【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
本話には「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」の二次創作が含まれています。
※注意‼︎ 作中に登場するイラストは「AI生成画像」であり、原作キャラクター本人や、アイドル本人が描いたものではありません。誤解防止のため明記しておきます。
昼前。
そこには多数の男女混交アイドルとスタッフ達が結集しており、路上における雑誌撮影をしていた。
神浜市におけるトップモデル・
『ありがとうございましたー!!!!!』
撮影終了。現地解散。アイドル達は深々とお辞儀して、お世話になったスタッフ達と挨拶を交わし、帰路に就く。
特に七海やちよに対しては、企画に参加した全てのアイドルが尊敬の眼差しを向けていた。
そして郁田はるきは、仕事が終わった報告をするためスマホを耳に当てる。
「────あ、もしもし~。プロデューサーさ~ん。撮影終わりました~。どこで拾ってもらえるでしょうか~?」
『……! も、もうか!? そ、そうか……』
「……? プロデューサーさん……? どう、したんですか……?」
『その────ごめん! はるき!』
「──ふぇ……!?」
『渋滞にハマっちゃって、まだ神浜市に着けてないんだ……!』
「……あ、そう、なんですね~。そうでしたかぁ~。じゃあ、えっと……?」
『別の道に行こうか試したんだけど、なかなか抜け出せなくて……しかも道路の奥の方で事故があったらしくてさ……』
「ええ! た、たいへんです……!」
『けが人はいないから大丈夫だそうだ。──そんなわけで、すまん……本当に申し訳が立たない……それで、たぶんそっちに着くのは夕方か、夜か……分からないけど、結構時間を取られると思う……本当にすまん……!』
「そ、そんな……謝らないでください……! プロデューサーさんは、何も悪くありませんから……!」
そこで郁田はるきは、会話しながら閃いたことを相談してみる。
「あ、あの……プロデューサーさん。わたし、明日からしばらく、お仕事お休み、なんですよね……?」
『え? あぁ、そうだけど……』
「それで……プロデューサーさん。渋滞にハマったとのことですけど、引き返すことは可能だったりしますか?」
『まぁ……反対車線に行くにはもう少し先からだけど……できなくはないかな。あ、別ルートで来いってことか? 博打になるけど……試してみるか!』
「あ、いえ! そ、そうではなく~……!!」
『……え?』
郁田はるきはもじもじとする。
「そのぅ……以前お話した『アリナ・グレイ展』のこと……覚えてますでしょうか……?」
『……アリナ・グレイ展……ああ。もちろん。覚えてるよ。神浜市の栄区で開催される美術展示会だよな? たしか開催日は────あ、まさか』
「は、はいぃ……! プロデューサーさんはお忙しいですし、わたしのことは気にせず事務所に戻ってもらって……それで、わたしはこのまま神浜市で休暇を満喫しようかな? と……! 事務所から神浜市までスゴく遠いので、一旦おうちに帰るより、色々と楽ですし……! ──き、急に勝手なこと言って、ごめんなさい……!!」
『いやいや。……本当にはるきがそうしたいなら、ぜひそうしてくれ。……正直に言うと、その提案はこっちとしても非常に助かる。前倒しを覚悟していた案件が、なんとか全部間に合いそうだよ』
「そういうことなら、お互いウィンウィンですねぇ……! じゃあ……」
『でも────はるき』
「……はい?」
『一人で大丈夫か?』
「! ……ふふっ。はいっ! プロデューサーさん。心配してくれてありがとうございます。でもわたしは大丈夫ですから!」
『……何かあったらすぐに呼んでくれ。なんとしてでも迎えに行くよ』
「……! ……えへへっ。はい! もしもの時は、頼りにしてますっ! それでは、郁田はるきでした~」
────ぷつん。と通話を切る。
そこへ一人の青年が声をかけた。
「郁田さん。何かありました?」
「あ……天道さ~ん!」
アルファもとい天道唯我の登場である。
共に雑誌撮影していた男性アイドルの中に、彼の姿も混じっていた。
「実はぁ────かくかくしかじかで~」
「いやさすがに分かりませんって。俺そこまでエスパーじゃありませんから」
冗談はさておき、郁田はるきは簡単に説明した。
天道唯我は納得する。それなら手助けは要らなさそうだ。
「天道さんは、これから直帰……?」
「散歩っす。だって神浜市は最近急激な成長発展を遂げた新興都市っすよ? 横浜や兵庫に並ぶ地方都市とすら言われている。そりゃ気になりますよ!」
