沈黙に満たされた部屋でシュグネウスは何とか口を開いた。
「え、そ、その夫婦……でございますか?」
「エエ、可能ナ限リ仲睦マジク愛シ合ッテイル夫婦トシテ。エ・ランテルハ魔導国ノ首都デハアルノデスガ如何セン未ダアンデッドヤ他種族ニ対スル忌避感ガアリマス、ソコデ異形種ト人間種ノ夫婦トシテ過ゴスコトデ住民間ニ蔓延ル忌避感ヲ軽減サセルコトガ目的デス」
業務内容を告げれば自分が想像していたものと違ったのだろうか、未だ理解が追いついていない様子だった。
仕方ない一応本命も伝えておくか。
「ソレト副次的ナ目的トシテ私ト貴女デ子ドモガデキルカドウカ、所謂交配実験デスネ」
「ッ!」
悲鳴こそ堪えたもののその顔は分かりやすいほど青褪めていた。
その様子に愉悦を抱いた訳ではないが些か嗜虐心を刺激される。
「マア不快ニ思ウノモ無理ハナイ、ナノデ一ツ貴女ニトッテ明確ナメリットヲ提示シマス」
「……メリット、とは」
「モシ交配ヲ受ケ入レル覚悟ガアルノナラ今後貴女ハ老衰、病死、偶発的ナ事故以外デノ死ガ訪レルコトハナクナリマス。無論痛ミト恐怖ニヨル教育モ私ガ防ゲル範囲デトイウ条件デスガ防ギマス、コレデモ逃ゲ足ト言イ訳ニハ自信ガアリマスカラ信用シテイタダイテ大丈夫デスヨ」
「そ、れは」
シュグネウスはそこに希望を見出し、涙を流す。仮初とはいえ恐怖のない生活を送れる可能性が放つ光は今の彼女にとって何より眩いものだろう。
もう一つのメリットは聡明な彼女であれば何れ真実に近い形で気がつくだろう。
今この世界で魔導国から完全に逃げ切れることができるのは俺だけだということに。
だからあえて告げる必要はない、野心を出した時に釘を刺せば良いだろう。
「アア、ソウイエバ魔導国外ノ婚姻関係ニツイテ聞キタイコトガアリマシタ」
「何でございましょうか」
涙を拭ったシュグネウスの顔は先程とは打って変わりとても晴れやかなものだった。
双眸に光が宿り、僅かながら血色を取り戻した彼女からは元来の美しさの片鱗が見える。
「権益ヨリモ恋愛感情ガ優先サレルコトハアリマスカ?」
「平民間では恋愛感情が優先される場合が多いですが、それなりの力を持った商人や貴族については権益を前提とした婚姻を結ばれることが一般的ですね」
「ナルホド、デアレバ異形種トイウ点ニ目ヲ瞑レバ問題ハナイカ……アア、スミマセンシュグネウスノ許」
「いえお受けします!私もロータス様の子どもを産めるよう誠心誠意全力で協力致します!」
興奮のあまり言動がおかしいがまあその点は気にしなくて良いか。
「ソウイエバオ互イ自己紹介モシテイマセンデシタネ、私ハロータス、姓ハアリマセン」
「私はヒルマ・シュグネウスと申します、死が訪れるその時までロータス様と共にあることを誓います」
「今後トモヨロシクヒルマ、ソレデハ左手ヲ出シテクレ」
差し出されたヒルマの手を取りアイテムボックスから指輪を取り出すと彼女の薬指につける。
やはりサイズ調整は不要だったな、緑色の宝石が嵌められたシンプルな指輪はつけた瞬間指に合わせたサイズに変わった。
「これは?」
「一日ニ一度ダケ死ヲ防グ魔道具ダ。トアル地デハ婚姻ヲ誓ッタ者同士ハオ互イニ同ジ指輪ヲツケル風習ガアッテネ、ソレニ倣ッタモノダヨ」
そう言えばヒルマは愛おしそうに指輪を撫で、穏やかな笑みを浮かべていた。
「サアヒルマ私ニモツケテクレルカイ?」
「はい!」
ヒルマは指輪を受け取るとそれを私の左薬指につける、異形種であっても指の数は同じだったのは幸運だったな。
「有難ウヒルマ、ソレトコレヲ機ニ私ハウェヌストイウ姓ヲ名乗ル。コレカラハロータス・ウェヌス、君ハヒルマ・ウェヌスダ、マダ正式ナモノデハナイガ功績ヲ上ゲ次第陛下ニゴ許可頂クトシヨウ」
「はい、今後はヒルマ・ウェヌスと名乗らせていただきます。寡聞にして存じませんがウェヌスという名は何か由来が?」
「少々恥ズカシイノダガ……ウェヌストハ私ノ故郷デ愛ヲ司ル神ノ名デネ、コチラノ国デハ知ル者モイナイダロウカラ名乗ラセテモラウコトニシタ。ソシテ私ハ君ノ献身ニ報イル為、コノ名ヲ送ルノハ君ト私ノ間ニ生マレタ子ダケニスルトソノ神ニ誓ウ」
そう言えばヒルマはいよいよ嗚咽を漏らし始めた、かなりキザな行いだとは思うが彼女の反応を見るにそう間違いではなかったと思う。
少なくとも俺がヒルマにできることは死と痛みを遠ざけ庇護するだけだ、文字通り想像もできない産む痛みを味あわせる可能性があるのだからこの位はしてやらねばな。
それにもう一つ理由もある。
「ヒルマ、私ハ立場上君ト子ヲツクルコトガデキタ場合ニナルノダガ、私ニ近イ力ヲ持ツ者トモ子ドモヲツクラナケレバナラナイ」
「え、ええ、勿論です、理解しております」
「ダガウェヌスノ名ヲ送ルノハ君ダケダ、コノ名ガ私ノ誠意ト愛ノ証ダト思ッテ欲シイ」
そう言って優しく抱き寄せればとうとう彼女はいよいよ幼子の様に泣き出した。
よかったねおばさん!