【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
共同住宅プチパレス編〔平穏ライフ編④〕
※注意
独自解釈強めです。
自分でこんだけ書いといて自分で微妙に解釈違い起こして無様にも自家中毒に陥っております。鈴木羽那は解釈の塊ですね。今回の鈴木羽那は「鈴木羽那A」とでも名付けようかな。鈴木羽那の内面は偏在する。
※本話の時系列は、鈴木羽那のG.R.A.D.後〜Landing Point中盤あたり。
pSSR【無垢・血・頭絡≠無口・陶楽】鈴木羽那
晴天。緑生い茂る山林。
鈴木羽那は主演女優として、映画の撮影のためロケ地に訪れていた。283プロデューサーが見守る中、様々な俳優や女優が真実を振る舞う。その一方で鈴木羽那は、台本通りにおとぎ話をそらんじ、台本通りに架空の人物を演じていた。
「カット! 鈴木、もっとよく考えて演技しろ!」
「……! は、はい! ごめんなさい……!」
監督の注意。それは何回目の怒鳴り声だろうか。既に十回目からは、もはや誰も数えていない。
「あぁ~……みんなちょっと休憩! 鈴木、天道!」
『はい……!』
映画監督に手招きされた主演女優の鈴木羽那と助演男優の天道唯我は、小走りで駆けつける。
「お前らは休みなし! しばらく『ふたりっきり』で過ごせ。役柄を理解しろ」
「承知!」
「は、はい!」
§
283プロデューサーは鈴木羽那のもとに駆けつける。
「羽那! 大丈夫か……?」
「あ、うん……ごめんね? プロデューサー……」
「え?」
「うまくできなくて……」
「……今はいいんだ。とにかく休もう」
「うん……あ、でも監督から、天道さんと『ふたりっきり』って言われてるの」
「ああ、聴こえてたよ。アルファくんなら、きっと羽那と仲良くしてくれるから……とりあえず、この水だけでも持って行ってくれ」
「わぁ、ありがとう! プロデューサー! それじゃあ行ってきますっ」
「ああ……いってらっしゃい。……気をつけてな!」
283プロデューサーは心配そうに、手を振ってくる見返り美人の鈴木羽那を見送った。
§
木洩れ日の参道。
赤と黄の落葉と茶色い木段を踏み越えて、鈴木羽那とアルファは散策する。
「わー……」(わー……)
「──……」
ただただ『ふたりっきり』で歩いているだけ。
ひたすら。それだけで、特に会話は発生せず。
鈴木羽那はモミジとイチョウに目を奪われている。
アルファは目元を覆って、口元は苦々しく微笑んでいた。それは呆れるような表情と言えるが、本人としては気楽な状況ではある。
「あー……鈴木さん? なぜ俺達だけ散歩の指示を受けたのか理解してますか?」(たぶんしてないけど)
「え? えーっと……役柄を理解するため?」(だよね?)
「そうですね。合ってますよ」
「そっか」(よかったー。合ってた!)
ただただ『ふたりっきり』で一言二言交わしただけ。
発展はなく。進行もないまま故、成長は発生しえず。
鈴木羽那は腰に手を結んでくるりと一回転。舞い落ちる紅葉と踊るような無邪気な姿は、そのまま絵になる。
しかしこのままではいけない。だが助けることは簡単だ。アルファは思い悩んだ末、ある決断を下してから口が回りだした。
「APPと幸運値はMAX。反面、周囲から助けられて考える機会を奪われ続けた結果なのか、平均的なはずの知性は低圧気味」
「?」
「あなたの性格の成り立ちを考察しています。もちろん私はなんにでも理由を見出す悪癖がございますので、もしかしたら幼少期における環境などではなく、単なる生まれつきの可能性は全然存在するところが、やだ恐ろしい子……!」
「??」
迂遠な少年の皮肉は嫌味にすらならず、無垢の虚空へと滑り落ちていく。
「そろそろ役柄を理解する相談を始めましょう。よろしいですか?」
「あ、うん。よろしい、です……!」
胸に手を当てる鈴木羽那はキリっとした目つきで気合を放つ。
「まず当ててもいいです? 周りから頻繁に『もっとよく考えろ』って言われたことありません?」
「えー! なんでわかったの? やっぱりみんなの言う通り、天道さんって本当にエスパーなんだー!」
「はは。まぁエスパーかどうかはさておき」
参道を登りきると境内がある。その中には珍しく犬用の水場や休憩スペースが存在する。
今回の撮影では犬も役者として参加しているため、犬のお世話をするスタッフさんが散歩コースとして立ち寄り、今は犬達を預けてスタッフさんは小休憩を取っているのだろう。
「ここに犬がいます」
「うん。いるね?」
「彼らは毎日エサをくれてやれば生きていけます。散歩は毎日。遊ぶのも毎日。笑顔で接していればそれだけで幸せそうにしてくれます。現にそうしろそうしろと今もうるさく命令してくる」
犬は人間が近づいてきたため、スタッフのひとりと思ったのか。
早く散歩の続きを再開しろ遊びに行こう、とキャンキャン吠えてくる。
「わ、リード咥えて持ってきた! かしこーい」
「なので、このくらいのことで幸せに感じるという事実は、とりあえず正解という前提で話を進めていいですか?」
「え? ……?」
鈴木羽那は首をひねる。
中学生の彼は、いったい何を話しているのか。とりあえず聞いてみる。
「この子の名前は太郎ですが、もし俺がこの子に名前を付けるとするなら……」
「……するなら?」(なんだろう)
「
「────えっ?」(なんで?)
中学生の彼は、いったい何を話そうとしているのか。
鈴木羽那たちは首をかしげる。
「もし、この鈴木羽那をお世話してくれる飼い主たちが居なかったら、コイツはどうなります?」
「えー? ……がんばって生きてく!」
「確かに野生化して逞しく生きる可能性はありますが、そこはさておき。──人と犬とでは知能面で力の差がありすぎる。さりとて俺は、この子のことを“ひと”として扱います」
「ひと?」
「もちろん種族は違います。あくまで“対等な友”という意味です。すべからく人としては扱いません。なぜなら生物学的には別種ですから。二本足で歩けと言われた犬は、当然のように腰を壊すでしょうからね」
「対等……友……うん。いいと思う!」
「何がいいんです?」
「え? ……?」(なんとなく?)
独特な会話の拍子と拍子の間に打たれる
その間隙を縫うように話す青年と、縫うものなんてなさそうに振る舞う天衣無縫の少女。
「では、この犬の鈴木羽那を対等に扱うとして。対等とは、具体的になんでしょうか?」
「えー? うーん……なんだろー?」
「人権を与えること? 人と同じ食べ物を与えること? 人と同じくらい賢くなってほしいから人と同じ教育を授けること?」
「……」(それは……なんか……ちがうような……?)
「そうです。ちがいますよね。それは対等に扱おうとしているだけの、ただの人間側の勝手な欲望だ。この鈴木羽那さんはそんなことされても、ご主人が嬉しそうならそれはそれで嬉しいが、もしそこに痛みが伴うなら、ちっとも嬉しいとは思わない」
「……うん。あたしも、そうだと思うなっ」
「人権なんか与えられても理解できないし」
「だよねー」
「玉ねぎやチョコは毒になるし」
「えー! そうなんだー!」
「国語や算数なんて理解できない」
「それはそうかも!」
柵の中に入ったアルファは犬たちとふれあい、鈴木羽那を抱っこして語りかける。
「では鈴木さん。もし君が犬じゃなくて、俺と同じ人間だったら?」
「……?」(今の、どっちに話しかけたんだろう? 太郎を見てしゃべってるから、太郎に……かな?)
「俺は人間の鈴木さんに対して、どうすれば対等になれるでしょうか?」
「…………?」
アルファは膝の上に鈴木羽那を座らせて振り返り、柵越しに立つ鈴木羽那に問いかける。
「こちらの鈴木さんは、どうすればいいと思います?」
「……あ、今のは、人間の鈴木羽那に向かって……だよね?」
「そうです」
「うーんとねー。犬から人間になっちゃった鈴木羽那には、その子にとってうれしいことを、たっくさんしてあげてくれると、きっとうれしいよ!」
「そうすれば対等な交流ができる。という解釈でよろしいでしょうか?」
「うん!」
「……いいでしょう。少々あなたの言葉には装飾が足りないため、あらぬ誤解が生じるかもしれませんが……その上で、ぜひそうしろと言うのであれば。まさしく、そうして差し上げましょう」
アルファは鈴木羽那を芝生に下ろす。立ち上がり、柵を越えて境内に戻る。
「鈴木羽那さん。まずは、あなたに人権をプレゼントしちゃいます」
「……え? ……えっと……今のは……どっちの鈴木羽那に対して?」(あたしを向いて、まっすぐ見てくるから、もしかして、あたしに向かって……?)
「さあ?」
「えー?」
鈴木羽那は困ったように眉を下げる。
アルファは対等に接しようとする。
「おっと、あなたは既に人権を持っていた」
「!」
「なら次は……ドッグフード、要ります?」
「……あ、あの……」
「おや、お気に召しませんか? では国語や算数の勉強、教えます?」
「…………天道さん……?」
三秒の沈黙。
「そんなことされても、まったく嬉しくなさそうですね」
「! ……う、うん。この鈴木羽那は、うれしくないよっ」
「つまり、このやり方は対等ではない」
「うん! そう思うなっ」
「ですが先ほどあなたは、こうすれば対等な交流ができると教えてくれました」
「それは……そういう意味じゃ、なかったかな?」
「そうですか。つまりあなたの発言には語弊があって、私も察する力と理解力が足りず誤解してしまいました。誠に申し訳ございません」
「…………?」
鈴木羽那は首をひねる。
さすがに冗談でふざけていることは薄々察しているが、なぜそうするのか皆目見当もつかない。
「では次こそ、きちんと対等に接しましょう」
「……」
「今まで真面目な話をしてきましたが、これからはもっと真面目な話を始めますよ」
「……!」
どうやら、ふざけているわけではなかったようだ。
ならば本気で言っていたのか?
その場合、この『本気』という表現は、いったい何に対して掛かっていたのか。
何も考えていなさそうな鈴木羽那は、悠然としたかんばせで目を丸くしていた。
太郎と同じように、首をかしげるばかりである。
§
アルファは本題に入った。
「人は装飾を付けて話す。自分の価値感を伝えるため。自分の魂や信念を伝えるため。自分のことを誤解されないように、言い訳を使って、正しく自分を発信する」
「……」
「たとえば」
かっこいい。ああ、今のはこれこれこういう意味でして。
かわいい。ああ、今のはこれこれこういう意味でして。
好きです。ああ、今のはこれこれこういう意味でして。
きれいですね。ああ、今のはこれこれこういう意味でして。
ダークヒーローみたい。ああ、今のは悪い意味ではなく、こういう意味で。それでも嫌に感じたらごめんなさい!