「だよね~!」
「あ、そうなるとホテルに泊まるんすよね? 俺は
「わたしは
「あ、言わなくていいです」
「────え? …………あっ。あぁ~! そういう……? 分かったっ! えっと……気をつけるね!」
「はい。──まぁ俺は中坊なんで、そんな気にすることでもないとは思うんすけどネ!」
天道唯我もといアルファは、パパラッチの存在を警戒している。
まかり間違って同じホテルに宿泊しているようなら、ホテルに入る場面を撮られないように、アルファはすぐに予約をキャンセルして別のホテルに向かうだろう。ただし、そのホテルにも万が一アイドルが宿泊していたら? 考え出せばキリがない。そのためアルファはパパラッチを撒いてから、完璧な変装をするつもりだ。
「じゃ、俺はこれで」
「あ……天道さん、まっ────」
「話は後でお願いします」
「……!」
仕事終わりで、いきなり二人の男女アイドルが談笑しつつ街の奥に立ち去る。そんな光景を作るのは避けたい。
これはそういうアルファの心くばりなのだと気づいた郁田はるきは、アイドルとしての自覚を思い出しつつ、自分のほっぺをぴしゃんとたたいて、気を引き締め直した。
§
夜。水名区の美術館。
郁田はるきは閉館時間ギリギリまで、思う存分様々な美術品を鑑賞して回った。ガイド役のバイト女子高生・
ならばそこしかあるまい。水名ホテルに到着。おひとり様でチェックイン。
今日は一日中歩き回った。脚がパンパンである。お風呂に入ってふくらはぎをマッサージ。溜まった乳酸を解きほぐす。
風呂上がりに牛乳一杯。コンビニで買ったお弁当を食べて、スマホを打つ。
『天道さん。起きてますか~?』PM 20:01
すぐに既読がついた。
『はいはい。
なんでございましょうか』PM 20:01
『明日のアリナ・グレイ展
一緒に観に行きませんか~?』PM 20:01
『あ!もしよろしければ、なんですけど!』PM 20:02
『……なぜに?』PM 20:03
『取材したいんです~』PM 20:03
『天道さんの変装技術!
ぜひ詳しく知りたいな~と』PM 20:03
『……ダメでしょうか~?』PM 20:03
『……例の展示会で、
俺の取材ですか……?』PM 20:04
『まぁ……ならご要望に
お答えしまして……
変装していきますよ』PM 20:04
『ほんとですか~!
ありがとうございます~!』PM 20:04
『楽しみだね~!』PM 20:05
『そうっすね』PM 20:05
§
翌朝。水名区の神浜現代美術館。昨日と同じ場所である。
今日からアリナ・グレイの展示会が催される。美術館手前の広場で、軽く帽子をかぶる郁田はるきは、青髪赤眼の青年を見かける。彼はまっすぐと郁田はるきのもとに歩いてきた。
「おはようございます。こう見えてアルファです」
「──っ!? わ、おぉ……初星学園の時と、同じ髪色と目の色だね? だから、もしかしたら? って思ってはいたんだけど……色は同じなのに、あの時とはまったく別人に見える! スゴいねぇ~!」
「恐縮です」
「それじゃあ、列に並んで整理券をもらいに行きましょう~! ──あ、てんど────じゃない。な、なんとお呼びすれば……!?」
「アルファでいいですよ」
「……じゃあ、アルファさん。朝ごはんって……もう食べましたか?」
§
館内のフードコートにて、アルファと郁田はるきは朝食を取る。
「ここ、麻友ちゃんから教えてもらって、ナゲットやラーメンが美味しいんですよ~!」
「へぇ~。──美術館にフードコートがあるなら、雑貨店とかも小規模ならありそうですね。そこで伊達メガネやサングラスでも買いません?」
「え?」
「さすがに帽子だけだと……その……」
「あれ、そうかな!? でもぅ……まだそこまで有名じゃないしぃ……?」
「まぁ、ご随意になされて」
そう言われると、なんだかやらなくてはいけないような空気になってくる。
朝食を済ませてたらおみやげコーナーに移動。適当に伊達メガネを選んで試着する。
「これでどうかな? ぜひ変装の採点をお願いします! そして変装技術の伝授をば……!」
「似合っていますよ」
「……っ────へ、変装の、採点……を!」
「はは。分かりました。──ええ、可愛いですよ!」
「わざとやってますぅ!?」
採点しろ。と言っているのに褒めてくる。
明らかにふざけておられる。これが噂に聞くアルファのイタズラ好き。
「ぐぬぅ……智代子ちゃんの言う通り、なかなか手ごわいようで……」
「いえ。個人的には、特に変装技術なんて大それたモノを持っているつもりはなくてですね。このウィッグもカラコンも、果穂がモールで適当に選んで買ったものですし……というわけで、実は教えられるようなものは何もないんですよ。ごめんなさい」
