「お久しぶりですパンドラズ・アクター様、本日は私の為時間を割いて頂き誠に有難うございます」
口唇虫によって自然に発することができる様になった声で挨拶をすればパンドラズ・アクターは大仰でありながら洗練された動きをとる。
「いえいえ!至高ぅなる御方々と同じ地より来られたロータス殿とは私としても一度お話してみたかったので構いませんとも!ささどうぞお座りに」
「ええ、失礼致します」
ソファーに座れば記号の様な顔から感じる視線に何の感情が込められているかよくわからなかった。こういう会話で表情を全く読み取れないというのは参ってしまう。
「それで?今回は一体どの様なご要件で?」
穏やかながらも何処か訝しんでいる様に感じる声色でそう告げられる。
しかしパンドラズ・アクターの演技がかった喋りといい、感じ取った感情が真実であるかどうか確証が持てないのは非常に厄介だ。
最初にこちらを警戒しているということに気がつけたのは正直奇跡だろう。
「ええ、前回は陛下からのご要望で階層守護者及びパンドラズ・アクター様に休暇制度の導入を致しましたが重要な点が欠けていることに気が付きまして」
「ほう、重要な点とは?」
「陛下ご自身の休暇制度です」
言われてから気がついたのかパンドラズ・アクターからは愕然といった雰囲気が伝わってきた。
まあそもそも国王の休暇制度というのも意味が分からない存在だがこういった分かりやすいものを示すことも彼らには重要だろう。
「無論陛下ご自身がその日を休暇とお決めになられるのも良いでしょう、ただそれでは皆様の勤勉さや能力を示せません」
「今の我々では不足だと?」
穏やかながら怒気を込めた言葉が発せられる。
「そうは申しません、心持ちの問題ですね」
「心持ち、ですか」
「ええ、陛下が自由に休暇を取れる状態というのはシモベにとっては非常に助かるものです。陛下ご自身が業務状況を判断して休暇を取られるのですから、しかし我々の立場ならば陛下には憂いなく思うがままの行動をして頂くことこそ是となるのでは?」
「……貴方が言わんとしていることは理解しました、確かに現状を見ればそう捉えられますね」
怒気を治めソファーに身を預ける、理解はしたが納得はできないといった雰囲気が伝わってくる。
「なので陛下ご自身にも決められた休暇を過ごしてもらうのは陛下にとっても我らにとっても有用な制度ではと、勿論それ以上に陛下が休暇を望まれればその様に過ごされてもなんの問題もありません。守護者の休暇が月に二日ですので陛下は週に一度お休み頂く制度を導入することを考えています」
「案としては問題ないですね、しかし何故それを私に?そこまで考えているのならアインズ様に直接提案すれば良かったのでは?」
ただ単純な疑問、そういった風にも感じられるがこちらを探っている様にも感じられた。
本当便利な顔で羨ましい、なろうとは思わんが。
「理由としては二つあります、感情的なものと実務的なものが」
「ふむ、お聞きしても?」
「感情的な理由としてはパンドラズ・アクター様に信用していただく為ですね、私が明確な敵意を感じたのは貴方とアルベド様だけですので」
俺の言葉にパンドラズ・アクターは敵意を隠さなくなった。
だがアルベドの様な明確な殺意ではなく、あくまでこちらを推し量る様な視線。
感じられるほどにそれが強まったということはやはり腹芸が得意なのだろう、何と言うか初手で敵意を察知できていなければこうも警戒できなかった。
あちらでもここまで分かりづらい者はいなかったぞ。
「私としては本当に陛下を害そうとか成り代わろうなんて考えていないんですよ」
「それを信用しろと?貴方は至高なる御方々と同じ地から来た、この地において我々と、いや我々よりもアインズ様に近い存在、であるのに敵対でも友好でもなく付き従うことを選んだ。あの時仰った我々から逃げられるという言葉も事実なのでしょう?」
