※この作品はR-18です。

真剣で肉欲に溺れなさい!S 覇王ルート【完結】   作:寝坊助

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葉桜清楚のボディーガード

 

 

 

 

 

 

 

 

 川神学園に静寂はない。誰の言った言葉だっただろうか、それはあながち間違いでも、否定しようもない事実だった。

 学業に武道を取り入れた特殊な教育方針、

 対立を力で解決する決闘制度、

 食券を競りにかけた依頼制度、

 それらを取り巻く個性派な生徒と教職員という、例を挙げればキリがない。

 こういったカオスを材料に建設されたと言っても過言ではない学舎における集団の場。

 何も起きないはずもなく、ッつーか何も起きずに一日を終えた試しがない。

 毎度のこと、必ずと言っていいほどどっかのバカがやらかし、それに便乗するバカが集まり、それを止めようとするバカと傍観するバカによるお祭り騒ぎ。

 こうして一日が始まり、一日が終わる。

 川神学園の日常なんて、大体こんなもんである。

 そんな誇っていいのかダメなのか、由緒正しきバカ騒ぎの歴史の中で、これ以上ない騒乱が巻き起こっていた。

 恐らく歴史上初だろう。学園全体で、これほどまで話題が沸騰するというのも。

 川神学園は新たな局面を迎えていた。

 今日という日は、川神学園で最も騒がしい一日になることは間違いない。英雄のクローンが転入してきたなど未来永劫、二度と訪れないのだから。

 興奮の種は、英雄というビッグネームだけではない。戦闘力や知名度もさることながら、なによりも彼女らの容姿だろう。

 朝礼で姿を見せなかった与一を除いて、誰の目から見ても麗しい美女美少女。眼を引かない訳がない。

 まだ学園に慣れないところへ颯爽と現れ、あわよくばお近づきになり、それ以上の関係に……。と、そんな妄想を胸に躍らせて、教室の窓から別クラスの生徒が顔を覗かせている。

 全員が、葉桜清楚の美しさに心奪われていた。

 それだけの魅力が彼女にはある。チャンスを見逃さず、絶対にモノにしてやると意気込む集団は正しくハイエナの群れ。

 しかし誰も声をかけようとしない。いいや、声をかけられないと言った方が正しい。

 清楚に声をかけるとしたら、彼女が一人の時だ。

 そう、あの護衛さえいなければ……。早くも隣のポジションを確保した男に、殺意の波動が集まる。

 肌を刺す視線をシカトし、ボディーガード———水城ユウは清楚に問うた。

 

「んじゃ、放課後になったことだし。どこ行きたい?頼まれたからには、どこでも案内するぜ」

 

 この学園は広大だ。

 一日で見て回るには骨が折れる。

 護衛兼、お目付け役。そして案内人として、学園に来たばかりの清楚に問いかけるユウ。

 さぁどこへ行こうか?答えを待っていると、既に決めてあったのか、清楚は迷いなく行きたい場所を答えた。

 

「とりあえず今は、義経ちゃんのところかな。みんなと仲良くできてるか、様子を見たくて」

 

「2-Sね。りょーかい、お嬢様」

 

「おじょッ⁉︎ふ、普通の呼び方でいいよ水城くん!」

 

「そうか?じゃあ行くか、葉桜」

 

「う、うん」

 

 そんな訳で二人は2-Sの教室へ。

 ユウの案内のもとで彼の隣を歩く清楚。並ぶ二人は美男美女、悔しいが非常に絵になった。

 色恋沙汰に飢えている学生にとって、仲睦まじく歩く男女の様子は羨望の的だ。

 一箇所に殺到する好奇の視線。ユウは、それに気づきながらも無視した。

 清楚目当てで集まった野次馬の群れが、その護衛の姿を見た途端に道を開けていく。

 彼もまた有名人。あの川神百代と互角に渡り合える、この地を代表する実力者なのだから。

 武神に匹敵する守護者が隣に立っている以上、下手に彼女へ手を出すことはできない。比喩でもなんでもなく、まさに高嶺の花であった。

 廊下を埋め尽くすほどの生徒達は、モーゼよろしく人垣が割れる。二階に通じる階段へと歩いていく二人を見守る京極は、やれやれとため息を吐くのであった。

 

「また面倒ごとが起きそうだな、水城よ」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ーーーーーー

 

 

ーーー

 

 

 

 ———2-S前廊下。

 

 

「こりゃひでぇ」

 