「あー……たしかに? そういうのよくあるかも!」
「しかし鈴木羽那といえば」
うわー。かっこいいー。
かわいいーなにこれー。
これ好きだなー。
きれいー!
「あまり装飾を付けない傾向にある。自覚、あります?」
「えー? そうかなー?」
「やはりというか、あまり無さそうですね……」
アルファは判断する。
おそらく鈴木羽那という人間性は、ありのまま思ったことを口にして、それで“終わる”。それで“終わり”。言外の意味すら、時には持ち得ないタイプ。
それはあまりにも────
しかし、それはそのままでいい。良し悪しの問題ではなく個性の問題である。無論、良い側面は人付き合いで好印象となりえるが、悪い側面は人付き合いで悪印象を及ぼすだろう。だがそれこそ、常識という川の流れの範疇であれば、ある程度は許容されるものである。
彼女の人柄に触れるだけで、そういう人だとは察するにあまりあるため、よほど相手との相性が悪くなければ、ありのまますぎる言葉の羅列は、相手の方から折り合いを付けて、そこまで他人を傷つけることは滅多にないだろう。
その上で訂正の必要性が生じる。ここまで言うと、まるで鈴木羽那は相手の気持ちをおもんぱかることができない、などと聴こえてしまいかねない。まるで素直すぎる天然の邪神のように聴こえてしまう。そうではないことを言語化するため、アルファは自らの語弊を正す。
鈴木羽那は、相手の気持ちを考える察しの良さはある。
────あ、ごめん。嫌だった?
そのくらいの配慮は人として当然できる。
問題は。
「なるべくして、なりましたね」
「?」
受け取って、終わり。──隠された意味を察する力が未熟。相手が隠した本音を見抜く力が未熟。
疑問を抱いて、終わり。──ドロドロの血流はサラサラを知りえないため、自分が他人と比べて稚拙であることを知りえない。
その未熟は、人間原理の悪性ではあるが、赤子という観点から見れば発展途上とも言えるため、さほど極悪ではないとも言える。無論、この観点で援護するなら──『鈴木羽那は嬰児か?』──その問いの回答次第では、最悪の判決が下されるだろう。地獄の沙汰も無垢次第である。
そもさんせっぱ。隠されたモノに必ず気づけ、というのも無理難題な話である。それができない人間を悪と一括りにするのも危険思想である。
故に────仕方ない。
その四文字で済ませてしまう。その四文字で済ませてくれる。そのような人が多い。
だが本人だけは、善性の美徳を謳う場合、その四文字で済ませてはいけない人生の課題が永続する。
アイドルとして、これからたくさんの人を笑顔にしたい。なるべく傷つけたくない。誤解やすれ違いを避けたい。いつまでも純粋無垢でいたいわけではない。
そのように思うのであれば。
なおさら────仕方ないでは、済まされない。
「もっと考えろって、どうすればいいんでしょうね?」
「ねー? わかんないよー……」(どうしよう……ほんとにどうしよう……どうすれば……)
思考が巡る。
疑問が巡る。
巡って巡って、巡るだけ。
────前に進み続けていれば、いつかは辿り着くだろう。
しかし、その前進がハイハイの速力であれば。
じれったく思った優しい誰かが、抱っこして連れて行ってしまうのも、詮無きこと。
ハイハイの練度が不足した赤子は、立っちした際、歩行に多少の問題を抱えやすいとされている。
鈴木羽那は、きちんとハイハイできていたのだろうか。
「んん~~~~……わかんない~……知恵熱出ちゃったかも~……」
吐き出して、終わり。──物事を心理的に掘り下げる力が未熟。
その未熟は悪性ではあるが、発展途上とも言えるため極悪ではない。が、これからの社会を賢明に生きていきたいと思うなら、少しは成長したい弱点。これからの人生を懸命に生きていきたいと思うなら、既に懸命のため特に言う事はない。だが本人が賢明に生きたいと願うなら、その弱点は、本人が仕方ないで済ませてはいけない問題と言える。
概して鈴木羽那は、アルファ曰く。
受け取ったものを深掘り────しないのではなく、できない。
したくてもできない。これは知性が抑圧されているからでは?
吐き出したものを装飾────できないのではなく、しない。
したいわけでもない。何も考えていないという推測は事実に近いだろうが真実ではない。血と酸素が巡り続ける限り、物を全く考えないという脳みそは存在しない。存在するとすれば、それは止まったように見えるだけの、知足ある遅速なれば。一方、無装飾は単なる性格のため、他人がいじっていい領域ではない。
なら。
────もっと考えたほうがいいよ。
だから。
────もっと他人の気持ちに立て。
それを無意識に見抜いた人々は。
────もっと自分の気持ちを出せ。
口々に似たことを要求する。
「この件に関してヒーローの出る幕はない」
「え?」
「ならば、ひとりの人間として、どうしても
「……天道さん、なにかしてくれるの?」
「ただし、それは本当にアナタの助けになるのかどうか見極めてからです」
「……」
「断られるようなら、私は潔く身を引きます。仮に受けるのであれば、私はあなたの求めるペースに合わせて、優しく時に厳しく、あなたの光に合わせて友人程度の手助けがしたい」
「…………」
「なんせ友人以上になると、俺色に染めたくなってしまいますので。まぁ友人になった時点で、俺が染めたくないと思っていても────既にあなたは色々な人と出会い、話し、交流し、その色を受け取っている。つまり、ここで私が『その白さを染めたくない』と思ってしまうのも、ひとえにあなたが持つ魅力に対して過保護になりかけてしまう、一種の呪いですね! カリスマ性カンストかって~の!」
「??」
抑圧からの解放、あるいは生まれついての無垢を、手助けしたい。
人から口々に言われる。考えろ。深掘りしろ。君は今まで考えようとしてきたのかもしれないけど、考える前に幸運が高くて、周りが勝手に助けてくれるせいで、なんとかなってしまう。
良かれと思われて奪われ続けた、
「鈴木羽那は『人生の節目節目が毎回ハッピーエンドで終わらせにくる』……羨ましいっすねー」(
「……ハッピーエンド……?」
「ゲームで例えるならAPPとLCKがMAXだが……INTは平均的なのに、周囲から助けられて考える機会を奪われ続けてかなりの低圧気味。下手すりゃ動物並みの思考体力」
「……────」
「しかし今のあなたは、割と厳しい世界に身を投じておられる」
「? そうなの?」
アルファは一拍置く。一拍とは“間”だけではなく手拍子も含まれていた。
気付のような破裂音。鈴木羽那の思考が、ほんの猫騙し一発で白く消し飛んだ。
「────?」
「お口直しです。さて、今回の合宿ロケ、結構監督からも演者さんからも、手厳しい指摘を受け続けていましたね」
「……うん……」
「厳しくされて、アイドル辞めようとは?」
「え? 思わないよー」
「なぜ?」
「えー? うーん……」
本来なら押し黙る所だが、アルファは合いの手が過ぎる。
「誰かの為?」
「だれか……あ、わかったかも! ────ファンのため!」
それは本当に、鈴木羽那が一から考えて導き出した結論だろうか?
「このように。私からの恣意的レスポンスを多めにすれば、ある程度あなたの引き出しを開ける事のお手伝いができます。あなたの欲望が見えてきます。ただし、その返答は、どうしても私の恣意的レスポンスに引きずられた回答になること請け合い。難しいですねぇ……」
「あのさ。なんの話をしているの? 演技のお話は?」
「今しているところですよ」
「あ、そうだったんだー!」(そうなんだー!)
鈴木羽那は目を丸くする。ただの雑談と思っていた。
「……でもまぁ、装飾なんて付けようが付けなかろうが、どっちだっていいんですよ。それは個性の範疇です。ただこのままだとコミュニケーションに難が生じる可能性が高い。正味、私からすれば浅倉さんと同レベルですよ。おかげで誤解されたり、装飾不足すなわち言葉足らずで、誰かとすれ違ったり……」
「……」
「私がなぜ、こんな話をしているのか。察しは付きますか?」
「……ごめんなさい。ぜんぜんわかりませんっ!」
鈴木羽那は申し訳なさそうに、さりとて自信満々に言った。
「……」
「…………」
ただ見つめ合う時間。
伏し目がちの黒瞳と、まあるいぱっちり藤瞳。
「言語出力は、そこで終わりですか?」
「え?」
「少し残念です」
「……え? あ……ごめんね?」
「いえいえ。謝ってほしいわけでは。ただ、あの役柄を演じるなら────」
────もう少し装飾を付けないと。
「────装飾? そうなの?」
「はい。あなたは鈴木羽那。ありのまますぎる純粋無垢の性格を有する。装飾の平均値が100なら、あなたは1あれば充分すぎる。なんせ素材が良すぎるのでネ! 調理したほうがまずくなるとか、愉快な精神性してますね?」
「?」
「さて、既にお分かりの通りではない通り。今日のカメラの前では、『鈴木羽那ではない人間を演じる必要』があります」
「うんっ。そうだねっ」
「あなたが演じるキャラに似合う装飾を、たくさん、きらびやかに。あなたが選んで、コーディネートして、なりきってあげる必要がある。あるいは、そのキャラそのものにあなたがなれるなら────女優としては完璧すぎますね」
「……」
「あなたはこの映画に、鈴木羽那として出たいですか?」
「え。ううん!」
「ですが、監督はそう感じておられているかもしれない」
「えー。ちがうのにー……」
「ではどうします?」
「……ちょっと行ってくる!」
鈴木羽那は振り返って駆け出そうとした。その手を掴んで制止する。
「はいダメです」
「ふぇ?」
「俺の言うことを額面通り素直に受け取りすぎて、それゆえに──監督さんの誤解を解かなきゃ!──などと純粋に思い、ろくに後先を考えず──いや考えてはいるのだけれど慣れてないからへたっぴで──ゆえに今から監督に面と向かって」
────あたしは鈴木羽那として演じる気はありません!