「ええ、逃げることを選択すればナザリックの誰であっても私を捕まえることはできないでしょうね」
「だとするなら我々の暗殺も容易な筈、各個撃破しすり減らせばナザリックは無理でも魔導国相手なら貴方一人で抑え、将来的に滅ぼすこともできる。しかしそれをしないどころかナザリックに入りそれなりの信用を得始めている、アインズ様がお認めになられても私はそんな力を持つ異邦者を無条件で信用する程お人好しでもないので」
「ご尤もですね」
俺はアイテムボックスからヒルマに用意してもらった紅茶を取り出す。
完全な淹れたてとはいかないが、それでもまだ湯気を立てたそれをパンドラズ・アクターに注ぎ、それから自分の分も注いだ。
「なので貴方にだけは私の目的を話しておこうかと」
「目的?」
「私はね、神気取りを貶めたいのですよ」
それだけ言って注いだ紅茶を飲む、口内が心地よい渋みで満たされ喉を通る。
「神気取りとは、また変わった呼び名ですね」
「いるのでしょう?暇つぶしに我々を転移させた愚物が」
質問に答えることはなかったがそれこそ答えだろう、彼らの優秀さから既に犯人の特定も済んでいると考えても良い。
「理を歪ませられる力を持ち、豊かさを知らず目指さず、我欲で呼び出し、従わなければただ滅ぼす、思考を放棄した神気取りの愚物、それを徹底的に貶めたい」
思っていたよりもそれに怒りを抱いていたようで持っていたカップが砕ける。
「正直最初は情報だけ抜いて頃合いを見て逃げるつもりでしたが……魔導国が目指す方向も気に入りましたしね、種族の貴賤なく誰もが満たされる世界。支配するにしてもより難しい、それでこそ私が信奉するアインズ・ウール・ゴウンだ」
砕いてしまったカップの欠片を拾い集める、それなりのものであっただろうにうっかりしていた、後でヒルマに謝らなくては。
「奴らが見向きもしなかった種族でこの地を満たし、享楽を与え、奴らが知り得ぬ悦楽に満ちた世界を創り上げて初めてその神性を貶めることができる」
集めたカップの欠片を砕かない様にハンカチで包んでアイテムボックスに仕舞う。
「私の目的と信奉の為魔導国が繁栄するのはとても望ましいことなんです」
「そうですか、だが仮に貴方の目的に至るための手段が魔導国の繁栄だとして、達成後何故牙を剥かないと?それに貴方は我々とは違う、信奉と言いましたが何故それほどまでに?」
当然感じたであろう疑問に主人の顔が一瞬浮かぶも振り払う。
彼はもう居ないのだ。
「ナザリックへ挑んだことは亡き主人との思い出、敗北こそしましたが彼は実に楽しそうだった……彼の楽しみを壊すことは私の本位ではない、皆様ならお分かりになるのでは?」
俺はまっすぐパンドラズ・アクターを見つめる、空虚な目に何を写しているのかは分からなかったが伝わらなければそれはそれで良い。
信用を得られなくてもやることは変わらないし彼の立場であれば信用しないことが正しいと理解できるからだ。
「そうですね、貴方の言葉を信用するなら我々を裏切る様な行動はしないでしょう」
パンドラズ・アクターはそう言って帽子のつばを指でなぞりカップを手に取った。
「今は貴方を信用するとしましょうロータス殿、ただ申し訳ないが貴方を完全に信用することは恐らくないでしょう」
「ええそれは勿論、立場上そうせざるを得ないでしょうし構いませんよ」
肩を竦めたパンドラズ・アクターは紅茶を口に含みそれを一気に飲み干した。
「ですのでこれをもって私の誠意としましょうか」
「感謝致します」
手渡されたカップを恭しく受け取り謝意を伝える。信用はされていないが敵対することもないだろう。
後は俺の働き次弟だ、こちらでも支配種気取りの愚物はさっさと掃除してしまおう。
そんなモノは楽園にいらない。