 整った顔が引き攣っていく。

 予想はしていたが、予想以上。2-S の教室に通ずる廊下は、他クラスや別学年の生徒達で溢れかえっていた。

 三階も凄かったが、二階も負けてはいない。いや、中には一年生も混じっているから三階よりもさらに酷い有様かもしれない。

 この全員が源義経達に会いに来たと見て間違いないだろう。半分は興味本位で、もう半分は武人として挑戦を目的として。兎も角、これでは進めそうにない。

 

「ギッチギチだね……」

 

「う〜む」

 

 まるでショッピングモールのバーゲンセール並みの混雑だ。これでは、連れていくどころか中の様子すら確認できない。

 強引に押し通るという手もあるが……。やめておこう、隣の清楚のイメージを崩しかねない。

 しかしどうしたものか。このままでは埒が明かない。何か良い方法はないか……。と頭を捻っていると、人混みの向こう側が何やら騒がしいことに気づく。

 なんだ?と目を凝らすと、混雑の最前、人が最も密集している所。Sクラスへ行こうとしている生徒の流れをせき止めている、ある女性の姿を確認できた。

 

「帰りなさい。お前達のような野次馬が多くて、2-Sの平穏が乱されると知りなさい」

 

 高圧的な声と猟犬の双眸が、生徒達を威圧する。その迫力に気圧され進むことができず、かといって大人しく引き下がれない。そんな両者のせめぎ合いが、この混雑を生み出していた。

 赤い髪、軍服、眼帯。普通の学舎なら絶対にいる筈のない格好の女性を、水城ユウ知っている。

 おっ。閃き、その女性の注意に留まるよう、手を伸ばした。

 

「おーい、マルギッテ!」

 

「検問だ。ここは通れないと知り……。なんだ、ユウですか。あなたも義経達に挑戦を?」

 

 ユウの呼びかけに反応し、視線だけ寄越すのはマルギッテ・エーベルバッハ。

 威圧して追い返すだけの他と異なり、彼を前にした途端に、高圧な気はなりを潜める。

 実力を認めた強者であることと、それ以外にも……とある感情があるからだろう。

 

「いや、葉桜の保護者から護衛頼まれたんだよ。義経が上手くやれてるかって、様子見にな」

 

 な?と、話を振られた清楚は小さく会釈した。

 マルギッテはユウの背後を目をやる。彼女の存在を確認すると一つ頷き、納得の意を示した。

 

「ならば、通行を許可しましょう。心配せずとも、特に問題など起きてはいないと理解しなさい」

 

「いや、絶対起きたろ。どうしたその傷」

 

「察しなさい」

 

「……義経と弁慶、どっちだ?」

 

「察しなさい」

 

「りょーかい」

 

 片目に睨まれ、大人しくSクラスへ向かう。

 廊下の惨劇とマルギッテのダメージ具合からして、挑んだ相手は恐らく弁慶だろう。いかにもパワータイプが暴れた痕跡がある。

 水城ユウがよく知る人物も、似たような戦闘跡を付けるからすぐに察しがついた。

 何はともあれ、これで漸く教室へ入れる。

 清楚を伴い、Sクラスのドアへと手をかける。

 義経達に会いに来たという清楚を案内し、目的地の教室へ足を踏み入れた。

 中の様子はというと……

 

 ———2-S教室内。

 

 廊下は大渋滞で騒がしかったが、中心となっている教室もまた、同様に人の声が飛び交っていた。

 いつもは勉強の集中で静かなSクラスが、異様なほどの騒がしさに見舞われている。

 そこには安定のS組生徒に加えて、話題の渦中にあるクローン組。中にはなんと、F組である風間ファミリー面々まで。

 まぁ、こいつらは飛び込むよな……。と、ユウは一人納得する。

 特に翔一はこの手の話題に目がない。

 岳人は下心満載で、大和は人脈作りで、一子達も武士娘として力量が気になるのだろう。

 クローン組と中良さげに会話をしていた。

 もう仲良くなったらしい。その輪の中に清楚も加えようと教室に入った、その時だった。

 集まる視線、視線、視線。

 教室にいる全員の目がユウを捉えた。

 いや、ユウだけでなくその隣にいる葉桜清楚にも。この二人をセットに見比べて、S組やクローンだけでなく、風間ファミリーらも急に黙り込んだかと思うと……

 

「うわああああああああああああああああ!!!」

 

 突然の絶叫。

 けたたましい叫びが教室に轟いた。

 驚きのあまり、思わず身の危険を感じてしまうほどの悲鳴の合唱にユウは戦闘体勢を取ってしまう。

 あまりの声の大きさに耳鳴りがする。

 これはいったい、何事かと……。叫びの根源へと視線を移す。

 そして、納得した。

 その絶叫の原因は……

 