「なんてバカ正直に声高々と意見しても『そりゃそうだろバカヤローおとといきやがれ!』と怒らせるだけですよ」
「え~!」
「え~! じゃないんです……」
「えー……」(じゃあどうすれば……)
「あるいは、怒りを通り越して呆れられるか、その呆れすらも通り越されて、その場で降板もありえます。怖いのが、あの監督、その手の前例、あります」
「え~っ! それは困りますっ!」
「はい。なので今がラストチャンスなんです実は」
「へ~。そうだったんだ~! 大変~! どうしよう~! 天道さん。あたし、どうすればいいのかな?」
「ご自身で考えてください」
「わかった。考えるね……!」
「どうせ考えられないので私のヒントをどうにか活かしてください」
「そんなことないよーっ!」
「そんなことあるからこうして皮肉交じりに言ってるのに何も伝わらないこの悲しさ誰か助けて」
なら皮肉も嫌味もやめて、鈴木羽那に分かるように語れば良いだけ。
アルファは100を越す装飾を身につけて話すせいで、装飾0の鈴木羽那とは致命的に会話が噛み合わない。
そのことを心得ているアルファは、いかにして自分を崩さず──崩せば苛立ちが勝るため──鈴木羽那に装飾を身に付けさせるか。苦悶していた。が、やはり崩すことにした。そうしなければ話が始まらないのだから致し方ない。
おそらく『一肌脱ぐ』とは、きっとそういう意味なのだろう。
アルファは装飾を剥いで、鈴木羽那に面と向かって語りかける。
「鈴木羽那さん」 真剣な表情。
「……! はいっ」 それを見て取って同じ表情と姿勢で返す。
「分からないんですよね。どうしたらいいか」
「…………うん」
「こんな時、周りは助けてくれた」
「…………」
「ちゃんと自分でも考えてる。でも良さそうな答えを見つける前に」
「…………────」
「助けられて、困り事は終わってしまっている」
「……」
「助けてくれるのは嬉しいでもっ。みんな優しいありがとうでもっ。感謝。して生きてる。でもっ」
「……」
「本当にそれでいいの?」
「────」
「いいに決まってる。だってこの鈴木羽那は、とても幸せそうだ」
────わんっ!
視線を受けた犬は鳴いて応える。
なんだ自分に話しかけたのか。なら散歩に連れていけ。なんだ行かないのか。じゃあなんで声をかけた。今からでも遅くない走らせろ。もうここは飽きた。早く早く。お腹減らしたあとドッグフード食べて満足して眠りに就きたい。一緒に走ろうよ楽しいよ!
などと鈴木羽那は考え────
「じゃない」
「はい?」
「幸せじゃ、ない」
「……」
「この鈴木羽那は、幸せじゃありません」
「…………」
「……」
「…………」
「……なぜそう思うのか続きをどうぞ」
「…………このままじゃ降板されちゃう。プロデューサーや演者のみんな、スタッフさんや監督さん、みんなに迷惑かけちゃう……」
「では、どうすれば?」
「……それは……」
「……」
「…………」(どうすれば…………)
「……」
「…………」(どう……、っ…………)
「……」
「…………────っ…………、────」
淀む思考が等速だと思い込み。
接続の悪い端子がテレビの映像をブツ切りで瞬くように。
何かが見えかけては、何かが閃きかけては。
何かを見失い、何かを無明の沼に落っことす。
此よりは八寒地獄。
疾うに脳内物質は凍りつき、分子の運動は停止に追い込まれている。
落っことした無明の光は雫だった。
ほほをつたって、怒鳴られるたび蓄積していた鬱屈が弾ける。
「────羽那!?」
不意に、二人以外の喫驚。
「──おや?」
「……っ! ぷ、プロデューサー……!」
プロデューサーが駆けつけてきた。様子を見に来たのだろうか。
「な、なんで泣いてるんだ!? どうして……」
「み、見ないで!!」
「っ……?! ご、ごめん……! でも、その、帰りが遅いから心配で……それより何があったんだ!?」
「…………」
「…………。……あ、アルファくん……」
プロデューサーは説明を求める。
アルファは、その求める視線の中に若干の警戒心が混ざっていたことに訝しみ、吐き気を催した。
(っ? なんで俺……プロデューサーさんから警戒されてんだ? お互いの信頼関係、この程度で崩れるのか? ……まぁいいや。俺が鈴木さんになんかひどいことした、とプロデューサーさんに誤解されても構わん。さすがに俺とプロデューサーさんが、鈴木さんのせいで不仲になったとしたら、それはそれで鈴木羽那にとっては良い教材になるだろう。つか、ほんと魔性の女だなぁこの人……プロデューサーさんもちゃっかり毒されてるみたいだし……あー嫌だ嫌だ妲己妲己玉藻の前クレオパトラ楊貴妃)
アルファは深呼吸。
「鈴木さん。俺は優しくないので助けませんよ。つか今こそ装飾を付けて事情を説明するべきでは? ……まぁプロデューサーさんの今の気持ちや、俺に送った視線の意味すら察することができないようでは、先は長そうですけどネ! あまり比較はしたくありませんが、もしこれが園田さんとかだったら、バッチリ誤解は解いてくれたと思うんすけど……ま、成熟度は人それぞれですから。最終的に成長すればそれでいいんすよ。んじゃ、お大事に~」
「え……ちょ、アルファくん!?」
アルファは帰路に就く。
遠ざかる足音を耳にした鈴木羽那は振り返った。
「え? まって……監督から『ふたりっきり』って言われて……」
「それはたしかに」
アルファは立ち止まる。
それにプロデューサーが待ったをかけた。
「いや……それについては俺から監督に話す。だから羽那、もうホテルに帰ろう。今は休むんだ」
「プロデューサー……でも、あたしはまだ平気で……それより降板したくないから、なんとかしないと……」
「降板? ……アルファくんの入れ知恵か?」
アルファは内心で『fu●k!!』と叫んだ。
「あーあー話がややこしくなる~! 付けるべき装飾をさっそく間違えてんじゃあないっすよぉ~……。──あと受け取り手も受け取り手でさぁ。なんでもかんでも俺を悪者にしないでくれますぅ? ちょっと感じ悪いっすよプロデューサーさぁん……いつもの人格天然記念物に戻ってくださいよぉ……」
「……あたし、犬じゃなくて、鈴木羽那でもなくて、演じる子の気持ちにならなくちゃいけないから……」
「────犬? まさか、それもアルファくんから言われたのか?」
「もうやめてぇ! 確かに俺って口は悪いけどさぁ! そこは自業自得だけどさぁ! それはそれなりの狙いがあってさぁ! もうさぁ! お前ら馬鹿すぎて嫌いになっちゃうんですけどぉ! 助けて果穂、篠澤さん! いや無理だお前らには荷が重い……ので、園田さん! この場を収める技量をお持ちなのは、もはや園田さんしかいねぇ!」
アルファは弁解せず、説明もせず、ただひたすら二人に試練を課すため、腹から笑い飛ばしてふざけ倒す。
ある意味、彼らの未熟さを弄ぶその所業は悪魔そのもの。もしこの場に園田智代子がいれば、諸々の誤解をまるっと解決して空気を清潔にしたあと、その悪魔的な部分に関してはお説教するに違いない。
「……とにかく帰ろう。羽那」
「決めるのは鈴木さんですよ」
プロデューサーの決定に対し、突としてアルファが異論を挟む。
先程までの饒舌はどこへやら。急に態度を豹変させて、鈴木羽那に対する
「……そうだけど、俺はプロデューサーだ。羽那を守る責任がある」
「おや? 何から守るんです? 具体的には?」
「決まってる。羽那の全部だ。だって俺はプロデューサーだから……」
「ですって鈴木さん。あなたも罪な女ですねぇ? 岡山といえば桃太郎。桃太郎といえば鬼退治。俺も鬼退治したことはありますが、いやはや────
「っ……? ともかくアルファくん。羽那はこっちで預かるから」
「決めるのは鈴木さんですよ」
アルファは機械的に同じ発言を繰り返す。
会話になっていない言葉のドッジボールが続くため、もはや心を無にして機械になることにしたようだ。さもなければ嫌気が差して逃げてしまいたくなる。まったく『助けないように助ける』とは、これほど難しい事なのか。世の親御さんたちの育児には、毎度敬服して感服するばかりである。
「…………羽那。歩けるか?」
「決めるのは鈴木さんですよ」
「……」
「無視された……傷つきました。もうっ。いつものプロデューサーさんらしくありませんねぇ……さすがに人の子でしたか。だから言ったでしょう? 鈴木さんのAPPはカンストしてるんすよ。APPというのは魅力のことです。俺も抵抗判定が大変で大変で……なら俺は本当に魅了されてないのかって? 俺はもう神様に愛されちまってるんで、抵抗判定に失敗したら、嫉妬した神様が鈴木さんを呪い殺しちまいます。なので必死に必死に抵抗判定を成功させ続けている真っ最中でネ! だからこそ、魅了されてしまっている人たちを見ると……『お可愛いこと』と『お可哀想なこと』という心が二つ同時にやってきて、何とも言えない心地になると言いますか」
「……すまん、アルファくん。なんの話をしているのか分からない」
「装飾してるんですよ。──俺もこのようにAPPはカンストしてますので、意味不明なことを長々とくっちゃべっていても、なぜかみんな耳を貸してくれるんです。不思議ですよね? スゴい特技だと思いません? もはや呪文だ。だからこそ俺と鈴木羽那は対極なんですよ」
自らの美貌に自覚のない女と、自覚のある男。
汚れられない女と、汚れにいく男。
「で、どうします? 友人として思考時間は稼いであげたつもりですけど……まさか俺とプロデューサーさんのやり取りを、何も考えずただ黙って聴いていただけ、なんてオチはありませんよね?」
「……! あっ────」
「ほらそうやって助けられることに慣れきっちゃったから~。またそうやって今度は自分からチャンスを手放していく~」
「────」
「あのね? 今『あっ────』とか『────』とかコロコロ表情が変わって、明らかに何かに勘づいた感、出してますでしょ? ────実は、『装飾? をつけなきゃ!』とか『……でも何をつければいいの?』とか、割とのんびりなことを考えています」
アルファは誰に対して語りかけているのか。
うつむく鈴木羽那は、細い指先で目尻を拭う。それは傍から見れば、アルファの口撃を受けて泣いているように見えるだろうが、実のところ(どうしよう……どうすればいいのか分かんない……)そういうことを考えて、ちょっと弱気になってしまっただけである。
「……アルファくんも疲れてるだろう。もう帰りなさい。──羽那……」
「決めるのは鈴木さんですよ。──これ言ったの三回目か? 仏の顔も三度まで。ただし俺は仏じゃないので二度が限界。なんという鬼畜外道悪魔! というわけで、俺はもう知りませ~ん。さようなら二人の鈴木羽那。どうぞ降板でもなんでも成されてください」
「! ま、まって、天道さん……!」
「え、羽那……!?」
「またなーい! 友人にも堪忍袋の緒はあるー! ただしヒントなら……というか答えなら、実はもう何度も出してるんすよね~」
「え……? そ、それって、なに……!?」
アルファは見返り美人の構図で、側頭部に怒りの筋を浮かべながら吐き捨てた。
「自分の頭で考えろバーカ」
「────っ!!」
「あ、アルファくん……!?」
