※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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 まえがき

 本話には、「グループSEN」および「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『ソード・ワールド2.0/2.5』の二次創作物が含まれています。
 (C)GroupSEN
 (C)KADOKAWA

 サプリメントは、主に「フェアリーガーデン」「バルバロステイルズ」「イグニスブレイズ」を使用しています。



pSSR【心は体に表れる/漆黒の巌鬼(ダークトロール)と戦乙女カホエル】小宮果穂〔ヴァルキリー〕(※R-18) ※異世界:SW2.0(FG)

 

 深夜未明の四時頃。プチパレスの玄関がガラガラと開かれて、幽鬼のごとし青年がふらつきながら生還した。戸締りはピシャリと。靴脱ぎ石の黒岩を踏んで上がり框に踏み上がろうとしたところ、力尽きたのか足を滑らせる。転倒。腹ばいで上がり框を越えて寝返り。仰向けとなった青年は虫の息で、泥のような眠りに就いた。

 

          §

 

 早朝六時。103号室の小宮果穂、起床。ほぼ同時刻、201号室の藤田ことね、起床。早起きの二人は洗面所にて洗顔。パジャマから私服へと着替えを済ませて、先に藤田ことねが肌寒い廊下に出る。小宮果穂はマメ丸にエサやりして、いろはちゃんに毛布を被せ直す。ふと階段側から──ギィギィ…──と足音。耳と頭髪をそばだてた小宮果穂は、さっそく部屋から飛び出した。すると、あくびをする糸目の藤田ことねと顔を合わせる。

 

「おはようございます! ことねさん!」

「おはよ~果穂ちゃ~ん……いつも朝から元気だねぇ~~」

「はいっ! 今日も元気に、はきそうじ、ですっ!」

 

 今日の掃き掃除当番はこのふたりだ。さっそく玄関に向かう。と、妙なものが視界に入った。廊下の隅に青年の上半身が仰向けとなっている。

 

「──ん? あれ、目にゴミでも入ったかな……まさかこんな寒い廊下で寝てるバカ野郎がいるとも思えん……腹出して風邪引いても知らんぞ~?」

「あれは……ア、アルファさんです!!」

 

 ふたりは駆けつける。そこには擦り傷だらけ泥だらけの青年が、息をしているのか不安になるほど穏やかに爆睡していた。

 

          §

 

 一向に目を覚まさない青年を引きずったあと介抱して、しばらく。

 101号室の敷布団に青年が眠る。傍らには看病を任された小宮果穂が正座しており、藤田ことねは掃き掃除に出向いた。

 

「アルファさん……いったい何が……」

 

 その時、小宮果穂の脳内に、マザーAIの念話が送られる。

 

『小宮果穂さま。おはようございます。端的に説明しますと、アルファ様は、とある合裏世界(合と化した裏)において、約九ヶ月ものヒーロー活動を執り行っておりました』

「────っッ!!」(き、九ヶ月も……ですかぁ!?)

『はい。現実世界では一秒も経過していません。長期間にわたる過酷な戦争でした。そこで提案があります。アルファ様は頑張りすぎました……よって休暇の『異世界探訪』を推奨します』

「キュウカ……お休みってことですね! でも、『タンポウ』って……?」

『異郷に訪れてその地を探り見識を広げる。いわば旅行のようなものです。そしてアルファ様に適切な休暇を取らせることができる人物は、小宮果穂さま以外に存在しないと見ました。どうか世界を救った英雄の休暇活動にご助力ください』

「……! はいっ! そういうことなら、あたしに任せてくださいっ!!」

『感謝します。用意ができたら、探訪の意思を以て外出してください。自動的にゲートを開き、平和な異世界へと転送いたします』

 

 そう言ってマザーAIは念話を切った。

 同時に青年が起き上がろうとする。目を覚ましていたのか、ふいに肘をついて上半身を浮かせる。が、体が痛むのか再び枕に倒れた。

 

「あぁ、アルファさん……!」

「づ……ぁ゛あ゛……ヤベェな……完全にガタが来てる……」

「ガタ……どこか痛いんですか?」

「全身。ゆーて重傷はマザーAIが治癒してくれた。が、精神疲労はどうにもならない」

「…………」(どんな世界で戦ったのか知りたいけど……今は疲れてるみたいだから、後にしよう……)

「──……なぁ果穂。少し愚痴を聞いてくれるか?」

「! はい……!」

「フゥ────あのな? 真夏の密林ゲリラ戦……ベトナム戦争ってあんな感じだったのかなと、思いを馳せる今この時……端的に言って、小地獄に匹敵する魔境だった。というのも────なぜにCQCの発祥が異なる? なぜに天才発明家ヒーロー・シノサワ博士と新事業展開系アイドル・ナツハ社長の後ろ盾を借りつつ、プロトタイプ・キヴォトスを創設せにゃならん? なぜに奈落(アビス)兵器搭載の二足歩行戦車(メタルギア)が世界中の紛争地域で大量生産されている? なぜに葛城リーリヤと同じ顔をした全くの別人は、当たり前のように不明(アンノウン)級ガーディアンを駆って、俺の邪魔をしにくる? よもや敵で出てくるとは思わなんだわ。──いや戦力差(ドタマ)おかしいだろ。遊星迎撃半島(テルミドール・アナトリア)を思い出すレベルの負け戦だったわ。……と思ったらサバージオスが駆るトロイア・ネオスがアビスゲートから現れて助太刀してくれて、なんとか停戦させることができたけれども! つっかれた! オレンジジュース飲みたい!」

 

 どうやら相当カオスな世界で激戦を繰り広げてきた様子。たしかにこれは休養が必要そうだ。さっそく小宮果穂は冷蔵庫を開けてキンキンに冷えたオレンジジュースを手渡す。が、冷たいペットボトルは青年の手から抜け落ちた。どうやら握力が無い模様。小宮果穂は青年の後頭部を持ち上げて膝枕すると、ペットボトルの蓋を開けて、少しずつ口元に流し込むことで飲ませた。

 

「──ぷはっ! 生き返った……! サンキュ…………────」

「……アルファさん?」

 

 青年は礼を言った次の瞬間、再び眠りに就いた。気絶するような睡眠である。

 ペットボトルの蓋を閉めた小宮果穂は目尻を下げつつ、青年の寝顔を見つめ続けた。

 

          §

 

 数分後。青年は覚醒。眼前に小宮果穂の不安げな表情。

 

「! アルファさん……!」

「────…………あれ、俺もしかして気絶してた? マジかぁ……」

「へ?」

「や、なんでもない。……そういや、マザーAIの奴、休暇とか言ってたよなっ……っと」

 

 青年は身を起こす。伸ばしたはずの肘が折れ曲がり、再び枕に倒れそうになったところを、すかさず少女が助け起こした。

 

「お、起き上がって、大丈夫なんですか……?」

「なに。もっとマシな場所で休みたいだけさ……もちろん果穂の膝枕は、スゴくマシな場所だけどさ……どうせなら環境も整えたい。──裏口開けてくれ」

「? はい……」

 

 管理人室でもある101号室には、裏庭に続く裏口が設けられている。少女がドアノブをひねって開けると、裏庭の景色は見えず、扉の空間全体に光の波が生じていた。それは異世界へと続くゲートである。ふいに青年は、壁に腕を付いて体を引きずるように移動。少女は脇を持って支えて歩く。そうしてふたりとも、光のゲートをくぐり抜けた。

 

『────────』

 

 視界一面に広がる極彩色の花畑と丘陵地帯の草原、奥地に轟く大滝とその手前に広がる光の湖畔、透き通るような青空とわたあめのような白雲、浮遊する群島には虹霓の橋が架かり、地表の左右にはどこまでも続く森林。それは、なんとも幻想的で神秘的な光景だった。マザーAIは、そこがどんな世界なのか一言で解説する。

 

『妖精境へようこそ』

 

 異世界ラクシアの妖精境(フェアリーガーデン)。そこは生死のない安寧安住の理想郷。殺し合う賢人や蛮族はほとんどなく、襲い来る動物と幻獣もあまりなく。毎日毎晩の宴で騒がしくも姦しい妖精たちが、大小それぞれにして種々さまざまに大半を占める亜空の領域。

 

 花の甘い香りが鼻腔を刺激する。柔らかな春風が肌を撫でる。

 しかし異世界の来訪者である青年と少女には、とある魔法が自動的に掛けられていた。

 

「きれいです……ここなら、いいお休みがたくさんできますね! アルファさ────」

 

 少女は横に振り向くと、青年の姿はどこにもなく。

 代わりに漆黒の彫像が立っていた。半裸で腰巻一丁である。

 

「おう、そうだ、な────」

 

 青年は応じて振り向くと、少女の姿は既に美少女だというのに、さらなる美麗な外見に変貌していた。服装も上品な仕立ての私服であるが、やや肌面積が多い。

 

「……え? もしかして、アルファさん、なんですか……?」

 

 少女は見上げて首をひねる。闇のような肌色。岩盤のような肌質。まるで黒曜石のような肉体美を有する、身長300cm級の巨人。筋骨隆々の外見は、かつて運命(Fate)世界の異世界で見かけた、大英雄ヘラクレスに類似する。さながら悪魔のような外見。

 

「……なるほど。マザーAIがこんな異能(ヨモツヘグイ)を掛けるわけがない。たしか妖精境も種類があり、その中には魂の清廉さ、あるいは穢れに応じた姿に、対象を変身させる強力な魔法があると聞く。もしやそれかもな……」

 

 青年の考察は的中していた。

 マザーAIが同意する。

 

『その通りです。小宮果穂さまとアルファさまは、この異世界ラクシアにおける同(・)一(・)人(・)物(・)だ(・)け(・)ど(・)全(・)く(・)の(・)別(・)人(・)の(・)お(・)ふ(・)た(・)り(・)と、そっくりな姿に変身してしまわれました。しかしご安心を。現世界に帰還すれば、すぐさま元の姿に戻ります』

 

 青年は見下ろす。レプラカーンのような丸いケモ耳。ソレイユのような太陽の刺繍。ヴァルキリーのような光の羽。素顔や体型、身長といった基本的な姿は依然として変わりないが、そこに色々な要素が追加されて、ひたすらなんとも愛くるしい見た目となっていた。まるで天使のような外見。おそらくレプラカーンとソレイユの両親から生まれたヴァルキリーなのだろう。極めて珍しい混血(ハーフ)かつ突然変異の個体である。

 

「果穂らしい姿だ。たしかにラクシア世界なら、そんな姿で生まれてもおかしくはない」

「え? ……あれ?! あたしも……耳が生えたり、翼があったり、おへその下にタトゥーがあったり……!」

 

 少女は自らの体を見下ろして目を見張る。ふわふわの耳に尻尾、柔肌に赤燈色の刺繍、頑丈な筋肉、背中に浮かぶ光の両翼は黄金を基調としており白い光を淡く放つ。いわゆる人族の見た目。対する青年は蛮族の見た目。状況を理解してきた少女は、やや憂いを帯びた視線でうつむく。

 

(アルファさんは……この世界だと『バン族』なんだ……ラクシアのバン族はケガレを取り込むことで怪人みたいな姿になる。でもアルファさんはケガレを取り込むような人じゃないから、きっとバン族の子供として生まれてきたのかも……だから最初から怪人みたいな姿なんだ。……そして、えっと、黒い岩のような肌を持つ巨人のバン族の名前は、たしか────ダークトロール!)

