気を長くして待って頂けると嬉しいです(平服)
貴族の屋敷の一室。最高級品と呼んで差し支えない、しかし贅をこれみよがしに見せつけない調度品達が、質実剛健とでも表せる様な落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「あれ、おまえ にんげん?にんげん だあれ?おきゃくさん?」
そんな屋敷に財宝を盗みに入った盗賊は、館の主人にその姿を発見されたが至って有効的に話しかけられ、束の間首を傾げる。どうやら盗みを働こうとした不埒者だとは悟られていないようだ。
「あー、客……そうだ。俺はお前に用があってここに来たんだが……すまん、誰も居なかったもんで勝手に入っちまった。この通り、ってな」
謝罪しながらカトラスを鞘に納めて、無意識に両手を挙げ害意の無さをアピールする。言い終わってから敬語のけの字もない台詞を吐いてしまった事に気づき、マズったか……?と後悔する男。しかし件の鳥は気分を害したという様子は微塵もなく、嬉しそうに
「おれ おこってないよ!にんげん おれに ようじ なんでしょ?にんげん おちゃ すき?のむか?」
と茶を勧めてきた。茶より冷えた水が飲みたい、と思った男だがここは従うのが吉だろう、とお言葉に甘えることにした。
「茶か、丁度喉が渇いてたんだ。有難く頂くことにするか」
「わかった!じゃあ おれ おちゃ つくってくる!そのいす すわって まってろ!」
返事を返すなりぴゅう、と風を切る音とともに走って部屋を出ていった黒い鳥。男を見ているものが居なくなった今、この部屋──どころかこの屋敷から男は抜け出すことが出来る。
しかし男は逃げ出さなかった。
「知らない奴の来客であんなに喜んでんだ、ちょいとばかりは居てやらないと流石に可哀想、ってな」
「……まぁ、お貴族様の飲む茶の味も気になるしな。貰えるもんは貰える時に貰えってもんよ」
誰に聞かせるでもなく、言い訳じみた独り言が男の口から零れた。
ーーー
「にんげん!おまたせ!おちゃ できたよ!」
ドアの向こう側で拙い言葉が紡がれる。声を聞いた男は音もなく立ち上がり、す、とドアノブを引いて部屋の主を迎え入れる。
「にんげん ありがとう!おれ かっぷと ぽっと もってて どあ あけられなかった」
右手にカップを2つ、左手にティーポットを持った鳥が朗らかに礼を告げる。
「お盆とかねぇのか?あれがありゃドア開ける時だけ片手で持っても平気だろ」
疑問を投げかけると彼は茶をカップに注ぎながら少し照れた様な声色で、
「おみず あっためてるとき おぼえてた でも おれ とちゅうでわすれちゃった……」
と苦笑いで応じる。男が、鳥だけに鳥頭ってか……と、心の中で呟いていると、気品溢れる香りと湯気がふわりと漂う紅茶を差し出される。
「はい どうぞ!のんでいいよ!」
「おう、ありがとよ。んじゃ頂くぜ、ってな」
紅茶の一口目を口に含みながら鳥を見やると、ぎこち無い手つきでポットを傾けている。茶を入れるのは不慣れなのだろう。しかし味はちゃんと美味いものだから不思議だ、などと感心しながら、
「そういや俺の事人間人間って呼んでるけどよ、名乗った方がいいか?」
と問う。男は人間であるため、言葉を交わす相手は当然ほぼ全てが人間だ。それ故種族名で呼ばれる事に居心地が悪い様な違和感を覚えていた。
「いいの?でも おれ むずかしい なまえ わすれちゃうよ?」
しゅん、と申し訳なさそうな顔をしながら、自分の分の紅茶に砂糖を入れる鳥。男は砂糖の類の甘味は然程好きではないので入れなかったが、すきなだけ いれていいよ!と勧められたので雀の涙程の砂糖を溶かした。
