あけおめ!約一年振りに帰ってまいりました
マジ肉欲完結から暴飲暴食惰眠を貪る社会のゴミ同然の人生を送っていたらある日、天の声に拳銃突きつけられて冬眠から目覚めました
お告げがあったのです、そろそろ続編書けと
そんなわけでマジ肉欲シリーズ第三弾です
相変わらずのクソ駄文ゴミ構成で、序盤はエロありません
申し訳ありません
“月が綺麗ですね。”
ふと、そんな言葉を呟いてみたくなった。
お気に入りの恋愛小説の一文だ。
両想いの男女が満月の下で想いを告げ、永遠の愛を誓い結ばれるというありきたりなストーリー。
なんてベタな。だけどそんな素敵な恋をしてみたい。女の子なら、一度は夢に思うことだろう。
幼い少女なら尚更。昔は、何度もその小説を読み返した。今では、文章を目にしなくとも一文一句思い出すことができるぐらい。
特にこう言った満月の日には、鮮明に。
少女は、夜空にぽっかりと浮かぶ満月を見上げた。手を伸ばせば届きそうで、でも絶対に届かない場所にある月。
「清楚、何処を見てるんだい?」
初夏の夜風に浸っていると、真横から声がかかった。
刺すような老婆の声に、意識が現実に引き戻される。振り向くと、不機嫌を絵に描いたような顰めっ面が、少女のすぐ隣に立っている。
上質な絹の洋服を着ている高齢の女性。皺一つない漆黒の生地は上品ながら、華やかな雰囲気を醸し出している。
素敵な造形はしかし、細く、睨みつけているような双眸がそれらを台無しにしていた。
若い頃は美人だったのだろう。そう思わせる整った骨格は、皺と加齢によるたるみで陰っている。
それに加えて、この愛想の欠片もない仏頂面。
これでも別に怒ってるわけじゃない。
ただ、彼女にとってこの顔が自然なだけ。
「あんたが見るべきはあっちだよ」
口調も厳しい。相変わらずの態度に心の中でため息を吐きながら、彼女が指差した方を向く。
そこには工場地帯があった。
なんの用途のために作られたのかは定かではないが、広大な工場が視界いっぱいに広がっている。
入り組んだパイプの数々はまるでジャングルジム、一度迷い込んだら脱出できない迷路のよう。
その工場地帯の中から明かりと、大勢の人間による声が聞こえてくる。作業や仕事中などでは決して出ることのない、絶え間ない爆発や戦闘音が鼓膜を叩く。
現在、この場で行われているのは戦だった。
この日本国には、教育に武道を取り入れた学舎が二つ存在している。
東の川神学園と西の天神館……。ともに学生間の決闘を許可しているユニークな学園だ。
競争意識を重視するこの二つの学園がぶつかるのは、ある意味必然だったと言える。
無人の工場地帯をステージとして行われる、二校による三本勝負。
学年ごとに二百人を出し合い集団戦。己の牙をぶつけ合う、その名も———東西交流戦と名付けられた。
これはその三年生の部。
放たれる熱気はスポーツの比ではない。清楚———そう呼ばれた少女にとっては、心臓に悪い光景だった。
人の闘争心を猛らせるような戦場に、異様な膨張という変化が訪れる。天神館側の陣営から、盛り上がる山と見紛う大きな影が出現したのだ。
そのシルエットは、一言で表すのなら巨人。
広大な工場地帯を軽々と見下ろせる、巨大という言葉すら生ぬるいほど極厚の図体。それらを構成しているのは、天神館の三年生徒達だった。
言ってしまえば、これはいわゆる組体操の類。
一人一人が細胞というパーツの役割を担い、一己の存在を顕現させる。大勢の人間が重なり合って、それはやがて人の形となり完成する妙技。
敵側には、あの世界最強と謳われる武神が所属しているのは存知の事実。天神館は不退転の覚悟で臨み、文字通り一丸となって立ち向かう。
凄い……。思わず、率直な感想が溢れる。
その横で、
「妙技かい。しかし、スマートじゃないねぇ」
素直に感心している清楚と違い、老婆の方はお気に召さなかったようだ。
不機嫌そうに鼻を鳴らしている。
あれでも気に入らないなら、いったい何が気にいるんだろう……?これまで清楚は、彼女が誰かを褒めた姿を見たことは一度もなかった。
怪訝な視線を向けていると、老婆が前触れもなく問うてきた。
