【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
この土曜日は、とても奇天烈な一日となる。
そんなアルファの予感は、秒速で的中した。
§
土曜の朝方。風野邸には櫻木真乃と八宮めぐるが遊びに来ていた。しかし灯織の部屋には、櫻木真乃と八宮めぐるの姿しか見えない。というのも三人はしばらく談笑していると、急に風野灯織が『あ……あの! ちょっと、急用を……じゃない。と、トイレ、行ってくるね!』などと言って出て行った。それから、すでに十五分が経過。
「……真乃」
「……なに? めぐるちゃん……」
「灯織……遅くない?」
「……うん……」
そして風野灯織が部屋から出て十数秒後。玄関扉が開閉した音が響いてきた。
ちなみに今日の風野邸には、イルミネの三人以外の人物は存在しない。
「……灯織、わたしたちに黙って、何をしに行ったんだろう……?」
「……──さ、サプライズ、とか……?」
「わぁー! だとしたらなんだろう? あ、でも、こういうのは考えすぎて当てちゃうと楽しみが減っちゃうかな~? でもでも気になる~!」
「ふふ……なんだろうね……!」
ふと玄関扉が開く音。どうやら風野灯織が帰宅したようだ。思わず櫻木真乃と八宮めぐるは固唾を呑んで耳を澄ます。風野灯織の足音が近づく。そして部屋の扉が開かれた。そこには────
「ぎょうざマン、参上ッ!!」
────なんとも形容しがたい変態が立っていた。
長身の男性。背丈はプロデューサーさんよりやや低め。ぴっちりな青タイツ。体格はプロデューサーさんと同じくらい。風野灯織の顔面を模した“ひおりのお面”を被っているため素顔は不明。声も明らかに作っているため、人物の特定はむずかしい。
そして一番、目を奪われるのは、額に当てた“ぎょうざの兜”……それは明らかに灯織お手製の紙工作。かの独眼竜じみた三日月型の兜に、巨大な一個のぎょうざ(しかもこんがりとよく焼けている皮)が厚紙でプリントされている。
ふと廊下の死角から、風野灯織の声で効果音が鳴り響いた。
「でれん でででん でれれん でれれん でれん でれーん! パワワップ! 変っ身ッ!」
続けて風野灯織が低音ボイスで「スチャ……!」という効果音を発した瞬間、変態もといぎょうざマンは阿吽の呼吸で、ぎょうざの兜をひおりのお面に被せる。つまりぎょうざの兜が“ぎょうざのお面”になった。そして風野灯織は、再び効果音と決め台詞を歌う。
「でれれでーん! ──……ぎょーざのひおり♪」
胸を張って両腕を組むぎょうざマンは、雄々しく仁王立ちをかます。
そして風野灯織の(決まった……!)という心の声の余韻が聴こえてきそうな息遣いを感じる。
「────…………ほ、ほわっ…………」
「────…………わ、ワァ~…………」
長い沈黙。
さもありなん、とぎょうざマンは思う。しかし今の自分はぎょうざマン。先輩にこき使われる後輩は、どんな八寒地獄でも役割をまっとうしなければならない。
先輩のやりたいことをお手伝いする。ぎょうざマンを遂行する。どっちもやらなくちゃあならないのが、後輩のつらいところである。そのように自分を言い聞かせる。
そのため寡黙に徹して、ひたすら毅然と仁王立ちを続ける。正味、警察を呼ばれる覚悟は済んでいる。
長い長い沈黙は続く。
沈黙は金なりとは言うが、この場合の沈黙はどんな価値があるのだろう。ぎょうざマンはそんなことを考えて沈黙に耐えていると、ついに“滑った”ことを実感した風野灯織が目をぐるぐると回しつつ、大慌てで部屋に入ってきた。
「まって! ごめん、まの、めぐる、ちがうの────!」
何が違うと言うのか。
ネタばらしの説明会が、おそらく始まろうとしていた。
§
灯織の部屋に、女子三人と変態がひとり。
灯織の机の椅子に座って背もたれに肘をかける全身青タイツの変態、もといぎょうざマンは、まるで我が家のようにくつろいでいる。その堂々とした貫禄は、何かのプライドを
