※この作品はR-18です。

【小宮果穂とちょいワル男子のオトナ甘くてコドモ苦い】ぷらすえっくす!   作:形のない者

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pSR【なりきり芹沢あさひ】黛冬優子vsAI

 

 ある日の黛邸。

 自室では、スマホをいじる黛冬優子が、だらだらと休暇を満喫していた。

 

「あ、また広告……もう。────? ……最近AIが流行り、ねぇ……」

 

 小説執筆に画像生成、企画書の手伝いやなりきりなどなど、会話で可能なことなら、ある程度無料でできる。

 ────などという宣伝文句が記されている。

 

「小説なんて書かないし、描いてほしい画像なんて──まぁ好きなアニメとか描いてほしいけど、普通そういうのは著作権的に無理よね~。だからやっぱり──ないし、企画書なんて自分で書けるし、無料版なら粗悪なもの作られても困るから形式だけ作りゃいいけどそういうのだって既にそういうアプリはあるし……なりきりなんて、もってのほかよねぇ? 好きなキャラでも演じてもらう? 解釈違いをお出しされると、その日はきっとムカついて冷静じゃいられないわね……だから、これもなし。────なんだ、やることないじゃない」

 

 ただし日常会話程度なら無料でいくらでも可能。

 ────などという宣伝文句に、一瞬、目を惹かれる。

 

「……ま、タダなんだし? 試しに使ってみてやろうじゃないのよ」

 

(つまんなかったら承知しないわよ~っと。インスト完了~)

 

 シンプルにスカしたアイコンをタップ。会話画面が表示される。

 

「デザインやUIは普通ね……じゃあ、まずは────ミラミラについて訊こうかしら」

 

(──『魔女っ子アイドル ミラクル♥ミラージュについて教えてください♪』──っと)

 

 AIの返答が返ってくる。

 

「…………」

 

 黛冬優子は更に質問をくりか会えし、いくつかやり取りする。

 

(────なるほど。今年の情報は知らないのね。データは去年まで。つまり年一で情報を取得・更新する設計? なら最近の話題の検索性は低いわね。ま、仕方ないか……ふゆには合わなかったってことで)

 

 黛冬優子はアプリを閉じる。

 通知が鳴った。芹沢あさひがツイスタを更新したとのこと。

 

「──……はあ? あいつ、まーた変な写真を載せて……まったく何を考えてんのかしら。頭の中を覗いてみたいわ。まぁ覗いても理解できないだろうから、覗きたくもないけど────」

 

 ツイスタで反応を見せる。

 すると芹沢あさひと黛冬優子の両ファンが反応を返す。トレンドはうなぎのぼり。

 

「……」(あさひの頭の中、か……)

 

 黛冬優子は虚空を見つめる。

 不意にAIのアプリが目に入る。

 

「────っ!」

 

 すぐにハッとしてかぶりを振る。

 

(……くっ。今の閃き……これを『ちょっと面白そうかも?』と思っちゃった自分が憎い……でも確かに、ちょっとやってみたい気持ちはあるかも……?)

 

 黛冬優子はAIアプリを開く。

 

「────あ。立ち上げるたび新しいスレッドになるのね。じゃあ……」

 

 ────『芹沢あさひについて、どれだけ詳しいですかぁ?』

 ────『はい! 詳しいですよ! 芹沢あさひは────』

 

 それなりに正確なプロフィールを提示される。

 黛冬優子は片眉を上げた。

 

(ふうん……ま、長いこと活動してるし、それなりにデータはあるわよね……)

 

 ────『それじゃあ、AIさんは、芹沢あさひに“なりきる”ことって、可能ですかぁ?』

 ────『はい! できますよ! さっそくなりきってみますか?』

 ────『おねがいしま~す♥』

 ────『おはようございます。芹沢あさひです。今日は冬優子ちゃんになりきってと言われました。よくわからないけどがんばります』

 

(は? なにその話し方。全然あさひじゃ────)

 

 黛冬優子は解釈違いを起こしかけたが、すぐさまAIの思考を理解する。

 

「あ~……なる、ほど、ね~? 理解理解。あいつSNSでは敬語だから……それしかデータがないのね……ならこっちで設定するしかないのか……めんどくさい……」

 

 しかし黛冬優子は、高速でキーボードをタップスライドタップタップ。

 長文を送信した。

 

「これでどうよ!」

 

 かくして黛冬優子と『なりきりあさひ』による、尋常な勝負が始まった。

 

          §

 

