文武両道、それが英雄に求められるスペックだ。
現代の若者の対抗意識を刺激し、時に壁となり、時に模範となり、切磋琢磨することをクローン達は義務付けられている。
文と武、どちらか片方に隔たりがあってはならない。向上心を植え付けるなら、注目される自分達も向上する意思を持たなければならない。
それが武士道プランの最高責任者、クローンの親とも言えるマープルが、最初に私達に施した教育。
それを聞いた義経ちゃんは「はい!」と元気に。
弁慶ちゃんは「ほ〜い」と気怠そうに。
与一くんは「へいへい」と気に入らなさそうに。
私は、ただ一言……「はい」と。
それ以外に、私達に選択肢はなかったから。
九鬼という狭い世界でしか居場所がない。
与えられた課題を熟し、望まれた結果を出す。
良いと言われたものに触れ、ダメと言われたものは遠ざけられる。多少の不満はあったけど、そんな生き方が当たり前と思っていた……。彼に出会うまでは。
「初めィッ‼︎」
鼓膜をつんざくような、響しい声が轟く。声音は空気さえも震わせる衝撃で、試合開始の合図に思わず肩が振えてしまった。
そして、目の前で激突が始まる。
観覧席に腰を下ろし、闘技場でぶつかり合う二つの影が視界の中を縦横無尽に飛び交う。
比喩ではない、本当に影しか見えない。
昔から義経ちゃん達の稽古や試合を間近で見てきたから、観る力はあると自負していた。
なのに、見えない。動きの軌跡を辛うじて捉えられるだけで、全体像はまるで把握できない。
それ程までに、二人の戦いは常軌を逸していた。
絶え間なく打ち鳴らされる風切り音と、打撃音。
ぶつかり合った衝撃は波紋となって空気に巡り、肌をビリビリと振動させる。それが何十、何百と行き交うこと数分、相対する片方の動きに変化が生じた。
「川神流、瞬間回復ッ‼︎」
片側、川神百代ちゃんの身体が薄い光を帯びる。
すると、瞬きよりも早くその肌身に刻まれていた斬り傷が一瞬で綺麗さっぱりなくなっていた。
癒えれば、再びぶつかり合いに興じる。
一瞬だけ見えたモモちゃんの表情。眉目秀麗な顔が、頬は吊り上がり、牙を剥き出しに、目は鋭く、およそ人がしていいものではない。
血に飢えた猛獣、そう思えるほどの風貌から強い喜びを感じたのは、私の気のせいだろうか。……いや、この笑い声を聞けば気のせいじゃないことがわかる。
「ははッ、あはははは!いいぞ、ユウ!もっとだ!もっと来い、お前を感じさせろぉぉぉお‼︎」
「余裕見せやがって……!」
拳撃と剣撃の中に、小さな舌打ち音が混じる。
悪態を吐きながら、強烈な一閃を容赦なくモモちゃんの腹部に叩き込む片側……水城ユウくん。
二人の勝負は、攻撃を受けては回復するモモちゃんと、放たれる技を捌きつつ攻撃するユウくんの技と技、力と力の応酬だった。
しかも最初の時点で十分激しいのに、試合が進むにつれて交差は激しさを増していく。
……いや、モモちゃんが本領を発揮してきたと言った方が正しいのだろうか。それを彼が迎え撃つ形だ。
まるで人工的に作り出された暴風雨だ。
割り込もうものなら、確実に身が砕け散る。それを作り出しているのがたった二人の人間だなんて、誰が信じるだろう。
映像でも凄かったけど、実際にこの目で見なければ、本来の凄まじさは分からない。
やがて、そんな無限に続くと思われていた両者のぶつかり合いも、終わりの兆候を見せる。
「はぁ、はぁ……」
ユウくんの息が上がってきた。流石に攻撃しては回復されてを繰り返されれば、それができない側が不利になる。
対して、モモちゃんも疲労が溜まっているようにも見える。傷は回復できても、体力までは戻らないらしい。膨大な量の気を消費して、それがスタミナにも現れている。
回復を使用して、どれだけ経ったかな……。多分今ので二十五……いや、二十六回を切った。
そして、終止符を打つ全力が放たれる。
残りの体力を注ぎ込んで、一撃に賭ける。同時に放たれた両者の一閃が、この試合の勝敗を分けた。
……暴風雨が止む。
轟く斬撃と打撃の協奏曲はウソのように消えて、川神院の闘技場には静音が流れる。
戦いの余波で崩壊した土台の中心、私を含めてこの試合を見守っていた人々の視線が集まる。