「……そう、だったんだ……いやでも、謝ることはないよぅ! これが天然自然モノってことは、つまりアルファさんは見目が整っているからなんでも似合うってことで……その似合いぶりが、なぜか独特な雰囲気を醸し出すから別人に見える? ってわけで……それはそれで、なかなか面白い現象と言いますか、研究しがいのある人物と言いますか……」
郁田はるきは真剣に観察を始める。
じーーーーーーーーーーっと、アルファの顔の形のパーツを凝視して考察を始める。
「…………えっと。芸術的な研究中のところ悪いのですが、そろそろ展示会が始まるのでは?」
「────……、……! そうだった! 急ごう、アルファさん!」
「はいっす。その前に付けてる眼鏡、レジで買いましょうね」
「!! ととっ、あぶない! ありがと~アルファさ~ん!」
§
ジーニアス・アーティストのアリナ・グレイ。彼女が描いた美術品が多数飾られている広大な展示室。
基本は絵画を描くようだが、時に空間や物体を活かしたインテリア系のアートや彫刻なども少数点在。
郁田はるきはその一つ一つを丹念に注意深く観て回る。芸術関係に興味が薄いアルファは、郁田はるきの視線を追って何に注目しているのか探る。郁田はるきは絵から心を読み取ることを楽しみとするが、アルファは人の顔から心を読み取ることをクセとしているようだった。
「……郁田さんにとって、芸術ってなんすか?」
ひょんなアルファの問いかけ。
郁田はるきは驚いたようにのけぞり、じっとアルファの顔を見上げる。
『…………』
それから視線を落とし、熟考。
アリナ・グレイの芸術品と合わせて、頭の中がごちゃごちゃしてきた。
「……質問を変えます。郁田さんは、アリナ・グレイさんをどう思っていますか?」
すると郁田はるきは、羊が怯えたように身をすくめた。
「アリナ・グレイさん……あの人の作品は、わたしから見て圧倒されます。色や形、技法や信念だけじゃなくて、本質としての『生と死』みたいな……普通なら触れるのが怖いテーマを、まっ正面から挑んで、掴んで、モノにして……しかも、それを自分の美学として貫いている……そんなふうに、思っています」
「同年代で。郁田さんの一個年下なのに」
「はい……正直、わたしには全然、真似できない領域です……」
それから郁田はるきは、絵を見て感じたことを述べる。
「あと、アリナさんは……少し、怖い……」
「……絵が怖い。という話ではなさそうですね?」
「うん。アリナさんの絵は……なんというか。きっと自分の心を動かすためなら、どんな手段でも使うし、他人の痛みすら作品の一部にしてしまうかのような、辻斬りみたいな情熱と激しさを持っていて……その覚悟は、本当に凄いと思うけど……わたしは、そこまで割り切れない。だってわたしは、みんなに楽しんでほしい。わたしは誰かの心を動かすとき、その人がちゃんと笑える形で届けたいから……!」
「なるほど。郁田さんは表現者として、見てくれる人を楽しませたいパフォーマー。であればアリナさんは、ただ自分が描きたいものを描くだけのアーティスト。……浅学ながら分類すると、そのような感じでしょうか」
「……そうなの、かな? たぶん、そうかも……? ……だからこそ、尊敬と警戒が、半分ずつ」
「畑違い故に?」
「うん。……でも、もし直接お会いして話せるなら……どうやって、そんな強さを手に入れたのか……それとも、元からなのか……いろいろ聞いてみたい。……たぶん、簡単には教えてくれないだろうけど……」
「だそうですよ、アリナさん」
「…………────────っッ!!?」
アルファは振り返って、誰かに声をかけた。アルファが問いかける直前から、なぜかアルファの背後に立っていた人物に話しかける。
そこで郁田はるきも大慌てで振り返った。目の前には────
「わ……わわわっ!? あ……アリナ・グレイ、さん……!?」
────綺麗な緑髪。翠緑の瞳。絵の具がついた美貌。表情は無。
腕を組んでおり、真顔。何を考えているのか傍目には分からない。ただ次の瞬間、怖気がするニヤケ顔を見せた。
「ふぅん……アナタ、アリナのこと、そんなに『怖い』ワケ……?」
「っ……!! あ、その、えと……!! ──ごめんなさいっ!! 決してアリナさんのことを悪く言ったわけではなくて……っ!!」
「ワッツ? なんで謝るのか意味が分からないんデスケド。そんなの分かりきってるワケ」
「……!」(ほっ……)
どうやらアリナ・グレイは怒っているわけではないらしい。とてつもなく気難しい人と聞くため、郁田はるきは生きた心地がしなかった。が、この分ならお叱りやケンカは避けられそうである。
