※この作品はR-18です。

うたわれるものヒロインとイチャイチャする話   作:クラムP

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第四話前  大詔を拝す

 

 その日、一人の行商人がエンナカムイの砦門を叩いた。

 

「御注文とあらば、何なりと。人身売買以外はなんでも扱う、それが私の信条でして、ハイ」

 

 人のよさそうな、されど胡散臭さてんこ盛りなこの商人・チキナロ。

 聞けば、彼はクオンからの紹介ではるばるトゥスクルからやって来たという。

 

 彼が商品として提示したのは、上質な武具や食材、衣類の数々……そして、

 

————焼かれた喉を癒す妙薬。

 

 小さな薬瓶の中身をチキナロが告げた瞬間、その場にいた全員が思わず目を丸くさせた。

 それはまさに、今のエンナカムイが喉から手が出るほどに求める品であった。

 

 クオンはアンジュの病状を知っている。ならば、彼女がこの薬を用立ててくれたという話も合点はいく。しかし、

 

(あまりにタイミングが良すぎる)

 

 オシュトルはその都合の良すぎる展開に、かえって警戒を強めた。

 まるでこちらの窮状を見透かし、最も欲する瞬間を見計らったかのような来訪。どこぞの間者か疑ってくれと言わんばかりである。

 

 

 だが熟考の末、オシュトルは薬の購入を決意した。

 

 

 それは希望的観測による賭けではない。

 決断の根拠は、目の前の商人が「あまりにも怪しすぎた」からだ。

 

 その笑ってしまう程のツメの甘さと突飛さに、オシュトルはどこか懐かしい……彼女ら(・)し(・)さ(・)を感じ取ったのだ。

 

『文字通り秘薬だから、詳しいことは言えないんだけど』

 

 彼女もまた、秘密主義の癖に技量や育ちの良さやら、素性を偽るのがとにかく下手だった。

 そんな彼女のお節介に、男は何度も救われてきたのだから。

 

 

 その後、直ちに毒見が行われ、アンジュに薬が投与された。祈るような思いで経過を見守った、その結果——。

 

 

「姫殿下の容態が、急速に回復している……と?」

 

「……はいっ! お話も出来るようになられて、どんどんお元気になられています…………!」

 

 アンジュ、快癒。

 

 久方ぶりの朗報は、暗雲立ち込めていたエンナカムイの空気を一変させた。喜びの波は瞬く間に城中に広まり、アンジュという存在がそれほどまでに皆にとって大きいのだと改めて思い知らされた。

 

 

————故に、その裏にあるリスクについても、考慮せねばならなかった。

 

 

 

「敵襲ーーッッ!!」

 

 

 

 静まり返っていた夜の城内に、怒号と不吉な金属音が響き渡る。

 

「通さない」

「排除します」

 

「がぎゃっ!?」

 

 オシュトルの私室へ踏み込もうとした刺客を、ウルゥルとサラァナが弾き飛ばす。

 体勢を崩した隙を突き、続けざまに踏み込んだオシュトルが、刺客の首を一閃のもとに刎ね飛ばした。

 

 突然の夜襲。

 切り伏せた刺客の服装は、この城のものと同じ。外部から忍び込んだのか、それとも以前から潜伏していたのか。

 

「音の方角は……迎賓館か!」

 

 オシュトルの背中を嫌な汗が伝う。

 自分が狙われたからではない。そもそも『オシュトル』を本気で仕留めようとするならば、刺客がこの程度のはずがないのだ。だとすれば、

 

「時間稼ぎとは、手の込んだことを……!」

 

 迷うことなく廊下を駆ける。

 部屋も中庭も、最短距離を稼ぐために構わず突っ切り、迎賓館へとひた走る。

 

 このタイミングで動いたということは、敵の狙いは回復したアンジュ。

 反攻の芽を潰すなら、それが最適解なのだから。

 

 