「は、葉桜先輩がぁ!早くもッ、もももももも……モテ、もてもッッッ〜〜〜モテ男の毒牙にぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁあ゛!!!」

 

 叫びというよりも、これはもはや悲鳴。……いや、騒音だ。

 聞くだけで耳が悪くなりそうで、内容も人の印象に悪影響を及ぼすもの。はっきり言って迷惑極まりない。

 そんな騒音を吐き出している人物は、膝をついて嘆く島津岳人。

 立派な太腕をガンガン床に叩きつけて、蒼白した顔からありとあらゆる体液を撒き散らしている。

 他人の教室にであることも忘れて。

 

「穢らわしいのじゃこの山猿がぁ‼︎」

 

「でてけー」

 

 耐えかねたS組女子生徒の制裁が炸裂する。

 容赦ない背負い投げと、同時に回し蹴りによって岳人の巨体は教室外へと強制退場させられた。

 だが、一度着火された火はそう易々と消えることはない。血涙を流すモテない男を筆頭の嘆きを聞きつけ、他生徒達が次々と集まり始める。

 

「流石は水城先輩。こんなにも早く清楚先輩をものにしちゃうだなんて、感服です」

 

「葵、変な尊敬の眼差し向けるのやめろ」

 

「ユウ先輩ってさー、ひょっとして目があった女を惚れさせる術とか持ってね?」

 

「風間、俺は術系や気弾系の技は苦手だって知ってるよな?」

 

「おめでとうございます、先輩。葉桜先輩と末長くお幸せに」

 

「直江、お前もかよ……。何なんだよお前ら全員。夏の暑さで頭やられちまったか?」

 

「え、えーっと」

 

 アホの極みである。

 しかしこのやり取りもまた、川神にとって……。ひいては、水城ユウの日常茶飯事だった。

 それでも、清楚からして見れば困惑してしまうのも無理はない。怒涛の勢いに圧倒され、もしかして私のせい?と申し訳なさげに口ごもる。

 周りは皆、その成り行きを興味深く見守っていた。特にクローン組は、葉桜清楚と仲よさげに話すユウへ好奇な視線を送っている。

 案の定カオスになっちまったよ……。

 どうしてくれんだこの空気。

 

「この学園だいたいこうなんだよ。悪いけど、葉桜は葉桜で義経達と勝手にやっといてくれ」

 

「いいの?多分、私も原因だと思うけど」

 

「安心しろ、全く関係ない」

 

 取り敢えず護衛対象を安全な方へ避難させる。

 好き勝手に言いやがるこのバカどもをどうにか鎮静化しなければ、まともに会話もできない。

 それは、自分が葉桜清楚の側にいる限りは不可能だろう。大人しく義経側へ向かう彼女を見送って、ユウは事態の収拾に取り掛かる。

 

「何やら誤解を招いてるようだから言っとくけどよ、俺はボディーガードを頼まれただけだからな?変な勘違いすんな」

 

「護衛役ですか。成る程、先輩ならではのお近づき戦法ですね。姫を護るナイト、といったらところですか」

 

「なるほど〜、そういうことっすか」

 

「さすがのうでっぷしですねそんけいします」

 

「なぁ、それおかしくね?ボディーガードなら俺様が誰よりも適任っすよ。見てくださいよこのパーフェクトボディ!」

 

「復活はええなグロテスクボディ……。よーしお前ら!今だけ黙るか、卒業まで喋れない身体になるか選ばせてやる」

 

 指を鳴らし、数秒だけ選択の猶予を与える。

 するとどうだろう、これが恐怖政治というものか。圧倒的な暴力の前になす術なく口をつぐんでしまい、背筋を伸ばし美しい敬礼を取るのだった。

 よろしい。従順な犬と化した後輩らに、満足気に頷く。一悶着あったものの、とりあえず納得してくれたようで安心だ。

 これで少しは静かになるだろう。

 一息入れ———

 

「よーしつーねちゃん!たったかおー⭐︎」

 

 ———ることができるなら、どれだけ楽か。

 生憎、ここは川神。矢継ぎ早にトラブルが舞い込む変人の巣窟であることを忘れてはいけない。

 気が休まる日などありはしないのだ。

 なにより、変人の筆頭であるこの女がいる限り。

 

「……あ゛ぁ〜〜〜」

 