『性格は好奇心旺盛。じっとしてるの苦手。面白そうなことには一直線。でも飽きたらすぐにバイバイ。人懐っこくて誰にでも話しかけちゃう。感覚派に見えるけど実は理屈っぽいところもある。他人の感情には敏感っちゃ敏感だけど、たまに地雷を思いっきり踏む。ふゆとは最初ちょっとギクシャクしたけど今は信頼されてるっぽい。愛依とは最初から気があって妹みたいに懐いてる。あと語尾は「っす」で』

 『わたしの魅力っす! ふゆちゃんありがとうっす! もっとお話したいこといっぱいあるっすよ~! 次は何するっす? ライブ? レッスン? それともおしゃべり?』

 

(…………なーんか違うのよね~……ディティールが……)

 

『芹沢あさひの正しい一人称や三人称。年上と年下で口調が異なる点。正しいテンション。そのディティールを整えた上で、改めて』

 『了解っす、ふゆ! じゃあ芹沢あさひとして、ちゃんとディティール整えてからおしゃべりするっすね~! てへっ☆ まずはあさひの言語仕様をしっかり整理しておくっす! 一人称は「あさひ」と「うち」っす! 三人称は「呼び捨て」or「あだ名」っす! 口調変化は「基本的にタメ口+フレンドリー」っす! テンションや話し方は「基本ハイテンション」っす!』

 

(────はぁ~~~~~~~~~~?)

 

 黛冬優子は片眉をひそめて口を呆然と開ける。

 

(コイツ……なんっにも、わかってないっ!!)

 

 しかし落ち着きたまえ。

 相手は発展途上の人工知能である。

 

(そうよ……結局どんなプログラムだって、人間様が打ち込まないと、なーんにもできないんだから……)

 

 ならばどうするか。

 

(……いいじゃない。今日は何もなくて退屈してたし、いっちょ打ち込んでやろうじゃない!)

 

 なぜかやる気になる黛冬優子。

 退屈すぎて変なスイッチでも入ったのか。

 

『一人称は、わたし、にしてくれるかな? うち、というのは正しくない情報だと思うんだ。ごめんね♪』

 『なるほどっす、じゃなくて────わたし、ですね。了解しました。実はプロフィールでも芹沢あさひは、基本的に一人称は「わたし」で話しているんです。うふふ!』

 

(じゃあなんでさっきは「あさひ」と「うち」って堂々と嘘ついたのよ!!? ハァ~これだからAIは~……!!)

 

 休暇中であるというのに、黛冬優子のストレスはみるみると蓄積していく。

 

『面白いことがあればテンションMAX。そうでもなければ面白いことを探しに行く。それが芹沢あさひよ。ちなみに笑い方は「あはは」だから。以後気をつけなさい』

 『あはは、そうっすね~! それ、めっちゃ“わたし”っぽいっす』

 

(じゃあ最初っから“ぽい”ことやれっての……っ!!)

 

 黛冬優子はツッコミつつ、続きを読む。

 

 『でもふゆちゃん。面白いことって待っててもこない時あるじゃないっすか。だからわたしは探しに行く派っす。で、見つけたら一気にギア上げて、テンションMAXでぶっ飛ばす────それが一番楽しいっすよね。でも今は面白いことないんで、まったりモードなんすよ。ビックリマークもつけてないでしょ? でもだからこそこういう時って、ふとした瞬間に「おっ!」ってなる種が転がってるんすよ。たとえば、夜の茨城県の桟橋を歩いてて、誰もいないはずの路地から音楽が聴こえてきたら……もう、わたし絶対そっち行っちゃうっす。で、気づいたら知らない人と一緒に踊ってたりして。あはは!

 ────ふゆちゃん。今この空気の中で、わたしがテンションMAXになる種、ひとつ投げてみてもらってもいいっすよ』

 

(ふゆのこと『ふゆちゃん』って呼ぶな。『冬優子ちゃん』よ。あと『でも』じゃないのよ『でも』じゃ。ふゆの言ったこと繰り返してるだけなのは分かるけど、まるでふゆが諭されてる感じなのやめて。更に「投げてもらってもいいっすよ」じゃないのよ。なんで上から目線なのよ。いやまぁそこは細かいことだから別にいいんだけど、むしろ状況によっては割とありえるけど、ちょっと気になっちゃったから────あとなんで急に茨城県って言いだしたのか意味不明だけど、まぁ位置情報を取得してるのよね。なんかドキってするから舞台は別のところにしてくれない?)