 

 しかし青年の外見には、ダークトロールとしてはおかしい点が一つあった。

 両手の甲に、紅玉(ルビー)と琥珀(アンバー)の宝石が嵌め込まれている。それは魔神のような角を持つバルカンという蛮族と類似する特徴だった。

 

「あれ? ダークトロールじゃない……?」

「いや……この世界の俺はダークトロールとして生を受けて、おそらくバルカンの宝石を剣のかけらと共に食べて体内に取り込んだんだろう。そのためバルカンの種族特徴を引き継いでいるんだ。仮に種族名を名付けるなら『バルカニッシュダークトロール』ってところかな?」

 

 ダークトロールは力を求めて、倒した強者の心臓を食べる風習が存在する。それで実際に強くなれるかどうかは人族の学術的に不明だが、一部のダークトロール族は独自の方法を編み出していた。それは剣のかけらと共に強者の証を取り込むこと。それによって実際に力を得るそうな。眉唾だが、ここに実例が佇立している。

 

「バルカニッシュダークトロール……! なんだか強そうな名前ですーっ!」

「そうだな。ただ、これで実名が『アルファ』だったら、ちょっと柔らかすぎてダサくない? この世界でバルカニッシュダークトロールとして生を受けた俺は、どんな名前をしてるんだろうなー?」

「ダサくないです! この世界のアルファさんも、きっとカッコいい『アルファ』さんのままですっ!」

「なら果穂も、ルミエルの寵愛を受けて生まれた『カホ』のままかもな!」

 

 他愛もない話をしていると、マザーAIの念話が飛ぶ。

 

『それではおふたりとも、思う存分に旅を楽しまれてください。わたくしはおふたりの生体検知のみ実行します』

 

 そう言ってマザーAIは気配を消した。二人きりにしてくれたようだ。

 

「じゃ、進むか」

「はい! おさんぽするのが楽しい景色です!」

 

 青年は一抹の不安を抱えながら一歩踏み出す。ダークトロール種には特殊能力『暗黒の再生』という再生能力があるため、もはや体がふらつくことはない。穢れと暗黒の活力で、肉体は頑丈となり、無理矢理でも体を支える。しかし精神の回復までは力が及ばない。黒岩悪魔の姿をした青年はこけないように、ゆっくりと歩いていく。

 

 一方の少女は、疾風によって舞う花びらを目で追い、息せき切って草原を駆け回り、花畑の中心に立って振り返り、手を振って青年を呼びかける。満面の笑みで大きな歓声。天真爛漫と無邪気にはしゃぐ姿は、美しい妖精そのもの。永遠に見ていられる光景と言えた。

 

「アルファさーん!」

「……────」

 

 思わず口元が緩んでいた青年は、徐々に皮肉げな口角の釣り上がりに変わっていく。不安が的中した、と言いたげな顔だ。

 その微細な表情の変化を察した少女は、目を丸くして首をひねった。

 

          §

 

 次の瞬間、小宮果穂の背後から数十の小石が投げ込まれる。

 投石の全ては必中であり、アルファの全身に着弾した。

 

「えっ……!?」

 

 小宮果穂が目を見開くと、その足元には大量の蟻(アリ)────のような小人が群れていた。

 彼らは黒帽子の小人達。ムリアンの群れである。

 

「蛮族だ!」

「でてけ!」

「妖精境を穢すな!」

「帰れー! 乱暴好きの暗黒巨人ー!」

 

 ムリアンの群れは妖精魔法を行使して、自分達の身長の倍はあろう小石を投げまくる。ラクシア世界において魔法は必中の概念を有しているため回避は困難。ダークトロールの肉体は小石の激突で肌や肉が抉れ、傷ついていくが、すぐに暗黒の再生力で傷口は癒えていく。だが魔法攻撃の痛みは感じている。だというのにアルファは何もしない。敵意がないことを示すために、何も行動しない道を選んだのだろうか。されど妖精は興奮しているのか攻撃をやめる気配はない。すかさず小宮果穂が動いた。

 

「っ……?!」(しまった……! 妖精はケガレがキライだから、蛮族の姿をしたアルファさんを追い出そうと……!)「ま、まってみんな! やめて……! あの人は、悪い人じゃないんだよ……!」

 

「投石が効かない!」

「どうしよう?」

「もっと強い妖精を呼ぼう!」

「もう呼んでるよ!」

 

 一陣の風が吹く。突風とともに遠方の高山から人間大の妖精が飛来。軽装の鎧をまとい、淡い光を体に纏う姿は、まるで戦乙女のよう。翼は持たないが、ふわりと花畑に着地した風妖精は美少女の姿をしており、風と光の属性を帯びる剣を生み出して構える。彼女はフィルギャという妖精種族であり、その性格は────血気盛んで勇猛果敢。蛮族を嫌うが、蛮族らしい価値観を有している。

 

「妖精境を荒らす蛮族め! ブチ殺す!」

「視野狭窄だなー」

 

 呆れるような糸目をするアルファは、対象の精神性を見抜いて愚痴をこぼす。妖精は全般的に思慮浅い種族だが、その中でもフィルギャは群を抜いて、圧倒的パワーでの事態解決を好む。もはや戦闘は避けられない。フィルギャは今にも飛びかからんと踏み込む。その間にも投石は飛んでいた。

 

 次の瞬間、その場にいる誰もが目を見張る。

 

 巨人と投石の間に割って入り、庇うように広げた両手。多数の投石が胸や腹部に着弾し、側頭部にも当たって少量の鮮血が散った。

 

「うっ……!」

『っ?!』

「────果穂ッ!!」

 

 小宮果穂による命懸けの庇い立て。通常の小石でも当たり所が悪ければ即死するというのに、魔法の小石を全身に浴びればどうなるか分からない。すかさずアルファは地を抉るように踏み込んで飛び出し、よろけた小宮果穂の前に回り込んで抱き止め、投石の雨を背中で受け止めた。

 

「──おい! いつまで呆けてる! 攻撃をやめろ! お前ら人間を傷つけて楽しいか!」

『……っッ!?!』

 

 最後の一言は精神攻撃(きつけ)のため。人間大好きで蛮族大嫌いの妖精は、ダークトロールの怒声を聴いて、すぐさま攻撃を取りやめる。ムリアンの群れは投石魔法を中断し、フィルギャは困惑していた。

 

「っ……ぃ、イタい……っ」

 

 小宮果穂は呻き声を上げる。側頭部からの出血がひどい。全身に投石を浴びて無数の打撲もある。

 

「フィルギャ! 妖精魔法でこの子の傷を癒してくれ! 頼む!」

「……!! ──で、できない! 人族が蛮族を庇うはずがない! その女も人族に化けた蛮族なんだろう! 私は騙されないぞ!」

「この子はケガレを持たない! それは感じているだろう!」

「っ……だとしても、ありえない!」

 

 アルファは会話の中で時間を稼ぎながら思考を早める。

 ダークトロール族は神聖魔法の使い手が多い。神聖魔法とは主に回復魔法の系統である。しかしアルファはこの世界の住人ではないため、神聖魔法行使の許可が神託として降りているかどうか未知数だ。マザーAIの異能『ヨモツヘグイ』は今回使用していないため、まず間違いなくアルファは『バルカニッシュダークトロール・アルファ』として習得している魔法は獲得していない。それでも博打だがやってみる価値はある。なぜなら妖精境の変貌魔法によって、アルファはダークトロールの姿に変わった以上、この世界で生を受けた『アルファ』……すなわち『同一人物だけど全くの別人であるバルカニッシュダークトロール・アルファ』が有する魔法も、変貌とともに獲得している可能性がある。種族特徴たる暗黒の再生を獲得しているのだから、勉学や信仰によって得る魔法も──極めて可能性は低いが──得ているかもしれない。

 それでも問題はあった。ラクシア世界では、人族は第一の剣ルミエルに連なる神の陣営を信仰しており、蛮族は第二の剣イグニスに連なる神の陣営を信仰している。当然、妖精はケガレを嫌うため、イグニス系列の神聖魔法を使えば、その場で袋叩きに遭う。しかし神聖魔法は信仰によって使える。今から第一の神に祈れば、簡単な神聖魔法くらいは使えるようになるかもしれない。だがそれはゼロパーセントに近い博打である。

 ならば勉学によって得る魔法大系を行使すればいい。回復魔法を含む大系は操霊魔法が挙げられる。それは勉学によって会得する技術であるため、アルファは下級魔法程度なら既に習得している。だが操霊魔法を行使するための発動体を持ってきていなかった。失態である。加えて、仮に発動体を持っていたとしても、やはり無闇に行使するわけにはいかない。操霊魔法は詠唱が必須。そして蛮族が詠唱を開始すれば、妖精はすぐさま敵対行動と判断して襲い来る。

 この間、約0.3秒の瞬発思考。アルファは魔法行使策を切り上げた。

 

「ならば誓え! 俺がお前を倒した暁には、この子を治癒しろ!」

「────ッ!? ……いいだろう。やれるものならやってみろ!」

 

 言質は取った。小宮果穂を花畑に寝かせて、アルファは立ち上がる。フィルギャは身構えた。

 

 漁夫の利を取るなら今この時。

 花畑の地面に展開される怪しい朱色の魔法陣。その正体が何かを看破したアルファは咄嗟に駆け出した。フィルギャは眼前の敵しか見据えておらず、魔力みなぎる剣を振りかぶる。直後、魔法陣からぬるりと立ち上がるように現れて、フィルギャの背後に召喚された魔神。

 

 魔神とは、異界に生息する謎の存在。どの陣営にも属さぬ第三勢力。

 妖精境もまた、ラクシア世界とは異なる空間座標に存在する小世界。

 そのためか両世界は位相の異なる空間同士、距離が近くなる星辰(とき)が存在する。故に魔神は、時にラクシア世界へ無理に侵入するよりも、妖精境へ侵入するほうが遥かに容易であることを心得ている。

 

 一刀両断。フィルギャの剣を躱さず、あえて袈裟斬りにされたアルファは鮮血を迸らせ、暗黒の再生力で斬撃の傷口をみるみると塞ぎつつ猪突猛進。体当たりでフィルギャを突き飛ばし、彼女の後ろ首を掻こうとした魔神ザルバードと激突した。岩拳と鉤爪の激発。

