※この作品はR-18です。

うたわれるものヒロインとイチャイチャする話   作:クラムP

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悩んだ末、中編に突入。この男の心理が難解すぎる。


第八話中 ハクの望み

 

 トゥスクル皇女との交渉(物理)はすったもんだの末に丸く収まり、かの國はエンナカムイに望外の利益をもたらしてくれた。

 

 一つは、トゥスクルによるヤマト侵攻の停止。

 

(元はといえば、ヤマト側から関係を悪化させたがゆえに、攻め込まれても文句は言えぬのだがな)

 

 今のヤマトは二柱の仮面の者(アクルトゥルカ)を失い、トゥスクル遠征や先の防衛戦を経て兵も疲弊している。戦慣れしたトゥスクルに本気で攻められれば、今のヤマトはたちまち滅亡を迎えることだろう。

 アンジュが文字通り自らの拳で勝ち取ったこの成果は、実質國の存亡を救ったとも言える、まさに大金星であった。

 

 そしてもう一つは、不足していた兵糧の援助だ。

 

 國内での買付けが困難になり頭を抱えていた矢先、トゥスクルが物資の支援を確約してくれたのである。

 

(正直に言えば、売国奴スレスレのグレーなやり方ではある。少なくとも、『オシュトル』がとるような策ではないのは確かだ)

 

 しかし、これで目下の懸念を解消できる。さらには経済封鎖による膠着状態を逆に利用し、時間を稼ぐこともできるだろう。

 さしものライコウも、仮想敵国から物資を引き出しているとは夢にも思うまい。

 

 無論、今後トゥスクルとの関係を無視できなくなったのはリスクだが、リターンはそれ以上に大きい。

 交渉としては出来過ぎといえる……交渉?

 

(その代わり、某は心身共にズタボロだがな。……特別手当、貰えんかなあ? なんなら有給でもいい……)

 

 怒涛の急展開がようやく一段落し、辛い現実から軽く逃避するオシュトル。なお、男はこの國の最高責任者であり、福利厚生などという概念は存在しない。

 

(……と、いかんいかん。それよりも、だ)

 

 外交の成果は上々。

 だが、今のオシュトルはそれどころではない。

 なぜなら一連の騒動の最後に、男にとって最大の爆弾が投げ込まれたのだから。

 

 

(クオンが————帰ってきた!!!)

 

 

 エンナカムイで忙殺される日々にあっても、クオンのことを忘れた日など一日たりとも無かった。それこそ、弱気になった頭の中に、空想上の彼女が説教しに現れるくらいには。

 

(クオンがいる)

 

 『ハク』としての人生の出発点。

 ハチャメチャながらも、愛おしき日常の象徴。

 人生の第二幕の中で常に隣にいた、かけがえのない女性。

 

(某の……自分の、目の前に)

 

 あの雪山で目覚めた日。

 初めて見た彼女の瞳の輝きを、男は生涯忘れることはないだろう。

 

 聞いて欲しいこと、話したいことは山ほどあった。

 一緒にいたかった。

 側にいてほしかった。

 

「オシュトル?」

 

「——ああ、済まぬ。呆けていた。……まあ、ここまでの経緯はそんな所だ」

 

 

 想いがとめどなくあふれ————決壊する寸前、必死でそれを押し留めた。

 

 

(某はもうハクには戻らない。正体を明かすこともない)

 

 元の関係には戻れない。とうに覚悟を決めたのだ。

 

(近くにクオンがいてくれる。それだけで良いではないか。これ以上の高望みなど、某には不相応が過ぎる)

 

 この國に来た当時を思えば、恵まれているにも程がある。

 そうやって己を納得させた。

 ひょっこり顔を出す寂寥感など、後頭部を掻きつつ見なかったフリをして。

 

(クオンがいてくれるならこれほど心強いことはない。難関だった兵糧問題も一区切りついた。これならば、某の役目を全うできる日もそう遠くはないかもしれない)

 

 なんて、都合の良いことを考えていたせいで……完全に虚を衝かれてしまう。

 

 

「なら————私(わたくし)は、ハクが欲しい」

 

 

 思いもよらなかった。

 

「…………は?」

 

 最後に用意されていた爆弾が、まさかの二段構えだったなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

(気づ、かれ、た)

 

