あれからすぐエ・ランテルへの移住の日が来た、用意された邸宅は村で過ごしていたものよりも大きかったが、それでも指定通りこの都市では中流層のものであるらしく、周囲には似た規模の邸宅が並んでいた。
道行く人々は俺の姿を見るなり遠ざかったり、早足で家に入る様子を見れば中々に骨が折れそうだとも感じる。
「さて、皆さん早速荷解きしていきましょうか」
「ええ、手早く済ませましょう」
そう言って家に入っていくヒルマに続く、食事改善による効果はそれなりでまだやや痩せ気味ではあるがそれでも以前の病的な痩身とは見紛う程で他の現地民と比べるまでもなく美しくなったと思う。
家に入れば事前に清掃は済ませていた様で埃っぽいということもなかった、部屋を確認した後ヒルマの指示で家具の移動や調整を行っていく。
こちらでの常識にまだ疎いため、家具の配置や調度品の選択は彼女に一任した。
とは言ってもどこの国、時代に行ったとしても部屋の割り振りや美的感覚と言うのはそう変わらない様で俺から見てもかなり雰囲気の良い室内となった。
「良いですね、やはり君に任せて正解だったよヒルマ」
「ありがとうございますロータス様、では荷解きも済みましたし一応両隣の方には挨拶に伺いましょうか」
「そうしようか、土産の類は私が持つよ」
「どうもありがとう」
ヒルマと二人で近隣に引っ越しの挨拶を行う。
隣人は俺の姿を見ると少々怯えた様子を見せたが警邏のデスナイトを見慣れているお陰か敵対的とまではいかない反応だった。
夫婦であることを告げると流石に訝しんだが王国で助けられたというカバーストーリーを話せば僅かに信用してもらえた様に感じた。
挨拶も終わり使用人に紅茶をいれてもらい二人でゆっくりと過ごす。
「やはり忌避感こそありますが思っていたよりも受け入れてもらえましたね」
「普段からデスナイトが警邏を行っているお陰で上位存在については見慣れてきているんだろう、土産もそれなりに良い酒を持っていったのも良かったかもしれないね、私はまだこちらの常識に疎いからヒルマのお陰で助かったよ」
「いえロータス様の人柄が伝わったのだと思いますよ、これからも頑張っていきましょう」
「そうだね」
今日は引っ越し当日ということもあったしあまり動かないことにした。
商会の準備も行わなければならなかったがそちらは少し時間を置いてから行うこととし、一週間程は食料品店や日用品を取り扱う雑貨店などに顔見せを行うなどとして過ごそうということになった。
「それでですね、ロータス様」
「何だいヒルマ?」
聞き返せば彼女は頬を赤らめ言いづらそうにしながらも告げる。
「その、まだ日も高いですが、一応あちらの目的もありますので」
「ああ、そうか、すまないね。本来なら私が言うべきだっただろうに」
「いえそんな、私も楽しみにしていますから」
そう言ったもののやはり彼女も不安なのか僅かに怯えが見えた。
「そうか、私としてもそう言ってもらえて嬉しいよ」
俺は立ち上がってヒルマを抱える、それと彼女をもう少し気遣うか。
「君たち、今日はもう休んでいて良いよ、疲れてるだろうから今日はこれで楽しんできてくれ」
俺はそう言って使用人に金貨を数枚渡すとヒルマを寝室に連れていく、抱えている彼女はこれから行うことに覚悟をしているのか僅かに震え、鼓動がやや早く呼吸も荒くなっていた。
寝室に入ると部屋の大きさと比べて不釣り合いな大きさのベッドにヒルマを寝かせアイテムボックスから腕輪を一つ取り出した。
「ロータス様そちらは?」
「まあ君への気遣いと思ってもらえれば良いよ、いずれはこちらの姿でも受け入れてもらえると有難い」
そう言いながら腕輪をつけると俺の姿が揺らいで一般的な人間種のものへ変化していき、ヒルマはそれを驚いた様に見ていた。
「そ、そちらの魔道具は一体」
「幻惑の腕輪と言ってね、装着者の見た目を変えるものだ。ただあまり使ったことがないからどういったものなのか分からないんだが」
人間種に見える自らの腕を確認する、懐かしいものだが蝗人の腕に慣れすぎて違和感もあるが一番大きいのは腕の感覚が一対なくなったことだ。
見た目だけでなく感覚的な変化もあるのか、あちらではあまり使用したことがなかったからこういったものだとは思わなかったが、しかし腕を触ってみると元の蝗人としての硬い外殻の感触だった。
「ほらヒルマ、触った感じはどうだい?」
呆然とするヒルマの手を掴んで頬に当てる。
「あ、これは……人の様な感触、ですね、柔らかくて弾力もある人の肌そのもので」
「ふむ君はそう感じるのか、私の感覚だと元の体と変わらないのだが相手の触覚も誤魔化すのか……面白いな」
「しかし、そのロータス様、その、お顔なのですが」
「顔?流石に自分では見えないからな、手鏡とかあるかい?」
「え、ええ、少々お待ち下さい」
ベッドの大きさからこの部屋にはナイトテーブルこそあれど鏡台や姿見などを置いていなかったのでヒルマは寝室を出て手鏡を取りに行った。
しかしホントこのアバターは何かと良かったな、見た目こそ完全に蝗人だが体格は人間のそれだし指の数も五本、足の指は流石に五本ではなかったが、変化した今は人間のものであるし生殖器も人間のものだ。
というか蝗人の時は別に気にしていなかったがこちらで変化すると全裸になるんだな、あちらは生殖器を露出させてないのに変化すると出てくるのは一体どういう仕組みなのか。
交配が上手くいくかヒルマがあちらでの姿に抵抗がなくなったらそっちも試さないとな。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう」
そうこうしているとヒルマが戻り手鏡を受け取る、しかしどんな顔を。
「これはまた」
想像はしていたが変化した顔はあちらでの、人間だった頃の顔だった。
実年齢よりかなり若くは見えるがそれでも見間違うことはない、あまり好きではなかった女の様な顔が写され苦笑する。
「こちらの人間種と違って薄い顔だけどヒルマとしてはどう思う?」
「え、あ、その、私の感覚としては美しいと思います、男性的とは言えませんが目を惹かれるものかと」
「そう、なるか」
こちらでの評価もあちらとあまり変わらないらしい、これのせいで散々な目にあったから正直あまり良い思いはしないが。
そう思いながら再び手鏡を見ると違和感を覚えた、あちらではいつからか意図的に鏡を見ない様にしていたがそれでも自分の顔と違う何かがあった。
「これ……」
それに気が付き思わず叫びそうになった。
目だ、これは俺の目ではない、翔一の目だ。
忘れる筈がない、何で、何でこんなことが。
「ロータス様?ご気分が優れない様でしたら」
ヒルマに声をかけられ我に帰る。
「あ、ああすまない、少し、少し昔を思い出してね、動揺したみたいだ」
そう言ってナイトテーブルに手鏡を置きベッドに腰を下ろす。
何故翔一の目が?俺の執着心によるバグか?しかしよりによって何故。
「ロータス様」
呼びかけられそのままヒルマに抱きしめられる。
「大丈夫です、私が居ますから、大丈夫」
そう言って彼女は頭を優しく撫でてくれた、想像以上に揺さぶられていた精神が徐々に落ち着きを取り戻していく。
「すまないヒルマ、有難う」
俺はそれだけ言って彼女を抱き返した。
ママーッ!