 魔神ザルバード。大きな角と皮膜の翼を有し、燃えるような真っ赤な瞳を揺らめかせる悪鬼の魔神は、大口を開けて灼熱の吐息を吹き出す。それは花畑と足元のムリアンの群れを焼き払う炎だったが、なおも突き進むアルファの全身が彼らを守った。

 

 魔神ザルバードは不覚を取ったと悟る。敵はダークトロールという蛮族なのだから、自己犠牲の精神は持ち得ないであろう、とタカをくくっていた。それがよもや、ここまでの庇い立てを実行するとは計算外だった。

 

 ゼロ距離の間合い。全身火だるまのアルファは、魔神ザルバードより紅(あか)い炯眼をぎらつかせて首を獲る。抱擁するように豪腕を旋回。魔神ザルバードの首が百八十度回転。されど魔神に死の概念は無い。肉体が滅べば異界に送還されるのみ。そのため魔神ザルバードが崩折れた地点に朱色の魔法陣が展開、異界への門が開き、首の回った死体は赤い粒子となって消滅していった。

 

「ぐっ……なんだ!? 何が起きた……魔神だと……?!」

「フィルギャ。まだ続けるか? あの子のケガがひどい。すぐ治してほしい。──いや待て、そういやムリアンの群れは呪歌が使えたな。あの子を癒してくれるか?」

 

 ムリアンの群れは震えながら、こくこくとうなずく。なぜ庇ってくれたのか分からないが、わーわーと喚きながらダークトロールから距離を取り、小宮果穂の周囲に集まって即興の演奏会を開始。小さなヴァイオリンやトランペットで、ヒーリングの呪歌を披露。すると微量ずつだが傷口を塞いで、打撲痕を癒し、血痕まで消していく。魔法の歌の効力である。

 一方のフィルギャは混迷を極めていた。

 

「くっ……なんだ貴様は! なぜ私を助けた!?」

「そういう蛮族もいるんだ。それでもまだ疑うなら消えてくれ。人助けの邪魔だ」

「ッ……?!」

 

 焼け焦げた肉体が再生されていくアルファは、けが人の様子を見に行く。小宮果穂はソレイユの肉体を有する。ソレイユは頑丈な種族だ。筋力と生命力に長ける。そのため投石のダメージも少なく済んだらしい。ただしレプラカーンとのハーフであるため、そのぶん肉体の頑丈さは薄れているだろう。それでも魂の根幹はヴァルキリーであるためか、それなりに高い魔法の耐久性を有しているようで、ケガレを持たない妖精との相性も良かったのか、すぐに傷は癒えた。小宮果穂は頭を抱えて起き上がる。

 

「うぅっ……す、スゴく、いたかった、です……」

「半端に頑丈だから気絶できず、激痛でもんどり打ってたな。俺を庇うからだ。──なぜ庇った」

 

 アルファの声色が鋭く低くなる。

 なぜと聞かれても返す言葉は一つしかない。小宮果穂は真正面から応じる。

 

「だって……止めなきゃって、思ったから……!」

「そうかい。ありがとう。だが少しは後先を考えてくれ。回復手段が無かったのは割と焦ったぞ?」

「うっ……ごめんなさい……、──っ……また、アルファさんに守られちゃいました……くやしいです……」

「はは! ここで『悔しい』が出てくるのは、もうヒーローとして重症だなぁ~……?」

 

 やはりアイドルを戦いに巻き込むべきではなかった。そのようにアルファは何度でも思い直す。

 一方の小宮果穂は、ムリアンの群れに感謝していた。

 

「えっと……もしかして、みんなが歌って治してくれたの? ありがとう!」

 

「ごめんね?」

「いたくない?」

「演奏上手だった?」

 

「うん! いいよ! もうイタくないからだいじょうぶっ! 歌も演奏も上手だったよ!」

 

「わーい!」

「やったー!」

「よかったー!」

 

 ムリアンの群れは満面の笑みで万歳する。そうしてちょこまかと走り去っていった。が、どことなく視線を感じる。姿を隠して見守っているようだ。

 アルファは、あえて完全に背中を見せて無防備を装っていた。その上で後方のフィルギャに振り返る。そこには誰もいなかった。風が吹く。どうやら飛び去った模様。それでも視線を感じる。こちらは監視するような視線だった。

 

「……ったく。マザーAIめ……何が『癒しの旅にご案内します』だ……」

「はっ! たしかに……どうしてマザーAIは、あたしたちに、こんな……?」

「見当はつく。でも言いたくない」

「……?」

 

 アルファは思う。今回の目的は精神修養だ。肉体の疲れは異能で取れても、精神の疲れは異能で取れない。故の妖精境探訪である。しかし妖精境に足を踏み入れた途端、アルファの姿は蛮族に変貌した。ならばマザーAIは異能の力で、アルファを人族の姿に偽装させても良かったはず。それをしなかったのは、ひとえにこの事態を招くためだろう。

 

(差異があるからという理由だけで、いきなり攻撃されるのは慣れてる。集団から石を投げられて死にかけた経験もある。だーれも庇ってくれなかった覚えもある。だからって────)

 

 過去と似たような状況下で。

 好きな女の子に庇われても、なんにも嬉しくはないのである。

 

          §

 

 青年と少女は探索を続ける。

 周辺に生息する妖精達は、先ほどの諍いの一部始終を見ていたようで、ダークトロールだからという理由でいきなり攻撃することはなく、ふしぎなふたりを見守っている。

 

「みずうみ! たき!」

 

 湖畔に到着。湖の先に瀑布がごうごうと流れ落ちる。圧巻の絶景である。

 木立に挟まれたほとりでは色とりどりの花が咲き乱れており、花を踏まないよう草地の上で、青年はあぐらをかき、少女は体育座り。

 

「はっ! お弁当を持ってくればよかったです……!」

「たしかにピクニックには最適な場所だな」

 

 すると、その声をどこかの妖精が聴いていたのか。木立の奥でボトボト音が鳴る。草地をかき分けるようにコロコロ果実が転がってくる。それはすぐにこんもりとした木の実の山となった。

 

「わぁ……! あ、アルファさん! これは……!?」

「ラクシアの妖精はおもてなしが好きと聞く」

 

 そして、お礼をきちんと言わないと、次は呪いをかけてくる。また、妖精の厄介な点は、良かれと思って最初から呪いのような魔法を掛けに来て、それについてお礼を言わなければ怒ってしまい、さらなる呪いを掛けに来る点だろうか。ともあれ今回は、最初から嬉しい贈り物だった。青年は大声で「ありがとー! でももういいよー!」と厄介な点を抑制するようにお礼を言い、少女は「ありがとーっ!」と元気いっぱいにお礼を叫ぶ。

 

 けたたましい鳴き声とともに小鳥が飛び立った。

 ふたりは木の実や果実を分け合い、もぐもぐと頬張る。

 

 甘く酸っぱい味がした。

 澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込む。

 心地よい微風が肌をなでる。

 木の葉や雑草の擦れ合う音。湖畔の水音。遠方より響く演奏会の音色。様々な音が耳を打つ。

 ひたすら壮麗な景色に目を奪われる。

 でもやっぱり一番気になるのは、となりにいるひと。

 

「えへへ……!」

 

 少女の自然な笑い声が洩れる。楽しそうに弾む声色。

 それを聴いた青年はまんざらでもなさそうだが、ふいにまぶたを伏せた。気恥ずかしいのかもしれない。

 

 目を閉じて相手の表情を読もうとしない時は、敬意を払っている時。それでも実は、ほんの少しだけ開かれている。本人は無自覚かもしれない。あるいは意図的かもしれない。いずれにせよ、いつも人付き合いに頑張っている。

 

「…………」

 

 しかし今回は、ちょっと良くなかった。

 少女は笑顔の名残を残すかんばせのまま目尻を下げる。

 まさか妖精に石を投げられるとは思わなかった。ヒーロー番組のとある回では、市民から石を投げられていじめられるヒーローという悲しい一場面があった。誤解やすれ違いから生じた展開である。けれど最終回では誤解が解けて、ヒーローと市民は協力して、悪の大魔王を倒すことができた。完全無欠のハッピーエンドである。

 

(……どうしたら……)

 

 そんなハッピーエンドを、この人にも。

 だれかの顔に笑みを咲かせるため始めたヒーローアイドル。ナンバーワンになるためには、最も打倒が難しい相手を笑顔にさせる必要があるかもしれない。そのような使命を勝手に帯びた少女は、いざ腕を組んで首をひねり、うんうんと考える。

 

(今はアルファさんに、ゆっくり休んでほしい……でもケガレがあるままだと、また妖精におそわれちゃうかも……おそわれちゃうのは、ケガレがあるから……なら、そのケガレって、おそうじするみたいに、取れないのかな……?)

 

 少女は、仲間(篠澤広)と頑張って勉強したラクシア世界の知識について思い出しつつ、数々の思慮を巡らせる。

 

(あたしの種族はヴァルキリー……種族特徴は光の羽と祝福……そうだ! 祝福で、ケガレを取り除くことは……? あっダメだ……祝福は人族と動物と幻獣にしか効果がないんだった……でも、なんで蛮族には効果がないんだろう? 蛮族は祝福しちゃダメな理由なんて、あるのかな……?)

 

 考えてみても、特に思い浮かばない。

 それにヒーローは、いつも不可能を可能にしてきた。ならばそれに倣わずして、何がヒーローアイドルか。

 

(────やってみよう!)

