フランクの家に着いたが中々の惨状だった。
片付けて掃除こそしたのだろうが壁一面に楽譜が貼り付けてあり、整理しきれなかった楽譜が辺りに積んである。
楽器もそれなりにある様で整理しきれなかったのか箱に収められたものが床に置かれ、壁にもいくつか乱雑に立てかけてあった。
「おお、これが」
中でも取分け目立ったのが部屋の中央に置かれていたグランドピアノ、あちらでも高校の音楽室やパーティー会場に置かれているのを見たことがあったが、それらと比べても見事な一品である様に思える。
「フランク、ピアノ……フリューゲルを少し弾いてみたいのですが構いませんか?」
「え?ええ、ただ丁寧に扱って頂きたく……」
フランクから了承を得て椅子に座り鍵盤蓋を開く、鍵盤の数も配置もあちらのものと変わらないようだ。
あちらでは結局電子ピアノしか弾いたことがなかったがさて上手くいくか。
まず指鳴らしに簡単な曲を、感覚は違うがそれなりに弾けるか。
力加減に気をつけながら弾いた方が良いな、音色がかなり繊細だ。
弾く曲も徐々に……そういえばこちらの貴族向けで一般的なものを聞くのを忘れていたな、まあ無難にクラシックにするか。
演奏はリュートの時と同じ様に問題なく行える、ただあちらではそこまで技量を上げてこなかった楽器だ。
思い浮かべた曲を弾いていくと問題なく演奏できる、難易度が高い曲も問題ない、何故こうも技術が追いついてくるのか分からない。やはりスキルによるものと考えた方が良いか?ここまで上手く演奏できるというのは異常だ、全く経験のない楽器を扱うとどうなるのだろう。
そういえば。
俺は使用していなかった腕が一対あることを思い出しそれも使って演奏を行う、一人連弾だが問題なく演奏することができた。
いくら操作に慣れているといってもここまで思い通りに動かせるとなると演算装置を使用していた時よりかなり処理速度が上がっていると思われるがどうなんだ?あちらではユグドラシル以外で処理限界の検証を行ったことがないから分からないが些か異常に感じる。
演奏が一段落し満足した俺は二人に向き直るとフランクは呆然、ヒルマは想像こそしていたがそれを超えられた、といった反応か?
「どうだったヒルマ?私の腕も中々のものだろう?」
「ええ、正直想像以上でしたわロータス様、こちらも前の御方から?」
「そうだね、ホントにわがままな人だったから……といっても上手くいって良かったよ、似ているものはあってもフリューゲル自体触ったのはほぼ初めてだからね」
「は、初めて……」
フランクは絞り出す様にそれだけ言って崩れ落ちた、まあ専門家から見れば初見であれだけ演奏されれば立場もないか。
「それでフランク、楽譜に起こすのに当たって先ずは方向性を定めますか」
「方向性、ですか?」
「大衆向けと上流層向けの楽曲、結構差があるのでは?」
「それは、そうですね、上流階級は楽団に演奏させますし、大衆向けとなると吟遊詩人が演奏するものですから一人か多くても十人以下の演奏になるので楽曲もそれに合わせたものになります」
「だとしたら目指す方向性によっては私が教えるものも変わってきます、上流層に向けより洗練されたものにするか、大衆に広く聞かれるものとするか。私も全てを貴方に教える訳にはいきませんしね」
「そ、それは一体何故!」
狼狽するフランクに手を貸し立ち上がらせる。
「それは貴方が技術者ではなく創作者だからです、技術を高めるには師事することが己を高めることになりますが、創作者は優れたものを取り込んでより良いものに昇華させるのが本質です、であるなら私は全てを貴方に教えることはできません」
フランクはその言葉に自らの領分を理解したのか目に光が宿り始めた。
「正直今後魔導国で過ごすのなら大衆向けをおすすめしますかね、遅かれ早かれここは人の流入が増えていくことになる、ましてやこの地の上位者は我々とは比肩することができないほどの教養を持っています。挑むことは否定しませんが、より深い教養を身に着けなければ太刀打ちできないでしょう」
この意見については正直私情が多いが実際作曲家としてこの先大成したいのなら大衆向けの方が無難だろう。
魔導国において既存の既得権益層になることはほぼ不可能だ、知性信用性においてリッチに取って代わることなどほぼあり得ない。
故に現地民はたとえ有用性を示せたとしても上位の立場に変わることはない、人間同士も今は差異があったとしてもそれはやがて少なくなり、教養の差も世代を重ねればいずれ小さくなっていくことだろう。
そして魔導国が発展した際、真に洗練された楽曲の全てはナザリックから生み出されることになるのは明白だ。
完璧と創造されたものが生み出すものに現地民は勝てない、それなら成功者として名を残すなら選択肢はないだろう。
「時間が必要ならまた出直しますが、どうします?」
そう告げればフランクはまだ迷っている様な表情を見せていたが、数分間をおいた後意を決した様だ。
「大衆向けの曲をお願いします、私はそれを素にこの魔導国の人々がいつまでも歌い続ける様な曲をつくりあげたい」
「結構、では先ずこちらの流行りや貴方の好みを教えてもらえますか?そこから適した曲を選びましょう」
そう言ってフランクに何曲か演奏してもらった後にコード進行が同じ曲、コード進行がやや違う曲、恐らくそこから派生しうるであろう曲などを何曲か演奏し、彼が楽譜に起こしていく。
やがてそれも終わった所で商談に入ることにした。
「さてフランク、楽曲制作も良いですが貴方先立つものはありますか?」
「い、いえその、恥ずかしながら今は知り合いからの借金や手持ちの楽器を売り払って食いつないでいる身でして……」
落ちぶれていても金を貸す様な知り合いがいるとは人望はそれなりにあるのか。
「でしたら妻の商会で今度新しい商売をしようと考えていましてね、それにはある程度音楽に
ついての知見がある方だと望ましい」
「それは」
「まあ簡単に言うと庶民向けの音楽教室ですね、以前と比べれば収入は微々たるものでしょうが民草に混じり音楽を嗜む、その中からより熱量の高い者を選別すれば貴方が長の副業楽団をつくれるかもしれませんよ?」
「お、おお!」
新たな夢を見つけたのかフランクの瞳は輝きその表情は歓喜に染まっていく。
「詳しい話しは商会主である妻のヒルマとお話ください。ヒルマ、頼んだよ」
「ええ、ロータス様。ではフランクさん、まず料金形態なのですが-」
こうしてヒルマとフランクは音楽教室に向けての話し合いを始めた。