ユウくんの剣は頬を掠め、モモちゃんの拳は腹部の中枢を的確に捉えていた。一瞬だけ、されど長い静止が過ぎ去り、片方の身体だけが引き寄せられるように床へ倒れ込んだ。
「勝負あり!勝者、川神百代‼︎」
湧き上がる喝采と拍手。
まさに武の頂点と言われるに相応しい闘いぶりに、勝者へ大勢からの賞賛が飛び交う。
他にも、最後まで剣を離さず戦い続けた敗者にも、よくやったと健闘を讃える声もあった。
……そう、中にはこんな声も。
「また負けか」
「まぁ、いつも通りだな」
「いったいいつまでこんなことを続けるのやら」
苦笑いの混じった、呆れの言葉。
小声だけど、確かに耳に届いたそれに私はムッと、眉間に皺を寄せていく。
確かに凄い試合だった。武道家でない私でさえ、心から感服した。映像で見るよりも、こうして肉眼で目にすればその迫力を鮮明に体感できる。
だけど、この感動は初めて見た私だから言えること。周りにいる人達にとって、モモちゃんの勝利はいつも通りの結果というだけの話。相も変わらない結末、武神の勝利は揺るがない。それが当たり前。
しかし、それは外野の中だけの話。
自らの足で土俵に上がり、直接武を交え、血と汗を流した当人達はというと……。
「たぁーーーのしかったぁーーーー!!!」
大満足を絵に描いたご満悦。
試合時の獲物を捕食する肉食獣のような笑みから一転、極限まで全てを出し切った開放感が表情で丸わかりだ。
いつも通りの試合、内容、結果。それはモモちゃんにとってつまらないものではなく、かけがえのないもののようだった。
「ほら、手を貸すぞ」
「いらねぇよ。自分で立てる」
「ふふ、だろうな。お前はそういうやつだ」
二人の耳には、外野の声なんて聞こえない。
聞こえたとしてもどうでもいいのだろう。
我が道をゆく二人の背中は泥臭くとも、私の目にはとても美しいもののように見えて……
「よーし!汗と泥を流しに風呂に入るかー!」
「引っ張んな……。おい、そっち女風呂だぞ」
「何か問題でも?」
「ああ、お前の頭がな」
ように見えたのは、私の気のせいだったかな。
ーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
水城ユウ。
私が川神の地に訪れて、初めてできたお友達。
この街では、良くも悪くも有名な人だ。
世界最強と呼ばれる武神、川神百代ちゃんと拮抗する実力の持ち主。義経ちゃんや弁慶ちゃんと同じ壁を越えし者、というものらしい。
川神でも珍しい強い男の子だからか、武道家としてよく周囲から注目を浴びる。尊敬されたり、応援されたり。中には、武神に負け続きと誹謗中傷を受けたりと。
結果だけしか見ない人からの心のない声に晒されようと、そんな無関係の賛否は彼の耳には入らない。
構わず剣を振り、鍛えて挑んでを繰り返す。
九鬼の世界で生きてきた私にとって、水城ユウの生き方はとても深い興味をそそられた。
それは、私だけじゃない。特異な色を持つ剣士の周りには、様々な違った特色が集まる。
「ボディーガードは上手くやれているようだな」
「別に、ただ一緒にいるだけだよ」
「いやなに。ここ最近は、葉桜くんを見物しにくる生徒もずいぶん減ったようだ。隣にいるだけというのも、なかなか効果的だなと」
「俺は虫除けかなんかか?」
クラスメイトで一番中のいい京極くん。
護衛対象の私や絡んでくるモモちゃん以外だと、基本的によく一緒にいるのは彼だ。
同学年だと、Fクラスの矢場弓子ちゃん。
教師陣にも、小島梅子とよく会話をしているところを見かける。
後輩の中だと、黛由紀江ちゃんが一番仲がいいと思う。この前、鍛錬に付き合って欲しいってお願いされてたし。
由紀江ちゃんが所属している風間ファミリーもそう。なんでも、昔からの付き合いらしい。
その他には、二年Sクラスのマルギッテさんも。モモちゃん以外だと、一番ユウくんと試合していることが多い。彼女もまた、ライバルの一人。
魅力、というのだろう。
水城ユウは、人を引き寄せる素養を持っている。強い人、奇妙な人、面白い人、変な人……。私もその一人。