 どこからともなく聞こえてきた、心底楽しそうな声に、無駄に高いテンション。

 源義経……。確かにその名を呼ぶ声が聞こえた。しかし刹那、極楽の弾力がユウの後頭部を包み込んだ。

 男なら誰もが一度は夢見る理想の柔らかさ。それを感じさせる直前にすら、気配を覚らせることなく背後を取った女。

 水城ユウの人生において、台風の目とも言うべき存在は、大事なぬいぐるみを抱きしめるように彼の顔に両腕を回して抱擁する。

 むぎゅ、ぷるん……❤️と擬音さえ聞こえてきそうな、頭を挟む左右からの圧迫が強まる。

 そのたわわな弾力を持ってして形を変え角度を変えて、思う存分堪能させる動き。

 要するにぱふぱふである。

 迷わず昇天してしまいそうになる、それほどまでに心地良い至福の感触。そして、誰もが羨むこの極楽を堪能できる男はたった一人。

 しかし悲しいかな。ユウが今現在進行形で味わっている感触は極楽ではなく、地獄であった。

 先程よりも頭痛が酷くなる。視界を塞ぐ腕の隙間から、この光景を見ている後輩達の顔が見える。

 ある者は顔を真っ赤にし、羨ましそうに鼻の下を伸ばし、悔しそうに顔を顰めている。

 

 ———……おい、お前らそんな顔で俺を見るな。なんだったら代わってやろうか?

 

 これのどこが羨ましいのか。

 胸の弾力より死の恐怖が勝る。

 これはいうなれば、死の一歩手前だ。いつでもお前の首を捩じ切れるぞ、と言うポーズ。

 タイミングは彼女次第。生殺与奪の件はこの女が握っている。そんな今か数秒後かの命の危機の中で、ユウは己の意識を思考の海へ沈ませる。

 さて何を言うべきか……。

 

 流石だな、川神流瞬間移動を使いこなすなんて!ところで、その技を今使う必要性あったか?

 

 お前今、義経って言ったよな?方向逆だぞ?

 

 そもそも俺に抱きつく意味は?

 

 言いたいことは山のようにある。

 だが口にする前に気をつけなければならないことは、何を言うにしろ決して叫ばないことだ。

 川神院の精神修行を思い出せ。心の乱れは精神の乱れ、精神が乱れれば技も乱れる。だからどんなことが起きようとも、常日頃から心を平穏に保つことを忘れてはならない。

 よし……。一呼吸おいて、ユウは穏やかな心構えで背後にいる猛獣女へ質問を投げかけた。

 

「選ばせてやるよ、百代。今だけ俺の前から消えるか、それとも卒業まで行方不明になるか」

 

「ほほう?どうなっちゃうんだ私は?お前と一緒に誰の目にも届かない土地でランデブーか?」

 

「あの世だオラァッ‼︎」

 

 前言撤回、冷静になれとか無理だコレ。

 ウキウキで戯言を吐くライバル、川神百代。

 その軽口に我慢の限界を迎え、強引に振りほどき、渾身の回し蹴りを繰り出した。

 しかし、ムカつくことに華麗なる蝶の如き舞の前では豪脚も虚しく空を切るのみ。

 制服のスカートを靡かせながら、ひらりと身を翻す美少女が颯爽とS組の教室に降り立つ。

 猫を思わせるつり目気味の大きな瞳に、薄く色づく唇。癖がある長い髪は腰まで伸びていて、彼女の動きに合わせて揺れる様はどこか幻想的にさえ見える。

 彼女の完成された美貌は、男女の括りなど無視して多くの性別を虜にする。

 制服の上でもわかる凹凸の取れたボディラインは、年頃の男子には少々刺激が強すぎる。生地の薄い夏服なのも相まって、その豊満な胸はより一層際立っていた。

 こうして跳ね回っているだけでも、揺れる胸が熱き情欲を誘い、目線を釘付けにするのだから。

 しかし、こと水城ユウに対してはそんな色気は意味をなさない。

 

「毎度のこと嫌がらせしてきやがって!」

 

「美少女のおっぱい押し付けられて、そんなこと言えるのお前だけだぞー。しかもロクに冷房もついてない教室で授業を受けた蒸れ蒸れおっぱいだ!」

 

「きったね、消毒液取ってくるわ」

 

「そこまで言うか⁉︎」

 