 

 少女は静かに、されど内心情熱を燃やし、意気軒昂と立ち上がる。

 

「アルファさん! ちょっといいですか?」

「ん? ああ。────って、果穂……?」

 

 少女は黒岩の巨人と向かい合い、岩場のような胡座(あぐら)の上にちょこんと女の子座り。青年はダークトロールに変身したことで身長がほぼ倍加しているため、いつもより見上げる角度が高くて後ろ首が疲れやすい。両手を伸ばして玄武岩のような胴体に触れる。いつもなら首を抱き寄せる位置に脇がある。

 

「アルファさん……本当におっきいです……!」

「や、まぁ、ダークトロールになっちまったからな……?」

 

 巌のような顔面。般若は言い過ぎだが、鬼のような顔と言われれば認めざるを得ない。それでも面影は残っている。穏やかな表情の時は、元々人間だった時のクールな顔立ちを色濃く映し残す。目元も通常のダークトロールよりよっぽど人間らしく、瞳も通常なら虹彩がなく黒曜石や紅玉のように一色と染める狂気の瞳孔となるのだが、彼の場合は青黒い虹彩を残していた。

 

「……………………」

「──その、見つめすぎじゃね……? いつもより熱烈な視線……」

 

 青年はポリポリと頬を掻く。しかし今の姿は玄武岩のような肌を持つため、物理的にゴリゴリと岩を削るような音が鳴る。しかし節々の所作は、相変わらずの彼そのものであり……つまるところ普通の幸福に慣れていない、ちょいワルな見た目のダークなヒーローだった。

 

「いつもより? アルファさんのことは、いつもちゃんと見ていますよっ!」

「……──うん。特に他意はない事実報告ありがとう」

 

 青年は皮肉を述べる。おそらく、普段と今とで見つめている意味が違うと言いたいのだろう。普段は確かに尊敬の眼差しを送ってきてくれているが、今回はどこか存在を受け止めるような眼差しだった。つまり少女は無自覚だが、当然ながら外見の急激な変化に驚いており、それをよくよく観察することで、今の青年のありのままを受け入れようとしている。というより既に受け入れつつある。さもなくば、あぐらの上に乗ってきたりはしないだろう。どこかで心にブレーキが掛かるはず。相変わらず純粋無垢で天真爛漫な少女は、青年が苦手とする差別意識をことごとく持たず、赤児のような好奇心でズンズンと無遠慮に(心地好く)踏み込んでくる。

 

(……でもさすがにここで、しかもこんなナリでおっぱじめたら、そりゃ拒否るだろうなぁ……)

 

 青年は迷う。こんな素晴らしい景観の場で、周りに誰もいないなら──妖精は存在するがそれは動植物のように扱うとして──やることは、ひとつ。愛し合うことだ。言ってしまえば、誰にも迷惑をかけない青姦である。が、やはりダークトロールの外見は、さすがの少女もお断りだろう。故に青年は我慢する。だからこそ、あぐらの上からそろそろ降りてほしいと願っていた。

 

 対する少女は熟慮を重ねて挑戦する。

 

「アルファさん! 作戦があります……!」

「何かね。ぜひ聞かせてくれたまえ小宮司令」

「っ!! えへへぇ~……! はいっ! アルファ参謀長!」

(参謀長なのか。たぶんあのヒーロー番組を思い返してるんだろうけど……そういや、あの参謀長もブルーだったな)

 

 少女は作戦を述べる。

 

「あたし、閃きました! アルファさんの体のケガレをキレイにしようと思いますっ!」

「────なんて?」

「おそうじ、ですっ! このままだとアルファさんは、妖精にきらわれちゃいます! きらわれたままです……っ! それは、さびしいです……悲しいので、あたしがなんとかしますっ! アルファさんを助けたくて、守りたいんです!」

「……ちなみに、どうやって。何を閃いた。教えてくれ」

「ちょっと、やってみたいことがありますっ! いいですか……?」

「まずは教えてからだ。何をやろうとしてる?」

「……ひ、ひみつですっ……!」

 

 十中八九、青年が『絶対にダメだ』と即答することを、少女はやろうとしている。だから秘密なのだろう。

 

「ならダメだ」

「は、話してもダメって言うから、教えません!」

「よく分かってるじゃないか。じゃあ降りてくれ」

「ああっ……!」

 

 青年は巨躯を活かし、巨大な両手で小宮果穂の胴体を包み込むように持ち上げて、そっと脇の草地に下ろす。

 しかし少女は負けじと巨腕にしがみついて、巨腕相手に相撲を取るように、青年の体に近づこうとする。

 

「い゛ーや゛ーで゛ーす゛ーっ゛!!」

「……ならこれだけ教えろ。果穂がやることで、何か後遺症が残る可能性はあるか?」

「ありません! マザーAIは、現世界に戻ったらあたしたちの姿は元に戻るって言ってました! それはケガレが消えるってことです! だからあたしもだいじょ────あっ! ……こ、これ以上はダメです……っ!」

 

 どうやら衝動的ではなく、きちんと後始末を考慮した上で閃いた作戦の様子。

 ならばとアルファは自由を許した。あまり子供扱いする気はない。彼女のプライドを傷つけることになる上、そこまで愚かではないと(三割ほど)信じている。

 

「わかった。好きにしろ。ただし自己責任だ」

「……! はい! ありがとうございます! あたしに任せてください……!」

 

 やる気に満ちあふれる少女は定位置に戻る。岩石胡座の真上である。

 漆黒の胴体に抱きついて、いざ────

 

「いきますっ!」

 

 第一の剣ルミエルに連なる神々には祈らない。願わない。なぜなら奉仕する捧げ物がない。しからば対価を得られるはずもなし。

 ならば己の力で願いを叶える。正義の心があれば、ケガレなんかには負けないのだ。

 

          §

 

 暗黒の肉体に寄り添う。額をピトッと押し当てる。

 岩盤のような肌と筋肉、その向こうから微かな鼓動を感じた。

 

 ケガレは500%に達するとアンデッドになると聞く。

 ダークトロールのケガレは400%だと聞く。多くの強者の心臓を喰らい、バルカンの宝石まで喰らったなら、現時点の『アルファ』のケガレは490%にも昇っている可能性がある。

 

 だからこそ。

 たすけたい。

 

 戦乙女の祝福をあなたに。

 生まれは蛮族だろうと、その心にはジャスティスレッドにも負けない正義の心が、地獄の業火より激しく燃え盛っているのだから!

 

 赤い少女は深々と息を吐き、────暗(・)黒(・)を(・)吸(・)う(・)。

 

(────ぐ゛っ゛……!? づ゛っ゛……!!)

 

 ケガレを吸い込もうとした瞬間。

 灼熱を呑んだかのように喉奥が焼けた。

 電撃を受けたかのように全身がけいれんした。

 

「────は? 果穂……?! オイ何やって──ッ!!」

 

 みるみると光の羽が黒ずんでいく。

 黒ずみはまだら模様。さながら羊皮紙を火であぶり、黒点がじんわりと広がっていくかのごとく。

 

「う゛あ゛あ゛あ゛……っッ!!」

「やめろ!! 果穂……!? なん、で、そこまで────」

 

 青年は慌てて引き剥がそうとするが、少女は燃やされても感電してもしがみついて離さない。

 なぜそこまでするのか。

 

 叫ぶ少女は苦悶の表情をこぼす。だが激痛の中で不敵に微笑む口元があった。

 それを垣間見た青年は、彼女の中に芽生えていた、壮絶な覚悟を読み取った。

 

          §

 

 未熟は許さない。

 心得ているけど、仕方ないで済ましたくない。

 

 とっさに彼を助けなければと思って、気づいたら駆け出していた。

 だけどケガしてピンチになった。逆に助けられてしまった。

 

 初めての被弾。初めての激痛。

 ちょっとした小石だったのに、声も出せないほど痛くて痛くて泣きそうになって。

 

 凄まじい痛みで動けない中、彼は痛覚がないのか。まさか根性で耐えているのか。

 石でぶたれても、剣で斬られても、炎を浴びても、平気そうに。否、平気そうに見えるだけで。

 ────地獄みたいな激痛だったのに。

 激痛(じごく)よりイタいものがある、なんて言いたそうに。

 痛いことより怖いものがある、と叫びたそうに。

 

 死に物狂いの表情で立ち向かい、敵も味方も生かしたまま、戦いを終わらせた。

 自分も、野に咲く花たちも、妖精たちも、敵の魔神も含めて────すべて倒して、すべて助けた。

 

 とんでもない人だ。

 けど、初めて会った時からそういう人だったことを、なんとなく少女は知っていた。

 

 放課後の公園。不良にいじめられていたのに、怖くて助けられなくて後悔した、ヒーロー失格の一日。

 でも今にして思えば、そこからが本当のヒーローになるための始まりだった。

 何が来ても負けない! テレビのヒーローのように、イメージトレーニングを積んで、いろいろ対策して。

 次は不良から助けてみせた。防犯ブザーを鳴らして、交番に駆け込んで、きっちり『オメイヘンジョウ』した。

 

 ────これで『メイヨバンカイ』できたかな?

 ────これでこの人のヒーローになれたかな?

 

 それからは並び立ちたい気持ちが強くなってきて。

 背伸びして。つまずいて。追いかけて。凄すぎて。

 追いつけなくて、だけど追いつきたくて、息切れ。

 悔しくても諦めない。何度だってチャレンジする。

 

 ある日、ひょんなことから異世界を知って。

 自分の力だけで戦えたことはなくて。

 いつも幸運に助けられてきて。

 その良い例が先日の旅路。

 

 借り物の力(サーヴァント・エポナ)に頼って変身して、初めて肩を並べることができた。

 それでも、まだまだ足りなくて。恐ろしいくらい、あこがれが遠いことを知って。

 だけど、一瞬でも肩を並べたおかげで、彼の正義がどういうものなのか、ちょっと分かった気がして。

 初めて彼と正面対決で闘って。正義と正義のぶつかり合いをして。

 

 ────これで近づけたかな?

 ────これで超えられたかな?

 

 いいや、まだまだ。

 ぜんぜん足りない。

 

 だからこそ、しゅんと落ち込むこともある。

 自分は戦いには向かないのかも。元から運動はあまり得意じゃなかった。算数も苦手。

 それでも役に立てることはあるはず。たとえば覚悟。それならいつだってできている!

 

 ────だから。

 

          §

 

 穢れを取り込むことで人は力を増す。

 その対価/代償が、蛮族の外見や能力であり、最悪の末路がアンデッドである。

 

 しかし少女はそれが目的で、穢れを吸おうとしたわけではないだろう。

 ひとえに助力のため。だからといって、これは浅はかだと青年は思う。

 

「……スゴいな。100%くらい吸収したか。一回死ぬレベルの激痛だったろうに……その結果がコレか?」

「────────」

「お前まで穢れて。これじゃあ蛮族が二人に増えちまった。次は二人とも襲われるぞ。そうなると俺は果穂を庇いながら戦わなきゃならん。足でまといになる。穢れを100%取り込んだところで大して強くはなれない。せいぜいゴブリン程度だ。ただし穢れ200%のボガード程度なら戦力の範囲内になる。──ハァ。人族のままだったら、妖精はお前を攻撃しなかったろうに。……それを理解していた上で、なぜこの方法を選んだ?」

「────────…………」

 

 穢れの痛み分け。

 それは根本的解決にならず、それどころか状況の悪化を招く側面が存在する。

 

「……でも、アルファさんなら、きっと守ってくれますから……」

 

 白い光の羽や丸いケモ耳は、もはや黒まだら模様に穢れており。

 太陽のごとき輝きを秘める肉体美も、それが青ざめるように色あせており。

 

「……ケガレがなくなると、蛮族は弱くなっちゃうけど……アルファさんなら、そんなの関係ないですよね……?」

 

 小刻みに震える小さな体。震える声。死に等しい激痛を以て穢れを取り込んだ影響で心身ともにやられており、いつ昏倒してもおかしくない気配が漂う。その中で少女は毅然とした目つきで青年の顔を見上げた。

 

「っ……200%、必要なら……もう一回、がんばります……!」

「──……そうだな。せめてそれくらいはしてもらわないと、完全なお荷物だ」

 

 死に等しい激痛を、あともう一回。

 少女は覚悟を決める。だが肉体は悲鳴を上げており、深く息を吸い込んだところで────握力を失った。

 

 目がうつろとなり、背中から倒れていく戦乙女の穢れし肉体。

 巨大な片手で少女の全身を受け止めた青年は、ただただ重苦しいため息をつく。

 

 その時、森のあちこちから妖精のささやきが聴こえてきた。

 草葉の擦れ合う音に混じって、感嘆の声色がポツポツ上がる。

 

 ──すごい。すごい。

 ──愛の力だ。

 ──ふつうならできない。

 ──でもやってのけた。

 ──それだけ愛したい蛮族なの?