「だってその怖さは『正しい』カラ。アナタの読み通り、アリナは作品のためなら他人の痛みだって色に変えてやるし、笑顔だって血の色に染める。それがアリナのアート!」
「……それは……怖く、ないんですか……?」
「逆に聞くけど、何が怖いのかアリナにはワカラナイ」
「……────」
「それと『楽しんでほしい』? 『強さ』? 『元から』? ハン! そんなのアナタにとって重要でも、アリナ的にはどうでもいいヨネ。パフォーマーは媚び売るのが仕事デショ。アリナのアートは後で他人が勝手にとやかく騒いでればそれでいいワケ。アリナは別に、魅せるために描いてるワケじゃないんダヨネ」
「……はい。やっぱり、そうですよね……」
一方、アルファは平静を装っているが、その実、内心はビビり散らかしていた。
アリナ・グレイの心の中は、かの樋口円香が赤子のように可愛く見えるレベルの精神性をしていた。正直、もう対面していたくない。これだからアーティスト系は精神性がブッ飛んでる人が多くて嫌なのだ。ただし敵意は存在しない。無論、敵意が無くともいきなり拳銃やソードオフショットガン、あるいはナパーム弾をぶっぱなしてくる場合もあるのが怖いところ。
つまり、何を考えているのか全く分からないのだ。
一秒後には死闘が始まっていそうな緊迫感。
今は仲良く対話しており、郁田はるきとアリナ・グレイは無防備だが、常にアルファは身構えている。
「それより」
そら見たことか。ほれ来たことだ。
アリナ・グレイは、アルファに視線を注ぐ。
「アナタ、何者? ただならぬ気配を感じるんデスケド」
「……そんなこと言われても、ただの一般人ですよ」
「アリナの目は誤魔化せないワケ。…………決めた。今回のイベントで題材を決めろって先方に言われてたけど、なかなか思いつかなかった。でも見つけた。やっぱりフィールドワークはしてみるもんダネ。名前は?」
「……」(嫌な予感がする……本名は隠しておこう……)「アルファです」
「アルファ、付いてきて。アリナのアトリエに案内するワケ」
「────はい?」
アルファは即答で断ろうとした。
しかし、となりの郁田はるきがテンション上がって騒ぎ出す。
「えぇ! ほんとですかぁ!? あ、アルファさん……! アリナさん! わたし……わたしも! ご、ご、ご一緒して、よろしいでしょうか……!?」
「好きにスレバ? アルファの連れなんデショ? それに同じ絵描きなら、もうひとつのイベントも完成するし……アリナ的に結果オーライだから、むしろアナタも付いてきてヨネ」
「はい! ありがとうございます!! ほらアルファさん、行きましょう!」
「えぇ~…………」
アルファは生きた心地がしなかった。
おそらく、この先は地獄である。
§
アリナ・グレイに付いて行く郁田はるきとアルファは、広いコンサートホールの会場に入る。
そこは整理券を使わなければ入れない場所。アリナ・グレイ展のイベント会場である。
そろそろイベントの開始時刻であるため、観客席に見物人がどんどん入ってくる。
舞台袖で待機する郁田はるきとアルファは顔を見合わせて、まさかと思った。
「あの……アリナさん……アトリエは……?」
「今回のアトリエは舞台の上。アリナ的には静かな場所でやりたいけど、スポンサーがうるさくてネ。ま、資金ないと画材も買えないし、今週はアリナにとって我慢の期間ってワケ。ホントイライラするヨネ……やっぱり今からバックレてやろうカナ……」
「えぇっ!? で、でもでも……やりましょうよ~!」
「……ならアナタがやれば?」
「それだと『いくはる展』になっちゃうよ~! みんなはアリナさんの芸術を観に来たんですから~!」
「チッ……」
アリナの舌打ちに対して、アルファは目を閉じてビビり散らかす。
(なんで本気の殺意を抱けるんだよ……この人マジで観客席の人に死んでほしい、なんなら自分がブチ殺すって考えてたよ……もし自分が魔法を使えたら皆殺しにして部室に戻って、黙々と絵を描いていたのにって、本気で画策してたよ……怖いよぉ……)
「あの、アリナさん……イベントの内容は秘匿されていましたけど……」
「もう始まるカラ。主催者のツマラナイ演説でも聞いとケバ?」
開演時間となった。ホールが消灯。舞台の中央にライトが点灯。そこに一人の男性が立っていた。マイクを握っている。アリナ・グレイのスポンサーであり、今回のイベントの主催者にして企画者なのだろう。
「ハローエブリワン! レディースアントジェントルメン! ────なんて能書きは不要! これより一週間に及ぶアリナ・グレイ展の大型イベントの説明を始めます! 皆さんご清聴をば!」
拍手が上がってすぐにやむ。
主催者は力強く語りだす。
