今回はエロなし
申し訳ありません
そこには本来、大きな城があった。
天をも突こうかという六重七階の城。その天守閣には太陽の光を浴びて、ギラギラと輝く金のシャチホコが両翼をなし、周りはご丁寧にも内堀、外堀のニ重の曲輪構造まで施されていた。
名のある歴史上の城でも、これ程のものはそうあるまい。降り注ぐ陽光に照らされる白亜の堅城は、今では無残な瓦礫の山へと崩れ去り、廃墟と化していた。
城だった瓦礫の元の名は———川神城。
腐った国を終わらせて、より良い国を作るという偉大なる計画のために建てられた……筈だった。
ここは改革の中心地となる場所……の筈だった。
そして、一夜もしないうちに滅び去ったのだ。
本来ならばここは、そう。このような残骸ではなく、誰もが感嘆するような白く美しい城でなければならない……筈だった。
幻想だと切り捨てられ、夢物語だと嗤われ、必要ないと断じられ、そんな所業が成し得る筈がないと否定された。
痕跡のみを残すばかり。
原型はほぼ留めていないに等しいが、目を凝らせば確認できる大きな亀裂が、この有様が人の手によるものだと声高に主張していた。
この城を建て、偉大なる計画の首謀者である老婆……マープルが立つ場所から、それがよく見える。
天守閣を粉砕した一撃。それを放った者は方天画戟を携えて、親同然の老婆へと向き直る。
「悪いなマープル。お前の茶番に付き合ってやるつもりはない」
茶番———。方天画戟を肩に担ぎ、そう吐き捨てたのは城の主となる予定だった王……。そして、今し方城を崩壊させた少女だった。
その身に纏う闘気は、壁を超えし者を遥かに凌駕している。彼女に近づくだけで並の人間ならば失神してしまうだろう。
これでもまだ、内に秘めたポテンシャルを出し切っていないのだから末恐ろしい。
まさしく、覇王と呼ぶに相応しい威容だった。
現代に蘇った英雄。この計画の要となる筈だった豪華絢爛な神輿が……何故、このような。
降りかかる覇気を受けても尚、マープルの確固たる姿勢は崩れない。危機を感じられぬ程の困惑と、怒りに満たされていた。
長期に渡って進めて来た計画を、鼻で笑われ揶揄されたのだ。その心中は、怒りに震える程に……。
「茶番……だって?項羽、これはいったいどういうつもりだいッ」
項羽の吐き捨てた茶番とは、今まさに彼女の手で瓦解した計画のことを指す。
———真・武士道プラン。
川神を……。否、日本を本当の意味で生まれ変わらせるべく、ミス・マープルが立案した本来の計画である。
その内容は、今の世に対する若者への不甲斐なさへの嘆きから生まれた、偉人による日本統治。
英雄を現代に甦らせるクローン技術を独占し、日本国を再生させるというもの。
彼らを全て要職につけ、現代人にはない能力を持ってして、腐った日本を導いてもらう。それこそが、真・武士道プランの概要である。
コツコツと水面下で準備を整え、英雄達を束ねる王の覚醒に合わせて計画を始動した。
梁山泊を雇い、西と東の地で混乱を招かせた。そのお陰で天神館の生徒の一部が戦力として投降してきたのは行幸だった。
川神市の住人を人質にして、川神院、九鬼家など主要な場所も抑えた。
此方にはマープル派として鞍替えした従者、天神館にクローン組。ヒュームとクラウディオまでもが陣営に組みしている。
義経達はまだ若干、不服の色が見え隠れしている。だが真面目な彼女のことだ。九鬼から提示されて来た生き方しか知らないため、嫌々ながら逆らえない。
弁慶と与一も、いざという時に主人を裏切ることはないだろう。
これを磐石と言わずして何という。
映像の向こう側、反抗勢力である九鬼紋白率いる若者達に、月曜から本格的に動き始めることをマープルは宣言した。加えて、その日までに川神城に出頭せよと。
外部からの通信は途絶えた。
もはや陸の孤島となった川神に、助けはこない。彼らを守ってくれる存在はもういない。
若者らしく、楽な方へ逃げてきな———。そう、意気揚々と返答を待った。
しかしあの紋白のことだ。
応えは、否ということは分かりきっている。
故に、大人の力で押し潰さんと構えていると……。城の崩壊は、その矢先だった。
真・武士道プラン成功の確信は、轟音と共に崩壊した。
何事かと振り返れば、プランの象徴である川神城は一撃によって真っ二つに崩れ去っていた。
これには誰もが言葉を失ったことだろう。
首謀者であるマープルも、側に支えていたクラウディオも、唖然として固まっている。
この場にいる義経達、天神館、梁山泊、人質……。果ては宣戦布告の為に映像を見せていた紋白率いる若者達も、理解の範疇を超えた光景に、呆然と佇む他ない。
そして今、瓦礫の山の頂上に覇王は立っている。
王として担ぎ挙げるべく創り出された彼女は、計画も城も全て茶番と切り捨てたのである。
よりにもよってこのタイミングで、王が!