一方、風野灯織は女の子座りで寝台の上に座っており、大きめのクッションを抱きしめて赤らんでいた。
櫻木真乃と八宮めぐるは座布団の上に正座して、これから落語家のお噺を聞くようにじっと待っている。
しかし風野灯織は何も言わない。このサプライズの解説会はどこへやら。
そこで、ついに我慢しきれなくなった八宮めぐるが問いかけた。
「ねぇ、灯織……?」
『────なに?』
ぎょうざマンと風野灯織が同時に首をかしげる。思わず櫻木真乃は「フヒュ」と吹き出してうつむいた。すると八宮めぐると風野灯織が思い思いの反応を取る。
「あっ……そ、そっか! 今は“ぎょうざのひおり”だから、ぎょうざマンも“灯織”なんだね! えっと、ごめん! いま呼んだのは、ぎょうざのほうじゃなくて……!」
(よ、ようやく真乃が、笑ってくれた……! でも、そんなに
櫻木真乃は
「お嬢ちゃん。ぎょうざ好きかい?」
「……! ……え、えっと……ふ、ふつう、かな……?」
「おっと、そりゃあいけねえ。大将! ぎょうざの店に行きましょうぜ!」
ぎょうざマンはお面が取れるほどの力強さで勢いよく振り向くと、風野灯織に向かって意気軒昂と叫ぶ。
「そ、そうだね……! 今日のお昼は、外食する予定だったし……まの、めぐる、ど、ど、どうかな……!?」
櫻木真乃と八宮めぐるは互いの顔を見合わせる。
「ほわっ……わ、私は、いいけど……」
「わたしも……でも、まだ朝の十時だよ?」
十一時頃に出発すれば、ちょうど十二時頃には食べられるだろう。不意にぎょうざマンが叫ぶ。
「ならば大将! そのあいだ、
「そ、そうだね……! 別に、ぎょうざはそんなに好きになってもらわなくてもいいんだけど……」
「なぁ~にぃ~? べらぼうめえ! だが大将がそんなこったら言うんならしようがあるめえぜ!」
このぎょうざマンは江戸っ子なのだろうか。その割には北海道の方言が混じっている。色々とノイズで笑いどころが分からない。しかしぎょうざマンの中の人は、風野灯織が決めた設定や台詞を忠実に守って演じているだけである。
§
「それで……ぎょうざマンは、どうしてぎょうざマンに?」
八宮めぐるが話を進ませるため問いかける。
ぎょうざマンは椅子の上で片あぐらを掻いた。
「時は遡ること九日前ぜ。結論から言えば、オラは大将にスカウトされたぁぜ。
事の始まりは、ガチガチの会話デッキを組まれて、オラとお友達になろうと近寄られた場面からぜ。
大将は言ったァぜ。私中三。君中一。私年上。君年下。私先輩。君後輩。
最初は何を言っているのか訳が分からなくて卒倒しそうだったァぜ。年上マウントを取られたかと思えば、今日はお面を二個も被せられたぁぜ」
すかさず風野灯織が否定に入る。
「ちょ……ちょっとまって! 私、そんなこと言ってないから! 年上マウントなんてしてないから……! 語弊が、語弊が多すぎる……!」
「ごめんなんだぜ。ちょっとした復讐なんだぜ。先輩なのにちょっと舐めた態度取ってるのは平に謝らァぜ。それはそれとして楽しくなってきたかーら、もうどうにでもなーれーぜ」
ぎょうざマンはスマホを取り出す。
「ところで例の餃子店の混み具合を確認すラヴァぜ」
ひおりのお面の上にぎょうざのお面を重ねて被るぎょうざマンは、軽快に爪の音を鳴らしてスマホ画面をタップしている。
その様子を目にした八宮めぐるは、あることを疑問に思って問いかけた。
「……それ、ちゃんと前、見えてるの?」
不意にぎょうざマンの手の動きが止まる。ハッ! と何かに気づいたように驚愕停止。それから天を仰いで、だらんと首や両手両足をだらしなく垂れ下げて、絶望したようにつぶやいた。
「前が見えねェぜ……」
「フヒュ…!」
とっさに櫻木真乃が口元を手で覆って吹き出した。なぜか笑うまいと
八宮めぐるは笑い声こそ洩らさないものの満面の笑み。まさか笑わないように堪えているのか。
(めぐる……手強い……! でも、次こそは……!)