「ありがとうございます! そしてイベントの内容は単純明快! これより三日間、私が立つ舞台の上で、アリナ・グレイとチャレンジャーにはモデルを立てて、絵を描いてもらいます! ただし絵を描く条件として『三日間の断食』を約束させていただきます!」
観客にざわめきとどよめきが広がる。
アルファは呆れ返った。試みとしては面白いが、色々と健康面が気になる。そこらへんのアフターケアは整っているのだろうか。自分にとって三日間の断食は慣れたものだが、さすがに普通の女子高生である郁田はるきにとってソレは地獄となることが容易に想像できる。
「あの、郁田さ────」
アルファは、郁田はるきの険しい横顔を見て悟った。
この芸術家肌の女、割とやる気満々である。
(────マジかぁ……助けて果穂……篠澤さん……あさひ先輩……ダメだ。助けることできそうなの果穂くらいしかいねぇ……しかもその果穂はここにいねぇ。参ったなぁ……)
主催者は続きを語る。
「世界が誇るジーニアス・アーティスト! アリナ・グレイの美学は『生と死』であることは、すでにみなさんご存知の通り! であれば、この『断食』の過程を経て、アリナ・グレイが挑む美術の世界に触れてみませんか!? もちろんチャレンジャーは限界と感じたら途中辞退可能です! 医療班や栄養班も控えています! ただし万が一のため自己責任の契約書は書いていただきます! さあ、さっそくチャレンジャーはいますかな!?」
そこでアリナ・グレイは、突然アルファの手を取って歩き出した。
すかさずアルファは踏ん張って嫌だ嫌だと抵抗する。するとアリナ・グレイは当たり前のようにボディーブローをかましてきた。当然アルファは防御する。今度はスネを蹴られそうになり、跳んで回避。このままでは本気の殺し合いが始まると直感したアルファは、アリナをケガさせないために抵抗をやめる。
「ったく! わかりました……わかりましたから! 行きますからもう暴力はやめてください……」
「そうやって最初から家畜のように大人しくしとけばいいんデスケド? ほらアナタも付いてきて」
なんとも横暴である。
アリナ・グレイに連れられて、アルファと郁田はるきは舞台に上がった。主催者は驚いたように目を見開く。
「おや!? アリナさん! もしかして自分からチャレンジャーを見繕ってきたんですか!?」
「アリナじゃないと『断食アート』なんて、誰もやりたがらないと思うワケ。ダカラ、フィールドワークした。そうしたら良さそうなカモが見つかったんデスケド。アリナに感謝してヨネ」
「素晴らしい! あやうく企画倒れになるところでした! では、おそらくアリナさんに無理やり連れてこられたであろうチャレンジャーとモデルさん! お名前は?」
郁田はるきとアルファは答える。
「い……『いくはる』、です……っ! チャレンジャーです!」
「……『アルファ』です……なんかモデルらしくて……あの、もう帰っていいっすかね? 俺の写真を撮ってモデルにすればよろしいでしょう?」(あ、これ無視されるな……)
「なるほどなるほど! それではチャレンジャーとモデルが揃ったところで、さっそく『スリーデイ断食アート』を始めまショーーーーーーーーォウタァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーイムッッッ!!」
§
とんでもないことになった。
一言で言ってしまえば、アリナ・グレイと郁田はるきのお絵描き勝負みたいなものなのだが。場合によっては合作みたいなことにもなるのかもしれないが。そこに三日間の断食が加わるとなると、少々アレな感じがする。つまり危険だ。しかしどうにもならない。当人達が乗り気なのだ。おそらく郁田はるきは、あとでプロデューサーから注意を受けるだろう。それでもアート魂には変えられないのだろう。
かといって、それに巻き込まれる自分のことも考えてほしい。などとアルファは思う。
コンサートホールの舞台の上にて、ふたりの少女が椅子に座り、画材と絵の具を完備した状態で、真っ白なカンバスの先に座る
この状態で、本当に本気で。
三日間、飲み物はアリだけど食べ物はナシで、絵を描き切るつもりなのか。
椅子の横にスタンドマイクがある。それは自動的に近くの三人の声を拾う。
「アルファ。アリナはひと目で、アナタにただならぬ『ナニカ』を感じた。それについて教えてヨネ」
「お断りします」
「ハ? 拒否権とかあると思ってるワケ? まず過去とか話してヨ」
アルファは嘘をつけない。