 ──それとも頭がおかしい人族なの?

 

「黙れ。ひそひそ話は聴こえないところでやってくれ」

 

 シーンと静まり返る。

 

「だが頭がおかしいってのは賛成だ。恋はキグルイってな」

 

 なぜなら。

 

「単に果穂は、もしかしたら……俺(・)と(・)同(・)じ(・)痛(・)み(・)を(・)共(・)有(・)し(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)だ(・)け(・)なのかもな────」

 

          §

 

 夕暮れの妖精境。

 

 パチパチと焚き火の音。

 果実がよく焦げた芳醇な匂いを嗅いで、赤毛の少女は覚醒する。

 

「────あれ……あたし……」

「おはよう、果穂。二時間くらい寝てたぞ。焼いた果物でも食べるか?」

「──アルファさん!」

 

 木の串に刺した焼き果実をもらう。美味しそうな匂い。

 かじりつくと濃厚な甘さのアツアツ果汁が口の中に広がって、とってもジューシーである。

 

「おいしいですーっ! ……って、それどころじゃありません! もっとアルファさんのケガレを吸って、少しでもアルファさんを楽にさせないと……!」

「なんだ。そういう理由だったのか。別に穢れをまとってても気分は悪くないぞ?」

「で、でも……! ケガレって言うくらいだから……」 

「慣れてるから問題ない。ケガレなんて泥のように浴びたよ」

「……でも! なれてるのと、やっぱりイヤなのは、ちがいますよね……?」

 

 青年は痛いところを突かれる。

 

「たしかに、ないほうがいいっちゃいいけど……」

「なら!」

「だからって果穂にまで穢れの気分を味あわせたくない」

「それは……その気持ちは、うれしいんですけど……っ」

 

 少女は痛いところを突かれる。

 だからこそ秘密のまま強行した、という側面もある。

 

「でもっ……ちょっとは楽に、なりましたか……?」

「まぁな」

「じゃあやっぱり、やらせてくださいっ……!」

「…………」

「……っ……」

 

 少しでも、あなたの疲れを癒せたら。

 究極的には、それに尽きるのだろう。

 

「どうしてもか?」

「どうしてもです!」

 

 ならば言っても聞かない。

 されば、やり方を変える。

 

「正直、果穂の苦しむ姿を見るほうが気分悪い」

「っ……!」

 

 その一言で少女は完封────されない。

 

「あたしもっ! そうやって全部ひとりで抱え込んで、ムリをしちゃう人を見るほうが……気分、ワルいですっ!」

「ははっ! こりゃ一本取られたな!」

 

 破顔した青年は手を叩いて夕空を仰ぎ豪快に笑う。

 対する少女はふくれっ面で睨むように見つめていた。もう流されまいと気を強く保つ。

 

「じゃ、お互い様ってことで。──フルーツ串焼き食べる?」

「……食べたい、ですけど……お話を! 終わらせないでください……!」

 

 このままでは相手のペースに呑まれて流されてしまう。口八丁が青年の得意分野だ。

 そのため、ここぞという時だけは青年の話をあえて聞かず、自分の決断を信じて突撃する。

 

「よっと……」

 

 岩石あぐらの上にちょこんと女の子座り。

 次の瞬間、股の下から重く硬い物がググッと起き上がってきた。そのまま全身が股下から持ち上げられそうなくらいの力を受けて、左右どちらかにバランスを崩しそうになり、慌てて青年の体に抱きついてバランスを取る。いったい何が起きたのか。

 

「わ……! ……?」

「……」(いきなり来るもんだからびっくりして、事前に心頭滅却できなかった……)

 

 少女は股下に入り込んだ腰巻を撫でる。頭の中は疑問符だらけ。なぜ腰巻の下に棒を置いているのか。まず位置関係が何かおかしくないか。目をすがめて探偵の表情。あごに手指を当てて思索。…………分からないので訊いてみる。

 

「アルファさん。これなんですか?」

「はは。マジか。まぁさすがにデカすぎて分からないよな」

 

 少女は首をひねる。どういう意味か。

 

「なぁ果穂……いいか?」

 

 冷厳たる破顔から見つめられる、不意のあでやかな視線。

 その意味するところは、さすがの少女も経験豊富で心得ている。お誘いの目つきである。

 

「っ……!」

 

 思わず股を閉じる。だが腰巻の下にある棒が邪魔して閉じられない。さらにグングンと棒は弾道を上げていく。そのおかしな動きで直感した。

 

「えっ……!?」

 

 まさかとは思うが、つまりそういうことなのか。そういえば先ほど撫でてしまった。

 かーっと赤面する少女は、うつむいたまま面を上げられない。口元や指先同士、膝小僧を、もじもじ。

 

「で、でも……ケガレ、吸わないと……」

「それなら考えがある。もっと楽に吸わせてやるよ」

「…………、──……」

 

 ちらっと上目遣い。すぐ視線を逸らす。

 

 それは了承の合図だった。

 

 

 

          §

 

 

 

「────怖くないのか? この見た目だぜ? 美女は野獣の外見を気にせず恋したが、さすがに夜は別だろう」

「別じゃありません。同じです。だって……どんな姿でも、アルファさんはアルファさん……ですから」

 

 妖精境の大魔法。

 其は魂の清らかさと穢れの具現────ではない。

 真実は、ありのままの心の像を映し出し顕すもの。

 

 天使の少女は、体より心を見つめると断言した。

 悪魔の青年は、そんな天使を心配して自己憎悪。

 

「……やっぱいい。ごめん」

「────っ」

 

 青年が逃げようとした瞬間、その巨腕をわしづかんで引きずり下ろす。なんとしてでも座らせる。

 

「…………なにさ」

「あたしの目を見てください」

 

 青年は目を逸らしたまま応じない。

 ならばと少女は覚悟を語る。

 

「あたし、思ったんです。今のアルファさんの姿は、きっとアルファさんの心の姿なんです」

「────」

「だってスッゴくスッゴーく、ダークヒーローっぽい姿だからですっ!」

 

 青年は呆れる。まさか理由はそれだけなのかと。

 もう少しほかにないものか。たとえば心に闇があるからとか。その手の言葉が飛び出てくるものと思っていた。

 

「あたしは、あなたの心を受け止めたい」

「────────」

「そのためなら、あなたの体も受け止めてみせますっ!」

 

 情熱に満ち満ちた覚悟。

 毅然たる決意表明。

 深く広い優しさ。

 理想的なお淑やかさ。

 快楽や苦痛に左右されない理性の気高さ。

 

 その全てを駆使して試練に挑む勇姿は、まさしくエンジェルヒーロー。

 ただし悪魔に挑む天使というより、魔神に挑む戦乙女(ヴァルキリー)と言ったほうが、それっぽいだろうか。

 

 そんなことを考える青年は、ならばと身を許した。

 

「好きにしろよ。──いや、ちがうな。わかった。……ありがとう、な」

「……はいっ!」

 

 にこやかに返事した直後、ぐらっと体が傾いて押し倒される。

 背中をしっとりと支える柔らかい草地。視界端に花々。香り良い自然の寝台。

 

 その上で。

 

「ぁ……」

 

 視界が回る。押し倒されたと思ったら背中を抱き上げられた。

 どうやら青年は潰してしまうと思い直したらしい。

 

「なら……あたしが、うごかないと、ですね……」

 

 岩石あぐらの上で膝立ち。口づけしたいが届かない。岩肌をそっと押して後ろに少し倒す。青年の腹部に膝をかけて少しよじ登り、岩肌の後ろ首に手を回して顔に接近。

 

「ひざ、いたくないですか……?」

 

 小さく二回うなずかれる。何も感じないくらい頑丈な肌の厚さらしい。

 ならばもっと踏み込んでいいだろう。ぐぐいっと背を伸ばして、巌のような唇に接吻。

 

 体が落ちる。岩石あぐらの上に座り込もうとすると、股下に硬い物が振るようにゴツンと当たってきた。このまま身を落とすと、たぶん大変なことになる。

 

「っ……」

 

 大きな岩指がスカートの中に入り込む。パンツを脱がそうとしたのだろうが、力加減を誤ったのかビリッと破けてしまった。

 

「あ、悪い……」

「い、いえ……」

 

 ビリビリっと破けた音を聴いた時。

 なぜか少女はゾクッとした。

 

 既に精神的に大きかった偉大な人物。今まで何度、なかされてきたか。

 だというのに今回は、物理的にもさらに大きくなって、いったいどうされてしまうのか。

 

 強大な力に身を委ねるしかなくて、勢いのまま流されてしまい、深いところまで呑み込まれていく感覚。

 危険な予感。あぶないセンサー。反応してるのに、抗えない。抗いたくない。抗っても、それはフリであることが多い。だけど本気で抗うと、すぐやめてくれる。そこが、本当にずるくて。ついつい、次を求めてしまう。

 

(んっ……これ、いつもの……)

 

 秘部をまさぐられる。あっという間に濡れていく。

 少女の目はとろんとし始める。

 

(あ、くる……)

 

 青年は腰巻をまくった。

 少女は青黒い瞳を見上げるばかりで、下を見ることができない。怖い。触れただけでとんでもない巨魁だった。それがこれから? きっと暗黒色の岩石肉棒。股が裂けてしまうのではないか。

 

「……ぁ、ぁの……ゃ、ゃさしく……ぉねがぃし……まっ────す゛♥゛!?」

 

 少女の瞳が限界まで見開かれる。

 跳ねた。えび反り。腰を支えられた。安心してもっと背を反ることができる。もんどりうってよがり声。

 

「ッ♥ ぉっ♥ おっ♥ ッッ♥ ぉっほっ♥────ぅ゛っ゛ぁ゛ッ゛♥゛!!?」

 

 こじ開けられて膨満して圧迫して激熱で最奥接触絶頂。

 延びきる舌。口の端から糸を引いて零れ落ちる唾液。自動的にまぶたが落ちていく。

 

(────♥♥♥♥♥────)

 

 思考漂白。脳内桃色。心身感電。魂を委ねる。

 

 失神。

 

          §

 