 胸を庇うように身を捩る百代、そんな仕草すらも男子の性欲を煽る。羞恥心を抱けるということは、それだけ余裕がある証拠だ。

 思春期真っ盛りな男子高校生達にとって、百代の肉体は毒そのもの。そんな毒を自ら摂取しに行くほど、ユウは愚かではなかった。

 またいつもの取っ組み合いが始まる。

 これもまた、川神の日常。

 最強の武神と、それに匹敵する剣士が教室で戯れる。……と言っても、片方はガチギレだが。

 両者どちらとも、その気になれば素手で校舎など崩壊させられる実力の持ち主。そんな二人の織りなすじゃれあいなど、一般的な範疇には収まらない。

 早く止めなければと、二人の壁超えの間に勇者が割って入った。

 

「ストーップ‼︎ここ俺らの教室だから⁉︎あんたらが暴れたらマジシャレにならねーからぁ!」

 

「チッ、ハゲめ。私とユウとの蜜月を」

 

「このクソ暑い中、井上でありながら正気を保っていられるのはお前ぐらいなもんだよ、ハゲ」

 

「いやぁ、それ程でも……。ん?なんか単語の並びおかしくありませんでした、先輩?」

 

「さて、挨拶はこれぐらいにしてだな」

 

「人死にがでるぞ、その挨拶」

 

 聞き捨て足らない言葉に首を傾げる後輩を軽くシカトして、武神は本来のターゲットに向き直る。

 狙いを定める肉食獣の鋭い眼光。その向かう先には、英雄のクローンと呼ばれる美少女。

 佇まいと仕草からわかる隙のなさ、うららかな表情の奥に見え隠れしている、強者のオーラ。

 川神百代もまた、英雄の存在に熱き血潮を激らされ、本能の赴くままにこの場にやってきた。

 その口元が、三日月形に裂ける。

 

「まずはオードブルとして〜、肩慣らしに遠距離の与一からだな。そしてメインディッシュの弁慶と……。デザートの義経ちゃんってところか。そしてラストはユウ、お前だ‼︎」

 

「なんなら俺が戦ったっていいんだぜ、今」

 

 義経達と戦う前に俺が相手になってやるよ。そう、闘志を全開に漲らせるユウ。

 ザクザクと身を裂く殺気が心地良い。

 百代はフフッ、と挑発的な笑みを浮かべ、教室の温度が更に上昇していく。クーラーなんてまるで意味をなさない、灼熱の気がぶつかり合う。

 

「フルコース頂く前に腹一杯にして突き破ってやるよオラ」

 

「ほほう、そいつは食いごたえがありそうだ」

 

 英雄そっちのけで、火花を散らして牽制し合う両者。

 誰もが思う、何しに来たのだろうか?

 しかもこの火花、イメージではなく本物だ。チリチリと弾け、堕ちた先の床が焦げている。

 誰もが思う、マジで出ていってくれ。

 これ以上、教室を荒らされたくない。Sクラスの切実な願いであった。

 だが、誰もその激突を止められる者はいない。

 龍虎の激突は、既に人の介入できる領域を超えていた。人はそれを、ただ傍観することしかできない。

 そんな天災から、脅威から、最悪から古より人々を守護してきた者達を、英雄と呼ぶのだろう。

 英雄は二人の間合いに堂々と踏み込んだ。

 

「えっと……。武神、川神百代先輩とお見受けする。申し訳ないが今、あなたからの挑戦を受けることはできない」

 

「そうなのか?じゃあ仕方ないな……。なんて引っ込むような性分じゃないんだよ。戦わせてくれよー、ウズウズしてるんだー!」

 

「も、もちろん戦いから逃げているわけではない。水城先輩の言う通り、順番があるんだ」

 

「順番?」

 

 武神の疑問に、義経は頷いた。

 

「義経は、この地に訪れた時から既に最初の対戦相手を決めているからだ」

 

 その発言に、教室の空気が変わる。

 挑戦目当てで訪れた一子と百代さえも目を見開き、興味を示した。

 それも無理からぬこと。何せ英雄。ここ川神において、生徒以外にも学校外からも挑戦者が殺到していた。

 学校内部の人間と争うのは勿論問題ないのだが、なにせ源義経だ。外部からの挑戦者も相当なもの。

 そんな武神を含めた大勢の中、百代さえも押し除けて、直々に指名されは相手とはいったい誰なのか。

 その相手は、すぐに近くにいた。

 義経の瞳が一人の青年を捉える。

 向けられる真剣な眼差し。闘志と興味を帯びた眼光で彼の前に立ち、勝負を申し込む。

 

「水城ユウ。義経はあなたに決闘を申し込む」

 

 静寂。

 クラス中の皆が見守る中、義経の口からはっきりと叩きつけられた挑戦状に、ユウは俺?と聞き返した。

 

「俺か?別にいいけど、百代じゃなくてなんで俺なんだ?」

 