しかし虚実を織り交ぜて誤魔化す程度なら可能だ。嘘はついていないが本当のことも言っていない、という話術である。それでも人に聞かせるような話ではない。ならば適当な過去を話すか。否、アリナ・グレイはとんでもない審美眼で、アルファが巡った地獄をなぜか見抜いている。その話題以外ではたちどころに見破られて、下手すれば殺し合いが始まる。つまり、地獄に関する話題以外はできない。ならばとアルファは、そちらから助け舟を出さない限り、もろとも船を沈めると脅す。
「条件があります。私の過去を聞いていいのは、郁田はるきとアリナ・グレイのみ。これが認められない場合、私は実力行使で帰路に就きます」
「……──ヘイ、スポンサー。マイク切って幕を下ろしてほしいんデスケド。アリナ達は控え室に行くから、盗み聞き厳禁。もし発覚したらアリナが直々に殺すカラ」
「りょ、了解です……っ!!」
アリナ・グレイの殺気を受けた主催者は、急いでスタッフに指示を出して幕を下ろす。
「それではお客様! モデルのアルファさんが過去話を終えるまで、今しばらくお待ちを~!」
§
控え室という名の完全密室空間。
アルファは盗聴の可能性がないことを入念に調べた上で、溜め息ひとつ。どうしてこうなったと椅子に座る。
「あの、ホント。他言無用でお願いしますネ? もし誰かに話しても訴えたりとかしませんけど、色々とこっちでも手を打たせていただきます」
「たとえバ?」
「わたくしこういう者でして」
アルファは名刺を差し出す。それは自分が持つ会社の名刺。
「……アナタ、何歳? その年で社長なワケ?」
「もし約束不履行となれば、あなたを買収して、うちの専属アーティストにします。それは最悪ですよね?」
「…………面白そうじゃん。さっさと話してヨネ。そもそも誰かに話す気なんてないんダカラ。そこまで気にしなくてもいいんデスケド」
「悲しい話は、それだけで周囲に呪いが広がりますからね。郁田さんも、果穂にだけは……どうか」
「あ、はい! もちろん、誰にもお話しませんよ……っ!! ──というか、ごめんなさい、アルファさん!! アルファさんは断食しなくてもいいみたいなんですけど、まさか過去まで聞き出すとは思わなくて……もし嫌なら、今からでも────」
アルファは微笑む。
「でも、やってみたいんでしょう? 断食アート」
「……っ! で、でも────それは、わたしのわがままで……! 一番大事なのは、アルファさんのことだから────」
「その気持ちだけでありがたいです。それに……なんか最近、自分の過去を話すことや、知りたがる人が後を絶たないんすよね。無理に抵抗しても変な方向にこじらせそうなんで……多少は理解者を増やしておこうかな、と。……それに283さんのことは、長い付き合いで信頼していますので。──アリナさんも、他人に話す気がないどころか、そもそも三日後には忘れてるでしょう。なので、そのへんで信用してます」
アルファは深呼吸。
まともに聞かせる気のない早口で、抽象的に滔々と語りだす。
「────幼い頃は清純な青だったのに、多くの人に利用されたという紆余曲折を経て人間不信に陥り、哲学を修めた結果、小学生のくせに『オトナに説教できるくらい大人びてしまった紫の子』と言われたことがあります。それだけに飽き足らず、努力の末に読心の術を得て、もう誰にも裏切られないぞ、と思ったのも束の間、今まで信頼できると思っていた人すべてが腹の中で利己的な考えを持っていることが読めてしまい、利他的な人は極小数と知って絶望し、黒に染まってしまった。けれどヒーローに憧れ、利他的な人は実在するのだという証を自ら打ち立てるべく、世界は腐っても腐りきってはいないのだと粉骨邁進し、正義の味方すなわち
郁田はるきとアリナ・グレイは黙りこくる。
アルファの瞳は黒かった。ただの黒ではない。純粋な黒でもない。闇というには病的でもない。深淵というには退廃でもない。
地獄というには、生ぬるい。
「……具体的に何があったワケ?」
アリナ・グレイが問いかけると、アルファはまたも聞かせる気のない早口で滔々と述べた。
「────五歳の頃に両親を失い、そのとき母の腹の中には弟妹がおり、都内から田舎の親戚に預けられてそこで虐待を受け、児相が入ってきて別の田舎の親戚に移ったのですがそこでも虐待を受け、これを八回は繰り返す。さらに虐待の内容がなんの因果か八大地獄とそっくりで、七歳になるまでやれ窃盗しろやれ殺生しろやれ強姦しろなど無理難題を強いられ、その全てを跳ね除けてきたが故に暴力を振るわれ、もう我慢ならないと七歳の折に逃げ出した暁に、故郷たる都会の弁護士事務所に相談し、なんとか一人暮らしを認められて、それからは信頼できる天使のような赤い同好の士を得て、ヒーローを志す十三歳の青年。……そんな感じっすかネ!」
最後にアルファは、あっけらかんと笑う。明らかに無理をしている。