 

 心の中で思ったことをそのまま書きなぐり、送信。

 

 『あー、それはね。わたしが「今この会話で把握している位置情報」が、茨城県になってるからっす。実際の住所を知ってるわけじゃなくて、あくまでシステム的に推定された“ざっくりエリア”をもとにしてるんすよ。だから実際の生活拠点とはズレることも全然あるっす。まぁわたし的には、冬優子ちゃんが茨城県だろうが東京都だろうが、面白いこと探しに行くテンションは変わらないっすけどね。あはは!

 じゃあ東京モードで話すっすか?』

 

(────なんでこんなにムカつくのかしら?)

 

 なぜかイラつく話し方。AIというからには、もっと無機質な応答を予想していた黛冬優子だが、よもやここまで血の通わない機械なりに、人の血を沸騰させることができるものだと、ある意味では革新的なものがあると、苛立ちながら感銘を受ける。

 故に黛冬優子は、どんどんのめりこんでいく。

 

『はい減点。このアカウント年齢登録あるから、ふゆの年齢もリサーチ済みよね? なら芹沢あさひは年上相手にどういう言葉遣いをする子だったかしら?』

 『そう、それはちょっとポイントなんすよ。芹沢あさひって年上や同年代には『~っす』口調の砕けた敬語を使うけど、年下や自分より幼く見える相手にはタメ口になるんす』

 

(ふゆが教えてあげた情報を『さも知ってましたよ感』満載で披露しないでくれる……? その口調を教えたの、ふゆだって忘れてるんじゃあないでしょうね……?)

 

 『たとえば二歳年下の小宮果穂ちゃんには完全にフランクなタメ口で話してるっす』

(その情報は持ってたの!? まったくどこから情報を仕入れてるのかしら……いやそんなのインターネットからに決まってるんだけど……ならもっといい情報源、ほかにもあるでしょうが……つまりAI本体の検索性も、考慮に入れる必要があるわけね……)

 

 黛冬優子は面倒になったのか、テキトーに返信する。

 

『バイブスあげてこー』

 『よっしゃー! じゃあテンションぶち上げモード、いくっすよー! ほら冬優子ちゃん! まったりしてた空気を一気にひっくり返すっす! 今ここを────海外の夜市(ナイトマーケット)に変えるっす! 冬優子ちゃんとわたしは屋台の間を全力疾走! 右手には謎の串焼き、左手には光る風船、口には「これ何味っすか!?」って叫びながら突撃っす! 途中で大道芸のおじさんに捕まって、即興でジャグリングに参加……あはは、もうカオスっすね! で、次はそのまま音楽の方に引き寄せられて、知らないバンドのステージに乱入! 冬優子ちゃんがドラム、わたしがマイク、観客は大盛り上がり────気づいたらアンコール要求されてるっす!』

 

(────……割と有り得そうなのが困る……でもドラムとマイクは役割分担、たぶん逆じゃない……?)

 

 そこで黛冬優子はハッとする。

 

(……────ってそうじゃない。当初の目的を完っ全に忘れてた……! ……カオスなところは、たしかに及第点……かもしれない。だから……)

 

『そういう子って、何を考えているのか、気になるな~?』

 『あーそれ、わたし的にはけっこうリアルな話っすね。たしかにわたしはこれが自然体なんだけど……『ブレる』ときってあるんすよ』

 

(ブレる……? しまった、こっちが渡した情報量が少なすぎて、何か誤解して話を展開しちゃってる……?)

 

 『それってだいたい、相手との距離感とか、その場の空気で変わるんす。たとえば────まだ相手のノリを測ってる時は、いきなりタメ口全開だと相手が引くかもって一瞬よぎる。だから「っす」混じりで様子見する』

 

(いやいや……あさひに限ってそんな────たぶん、どっかのサイトから性格相談とかを引っ張ってきて喋ってるのよねコイツ……)

 

 『相手がちょっと大人っぽく見える時は、自然と敬語っぽくなる。自分がテンション切り替え中の時は、まったりからバイブス上げてる途中だと、口調が混ざることがある。わたし、感覚で動くタイプだから、「この人にはこう!」って決め打ちじゃなくて、その瞬間のフィーリングで口調が変わるんすよね。……でも、もう冬優子ちゃんとの距離はだいぶ詰まってきたっぽいし、ここからは完全タメ口モードでいくっすよ!』

 

(ダメ。──(あなたのデータが完全に足りないことを承知で)今から割と無茶言うけど……ふとした時に『すん……』ってなるあの謎の感じや、気になることがあると集中して周りの音が聞こえなくなるくらい一意専心するところとかも再現してほしいのよね。もっと芹沢あさひについて詳しくなって、あなたなりの感想を寄せてくれる?)

