帝都奪還に向けた次なる一手。クジュウリ訪問の日程が間近に迫り、城内はにわかに慌ただしさを増していた。
主たる顔ぶれが揃って本拠を空けるとなれば、当然、留守中の防備を整えねばならない。だが、現況は理想通りにはいかぬもので。
「やはり、ルモイの関の機能停止が痛いな」
机に広げた地図をなぞりながら、オシュトルは小さく息を吐いた。
クジュウリ出発までの限られた時間で、襲撃で半壊したルモイの関の要塞化など望むべくもない。
ゆえにこちらにできるのは陣地の強化ではなく、今ある軍備と人員を十全に整え、可能な限り有事に即応できる体制を作ることだけだった。
「心許ないが……贅沢を言ってられぬのはいつものことか」
いつも通りのでたとこ勝負、という結論に苦笑を漏らす。
それでも、今できる最善を尽くさぬ道理はない。ひとまずオシュトルは現状の軍備をこの目で検めるため、執務室を出て練兵場へと足を向けた。
季節が変わり、寒さも和らいだ昼なか時。
オシュトルが歩を進めるにつれて、小気味よい怒号と得物がぶつかり合う音が響いてくる。
木柵の影から場内を覗き見ると、そこではちょうど大がかりな兵棋演習が行われていた。
「——第三、第四部隊は左翼へ回れ! 相手の先陣が伸びきったところを横合いから叩くのだ! 第二部隊はそのまま後退! 歩調を維持しつつ、敵を誘い込め!」
凛とした、よく通る声で指示を飛ばしているのはノスリだった。
目の前で繰り広げられている部隊運用は、予想以上に高度で無駄がない。それぞれの部隊が彼女の号令に一糸乱れぬ動きで応じている。
(これはまた……大したものじゃないか。この短期間にここまで仕上げるとは)
オシュトルは密かに目を見張った。
以前と比べて膨れ上がった兵の数がまともに統率できるか、正直一抹の不安があったのだが、ノスリらの能力を過小評価していたらしい。
「む、オシュトルではないか。なんだ、陽の下で顔を合わせるのは久しぶりではないか?」
指示を出し終えたノスリの元に近づくと、彼女は張っていた相好を崩し、快活に笑いながら歩み寄ってきた。
「大げさな。そこまで部屋に籠りきりというわけでは……いや、否定しきれぬか?」
苦笑交じりに返しつつ、自身の生活を振り返る。
昼間は政務にかじりつき、剣を振るうのは決まって早朝か、あるいは夜半過ぎ。それ以外は閨の時間もあるため、昼間にこうして顔を出す機会は減っていた。
「新たに加わった兵たちの様子を見に来たのだが……中々の練度だな。驚いたぞ」
オシュトルが話題を演習へと戻すと、ノスリは待ってましたとばかりに、その豊かな胸を大きく張った。
「ふふん、そうだろうそうだろう! 元は金払いの良さにつられて集まった、根性無しの烏合の衆であったが、今ではこの通り。 どうだ? 私に兵を預けて正解だったろう!」
「ああ、誠に。感謝している」
たしかに、目にした成果は見事の一言に尽きる。素直に同意せざるを得ない。
実のところ、ここにいる兵たちの出自は複雑だった。
かつて、エンナカムイ側の十倍を超える大軍勢で攻め寄せてきたデコポンポ軍。
あの戦いで約三割が戦死し、六割はマロロの手によって郷里へ帰還したらしい。だが、残りの一割は帰る事も出来ず、この國周辺に散り散りとなって潜伏していた。
生きるために賊徒となり、近隣の集落を脅かす者も出始め、オシュトルもこれを無視出来なかった。
そこで、キウルとオウギ主導で脱走兵の捕縛と登用を呼びかける作戦を指示。行き場をなくした彼らを、この國の兵として取り込んだのである。
急増した兵を養うコスト、急激な人口増加に伴う治安の悪化など、懸念事項を挙げればキリがなかったが——。
「こちらのことは任せっきりではあったが、上手くやってくれたようで助かったぞ。流石だな、ノスリ」
「あ、ああ…………ぶっ!くくっ、 わっはっはっは! しかしこの仏頂面め、ようやく私のありがたみに気づいたと見える!」
オシュトルの
(実際、助けられているから否定できんのだよな)
激しく肩を揺らされながら、彼女のスキンシップを大人しく受け入れるオシュトル。
(それにしても、距離感がやけに近くないか? コイツ、誰にでもこんな感じなのか?)