対するふたりといえば────
郁田はるきは絶句していた。瞳孔は揺れ震えて涙目になっている。
アリナ・グレイは真顔で足を組んでいた。
「……アナタの過去、激ヤバすぎてアリナの脳みそがビリビリしてるワケ。これはただの
アリナ・グレイは控え室から立ち去る。
郁田はるきはうつむいていた。
「──……あの、アルファさん……ご、ごめんなさい……っ────」
「いえいえ。心のどこかではほんのちょっぴり、誰かに話したいとは思っていたんですよ。きっと。……というのもなんだか最近ブルーでしてね。弱音をこぼしやすいと言いますか……。ともあれ、自分で話したいと思ったことなので、郁田さんは気にせずともよろしいです。では、俺はこれで。俺の過去を聞いて、どんな絵が完成するのか……実はちょっと楽しみにしてます。俺の心の整理を付けられる絵を……お願いしますね」
「っ……!!」
アルファは立ち去った。
郁田はるきはしばらく控え室に閉じこもる。
やがて、テーブルの隅に置いてある大量の弁当箱が目に入る。それを開けて大量に食べて、鋭気を養ってから────アーティスト・郁田はるきは、地獄の断食絵画の舞台に飛び込んだ。
§
アリナ・グレイ展。二日目。
早朝の神浜現代美術館は、昨日より行列が増えていた。SNSで『断食アート』がバズっており、それ目当てで客が増えたらしい。テレビの取材陣も列に並んでおり、大盛況である。どうやら昨日の真夜中に『アリナといくはるが一枚ずつ完成させた』らしく、その絵を目当てに観客がごった返している様子。さらにふたりは二枚目の作成に取り掛かっているとのこと。どうやら連作のようだ。
昨日と全く違う変装で別人に扮するアルファは、長時間並んでまで自分の絵画を見たいとは思わないため、引き続き神浜市の旅行を続けた。今日は
§
アリナ・グレイ展。三日目。
SNSで噂話を聞くに、どうやら『アリナ・グレイ』と『いくはる』は、トイレ休憩以外、ずっと舞台の上で絵を描いているとのこと。就寝も舞台の上で取っているらしい。それの何が話題になっているのかというと、最初観客は
さらに主催者によれば『本当は最初その予定だったんですよ! 絵を描いてる時だけ断食! そういう話だったのに! アリナさんもいくはるさんも、閉館時間を過ぎてもこちらが用意した食べ物を何も食べてくれないんですよ! 何かに取り憑かれたかのように、倒れて寝るまで描き続けて……これでおふたりの健康に何かあったら私の責任だー! どうしよー!』とのこと。
これを舞台の上で語ったらしく、口コミが広がり、話題につながったらしい。
アルファは興味ないため、今日は治安が悪いと聞く大東区方面に向かう。
ただ、少し思うところがあった。
(もしかして……俺が話しちゃったから、ほんの少し呪いを受け継いじゃったのかな……それかアーティストってのはみんなそんなもんなのか……ま、何かあれば植物系の神社でお祓いすればいい。水気を吸い取れば万々歳だ。──そういえばあそこのラーメン屋マズかったなぁ……いやウマいところもあったんだけどさ。採点するなら50点かな?)
§
アリナ・グレイ展。四日目。
早朝。アルファは一日目の時と同じ変装で向かう。まだ開館時間ではないのに行列ができている。おそらく『三日断食アート』が完成した、との報告がSNSで上がったため、みんなそれを見に来たのだろう。アルファは関係者に声をかけると、列に並ばずとも顔パスで通された。裏口を通って舞台に向かう。そこには、なんともカラフルなアリナ・グレイと郁田はるきが倒れていた。
舞台の上には、カラフルな塗料が飛び散ったブルーシートが敷かれている。その上にパレットと数枚のカンバス、スタンドマイクやあらゆる画材、使い切った絵の具やら折れた筆やら、ベアハッグして破壊したらしきカンバスまで、ありとあらゆるものが散乱している。
倒れたスタンドマイク。灰色の水がぶちまけられた筆洗バケツ。折れた椅子の脚。新しい椅子。破壊されたパイプ椅子。ほとんどの破壊品は、布団の中でうずくまっているアリナ・グレイの近くにある。その布団は絵の具と筆洗バケツの水で汚れており、なんとも汚いものだった。
郁田はるきは行儀の良い寝相で布団をかぶり眠っているが、ほほが痩せこけている。どうしてそこまで命と情熱を燃やして走りきったのか。今はぐっすりと眠っているようなので、アルファは抜き足差し足でそばを離れ、近くの医療班に声をかける。
「あの。マジで彼女達、三日間、何も食わなかったんですか?」
「はい……いくはるさんは注意しても集中のあまり聞こえていないようで……アリナさんは無理に声をかけると『シャラップ!』と叫んでカンバスや椅子を投げつけてきますし……」
