アトゥイとて、初めからオシュトルの擬態に気づいていた訳ではない。
ウルゥルとサラァナの隠蔽は完璧だった。
苦楽を友にした仲間たちですら、一見してその正体を見破るのは困難な程に。
しかし——。
『暇を持て余しているならば、仕事を手伝ってもらえるか』
しきりにアトゥイの様子を窺い、気にかける視線がオシュトルらしくない。
以前の彼は、アトゥイにはもっと距離を置いた付き合いをしていたはずだ。
『待て待て。シャッホロでは、ボロ雑巾になった兵を追い回すのを調練と呼ぶのか? 皆が不憫だから、そこまでにしてやれ』
興が乗ったアトゥイを、わざわざオシュトル自身が直接止めに来るワケがない。
彼ならば、せめて誰か人を使うなりするだろう。
そして決め手は————いや、やめておこう。
女が心の内を具に晒すものではない。
確かなのは、彼はオシュトル本人ではなく、あの頼りないアトゥイの逢引き相手だということだ。
にもかかわらず、彼はアトゥイの前で、一度も仮面を外してはくれなかった。
別に?
けれど、遊びで寝るだけの相手に釈明など必要ない、と言われたようで————モヤモヤを越えてイライラした。
それはもう、つい勢い余って友達の情事の場に男を連れ込むくらいには。
あれから何か気でも変わったのか、オシュトルが鍛錬に付き合ってくれと誘ってきた。
当然、言葉通りの意味でないことくらいアトゥイにも分かる。
要するにこれは——挑戦状だ。
仮面を捨てさせたくば、力づくでやってみろ、と。
* * *
地面は踏み込みには申し分ないほどに乾き、ふたりの間を遮る障害物は何もない。
ここならば、気兼ねは要らない。
「————フンッ!!」
横から迫る槍の重みを、鉄扇の親骨で確と捉える。
「あやや」
オシュトルがアトゥイの初撃を上方へ逸らすと、彼女は感心するように目を見開く。
(十分受けられる……いける!)
たった一合ではあるが、確かな手応えを覚えた。
相手は幼少より数多の戦場を駆けた、己を上回る高手。かといって、むざむざ斬られてやるつもりはない。
オシュトルとて、今日まで遊んでいた訳ではない。まともに食らえば躰がひしゃげる程の剛力だが、今なら受け流すことも出来る。
これならば戦える。
アトゥイと正面から喧嘩が出来る。
「行くぞッ!!」
返礼とばかりに、オシュトルは槍の間合いへ踏み込み、逆胴への打突を繰り出す。
(……!?)
だが、手応えはなく太刀は空を切るのみ。
目の前にいたはずのアトゥイが消えた? いや、それはあり得ない。ならば、
( ————上!)
「そないなもん振り回して、似合っとらんぇ?」
頭上からの強襲。
「づッッ!? ぐうッ……!」
舞い降りる閃撃に対し、反射的に太刀を掲げるも…………止まらない。
受けた刀ごと押しこまれ、力任せに後ろへ跳ね飛ばされてしまう。
背中から地を打ち、数度転がる。
これはまずいと慌てて立ち上がるが……なぜかアトゥイからの追撃は来ない。
「軽いなぁ。これじゃあ物足りんぇ」
「……期待外れと断ずるには尚早であろう。こちらはまだ、手の内を見せた覚えはないぞ」
長槍をぶらりと提げたまま、不満げに唇を尖らせるアトゥイに対し、オシュトルは虚勢を張る。
彼女のやる気を削いでしまうのは本意ではない。
この場は、彼女の土俵で戦わなければ意味がないのだから。
「なら、はよ見せた方がええと思うぇ? でないと——」
言い終えるより早く、アトゥイは得物を高く振りかぶった。
それは隙だらけにも思える、単調で直線的な振り下ろし。
だが、その直後。
「————なッ!?」
二人の間の空間が破裂した。
「オシュトルはん、死んでまうぇ?」
爆ぜた空気が仮面に向け、刺さるように吹き荒ぶ。届いてもいないそのひと振りが、男の肝を強く揺さぶった。
当たれば命はないと断言できる、膨大な殺意が乗った一撃。
帝都にいた頃の彼ならば、間違いなくこの時点で土下座し、許しを請うていただろう。
「お願いやから、あっさり終わらんとってな?」
「ッッ!?」
気づけば瞬息の間に、無数の突きが男の視界を埋めた。
「グッ……! クソ、捌き、きれん……!」
