【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
本話には、「孤独のグルメ」の二次創作物(オマージュ/パロディ)が含まれています。
某月某日。晴れ。
地方営業で小さな商店街に来訪した月村手毬は、アイドルとして仕事に来ていた。
依頼は、地元の商店会長から『アイドルらしく華やかに、商店街を盛り上げてほしい』というもの。
これについて月村手毬は訝しむ。
(アイドルらしく華やかにって、具体的にどういうこと? こっちは朝から移動で化粧も落ちかけてるのに……これって町おこしをアイドルに丸投げしてるってことだよね? その程度のプランで本当に大丈夫なのかな……)
毒を吐く月村手毬はシャッター街を見て回る。
(……ああ。大丈夫じゃないから、こういう依頼をしてくるわけか。神頼みならぬ
月村手毬は、やれやれ、とお手上げ。首を振って呆れかえる。
普段よりやや毒づき度が増しているのは、最近、学園プロデューサーの事務所で一緒に働くようになった賀陽燐羽を見て、エミュレートの内容をアップデートしたからだろうか。
「月村さーん! 撮影始まりまーす!」
「あ、はーい!」
§
撮影が押して正午を過ぎた。昼食タイムを逃す。
お腹が鳴る中、撮影終了。アーケード街の時計台を見上げると、時刻は二時十分を指していた。
(おなかすいた……こういう時こそ、ごはん持ってきてよ、美鈴、燐羽ぁ……)
撮影スタッフ達はコンビニおにぎりで軽食を済ませている様子。
しかし月村手毬は、この遠出を棒に振る気はない。
(さっそく地方まで来たんだから、美味しいお店を探そう……ひとりで抜け出しても怒られないよね……現地解散だし……じゃあ最後に『ありがとうございました』ってお礼を言って、それからそそくさと離れよう……)
§
月村手毬はシャッター街を抜けて、表通りに出る。
そこはチェーン店ばかり。
(ふーん。田舎の街並みって感じ。都会より壁の色が薄い高層建築物がポンと一棟だけ建ってる奇妙な異様さ……これを感じるのは都会人だけだよね。田舎者は気づかない。もっと夜の光に映えるよう黒く塗ればいいのに。……あ、夜になっても周りに建物の灯りが少ないから、色味を濃くしようと思わないんだ。納得。だから建物の色が薄いのか……何事も必然なんだね)
よく分からないことを言う月村手毬は、ふいに閃く。
(必然といえば……都会も田舎も変わらない必然がある。そう、
適当な裏路地に入る。
すると古びたのれんの揚げ物屋を見つける。が、店先で二人のサラリーマンが立ち話をしている。
「いやー。腹いっぱい食っちまった。胃が重たいよ~!」
「おいおい、これから外回りだぜ? 挨拶中にトイレ行くのナシだからな~」
その様子を観察する月村手毬は、ふむふむとうなずく。
(あの二人、毎日ここで油吸ってそうな顔してる。幸せそうで何よりだけど……)
ごくり。
いったい、どんな油を吸って胃もたれしたのか。
気になるなら、入るしかあるまい。
揚げ物屋の前に行くと、二人のサラリーマンが道を開けてくれる。会釈。古い引き戸を開けようとすると少し固い。力を込めて、ガタガタと音を立てながらこじ開ける。
「……っしゃい」
店主は無口な人柄の様子。
店の内装はカウンターのみ。壁には色あせたメニュー札が貼ってある。
(……飾ってある小道具を見るに、大正より前の香りがする。なら
京都において百年程度の店は、まだ老舗とは呼ばないのだとか。
現在の百年前といえば大正時代。故に明治時代以前の店ならば、月村手毬的に老舗判定となる。
月村手毬は出入り口近くの椅子に座り、壁の品書きを見やる。
なお品書きの端っこには、オシャレにも花鳥風月の挿絵が入っていた。
『御献立』
『和食』
『 天麩羅 五百円 』
『 拉麺 五百円 』
『 生姜焼 五百円 』
『洋食』
『 ビフテキ 五百円 』
『 カツレツ 五百円 』
『 カキフライ 五百円 』
『和洋折衷』
『 カツ丼定食 五百円 』
『 オムレツ御飯 五百円 』
『 ミックスフライ定食 五百円 』
(へぇ……全部ワンコインなんだ。このやり方で生き残ってきたのかな……? せこいけど高等テクかも。その代わり白米とか大量じゃなきゃ誰も通わないよ? さて……お小遣いはたくさんあるし、適当な仕事の依頼でちょっとムカッ腹立ってたから、今日は少し奮発しようかな……)
「すみません。注文よろしいですか」
「……へい」
「ラーメンとビフテキ、カツレツとカツ丼定食をお願いします。あとカキフライも。ご飯は大盛りで」
「…………へい」
(無口な人だな……でも、こういう人ほど腕利きの料理人なんだよね……これは期待していいかも……!)