 数秒ごとに覚醒と絶頂と気絶を繰り返すこと数十回。すなわち数分が経過。

 

(────────ぁ…………────)

 

 白目を剥く赤毛の少女は、たゆたう意識を持続的に取り戻す。

 気づけば全裸だった。どうやら脱がされたらしい。

 

(ぅそ……やばぃ……これ……しんじゃぅ……)

 

 なんとか要望を伝えたい。

 動けないから、なんとかしてくれと。

 

「ぅぁ……♥」

 

 眼球が裏返りそうな少女は間の抜けた嬌声を発する。

 刹那、膣内の岩石が膨張硬化。

 

「ン゛ァ゛ッ゛♥゛!!? メ゛ッ゛♥゛!! ダ♥ メ゛ェ゛……♥゛!」

 

 膨らみ続ける。硬さを増していく。

 もう体内は限界だ。へそ周りの刺繍が突き上がっている。

 

「……動きたい」

「ぁ♥ だ、め……♥」

「押し倒すぞ」

「ィャ…♥ ャァ…♥」

「俺が下か?」

「ハッ♥ はぃ……♥」

 

 脳内に分泌される大量のハートマーク。

 もはや愛嬌のある声色(メスごえ)を発することしかできない体にされてしまった。いつものことである。おそろしいことである。のうとくびれとせすじとこしからしたが、いっぽんでつながれるような、しびれる放課後体験である。ふしぎなふしぎな魅力と魔力である。

 

「オッ♥ ──っ……♥ ぁ♥」

 

 はしたない声を出してしまった後──恥ずかしくて下唇を噛み……喘ぎ声を出し直す。

 なぜなら体勢を変える際、膣内のあらゆる箇所が────

 

「ゴ♥ オ゛ッ゛♥゛」

 

 ────抉るようにゴリゴリこすられて意識が目上に飛ぶ。

 

 反り返るくびれ。今度は意識をなんとか瀬戸際で保った。激しい喘鳴。気絶したら困らせる。

 

(ぁ、ぁたし、が……がん、ばって……ぉ♥ ぉやすみ、させ、なぃ、と……)

 

 岩盤の腹部。両手を突いて、股を絞り、骨抜きにされた腰をへにゃりと持ち上げ、瑞々しい肉を打ち落とす。

 

「゛♥♥♥」

 

 声にならない快感。つい溺れそうになる。つい溺れに行ってしまいたくなる。

 しかし目的は、自分が気持ちよくなることではなく、相手の疲れを癒すこと。

 

「……ぎ……ぎもち、ぃー……れすか……?」

「っ────」

 

 いたいけな笑み、健気な涙目で、小首をかしげてくる。

 青年は我慢の限界が来た。

 

(ぁ……わらった……きもち、よさそう……たのしんで、くれてる……)

 

 少女も、相手の顔色と気配と感触で察してくる。何回致したと思っているのだ。呆れるほど疲れるほどイヤになるほど、でもなぜか飽きないから死ぬほど繰り返したことである。目に焼き付いて忘れられない歯噛み顔。体勢だけ異なるがいつもと変わらぬ流れ。クライマックスで最後の膨張と硬化を行い、膣内を膨満圧迫し尽くしてトドメの硬さになってから────

 

(あれ? ぁ……だ、だめだ……)

 

 ────重大なことを忘れていた。それを思い出す。

 

「ま────まってくださぃ……ごむ、つけてまぜん……!!」

「安心しろ。ここで孕むことはない」

 

 どういう意味か。説明が欲しい。抜くべきだ。

 乙女は全力で首を横に振り、抵抗する。

 

 腰を振って打ち付けて。

 もっと激しく鞭打って。

 おかしいな。続けてる。

 

(こ、このひと、が、いうなら……きっと、だいじょう、ぶ……♥)

 

 信じる。

 それはそれとして、ふしぎと下腹部がゾクゾクと熱を持った。

 

(は、初めての……ゴムなし、だ……!)

 

 岩石となっても体感で分かる。

 射精の前兆、秒読み状態。

 

(ど、どうなっちゃうん、だろう……? いつもいっつも、スッゴく熱いの、いっぱい出されて……ゴムの中にたまる白いのは、なんかネバネバしてて、ヘンな感じだけど……それも、もしかしたら……気持ちいいの、かな……?)

 

 期待たくさん。恐怖ちょっぴり。

 巨大な岩石手のひらで腰を抑えつけられる。逃げられないように捕まえられてしまう。

 

(あ……っ♥ くる……♥)

 

 刹那。

 

「────ふわっ────」

 

 初めての生の出だし。

 ほんの一瞬、昇るような絶天地。

 

 反射的に子宮と背筋とくびれとが一直線に結ばれるよう反り返る肉体美。

 自動的に夕空を仰いで瞳に茜色が差すものの、脳を埋め尽くす情報は快楽記号(♥♥♥♥)のみ。

 

「ンンッ゛♥────あ♥あ♥っ♥!♥!♥?♥?♥!♥?♥ ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛────」

 

 初めての生の出始め。

 ほんの一瞬、噴火したような爆雷と灼熱。

 

 吹き飛びそうな理性やら意識やら何やらをこらえるべく猫背のように屈み込む。

 身が浮き上がる絶頂。

 中がネバついて離してくれないしこちらとしても放す気はない執着の搦めとり。

 

「アッ゛♥゛ イヤ…♥ オ゛オ゛オ゛ッ゛♥゛ ダ、メ…ッ♥♥♥」

 

 初めての生の出続け。

 火災の噴流が永続すると錯覚するような怒涛の注入。

 

 なおも射精は尽きず射精は終わる事なく射精は噴き上げ射精は出続け射精はまだ射精は続き。

 眼球裏返り世界は明滅し──灼熱の再射精──暗転させてくれず明転。

 

 膣内に充満して膨張する腹部。

 猫背になっては快感に物言わせて反射的に伸ばされ、ふと気づかされる。

 

(────のばすと、きもちいい……!! さいっこう♥ にぃ……♥!♥)

 

 腰が曲がっては延ばしきると、膣内に出されては流れ落ちる濁流が、よく巡りよく循環し、アツアツの快楽が何度でも充満されていく。そのため乙女は鍋を掻き混ぜる杓子のごとく、何度も何度も腰を回して、必死に必死に腰を掻き回して、そればっかりに夢中になって、快楽を求めることに熱中していき、快楽に集中して理性と集中を埋没させていく。

 

 上下に跳ねては落ちる赤毛の蓬髪。

 快楽に溺れた虚ろな瞳は伏し目がち。

 小さな口は半開きで、垂れ下がる涎がちぎれ飛ぶ。

 腰つきの良いくびれは永遠の快楽を求めて回って回って回して回して肉音打ち付けて水音打ち落として。

 

(あれっ♥?♥ いろ、ちがうんだぁ……♥?♥)

 

 乙女の股下から黒濁が逆噴射する。

 

「ハッ、ハッ、ハンッ♥ …アハァ、ハァ、ハァ…♥」

 

 初めての生の出し終わり。

 ダイレクトに伝わる岩石男根のピクつき。脈打つ筋が膣越しに伝わる異様な一体感。

 

(スゴい……生って、こんな……!!)

 

 微量の残り香が射精される。

 

「おんっ……♥ ふぅ……フゥ……フ…ゥッ♥」

 

 起き上がる巨躯。

 降りかかる巨影。膣内の残影はそのままに。押し倒されて組み付かれる。

 

「あっ……♥」(二回戦……! 二回戦……!! にかいせん~~~~っ♥!♥!♥)

 

 ひんやりとした寝心地の良い草地は、全身の発熱ですぐに蒸れていく。

 

(相手の体、熱い……! あと、いつも、吐息、耳元で、ささやかれると……おなかの中が、きゅって、する……♥)

 

 こわさないように、やさしくあつかわれるように。そっと頭を撫でられる。前髪をかきあげられて、額にちゅっと口づけを受ける。そんなことをされた乙女は余計に下腹部が引き締まる。胸の奥が高鳴って、どうにかなってしまいそう。

 

(うあ……うごいた……♥)

 

 ゆっくりと重力下に従って押し付けるように引き抜かれていく。

 すると男根の傘が膣内の板に引っ掛かって──ゴリッ──と感電。

 

「゙オ゛ォ゛ッ゛…ホッ…♥!♥!♥?♥!♥」

 

 息つく暇なく男根の傘が差し込まれる。

 膣内をこじあけて滑走、板の上に乗って潰して蹂躙して、最後は小さな子宮に激突。

 

「ひゃぁぁ……ンッ…♥♥」

 

 引いて差して一人相撲。

 されるがまま。繰り返される。

 

(うぉあ……♥ 引きが、深くてぇ……♥♥ 押しが、強いぃ……!!)

 

 乙女はささやく。

 もっと欲しいと。

 

 差し引き運動の回転数が強まる。

 

(早くなったぁ……! っ~~~♥ ふわぁ……は、早く、なると……角度、ざつになって……気持ち良さ、減っちゃうけど……お♥ 引き……♥ ──お、男のひとは、早いのと、押し付けるの、好きって、言ってた、から……た、たくさん、突いて、ほしいな……♥ ──あっ♥ また♥ 引っかくの、スゴい……♥ ゴリって♥ いつもより、ゴリってぇ……♥♥♥)

 

 みるみると膨張して硬くなる男根。

 そろそろだ! と乙女は微笑み、射精を待ち望む。

 

 既に下腹部は熱を出したように高温で。

 膣内は焼かれたように熱すぎて、脳も茹だるように蒸発していて。

 

 その上────爆発的な差し湯。

 

「んっ♥ ほぉ……!?♥」

 

 いつもとちがう、破裂するような喘ぎ声を出してしまった。

 

「おっ……♥ オッ♥ オ♥ オ♥ ア♥ ア♥ ァンッ…♥」

 

 巨躯の腰に両脚を回して抱きついて。

 腰を回して回して掻き回して。

 

「しゅゴ、いですぅ……♥」

 

 快楽のあまり舌っ足らずで噛んだ。気にしない。

 そんなことより、首を限界まで伸ばして反り返り、懸命に腰を掻き回し続ける。

 

 膣内で波打つ濁流の名残。

 酔いしれていると続きが来る。

 

 乙女の脇腹。スレンダーでくびれがある。

 そこを巨大な両手がわしづかむ。がっしりと。キツく指圧する。

 

(ああそれだめぇ……♥ いつもゆび、なんでぇ……!!)