まさに荒れ狂う大海の如し。
刀と鉄扇を握る力が削られていく。
ミカヅチとの一騎討ちでも体験した、死の足音が近づいてくる。
文字通り息つく暇もない。血が昇って頭の血管が破裂しそうだ。
『アトゥイから一本とるだけなら、そう難しくはないかな』
クオンはそう言っていた。
攻めに傾倒したスタイルと俊敏さを活かした制圧力は脅威だが、反面守りは甘い。
格下のひと刺しをも許しかねないほどに、彼女の戦い方は危ういのだと。
『ただ問題は……きっと、アトゥイは止まらないと思う』
「ガッ!!?」
連撃に紛れ、ふいに軌道を変えた石突きが脇腹へ沈んだ。
肋骨から嫌な音が響く。
槍に込められた苛烈なまでの害意が、メリメリとオシュトルの肉を冒す。
分かってはいた。
アトゥイの槍は
ましてオシュトルは、ここに至るまでにアトゥイを蔑ろにし続けた。その怒りも乗っているやもしれん。
つまり、この立ち合いを挑んだ以上、こちらも命を懸けねばなるまい。
「ぐ、く……おぉぉぉっ!!」
痛みに悶絶する躰を意志でねじふせ、歯を食いしばってアトゥイの懐へ再度飛び込む。
死ぬつもりはない。
あくまでこれは『オシュトル』の目的とは関係ない、男自身の我儘なのだから。
「アトゥイッ!!」
「ん〜、必死やねぇ」
『オシュトル』との約束を果たしたい。
だが、アトゥイを離したくもない。
どちらも捨てられない男は、人類らしい強欲な目論見を抱いてここに立った。
その愚かさに、呆れもするだろう。
「許せ。こちらも今は、女ひとり振り向かせるのに必死なものでなッ!」
「…………」
ハクでなく、オシュトルとして彼女の心を奪う。
彼が気を惹きたい目の前の女は、言葉だけで納得させられるような
こちらも意地を通す以上、こじれる事は想像に容易い。
ならば彼女が納得しやすい形で受け止め、改めて口説き落とす。
これは、その為の戦いだ。
「だからそーいぅの、求めてたんとちゃうんよ」
一撃を凌ぎ、男が槍の内懐へ飛び込んでくる。
だが、分かりきった男の狙いに二度も乗ってやる義理はない。
アトゥイは再び軽やかに地面を蹴ると、つまらぬ兵法に頼る頑固者との間合いをとり直す。
ここからは先ほどの焼き直しか。あるいは、次こそ男の最期になるか。
しかし、オシュトルの狙いは、アトゥイの思い描くものとは異なっていた。
(——根源を探れ)
(——そこから力を汲み上げろ)
(——必要なのは、己を通す為の力)
それは、神に見放された人類が持ち得ぬ力。
命の始まりの地から続く、大いなる流脈の力。
それらを借り受け————放つ。
「……はれぇ?」
足元を侵食する予想外の景色に、アトゥイが間の抜けた声をあげた。
眼下に広がるは——『寒獄』。
本来、男の身には宿らぬはずの水神の加護を
だが、この程度で有効打を許すアトゥイではない。一瞬の足止めこそ食らったものの、即座に足元の氷塊を叩き割る。
「まだだッ!!」
その猶予だけで十分。
すかさず側方から肉薄し、またも水神の加護を帯びた流水の如き斬り上げを見舞う。
「あやや、急に躍起になりはったなぁ」
「随分と待たせたな! おかげで、ようやく捉えたぞ!」
アトゥイは地と空両面の対処を迫られ、はじめて守勢に入らされた。
負ける筈がないと思っていた男の剣筋が、徐々に届き始めたのである。
自身に追いすがり始めた脅威を前にして、アトゥイは——。
「………………いひ♪」
心底愉快そうに、笑った。
* * *
己という器から壊れぬよう、細心の注意を払って引き出した
エンナカムイに来てから練り上げ続けた、太刀と鉄扇のコンビネーション。
それらはミカヅチ、そしてアトゥイとの闘いを経て、着実に一つの流れとして実を結びつつある。
ヤマトでも有数の強者に通じる領域に手をかけたと言えよう。
しかし、オシュトルはまだ人としての観念に囚われていた。
戦という狂気に身を置き、己が内なる獣性と同居する術を、彼はまだ知らない。
「ガハッ!!」
場の主導権を握り返し、そのまま間髪入れず攻め立てたはずのオシュトルだったが——気づけば、背後に吹き飛ばされていた。
(ナにが……起きタ……? ……ッ!?)