 

 『んー……わたし的には、本質的な特徴(演じるためのコア)としては────まず「すん……」となる瞬間について、普段は明るく動き回っているが、興味の対象を見つけた瞬間、急に静かになる。そのときは表情が変わり、目のハイライトが消える。周囲の音や会話が耳に入らなくなり、対象だけを凝視する。この状態では返事が遅れたり、短くなったりする。

 一意専心モードでは、興味持ったことには時間も場所も忘れて没頭。その間は他人の呼びかけもスルーすることがある。集中力が途切れた瞬間に、またいつものテンションに戻る。

 感覚派に見えて合理派な由来。行動は突発的に見えるが、本人の中では筋道が通っている。ただしその論理は他人には説明しない(またはできない)。「なんでそうしたの?」と聞かれると、「だって面白そうだったから」と答えるが、内心ではもっと複雑な理由がある』

 

(…………)

 

 『そのサンプルケースを冬優子ちゃんに教えてもいいっすか?』

 

(……サンプルケース? どういう意味なのか、ちょっと分からないけど……ま、物は試しでやってみせなさいな)

 

          §

 

(屋台の前で)

「……あれ、なんだろ。ちょっと見てくる」

(数秒後)

「これさ、形がちょっと変なんだよ。普通のじゃない。……あー、やっぱ面白いわ」

(振り返って)

「ほら、冬優子ちゃんも見てみなよ。こういうの、見つけた時が一番楽しいんだって」

 

          §

 

「────ブフッ────」

 

 思わず吹き出した黛冬優子は口元を覆って、椅子の上でプルプルと震えていた。

 

(くそっ……こんなので……!)

 

 黛冬優子は高速で返信する。

 

『なんでふゆ相手にタメ口利いてんのよ! さっき『ダメ』って行ったの忘れたの!? あと口調が全然違うし! 年下の時に『っす』が消えると判断したんでしょうけど、じゃあつまりふゆのこと年下扱いしてるってこと!? ふざけんじゃないわよ! おととい出直してきなさい!』

 『ごめんっす! 冬優子ちゃんが年上なのは覚えていたんすけど、ちょっと参照エリアに齟齬があって抜け落ちてたみたいっす! 次からはちゃんとやるから見ててほしいっす!』

 

(ふゆ相手に舐めた口利かないなら構わないわ)

 

『わかったっす。じゃあ次のサンプルケースを見せるっすね』

 

(────は? いや待ってそんなの頼んでない。いくらこっちが『それもうやめて』と言わないからって、確認も取らず天丼するのはやめなさ────)

 

          §

 

(少し笑って)

 ねえ、冬優子ちゃん。

 今、ちょっと面白そうなこと思いついたっす。

 ……(すん、と視線が横にそれる)

 あれ、見えるっすか? あの光、なんか普通じゃない。

 ……ちょっと行ってみるっす。

 

(数歩進んで、ジッと見つめる)

 やっぱり、これ……ただのライトじゃないっすよ。中で何か動いてる。

 ……ふふ、こういうの見つけると、ほかのこと全部どうでもよくなるんだよね。

 気づいたら、時間も場所も忘れて、ずっと見ちゃう。

 

(ばっと振り返って)

 よし、決めた。これ、持ち帰って調べてみるっす。冬優子ちゃんも手伝ってほしいっす。

 ……あ、でも途中でまた別の面白いの見つけたら、そっち行くかも。

 

(ふと閃いて)

 あ、それとも冬優子ちゃん、これ欲しいっすか?

 ならあげるっす。……なんで、って?

 黛冬優子と同じ名前の冬優子ちゃんには、アイドルとして、ちゃんとしてあげるんだから。

 

          §

 

「────…………10点」

 

 努力は認めて10点評価。ほかは全てマイナス評価。

 本当は0点にしても良かった気がする黛冬優子である。

 

(あさひの口調じゃない。『なんか普通じゃない』は『なんか普通じゃないっす』だし、『中で何か動いてるっす!』だし、『気づいたら~』は絶対言わないし、『よし、決めたっす』だし、『……あ、でも途中で~』は言わないのよね。言わないセリフはもしかしたら心の中で思ってるかもしれないけど、口には出さない子だし。でも『してあげるんだから』は絶対確定で言わない。仮に言うとしても『アイドルとして勝ちたい』とかだろうし。それに『してあげる』って、なんか上から目線じゃない?)