「そんなら問題ねぇ。なんてったって俺の名前はすごく覚えやすいからな!」
「ほんと?おれも おぼえる できる?」
ああ、勿論だ。と鷹揚に返した男は茶を呷る様に飲み干した。少しなら砂糖も悪くは無いな、と思いながら黒鳥の黄色く輝く瞳に目を合わせ、名乗る。
「俺の名前はアル。な?結構簡単に覚えられそうだろ?」
言ってやると、鳥は仮面の奥の瞳を更に輝かせる。縦長の楕円の形と、大きな目の割に小さな瞳孔は男──アルに琥珀を連想させた。
「!ある……ある ある ある ある ある……おまえ なまえ ある!おぼえた!」
復唱し、自分の名前を記憶する様子は、アルに幼子が初めて言葉を発した時と似た微笑ましさを与えた。最も、アルは子を持ったことなどないが。
「そうだ、ある おれに ようじ いってた!ようじ なあに?」
覚えたての名前で自分を呼んでは表情を覗き込んでくる鳥に、アルはどうしたものかと言葉を澱ませる。盗賊の腕前の高さ故、失敗した後の対処をする場面に直面した事があまり無かったのだ。どうしたものかと思案していると鳥が
「まっくろ ほしいの?それとも きらきら?」
と訊ねてくる。然程回っていない頭で、商家か何かを発展させて貴族になったのだろうか、俺の事を商談をしに来た客とでも思っているのだろうか、と思考を巡らせる。
「多分俺が欲しいのはきらきら、ってやつだろうな。あー、でも大して予算がねぇから高かったら諦めるって──」
「ある きらきら ほしい?わかった、まってて!」
帰ろうと紡いだ言葉を言い切る前に黒鳥が立ち上がり、衣装箪笥を開いて入り込む。カップが2つ並んだテーブルの上に黒い羽が1本落ちる。アルはそれを手慰みに拾い上げて弄っていると、付け根部分から黒い液体が滲み出てて、指先を黒く染める。
「なんだこりゃあ……インクか?」
しげしげと見つめていると箪笥の中から鳥が戻ってくる。その両翼には抱えられるように金製の装飾品の山が乗っている。鳥はそれをテーブルにごちゃ、と置くと
「ある すきなの あげる」
「あげる……?いやいや、こんなんタダで貰う訳にはいかないだろ!」
「いいよ!なんでも すきなやつ えらんで!」
「なぁ、なんでそうまでしようと思えるんだ?そいつらはすげぇ値のつく逸品ばかりだ。全部売れば一生遊んで暮らせる金になる。茶飲み友達……と言っていいか分からんが今日初めて会った俺にくれていいもんじゃないだろ?」
半ば押し付ける風に装飾品を選ばせようとする黒鳥に唖然としていたアルが落ち着きを取り戻し問うと、黒鳥はぽつぽつと語り出した。彼の仲間──同じような黒鳥──を探している事。ここまで仲良くなれた人間はアルが初めてだった事。
「だから きらきら あげたかった……あげたら また あそび きてくれるかな おもった」
「そうか……分かった、これは受け取れねぇ。そんでも、遊びに来るぐらいはお安い御用、ってな」
落ち込む顔に胸を張ってやると、途端に元気を取り戻した。
「ほんと?いいの?」
「ああ。今日はそろそろ帰らないといけねぇが……またあした来るってな。」
「あした ある きてくれる?やったー!」
子供のように飛び跳ねる黒鳥に頬が緩む。
「それじゃあまた明日だな。──そうだ、お前の名前も聞かせてくれよ」
「おれの なまえ?おれ
「某か、ああ、覚えたぜ。それじゃあ今度こそまた明日だな」
窓から屋敷の庭に出て手を振り歩き出す。振り返って見ると某は窓から乗り出しこちらが見えなくなるまで両翼を振り返していた。
関係がお友達くらいにレベルアップしました。(レベルアップして友達……?妙だな)
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