異世界転生した俺は、原作展開を壊して自由に生きる 作:龍いち
フレアは俺の幼馴染で、彼女と出会ったのは10歳のとき。母と弟が殺されてから半年くらい経った頃だ。
その頃、俺自身は二人を失ったショックからは立ち直れていたけれど、親父はまだ立ち直りきれておらず、俺と離れると仕事が手につかなくなる状態だった。
そんな状態だったので、他の町に出かけるときは必ずと言っていい程、俺を連れて行っていた。
そして、彼女と初めて出会ったその日も、俺は親父に連れられて帝都の奴隷商館に来ていた。
親父は当時の商館主のハラルドさんと商圏調整の打合せを行うために来たのだけど、まだ10歳の俺を同席させるわけにはいかないので、俺は護衛や俺のような同行者が利用する控え室で待つことになった。
そんな場所でどうやって時間を潰すか考えて、少しだけ憂鬱な気分になっていたけど、そこには俺と同じように打合せ中の父親を待っているフレアがいた。
やることがなくて昼寝でもしようかと考えていた俺と違い、彼女はパピルスに俺の知らない文字を何度も書いていた。
彼女は将来を見越して真剣にバーナ語の書き取り練習をしていたのだけど、商館を継ぐ覚悟なんてなかった俺には彼女が考えていることなんて想像することも出来なかった。
その為、彼女も手持ち無沙汰で落書きでもしているものだと勝手に決めつけて、“暇を持て余してるなら一緒に遊ぼう”としつこく遊びに誘ってしまった。
彼女は最初は拒んでいたけど、結局最後は俺の誘いにのって、彼女の持ってきたパピルスに落書きしたり、彼女や俺の境遇を語り合ったりして時間を過ごした。
それ以降、俺はフレアに会いたくて、親父が帝都の奴隷商館に出向くときは必ずついて行った。
しかし、彼女も父親に連れられて帝都の奴隷商館に来ていただけだったので、実際に会えたのは年に1回か2回だった。
しかも、必ず帝都の奴隷商館の長男で2歳年上のシドか、次男で同い年のユグドが同席しており、彼女と二人きりになれることはなかったし、俺がやりたいことは出来ずに必ず奴らの遊びに混ぜてもらう形になっていた。
後でわかったことだけど、最初シドとユグドは、俺と2人きりになりたくなかったフレアに頼まれて、彼女が控え室にいる間は一緒に居るようにしていたらしい。
俺が彼女と会えたのは年1回か2回だったけど、彼女自体は年十数回は帝都の奴隷商館を訪れており、その都度2人に一緒にいるよう頼んでいたようだ。
その為か、いつの間にか彼女と次男のユグドは恋仲になっていたのだけど、そのことに全く気がつかなかった俺は、ずっと2人こそが邪魔な存在なんだと思っていた。
なので、自然と帝都の奴隷商館ではなく、シドとユグドがいない場所でフレアと会うことが出来ないかと考えるようになっていった。
そして2年前。
18歳のときにフレアに会いたい気持ちが抑えられなくなり、俺は意を決してワープでターヘラの町に行き、彼女を探すことにした。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドからターヘラの町中に出ると、そこはベイルよりも人通りが多く、活気があった。
一瞬市でもたっているのかと思ったけど、町中には常設店舗が多数あるし、忙しく歩いている人も見られないので、今の状態がこの町にとっての普通なんだということを理解した。
ターヘラはベイルと同規模の町だと聞いていたけど、間違いなく栄えている。
俺は、町中を見て歩けば、奴隷商館の看板を掲げた建物などすぐにわかると思っていたけど、人混みをかき分けて目的の建物を探すことは困難だった。
結局自力での捜索は5分で断念し、一度冒険者ギルドに戻った。
そして、ギルドの受付で奴隷商館の場所を聞いてみた。
受付嬢は、まだ若い俺が奴隷商館を探していることに不信感を抱いたようで一瞬訝しそうな顔をしたけど、すぐに気を取り直して商館の場所と建物の特徴を教えてくれた。
俺は受付嬢に礼を言い、彼女から聞いた場所に行ってみると、あっさりと目的の商館が見つかった。
しかし、今更だけどフレアのもとを訪れる理由がないので、俺は商館の扉を開くことが出来なかった。