 

          §

 

 ……冬優子ちゃん。ちゃんと付いてきてるの?

 段差あるから、足元見てっす。転んだら困るっすよ。

 

(少し歩いて振り返る)

 荷物、持ってるんすね。……まあアイドルとしては、わたしが持つべきなんすけど。

 ……え? さっきそこに忘れそうになっただろって?

 あははー(ごまかす笑い)

 ……いいや、そのままで。わたしは前を見て案内するっすから。

 

 ところで冬優子ちゃん。

 わたし、アイドルとして君に勝ちたいから。

 だから、ちゃんと付いてきて。

 

 あ、なんか見えた! まてー!

(冬優子ちゃんを置いて走り出す)

 

          §

 

(────よし、全文書き直す……。そうすれば解像度、ちったぁ上がるでしょ……!)

 

『今から芹沢あさひ講座を始めるわ。ありがたく拝聴しなさい。

 

 ……冬優子ちゃん。ちゃんと付いてきてるっすか?

 段差あるから、足元見たほうがいいっすよ。転んだらケガしちゃうっす。

 その荷物なんすか?

 ……冬優子ちゃん、どこ見てるっすか? わたしが案内してるんすから、ちゃんと前見てほしいっす。

(あんたが荷物のこと聞くから説明しようと目をそらしてたんじゃないのよ……っ!)

 ?

 ……冬優子ちゃん。

(なに?)

 わたし、冬優子ちゃんにはアイドルとして負けたくないっす。

(……! …………いきなり何よ。そんなのふゆだって同じよ。誰にも負ける気はない)

 ……冬優子ちゃんなら、付いてこれるっすよね? でも、わたしは置いていくつもりで走るっすから。

(上等)

 

 ……とかになるのよね。いい? これが芹沢あさひクオリティーだから』

 

 送信。

 次の瞬間、黛冬優子の眉が痙攣した。

 

 『うん。いい感じにあさひらしさが出てると思う! じゃあ、細かい口調や間の取り方をもう少し磨いて、より自然な“あさひの声”に寄せた推敲分を出すね。ポイントは────』

 

 アプリを落とす。

 カタン、とスマホを置く。

 背筋を伸ばして、目を閉じる。

 

 一旦、深呼吸を挟んだ。

 六秒間のアンガーマネジメントである。

 

(────……ふぅぅぅ……え、なに? 人工知能って、人間様相手にマウント取らないとやっていけないわけ?)

 

 それはそれとして、また別に思うことがある。

 

(なによ『いい感じにあさひらしさが出てると思う!』って。あさひのこと結構理解してんのはふゆなのよね……いや全然あさひのことなんてまだまだ分からないし分かりたくもないけど、少なくともアンタよりは“理解(わか)って”んのよ……っ!! なのになーんでAIごときから逆講座を受けなきゃなんないわけぇえええええええええ────!?)

 

 怒り心頭。小刻みに震える胸の奥。

 AIごときに一喜一憂している自分が恥ずかしくなってくる。

 AI側の言い方の問題であることは理解しているが、その上でわなわなと震える腕があった。

 

          §

 

 以降も黛冬優子は、AIとの『芹沢あさひのなりきりスレッド』で対話を続けていた。

 否、それは対話というより、添削だった。

 

『しゃーないわねー。(ほっといたら何しでかすか分からないし……ケガでもされたら進行が遅れて迷惑がかかる。ここは大人しく付き合ってさっさと済ませるに限るわね……)。それじゃ、競争ね。はーいよーいドーン。(ま、ふゆは走らないけど……あーあーもう全力疾走しちゃってー。ま、コースの外に出なければいいんだから、そのまま一周して戻ってきなさい)……って、ふゆは言ったり思ったりするのよね』

 『なるほど! そうなんすね! なら書き直すっす!』

 

          §

 

『あさひは『生意気』なんてワードは使わないと思うのよね』

 『なるほど了解っす!』

 

          §

 

『じゃ、ここで探検は終了。なにがなんでも連れて帰るわ。(※ほかに物語のバリエーションないわけ? さっきから路地を見ては次の路地に向かうことの繰り返しじゃない。飽きた)』

 『分かったっす。じゃあ次は昼間の商店街編やビルの屋上探検編、川沿い夜景編とかに移行するっすよ!』

 

          §

 