「オシュトル!! 二人逃した! 姫殿下はこの先だ!! 行け!!」

 

 

 渡り廊下の屋根の上から、ノスリの叫びが轟く。

 階下ではヤクトワルトが複数の人影を相手取っており、二人は囲まれながらも刺客を食い止める壁となっていた。

 

「承知した! これ以上、何人も通すな!!」

 

「分かっている!!」

 

 迎賓館前で立往生する刺客の排除は二人に任せ、オシュトルは格子戸を蹴り破り、単身で館内へと突入した。

 

 既に一度、アンジュに毒を盛った相手だ。十分に可能性は考慮し、ノスリたちを配備して出入りも制限していた。ライコウの監視についても、双子に念波の波長を追わせていた。

 それでも尚、ここまで深く入り込まれるとは。

 

「クソ……ッ」

 

 寝所に辿り着くが、そこにアンジュの姿はない。

 それどころか、付き従っていたはずのルルティエさえも見当たらない。

 

 焦燥が、内臓を焼き焦がす。

 走り続けているのも相まって、口の中が張り付くように痛む。

 

 帝都で我儘放題だった、手のかかるお姫様。

 遠い昔、事あるごとに男の世話を焼きたがった、おませさんな姪っ子。

 

 男の中で二つの像が重なり合い、耐え難い吐き気がこみ上げる。

 

 いやだ。やめてくれ。

 どうして、あの子ばかりがこんな目に。

 

 憤懣(ふんまん)が頭を沸騰させ、両脚に鞭を打つ。

 

 足よ動け。

 耳を研ぎ澄ませ。些細な音も聞き漏らすな。 

 早く。早く。

 早く。

 

 誰も失わせてなるものか。

 火急の事態の中、オシュトルが胸に抱く想いは、それだけだった。

 

 直後、廊下の奥の戸を乱暴に開け放つ。

 

 

————そこには、部屋の中央で凶刃を振り下ろさんとする、刺客の姿があった。

 

 

『動くな』

 

 

 瞬間。

 部屋にいる全てのヒトが——自(・)ら(・)静止した。

 

 今まさに切りつけようと勇んでいた刺客も。

 盾になろうと覆い被さったルルティエも。

 その腕の中に守られた、より小柄な童女も。

 

 全てが止まり、静寂が場を支配する中。

 唯一、仮面の男のみがこの場を闊歩する権利を有した。

 

 「ひっ!?——やめ゛」

 

 まもなく、刺客の命脈が喉元から断ち切れた。

 

 噴き出す鮮血が少女たちに飛ばぬよう、自らの体で受け止めた後、男は物言わぬ肉塊を冷酷に蹴り飛ばした。

 

 情報源として生かすことはしない。

 いかに利己主義な男といえど、今だけはそんな甘い打算など入り込む余地はなかった。

 

 ただ、いかに早く彼女たちから脅威を取り除くか。

 それしか考えられなかった。

 

 

「……オシュ、トル?」

 

 

 事が終わり、初めに口を開いたのは言葉を取り戻したアンジュ。

 その心許なげな声を耳にして初めて、男は肺に溜まった空気を吐き出した。

 

 童女の瞳に映る、初恋の『オシュトル』。

 それは夜の闇では隠せないほどの、夥しい赤に染まった異様な姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 襲撃から一夜明け、エンナカムイ城内には張り詰めた空気が漂う。

 現れた刺客の大部分はノスリとヤクトワルトが討ち取り、館内に侵入した最後の一人はオウギにとって拿捕された。

 

 結果として事なきを得たとはいえ、城内の警備体制、果ては小者や女中に至るまで、全人員の身辺調査を直ちに行う必要があった。いずれはアンジュの居室も移さねばならないだろう。

 ヤマトの天子に対して二度までも暗殺を企てるなど、まさに天に弓を引く蛮行。断じて許されることではない。

 

「しかし、これが現実なのです。我らの敵はもはや、姫殿下の弑逆(しいぎゃく)すら厭わぬのだと、認めねばなりませぬ」

 

