蜜羅は由良が厠に行ったきり戻ってこないので心配になってきた。
「ううむ、腹でも壊したのか?それとも…」
どこからともなく、風雅な笛の音が鳴り響く。
それは蜜羅には聞き覚えのある笛の音であると同時に不快感を感じさせるものだった。
「どこにおる!朱雀門!!」
蜜羅が忌々し気に叫ぶと、どこからともなく美しい銀色の髪をした男鬼が現れた。
美男ではあるが、裸体に天女の領巾ひれのようなものを纏った不思議な出で立ちだ。
輝く銀色の長髪、雄々しい角と端正な美しい顔立ち、彫刻のような無駄のない筋肉質の体、鬼界一の美男である、この男は人間界では朱雀門と呼ばれている。
平安時代に京都の朱雀門に棲みついた笛を嗜む典雅な鬼として伝説になった者、それがこの男なのである。
「蜜羅姫様、お久しぶりでございます。私めの事を覚えていただき光栄であります」
朱雀門はそう言って優雅にお辞儀をした。
「お主の事は忘れられたくても忘れられんわ!!」
蜜羅が吐き捨てるように言った。
「おおっ!!やはり私の事が忘れられぬのですね。やはり姫様のようなお美しい方に釣り合うのは、鬼神界一のイケメンである私しかいないとお気づきになったのでしょう」
朱雀門が酔いしれたような口調で言った。
「いやいや、お主ほどしつこい男は初めてだからじゃよ。何度も言ったであろう。ワラワはお主には全く何の興味もわかんよ」
「なぜですか?私ほどのイケメンで、風雅を愛し、何より姫様をだれよりも愛しているのに」
「いや、お主の取り柄は顔がちょっと良いだけで、性格は最悪、紳士的に振る舞っておるが本性は自己中で卑怯で卑しくて臆病で…それにワラワへの愛というのもなんというか…」
蜜羅は朱雀門への愚痴を述べると溜息をついた。
「そんな…」
「お主、ワラワのパンツを盗んだじゃろ?結局、愛とか言いつつワラワをエロい目で見てただけなのじゃよ。それにワラワは自分より強い男しか認めん」
「そんな私がそのような事をするはずが…あれは落ちていた姫様のパンツを見つけたので拾ったのであって…」
朱雀門は必死になって否定をする。
「あれ以来、城の門番たちにも言っておいたのに、幻術で姿を消して忍び込んでくるとはのう」
蜜羅は腰に手をあて溜息をついた。
朱雀門が突如、クククと勝ち誇ったように笑い出した。
「いや、ここまで言われるとは、姫様は本当に僕に対する恋愛感情は全くないと?」
「そうじゃ!ワラワはお主に何の魅力も感じぬぞ」
「残念だ、私は鬼神界一の美女である蜜羅姫様を手に入れたいと思っていたのに…諦めるしかありませんね」
「ああ、諦めるがよかろう」
蜜羅は手でシッシと獣を払う様な仕草をした。
「ならば、私自身で理想の美女を作り上げるしかありませんね」
朱雀門が暗い笑みを浮かべる。
それを聞いて蜜羅はハッとした。
そして、すぐに理想の美女を作るというのが何を意味するのか感づいた。
朱雀門は人間界にいた頃、京都の100人の美女の死体から、それぞれ美しい部分を集め理想の美女を作り出そうとしていたという話を思い出した。
「そして、この鬼神界で理想の美女を作るために理想の材料が見つかったのです!!」
「ワラワの全身か?」
「いいえ、蜜羅様を材料にしようなどと恐れ多いことは考えませんよ。とても、よい素材を見つけましたので…」
「まさか!!由良をッ!?」
「ふふふっ、そのまさかです。それに、蜜羅様の心は彼女の虜のようだ。どうりで、僕のような美男子にも心を動かされないはずだ。姫様は女人の方がお好きだったのですね?」
「うるさい!!そんな事より、由良は!我が妹は無事かッ!!由良に何かあったらお主を八つ裂きにしてやるぞ!!」
蜜羅は牙をむき出し憤怒の形相で朱雀門をにらむ。
「そんなに、心配なら見に行ってあげたらどうです?厠に」
そう言い残して朱雀門は風に吹かれた煙のように姿を消した。
蜜羅は部屋に置いてあった皮のビキニを着て、厠に向かった。
「由良!!由良ッ!!」
厠の扉を開けるとそこに由良の姿はなく、厠の周りについた衣蛸ころもだこの粘液だけが残っている。
「この粘液と微かに残った妖気、鬼族とは異なる何か妖あやかしが侵入しおったな」
蜜羅は朱雀門はもとより不逞の輩の侵入を許してしまったことを悔いた。
「ううむ、妖気の流れから察するに、妖あやかしは由良を攫って厠の中に逃げたようじゃな…気は進まぬが由良を助けるためじゃ厠に飛び込むしかないかのう」
蜜羅は困惑しながらも厠の中に飛び込むことを決意する。
幸い、この厠を使っているのは蜜羅だけであった。
「ううむ、臭い!!これは由良の糞ばばの臭いじゃな…ワラワのはもっと香しい花のような香りのはずじゃからのう」
蜜羅は由良の便臭の臭さに鼻をつまんだが、愛おしい妹のものだと思うと妙に心地よく思えてきた。
「それより、由良を早く追わねば!ワラワの感では厠の中に飛び込めば由良に会える気がする。ちと穢いが…ええい!!ままよ!」
蜜羅が勢いよく厠の穴に飛び込む。
そして、穴をくぐると下には凄まじい濁流のが流れていた。
しかも、その川の水は毒々しく赤い。
蜜羅は泳ごうとしたが、その水の激しい流れに逆らうことはできず、水の流れに支配されるより術はなかった。
そして、その水の冷たさは雪国の氷の張った湖のように冷たく、水の中には砂や石がたくさん混じっている。
さらに恐ろしいのは湧き水と共に地中に封印されていた怨霊までもが水と共に流れ、恨み言を囁きながら蜜羅の妖力を奪うのであった。