【ダイジェスト版】「助けてノノえもん!」シーズン1〜3 作:春画屋@二次創作R18
「こんにちは、先生ー☆ ……あら? 先生ー?」
夕方のシャーレの執務室。『先生』の姿はなかった。
——仕事が終わって、どこかへお出かけになったんでしょうか? それとも……。
ノノミは、シャーレの中を探すことにした。
「あら、こんなところに……。まあ……」
『先生』は休憩室のテーブルに突っ伏し、寝落ちしていた。ビールの缶が二、三本。それから、連邦生徒会から支給されたタブレット端末、スマホなどがテーブルの上に散らかっている。
「ん、やっぱりちょっと匂いますね……」
ビールの匂いがする。缶を振って確かめてみると、半分くらい残っている缶が一つある。どうやら、つまみの
「いつもは、「お友達」と二人でお店で飲むだけなのですが……」
彼のモットーは「お酒は楽しく美味しく飲もう」であって、友人の前でもヤケ酒のように良くない飲み方はあまりしないようにしている。もちろん、生徒の前でも。
それでも彼にも、どうしても飲みたい夜があるのをノノミは知っている。ずっと『彼』を見てきたから知っている。——そう、
会社で、同僚からの嫉妬や
「……しょっ、と」
彼の身体を持ち上げて、ソファに寝かせる。楽な姿勢にして、ネクタイを
あの頃、遠くから見ているしか出来なかったノノミにはわからなかった。それでも、目を覚ました後の彼がいつも寂しそうなのは知っていた。
「頭を……お膝の上に……しょっ……」
少し苦労して、頭を自分のひざに乗せる。そして、「いいこ、いいこ……」、と
こうやってひざ枕をして、癒してあげたかった。側に行って抱きしめて、甘えさせてあげたいと思った。
——でも、どんなにつらそうに見えても、それが絶対に必要というわけではないんですよね。つらいことを何度も経験して、その度に立ち直ってきた人だから。人生にはいくらでもある、当たり前のことだと知っている「大人」だから。きっとこう言いますよね。「そりゃ、立ち直れないほどのことだってあるだろうけど、そうそうないよ」なんて。あなたはそういう時、強がりではなく、ただありのままの事実を言う人ですから。
そんな彼を
つらい時に甘える、それは『彼』にとって絶対に必要なことではないし、むしろお節介だと思われるかも知れない。それが、怖い。それでも、それを受け入れてもらって、喜んでもらえれば嬉しい。望んでいた通り、こうして実際に側にいられるだけで嬉しい——
「……あら? アロナちゃん?」
「はい、ノノミママ!」
テーブルの上に置きっぱなしにしてあった『先生』のスマホの画面に、『ブルーアーカイブ』のマスコットであるアロナを
「あっ、と。すみません、ノノミさん。先生と話してる時の癖で、つい「ママ」って」
「いいんですよ。私もアロナちゃんのことを娘みたいに思ってますから☆」
「先生も、一応娘みたいなものだと思って接してくれてます。ただ、本当に子持ちになったみたいだってよくぼやいてますけど……あはは……」
「ふふっ、私はそういう気持ちになれて嬉しいのですが、やっぱり先生は、少し
ある程度冗談めかしてはいるものの、最近彼にそういう発言が増えたのを、ノノミは少し気にしている。自分の愛は重いのだろうか? 軽くはないと思う。でもそれは、彼以外に恋愛感情を持ったことのないノノミにはわからない。もちろん、経験を積んだからわかるというものではない。そして、仮にわかったとしても、コントロール出来るわけではない。
「先生、今日は何かあったんでしょうか? こんなにお酒を……」
「いえ、私の知ってる限りでは……。最近、疲れてるとか、ストレスがたまって、とかはよく聞くのですが……」
「…………そう、ですか」
ノノミはそこで言葉を切った。
「あの、どうしたんですか?」
「いえ……。アロナちゃんは、結婚する、ってどういうことだと思いますか?」
「結婚、ですか? 素晴らしいものだと思います! お互いを好きな男女が、一生添い遂げると誓って、一緒に暮らして、子供が産まれたら二人で育てて……えっと、そういう感じではない……ですか?」
「そうですね。きっとそうだと思います。でも、最近本を読んだりしたのですが……こんなことが書いてありました。「結婚とは、相手に責任を持つことである」だそうです」
「責任を持つ……ですか?」
「一生一緒にいると決めたなら、相手の一生に責任を持つこと。好きだからとか、一緒にいたいからとか、それだけではなく、一緒にいて幸せだと思ってもらえるよう、お互いを大事にすること。お互いがそう思えるように、努力すること、だそうです」
「難しいんですね……。好きだから、じゃダメなんですか?」
「そうですねぇ。好きって気持ちは一瞬のものですから。一生一緒にいるというのは、相手を好きじゃなくなってしまっても、たとえ嫌いになってしまったとしても一緒にいられるような、強い
「うーん……」
アロナは考え込んでしまった。