正体に勘付いていたアトゥイとは違い、ノスリにこちらを怪しむ素振りはまるでない。
信用されるのは悪いことではないのだが、オシュトルは内心モヤっとする。
(正体を明かすにしても、あまり時間はかけない方が良いかもしれん)
交渉相手の肉親であり、今後のキーマンでもある彼女らにすぐアプローチするのは、少々リスクが高いと考えていた。
しかし、このまま手をこまねいていては、過去の男として綺麗さっぱり忘れられるかもしれない。ノスリの屈託のない笑顔を見ると、そんな不安を覚えてしまうのだ。
ただでさえ最近、軍議以外でノスリと話す機会は減っている。だがそれは、彼女が手のかからない、信頼できる相手だから、という要素が大きかった。
このノスリ、実は女性陣の中では、最も精神的に安定しているのである。
さらには、部下をまとめ上げるカリスマ性があり、目を離しても指示さえ与えておけば、与えられた役割を完璧にこなしてくれる。
(手元に置けば、これ以上なく頼れる仕事人。だが自由にさせれば、たちまち厄介事を引き寄せる台風の目になる。ある程度手綱は握ってやらねばならんが、それを差し引いても優秀だ)
意外や意外。ここしばらくのノスリは、本当の意味で「できる女」と呼ぶに差し支えない活躍ぶりなのである。
しいて気になる点をあげるならば……「アレ」だろうか。
「うん……? おい、どうかしたのか? さっきから妙に私をじっと見て」
「あ、ああ、何でもないのだ」
ルルティエに喘がされていた先日の光景をふと思い出し、慌てて首を振る。
アトゥイからの証言を踏まえると、ルルティエだけでなくアトゥイとも「女子の秘密」を共有しているらしい。一見すればいつも通りのノスリ。影でいかがわしい行為を重ねているとは想像もできない。やはり、女という生き物はわからぬものである。
「なんだか、視線がいやらしくなかったか……?」
鋭い。
「そんなつもりはないのだが……気分を悪くしたなら許せ」
「気を付けろよ? 本当に不躾な目線というものを、私は最近イヤになるほど目にしているのだからな」
ふん、と不満げに鼻を鳴らすノスリの言葉に、オシュトルはもう一つの懸念事項を想起する。
「ああ……もしかして、フミルィル殿のことか?」
ルモイ関陥落という凶報を振り払うかのように、この國を賑わせた大きな吉報があった。
かつてトゥスクルに囚われた、八柱将『鎮守』のムネチカの帰還。
それは、初動を挫かれた陣営の士気を爆発的に跳ね上げる契機となった。
そしてトゥスクルの商隊の荷馬車に揺られ、送還の使者として同行してきた女性が、フミルィルである。
クオンの幼馴染みだという彼女は、その飾らない人柄もあって、瞬く間にエンナカムイの陣営に溶け込んだ。
そして——爆発的にモテた。
肩まである栗色の髪を緩やかにカールさせ、華やかでありながら上品な印象を与える佇まい。常に絶やさぬ穏やかな微笑みと、すべてを包み込むような大人の包容力。
ウチの女性陣もそれぞれ類稀なる美貌の持ち主ばかりだが、フミルィルが持つ大人の色香と母性は、また頭ひとつ抜けていた。
そういう訳で、城内の男たちが彼女の虜になるのにもそう時間はかからなかったのだ。
「あまり風紀が乱れるようであれば、何か対策が必要かもしれんぞ?」
「今のところ実害が出ているわけではないが……まあ、注意はしておこう。彼女に対し、あからさまに不埒な視線を向けている者たちにもな」
「大人のオンナの魅力が過ぎるのも考え物だな。他人事ではないゆえ、よぅくわかるぞ」
「そ、そうであるな」
ウンウンと一人納得した様子のノスリに、オシュトルは生返事を返した。
「っと、話し込んでしまったな。よし、再開だ!」
調練に戻ってゆく堂々たる背中を見送りながら、オシュトルはふっと息を漏らす。
もう少しゆっくり酒でも交わしつつ話したいところだが、今は互いに職務中。
次にオシュトルは、件の人物のもとへと向かうことにした。
* * *
ムネチカを伴い現れたクオンの幼馴染・フミルィル。
彼女の素性について、ハッキリとした証言は得られていない。
ただ一つ確かなのは、八柱将を秘密裏に返還するという常識外の立ち振る舞いを、「あちらの上の方々には了解がとれていますから」という一言で片付けてみせた事実。
捕虜の返還に証文や賠償のひとつもなく、そんなフランクに処理していいものなのだろうか。
ともかく、彼女はトゥスクルのお偉方とコンタクトを取ることができ、なおかつムネチカを連れてこれる立場。あるいは、それを主導した権力者と繋がりを持つ人物。
そう結論付けるしかなかった。
「油断ならない」
「あの容貌もさることながら、自身の手札を隠して我々に取り入る政治力。侮れません」