幸い、五体の感覚は残っている。
しかし、今重要なのはそこでは無い。
「うひ、ひひひ……♪ こないにもてなされたら……嫌でもその気になってまうぇ……♪」
先程までの心踊らなそうな様子は微塵もない。
誰もが引き込まれる美貌は愉し気に歪み、その双眸は薄昏く揺蕩い、雰囲気は獰猛な猛獣そのもの。
狂い姫。
まさしくそう呼ぶにふさわしい、清純可憐な外見に戦狂いの獣を内包した、尋常ならざる存在がそこにいた。
「えりゃっ♪」
可愛らしく弾んだ掛け声。
それに比べ、超人的なバネから繰り出される凶悪な一振りは、放たれた矢の初速すら凌駕する。
(急に速く! 不味い——!)
「クソッ!」
こちらの回避行動まで織り込んだ、槍の薙ぎ払い。地面に刀を突き立てて軸にすることで、辛うじて別方向へと転がって凌ぐ。
「目ぇ離したら、アカンよぉ!」
追撃は止まない。
距離を離すことすら許されず、跳ねるようにしなった槍が加速しながらオシュトルの首を狙う。
まさに獣。もはや
「槍、使いがッ!! 太刀の間合いにッ! 入ってくるんじゃ、ないッ!!」
「そんなん、ウチの勝手やも~~ん♪ やっ!」
距離を詰めることで致命の一撃を躱すが、互いがぶつかり合い————体重が重いハズのオシュトルの方が弾き飛ばされる。
「ぁあ……ったく! つくづく常道ってモンを知らん奴め!」
「オシュトルはんが道を語るんは、ちょっと筋が通らんのとちゃう?」
図らずも開いた間合い。
互いに刃を構え、憎まれ口を叩きながら向かい合う。
「それについては本当に、その通りだよッ!」
先ほどよりも気が抜けたようでいて、その威圧感はむしろ増している。
改めてアトゥイという少女の底知れなさに背筋が凍らせながらも、オシュトルは突貫を止めない。
楽しんでもらえたなら結構。
それでこそ、もてなす側として本望というもの。
機嫌を直してもらえたならば、あとは目的を果たすのみ。
「だが、この『オシュトル』は! このやり方で、全てを手に入れる! 無論、お前も、例外ではないッ!」
両者ともに水神の加護を纏い、剣撃が交わる。
加護が水滴となって発露し舞う様は、いっそ神々しさすらあった。
「なんや、らしくもなく情熱的やねぇ。まぁ……悪い気ぃはせんけどっ!」
「ぬぐッ!!」
アトゥイが槍を振り抜けば、オシュトルは死力を以ってそれに応える。
本領を発揮した彼女を受け止めることが、男の務めなのだから。
「乙女の命は短いんやから、あんま待たせるもんとちゃうんよ?」
「だから今! こうしているのだろうッ!!」
鉄扇で穂先の軌道を捻じ曲げると、彼女を夢中にさせようとすかさず刃を返す。
目を離させはしない。
オシュトルの刃に釘付けになってもらう。
「おオオオァッ!!」
「はやぁ、まだそんなの隠してたんけ。ひひ、ええよええよっ♪」
水神の気を帯びた剣気が刀身を離れ、後方へ飛び跳ねたアトゥイの胴を襲う。
攻守が目まぐるしく移り変わり、次、さらにその次と。
今までの時間を取り戻そうと言わんばかりに、間断なく多彩な攻め手を披露し合う。
そんな、苛烈極まる攻防が数十を超えると。
「なぁなぁ、もっともーっと! ウチと闘ろぉ♪ おにーさんっ♪」
いつの間にかアトゥイの頬は緩みきり、童のようにはしゃいでいた。
だって仕方ないのである。
ずっと他人のフリをして連れなかった男が、今は本気でアトゥイと遊んでくれているのだから。
(楽しい! 楽しい!)