 

 ジタバタと抵抗。聞き入れられず腰だけ持ち上げられる。草地に着いているのは頭頂と肘のみ。あとは容赦なく────

 

(うぁあ三回戦んんぅっ……♥!!!♥)

 

 ────乙女の快楽は一切気にせず。

 ただただ漢の本能をひたすら優先させた、苛めるような小突き入れが乱打される。

 

「あ♥ ぁ♥ ぁ♥ ぁ♥ あ♥ あ…♥♥」

 

 引きより押し。

 丁寧より乱暴。

 気遣いより自己満。

 道具の如く扱われる。

 それでも構わないと思う。なぜなら────

 

「ふわあ……♥♥♥」

 

 みたび足された灼熱の爆雷。一瞬白目を剥いて絶頂する。

 ガン開きのまぶた。目尻は赤く微かに腫れていた。涙目だが、それは幸福の涙の痕。

 

 ────なぜならば。

 

「あ、あたしの、からだで……いやされ、ましたか……?」

 

 青年の巨躯がピタリと停止する。

 次の瞬間には、イラつくように。

 

「────おまえ、そのセリフは反則」

 

 巌の口が豊満な胸部に噛み付いた。

 乙女は黒き岩の歯型を残される。全身を持ち上げられる。

 巌の男は立ったまま、乙女の腰を掴んで上下に揺すった。

 道具のように扱われる。

 再び大量の射精。

 膨満する腹部の下から怒涛のごとく。黒き濁流が花畑を穢していく。

 

 以降、百回戦にも及ぶ耐久勝負が確約されて────乙女の嬌声が、湖面に波紋を響かせた。

 

          §

 

 夜の帳が降りる頃。

 月光の花畑に弱々しい喘ぎ声が残留する。

 

(────あ……しんじゃう……これでひゃくきゅうかい……? もうかぞえられないよ────)

 

 背後からのガン突き。

 極度の疲弊のあまり快楽は吹き飛んでいる。

 

 ひたすら犯される。

 それが終わるのを待ち続ける。

 

「うあ……♥ ひろ、さん……たすけ────」

「ほかの女の名前を出すなよ。お前だからいいんだろうが」

「ふぇ……♥♥♥」

 

 なんともうれしいことを言ってくれるが……それでも助けを求めたい。

 この精力絶倫のひとは、とてもじゃないが乙女ひとりの肉体では受け止めきれない。

 

 そのため独占欲とは裏腹に、割と切実な願いとして、共に戦う仲間を得たい。

 せめて数分数十分の休憩時間さえ取らせてくれれば、何度だって交代するのだけれど。

 

「今はお前のことだけ考えさせろ」

「んっ♥ はい……♥♥」

 

 振り返ってパクパクと口を開ける。

 首を絞められて強引に顔を持たれて、きょうび何千何万回したか分からない口づけを繰り返す。

 

(あ……くちびる……はしっこが、イタい……ちょっと血の味がする……切れちゃったのかも……? い、イタいから、やめたいって、言わなきゃ……で、でも……♥)

 

 舌先、お互いに差し込み、唾液混じりに絡みつく舌奥。さらに口腔と頬の裏、歯周まで舐め回されて、流し込まれる大量の唾液。全てが相手の液体とニオイに浸されて淫(ひた)されて猥(みだ)らに犯されていく。

 

(き、気持ちよすぎて……やめたく、ない……♥♥)

 

 ふと片胸を鷲掴みにされる。

 

「あ……♥」

 

 力尽くで薙ぎ倒される。

 横向きに転がされて、寝返りを打たせられて。

 男根射し込まれたまま、うつ伏せから仰向けに。

 

(ふわぁ♥!?♥ は、入ってるのに、回すから……♥ 中、ねじれて……♥!♥)

 

 新たな快感。何百回繰り返しても、新しい快楽を見つけてしまう。

 だからこそ終わりがない。やめどきが見つからない。とめどきが見失われる。

 

「……もう、随分と穢れたな」

「……ふぇ?」

 

 全身滂沱のごとく浴びた黒濁。それは穢れ混じる精液。百数回に及ぶ性交の末、膣内のみならず口腔にも全身にも流し込まれ浴びせられた穢れの精液は、乙女の受け入れ態勢が万全という心境もあり、快楽と共に少しずつ穢れが吸収されていったようで、もはや少女の穢れは200%に到達していた。

 本来なら、このような形による穢れの譲渡は有り得ないものとされる。だが事実として叶っている以上、これもまた愛の力なのか。それとも性交魔法に由来する神秘や奇蹟なのか。

 

 黄金色に輝く淡白き光の翼は、もはや漆黒に染まりつつあり。

 色鮮やかに輝ける肉体美は、もはや屍人のごとく色白になりつつあり。

 

 そんなことはどうでも良いと。

 乙女は、しばらくの休息と次の快楽とを、同時に求める眼差しを送った。

 

「……なら温泉入るか」

「……おんせん……?」

「焚き火を起こすため木の枝を探してる時に見つけた。森の中にある。すぐそこだ。入浴はヴァンニクも認めてくれたから大丈夫だろう」

 

 ヴァンニク。人間大の少女の形を取った、温泉に棲む水妖精である。

 青年は挿入したまま乙女の全身を抱き上げる。

 

「うぁ……♥」

 

 あまりの力強さ。軽々と持ち運ばれる。すると乙女はやっとの休息に安堵したのか、岩盤のごとし胸板に両手を寄り添い頬を当てて、そっと目を閉じ身を委ねた。

 

 ふたりは森の中に入る。

 木立を抜けた先に、やや拓けた空間がある。風に乗って漂う熱気。立ち昇る湯気。

 

 天然の露天風呂である。

 青年は足を入れて入浴。乙女の半身を湯に浸からせて、お湯をすくい、乙女の体に流しかけて、ゆっくりと精液を洗い流す。

 

 温泉は汚れてしまうが、すぐさまヴァンニクは水の汚れを浄化する魔法をかけて、穢れの水分を消滅させる。それについて苛立つことはあれ怒り狂って襲ってくることはない。あらかじめ青年はそうすると伝えてあり、ヴァンニクは人族の乙女に温泉に入ってほしいため、それとの交換条件で交渉を済ませていた。

 

「────へっくし!」

「発熱も冷めたか。なら湯に浸かろう」

 

 乙女のくしゃみは、性交の昂ぶりが冷めてきたことの合図。

 昂ぶったまま湯に浸かれば、体温の向上が行き過ぎてのぼせるため、頃合を見計らって入浴する。

 

「────はぁー……とってもいい湯です~……」

 

 赤毛の乙女は、傍らに浸かる青年の体にもたれかかる。

 青年は、彼女が寝落ちして溺れないよう、しっかりと巨腕で抱え込んだ。

 

          §

 

 巌のごとし皮膚を持つ青年は、もっと熱い湯が良さそうな表情で浸かる。

 それでも火照った体にぬるま湯は、なかなかに心地よさそう。

 

「────ねぇ。ずっと何してたの?」

 

 ふいにヴァンニクの声が響く。いつの間に姿を現していたのか、青年の対角線の湯に立っていた。ヴァンニクは基本全裸であり、価値観も人と異なるため羞恥心は存在しない。

 また、妖精は基本的に人の真似をすることが好きであり、そのために人の生活に倣う。音楽の演奏や武器を振るうことがまさしくそれである。それで言うなら温泉に浸かることも同様だろう。

 

 そして無垢な魂を持つ妖精ヴァンニクは今、新たな人間の営みに興味を持って学ぼうとしていた。

 

「人族をいじめてたの? やっぱり蛮族は最低最悪っ!」

「そう見えたか?」

「…………」

 

 ヴァンニクはうつむく。

 最初はいじめていたように見えたけど、観察するうちいじめているようには見えなくなった。

 

「……彼女、楽しそうだった。嬉しそうだった。喜んでいた。温泉に浸かるみたいに」

「そうだな」

「……わたしもやってみたい」

「そう言うと思った……その前に意味を教えよう。これは好きな奴同士でするものだ。俺はお前の外見は好みだが、お前は俺のこと好きか?」

「キライ。穢れ、キライ!」

「じゃあ俺とはできない。お前も俺とはしたくないだろう。ほかを当たってくれ」

 

 するとヴァンニクはむすっとした顔をする。

 肩まで湯に浸かるとスイスイ泳いで近づいてくる。

 

「……穢れは嫌いなんじゃ?」

「キライ。だけど……きみは、もしかしたらいいひとみたい」

「そう思ってくれてありがとよ」

「……蛮族なのに、ヘンだね?」

 

 温泉妖精ヴァンニクは湯気の向こうから泳いできて、ハッキリとその姿をあらわにした。

 その姿は、瑞々しい水色の長髪を流していたが────

 

「げっ」

 

 ────どことなく面立ちは、沢に芹立つ旭の美少女に似ていた。

 

「なに?」

「……なんでもないっす……」

 

 青年は気まずそうに目を伏せてうつむく。

 せめてそこはまだ見ぬ美少女が良かったと、欲深い不満を抱いていた。

 

「ねぇ。わたしにもさっきの、やって?」

「……相方の許可が必要ですね」

「眠ってるよ?」

 

 ここで起きるまで待ってください。などと言ってしまえば、顔にお湯をぶっかけて強引に目覚めさせようとする。その傍若無人さこそが妖精である。赤毛の少女はうとうとしており、このまま休憩させたい。それに彼女は先ほど、助け舟となるほかの女体を求めていた。ならばきっと許してくれるだろうと青年は判断する。

 

「ではどうぞ。ちなみに名前は?」

「……マーシュ(沢)」

 

 ヴァンニクのマーシュは最初、穢れのある青年の肉体に触れることを恐れている様子だったが……やがて好奇心に負けたのか、勇気を出して身をあずけた。

 

          §

 

 波打つ温泉の水面。

 マーシュは嬌声を上げる。

 

「おっ♥♥ ん……っ♥ これ♥ すごい……♥♥♥ これ♥ きもちいぃ~っっ♥♥♥♥♥」

 

 これで十回目の射精。

 

「──オ♥ッ♥ こ……こんな♥ こんな愛されたの! はじめて……♥♥」

 

 妖精を愛する蛮族(ひと)。

 そんなマーシュの評価が、別の、さらなる好奇心を招いたのか。

 

「……」

 

 青年の背後にフィルギャが降り立つ。

 マーシュはえび反りとなってよがり狂い、友人を見つけて快楽の湯に誘う。

 

「フィルギャ♥ すごいよ……♥ 君も来なよ……! ちゃんと謝ろう?」

「…………」

 

 無言のフィルギャは鎧を脱いで湯に浸かる。

 視界端に青年とマーシュの横顔を捉えながら話しかける。

 

「あなたは……本当に蛮族なの?」

「ある意味では女を抱きまくる野蛮人かな」

「好色な人はいくらでもいる。サカロスの信徒なら尚更ね」

「酒幸神サカロスの教義は好みだ。酒は飲まないが、ほかは意図せず体現していた。それで言うなら風来神ル=ロウドの教義も好みだな。あれはまさしく俺の生き様そのものだ。自由な振る舞いに他者の心情が汲み取られていなさそうな点が玉に瑕だが……」

