1ヶ月後。
あれからケントは孤児院に通い続けた。
初対面では一人称は『私』だったが子供達と打ち解けてきて『俺』になった。
庭で子供達が遊ぶ中、ケントとマリアは窓からそれを眺めている。
「この1ヶ月でだいぶ子供達と仲良くなってきたようね」
「ええ、みんないい子達で」
「子供は純粋です。だからこそあなたの人柄の良さを見抜いているのでしょう」
マリアは優しい目でそう言った。
「ありがとうございます。…でも勝負は俺の負けです」
「あら、どうして?」
「この1ヶ月、子供達と触れ合い話をして理解しました。あの子達にはあなたが必要だ。その絆を断ち切ることは俺には出来ない」
「そう……でも…」
マリアが言葉を続けようとしたその時、庭から悲鳴が聞こえた。
ケントは急いで庭に出た。
すると、敷地内の入り口近くでヘラが何者かに捕らえられていた。
「はなせ!はなしなさい!」
蹴りを入れようと足を伸ばしているが子供の足では届かず、あれでは自慢のキックも意味をなさないだろう。
「へへへ、捕まえたぜ」
下品な笑みを浮かべたのは人相の悪い男だった。
他にも10人ほど仲間と思われる者達がいる。
「怖がらなくていいんだぜ。お兄さん達がいいところに連れていってあげるから」
そう言って舌なめずりする男。
「おい、いい女がいるぜ!」
「乳でけぇ!」
「売る前に俺らで楽しませてもらおうぜ!」
そう言って下品な視線をティアマトやイシュタルに向ける男達。
「人攫いか」
ケントが男達の正体を言い当てる。
「ヘラ!」
マリアが庭に出てくる。
「シスター!」
捕まっているヘラが叫ぶ。
「待ってろ!俺が」
「おっと、大人しくしてろよ。でないとこいつを殺す」
トールが助けようとすると男はナイフを取り出してヘラに向ける。
「くっ…」
ヘラを人質に取られ、トールは踏みとどまる。
「いい子だ。それじゃあ、まずは…そこの女2人こっちへ来い!」
人攫いのリーダーはティアマトとイシュタルを指差す。
「な~に、俺らが大人の遊びを教えてやるよ。すぐに気持ちよく…」
「もういい」
人攫いのリーダーの言葉をケントが遮った。
「なんだと?」
「これ以上は耳障りだ。子供の教育にも悪い」
ケントが前に出る。
「おい!状況分かってんのか?言うこと聞かねぇとこのガキを」
「ご自由に。お前が持っているのは…丸太だけどな」
「は?…うわっ!」
人攫いのリーダーが手に持ってるものを見るとさっきまでヘラだったのが丸太になっていた。
「どうなって…ガキは!?」
「こっちだよ」
ケントの声に振り向くと彼の手の中にヘラがいた。
転移魔法でヘラと丸太を入れ替えたのだ。
「変わり身の術…なんてね」
ケントはそう言ってウインクする。
「ケント!」
ヘラがケントに抱きつく。
「もうおそいわよ!」
「ごめん。怖い思いをさせて」
ケントは安心させるようにヘラの頭を撫でる。
「ありがとう…」
「みんなのところへ」
「うん!」
ヘラは笑顔でマリア達のところへ戻った。
「ああ…ヘラ…」
マリアは愛おしそうにヘラを抱き締める。
「おいおい、ビジネスの邪魔すんじゃねぇよ!」
人攫いのリーダーが吠える。
「ビジネス?ただの犯罪だろ」
ケントがさらに前に出る。
「ケント!俺も…」
トールや他の子供が戦おうとすると、ケントはそれを手で制した。
「君達は手を出すな。俺1人でやる」
「でも…」
「大丈夫だ」
「ひゅ~!カッコいいね!ヒーローにでもなったつもりか?」
人攫いのリーダーが冷やかしてくる。
ケントは無言で前に進む。
「殺せ」
人攫いのリーダーの命令に仲間がナイフを持って走る。
だが、そのスピードはケントからすればスローモーションのようなものだ。
ケントは高速で接近し一瞬で人攫いの仲間3人を首に手刀、みぞおちに一発、顎にアッパーを入れて気絶させた。
「…すっげぇ…」
トールは思わずそう言葉を漏らした。
「なんだ…今なにしやがった?」
人攫いのリーダーは何が起こったのか理解できず動揺する。
「答える必要はない」
「チッ、こうなったら…先生、頼みますよ!」
人攫いのリーダーが集団の後方に向かって呼び掛ける。
前に出てきたのは右手に大きな杖を持った30代くらいで髭の生えた男だった。