「とはいえ、彼女の機嫌ひとつでエンナカムイの明日の飯が文字通り吹き飛びかねん。細心の注意を払いつつ、丁寧に接さなければな」
フミルィルが
現状は実質的な特使扱い。オシュトルにとっては、アンジュとイラワジ翁の次に気を遣わねばならない相手として目出度くランクインしたことになる。
ちなみに、オシュトルが遠回しに援助打ち切りの可能性を尋ねた際、フミルィルは小首を傾げてこう言っていた。
『クーちゃんがお腹を空かせたら大変ですから、それは無いと思いますよ?』
……トゥスクルはクオンの親か何かなのだろうか。
そんな件の人物を探しに来たオシュトルは、昼時を迎えて兵たちで賑わう、詰所の入り口にて絶句する。
「みなさ〜ん。お持ちしましたよ〜。ふふっ、たくさん食べて、この後も頑張ってくださいね」
男たちの野太い声が飛び交うその中心で、ひときわ異彩を放つ、おっとりとした麗しい声。
汁物や飯を乗せた盆をにこやかに配膳しているのは、他ならぬフミルィルだった。
「おおお……!」「ありがてえ!」
「ああ、フミルィル様…………!」
彼女が兵たちの後ろを通り過ぎるたび、むさ苦しい男衆の歓声がさらに大きくなる。
あまりに自然に彼女の存在を受け入れる連中をよそに、オシュトルは目元を手で覆ったまま、天を仰いだ。
(なんっで給仕の真似事なんてさせてんだ! 誰か止めなかったのかよ、誰か!)
思わず心の中でツッコむ。
幸いにも、本人は実に楽しげに取り組んでいる。だが、エンナカムイの懐事情を総括する身としては、いつ不手際があって不興を買うかと生きた心地がしない。
「あ……オシュトルさま……。来て下さったんですね……」
背後からおずおずとした、しかし聞き馴染みのある声。
振り返ると、昼餉の支度を終えたばかりのルルティエが佇んでいた。彼女はその卓越した家事能力と信用を買われ、今やこの城の賄所を仕切る台所奉行さまである。
彼女であれば、この事態について何か知っているだろう。
「ルルティエ。彼女……フミルィル殿は、なぜあのようなことをしているのだ?」
「その、わたしも途中から気づいたので…………。あ、あの、やっぱり、いけないんでしょうか……?」
ルルティエが申し訳なさそうに身を縮め、オシュトルもまた申し訳ない気持ちに陥る。
フミルィルは賄方の繁忙具合を見かね、いつの間にか手伝いを始めてしまったらしい。出会って日も浅い上に立場の不明瞭な彼女を、ルルティエは無理に咎めることができなかったらしい。
「そ、そうであったか。ならば仕方ないな、うん。ルルティエは悪くない、悪くないぞ」
オシュトルは冷や汗を拭いつつルルティエを宥めた後、フミルィルの方へと歩み寄る。
「その……フミルィル殿?」
「はい? あっ、オシュトルさま♪」
声をかけると、彼彼女は満開の向日葵のような笑顔を向けてくる。その無防備さと鷹揚さに、つい毒気を抜かれてしまう。
「ここにいることを聞き及んでいなかったゆえ、驚いてしまってな。失礼ながら、ここにおられる理由を伺っても?」
「そうですね、馬廻の方々がとっても忙しそうでしたので。良ければ、少しでもお力になれたらと思いまして。ふふ、私、こうして誰かのお世話をするの、けっこう得意なんですよ?」
返ってきたのは、純粋な善意からの言葉だった。
ヤマトとトゥスクルは、この間まで仮想敵国同士。それなのに急にそのお膝元にやってきて、ここまで溶け込めるものだろうか。
この女性、見た目の美しさとおっとりした雰囲気に反して、中身はとんでもない大物なのかもしれない。
「オシュトルさまもお昼ですか? でしたらご用意を……あらっ?」
フミルィルが賄所へ踵を返そうとしたその時、彼女の足元がこぼれたわずかな汁物で滑る。
「っ! いかん!」
オシュトル膳を持ったまま倒れ込むフミルィルを救うべく、反射的に手を伸ばす。
彼の片手が見事に盆をキャッチし、もう片方の手で彼女の身体を支えようとするも、フミルィルの挙動は彼の予想を越えていた。
止められたのは盆の方だけ。彼女の身体は、想定を超えて前のめりに倒れ込み——。
————ふにゅん。
詰所全体に、ざわ……と戦慄が走る。
フミルィルは完全にバランスを失い、気づけばオシュトルの腰に正面から思い切り抱きつく格好になっていた。
「オ、オシュトルさま……!?」
背後からルルティエの驚愕の声が響くも、オシュトルはそれどころではない。
己の腰から腹にかけて、かつて経験したことがないほどの柔らかさが襲う。
見た目からある程度は想像していた。だが、実際に密着したそれは、あのノスリよりも遥かに大きく、豊かに実っていた。そのふくよかな丸みが、今盛大に男に向けて見舞われているではないか。
(オイオイオイオイッッ!?)