そんな風に目を輝かせるアトゥイを見て、思わずオシュトルも苦笑を漏らす。
「なんだ。某たちは、喧嘩をしていたのではなかったか?」
「ん~、そやったっけ? まぁそういえば、ウチらってちゃんと喧嘩したこと、なかってんなぁ」
オシュトルも同意する。
アトゥイが一方的に当たり散らすことはあっても、こうして真剣にぶつかり合うことなど、以前の男なら何としても拒んでいただろう。
(それも、意外と悪くはなかったな)
想いを乗せた刃を交わすことで、オシュトルは不思議な高揚感を得ていた。
己とは程遠い人種とばかり思っていた、目の前の戦馬鹿の気持ちが多少は理解出来るほどに。
しかしながら、
この蜜月もそろそろ手仕舞い時である。
「アトゥイ」
オシュトルが独自に編み出した構えを取り直すと、二人の視線がぶつかる。
見つめ合ったまま静寂が間合いを吹き抜けるが、高揚した感情は一向に収まらない。
このように、確と彼女の顔を見たのはいつ以来だろうか。
愛らしく、荒々しく、昏く、明るい。
久しぶりに見るそのすべての表情が、愛しくてたまらない。
だから——。
「某を見ろ。ここにいるのは某、オシュトルである。お前が某に何度愛想を尽かそうと、某は何度でもお前の瞳に映り続ける。二度とお前を退屈させることなく、アトゥイの眼を惹き続けようぞ」
切先を向けたまま、精一杯の想いを押し付けた。
「え……………………うぇ」
「……おい」
アトゥイの微妙な反応を受け、思わず刀を落としそうになる。
男とて、恥ずかしくないワケがないのだ。スベったとしても、そこは水に流して欲しいところである。
「う…………そんなつもりや、のうて……うぅん」
やや逡巡したのち、アトゥイもまた、槍先をオシュトル目がけて構えた。
「……二度と、置いてけぼりになんてせんといてな? オシュトルはんがおらんとつまらんくて、あくびが止まらんくなってまうんよ」
再び視線が合うと、互いに口元がほころぶ。
久方ぶりに、彼女との間にできた距離が縮んだような気がしたのは、きっと錯覚ではないだろう。
「手加減なら歓迎するぞ」
「あかんぇ? 惚れた女をもてなすのも」
「男の甲斐性の見せ所……か?」
「さっすが、分かっとるんやんっ♪」
想いを確かめ合ったのち、再び交わる剣戟は言葉よりも雄弁な睦言となる。
終わりを拒むかのように飛び散る水飛沫は、二人を祝す花吹雪のようであった。
例外として、クオンは神憑の属性を自由に変える『四神変転』と『願いの神』の力の解放が可能。クオンはなんでもアリ。
あなたのうたわれ歴は?
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散りゆくのみ
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偽りあるいは偽り二白のみ
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散り~二白三部作
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三部作+ロスフラあるいはモノメビ
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ロスフラのみ・モノメビのみ
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白への道標まで全て履修済
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うたわれは未履修
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その他