計画の要である、王が!
とんでもないじゃじゃ馬だと思っていたが、まさかここまでとは……!
力は武神に匹敵するが、思考は幼児同然。上手く煽ててやれば、ご満悦で王の座に君臨してくれるだろうと思っていたが、よもやここまで……!
「天下統一が目的じゃなかったのかい⁉︎」
叱責と怒号が入り混じった叫び。
こればかりはマープルも声を荒げずにはいられなかった。不満は数多あれ、最初に問うたのは覇王としての行動原理だった。
統一の宣言、確かにこの両の耳で聞き取ったはずだよ……それなのになんだいこりゃあ……?目的とまるで正反対じゃないかい!
これはいったいどういうことだ⁉︎問いただす保護者の声に、頂上から降り立った項羽は軽い口調で語り出す。
「あ〜、気が変わった。今は王としてより、女としての生き方に魅力を感じてな」
「な、何を意味のわからないことを……!ここまで制御も理解も不能だとは思わなかったよ‼︎」
「ハッ!だろうな!上で踏ん反り返り、他人を使うだけしかしてこなかったお前では、対局を観ることなどできまいよ」
「ッ……清楚すらも制御できなかったってわけかい。育て方を間違えたようだね……!」
ステイシーと李の調査は、問題なしという報告だったはず。それなのにこの状況はいったい……。
あの二人がウソの報告を提出した?
それとも、気取られない程に隠すのが上手かった?バカな、項羽にそんな知能あるはずが……!
星の本棚。そう謳われた知識を持ってしてでも、項羽の唯我独尊ぶりは理解の範疇を超えていた。
だとしても、このまま野放しにさせるわけにはいかない。声を張り上げようとしたその時、第三者の声が、更に凝り固まった老婆の脳を大きく揺さぶらせることとなった。
「それは違う。マープル、これは私の意思でもある」
清涼な声。
張り詰めた空気に似つかわしくない、凛とした鈴の音が、煮えたぎるマープルの理性をほんの少しだけ冷やした。
それはよく知った声。
その娘がこの世に生を受けて産声を上げた時から、ずっと聞き馴染んだ……聞き間違える筈がない。
まさか……。喉が引き攣る。まさか、そんな筈はない。そんなバカな……!?
この目が映す真実が信じられず、瞳孔が限界まで見開かれる。
「清楚⁉︎入れ替わることができるのかい⁉︎」
項羽を中心とした膨大な気が、いつの間にか何事もなかったかのように霧散する。荒々しかった気の質と異なり、まるで透き通るような、清らかさを感じさせる。
項羽は姿を消し、代わりに文学少女がそこにいた。
驚愕の事実が矢継ぎ早に飛んでくる。
マープルの脳に刻まれた膨大な知識を総動員しても、この現象は理解し難いものだった。
だがしかし、今目の前で起こったことを否定する材料はない。
これまで自分が把握していた事実が、全て根本から覆されていくことに、血が滲むほど強く拳を握り締めていく。
動揺し、放心する保護者に清楚はゆっくりと歩み寄った。
「マープル、項羽を利用するのはやめて。あの娘の純粋さに漬け込んで、王に仕立て上げる。これがあなたの狙い、よね?でもマープル、私も項羽もこんなこと望んでない。ましてや真・武士道プランなんて知らなかった」
覚醒したばかりの項羽なら、二つ返事で受け入れていただろう。いいようにプランのシンボルとして、名ばかりの冠を被せられていたに違いない。
だが、そうはならなかった。マープルが望んでいたものとは異なる成長を、項羽は遂げていたからだ。
それは清楚も同じ。ここにはもう、いつも従順に言うことを聞いてくれるいい娘の姿はいない。
向けられるのは、親に面と向かって反抗する娘の双眸。武士道プランという呪縛から脱却した成長ぶりに、マープルは怒りを露わにする。
その成長は、私が望んだものじゃない‼︎皺だらけの顔が赤く染まっていく。
沸騰していく怒りが声を震わせた。
「九鬼を……親を、あたしを裏切るっていうのかい?」
「裏切ったのはあなたでしょう?若者の意識向上の為に私達は造られた。なのに、どうして国を支配しないといけないの?」
こんなの、これまで九鬼で習って来たこととまるで違う。
子供の訴えに、親は鼻を鳴らす。
「違わないさ。腐ったこの国を建て直すために、あんた達クローンが日本を導く!そのために……!」
「それはマープル、あなただけの我欲でしょ?」
ピシャリと、親の主張を切り捨てる。
一切の情を持たない彼女からの物言いに、マープルは言葉を失った。かつて、不満の声や目は向けられども、正面から反論された事など一度もなかったからだ。
