【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす! 作:形のない者
春先の昼前。青い空に白い雲。菜の花畑。
小宮果穂と西城樹里は、マメ丸といろはちゃんを連れてピクニックに来ていた。
さらに小宮果穂はカメラを持参。
いろはちゃんは、一面真っ黄色の花畑を目にして走り出す。
「きらきらー! はなー!」
「あ、待っていろはちゃん!」
小宮果穂はハーネスを引っ張って、いろはちゃんの独走を食い止める。と思いきや三歳児はどうやったのか、両肩をもぞもぞと動かして片腕をハーネスから外した。すかさず西城樹里が抱き上げて脱出を阻止する。
「はい残念。お散歩したいなら、ひとりでは行くなよー?」
「んー! ……じゅっちゃん、とことこするー?」
「
「ごー!」
小宮果穂から
「ワン!」
「お! マメ丸も来たか! ははっ!」
小宮果穂はカメラを構えて、菜の花畑で戯れる彼らの写真を撮り始めた。
§
真夏の宵闇。
共同住宅プチパレスに面した歩道。
今夜は花火大会。
プチパレスの住人は、花火がよく見える場所で打ち上げを待つ。
一方のいろはちゃんは待ち時間が退屈で、水たまりを見つけて踏みに行く。
すると誰かに抱き上げられた。
「んー?」
「ごめんなさい。水遊びはまた今度ね? 服が汚れちゃうわ」
「なっちゃん!」
有栖川夏葉は、小さい体を抱き締めて微笑む。
その時、花火が打ち上がった。
大きな爆発音。夜空に色とりどりの大輪が咲き誇る。
『わー!』
歓声。
されどいろはちゃんは、上ではなく下を見ており、指をさす。
「ばーん! はなびー!」
「え? いろはちゃん、どこを見て────」
有栖川夏葉は三歳児の視線を追う。
そこには、確かに花火が咲いていた。
アスファルトのくぼみに区切られた小世界。
波紋のない水面の中に、花束が映し出されている。
「────」
「たっち! おろせー!」
有栖川夏葉は、水たまりに反射する花火の輝きに、しばらく目を奪われていた。
ジタバタするいろはちゃんは、ようやく地面に下ろしてもらえる。すると空にも花火が爆発しており、いろはちゃんは水たまりの花火と何が違うのか首をかしげつつ、おててを伸ばして掴みに行く。
「? うえもばーん!」
「……! そうね……とてもキレイなものを見つけたわ。ありがとうね、いろはちゃん!」
「??」
§
紅葉の秋。
樹林あふれる公園に遊びに来た小宮果穂と園田智代子は、いろはちゃんやマメ丸と共にピクニックを始める。
「真っ赤っかですーっ!」
「燃えるような赤だねぇ……!」
「あかー!」
「ワンッ!」
どこを見ても紅葉しかない光景。
大量に舞い散るモミジを掴むため、いろはちゃんは走り出す。
一方の小宮果穂と園田智代子はレジャーシートを敷いて、お弁当箱やドーナツの箱を用意。
それも終わって木の幹を背後に落ち着くと、何やら体に巻きつくものがある。
一本の木の周りをぐるぐると走り回るいろはちゃんとマメ丸。
どんどん伸びていくハーネスのワイヤーは、小宮果穂と園田智代子の胸や腹部を締め付けていく真っ最中だった。
『……────っっ!!?』
木の幹に胴体が縛り付けられていく小宮果穂と園田智代子は、慌てて声を発する。
「い、いろはちゃんっ?! ストップ……!」
「ぎゃ、逆方向に走ろう!? ちょ、苦し……っ!!」(あれ、やばっ。私、そんなにお腹、出てきちゃったかな……?! いや今はそれどころではなく……!)
