青春の終わり
「とうとうユグドラシルも終わりか」
俺はそうつぶやきながらグレンデラ沼地にポツンと浮かぶ石造りの建造物をただぼんやりと眺めていた。
ナザリック地下大墳墓。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地であり忌まわしい思い出の場所。
ユグドラシルが最も活気に満ちていたあの時に行われたナザリック攻略戦、当時ギルドに所属していた俺もそれに参加していた。
攻略前は厄介ではあるものの所詮メンバー五十人にも満たないギルドの拠点、そして攻略に集まったのは複数の上位ギルド、NPCも含めれば総勢千五百人以上だ、正直言って攻略は難しくないと思っていた。
だが結果を見れば攻略は失敗、意地の悪いギミックに翻弄されすり減っていく攻略メンバー、俺は馬鹿みたいなデカさの攻城ゴーレムに薙ぎ払われて脱落し、最下層まで到達した連中はまるで地獄を見たとも言わんばかりにしばらくログインすらしなかった。
そしてその時俺はやっとの思いで創り上げた神話級アイテムを落としてしまった。
しばらくログイン自体はしていたが、俺のユグドラシルに抱いていた熱はあの時にすっかり冷めてしまった。
そしてそれは俺だけではなかった、あの時攻略に参加したのはギルドでも選りすぐりのメンバーであったが、あれだけの準備と人数を揃えて攻略に挑んで失敗したことで心が折れたメンバーが一人、また一人と引退していき、中核メンバーを失った俺達のギルドは崩壊した。
かくいう俺も引退しようと思っていた。
だけどどんなゲームをプレイしようとも、別の仮想現実に逃げようとも、ずっとあの時の事がちらついて戻ってきてしまう。
あの時の友は誰一人としておらず、連絡をとっていたギルメンとも絶縁状態なのにどうしても忘れられずにいる。
「我ながら女々しいねぇ」
異業種のソロということで変更した拠点が結局ナザリック地下大墳墓のあるヘルヘイムでああることもその考えに拍車をかける。
「さて」
俺はアイテムボックスから2つの足輪を取り出し装備する。かつて所属していたギルドが解散となった時引き継いだワールドアイテム、韋駄天の足輪。
ただ移動が早くなるだけのハズレ枠。だが腐ってもワールドアイテムだ、一般プレイヤーには知覚不能の速度にまで上昇させることも可能だ。
問題は上昇する速度に応じた空間把握が間に合わないこと。
ニューロン・ナノ・インターフェイスで底上げされた演算機能を持ってしても、事前に移動する地形を把握していなければ加減を間違えた瞬間障害物に当たって死ぬ。
それでも俺は韋駄天の足輪を使えば勝てるかもしれないと思い、PVPをしたのだがあの聖騎士は俺が出せる限界速度に対応しやがった。
思えばアインズ・ウール・ゴウン相手に完全に心が折れたのはあの時だっただろうか。
残された遺産もPVPの対価に有用なものは全て差し出したので、手持ちのアイテムはフレーバーアイテムや初心者中級者向けの消費アイテムばかり。
それでも捨てることができず、挑むこともできず、ただ未練がましく郷愁の念を抱きながら彼らの拠点を眺め思い出の中で生きる。
粘着質な泡を浮かべた毒々しい色の沼地の周囲を限界速度で移動しながらヘルヘイムの淀んだ空を見上げる。
陽に照らされていたとしても怪しい光だけが降り注ぐ空は何処か現実での風景を思い起こさせ、その陽が沈んだ空には星などが見えることもなくただ厚い闇が広がっていた。
ユグドラシルが無くなればこの未練も消えていくのだろうか。
それともこの空の様に永遠に晴れぬ気持ちを抱いたまま終わりを待つのだろうか。
なくなったギルドや失ったアイテムを思い浮かべながら走り続ける。
もう戻らない輝かしい青春を胸の奥にしまい込んで速度を上げ続ける。
景色が一筋の線になっていきどこを走っているのかも認識できなくなってくる。
それでも捨てられなかった想いを拾い上げようとナザリック地下大墳墓を一瞥した時、かつて栄華を誇るも衰退したユグドラシルは終わりを迎えた。