 知っての通り、水城ユウは川神百代より弱い。

 ライバルと言っても、毎度負けてばかりで軽んじられる時も多々ある。自虐的だが、最強の武神より優先されるものとは思っていなかった。

 一番乗りで戦えるのは大歓迎だが、どこがお眼鏡にかかったのか。ユウの質疑に、義経は目をキラキラと輝かせて語りだす。

 

「川神大戦での、先輩の戦いぶりを見た!冴え渡る剣技、決して尽きぬ闘士……!心から感動した!あの映像を見た時から、義経はぜひ剣士として手合わせを願いたいと思っていた!」

 

「そういやあれ、全国中継されたんだっけか……」

 

 苦い顔を浮かべる。個人としては、あれは負け戦のようなものなのだが、義経はそうは思っていないらしい。

 まさか、英雄の目に止まるとは思っても見なかった。百代との戦いぶりを見て、彼女は心を奪われたのだ。

 少々複雑だが、目の前の爛々と光る瞳と期待に胸を膨らませる様子を見せられては、尊敬の念は素直に受け取ろう。

 更に、そんな義経に同意する声が上がる。

 

「さっすがお目が高いな〜義経ちゃん!そうだよこいつ凄いんだよ。強いだけじゃなくて顔もイケメンだし!」

 

 首に腕を回される。

 義経のユウに対する評価がそんなに気に入ったのか。挑戦の順番を後回しにされた悔しさなど、微塵も見られない。

 まるで自分のことのように、百代はライバルであり恋焦がれてやまない男の腹をビシバシと叩き出した。

 はっきり言ってめちゃくちゃ痛い。有頂天から放たれる拳は、彼でなかったら気絶コースまっしぐらの威力だ。

 

「けど惚れちゃダメだぞ?こいつは私の———」

 

「お前は沈黙って言葉を覚えろ」

 

 ギリギリと力を込められた腕を振り解き、力付くで押し除けて改めて義経と向かい合う。

 変わらずの、真っ直ぐな曇りなき目。その奥で灯っている炎を目にしては、拒否する理由などどこにもない。

 

「いいぜ、受けてたつ」

 

 快い返答に。

 英雄の名を持つ少女はパァっと顔を輝かせる。まるで、プレゼントを貰った幼子のように。

 だが、直ぐに表情筋を引き締め、剣士の顔となる。話題の英雄最初の決闘申し込みは、クラス中が見守る中で受理されたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ーーーーーー

 

 

ーーー

 

 

 

 グラウンドで両者が睨み合う。

 周囲にはこの試合を一目見ようと、既に全生徒による観戦に賑わっていた。

 この一戦がどれだけ注目されているのかを如実に表している。その熱は、普段の決闘の比ではない。

 

 最強たる百代を除けば、川神院きっての申し子である剣豪、水城ユウ。

 

 世界一の財閥、九鬼が誇る科学力の粋を結集させて作り出されたクローン。そのリーダー格である、源義経。

 

 川神院側としては、相手は今話題の現代に甦った英雄、そのクローン達の筆頭。手塩にかけて育てた門下生と、どんな試合を繰り広げるのか。

 

 九鬼財閥側としては、相手はあの武神が一目置く相手。その実力はいかほどのものか。

 

 あらゆる意味で目が離せない。

 この空間に、様々な思惑が渦巻いていた。

 両者の対戦は多くの武人、それ以外にとっても目の離せない一戦と言えよう。

 

「ふむ……。あの男が、水城ユウ。川神百代のライバルと言われている男か……」

 

「どのような結果に転ぶとしても、良いデータが得られるでしょうな。……もう少し、前の席に移動しますかな?」

 

「よい。ここなら全体がよく見える」

 

「……さて、どれほどのものか」

 

 今後の計画のためにも、水城ユウと源義経のマッチアップは願ってもないことだ。

 

 九鬼財閥、従者部隊序列零位、ヒューム・ヘルシング。

 同じく九鬼財閥、従者部隊序列三位、クラウディオ・ネエロ。

 常人では気付けないであろう気配の中に強い興味を燻らせている彼らも、この試合に注目する観客の一人であった。

 

 

 

 正対する剣豪二人。

 互いに剣を構え、試合開始の合図を待つ。

 静まる空気、高まる緊張。

 張り詰めた闘気が最高点に達したところで、開始を宣言する声が上がる。

 

「ハジメィッ‼︎」

 

