※この作品はR-18です。

理性の轍、制欲の軛   作:羽園頼也

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21:07、夕食

 

 

 

 

瞬間湯沸かし器が、

カチン

と鳴った。

 

 

インスタントのワカメスープを汁椀に入れる。

 

結局、スープも欲しくなった。

味噌汁を作る気力は、もうない。

インスタントスープを買っておいて、良かった。

 

 

肉野菜炒めは、レンジで2回目の加熱中だ。

温かい方が美味しいと思い、

結局もう一度温めることにした。

計画性の無さに、つい、ため息が出る。

 

 

湯沸かし器を手に取り、傾ける。

汁椀に、ゆっくりとお湯が注がれていく。

 

 

湯気が立つ。

スープの粒が、一つ一つ溶けていく。

硬いワカメが、お湯を吸い、ふやけていく。

汁椀の中で、

お湯がそれらを包み、飲み込み、

熱く、優しく

 

とろん、とした

液体へと

 

 

混ざりあい

 

 

溶けあって

 

 

 

一つに

 

 

 

なって

 

 

 

 

いく

 

 

 

 

 

 

 

私は、

その汁椀から立ち上る湯気が

ゆらめき、儚く消えていくのを

ずっと

無表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛見カナ。29歳。

事務員。

 

 

彼氏はいない。

いたら嬉しいが、残念ながらできたことはない。

この年まで、ひとり。

 

結婚願望はなくはないが、いい人はいないし、

両親には申し訳ないが、お見合いする気も、ない。

 

 

地味で、奥手で、人との交流は苦手。

気をつかうのは、面倒。

会社でも、お昼は1人で食べるし、

休日も、ひとり好きなことをする。

 

寂しいと感じることはあるが、

多分

おそらく

いや

きっと

人との関わり方を、

どこかへポツンと置いてきてしまった

から

 

 

だから

 

 

 

 

 

同僚や、街行く人を見ていて思う。

なんで、あんなに話せるのか。

不思議でしょうがない。

そもそも、私には喋る話題がない。

野球は興味がないし、好きなアーティストもいない。

テレビは見ないし、雑誌も読まない。

好きなものは?と聞かれても、何も答えられない。

 

話を振られたら、困ったように微笑むか、

わずかな知識でその場を取り繕うだけ。

 

何も、本気で好きになった事がない。

自分のこと

さえも

 

 

私は、自分に自信がないのだろう。

そして、人の表情に人一倍敏感なのだろう。

嫌われたくなくて、

嫌われるのが怖くて、

 

それなら

最初から話さない方が

誰とも関わらない方が

 

まだ何倍も

マシ

 

 

 

 

 

 

 

 

温め終わった肉野菜炒めと、汁椀を机に置き、

改めてお椀にご飯をよそう。

 

 

「………いただきます」

 

 

誰も聞いていなくとも、手を合わせ、食材に感謝を述べる。

もはや習慣になってしまった。

こんな私を生かすために、こんなにも多くの命を、いただかなければ、ならない

その罪悪感から逃げたい一心で、言っているのかもしれない。

 

 

箸を取る。

白米。豚バラ肉の肉野菜炒め。先程作った、ワカメスープ。

これが、今晩の夕食。

 

 

本当は、もう少し、食べたい。

 

でも

太りやすいから

たくさん食べると、すぐ、太ってしまうから。

 

だから

今は、これだけ。

 

 

 

汁椀を手に取り、ふぅ、と息を吹きかける。

湯気の向こう、お湯の中で、ワカメが泳ぐ。

 

椀を口に近づけると、嗅ぎ慣れたその匂いと共に

唇に熱いものが触れた。

 

火傷しそうな、熱い、そのスープを

少しだけ口を開き、受け入れる。

 

口の中に、スープが入っていく。

舌に絡みつき、蹂躙し、満たしていく。

 

スープを、

こくん………

と

飲み込んだ。

 

 

熱いスープが、喉から食道を通り、

私の身体の中へ、

お腹の、深い、深い所へ

ゆっくりと、

落ちて

いく

 

 

「………………………は………ぁ………………」

 

 

思わず、吐息が、溢れる。

 

なぜか、

それが無性に悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

陰キャ。

地味。

無口。

無愛想。

陰口はいつものことだ。

もう慣れてしまった。

変える気はないし、変われるとも思えない。

 

啓発本には、「人の評価は気にするな。君は自信を持っていい」と書いてあったが、

残念ながら、私には無理だ。

 

私は、異常だから。

 

 

 

 

私の性欲は、多分、普通の人よりも………強い。

 

 

 

 

気付いたのは、いつだったか。

 

少女漫画で、裸で愛を確かめる2人の姿を見てからか。

ネットの広告で、快楽によがり狂う少女を見てからか。

保健体育の授業で習った単語を、ドキドキしながら画像検索した時からか。

それとも、初めてそこを触り、ぎこちなく達した、あの日からか。

 

