※この作品はR-18です。

うたわれるものヒロインとイチャイチャする話   作:クラムP

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第九話 神無國

帝都・皇宮、ライコウの執務室

 

 

「断罪を待つ囚徒ですら、こうまで酷い面をした者はおらぬであろうな」

 

 緊張満ちる空間の主・ライコウの不遜な物言いが、向かいで頼りなく棒立ちする男へと突き刺さる。

 

「…にょほほ。無様な姿を見せてしまい、汗顔の至りでおじゃ……」

 

 呼びつけられた男・マロロは無礼な言に対し、反抗する気配もなく笑うのみ。

 その諦念に塗れた覇気のない姿に、ライコウは切れ長の眼差しをわずかに細めた。

 

 先のエンナカムイ侵攻戦にて、マロロは大軍を率いるデコポンポ麾下の采配師として戦場に参じた。

 

 しかし、結果は見るも無残な大敗。

 大将は打ち取られ、ミカヅチの参戦が無ければ兵もより酷い損害を被っていたことだろう。

 

 そんな背景もあり、いつもの彼ならライコウを前に、たちまち顔を白から青へ変えたに違いない。

 ともすれば、「敗戦の咎で、その場で斬首されるのでは」などと被害妄想に陥り、無様を晒したかもしれない。

 

 

 だが、今のマロロは違っていた。

 

 

 整えもせず型崩れした装いに、白塗りの化粧でも誤魔化しきれないほどに蓄えた目の隈。

 すべてに興味がない、何もかもどうでもいいと言わんばかりに、ただ力なく応じるのみ。

 

 ライコウが受けていた——事前報告通りである。

 

「随分と疲弊しているようだが、手間のかかる豚(ブルタンタ)の世話に苦労させられたか? 断言しておくが、あの敗戦に貴様の咎は何ひとつとて在りはせぬぞ」

 

「ぶる……っ」

 

 思わぬ労いの言葉を受け、マロロの表情に少しだけ生気が戻る。

 

「ほほ……ライコウ殿も冗談を申すのでおじゃるな」

 

 が、マロロの鬱屈とした雰囲気は崩れない。

 確かに、エンナカムイでの大敗が堪えたのは事実だ。

 しかし、そんなものは些細なこと。

 

 マロロの心を粉微塵に砕いたのは————まったくの別件。

 彼にとってまさしく半身を引き裂かれたかのような、あまりにも無情な凶報だったのである。

 

「聞けば友の訃報を知り、かなり憔悴していたとか。心痛のほどは察せよう」

 

「——! これはまた……驚いたでおじゃるな。流石というか、なんというか。しかし……敗軍の将にそのようなお言葉、ありがたいでおじゃるなあ」

 

 ライコウの情報網の一端を察し、マロロは感嘆の声を漏らした。

 

 

————親友・ハクの死。

 

 

 それは戦後、オシュトルとの邂逅の際、彼の口から知らされた事実であった。

 

 あの誰よりも優しく、賢く、心意気が気持ち良い、かけがえのない友。

 彼がもうこの世(ツァタリル)のどこにもいないという事実は、マロロを敗戦など遥かに超えた、失意の淵へと叩き落とした。

 おかげで敗戦処理も覚束ず、帝都へ帰還するのに相当な時間を要したほどであった。

 

「しかし、マロのような役立たずに、そのような厚情は無用でおじゃるよ」

 

「…………」

 

 尊敬する大人物からの厚誼すらも、今のマロロには響かない。

 采配師として何の役にも立てず、大切な友の窮地にも立ち会えなかった。

 なんという無能。

 なんという愚鈍か。

 

 マロロはもはや……己が生きる意味すら見出せずにいたのである。

 

 

 

「で? 俺はいつまで、貴様の自嘲に付き合わねばならぬのだ?」

 

「…………ひょ?」

 

 

 マロロは間の抜けた声を上げた。

 残念ながら彼の失意も諦念も、目の前の傑物には一切関係がない。

 わざわざ貴重な時間を割いてそんな足踏みに付き合ってやる暇など、ライコウにはないのである。

 

「率直に言う。貴様を呼び出した用向きは二つ」

 

 ライコウはそう前置くと、卓についていた肘をゆるりと引き、姿勢を正した。

 その一連の動作だけで、室内の空気が一気に引き締まる。

 

「俺に仕えよ。俺が貴様に、才を十全に振るう場を与えよう」

 

「……お、おじゃ? ま、マロを?」

 

 思わぬライコウの誘いに、力の抜けたマロロの四肢が緊張でカチリと凍り付く。

 聞き間違いだろうか、と我が耳を疑う。

 あのライコウが、マロロを?