「スリーセブン何度も出しておきながら、大量のパチ玉ぜんぶ床に落っことすような女だぜ? しかも落っことしてることに気づいてもいない! ンな奴まともに相手してられるかァッ??! やってられっかァッッ!!! 俺は馬鹿な女を利用して風呂に沈めるDV野郎にはなりたくねーんすよー! わかれっ!」
わからない。アルファは何を口走っているのか。嫌気が差したように癇癪を起こしているのか。清純な水面に映る未熟な自分を罵るように、濁流の青年は古い同族嫌悪を嗤い飛ばして帰路に就く。
そうして境内に取り残された鈴木羽那とプロデューサーは、ひとまずホテルに戻ることにした。
§
旅館のロビーにて、プロデューサーと鈴木羽那は座り心地の良いソファに落ち着いていた。
「……すまん、羽那。アルファくん、普段はあんな暴言を吐くような子じゃないんだけど……」
「ううん。プロデューサーが謝ることじゃないよ」
「でも……すまん」
「もう。謝るのだーめ? 禁止ね?」
「…………」
「ねぇプロデューサー。ひとつお願いがあるんだけど?」
「! なんだ? なんでも言ってくれ……!」
「えっと……装飾? の雑誌とか、買ってくれないかな? あ、お金渡すねっ」
「そ、装飾……? アクセサリーってことか……?」
「うーん……たぶん? で、あたしが演じる子に、ぴったりなやつ!」
「わ、わかった……すぐ街まで降りて買ってくるよ。あ、その前に監督と話をしないと。じゃ、行ってくる!」
「あ、プロデューサー。無理しない程度に、なるべく急ぎでお願いしますっ」
「……! 羽那がそう言うってことは、きっと何か掴めたんだな?」
「掴めたかは……わからないけど。それはプロデューサーが買ってくる雑誌しだいかも?」
「そ、そうか……! 責任重大だな!? じゃあ、ちゃんと部屋で休んでるんだぞ……!」
「はーい。プロデューサー、ほら走って!」
「お、おう!」
§
旅館の一室。
ベッドに寝そべって一息つく鈴木羽那は、長時間の撮影に疲労困憊。
気づいたら寝落ちしていた。
ふいにインターホンが鳴る。
「────…………、……はっ!?」
目をしぱしぱと開閉しつつ、落ちかかるまぶたを指でこすって玄関に向かう。
「はーい」
来客の顔を確認せず扉を開ける。
目の前には女性スタッフが立っていた。
「鈴木羽那さん。お休み中でしたか? お疲れでしたでしょうに、申し訳ございません……」
「あ、いえいえ……!」
「それで……あら? 目元が……」
「へ? ────あっ。ご、ごめんなさい……ちょっと腫れちゃってますよね?」
「はい……。……それで、その、監督が……」
女性スタッフは用件を話す。
「────えぇ!?」
§
晴天の山林。
先程カットされた場面と同じ場所では、撮影再開の準備が進んでいた。
監督の怒鳴り声が響く。
「なんで目が腫れてんだ!」
「ご、ごめんなさい……!」
少し泣いたことで目尻がほんの少し赤く腫れている。
メイクすれば気にならない程度だが、メイクする時間も惜しいほどには、撮影時間は切羽詰っていた。
その時、尻拭いならぬ目元拭いをするため、アルファが挙手をする。
「はい監督わたくしに名案がございます!」
「なんだ言ってみろ! つまんねーもんだったら承知しねぇぞ!」
「先に泣く演技を撮ってはいかがでしょうか!?」
「────────」
「泣く前から目元が腫れてるのはストーリー的に有りですし! さらに追加情報! 監督が激怒していた件については、既に鈴木さんが解決の糸口を見つけた模様!」
「なに? ……鈴木。それまでどのくらいかかる?」
監督の鋭い目が鈴木羽那に向く。
「え? えっと……プロデューサーが戻ってきて、あたしが雑誌を読み終わったらで……」
「雑誌? なんの雑誌だ」
「装飾の雑誌です」
「────」
場が騒然とする。
陰口が叩かれる。
──こんな時にアクセの雑誌?
──映画とまったく関係ないじゃん……。
──目が腫れてるのもさぁ……可愛いからって泣き落しが通じると思ってんのー?
陰口なら聴こえないところで叩いてほしいものだが、鈴木羽那は大体聴こえてしまっていた。
その時、監督の隣に立つ若者の助手が、鈴木羽那に対して面と向かって文句を言う。
「あのさー。困るよー。素人だからって限度ってもんがあるしさー。泣きたいのはこっちなんだよねー」
「っ……ご、ごめんなさ────」
その時、監督の怒鳴り声が爆発した。
さながら火山の噴火であり、その噴煙を浴びたのは────鈴木羽那ではなく、若者だった。
「黙れ下積み小僧がっ!!」
「うひゃあ!? かか、監督ぅ?! お、おれ何か間違ったこと言いましたー!?」
「言ったから怒ってんやろがい! テメェはそんなんだから万年下積みなんだよ! もっと人を見る目を養ってこい!!」
「え、えー……!」
「おい鈴木。その雑誌を読んだら、本当に演技、ちったぁマシになるんだろうな?」
監督は鋭い声色で問い詰める。
生唾を呑んだ鈴木羽那は、恐怖をこらえてうなずいた。
「────はいっ。がんばります!」
「頑張るんじゃ困るんだよ!! 早いとこ完成させてこい!!」
「は、はい……! 完成させます! 絶対に……!」
「よーし信じるぞぉ! じゃあ泣きシーンから撮る! 天道もさっさと配置に────着いてるなぁムカつくぜ!! 監督の指示より先に動いてんじゃねぇ生意気小僧め! ……おい鈴木ぼさっとしてんなさっさといけ!」
「は、はい……!」
鈴木羽那は走る。
緊張も相まり、すぐに息切れ。アルファもとい天道唯我の眼前に駆けつける。
「はぁ、はぁ……」
「ね? 鈴木さんの幸運値はカンストしてるでしょ?」
「……え?」
「泣きシーンがなかったら今頃どやされて大変だったでしょうねー。まず間違いなく降板させられて帰らされてた。周囲のスタッフもヒヤヒヤもんですよ……でもま、とりあえず今日の峠は越えましたね」
天道唯我が周りを見ろと促すと、確かにスタッフたちは安堵の表情。
「ほんとだ……」
「降板。本当に可能性があったかは不明ですが……とりま今日のところは乗り切れて良かったっすね!」
「あ……うんっ」
「ですが、もし明日までに装飾を身に付けられなければ……その時は?」
「……っ! も、もー! これ以上プレッシャーかけないでよー!」
「ははっ!」
「天道さんっていじわるだね? そんな人だなんて知らなかったなー?」
「おや傷ついた。つまり私は悪人と言いたいわけですか」
「──えっ? ち、ちがうよ……! 今のは……」
「……」
「……──あ、わかったかも。──装飾が足りない?」
「然様です。やはり知性は平均的にあるようで」
「あー。なんかバカにしてるなー?」
「ごめんなさい訂正します。やはり知性は平均以上あるようで」
「やっぱりバカにしてる!」
「誠に申し訳ございません訂正します。なんと知性もカンストしていたようで」
「……」
「……」
小馬鹿にすると一口に言っても、ふしぎと不快感の湧かない会話の応酬。
道化がこらえきれずニヤけると、少女も膨らませた頬から唇にかけてぷっくら膨らんでいく。
やがて、子リスのように溜め込んだ空気が破裂した。
すかさず監督が怒鳴り声を上げる。
「オイ何を笑い合ってんだお前ら! 今はイチャイチャシーンじゃなくて泣きシーンだぞ!! 天道なんか鈴木にひどいこと言え!」
「えー? じゃー……俺は嘘をつけない人間です! そして私は、鈴木羽那の成長には一切期待していません!」
「!!」
鈴木羽那は目を見開く。
次いで微笑みながら、挑発的な視線を送った。
「おやおや怒らせましたか? なら見返してみろ。13歳に育児されてるダメダメ18歳」
「言ったなー……? もう怒りました。あたしが君を見返すことができたら、罰ゲームを受けてもらいます」
「よろしい約束だ。掛かってこい」(ここでそっちが負けた場合のこと何も考えてなさそうなのが能天気で
「負けないよー? 絶対に!」
§
撮影開始。
それと時を同じくして、山道を車で登ってきたプロデューサーが現場に駆けつける。
「あれ……羽那!? そんな……なんで撮影が始まって……監督には休ませるよう、あれだけ頭下げて説得したのに……!!」
§
数分後。
監督の喜ぶ声が上がる。
「カーット! オッケー! 本気の泣きだったな今のは! まぁガチで泣いた後だから当然といえば当然なんだが! 鈴木よくやった! 続きは明日だ!」
「……! は……はいっ! あ────ありがとうございますっ!」
「おう! あー、だけどな鈴木! ちゃんとできねぇと降板させるぞ!!」
「っ!? は、はい……! ちゃんと────」
やります。
そう言い終わる前に監督は、スタッフたちに指示を飛ばす。
「おい念のため別の女優を探して来い!」
「ハァ!? 今からですかぁ?! それは無茶ですよ! まさか一から撮り直すんです?! というかそういうの本人の前で言いますかフツー!?」
「黙れ青二才! ──オイ鈴木ぃ! これをただの発破と思うんじゃねぇぞ! 俺ァ映画には妥協しない男だ! 本気なんだ!! だからお前も、憎い俺を殺す勢いで、本気で掛かってこいっ!!」
監督の熱い視線を受けた鈴木羽那は、今度は種類の違う生唾を呑み込んで、深々とうなずく。
「────はい! ……でも、殺す気はないです……!」
「ンなこたァ分かってんだよ?! さっさと帰って疲れを癒せ!! 明日の撮影、体が持たねぇぞ!! フルーツ食って40度の風呂入って眠れド素人が! それでも主演女優か!」
「は、はい……っ!」
§
鈴木羽那はトボトボと歩く。女性スタッフが水をくれた。お礼を言ってトボトボ俯いたまま歩く。ふと視界の上に見覚えのある靴を発見。面を上げると、そこには元気になれる人がいた。
「あ、プロデューサー! ねぇ見てた? 泣きシーンはオーケーもらえたよ~! ようやくだ~!」
「──……羽那。大丈夫か……?」
「え? うん! 心配してくれてありがと~。……でも今は、褒めてほしいなっ?」
「! そ、そうだよな! えっと────途中からだけど、見ていてとても良かったよ。胸が締め付けられるようだった……」
「やったー! プロデューサーにそう言ってもらえると、やっぱり嬉しいなっ」
「……それで、雑誌だけど……」
「あ~! そうだった~! あたしのためにありがとね? プロデューサー! ……よしっ。さっそく読まなきゃ! じゃないと降板させられちゃう……! 大変だ~!」
本当に大変だと思ってはいるのだが、まるで他人事のような『わぁたいへんだぁ~!』という声色や言い方のせいか、周囲のスタッフや演者は『本当に大変だと思っているのか……?』などと訝しむような視線が集まってくる。
そこへ天道唯我、もといアルファが現れた。
「装飾の雑誌……直球ですねー」
「天道さん! これでいいんだよね?」
「今の皮肉が伝わらなかった以上、もはや私との意思疎通は不可能です」
「? なんで?」
「それより泣きシーンがダメならその場で終わっていました。よくやりましたね。少し見直しました」
「ほんと? ありがと~! ──……あれ? でも何か忘れてるような……」
「勝負の件では?」
「あ、そうだった! えーっと、どっちが勝ったと思う?」
「クランクインで監督に訊いてみては?」
「あ、そうする~!」(いいかもー!)