仕方がないので俺は奴隷商館の建物に沿って歩きだし、周囲の状況を確認しながら彼女に会うための言い訳を考えた。
そうして周囲の状況を確認していると、ターヘラの商館にはうちと同じように裏口があり、少し離れたところにその裏口を監視するのに丁度良い路地が見つかった。
その路地は薄暗く、体を隠すのにちょうど良い大きさの木箱が積まれていたので、潜んで様子を窺うことにした。
それから2時間ほどその路地の物陰から商館を出入りする人を見ていたけど、結局その日はフレアを見かけることはなかった。
それからも数日おきにワープでターヘラの町に行っては、遠目に商館の裏口が見える路地に向かって監視していると、ある日建物の中から彼女が出てきたのを見つけた。
俺は興奮を顔に出さないよう気をつけながら、慎重に彼女の行き先を確認して進行方向に回り込んだ。
そして、偶然の出会いを装って彼女に声をかけた。
最初に会った時、彼女はものすごく驚いていたけど、俺の言い訳を信じてくれたようで、彼女の行き先に同行することに成功した。
それからも彼女に会うためターヘラに通ったけど、実際に会えたのは10回に1回か、2回くらいだった。
でも、会えた時は楽しく話しながらデート出来たので、俺は満足していた。
しかし、彼女の方は何か思うところがあったのか、何度か会った以降は、必ず侍女を連れ歩くようになってしまった。
そして1年前。
親父に同行して帝都の商館を訪れ、父親の跡を継いで商館主となったゲプランさんと商談している時に跡継ぎをどうするのか?などという話になり、そこでとんでもない話を聞いた。
なんとフレアが婚約したということを......
◆ ◆ ◆
「アラン殿のところもですか。
ウチも長男はまだ相手がいないので、伝手を使ってどこぞの令嬢でも紹介しようかと考えているところですよ。
次男の方は先日相手が決まったので、少しホッとしているのですが」
まったくこの親父たちは、隣に俺がいるのに微妙な話題を......
いっそのこと俺には好き合っている女性がいるって言ってやろうか。
いや、そんなことを言ったら、俺が肴にされてしまう。
そう考えて、賢明な俺は黙っていることにした。
しかし、次の瞬間、驚愕する話を聞くことになってしまった。
「ほう、それはおめでとうございます。
ところで相手は何方の方ですかな?」
「相手はフレア・オラシアン嬢。ターヘラの商館主、オランド殿の御息女ですよ」
「おお。あの器量良しの御息女ですか。それは羨ましいですな」
「ありがとうございます。
ただ、オランド殿のところはフレア嬢以外の後継者がおりませんので、実質はユグドを婿に出すようなものですが。アハハハ」
「いや。それでもめでたいことですよ」
親父とゲプランさんは和やかに談笑しているけど、俺の心中はそれどころじゃなかった。
えっ!フレア?!
フレアが婚約? 次男って... ユグドとか?
そんな馬鹿な! 彼女は俺の......
一瞬頭が真っ白になったけど、ニコニコしているゲプランさんの顔が目に入りハッとした。
「い、いまの話って......」
「ん?レオン君。どうかしたのか?」
「い、いや。その...... フレア嬢のことを見知っていたので...... ちょっと驚いて......」
「ガハハハ。そうか。そうか。いやーっ、ムリもない。
私も最初に話を聞いたときは、すごく驚いたからね。
ウチのユグドがまさかフレア嬢を射止めるなどと、考えたことも無かったわ」
「そ、そうですか......」
「ふむ。レオン君には残念だったかな?
しかし2人は幼馴染でな、昔からパーティーを組んで一緒に迷宮探索にも向かうほど仲良しだったのだよ。
いやー、まったく知らなかったが、あの仲睦まじさを見たら、間違いないわ。
ふふっ。君には悪いが、間違っても邪魔はせんでくれたまえよ?」
「い、いえ。そんなことは......」
器量良しの娘が出来るためかゲプランさんはご機嫌で、それから彼女の性格の良さやユグドと仲睦まじくしていたことなどを俺たちに語った。
しかし、俺には彼の言葉が全く入ってこず、何でフレアがユグドなんかと婚約してしまったのか?