 

「貴様を俺直属の采配師として迎え、望むままに兵を動かせるだけの権限を与える。加えて、この動乱を越えた暁には、貴様の家門の再興を約束しよう」

 

「————なん、と」

 

 零落して久しいマロロの実家。そして、かつての栄華を忘れられず、現状に釣り合わぬ浪費癖と高い気位を維持し続ける両親。

 いずれも、マロロにとって長年の悩みの種であった。

 それをまさかライコウが、現朝廷の支配者が支援してくれるというのか。

 

「金銭も立場も何ひとつ憂慮することなく、貴様はオシュトルのいる戦場で己が天稟を発揮すればよい」

 

「オシュトル殿の、いる……?」

 

「そうだ。あの漢が俺の仕掛けた計を三度食い破ったその時が、貴様の出番となろう」

 

 オシュトルの投獄。ミカヅチの出兵。そして此度の経済制裁。

 ライコウは自身の計略がいずれも成らぬ事を、すでに織り込み済みであるようだった。

 にもかかわらず、彼は娯楽を待つ童が如く、なぜか愉し気にほくそ笑む。

 

 それはまるで、誰かが己の想定を超えてくれることを待ち望んでいたかのように。

 よく知られるライコウの印象にはそぐわぬ態度。マロロを思わずあっけに取られてしまうも、逆に思考の暇を得た。

 

「ライコウ殿の元で力を振るい、オシュトル殿から一本取る、でおじゃるか。……それが出来たならば、きっと采配師として、ヤマト男児として、これ以上の栄誉は無いでおじゃろうなあ」

 

 しかし、マロロの脳裏に浮かぶのは、あの侵攻の日のオシュトルの苛烈なまでの戦ぶり。

 

 正直言って、マロロは恐ろしかった。

 

 オシュトルは大恩あるディコトマ殿の子弟であるデコポンポを、あれほどまでに容赦なく打ち取ったのだ。

 あの血も涙もない羅刹がオシュトルとは、今でもとても信じられなかった。

 

 このように怖気づく自分では、オシュトルの前に立つなど到底できはしない。

 マロロは折れてしまった。ハクの死と、オシュトルの豹変ぶりに。

 

 采配師として、戦う前から敗北を認めるなど言語道断。

 これではライコウの有難い提案にも応えられそうにない。

 

 申し訳ないがこの誘いは断ろう。そう口にしようとした刹那——ライコウの言葉がそれを両断する。

 

 

 

「では、もう一つの用向きだが————貴様の御尊父、御母堂は、現在俺の庇護下にある」

 

「————ひょ??」

 

 

 

 今度は四肢のみならず、脳髄までフリーズした。

 

 父上?? 母上??

 

 マロロの丸く見開かれた眼球が、呆然とライコウの姿を捉える。

 

「エンナカムイでの敗戦の後、帝都にてオシュトルめが擁する姫殿下こそが本物である、と騒ぎ出す輩が現れてな。中には、上級貴族が事実を隠蔽しているとして、狼藉を働く者まで出る始末だ」

 

 それは、十分に有り得る話だった。

 オシュトルは市井の者たちからの支持が厚い。

 帝都にて多数派である彼らが結託すれば、大きな騒動にも繋がりかねないだろう。

 

「民の暴動を恐れた貴殿の父母は、図らずも我らに保護を求められてな。こちらで一時匿っているという訳だ」

 

「なんと……。 マロがいない間、そんなことに……?」

 

 マロロの頭の中が混濁する。

 両親がライコウの元にいる。

 何故? 何の縁があってライコウを頼った?

 疑問を挙げるのは容易い。しかし、

 

「安心するがいい。ご両人とも身の安全は保証しよう。彼らからの文もある。検めるがいい」

 

 ライコウの傍らに控えていた従者から、文が手渡される。

 そこには、確かに父の筆跡。能天気にライコウに感謝し、彼を讃える由が長々と綴られていた。

 

 だが、マロロとしてはそれどころではない。

 これは要するに、

 

「ま、まさか…………人質でおじゃるか?」

 

「急に口さがないではないか。ようやく頭が回ってきたか?」

 

 唇を三日月のように吊り上げるライコウを前に、マロロの額を汗が通り過ぎる。

 それはマロロの退路を断ち、首根っこを彼の足元に縛り付けるための脅迫に他ならないのだから。

 

「今一度問おう。マロロよ。貴様は経験こそ乏しいが、その才気は俺が保証しよう。その力を用いて、俺と共にオシュトルを討て」

 

 マロロは閉口した。

 目の前の賢者の眼は真剣だ。彼は本気で、マロロごときを配下に加えようとしている。

 

「……その、しかし」

 

 断る理由が無い。

 というより、選択肢が完全に塞がれている。

 

 断れば父母の身が危ない。

 一方、ライコウに従えば、誰もが羨むような出世街道に乗れる。家族の安全と栄達が両方手に入るのだ。

 

 

 それでも、マロロは。

 

 

「何故でおじゃるか。なぜライコウ殿ほどの御仁が、マロなどにこうも労を費やすのでおじゃるか」

 

「不服か?」

 