「清楚。あれを見て何か感じたことはあるかい?」
「感じたこと……。普通に、凄いなーって」
「……そうかい」
清楚の答えを聞くや、あっさりと興味を失う。
気を悪くした風ではないものの、少し機嫌を損ねた雰囲気。……嫌な感じだ。その空気から逃げるように、顔を俯かせた。
唐突にこんな質問をして、彼女は何かを期待していたのだろうか。それが皆目見当つかないが、だからこそこうなった空気は居心地が悪い。
———最近になって周囲の……。この人からの私を見る目の色が変わった気がする。
まるで観察するかのように、その日の気分や身体の変化を細かく聞いてくるようになった。
プランの実行が近いから、そのチェック……というわけでもなさそうだ。
何故なら、他のみんなにはそんな素振りは見せず、自分にだけ聞いてくるのだから。
本人的には、これと言った自身の変化なんて感じない。確信があるとすれば一つ、彼女の元になった英雄についてのことで間違いないのだろう。
———気になるけど……。聞いたところで、いつものようにはぐらかされるだけなんだろうな。
自分達の親同然の保護者、マープルは鋭い視線を工場群に向けたまま。疑問を投げたところで、納得のいく答えが帰ってくる気配はない。
聞くだけ無駄なら、悩むだけ無駄。
いつものように、仕方ないと自分を納得させる。何事もなかったかのように、工場へ視線を戻した……その時だった。
一陣の銀光が、川神陣営から飛び出した。
光が一直線に天神館の巨人へ向かって駆けていく。さながら、闇夜に走る流星の如く。
大きさで言えば、人と蝿の差だ。しかし、そんなハンデをものともしないかのように、それは巨人へと迫った。
そして………斬ッ———。
勢いを殺すことなく銀光が通り過ぎたその直後、巨人の首部分が横一文字に切り裂された。
まるで、豆腐でも切るかのように容易く。しかし、それは確かに人の成した肉を断ち、構成する柱を断ち、均衡を刈り取る。
一瞬の出来事だった。
「え?」
二人は同じリアクションを取った。
目を疑う。それは隣のマープルも例外ではなく、睨むように細い瞼が全開し、この光景を目に焼き付けた。
それはそうだろう。あまりにも一瞬のこと過ぎて、それがどんな現象だったのか脳が理解を拒んでいるのだから。
さっきまで視界を閉めていた巨大な影は、たった一太刀で切り捨てられ、構成していた天神館の生徒達が崩れ落ちていく。
誰が見ても、勝利者側はどちらなのか明らかだ。
チリも積もれば山となる。
鰯の群れとて、集まれば鮫も近寄れぬもの。
武神を下すべく練り上げた最善の策。
だが考えも、認識も、実力も甘かったのだ。
相手が鮫ならば、どれだけよかったことか。
この学園には武神以外に———もう一人いる。
「そうかい、あいつが……」
「知ってるのマープル?」
「あいつは、あんたと同じクラスの……ッ!」
答えるよりも先に、ギョッと顔色が一変した。
清楚の方でなく、すぐ真正面に向けた視線を離さない。
マープルの双眸、それが見つめる先……。つられて振り向くと、いつの間に?思わずそんな言葉が口から出かかった。
穏やかな夜風のように。
まるで最初からそこにいたかのように。
一切の気配を覚らせず、知らぬ間に二人の眼前には一人の男子生徒の姿があった。
工場からの逆光で顔がよく見えない。
しかし、どんな人物かは影だけで十分。納刀された一本の刀で、あの巨人を倒したのはこの生徒だというのが分かる。
コツコツと、シルエットが靴を鳴らしながら此方へ近づいてくる。
「上から見えたんだけど、あんたら誰だ?お前のそれ、川神学園の制服だよな?三年生以外は立ち入り禁止のはずだが……」
「え、ええっと……」
言葉が詰まる。
どうしてだろう。まだあの衝撃に思考が定まっていないのか、いつもは初対面の人が相手でもすらすらと答えられるといのに。
彼を前にしたら、途端に言うべき言葉が頭の中で混雑してしまっていた。
そうしている間にも、距離が縮まっていく。
互いの間があと数メートルという距離まで近付いた時、 その男子生徒は此方側から顔が見える位置まで来て立ち止まった。