§
数分後。厨房から店主が戻ってくる。
「……へい。ラーメンとビフテキ、カツレツとカツ丼定食、カキフライ。ご飯大盛り」
「ありがとうございます。……あれ?」
単品四品。定食ひと品。
それだけ頼んだつもりだが、なぜか大量の千切りキャベツが一枚の皿に盛られて差し出されていた。
「…………サービス」
「えっ……あ、ありがとうございます……」
会釈する。店主は厨房に戻っていった。
「……いただきますっ」
割り箸を綺麗に割って合掌。
(まずは伸びやすいラーメンから片付ける)
白い湯気。白い背脂。底の深いレンゲですくう。キラキラと光る純白銀河の背脂。ずずっとすする。唇の先で熱く溶ける背脂。唇の中で染み込む背脂。舌の上でふわりととろける背脂。舌の奥までまとわりつく官能的な背脂。
(これだ……たまらない……)
「ズルッ……ジュルル……ハフ、ハフ……──うん。美味しい……旨い……」
(スープの醤油のキレをまろやかに包み込む背脂……たまらない……)
麺をすするたび、背脂の甘みが舌に絡み、太麺を噛むたびに小麦の香りと背脂のコクが濃厚と混ざり合う。
(これだよ、これ……)
麺を完食。
どんぶりを持って汁をのどごしに流し込む。
「んっ……んっ……んっ……────ぷはっ……旨い……最高……!」
どんぶりを端っこに置く。
次は、鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるビフテキに照準が合う。
割り箸を置いて、紙ナプキンを手に取り、膝の上に敷く。紙ナプキンを首元に掛けるのは赤子のやることだ。
フォークとナイフを両手に持つ。ビフテキにナイフを入れると、肉汁と溶けた牛脂が鉄板に広がり、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。深く鼻腔で吸気。芳醇な脂の匂いを堪能する。脳がしびれるように良い香りだ。
「あむっ……」
一口噛めば楽園行き。赤身の旨みと脂の甘みが舌の上で渦を巻く。
(あァぁ……)
付け合わせのポテトが鉄板に広がる牛脂を吸い込んでいる。
もっと吸い込んでほしいため、これは最後に食べる。
「ハフ、ハフ……」
ビフテキを完食。
フォークで牛脂ポテトを刺すと、吸い込んだ肉汁があふれかえる。一滴たりとてこぼす前に舌の上へ運ぶ。
(おお……うん……これだよ、これ……ちゃんと仕事するじゃん、このポテト……)
お次はカツレツ。と思うたか?
割り箸を手に持って、カツレツを挟み込み、カツ丼定食の上に乗せる。
(ふっ……ダブルカツ丼……! いける……! 私の春が来た……!)
