子どもの様にしゃくりあげながら泣くシャルティアにハンカチを差し出してソファーに座らせる。
こういう時は下手に声をかけても仕方ない。
俺はワゴンから果物をとり飾り切りをして盛り合わせ、それらをテーブルに並べ酒を注ぐ。
酔わなくても喉を焼く感覚は……感じない可能性も高いか。
正直こっちで蒸留酒を飲んだことがないからどういう感じなのかわからないんだよな。
それといくつか別に果物を切って蜜とワインに漬けておく、飲んでみたかったし話しが長くなったら出せば良いだろう。
粗方作業が完了したのでシャルティアの隣に座る、愚痴を聞く相手なら一応対等な立場として振る舞っていた方が良いだろう。
「何で隣なのよ」
「まあそこはお気になさらず、ほら、とりあえず飲みましょうシャルティア様」
俺がグラスを向ければシャルティアは気怠そうにグラスを掲げてくれた、未だ鼻を鳴らしており一気に飲めないのでちびちび飲んでいたが。
そして俺はというと折角なので楽しむことにした。
軽く回して嗅いでみると特有の甘い香りが鼻腔を抜ける、堪らず口に含めばとろりと口内に広がり優しい甘みが満たされていった。
飲み込むのが惜しくなり口内で少し転がしてから喉を滑らせれば通った箇所が足跡を残す様に熱を帯びていく。
「これは、凄いですね……この味を知ってしまうと他のものが色水の様に感じてしまいそうです」
あちらのものとは比べ物にならない程の味に驚きつつもシャルティアを見れば彼女はそんな様子を鼻で笑っていた。
「当然、栄えあるナザリックのものよ、どの地のものより美味に決まっていんす」
調子が戻ってきたのか誇る様に笑みを浮かべグラスを呷る、そして空のグラスを差し出されたのでまた注ぐ。
「しかし、これはなくなってしまうのが恐ろしいですね」
「なくなる?」
シャルティアはそんなことがある訳ないだろうと怪訝そうな顔を向ける。
「まだこの地について知らないことが多いですが少なくとも近隣国にはこれほどのものは存在しないでしょう、つまりナザリックにあるものを飲み干してしまう時がくればこの味は失われてしまう」
そう言うとシャルティアはまた呷ろうとしていた手を止めグラスを見つめていた。
「これほどのものがどれほどあるのかは存じ上げませんが永遠に味わえるものとしたいですね、再現できるかはわかりませんが私の方でも開発を進めたいと思います」
俺はそう言ってまた琥珀色の神酒で口を満たす、感じたことのない満足感に満たされ思わず口元が綻ぶ。
「貴方もそうやって、すぐに見つけてしまうのね……私はやっぱり、出来損ないなんだわ……」
グラスを置いたシャルティアはそれだけ言ってはらはらと涙を零し始める。
「折角アインズ様とご一緒に政務を行えることになったのに分からないことだらけ、アウラとマーレはそれなりに理解しているのに私には理解が及ばない、頂いた資料を読み込んで、アウラに頭を下げて教えてもらっているのにまるで追いつけない」
懺悔する様に思いを吐露し嗚咽を漏らす彼女を見て頭を抱えた。
勉強会の提案をしたのは俺だ、あの時は動揺していたこともあってよく考えずに提案をしてしまったがこんな結果になってしまうとは。
彼女をここまで追い込んだ責任の一端は俺にある、上手いこと自尊心を傷つけない様に慰めなければならないか。
いやそもそも何故俺がそこまで考えなければならない、福利厚生の相談役を任されてはいるが交流を深めていないNPCの精神状態なんか。
「大丈夫ですシャルティア様、誰もが足並み揃えて成長できる訳ではないのですから」
「それだけじゃないわ、私は考えなしに人間を攻撃して、アインズ様に刃を向ける、失態まで、犯した、のに……取り返そうと、がんばっで、で、でも、でぎなぐで」
「そんなことありません、他の守護者様だって不得手な分野もあるでしょう、シャルティア様の場合はそれが政務だっただけですよ」
いくら言葉をかけても彼女が泣き止むことはなく俺は新しいハンカチを渡してただ彼女が落ち着くのを待った。
「それに、アインズ様の、ご寵愛を、受けてる、アルベドが、羨ましくて、でも私は、でぎないがら、ゔゔっ、ひぐっ」
「陛下はシャルティア様の努力をしっかりと見ておられます、それに貴女の想いについてもちゃんと考えていらっしゃいますよ。ただお立場がありますので中々すぐにという訳にはいきませんがきっと応え」
「アンタにアインズ様の何がわかんのよ!!!」
叫びながらシャルティアの拳が迫る、アルベドの一件から回避を考えたがここでスキルが発現すればという思いから蘇生アイテムを手に取る。
鼻っ面に拳がめり込みそのままの勢いで身体が宙を舞い転がって壁にぶつかる。
人間種に擬態していたがあの一撃を食らって生きていることからステータスに変更はないことは分かった、後は迫りくるシャルティアにどう対応するか。
馬乗りになり顔を力任せに殴られる、流石は純粋な戦闘職といったところか。
一撃で頬骨が砕け次の一撃で眼球が潰れる。
痛みこそあるがステータスの問題か、スキルの関係か、意識が薄れかけても死の予感はなかった。
「ポッと出の!アンタが!アインズ様を!語ることも!大口ゴリラが!ご寵愛を!受けてんのも!私が!私が、私が……」
荒い呼吸をするシャルティアが離れたことを確認して、震える手でポーションを飲めば瞬く間に傷が回復していく。
潰れた眼球の再生には時間がかかりまだ景色が良く見えなかったがゆっくりと立ち上がる。
「アンタアンデッドって訳じゃないのよね?」