「では鈴木さん。もし装飾の着飾り方を見つけて、なお困ることがあれば、プロデューサーさんはもちろん、よければ私にもお声かけください。直接的に助けることは断固として拒否させていただきますが、灯台程度の間接照明はもたらすとお約束いたしますよ」
「……えっと、それって結局、また助けてくれるってこと?」
「おや? 『また』とはこれ如何に? 境内での犬の喩えが何かの役に立ったので? まぁいいでしょう。お好きに解釈してください。では、今日のところはお疲れ様でした」
「うんっ。お疲れ様でした~。……ありがとね?」
「いえいえ。ガキの失礼千万・傍若無人な振る舞いに、ただただ大人の対応を続けてくださって、大変恐縮するばかりでございます……」
それを言われた鈴木羽那は、顎に手を添えて閃きを得る。
「たしかに~! 年上に対する態度じゃない!」
「ははは。それはきっと舐め腐っているからでしょうネ!」
「えー? 本当に天道さんはひどいんだー。やんなっちゃう!」
「では今日は距離を取りましょう。馴れ合う必要はありませんからね。私はあなたが降板すると撮影が大変になるため手助けしているんです。そうやってお互い、利用するだけすればいいんですよ」
「────!」
────利用すればいいんだよ。
かつて共演した俳優の一言。
そういえばあの時も助けられたと、鈴木羽那は思い出していた。
しかし今回は、自力で踏破しなくてはならない。
できるのか。やらなくては。一端のアイドルになるために!
§
そう心の中で奮起したはいいものの。
真夜中の旅館。
灯りのついた一室では、畳の上でウンウンと唸る寝間着姿の鈴木羽那が、雑誌を読みながら眉をしかめていた。
「う~ん……」
読むだけ読んで、読んだだけ。
なーんにもビビッとくるものはやってこない。
考え方が、分からない。
考えるって、どうすればいいのだろうか。
────え、人間1年目?
────撤回! 人間5年目くらいではあるっぽい。
かつて共演した女優の一言を思い出す。
未だにどういう意味か掴みかねているが、この調子で人間10年目になれたら成長している証である。もしまたあの女優さんと共演することがあったら、ぜひ今の自分が人間何年目であるのか聞いてみたい。絶対に。
「ん~~~~……」
唇の下にペンの頭をコツコツ当てて、思い立ったが吉日かな。
部屋を出て、ロビーの休憩室に向かう。このまま横になっていると寝落ちしてしまうと判断した。
(いつもやっちゃうけど、今回はやっちゃいけないから……がまんがまんっ!)
眠たげな目をこすってソファに座り、うつらうつらとしながら雑誌を読む。
読んで読んで、読むだけで時間が過ぎ去っていく。
時間が過ぎたことにも気づかないまま、結局、寝落ち。
「────えっ。羽那!?」
夜遅くまで作業していたプロデューサーは、コーヒーを買うため自販機のある休憩室に訪れていた。
そこで寝間着姿のままソファに座りながら寝落ちしている鈴木羽那を発見したのだから、仰天ものだ。まったく無防備すぎる。
「は、羽那……! お、起きてくれ……!」(お姫様抱っこして、羽那の部屋に運ぶわけにもいかないし……! なんでこんなところで寝ているんだ……!?)
「────…………んぅ……あれ……ぷろでゅーさー……?」
「! 羽那、起きたか! 起こしてごめん……! でも寝るならちゃんと自分の部屋で寝ないと……! 危ないだろ……! 羽那はアイドルなんだから……!」
「…………あ、あ~~~~~~……ごめんなさい……ふわぁ……」
「と、とにかく、移動できるか?」
「うん……眠い~~……」
「も、もうちょっと我慢してくれ……!」
プロデューサーは、ふらつく鈴木羽那の体を支えながらエレベーターに乗り込み、彼女の部屋の前まで案内する。
「ほら、羽那。部屋に戻ってお休みだ」
「…………おやすみ?」
「ああ、そうだ。おやすみなさい」
「…………────だめぇ~」
「────えぇっ!?」
鈴木羽那は、プロデューサーの片腕に抱きついた。このままでは部屋の中に放り込まれてしまう。それに抵抗するためである。
「ど、どうして……!」
「そうしょく……ざっしぃ……」
「……! 装飾の雑誌……」
そこでプロデューサーは、鈴木羽那が手に持っていた本の存在にようやく気が付く。
「それを読むために徹夜を……」
「みつからないの~……」
「……」
「あしたまでに、そうしょく、しないと……こう、ばん……」
「……羽那……」
「あたし、ほんき、だから……」
「!」
「まだ、ろびーで、よむ、から……あさ、おこしに、きて……?」
「…………」
まだ自分の体はロビーに居ると思っているのか、夢心地の鈴木羽那はプロデューサーの腕を枕と思い込んで抱き込む。
「……わかった。おやすみ。もう無理するなよ」
「もう、むりしてるよ~……」
「そ、それもそうだな……!」
鈴木羽那の寝言に核心を突かれたプロデューサーは、それから何度か語りかけて少しの覚醒を促し、ちゃんと鍵をかけてベッドに戻るようにも促した。
§
チュンチュンと朝の雲雀が鳴く。
朝の陽射しがカーテンの隙間から射し込み、ちょうど鈴木羽那の目元に熱を当てた。
「ん────」
徐々に氷解していく意識。
脳内は鶏鳴に驚くように、危険信号を発していた。
「────はっ!」
全身が跳ねるように飛び起きた。
「……どうしよう。寝ちゃった!」
ロビーの休憩室でプロデューサーと会えたのは夢だったのだろうか。
ともあれ時間を確認。時刻は朝の六時頃。徹夜したというのに、思いのほか早く起きることができた。
「でも、寝不足……」
鏡を確認。目の下にクマはない。安堵。
今日は一日ずっと眠いだろうが、それは覚悟する。
「まだ撮影開始まで時間あるから……」
さっそく鈴木羽那は、さてこれからどうしようかと考えることを、考え始めた。
§
鈴木羽那は旅館一階の飲食店に足を運んでいた。空腹である。
メニューを開いて、選んでいる時間はないけど少し選んで、注文。
待っている間、雑誌とにらめっこ。
「……あの。ガチで真面目に本当に……
ふと聞き馴染みのある声が背後から。
「席、ご一緒しても?」
「あ、天道さん! いいよ~」
「いえね? あなたほど思考が空白な人間は、あまり見かけないのでね。人の思考を読み取ってしまう俺としては、色々と落ち着くというか、白無垢すぎて怖いと言いますか。あ、狐には嫁入りしちゃダメっすよ? ポックリ逝っちゃいますから。特にここ山だし……」
「? あのね、天道さん」
「はい。分からない発言は全無視するあたり、ハイ。なんかおめでたすぎて、ほんともうあなたの存在にありがとうございます」
成り立っているようで成り立っていない会話。否、誰がどう見ても成り立っていない。
その上で正反対の二人は見合う。
「あたしが演じる子はね? ……赤いリボンが似合うと思うんだ」
「すみません席を外しますね。あー次の女優は誰かな~」
「えー?! ちがうのーっ!?」
「前提をなー。履き違えてるんだよなぁ……あさひ先輩でもさすがにそこまで額面通りには受け取りませんって~」
アルファは苦笑しながら退散する。途中で会釈。
入れ違いにプロデューサーが入ってきた。
「羽那……おはよう」
「あ、プロデューサー! おはよっ。あたしの前に座って?」
「あ、あぁ……。……羽那、昨日から何を読んでるんだ?」
「装飾の雑誌だよ?」
「……そうじゃなくて。何か探してるような感じだったからさ。俺にも手伝えないかな? ……協力したいんだ」
「あー……じゃあ、昨日のこと話すね!」
かくかくしかじか。
鈴木羽那は、天道唯我から言われたことについて語った。
「────簡単に言うと、こんな感じで……だから赤いリボンはどうかな? って思ったんだけど、天道さんの反応を見るにちがうみたい」
「────そうか……でも、羽那。それなら装飾の雑誌じゃなくて、もっと人について書いてある本のほうが良かったんじゃないか?」
「……え?」
「…………」
「……」
「…………」
「……──人について?」
「え? あ、うん……だってさ。演じるって、人を演じるってことだし……役者の衣装はもう決まってるんだから、まさかその装飾品を付けたら演技うまくいくとは思ってないよな?」
「えー。思ってないよー。それで上手くなれるなら苦労しないと思うな~」
「だ、だよな……じゃあ、なんで羽那は装飾の雑誌を読んでるんだ?」
「え……それは……」
しばらくの沈黙。
やがて鈴木羽那は、なぜ自分が装飾の雑誌を読んでいるのか、論理的に語る。
「何か掴めるかもって思ったから」
「……なら、装飾って、そのままの意味じゃなくて……こう、なんというか……たぶんアルファくんの言いたいことはさ?」
「?」
「……性格? ほら、人ってみんな好みが違うだろ? ならさ。さっき羽那は『赤いリボン』を挙げてくれたけど……それってさ。──『羽那が赤いリボンが好きなのか?』……それとも『羽那が演じる子が赤いリボンを好きなのか?』……って、そういう話なんじゃないかな? って、俺は思ったんだけど……」
アルファが予想していた回答とは異なるが、その手の考え方としては断然有りである。
すると鈴木羽那は目から鱗が落ちたのか、なるほど演じるとは『鈴木羽那が役に合わせる』ことで、真実を振る舞うとは『役になりきる』『役そのものになる』ことなのだと────そのような言語化はまったくもって出来ていないが、なんとなく魂で理解した気がしないでもない。おそらく。たぶん。きっと。
「────あー! たしかに~!」
「!?」
「じゃあ……どうすればいいんだろう?」
「──……えっと、そうだな……装飾の雑誌でもコラムとかあるはずだよな。そういうの読んでみないか?」
「コラム?」
「ああ。だってコラムには、その人の熱い気持ちが書いてあるだろ?」
「……!」
「それを読めば、何かヒントが掴めるかもしれない」
「そっ……かー! あたし、アクセばっか見てたから……これキレイだなー、あの子に似合いそうだなーって」
「ははっ。それもイメージを固めるという意味では悪くないけど……人は心で動く生き物だからさ。役者も心で動かないと、きっとスゴい演技は難しいんじゃないかと思うんだ」
「……」(心で、動く)