カツレツを一口かじる。サクッと軽い音。すぐにじゅわっと脂が広がる。
(薄衣の中に閉じ込められた、肉の旨味と脂の香り……でもこれは序の口……カツレツの下には、本命のカツ丼がある……)
カツ丼のカツを一口かじる。
甘辛いタレを吸った衣が、卵のとろみと一緒に口の中を泳ぎ回る。
(元はひよこのくせに、空を飛ぶよりも海を泳ぐか……ようこそ、私の胃の中へ……大海を知る前に胃液に溶けて、私の糧となれ……)
何を言っているのか。
脂味の刺激に昇天しつつ、今度は二枚ともカツをかじる。大口を開けて一口がぶり。
衣に染みた揚げ油の香ばしさが嗅覚を貫き、肉の甘みを引き立てている。
(旨い! ……あ、カツレツのお皿に脂が……カツ丼の中に落とそう……さぁ白米と混ざれ……ふふ、これが脂の錬金術……これだとまるで、私は脂の魔女だね……)
ふと定食の味噌汁を発見。湯気が少ない。冷めてしまう。
ごくごくと飲んで、ほっと一息つく。
すぐにダブルカツを頬張り、油を吸った白米を掻き込む。
「アムッ、アムッ、アムッ……」
(ああ……脂とお米って、どうしてこんなに仲良しなんだろう……)
その仲良し脂米が減ってきた。
月村手毬はしょんぼりとする。
(……あ、そういえば千切りキャベツ……そろそろ食べないと……食べ合わせは大事……)
ガツガツムシャムシャ。
キャベツを口の中いっぱいに掻き込み、口寂しくなったらすぐに脂米を頬張る。
リスみたいなほっぺとなった月村手毬は、なおも食べ進める。
やがてキャベツとカツ丼を完食。お腹をさする。
(ふぅ……さて、最後は口直しの……っと)
カキフライ。
一口かじる。衣のサクッという音。脂の香り。一気に口内で広がる海の旨み。
(おはあぁ……これ絶対、あとで衣の油が胃に来るやつだ……でも、やめられない。外はサクサク、中はアツアツの海。サクッと熱海に来ちゃったかな? いやダサい……今のは忘れよう。オヤジギャグとか脂の大敵だ……ちょっと油断しすぎたな……)
磯の香りとミルキーな旨みが詰まった牡蠣。
タルタルソースのコクとよく混ざり合っており、大口を開けてもぐもぐと咀嚼。
(ぉほあぁ……海のミルクも、脂の海で泳がせると、こんなにも美味しい……いや、脂の海でミルクを泳がせてやってるんだ。──……そういえば、果穂、初星学園の定食カレーを『銀河級に美味しいです!』って言ってたな……ふっ。でもね果穂。私は今、本当の天の川銀河を、今まさに……のどごしに……通した、よっ……!)
「んぁあ……旨いぃ……っ!! 旨すぎるぅ……!」
(もう一個頼めば良かった……でも、これ以上はプロデューサーに怒られちゃうから……我慢我慢)
全品、完食。
割り箸を置いて合掌。
「ごちそうさまでした……」
背脂に感謝。
銀河級に感謝。
「フゥ……」
少し胃を落ち着かせるため休憩を取る。
すると、二つ隣の席に座る老漁師ふたりが、港の噂話をしていた。
「最近、数が不足してなぁ……」
「こっちは網の金が足りねぇよ」
一方、店主は黙々と魚を捌いており、何も言わず老漁師ふたりに刺身を差し出す。
「お、悪いな大将。醤油醤油っと……」
「あれ? 大将。おれがコレ好きなの覚えててくれたのか? かーっ! 粋だねぇ~!」
(……店主は、常連客の好みを覚えてるんだ。漁師だから沢山の魚を持ってくるだろうに……ああいう記憶力、私のプロデューサーとそっくりだな……やっぱり黙って仕事できる人はカッコいい……前のプロデューサーはああ言えばこう言うから……やっぱりそこは中学生なんだよね。こっちが大人の対応してあげなきゃいけないんだ。まったく……)
ふと時刻を確認。そろそろ帰路に就かなければ。
「大将。お勘定お願いします」
「……へい。二千五百円……ちょうど、毎度有り……」
「美味しかったです。また地方仕事で近くに来たら、ぜひまたこちらに寄らせていただきますね」
「…………」
店主は会釈する。
月村手毬はお辞儀してから、のれんをくぐって裏路地に出た。
(ふぅ────やっぱり、揚げ物や背脂は裏切らない。仲間やプロデューサーは、すぐ裏切ってくるけど)
賀陽燐羽や秦谷美鈴、青髪のプロデューサーのことを思い出す。
夕方の商店街を背にする月村手毬は、最寄り駅から帰路に就いた。
§
後日、老舗のレシートが学園プロデューサーに見つかって、減量のため厳しい走り込みを課せられて泣いたことは、また別の話。
§