未体験領域の
『オシュトル』は、兵たちの前で美人に抱き着かれて勃起したりはしない。
しないったら、しないのだ。
「ありがとうございます、オシュトルさま。受け止めてくださって」
しかしさらに
それどころか、豊かな胸をオシュトルの身体にぴったり押し付けたまま、おっとりとした調子で呑気に礼を言う始末。彼女は今の状況を理解していないのだろうか。
それともオシュトルが意識しすぎか? ……否、周囲の視線が、そうではないと教えてくれている。
「どうかなさいました? もしや、どこかお怪我でも?」
「……ご心配には及びませぬ。某もヤマト男児の端くれ、この程度ではビクともいたしませぬゆえ」
(お願いだから、その状態で身じろぎしないでくれ……っ!!)
きょとんとした顔のフミルィルが身体を動かすたび、温かくふわふわとした甘美なる柔肉がオシュトルの腹筋の上で押し潰され、思考が持っていかれそうになる。
これは良くない。本当に良くない。一刻も早くこの歩く核弾頭から離れなければ、あらゆる意味で爆発してしまう。
「ああ……フミルィル様ぁ……」
「クソぉ……またオシュトル様が美人を持って行くのかぁ……」
「なんでオシュトル様ばかり……」
「仕方ねぇって。この國の出世頭にしてあの
(聞こえているぞ!またってなんだ、またって!!)
兵たちからヒソヒソと嫉妬のこもった恨み節がオシュトルの耳に届く。
だが、客観的に見れば彼らの言い分も無理はない。
まず、直臣扱いになっている元隠密の女性陣は綺麗どころばかり。
さらに、常にオシュトルの傍に侍っているウルゥルとサラァナにいたっては、すでに城全体、下廻りの者に至るまで密通関係にある腰元あるいは側女として認知されているくらいだ。
なにせ、双子のあのスケスケな格好である。
服装に関して開放的なデコイ文化においても、あの装いはアウト寄りなのだ。そんな二人をこれ見よがしに左右に従えていれば、周囲が勘繰るなという方が無理である。
ついでにオシュトル自身、彼女らに手を出しているのも紛れもない事実。美女に囲まれ、事実ありきで火種も十分。言い訳のしようがないスリーアウトだった。
「あら、お顔が赤いような。気分が優れないようでしたら、お部屋で休まれてはいかがですか? お食事もそちらにお持ちいたしますから」
「~~~お気遣い感謝いたす! ですがっ! ひとまずお立ちになられますよう!」
「あら? あらあら?」
至近距離で呑気に話し込もうとするフミルィルをようやく遮り、オシュトルは彼女の腰を掴み、半ば強制的に立たせた。
「ありがとうごさいます。お言葉通り、逞しいのですね。力強くて、素敵です」
その言葉に、兵たちの視線のギラつき具合はさらに鋭さを増す。それも構わず悪気なく朗らかに微笑むフミルィル。
この先の交渉やルルティエやノスリの件で既に手一杯だというのに、厄介事とは尽きぬものである。
恐ろしいほどの美貌を備えた要注意人物の登場に、オシュトルは本当に寝込んでしまいたい気分になったのであった。
「オシュトルって…………ああいう娘が好みなのかな…………?」
リーダビリティを考慮したら文字数が大幅に増える。むむむ。
うたわれ生放送アンケート! 白への道標! けっこう忙しいな……!?
あなたのうたわれ歴は?
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散りゆくのみ
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偽りあるいは偽り二白のみ
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散り~二白三部作
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三部作+ロスフラあるいはモノメビ
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ロスフラのみ・モノメビのみ
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白への道標まで全て履修済
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うたわれは未履修
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その他