「なんて、素人の俺が何言ってんだって話だけどな!」
「ううん。プロデューサー、ありがとねっ? さっそくコラム読んでみる!」
そこで注文した品が運ばれてくる。
「あ……じゃあ、まずは腹ごしらえだな!」
「! ふふ。うん!」
「じゃあ店員さん。俺はコーヒーとおにぎりで!」
§
軽食を済ませて飲み物を注文。
氷が溶けてグラスの水滴が滑り落ちる中、鈴木羽那は黙々とコラムを読みふける。
────着飾ることで、本当の自分を覆い隠す。
(本当の、自分)
「……もしかして、これかも……?」
「?」
鈴木羽那がポツリとこぼした言の葉を意味を、プロデューサーはコーヒーをたしなみながら黙って見守る。
────あなたに気づいて欲しくて。
────好きの意味を込めたヘアピン。
────見せつけるために、前髪をかきあげる。
(好きの演技)
何度も撮り直していた場面は、告白の場面である。
まったく感情が乗っていないと、監督から何度どやされたか分からない。
「ヘアピンは、たしかカバンに……」
チョークバッグには偶然、赤いヘアピンが入っていた。
さっそく身につけてみる。
「…………」(やっぱり赤いヘアピンが似合うな~。──なんで? って訊かれたら、ちょっと困っちゃうけど……だって、かわいいー! 以外にないよーっ)
────何もしなくても助けられてきた。
────学ぶ機会を奪われてきた。
昨日、天道さんから言われたことを思い出す。
「……」(そうかな?)
それはそれとして。
今度は、なるべくひとりで。
そんなチャレンジ精神も湧いてきている。
「あっ!」
「!?」
「どうしようプロデューサー! あたしの役柄の衣装、ウィッグがあるから、このヘアピン、カメラに映らないよ~!」
「……えっと……」
「監督に伝えなきゃ! 髪型変えてって」
「えっ。そ、それは……ちょっと難しいんじゃないかな? こだわりあったみたいだし……」
「えー。じゃあ……あ、そうだ! カメラを動かしてもらおう! 下から上を撮れば、映るでしょ?」
「────ち、ちょっと待ってくれ。なんで、そんなにヘアピンを映したいんだ……? というか、そのヘアピンを衣装に加えるってことか……?」
「うん。ダメかな?」
「それは……監督に聞いてみないと分からないけど……」
「そっかー。──うーん。でも天道くんの役の子が、あたしの役の子に惚れ直すシーンだから……天道くんの役の子は、あたしの役の子のヘアピンに目を奪われてないとダメなんじゃ? ならそれも天道くんに聞いてみる!」
「っ!? え……それって、演技を変更するってことか!?」
「え? うん」
「……」
「……じゃあ、行ってきますっ!」
「まっ────まてまてまて! まった、羽那!」
「え?」
鈴木羽那は席を立ってレジに向かうところだった。
慌ててプロデューサーは止めに入るか迷う。
「えっと……自分が何を言ってるのか分かってるのか? やろうとしてることの大きさというか……」
「うん。監督や天道さんには、また『ちがう!』って厳しくされちゃうかもしれないけど……これが、あたしのやりたいことだから」
「────…………そう、か」(いやでも、これはさすがに火に油を注ぐようなもので────)
プロデューサーが悩ましそうにしている。
その悩ましげな表情を見つめる鈴木羽那は、プロデューサーの考えている事が分からない。
鈴木羽那は、このまま役の子の考えている事が分からない限り、きっとスゴい演技はできないだろう。
つまり、………………。
つまり?
どうすれば良いのか。
困った。
そんな時。
どうすれば良いのか?
困った。
そんな時は────
本当にどうすればいいのか。
本当に困った。
そんな時は……そうだ、もしかしたら────
「羽那。俺がなんとかするよ」
「決めるのは鈴木さんですよ」
四度目の横槍。
プロデューサーの決意を邪魔したのは、偶然戻ってきていたアルファだった。
「相変わらず幸運ですね。そのヘアピンいつ買ったんです? まさか元々持ってたんですか? これは脱帽ですね。七福神でも取り憑いてますー?」
「天道さん!」
「アルファくん……」
「さて、鈴木さん。今、何か閃きましたよね? お聞かせ願っても?」
「あ、うん! えっとね?」
鈴木羽那は考えた事を打ち明ける。
「たくさんいじわるされたから、あたしもいじわるしちゃおっかな? って!」
「はいぃ?」
「えっと……あたし、困ってるので、どうか助けてください!」
アルファは呆然と口を開けて佇んでいる。歪めた片眉はピクピクと痙攣していた。
「えー? そんなに嫌なの?」
「…………いえ。驚異的な成長率に驚いていただけです。想定していた進化先とは異なりますが、まぁ……はい。自分から助けを求めることができる、という方向性に成長したのは、それはそれで良いことではないでしょうか。今までは頼んでもないのにお助けしてくれる人が多かったわけですし?」
「そうかな?」
「そうかも?」
「……」
「……」
「…………」
「…………俺から何か言わないと会話続かないんです?」
「え?」
「何も考えてないだけなんですよね? 信じられないけどそう決めつけてよろしいのです? 本当に? 今まで見たことがない人間すぎて面白いなぁ……世の中は広いなぁ……とりま座りましょうか」
「あ、どうぞー」
アルファは別の席から椅子を拝借して、鈴木羽那とプロデューサーの間に座る。
「そもそもですね。なんだかヘアピンをメインに取り扱おうとしていますが、あくまでメインは役の子なので、そこは忘れずに」
「あ、そうだねー!」
「常人ならここで呆れを通り越していますが、一応あなたにもやりたいことがあるようなので、今回はそちらをプロデュースしたいと思います」
「プロデュース?」
「はい。283プロデューサーさんとの二人三脚で。これでも俺、プロデュース経験ありますし、お力になれると思いますよ?」
「……そっかー。じゃあ……プロデューサー?」
鈴木羽那は首をかしげてお願いの合掌。
そんな目配せをもらっては、断る理由は存在しない。
「羽那が……そうしたいのなら……」
「やったー! じゃあ天道さん。どうすればいいと思う?」
「そもそも役の子の気持ちになってほしい」
「……きもち……」
「なんでこの子は、俺の演じる奴が好きなんでしょうね?」
「…………」
「分かりませんよね。でも決めつけでいいんすよ。イメージと合っていれば」
「……」
「そのイメージも分からないって? ならお手上げっすねー」
「そんなー」
まるで漫才かのような掛け合いが続く。
「ここで横道に逸れましょう」
「横道?」
「あなたオウム返しばかりで飽きないんです? ……すみませんなんでもないです。なんだかやまびこと話している気分になってきたので。────えー、こほん! ん゛ん゛っ……」
何事も考えすぎる少年は、何事も考えられない少女との会話にすこぶる苦労する。
純白の思考を有する少女の対話は、少年にとってさながら古すぎる鏡と対話しているようなものだった。
「あなたは、おそらく口に出した以上のことを、心の中ではあまりお考えになられていらっしゃらない。つまり言葉と心がほぼ同じ。だから俺としても読みがいがない」
「……エスパーの悩み?」
「ははっ。読みがいがないというのは、むしろ嬉しい悩みですけどネ! さて、俺としては心が殺されすぎた結果、もはやダイレクトな心が一番です。果穂とか。篠澤さんとか。なんせ隠されても見抜けちゃいますからね。鬱屈より解放が好みです」
「……」
「ところであなたの役の子は、鬱屈と解放、どちらが好みなんです?」
「え?」
「なぜその子はヘアピンを付けたいと思ったんです?」
「…………」
「そんな設定、台本にはないですよね。なら作っちゃえばいいんですよ」
「そんなことしちゃっていいの?」
先ほど台本にない変更を加えようとした人間の発言とは思えない質問である。が、彼女なりに筋の通った疑問は存在するようで。
「たしかに
「えー! なんでわかるのー! もしかしてずっと覗き見してたー?」
「なんとでも。しかしあなたの行動はある意味正しい。ぶっちゃけ監督が認めれば、何をしてもいいんですよ」
「えー。そうかなー?」
「あなたには首を傾げられたくなーい」
アルファは席を立つ。
「善は急げ。この策が破れてもまだ時間はあるので次善の策は打てます。どうします?」
「……どうするって?」
「私は今、監督に許可を取りに行くのかどうかを、たずねています」
「…………」
「一緒に大博打、打ってみます?」
「……」
「失敗すれば、あなただけ降板の憂き目が再到来。さぁのるかそるか!」
「! ……それって、もう乗るしかないよね?」
「さあ?」
「……じゃあ、やるしかないか……」
「おや。割と覚悟はあるようで」
「ないよ。ぜんぜん。でも」
「────迷惑かけたくない」
「うん!」
「では、期待しないで待っています」
アルファは席に座った。
「あー! またいじわるなこと言うんだー?」
「ならば見返してみせてください」
「もー。そうする! ──プロデューサー、いこっ?」
鈴木羽那はプロデューサーを連れて会計を済ませ、旅館の回廊を渡る。
そこでプロデューサーが言った。
「羽那。仮眠を取らないか?」
「え? そんな時間ないよー」
「今すぐ横になれば大丈夫さ。本当は眠いんだろう? 少しでも仮眠を取らないと撮影に支障をきたす。時間が来たら起こすから」
「……でも……」
「今の話は、俺から監督に話を通す。羽那のやりたいこと……きっと、ちゃんと監督に伝えてくるから」
「……ほんと?」
「ああ。信じてくれ」
「……わかった。じゃあプロデューサーを信じて頼みますっ。お願いねっ?」
「任せてくれ」
§
晴天の山林。
撮影時間、間近。
監督と若者の助手はまちぼうけていた。
「……鈴木の奴、遅いな。逃げたか?」
「こんな時に逃げる勇気あったら逆にスゴいですって……」
噂をすれば影が差す。
鈴木羽那が現れた。
「ご、ごめんなさーい! 寝坊しましたー!」
「は、羽那!?」(それは言わないようにって約束……起きた直後は寝ぼけてたから覚えてなかったかっ……!! 俺が引き止めた所為ってことにしようと思っていたのに……!)