風野灯織は強敵を前にして
彼女以外の三人は知らない。なぜ風野灯織は、ここまでしてふたりを笑わせようとしてくるのか。それは単純に、
§
朝の十一時頃。有名人気の大型餃子店。店の玄関に入ってすぐ、十名ほどが着座できる待合室が広がる。受付台の名簿に自分たちの名前を記入したイルミネと変態──ちなみに変態は一瞬だけお面を上げて記入を済ませた──は、衆目を集めつつ待合室のソファに座る。
「ほ、ほんとにお面を被ったまま、来ちゃったね……」
「ねー! 電車ごっこみたいだった!」
変態、もといぎょうざマンは、お面を被ったままでは前が見えないため、風野灯織の両肩に両手を置いて歩いていた。
「で、でも、迷惑じゃ、ないかな……?」
櫻木真乃は、店の雰囲気を気にする。仮装した客の到来なんて迷惑以外のなにものでもないだろう。しかし、そこはぎょうざマンの手際。
「大丈夫でーぜ。ここの店長とは知り合いなんで、許可は取ってあーるーぜ」
「へー! そうなんだー!」
「ただし、店は良くても客は別だから、きちんと個室になるよう手配済みでもあーるーぜ」
「わぁ……! さすがぎょうざマンだー!」
ならばと櫻木真乃は安心する。八宮めぐるも感心している。風野灯織は改めて感謝する。
「本当にありがとう、ぎょうざマン」
「大将のためなら朝飯前だぁぜ」
その時、受付係のお姉さんからお呼びがかかった。
「お待たせしました! お客様4名! まの様、めぐる様、かざの様、ぎょーざのひおり様ー!」
まさかの名前が飛び出たイルミネの三人は硬直する。
すかさず、まの様とめぐる様の視線が、かざの様に注がれた。
「……灯織?」
「ち、ちがう! これは私じゃない!」
ならばとイルミネの視線が、ぎょーざのひおり様に向けられる。
「なんだこらぁ。名簿に『まの』『めぐる』『
「パスじゃない! パス出してない! 私それパスのつもりないから……っ!」
§
そして四人は個室へ通された。これで衆目から解放される。
四人分の食卓。
八宮めぐると櫻木真乃が並んで座り、ふたりが向かい合う位置に風野灯織とぎょうざマンが並んで座る。
四人はメニューを開いて何を食べるか悩む。
ぎょうざマンは、じっとメニューを見つめてうんうんとうなずいてペラっとめくり、あたかも何を食べようか悩んでいる。そのように見せかけている。というのも明らかに前が見えていない。なぜならメニュー表の上下が逆さまだ。
『…………』
それに誰も突っ込まない。仕掛け人であるはずの風野灯織も、ぎょうざマンの奇行を放置している。普通にメニュー表を読んでおり、普通に何を頼もうか悩んでいる。
やがてぎょうざマンは、ツッコミが来ないことにしびれを切らして問いかけた。
「ふむふむぜ。やはりオラは博打の一族ぜ。ここは大将を除くお嬢ちゃんたちに、オラが何を食べるか決めてもらおうかーぜ」
「え……わ、私たちが……?」
「いいのー?」
「もちろんぜ。さぁオラにおススメの料理をーぜ」
ならばと櫻木真乃は、餃子店なのだからと一品、紹介する。
「じ、じゃあ……ぎょうざ六点盛り、食べますか……?」
「なぁにぃ~? オラに共食いをしろだーとぉぜ……?」
「ほわっ……!? ご、ごめんなさい……!!」
「江戸っ子は天邪鬼なんでぇぜ。ちなみに、ぎょうざの肉は何肉ぜ?」
「え……──豚肉……」
「なら牛丼ぜ!」
どうやらぎょうざマンに使われている肉の種類は豚肉らしい。
そこで八宮めぐるが、もうひとつの共食いの危険性に気づく。
「あ、でも、この店。豚肉を使った餃子のほかに、牛肉を使った餃子もあるみたいだよ?」
「なぁにぃ~? ならオラは何を食べればいいぜ?」
「……肉、以外?」
「なぁにぃ~? おいこら嬢ちゃんども。ここはひとつオラの理解を深めてもらおうかーぜ」
居住まいを正すぎょうざマン。釣られて櫻木真乃と八宮めぐるも傾聴する。