「言うまでもないことですけど、おかゆとかそういう用意は?」
「あ、もちろんです。いきなり固形物を食べると大変なので……この三日間で準備を強化しました。安心してください」
「そうですか。ありがとうございます。よろしくお願いします。それとホントうちの連れがすみません……」
「いえいえ。……ところで、絵画は見ましたか?」
「いえ、まだ……」
「なら、ぜひ観てください! スゴいですよ! さすがアリナ・グレイに挑戦しようと思ったアーティストさんですね! アリナさんは擬人化と世界をテーマに、いくはるさんは人物をテーマにしたそうなんです!」
ならばとアルファは控え室に入り、ウィッグを付け替えて別人に扮し、展示室に向かった。
§
アルファが展示室で目にした五枚の絵画。
それはおよそ
その理由について、人々は口々にうわさする。
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現にスタッフや観客の話では、ふたりは一意専心というレベルではない熱中ぶりで絵画を描ききったのだとか。
そのうわさを小耳に挟んだアルファは思う。
(どっちかっつーと、
しかし、この手の呪いは往々にして一過性である。
芸術品を完成させて、その意欲を燃やし尽くしたのであれば……今後における悪影響は、さほど生じないだろう。
そのように判断したアルファは、詫びの一つも入れなければと思い、ふたりに差し入れを持って行くことにした。
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三日断食アート
一日目 第一作
題名「腐敗の中で咲く、正義という毒花」
作者「アリナ・グレイ」
所蔵「水名美術館」
《キャプション》
「腐った土? それって最高の養分ダヨネ」
「痛みも絶望も、ぜ~んぶ吸い上げて、骨の髄まで刻む色に変える」
「触れたが最期、アナタの中の“安全な世界”は、もう戻ってこないカラ」
腐った大地を根に持ち、絶望を養分に咲き誇る花。
その花弁は美しく、しかし触れた者の骨の髄まで毒を刻む。
それは破壊のためではなく、腐敗を浄化するための選ばれた毒。
正義とは、時に優しさではなく、痛みを知った者だけが持てる力である。
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三日断食アート
二日目 第二作
題名「腐敗の世界そのもの」
作者「アリナ・グレイ」
所蔵「水名美術館」
《キャプション》
「見てみなヨ、この病巣」
「息を吸うだけで喉が焼ける」
「目を逸らせば背中から食われる」
「でもほら、奥の奥に、まだ色が残ってる……完全な支配なんて、させないワケ」
それは大地を蝕み、空を覆い、息を奪う終末の波。
無数の顔が嘲笑し、過去の理想を泥に沈める。
しかし、その闇の奥底にも、わずかな異色の光が芽吹いている。
腐敗は全てを飲み込もうとするが、完全な支配は決して訪れない。
§
三日断食アート
二日目 第三作
題名「残酷なる闘いの宣言」
作者「いくはる」
所蔵「水名美術館」
《キャプション》
「これは儀式。戦いにあらず」
「槍の如き一筆で、世界の色を塗り替える」
「笑っているのは、もう勝ち負けの外側に立ってるから」
「腐っても咲く光の花はあるんだよって、骨の髄まで刻んでやる」
光と闇の境界に立ち、筆を武器に世界を書き換える瞬間。
狂気と決意が混ざる瞳は、後戻りを許さない。
これは勝利を求める戦いではなく、世界の再構築のための儀式である。
§
三日断食アート
二日目 第四作
題名「決着」
作者「いくはる」
所蔵「水名美術館」
《キャプション》
「終わり? ちがうよ」
「これは腐ったキャンバスを塗り直すための最初の一筆」
「光も闇も、ぜんぶ新しい色に混ぜてやるんだ」
腐敗の核を断ち、世界の在り方を書き換える瞬間。
光と闇は均衡し、新たな世界が誕生する。
これは勝利ではなく、再構築の始まりを告げる一筆だ。
§
三日断食アート
三日目 第五作
題名「エピローグ」
作者「アリナ・グレイ&いくはる」 ※前者は主に背景担当、後者は主に人物担当の設定。
所蔵「水名美術館」
《キャプション》
「静かすぎて、逆に落ち着かないヨネ」
「でも、次の色を選ぶ時間は……嫌いじゃないかも」
「風が運んでくるのは、きっとまた毒と美の種ダヨ」
「それでも……その種は絶対、藍色の薬になるから」
闘いの後の静かな朝。
柔らかく咲く毒花と、風に運ばれる新しい種。
物語は終わりを迎えたが、人生は続き、次の色が選ばれようとしている。
‐藤は潰え、今は黝き亡霊に捧ぐ‐
十三歳の将来に、幸多からんことを。
§