「……っ」

 

 オシュトルの前には、自らの足で席に着いたアンジュの姿があった。

 その顔は暗い。

 理由は、昨晩の凶事によって帝都での出来事を思い出したことが一つ。加えて、エンナカムイに落ち延びるまでの経緯も説明したのだ。当然、健やかな気分ではいられるはずもない。

 

 それでも、問わねばならなかった。

 

「この先、後継者として名乗りを上げれば、これが幾度も繰り返されることになりましょう」

 

「——!」

 

「事はそれだけに留まりませぬ。臣下も、何も知らぬ民草も……ヤマトに生ける者すべてが戦火に投げ込まれ、御身を塗りつぶしてもなお足りぬほどの血が流れることは必定」

 

 アンジュの脳裏をよぎったのは、昨晩の返り血に塗れたオシュトルの姿。

 

「~~じゃ、じゃがっ! 余が偽物ごときに居場所を奪われるのを、指をくわえて見ていろとでもいうのか!? 嫌じゃ! 余は帝都に戻る! これだけはっ! これだけは譲れぬ!!」

 

 アンジュはヤマトの真なる後継者。それは先帝の遺志でもあった。いわば彼女は正当な権利を取り戻そうとしているに過ぎない。本来であれば、それを否定する理由はどこにもなかった。

 ただし。

 

「では、その手を血で汚す覚悟がおありか。臣民に死ねと命じ、國を割る覚悟が」

 

「それは……!」

 

 この情勢で意地を通すには、力が要る。

 そして力を振るい、抗う者を斬り捨てる覚悟が要る。

 

 

 

「………………ぐすっ」

 

 広間にいる皆が押し黙る中、アンジュの瞳から大粒の涙が零れる。

 だが、この問答だけは避けて通れない。

 アンジュが再び本来の立場に戻ろうとするならば、帝に護られていた頃のままではいられないのだから。

 

「お、お父上は、もうおらぬのじゃ……あの日々は、もう戻ってはこぬ」

 

 年端もゆかぬ少女に対し、現実はあまりにも非情だ。今となっては、最愛の父の墓前に花を立向けることすら叶わない。

 それでも、彼女には選んでもらわねばならない。

 

 戦うか。息を潜めて生き永らえるか。

 

 己の命を捧げる覚悟など、前提に過ぎない。他者の命を摘む覚悟を示さねば、これから流れる血に顔向けが出来ない。

 

 

 

「……嫌じゃ」

 

 やがて、すすり泣く声が途絶えた。

 弱々しく細められていた瞳が見開かれ、徐々に烈火の如き憤激の色が宿っていく。

 

「我儘と誹られようとかまわぬ! お父上の遺したこの國を、簒奪者どもの好きにさせてなるものかっ!!」

 

 『オシュトル』の主が、力強く啖呵を切った。

 

「では、御命令を。某は、姫殿下に何処までもお供しましょうぞ」

 

 それが『オシュトル』の往く正道。なにより、目の前で立ち上がったこの娘の決意を、誰が邪魔できようか。

 

「うむ!」

 

 アンジュが聖上として、最初の勅命を宣言する。

 

「余こそが帝が一子、そして後継者たる天子アンジュである! 余の國の隅々にまで喧伝せよ!」

 

「はっ。聖上の御心のままに」

 

 賽は投げられた。

 エンナカムイの道筋が、今を以って定まったのだ。

 

 ここから先、戦わずに逃げる道はもう存在しない。オシュトルもまた、彼女と運命を共にする事になる。

 

 ハクが継いだ『オシュトル』の名と、エンナカムイの戦い。

 それはアンジュが真の意味でヤマトの『聖上』となるその日まで終わることのない、修羅の道となることが決まったのだ。

 




あけましておめでとうございます。徐々に腫れと痛みが引いてきたので、投稿ペースを維持できそうです。

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