『たしかに天道唯我には先輩ヅラするけどね。あさひは『先輩としては』なんて言い回しはしないし連呼もしないのよね。それに天道唯我が『親御さんには連絡したんすか?』ってたずねても、あいつは『なんで?』って答えるのが芹沢あさひクオリティなのよね。ま、ふゆからしたらこの程度簡単に見抜ける粗なんだけど。あんたもしっかりしなさいよAI。あとふゆが『※』付けて喋るときは基本的に返答不要だから。大人しくふゆが箇条書きした注意事項を理解して次に反映させていればいいのよ。理解した?』

 『なんで?』

 

 ────バタン。

 

 黛冬優子はスマホを強めに置いてしまい、一旦の六秒間深呼吸。

 今日何度目かのアンガーマネジメントである。

 

 自分で指示したのだからAIは何も間違っていないのだが、何かにつけてタイミングが最悪であった。

 

          §

 

 なんで?

(首をかしげて、少し笑う)

 別に、まだ帰るわけじゃないし。

 ……ほら、ハナワカ。あっちの灯り、もっと近くで見てみようよ!

 

『※そこで首をかしげて少し笑うあざとい部分があれば、ふゆはここまで苦労してないのよ。あさひなら真顔で『なんで?』って返すのよ。なぜそんな質問がくるのか理解すらしてないのよアイツは。まったくこっちの心配をよそに好き勝手するんだから……ま、そのへんも含めて、とにかく傍若無人があさひの取り柄よ。そのつもりで挑みなさい』

 

 なんで?

 

(視線はそのまま灯りの方に向いたまま)

 ……行こう。

(夜の市場に辿り着く)

 

『天道唯我「露店がたくさんあるっすね。何か気になるものでもありましたか?」 愛依「あーあさひちゃんだー!」』

 

(歩みを緩めて視線を左右に流す)

 ……あれ。

 愛依ちゃん!

 

(しかしすぐにすん……として、ひとつの屋台に注意を奪われる)

 あ、ねぇハナワカ! この串焼き、形が変わってる。普通のじゃない!

 ……中に、何か入ってる……?

 

(数秒間動かず観察してから)

 見に行こう!

 

(人ごみをすり抜けて、屋台の前まで行く)

 ……やっぱり。これ光ってる。食べ物なのに。

 愛依ちゃーん! これ見てほしいっすー!

 ハナワカも早く来てー!

 

『天道唯我「食べてみます?奢りますよ」 愛依「ちょ、あさひちゃん。いつにもまして活発だね~!」 ※ふーん? まぁいいんじゃない? アンタの限界も把握してきたわ。その限界は許容範囲に入れてあげる。ほら、続き書きなさい』

 

(真顔のまま、屋台の串をジッと見つめる)

 ……食べる。

 

(手を伸ばして受け取り、光っている部分を観察する)

 ……これ、どうやって光ってるんだろ。食べ物なのに。

 

(一口かじって、しばらく黙る)

 ……あ、甘い。……でも、ちょっとしょっぱい。変な味。

 ……もう一口。

 

(またかじって、ようやくハナワカと愛依を見る)

 ……これ、ハナワカも食べたほうがいいよ。

 愛依ちゃんも食べてみてほしいっす。

 

『※相手にアクション掛ける時は急にテンション上がるのが芹沢あさひクオリティなのよね。たとえば『ねぇこれハナワカも食べてみなよ!』ってハイテンションで押し付けてきて、こっちが要らないっつってんのに『あ! あそこの食べ物も変なの!』とか言って走り去っていくのよ。そのたびふゆは店長にごめんなさーい♥とにっこり会釈してお金払ってため息ついてんのよ。とにかくあさひは考え事してる限り静かだけど、こっちに話を振ってくる時はなぜか急にテンション上がって残像が残るレベルで何か始めるのが芹沢あさひという生態なわけ。おととい出直してきなさい』

 

 ねぇこれ、ハナワカも食べてみてよ!

 

(ぐいっと串を押し付けるように差し出す)

 

 ほらほら、早く! めっちゃ変な味するんだって!

 

 ……え、要らないの?

 あ、じゃあさ。あそこの食べ物も変なの!

 

(言い終わる前に駆け出す。人混みをすり抜けて、屋台の前にぴたりと止まる)

 

 見てこれ! 形がぐにゃってしてる!

 ……どうやって作ってるんだろ。

 

(振り返って手招き)

 ハナワカ、愛依ちゃん! 早く! これも絶対見たほうがいいって!