ゲプランさんをぼんやり眺めながら、その理由をずっと考えていた。
帝都の奴隷商館から帰ってきても、フレアのことが頭から離れなかった。
彼女はユグドの婚約者になってしまった。
つまり、理由はどうあれ彼女はヤツの求婚を受け入れたということだ。
帝都の奴隷商館とターヘラの奴隷商館。
婚約を受け入れた背景には、きっと家同士のつながりのこともあるのだろう。
本来なら潔く身を引くところなんだけど、身を引くどころか彼女が婚約したこと自体を受け入れられず、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
一瞬無理矢理ユグドに唇を奪われそうになっている彼女の姿がチラついて、悔しくて全身の血液が沸騰する気がした。
正直フレアは俺のことを好きなんだと思っていたし、俺も彼女が好きだった。
キスどころか手繋ぎデートもしたことが無い、とても清い関係ではあったけど、間違いなく両思いだったはず。
だから、彼女が望んでユグドと婚約したなんて信じられない。
何か弱みでも握られてるんじゃないのか?
そして、それを解決すれば、フレアは俺の下に戻れるんじゃないのか?
そんな考えが頭の中をグルグルと駆け巡る。
それと同時に、自分の立場とか彼女の立場とかを気にして、彼女にしっかりと自分の気持ちを伝えていなかったことを心底後悔した。
もう、どうにかなってしまいそうだった。
そうして悶々と考えているうちに我慢の限界を迎えてしまい、俺はワープでフレアのもとに向かった。
もちろん彼女の口から直接婚約の真実を聞くためだ。
しかし、運命は残酷だった。
俺がターヘラの奴隷商館に入ると、受付の前には楽しそうに話しているフレアと、たまたま訪れていたユグドがいた。
2人は俺に気がつくと、不機嫌そうに顔を顰めた。
しかも彼女はヤツの腕にしがみついている。
ユグドはともかくフレアまで そんな顔をするなんて。
それにそんなに身体を密着させてるのは、ヤツを好いているってことなのか?
一瞬そう思ったけど、彼女は形ばかりとはいえ、隣のユグドと婚約している。
だから不本意ながらもそんな態度を取らざるを得ないのだろう。
そう自分に言い聞かせ、俺はユグドを無視してフレアの前に立つよう一歩踏み出したけど、言葉を発する前にヤツが彼女の前に立ち塞がった。
「レオン。フレアは俺の婚約者だ。
迷惑だから、今後一切彼女につきまとうのは止めろ!」
ヤツは鬼のような形相で俺を睨みつけてきたけど、迷宮の魔物に比べたらヤツの殺気なんて疑似に等しい。
俺は内心でそう思いつつも、一発殴りつけて大人しくしてやろうと思った。
そして、奴の胸ぐらを掴もうと、さらに一歩前に出たけど、手を伸ばす前にフレアの後ろから声がかかった。
「レオン君だったかな。アラン殿の息子の」
「......そうですが」
「君には悪いけど、2人は好き合っているから婚約した。
だから邪魔はしないでくれるかな」
「俺にはそうは思えません。
大っぴらには話しづらい事情があるとしか思えないのですが」
「ふむ......
君が何を考えているのか想像がつかないが、家どうしの結び付きを強くするためとか、何か弱みを握ったとか、そんな事情で私が無理矢理婚約させたわけじゃないぞ?」
「信じられません。彼女は......」
反論しようとしたけどその前にオランドさんは手を前に突き出して俺の言葉を制した。
「私が何を言っても、今の君には信じられないだろう。
頭を冷やすという意味でも、しばらく当商館には来ないでくれ」
「な、そんな!」
「従ってくれないなら無理矢理追い出して、後日アラン殿に正式に抗議させてもらうことになるけど、君はそれでもいいのかな?」
「......」
「手荒なことはしたくない。分かったら素直に出て行ってくれるかな?」
オランドさんの言い分には納得しがたかったし、複数のジョブに就いている俺を物理的に追い出すことなど不可能だろうけど、これ以上騒ぎが大きくなって本当に親父に抗議なんてされたら目も当てられない。
仕方がない......
「分かりました。失礼しました」
俺は小さく頭を下げると、彼らとは視線を合わせずに踵を返し、ターヘラの商館をあとにした。
その後は彼女と話せる機会がなかったし、手紙を送っても一切返事は来なかった。
それどころか理由はわからないけど、ターヘラの商館から出てくるところも見かけられなくなってしまった。
人伝に、ユグドが友達を集めてパーティーを開き、そこでフレアを婚約者として紹介したことと、その時2人は終始べったりと寄り添っていて、どう見ても相思相愛としか思えなかったという話を聞いたけど、その場には俺がいたわけじゃないから、後半部分は疑わしいと思って聞き流した。
結局、今日の今日まで彼女の本心は聞けずじまいだ。