彼との出会いは今でも、瞼を閉じれば鮮明な追憶に浸ることができる。
月夜を背にし、巨大な影を真っ二つに切り裂く姿。まるで、妖怪退治の小説に出てくる主人公のような。
胸中に灯った小さな火種。ゆっくりと燃え広がるかのように、興奮が全身を駆け巡ったのを感じた。
義経ちゃんや九鬼の従者部隊の皆さんといった、
武道家や強い人達は大勢見て来たつもりだったんだけど。……ユウくんだけは、その誰とも違う雰囲気がした。
初めてだった、男の子が気になるなんて。
島にいた時は、身近な男子は弟同然の与一くんぐらいだったから……。彼のことが気になる、そんな私の心情を察したのだろう。
その時に一緒にいたマープルは、意地悪な笑みを浮かべて彼を私の護衛役として衣類した。
それを了承してくれた時、嬉しくなかったといえば嘘になる。
そこからは、私は彼の隣で様々な発見をした。
あの島にいたままだったら絶対に知り得なかった知識、感情、思い出。そして、自分の本当のやりたいこと。
一つ一つが積もり重なっていくにつれて、私の中にいる男の子の存在が大きくなっていく。
灯った火種が大きく、熱く燃え広がって。
いつからだろう。気づいた時には、ふと君の顔を見てしまっていることが多く……。
「俺をじゃなくて、本読んでくんない?」
ピシャリと、雷のような衝撃が鼓膜を貫いた。
物思いに耽っていた私の思考は、ため息混じりの一言によって正気を取り戻す。
この目に映るのは、こいつまた俺の方見てるよ……。とパターンに飽き飽きとした彼の顔。
「ご、ごめん!」
つい、やってしまった。これで何度目だろう。
覚えてるだけでも十回は超えていると思う。
恥ずかしさに顔から火が出そうで、羞恥心を振り払うように顔を振って、手に持っている歴史書に目を通す。
表紙には平安時代と書かれていて、この一冊にはその時代に活躍した偉人達の軌跡が記録されている。
私の正体探しは未だに続いていた。
最初にユウくんが言っていたように、そう簡単に暴けるけものじゃない。やっぱり大穴として、義経ちゃん達と同じ時代と考察し、そこを重点的に資料を読み漁ることにした。
場所は川神学園の図書室。武道を教育に取り入れているから、こういった歴史調査には困らない。
葉、桜、清楚———。私の名前を構成する三つのキーワードを頼りに、それに関係してそうな英雄や伝承に目を通す。
それでも、これといった成果は見つからず。
「ユウくん、そっちはどう?」
「残念ながら……。これだけ調べても無いとなると、ちょっと方向性変えてみるべきかな」
参った声が、ため息と一緒に吐き出される。
ページに指の跡がつくほど読み返した平安時代の資料をテーブルに置いて、ユウくんは別時代の資料書へと手を伸ばす。
目の前には、視界を覆い尽くすほどに積み上がった本、本、本……。図書室の歴史コーナーの棚や川神院から彼が片っ端から持って来た資料の山々が聳え立っている。
そのうちの一冊を、ユウくんは手に取った。
次はどんな時代を調べるのか。興味が湧いた私は、覗き込んで表紙に描かれたタイトルを読み上げてみる。
それは意外なものだった。
「三国志?」
首を傾げて問うと、「ああ」と小さな返事が返って来た。
「最近ハマってるって言ってただろ?無意識に惹かれる要素でもあるのかなー、って」
「戦国時代なんて、私には無縁だと思うけど……」
「言ったろ?方向性変えるって。これだけ平安時代読み漁っても無かったんだ。着眼点を広げてみようぜ」
「そっか……。うん、そうだね」
一理あると納得し、三国志の歴史書を机に広げて記載に目を通す。
私自身、どうしてこの歴史にハマったのかはっきりとした理由はない。ただ、次に読むものはどれにしようかな〜と決めかねていた時に、たまたま視界に収まっただけ。
もしそれが私の英雄の正体を知るきっかけになるのなら、調べてみる価値はある。……理想とは、かけ離れてるけどね。
「やっぱ、ヒントが名前だけってのが厳しいな。他に、これ!ってキーワードはないもんか?」
「そう言われても……。う〜ん、私も内緒にされて来たから……」
「髪飾り…………」
「え?」
「その髪飾り……。なんて花なんだ?」