 

わからない。

ただ、わかるのは

私はおそらく、人とは違うんだ、と、言うこと。

 

そして、

悲しむべきは

それを相談できる友人が、得られなかったこと。

 

 

高校の時は、ただ怖かった。

快感よりも、興味よりも、

もし妊娠してしまったら?、と

それだけが怖くて、そんな気になれなかった。

 

大学も、色恋とは無縁な四年間だった。

告白されたことはなく、

気になった人はいたが、告白したこともなかった。

振られるのが怖かったのかもしれない。

付き合っても別れてしまうことが、

愛した人と結ばれない未来が、

それが

何よりも怖かったのかもしれない。

 

だから、誰かから求めてくれるのをただ待っていた。

………あいにく、そんな人は現れなかったが。

 

 

実家通いだったり、親が厳しかったというのも、

恋愛から遠ざかる原因になっていたのかもしれない。

 

恋愛の一つや二つ、若いうちにしておけば良かったと、今更ながら、思う。

でも、私の初めては、結婚の時まで大事に取っておけるんだ、

これはいいことなんだ、と思って、無理矢理心を納得させた。

悪人とも会わなかったし、望まぬ行為をしなくて済んだ、

それだけで充分幸せなんだ、と。

 

 

 

それでもなんとか、大学を卒業し、会社に入り、

普通の人として、取り繕いながら生きてきた。

 

………半年前までは。

 

 

ここ最近は、本当におかしい。

生理前など、ずっと発情期のようだ。

身体が、ずっと疼いているかのように、熱くなる。

何を見ても、何をしていても、

することばかりを考えてしまう。

妄想してしまう。

熱いもので貫かれ、犯されることを。

愛され、深く繋がり、満たされることを。

何もわからなくなるくらい、ドロドロに溶け合うことを。

何度も

何度も。

 

会社に入って一人暮らしを始めたからなのか。

今まで欲望を抑えつけていた反動なのか。

同僚が、昔の友達が、結婚して幸せになっていくことを、心の中でストレスに感じていたのか。

それとも。

 

 

 

ある日、タガが外れてしまった。

泣きながら、一晩中ベッドの中で慰めた。

達しても達しても、まだ満足できなかった。

満たされなかった。

何かが足りなかった。

 

何度も何度も繰り返し、

何度も何度も快楽を貪っても

心は

ただ虚しかった。

 

 

ここを

この穴を

ちゃんと、埋めさえすれば、

私は幸せになれる

はずだと

信じて

 

 

私は

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

………私の初めての相手は、ネット通販で買ったバイブだった。

男友達も彼氏もいない、出会い系もナンパも怖くてできない、

臆病で、

孤独で、

何もない私には、

もう

それしか選択肢がなかった。

 

 

それが届いた日、大切な人のためにずっと取っておいたものを、ただ自分の快楽のためだけに、散らした。

我に返ったあと、痛みよりも、快感よりも、悲しみが上回って、枕に顔を埋めてずっと泣いていたのを、今でも覚えている。

 

締め付けられるような胸の痛みを、後から後からあふれてくる私の声を、

今でもはっきりと覚えている。

 

 

 

私は

私の身体が求めるものすら

満足に

与えることが

できない

 

 

 

 

………………………

 

私は

きっと

壊れてしまったのだろう。

 

 

 

その日から、私の相手は、何人もの、妄想の中の男性となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

野菜から食べると太らないと、誰かが言っていた。

それを信じて、一口目は、いつも野菜。

 

右手前に汁椀を置き、左手でご飯の椀を少し外へ動かしたあと、肉野菜炒めのお皿を近くへ引き寄せる。

豚バラ肉、キャベツ、ピーマン、細く切ったにんじん。

肉と野菜が混じり合った、何の変哲もない、ただの肉野菜炒め。

作る際に量を誤り、若干、肉が多いけれど。

 

 

てらてらと光る豚肉。

炒めた油が多かったのか、自らの油なのか、

温かく、美味しそうな匂いをさせて、

私を誘う。

食べて欲しいと、私を誘う。

 

私の口で

咀嚼され

 

ゆっくりと

飲み込まれ

 

喉から

身体の奥深くへと

入り

 

 

胃で溶かされ

 

ドロドロになって、

 

私のお腹の中で

 

 

一つに

 

 

 

 

 

………………………………………

 

 

 

 

 

………………一口目は、野菜だ。

そう決めているし、そこは変える気も、ない。

 

一思いに肉を食べてしまいたいという衝動を抑え、

そっと肉をかき分け、

柔らかくなった、少し焦げ目のついたキャベツを選び、

 

温かくて

少ししょっぱい

それを

ゆっくりと口に含んで、

 

味わって、

食べた。

 

 

 

 

 

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