 再びクオンに目線を遣れば、してやったりという顔を返してくる。

 先ほどまでの所在のなさはどこへやら。今の彼女は見るからに自信に満ちた、小憎たらしい面構えをしやがっている。

 

 動揺を気取られては不味いと、即座に手の震えを袖で隠す。

 彼女は自分が今、何を言ったか分かっているのだろうか。

 

 もう会えないと思っていた、クオンとの再会。

 夢に見たはずの機会で、自分は最大の窮地に立たされたのである。

 

「これは推測の話になるけれど。ヴライとの戦いで命を落としたのはハクじゃなくて——オシュトル、だったんじゃないかな」

 

 違う。

 オシュトルはここにいる。

 あの時死んだのはハクだ。ハクなんだ。

 

「ハクがオシュトルになった理由は——みんなのため? それとも、オシュトルのため?」

 

 違う。

 前提から、何もかもが間違っている。

 

「クオン殿」

 

「もういいよ。もう、隠さなくていいから」

 

 クオンは首を振り、こちらの弁明に取り合おうとしない。

 隠す隠さないの問題ではないのだ。

 ここにいるのは、右近衛大将オシュトル。

 それが動かし得ぬ事実の全てだというのに。

 

「…………ハク、なんだよね」

 

「……ッ」

 

「ハク…………? 今なら誰も聞いてないかな。安心して」

 

 これ以上は追及は無意味。

 そのように誘導するべく、彼女を見据て沈黙の構えをとる。向こうの狙い通りに襤褸を出してやるつもりはない。

 

(クオンの顔を見れたからと言って油断していた。これ以上口の紐を緩めれば、きっとまたどこかで致命的なミスをする)

 

 某は己の迂闊さを、過小評価するつもりは毛頭ない。

 

「…………」

「あー…………あはは」

 

 しかし、二人して黙り込むと、硬直した空気がなんとも居心地悪い。

 クオンとここまで気まずくなったのなんて、いつぶりだろうか。

 

(でも、事を成すにはハクじゃ駄目なんだ。今必要なのはハクじゃなく、オシュトルなんだから)

 

 だが、いつまでも無言を貫く訳にもいかない。

 どう対処すべきか。

 何を言う?

 どう切り抜ける?

 

「……なら、もうひとつ聞かせて」

 

 クオンをどう説き伏せるか思案を巡らせる、その最中。

 

 

「ハクは——————オシュトルの死に、責任を感じているのかな」

 

 

「——————は?」

 

 

 

 思考が、プツリと途切れた。

 

 

 責任?

 何を言っている。

 確かにあの時、もっと何か出来たのではないか、と思う時はある。

 

 

 だが。

 

 

 

「違うッッ!!」

 

 

 

 怒号が部屋内を震わせ、クオンがわずかに目を見開く。

 

 気を荒げ、部屋を包む静寂を不調法にも破り捨てたのは——あろうことか、某自身であった。

 

 ウルゥルとサラァナが部屋を密室としていなければ、城中に聞こえていたやも。

 この男は一体、何を考えているのだろうか。

 

 だが、今の言葉だけは否定しなければならない。

 

「断じて、断じて某は! そんな理由でここにいる訳ではないッ!!」

 

 まさか、あの漢に対して罪悪感でも覚えたと?

 アイツに、憐憫やら同情の念やらを抱いたとでも?

 

「見当違いも甚だしいッ!」

 

 オシュトル——ウコンは、哀れみを受けるような漢ではない。

 

 あの見事な最後を不当に貶めるような真似は、墨の一滴すら許してはならないのだ。

 そうでなくては————。

 

 

「そっか。ごめんね」

 

 

 あっけらかんとした謝罪の言葉。

 怒声を浴びせられたはずのクオンは、怯むそぶりも見せなかった。

 その態度には、目論見が叶った安堵を含んでいるかのようで。

 

「なら、あなた自身の口から聞かせて。あなたがどんな思いでここにいるのか。ここまで……何を想ってきたのか、教えてくれるかな?」

 

「それは…………ッ!」

 

 そこでようやく、自分が目の前の少女に対し、致命的な失策を演じたことに気づく。

 

 クオンの帰還に浮かれ、ウコンの最期が誤解されたと勝手に憤慨し、また心算を狂わせた。

 

 感情に振り回されすぎだ。これだから迂闊だと言うのだ。

 彼女といると、慌てふためくのはいつも自分の方になる。全くもって納得いかない。

 