「あ、別に私と先生が結婚するとかそういう話ではありませんし、今のは本に書いてあっただけですから、正しいとは限らないんですよ☆ ただ、最近思うんです。私は先生のことが大好きで、ずっと一緒にいたいと思ってます。でも、それだけです。ずっと一緒にいるためにはそれだけでは足りなくて、そして、私が先生の——『彼』の人生に責任を負うこと、それは
「それは……はい、確かに。でも、『先生』は……今はこの世界にはいない、あの『先生』はそのことをどう考えていたんでしょう? だって、分かっていたことなら最初から……」
「意味はちゃんとあるんですよ? 先生がこの世界に来て、会うことが出来て、今までずっと一緒にいることが出来て、私はすごく幸せなんです。でも、私が幸せでいられる時間と同じだけ、私はこの人が本来いる場所で過ごすはずの幸せな時間を奪っているのかもしれません。だとしたら、少なくとも先生が後から振り返って、ここにいて良かったと思ってもらえるよう……」
確かに今、膝の上に感じる彼の体温を、確認するかのように頭を撫でる。ノノミは、アロナとこうして話してみて、いつも考えていたことが少し整理できた気がした。この世界とは違う世界の住人であった『彼』。その彼との関わり方。彼とどんな関係でいたいのか。これから彼とどんな関係になりたいのか。
この世界は、『彼』の存在を完全には受け入れていない。「シャーレの先生」という受け入れ口に、無理に
…………。
「うん、分かった気がします。『先生』が言っていたのはきっと、そういうことなんですね」
「何かわかったんですか? 『先生』は何と?」
「『先生』は姿を消す前にいろんなことを言い残していって、その中には彼に全てを教えないように、なんていうのもありましたけど……。これが一番大事なことだって、そう言っていたんです。「彼を信じてあげて。彼に任せれば、きっと全てうまくいく」って。私はその言葉を、自分が何もしなくても先生が絶対に助けてくれるから、ただ待っていればいい、なんて都合のいい解釈をしてたんです。先生がこの世界にいてさえくれれば、そうなるって。だから、そればっかりに必死で……」
——自分が特別何かしなくても、優しい『先生』は彼を連れてきてくれた。だから同じように、帰る『彼』に余計な口出しはせず、任せればいい……。私は、そんな風に都合よく受け取っていたのかも知れない——
「……でも、『先生』はそんなことは言いませんよね。いくら優しくても、甘いのとは違いますから。やっぱり、ちゃんと自分で考えて自分で行動しなきゃいけないんです。ありのままの私を知った上で、一緒にいることを選んでもらわなきゃいけないんです。……嫌われたり、傷ついたりするのは、やっぱり怖いです。それでも、この人はちゃんと私を受け止めて、真面目に考えてくれる。だから、怖がらずに信じて——そんな風に言いたかったんじゃないかって……何となく、今そう思いました☆」
ノノミは、彼を
アロナが、クスッと笑った。
「そういえばあの時も、『先生』の言いつけを破っていろいろ教えてしまったことから始まったんでしたね」
「はい。今思えば、あれは自分なりに考えたことなんですね。間違えてしまいましたけど」
「でも、『この人』はノノミさんのために全部上手く何とかしてくれました。その上、自分の記憶を消してまで、まだこの世界に残るって言ってくれたんですよね」
「はい☆ やっぱり、そういうところを信じてあげて欲しいってことなんでしょうね。でも、あの時は本当に嬉しくって、やっぱり最近は調子に乗ってしまっていたかも知れません……あ、先生。起きましたか?」
「先生」——「キヴォトスの外」のさらに外、『現実世界』から来た『彼』は、「そちらの世界」でも見ていたらしい。ノノミの問いに、寝ぼけた彼は……
「ふぁ……何だよ、お前、昨日泊まってったんだっけ? 大学の講義があるとか…………って、とっ、あっ、ああえうあ、ノノミぃ⁉︎」
「はい、ノノミです☆」
「ここどこ⁉︎ ……シャーレ⁉︎」
「はい☆ シャーレの休憩室ですよ」
ガバッとノノミのひざ枕から起きて、テーブルの隅にまとめて置かれたビール缶を見る。
「うお、酒くさっ! いや違う、普段はこんな飲み方はだな?」
「大丈夫ですよ☆ ちなみに、どんな夢を見てらしたんですか? 昔、お付き合いしていた方の夢ですか?」
「いやっ、付き合ってたっていうか、昔、大昔、ちょっとだけ! 今現在、何の関係もないから! ヤキモチやくような相手では……
「ふふっ、別にやきません☆ だって、今、先生の隣にいるのは私なんですから。私、
そう。見ているだけだった頃のノノミの、一番の願いはそれ。一緒にいられるようになって、初めて叶った願い。
「何かしてほしいことはありませんか? お水とか持ってきましょうか?」
「水? ああ、ならそこのコンビニ……いや、外のじゃなくて、『エンジェル24』でスポーツドリンク買ってきてくれる? あと食べ物、おにぎりかサンドイッチ一つ」