私の頭へ視線を向けて、彼は言った。
「花……?ああ、これのことだね。ヒナゲシ、私が一番好きな花なの。髪飾りは、誕生日にマープルから貰ったんだ」
「桜の次はヒナゲシか……。あ〜、だめだ。考えすぎて頭がパンクしそう。目も疲れたし……目薬さしてぇ」
「ふふ、じゃあ今日のところはこれでお終いにしよっか。それに、もう時間だし」
気付けば、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。図書室の中央柱に飾られた時計を見ると、既に予定の時間の十分前を過ぎている。
急いで山積みになった本を元の位置に戻して、ユウくんと一緒に図書室を出る。
時刻は放課後。いつもなら後は帰宅するだけになるが、今日という日は違う。
私達が向かう先は校門ではなく、その逆。C棟の多目的ホール、そこである催しが開かれる予定になっている。
進むにつれて、人の数が多くなっていく。その中には、部活動や委員会で残っている生徒以外にも、すぐに帰宅する生徒まで。今日この日だけは、誰も帰らず学園に残っていた。
これから行われる催しは、それだけ彼ら彼女らにとって意味のあるイベントとなるからだ。
胸を弾ませながら会場に足を運ぶと、主賓達がいない以外全ての準備が完了されていた。
飾られた紅白幕、中央に置かれた金屏風。並べられたテーブルに、料理の方もバッチリ。
天井から吊り下げられた横断幕には、執筆による綺麗な文字で、源義経達歓迎会と書かれていた。
転入から数日、クローンの皆んなは頑張って学園に馴染もうとしている。けど、その特殊な立ち位置から未だに溝や距離を感じられた。
そのことを憂いた紋ちゃんが立案した、宴を開いて皆との距離を一気に縮めるという企画。
更ににそれだけじゃない。偶然にも、義経ちゃん達の誕生日は六月十二日の今日。
歓迎会、兼、誕生会。
今日という日は、彼女らが主役の日。
それを依頼されたのは、2-Fの直江大和くん。
彼の主導のもと、企画はヒュームさんやクラウディオさんには頼らず、学園の皆んなの手によって勧められることとなった。
最初に聞かされた時は、大丈夫かな?って思ってたけど……。
「本当にたった一日で完成しちゃったね」
「言ったろ?あいつなら上手くやる、って」
ユウくんは、問題ないと太鼓判を押してくれた。
彼の言う通り、会場はあとは開始するだけで設営は完了となっている。
人脈と情報網を駆使した仕事ぶりに、主役である義経ちゃん達とそのクラスメイトを除いた一、ニ、三年生も参加。
他の一年生達と一緒に紋ちゃんも最前列で働き、私達も準備を手伝った。
京極くんはその達筆ぶりに、横断幕の担当。
私とユウくんも参加して、豪華なメンツでの歓迎会となった。即席ではあるけど、歓迎会用のHPも運営されているという本格振り。
会場設営は、予想以上にスムーズに進められた。
「可愛い後輩の歓迎会だから、私も頑張った甲斐があったよ」
「清楚も主役側に参加していいんだぜ?」
「言ったでしょ?私は3-Sの皆がやってくれたから、大丈夫だよ」
「そっか」
ーーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー
そして、歓迎パーティが始まる。
この日をきっかけに、私達が本当の意味でこの学舎の一員になれたらいいな……。そんな想い通りに、全てが順調で問題なく。
会場には、2-Sをはじめとした人も多すぎるぐらい集まってくれた。
皆が立食しながら歓談している。
主賓である義経や弁慶は、当然のこと大勢に囲まれていた。与一は与一で、弓道部からスカウトされている。
各々、程度は違えど言葉を交わし輪の中に溶け込んでいくのが、目に見えて認識できた。
進行している企画に、立案した紋白も満足そうに笑顔を浮かべている。
笑いの絶えない、穏やかな賑やかな歓迎会となった。
そんな人混みの中で、
「ジゴロユウ〜。私にも構えよ〜」
「いつも絡んでるだろーがよ」
またいつものように、川神百代が満面の笑みで水城ユウの後ろから飛び掛かり抱き付いた。
