久しぶりなのでクッション回。
アトゥイとどう向き合うか。
この命題に対し、オシュトルは一応の回答を用意した。後はきたる対峙の日に向け、対策を詰めるのみ。
しかしながら、『オシュトル』は忙しい男。
目の前の案件を無視して女の元へと超特急、という訳にはいかないのだ。
——と、いうワケで。
「なりませぬ。どうかお考え直しくださいませ」
「何故じゃッ!?」
差し当たっての最重要案件は、目の前で頬を膨らませる我らが聖上・新帝アンジュへの上奏である。
「ルモイの関は今のエンナカムイにとって、戦の最前線と言える地。朝廷側からの横槍も想定されますが故、聖上自ら赴くなど正気の沙汰ではありませぬ」
経済封鎖の膠着を破るにあたり、オシュトルらは國の交易や外征の要所に砦を新造し、防備を強化する計画を進めていた。
ところが、アンジュがそれに参加し、自ら兵を鼓舞しようと言い出したからさあ大変。
「じゃがっ! 民が余の為に働いておるというのに、呑気にここで座を温めるだけなど出来ぬのじゃ!」
しかし意外な事に、アンジュはただの我儘で申し出た訳ではないようだ。
「これは余が始めた戦じゃ。だからこそ、余自身が率先して動かねばならぬ。……オシュトルならば、分かってくれるであろう……?」
「聖上……」
彼女の姿勢は真摯そのもの。
己が立場を認識した上での発言に、オシュトルは意表をつかれた。
アンジュは少し前から、オシュトルの母・トリコリから家政の手ほどきを受けていた。
一國の皇となる者がおさんどんの真似事など、と思う者もいるだろう。しかし、体験を通じて民草への解像度が高まり、彼らを慈しむ気持ちが芽生えたようだ。
此度の提案も、そうした彼女の成長が起因しているのだろう。
個人としては喜ばしいと思う反面、臣としては自身の安全を第一にして欲しい。そんな気持ちがオシュトルの中で同居する。
「聖上の民を想う心遣い、敬服の至りにございまする。しかし、我ら臣下もまた、聖上の平穏無事を心より願うことをご理解いただきたく」
「——! ほ、ほほお。それはオシュトル、其方もか? 余を案じて……いや、慕うてくれるのか?」
矛を収めてもらおうと言葉を尽くすと、唐突にアンジュの纏う空気が変わった。表情の強張りが解け……なんだろうか、期待?を含んだ瞳でこちらを見上げてくる。
「はっ。このオシュトル、爪の一片まで聖上に尽くすと誓った身。御身への想いは、何れにも並び劣らぬと自負しております」
「う、うむぅ……。なんじゃ……照れるではないか……うへへへ♡」
なんだか知らんがチョロい。
駄々を捏ねたかと思えば、今度はふにゃりと頬を緩ませる。相変わらず、見ていて飽きない子である。
ただなんというか、将来が心配になる。こんな感じで、悪い男にコロっと騙されやしないだろうか。
「アンジュ。いつまでもオシュトルの仕事を止めさせるのは、いかがなものかな。上に立つ者として、少しは察してあげないと」
「む」
オシュトルが諫言に努める最中、クオンからの援護射撃が飛んできた。
ネコネに次いで筆耕に適性がある彼女は、オシュトルと共に書簡を検めてもらっていた。
他国出身だからといって、行政事務ができる人材を遊ばせておく余裕はないのである。
(ウルゥルとサラァナとか、オウギなんかも向いてそうだが、あいつらには別に仕事があるからなあ)
などと、オシュトルの思考が明後日に逸れた、その直後。
「ほら、オシュトル、これを見てくれる?」
「な、なな!? ぐ、ぐえぇ……!」
クオンがずい、とオシュトルへ距離を詰めた。
すると、その間に挟まれたアンジュがクオンの急成長中の胸と書簡に押し潰され、それはもう窮屈そうな声をあげた。
「こっちの書簡と合わせると、ほら。勘定が合わないかな」
「あ、ああ、真であるな」
「ぐ、ぐるじい゛……」
(クオン、お前わざとやってるだろ)
満員電車でもあるまいに、パーソナルスペースも何もあったものではない。まあ、夜になれば距離感など完全にゼロになるのだが、それはそれである。
「……ぶへっ! ぺっぺっ! なんじゃ其方っ! また余の邪魔をする気か!?」
「勘違いしないでもらえるかな? 私は単に、忙しいオシュトルの時間を無為に浪費させたくないだけだけど?」
「あ、相変わらず不敬な奴じゃのぉ……!」
「あいにく、
「ぬぐぐぐぐ!」「ふふふふふ」
いつの間にか立ち上がった両者の間に、バチバチと火花が散る。
(いや、その争いが一番時間の無駄なんだが!?)