「先生はな!かつては王国でも名のある魔法使いで敵を何人もぶっ殺してきた御方なんだよ!これでお前も終わりだ!」
人攫いのリーダーが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「傭兵か」
ケントは杖を取り出す。
「いかにも。悪いが小僧、運がなかった」
「どうかな?」
そう言って眉を動かすケント。
「愚かな…ファイアボ「エクスペリアームス!」」
傭兵の魔法使いが呪文を唱える前にケントが魔法で杖を弾き飛ばした。
「…は?」
傭兵の魔法使いは何が起きたのか理解できなかった。
ケントがもう一度杖を振ると傭兵の魔法使いは吹っ飛ばされた。
「ぐわあっ!」
傭兵の魔法使いは地面に叩きつけられ気絶した。
「嘘だろ…」
頼りの傭兵があっさりやられて腰が抜けそうになる人攫いのリーダー。
「フレイ、フレイヤ。君達の友達の力、借りるよ」
「もちろん!」
「やっちゃえ!」
ケントのお願いに2人は快く応えた。
ケントが杖を振ると庭の食虫植物がまるでモンスターのように巨大化し蔓で人攫い達を拘束していく。
「うわあっ!」
「やめろ!」
「助けてくれ!」
「リーダー!」
「何とかしてくれ!」
人攫いの仲間達が断末魔を上げ、リーダーに助けを乞う。
人攫いのリーダーは腰を抜かして動けない。
食虫植物は人攫い達を虫だと認識して捕食しようとする。
「ダメだよ」
ケントが命令すると食虫植物は動きを止めた。
「これが本当の…魔法」
ダグザはケントの魔法の凄さに目を輝かせる。
「さて…」
ケントが腰を抜かしている人攫いのリーダーへ歩を進める。
「ま、待ってくれ!俺が悪かった!謝る!そうだ、金をやる!それで…ぐへっ!」
命乞いを始める人攫いのリーダーの顔にケントは拳を叩きつけて地面にめり込ませた。
騒ぎを聞きつけた警察が到着してリーダーを含めた人攫い達と傭兵の魔法使いを逮捕し連行する。
こうして児童誘拐未遂事件は解決した。
安心して一息ついたその時だった。
「シスター!」
マリアが突然倒れた。
「シスター!」
「どうしたの!」
「ねえ、起きてよ!」
「シスター!」
子供達の慌てた声が大きくなる。
「シスター!」
ケントもすぐに駆け寄って、スキルを使って容態を診る。
「(これは病気でも呪いの類いでもない…)まずはシスターを転移魔法で病院へ連れていく。皆は後から来てくれ」
ケントはそう言って転移魔法を発動して病院に転移した。
◇◇◇
マリアは老衰だった。
既に齢は90を超えているのだ。
元気そうに見えても体は弱っている。
そして、終わりの時が近づいていた。
「シスター!」
「お願いだから死なないで!」
子供達はベッドで横になっているマリアへ必死に声をかける。
「…ごめんね…みんな…」
今にも消え入りそうな細い声で返事するマリア。
「謝らないでよシスター!」
「いい子にするから!もう悪戯しないから!」
「生きてよシスター!」
子供達の悲痛な叫びをケントは病室の外で壁に背を預けながら聞いていた。
「みんな…ケント…さんを…呼んできてくれるかい…2人で話したいことが…あるから…」
マリアは子供達にそうお願いをした。
「…分かりました」
考えた末、ティアマトがそう答えた。
「みんな…シスターの言う通りに」
年長組が下の子達を連れていく。
グズる子もいたが、何とか説得していた。
「ケントさん」
ティアマトが廊下にいるケントを呼んだ。
「シスターが呼んでいます。2人で話したいことがあると」
「…分かった」
ケントは1人病室へ入る。
「シスター」
「はぁ…はぁ…ケントさん」
マリアは何とか呼吸しながらその名を呼ぶ。
「ごめんなさい…私はもう…」
マリアは自身の最期を悟っていた。
それはケントも理解している。
病気や呪いなら魔法やスキルで何とかなるが老衰は治せない。
「最期に…お願いがあります…あの子達を…どうか…あなたに引き取って欲しい…」
「シスター、それは…」
「あなただからこそ…託せる…あなたなら…あの子達を…正しく…育てられる…と信じています…」
マリアはケントに子供達の保護者になって欲しいとお願いした。
「ずるいですよ…勝ち逃げなんて…」
ケントが冗談っぽく返す。
「ごめんなさい…」
マリアはそう返すしかない。