月光が彼の全容を照らす—————。
川神陣営から現れた男子生徒。
彼があの巨人を斬り倒した張本人であると見て、普通なら強靭な肉体や巨漢といった風貌を想像するはずだ。
実際はそれとは真逆。
身長は百七十後半から八十前半といった所だろうか。中肉中背の体格で、想像と比べるとあまりにも細身に見える。
それでも決して弱々しい印象を与えない。
制服越しでも分かる、戦う者の身体をしていた。
研ぎ澄まされた剣のような鋭さを感じさせるのは、その内に秘める意志の強さゆえか。滲み出るオーラが、常人のそれとはまるで違う。
雑に鍛えたとしてもこうはなるまい。たった一つの目的のために研ぎ澄まし、極限まで無駄を削ぎ落とした。
それはまるで名刀を思わせる佇まいに、凛とした眼差しに見つめられて。
思わず……つい口が滑ってしまった。
「綺麗……」
「は?」
素っ頓狂な声。まるで予想だにしなかった言葉を耳にして、男子生徒は目を丸くさせた。
頭の中に思い浮かんだフレーズを、つい口に出してしまった。ハッと、急いで口元を手で押さえるも、もう遅い。
清楚を見やる男子の目。何言ってんだこいつ?と、言葉にしなくても色だけで分かってしまう。
やらかした唇をキュッと噛み締め、恥ずかしさに赤面していく顔を両手で覆い隠す。
何やってるの私……⁉︎初対面の人に綺麗だなんて……。いや、そう思ったのは事実だ。それでも、思うだけと言葉にするのとではまるで違う。
隣から、何やってんだか……。とため息混じりの呆れ声が聞こえた気がした。
とてもではないが、今の状態では何も喋れない。
やれやれと、マープルが代わりに前に出た。
「この娘は転入生でね。あたしはその保護者さ。あんたのクラスになるから、よろしくしてやっておくれよ」
「ああ、そうなのか。俺は水城ユウ、よろしくな」
「は、はい!私の名前は、葉桜清楚です」
すぐに顔を上げ、その男子生徒を真っ直ぐ見据えると……。漸く返すまともな言葉、重なる視線、名前を記憶し互いの存在を認識し合う。
これが、葉桜清楚のファーストコンタクト。
川神に訪れて、初めてできた友達。
そして———
「じゃあ、俺戻るから。夜道気をつけろよ」
ひらひらと指を振り、快活に笑うユウの背中を見送る清楚。とても先程の巨人を一刀両断したとは思えない朗らかな顔に、小さな吐息を溢すのだった。
去っていく姿を最後まで見送ると、もう既に水城ユウの影は夜の闇に溶け込み消えていた。
心臓は、今も激しく鼓動を刻んでいる。
胸にこびりついた名残惜しさという濁り……。その正体がなんなのか、彼女が理解するのはもう少し後の話。
「あのボーイ、気に入ったようだね」
「え⁉︎ち、違うよマープル!そんなんじゃ……!」
「ああ、言わなくていいさね。ちゃんと武士道プランを遂行してくれるなら、その範囲で何をやっても構わないさ」
「違うってばー!」
———全ての歯車が回り出した瞬間であった。
ありきたりな男女の出会い。たった一つの遭遇が、まさかあのような事態を巻き起こすとは。
今この瞬間、星の本棚でさえ知る由もなかった。
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ーーー
二千九年初夏———新たな物語が始まる。
朝方、ある一報が世界を震撼させた。
プラン名———武士道プラン。
世界最大の財閥と言われる九鬼は本日、その誰もが驚くべき全貌を発表した。
源義経、武蔵坊弁慶、那須与一ら、過去の英雄を現世に転生させたという……。
なにも生き返ったり、タイムスリップしてきたというわけではない。
転生とは、要するクローンである。
九鬼財閥はヒトクローンに二十年前から成功していたのだろう、というのが総理が出した考察であった。
そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。
漫画や映画なんかで見たことはあるが、まさかそれが現実になるとは……。よく過去の偉人の遺伝子情報が手に入ったものだ、倫理観的にどうなんだ?何故今になって?