「風来神は第二の剣の神じゃない。信頼される気あるの?」

「お前に信頼されるために話してるわけじゃないからな~」

 

 ちゃぷちゃぷと断続的な音が立つ。

 

「……穢らわしい」

「性交のことじゃなくて穢れのことを言ってるのが妖精の価値観って感じだな……」

「なに? 皮肉?」

「嫌味だよ。何も知的にも遠回しにも言ってないよ。正直に打ち明けてるだけさ」

 

 正直に。

 それに思うところあったのか、フィルギャは語る。

 

「私はブリーズ(そよ風)。逞しい人族が好き。好きな人と並び立って勇敢に戦いたい」

「そうかい」

「あなたは蛮族だけど、人族の陣営に立つ人なのね。なら、ギリギリ及第点」

「なんの話だ?」

「恐れず魔神に立ち向かった。身を呈して花畑とムリアンを守ってくれた。感謝します」

 

 初めて青年は振り向き、ブリーズの表情を見定めた。

 思い込みによる攻撃は苦手のため、今までその姿を直視することはなかった。しかし今、誤解は解かれて和解した。であれば恐れず目を見て話すことができる。

 

 フィルギャのブリーズ。

 その姿は、美しき翠緑の髪色で、幻想的に織り込んだ髪型をしていたが────

 

「お前もかい!」

 

 ────織り束ねた髪と炎を灯したような炯眼は、どことなく野にすさぶ風の美少女に似ていた。

 

「どうしたの?」

「なんでも……」

 

 ふいにブリーズは距離を詰める。

 巨躯の脇下に入り込んで、胴体側面に背中をつけた。

 

「……妖精ってみんな距離近くない?」

 

 青年は思う。

 

(なぜもう好感度がカンストしてるのか。これだから妖精は怖いんだ。なぜって、もし何かあれば、その何かの一秒後には、こっちへの憎しみがカンストしてるってこと。……愛憎の反転がほぼメンコだよぅ……)

 

 戦々恐々。

 一方のブリーズは赤ら顔で、チラチラと見上げながら催促する。恋する乙女の恥じらいである。

 

「その……好きな人に愛されたいって思うのは、当然じゃない?」

 

          §

 

『オッ…♥♥♥ アッ…♥♥♥』

 

 静かなる真夜中の妖精乱交大宴会。

 人間大の美女型妖精が十数羽も集い、次々と暗黒の巨人に抱かれている。

 

 炎妖精エインセルのブルーム(季)・ナラスハウ(倉の奈)・トゥルー(真)・フェザット(羽の那)。光妖精スプライトのスプラ(佑)・バンブー(篠)・リヴォルー(めぐる)・チックドール(雛)。彼女達は本来、身長30cm前後の小妖精だが、青年の近くを飛び交ううちに穢れに触れたことで魂が侵蝕されたのか、人間大になるまで巨大化した。ただし妖精の体に穢れは毒であるため、初めから儚い寿命がさらに縮むことになる。それでも妖精は享楽的かつ刹那的を好むためか、今このひと時を思いっきり楽しんでいる様子。

 

 ほか、水妖精ウィンディーネのギャラント(凛)。土妖精ノームのウィズエラ(智の代)。樹木妖精ドライアードのティンバー(樹)やウィステリア(藤)。氷妖精フラウのセクルー(幽)。吹雪妖精スカディのクィン(秦)。水妖精ウィリのサーフ(波)。風妖精エコーのブレス(福)。土妖精メネフネのアロールート(葛)。炎妖精ペリのフレグランス(郁)。自然妖精アマルテイアのハンル・ド・ボー(毬)などが湯に浸かる。

 

 色彩あふれる花畑のごとく、嬌声咲き乱れる女体の園。

 その中に赤毛の少女はもちろん、温泉妖精ヴァンニクのマーシュ(芹)や風騎妖精フィルギャのブリーズ(風)も混ざっていた。

 

『オッホ…♥♥♥ ゴリュ…♥♥♥』

 

 密やかなる森の温泉に、艶やかなる喘ぎ声が残響する。

 

          §

 

 朝焼けのほとり。

 暗黒巨人は腕を組んで仁王立つ。北に向けてそそり立つ逸物。

 それを咥え込む赤毛の少女は、一所懸命、お掃除を完了した。

 

「────ぷはぁっ! ……♥ ──アルファさん……どうでしたか?」

「控えめに申しましても天国でした。皆々様、極楽の歓待を、本当にありがとうございます」

「えへへー……よかったですっ! ……元気になりましたか?」

「ああ。おかげさまで」

 

 ならばと少女は湖の水を口に含んでうがいする。

 一方の青年は、ひとつだけ大きな不満があった。

 

「だがなー。なんで同じ顔ばっかり! これ元の世界に帰ったら気まずいやつじゃん! 知り合いと顔合わせたら俺だけ気まずくなるやつ! ふざけんな!」

「それは……くい改めてくださいっ!」

「改めて喰えって?」

「?」

 

 少女は懺悔を求む。なぜなら自分が温泉に浸かってウトウトしている間に、青年はさっさとほかの女の子を抱いていた。やがて目を覚ませば、驚いたことに妖精が数十人と増えていた。とんでもない光景だった。みんな青年にメロメロだった。その件について悔い改めてほしい。もちろん、青年の絶倫に耐えられなくて、ほかの女の子を抱いてほしいと思ったのは事実だが……せめて起こしてくれれば良かったのに。一言伝えてからほかの女を抱いてほしかった。いや、そもそも自分以外の誰も抱いてほしくなかった。

 そのような矛盾する二律背反の乙女心が嫉妬心を増し増しでふつふつと。

 

 対する青年は平然と、おちゃらけているのかふざけているのか、それとも大真面目なのか言葉遊びで返した。まったくいつも通りのマイペースぶりである。

 

「んじゃま、帰るかー。体はマザーAIがきれいにしてくれるよ」

「はいっ! 帰りましょう!」

 

 暗黒の巨人と黒翼の戦乙女は帰路に就く。

 丘の上で光のゲートが生成される。その中を通ると、プチパレスの101号室に出た。来た道である裏口から戻ってきたのだ。

 

 ふたりは互いの姿を見やる。どちらも元の人間に戻っていた。

 種族も服装も元通り。穢れなんてものはどこにもない。

 

『…………』

 

 お互い無言で見つめ合い、ただ微笑み合う。

 

「……(ふふっ)……」

 

 少女の笑みが洩れ始めた。

 青年は口に糸こそ引いているが、笑い声は洩らさない。

 

 その時、扉がノックされた。

 

          §

 

「はーい。たぶん開いてまーす」

 

 アルファが応えると、扉が開かれて藤田ことねが入ってきた。

 

「知ってまーす。ことねちゃん、庭のお掃除完了しましたー。それでプロデューサー、大丈夫ですか~?」

「ことねさん! あたしの分までおそうじ、ありがとうございますっ!! アルファさんはバッチリ回復しましたーっ!」

「…………」

「おーそりゃよかった! さすが果穂ちゃん! ……で、珍しく黙りこくっちゃって、どうしたんですプロデューサー?」

 

 さっそく青年は気まずくなっていた。先程まで抱いていた樹木妖精ドライアードの姿を思い出す。彼女は髪色や髪型を除けば、藤田ことねにそっくりだった。そのことばかり思い出して、ズボンの中が窮屈となる。

 

「……藤田さん。いえ、ことねさん」

「はい。なんですか?」

「その────────今晩、俺の部屋で一緒に過ごしません?」

『…………』

 

 小宮果穂はあごに手の甲をやって眉をしかめた。

 藤田ことねは表情に変化なく耳を貸している。やがて今の台詞が脳に届き、誘い文句であることに気づいた途端、目をかっぴらいてのけぞった。

 

「うぇぇえぇぇええっ!? なな、何を急に……?! いきなり、そんな……! わわ、あたしは、まだアイドルなんですからねーっ!! だ、だから……そういうのはちょっと、もっとずっと先で……ぜんぜん、早いと言いますかぁ……っ!?」

「ア……アルファさん……あれだけやって……あんなにたくさんしたのに……まだ、足りないんですか……????」

「や、足りてるけど……あれとこれとは別腹と言いますか?」

 

 小宮果穂はドン引きする。

 一晩中寝ずに抱きまくって、なお今晩も同じ熱量で抱こうというのか。いったいどうなっているのか。この人の精力は。さすがは一人で四人分以上は働こうとするダークヒーローである。人を悦ばせる力も百人力というわけか。いやどういうことだ。

 

 一方の藤田ことねは小首をかしげていた。

 

「足りない? ──ってか、果穂ちゃんがこんなにドン引きするなんて……これだからオスガキプロデューサーは~! ──で? 果穂ちゃん、何にドン引きしてるの?」

「……ひ、ひみつです……」

「それで、ことねさん。話を逸らさず回答を。今晩と言わずいつでも待ってます」

「っ……!!?」藤田ことねはごくりと生唾を呑む。「──えと、ハイ……そ、そのうち、に……??」

 

 藤田ことねは胸のドキドキを抑えつつ速やかに撤退。

 小宮果穂も食堂に向かおうとして廊下側の扉を開けようとしたところ────突然背後から伸びてきた逞しい手が扉を押し付けた。これでは取手を引いても扉が開かない。どうしたのか気になって振り返ると、不意打ちのキスを面食らった。

 

「んっ……♥?!」

 

 体はまだ快楽を覚えている。

 だが青年は、急にどうしてしまったのか。

 

「ア、アルファ、さん……?」

「そういえば、まだこ(・)の(・)姿(・)の(・)果(・)穂(・)は、抱いてなかった」

「────」

 

 目をぱちくりとさせる小宮果穂は、呆けた口で見上げるばかり。

 頬は赤らんで火照っているが、内心では青ざめていた。

 

「ア、アルファさ────続きは今夜────」

 

 耳元に息を吹きかけられて、腰の弱点を撫でられる。

 一瞬で骨抜きにされた背骨と足腰。がくりと崩折れた細い体を、逞しい腕が捕獲する。

 

 もう、にげられない。

 

「ぁ────やです……♥ 登校のじかんに、なっちゃいます……っ♥♥ くちびるのはしっこも、ばんそうこう、貼らないと……♥」

「なら俺の首に回してるこの両手はなんだ?」

「……♥」

 

 口角は釣り上がり、どれだけ俯いてもクールな顔から目が離せないため、自動的に上目遣いとなる。

 

 かくして二千戦目ならぬ、二日目戦がスタートしようとしていた。

 この調子なら二万戦目まではすぐだろう。

 

 やはり小宮果穂が支え合いたいと思っているダークなヒーローは、かなりのものが積もっている様子。ならばヒーローアイドルとして、その全てをお掃除してみせよう。故に、両手を絡ませた理由としては。

 

「……──あなたが好きだから、ですっ!」

 

          §

 

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