この日の為に生み出し、育ててきた娘が……葉桜清楚が、あたしに反抗しているだって⁉︎
一から教育して育て上げたクローンが、自分の手を離れていく……。こんな事が、会っていいはずがない。
しかしそんなショックなど気に留めず、清楚は続ける。細めた目を、空虚な瓦礫の山へ向けた。
「こんな城まで作って、九鬼家を裏切って、大勢の人間を巻き込んで……。あなた一人の我儘に振り回される人生なんて、送るつもりはない」
「それが許される立場かい?あんたは!」
遂にミス・マープルの怒りが爆発した。
なんの為に、お前達をここまで育ててきたと思っているのか。そう叫んだ瞬間、雇い主の声に応えて三つの影が清楚の前に立ちはだかった。
中華服に身を包んだ、三人の武士娘。
マープルが雇った梁山泊の手練れ達。川神院の師範代さえも葬った、その実力は折紙つきだ。
「報酬は倍だよ。清楚を拘束しなッ」
項羽ならまだしも、表に出ているのが清楚ならば恐るるに足りはしない。
大方、真・武士道プランに物申したいがために項羽と代わったのだろうが、それは墓穴だ。
川神院も九鬼家も制圧し、ここまで達成した今、反論された程度で大人しく止めるとでも?……ふん、こんな時期に反抗期なんて来てほしくなかったよ。お陰でプランを練り直しさ。
「んだぁ?妙な展開になってんぞ?」
「王様を捕えろってさ〜。項羽のパンツかぁ……これは中々に味わい深そうだねぇ」
「二人とも集中!この状態でも、相当な腕力と聞いている!三人で一斉に……」
「ビビリすぎなんだっつーの林冲は!こんなヒョロイお嬢様、わっち一人でぇ!」
林冲……。と呼ばれる仲間からの忠告を聞かず、一人が清楚に目掛けて肉薄した。
女子中学生ほどの華奢な体軀で、その身の丈には不釣り合いな棒を巧みに操り、一足飛びで距離を詰めた。
後に続いてもう一人も青龍刀を構えて。そんな先行していく仲間達に苦言を申しながら、忠告していた林冲も駆ける。
「悪いね清楚。ちょいと厳しめのお仕置きだよ。そして再教育だ」
非情だがこれも親心ってやつさ……。全てはプランのため、ここで躓くわけにはいかない。
制御不能の覇王共々、今度こそプランに忠実なクローンへ教育する。
全く、ここからって時に計画が狂いっぱなしだよ……!今後の予定を組み立てている中で———一陣の風が鼓膜を薙いだ。
「そんな、バカな……!」
驚愕の声。
それは襲撃された清楚の悲鳴ではなく、肉迫した梁山泊のうち一人の嗚咽だった。今しがた、襲い掛かったばかりの先頭にいた二人が膝から崩れ落ちていく。
突風の直撃を受けたかの如く、身をくの字に曲げて苦悶の表情で地面を転がり落ちる。
白目を剥いて失神した梁山泊の二人に、唯一狂刃から免れた林冲と、マープルでさえも驚愕に我が目を違った。
そこに立っているのは無傷の清楚と、彼女を護るように立ち塞がる一人の男子生徒。
———“葉桜清楚を護れ”。
無理矢理押し付けられた命令を、彼はその通りにボディーガードとして彼女の側につき、脅威から身を守った。
構えはない。まるで散歩をしているかのようにゆったりと、刀を持って佇んでいる。無形の態勢から放たれた斬撃、それもたった一撃で梁山泊の二人を瞬殺したのだった。
もう一人は、後方にいたために直撃は避けたにも関わず、既に満身創痍の状態で地面に膝をついている。
ほんの瞬き程度の一瞬。その直後に、果敢に攻めていたはずの仲間の変わり果てた光景に、林冲の表情は狼狽に染まった。
「貴様はッ!一億Rの賞金首⁉︎」
「何だそれ?」
小首を傾げながら、放たれる神速の一刀。
林冲の胴体を、横一閃に刃が過ぎ去る。
対応は間に合わない。反射的に来ると勘付いたところで、脳からの命令を肉体が受信するよりも、爆撃にも等しい一太刀の方が速い。
吹き飛ばされ、残骸の山へと叩きつけられた。
ほんの二撃……。いや、最初の一撃の時点で既に勝敗は決していた。
仲間がやられたことに怒りを燃やし、繰り出そうとする彼女の闘気を感じ取った為、ダメ押しを見舞ったまでのこと。
高い報酬をはたいて雇った梁山泊が、たった一人の剣士によってこうも容易く……。清楚と肩を並べて、鋒を此方へ向ける護衛にマープルは歯を鳴らした。
「水城……ボーイッ……!そうかい、あんたが清楚と項羽を誑かしたんだね!」
「まぁ、だいたいそんな感じ……か?」