プランの内容だけでなく、倫理、技術両面で世界が揺れることになるのは間違いない。
どこの局でもその話題で持ちきり、新聞も一面びっしりと。発表されたのは朝方だというのに、よく記事が間に合ったものだ。
さらに、話題はこれだけでは終わらない。
というよりも、これが本題であるといえよう。
今世界各地から注目を浴びる義経達は、川神市の川神学園が受け入れるというとのことだ。
武士の末裔が住まう土地。そこに英雄のクローンが来るとなれば、投下された爆弾に色めき立つのは間違いない。
寧ろ、破天荒なため軽く受け入れるだろう。
何せこの街には……侍がいる、
武神がいる、
ロボがいる、
軍人がいる、
メイドがいる、
言霊を使う者がいる、
人力車で登校する者もいる、
たまに人が拳で空を飛ぶ、
たまに天を衝くビームが登る、
それを刀でぶった斬る奴がいる。
川神では何が起きても不思議ではない。
今回も、偉人のクローンかぁ。なんでもありだね〜、といった感じだ。住民もいつもと変わらない雰囲気、慣れたものだ。
しかし、やはり異変はある。気配に敏感な者は感じているだろう、吹き荒ぶ風が違うことを。
———朝のHRは、臨時で全校集会が開かれた。
集会の壇上に上がるは、学長である川神鉄心。
全学生達を前に語るべき内容は、言うまでもない。普段は喝を入れられて静まり返る生徒達も、今日だけは飛び交う小言がなり止まない。
自分達の学園に英雄が転入するとなっては、それも致し方ないことだろう。
どんな奴が来るんだろう?容姿は?強いのか?皆思い思いの想像に期待を馳せる中、鉄心はわざとらしく咳き込んだ。
「皆も今朝のニュースで知っているじゃろう、武士道プラン。この川神学園に転入生が六人入ることになったぞい」
六人……。その人数に、生徒達は耳を疑う。
確か、ニュースで伝えられた人数は三人だったはず。まだ他にいるのか……。
「武士道プランについての説明は新聞でも見るんじゃな。重要なのは学友が増えるということ。仲良くするんじゃ。競い相手としても最高級じゃぞい、何せ英雄」
鉄心の言葉に一部の生徒……。特に血の気の多い武士娘達が反応を示す。
確かに英雄達と切磋琢磨できれば、驚くほどのレベルアップに繋がるはず。先人に学ぶの究極系だ。
「武士道プランの申し子達は全部で四人じゃ。残り二人は関係者。まずは三年生、3-Sに一人入るぞぃ」
「ほう。私達のクラスか……。物好きな奴もいるものだな」
「なんで俺の方見るんだよ」
「なんだ、Sクラスか。私達F組には来ないのかー?」
「残念で候。しかし、この時期にSとは随分な学力で候」
「まぁー、あの九鬼財閥が保護者なんだから。教育はちゃんとしてるわな…………。うん?Sクラスに、一人?」
クラスメイト達が色めき立つ中で一人、ユウだけが別の予感に心付いていた。
思い出すのは東西交流戦での夜、戦場の外で出会った美少女の顔。
まさか……。察した時は既に、鉄心によって彼女は全生徒の前の壇上へと招かれていた。
「それでは葉桜清楚、挨拶せい」
学長の声と共に、女の子が一人しゃなりと前に出た。
そのまま。ゆっくりと壇上に上がっていく。
予感は的中した。
それはまるで、天啓のように。
「……これはこれは。なんという清楚な立ち振る舞い」
ある男子生徒の呟きとともに、他からもほーっという溜め息が漏れた。
あらゆる学年も問わず、誰もが見惚れる立ち振る舞いで彼女は壇上へと上がった。
なんと美しく、堂々たる物であろうか。全生徒の目に映るそれは、一瞬にして意識を根こそぎ法悦させるほどに。
「こんにちは、初めまして。葉桜清楚です。皆さんとお会いするのを、楽しみにしていました。これから、よろしくお願いします」