「オラは見ての通り、ぎょうざだ」
『……』
「そんなぎょうざの中に、嬢ちゃんたちは肉以外を入れるのか?」
『…………』
「それは、ぎょうざなのか?」
『……────』
ならばどうしろというのか。
肉を食えば共食いだと言い、肉を食わねばぎょうざではないと言う。
「────そういうことなら。私にイイ考えがある」
「ほわっ……」
「灯織……?」
風野灯織はキメ顔で言った。
「真乃。めぐる。私たちで、新しいぎょうざを作ろう」
『……!』
「イルミネなら……ぎょうざマンを進化させることができる。目指せ、“新ぎょうざマン”……!」
『……!!』
ならばとぎょうざマンは、腕を組んで深々と二回うなずく。
「大将が
「──フヒュ……」
方言混ざりすぎ問題。
月岡恋鐘を思い浮かべたあと杜野凛世を連想した櫻木真乃は、いったいどんなツボにハマったのか、突として顔を逸らして吹き出した。
「真乃!?」
今のどこが面白かったのか、八宮めぐるは困惑する。
すかさずぎょうざマンは畳み掛けた。ぎょうざのお面を軽くつまんで放す。
「箸が転んでもおかしい年頃とはまさにこのこと。おっと────」
からん。と、ツルツルのぎょうざのお面が食卓に落ちてよく滑り、こんがり焼けた面がくるくると回転した。
「────ぎょうざが転がってしまったぜ」
「フヒュッ…!!」
「真乃ー!?」
櫻木真乃、撃沈。
口元を手で覆ってうつむいたまま、
「大将! あんとき、まの、めぐる、かざの、ぎょーざのひおりの四人で、オラたち誓ったはずだーぜ! ぎょうざ、パリッとさせたくて!」
「────っ……」
八宮めぐるの口角が釣り上がる。一瞬で記憶を掘り起こして、あの時のことを思い出す。だがなぜぎょうざマンがそれを知っているのか。風野灯織から聞いたのか。
「だから言いましょうぜ! 今! 真乃のおなかがパリっとしたように! めぐるのおなか────」
不意に個室の引き戸が二回ノックされる。ちょうどウェイトレスが入ってきた。お盆に四人分の水を乗せている。
「お待たせしましたー。お水配りますねー」
「────フニャッとさせたくて!」
「──っ……!」
八宮めぐるは堪えている。だが次の瞬間には、ずっと溜め込んでいたダムの水が決壊した。悔しそうに握りこぶしを食卓に乗せて、金髪を垂らして震えている。
「真乃……めぐる……!!」
風野灯織は嬉しそうに喜ぶ。ふたりが笑ってくれた。満足そうに安堵する。
かくして仕事を完了したぎょうざマンは、ウェイトレスに会釈して断った。
「おっとぜ。オラの水は要らないぜ。下げていただけるとありがたいぜ」
「え? あ、はい……でも、よろしいのですか?」
「ああぜ。オラはぎょうざマンぜ? ────ぎょうざ、ふやけちまうぜ」
『────』
八宮めぐる、撃沈。
いったいどこが面白かったのかは不明だが、風野灯織はメモ帳を取り出して、笑いどころをメモしておく。
ついでに櫻木真乃の腹筋も復活していた。
ふたりは互いの頭が触れ合うギリギリまで身を寄せ合い、桃色と金髪の毛先がふるふると震えて絡み合う。
「ふやけちまうのは、あのふたりだけで十分ぜ」
「……? はい、ではお下げしますねー。──ご注文は?」
「あ、ぎょうざ六点盛りで」
『──っっ!!』
共食いの設定はどこに行ったのか。
ぎょうざマンは普通の口調に戻り、普通の態度で、定番のひと品を頼んだ。
「あとは、オレンジジュースをお願いします!」
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しかしてぎょうざマンは──空気を読まない下品な発想だが──どうしても次のようなことを思ってしまう。
────こういう形でレディを痙攣させるのも、悪くはない。
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