「お腹すいてらっしゃるんですか? 食堂の厨房を少し借りれば、簡単なものなら作れると思いますが。おかゆとか、お腹に優しいものの方が……」
「おかゆか。んー、ならお茶漬けの方がいいかな。出来る?」
「はい☆ それじゃまず、スポーツドリンクを買ってきますので、待っていてくださいねー♪」
ノノミは鼻歌を歌いながら、上機嫌でコンビニへ向かった。と、そこでやっと彼も、テーブルの上にちょこんと座っているアロナに気付いたらしい。
「アロナ——えーと、アロナでいいや。いたのか」
「はい!」
「ノノミと何か話してたの?」
「はい、少しだけ。先生、何だか幸せそうですね?」
「うん? 幸せだよ。起きたら何か知らんけど、ノノミがいるし……はっ!」
「どうしたんですか?」
「いや、とにかく酷い夢見ててうなされそうで、酒も変な飲み方したから気持ち悪いし、これで起きたらシャーレの休憩室に一人きり、とかだったら孤独感ハンパなかったな、と。こわっ。こんなとこで一人で酒飲むもんじゃねえなあ」
「ふふっ。でも今日は、ノノミさんがいたから大丈夫でしたね」
「そうだなあ。いいタイミングで来てくれた。流石ノノミ」
「はい! そうですよ!」
そうこうする内に、「それでは!」と挨拶をしてアロナがぴょんとスマホの画面に飛び込み、それと入れ替わるようにして、ペットボトルを持ったノノミが休憩室に入ってきた。
「はい、先生。どーぞ☆」
「ありがとう。すまんな、ノノミが来ると思ってなかったんで、つい。あんまりこんなみっともない飲み方しないんだけど」
「したい時はしていいんですよ☆ そういう時だってあると思います。もちろん健康には気をつけて頂きたいですけど。それにこうやって、先生がいて欲しいって思ってくだされば、私はいつでも来ますから」
「いや、それは流石に悪いっていうか……」
もともとストレスの原因は、ノノミ本人ではないにせよ、ノノミの存在も絡んだ女性関係のあれこれだとか、彼の言うところの人生の墓場を間近に感じるようになったのが主なのだから、ノノミが何でもかんでもお世話してくれる、と言われてしまうと複雑なものがある。しかし、
「いや、そうだな。ノノミが今、一緒にいてくれて嬉しい」
「はい☆」
——ま、その時思ったことをそのまま言うのが一番だよな。
と、彼らしい判断をした。
「先生、お酒って美味しいですか?」
「ああ。仕事終わった時なんかに、ちゃんとしたところでちゃんとつまみとか用意して飲めば、美味しいよ。キヴォトスじゃ、飲む相手なんて一人しかいないから、飲む機会がないけど」
その一人とは、黒服である。見た目だけなら飲めてもおかしくないような生徒も多いんだけどなあと、先生はある意味失礼なことを思う。しかし、飲めたとしてもアコやアカリと一緒は嫌だ。それぞれ違った意味で酷そうだ。などと、どこまでも失礼なことを考える。
「私も大人になったら飲みたいです☆ そうしたら先生、一緒に飲んでくれますか?」
「んー? いいよー。大人になったら、か。そうだな、うん。よしよし」
ノノミの頭を撫でる手は、
「先生っ。先生が以前住んでいたところって、どんなところなんですか?」
「どこって……」
「日本の、東京っていう街なんですよね? 先生の子供の頃ってどんな……」
「ああ、そこの話すりゃいいの? 聞かれたことないから、信じてないのか興味ないのか、って思ってた。いや、東京に住んでたのは引っ越してからで、生まれたのは埼玉の方なんだけど」
「埼玉、っていうんですか? そこってどんなところなんですか?」
——よくわかんないけど、キヴォトスの外だろうがそのまた外だろうが、話す分には大して変わんないしな。
適当といえば適当。彼にとっては、海外に暮らしていて日本の話を聞かれたようなもので、キヴォトスにも日本にも特にどちらかに強い思い入れはない。ノノミが聞きたいのなら、聞きたいことに答えてやればいいと思う。
そうしてノノミは、目を輝かせて自分の知らない異世界の話を聞いた。彼の望郷の想いを刺激してしまうのではないか、そのまま帰ってしまうのではないか、なんて恐れはもうどこかへいってしまっていた。初めて聞く地名とともに、そこに居た頃の彼の、知らなかった一面がわかる。ノノミにはそれが嬉しい。
「とりあえず山手線に乗れば、新宿でも渋谷でも秋葉原でも行けるし」
「みんなでダッシュで逃げながら、歌舞伎町やべーよ、マジやべーよ、ってなって、気付いたら朝で……」
「もう東京は嫌だから、老後は埼玉の土地安いところでも買ってのんびり暮らそうかとか」
そんなたわいもない思い出話を聞きながら、ノノミは日本での彼の暮らしを想像した。彼がいた場所。彼が本来いるはずの場所。いつか帰る場所。そこは確かに彼に似つかわしい、故郷と呼ぶにふさわしい場所だと思えた。
彼はやはり、元いた世界に戻っても立派に生きていけるのだとノノミは確信した。そして、自分もそれをわかっていながら、彼はこのキヴォトスを選んで、今も居てくれる。そんなに嬉しいことはないのだと思った——