなんかそういうホラー的なドッキリだったってことで。はい」

 

 その言い訳は無理がある。

 篠澤広は肝が冷えながら問いかけた。

 

「アルファ……これは、いったい、どういうこと……?」

「何がっすか? まぁ夢オチってやつっすよ。俺のことをそっちの方面で探るからいけないんすよ? というわけで二度と俺の過去には踏み込まないように! ……死より恐ろしい目に遭いたいなら、踏み込んでも構いませんけど。それで死なれたら寝覚めが悪いんで、金輪際ってことで。じゃ!」

 

 アルファはわざとらしくニカッと微笑むと、白い蛇を締めながら食堂を出ていった。

 一同はまどろむばかり。

 

          §

 

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