「違いますよ、元タンクですからね、紙装甲でも死ににくいスキルがいくつかあるんですよ、アルベド様に殺されたのでいくつか失ったと思いますが」
「アルベドに……?」
意識を切り替える様に頭を抱えて勢いよく振ればようやく眼球の再生が完了した。あちらと違って部位破壊によるデバフが顕著だな。
「ここに来てすぐのことですが揶揄い過ぎましてね、即死回避スキルを貫通して殴り殺されました」
「ちょっと待ってどういうこと?アルベドにそんなスキルは」
「要因はわかりませんがこちらで取得した何らかの特殊スキルと思われます、ただ状況再現を衆人環視の元で行うのは憚られるので再現は陛下とお二人でということになっています」
俺はそれだけ告げるとソファーに座り酒を飲む、天上の味が荒んだ心を慰めてくれる。
「それじゃあ、私は、本当に、ペロロンチーノ様……」
呆然としながら自らの創造主の名前を零すシャルティア。
「シャルティア様の創造主ってペロロンチーノ様だったんですか、あの方も素晴らしかった、卓越した空中戦の技術は私も参考にしていましたがどうにも……結局追いつけませんでしたね」
虚ろな目で振り向くシャルティア、その様子から完全に自分の存在意義を見失い、郷愁の念に駆られているのが分かった。
「慰めになるかはわかりませんが別にアルベド様が絶死の一撃を手に入れたとして、戦闘におけるシャルティア様の有用性が崩れることは絶対にあり得ないですよ」
「……何故?」
「少なくとも私達の世界ではたった一人の必殺の一撃なんてそう役に立ちませんので、しかしまあ盾がそれを持つということを考えるとかなり有用だとは思いますが」
不安に押し潰されそうになっているシャルティアの前に立ち、目線を合わせて諭す様に告げる。
「単純に考えても王には守る盾と穿つ矛が必要です、アルベド様が手に入れたのはあくまでも守るための矛であり、シャルティア様がお持ちであるどんな敵をも穿つ矛ではないのですよ。覚えておられるかは分かりませんが私の仲間も貴女という矛にしっかりと討たれています」
ナザリック攻略時俺達はシャルティアを突破することはできた。
だが被害は軽微とは言えず油断した一人が彼女の攻撃で離脱していた。
「ナザリックが誇る最強の矛がそんな調子でどうされるのです、陛下もそれがお分かりだからシャルティア様の想いに応えると申し上げたのです、ただ憂慮すべき事案も多くすぐという訳にもいかないのです」
懇々と説けば徐々にではあるが彼女の目に光が戻ってきた。
「それに魔導国程の支配者の妃が一人だけというのはあり得ないですよ、封建国家では跡継ぎで揉めることがありますが陛下はアンデッドであらせられるのでそういった問題は不要、であれば相応しき力と美貌を持つ女性のシモベがご寵愛を受けない可能性はないに等しい」
そう告げればシャルティアの顔に生気……というのも変か、気力が戻り始めた。
何とか取り繕うことができたかと安堵すると同時にアインズに対する悪戯心が湧き上がってきた。
俺はソファーに疲れた様に座り込み酒を呷り、天井を見つめながらつぶやく。
「しかし陛下もいくら未知なる可能性を発見したとは言え、愛する者に疑いを持たせるとは問題ですね……」
「いや疑いなん……愛する?」
食いついたことを確認し慌てて口を抑える。
「ちょっ!ちょっ!何!?どういうこと!?」
シャルティアは叫びながら口を抑える手を引き剥がす。
「いえ、その、それは……まあ」
「いいから知ってることを吐け!さあ!!この手を引き千切るぞ!!!」
気力どころか殺意まで戻り始めたシャルティアの様子に内心笑みを浮かべながら演技を続ける。
「陛下とお話した際にシャルティア様の話題が出まして……」
「どんな!!!」
「アレほど魅力的な者に好意を寄せられると私としても時々間違いを犯しそうになる、相応しき時分を探してこそいるが抑えきれなくなるやも……と零されまして」
そう告げると握りつぶさんばかりに力が込められた手が解け、自らの胸元に戻っていき身体を抑えて蹲る。
悪く思わないでくれよアインズ、俺も顔をぐちゃぐちゃにされたのだからこの位の悪戯は許してくれ。
「ロータス」
底冷えする様な呼びかけに思わず全身が強張る。
「アインズ様との会話を漏らした不敬、これは贖いきれない罪でありんすねぇ」
そう言いこちらを向いた顔は爛々と輝く目が見開かれ耳元まで裂けた口が狂気に満ちた笑顔をつくり上げていた。
「ええ、これ程の罪は陛下の妃によるお許しが必要になってしまうかと」
「……そうよねぇ、これほどの罪は妃が取りなさなくては」
立ち上がったシャルティアは俺の両肩を掴み力任せに跪かせた。
「近い内、場を用意致しますのでご容赦ください」
何とか誓いの言葉を告げるとシャルティアは突如俺の両肩を砕き白目を向いて仰け反り痙攣を始めた。
いや、こいつ……
余韻をしっかりと堪能した後ゆっくりとこちらを向き直る。
「大いに期待していんすよロータス……お前たち!!!」
シャルティアの呼びかけに吸血鬼の花嫁が即座に入室し跪く、それを確認したシャルティアは俺の瞳を食い入らんばかりに見つめた。
「優れた働きには見合った褒美を……ロータス、お前に報酬を先渡ししんす」
ゆっくりと舌なめずりを行うシャルティアの目からはこれから行われる狂宴の凄惨さを想像させ、冷や汗を一筋流し無意識に生唾を飲み込んでしまった。
力持つ狂人というものを知っていた筈なのに、甘く見すぎてしまったという考えは服を剥ぎ取られた瞬間すぐに霧散した。