近頃、アンジュがクオンと顔を合わせると、たびたびこのような雰囲気になる。
前々から薄々思っていたが、クオンと皇女さんって相性が悪いのではなかろうか。
オシュトルは内心冷や汗をかく。仲裁する方の身にもなって欲しいものだ。
(クオンもこんな子供相手にムキになって張り合うなんて、そんなに机仕事が嫌だったのか?)
「お茶」
「……頂くとしよう」
血気立つ二人から逃避するように、ウルゥルから受け取った湯呑みを口に運ぶ。だが、張り詰めた空気のせいで、茶の味も何もあったものではない。
まるで空気を飲んでいるかのようだ。本当に勘弁していただきたい。
「よかったなぁ、オシュトルはん。かわいい女子にもてもてやぇ」
唐突に響く、軽やかでよく通る声。
「っ……戯れは止せ。これのどこが持て囃されていると言うのだ」
ここまで沈黙を貫いていたアトゥイが急に口を開いたため、オシュトルの返答が一拍遅れる。
(いつも通り接してくるのが逆に怖い……!)
平素と違わぬ、はんなりとした愛嬌ある態度。
それが今のオシュトルにとっては、なによりの胃痛の種だった。
先の暗殺騒ぎ以降、信頼できる者が交代でアンジュを護衛に就いているのだが、今日はアトゥイの番だったようだ。
正直、かなり居心地が悪い。
いずれ話をつけねばならぬと分かってはいるが、いざ面と向かい合うと、やはり及び腰になる。
アトゥイの方は特に気にした様子はないが、言葉の端々にどこか棘が潜んでいる。
彼女の機嫌が直ったと見做すのは早計だろう。
「ん~、今の話やけど、お姫さまの好きにさせたらええんちゃう? お姫さまのあの剣、ごっつくて、えらい強そうやったぇ。いつか、ウチとも遊んで欲しいと思ってたんよ」
「しかし、また聖上の身が危険に晒されるようなことがあれば……」
「アトゥイ、よくぞ申した! 此奴の言う通り、剣を携えた余ならば刺客など物の数ではない! 皆まとめて粉微塵にしてくれようぞ! ……じゃから、の? 良いじゃろ、オシュトル? の? の?」
「まず、狙われないことが第一かと……!」
アトゥイの賛成を受け、アンジュの意識がクオンとの口喧嘩から本題へと戻ってしまった。
意気揚々と自らの武を誇示する彼女を尻目に、オシュトルは苦い顔。
トゥスクル皇女の訪問以降、剣の鍛錬を始めたせいで、妙な自信をつけたのがいけなかったか。
たしかに、アンジュは
その膂力は
彼女がさらに鍛えれば、いずれミカヅチをも凌ぐ最強の武人にも成り得よう。
だが、それとこれとは話が別なのだ。
「クオンからも、なんとか言ってもらえるか」
これ以上の暴走を止めるべく、頼れる相方に助けを求めたが、
「う~ん、確かに。見えるところにいてくれれば、私たちで確実に護ってあげられる、って利点はあるかな。エンナカムイにいても襲撃はあったんでしょ? なら、どこにいても危険なのは同じなんじゃないかな」
「そ、それはそうだが」
味方だと思っていたクオンからの、まさかの掌返し。もはや、この場においてはオシュトルの意見の方が少数派らしい。
だが、アンジュはまだ子供であり、落ちてはならぬこの國の太陽だ。こればかりは、簡単に首を縦に振る訳にはいかない。
「オシュトル。余は、其方ばかりに苦労をかけとうないのじゃ」
アンジュが真剣な面持ちで、オシュトルに詰め寄る。
「ただでさえ、
ミカヅチの戦いの後、
その際の皆からの詰められっぷりときたら、今でも震えあがるほどである。だから言いたくなかったのだ。
「……以前にも申し上げましたが、某の心配はご無用。ネコネは少々、心配性なようで」
自身の弱みを突かれまいとしてみたが、それを皮切りに室内の空気が硬直した。
「オシュトルはん——ネコやんの心配する気持ち、無碍にするのけ?」
アトゥイが言い放ったその一言で、部屋の中の温度が俄かに、かつ決定的に下がった。
「オシュトル、それはさすがに不遜が過ぎるんじゃないかな」
クオンの冷ややかな目。
「
「その力の行使が主様の身を蝕むのは必定。用いぬに越したことはないかと」
ウルゥルとサラァナも乗っかる。
「余のことじゃとああも神経質になるクセに、自身のことじゃとこうも
アンジュもまた、不満げに眉をひそめる。
非難轟轟、針のムシロである。
どうしてこうなった。
「……また
またあの巨神の力を引き出せば、次は生きて戻れるか分からない。