寝坊。それによる遅刻。
連想されるは危機感の欠如。
場の空気が最悪に近づいていく。
「寝坊だと? 上等じゃねぇか。さっさと配置に着け!」
監督はいつも通り撮影優先で話を進めるが、周囲の演者やスタッフは呆れを通り越して陰口を叩く気力さえ削がれる。
しかし若者は面と向かって文句を述べた。
「このクソ忙しい時に寝坊なんて、芸能界なめてんの?」
「青二才はだあってろ!! あいつの覚悟を目に焼き付けとけ!!」
「うえぇええ!? 監督、あの子を買ってるのか怒ってるのかわかんないっすよー!」
「俺ァ映画を撮れればそれでいい! 鈴木はそれができるかできないか! 気にすんのはそれだけだっ!!」
映画魂を燃やす監督は、さっそくシーン撮影の準備に移行する。
そこへ鈴木羽那が駆けつけた。
「あ、あの! 監督!」
「ああ!? なんだ?! さっさと配置に着けって言ったろ!」
「プロデューサーから聞いてると思いますけど、改めて、あたしのほうからもお願いしますっ!」
「────あ? なんの話だ?」
「このヘアピン、ワンポイントにしたくて……! でも、ウィッグが邪魔でヘアピンが映らないから……どうすればいいのか……それで、頑張って考えたんですけど。カメラを下から上に向けたら、映りますよね? どうですか?」
『────────────────』
場が凍りつく。
アルファは両手を叩いて豪笑していた。
周囲から続々と、陰口ではなく、単なる喫驚が相次ぐ。
──監督の撮影法に意見!? ほ、本当に降板決まったぞ……おいおい!!
──ヤバいヤバいマジで納期が……! 次の女優なんて見つからないよ! ギャラとかどうすんだよー!
──マジかよ……あのアイドル、うそだろ……。
その声も、大体全部聞こえていた。
しかし鈴木羽那は、真剣に役の子と向き合った結果、この答えに辿り着いた。それについて分かってほしい。
されど一方的な理解の要求は、言わずもがな。
大抵は人の逆鱗に触れる。
だが待ってほしい。人との会話など、基本的に一方的な理解の要求ばかりでは?
そこで互いに折り合いつけて対話するからこその、コミュニケーションなのでは?
無垢は社交辞令を知らない。
無垢は二律背反を知らない。
無垢は固定観念を知らない。
無垢は常識や定義をかなぐり捨てる。
あるがままに。素朴なままに。自分のままに。
無垢は世辞を蹂躙し、無意識に無邪気に悪気なく良かれと思って、愛しき嬰児のように我を通す。
「────なんでだ。なぜそんなにこだわる。理由は?」
「えっと……装飾が、必要だと思って……」
「装飾?」
「はい」
「……理由は、それだけか」
「……えっと……」
「ふざけんじゃねぇ」
「!」
今までよりドスの効いた声。
終わった、となんとなく察する。
その時、ドスをへし折る咆哮がこだました。
「私の飼ってる犬の名前はー! 鈴木羽那と言いまーす!」
『……!?』
「そんな鈴木羽那の弱点はー! 説明不足なところでーす!」
『──?!』
「言わなくてもみんな察してやってくれるし守ってくれるだからハイコンテクストが強すぎてどうにも一言一句の質量が短く軽すぎてしまい燃費はいいけど低品質に落ち着きすぎてしまうところー!」
『……──』
「そんな鈴木羽那に質問でーす! なぜそのヘアピンが必要だと思ったんでしょうかー?」
必要。
そんなもの。
「それは、この色だから……」
「色?」
「雑誌に書いてあったんです。この色は、好きの意味。だから役の子に似合うかな? って────」
「もういい」
「────え? ……っ……! あ、あの、でも……」
「もういい」
「────」
鈴木羽那の息が、止まる。
脳裏によぎるは降板の二文字。
「それ以上は、カメラの前で
「────っ!!」
「配置に着け」
「っ……あ────ありがとう、ございます!」
鈴木羽那はヘアピンを取り付けながら走り出す。慌ててメイクさんや衣装デザイナーさんが、ウィッグがズレてしまうかもしれないため手伝おうと駆けつけようと動き出すが、それを監督が制した。
「おい、カメラ貸せ青二才」
「へ? え……監督!?」
「つべこべ言うな。ちょっとなぁ……正直、舐めてたのは俺の方だ。たぎっちまったんだよ。だから俺が撮る」
『…………』
監督は、いったい鈴木羽那に何を見出したのか。
そんなもの。
(ガキみたいにめちゃくちゃ無垢なところ。永遠に保存したいって、思っちまったんだろうなぁ……)
腕を組むアルファは呆れていた。
魔性の女が必死の形相で走ってくる姿を眺めながら。
§
数日後。
都内のスタジオにて。
撮影がクランクインする。
その合図を、監督が声高々に叫んだ。
「────しゅー! りょー!! お前らァ! よくやったー!」
『わああああ────!!!!!!!!!!』
拍手喝采。場がわっと湧き上がる。
最後に鈴木羽那と天道唯我が手を取り合うシーンで終了したため、その場で鈴木羽那は尻餅を搗くようにベッドの端っこへ座り落ちた。
そこへプロデューサーが駆けつける。開封されて撒き散らされるワインの飛沫を肩や脚に浴びながら走ってきた。
「────よ……よかったーーーーーー!」
「羽那……! 本当によくやったな……!!」
「プロデューサー……あたし、できたよ!」
「ああ! はは! 本当に良かった! この仕事、羽那に回して良かったよ……!」
「……! なら、本当に、よかったー!」
まさかのクランクイン直前で降板。女優交代。
そんな記事を書かれた日には、鈴木羽那の経歴に傷が付くところだった。
(ま、その手の話に事欠かないのがあの監督さんなんで。むしろ同情票を集めて人気が増す可能性もあったけど……そこんとこも含めて幸運高そうだな。俺が居なくてもなんとかなったんじゃね? これが魔性の女か……スゴいな……天運持ちってこういうことを言うのかな……だってこの頭で今まで生き残ってこられたのスゴくない? 日本が比較的平和ってのもあるだろうけどさ……きっとイイ環境で育ったんだなぁ。さっぱりおおらかすぎる気がしないでもないけど……)
アルファは腕を組んで静かに感心する。
そこへ鈴木羽那が声をかけた。
「ね、天道さん?」
「はい?」
「いろいろ言われたけど、たくさん助けてくれて、ありがとうございますっ!」
「いえいえ。ヒーローとして、友人として、多少イジワル気味に助力した程度ですよ」
「果穂ちゃんが言うようにダークヒーロー? みたいだった!」
「それはなによりです」
アルファは会釈して立ち去ろうとするが、服の裾を掴まれる。
「なんです?」
「逃がさないぞー? あたしは忘れてないからね~?」
「──……ああ、なるほど。では勝敗をうかがいに参りましょうか」
アルファと鈴木羽那は、酒気を帯びて狂喜乱舞する監督のもとに向かう。
「監督~!」
「少しお時間よろしいですかー?」
「おう! どうした助演男優と主演女優! ちゃんと酒たらふく飲んでるかぁっ!!」
「いや未成年です未成年です。──実はかくかくしかじかで、こういう勝負をしていたんですけど」
「どっちが勝ったと思いますかっ! 天道さんを見返すの、できたかな~?」
「おう! できてるできてる! なんせ俺と天道以外の役者やスタッフは全員、鈴木のこと侮ってたからな! そうなると天道を見返す必要は最初からないんだが、さすがに全員の侮りを覆したのは想定外だろ! だから鈴木の勝ち~!」
「えー」
「やったー!」
理屈の通らぬ敗北だが、そもそも敗北を求めていたアルファからすれば勝利にメリットは存在しないため、ならば致し方なしと受け入れる。
「よーし、なんの罰ゲームにしようかなー?」(弟がイタズラしてきた時の仕返しとか、どうかな……?)
「お手柔らかにお願いしますね~」(弟いたのか……まずいな。姉ぶられると、ちょっと怖いぞ……?)
§
夕暮れの帰り道。
高速道路を走る。
「俺まで乗せてくれてありがたいっすけど、良かったんすか? たしか以前、熱愛報道とかでスキャンダルに遭ったんじゃ?」
「……」
「────っ?」
運転席にプロデューサー。助手席には変装したアルファ。後部座席では鈴木羽那の寝顔。
「……アルファくん」
「はい」
「その……、…………」
(あ~……これ嫌な流れだ。なんか筋の通らねぇこと言われそうな予感……)
「変に受け取らないでほしいんだけど……これ以上、羽那とはもう────あまり、話さないでくれないか?」
アルファの脳内が真っ新に吹き飛ばされる。
現実を受け入れるのに数瞬かかった。夕景の橙色は目に入らず、思考が真っ白に掻き乱される。
「────────は? 今なんて……?」
「いや、その……っ」
「……今のはどういう心情からくるものかお聞きしても? 親心? それとも恋愛的な?」
「いやいや、恋愛なんて……。──羽那はアイドルだから、大人として、プロデューサーとして、きちんと守らないとって、思って……」
「
「っ……」
「つまり俺は、きちんとした人間ではない?」
「!? そ、そういう意味で言ったんじゃない! その────────ごめん!!」
沈黙が続く。
なんとも釈然としない展開である。
これは解明しなければ気が済まない。
いったいプロデューサーさんは、どうしてしまったのか。
「それはどっちの『ごめん』なんでしょうか? その上で距離を取って欲しい意味での『ごめん』? それとも今の話はやっぱ無し的な意味の『ごめん』?」
「それは────っ」
「はは!」
突としてアルファは、哂った。
「なるほど。プロデューサーさんも相当に毒されてきましたネ! 可愛い花には棘どころか毒がある! 本人も無自覚に周りをたぶらかしすぎてしまう。熱狂させて血迷わせてしまう」
「っ……?」
「自覚ないので? 過ぎたカリスマ性は他人を狂わせるんすよ。ねえ? 鈴木羽那さん?」
────ワン!