同性であろうと見惚れる美貌がそこに在った。
整った顔立ちにぱっちりと開いた瞳。スカートから伸びたすらりと長い足は芸術的だ。
全身から匂い立つ品格。そしてなにより、清楚な顔立ちを彩る微笑み。見ているだけで身体が蕩けそうになる。
壇上に上がった少女、“葉桜清楚”のふわりとした挨拶した後、男子達の歓声が巻き起こった。
その名の通り、彼女を表す言葉としてこれほどまでに適切なものはない。
血の気の多い川神において希少な文学少女というイメージに、グラウンドは大盛り上がり。一部、女子からの歓声も上がっていた。
教師陣が落ち着かせようとするも、熱源は既に着火された。この熱を鎮火させるのは難しい。
ヒソヒソとした小言から、全校の前で大胆にも大きな声による質問攻めへと変わるのに時間は掛からなかった。
Fに来て欲しいと言った声や、中には是非、スリーサイズと、彼氏の有無を……!などといった俗物までも。
当然そんなことをほざいた生徒はしばかれた。
「アホかい!……まあ、確かに3サイズは気に成るが」
「……ええっ」
「「おいジジイ死ね!」」
孫として、家族として、弟子として、学生として、様々な意味で看過できなかった一言に吐き捨てる。
全校生徒の前でセクハラをされた清楚の顔が若干朱に染まる。
恥じらいながらも、咳を一つ零す。
「み、皆さんのご想像にお任せします」
「かーわいいー!」
「ああいう恥じらいは素敵ですね!」
更に熱が籠り始める。
男子だけでなく、女子の方にも大きな反応が見える。身惚れているだけでなく、中にはあまりにも自分とレベルの違う様を見せられて、自信をなくしている者もいた。
「総代、真面目にやってくださイ!」
何はともあれ話を戻す。
ルーの叱責に、鉄心はコホンと咳払う。
「おお、すまんすまん。ついのう……。葉桜清楚、という英雄の名を聞いた事がなかろう皆」
鉄心の言葉に、騒がしかった生徒達が水を打ったように静かになる。
誰もが微かに感じていた違和感、興奮に押し隠されていた疑問が明瞭に言葉にされた。
葉桜清楚、そんな名前の偉人は聞いた事が無い。クローンである以上、義経のように元となった英雄の名前を冠しているはずだ。
「これについては私から説明します」
その疑問は本人の口から説明される。
「実は私は他の三人とは違いまして、誰のクローンだか自分自身ですら教えて貰ってないんです。葉桜清楚というのはイメージでつけた名前です」
自分の正体を知らない。それに対する不安などつゆほども見せず、清楚は告げる。
「二十五歳ぐらいになったら教えてもらえるそうです。それまでは、学問に打ち込みなさいと言われてます」
テレビで放送されなかった理由はそれだ。
九鬼家の中でも、彼女の正体はトップシークレットであるらしい。なにせ、九鬼家長男ですら清楚が誰のクローンなのか知り得ないのだから。
「私は本を読むのが趣味なんです。……だから、清少納言あたりのクローンだといいなと思ってます」
静かながら、存在感のある人だ。
大勢の前で声もよく通る。
彼女は臆する事なく、自分についてのことを一つ一つ真摯に受け答えしている。
その姿がまた、男心をくすぐるのだろう。自己紹介をしてたったの数分、男女問わず、ほぼ全員が葉桜清楚の美貌に心を奪われていた。
そんな全校生徒を見下ろせる壇上の上。
「……………………」
清楚は、瞳だけを動かして全体を見回すように視線を泳がせていた。
この大勢の中からたった一人、ある人物の姿を捜す。
やがて彼女の美しい双眸が三年生の列、そこのある一人の男子生徒を捉えて……止まった。
「あっ」
「っ……」
彼と目が合う。
それは、一瞬の事だったかもしれない。しかし確かに二人はその一瞬、互いの存在を認識しあった気がした。