「それを知った以上、余の大事なオシュトルが潰れるのを、黙って見ていることなどできぬわ。此度の件は余だけでなく、其方の身も案ずるが故の案というのが分からぬか」
過日のネコネの狼狽ぶりを知る面々は、今のオシュトルの態度に怪訝な目線を向けざるを得ないのだろう。それは重々理解できる。
「ですが、某は」
「くどい! 頼るのならば
なおも流れを止めようとしたオシュトルだが、アンジュがそれを許さない。
「オシュトル。余の力を信ずるならば、兵の鼓舞でも戦働きでも、好きに使うが良い。出し惜しみは許さぬ。すべからく、上手く用いて見せよ。良いな?」
アンジュの言葉は、今後あまねく戦場に自らも身を置くという意思表示。
加えて、その運用の一切をオシュトルに一任するとも。
オシュトルにこの國の頭脳としての役割を任せ、自身を大望を果たす為の「力」として扱えと言っているのだ。
それが現状での最適解だと、彼女は信じている。
否、何よりもオシュトルを信じているのだ。
「……承知仕り申した」
憂慮すべき点は、それこそ枚挙に暇がない。
「ですが、くれぐれもご無理はなさらぬよう。御身がお隠れになられては……父君が浮かばれませぬゆえ」
「わかっておる。お父上の遺したこの國を取り戻すまで、余は沈みはせぬ。其方もおることじゃしな。……先だっては、分かっておるな?」
「はっ。聖上の声は、忠心篤いエンナカムイの兵にはよく響くことでしょう。ルモイの関までの巡行、なにとぞお頼み申し上げます」
「うむっ! それでよいのじゃ!」
結局、折れたのはオシュトルの方だった。
今後を考えれば、飛び抜けて優れた戦力は一枚でも多くいてくれた方が助かる。冷静にそのように算盤をひいたが故の結論だ。
決して、アンジュの強いまなざしに根負けしたワケではないのである。
* * *
オシュトルがアンジュの要求に応じた理由は、もう一つ。
それは——
彼女は家中の乱れに思考を割いたまま勝てるような、甘い存在ではないのである。
「待ったけ?」
「いや、某も今来たところだ」
エンナカムイにそびえる、夕暮れのタバリ山。
オシュトルの呼び出しに従い、アトゥイが山奥に張られた結界へと舞い込んだ。
「うひひ、なんや今から逢瀬でもするみたいやなぁ」
あながち、間違ってはいない。
これから男は、彼女と熱く語らう腹積もりなのだから。
「でもな? ウチ、これでもけっこう忙しいんやけど」
「そう言うな。今まで散々ヤケ酒に付き合わされた分のツケだ。ここで清算していってもらおうか」
「…………ふぅん。ま、ええよ。オシュトルはんに、付き合ったげるぇ」
オシュトルの言葉のナニカが琴線に触ったのか、穏やかだったアトゥイの瞳に、仄かに昏い熱が灯る。
「ほな————やろか?」
「ああ。一手、付き合ってもらおうか」
そして二人の、
うたわれるものBBSってなんすか??? あまりに平成が過ぎる……(とはいえ新情報の開示はかなりウレシイ)。
無事にロスフラを見送ったので更新再開。まあ、5月には白道発売が控えてるので、また間隔が開く可能性はあるのですが……。
あなたのうたわれ歴は?
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散りゆくのみ
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偽りあるいは偽り二白のみ
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散り~二白三部作
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三部作+ロスフラあるいはモノメビ
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ロスフラのみ・モノメビのみ
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白への道標まで全て履修済
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うたわれは未履修
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その他