「……某の務めは聖上をお護りし、御方をお助けすること。ここにいる由など、それ以外に何があるというのだ」

 

 今さらオシュトルの仮面を取り繕ったところで、会話の主導権はクオンに握られたまま帰ってこない。なんという無様か。

 

「はあ。分かってはいたけど、一度決心すると、本当に頑固なんだから」

 

 やれやれといった様子のクオン。まるで聞き分けのない童を宥めるかのような口ぶりだ。

 いたたまれない。あまりの醜態ぶりにほぞを噛む。

 

「————じゃあ、こうしよっか」

 

 すると、クオンがふわりと腰を浮かせ、

 

「——!?」

 

 彼女に抱きつかれた。

 

「ほら、これなら小さな声で話せるでしょ? 言いづらい事だろうけど、全部白状しちゃお?」

 

 有無を言わさぬ抱擁。

 唐突に柔らかい感触が某を襲う。

 

 胸元に顔が埋まり、息苦しい。

 それに、温かい。

 何より……ひどく懐かしい。

 

「むぐ、いや、だからそういう話では」

 

「腹を割って話すつもりはないんだろうけど……私、引くつもりはないから」

 

「…………クオン」

 

 彼女は離さぬと言わんばかりに自分の背にしっかり手を回したまま、穏やかな声で独白を続ける。

 

「本当は分かってるんだ。私(わたくし)、すっごく身勝手なことしてるんだって。こんなことを言えばきっと、あなたを困らせるってことも」

 

 それはそうだろう。

 オシュトルの真実に勘付いている以上、こちらの腹を探られたくない事にまで彼女が思い至らないはずがない。

 

「でも、もう後悔したくないから」

 

「!」

 

 彼女の強い意志を反映するように、抱きしめる腕に一段と強い力がこもる。

 

「もうハクがいないんだって思った時、何もかも嫌になった。どうして、あの時行かせちゃったんだろうって。悔やんでも悔やみきれなかったんだ」

 

 だから、と続けた瞬間、回された手と尻尾が自分の背中を撫でた。

 震えている。どれだけ心配させたのだろう。

 しかし、罪悪感と同時に、クオンに想われた嬉しさが胸に湧く。あまりに勝手が過ぎるだろうが、彼女を前にしては感情が止められない。

 

 

「もう二度と離さない。私のハク。どんなに我儘で困らせちゃっても、絶対にまた逢うんだって、決めたんだもん。これが、私がここにいる理由で、私のしたかった事。もう、オシュトルにだって譲ってあげない」

 

 

 いつも大人であろうとしてきたクオンらしからぬ、幼稚で欲張りな考え方。

 

 だが。

 

 

「…………同じだ」

 

 

 クオンに会いたかった。

 また彼女のペースに振り回されたかった。

 

 賢いくせにどこか抜けていて、突拍子もなく脳筋で、時々腹黒いくせに脇が甘い。

 このじゃじゃ馬に振り回されている時間が、何よりも心地よかった。

 

 自分がうだうだと燻ぶらないよう、いつも手を引いてくれた。

 自分が本当に意見を通したい時には、何も言わずに尊重してくれた。

 

 それがどんなに有難かったか。

 おかげで、ちょっとは胸を張って、皆と向き合える自分になれたと思ったんだ。

 少なくとも、地面の下で兄貴とほのかさんから逃げていた頃とは大違いだった。

 

 クオンが傍にいるのは期限付きの特権なのだと、気づいてはいた。いつか、あの帝都での日々が終わることも薄々察していた。

 結局、その時間を繋ぎ止める術を見つける間もなく、すべては壊れてしまったけれど。

 

 だが今、目の前にクオンがいる。

 嗚呼——。

 

 

 

 

 

「————オシュトルに、頼まれたんだ」

 

「…………うん。それで?」

 

 たどたどしく、震える声を絞り出す。

 いくら言葉がつかえようと、クオンはいくらでも待ってくれた。

 

「どう考えても不可能な事で、根無し草の、いち庶民の自分に、なに言ってくれてんだと思った。アイツはホント、図々しくて……ズル賢いやつだよ」

 

「それはお互いさまじゃないかな」

 

「……違いない」

 

 もう何を言っているか自分でも分からくなっても、言葉があふれるのを止められない。

 

「でも、引き受けたんだ。どうして?」

 