「まさか。……不思議なのでおじゃる。ライコウ殿が呼びかければ、もっと優れた采配師が集まるでおじゃろうに」

 

 マロロは素直な疑問と困惑を口にした。

 自分程度の人材であれば、この帝都には星の数ほどいるだろう。既に殿学士として活躍する彼らを差し置き、マロロにここまで執着するなど不可解ならない。

 

「やはり、政には向かぬと見える。その愚鈍極まりない自身への盲目さは、のちのち矯正せねばな」

 

「ひ、ひぃぃッ!?」

 

 深くため息をついたかと思えば、急に怖いことを言い出すライコウに、マロロが総身を震えあがらせた。

 

「今の帝都で俺が募ったところで、群がるのは帝の治世で安寧を享受してきただけの、智者気取りの愚物ばかりよ」

 

 ライコウは帝都に勤める官吏たちへの失望の念を隠さずに、マロロへと打ち明けた。

 

「俺が求むるは、己が意思で考え、己が足で歩くことの出来る者よ。ただ小賢しいだけの赤子に、貴重な将兵の命を預けられるものか」

 

「!」

 

「貴様の来歴は存じている。易くない道のりを、折れることなく歩み続けてきた。知恵と辛苦を厭わぬ精神を備えた貴様だからこそ、俺は欲したのだ」

 

 ライコウが言葉を終えても、マロロは何ひとつ返せず固まるだけだった。

 

 否。

 マロロは内にあふれる、強烈な感情の処理に必死だったのだ。

 

 

————嬉しい。

 

 

 マロロの心中を占めたのは、ライコウへの不信感ではなかった。

 これほどまでの策略を巡らせ、人質という手段を使ってまで、マロロという采配師を手中に収めようとしてくれた。その事実に対する、感動であった。

 

 ライコウはヤマトの誇り。

 誰もがその才覚を認め、先帝への忠義を尽くした、誠の智者である。

 

 そんな、自身も密かに尊敬の念を抱いていた傑物に、小指ひとつ程度でも認められた。

 それがマロロにとっては、失意のどん底から救いあげられるほどに嬉しかった。

 

 感極まりすぎて、涙が出そうになる。

 こうして彼の前に跪いていなければ、また情けない面を晒してしまっていたに違いない。

 

 ハクを失い、真っ暗闇だった彼の世界に、一筋の強烈な光が差し込んだ瞬間だった。

 

「時が来れば、いずれオシュトルは必ず動く。それまでにまずは、兵らに対し面通しをせねばな」

 

 新しく得た配下を見下ろし、ライコウは淡々と今後の方針の共有に移る。

 

 ここから先、オシュトルとは敵同士。

 だというのに、親友(ハク)の死によって鎮火したはずのマロロの心臓はなぜか、力強く躍動を始めている。

 

 あれだけ消沈していたのに、憧れの人物に期待を寄せられ、調子づく。

 マロロもまた、一端のヤマト男児であったということか。

 

 マロロは静かに目を閉じ、深く一礼した。

 采配師として、男として今一度立ち上がるために、彼はライコウの手をとることを決めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

聖廟地下・ターミナル=ノア深層

 

 淡い人工灯が照らすのは、物腰の柔らかさが外見から伝わってくるような可憐な美女。

 そしてその光源たる半透明の溶液に満ちた棺の内部に眠る、筋骨隆々な体格の男。

 

「思わぬ遭遇で引き返してしまいましたが……あの方ならばきっと、お見捨てにはならなかったでしょうから」

 

 本来の目的で帝都を出ていた美女・ホノカは、予想外の寄り道に遭っていた。

 

 彼女が拾った男は、元は彼女の主が目にかけた者の一人。

 放っておけば死に至る重症であり、意識も定かではなかった。

 

 彼の御方がいない今、この行為にどれだけの意味があるか、と考えはした。

 しかし、ついあの穏やかな笑顔が浮かび、気づけばこの死に体の男をここまで運び込んでいたのである。

 

「ではそろそろ、本来の使命に戻ります。行って参りますね…………我が君」

 

 色素の薄い美女は、その声にも確たる意志を感じさせなかった。

 医療用ポッドに背を向け、たよりない足取りで部屋を後にする彼女は、そのうち無機質な回廊の中に消えていった。

 

 




解放者ウィツァルネミテアと
大いなる父オンヴィタイカヤン:
現人類(デコイ)に信奉される神話上に登場する、二柱の大神(オンカミ)。オンヴィタイカヤンがヒト(デコイ)を創造し、そのヒト達をウィツァルネミテアが解放した、と伝承されている。一方の正体は古代より地球に存在した、生命に進化を促す超常的な存在。もう一方は高度な文明を築いた旧人類。トゥスクルはウィツァルネミテア、ヤマトはオンヴィタイカヤン信仰がそれぞれメジャー。どちらにせよ、ロクな神ではないのだが。

あなたのうたわれ歴は?

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