ケントは必死に方法を考える。
「(…あっ)」
考えた結果、ケントは1つだけ方法を思いついた。
時間操作魔法の一種で肉体の時間を巻き戻せば若い肉体に戻って生きられる。
「(これしか…)」
ケントが手をかざそうとしたその時だった。
マリアが布団の下から手を伸ばして、ケントの手の上から手を添えていたのだ。
「シスター…」
ケントが呼ぶとマリアは無言で首を横に振った。
マリアは目でこう言った。
『命は命だから』と。
人が老い死んでいくのは自然な流れでそれに逆らってはいけない。
「…これでも…昔は優秀なアークプリーストでしたから…」
マリアが少しだけ自慢げにそう口にした。
ケントはマリアの意思を汲んで、ゆっくりと手を下げた。
「シスター·マリア、約束します。あの子達は俺が責任を持って育てます」
「…ありがとう…」
マリアは安心したようにお礼を言った。
「…子供達を呼んできます」
ケントが最期を子供達と過ごしてあげようと病室を出ると子供達が廊下で待っていた。
ドアは閉まっていたので会話の内容は聞かれてなかったようだ。
「みんな…シスターが待ってる」
そう言うと子供達は一斉に病室に入った。
「シスター!」
「シスター、死なないで!」
「嫌だよ!シスターがいなくなるなんて!」
子供達は涙を流して必死に泣き叫ぶ。
「あぁ…みんな…ありがとう…私は…幸せだった…」
その言葉を最期にマリアは目を閉じて永遠の眠りについた。
「シスター!」
「うわあぁぁっ!シスター!」
「嫌だ嫌だ嫌だ!」
「いやあぁぁぁ!!!」
子供達は亡くなったマリアを抱きしめて泣きすがる。
院内に子供達の悲痛の叫びが響き渡る。
ケントはその場を走り去って屋上に出た。
「はぁ…はぁ…」
体力的には疲れていないはずなのに呼吸が乱れる。
ケントは天を仰ぐ。
「(ダメだ…泣くな。あの子達とはシスターと過ごしてきた時間が違う…思い出の重みが違う…だから…泣くな)」
必死に涙を堪えようとしたその時。
「ケントさん」
背後から呼ぶ声が聞こえた。
ケントは振り返らない。
声をかけたのはイシュタルだった。
「イシュタル、みんなのところにいなくていいのか?」
「ケントさんがいなくなるのが見えたので…」
イシュタルがどんな顔をしてるのかケントには分からない。
「俺は…みんなとは違う。シスターと過ごしていた時間も…思い出も…想いも…だから…」
「時間なんて関係ありません」
ケントの言葉をイシュタルが遮った。
「人が人を想うことに時間なんて…関係ありません」
イシュタルは自分の想いを口にする。
「だから…泣いていいんです」
彼女にそう言葉をかけられた時にはケントはもう涙を流していた。
前世でもこれ程泣いたことはないだろう。
ケントがようやくイシュタルの方へ振り返る。
彼女も泣いていた。
2人は抱きしめ合った。
お互いの悲しみを分かち合うように。
◇◇◇
マリアの遺体は丁寧に土葬された。
葬式には街中の人間が集まっていた。
彼女はこの街の有名人で施設に寄付する人間も多かった。
彼らにも生活があるので少額ではあったが。
ケントは改めてマリアがどれだけ偉大な人だったか理解した。
何百人もの人間が彼女の墓に花を添える。
ケントもその1人だ。
「私達、これからどうすればいいの?」
「シスターはもう…いない」
「どうやって生きていけばいいの?」
不安を露にする子供達。
街の大人達も彼らの境遇には同情するが育てられるほどの余裕はない。
「大丈夫」
その不安を断ち切るようにケントが口を開いた。
「君達のことは俺が責任を持って預かる」
「ケント…さん?」
イシュタルがキョトンとした目をする。
「おい、あんた…いくらなんでもそれは…」
1人の大人が口を挟む。
10代の若者がこんな大人数の子供を育てるのは無理があると。
「大丈夫です」
ケントはそう言ってレベル999と書かれた冒険者カードを見せる。
「こう言い方はあまり良くありませんがお金には余裕があります。それに…約束しましたから」
ケントは目を閉じてあの日マリアと交わした約束を思い返す。
「あんた、いったい…」
「俺はホサカ·ケント」
そこで一旦、言葉を切って子供達の方へ向いて。
「冒険者です」
そう口にした。