「親友(ダチ)の、頼みだからな。面倒だが、こればかりは仕方がない」

 

「……それだけ? それだけで、こんな大事を?」

 

「……? 当然だろう」

 

 約束なのだから、破る訳にもいくまい。

 それが男というものだ。

 

「そ、そうかなぁ……」

 

 どうやら、女子にはその辺の感覚がうまく呑み込めないらしい。

 呆れたような声に、こちらの気持ちも若干落ち着く。

 

「あと、強いて挙げるなら……恰好、良かったからだ」

 

「?」

 

「色々とやり残して、今にも死ぬって言うのに。アイツはあんなにも自信満々で、こっちを疑いもせず、託してきたんだ。無茶苦茶だろ? その様に気圧されて、断れる空気なんかじゃなかった」

 

「……オシュトルは、ハクを信じてたんだね」

 

 そうなのだろうか。

 そうだったら、いいな。

 

「アイツの見込み違いさ。自分には、重荷が過ぎた」

 

 でも。

 

「親友(ダチ)の生き様に、泥を塗りたくなかった」

 

「それをするくらいならアイツの我儘に付き合って、アイツに応えられる自分になった方が、ずっと良いと思った」

 

 ……いや、違う。

 

 

「一度くらい、アイツみたいに————カッコつけたく、なっちまったんだ」

 

 

 自分が『ハク』になる前なら、絶対にまた逃げ出していたと、確信を持って言える。

 でも、それだけは出来なかった。なんせ、約束しちまったのだから。

 

「結局、絆されちまった自分の負けってことさ。恥ずかしいったら無い」

 

 クオンの肩に顔を寄せ、表情が見られないよう顔を隠す。

 声色は誤魔化せても、こちらにまで気を配る余裕はない。ただあの日の事を思い返しただけなのに、また揺さぶられてしまった。

 

「そんなことないかな。あなたがここにいる理由。立派だと思う」

 

 クオンが自分の背中をさすりながら続ける。

 

「…………本当に、頑張ったね」

 

「——————っ」

 

 違う。

 まだまだ何もかも足りない。

 未だ道半ば。労われるには早すぎる。

 ウルゥルとサラァナといい、なぜか自分のことを甘やかす。そんなこと、されたら——。

 

「う……ぅ……」

 

「大丈夫?」

 

 

 大丈夫じゃない。なんてことをしてくれたのだ。

 

 

「…………ウコンが、死んだ」

 

「……」

 

 

 涙が、堰を切ったように零れる。

 

 

「兄貴も死んだ。まだ時間はあるとか言っといて、嘘をつかれた。兄貴は昔からそうだ、適当なことばっか言いやがって」

 

 

 恨み言が止まらない。

 

 

「ウコンも勝手だ。死に際の言葉があれは無い。もっと他に、なんか、言い遺すことがあっただろう。こっちは、毎晩思い出してるんだからな」

 

 

 言うつもりの無かった、格好悪い言葉が吐き出て仕方がない。

 

 

「……今は、悲しんでいいんだよ」

 

 

 そんな不細工な顔で不細工な言葉を並べる自分を、クオンが覆い隠してくれた。

 

 

「また会いたい」

 

「うん」

 

「また酒を酌み交わしたい」

 

「うん」

 

「今度は渋ったりしない。一緒に、どんなことだって付き合ってやる」

 

「うん」

 

 

 あの背中を追っていたかった。

 

 隣で、一緒に、歩きたかった。

 

 

「ぉ……おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ……ッ!」

 

 

 今になって、ようやく実感する。

 ああ、彼らはもういないのだと。

 

 悼んで、冥福を祈る暇など、今まで無かったから。

 それ以外に、考えることが多すぎたから。

 

 年下の少女の胸で大の男が泣き喚き、夜は刻々と深まっていった。

 

 

 

 

 




 一人称視点にもかかわらずユーザーにすら感情を隠し通し、母の前以外で一度たりとも泣けなかった原作ハク殿。
 もう少し図々しく彼に踏み込んでくれる相手がいたら、もっと早く泣けたのではと。
 さらっと一國任されて政務漬けの原作ハク殿のメンタルケアを誰も出来なかったのはお辛すぎた。

あなたのうたわれ歴は?

  • 散りゆくのみ
  • 偽りあるいは偽り二白のみ
  • 散り~二白三部作
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  • うたわれは未履修
  • その他
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