【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
夕方。アルファ邸の浴室にて。
────ぽちゃん。
浴槽の水面に波が立ち、波紋が跳ね返る。
バスタオルを体に巻いた篠澤広は、ゆっくりと湯船に浸かっていく。
「ふぅ……」
熱い湯船。生き返る心地。
────ぽちゃん。
水かさが増す。全裸の青年が入ってきた。
篠澤広は視線を逸らしながら口撃する。
「……あのさ。わたし、ね? ……この前プロデューサーとデートした」
「それは良かったですね」
「────……むぅ……」
淡泊な返事が気に食わない。
乙女は文句を述べる。
「度量が広すぎる。嫉妬とかしない、の?」
「そりゃしますよ」
「ならもっと……。──もしかしてわたしのこと、そんなに好きじゃない……?」
篠澤広は不安そうに、しかし内心ではそんなことないと分かりきっていながら、されどやはり心配そうに問いかける。
「心外ですね。見た目も心意気も好みですよ。恋愛観は致命的に噛み合わないとは思っておりますが」
「そこは膝小僧をすり合わせるだけ」
「すり合わせてくれてありがとうございます」
浴槽の中であぐらをかく青年は、膝に手を置いて深々と頭を下げる。
対する乙女は不満を述べた。
「こんなはずじゃなかったのに……」
「どういうはずだったのでしょう?」
「手を、つないだり……ムード満点で、ちゅー、しちゃったり……」
篠澤広はほっぺが赤らむ。
「それが今では裸の付き合い」
「ただれてる……わたしの元プロデューサーはえっちすぎ……反省して。ちょっとはわたしの乙女心や体力を考えてほしい……」
「考えてますよ。今日は水族館へ遊びに行って純粋に楽しんで、いま帰ってきたばかりです」
「そう。だからもうヘトヘトなのに……いっしょにお風呂に入ろう、なんて……ふふ。わたし、今日こそ過労死するかも……」
篠澤広は青ざめる。
しかしアルファがお風呂に誘ったのは、なにも抱くためだけではない。
「歩き回って溜まったふくらはぎの乳酸をほぐす。疲れを癒す。イチャイチャできる。一石三鳥じゃないですか」
「前者二つはいい。後者一つが大問題。あなたのイチャイチャは激しすぎる……」
「なら今回はやさしくいきますか?」
「うん。それでよろしく」
「ではさっそく、お風呂でできるストレッチを始めましょう。これはお役立ち情報ですよ。きっと先輩も推奨します」
「……じゃあ、教えて?」
アルファは簡潔に語る。
「水の張った浴槽に浸かり、お風呂の浮力で関節の影響を軽減しつつストレッチをする。これはケガ防止に役立ちます。──あ、そうだ。私はもうプロデューサーではありませんので、これはひとりの友人のアドバイスとして受け取ってくださいね」
「ふふ。そうじゃないと、わたしのプロデューサーが嫉妬しちゃうから、ね?」
さっそく篠澤広はストレッチを始める。
足首を回すことで、足関節の可動域をアップ。
つま先を伸ばしてかかとを突き出したあとは手前に引くことで、アキレス腱の柔軟性をアップ。
足の指を思い切り開いて閉じるを繰り返し、足裏の筋肉が温まることで、ジャンプやターンの安定感が増すのだとか。
あぐらをかいて足裏同士を合わせる……ことができない。アルファが手伝う。膝を上下に軽く揺らしながら足首も内外にゆっくり回すことで、股関節と足関節を同時にほぐせる。
「────ふぅ……スゴい。いつもより動けた。水中では体重が約10分の1になるから?」
「そうですね。さらに温熱作用で筋肉がほぐれますし。ちなみに入浴前と入浴後にもストレッチを加えることで、より入浴中のストレッチが効果的に得られます」
「うん。これからやってみる。千奈や佑芽、美鈴、みんなにも教えよう……」
「咲季さんや佑芽さんなら、もっと良い方法を知っているかもしれませんね」
ストレッチを終えた篠澤広は、気持ちよさそうに湯船に浸かった。極楽の表情である。
§
────ぱしゃぱしゃ。
浴槽に水音が立ち続ける。水面に連続的な波が生じ続ける。
それは途切れることを知らない。我慢することを知らない。
「ぁっ……♥」
甘く妖艶な喘ぎ声が風呂場に残響する。
────ダダダダダダダダダダッ!! ──ガラガラガラッ! ──キュイッ! ──バンッ!!
突として玄関先から走る足音が響き渡ってきたかと思えば、洗面所の引き戸を開ける音が響き、風呂場の折れ戸の把手を回す音が聴こえたかと思えば、勢いよく折れ戸が開け放たれた。蒸した風呂場の熱気が外気と混ざり合い、肌寒い。
「────へっくし……ふふっ。果穂……どうしたの?」
青年と対面し、その体の上に身をあずけて、逞しい胸板に頭をあずけたシアンの乙女は、挑発的な視線で問いかける。
「…………このおうちは、あたしとアルファさんの居場所です……」
なんとも思ってなさそうな真顔でこちらを見てくる青年はさておき、心底やるせないレッドの乙女は、むっ! とした目つきで注意する。
「……うん。わかってる。だから、わたしも別の居場所を作ろうかな? わたしとプロデューサーの愛の巣を、ね?」
「っ……!?」
赤い乙女の視線が青年の瞳を突き刺す。
「アルファさんっ!! 今、広さんにドキッとしましたか……!! あたしはしましたーっ!」
「はい。俺もしました」
「今日はえっち抜きですっ!!」
「そんなー」
「悔い改めてくださいっ!!」
────バシンッ!! ガラガラガラ……。
風呂場の折れ戸は勢いよく閉められて、洗面所の引き戸は静かに閉ざされた。
「果穂、すねちゃった?」
「逆の立場でお考えになられては?」
「じゃあすねちゃったね……プロデューサーは極悪人……わたしも女狐な愛人枠……」
「安心してください。次の日は果穂とこの風呂場に入ってます」
「ふふっ────嫉妬激化でキレそうなんだけど…………?」
青筋を立てるシアンの乙女は、どうしてこのような人物に恋してしまったのか。
どこで人生が狂ってしまったのか、そればかり考えてしまう。
「ゆーてあなたも先輩を口説いてるじゃないっすか。お互い様ですよ。俺が嫉妬しないだけで」
「それはそう。おっしゃるとおり」
「これがアメリカンな恋愛スタイル?」
「どうかな。向こうでも誠実な人はいたよ?」
青い乙女は浴槽から上がる。
「さて、これ以上は果穂がホントにすねちゃうから……上がる、ね?」
「どうぞ。どうせ上がった先で二人とも抱いて、今度は二人とも浴槽に連れ込む予定ですから」
「そうは簡単にやられない。果穂とふたりがかりならアルファにも勝てる」
「ほう? ならおてなみ拝見と行きましょうか」
§
小一時間後。
『ぁ──♥ ぁ……♥』
甘い果実と甘い妖艶な喘ぎ声が風呂場に残響したのは、また別の話。
その後、ぷんすか乙女とくたびれ乙女を枕に乗せて談笑しつつ夜を明かしたのも、また別の話。
§