 刹那、迸る熱い爆発が衝突点に着火。

 校舎全体に烈火の如く燃え盛る。

 吹き荒れる乱風に、空気に衝突音。

 ありとあらゆる人間と意識と思考が、その一点へと集約する。もはや、どちらが勝つかなどと考える余裕すらも存在しない。

 意図的なものではない。考えることすら許されぬほど、二人の剣士による激しい剣技が交差する。

 目で追えずとも、誰しもの視線が注視されるグラウンドの中心にて、両者の激突は繰り広げられた。

 

 誰も彼もが目を奪われる。

 その剣戟は、その足捌きは、まさに舞の如く。相対する剣士達の僅か数十秒の間に結ばれる攻防は、壮絶を極めていた。

 まるで嵐のような怒涛の剣戟。英雄が放った必殺の一撃を、ユウは一刀のもとに強引に斬り伏せる。

 カウンターとして放たれた一閃を、舞う蝶のように華麗に回避する義経の姿は、まさに伝説上の牛若丸そのものだった。

 一撃、二撃、三撃……手数は止まらない。相手の一刀が繰り出される度、お返しとばかりに剣閃が乱れ飛ぶ。

 攻めるはユウ、防ぐは義経。武神に及ばずとも、互いの強さはまさに人外の域に達していた。

 

「おいおいッ……義経本気じゃねぇか⁉︎」

 

 クローン達の筆頭が、全力を持ってして挑んでいる。それだけでも驚きだと言うのに、相対する剣士は互角以上にやり合っていた。

 だが……。その攻防も、終わりの時を迎える。

 

「———見切った」

 

 と、誰かが静かに呟く。

 口にした本人と、至近距離で斬り合う義経の耳に微かに届く程度の小声は、ズシリとのしかかる程の勝機を孕んでいた。

 ほんの少し、微細な変化だ。重心を低く落とした相手の構えを目にし、彼女の頬は僅かに引き締まる。

 責めの体勢……来る……‼︎

 英雄に備わった素質か、武人としての危険信号なのか。強烈な危機感に見舞われた瞬間、安定していたはずの攻防の天秤は大きく傾いた。

 ほつれ程度の一瞬の隙を彼は見逃さない。振るった一刀を躱した隙を突き、ユウは強引に攻めに転じてきたのだ。

 荒技そのものの戦法は、義経に反撃の隙を与えることなく。互角と見られていた乱舞は、見間違えるほどに英雄の防戦一方に成り果てた。

 

「ぅッ……!」

 

 精悍な顔が、苦悶に歪み出す。烈風の如き勢いに押された義経が一歩……また一歩と後退していく。

 一見荒技のように見えるが、絶え間なく繰り出される剣技は決して力任せのものではない。

 寧ろその逆だ。

 相手の動きを見切り、それを凌駕する一刀で斬り伏せる。それを可能としている肉体と、絶え間ない鍛錬による技術……同じ剣士として驚嘆に値する。

 

「はぁ、はぁ……。ああ……」

 

 ———強い。

 

 たった一言、それだけしか絞り出てこない。

 それは賞賛であり、尊敬であり、悔しさでもあった。改めて実感した実力差に、英雄は刀を握りしめる。

 

(武神と並び立つ剣の使い手……これほどとはッ)

 

 使う得物は刀一本。

 小細工はなく、繰り出すのは鍛えた剣技のみ。

 気は肉体強化だけに施す。

 両者の戦闘スタイルは全くの同一だからこそ、はっきりと分かってしまう。己と水城ユウとの間にある圧倒的な隔たりが。

 源義経のクローンである少女は、その強さに感服すると同時に、不甲斐なさを感じていた。

 

 武士道プラン———。それは、過去の偉人をクローンとして蘇らせ、現代の若者の成長を促進させる壁となり、共に切磋琢磨することを目的とされている。

 それが自分達が生まれた意味ならば、使命に準ずるまで。計画に関わる人間として、恥じることのない振る舞いをしていこう。

 そう意気込んでいた。

 ……だが。

 

(この人は違う……英雄なんて必要としていない)

 

 壁なんて既にある。

 進むべき目標も持っている。

 負けられないライバルの存在もいる。

 武士道プランが与えるべきものを、水城ユウは既に持っていた。現に彼の実力は見ての通り、自分達を凌駕している。

 まるで義経を、クローンを、武士道プランを必要無しと否定しているかのようだった。

 

(だがッ!!!)

