気がつくと俺は草原に立っていた。
バグかと思った瞬間、風が体を撫で鼻腔をくすぐる青草の匂いが現実であると教えてくれた。
見渡せばはるか先まで広がる草原となだらかな丘、遠くには白く染まった山脈が見えた。
違法デバイスでも感じることが出来ないあまりにもリアルな感覚。
それのお陰でここが現実であり、自分の肉体でここに立っているのだと確信することができた。
現実ではとうに失われ、未だ再現できない楽園に俺は降り立った。
「美シイ」
不意に漏れ出た異質なそれにハッとして自分の体を見れば見慣れていた自分の体ではないことに気がついた。
「アバター?」
陽光を反射し錆色に光るそれは逆の意味で見慣れたモノ、ユグドラシルで使用していたアバター、さくさくぱんだの腕だった。
俺はアイテムボックスから取り出した一振りの剣を地面に突き刺し確かめる様に体を動かす。
プログラムやAIによる簡略化を行わず二対の腕を操作していたお陰か違和感なく体を動かすことができた。
軽く走ってみたがユグドラシルの時と同じレベルの身体操作が可能だ、つまるところ外部演算装置を用いた速度の情報処理が可能になっていると考えるべきか。
―そういえば
ふと思い立ち俺はアバターの特性上存在していたが、思い通りの操作ができず使用していなかった部位に意識を向ける。
背面にあった外殻の切れ目が音を立てて裂け始め、軽い痛みを伴って大きく開く。続けて内部に収納されたそれに神経を通していくイメージを込めれば一対の羽が広がった。
「ハハッ」
俺はあの崩壊した世界でも適応して生き残っていた虫のことを思いだす、あれは鳥とはまた違った動きをしていた。
それを基にイメージをすれば羽が高速で震え音を立てると共に徐々に体が浮かび上がる。
空を見上げればそのまま感じたことがない速度で飛翔し、ある程度上昇したところで止まった。
資料映像で見た虫に近い動きができてしまった。
「アハッ、アハハッ、アッハッハッハッハッ!!!」
もしこの身に涙腺があったのならば歓喜の涙を流したことであろう。
広大な自然、煌めく陽光、地を駆ける獣、羽ばたく鳥。そして人間とは比較にならない強靭な肉体。
いつか抜け出そうと思っていたあの地獄から俺は最高の状態で抜け出すことができた。
俺はそのまま観測範囲を広げる様に円形の軌道で飛行する。
やはりと言うべきか理想とする飛行を行うにはまだ難がある様に感じたが、ユグドラシルで感じていた感覚の限界値、人間としての常識による縛りとでも言うべきか?それを感じなかった。
つまりここであれば俺はユグドラシルでの限界を超えた強さを身につけることができる可能性が高い。
スキルなどの基本システムに則ってこそいるがそれが全てではない、アバターが完全
に自分の肉体になったことで操作の自由性、再現性が明らかに向上している。
信じてなどいなかったがもし神がいるのだとしたら喜んでその足を舐めるだろう。
「アレハ?」
飛行していると山の麓にそれなりに規模の大きい村らしきものを視認し、先程まで抱いていた高揚感が一気に冷めていく。
「ハシャギスギタナ」
身を隠す場所を探すものの村の付近は開けており、身を隠せそうな場所はなかったが違和感があった。
村は粗末な柵で囲われているが畑はなく、住居は整然と配置されていたもののその整然さとは裏腹に建造物の出来は些か貧相で、中心部にあるものは最早建物とは呼べないようなものであった。
それに一番の違和感はそれなりに広いのに村から外へと続く道がなかったのだ、草原側にないのはもちろん山側にもなかった。
「隠レ里カ?」
もしやすれば地下道でもあるのだろうか、だとしてもどうにも歪さが目立つ。
正直どうしたものかと迷うが、情報を得る為にも誰かに接触する必要はある。それにもし本当に隠れ里なのであれば俺の情報が伝達されるには余裕があるかもしれない。
もしものことがあっても確実に逃げ切れるであろう。
俺はアイテムボックスから赤い水晶を取り出しそれを投げ転移先を確保してから村の門らしき場所へと降り立った。