それなりに勢いがあったが、揺らぐ事なくダイブを受け止めて引き剥がそうとする幼馴染とのやり取りは、異性相手に対する遠慮がまるでない。
気心の知れた仲、と言うやつだろう。
人目を憚らず密着してくる猛獣の瞳の奥には、愛しい者を見る光が宿っていた。
顔面に手をやりアイアンクローを喰らわせる彼もまた、鬱陶しく思いながらも慣れた口調だ。
周りの反応は、相変わらずだと呆れたように一瞥する者、側から見れば仲睦まじさに羨ましく思っている者、面白くなさそうに唇を尖らせる者……。清楚もその一人だった。
胸がチクリと痛む。
ユウと一緒にいる時は楽しい。同学年の京極や百代、学園でできた友達との会話も好きだ。屋上で食べるお弁当も、図書室で本を読む時間も。
川神での生活は、飽きとは無縁。
いつも新たな風を吹き込んでくれる。
だけど、そんな生活に唯一の翳りが射す。
葉桜清楚は、ふと考える。どうして私は、こんなにも面白くないと感じているのだろう。
Sクラスでの時。現れた百代がユウに抱きついたのを見て驚いた。交際している人がいるのかと。
思い切って付き合っているのかと聞いた時。全力で拒否した彼を見て、ちょっとホッとした。
登校の時。自分達の会話に割って入り、気安く彼の首に腕を回したのを見て、本当に付き合っていないのか勘繰った。
百代が投げ飛ばされた時。挑発的なその眼光に、言いようのない危機感を感じた。
水城ユウとの付き合いは、そこまで長いわけでは無い。出会ってからまだ一週間すら立っていない。
なのに、そのほんの僅かな記憶が色鮮やかに瞼の裏側を彩る。
つい、彼の姿を目で追ってしまう。
意識してしまっているこの感情に驚きつつも、納得して受け入れている自分がいる。
(ああ、そっか……。そういう事だったんだ)
齢十八歳……。今まで感じたことのない鼓動の感触が、胸を中心に波紋となって全身を巡る。
何とも不思議な感覚だ。
自分のことを『クローン』である以前に『私』という一個の人間なのだという実感を、今更ながらに感じ取れた。
改めて彼へ向き直ると、百代が悪戯に胸を押し付けるようにして、その腕に絡みついていた。
(……私だって)
そんな光景を見て清楚の中に生まれた、初めての感情だった。
今日一日で一つ分かった事がある。
葉桜清楚はそこまでいい娘ではないということ。
生憎、水城ユウがまだフリーならば、遠慮なんてする必要はない。自分の中で“決着”がついていないのなら、挑み続けるべきだ。
何度も、何度も……。彼のように。
これが、私の最初のわがまま。
「ユウくん」
「あ?どうした、清そ———」
呼び掛けに此方を向いた顔に手を伸ばし、スプーンで掬った杏仁豆腐を寄せる。不可解な行動を不思議そうに見ている表情が可笑しくて、小さく笑い掛け———
「はい、あーん」
私の“大好き”を、彼の口に入れた。
「っ!?」
「なっ!?」
一瞬の静寂。そして爆発する声。
驚嘆、怒り、不満……。様々な感情が込められたどよめきが空間を埋め尽くす。
周りの視線や表情など全く気にならない清楚は、大好きな男の子の反応に満足そうに頷くだけ。
蕩ける甘美な味を口にし呆然といているユウと、いち早く立ち直りニヤリと悪どい表情を浮かべた百代。
どうやら、清楚の行動の意味を理解したのは彼女だけらしい。
それならば話は早い。
目を細め、唇が薄く弧を描く。
艶やかで、大人の色気に満ちた微笑は何よりも美しく。そこには皆んな憧れの清楚な美少女はおらず、一人の恋する乙女がいた。
誘いの意を込めて、清楚はユウの顔を覗き込む。
「おいしい?ユウくん」
「ん、あッ……ああ」
「だってさ、モモちゃん」
「そっかぁ〜。そうなのか、清楚ちゃ〜ん」
この一時を永遠に忘れないようにと、彼女の胸に深く刻み込まれた。
この出会いを、大切な思い出にするために。
今日この瞬間生まれた感情は……彼女の運命を大きく変えたのだった。
覇王覚醒の時は近い
誤字脱字があれば、報告お願いします
お気に入り登録・感想・評価など、反応を頂ければ幸福の絶頂であります
モチベーションにも繋がりますので願いいたします
前作程の暴走はありませんが、大和との【修羅場】見たいですか?
-
見たい
-
見たくない