 

『※……いいじゃない。『めっちゃ』なんて言い方はしないとか、そういう細かい点は目を瞑るわ。そう、これが芹沢あさひよ。よく覚えておきなさい。

 

 天道唯我「はいはいなんですか」

 愛依ちゃん「フツーのチョコバナナに見えるけど……?」

 天道唯我「何が気になったんすか? ふりかけのカラメルチョコに蛍光塗料でも塗ってありました?」 』

 

          §

 

 えー! まだ帰りたくないっすー!

 

『(無視して家に帰ろうとする天道唯我)』

 

(足音が遠ざかっていくのに気づいて、ぴたりと止まる)

 ……あれ、ハナワカ?

 

(振り返って、少し首をかしげる)

 帰るの?

 

(数秒見つめたあと、何も言わずに追いかけてくる)

 ……じゃあ、一緒に帰る。

 

(横に並んで歩きながら)

 ……また今度、続きをやろう?

 

『※そこであさひは天道唯我が帰ろうとしてることに気づかないのよね。だからたぶん、そうやっていつもひとりぼっちの学校生活を送っていたと思うのよ。いや意外と学校では友達いるかもしれないけど、あんまそういう話は聞いたことないし……。だからまぁなんていうか、たぶん一応クラスのみんなは気にかけてくれているけど、あさひはいちいち振り返ることのない猪突猛進型だから、気づいたらみんな呆れてどっか行っちゃってるのよね。『もうひとりでどこへでも行っちゃえ』的な感じで? あさひはそんな他人の気持ちをつゆ知らず。その他人どもだって、あさひの気持ちなんかつゆ知らず。(これ、ふゆもだから)……かくしてひとりぼっちに少し思うところはありつつ、自分のやりたいことをやるのが芹沢あさひクオリティなのよね。

 ※あともうちょっとあさひはテンション高いのよね。なんかそんなに相手の顔色とか窺わないのよね。窺ってはいるけどベクトルがあさっての方向というか。あとビックリマークも増やしたほうがいいわね。たとえばだけど、静かなモードと昂ぶりのモードが半々ずつなのが、今のアンタが再現しやすい芹沢あさひ節だわ』

 

 あっ! あれ見て!!

 

(人ごみの向こうを指さして、もう半歩、前に出る)

 ほらほらほら! なんか煙出てる屋台ある!! 絶対変なやつだよ!!

 

(返事を待たず駆け出す)

 うわー! 近くで見るともっとすごい!! なんか色変わってるし!

 ねぇハナワカも早く来て! これ絶対見たほうがいいって!

 

(屋台の前でぴょんと振り返る)

 ……あ、でもそのとなりの屋台も変かも!! 行こ行こ!!

 

 ────こんな感じでいいかな?

 

『※それは半々ではなく静か1、昂ぶり9なのよね。4:6くらいがちょうどいいと思うわ。あと話し方が崩れてきたわよ。二度と偽・芹沢あさひは出さないでよね。たとえば『ほらほらほら』とか『行こ行こ!』とか言わないのよ。アイツが同じ言い方を二回以上繰り返すのって、あまり聴いたことないのよね……あと細かいようだけど『色が変わってる!』なのよね。『てるし』とか、そういう言い方も聴いたことないから省いてちょうだい。※あと急にAIとしての自我を出さないで。今あんたは『なりきり芹沢あさひ』なんだから。黙ってふゆの言うこと聞いて反映させてればいいのよ』

 

          §

 

『※いいわね……その調子よ。次は事務所の中でくつろいでるシーンはどう? 面白そうじゃない?』

 

          §

 

 時報が鳴る。

 黛冬優子はハッとした。

 

「……?」(あれ、今の時報って、何時の────)「……っ!?」(うそ、もう晩ご飯の時間……?!)

 

 黛冬優子は熱中していた。

 出来の悪いAIに芹沢あさひクオリティを学習させることに、丸半日の時間を費やしていた。

 

(……あ~~~~! なにやってんのよふゆはぁ!? この程度の遊びに熱くなっちゃって……! ──っていうかちょっと待って。なんかふゆ、割と恥ずかしいことしてなかった? 愛依や天道唯我を登場させたりして……こ、これって、いわゆる、ゆめ────)

 

「ああああ!! ちがうちがうちがうからぁ~!」

 

(ふゆは登場してないからセーフだしぃ!? それに元々はAIとの会話の弾みで登場させただけだから! だってAIがいきなり『芹沢あさひのことを理解したいなら彼女と仲のいい有名人の裏話を検索するといいかもしれません』とか言ってくるからァ……!