などとアルファは、犬の鳴き真似をする。
「……羽那から聞いたけど……アルファくん。犬に羽那と同じ名前を付けたって……」
「おやこれまた余計な誤解を招きそうな予感。ドン引きしました?」
「…………」
「はいはい分かりました。彼女は泥を知らない純白。俺は泥だらけの真っ黒くろすけ。そりゃあ純白には泥遊びしてほしくないっすよね。俺は泥団子を一緒に作らないか誘っただけなんだけどな~。よもや娘さんの兄貴分から牽制されるとは思わなんだわー」
「真っ黒って……それだとまるで、アルファくんが汚れてるみたいな言い方じゃないか……」
「違います? 自覚ありますよ?
「っ────!? お、俺は、ただ……」
「あー。きっとプロデューサーさん。子供ができたら鈴木羽那さんにしてるみたいに、過保護になりそうな予感ー」
「?!」
「そんで思春期が来た娘から、
「……嫌われてもいいさ。それで守れるのなら……」
「嫌われた上で守れてなかったら、何も良くないですよ?」
「────」
熱愛報道の噂を鎮火させない方針で動いた。
その当時の事をプロデューサーは思い出す。
「正直この件に関してだけは幻滅しました」
「……」
「鈴木羽那を守ろうとして、結局。……そんなのカッコ悪いっすよ。人として。あなた泥臭い熱血が売りなんですから、急に冷徹キャラは似合わないですって。好きに生きて好きに死にましょうよ。それが信念長生きの秘訣です」
「……────」
「まぁ俺もプロデューサーさんの人間らしいところを見ることができて、ぶっちゃけ安堵してません。やっぱ完璧な人間ってこの世にいないんすねー。でも俺はプロデューサーさんのことを今までもこれからも尊敬していきます。女ひとりくらいにはちょっと狂ってしまっても許容範囲内。だってあなたも人間だもの」
「…………アルファくん。それで……」
「おっことわり~!」
「!?」
今まで小声で話していたアルファは、急にボリュームを上げてきた。
プロデューサーはバックミラーを見ながらそわそわとし出す。
「いや俺は受諾しましたよ? ただ向こうから近づいてきた場合はどうしようもありませんよね?」
「────」
「それにねプロデューサーさん。俺は思うんすよ。そんなに無垢が好きなら。純白を守りたいなら。アイドル鈴木羽那を庇いたいなら。──お飾りのソレを守って、自分だけ満足したいんですー?」
「……それは、どういう……」
「真の無垢とは。真の純白とは。どんなに泥をかぶっても純白無垢なままなんすよ。傷だらけになっても血にまみれても泥を浴びても、きっとそのままなんです。それが彼女の強さなんです。ならその強さに少しくらいは期待してあげてもいいんじゃないっすかね? 俺はしますよ、期待。果穂に掛けてるようにネ! だって子供にはすくすく成長してほしいもの。世の汚さを知りつつも、気高く生きてほしいもの」
「……………………」
「ま、それは俺に守りたいものがないから言える切り捨てなんすけどねー。俺は果穂や鈴木さんがどうなろうが知ったこっちゃない。愚かに搾取されて世俗にまみれようが、最終的には良い人に成長して幸せであればそれだけで嬉しい。超のつく大満足だ」
「……そんなの、俺だってそうだよ」
「えー? 大義名分を
「────…………」
「ま、それを言うなら俺もなんすけどネ! 友人だからと
監督には、例の話を部分的に伝えた。部分的には伝えなかった。
売り出し中、駆け出し中のアイドルが。素人も同然の役者が。監督に意見するなんて、危険極まりない。
それでも担当アイドルの約束を果たすため、できる限り危険を回避しながら頼み込んだ。
結果は断られた。そこで終わり。それだけで終わり。その後は何もない。何もなかった。
「あんたら似た者同士っすねー」
「……」
「ま、そんなわけで。おふたりとも、これからの人生と社会活動と人間関係について、どんどんお悩みになられて。俺はその心を読むと胸焼けがしてしまいますので、そういう意味では距離を取らせていただきますよ」(プロデューサーさんを見てる時の鈴木さんの脳内は砂糖たっぷりだからなー。コーヒーがほしくなるぜ……まぁそれは社野さんや浅倉さんなどにも言えることだけど……)
「……ごめんな」
「いえいえ。これで仲直りです?」
「……君が、許してくれるなら」
「もちろんです。ハイ握手」
「えっ。い、今、運転中なんだけど!?」
「赤信号になったらで。──……ハイ握手。仲直り! つーわけで、鈴木さんとも早く仲直りしてくださいね?」
「──え? 俺、羽那と喧嘩してるのか……?」
「いいえー? でもま、そんなイベントが起きるからこその人生じゃないっすか! だって俺たち人間だもの?」
アルファはバックミラーを見やる。伏し目がちの鈴木羽那が映っていた。
プロデューサーはバックミラーを見やる。目を閉じたまま健やかな寝息を立てる鈴木羽那が映っていた。
「人は変わるもの。それでも人は願うようです。──いつまでも好きなあなたでいてと」
§
後日。
晴天の住宅街。共同住宅プチパレスに来客の姿有り。
「おじゃましまーす! はるきちゃーん? あはっ、遊びに来たよーっ」
「いらっしゃーい! 羽那ちゃ~ん! プチパレスにようこそー!」
靴を脱いで黒い岩を踏み越えた鈴木羽那は上がり框から廊下に上がり、郁田はるきに案内されて古風な邸宅を見て回る。
「ふるーい!」
「古いね~!」
ふとプチパレスの住人と遭遇。藤田ことねである。
「うおっ!?」(めちゃくちゃヤベェ美人!? こ、これが噂の、生鈴木羽那……!! あたし、自分の可愛さには自信あるけど、さすがにこの人と比べたら、ちょっと自信なくすわぁ~……い、いやでもっ! やっぱあたしの方が可愛いしっ!)「お、おはようございます……」
「あはっ、おはよ~」
恐縮そうに会釈した相手に、満面の笑みで小さな手を振る。
(あれ? この人……もしかして、あたしのこと好きなのかな?)
などと勘違いする藤田ことねは食堂に向かった。
「今のが管理人さん?」
「ちがうよ~。天道さんが管理人さんで、果穂ちゃんが管理人の代理人さんだよ~」
「そうなんだーっ。じゃあ挨拶しなきゃだ?」
「うーん。でも天道さん、またどこかに行っちゃったみたい~」
「えー。罰ゲームしたかったのになー。逃げたかー。あの生意気小僧めーっ」
「……罰ゲーム?」(それに、羽那ちゃんが天道さんのことを『生意気小僧』って……ふたりの間でいったい何が!?)
「あ、じゃあ代理人さんに挨拶しようかな~?」
噂をすれば影が爆走する。
「呼びましたかーっ!!」
「呼んだよーっ! あはっ、果穂ちゃん。今日はプチパレスにおじゃましてまーす!」
「はい! いらっしゃいませー! ごゆっくりおくつろぎくださいっ! お飲み物とか、おちゃがしとか、軽食など、お求めのものがあれば、なんでも言いつけてくださいーっ!」
「わー! あはっ? なんだか果穂ちゃん、コンシェルジュになったみたいーっ」
「! コンシェルジュ……?」
小宮果穂は首をかしげる。
ならばそれについて話そうかと、鈴木羽那は問いかける。
「はるきちゃんの部屋でお話するっ?」
「いいんですか? おじゃましちゃっても……」
「邪魔じゃないよー。はるきちゃんもいいでしょ?」
郁田はるきは「もちろん!」と答えて、二階のアトリエに案内する。
そこで三人は団欒を始めて、さっそく小宮果穂が問いかけた。
「では羽那さん、はるきさん。コンシェルジュについて教えてくださいっ!」
「うん! ……あ、でも、はるきちゃん?」
「どうしたの~?」
鈴木羽那はシラフのまま笑ってたずねた。
「あはっ、コンシェルジュってなんだっけー?」
『…………────』
郁田はるきと小宮果穂は、昨日食堂でみんなと観賞したお笑い番組の真似をした。
(せーのっ)『────ズコーっ!!』
「えー! あはっ、急にどうしたの? ふたりともーっ。ズコーっ!」
机の上に両手を伸ばし、机の下に伸ばした両足ともども、パタパタと遊ばせて。
白鳥は今日も、楽しげに小躍りしていた。
§
自家中毒患者のパプリカ味見たわごと(自分で書いといて自分で解釈違いを起こしてるの意)
また解釈違いでしたか……本話は鈴木羽那の新成長をもたらす短編の一名様です。うん、「また」じゃないんだ。済まない。必ずしも私が悪いと仏様も言わなかった。杜野凛世のニキビより本家の回収に漕ぎ出すことが幸せの秩序です。放クラだってです! 犬たちの鈴木羽那や装飾に合わせて展開中のゴミ解釈が噴き出してくるさまは申し訳なくて、まるでプラトニック・パビリオンなんだ、それが! 総無形色の無垢グラフィティーや一億総プロデューサーが私を許さないことくらいオセアニアじゃあ常識なんだよ! 今こそ青空に向かって羽ばダケタブラ! 絢爛たる羽那鈴木は鳥居をくぐり、無垢を同じくする小宮果穂と一階のペットショップは先鋒をつかさどれ! 解釈違いを気にする無頼の私は羽那デンジャーの進む道に棚からボタモチとなってはばかることはない! 思い知るがいい三角関係にもならん感想を! さあこの採点こそ内なる小学7年生が決めた遥かなる暴言チャルメラ! 進め集まれ私こそが、おしろい様! フハハすぐだすぐにもだ私にも鈴木羽那を教えてほしいのだ! へけっ!