「わー!」
「ワンワンッ!」
「い、いろはちゃん! めっ! マメ丸も、めっ! 止まってー!」
「ヤバい! 興奮して聞こえてないねー?! どど、どうしよう、果穂~……!!」
それから一分後。いろはちゃんは走り疲れたのか、ようやく立ち止まる。
しっかりと縛り付けられた二人の少女は、自力での脱出を試みるがワイヤーはビクともせず、意気消沈。
しかしようやく立ち止まってくれたのだ。あとは逆方向に歩いてもらうしかない。
「い、いろはちゃん……これからあたしの言うこと、よく聞いてね?」
「ずっと右回りで楽しそうだったけど……今度は左回りも楽しそうかな~? と、智代子お姉ちゃんは思うのですが……」
いろはちゃんとマメ丸は振り返る。
小宮果穂と園田智代子は仲良くくっついて木の幹を背にしていた。顔もどことなく疲れている。あるいは苦しそう? なぜだろうか。ともあれ、見るにお疲れの様子で、きっとお休み中なのだろう。
「いろはもやすむー!」
「ワン!」
いろはちゃんは二人の少女に挟まれるように仰向けとなって────スヤァ……と深い眠りに就いた。
「っ?! だ、だめー! いろはちゃん、起きて~……! おねがいぃ~!」
「お、終わった……だっていろはちゃん、私たちの姿を見ても『縛り付けられてる』って認識では、なかったもんね……ワイヤーが細くて透明だったから、よく見えなかったのかな……?」
「ワフ?」
それはマメ丸も同じようだった。
少女たちは若干、いや、かなり絶望する。
「……ど、どうしよう……」
「ごめん果穂。こんな時になんですが────寝顔が、カワイイネ……」
スヤスヤと眠る三歳児。
ぷにぷにのほっぺはきっとあったかいのだろう。
それはそれとして、もはやお弁当やドーナツどころの話ではなくなった。困ったことに周囲に人影もない。だが遊歩道なのだからそのうち誰か通りかかるはず。その時に助けを求めよう。
数分後。通りすがりの老夫婦に助けられたのは、また別の話。
その老夫婦と仲良くなり、お礼にお弁当箱やドーナツを分けて一緒にピクニックをしたのも、また別の楽しい話だった。
§
真冬の聖日。
プチパレスの
子守といっても膝の上に乗せているだけ。
いろはちゃんはコタツの上のみかんをコロコロと転がして遊んでいる。皮をむきたいが指の力が弱いため、転がすことで剥がれないか、色々と試しているところらしい。
(……くっ。相変わらず可愛い顔してるよな~。でもちょっと後ろ髪が伸びてきたか? そろそろ切らないとな~。果穂も大変だろうし……アタシに手伝えることがあれば、髪くらい切るけど────)
いろはちゃんは、コタツの奥にある湯呑みに手を伸ばす。
西城樹里は慌てて抱き寄せてコタツから引き離した。
「あっ、それはダーメッ」
「んー!」
「こぼしたらやけどしちゃうぞ~?」
「んー……」
「…………」(釈然としてない顔だな……)「さわったらイタいぞ? だからやめよう。な?」
「……んー……」
「……────」(あ、これ言うこと聞く気ないな……スキあらば触る感じだ……しゃーねー。まだやけどとか理解できないなら……)
西城樹里は気をそらす事に決めた。
脇をくすぐってこちょこちょする。
「! っ!? にゃー!!」
「ははっ! くすぐったいか!」
三歳児は笑い転げて逃げようとする。
西城樹里の膝の上でくるくると身を回して攻撃を避けようとしているが、全然回避できていない。
「にゃー! ────グスッ」
「っ……!!」
いろはちゃんは鼻をすする。
それだけだが、過敏に反応した西城樹里は慌てて手を止めた。
(やべっ! ちょっとやりすぎたか……? こう、なんか、ついつい嗜虐心ってやつがそそられちまって……)
「わ、わりぃ、いろは……」
「んー?」
いろはちゃんは大きな体をよじ登る。西城樹里の胸に手をかけて這い上がり、一所懸命、小さな手で肩を掴む。
「
「こちょこちょ!」
どちらかといえば、やり返す。
いろはちゃんは西城樹里の首周りで、こしょこしょと指を遊ばせた。
「ひゃ! 冷たっ……! と思ったらあったけー!?」(そんでくすぐってー! これが子供体温……!)「このー、やったなー?」(アタシも仕返しだ!)