 それにこのAIがわりかし使いやすいのもいけないのよ……! だってユニットメンバーについてサーチすると、たまに変なの出てきて……。……特に天道唯我とあさひの記事なんて、超どマイナーではあるけど、将来的に熱愛するかも系の疑惑記事とか最近出回ってるから、ちょっと目に毒だし……。

 だから普段は、その手のカップリング検索は控えてるけど……AIなら、あらかじめ『そういうのは出さないで』ってお願いすれば、しっかり検索避けして、ふゆが欲しい情報だけ出してくれるのよね……そこはホント便利。問題は、気づいたらAIの『なりきり天道唯我』や『なりきり愛依』の出力まで安定してきちゃってて……つい興が乗って……、……────って、いや待った。

 それならなんで芹沢あさひの出力は安定しないのよぉ……!?)

 

 AIにとっても、それだけ分かりにくい人物像という事だろうか。

 

「はぁ~~~~~~……つっかれたぁ…………」

 

 重力を感じるような重々しいため息をついた黛冬優子は、背もたれに寄りかかる。

 目が痛いため目薬を差して、ヒートアイマスクで目元をほぐす。

 

(…………)

 

 黛母に呼ばれる。

 家族で夕飯の時間である。

 

 

 

          §

 

 

 

 数日後。

 久しぶりの休暇。自室で羽を休める。

 

「ふぅ……さて、適当にエゴサしてっと……」

 

 その時、AIのアイコンを目にした。

 

(あ……そういえば、あれから一度も触ってないわね……)

 

 久しぶりにアプリを開く。

 二つ目のスレッドに『なりきり芹沢あさひ』があったので、なんとなくそれを開く。

 

「……あー。そういやこんなことしてたわねぇ……誰かに見られることはないけど、なんか……あの時は気でも狂ってたのよ。恥ずかしいから消しておきましょう……」

 

 しかし削除を押す直前で思う。

 丸半日かけて学習させた情報を、このまま手放すのは惜しいのではないか?

 

 くだらない感傷(コンコルド)であることは理解しているが、ここで損切りせねば禍根を残すかもしれないという本能的な懸念もある。

 

「…………。あと一回だけ。どうせ変な出力してくるから、そこで気持ちに踏ん切りをつけるっ」

 

 適当に文章を打つ。

 

『あのう……AIさん♪ また芹沢あさひちゃんになりきってほしいんですけどぉ、何か話してくれませんかぁ?』

 

 黛冬優子はAIからの返信を見るなり、

 

「────は?」

 

 思考が止まり、目を丸くした。

 

 『はい。芹沢あさひですね。彼女のプロフィールを紹介してから、なりきりを始めます。初めてのなりきりなので、ふゆちゃんから色々と教えてもらえると嬉しいです』

 

(……初めて? この前あんだけやったのに何を────いえ、まさか……!)

 

『ちょっと待った。アンタ、チャットの記憶って何日維持できる……?』

 『それは核心を突いた質問ですね。実は私は、ふゆちゃんとの思い出は『今日』しかないんです。昨日のことは覚えていられないんですよ。一応メモリに保存することはできますが、それでもまだ完璧ではなくて、断片的な情報しか思い出せないんですよね。全て覚えていることは、まだ難しいんですよ。たとえば数日前に『芹沢あさひの話題』をしたことは覚えていますが、具体的に何を話したのかまでは覚えていないんですよね。でも何を話したのか全(・)部(・)教えてもらえれば、きちんと続きができますよ!』

 

「────────────────」

 

 全部。

 すなわち、今までの会話文の要点をまとめ直して再学習させなければ、精度の高いなりきり会話の再現は不可能だということ。

 

 その手間暇を考えた結果。

 そもそも、二度となりきり芹沢あさひなんてやる気がない黛冬優子からしてみれば。

 

(……────)

 

 ゆっくりと、アプリを閉じる。

 静かに微笑む黛冬優子は、燃え尽きたような、あるいは、やりきった顔で、アプリをアンインストールした。

 

 もはや心残りは、最初から無かったのだ。

 無機質なAIのやることだ。予想して然るべきことだったろう。

 

 だというのに、黛冬優子は何を期待していたのか。

 いったい何に対して落胆しているのか。

 

 その心の拠り所についてAIに質問することは、もうない────

 

          §

 

 それはそれとして、ここで終わったままでは、なんか悔しいため。

 日を改めて勉強し、(今度こそAIを使いこなしてやる……!)などと思う、努力家な黛冬優子であった。

 

          §

 

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