彼女は、これまでといった全員に向けたものではなく、たった一人に向けてふんわりとした微笑みを浮かべるのだった。
葉桜清楚の自己紹介は終わる。
恭しく一礼し、次の英雄の紹介へと移る。
始まりとしてはインパクトの大きい人物だった。しかし、その後に紹介された英雄、転入生達も負けず劣らずの個性派揃い。
川神において波瀾万丈はありふれたもの、しかしそんないつも以上の朝を迎えるのであった。
それでも、川神学園側からの印象は凡そ好評。この分なら、彼女等が特別視されつつも、学園生活にもすぐに慣れていくことだろう。
川神学園に新たなる旋風を巻き起こすのだった。
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まるで祭りだ。
学園祭でもこのようにテンションが上がることはない。しかも学園生徒全体が、どこもかしこも大盛り上がりだ。
武士道プランの内容、それは若者と競って高め合う……切磋琢磨を目的とされている。
その効果は早速現れていた。
この川神に取り巻く熱量がその証拠だ。
侍の魂を受け継ぎ、武道を取り入れたこの学園は、そんな競争意識に飢えた者達の集まり。
なら、この盛り上がりは当然の結果と言えよう。
武士娘は対抗心を刺激され、早くもライバル視。
学舎の同志となるSクラスも気炎を上げている。成績上位をキープすると言う宣言に、高いプライドに火がついたからだ。
それ以外のクラスは、どうしてウチに来てくれなかったのか……。休憩時間に観に行こうなどと、義経達に対する話題は付きない。
川神に灯った熱は留まるところを知らない。しかも、今回は異例の反応を見せていた。
きっと今日という日が過ぎたとしても、暫くは冷めることはないだろう。
この熱は川神学園が、武士娘達が、そして学園の全校生徒が共有するものなのだ。
だがそこに一人、今もなお上昇している興奮の波に流されず、平常運転を貫く生徒がいた。
普段は成績のキープと向上、クラスメイトの対抗心によってヒリついている3-Sクラスも、珍しく色めき立つ。その中でなんらいつもと変わりのない様は、寧ろ異彩を放っている。
そんな親友に、京極彦一が面白そうに話しかけた。
「あまり関心がないようだな、水城」
「んー?いや、十分驚いてるぞ」
そのリアクション自体、驚いているとは到底思えない。
水城ユウの言葉の真偽のほどは定かではないが、おそらく嘘ではないのだろう。
長い付き合いだから、それぐらいは分かる。
大して気にも止めず、京極彦一は続けた。
「傍から見れば、全くの無関心だ。武人として挑みたいとは思わないのか?」
「思うけど、今じゃなくていいや。熱りが冷めて、そんの時に挑戦しようかなって。競争率高そうだ」
「やはりな……。君は、クローンのことを英雄としてではなく、個人として見ている。偉人という側面に興味がまるでない」
「なんでそこまでわかるんだよ……。まぁ、確かにな。英雄って言われても、そこまで実感湧かねぇ」
「その事について詳しく聞きたいのだが。いったい何故?」
いつにない食いつきだ。
だが言う通り、ユウの中に英雄として祭り上げられている者達への関心など微塵もなかった。
注目しているのは武人としての一面だけであり、それが英雄だからという見方はしていない。
周囲と違う心境の色、吐き出す声の異質感、それを京極は興味深いと感じていた。その理由について、本人の口から詳しく知りたいらしい。
英雄ではなく、そんな親友のリアクションに注視する彼も、十分に水城ユウと同じ側であった。
それに、ユウも隠すことなく答えた。
この親友になら話しても良いだろう……と。