「にゃー!」
「ははっ! カメみたいに首引っ込めても、全然隠せてないぞー? おーこしょこしょ~!」
いろはちゃんによる甲高い笑いの悲鳴がキャッキャと上がる。
それに準じて西城樹里の声色もどんどん高くなっていった。
不意に扉が開く。
同じく遊びに来ていた杜野凛世が入ってきた。
「こしょこしょ~! どうだ~まいったか~! ほっぺぷにぷに~! ──わぁ、やーらーれーたー……!」
「ふふ……」
「──……っ?! り、凛世……い、いつの間に……!」
微笑ましいものを目にした杜野凛世は、悠然たる所作で
対する西城樹里は沸騰しそうなほどの赤面で、何を尋ねてもないのに言い訳を始めた。
「い、今のは、だな……! 別に、アレだからな! 凛世……!」
「はい……」
「っ……、……────あ、アタシ……もしかして、赤ちゃん言葉とか、使ってなかったよな……?」
「……。────ふふ……」
「っ!? り、凛世ぇー……!」
「ふふ。はい……凛世でございます……」
「そうじゃねぇ! 質問に答えろぉ!」
「……。…………樹里さんは、赤ちゃん言葉を……」
「……っ!! っ…………ッッ!!」
「…………」
「────……お、お願いだ凛世! 早く答えてくれ! いっそトドメを刺せーっ!」
「……────話して、おりま……」
「そこ溜める必要ないだろ!? あとドラムロールみたいにコタツを叩き始めるなーっ!!」
「……せん」
「!」
「でした」
「……! そ、そうか……な、なら、まぁ────」
「半分ほどは」
「ッ!!?」
西城樹里、撃沈。
真っ赤な顔に両手を当てて背中から倒れ込んだ。顔を隠したまま仰向けで微動だにしない。
「? じゅっちゃん、おねむー? ほっぺぷにぷにーはー?」
「ふふ……いろはさん……今度は凛世と……遊びましょう……」
「いいよー!」
いろはちゃんはコタツに頬杖をついて、杜野凛世と遊び始める。
「みかんごろごろー!」
「……食べ物では、あまりお遊ばれに……」
「ゆのみー!」
「こちらは、お熱いため……冷ましてからに、いたしましょう……それまでの代わりに、少し早いクリスマスプレゼントを、どうぞ……」
「! ぷれぜんとー!」
赤い箱に緑のリボン。
杜野凛世はするするとほどき、ひらひらと開封。
一本の赤いマフラーを贈った。
「? ぬの!」
「はい……マフラーで、ございます……首に巻けば、暖かく……引っ掛けても、ボタンが外れやすいため、首を吊る心配がございません……ショッピングモールで売られていた、赤子用の、すぐれものでございます……さっそく、身に着けられますか……?」
「つけるー!」
いろはちゃんは西城樹里の死に体からハイハイで降りて、とてとてとコタツを手すりにして、杜野凛世のとなりに座る。
「ぐるぐるー? まくー?」
「ふふ……はい。ぐるぐると、巻きましょう……はい、パチッとな……」
§
園田智代子の誕生日は、おそらくいろはちゃんの誕生日でもある。
プチパレスの食堂では、本日の主役三名がパーティー帽子を被って待機していた。
「いろはちゃん楽しみだね~! みんなどんなケーキやスイーツを買ってきてくれたのかな~?」
「いろはプレゼントー!」
「あー! いろはちゃんはプレゼントの方が楽しみかー! だよねー。私も楽しみ~!」
「いろはちゃん、さんさい! じゃない! いろはちゃん、よんさい! なる!」