「半々じゃないかな?これは、ちゃんと私と項羽の意思でもあるから」
仲睦まじく会話をする二人。
いったい何の話をしているのか、星の本棚の理解が及ばない。
葉桜清楚と項羽、彼女らに感じていた違和感に、水城ユウが関わっている事は薄々勘付いていた。
しかし、その違和感の正体が掴めずにいた。
あたしの知らないところで、何があった⁉︎
どうして今まで気づけなかった⁉︎
李とステイシーは何をやっていたんだいッ‼︎
心臓を締め付ける焦燥に駆られていると、その原因たる二人は踵を返す。背を向けて、歩き出した。
「ッ、待ちな!どこへ行くつもりだい⁉︎」
「安心して、別に消えたりしない。でも、九鬼にはもう二度と関わらない。それが私の選択」
「そうはいけません。ここで拘束させていただきます」
ユウと手を繋ぎ、その場を去ろうとする計画の要の行手を鉄線が阻む。何人たりとも逃れられない完璧執事の拘束、これで幾人の強者を捕えて来たか、分からない清楚ではない。
しかし、彼女の表情に動揺はなかった。
何故なら……。
「鬱陶しいな。糸屑でこの俺を阻めるとでも?」
暴風に等しい気の爆発が鉄線を弾け飛ばしたからだ。
糸クズを払うかのようにいとも簡単に引きちぎられた光景に、クラウディオは言葉を失う。その眼差しには疑念などなく、あるのはただ純然たる悟りのみだった。
これは無理ですね、止められない……。
ここにヒュームがいれば変わったのかもしれないが、生憎彼は宣戦布告をするべく紋白達の所にいる。
今この場にいる戦力で、項羽と水城ユウを相手取るには……。今更悔やんでも仕方がない。
「マープル、どうやら我々は……彼女らの“親”には、なれなかったようです」
「ッ……‼︎」
クラウディオの悲しげな呟きに、マープルは唇を強く噛む。
そして……。
怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった感情をぶつけるものもなく、その場に膝をつくのだった。
結論から言おう。武士道プランは凍結された。
今回の一件で浮き彫りとなった、ミス・マープルの提示した真・武士道プランは阻止されただけでなく、清楚の覇王・項羽のクローンである葉桜清楚の離脱。これがあまりにも大きかった。
川神全土を揺るがす大事件により、武士道プランとクローン技術に反対意見を述べていた派閥の声が肥大化したのである。
これまでは九鬼の権力によって蚊帳の外に追いやられていた歴史への尊重、倫理観について。それらは漸く人の耳に入ることとなる。
多くの議論が執り行われた結果、今後生まれてくるクローン達と、それを扱う技術の永久凍結が下される事が決定した。
更に、覇王覚醒事件による騒動も蒸し返され、全ての責任はクローンを利用してクーデターを画策し、あまつさえ御しきれなかった最高責任者にあると断定。
最早、従者部隊二位の権力を持ってしても収めきれないほどに、事態は深刻化の一途を辿った。
川神城の残骸は、未だ残っている。
朝日に照らされる城は、言うなれば巨大な墓標。何年もかけて着々と準備を進め、王の覚醒により遂に計画が指導すると思いきや……その日に生涯を閉じた。
なんとあっけない幕切れであろうか。
生み出したクローンに見捨てられた星の本棚に対して、多くの人間が白い目を向けたことは、想像に難くない。
嘆かわしい、不甲斐ない、これだから最近の若者は……。と、散々言い散らかしてきた老害が、なんと滑稽であろう。
脱退したのは清楚だけではない。
他のクローン達も同様だった。
『も〜無理。流石にこれ以上は付き合いきれないね。何で私らが国を支配しなきゃいけないの?』
『親でもそこまで従う義理ねぇよ……!』
『弁慶、与一ッ……。しかし、義経は……』
『ダメダメ、今回だけは私らに従って大将。川神院が面倒見てくれるらしいし……。清楚先ぱ……じゃなくて、項羽先輩の言う通り茶番だから』
真・武士道プランの理念には承服しかねる。そう、九鬼から脱退を申し出た。
あれから三年……。主無き城が、崩れ去りながら空虚な風に吹かれている。
空っぽの城を、老婆は一人見つめていた。
「……嘆かわしいねぇ」
呟く……。まるで城と会話でもしているかのように、その目はジッと瓦礫の山を見据えている。
吐き出した一言は城に向けてか……。
それとも、自分に向けてか……。
次回エピローグです
ハーレム全員とエッチするので、前、中、後編3話構成とさせていただきます