「英雄っつってもさ、本人じゃないんだろ?タイムスリップして来ましたーって、感じだったら流石に驚くけどさ」
瞬間、場が凍りついた。
これから来る葉桜清楚への期待、他のクローン達の印象に会話に花を咲かせていた空気も、今の一言で一気に現実へと引き戻された。
当のユウは気付かぬまま、話を続ける。
「川神にだってよくいるだろ。武士の家系や、魂を受け継いだ子孫だったり。それと何が違うんだ?」
クローン=実際の英雄を同一視する空気に、イマイチ乗り切れずにいた。生まれが多少違うというだけで、特別感をさほど感じない。
「性別も違う、年も違う、性格も違う、記憶も違う、偉業も成し遂げてない。ただ偉人と同姓同名の人にしか見えないんだよ」
それこそが、水城ユウが考えるクローンと英雄の違いだった。
な、なんて根も葉もないことを……。
一部の人間が、言うまい考えまいとしていたことを、この男はいとも容易く言ってのけた。
質問に答えるとしても、もっとオブラートに包めないものか⁉︎その無神経さに、流石の京極も開いた口が塞がらない。
「そうか。君は彼女らにそういう見方をするのだな」
「そうだな、腕試しの相手にはいいか……。って、ぐらいには」
「随分と言いたい放題じゃないかい、ボーイ」
すっかり冷めてしまった空気を払拭するように、刺すような声が鼓膜を叩いた。
聞き慣れない老婆の声。
振り向く先には、教室のドアから皆が待ち望んだ葉桜清楚……。ではなく、一人の老婆が佇んでいた。
———誰ッ!!?
教師でも清楚でもない、朝礼で紹介もされていない全くの見覚えのない人物に、誰もが言葉を失う。……一人を除いて。
「あんた、前に会った保護者の……」
「今の話聞いたよ、水城ボーイ。大した熱弁だったじゃないかい。まぁ、そんな意見も出てくるか。……嘆かわしいねぇ、プランの重要性はそこじゃないってのに」
「あ、また会ったね」
やれやれと、呆れてかぶりを振る老婆———マープルの背後から、ひょこっと顔を出す少女。
鈴の音のような、透き通った声。
待ち望んだ人物が来た、それと同時に発せられた聞き捨てならない言葉に、クラス全体に動揺が走った。
クラスメイトの視線が、ユウ一人に集中する。
いつの間に彼女とお近づきに⁉︎ 驚愕と敵意と嫉妬の混じったカオスな感情群が四方から貫く。
しかし晒されている当の本人はというと、まるで他人事のように教室に現れた二人に軽く手を振っていた。
それに小さく手を振り返す清楚。
軽い……。初対面にしては軽すぎるやり取りに、“抜け駆け”というワードが誰もの頭を過ぎるのだった。
「皆、気を落ちつかせろ。葉桜くんとその保護者の前だぞ」
このままではまずい……。危機を感じ取った京極の対応は早かった。
鼓膜を透き通り、熱された頭をゆっくりと冷やしていく、人の心に安寧を齎す声だ。
言霊を用いた言葉の重みは、積もっていく怒りを鎮静化させ、何事もなかったかのように平静を取り戻させた。
「いい仕事したね、ボーイ」
「お褒めに預かり、恐縮」
その様子に満足そうに頷くと、マープルは話を再開した。
促された清楚は、これから共に学ぶ仲間達の前に立ち、改めて自身の名を告げた。
「改めて自己紹介を。葉桜清楚です。どうかみなさん、卒業までよろしくお願いします」
まるでそれは、激戦区のSクラスに投与された清涼剤。花開いたかのような朗らかな笑顔に、自然と頬が緩む。
その美貌はあの川神百代にも匹敵しうる。
ベクトルで考えれば、武神以上の魅力を持った美少女と同じクラスで学べる。心を躍らせ、男子の期待を膨らませるのには十分だった。
京極は興味深そうに顎に手を添え、ユウはパチパチと適当な拍手を送る。