「えー? いろはちゃんは今年で三歳でしょ~? ちなみに不肖、園田智代子は、今年で17歳となります……っ! アルファさんは13歳だよね?」
「……?? ちがう! いろはちゃん、よんさい!」
いろはちゃんは強く訴える。
一方、少し離れた席に座るアルファはパーティー帽子を被らされており、「誰かの誕生が来るたび違和感あるの俺だけ?」などとひとりごつ。誕生日の概念はあっても加齢の概念がないこの現実に、確固たる疑問を抱いている様子だった。
「いろはわかるよ! さん! つぎ! よん! いろは、よんさい!」
「数え方は合ってるけど惜しい~っ! いろはちゃんは、今年で三歳だよ~!」
「……? ……??????????」
いろはちゃんは思考が混乱して停止。上の空。
あんぐりと口を開けつつ天井のシミを見上げながら、がんばって再計算を始める。
「良かった違和感持ってる奴もうひとりいたわ。……いやそのもうひとりも俺だったわ。じゃあ結局違和感持ってるの俺たち一人じゃん。怖っ。今日もホラー日和ですネ!」
§
かくして季節は一巡した。
小宮果穂は、今まで撮った写真をプリントして、コルクボードを購入。
プチパレスの廊下の壁に取り付ける。
〔いろはちゃん写真季展〕
「……! えへへ……っ! いろはちゃん、かわいいなぁ~……! ──次はマメ丸にしようかな? 放クラの写真も欲しいなぁ……あっ! それならプチパレスの住人のコルクボードも作りたい! わぁ~……やりたいことがたくさんあるっ!!」
小宮果穂はなんとも可愛らしい、くぐもった笑みをこぼす。
そこへ藤田ことねが通りかかった。
「お、果穂ちゃん! そのボード……ついに完成したのか~!」
「はいっ! 名づけて、いろはちゃんの写真展ですーっ!」
「くぅ~! ほんとになんなんだろうね、このまんまるはつらつ癒しスマイルは~! くぁあいーねぇ~! 真面目に母性が湧いてくる……あれ? この左上の写真はいつの?」
「あ、それはこの前、千奈さんが遊びに来た時で……! カスタネットで遊んでるようすを、手毬さんと円香さんがたっっっっっくさん! 撮ってくれたんですーっ!」
「へ~!」(樋口さんが……意外だ……)「それにしても、あの手毬がね~? あれ、でも……そういやプロデューサーの写真とか撮りまくって職員室に呼び出されたことあったし、確かに撮りそうか! だってこんなに可愛いもんな~! あ~……うちのチビどもが、まだまだこーんなに小さかった頃のことを思い出すわ~」
「! その話……詳しく聞かせてもらってもいいですか……!」
「おや果穂ちゃん。弟妹談義ならぬ赤子の可愛さ談義をご所望かな? そういうことなら、あたしの右に出る者は……いないよ?」
「受けて立ちます!」
「よっしゃ! じゃあ今日は果穂ちゃんの部屋で遊ぼ~♪ いろはちゃんとも遊びたいし~?」(それに果穂ちゃんの部屋で過ごしてれば、元プロデューサーが現れるかもしれない! 果穂ちゃんやいろはちゃんとも遊べて一石三鳥!)
やがてイルミネが通りかかる。
「ほわっ……おはよう、ことねちゃん。果穂ちゃん……」
「果穂、ことね。何見てるの?」
「わーっ! かわいいー! いろはちゃんだー!」
「はいっ! おはようございます! これを見てください……いろはちゃんの写真展ですーっ!」
それから和気あいあいとする廊下。徐々に人も集まりだした。
今日も今日とてプチパレスは、賑やかに緩やかに時が過ぎゆく。
§