 

 そう思えども、負けん気が顔を出す。

 悔しさを噛み殺して、源義経という名の少女は刀を構え直した。

 

「水城先輩……。義経は自惚れていた。切磋琢磨どころか、自分はあなたには遠く及ばない……だからこそ!剣の道を歩む後輩として、先輩であるあなたの胸を借りたい!」

 

 これは先導ではなく、義経自身の挑戦なのだと。その決意が刀に込められる。

 英雄としてではなく、一人の侍として。そう吠える後輩の姿に、ユウは口角を釣り上げた。

 それは、標的を前にした川神百代と瓜二つ、闘志に燃えた獰猛な笑みであった。

 

「いいね。武士道プランだの英雄だの言ってる時より、よっぽどいい顔してるぜお前」

 

 その覚悟は刀で応えよう。そう、眼光で語る。

 次の瞬間、両者が同時に動く。

 抜刀の構えから放たれる斬撃は、袈裟懸けに振り下ろされた一撃と全く同じ軌跡を描き、衝突する。

 甲高い金属音はまるで雷のように、川神学園全体へと響き渡り、その激しさを物語る。

 火花が散った直後、交差した銀光は鍔迫り合いに移ることなく、互いに背後へと抜けた。

 鉄打の波紋の余韻が消えてから、数秒後。

 無音の中で、立っているのは一人。

 

 刀を握りしめたまま倒れ伏す彼女を目にし、誰もが敗北を理解したと同時に、義経が完全に起き上がれない事を確認した審判が勝者を告げる。

 

「勝負あリ!勝者、水城ユウッ‼︎」

 

 湧き上がるのは、全生徒からの大歓声。

 一生に一度お目にかかれるかどうかの一戦。それを目に収めることが出来た幸運と、壁を超えた者同士のハイレベルな闘いに、誰もが惜しみない喝采を送るのだった。

 その中には当然、敗者でありながらも戦い抜いた源義経への賞賛の声もある。

 

 ライバルである武神は笑う。

 

 ———どうだこれが私が惚れた男だ!

 

 よく稽古を共にしている軍人は鼻を鳴らす。

 

 ———まぁ、当然の結果といったところですか。

 

 憧憬を向ける後輩剣士は目を輝かせる。

 

 ———さすがです、先輩!

 

 九鬼一同は、その強さを本物と認める。

 

 ———なるほど……。しかと見たぞ、その実力。

 

 ———あの若さでこの剣技、感服ですね。

 

 ———鉄心のお墨付きも、過言ではないか……。

 

 クローン達は義経の敗北に驚愕を隠しきれない。

 

 ———凄い……!水城くん、強いのは知ってたけど義経ちゃんに勝っちゃうだなんて。

 

 ———あ〜あ、大将初日で負けちゃったかぁ。話には聞いてたけど、ヤバいねあの先輩。しゃーない、後でよしよししてあげよ。

 

 ———うそだろ……本気の義経に完封勝ちかよ⁉︎しかも、観たところまだまだ余力残してやがる。

 

 そして、この一戦を目にした全校生徒。

 英雄でさえ防戦一方となるしかない試合運び。

 顔を蒼白し、

 思うところは数多あれ、

 持った確信はただ一つ……

 

 

 ———は、葉桜先輩に手を出すのはやめよう……。チリにされる……!

 

 

 真っ二つに割れたグラウンドを見て、葉桜清楚のボディーガードの凄まじさを実感するのだった。

 

 

 

 

 







水城(ミズキ)ユウ
川神院の門下生。
川神学園3年S組。
武道を始めたのは軽い動機だったが、なまじ才能があったためどっぷりと武道の世界にのめり込んだ。川神院に住み込みで修行している。
容姿はイケメンで、身長180cmの恵体。
使用する武器は刀。

帰ってきた我らが主人公と書いて被害者と読む。
ひょんなことから葉桜清楚の護衛役を頼まれた。
相変わらずデカチン。


●葉桜清楚
川神学園3年S組。
今作のメインヒロイン。
九鬼財閥の技術で誕生したクローン。しかし、誰のクローンかは本人は教えられていない。
絵に描いたような文学少女で、その美貌から学園内の人気が高い。
護衛となった水城ユウに惹かれているようで?


●川神百代
最強の反則チート女。
ずっと自分にぶつかってくるユウのことが好き。
中3の頃から恋を自覚してアプローチしてきたが、本人からは挑発と思われている。

今作では川神大戦の後、実力行使はしていない設定。
でも隙あらば喰う気満々。ヤバい。


●マープル
保護者と書いて、全ての元凶と読む。
九鬼家従者序列二位、星の本棚と呼ばれる老婆。
いい刺激になるやもと思って、ユウを清楚の護衛にした張本人。
これから起きる悲劇は大体こいつが原因。




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