そんなクラスを一望し、マーブルはコホンとわざとらしく咳き込む。自己紹介が終わっても、保護者である彼女はこの場を去る気配はなかった。
寧ろ、ここからが本題だと教卓の前に立つ。
「皆知っての通り、この娘はクローンの中でも特殊でねぇ。朝礼で聞かされたろ?正体は秘匿、決闘も禁止。ましてや荒事なんて御法度さ」
真剣な声色に、空気が張り詰める。
秘密のベールに包まれ、他のクローンとは違った注目を集めている葉桜清楚。
彼女と共に学園生活を送るにあたって、守らねばならないルールでもあると言うのか。
クラスの緊張が、一層大きくなる。そんな空気を一蹴するようにマープルは続ける。
「よって、クラスメイトにお目付け役兼、ボディガードを頼もうってことになったわけさ」
反応も織り込み済みだと言わんばかりに、窪んだ眼窩から教室を見渡す。
その眼光は、さながら獲物を捉える鷹の如く鋭い。高齢でありながら刺すようなオーラに、睨まれた生徒達は思わず身を竦ませた。
そんなマープルが見回した先にいたのは、一人の男子生徒……。頬杖をつき、呑気に耳を傾けて成り行きを伺っている。
そんな若者をこの目で確認すると、老婆は葉桜清楚を護るボディガードの名を指名した。
「水城ユウ、あんたのことだよ」
「俺?……はぁ…………うん?俺ぇッッッ!!?」
跳ぶように席から立ち上がる。
これまで周囲からの視線も敵意もまるで気にも止めていなかったが、今回ばかりはその限りではなかった。
自らを指差して、そんなバカなッ!と指名してきたマープルに確認を求める。
「そこはクラス委員の京極じゃねーのか⁉︎」
「ボディガードって言った筈だよ。噂は聞いてる。武神と互角に戦り合えるんだって?従者部隊から護衛を出すのは簡単だが、それじゃ清楚が周囲に馴染めないだろう?川神鉄心からはもう話はつけてある。相応の報酬だって考えてあるからさ」
「ンな勝手な……‼︎」
これはクラスの誰が自主的に挙手するものではなく、強制的な方針であった。
本人の意思が尊重されることはない。
「清楚もあんたのことを気入ったようだし———」
「ちょ、ちょっとマープル!」
「んん!……ま、そう言うわけだ。腕は信用してるからね。くれぐれも……手ェ出すんじゃないよ?」
「強引に押し付けたくせに……」
しっかりと耳に聞こえる声での抗議は、マープルに届くことはなかった。
聞き流し、「あたしからは以上だ」とクローン達の保護者は用件を終えると教室から去っていった。
沈み帰る教室。
顔を引き攣らせるユウ。
そんな彼を申し訳なさそうに横目で見やる清楚。
そんな二人を興味深そうに観察する京極。
そんな羨ましい立場に就任した裏切り者に、嫉妬と羨望の眼差しを向けるクラスメイト。
教室を包み込む静寂は、まるで生温い風のようにユウの肌を撫でる。
まるで見えない何かに絡み取られているかのようで……。ふぅ、と息を吐くと観念したように背筋を伸ばすのだった。
「ごめんねマープルが強引に……」
「あぁ〜、もういいや。理不尽には慣れてる。頼まれたからにはやるぜ、よろしくな葉桜」
「う、うん!これからよろしく、水城くん」
手を差し出されたユウの手に、清楚は申し訳なさそうな顔から一転。
花が咲いたような笑顔で、その手を取った。
こうして、葉桜清楚の学園生活にボディガードとして水城ユウが就くこととなった。
そしてこのことが、後に彼の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知る由はなかった……。
前作程の暴走はありませんが、大和との【修羅場】見たいですか?
-
見たい
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見たくない